チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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蛇足12話「ダンジョン・アローン」

 ウィネトアの町には、アリスター邸と呼ばれる有名な超上級ダンジョンがある。

 

 そのダンジョンは町の中に普通に存在する。

 豪勢な家が建ち並ぶ中に普通に紛れ込んでしまっているのだ。

 だが、アリスター邸を有名たらしめるのは町の中にあるためでは決してない。

 

 アリスター邸のボスはマリィ婆さんと呼ばれる老人である。通称、糞ババア。

 元は人間だったらしいが、本当かどうかはわからないしどうでもいい。

 もちろん有名なのはボスが老人のためでもない。

 

 アリスター邸は一度に挑める人数が制限されている。

 四人が限界だ。これ以上は挑もうとしてもドアが固く閉ざされ開かない。

 これが有名の理由? そんなわけはない。

 

 では、このダンジョンの何が有名なのか?

 

 それはこのダンジョンをクリアした者がいないからだ。

 

 三百年以上前から存在を確認されているのに未だクリア報告がされていない。

 ギルドでは「クリア直前だった」、「婆さんを追い詰めた」、「あの糞ババア絶対殺してやる」等の声が数百年の間言われ続けている。

 しかも冒険者が壊した調度品の弁償請求がアリスター邸からギルドにくることもあるらしい。

 だが、ギルドもいろいろと儲けさせてもらっているようで、外壁や屋根の修理、庭の手入れもしているという尽くしっぷりだ。

 

 さて、そんな有名なダンジョンであれば私が挑まないわけがない。

 私とチートな力、あとうるさいカスの三つが加われば未達成の歴史も今日で幕引きだ。

 

 ――と思ったのが五日前である。

 

『今日も、ダメだったね』

 

 ……ああ。

 

 ギルドに併設された飯屋で今日も反省会である。

 

 五日経ったが、未だにクリアできていない。

 初日は様子見で回っていたが、他の冒険者が踏んだトラップに巻き込まれて開いた壁から外に放り出された。

 二日目は注意深く回っていたが、注意深く回りすぎて婆さんの姿を見ることすら叶わなかった。

 そして、本日五日目。婆さんの姿を見つけて追いかけたら落とし穴に嵌まって外に放り出された。

 

『俺、止めたよね? 罠があるって』

 

 ……いや、でも。

 

『すーぐ頭に血が上るんだから。そもそも、なんで三日目を言わないの? まず反省すべきはそこでしょ』

 

 三日目、クリアできないことに焦って突っ込んだら、部屋に閉じ込められ周囲からゴミの雪崩を受けた。

 体中がヘドロまみれになりギルドから入店拒否された。

 しかも四日目も臭いがとれず、ダンジョンの扉が開かず入場拒否された。

 

『当ったり前でしょ。歩く公害だよ』

 

 で、そろそろ対策は考えついたんだろうな。

 私はもう落とし穴も襲い来るゴミもこりごりだぞ。

 

『まぁ、相性が悪いよね。前にも似たようなのがいたけど、逃げに徹せられると決め手に欠ける』

 

 そうなのだ。

 襲いかかってくるボスなら対策なしの力押しでもいける。

 ボスが部屋にいるなら対策をして、こっちから出向くことができる。

 だが、逃げに徹せられると難しい。追うためのスキルがほとんどない。

 

『それに場所も悪いね。入り組んでるし、モンスターがそこら中に蠢いてる』

 

 邸というだけあって、部屋数が多い、だだっぴろい屋敷だ。

 外ならゲロゴンブレスで何も気にせず吹き飛ばせるが、邸で使うと隣の家まで巻き込む可能性があるから使えない。

 それにモンスターの強さ自体は初心者レベルだ。ただ皿やらフォークやらテーブルだの絨毯と家具に擬態して非常にわかりづらい。

 

『やっかいなのはトラップだね』

 

 それだな。

 モンスターが弱く命の危険もさほどないのに超上級指定を受けるのはやはりトラップである。

 今までのダンジョンでは見たこともないトラップが次から次へと出てくる。

 シュウですら予見できないトラップがあるほどだ。

 

『命を狙ってくるトラップならだいたい読めるし場所もわかるんだけど、嫌がらせみたいなもんだからなぁ。モンスターも家具と見分けがつかなくて、トラップを上手く隠してるし……』

 

 ダンジョンによくあるトラップはモンスターで囲んで襲わせたりするものが多い。

 一方、アリスター邸ではトラップがモンスターの特性を利用している。

 階段に敷かれた絨毯型のモンスターが動くことで段差を踏み外させたり、下に注意を向けたところでシャンデリア型のモンスターが落ちてきたりする。

 

『極め付けはババアが喋る』

 

 そうなのだ。

 あの老婆は喋るのだ。

 しゃがれた声でこちらを挑発して罠に誘導してくる。

 

『だからって「臭いからこっちにくるんじゃないよ」で、近寄るメル姐さんはもうダメだと思う』

 

 ちょっとカチンときたんだよ。

 まあ、それで落とし穴に嵌まったわけだが。

 

「あ、悪臭おばさん」

 

 さて、どうしたものかと唸ったところで声がかかった。

 

「今日もダメだったんでしょう? だから無理だって言ったのに」

『メルは人の話を聞かないからな。まあ、良い奴だったよ』

 

 いきなり私に声をかけ、向かいの席に座ったのは子供だった。

 どうも初日にギルドであったとき、飯を奢ったら懐かれてしまった。

 男の子にはよくいるのだが、こいつはどうも憎まれ口を叩く傾向がある。

 このレビンとかいう少年も大人ぶっているようだ。

 

「アリスター邸をクリアするのは僕なんだから、おばさんじゃ無理だよ」

 

 私はまだ、おばさんって年じゃない。

 

『そうだぞ糞ガキ。メル姐さんの魅力がわからねぇなら外に出て土でも食ってろ』

 

 子供はやれやれと首を振る。

 

「僕はもうクリアできるよ」

 

 へぇ、それはすごいな。

 

「どうやってるか聞きたい?」

 

 いや、別に。

 

「わかってるって。ほんとは聞きたいんでしょ」

 

 いや、ほんと別に。

 

「僕、ちょっと喉が渇いてるから何か飲んだら喋っちゃうかもしれないな」

 

 ちらちらと隣の席に座っているおっさんが飲んでるものを見ている。

 要するにあれが飲みたいようだ。

 

 アルコールも入っていなさそうなので、マスターに二つ注文する。

 

「婆さんは楽しんで欲しいだけなんだ」

 

 飲み物を嬉しそうに飲み干したレビンはもったいつけて話し出す。

 

 楽しみたい?

 

「うん。そうだよ。ここにいるみんなは婆さんを目の敵みたいにしてるけど。それじゃあ駄目さ。お金が目当てとか論外だね」

 

 マリィババアは邸のどこかに資産を蓄え、それを守っているのではないかという説もある。

 その話を信じる冒険者はかなり多く、挑戦者の半分以上はそんな感じだろう。

 残りは初クリアという名誉が欲しい人間だろうか。

 それとババアの鼻を明かしてやりたい奴。

 私も似たようなものだ。

 

 それがダメだと?

 

「バカだな、おばさん。ダメダメさ。武器なんか置いて遊びに行けばいいんだよ」

 

 モンスターもいるのにか?

 

「僕は今まで武器を持って挑んだことなんかないよ?」

 

 まあ、そりゃお前じゃ武器はもてないだろ。

 体格にあった武器がナイフくらいしか考えられない。

 

「うん。喉も潤ったし、僕もちょっと婆さんと遊んでくるとするかな」

 

 そう言って、レビンは椅子から飛び降りた。

 

 そうかそうか、まっすぐ家に帰れよ。

 

「子供扱いするのはやめてくれないかな。僕はもう大人なんだから」

 

 拗ねたように言い残しレビンはギルドを出て行った。

 

 

 

 さて、作戦会議の続きといこうか。

 やはり挑発に乗らず、慎重に少しずつ追い詰めていくしかないんじゃないだろうか?

 

『いや……』

 

 うん?

 

 どうも返事が煮え切らない。

 

『さっきの糞ガキの話……なかなかおもしろいかもしれない』

 

 ん?

 どこがおもしろいんだ?

 

『あっ! 勘違いしないでね! 悪臭おばさんってところじゃないよ』

 

 わかってるからさっさと言え。

 しまいにゃキレるぞ。

 

『挑むじゃなくて遊ぶってところ』

 

 それのどこがおもしろいんだ。

 子供らしい発想じゃないか。

 ダンジョンをなめてるぞ。

 

 レビンも話していたが、アリスター邸は子供でも挑戦できる。

 超上級ダンジョンではあるが、挑戦に許可証は必要ない。

 クリアこそされていないが危険性なら初心者クラス並みだからだ。

 モンスターも殺す気では襲いかかってこない上に強くない。むしろ弱い。

 罠がものすごく多いものの状態異常系の罠はない。本当にただの嫌がらせである。

 あれが本当の超上級ダンジョンだと思われると、他の超上級ダンジョンまでなめてかかるかもしれない。

 

『そこだよ。あれは本当に超上級ダンジョンなの?』

 

 事実としてクリアしてる奴がいないんだから、超上級で間違いないだろ。

 

『ごめん、言い方が悪かった。あれ――本当にダンジョン?』

 

 ……そりゃダンジョンでしょ。

 ギルドもそう言ってるし、モンスターがいるし、ボスもいる。

 

『そこだけ切り取ればそうだけどよく考えてみなよ。町の中、それも住宅地に存在する。外見は普通の豪邸』

 

 見た目なんて重要じゃない。

 今までだってダンジョンに見えないものもあった。

 中に入れば、モンスターが襲いかかってくるし、トラップもある。

 

『武器を片手に自分を殺そうとしてくる奴が、家の中にいたら応戦するのが普通だと思うけど、どう?』

 

 それは……そうなんだろうが。

 

『一度に入れる人数は四人。この数は、家主が一度に敵対できる限界数じゃなくて、応接できる限界数。案外、クッキーでも焼いてくれるかもしれないよ。どっかのアポカリプスみたいに』

 

 あほかりすぷ?

 

『いや、気にしないで。雰囲気が似てたから、うん』

 

 あっそう。

 で、けっきょくのところどうすればいいんだ?

 

『そりゃ、正面から堂々と訪問すればいいんじゃない。ゲストとしてね』

 

 そんなことになった。

 

 

 

 そんなわけで再びアリスター邸の前にやってきた。

 挑戦者の列がどんどんと減っていき、いよいよ私の番になる。

 いざ往かん。

 

『――待った』

 

 扉を開ける前にストップがかかった。

 なんだよ。私の番だぞ。

 

『まずはホストに来訪者が来たことを伝えないと。扉に変な金具ついてるでしょ』

 

 扉を見ると錆び付いた輪っかがついている。

 これ?

 

『それそれ。輪っかを掴んで扉の方の金具に叩きつけて。軽くでいいよ』

 

 掴んだ輪っかを軽く叩きつける。

 軽く叩いたつもりだが、思ったより大きな音が響く。

 金具から手を離すと、閉まっていた扉が小さく開いた。

 

『どうやら正解みたいだ』

 

 そうだな。

 当たりを引いたときの手応えを感じた。

 今までに何度も感じたことのある、正しい攻略を行ったときのしっくりとくる感覚。

 

 扉を開けた風景はいつも通り、広いホールがある。

 他の冒険者はどこか別の場所に行っているのか姿は見えない。

 

 で、どこから行けばいいんだ?

 

『それはゲストが決めることじゃない』

 

 立ち尽くしていると、右の道の壁につけられていた蝋燭に火がついた。

 

『あっちだとさ』

 

 ……罠じゃないのか。

 一日目も左の道があんな感じだったぞ。

 ひかれた絨毯の下に落とし穴があったことを私は覚えている。

 

『早くいかないと、気を損ねるよ』

 

 仕方なく、私は灯りのつく方へ歩いて行く。

 今回はシュウを手に持たず、腰にぶらさげている。

 

 灯りに導かれて道を歩いているが、未だトラップにかかっていない。

 あるいはこの誘導自体が罠なのかもしれないのだが。

 

 一つの部屋の前で灯りは止まった。

 

「なにしてんだい。さっさと入んな」

 

 扉を開けるかどうか立ちあぐねていると、扉越しにしゃがれた声がかかった。

 ままよと開けた扉の先にはテーブルと椅子が五つ。

 

「もうじきクッキーが焼き上がるから、椅子に座って大人しくしとくんだね」

 

 奥の部屋から声がかかる。

 姿は見えないがどうやら奥にババアがいるようだ。

 

『座れってさ』

 

 うむ。

 どの席に座るべきだろうか。

 そう思ったところで一つの椅子が勝手に下がった。

 座れということらしい。というかこの椅子、モンスターだろ。

 文句を言っていても始まらないので、椅子に座ってババアを待つことにした。

 

「待たせたね」

 

 ババアは普通に現れた。

 武装をすることもなく、モンスターを引き連れていることもない。

 ただ、その両手には大きな皿を持っている。

 皿の上には様々な形をしたクッキーが山のように積まれていた。

 

 ババアは皿をテーブルの上――私の前に置く。

 

「もうちょっとだけ待ってな。お茶も入れるからね」

 

 背を向けて奥の部屋へと向かい始める。

 

 今だ。

 やるなら今しかない。

 この距離なら間違いなくやれる。

 椅子を蹴って立ち、テーブルを押し倒し、最短距離でババアの背中をシュウで貫く。

 

『変なまねはよしなよ』

 

 シュウに手を伸ばそうとした私を、当のシュウがピシャリと止める。

 手が止まったことで、期を逃しババアは奥の部屋へと消えてしまった。

 

 なぜ止めた?

 さっきのタイミングならやれただろう。

 

『ギルドでの発言を撤回するよ』

 

 あぁ?

 

『さっきメル姐さんが俺に手を伸ばしたときに部屋から確かな殺気を感じた。メル姐さんはマグロだから感じなかったかもしれないけどね』

 

 それがどうしたっていうんだ。

 あの距離なら――

 

『無理。こっちがやられてた。今、この部屋の中は間違いなく超上級ダンジョンのそれだ。俺たちはもう罠にかかってる。できることと言えば、ババアの機嫌を損ねずに無事に帰してもらえるよう大人しくしておくことだけだよ』

 

 シュウは真面目モードに入っている。

 あれ、もしかして今の状況ってよろしくない?

 

『まあ、悪いね。でも、こちらから敵意を向けない限りは大丈夫だと思うよ。それと――』

 

 それと?

 

『奇襲をかけるなら独り言は控えるべき』

 

 ……癖なんだよ。

 たぶんもう直らない。

 

 

 

 そして、私はババアと一緒にクッキーを肴に談笑をしている。

 談笑と言ってもババアが一方的に話しているだけだ。

 

 やれ最近の若い奴はとか、若者の礼儀離れがどうのだとか。

 聞き流すことは慣れている。

 それに出されたクッキーとお茶は文句なくおいしい。

 お茶はなくなればおかわりが出るが、山のようにあったお菓子もじきになくなる。

 

「おっと、クッキーの様子を見てくるよ」

 

 どうやらなくなることを見越して、追加で焼いていたようだ。

 

『ヘイ、メル姐さん。無敵スキルの準備ができた。婆さんが椅子に座ってから斬りつけて。独り言は抑えてよ』

 

 ……ああ。

 

 戦闘準備はできたようだ。

 

 ババアの足音が聞こえてくる。

 すぐに姿が見え、山盛りのクッキーが机に置かれた。

 彼女も椅子によっこらせと腰掛けて、話を再開する。

 

 一つ聞きたいことがある。

 

「クッキーの作り方は教えられないよ」

 

 それはどうでもいい。

 

 このダンジョンをクリアした人はいないと聞いてるんだが、それは本当か?

 

「本当だよ」

 

 ババアは特に自慢するふうでもなく平然と答える。

 

 元は人間だって聞いてるんだが、それも本当なのか?

 

「あたしゃ今も人間のつもりなんだがね。あんたにはあたしが人間に見えないかね?」

 

 ……いや、人間にしか見えない。

 もっと言うと、性格の悪そうな年寄りにしか見えない。

 

「余計なお世話だよ。まったく良い迷惑だ。金を出せだの、死んじまえだのと余所様の家に押しかけて。あたしんちを何だと思ってるんだか……」

 

 ババアはぶつぶつと愚痴り出す。

 経験上はっきりと言える。

 これは長い。

 

『そろそろお暇する?』

 

 シュウも私の意を汲んだようだ。

 今、目の前にいる婆さんは中身はどうあれ人間だ。

 ただの人間、それも老人相手に全力全開のチートを持って挑むのは馬鹿げている。

 罠こそあれど、手厚い歓迎を受けたのは間違いなく事実。

 暴れるのはあまりに不作法というものだ。

 

 ババ――婆さん、今日はもう帰る。

 

「ふん、そうかい」

 

 クッキーおいしかった。

 また明日来る。

 

「素直じゃないか。明日も焼いておこうかね」

 

 いや、その必要はない。

 明日はゲストではなく、冒険者としてこのダンジョンに来る。

 超上級ダンジョン――アリスター邸とそのボスに敬意を払い、全力全開のチートを持って攻略させてもらう。

 

「……ふん。勝手にしな」

 

 明日の私は招かれざる客だ。

 そう、だからお菓子なんて歓迎はいらない。

 

 席を立ち、扉に向かう。

 

「待ちな」

 

 振り返ると婆さんが袋を差し出してきた。

 

「持って帰んな」

 

 どうやら中身はクッキーのようだ。

 ありがたく頂戴し扉を出る。

 

「まっすぐ帰るんだよ」

 

 子供扱いしないで欲しい。

 

 

 

 さて、どうしようか。

 

『えぇ、あそこまで啖呵きっといてノープランの人頼みってどうなのよ』

 

 またしてもギルドに戻った私は、定位置になりつつある隅の席で対策会議をひっそり行っていた。

 机の上にもらったクッキーを広げてぽりぽり食べる。

 

「あれ、おばさん。またダメだったの?」

 

 聞き覚えのある声。

 首を向けるよりも先に、私の前の席にレビンが腰掛ける。

 

 私はいま作戦会議で忙しいんだ。

 飯を奢ってやるからあっちにいっててくれ。

 

「あ、このクッキーってもしかして婆さんの? そこまではたどり着いたんだ?」

 

 なんでわかる?

 

「言ったじゃん。婆さんと遊んでるって。よく話もするよ」

 

 あの婆さんと?

 

「うん。小さい頃はよく叱られてたけどね。最近はいい話相手だよ」

『今も小さいじゃねぇか。床に足がついてねぇぞ』

 

 そんなことはどうでもいいんだ。

 罠とかけっこうあるだろ? ちゃんと玄関ノックして入るのか?

 

「婆さんにしろって言われてるからノックしてるけど、なくてもたどり着けるよ。罠も全部覚えてるからね」

 

 ほぉ、それはそれは。

 私は明日も挑むんだがお前は?

 

「僕……? あ、わかった。おばさん、一緒に挑む人いなさそうだもんね。一緒に行ってあげるよ。僕、優しいから」

 

 お前がシュウなら顔が消し飛んでる。

 

「えっ?」

『覚えとけ、糞ガキ! お前の無邪気で無責任な発言のせいで蹴られて痛い目にあっているやつがいることをな!』

 

 レビンはいつも通り私から飲み物を奢ってもらい、一緒にクッキーを食べて帰って行った。

 どうやらあいつはアリスター邸の構造をほぼ全て把握しているらしい。

 話を聞いてみる限りギルドの情報よりも詳しいものだった。

 それにあのガキを連れていけばボスも油断するかもしれない。

 これで明日の見通しはたった。

 

『明日になるかなぁ』

 

 ……明日じゃクリアできないと?

 

『いや、そうじゃなくてね。後ろに座ってた二人組が――』

「たいへんだ!」

 

 シュウの台詞はギルドに入ってきた男の叫びでかき消される。

 もう一人見知らぬおばさんも一緒に入ってきた。

 どうやら何かあったようだ。

 

「夜のアリスター邸に三人組が無理矢理入りやがった!」

 

 ギルド兼飯屋にいた全員がギョッとした。

 あ、私はしてないな。そもそもなんのことかいまいちわかってない。

 

『受付嬢が言ってたじゃん。夜のアリスター邸はめちゃくちゃ危険だって』

 

 ……そんなこと言ってたっけ?

 

『危ないから夜は入口を封鎖してるとも話してた』

 

 ああ、そういえば言ってたな。

 夜は入れないんだなってことしか覚えていないが。

 

『「夜に他人様の家に入るのは泥棒しかいないってマリィ婆さんがキレる」からって受付嬢が言ってたよ。冗談だと思ってたけど、話した感じだと本当そうだね』

 

 そうだな。

 あのババアなら有り得そうだ。

 まあ、どうなっても致し方ないだろう。

 明日の朝を待てばいいものをどうしてそれができないのか。

 

『お尋ねものだからかな。気がつかれる前にさっさとコトを済ませたかったんでしょう』

 

 ん、どういうことだ?

 

『ギルドの広報掲示板を見てみなよ』

 

 慌ただしく騒いでいるギルドへと歩き、依頼掲示板の隣にある広報掲示板へ。

 

『上から二番目の、右から四番目――ああ、それそれ。取っておいて』

 

 シュウの声を指で追いかけ、そこに貼り付けられていた手配書を取る。

 二人の男の顔が紙に描かれている。ケリーとナーブという二人組の盗賊らしい。

 

『駆け込んで来た人にそれ見せて確認してもらって』

 

 とぼとぼ歩いて騒ぎの中心へ。

 そこにいた駆け込み親父とおばさんに手配書を見せる。

 

「そうです! 入ったのはこの二人です! 大変だ!」

「なんてこと……」

 

 騒ぎがさらに大きくなる。

 そこまで騒ぐことないだろう。

 出てきたところを捕らえればいいし、最悪死んでもたいした問題じゃあない。

 

『まったくわかってない。入ったのは三人。あと一人は?』

 

 そういや三人とか言ってたな。

 別に誰だっていいだろ。

 

『その二人、さっきまでメル姐さんの後ろに座ってたんだよ』

 

 後ろに座ってたくらいで縁を感じることなんてないぞ。

 

『メル姐さんはそうだろうよ。でも、その二人はそうじゃないだろうね。隣の席でアリスター邸の攻略を話してる女と子供がいて、しかも子供は攻略法をかなり知ってる。そいつが一人でのこのこ外に出た。さあ、二人組はどうするか』

 

 ……まさか。

 

「はい。あと一人はレビン君です」

 

 道案内役として連れて行ったわけか。

 最悪逃亡時の人質としても使えるだろうし。

 

「レビンッ!」

 

 そう言って先ほどからいた謎のおばさんは倒れた。

 

「お母さんしっかりしてください!」

 

 周囲の人間が倒れたレビン母を介抱し始める。

 その喧噪を抜けだし、私はギルドの外に出る。

 

『……案内役は必要だもんね』

 

 ああ、そうだな。

 さっさと行くとしよう。

 

 

 

 本日三度目のアリスター邸。

 もちろんノックすることを忘れない。

 

 だが、扉は開かず固く閉ざされている。

 手を掛けてみたが、鍵がかかっているようで開かない。

 

 扉の隙間にシュウをねじ込み無理矢理こじ開ける。

 ちょっと壊れてしまったが、無事に開いた。

 

『いや、全然ちょっとじゃないでしょ。開くなんてもんじゃないよ。扉が完全に取れちゃってる。扉は地面に倒れるようにできてないから』

 

 細かいことは気にしない。

 さっさと進むぞ。

 

「ぎゃあああああああ!」

 

 ロビーに入って早々、男の絶叫が聞こえてきた。

 

 おいおい。相当やばい状況じゃないか。

 

『奥の道だね』

 

 暗闇の中を暗視スキルで進んでいく。

 

『モンスターが強くなってる』

 

 ……そうか?

 さほど変わってないような気もするんだが。

 

『こっちがそれ以上に強いからね。ポイントが超上級クラスだよ。こりゃ本当に死んでてもおかしくない』

 

 そいつはまずいな。

 シュウの指示に従い、道をどんどん進んでいく。

 かなり順調だ。モンスターも罠もまるでひっかかっていない。

 

『罠がかなり露骨に命を狙ってきてるから読みやすくなってる。モンスターも罠にひっかからなければ発動しないからね。こりゃ、夜に来て正解だったかな』

 

 先ほどから何度も聞こえる悲鳴というか絶叫もどんどん近くになっている。

 

 廊下の角を曲がったところでそいつらはいた。

 

「ぐぎゃああああ! 水ぅ。水! 水をくれ!」

 

 まず、やや太めで小柄の男性が頭に火がついた状態で私の方へ走ってきた。

 私の脇を通りそのまま廊下を走っていく。

 

「おおおおおぉおぉぉぉぉぉ! 来るな! 来るなぁ!!!!」

 

 もう一人の男は壁に埋まっていた。

 ケツから下だけが壁から生えている。

 何がどうしてこうなったのかさっぱり見当がつかない。

 あ、下半身の動きが痙攣して止まった。

 

『壁尻ですな……女だったら最高なのに』

 

 探していたもう一人もすぐ近くにいた。

 

「あれ、おばさんじゃん。どうしたの?」

 

 レビンは不思議そうな顔で尋ねてくる。

 

 えっと、なんかお前が二人組に攫われたみたいな話だったんだが……。

 

「うん、まぁね……。外で変なおじさん達に掴まったんだけど、ちょっと仕返しに痛い目にあってもらったんだ」

 

 あ、そう。

 後ろから爆発音と絶叫が聞こえてくる。

 

「あちゃあ、あの部屋を開けちゃったか……」

 

 子供は残酷だ。

 

 まあ、無事ならそれでいい。

 お前の母親も心配していたぞ。

 

「げ! ママは怒ると怖いんだ。急いで帰るよ。じゃあね。また明日」

 

 すたこらさっさと私を残してレビンは廊下を走っていった。

 

『ほんとに罠を知り尽くしてるっぽいね。走る位置が絶妙だ』

 

 さて、残った二人組はどうしたものだろうか。

 こっちで回収して持って帰るか……。

 

『来たよ』

 

 来たって何が?

 

『糞……、いや、鬼ババア』

 

 私も見た。

 廊下の先からひたりひたりと歩いてくるその存在を――。

 両脇に男と子供を抱え、腰を曲げて歩いてくる圧倒的なその存在感を――。

 

「他人様の家に勝手に忍び込んで、騒ぎ回るとはどういう了見だろうねぇ」

 

 目は妖しく光り、頭の上には黒い角が二本ついている。

 

「これだから最近の若いのは……」

 

 目が合った。

 

「夜は誰も来させるなってアミス坊やに言っといたはずなんだけど、おいたがすぎるねぇ」

 

 鬼ババアは両脇に抱えた二人を廊下に落とし、私と対峙する。

 アミス坊やって誰だよ。

 

『ここのギルドのトップがそんな名前だった』

 

 あ、そう。

 ――でっていう話だ。

 

「ちょっと痛い目にあってもらおうか、ね!」

 

 鬼ババアは私との距離を一気に詰めてきた。

 

『やっぱ、夜に挑んで正解よかったね』

 

 ああ。そうだな。

 ボスが倒せないのは罠がひどいのと、逃げ回るからだ。

 そちらから挑んでくれるなら、これほど単純なことはない。

 

「がっ……」

 

 ババアの爪を避けて、シュウを脇腹に突き刺す。

 ひるんだところにもう一撃。

 

「これだから最近の若者は……、人間離れが――」

 

 そこまで言うと鬼ババアは光に消えた。

 ドロップアイテムも床に残る。

 

 ――マリィ婆さん秘伝のクッキーレシピ

 

 さっそくアイテム結晶を覗くとそう出てきた。

 

『うわ……、いらね』

 

 シュウが私の心の声を代弁してくれた。

 

 こうしてアリスター邸の攻略は完了した。

 

 

 

 翌日、私は相も変わらずギルドに来ていた。

 

 正確にはギルドの横の飯屋にだ。

 朝ご飯だけ食べたら、この町から旅立つ手はずだ。

 アリスター邸は攻略したのだから、もうこの町には用がない。

 おまけと言ってはなんだが、ギルドから手配書の男二人の懸賞金も受け取った。もう手元にはないが……。

 

「あ、いたいた。おばさん、いつアリスター邸に行くの?」

 

 今日も今日とてレビンはやってきた。

 完全に忘れていた。

 

 すまんが、もう行く必要はなくなったんだ。

 

「え、そうなの?」

 

 そうなんだ。

 悪いがババアにも伝えておいてくれ。

 まあ、伝えなくてもわかるかもしれないが。

 

「うん?」

 

 いや、気にしなくていい。

 それと例の二人の懸賞金はお前にやる。

 

「えっ、いいの!?」

 

 ああ、ただし子供が持つには大金過ぎるから、ここの飯屋に預けてある。

 今後ここで飲食すればそっちから引くよう主人に言ってあるから安心して飲み食いしろ。

 

「……大人って汚い」

『調子にのるなよガキが。メル姐さんの心は綺麗だぞ。物理的にはちょっと擁護できないけど』

 

 一言多いぞ。

 

「ちぇっ。じゃあね。おばさんも気をつけて」

 

 ああ、お前も達者でな。

 

 あっさりとした別れであったが、後残りがないのはありがたい。

 さて、私も行くとしようか。

 

「メル様!」

 

 ギルドを出ようとした私に声がかかった。

 受付嬢が慌てて私を追いかけてくる。

 

「先ほどこちらがメル様宛に届きました」

 

 袋と手紙が二通だ。

 一通目の封を開けると以下のようなものであった。

 

”メル殿

 

 先日のレシピの返還、本当にありがとうございます。

 心よりお礼申し上げます。

 

 ウィネトアの町をおそらくもう発つのではないかと思い、手紙を綴らせて頂きました。

 メル殿の今後の旅の無事と活躍を祈り私の方から秘伝のクッキー送らせてもらいます。

 

 マリア アリスター”

 

 どうやら袋の中身はクッキーのようだ。

 

 けっきょくドロップアイテムの秘伝レシピはいらないから置いて帰った。

 次にクリアした人のために残しておくことにしたのだ。

 クッキーはありがたくもらっておこう。

 

『レシピはちょっと気になるけどね』

 

 どうせ作る時間なんてないから別にいいさ。

 

 さて、もう一通は果たしてなんだろうか。

 もしかしたら、レシピが書かれているかもしれないぞ。

 

『いや、そっちは想像がつく』

 

 シュウが答えるよりも先に手紙を開けて見てみる。

 

“請求書

 

 冒険者兼盗人 メル殿   マリア アリスター

 

 下記のとおりご請求申し上げます。

 ご請求金額  …………

     ・

     ・

 扉代  …………

     ・

     ・

     小計 …………

     合計 …………

 

 振込先

 ギルド ウィネトア支店 ――”

 

『ああ、やっぱり』

 

 なんか見たことのない紙だった。

 なんだこれ?

 

 小難しい書き方でよくわからない。

 

『一番上に書いてあるじゃん。請求書だよ』

 

 なにそれ?

 

『昨日の夜、アリスター邸の扉壊したでしょ』

 

 ……なんかこじ開けた気がする。

 

『それの弁償』

 

 …………ああ、なるほど。

 

「こちらで引き落としてしまってもよろしいでしょうか」

 

 あ、はい。

 受付嬢に生返事をしておく。

 

 

 

 こうしてクッキーを片手に、アリスター邸への弁済を終えた。


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