チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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蛇足17話「楽園開放」

 ポルタ渓谷を越え、次はどこに行こうかと考えたところでシュウから提言があった。

 

『ちょっと遠いけどエルフの里は? 上級ダンジョンのセルメイ大聖林があるし、会ってみたいのがいる』

 

 エルフの森は、エルフ以外の出入り禁制で有名のため、行っても入れてもらえるとは思えない。

 しかし、入れないとしてもエルフの森までの行程で多数のダンジョンに挑める。

 それにあそこは、かつてパーティーを組んだ金髪のエルフがいたはず。

 名前は確か三文字でアイ……、アイ………、そう、アイヤだ!

 

『あいやぁ~! アイヤ違うヨ! アイラね!』

 

 違っていたらしい。

 もうどっちでもいいんじゃないかな。

 

 そんなこんなでエルフの里に向かって道なりに進んでいるわけだ。

 かなり寒くなってきており、小雪がちらついている。

 体に付き、水滴となって熱を奪う。

 

『また――この季節がやってきてしまった』

 

 まあ、暑くなれば寒くもなるだろう。

 ずっと同じ温度で同じ景色を見ているより旅のし甲斐があるというものだ。

 

『季節の循環やら旅の醍醐味なんて次元の話じゃないんだよ!』

 

 声を荒げている。

 いつも意味がわからないが、今日もやっぱりわからない。

 きっとわかる日は来ないだろう。

 あぁ、ほっとする。

 

『何ほっとしてるの! 今年もこの季節が来ちまったんだ!』

 

 だから何が?

 

『クリスマスだよ! クリスマス!』

 

 ああ、そんなのもあったな。

 薄雪郷ニクスでやってたお祭りだったはずだ。

 

 はて、おかしいな。

 去年のはずなのに三年近く経っている気がする。

 

『メタぁ……わかった、この話はやめよう。ハイ、やめやめ』

 

 自分から話を切り出しておいて、いきなり止めようとする。

 ほんと意味がわからない。

 

 そんなことより、あそこで会った少年と少女は今どうしているだろうか?

 

『少女が一月にバイオリズムの異常に気づく。一度の経験でまさかと少女は信じられず打ち明けられない。

 二月に妊娠が確定。両家を巻き込んだ騒動が生じる。殊に少女の父親が婚約に反対し、少年と一騎打ちをする。少年が辛くも勝利。

 四月に結納。まだ婚約を認められない父親は出席しない。

 六月にささやかな式を挙げる。仲間や友達に祝福される二人、それを遠くから見つめる父親。

 十一月には長男が産まれる。名前は希望から取ってホープ。ソープにでもしとけってんだ。しぶしぶ抱いた少女の父。そのとき赤ん坊が初めての笑顔が見せる。

 そして十二月、去年より一人増えてのクリスマス。その中には朗らかな顔で孫を抱く父、いや祖父になった男の姿が……』

 

 なんでそんな具体的なの。

 今の話だともう二人じゃなくて父親が主役じゃん。

 やれやれ、妄想力が異常に発達した者のサガなのだろうか。

 

『くそっくそっ、何が人生の墓場だ。妬ましい』

 

 クリスマス専用のボスという特殊仕様もおもしろかったな。

 逃げるボスはたびたび見てきたが、あそこまで逃げたボスはあれが初めてだ。

 夜には冒険者こぞっての防衛戦もあった。

 

『朗報です!』

 

 悶々としていたシュウが復活し奇声をあげる。

 

『なんと! 次のダンジョンにも! クリスマス仕様が、あります!』

 

 えっ、ほんとか!

 それは良い話を聞いた。

 一度で二度楽しめるとは素晴らしい。

 到着したらさっそくギルドに行こう!

 良いクリスマスになりそうだ。

 

 ……そう言えば、ニクスには変な受付嬢がいたな。

 防衛戦が終わった後、冒険者に宝石をねだっていた女だ。

 

 あの女は、やっぱり今年も宝石に目が眩んでいるのだろうか。

 

 

 

 鉱山都市フェルゼンに着いた私は、さっそくギルドに出向く。

 すでに街はクリスマス仕様になっており、あたりが魔法の光で煌びやかに照らされていた。

 

 この前のニクスとは雰囲気が違う。

 あそこはしんみりとしていたが、こちらは華やかだ。

 好みで言うと、前の方が落ち着いていて居心地は良かった。

 ギルドも賑やかすぎて居づらさを感じる。

 

「どうも、お久しぶりです」

 

 そして、そんな賑やかなギルドの受付に彼女は座っていた。

 去年と同じ、白いまん丸が刺さった赤のとんがり帽子と真っ赤な服を着て。

 

 えっと……、勘違いじゃなければお前はニクスにいた受付嬢だよな。

 

「はい」

 

 なんでここにいるんだ?

 

「宝石がたくさんあるところに行きたいって、冗談の通じない上司の前でぼやいたら、ここに飛ばされました」

『あっ、メル姐さんストップ』

 

 そうか。

 確かに宝石はたくさんあるだろうな。

 この国きっての宝石の大産地であり、名産地でもある。

 宝石に触る機会も多いだろう。

 

「はい、ここに赴任してから幾人もの冒険者から頂きましたよ」

『これ以上いけない』

 

 なんだもらえてるのか。

 良かったじゃないか。

 

「ええ、それはもう、毎日のようにもらえます。皆さん本当に善い人ばかりですよ」

『知ーらない』

 

 何が知らないのか。

 すごいな、毎日のようにもらえるとは。

 いったいどんな宝石なのか見せて欲しいくらいだ。

 

「見せて差し上げますよ」

 

 え?

 

 受付嬢は足下に腕を伸ばし、白い巾着を持ち上げた。

 締めていた紐をほどき、中身を受付のカウンターにぶちまけた。

 中から出てきたのは砂と石ころだけである。

 

『クズ石だね。宝石としての価値を認められない、加工必須の低品質な石ころ。しかも小さいしゴミも入ってる』

 

 私は石ころを見て、何も言ってこない受付嬢を見る。

 彼女の瞳は、カウンターに転がる石よりもなお濁っており恐怖すら覚えた。

 

「おう、エアデ! 今日も石が手に入ったからやるよ! ほれ、ちゃんと受け取れ!」

 

 後ろから元気な声がして、石ころがカウンターに転がる。

 大きさはそこそこでかいが、色がくすみ、はっきりとわかる傷がついていた。

 クズ石は勢いのまま机の下へと落ちて割れた。

 後ろで冒険者達の笑い声が木霊する。

 

「私は……、私はこんな石なんて見たくなかった」

 

 両手を握りしめ、机を強く叩く。

 周囲の冒険者は慣れっこなのか誰も気に止めない。

 原石がいくらで売れたか、誰が良いのを見つけたという話が聞こえてくるだけだ。

 

「邪魔するぜ」

 

 どうしようと困っていたところで後ろから低い声が重く響いた。

 ざわついていた冒険者達は嘘のように静まりかえっている。

 なんだろうと振り返れば入口に大柄の男が立っている。

 

 背は高く、体型もそこらの冒険者に劣っていない。

 鋭い目つきは、完全に獲物を探すモンスターのそれである。

 服装も艶のある豪奢な毛皮だが、服に着られていない風格を纏う。

 ふむ……。

 

 男は背後に付き従う二人の子分を連れてギルドに立ち入る。

 冒険者は左右に分かれ、男が通る道を作っていた。

 

「ヴィンター様、よくぞお越しで。どうぞこちらへ!」

 

 ギルドのやや痩せぎすの人間が大慌てでヴィンターを案内する。

 端から見ると完全に獲物と捕食者の光景だった。

 

 ヴィンターが近くを通り過ぎる際にちらりと私を見た。

 

「クズがクズを持ってきてクズがみる、か。ここはクズしかねぇな」

 

 そう言って、低く笑いそのまま奥に消えた。

 悪口を言ったようだが、その程度は余裕で聞き流せるレベルだ。

 むしろ、きまずい空気を解消してくれた救世主という感謝の度合いが大きい。

 

 しかし、いかにもな権力者だ。

 ギルド長ではないだろうし、ここの領主かそのあたりだろう。

 

「ザムルング商会の幹部で、ここの鉱山主代行のヴィンターです」

 

 ザムルング商会は何度か聞いたことがある。

 具体的に何をしているのかよくわからんがいろいろ力を持ってる組織だ。

 ここ数年で勢いをぐんぐん伸ばしていると聞くが、あまり良い噂を聞かない。

 

 それよりも気になったのは後の単語だ。

 鉱山主というのは、もしかしなくてもシャッツ鉱山の持ち主ということだろう。

 

「ザムルング商会の会長が鉱山の権利を持っていて、その代行であるヴィンターに管理の全権が任されている、というのが正確です」

 

 風の噂で聞いたことがある。

 鉱山都市フェルゼンに大層なやり手がいると。

 

 フェルゼンの歴史は古い。

 シャッツ鉱山のすぐ側にあり栄えたが、一度廃坑になりゴーストタウンとなった。

 そこに新たな技術を持ち込み、建て直したのが今の鉱山都市フェルゼンだ。

 かつて以上の熱気がこの都市には戻っていると聞く。

 

「廃坑になり暴落しているシャッツ鉱山を買い叩き、ここ数年で精錬法が発見された魔力結晶グラマナイトの露天掘りを三年足らずで成功させた男です。その先見の明たるや。あいつさえいなければ、私はこんなところに来ずに済んだというのに……」

 

 すごい奴だな。

 それよりあいつ……どこかで会ったことがなかったか?

 

『前にガンムルグの町で見たね。あのときはナギム廃坑を越える運び屋商売をしてた』

 

 そこまでは覚えていないが、風格は今と同じだったよな。

 たぶん、それで印象に残ってるんだ。

 ふふ、まったくな。

 

『どうしたの急に笑い出して、気持ちわる』

 

 もうちょっと言い方ってもんを考えてもらえませんかね。

 

 いやな。ちょっと思ったんだよ。

 彼も私も見た目はほとんど変わってないのに、地位ばかり変わっていってしまったなと。

 

『あっちは地位が見た目相応になったのに、こっちときたら……』

 

 それは仕方ない。

 私はチートがなければ、せいぜい初級冒険者であるとわかってるからな。

 本来の力に合わせて、それ相応の姿をしているという訳だ。

 

『せめて初級相応の振る舞いをしてくれれば……』

 

 おい、ちょっと待て。

 初級クラスはさすがにいってると自覚してるぞ。

 

 これ以上は無駄だと言うように、シュウは溜息を一つこぼした。

 

 

 

 あっという間に翌朝である。

 よく寝たためか体調はすこぶる万全完全。

 雪がちらちら舞うがなんのその、今の私は止まることを知らない。

 

 ダンジョンの情報は概ね把握した。

 とは言っても、まだ新しいダンジョンなので不確かなところもある。

 それくらいの方がおもしろいというものだ。

 

 意気揚々と闊歩していると人が倒れていた。

 両手には酒瓶を持っており、うつぶせのまま動かない。

 

『止まるんじゃねぇぞ』

 

 あまりの光景に思わず足が止まっていたようだ。

 見て見ぬ振りをしたい気持ちはあるがそういう訳にもいかない。

 なにしろ倒れていたのは、ダンジョンの情報を教えてくれた例の受付嬢だったのだから。

 

 軽く揺すると彼女は目を覚ました。

 くるんと寝返りをうち、そのまま上半身を起こす。

 

『「ブロークン・ダイヤ」に「ペイナイト・ハート」とは、きっついの呑んでるなぁ』

 

 うっわ……、ほんとだ。

 普通の人間ならボトルの一割も空けられない代物だぞ。

 私も口に入れたことはあるが、これは酒じゃなくてただのアルコールだろう。

 全てではないが、どちらのボトルも半分は呑まれている形跡がある。

 

「やってしまった」

 

 彼女は頭を軽く抑えながら項垂れる。

 どうやら大丈夫な様子だな。

 意識もある。

 

 さて、ダンジョンへ行こうかとしたところで足を掴まれた。

 

「もしかしてダンジョンに行きますか? 行きますよね」

 

 そうだけど、それが何か。

 昨日はいろいろ情報を教えてもらって助かった。

 まあ、仕事だから払った金に対する正当な見返りなんだろうが。

 なんか拾ったらやるから足離して。

 

「要りません。私も行きます」

 

 そう言って、喉に詰まっていたらしい痰をかぁっぺっと吐き出す。

 

 は?

 

「ダンジョンに連れて行って下さい」

 

 は、いや、なんで?

 

「言わないとわかりません?」

 

 わからん。

 まったくわからんな。

 さっぱりわからんということが、言わんとわからんか?

 

「では申し上げましょう。我慢ならないんですよ! 見たでしょう! あの無残な石を!」

 

 昨日、カウンターにばらまけたあの石のことだろう。

 確かに見たが、それがいったいどうしたというのだろうか。

 

「気づいたんです。他人に任せても駄目だと。欲しい物は、自らの手で掴まなければならないと!」

 

 それでダンジョンに行くと?

 あまりダンジョンをなめるなよ。

 ちょっと油断しただけで死ぬところだぞ。

 

「貴方こそ、極限級だからって私をなめないでください。あの受付でクズ共にずっとクズ石を見せ続けられるくらいなら死を選びます。いいえ、私はすでに死んでいたんです! それならクズ石の一つだろうと自分で掴み取らないと気が済みません」

 

 自分のことを棚に上げさせて言わせてもらう。

 馬ッ鹿だなこいつ。

 

『俺は嫌いじゃない』

 

 私もだ。

 むしろ好きですらある。

 で、どうだ。こいつはいけそうか?

 

『難しいね。でも、本人に覚悟があるなら、いけるいけないは問題にならないんじゃないかな』

 

 そうだな。

 とりあえずやってみるか。

 死んだらそこまでだったということで。

 

『うん。ただ、もしも良い石が手に入っても――』

 

 もしもの話は不要だ。

 すでに彼女は挑む気満々なのだから。

 何が起きたとしてもさほど問題はあるまい。

 

 こうしてギルドの受付嬢という、かつてない組み合わせでの攻略が始まった。

 

 

 

 シャッツ鉱山には採掘場が大きく二カ所ある。

 一カ所は、魔法結晶グラマナイトを産出する第六区画。

 露天掘りとかいう方法を用いられているらしく、地表から大きな穴を渦のように空けている。

 こちらは数年前から始まったのでまだダンジョンになっていない。

 

 件のダンジョンは旧採掘場である第一から第四区画までである。

 第五区画は落盤により完全に埋まっており入ることはできなくなっている。

 こちらは露天掘りに対して坑内掘りと言われ、深い鉱脈を目指して掘っていく方法のようだ。

 浅いところが第一区画で、深くなるにつれ数字は大きくなっていく。

 そして、モンスターの強さもより強くなる。

 

 シャッツ鉱山は複数の難易度を有するダンジョンになる。

 第一区画アーベントが初心者クラスで、第二区画ナハトが初級。

 中級の第三区画ドゥンケルハイトが続き、最深部に上級の第四区画トートが待ち構える。

 

 鉱山としての歴史こそあれど、ダンジョンとしての歴史は浅い。

 廃坑になるまではただの坑道であり、廃坑になってからは入口が閉鎖されていた。

 ザムルング商会が鉱山を買い上げてから、ようやく旧坑道がダンジョンになっていると発覚した訳である。

 

 新しいダンジョンの攻略を求めて冒険者がぞくぞくと集まった。

 フェルゼンは鉱山都市であるだけでなく、ダンジョン都市でもあるのだ。

 当初はダンジョンの利権関係でザムルング商会と国で揉めたようだが、今は落ち着いている。

 

 さて、そんなダンジョンを受付嬢のエアデと攻略しているのだが……。

 

「くたばれ!」

 

 まさか酒瓶を武器にして戦うとは思っていなかった。

 まだ第二区画ナハトと初級だが、それでもばったばったとモンスターを倒している。

 

 あれはどういうチートなんだ。

 

『酒乱専用スキル「持っていたのは酒瓶か?」だね。持ってる酒瓶の銘柄によって効果が変わる。効果は弱くなるけど酒瓶以外でもいける。灰皿でもリモコンでもなんでもオッケーだよ』

 

 なかなかおもしろいスキルだな。

 左手に持ってるブロークン・ハートはなんとなくわかる。

 ゴーレム系のモンスターが一発で砕けてるところを見るに破壊だろう。

 

『うん。破砕効果がついてる。無機物相手なら効果はてきめん。当てさえすれば悉く粉砕できるでしょう』

 

 さすがに酔ってるのと戦闘に慣れてないだけあって命中率は低い。

 よく分からないのが右手に持ってるペイナイト・ハートだ。

 当たった相手が消えてるんだが……。

 

『消失効果だね。かなり珍しい。すぐにまた現れるけど、時間稼ぎはできるでしょう。現実だって殴られた被害者は、表に姿を見せなくなるもんさ』

 

 よくわからないが、そんなものだろうか。

 あとなんか、うわっ、すごい攻撃を避けてないか。

 今も転びかけて攻撃を避けた。見てて冷や冷やするからやめて欲しい。

 

『こっちも酒乱専用スキル「酔えば酔うほど――」』

 

 酔えば酔うほど……何? どうなるの?

 

『いや、ほんとにそれだけしか書いてない。でも、見ればわかるね』

 

 まあ、そうだな。

 明らかに動きが良くなってるし。

 

『初級なら大丈夫でしょう。中級でもいけるんじゃない。楽しそうだから、万事問題なし』

 

 そうだな。

 宝石、宝石~と楽しげに歌っている。

 こんな調子で第二区画ナハトを突破した。

 

 戦場は第三区画ドゥンケルハイトに移ったが、それでも順調である。

 相変わらずエアデは間一髪で攻撃を避けているが、相手は一撃で屠っている。

 無論、私も中級程度で苦戦することはない。

 

 そういやこの酔っ払いはさっきから変な行動をしている。

 拾ったドロップアイテムを捨てたり、そもそも拾わないこともある。

 慣れてないからだとも考えたが、そもそもがギルドの受付嬢だ。ドロップアイテムを見る機会は多い。

 

『あれは、すごいよ……』

 

 何がすごいんだ。

 今もアイテム結晶を素通りしたぞ。

 宝石が欲しいって言ってるのに、拾わないっておかしいだろ。

 

『ちょっとそれ拾ってみて』

 

 エアデが無視したアイテム結晶を覗く。

 きらきらした赤い結晶が見える。

 

『ね。色が混ざっててやや濁りがある』

 

 いや、さっぱりわからん。

 ぱっと見、きらきらしてるぞ。

 

『結晶を解いてみて』

 

 言われた通りに結晶を解き、手の上に乗せてみる。

 確かに赤みが薄い気がしないでもないが、これで十分じゃないか。

 そもそも濁りなんてないだろ、普通に透明だ。

 

『濁りと表現すると良くないか、透明度がやや低い。ジェエリークオリティだ』

 

 それでもかなり高く売れるんじゃないかこれ。

 

『貴族連中のブレスレットやらネックレスの装飾用の石として十分に使えるね。王族が付けててもおかしくない』

 

 すごいじゃん。

 なんであいつはこれを拾わないんだ。

 酔いがまわりすぎてるのか。

 

『いやね。俺も最初は酔ってるんだと思ったんだよ。でも、あいつはちょっとやばい。ただの宝石好きに納まらない。チートの影響もあるだろうけど、少なくとも宝石においては素で俺よりも見る目を持ってるんじゃないかな』

 

 お前がそこまで言うとは。

 

『恐ろしいのはね。あいつはアイテム結晶どころかモンスターの時点ですでに判別してるんだ。見て』

 

 エアデを見ると、モンスターの攻撃をかいくぐって攻撃をした。

 二体いたうちの一体は消失させ、もう片方は破壊する。

 アイテム結晶をちらりと見たが拾わずに進む。

 さっきと全然かわらんのだけど……。

 

『まずモンスターの姿形を隈無く観察してる。避けながらね』

 

 確かにそうかも。

 今もすぐ倒せそうなモンスターを攻撃せずに避けまわっている。

 

『モンスターの大きさやしなやかさ、ついでに艶も見てる。基準に達しない敵は消失かさっさと破砕してる。もしくはメル姐さんに回したりね』

 

 倒せそうなのに無視していたのはそういう理由があったのか。

 疲れてこっちに任せてるのかと思った。

 

『もちろんそれもある。あのスタイルはかなり疲れるだろうから。一方でだ。基準を満たした敵は、相手を一撃で砕け散るポイントまで押さえて倒してる。戦い方自体は素人だけどね』

 

 さっきから攻撃しないのはそのせいか。

 攻撃して倒してもアイテム結晶を拾わないのは――、

 

『あいつが求めてる水準が、装飾品を飾り付けるジュエリークオリティなんかじゃないからだ。ジェムクオリティ――飾ることなく其れ一個として鑑賞にたる水準を求めてる。ちなみに今のあいつが持ってるアイテム結晶はゼロ。前に拾った石は全部捨てた』

 

 ジェムクオリティというものがどれほどのものかは知らない。

 だが、あいつがここまで倒してきたモンスターの数は多い。

 その中で一個もないというのはあまりにも基準が厳し過ぎるんじゃないか。

 

『小さい石の中でも百個中一個でもジェムクオリティがあればいいのに。あいつは大きさでも篩にかけてる』

 

 ……それ、見つかるの?

 

『わからない。一つ言えることは、深く潜れば潜るほど――ダンジョンの難易度が上がっていくほど、クオリティとサイズは上がっていってるってことかな。問題は上級のモンスターを今ほど上手く倒せるのかってことだね』

 

 上手く倒せば良い物を落とすが、難易度が上がれば上手く倒せなくなるだろうと。

 つまり、ここからが正念場というわけだ。

 

 

 

 そして、第四区画トートに至った。

 

 シュウの懸念は的中することになる。

 チートの能力アップとスキルのおかげでモンスターを倒すだけなら問題ない。

 しかし、良い石を得るための観察と適切な破壊が、素人同然のエアデには難しくなった。

 

 私の状態異常で弱らせてからも試してみたが駄目だった。

 どうやら弱らせたモンスターからドロップする宝石のクオリティーは落ちてしまうらしい。

 相手の一番輝く瞬間に、ただ一撃をもって適切な箇所を粉砕すること。

 これこそが高クオリティの宝石をゲットする条件のようだ。

 

 問題は敵の強さだけではない。

 天井より岩盤は砕け、地面は岩が剥き出しである。

 環境が劣悪だ。私たちはまだ良いが、炎をつけると引火性のガスと反応し爆発を起こす。

 鉱山時代には、ガス爆発、落盤、出水で多数の死者が出たという記録が残っている。

 

 採石は、難航を極めた。

 

 休憩を増やしつつ奥へと歩を進めていく。

 

「右から二番目!」

 

 モンスターの群れを見ると、私がエアデの叫んだもの以外を倒す。

 一体になったところで私がかく乱し、エアデが隙をついて破壊する。

 この方法で何体も何体も砕いていった。

 

 とうとうボス部屋の扉に到着する。

 途中で何度も結晶に手を伸ばしかけては止めるという動作が見られた。

 

『妥協しよういう意志と、最上の物をという執念、あるいは欲望の相克だね』

 

 結果として、彼女が拾った石は未だゼロである。

 彼女が手を伸ばしかけた結晶は、もったいないから私が拾っておいた。

 別にお金は欲しくないのだが、金よりも物を欲しがる人間には良い取引材料になる。

 シュウが褒めるほどの審美眼だ。拾った石の価値に疑いはない。

 

 まぁ、なんだ。

 とりあえずボスまで来たんだから挑んでみよう。

 

 ボスは女帝エーデルシュタイン。

 宝石で構成されたゴーレムで、見た目が輝いているらしい。

 本来は豪奢な椅子に座り鞭を振ってゴーレムを操るが、この時期限定で戦う姿が変わる。

 ソリに乗り、黄色い宝石のトナカイに鞭を振るって華麗に空を飛ぶとか。

 

『トナカイになりたい』

 

 そうか、としか言えない。

 いきなりトナカイになりたいと呟かれて、なんと答えれば正解なのか……。

 わかるやつがいたら教えて欲しい。

 

「女帝エーデルシュタイン、何度も聞いていましたけど実物を見られるなんて……」

 

 こちらも疲れを感じさせない恍惚とした表情になっている。

 

『両手に酒瓶を持ってなかったら夢見る乙女だったね。ちなみに今は居酒屋のOLが良いとこ』

 

 どうやら大丈夫そうだな。

 そろそろ作戦会議といこう。

 

 私は飛んでる相手は苦手だぞ。

 雑魚なら石を投げとけばいいがボスだときつい。

 ゲロゴンブレスを撃とうにも、こんなところで撃ったらどうなるかわからん。

 

『メル姐さんだけならともかく、エアデとの組み合わせなら即殺できる』

 

 ほう、どうするんだ?

 

『メル姐さんがボスに向かってエアデを投げつける』

 

 本気で言ってんの?

 

『最初は魔法が来るって決まってるんでしょ。発動させるタイミングで動きがわずかに止まる。そのタイミングを狙ってエアデを投げる』

「それ……私が大変なことになりませんか」

 

 だよな。

 私が狙いを外したら壁か天井にぶつかる。

 タイミングが遅かったら発動した魔法にエアデが直撃する。

 仮にタイミングが完璧だとしても、宙に浮いた状態で攻撃ができるのか。

 

『狙いに関してはチートで問題ない。タイミングは俺がメル姐さんに伝えるから……、うん、まぁ、確かにハイリスク。でも、ハイリターン。ボスから良い石を手に入れるためなら一番だと思う。わかってると思うけど狙いは顔ね。怖じ気づいたなら、他の――』

「やります。仕留めてみせます」

 

 確固たる意志を感じ取った。

 

『……果たして、そう上手くいくかねぇ』

 

 エアデは、右手に持ったペイナイト・ハートをぐびりと呑んでいく。

 うわぁ、その酒はそんな風に飲む酒じゃないだろ。

 

「見くびらないで頂きたい――石に賭する私の想いを」

 

 そうだぞ。

 私はここまでの道のりで確かに見た。

 彼女の石に対する姿勢は、死を物ともしないものだ。

 妄念だろうが、それもまた信念。

 

 お前はそれが感じ取れなかったのか?

 いいや、お前に感じ取れていないはずがない。私ですら感じ取れたんだから。

 

『うん。だからこそだよ』

 

 だからこそ?

 彼女が石を思うからこそ失敗すると?

 意味がわからない。

 

『まあ、やってみようか。杞憂ならそれに超したことはない』

 

 そうだ!

 実行あるのみ!

 砕け! 女帝エーデルシュタイン!

 

 

 

 ボス部屋をくぐった第一印象は煌めかしいに尽きる。

 女性を象った赤色の宝石ゴーレムが、これまた青い宝石でできたソリの上に立っている。

 ソリの先頭には黄色のトナカイが繋がれていた。

 

 赤いゴーレムが手に持った鞭を黄色のトナカイに振ると彼がソリを弾き空を飛んでいく。

 壁や天井にも宝石がついているのか、煌めく星空を飛んでいるかのようで幻想的だ。

 

 しかも、なんだろう……これは音楽なのか。

 

『面白い鉱石だね。魔力に反応して音楽が流れるなんて』

 

 そんな石があるんだな。

 

「リィートシュタイン――あのトナカイがそれです」

 

 ほー、それは勉強になった。

 さて話している場合じゃないな。

 相手がさっそく魔法を詠唱し始めている。

 

 私はエアデの両足を掴み、いつでも投げられる体勢に移る。

 後はシュウの合図を聞いて投げるだけだ。

 狙いはだいたいで問題ない。

 

 野蛮人スキル「投石」により投げる物の命中は約束され、威力も上がる。

 前に人間でも試してみたがしっかり効果は発揮された。

 

『投げられた人間は、全身骨折してたけどね』

 

 そうだったかもしれない。

 今回はチートの加護とかあるし、たぶん大丈夫だ。

 

『……黙って。そろそろタイミング合わせるよ』

 

 鉱石の奏でる曲に合わせ、エーデルシュタインは詠唱を口ずさんでいく。

 移動後に残る黄、赤、青の残光が、宝石煌めく夜空を彩る。

 

『今!』

 

 っそーい!

 シュウの声に合わせ、体を一回転。

 回転の力を加えてエアデをボスへと投げつける。

 

 タイミングは完璧。

 さすがシュウと言わざるを得ない。

 魔法の詠唱が終わり、ボスの動きが停止している。

 

 もちろんほんのわずかな瞬間だ。

 ボスの体の中を魔力だろうか、赤い光が通り抜けるのが見えた。

 その光が体の外に出る瞬間――まさに魔法が発動する瞬間にエアデはボスの前に来ている。

 

 よしっ! やれっ!

 

 相手の一番輝く瞬間に、叩くべき場所を一撃で粉砕する。

 エアデは空中で酒瓶を器用に構え、エーデルシュタインの顔面を捉えている。

 そして、彼女は左手の酒瓶を叩きつけた。

 

『……やっぱそうだよね』

 

 彼女の酒瓶は振られたが、狙いは逸れた。

 ボスの右肩を砕くにとどまった。

 

 タイミングも姿勢も完璧だった。

 外れたというよりも外したように見えたんだが……。

 

『だろうね』

 

 どういうことだ。

 なぜ彼女は狙いを外したんだ?

 

『それは後で説明する。今はエアデを拾って』

 

 落ちてくる彼女は右手の酒瓶でトナカイを殴っていた。

 空を飛ぶ力を失ったボスもエアデと一緒に落ちてくる。

 

 エアデはなんとか拾えたが、彼女は何も言わない。

 酒瓶を握りしめ、歯を食いしばっている。

 

『先にボスを片付けて』

 

 シュウの言葉に従い、エアデを地面に降ろし、落ちてきたボスに向かう。

 そこから先はいつもと何ら変わったことはない。

 何度か斬りつけて終わりだ。

 

 

 出てきた結晶は二つ。

 片方を手に取って、覗いてみる。

 透き通るような赤色だ。大きさもかなりある。

 

 おお、さすがボス。綺麗じゃないか。

 なんだ心配してしまったけど、いいじゃないかこれ。

 

『見せて。……ん、メル姐さんの目がビー玉ってことがよくわかった』

 

 は?

 十分きれいだろ。

 これの何がいったい駄目だと言うんだ。

 

『よく見て。中に亀裂が走ってる』

 

 言われてみれば、この模様が亀裂なのかもしれない。

 いや、それともこっちの線がそうなのかな……。

 

『亀裂は上手く割れば何とかなる。致命的なのは、単色じゃないからムラがあることかな』

 

 ムラあるか?

 普通に赤一色だろ、これ。

 

『違う。わずかにソリの青とトナカイの黄の元色が混ざってる。高価ではあるけど至高じゃない』

 

 駄目だ、わからん。

 そもそもエアデはなんで狙いを外したんだ。

 私の見る限りでは、完全に顔面を狙えてただろ。

 

『エアデの石に対する想いが本物だったからでしょう』

 

 ボス部屋に入る前にも言ってたな。

 

『妄執だと思ってたけど、あれは確かに信念と言っていい。美への恐れを知っている』

 

 そういう「俺わかってるぜ」みたいな台詞はいいから。

 早く簡潔に物を言って。

 

『エアデは高質の宝石が大好き。でもボスのエーデルシュタインはそれ自身が超高質の宝石。エアデは宝石が大好きであるが故に、宝石のエーデルシュタインを砕けない。それでも砕こうとはしたけど、目の当たりにして躊躇いが生じた』

 

 その結果、狙いを外したと。

 最初からそう言ってくれれば良いのに。

 

 今、仰向けになって複雑な表情をしてるのは?

 あっ、やけ酒をくらってる。

 

『至高の宝石を手に入れるには、エーデルシュタインの顔面を狙って、一撃で粉砕しなければならないことはわかった。果たしてそれが本当に自分にできるのか反芻してる』

 

 なるほどな。

 他の冒険者が来てるわけでもない。

 休憩がてら、もうちょっとここで考えさせることにしよう。

 

 

 

 待ってみたが、エアデは起き上がらない。

 目を瞑って安らかな表情だ。

 あいつ寝てないか?

 

 近寄って何度か声をかけて、ようやく薄目を開いた。

 

「宝石の――彼らの声が聞こえた」

 

 ……そうか。

 疲れてるな。もうちょっと休んどけ。

 どうだ、休憩したらもう一回ボスに挑んでみないか。

 

「ねぇ、どこ? どこから呼んでるの? おぉい、私はここにいるよぉ」

 

 ふらっと立ち上がりボス部屋をうろつく。

 おいおいやばいぞ、あいつ。

 

『飲み過ぎたのかな。いったんダンジョンから出よう。これ以上は精神に異常をきたす』

 

 そうだな。

 シュウに心配されている。

 精神はもう手遅れかもしれない。

 壁に耳を当てて、なんかぶつぶつ喋ってるしな。

 酔って酒瓶と話をする奴らをたまに見るが完全に一致だ。

 今のあいつに必要なのは水とベッドだろう。

 

『ベッドは寝ゲロするからなぁ。カフェイン飲料にしよう』

 

 なんにせよ、連れて帰る必要があるのは間違いない。

 

「……うふふ、ここなんだね」

 

 何がここなのかはわからない。吐く場所でも探してるんだろうか。

 エアデは右手に握った酒瓶で壁際の岩を殴った。

 もう駄目だ、この酔っ払い。

 おい、帰――ぇ……。

 

『……まったく気づかなかった』

 

 彼女が殴った岩は消失効果により消えた。

 消えた岩盤は思ったよりも大きく、奥へと坑道が続く。

 

『なるほど……酔えば酔うほど感覚が研ぎ澄まされていくのか』

 

 その奥には扉があった。

 扉は岩ではない――白く鮮烈に輝いている。

 

 

 

 新たな扉の出現を前にして、私は興奮を抑えることができない。

 ここから先は全て未知。ギルドの情報を超えた、この現状こそ我が昂揚。

 

「あはは、今行くからねぇ~」

 

 エアデは扉に歩いて行く。

 私も彼女の背を追って扉へと進む。

 ここから先は落盤によって潰えた幻の第五区画なのだろう。

 

『俺も楽しみなんだけど、あえて言っとく。気を付けてね』

 

 ああ、ここが上級なら扉の先に待ち構えるのはそれより上の可能性が高い。

 本当ならエアデを押しのけて扉を開けてしまいたいが、この気持ちは留めておくことにしよう。

 なにしろここを見つけたのはエアデだし、彼女に開けてもらったほうが問題への対処もしやすいというものだ。

 

 完全に泥酔している彼女の分も気を張って構えていたが、特に何も起こらない。

 扉の先は特に変わり映えしない普通の坑道だった。

 

『いや、反響がおかしい』

 

 言っていることはよくわからないが、進んでいるうちに異常に気づいた。

 岩に囲まれた道が、徐々に白っぽい石に変化していく。

 坑道の高さと横幅も徐々に広くなる。

 そして私たちは見た。

 

『ここは、宝石の楽園なのか……』

 

 開けた世界は色とりどりの宝石により煌めいていた。

 床も、壁も、天井も、そして場に置かれたあらゆる物体が光を乱反射している。

 その中にエーデルシュタインのように人の姿を取っているものが多数見受けられる。

 ガラス玉と揶揄された私でもわかる。彼らの放つ輝きこそが、エアデの求めていた光なのだと。

 

 私ですら息が止まるほどの光景だ。

 いったいエアデの目には何が映っているのだろうか。

 

 隣で立ち尽くす彼女に目を向ける。

 彼女は目を見開き、涙を流し、口をまん丸に開けた状態でかたまっている。

 

『あっ、呼吸が止まってる。軽く背中を叩いてやって』

 

 ぽんぽんと背中を叩くと思い出したように呼吸を始めた。

 しかし、その呼吸は異常に速い。速すぎないか。

 

『まずい、過呼吸起こしてる。横にして落ち着かせて――』

 

 その後はシュウの指示に従ってエアデに処置を行った。

 

 目隠しをさせて横にしてようやく落ち着いてきた。

 処置にはかなり時間がかかったが、特に襲われはしなかった。

 宝石人どもは私の側に寄ってきたが、攻撃をせず何やら興味深そうに見つめている。

 たまに私に触って来る奴らもいて落ち着かない。

 

『客として迎えられてるのかな』

 

 でも、ここはダンジョンなんだろ。

 

『それは間違いないだろうけど、こいつらから敵意は感じないよ』

 

 それは私もわかる。

 あと何か喋ってると思うけど聞き取れない。

 お前のチートで聞こえるようにならないのか。

 

『駄目だね。登録されてない。まだ言語として認識できる水準になってないのかもしれない』

 

 うーん、とりあえず斬ってみようか。

 

「あっ……」

 

 落ち着いてきたエアデが目隠しを取ってしまっていた。

 現状、周囲は高品質の宝石人に囲まれている。

 彼女の目には私以外が理想の宝石で――。

 

「あっああぁ……」

 

 手を伸ばし、宝石人に触れようとする。

 宝石人達もエアデの伸ばした手に触れようとしている。

 触れようとした瞬間に、エアデは手をさっと引いてしまった。

 

『正しい。素手で触ったら油分がついてほこりや汚れを付着させる』

 

 触りたくて仕方ないが、汚してしまうから触れられないというジレンマに陥ってるようだ。

 

「あぁぁぁああ、ああ、あ……」

 

 宝石人達をぐるりと見回し、嘆きをあげたところで白目をむいた。

 最後に顔を覆った両手がだらしなく地面に落ちる。

 

『気絶しちゃった。意識が限界だったみたい』

 

 そのようだな。

 やれやれ忙しい奴だ。

 

 ほっとくのもあれなので、エアデを担いで宝石の楽園を探索する。

 

 宝石の椅子に机、ベッドも見つけた。

 広場の中央には大きな木の形をした宝石もあった。

 木には様々な色や形をした宝石がちりばめられている。

 

『こんな豪華なクリスマスツリーを見ることがあろうとは』

 

 さらに奥へ進んでいくと宮殿があった。

 だだっぴろい中に柱がぽつぽつと立っている。

 もちろん柱も宝石だ。複数の切子面に何人もの小さな私が映っている。

 

『宵が過ぎ、夜に入り、闇は充ち、死を迎え、そして――楽園へ至る』

 

 シャッツ鉱山が第五区画パラディース。

 シュウにそう名付けられたこの区画にもボス部屋があった。

 

 一際大きな扉だ。

 宮殿の最奥に、その扉は相応しい。

 虹色に輝くその石は、紛うことなく私を導いている。

 

 背には気絶したエアデ。

 左手にはいつもの重さのシュウ。

 右手にはまだ中身が残る酒瓶が二本。

 

 楽園の守り手に、私たちの輝きを刻む時、来たれり。

 

 

 

 荘厳なる輝きの扉を開けば、そこには奥へと長く伸びる広間があった。

 

 一番奥の台座には一体の宝石人が鎮座している。

 そして私と彼を結ぶ道を挟むように宝石人が規則的に並び私を迎える。

 

『あかん、クリスマスモードで台無しだ』

 

 問題は彼らの頭上には赤いとんがり帽子の宝石が載っていたことだ。

 一番奥のボスですら赤い帽子をつけている。

 

「マイン・カイザー! サミクラウス!」

 

 ボスに一番近い宝石が叫んだ。

 喋った……、おいおい宝石が喋ったぞ。

 

「マイン・カイザー! サミクラウス! マイン・カイザー! サミクラウス!」

『マイン・カイザー! サミクラウス!』

 

 他の宝石達も同じ単語を唱和していく。

 ついでにシュウも合わせている。

 それどういう意味なの?

 

『我が皇帝、サミクラウス。ちなみにサミクラウスはサンタクロース。これもクリスマス演出だね。ほんとは違う名前だと思う……思いたい』

 

 台座の椅子に鎮座していたボスが立つと唱和がピタリと止んだ。

 マントに包まれた大きな体は、ただ立つだけで周囲を圧倒している。

 

「フローエ・ヴァイナハテン!」

 

 ボスが叫んだ。他の宝石人も続く。

 

「フローエ・ヴァイナハテン! フローエ・ヴァイナハテン!」

『メリークリスマス! イエー!』

 

 片手を挙げたまま三度唱和すると、ボス以外の宝石人が細かく砕けて消えた。

 床に散らばった細かい結晶が、まるで銀河のようだった。

 

『エアデがこれを見たら、ショック死に間違いないですわ』

 

 ボスも台座から足を下ろす。

 

「フローエ・フェストターゲ!」

 

 怒号を鳴らし、マントを脱いだ。

 

『へ、変態だー!』

 

 お前が言うなと言いたいが、確かに見た目はほぼ変態だ。

 マントを脱ぎさったら、中身はほぼ裸体で、しかも頭には赤帽子。

 しかも、これ見よがしに自らの体の強靱さを変なポーズで示威してくる。

 あまりにもひどく、見ていられないなと私は顔を背けた。

 

『何やってんのッ! 前ッ!』

 

 シュウの哮りに視線を戻すと、ボスはすでに眼前に迫っていた。

 彼の両腕は頭上に振り上げられ、今にも私を叩き潰そうと引き絞られている。

 

 速っ……。

 

 回避は間に合わない。

 とっさに左腕を上げシュウで防ごうとする。

 まずい……下ろされる両腕は白銀の雷霆。防ぎきれないことを感じた。

 

 ――しかし、ボスの握られた両拳はシュウに当たる直前で止まっていた。

 

 ボスは両腕を引き、一歩下がる。

 私も何が何だかよくわからないまま、ゆっくりとシュウを下ろした。

 

 ボスが片手を私に差してくる。

 えっと……なに?

 

『後ろ』

 

 気配を感じて顔を後ろに向けると、紫の宝石人がいつの間にか立っている。

 その透き通る両腕を私に差し出しているがどういうことだろうか。

 

『エアデを預かるってことだよ。どうやら、ただ強いだけの変態じゃないようだ』

 

 意味がわからんのだが。

 

『気を失った一般人を叩き潰すことは彼の皇帝としての誇りが許さないらしい。ましてや、その気絶した仲間を背負ったまま戦う戦士を倒したとして、自らをカイザーと仰ぐ配下の者たちへの示しにはならんということでしょう』

 

 なるほどね。

 ずいぶんと余裕なことで。

 モンスターに手心を加えられるなんて初めてだ。

 

 それなら遠慮なくエアデを預かってもらおう。

 彼女を背中から下ろして、紫の宝石人の両腕に乗せる。

 彼、あるいは彼女はエアデを部屋の隅に運び、横にさせていた。

 

『さて、相手はただの変態じゃない。変態紳士――いや、変態皇帝だ。油断なく挑ませてもらうとしよう』

 

 ああ、攻撃を止めたことを後悔させてやる。

 いくぞ、変態皇帝に変態チート野郎の力を知らしめてくれよう。

 

 

 

 啖呵を切ったはいいが、正直言って苦戦している。

 さっきはよそ見した隙を突かれただけだと思ったが、そこそこ速い。

 斬りにいっても、上手く避けられる。変なポーズもおまけで付けてきやがる。

 それでも多少は当たるのだが、まったく攻撃が通らない。シュウの刃が表面を滑っていく。

 

『まずいね。速さこそこっちに劣ってるけど、身体能力を補う戦闘技術がある。さらに弱体効果の通りづらさに、異常に堅い表面ときた。魔力は吸収できてるけど、効いてる気はしない。相性が悪いと言わざるを得ないね。右足を大きめに上げて、下に向かって斬って』

 

 変態皇帝の蹴りが私の右足があった場所を蹴り抜く。

 その足に向かってシュウを振るうが、やはり傷をつけることは出来ない。

 このままでは持久戦にもつれこむだろう。

 

『そうなったら負けだね……屈んで斬る』

 

 私の上半身を狙った回し蹴りを屈み、相手の軸足を狙う。

 相手も片足だけで床を蹴り、後ろに転回し、シュウの斬撃を躱す。

 当たっても傷がつかないのに、避けるところを見るに魔力の吸収は効いているのだろう。

 

『こっちの動きに慣れていってる。三歩下がる。はい、ワン、ツー、スリー』

 

 顔面狙いの右パンチ、右脇腹を抉る左パンチ、顎を蹴り上げる蹴りを一歩ずつ下がって躱していく。

 こちらも避けるのに精一杯で、徐々に攻撃の機会が失われていっている。

 ゲロゴンブレスは撃てない。黒竜のスキルも意味がない。

 早めの決着を付けたいが決め手にかける。

 

『そこは問題ない。うん、この位置だ。俺を正面に――絶対に手を離さないでね』

 

 シュウを構えると、まさにその位置にボスの勢いを付けた正拳が飛んできた。

 とんでもない衝撃に押され、足は地面から離れそのまま後ろに飛んでいく。

 言われた通りシュウから手を離さず、そのまま宝石の床を転がる。

 

『右!』

 

 膝で立つと変態皇帝が脇に立っており、頭上に両拳を持ち上げて組み、振り下ろさんとしている。

 やばっ、避け――

 

『避けなくていい! その体勢のまま俺で受けて!』

 

 片膝で立ったまま、シュウを上げる。

 

『右手で俺の刀身を支えて!』

 

 右手がシュウにいくのと、ボスの両拳が振り下ろされるのは同時だった。

 まず腕に衝撃が来て、体、膝ととてつもない速さで伝わっていく。

 最初にも見せてきたこの振り下ろしボスの得意技のようだ。

 実際に先ほどまでの攻撃の威力と比較にならない。

 

 おい、シュウ。

 この後、どうするんだ?

 もう、持たんぞ。

 

『もうちょっと』

 

 すでに私の膝は宝石の床にめり込んでしまっていた。

 周囲の床は裂け目が無数に出来ており、壁にまでヒビが入っている。

 全力で抑えているが、ボスの力の方が上だ。徐々に体が床へと押さえ込まれてしまう。

 

「あなた、今……輝いていますね」

 

 必死に抑えていたところで、突如として横からそんな声がした。

 ボスも私も互いに互いしか見ておらず、両者が驚きに充ちて声の人物を見る。

 

 部屋の隅っこで寝かされていたエアデだ。

 右手に掴んだ酒瓶を口に付け、ぐびぐびと勢いよく飲んでいる。

 そして、彼女の左手にもまた酒瓶が握られていた。

 

 思い起こしたのはエーデルシュタインを倒したときのことだ。

 彼女は、彼女の信念故にボスへの一撃を戸惑った。

 ましてや、このボスは一層輝いている。

 果たして彼女にやれるのか。

 

『見て。彼女の顔を』

 

 エアデの顔を見る。

 彼女は目を閉じていた。

 

『見ればどうしても戸惑いが生じる。それを認めた上で、彼女は目を閉じたんだ』

 

 しかし、目を閉じた状態でどうやって。

 

『酔えば酔うほど、感覚が鋭さを増す。今の彼女に視覚はさほど重要じゃない』

 

 これが妄執の果てに辿りついた一つの境地。

 

「輝きを感じる! そこだァッ!」

 

 彼女は叫んだ。

 左に掴んだ酒瓶がボスに向かって動き出す。

 

「砕けろっ!」

 

 酒瓶は一直線に迷いなくボスの砕くべきポイントへ向かっていく!

 終着点は彼の両足の付け根。その狭間!

 すなわち――股間だった!

 

 上から叩くのでもない、正面から押しつぶすのでもない。

 下から押し上げての容赦ない粉砕、いや玉砕を狙っていることがはっきり見て取れた。

 

『ッ!』

「ッ!」

 

 シュウの悲鳴は声にならない。

 ボスも何やら音に出来ない音を発している。

 はっきりと聞き取れたのは酒瓶と股間の邂逅による音だけだ。

 見た目の絵面とは裏腹に、今までで私が聞いたどんな音よりも澄み渡っていた。

 

 

 ボスは砕けた。

 股間を中心に体が細かく砕け散っていく。

 

「プロージット……」

 

 ぼそりと最後に何か言い残して光に消えた。

 アイテム結晶が二つ出てきたので片方を拾って中身を見る。

 

 ――皇帝サミクラウスの燦然たる睾丸。

 

 名前!

 ひどすぎる名前だ。

 しかし今回の場合、そこは重要ではない。

 宝石としての価値があれば、さほど問題ないのだ。

 

 さっそく覗いてみる。

 なんか丸くて、きらきらしてて、透明な石だった。

 

『ボスのドロップアイテムを見たメル姐さんの語彙力がひどすぎる件』

 

 なにその説明口調。

 綺麗なことはわかるけど、今までのと何か違う?

 

『非の打ち所がない』

 

 あれこれと批評してきたシュウがそれのみとは……。

 私にはただの綺麗な石だが、とんでもない宝石のようだ。

 

『それよりエアデがやばい』

 

 彼女を見ると恍けた顔でアイテム結晶を見ている。

 直接覗いているが大丈夫なのだろうか。

 また倒れないか心配だ。

 

 …………ん?

 さっきからこいつ身動き一つしないんだが。

 瞬きすらしていない気がするぞ。

 

『心停止』

 

 えっ?

 

『心臓が止まってる。速く処置しないと死ぬ』

 

 そこからが大変だった。

 心臓マッサージをしても復活しない。

 シュウの提案で慌てて、ボス部屋から飛び出した。

 

『宝石人さん達の中に、電魔法が使える方はおられませんか!』

 

 私も叫んだ。

 しかし、言葉は通じない。

 騒ぎを聞きつけ、復活した変態皇帝もボス部屋から出てきた。

 皇帝は事態を察し、すぐにそれらしき宝石人を呼びつけ処置を行う。

 

 結果、エアデは助かった。

 脳に障害もなさそうだとシュウは言っていた。

 その後、宝石人達を見てまた気絶したが、とても幸せそうだった。

 

 

 気を失ったエアデを背中に背負い第五区画パラディースを私たちは後にした。

 第四区画のボス部屋に戻ると石が道を塞いでいた。

 

『消失効果が切れて、元に戻ったんだね。エアデに酒瓶持たせて叩かせて』

 

 言われたとおりに、気絶している彼女の手にペイナイト・ハートを握らせ岩を叩く。

 入ってきたときと同じように岩は消えてしまった。

 

 ふむ、今度入るときもエアデの力が必要そうだな。

 

『うん、それにしても良いダンジョン攻略だった。いやぁ儲けものだ』

 

 うむ。

 新しい階層を見つけてしまったし、ボスの特殊版も倒せた。

 さらにちょっと待てば、通常版のボスも楽しめるという二十構成だ。

 私にとっては文句なしのダンジョンだ。

 

 それにしても珍しい。

 お前がそんなことを言うなんて。

 たいていは一般的な批評しかしないのに。

 やはりあの宝石の世界とドロップアイテムは素晴らしいものなんだろうな。

 

『あぁ、いや、良いものを見せてもらったと思うけど、所詮あれらは綺麗な石ころだね。特に特殊効果があるわけでもないし』

 

 じゃあ、何が儲けものなんだか……。

 別に何でもいいや。今は共にダンジョン攻略の余韻に浸るとしよう。

 

 こうしてシャッツ鉱山(クリスマスVer.)の攻略は完了した。

 

 

 

 フェルゼンに戻った私は、エアデを宿に預けた。

 置き手紙もしておいたので、目が覚めれば自分の住処に帰るだろう。

 

 荷物もなくなったので、ギルドに赴く。

 第五区画の存在は、まだ話さないことに決めた。

 通常版の攻略も残っている。邪魔者に殺到されてはかなわん。

 

 ギルドへの主な用事は私ではなくシュウにある。

 こいつはギルドに口座を作っていろいろと悪さをしている。

 いつぞやも馬鹿みたいな金額を貯めていたし、あちらこちらで何かやってるようだ。

 当然、こいつが話すことはできないので、私がそのまま口にしていくが、特殊用語が多すぎてわからない。

 結局、今回もいつもどおり何も考えずシュウの発言を繰り返して終わった。

 

 用事が終わったので宿に戻る。

 エアデが起きていれば、一緒に食事でも行こうと思っていた。

 

「お連れ様でしたら、先ほど外に出られました。『また挑みましょう』と伝言を授かっています。伝えればおわかりなられると」

 

 フロントから伝言をもらった。

 どうやら無事に復活したようだ。

 

『復活が速すぎる。あいつの内臓こそ石でできてるんじゃないか』

 

 いなくなってしまったなら仕方ない。

 私はすぐ近くで食事を取った。

『無論一人で』

 

 余計なことは付け加えなくていいから。

 

 

 そうして翌日である。

 シャッツ鉱山のクリスマス仕様が今日までらしいので、大人しく町を散策する。

 

 賑わっているので隅を歩いて行くが、いろいろな店がある。

 産出した原石を自前でカットし、販売する店などはなかなか見ていて面白かった。

 昨日見た石はかなり不格好だったが、上手く切って形を整わせると信じられないくらい印象が変わる。

 これもう無理して原石から良いものを手に入れなくてもいいんじゃないの?

 

『メル姐さんに一流の化粧を施し、雅なドレスを着せ舞踏会に出させたとしよう』

 

 いきなりだが、それがなんだというのか。

 仮に出たとしても私は上手く踊れないし、喋ればすぐにぼろが出るぞ。

 

『つまり、そういうことなんだ』

 

 見た目が良くなっても、中身が変わるわけじゃないから駄目だと。

 むかつく例えをありがとう。よくわかったよ。

 

『ただし言っておくと加工技術も価値判断の一つだよ』

 

 上の例えだと、ドレスを仕立てた人や化粧をした人が評価されるってことか。

 

『そうなる。中身がアレなのにいったい誰がここまで綺麗に見えるよう仕立てたんだろうってね』

 

 アレってお前……。

 

『むしろ加工技術こそ評価されるべきなんだろうね。原石のまま鑑賞や装飾に堪えるものなんてそれこそ稀有なんだから。うん、そうだ。俺の補佐能力こそ讃えられるべき』

 

 なんか自慢に変わってきたぞ。

 

 それよりこの店の宝石はなかなか綺麗じゃないか。

 店が小さくてぼろいから、宝石がより輝いて見えるだけかもしれんが……。

 

『確かに店は汚いけど、宝石は良いのがそろってる。石が小さいし、質が悪いにもかかわらず、上手く加工してる』

 

 ふふん、私も見る眼ができてきたというものだ。

 

『じゃあ問題。メル姐さんでもわかるくらい良い物を置いてるのに、どうしてここはこんなに流行ってないんでしょう?』

 

 さあ?

 あんまり流行らせたくないんじゃないか。

 たまにあるだろ。分かる人にだけ分かってもらえば良いって店が。

 

『それもある。だけれど自己満足で加工してる物じゃない。最近の流行りを取り入れたものだ。どの石を見ても売るぞという気概が感じられる』

 

 でも、石の質は良くないんだろ。

 それに値段が馬鹿みたいに高く付けられている。

 

『宝石流通の源は、ザムルング商会が握ってるんだ』

 

 ザムルング商会が?

 冒険者ギルドじゃなくてか?

 グラマナイト以外の宝石はダンジョンでしか採れないって聞いたぞ。

 

『ダンジョンの持ち主がザムルング商会だからね。本当だったらギルドじゃなくて、ザムルング商会が運営するべきなんだ。その方が金の入りは良い。それでもギルドにやらせてるのは恩を着せるためと、手間が少ないから。ちなみにギルドが冒険者から買い取った石は、そのまま店に売られるけどザムルング商会が手数料を取ってる』

 

 ふーん、そんなものなのか。

 ギルドの人がヴィンターに下手に出てるのもそのあたりってことだな。

 

『そうそう。手数料分も取らないといけないから、ギルドはなるべく高く売る。良い物を買えるところは資本があるところだけ』

 

 ここにしょぼくれた石しかないのは金がないからか。

 それでもここまで高くなるんだな。

 

『おそらくこの店の儲けはほとんどないね。加えて、ギルドを経由しない宝石の流通問題が生じる。冒険者が原石をそのまま店に持ち込んで売っていく。その方が冒険者はより多くのお金が入るし、店はより安く宝石が手に入る』

 

 そりゃギルドを経由せずに売るだろうな。

 私だって金が欲しけりゃそうする。

 

『ギルドを経由しなくなれば、当然ギルドは儲けが減るし、ザムルング商会にもお金が入らない。それならと商会はギルドの運営をやめさせる』

 

 そうなったらギルドは困るだろうな。

 商会側も困るんだろうが。

 

『稼ぎは魔法結晶グラマナイトの方で余裕だろうけど、宝石方面も上手くやれば相当儲かるだろうからね。グラマナイトと違って、ダンジョンは資源の枯渇を心配する必要があんまりないし』

 

 その宝石方面が上手くいってないってことか。

 

『まだ大丈夫。でも、今のうちに手を打たないとダメになるね。特にギルド外流通は深刻だ。手をこまねいていたら、フェルゼンを離れてしまってシャッツ産宝石の信用下落にもつながりかねない』

 

 具体的にはどうやったらいいんだ?

 

『対策はいくらでもあるんだけど……、ネックは実行する人間が不足してることかな』

 

 人間が不足?

 あのヴィンターって代理じゃダメなのか。

 

『思考の種類が違う。より効率的な流れの構築が重要なグラマナイト方面は、彼で最大の効果を得る。だけど宝石方面は、石の本質を金と効率以外の視点で判断できる人材が必要だ。石とその加工技術を知り、この店みたいなところに良い宝石が適正な価格で回って来なければいけない――そう思える人材がね』

 

 それくらいならいくらでもいるんじゃないのか。

 宝石の面に惹かれてこの町に来る人間はごまんといるだろ。

 その中から探せば良い。

 

『言ったとおりだよ。ダンジョンの運営はギルドに任せてる。つまり宝石流通の鍵はギルドにある。宝石の本質を知り、かつギルドの内情に詳しい人物。それがザムルング商会――ひいてはフェルゼンに必要なんだ』

 

 なんだか難しそうな話だな。

 頭が痛くなってきたし、私にはどうしようもなくスケールが大きい。

 スケールの小さな私は次の店に行って、ショッピングというささやかな幸せを満喫することとしよう。

 

 

 こんな具合に町を巡っていると、道の隅に人が倒れていた。

 衣類がひどく荒れている。どうやらいろいろと揉めた後のようだ。

 本当は道の真ん中に倒れていたのだろうか、引きずられた後も残っている。

 他の人がするように見て見ぬ振りをして通り過ぎたかったのが、そこまで器用じゃない。

 なにより、知ってる顔だった。

 

『既視感がすごい』

 

 昨日、一緒にダンジョンへ潜ったエアデがそこにいた。

 両手には昨日とは違う酒瓶が握られている。

 

 しょうがないので軽く肩を揺すって起こす。

 顔が昨日よりもひどい、泣き明かしたのか目が腫れている。

 なんなんだろう。宝石を手に入れたのがよほど嬉しかったのだろう。

 おっと、忘れていた。明日も一緒にダンジョン攻略するよう落ち合う場所を決めておかねば。

 

「メル……」

 

 やっと意識がはっきりしてきた。

 

「メル。メル……う、うぁ…………うあぁぁああああ!」

 

 途中で泣き出して、ついには暴れ出した。

 なだめようとするが、彼女の酒瓶が私を容赦なく叩いてくる。

 先ほどまで無関心だった周囲の人間がおもしろそうに見て来るのが余計に辛い。

 

『とりあえず落ち着いて話せる場所に連れて行こう。ホテルが良い。駐車場が部屋に直接繋がってるやつ』

 

 突っ込みを入れる余裕もない。

 とにかく暴れるエアデを押さえ込んで宿に連れて行った。

 

 酒瓶を剥ぎ取り、椅子に座らせ水を飲ませるとようやく落ち着いてきた。

 彼女は泣きながら事の顛末を話し始める。

 

「ギルドを、クビになりました……」

 

 あらら。

 一日さぼったくらいで、ギルドってクビになるものなのか。

 

「ギルド長を、殴ったから、です……」

 

 ……よくクビで済んだな。

 そもそもなんでクビになったんだ。

 セクハラでもされたのか。それなら私も一声かけるぞ。

 ギルドにはそこそこ影響力がある。セクハラをするカスこそ消すべきだ。

 

『俺を睨まれても……。で、実際のところは?』

 

 エアデはまたぐすぐすと泣き始める。

 彼女の手が水ではなく酒瓶に伸びかけたので、さっと酒瓶を手元に引く。

 

「飲まずには語れませんよぅ……」

 

 水にして。

 それで何があったの。

 

「昨日のあの宝玉を取られたんです……」

 

 取られた?

 ギルド長に? なんで?

 

「それは……、その……」

『冒険者ギルド構成員は調査以外の目的でダンジョンに潜っちゃいけない』

 

 そうなの?

 

「……はい」

『ギルド構成員はダンジョンの情報を取り仕切る立場だよね』

 

 まあ、そうだな。

 だいたいの冒険者はギルドに入ってるし。

 利用する際に情報の提供を受けるが、逆に何か見つかれば報告もする。

 その際には当然、情報相応のお金がもらえる。

 でも秘密にする奴も当然居る。

 

 私も第五区画の話はまだギルドに伝えていない。

 邪魔者がダンジョンに殺到されてはたまらん。

 

『で、冒険者から重要情報を集める立場の者が、自分たちだけでその情報を利用してダンジョン攻略をしてたらどう?』

 

 冒険者の立場がないな。

 せっかく命がけで得た情報なんだから。

 

『そんな訳で構成員がダンジョンに潜ることは禁止されてる。例外が調査活動だね』

 

 調査活動って調べたりすることだろ。

 今回の攻略も、結果として第五区画を見つけたんだから調査活動ってことでいいじゃん。

 

「……そうしてもらえたんです」

『調査活動で得られたアイテム、金品、装備品等は全て破棄又はこれに類する手法で処理し、情報のみをギルドが得る。こんな規約があって、破ったらギルド長の首が一発で消し飛ぶ』

 

 面倒なところだな。

 それで没収されてしまったと。

 ギルド員だったら潜る前にわかってたんじゃないの。

 

「……酔ってたので。それに死を覚悟してましたし、本当にあんな石が手に入るなんて思ってもみなくて」

 

 それもそうか。

 あそこで私じゃなく、別の冒険者に縋ってたらたぶん死んでただろう。

 そもそも連れて行ってすらもらえないだろうが。

 

『ちなみに俺は言おうとしたけどメル姐さんが止めた。もしものことなんか聞く必要はないっつってね』

 

 ……過去のことをどうこう言っても仕方ない。

 それで、没収されてしまってぶちぎれてギルド長を殴ったと。

 

「お酒も残ってましたし。普段からむかついてたし。自分より上の人間には調子が良いのに、下の者には偉そうですし。あと息が臭い」

 

 酒のせいだけじゃなさそうだな。

 いちおうギルド長と話をしてみるか。

 せっかく命がけでダンジョンにもぐったんだ。

 

『殴ったのは事実だからね。仮に戻れても居心地が悪いと思うよ』

「それに……、もう辞めるつもりでしたから、あんなクズばかりの職場なんて」

 

 そうなのか。

 じゃあ、あとは石の問題だけだな。

 私の手に入れたドロップアイテムはどうなるんだ。

 一緒に調査したってことで没収されるのか

 

『黙殺されると思うね。立場が立場だし、メル姐さんがギルド員としてのエアデから得た情報なんてない。第五区画なんて見つかってすらなかったんだから』

 

 そうか。

 それなら簡単だな。

 私の手に入れた石をやるよ。

 正直言って、私にはあの石の価値なんて分からない。

 価値あるものは、その価値をきちんと理解している人間が持つべきだろう。

 

『そうだね』

「それは……」

 

 明日も一緒にダンジョン潜ろう。

 今度は、通常版の変態皇帝をぶっ倒すんだ。

 もうギルド員じゃないんだから、石を没収されることはない。

 他のドロップアイテムを売っていけば、次の仕事を探す必要がないくらいの金が手に入る。

 

『無理。できない』

「ギルド構成員だった者は、ダンジョンに入ることが禁止されるんです」

 

 えっ、そうなの?

 なんで?

 

『さっきの話と一緒だよ。情報を手に入れるだけ手に入れてから、ギルドを辞めて冒険者になるやつが出てくるから。ちなみに冒険者からギルド組合員になる逆パターンは問題ない』

 

 そうなのか。

 じゃあ、どうするんだ。

 こいつがダンジョンに入れないと私も困るぞ。

 あのボスはソロだとかなり厳しい。

 

『極限級冒険者の立場を利用してゴリ押しでいける。それに、クリスマス版と通常版の第五区画情報を無償提供すれば余裕だね』

 

 よし。善は急げだ。

 さっそくギルド長へ話を付けにいこう。

 

 

 

 エアデを引き連れてギルドに着くと例のヴィンターという男が奥から出てくるところだった。

 ギルド長にごまを擦られつつ、こちらに歩いてくる。

 

 ギルド長は私たちを見て、体を硬直させたがすぐにヴィンターを丁重に見送る。

 

「シュラム。こいつは確かにクズにはもったいない。遠慮なくもらっておく」

「ヴィンター様の眼鏡にかないまして、当方としても喜ばしい限りでございます。今後ともなにとぞ、フェルゼン支部をよろしくお願い致します」

 

 そう言って、ヴィンターは馬車に乗り込み消え去った。

 

「あの成金野郎。私の石を……シュラムギルド長! どうして私の石をあんな男に!」

 

 どうやらヴィンターが先ほど手に持っていたアイテムは昨日の石だったらしい。

 

「ギルドを辞めた貴方には関係のないことです」

 

 先ほどの表情とは打って変わり、冷たい表情に戻したギルド長は告げた。

 彼の目元には、彼女に殴られた青あざがありありと残っている。

 

「調査活動で得られたアイテムは全て破棄するのが規約でしょう!」

「違います。破棄又はそれに類する方法です。ダンジョンの保有者であるヴィンター鉱山主代行に、我々が破棄する旨を伝えたところ引き取るとのことだったのでお渡ししただけございます」

「この、ごまを擦ることしか能がないモヤシ野郎が……!」

 

 エアデがギルド長に足を進ませたので、腕で進路を塞ぐ。

 消え去った石よりも、明日手に入れる石の話をしよう。

 

 

 ギルド長に勧められ奥の部屋に入る。

 腰をかけてすぐに話を切り出した。

 

 なぁ、ギルド長。

 

「なんでございましょう、メル様」

 

 私は明日ダンジョンに潜る。

 エアデも必要なんで連れて行くから。

 

「そ、それは認められません。規約がございまして」

 

 知ってる。特例で頼む。

 彼女と潜ればアイテムは二個になる。

 一つはギルドに提供しても良いと考えているんだが。

 

「……いや、しかしですね」

 

 攻略後に第五区画の情報も提供しようじゃあないか。

 通常のものとクリスマスのもの、両方を。

 もちろん無償でな。

 

「第五区画! そんなものがあるのですか!」

 

 ギルド長は目を見開いている。

 

 ……あれ?

 エアデから聞いて知ってたんじゃないの?

 

「彼女はそんなこと話しませんでしたよ」

 

 んんっ?

 じゃあ、なんであいつがあの宝石を持ってると知ってたんだ。

 私は気になってエアデを向くが、彼女の姿は見えない。

 気づかなかった。いつ出て行ったんだろう。

 お花を摘みに行ったのかな?

 

『最初から部屋に入ってきてないよ。ヴィンターを追って出てった』

 

 なんでもっと早く言わないの!

 

『おもしろそうだったから!』

 

 堂々と答えやがった。

 まったく悪びれる様子がない。

 

 私は席を立ち、部屋の扉を開ける。

 ギルド長を振り返り、よろしくと一言置いて退出する。

 彼の顎が確かに縦に振られたのを見た。

 

 ギルド前には、ヴィンターはもちろんエアデの姿さえ見えない。

 馬車が走り去った方に、追いかけてみるとしよう。

 …………どっちだったっけ?

 

『右ね。行き先はザムルング商会の事務所だろうから俺が案内する』

 

 よし、頼んだ。

 

 人混みの脇を突き進み、最初の曲がり角を左に折れ、足はすぐに止まった。

 

『またか……、天丼にも限度ってもんがあるぞ』

 

 そいつは人混みを切り拓くようにして倒れていた。

 エアデである。酒瓶は持っていない。

 

 今度は意識があるようで、近くに寄るとなんか呻きだした。

 手足もなにやら探るように蠢いている。

 毛虫みたいな奴だ。

 

 ギルト長からダンジョン攻略の許可が出たぞ。

 ヴィンターを追いかける必要はない。

 昨日のアイテムは私がやる。

 

「……受け取れません」

 

 顔を俯かせたままエアデは答えた。

 

 別に私に気を遣う必要なんてないぞ。

 私はダンジョン攻略が目当てであって、この石には執着がないんだから。

 

「それは! その石は、メル――貴方が掴み取った石です。私が掴み取った石じゃない!」

 

 いや、私たちで手に入れた石でしょ。

 

「駄目です!」

 

 俯いたまま首を横に強く振った。

 

「駄目、あの石じゃないと駄目なんです。あれこそが私のこの手で掴み取った石」

 

 彼女の酒瓶が空いた手には何も掴まれず、ただ虚空を掻くのみ。

 

 でも、見た目は変わらないんだから、これでいいじゃん。

 

「見た目の輝きは変わらないでしょう。でも! 目を瞑ったときに光を感じ取れないんです」

 

 わからん。わからんなぁ……。

 あの石じゃないと駄目だということだけしかわからん。

 

『事務所に行って交換してもらえば。見た目は同じなんだから』

 

 仕方ない。そうするか。

 ほら、いつまでも寝てないで行くぞ。

 

「起こしてもらえませんか。なんか……体に力が入らなくて」

 

 そりゃお前、飲み過ぎだろう。

 あんな強いのをがぶがぶ飲んで、普通に話せてることのほうが不思議だ。

 

 

 エアデを引きずってザムルング商会の事務所までやってきた。

 固く閉じた門の前には、武装した人間が立っている。

 後ろの建物も機能性よりも頑強に重きを置く。

 規模は小さいが威圧感がある。

 

 うーむ、事務所と言うか砦だな。

 

「おい、お前! ここで何をしている!」

 

 一人で歩けるようになったエアデは、私の隣から姿を消して門番に近づいていた。

 

「成金野郎に私の石を返してもらいにきた! 三下に用はない! さっさと門を開けろ!」

 

 馬鹿じゃないのか、あいつ。

 まあ、嫌いじゃないが面倒な奴だ。

 シュウもおもしろがってケラケラ笑っている。

 

「ここは酔っ払いの来るところじゃない。とっと失せろ」

 

 とりつく島もない。

 酔っ払いと判断され、手でしっしと追い払う。

 門番が元の位置に引き返そうとしたところで、エアデは自分の服に手を突っ込んだ。

 

『あっ』

 

 服から出てきたのは酒瓶。

 その酒瓶で背中を晒す男の頭を殴った。

 男は叩かれた瞬間に視界から綺麗さっぱり消え去った。

 

「貴様! 何――」

 

 仲間をやられた門番が剣を抜いたが、それよりなお速くエアデは門番に近づき消失させた。

 一仕事を終えた職人のごとく彼女は酒瓶に口を付ける。

 

「元受付嬢舐めんじゃねぇぞ、チンピラ風情が」

 

 おい、シュウ。

 お前いろいろ効果を入れてるだろ。

 明らかに動きが速い。門番がまるで反応できてなかった。

 

『おもしろそうだったからね。どれほどのものかなと』

 

 進撃の酔っ払いとは恐ろしいものだ。

 門を消し、玄関の扉も消し、警護の人間すら次々と消し去っていく。

 両手にペイナイト・ハートを持って、飛んでくる魔法や弓すらも易々と消し去る。

 

「お邪魔しまーす!」

 

 上層の一番警護が堅かった部屋の扉を消し去り、部屋にズカズカと立ち入る。

 その部屋の奥では机に向かって書類を整理しているヴィンターの姿があった。

 

「当商会へのご用向きは?」

 

 声には出したが書類に目を落としたままで、エアデに見向きもしない。

 

「私の石を返してもらいに来ました。石はどこ?」

「石は然るべき場所へ移した。それと、あの石は当商会が正当な権利を行使して得たものだ。お前のものではない」

 

 要するに石の場所は教えないし、返す気もないらしい。

 それにしてもすごいな。この状況を前にしてまるで臆する気配を感じさせない。

 

 彼の言ってることは至極もっとも。

 そもそも私たちは本来襲撃をしに来た訳じゃない。

 石を交換してもらいに来ただけだ。きちんと伝えなければならないだろう。

 

「私も同じ石を持っているから――」

「いいえ。あれは私が倒して、私が手に入れた、私だけの石。返しなさい」

 

 ヴィンターは書類が読み終わったのか、ようやくエアデに目を向けた。

 

「断る。仮にお前の石だとしても、あの石はクズには勿体ない」

 

 私の交換要求は過激な発言の応酬で塗りつぶされてしまう。

 

「返す気はない、と――」

 

 彼は葉巻に火を付け、煙を燻らせる。

 対するエアデは対抗するように酒瓶をあおる。

 

「話が通じない女だ。返す気は――ない」

 

 エアデは右手に持っていた酒瓶を地面に落とす。

 絨毯が引いてあったため、酒瓶は鈍い音をさせて転がり、中身がこぼれていく。

 

「それなら力尽くで返してもらうとします」

「どうぞ。いくら力尽くでこられても渡す気はない」

 

 無論、本当に力尽くでいこうとしたら私は止めるつもりだ。

 何度も言うが石を交換してもらいに来ただけで襲撃をしに来るつもりじゃなかった。

 

 エアデは殴りかかりに行くのかと思いきや、服に空いた手をつっこんだ。

 また酒瓶を取り出すのかと思ったが、なにか手のひらサイズの小箱を取り出してきた。

 ……なんだか嫌な気配を感じる。

 

『ばっ! こいつっ! 正気じゃないぞ!』

 

 シュウの声色が変わった。

 どうやら相当やばいものであるらしい。

 正気じゃないのは今さらだろう。

 そろそろ止めよう。

 

『動いちゃ駄目! あれはまずい! 絶対そいつに近づかないで!』

 

 エアデを止めようとしたが、逆に私がシュウに止められてしまった。

 

「何だそれは?」

 

 私の疑問をヴィンターが尋ねてくれる。

 

「前の任地にあったダンジョンで、ボスがドロップするアイテムです」

 

 あいつの前任地のダンジョンって氷窟だったよな。

 ボスはサンタとかいうゴブリンで、ドロップアイテムは宝石じゃなかったか。

 

『それは特殊ドロップとクリスマスの時だけ。通常時は別物』

 

 エアデは左手の酒をまたしてもあおる。

 まるで自分自身を追い詰めていくようだった。

 

「爆散ボックスと言います。小さいですが、この部屋を消し飛ばすには十分です」

 

 は? 爆弾?

 何考えてんだお前。

 ほんと馬鹿じゃないのか。

 

『刺激しないで。ほんとに爆発するから。やべぇなぁ、スキルにアイテム強化しかないぞ。弱体化とか無効化も付けといてくれよ……』

「くだらん脅しだ」

 

 ヴィンターは鼻で笑っている。

 

「私は本気です」

 

 なんとなくわかる。

 脅しじゃない。こいつはほんとにやる。

 

『スキル見繕うから時間稼いで』

 

 シュウが小声で伝えてくる。

 

 エアデ、本気なのはよくわかった。

 だが、ここで爆発させたらお前も死ぬだろう。

 手元に宝石が返ってこなくなるぞ。

 

「言ったはずです。欲しい物は、自らの手で掴まなければならないと! あれが返ってこないなら! 私はここで死んだってかまわない!」

 

 やべぇ。

 これじゃあただの爆弾テロだ。

 狂信者の如く、無駄死にを殉教とでも考えているのだろうか。

 

「さあ、どうする! 石を返すのか! それともここで死ぬか!」

 

 最後の勧告だ。

 さすがにここまでやればヴィンターにも伝わるはずだろう。

 彼女の本気具合というものが――。

 

「さっきから叫んでいるだけだな。口だけのクズに返す気はない。さっさと帰れ。出口は後ろだぞ」

 

 まるで伝わっていなかった。

 なんでこいつはこいつで売り言葉に買い言葉なのか。

 肝が据わってるどころじゃないだろ。自分が死ぬかもしれないっていうのに。

 

「本当に、やりますよ」

 

 エアデの呼吸が静かになった。

 左手に持っていた酒瓶も地面に落とし、右手の箱に左手をかける。

 

「やってみろ」

 

 すまんなシュウ。

 私に時間稼ぎは無理だ。

 後はいつも通りなんとかしてくれ。

 

『全力でエアデを後ろに引いて!』

 

 エアデは箱を開いた。

 同時に箱の蓋から閃光が縦に走る。

 私も閃光のごとくエアデの腰を掴み、全力で後ろに引っ張った。

 

 引かれたエアデは後ろの壁に飛んでいく。

 箱は空中に取り残され、上下に向かって光が伸びる。

 天井と床を突き破り、箱自体も光に飲み込まれ消えてしまった。

 

 エアデが立っていたところに光の柱ができた。

 柱は徐々に太くなり、やがて落ち着いた。

 爆音を響かせて私の前に在り続ける。

 

 光は収束した。

 天井と床にはまんまるの穴が空いている。

 穴を挟んで反対側には、ヴィンターが平然とした面持ちで座っている。

 壁をぶち抜いたエアデも、彼の姿を認めて立ち上がった。

 彼女の目に宿る闘志はまだ消え去っていない。

 そして私はもう帰りたい。

 

『いやぁ、間に合って良かった。アイテム効果十倍、対空中仕様、効果範囲収縮で上空に向かって上手く飛んでくれた。上で花火みたいに広がっただろうね』

 

 シュウは自分の仕事に満足しているようだ。

 

「なるほど口だけのクズではないようだな」

 

 ここに来てようやくヴィンターから歩み寄りを感じられる発言が出た。

 

「――しかし、返す気はない」

 

 葉巻を灰皿に押しつけて、エアデを睨む。

 

「俺もこのシマをオヤジから預かってる身だ。一度、商会に納めたられた物を脅されて差し出したとなれば、オヤジに顔向けできない」

 

 駄目だ。

 こっちもこっちで引く気が微塵にない。

 

「……そうですか」

 

 またしても彼女は服に手を入れた。

 やめてくれエアデ、お前の言動は私に効く。

 

「そうだ、返す気はない。しかし、お前が石を取り戻す方法ならある」

 

 服の中から取り出される手が止まった。

 

「伺いましょう」

 

 ヴィンターは淡々と説明し、エアデも黙してそれを聞く。

 時間は緩やかに過ぎていった。

 

 今さらなんだけど、私の石と交換で良いでしょ。

 

 

 

 ヴィンターの事務所から出て、私とエアデはホテルの部屋で飲んでいる。

 

「いやぁん、私の石が返ってきましたぁ~」

 

 すでに酩酊状態。

 それでも例の宝石には素手ではなく絹ごしに触れる。

 それどころか石は完全に絹で覆われている。

 直で見ると、気を失うからだ。

 

 ヴィンターとエアデの話はうまくまとまった。

 いや、ほんと疲れた。こんなに心が疲れたのは久々だ。

 

「まあまあ、そう言わないで。この度は本当にお世話になりました」

 

 ああ。

 本当に大変だった。

 それより明日はよろしく頼むぞ。

 

「ええ、任せておいてください!」

 

 自信満々だ。

 

「ではでは、改めて乾杯しましょう!」

 

 彼女は私のグラスに酒を注いでいく。

 私が飲むのは比較的弱い奴だ。ちょっと甘めであっさりしている。

 

 私も彼女のグラスに酒を注ぐ。

 彼女が飲むのはもはやアルコール。

 これ、こんなに注いで大丈夫なんだろうか。

 

「少ない少ない! 半分じゃ足りませんよ! 石の返還祝いと就職祝いなんですから! もっともっと!」

 

 ギルドをクビになったエアデは、ザムルング商会に再就職することが決まった。

 ヴィンターにのみ責任を負うギルド・宝石部門の担当という異例の好待遇になっている。

 商会の一員となったエアデが、商会の宝石を管理させる立場に置かれることで石が手に入る流れとなったわけだ。

 

 商会の内部として、第六区画の採掘・精錬方面に優秀な人材が偏り、ギルド・宝石方面は弱かったらしい。

 それを補強する形で、ギルドをお払い箱になったエアデが都合良く納まった。

 彼女の宝石に対する執念とセンスはシュウも褒めるぐらいだ。

 何するかは知らないけど、きっと上手くやるだろう。

 

 それよりもむしろ、私は明日のダンジョン攻略こそ本番だ。

 

「ボスを粉砕してやりましょう!」

 

 エアデは酒瓶を振り回してアピールする。

 

『ヒュンとするからやめて』

 

 シュウもなんだか疲れている。

 

「我が手に新たな輝きを!」

 

 輝きは手に入るだろうけど、お前、気絶するじゃん。

 そういやボスで思い出したが、倒した時になんか言ってなかったか。

 

『あれは負けたって意思表示。見た目と違ってギャグのセンスはアクセサリークオリティだ』

 

 そうなのか、そもそも何て言ってたか思い出せない。

 それに他にも忘れていることがあるような。

 

「いいじゃないですか何だって。ほら、いきますよ。せーの――」

 

 エアデが杯を高く掲げる。

 私も軽く杯を掲げた。

 

「乾杯(プロージット)!」

 

 エアデが叫んで、一気飲みをする。見なかったことにしよう。

 私もグラスを口に運ぶ。

 

 こうしてクリスマスの夜は酔いの中へと過ぎ去っていった。

 

 

 

 なお、翌日は昼過ぎに目が覚め、頭痛もひどくダンジョンには行けなかった。

 

『飲み過ぎダメ絶対!』

 

 頭に……響く…………黙って。


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