チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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第03話「骨踊るウラキラ洞穴」

 私が入ったとたんギルドは静寂に包まれる。

 それも一瞬ですぐに喧噪を取り戻す。

 気にしない。いつものことだ。

 

 まっすぐ受付に向かう。

 

「『ギラックマの素敵な爪』だ。ウラキラ洞穴の入場許可をくれ」

 

 ギラックマが落としたアイテムを受付に差し出す。

 これを差し出すことでギルドから初級ダンジョン――ウラキラ洞穴への入場許可がギルドから下りる。

 許可証は三人以上のパーティーであれば、リーダーが持っているだけで大丈夫なので一応許可証がなくても洞穴に入れることは入れる。

 しかし、私の場合はパーティーを組んでくれる人間がいない。

 そのため、どうしても自分の力でギラックマを倒して爪を手に入れる必要があった。

 

「確認しました。こちらがウラキラ洞穴の入場許可証になります」

「ありがとう」

 

 事務的に渡された。四角の金属カードを腰の袋に入れる。

 ギルドから出ようとしたところで声をかけられた。

 名前は思い出せないが、顔は覚えている。

 やたらと私に突っかかってくる一人だ。

 

「ようメル。やぁっーと初心者の森を制覇したのか。何年かかってんだ」

 

 周囲から笑いが起きる。

 

「なんだ、あの刃の潰れた剣は捨てちまったのか。お前にはお似合いだったのによ。その新しい剣のおかげでギラックマを倒せたのか」

「そうだ」

 

 それはその通りなので否定しない。

 

「おいおい、その剣はどこで手に入れたんだよ。また仲間を見殺しにして奪ったのか」

 

 握りこんだ拳は、爪が食い込んでいるが痛みは不思議と感じない。

 これ以上、ここにいると剣に手が伸びる。

 男の脇を通り、出口の扉を押す。

 

「洞穴に一人で行っても死ぬだけだ。お前とパーティーを組もうって奴はここにいねぇ。だが、しかしだ――おめぇの頭を床にくっつけて尻を振って頼むんなら、組むことを考えてやってもいいぜ!」

 

 後ろから声がかかる。

 さらにここ一番の大きな歓声が起こる。

 声の圧力から逃げるようにギルドの外に出た。

 

 

 

 家に戻り、すぐ自室にこもる。

 なんとなく、なにも考えはなくシュウを握る。

 

『やあメル姐さん。明日は話題の洞穴に向かうのかな』

「そうだ」

『楽しみだね。どんなモンスターが出るのかな。おいしければいいんだけど』

「……聞かないのか」

『聞いて欲しいの? じゃあ聞くよ。ギラックマを倒したんだから、ご褒美があってもいいと思うんだけど、ぱふぱふはまだかな。ずっと待ってるんだけど』

 

 ……ふざけてる。どこまでもふざけている。

 こいつはわかって言っている。

 

『昔、何があったのかは知らないけどさ。これからの姐さんには関係ないでしょ。過去は過去。もう初心者じゃないんだから、明日のことを考えなきゃ』

 

 シュウは何も聞かない。

 確かに話したところで何も変わらない。

 彼の言うとおり、明日のことを考えるべきだ。

 

「明日は洞穴に向かう」

『いいね。おいしい食事が最近じゃ唯一の楽しみなんだ。この体じゃシコシコできないしさ。目の前に特上のおかずがあるってのに……まったく、生殺しだよ』

「問題がある。私はパーティーが組めない」

『スルーされちゃった。で、それがなにか問題なの?』

 

 大問題だ。

 なけなしの森なら敵もまだ弱いから問題なかった。

 

「ウラキラ洞穴は暗い。灯りを持つ必要がある」

『ああ、なるほどね。片手に松明、片手に剣だときつそうだね』

「それだけじゃない。灯りに誘われて暗闇からモンスターが寄ってくるとも聞いている」

『ああ、前だけじゃなくて後ろからも襲われるのかぁ。ぼっちはつらいねぇ』

 

 こいつは私をけなしたいのか。慰めたいのかどっちなんだ。

 いい加減、我慢ができなくなってきた。

 

「当然、モンスターも強くなっている。最低でも三人以上で潜るところだ」

 

 シュウも問題だと思ったのか黙っている。

 

『それってさ。別に問題ないんじゃないかな。どちらかと言うと、俺にご褒美がないほうが問題だよ』

「お前は、私の話を、聞いていたか?」

 

 怒気が多分に含まれた声を察してシュウは慌てて弁明する。

 

『お、落ち着いてよメル姐さん。深呼吸だ。すぐにヒスる女はうとまれるよ』

 

 ヒスるとはなんだ。

 怒るという意味だろうか。それなら怒らせる方が悪い。

 

『要するにさ。灯りを持つから問題なんでしょ』

「ん。そうなるな」

 

 視界を確保するために灯りが必要で、その灯りがさらに敵をおびき寄せる。

 さらに灯りを持つことで片手がふさがる。

 その通りだ。

 

『じゃあ、持たなきゃ良いじゃない!』

 

 シュウは得意げに叫んだ。

 

 

 

 翌日。

 朝食を食べたあと私はすぐにウラキラ洞穴に向かった。

 あまり人に会いたくない。朝一番ならそこまで人に会うこともない。

 

 私は非常食と薬草、シュウだけを持ってウラキラ洞穴に入る。

 入り口の監視員が不審な顔で私を見てきた。

 

 それもそうだ。

 パーティーを組んでおらず、さらに松明もない。

 魔法使いかといえば、持っているのは杖ではなく剣。

 いぶかしむのも当然と言える。

 

『そろそろやるよ、姐さん。準備はいい。ゴムはいらないよね?』

 

 洞穴に入り光が見えなくなったくらいでシュウが声を出す。

 ゴムが何かはわからないが、いつもの戯れ言だろう。無視しよう。

 私は頷き許諾する。

 

 視界が暗かったが、突如、色彩豊かなものに変わった。

 緑、青、一部に赤や白が混ざっている。

 色の変化が壁や床をしっかりと私に認識させる。

 

『見えてる?』

「ああ、見えている。昨日も試したが、このさあもなんちゃらというのはすごいな」

『サーモグラフィーね。これがあれば暗くても問題ないはずだよ。今日のところは近場を漁ってこの視界に慣れるのがいいよ。色がきつかったら調整するから言ってね。できればねだるように言ってくれると興奮する』

「……はいはい」

 

 昨日の夜。

 シュウの提案でさあもなんちゃらとやらを試すことになった。

 確かに暗い中でも景色を見ることができていた。

 今日は実際に試すことにしたのだが、どうやら成功のようだ。

 

「しかし、これは……ひきょ」

『チートですから』

「でも――」

『メル姐さん。運も実力のうち。メル姐さんが俺というチートを引き当てたのも実力だよ。姐さんはさらなる高みにいくための力が欲しい。俺はおいしい血が欲しい。ついでに、肉体が魅力的な女性の側にいたい。今のところ、互いの欲望は成就されてる。問題はない――でしょ?』

 

 たしかに強くなれるのは嬉しい。

 最高峰のダンジョン――神々の天蓋を攻略してその先を見る、という忘れかけていた私の夢も思い出すことができた。

 だが、あまりにも――。

 あまりにも急速すぎる。

 

 

 

 洞穴内は以前の冒険者があちらこちらに目印を立てているため特に迷うことがない。

 ボスも一番奥にいるため、うっかり遭遇することはない。

『私にはやっぱり剣の才能がないし、仲間もいない』

 問題は時間だが、お腹の減り具合以外で確認できない。

 まあ、非常食も持ってきているため、遅くなっても特に問題はない。

 ないないづくしのダンジョン攻略だ。

 ……おいこら、勝手に変なものを混ぜるな。

 

 洞穴のモンスターは集団で襲ってくると聞いていたが、そんなことはなかった。

 シュウは、モンスターが視覚ではなく灯りの熱を探知しているからだと推測した。

 そのため灯りを持たない私たちには臭いや音、人肌の熱を感知するほどのモンスターしか襲ってこないのではないかということらしい。

 

 実際にスケルトンやアンデッドは、私が近づいてもふらふらと歩いている。

 群れなら怖いが、数体程度をばらばらに相手するなら余裕だ。

 耐久性はゴブリンやスライムとは比べものにならないほど高い。

 しかし、動きは緩慢なため簡単に避けられる。

 それに距離を取るのも楽だし、距離を取るとこちらの位置が把握できていないのか襲ってこない。

 

 気をつけるのはコウモリくらいだが、正面は私が、後ろはシュウが見張っているため、群れで襲われない限り問題にはならない。

 数体程度なら襲って来ても、逃げ回りながら斬ることで対応できている。

 

『スケルトンってさ。血がないからまずいんじゃねって思ってたけど、意外といけるね。やっぱりカルシウムが豊富なのかな』

 

 相変わらず何を言っているのよくわからないが、スケルトンやアンデッドも吸収できるらしい。

 奥に進むうちに斬りつける回数も徐々に少なく済むようになってきていた。

 さらに麻痺付加と毒付加確率上昇を入手したらしい。

 

「その効果の追加というのは、どうやってわかるんだ」

『ああ、これね。頭の中で意識するとポイントと一覧が出てきて、いろいろと選択できるんだ。サーモグラフィーもそれで入手した』

 

 ……いろいろと選べるのか?

 

『うん、そうだよ。今のところ効果追加よりも姐さんの能力プラスを最優先で取ってる。ちなみに今の姐さんは毒と麻痺の耐性が付いてるから。それ以外はまだリストに出てないね。今は能力プラスがなくなったから効果追加を選んだんだ』

「そう、だったのか」

 

 いつもふざけているエロクソ野郎だと思ったが、こいつなりに私のことをちゃんと考えてくれているらしい。

 今まで少し怒りすぎていたのかもしれない。

 

『どうしたの黙っちゃって。あっ、もしかして俺に惚れちゃった。俺の魅力に気づいちゃった。それなら、柄の裏筋をなめなめして欲しいな。きっと気持ちいいと思うんだ』

 

 これがなければなぁ……。

 それに柄の裏筋ってどこなんだ。

 

 

 

 目の前には大きな看板。

 そこにはこう書かれている。

 

『注意!

 この先、ボスモンスター!

 準備を万全にして挑むこと!

 死んだら貴方も仲間入り!』

 

 まさか一日目でたどり着くとは……。

 確かにかなり進んでいるとは思っていた。

 それに敵が多く配置されてきているとも感じていた。

 

 しかし、こちらがそれ以上に強くなってしまっていた。

 特に毒付与の確率上昇が大きい。

 二回斬れば一回は相手が毒になる。

 さらに麻痺も付くことが有り、モンスターは動けずして毒による死を待つことになる。

 

「どうしようか?」

 

 割と真剣に困っている。だから声に出した。

 コンディションは悪くない。むしろ好調だ。

 いくらか攻撃を食らったが、怪我はなく痛みもない。

 ここ数日で私自身も耐久力が増した気がする。

 

 しかし、ボスモンスターともなればそこらの雑魚とは一線を画するだろう。

 現状で入ってもいいものだろうか。

 あくまで参考のために相棒(仮)に話を振った。

 

『姐さんの体調はいいと思う。それと、さっき教えてくれたボスの情報は正しいんでしょ?』

「……ああ」

 

 町でここのボスモンスターの話は聞いている。

 

 ボスはスケルトンクイーン。

 スケルトンを大きくした存在らしい。

 さらにボスの周囲には多くのスケルトンがいて、集団で襲ってくるらしい。

 

 数による攻撃。

 私の戦闘スタイルでは苦手なタイプだ。

 

『ここでのポイント入手も難しくなってきたから、これ以上の強化はほとんどできないね。あと数十体で能力プラスが選択できそうだからそれを取るくらいかな』

「わかった。それが入手できたらボスに挑む」

 

 脇道に逸れてスケルトンやアンデッドを狩りまくった。

 シュウによると能力プラスは使用されたようだが実感はまるでない。

 本当に使ったのだろうか。

 

『姐さんは才能がないからわかんないかもね。もしかして不感症じゃないの? あっ、そんなピリピリしないでよ――まあ、どうしても心配ならさ』

 

 シュウの提案を受けて、近くに落ちていた松明を拾っておく。

 おそらくこれは、ここで命を落とした冒険者のものだろう。

 

 

 

 ボスフロアの空気は冷たく淀んでいる。

 広い部屋には無数の骨が地面に散らばる。

 

『犬が大喜びしそうなところだね、ワンワン。ボスはどこだろう。死んじゃったのかな……って、スケルトンだからもう死んでるか。HAHAHA』

 

 シュウの気持ち悪い笑い声が頭に響く。ついつい舌をうつ。

 最近は舌打ちの回数も如実に増え、キレのある音が出るようになっていた。

 

 しかし、シュウの言うとおり、部屋を見渡してみるもののボスの姿はない。

 注意して部屋の中心へと歩む。

 中心にたどり着くと、かたかたと音が聞こえた。

 骨のこすれる音だ。それが徐々に大きくなっていく。

 部屋中に散らばっていた骨が徐々に目前へと集まってゆき高く高く積もる。

 そうして、一体のやたら大きいスケルトンができあがった。

 

『おお、すごいや。ほんとにボスって感じだね。でも、せっかくクイーンなのに骨だけだなんてがっかりだ。肉付きの重要性を再認識するよ』

「黙っていろ、空気が台無しだ」

 

 相手がスケルトンなのに骨抜きになっちゃうね。

 そんなシュウの声を私は聞かなかったことにした。

 

 スケルトンクイーンの背丈は私の倍近い。

 空っぽな眼孔にはなにやら鈍い光。

 近づいてくる動きを見るに、他のスケルトンと同じく速くはないようだ。

 

 クイーンが片手を上げる。

 呻き声とともに地面から大量のスケルトン湧き、私を囲む。

 

『姐さん。予想通り囲まれたよ』

 

 わかっている。ここまではシュウの予想通り。

 重要なのはここからだ。

 

 大量に出現したスケルトンは私を無視して部屋の入り口に歩き始める、

 

 どうやら作戦は成功らしい。

 囲まれる可能性があったことは予想していた。

 そのためここに入ってすぐ一つだけ細工をした。

 

 入り口近くの壁際に火をともした松明を挿しておいたのだ。

 スケルトンはおそらく目が見えない。

 きっと、より大きな熱量を持った松明へと向かう。

 シュウの作戦は的中した。

 

 クイーンとの間には数体のスケルトンがいるだけ、彼らを斬り倒しクイーンと一対一のサシにもちこむ。

 これなら私に有利な戦いができる。

 

 そして、クイーンとのタイマンが始ま……らなかった。

 

 クイーンの周囲をぐるりと旋回し、後ろに回り込む。

 当然、こちらを振り返ると考えていた。

 だが、クイーンは私を無視して入り口へと歩いて行く。

 

 おや?

 

『クイーンさんもお目々がよろしくないみたいだね。もしくは見えているけど、熱量の大きなものから優先して攻撃するのかな』

 

 返事はしない。音で反応されてはたまらない。

 

 とりあえず後ろから全力の一太刀をお見舞いする。

 さあ、ここからが本番……にならなかった。

 斬りつけたクイーンは動きを止め地面に崩れた。

 

「これって、もしかして?」

 

 これには私も声を出さざるを得ない。

 

『うん。麻痺してるよ。耐性がないんだね。ボスなのに……いや、もしかすると――』

 

 シュウは何か言いたそうだったが、珍しく途中で口をつぐんだ。

 

 あとは一方的だ。

 相手からの攻撃はない。

 数回斬りつけたところで今度は毒が入り、骨がカタカタと震え始めた。

 

『これじゃあ、どっちがボスなんだかわかんないね』

 

 さらに数回斬りつけたところでクイーンは悲鳴を上げて消え去った。

 悲鳴もあげたくなるだろう。同情してしまう。

 

 クイーンのいた場所にドロップアイテムが残る。

 手に取ると、出口の扉がバタンと開いた。

 

『くうぅ〜、メル姐さん! 本当につらく苦しい戦いだったねぇ!』

 

 クイーンを吸い取って満足しているシュウの声に、反応する気力など残っていなかった。

 

 

 

 こうしてウラキラ洞穴の攻略はたった一日で終了してしまった。


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