チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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幻想、見果てたり (前編)の「2:竜の力」の後の話ですが、
「3:チートの力」に続く話ではありません。


蛇足15.5話「幻想、見果てたり(中編)」

 暗闇の中で、私は説教を受けている。

 

『考えなしに時空の歪みに突っ込んだら、洒落にならないってわかった?』

 

 ……ああ。ほんとに。

 でもな、あのときは逃げるのに必死でそんなこと考える余裕がなかった。

 あそこにいたらもっとやばいものに巻き込まれていた気がする。

 

『まぁ、間違いなく巻き込まれただろうね。配慮はしてもらえただろうけど』

 

 それよりどうしようか?

 

『下手には動けないね』

 

 やっぱりそうなのか。

 

 ゼバルダの攻撃から無我夢中で逃れ、靄の中を彷徨っていたら行き止まりに辿りついた。

 問題はその行き止まりは前方と足下はもちろん、左右、後方、上と全方位が塞がっていたのだ。

 

『いしのなかにいる――をまさか自分が体験するとはね。いやはや、メル姐さんといると貴重な体験をさせてもらえるよ』

 

 どうやら時空の歪みの終点は、地面の下だったようで、文字通りの八方塞がりというわけだ。

 

『今度からは、もうちょっと考え――』

 

 説教はもういい。

 今はここから脱することを考えよう。

 なんだかんだ言っても、お前のことだ。

 すでに出る方法は対策済みだろ。

 

 しばらく待ってみるがシュウは何も返答しない。

 …………うっそ。

 

 えっ、待って。

 土の中から出られないのか。

 飯やダンジョン攻略はどうするんだ。

 

『三大欲求とダンジョン攻略を並列に扱うのはどうなんだろう』

 

 やっと喋ったが、それは脱出法ではない。

 

『ゲロゴンブレスを上に向けて撃つしかない』

 

 なるほど、それなら地上までの道はできるか。

 

『――と思ってたんだけど危険すぎるからやりたくない。もしもゲロゴンブレスでも地上に届かないほどの、地中奥深くだったなら上からの落盤が怖い。それに、振動で足下が崩れるかもしれない』

 

 じゃあ、どうするの?

 出るためには危険を冒してでもゲロゴンブレスを撃つしかないだろ。

 

 シュウはまた黙ってしまった。

 沈黙が狭い空間を支配する。

 

『耳クソつまってんじゃない。ほんとに聞こえない?』

 

 聞こえる? 何が?

 聞こえてくるのは、自分の鼓動の音と、微かに響くよくわからない音だけだ。

 

『そう、気になってるのはその微かな音なんだよ。土の圧密やズレの音とは違う。断続的だけど、独特のリズムがある』

 

 そう言われれば、そんな気もする。

 何度か短く音がなり、その後は少し静かになる。この繰り返しだ。

 この音は一体何だ?

 

『歌おう』

 

 ……は?

 

『歌うんだ、メル姐さん!』

 

 は? いや、何で?

 

『ははっ、歌う理由? おぉい、メル姐さんよぉ。そんなの考える必要あるぅ?』

 

 なんでお前が笑ってるのかさっぱりわからない。

 そもそも、もっと考えろってさっき私に言わなかったか?

 

『ほら! 俺で壁を叩いてリズムを付けて! メル姐さんのイカれた歌を聴かせてくれよ!』

 

 普通そこはイカした歌だろ。

 

 なんだろう。

 普段は無意識に歌っているが、歌えと言われると無性に恥ずかしさを感じる。

 

 とりあえずシュウで壁をガンガン叩く。

 岩が砕けて、私の靴にガラガラと崩れてくる。

 

『手を止めないで続けて。ほら、どうしたの歌って歌って!』

 

 それでも歌うことはせず、どんどんシュウで岩を砕いていく。

 膝元まで岩で埋まってしまっている。

 そろそろ止めて良い?

 

『駄目。もうちょっとだから続けて』

 

 そうして岩を叩き続けていると、私が出す以外の音も聞こえてきた。

 あれ、これって……。

 

『そう、何かがこっちに向かってきてる』

 

 何かって何だ?

 

『さぁ? 人かモンスターか、はたまた竜かもしれない。なんにせよ今はそいつ頼みだ。叩くのをやめないでね。それと――攻撃の準備を怠らないように』

 

 そうして私は壁を叩き続ける。

 あちらのリズムに合わせて叩き、音はどんどん近づく。

 

「おぉれら、今日も土掘って……」

 

 なにやら歌が聞こえてくる。

 しかも一人ではなく複数の声だ。

 

「つぅるはし、右手に岩を――打つ! っと」

 

 そうして私の眼前の壁に穴が空き、そこから銀色に光る先端が飛び出す。

 私が出来た穴の下部分をシュウで叩くと、あちら側とこちら側の境界が大きく崩れた。

 

 境界の向こう側には細身の男が立っていた。

 上下にぼろのつなぎを着て、頭には黒のつば付き帽を被る。

 それに手には斧の刃が尖ったような武器を持つ。

 

『あれは、ツルハシって掘削道具』

 

 そうなのか。

 彼の後ろにも何人かいて私を凝視して固まっている。

 

『まぁ、壁の中から生きた人間が出てくりゃあ、そりゃ固まるよね』

 

 それもそうだ。

 

「おいらぁ、オリヒオってんだ! よぉ、ねぇちゃん。おいらの言葉、わかるかい?」

 

 オリヒオと名乗った褐色肌の青年はニカッと笑う。

 いろいろと特徴的な奴だが、頬にあるそばかすが特に印象的だった。

 

 

 

 オリヒオとその仲間達は私に一通りの質問を投げかけるとなにやら話をし始めた。

 彼らはみな体が細く、肌が褐色だ。誰もがスコップやツルハシ、猫車を手にしている。

 

 いろいろと意見は出ていたようだが、オリヒオが腹減ったからひとまず帰ろうってことになった。

 しかし、まだ話は終わってなかったようだ。さらに私を連れて行くかどうかの議論が始まる。

 

「へい、メルっち。腹減ってねぇか?」

 

 減ってる。

 

 正直に応えたものの、この男はすごい馴れ馴れしい。

 メルっちなんて呼ばれ方をしたのは初めてだ。

 

「よっしゃ、決まりだな。俺んとこに来いよ」

『あぁぁ! テメェいきなり出てきて何様のつもりじゃ! 俺のメル姐さんに手ぇ付ける気か、ワレ!』

 

 こいつもすごい馴れ馴れしい。

 

「俺のカミさんの飯を食わせてやるぜ」

『あっ、所帯持ちの方でしたか。それじゃあ、メル姐さん。お言葉に甘えてお世話になろうか』

 

 すごい変わり身を見た。

 

『悪い奴じゃなさそうだね。というか空気が読めてない』

 

 他の人間が明らかに私から距離を取って歩く中で、一人だけ私に話しかける。

 オリヒオは結婚済みのようで、しかもベタぼれらしい。

 嫁の自慢話が正直うるさい。

 

『ん』

 

 シュウの呟きと同時に、オリヒオの話がピタリと止まった。

 彼は横に向いていたつばを、後ろへと向ける。

 

「おっとぉ、奴らが来るぜぇ!」

 

 彼の声ととも周囲の雰囲気も変わる。

 下ろしていた武器、というか道具をそれぞれ手に構え始めた。

 小さな揺れを感じたが、徐々に大きくなりどうも錯覚ではなかったと把握する。

 

「前だな。正面から三」

『構えて。正面から三体だね』

 

 シュウとオリヒオの声が被った。

 いくらかの男が道の先に向かう。

 

「右斜め後ろから一。さらに後ろの上から二」

『右後方から一体。後方上部から二体』

 

 またしても二人の声が合わさる。

 他の男達が後ろへと向かう。

 

「真下からが四。全部小型だ。ここはおいらとケルン、ホリ」

『直下に四体。立つべきはここだね』

 

 この雰囲気はモンスターだな。

 もしかしてしなくてもはここはダンジョンなのか。

 おいおい素晴らしいな、ご飯とダンジョンが一緒に来るなんて。

 

 揺れが徐々に大きくなり、そいつらはやってきた。

 大きさは、犬が多少でかくなったほどだろう。

 

 モグラ型のモンスターだ。

 全身が毛むくじゃらで、口は細い。

 体の割に手が異常に大きく、特にその爪はぶっそうだ。

 そんな奴らが道の先から、天井から、地面からと続々出てくる。

 

『やるじゃないか』

 

 モグラ型モンスターを相手に、オリヒオたちは戦い慣れていた。

 適切にモンスターから距離を取り、それぞれがタッグを組み、片方が防ぎ、もう片方が攻撃する。

 私も足下に出てきた一体を突き刺して倒す。

 

 弱い。初級くらいか?

 これならいくら出てきても敵じゃない。

 

『なんで、そういうフラグ立てるの? ……うっわ、ほんとに来た。しかもデカいぞ』

 

 オリヒオがちょうどモンスターを倒したところだった。

 

「前後から中型が来る! 小型もだ! 退くぜ! セイ、ジャル、カナガラ、戻れ!」

 

 後方で戦っていた二人がモンスターの攻撃を受け流したところで、敵に背を向けこちらに向かって走ってくる。

 オリヒオは彼らへと走る。彼らとすれ違い、追ってきていたモンスターにつるはしを突き立てる。

 すぐさまもう片方のモンスターからの攻撃を転がって避けた。

 

 つるはしを受けたモンスターは光になって消える。

 アイテム結晶が現れると共に、トンネルが大きく揺れて、新たなモンスターも現れた。

 

「景気がいいぜぇ!」

 

 オリヒオはヒューと口笛を吹いた。

 

 中型と呼ばれたモンスターは、狭いトンネルの半分以上を埋め尽くしていた。

 小型の前進を大きくして、かぎ爪もさらに大きくなっている。

 オリヒオと私は前後から中型に挟まれた。

 

 他の奴らも新たに出てきた小型に手一杯だ。

 中型はオリヒオと私を挟むようにゆっくりと近寄ってくる。

 

「メルっち! こっちに来てくれ!」

 

 私に声をかけると、すぐさま後方の中型モグラに襲いかかる。

 中型がいるってことは大型もいるのだろうか。

 そいつがボスなのかな。

 

『ほぉ、身体強化に硬化魔法。しかも無詠唱か。後方の敵をメル姐さんが来るまでに倒す。そこでメル姐さんを後ろに逃がして、仲間と共にモンスターを挟み撃ちにするって算段だね。なかなかの判断と行動力だけど、一つ計算違いをしてる』

 

 そうだな。

 私が戦えないという前提がある。

 別に倒してしまっても構わないんだよな。

 

『やっちゃえメル姐さん!』

 

 前方から近寄ってくる中型モグラに私も歩み寄る。

 両手の大きなかぎ爪を横に構えたところで、さっと相手の懐に入り、そのままシュウを一刺し。

 上下にかき回す必要もなく、あっさりと中型モグラは光に消えていった。

 

 あれ?

 周囲の小型モグラが倒れていない。

 

『感染スキルは切ってる。パーティー登録してない奴を巻き込むからね』

 

 なるほど。

 面倒だが一体ずつ斬っていくとしよう。

 

 オリヒオの仲間達が戦っていたモンスターを倒す。

 最後に逃げようとした最後の一匹を背中から刺して片付けた。

 

「やるじゃねぇかぁ! メルっちぃ!」

 

 オリヒオが私に近寄って、肩ををばんばんと叩く。

 

「っしゃあ! みんな無事だな! 帰って飯にしようや!」

 

 オリヒオがツルハシを掲げると、他の男達も声をあげた。

 

 

 地上に出た私は、オリヒオの暮らす街――パンタシア僻地に案内された。

 彼らの住んでいるところは、私の知っている言葉で当てはめれば貧困街にあたる。

 粗悪な材質で組まれたボロい建物が並び、何か腐ったような臭いが漂う、それに靄が周囲を覆っており全体的に薄暗い。

 

 一つだけ私の認識する貧困街と外れているところがあった。

 それは出会う人、それぞれに生気があることだ。

 

 だいたいこういう街並みに住んでいる人は陰鬱だった。

 しかし、この街は違う。出会う人が元気にオリヒオらに挨拶をしてくる。

 オリヒオやその仲間達も戦いの疲れを見せることもなく、その声に応えていっている。

 

 なんかでっかい壁みたいなのが見えるんだが、あれはなんだろうか。

 

「ありゃあ『壁』だな」

 

 いや、さすがにそれは見て分かる。

 

「俺たちゃみんな壁って呼んでんだ。中には古い橋と靄しかねぇんだが、それをあの高い壁で囲ってるんだよな。トンネルとも繋がってるんだが、都市の奴らのするこたぁよくわかんねぇぜ」

 

 まさか橋を渡ったりしてないよな?

 

「橋を渡ろうとすると靄が深まって、変な声が聞こえるんだ。不気味がって誰も壁の内側には近寄ろうとしねぇぜ」

 

 それってもしかして――、

 

『跨幻橋パンタシアだろうね。危ないから隔離されちゃったみたいだね』

 

 やっぱりそうか。

 幻竜はまだいるのだろうか。

 

 

 仲間達とほうぼうで別れ、オリヒオは彼の自宅へ私を案内した。

 彼の家も例に漏れず、けっして豪華な家とは言えないものであった。

 彼は、彼の自慢の妻に私を紹介すると、報告してくると言って出て行く。

 

 奥さんは、なんというか可もなく不可もないといった普通の女性だ。

 

『ほんと普通だね。ここまで普通すぎるとなんか反応に困る』

 

 おそらく彼の人物説明と、目の前の女性が同一人物だと判断できる人はいない。それくらい彼の説明は誇張が過ぎている。

 実際に嫁さんは、初対面の私を適度に警戒し、何を話せば良いかと困っているくらいだ。

 

「夕食の支度があるので……」

 

 彼女はそう言って席を立ち、私は一人残された。

 

 しばらくするとオリヒオが戻ってきた。

 

「うっしゃあ! 帰ったぜ! 飯だ! めしめし!」

 

 彼が戻ってくると場は賑やかになり、そのまま夕ご飯をごちそうになった。

 予想はしていたが、内容はひどいものだ。やたら堅いパンが少量に、具のほとんどないスープ。

 うまくもなければ、とても腹がふくれるものでもない。

 それでもオリヒオはうまい、腹一杯などと口にしていた。

 

 オリヒオたちが離れたところでシュウに尋ねる。

 

 ここがパンタシア僻地とよばれ、跨幻橋もすぐ側と聞いたから場所はわかる。

 問題は時間だ。前回は一万三千年前だったようだが、今度はいつの時代に飛んだんだ?

 オリヒオ達は冒険者という言葉を知っていたが、それがどんなものかは知らない様子だった。

 彼らの実力があれば冒険者としてやっていけるだろうし、こんな貧相な暮らしをする必要はないだろう。

 

『元の時代から、千年くらいかな』

 

 なるほど、千年前なのか。

 それなら確かに冒険者ギルドもまだ広まっていないか。

 

『違う。千年「後」だよ』

 

 え?

 

『千年「後」。元の時代から千年経ってる。冒険者ギルドはもうない』

 

 千年後? 冒険者ギルドがない?

 

『推測だけど、冒険者ギルドが国を呑み込んだと考えるね』

 

 冒険者ギルドが国を呑み込む?

 そんな馬鹿な。なに言ってんだお前。笑っちゃうだろ。

 

『現国家は、ダンジョンの掌握に徹底してるって聞いた。この世界でダンジョンを掌握したなら、世界を統べることと同じだよ。そして、この社会体系になりうるとしたら、それは冒険者ギルドがそういう方向に向かったと考えるのが妥当』

 

 うーむ、本当かどうかはともかく、そうだとしたらなんともはやすごい時代になったものだ。

 しかし、冒険者ギルドが世界を握ったらなら、冒険者……というかダンジョンに潜れる彼らは優遇されるんじゃないか?

 

『ダンジョン攻略をただの仕事として見れば、汚くて、危険で、きつい。そういった3K業務はいつだって下層社会の住人に回るもんだよ』

 

 冒険者が下層社会の住人なのか……。

 

『ちょっと違う。彼らは「地底人」って呼ばれてる種族なんだ』

 

 なんか言ってたな。

 彼らの肌がみんな褐色なのもそのせいだとか。

 

『そうそう。夜目が異常に利いて、頑強で、食が細く、日光に弱い体質を持ってる。少数種族は圧倒的な多数種族によって迫害されるもんなんだよ。少数種族が圧倒的な力を持ってるなら別だけど……』

 

 迫害されてると言うが、けっこう生き生きしてたぞ。

 やっぱダンジョン攻略してるからか。

 すごいなダンジョン。

 

『そのダンジョン思考はどっから来るの?』

 

 それより明日もダンジョン攻略だ。

 楽しみだな。未来のダンジョンなんだぞ。

 

 今日はさっさと寝ることにしよう。

 

 

 

 地底人たちの朝は早い。

 まだ日は出ていないのに、そこらかしこから物音が聞こえてきて目が覚めた。

 

「メルっち。お客さんだぜ!」

 

 朝飯を食って、準備して、いざダンジョンとしたところでオリヒオが声をかけてきた。

 客ってなんだ? 昨日の今日で、しかもこの時代だ。私を訪ねる人物にまるで心当たりがない。

 

 入口に出ると、なにやら白い装束を身に纏ったご一行がいた。

 オリヒオや嫁さん、近所の人々はみな地面に膝を付け頭を垂れている。

 どうやらかなり偉い人たちのようだ。

 

「貴様が地底人共の言っていたメルか」

 

 私に一番近い白装束が尋ねてくる。

 その通りなので、首肯する。

 

「なぜ地中にいた?」

 

 時空の歪みに突っ込んだから。

 

 端的に答える。

 白装束らは何やらどよめき始めた。

 

「身分を証明する物はあるか?」

 

 身分を証明する物?

 

『冒険者証』

 

 そうだ、それがあったな。

 首にかけていた冒険者証を外し、白装束に手渡す。

 手渡したはいいものの、この時代にそれがわかるものがいるかどうか。

 受け取った白装束はさらに後ろに控えていた、派手目な白装束に冒険者証をうやうやしく渡す。

 

〈正体を現せ〉

 

 派手目な白装束が冒険者証をかざした。

 何か呟いたがその意味はよくわからない。

 

『冒険者証には、名前や階級が書かれてる』

 

 さすがにそれは知ってる。

 

『でも、内部に特殊な魔術印が刻まれてることは知らないでしょ。魔術印に対応する識別魔術を使うと、ダンジョンの攻略状況や訪れた冒険者ギルド、さらに冒険者証自体が本物かどうかって詳細な情報が読み取れる』

 

 えっ、あのちっさい板にそんな意味があったの。

 ただの名札としか思ってなかった。

 

「本物だ」

「おぉ、それでは」

 

 白装束らがぶつぶつ言っている。

 

「下がれ」

 

 先ほどまでの白装束は横に控え、派手な白装束が私の前に出る。

 

「メル様。先ほどまでの非礼な振る舞い、大変失礼致しました」

 

 派手な白装束が、両手を体の前でクロスさせ、軽く頭を下げる。

 周囲の白装束も同じ仕草を、一斉にしてきた。

 何が何だかわからない。

 

「高祖よりの伝承に従い、お迎えにあがりました」

 

 ごめん、なんだって?

 

「場所を移しましょう。ここは環境が悪い。メル様のお体に障りますゆえ。さぁ、どうぞこちらへ」

 

 いや、だからどういうこと。

 

『メル姐さんをVIP扱いするってことは、やっぱり冒険者ギルドが牛耳った社会で間違いない。それに誰だか知らんけど、メル姐さんのことを心配してくれてた人もいたみたいだ。おめでとう』

 

 はぁ、ありがとさん。

 それで私はいったいどうしたらいいんだ?

 

『やりたいようにやったらいいじゃん。今までだってそうしてきたでしょ』

 

 それもそうだ。

 今までも。そして、これからも。

 

 場所を移すのは構わんが、そこにダンジョンはあるのか?

 

「ご安心下さい。メル様をお連れする先にダンジョンはございません。メル様の境遇はすでに、そこの者どもから聞いております。地底ではさぞ怖い思いをされたでしょう」

 

 ダンジョンが、ない?

 怖い思い?

 

「左様でございます。ダンジョンの攻略などという行為は、メル様の行うべきものではございません。それは、このような劣悪な場所をねぐらとしているものにこそ相応しい」

 

 ……それ、返してもらえる。

 

 いまだ白装束が握る冒険者証を指さす。

 失礼致しました、と差し出してきた冒険者証を受け取った。

 

 よし、行くか。

 

「かしこまりました。どうぞこちらに。輿を用意しております」

 

 勘違いするな。

 お前らとは一緒に行かん。

 

「何を、おっしゃるのですか?」

 

 私は冒険者だ。

 行く場所はすでに決まっている。

 

「どちら、でしょうか?」

 

 ダンジョンだ。

 

「ご冗談を……」

 

 私は冗談が好きじゃない。

 

「メル様をお連れしなさい。悪い空気を吸い、錯乱なさっているご様子」

『むしろ錯乱がデフォルトだからなぁ』

 

 好きじゃないのは、冗談だけじゃないぞ。

 トマトに、シュウに、勉強だって好きになれん。

 

『ねぇ、今、俺の名前がなかった?』

 

 これだけじゃない。

 まだまだ嫌いな物はあるぞ。

 論理的な話や、長い説教、無駄な軽口、セクハラ発言。

 ――とまぁ、このように挙げていけばキリがない。

 

『ちょっと、ねぇ。最後のってほぼ俺じゃ……』

 

 白装束共が私を囲む。

 派手な奴が身体強化の魔法を全員にかけた。

 

 ただ、その中でもとりわけ嫌いな物がある。

 それはな――、

 

「目の前にダンジョンがあるのに、その道を遮る奴! お前らだよ!」

 

 私は一足で下っ端の脇を抜け、派手な白装束を蹴りあげた。

 

 

 

 一悶着あったがようやくダンジョン攻略に取りかかれる。

 

「いやぁ! やるなぁ、メルっち! 大司教様を蹴っちまうなんて!」

 

 ついでに他の司教も二人を残して全員蹴り飛ばした。

 残った二人には、倒れたその他大勢を持って帰ってもらった。

 

「でも、これからどうするんだ? 俺たちへの圧力がさらに厳しくなるんじゃ……」

 

 俯いて歩く男が口にする。

 オリヒオは相変わらず楽しげだが、それ以外の足取りは重い。

 

 そんな未来の話より、今はこのダンジョンだ。

 由々しき事態である。トンネルと呼ばれているだけで、正式なダンジョン名がない。

 

 ポルタ渓谷の下にあるからポルタトンネルでいいじゃんとシュウは言う。

 なんと安直な思考か。せっかく産まれた、この世界の奇跡たるダンジョンに、上がポルタだから下もポルタだなどと……。

 ダンジョンに対する冒涜だ。呆れかえるしかない。

 出てくるのは溜息ばかりである。

 

『ダンキチめ』

 

 ふむ、何にせよ名前を考えておかねばならないだろう。

 

 それよりもここは初級くらいだろうか。

 敵の動きがわかりやすい。

 

『そうだね。深くなるにつれ難易度が上がっていくパターンかな。入口付近に中型はいなかったし』

 

 オリヒオらと話を進めるとどうもそのようだ。

 彼らでは中型が増えるところが関の山で、その先は知らないらしい。

 

『まだダンジョンとして不完全みたいだね』

 

 そのようだ。

 私たちの通っている通路の多くが、大型モンスターが通った道らしい。

 

『……さて』

 

 さて、とは?

 意味ありげな声で漏らしたので気になってしまった。

 

『気になる点が二つあるんだよね。一つ目はこのダンジョン。何で攻略されてないんだろう』

 

 攻略してるじゃん。

 オリヒオ達がゆっくりだけど、進んでるだろ。

 

『なんでそんなにゆっくりしてるんだろうってこと』

 

 さぁ? まだダンジョンとして不完全だからじゃないのか。

 それにドロップアイテムも微妙そうだったし。

 

『いやいや。ダンジョンの掌握が国家としての存続条件なら、さっさと攻略されてないとおかしい』

 

 よくわからんね。

 で、二つ目は?

 

『上で蹴った白装束たちのこと』

 

 あいつらの何が気になったんだ。

 

『高祖の伝承とか言ってた。高祖が誰なのかは複数名候補があるけど、誰だとしてもメル姐さんとそこそこ親しい奴だ』

 

 そりゃ、そうだろうな。

 私を安全な場所へご丁寧に案内してくれようとした訳だし。

 

『そこがおかしい。メル姐さんと親しいなら、ダンジョン攻略に向かうってわかってる』

 

 ……まぁ、そうかも。

 

『わざとそう仕向けたんじゃないかな』

 

 さすがに考えすぎじゃないか。

 

『いや、考えすぎじゃないと思うね。だって、この二つの疑問に対する答は一致するんだから』

 

 それは何だ?

 

『メル姐さんに、このダンジョンを攻略させる――これに尽きる』

 

 は?

 誰が? 何のために?

 

『それがよくわからない。でも、合ってると思うね』

 

 何にせよ注意すべきだろう、ということでいったん話は終わった。

 

 シュウは警戒しているが、私は感謝しかない。

 私のためにダンジョンを未攻略で残してくれたんだからな。

 

 

 

 シュウの心配を余所に攻略はサクサク進む。

 モンスターも中型が目立ち、数自体も増えて来ていた。

 とうとうオリヒオ達が今まで潜った深度を更新してしまった。

 

 さて、この先どうするかだな。

 ソロで行くか、複数で挑むべきか。

 

『一緒に行こう』

 

 おや、お前は反対すると思っていたんだが。

 

『毒を食らわば皿までだ。徹底的に攻略してみよう。それにチートがあれば、こいつらは足手まといにならない』

 

 ダンジョン攻略において、未来に飛んで間違いなく良かったと言えることが一つ。

 

 ――パーティーリングが存在していることだ。

 

 オリヒオ達もつけていた。

 今まではパーティー登録せずにいたが、そろそろしないと危うい。

 シュウは相手が男だと高確率で登録をしたがらないが、今回は時代が違うことと、全員が所帯持ちということが何より大きいのは間違いない。

 

「なるほどなっ! メルっちがずっと話してたのはシュウキチだったんだな! よろしくな!」

『シュ、シュウキチ……』

 

 シュウキチ、なんかお前がキチ○イみたいだな。

 私は笑いを抑えるのに必死だった。

 

 呼ばれ方に関しては不本意さ丸出しだったが、オリヒオとの息はぴったりだ。

 どうやってるのかがさっぱりわからないが、こいつの感覚は恐ろしく鋭い。

 

『聴覚がずば抜けてるね。チート有りなら俺より上だ』

 

 この通りシュウも認める感覚を持っている。

 音の反響で、道の行き止まりも把握し迷わない。

 さらに敵の位置をシュウよりも先に察知し、事前に配置を組める。

 

「ホリはもうちょっと後ろ、上から来るぞ。メルっちは――」

『後ろの三体をやろう』

「頼んだっ!」

 

 指揮も的確で相手が出たところを確実に潰していっている。

 

『優れた感覚に、リーダー適性、良く言えば明るい人格。元の時代にいればなぁ』

「あんまり褒めんなよっ、シュウキチ! 照れんだろっ! それより後ろからもう一体来た! 頼んだぜ!」

 

 なんだろう……、この感覚は久々だな。

 私自身が彼の腕や脚となり戦っている感覚がする。

 

『素直に感心する。メル姐さんと他多数でまともにパーティーが組めるなんて』

 

 なるほど、これはパーティー攻略なのか。

 普段がソロだから違和感はすごい。しかし、悪い気はしない。

 チートを使っても二人や三人で組むと、どうしても私とその他になりがちだ。

 滅多にないが、それ以上の人数になれば完全に私は浮く。

 

『うん。そのメル姐さんが完璧に組み込まれてる。リーダーの極致だ。それなら俺はマネージャーとしての役割に徹させてもらおうかな』

 

 何が違うのかよくわからんが、そうしてくれ。

 あれしろこうしろの指示は、一カ所から来た方が迷わなくて済む。

 

 オリヒオが私たちを率いて、シュウが逐次細かい修正をしていく。

 ときにポルタ渓谷の断崖を削って進み、モグラ共に挟まれつつも、ついに渓谷の最下層に辿りついた。

 

 最下層で起こっていたのはモグラ同士の闘争だった。

 こちら側の断崖から出てくるモグラと、反対側の断崖から出てくるモグラが戦っていたのだ。

 

『こっちとあっちで種類が違うね。あっちの方が体格が良い』

 

 あっ、ほんとだ。

 こちら側のモグラよりもあちらの方がでかい。

 力の強さもあちらの方が上だが、その分こちらは戦術で勝っている。

 小回りや奇襲であちら側の背後や不意をつく。

 

 割と珍しい光景だ。

 一つのダンジョンの中でモンスター同士が争う光景はあまりない。

 森や草原のダンジョンではあったが、地下で戦っているのを見るのはこれが初めてになる。

 

「さぁて、どうすっかな。双方が弱ったところで一気にしかけるとすっか」

『いや、それだと双方から狙われる可能性がある。おそらくこういった争いは日常茶飯事だ。決着が付かずに引き分けになる。片方がこちら側に退いて来たところを討って、すぐにあちら側に攻め入り、片方の背後を狙おう。その方が一度に少ない数と戦えてリスクが小さい』

 

 オリヒオも同調し、すぐさま細かい動きの話に移った。

 シュウの言うとおりモグラ同士の抗争は、数の減少と共に終わりを見た。

 こちら側の断崖に戻ってくるところをタッグを組んで確実に仕留めていく。

 問題は大型だったが、状態異常が通じてしまいあっけなく倒すことができた。

 

 アイテムを回収することもなく、そのままあちら側の断崖に突撃する。

 モグラ同士の争いのため、地面がぼこぼこで進みづらかったが何とか渡りきった。

 完全に油断していたデカモグラの背中を襲い、こっちの大型まで倒すことができてしまった。

 

 一通りのモンスターを倒し、オリヒオ達は歓声をあげる。

 リポップを防ぐためアイテム回収は後回しにして、反対側の断崖を上ることとなった。

 初めての道で時間こそかかれど、穴をひたすら辿りついには渓谷を挟んで反対側の地上に達した。

 

「おい、オリヒオ。ここは壁の内側だぞ」

 

 靄ではっきりとわからないが、パンタシア僻地からも見えていた壁の内側に出てしまったようだ。

 

『あっちだね』

「なんだこりゃあ!」

 

 視界に赤と青の色が付いた。

 私はわかっているが、他の奴は驚いている。

 

 壁の内側には一本の橋が架かっている。

 そして、その中心に赤い渦が巻いていた。

 

 橋の途中に置かれた立ち入り禁止の柵を破壊し、渦の中心へ向かう。

 

 オリヒオ達は付いてきていない。

 靄が出ているものの、日差しが強いため彼らは出られないようだ。

 私一人で歩いて行くと奴が現れた。

 

「ややや! メル殿ではないですか! お久しぶりですな!」

 

 低い背丈にずんぐりした体つき。

 靄の塊こと幻竜ヌルだった。

 

 久しぶりか……。

 私にとっては数日も経ってないんだがな。

 

「や! こちらは三百年ぶりでしょうか! まあ、時間の隔たりに意味はないですがな!」

 

 ん?

 どういうことだ。

 

「やや! それよりもダンジョン攻略は楽しめましたかな?」

『やっぱりこいつの差し金か。俺たちにダンジョン攻略をさせたのは何が目的?』

 

 ああ、誰かが私にダンジョンを攻略させようとしてるって話か。

 なんだお前が仕組んでくれていたのか。

 

「や! 私だけではありませんがな!」

 

 やははと幻竜ヌルは笑っている。

 

『で、目的は何なの』

「やや! 今は話せません! 直にわかりますぞ!」

 

 すぐにわかるならいいか。

 ダンジョンが攻略できて私は満足している。

 

「や! さすがはメル殿! ですが、ボスはまだ倒されていませんな?」

 

 ……あれ?

 そう言えば、ボスはまだ見てない。

 あの大型のモグラはボスじゃないんだよな。

 

「や! 違いますな」

『状態異常が普通に通ったから違うね』

 

 だよな。

 そうするとボスはあれよりデカいのが居るわけか。

 

 なるほどな。

 ボスを倒したらまた来るとしよう。

 

「やや! それはどうでしょうな! たとえボスを倒すことができないとしても、私はここでお二人をお待ちしておりますぞ!」

 

 何かひっかかる言い方だな。

 そんなにここのボスは強いのだろうか。

 シュウ曰く、道中は中級だ。もしかしたらボスだけが上級以上なのかもしれない。

 

 オリヒオらと合流したが、時間の兼ね合いもあり、ボス捜索は明日になった。

 初めての道と敵を攻略したのだ。チートがあれど、疲れは溜まる。

 今日は帰って休むことにした。

 

 

 

 何事もなく、僻地に帰ってきた。

 残念ながら何事もなかったのは攻略組だけだったらしい。

 

 帰ってきてからの反応ですぐに何かあったのかわかった。

 私に対する反応が非常に冷ややかになっている。

 物理的に夕飯の量で見て取れた。

 

 食事の量がさらに少なくなっていた。

 どうも私に蹴られた腹いせか、僻地に回ってくる食事の量を白装束共が減らしたらしい。

 それどころかダンジョン攻略のノルマ達成要求も厳しくなった。

 今回は最下層までたどり着けたため何とかクリアだ。

 

『やり口がこすい』

 

 そうだな。

 ボスを倒したらさっさと出て行くべきだろう。

 明日にはダンジョンのボスを倒してクリアして、白装束共と話を付けに行く。

 

『そんなことじゃ根本的な解決にはならない』

 

 じゃあどうするんだよ。

 さすがに私のせいで、ここの人たちに迷惑をかけるのは悪いと思ってる。わずかだがな。

 

『わずかなんだ……。それはともかく、幻竜の目的が見えてきたな。現状維持にはなるまい。そうすると方向性は両極。さて、どちらになるかな……。どちらに転んでも退屈はしないか』

 

 なんかぶつぶつ言ってる。楽しそうだからほっとこう。

 特に何も提案してこないということは、何とかなるってことだろうからな。

 

 

 翌日になり、またしてもダンジョンの攻略を行う。

 メンバーの言動からは若干の焦りを感じる。

 今後の生活への不安が出ている。

 

「よっしゃ、みんな! 今日も気張っていこうぜ! 目標はボスの撃破! そうすりゃ問題なしってもんだ!」

 

 オリヒオの言葉で、彼らの不安は吹き飛んだ。

 ボスを倒せばどうにかできるという安心感が湧いたのだろう。

 その言葉に根拠はないにしろ、信じ込ませるだけの力が彼にはあった。

 

 問題はそのボスだ。

 姿形が一切わからず、どこにいるのかもわからない。

 それではオリヒオの聴覚による探知でもさすがに見つけることはできないだろう。

 

 そうなると手段は一つ。

 出番だぞ、シュウよ。

 

『ふむ。俺のいた国にもモグラの抗争があった。西のコウベモグラと東のアズマモグラで万年規模の抗争をしてるんだ』

 

 はぁ、そうなんだ。

 それが今回の話にどう繋がるの?

 

『下のダンジョンで見たのは、大きさに差はあれど二種族だったね。仮にどちらかの種族にだけボスがいるとするとおそらく片方が圧倒的になり、戦いは決着がついてる』

 

 ふむふむ。

 そうするとボスは片側だけにおらず両種族にいるってことか。

 

『昨日の戦闘を見た限りでは、あいつらは大きさによって立場の優劣があった。でかいほど偉いんだ。両種族にボスがいるとすれば、あれよりも大きなサイズがいることになる』

 

 じゃあ、大きい奴を探せばいいってことか。

 それだけじゃ難しいだろ。

 

「いや、待ってくれ。シュウキチが言いてぇのは、『両種族にボスはいない』ってことじゃねぇか?」

『そういうこと』

 

 どういうこと?

 

『このダンジョンの通路は、基本的にモンスターが通った道だよね。俺たちが見た道の中で、大型モグラよりもでかい道はなかった。そうでしょ』

「ああ、そうだ。おいらの聞き取れた範囲でもそんなでかい道はねぇぜ」

 

 そうすると、ボスはどうなるの?

 いないってことはないだろ?

 

『俺の国でも東西二種類以外のモグラがいた。例えばサドモグラやセンカクモグラ。東西の抗争を嫌って新天地を目指したものだ。今回はダンジョンって事もあるから、範囲の面からこれは考えづらい。また、山地に生息するミズラモグラも除外できる。エチゴモグラも除外。そうすると考えられるのは二種』

 

 けっこうモグラっているんだな。

 あっ、続けてどうぞ。

 

『残りの二種はどちらも似たようなもんだけど、山地じゃないと考えればヒミズだろうね』

 

 ヒミズってのは?

 

『モグラみたいにトンネルをガンガン掘らず、地上の浅いところを移動するんだ。地上にも出てくるけど夜は出てこないから「日不見」。体も小さい』

 

 つまり最下層ではなくて、比較的上層を探せばいいってことか。

 それでも範囲は広いだろ。

 

『ダンジョンの範囲内で、余り近づけない――近づかない表層となると場所は限られるでしょう。あちら側にはいなさそうだった』

「なるほどなぁ! ってこたぁ、こちら側の壁の内側付近か!」

 

 そういや不気味だから近づかないとか話してたな。

 

 大まかな方向は決した。

 上層をオリヒオの案内で進み、門の内側付近までやってきた。

 そこからは掘削作業だ。削って砕いて土を移動させをひたすら繰り返す。

 

「おぉれら、今日も岩砕きぃ~」

 

 オリヒオ達は歌いながら作業をしている。

 手は止まることなく、むしろ黙々と作業するよりも早く効率的だ。

 ちなみに私もシュウでひたすら岩を砕く。

 

「スコップ、片手に土」

 

 そこでオリヒオの歌が止まった。

 彼は帽子のつばを後ろに持っていく。

 

「捉えたぜ」

 

 男達の顔が歓喜で緩む。

 そして、オリヒオの指示に従ってどんどんと掘り進める。

 

『逃げないな……』

 

 シュウがぼそっと漏らす。

 良いことじゃないか、このまま一気に迫って倒してしまおう。

 他の男達も私と同じ気持ちなのか同調して声をあげた。

 シュウとオリヒオは黙っている。

 なんなんだ、こいつら。

 

 

 ついに巣穴に辿りついた。

 モグラにしてはでかいが、ボスにしては小さい。

 小型モグラよりもやや大きいくらいだ。膝下より大きく股ほどまではいかない。

 他のモグラよりも肌が黒く、尻尾が長く大きい。こちらに威嚇してくるが、襲いかかっては来ない。

 

 これがボスか。

 特殊な攻撃もしてこなさそうだな。

 

『やっぱり』

 

 何がやっぱりなんだ?

 

 ……返答なし。

 

 私と男達が前に出て距離を詰めていく。

 そんな私たちを掻き分けて、オリヒオが前に出た。

 なんだ、奴が自ら倒したいのであれば、譲ってやろう。

 ここまでの一番の功績は、シュウを除けば奴にあるのだから。

 

 ボスの直前までいって、オリヒオはくるりとこちらに向き直る。

 

「つい最近なんだがよぉ。おいらのカミさんが、おめでたってことがわかったんだ」

 

 いきなり何を言い出すのかわからず唖然としていたが、ひとまずおめでとうと言っておく。

 

「ありがとなっ。それでよぅ、産まれてくる子には元気に育ってもらいてぇ。……でも、今のままじゃたぶん無理だろう」

 

 なぜ、今その話をするのかは知らないが、あの食事量じゃ難しいかもな。

 食は細いと聞いたが、それにしても環境が良くないことは確かだ。

 私のせいで減った分に関しては話を付けにいくぞ。

 増量も視野に入れておく。

 

『それ、間違いなく話し合いじゃなくて、殺し合いになるからね』

 

 是非もない。

 

「おいらぁ、別に殺し合いをしたいんじゃねぇんだ」

 

 よくわからん。

 結局ボスはいつ倒すんだ?

 

『出たよ。空気読めないどころか、行間すら読めない発言』

 

 は、どういうこと?

 

 オリヒオが親指をボスに向ける。

 

「やっこさん、おめでたしてんだ」

 

 え?

 

 私は彼の後ろのボスを見る。

 相変わらずこちらを威嚇してくる。

 そのお腹に注目する。なんとなく膨らんでいるような、膨らんでないような……よくわからない。

 

『妊娠してるよ。父親はいないね。死んだのかな。逃げなかったのは、身重で逃げられなかったんだね。で、倒すの?』

 

 私は固まった。

 

「でもよぉ、オリヒオ。こいつを倒さねえと俺たちの生活が立ちゆかねぇだろ」

 

 男達の中でも年長者が意見を述べた。

 

 それもそうだ。

 モンスターと割切って倒してしまえばいい。

 喉元まで出かかった言葉は、声にすることができない。

 

「それにモンスターだぜ。倒しても時間が経てば復活するだろ」

 

 他の男も発言する。

 

 その通りだ。

 相手はモンスターだ。

 倒せば復活する、そうだろシュウ?

 

『母体は復活するだろうね』

 

 言外にお腹の命はわからないと伝えてくる。

 

 男達は例外なく固まっている。

 全員が所帯持ちで、オリヒオ以外は子供もいると聞く。

 

 おもむろにオリヒオがボスに向き直った。

 彼は腰に下げた巾着から、昼ご飯を出してボスに差し出した。

 

「おめぇも必死で生きてんだよな。少ない種族で、体もちっさくて弱いのに、産まれてくる子供のためにがんばってよぉ。やっぱ母ってのはつえぇもんだなぁ」

 

 オリヒオは自身のご飯をボスの口元に置き、こちらに再度むき直る。

 

「おいらに、こいつは倒せねぇ。俺は産まれてくる子供を、カミさんと一緒に笑って抱き上げてぇんだ。奪われたなら怒りもするし、悲しみもするさ。でも、余所から奪って笑顔でい続けるこたぁ、おいらにはできねぇ」

 

 オリヒオは方向性を示した。

 このチームは彼をリーダーとしている。

 彼が示した方向へとメンバーは進んでいくのだ。

 

『……さて、往く道は決したな』

 

 ボスはいなかった。

 そういうことにして、私たちはボスの前から立ち去った。

 

 

 

 僻地に帰れば、状況はさらに悪化している。

 食事はさらに減り、ボスを見つけられなかったと聞いて住人の不安は募るばかりだ。

 

 そんな不安や不満もオリヒオは笑って受け流す。

 夜になり、ぼんやり月を見上げていればオリヒオがやってきた。

 

 明日になったらここを出る。

 

 開口一番、私はオリヒオに告げた。

 

 ダンジョンでも言ったが、白装束の奴らと話をつけてくる。

 

「メルっち、そいつぁやめてくれねぇか」

 

 なぜだ?

 このままだと食事は減り、産まれてくる子にも影響が出るだろう。

 それどころか産まれることすら危うい事態になる。

 

『少なくとも今は止めた方がいいね。メル姐さんが物理的に話をつけても、あいつらが強者で、オリヒオ達が弱者という関係に変化がないからだよ。いつまで経っても命を握られ続ける』

 

 それならあいつらが倒れるまで徹底的に叩けば良い。

 

『相手の数が圧倒的だからね。戦うなら壊滅覚悟でやらないと駄目だよ。勝ったけどメル姐さんしか生き残りませんでしたってのがオチだね』

「シュウスケの言うとおりだぜ。生き残らなきゃ意味がねぇんだ」

 

 それはそうだが……。

 正面から戦うのが無理なら逃げればいいじゃないか。

 安全な場所にみんなで逃げてそこで暮らせば良い。

 

「そうできりゃあいいんだなぁ」

 

 オリヒオは楽しげに笑っている。

 遠回しに無理だと言われているようだ。

 

「子供や年寄りもいる。遠くには動けねぇ」

『背後にポルタ渓谷があるから、飛び越えて行くこともできない』

 

 逃げることは難しいのか。

 

「仮に動けても、逃げる場所がねぇんだ。おいらたちゃ地底人だからよ。どこも受け入れてくれねぇ。おいらたちにゃあ、ここしかねぇ。ここだけなんだ」

 

 しかし、ここで暮らしていてもジリ貧なんだろ。

 白装束の奴らに命を握られて、ダンジョンに潜りながら命を繋いでいくしかない。

 戦っても駄目だし、逃げる場所もないと来た。

 何か……、何か良い案はないのか?

 

『あるよ』

 

 シュウよ。

 何か良い案が……。

 

『だから、あるって』

 

 あるの!?

 今回はお前でもさすがに厳しいと思ってたんだけど、そんな軽く言われるとびっくりだ。

 

「シュウスケ、ほんとにそんな案があるって言ってんのかい?」

『うん。あるよ』

 

 こいつ、言い切ったぞ。

 

『単純だよ。近くに逃げる場所がないんなら――受け入れてくれる場所がないんなら――自分たちで作ればいいんだ。政府の目が届かない、地中の奥深くにね』

 

 シュウは語る。

 オリヒオは目を輝かせる。

 私はわかったような顔をして頷く。

 

『ただし全てはリーダーが導けるかにかかってる。もちろんメル姐さんにも働いてもらうし、ある程度の出費はしてもらう』

 

 今宵、かつてないほどのダンジョン攻略、否、ダンジョン改造計画が示された。

 

 

 

 翌朝、私たちはさっそく動き出した。

 今日のメンバーは昨日までと少し違っている。

 実戦ではほぼ役に立たない魔法使いが五名ほど付き従う。

 もちろん、いきなり連れて来られたので何をさせられるのかと怯えている。

 

「ここに、おいらたちの街を――国を作ろうぜ」

 

 オリヒオは軽く語った。

 周囲の人間は冗談だと受け取って笑っている。

 オリヒオは笑わない。周囲も冗談ではないと感じ、笑いが消えた。

 

「このままあそこに住んでたんじゃジリ貧だ。かといって俺たちと都市の奴らとじゃ話し合いなんてできねぇ。逃げるにしても受け入れてくれる先もねぇ」

 

 昨夜、シュウとした話を彼の言葉で説明する。

 一通りの話をして周囲から当然の疑問が出てきた。

 

「ここに逃げる場所を作るって言っても、ダンジョンだろ。モンスターに襲われるに決まってる」

「水はあるだろうけど、食べる物がないぜ。地下で飢え死にだ」

「住めるところを作っても、都市の奴らが攻めてくる」

 

 どれも当然の疑問だな。

 で、どうすんの?

 

『まず住む場所。これは最下層にする』

 

 えっ?

 ボスみたいに浅いところじゃないのか。

 

『浅いと政府から容易に攻められる。ダンジョンを政府からの盾として利用する』

 

 でも最下層ってモンスターからの攻撃が一番苛烈なところじゃないか。

 そんなところにどうやって住むというんだ。

 

『このダンジョンは他のダンジョンであまり見られない特徴があった』

 

 うむ。

 ボスが小さくて弱そうだったな。

 

『違うよ……。最下層で二種族が争ってた』

 

 おお、そうだったそうだった。

 こちら側の断崖とあちら側の断崖との種族間で戦ってたな。

 

『その戦闘地点のど真ん中一帯に住む場所を作る』

 

 ど真ん中に?

 

『片側だけに作ると、二種族間のバランスが崩れる。それは避けたい。両側それぞれに作ると、移動に制限がかかって将来的にオリヒオ達が二種族に分かれかねない。そんなわけで真ん中が良いだろうね』

 

 それだと両方のモンスターから狙われないか?

 

『対策はある。百聞は一見に如かず、百見は一考に如かず、百考は以下略。実際にやってみよう』

 

 そんな訳で、昨日に引き続き最下層まで降りてきた。

 昨日拾わなかったドロップアイテムがまだそのままで残っている。

 

『いやいや、小型はいくつか復活してるよ。大型はやっぱり遅いな』

 

 オリヒオらと一緒に最下層を歩き回る。

 昨日は駆け抜けてしまったので、詳細な地形が把握できなかったらしい。

 

『よし、ここだな。さっそく整地に移ろう』

 

 オリヒオ達を背後に立たせる。

 

『ゲロゴンブレス用意。左側の大型モグラを狙って。もうちょい右、気持ち上……ストップ。発射!』

 

 刀身が赤く光り、目の前から膨大な熱量が放出された。

 断崖の割れ目に沿って、半月型の窪みが一直線に延びる。

 そこにいたモンスターは一瞬でアイテム結晶となってしまった。

 オリヒオは、はしゃいでいるが他の奴らはあまりの光景に唖然としている。

 

『じゃあ、次は右に移動して撃とう』

 

 シュウと私は周囲の反応に構わず、淡々と作業を進めていく。

 今度は場所を右に移動して、先ほどの溝に並行する形でゲロゴンブレスを撃った。

 これを五回ほど繰り返すと、長方形の更地が完成する。

 

『うん。こんなもんでいいや。次は市壁だ。魔法使いの人たちに頼もう』

 

 後ろで怯えていた魔法使い達を呼び、シュウの後に続き魔法を唱えていく。

 私とオリヒオらは周囲からモンスターが来ないか警戒している。

 さきほどの光景を見ていたのかモグラは出てこない。

 

 魔法により長方形の外周に、私の身長の倍以上はある壁が築かれていく。

 なるほどな、この中にいろいろ作っていくわけだ。

 

「なぁ、シュウスケ。壁を作ってもモグラ相手じゃ意味がねぇんじゃねぇかい?」

 

 確かにそうだな。

 壁に普通に穴を開けてくるだろう。

 

『その壁をツルハシで叩いてみればわかるよ』

 

 言われた通り、オリヒオが壁をツルハシで叩く。

 堅い音が響き渡り、ツルハシの先が折れた。

 一方、壁には傷一つ付いていない。

 

『ね。特殊なコーティングを織り込んでるから問題ない』

「こいつぁすげぇや……。下から潜られたらどうすんだ?」

 

 確かにそうだ。

 相手はモグラ型モンスターである。

 壁を飛び越えてはこないだろうが、潜り込むことはできるのだ。

 

『観察したところだと、こいつらは横や上方向に大きく掘り進むけど、下方向にはあまり深く掘らない。そうでしょ?』

 

 どうやらオリヒオは、そのことを知っていたようで頷いている。

 通常は壁の外側を高くするようだが、今回は壁の内側を高くすることで、潜って攻められることを防ぐらしい。

 もちろん地下にもいろいろ仕掛けを張り巡らせるとシュウは話す。

 

 私の持っていた薬を魔法使いに分け与えて、とうとう外壁が完成した。

 外壁は立派だが内側には殺風景な光景が広がって物寂しい。

 

『とりあえずはこれで外敵からの侵入を防げるね』

 

 それはそうだな。

 完全に囲んでしまって、私たちも出られないけどな。

 

『それは階段を作ればいいだけ。さてさて、次は食べ物対策だ。メル姐さん、「狂芋」と「キミハコマメ」、「出会い去り麦」をあるだけ出して』

 

 袋の中から言われた三つの結晶をあさる。

 それぞれをシュウの言うとおり長方形の三隅辺りにそれぞれ蒔く。

 その後、初めて聞く魔法をかけていた。

 

『よし、今日のラストだ。「どこでも生え草」を出して』

 

 ……えっ、あれを使うのか。

 そもそも持ってたっけ?

 

『間違いなくあるよ。こんなときのためにちゃんと取っておいた』

 

 どんなときのためなのだろうか。

 探してみると確かにあった。

 

 で、これはどこに?

 

『壁に登って外側に蒔く。絶対に内側に蒔かないでね。いいか。絶対だぞ、絶対内側に蒔くんじゃないぞ。わかってるか?』

 

 うるさいな、わかってるよ。

 言われた通り、外側に蒔いていく。

 

『なんで内側に蒔かないの?』

 

 なんなのお前?

 

 けっきょく外側だけ蒔いて一日目は終わりになった。

 

 

 翌日は雨だった。

 夜から降り始めた雨が、今も続いている。

 

『うんうん。予想通り降ってくれた』

 

 それで今日はどうするんだ。

 

『住居の作成と、順調にいけば戦闘ゾーンの構築かな』

 

 いよいよ殺風景な光景とお別れか。

 お別れと言ってもたったの一日だけだったが。

 

 最下層まで来ると、そこは昨日とは違う景気が広がっている。

 作ったばかりの壁があるのはもちろんだが、地面が茶色一色ではなかった。

 

「おいおい、なんだこりゃあ! 草が生い茂ってるじゃねぇか!」

 

 なんとなく予想してたが、これはどこでも生え草だな。

 水さえ与えればあっという間に生長して辺りを覆う困った雑草だ。

 見つけたら速攻で完膚無きまでに対処しないと、他の植物や作物を駆逐していく危険な代物でもある。

 こいつ専用の毒魔法まで考案されているぐらいだからな。

 

『明らかな害草だけど、良いところもある。メル姐さんでも知ってるとおり、特有の毒魔法が極めて有効だから管理が楽。なによりも……』

「なんかひでぇ臭いだな」

 

 そう、この雑草は独特の臭いがある。

 私は嫌いじゃないのだが、苦手な人はとことん嫌う臭いだ。

 

『この臭いが、一部のモンスターに有効なんだよね。良かった、ここのモグラにも効くみたいだ』

 

 周囲を見てみると、モグラの姿は見えどもこちらに近寄ろうとしない。

 そんなモグラたちをよそ目に、外壁の外周に作った階段を上る。

 

「おおっ!」

「す、すげぇ!」

「なんだこりゃあ!」

 

 内側の光景を目にし、男達は感嘆を漏らさずにはいられない。

 私も口が開きっぱなしだ。

 

『こっちは微妙だなぁ。日光が当たらないから仕方ないか』

 

 いやいやいや!

 なんだこれ! どうなってるの!?

 

 長方形の三隅に、三種三様の植物が茂っていた。

 さすがにどこでも生え草ほどではないが、十分に伸びているではないか。

 

『もともと生長が速い品種だし、促進魔法もかけたからね。これでちゃんと育つんだからボスの特殊ドロップ品は伊達じゃないってことだ』

 

 そう言えば、けっこう手に入れるのが大変だった気がする。

 どれも名前をはっきりと覚えてるくらいだし。

 

 ところで、これはもう食べても大丈夫なの?

 

『まだまだ。毎日魔法をかけてもあと二日はいる。あとは生え替わるごとに場所を移していけば、連作障害も回避できるでしょう』

 

 なんだか、予想以上にすごいことになっている。

 それにお前、なんか手慣れてないか?

 

『ん、まあね。いろいろやってるから』

 

 どうせまたげぇむとかいうやつだろうな。

 それでも構わない。この結果が全てだ。

 

『水路はこう。下水はあそこを通して、処理場はここ。住居はあそこに固めて……。よし、まずは――』

 

 頭の中にあるものと、実際の土地との摺り合わせが終わったようだ

 さっそくシュウから指示が飛んでくる。

 

「おぉれら、今日も汗かいてぇ~」

 

 みんなで歌いながらも、着実に作業は進んでいく。

 シュウが指示し、オリヒオが率先して動き、他の奴らも彼を導に行動する。

 道が走り、家が建ち、農地の区画も整備され、一つずつ彼らの暮らす形が出来てきてきていた。

 

 二日目が終わると、地下には街ができていた。

 

 

 あっという間に三日目だ。

 

『今日は、昨日できなかった戦闘ゾーンの作成と重要ファクターの確保だね』

 

 昨日も思ってたけど何それ?

 

『ダンジョンを政府からの盾にする以上、ダンジョンが存続しないと駄目でしょ』

 

 まあ、それはそうだな。

 今のままじゃまずいのか?

 

『このダンジョンは二種族の対立がメインの形だからね。中間に街を作り、草も生やしたんで、対立が減ってダンジョン自体がなくなる可能性は大いにある』

 

 それだと困るな。

 ダンジョンがなくなってしまうのは私としても頂けない。

 

『でしょう。だから、彼らに戦う場所を整えてあげるって寸法だよ』

 

 はーん、面倒なことまで考えるものだなぁ。

 

 そういう訳で街の外側に、外壁に囲まれた領域を新たに作った。

 ただし、街とは違ってこちらは入口と出口を設けている。

 入口は片方の断崖に、出口はもう片側の断崖に通す。

 外壁に囲まれた領域から雑草を除去して完成だ。

 これを街を挟むように二カ所建てた。

 

 結果はすぐさま明らかになった。

 作られた闘技場にそれぞれの断崖からモンスターが出てきて戦いあっている。

 

『ふむふむ。もっと広げないと駄目か。入口の数も調整しないと駄目そうだな』

 

 さっそく魔法使いを呼んで、戦場の大きさを整備し、入口の数を増やした。

 これで戦闘ゾーンは確保できたことになる。

 そうするとあとは何だっけ。

 

『重要ファクターの確保だけど、これは後回しにしよう。まずは防衛力を高めないと駄目だ』

 

 防衛力って具体的には何するの?

 

『まず通路で崖に出ているところを塞ぐ。対人用のトラップもガンガン仕掛けていく。屋根も作らないと駄目だし、外壁に細工もする』

 

 そこまでする必要ある?

 街としての体裁はすでに整ってるだろ。

 

『メル姐さんは勘違いしてる。俺たちが作ってるのは街じゃない――国だ。誰かに守ってもらう場所じゃなく、自らが守りぬく場所なんだ』

 

 そうなのか?

 まあ、政府に攻められてあっという間になくなっても悲しいからな。

 

『そうだね。領土は作りつつある。あとは主権と国民。次は主権――最低限見逃されるための物理的な実力を付けるとしよう』

 

 そう言って、オリヒオら数名と魔法使い一人を呼ぶ。

 僻地と反対側の断崖に登り、地上まで到着すると、まず入口を堅く塞いだ。

 来た道を戻りつつ、いくつか道を崩す。また、上層で断崖に面する部分も閉じた。

 新しく穴を掘り、わざと天井や床を崩れやすく細工もしていく。

 途中で魔法使いに魔法を仕込ませていた。

 こうして最下層まで戻ってくる。

 

『片側はこれでいい』

 

 こうして三日目の作業を終えた。

 

 この夜にオリヒオらと僻地の重要人物を集めての話し合いが行われた。

 議題はもちろん、現在絶賛建設中の地下国家への移住である。

 ここで反対されたらどうなるのだろうか。

 作って満足で終わり……?

 

 議論は白熱した。

 出うる疑問、疑念への答えはすでにシュウから示されている。

 オリヒオが沸き上がる質問や不安に、一つずつ答えていくと徐々に場は移住の方へと話が進む。途中から話がつまらなくなり、眠たくなったので私は寝た。

 結論として、明日は彼らのうち数人を建設現場へ案内することで最終的な判断を下すこととなった。

 

 

 

 四日目である。

 

 予定通り僻地の重要人物を地下都市へ案内した。

 訝しんでいた人たちも、そこにある建造物を見て、驚きを隠しきれない様子だ。

 ダンジョンの奥深くに外壁がそびえ、植物が生り、建物が並ぶ。

 

 さらに建物の厨房で、取れたての作物が振る舞われる。

 

「うまいな…………」

 

 芋に、豆と極めて質素な食事だが、全員が目を閉じ噛み締めながら食べている。

 味も良く、少量でも栄養値が高いとシュウは話していた。

 

 おかわりまで十二分にある。

 しかし、誰もおかわりは食べなかった。

 上にいる人たちにも食べさせてやりたいということだ。

 いちいち上まで送るのが面倒なので、作業を終えてから彼らを連れ帰ることになった。

 

 上からの攻撃に耐えられるだけの屋根を終日かけて建設し帰途に就く。

 

 

 夜になってまたしても話し合いだ。

 実際に見て、体験した人物の意見は強い。

 それが移住に反対していた人間の口から出るともなればひとしおである。

 

 途中から寝ていたが、どうも移住することに決まったらしい。

 

 

 五日目。

 

 さっそく今日から三日ほどかけて人を移していくようだ。

 本当は一気に移したいが、それは難しいらしい。

 まずは女、子供、老人を運ぶ。

 

 移動は朝早くで、靄も出ており、政府もさほど関心がないためばれる可能性は低い。

 それでも注意深く、かつ迅速に、それでいて繊細に護衛する。

 

 あれ、どこに行くんだ?

 私たちが今まで通ってきた道ではないぞ。

 

『ほんっとうに話を聞いてないね。ダンジョンの下層でこの人数の護衛とかできっこないし、何往復もできないでしょ。時間がかかりすぎるよ』

 

 そりゃそうだ。

 それでこれはどこに向かってるの?

 

『跨幻橋パンタシアだよ』

 

 穴の浅いところから、壁を潜って跨幻橋まで行く。

 すでに道は出来ていたようで、あっという間に壁の内側に出た。

 跨幻橋から魔法動力のゴンドラで住人を下ろしていく作戦だそうな。

 まったく気がつかなかったが、例の建造中の国家は跨幻橋の真下にあったようだ。

 

 曇った空模様に味方され、想定通りの人員を無事に地下国家へ下ろすことができた。

 さて、今日の作業はなんだっただろうか?

 

『こっち側の道を塞いでいく』

 

 ああ、そうだったな。

 

 顔なじみになってしまったメンバーで、ゴンドラに乗る。

 ゆるゆると下りていくとシュウから声がかかった。

 

『上』

 

 釣られて見ると、ずんぐりとした頭が見えた。

 幻竜ヌルが短い手を振ってくる。

 

 あいつ、今回は何も言ってこなかったな。

 

 すぐに地下国家の屋根に到着した。

 壁より、中より、なによりも時間をかけて作ったのがこの天井部分だ。

 まだ仕掛けていないが、全員が移住したらここに何かすごい物を仕込むと自称宰相閣下は話していた。

 

 入口から逆行しつつ、道にトラップを仕掛けていく。

 道もどんどん塞いでしまい、もうここを通ることはないという意志が伝わってくる。

 

 街に戻ると、確かに住人が減ったのだと感じた。

 オリヒオ達にかけられる声は減り、周囲から聞こえることも減る。

 

 

 そうこうして六日目だ。

 

 今日も空は曇っており、住民の移送に支障はない。

 滞りなく全員を下に移すことができた。

 

 なんだかつまらなくなってきていた。

 最初はダンジョンとも関わっていたが、どんどんダンジョンから遠ざかっていく。

 すでに土で埋められてしまったダンジョンは攻略もままならない。

 

 で、今日は何すんの?

 もうほとんどやることなんて残ってないだろ。

 

 当初ほどのやる気はもうないが、定例になってきていたのでとりあえず聞いておく。

 

『後回しにしてた、重要ファクターの確保という課題がある』

 

 そういや数日前に何か言ってたな。

 けっきょくその重要ファクターとやらは何なんだ?

 

『ダンジョンの存続に関わる話だよ』

 

 おっ、いいじゃん。

 そういう話を待ってたんだよ。

 

『ダンジョンがダンジョンとして存在するために、二種族間の対立構造は残した』

 

 うむ。

 人工の闘技場まで作ったからな。

 

『……残したんだけど、最下層に都市を造った分だけ、二種族が戦う場所は間違いなく減る』

 

 そうかもな。

 

『余力が出来たモグラたちはどこに向かうかと言えば、上か横しかない』

 

 うむ、そうかもしれないな。

 

『さて、モンスターが上に行けば行くほど困る奴がいる』

 

 政府側の人間だろ。

 モンスターが邪魔で進んで来られない。良いことじゃないか。

 

『それもあるけど、今回はそれじゃない。ボスだよ』

 

 ……あっ。

 

『そう。小さくて弱いボスはただでさえ地上寸前まで追い詰められている。そして、さらに住処を追われる。こうなると地上に出るか、他のモンスターに倒されるかのどちらかだ』

 

 うむ。

 身重だったから地上には出ないだろう。

 

『そうだね。でも、リポップしたところで住処を追われるのは間違いない。まずいのは、奴が住処をダンジョン外に求めたときだ』

 

 どうなるんだ?

 

『ダンジョンはボスを失う。他のモグラがボスになればいいけど、最悪の場合――ボス不在でダンジョンが消滅だ』

 

 それはまずい。

 ダンジョンがなくなるとかあってはならないことだ。

 

『地下国家としても、地上国家からの盾を失うからよろしくない』

 

 まずい、まずいぞ。

 どうすればいいんだ、シュウ。ダンジョンが消えてしまう

 

『ボスを地下国家へ移す。あの中でオリヒオ達と一緒に生活してもらう』

 

 ボスと、人間とが、一緒に暮らす?

 

『そう』

 

 あの建物の中で?

 

『そう』

 

 できるのそんなこと?

 

『ボスと対峙したときにオリヒオはボスを倒さなかった。もしも倒してたなら、俺はこの道を示さなかった。圧政に耐えて死ぬか、戦かって死ぬかのどちらか選ぶのを黙って見てただろう』

 

 でも、移すと言っても他の人たちに反対されるんじゃないか?

 

『間違いなく反対される。それでもやるしかない。それがリーダーに与えられた試練だ』

 

 シュウとの話が終わり、シュウの話を伝えにオリヒオのもとへ足を運ぶ。

 奴は彼の仲間達となにやら深刻そうな話をしていた。

 

「みんな! ありがとなっ!」

 

 ちょうど話が終わったところで私も近寄る。

 

「おっ! メルっちにシュウスケ。ちょうど良いとこに来てくれたなっ!」

 

 どうやら話があるのは私だけではなかったようだ。

 先手をオリヒオに譲る。

 

「実はよ……」

 

 空気を読まずにずかすかなんでも発言する奴が躊躇っている。

 私も少し覚悟を決めて彼の声に臨むこととした。

 

「あのボスを地下に下ろしてやることはできねぇもんかなぁ? いや、無茶なことだとは思うんだ! モンスターってのはわかってるんだぜ。人とモンスターが一緒に暮らすなんて幻想なのかもしれねぇ。それでも俺はあいつが人ごとには見えねぇ。見捨てられねぇんだ。なっ! 頼むっ!」

 

 つば付き帽子を取って、私に頭を下げる。

 他の奴らも同様に頭を下げる。

 

『ちゃんと、世話できるの?』

 

 犬でも拾ってきた子供に声をかけるような感覚でシュウが聞き返す。

 その声に刺々しさはなく優しげだ。

 

「大丈夫さっ! オリヒオ様に任せとけっ!」

 

 そうか、お前ならできるのかもしれないな。

 シュウが言う試練をナチュラルに乗り越えていく、お前なら。

 

 最後まで面倒見るんだぞ。

 

 ――などといったものの移動は大変だった。

 まずオリヒオ以外は警戒される。

 特に私はひどい。

 

 状態異常で眠らせるという案も出たが、胎児への影響が不明と言うことで却下。

 餌で釣ってみるが、動こうという気配がまるでない。

 

 クッションを敷いた板を持ってきて、そこにオリヒオが誘導し乗せた。

 それを括り付けた縄で引きずっていくことになった。

 縄を引くのは主に私である。

 

 ちょっと乱暴に引くと、甲高い声で鳴き注文が多い。

 それでもなんとか跨幻橋の上に連れて来て、そのまま一緒にゴンドラに乗って地下へ下りる。

 

 地下国家のさらに地下に、穴を掘って入りボスモグラは落ち着いた。

 今は豆と芋をもらって食べてるらしい。

 

 

 これであらかたの仕事は終わったんじゃないか。

 住人達は与えられた住まいへの引っ越しと、新しい世界の散策を楽しんでいる模様だ。

 後は、残りの住人をここに移したらそれで終わりだろう。他は細かい仕事で私向きじゃない。

 

『いや。メル姐さんには最後に一つ、大きな仕事が残ってる』

 

 ほう、まだ大きな仕事があるのか。

 その最後の仕事というのはいったいなんなんだ?

 

「メルっち! シュウスケ! 大変だ! でけぇ問題があった!」

 

 シュウに聞くまでもない。

 問題の方から私を訪ねてきたようだ。

 

 地下国家の重要人物が一部屋に集まり首を捻っている。

 どうやら本当に大きな問題のようだ。

 で、何があったの?

 

「国の名前が決まらねぇんだ」

 

 それ、私の問題じゃないね。

 

『それはそうだけど、確かに名前は決めとかないとね』

 

 うーん、モグラ国とかでいいんじゃない?

 

 無論、超てきとーである。

 しかし、書記役は私の発言を律儀に拾い、見えるところに大きく書き出した。

 よく見れば、他の案もその上に数多く書かれている。

 そんな大きく書かれると恥ずかしい……。

 

『メル姐さん、この国はダンジョンを巻き込んだ、世界初かもしれないダンジョン国家だ。さらにまだダンジョンの名前が正式に決まってないなら、この国の名前がそのままダンジョンの名前になり得る。それなのにそんなふざけた名前でいいの?』

 

 駄目だ!

 一切の妥協も許さない!

 ダンジョンの名となれば、全身全霊を込めて名付けて然るべきだ!

 

 ……そう言ったのがすでに数時間前である。

 アイデアは出尽くして、みな腕を組み難しい顔をした黙っている。

 それどころか何人かは腕組みしたまま寝ている。

 この重要な会議で寝るとは何事か。

 

『なにも言うまい。行き詰まってることは確かだし、一度初心に返ってみたら?』

 

 初心とは?

 

『名は体を表すともいう、この国がどんな国になって欲しいかってこと』

 

 うむ。

 ダンジョンを敬い、愛する心を育み、攻略する喜びを常に忘れず――、

 

『頼むからメル姐さんはもう黙ってて。オリヒオは?』

「……っ、おいらかっ? すまねぇ、よく聞いてなかった。何の話だっけか?」

 

 あっ、寝てたなこいつ。

 まあいい、ここがどんな国になって欲しいかだ。

 

「おいら、国とか難しいことはわからねぇ。産まれてくる子が、今日食べることの心配もなく、元気いっぱいで育ってくれりゃそれでいいさ」

 

 そうだったな。

 国を作るきっかけ――源泉はその思いだった。

 その意思がボスを見逃し、シュウを動かし、住人を決意させたのだ。

 

『キュナブラってのはどう?』

 

 キュナブラ?

 どういう意味だ?

 

『揺籃』

 

 揺籃って揺りかごのことだろ。

 ……ふむ、子供が安心して眠ることの出来る場と言いたい訳か。

 

『それもある』

 

 他にどんな意味があるというのか

 

「おっ、いいんじゃねぇか! 短いし、意味もあるしそれにしようや!」

 

 オリヒオが賛成すると、他の人間も続々と賛成に投じる。

 全員が異議なしと言うことで名前が決まった。

 

 キュナブラ。

 それが、今日からこの国――ひいてはダンジョンの名前だ。

 

 

 

 七日目である。

 この日は深夜から行動が開始された。

 朝までに全住民の移すことを目標に、かかる時間を逆算すると未明からでは遅すぎたのだ。

 

 移動はやや遅れているようだが想定の範囲内のようだ。

 すでに、手間のかかる子供や老人の大部分は移してしまっている。

 灯りがなくとも、周囲が見渡せるほど夜目が利く特徴を存分に発揮している。

 

 大集団が移動することで振動を生じ、それがモンスターを呼びよせた。

 私やオリヒオらが倒すことで若干の遅れで済んでいる。

 

 あと少しで全てが終わる――誰もがそう思っているに違いない。

 しかし、私は知っている。問題というのは得てして最終段階で生じるものだ、と。

 

「大変だ! 都市の奴らに気づかれたぞ! すぐ側まで来てる!」

 

 ほら来た。

 最後の移住団を送る途中で、最後尾を見張っていた男が駆けてきた。

 

『馬鹿が……。こういう時は、叫ばず、責任者にだけ聞こえるよう報告するもんだ』

 

 シュウが蔑んだ理由はすぐにわかった。

 

 移住団がパニックに陥ったのだ。

 彼らにとってはどこまで続くのか分からない道。

 背後からは彼らの恐れる都市の人間がどこまでか迫っている。

 恐怖で動けなくなる者、我先にと逃げだそうとする者が出始めていた。

 

「聞け、みんな!! 大丈夫だっ! あとちょっとで目的地に到着する! 奴らがここに来るよりも俺たちが逃げる方が速い。……なぁに、心配すんなって。全部、このオリヒオ様に任せとけ」

 

 ひとまずのパニックは落ち着いた。

 しかし、ダンジョンの攻略組は知っている。

 ここはまだ中間地点にも達していないということを。

 

『最初は大声で全員の意識を自分に向けさせて、徐々に声量を抑えてゆっくりと話していくことで精神を落ち着かせてる。これを無自覚にやるんだから、たまんねぇなぁ……』

 

 オリヒオは、先導をケルンという年配に任せ、自らは集団の流れに逆らい後ろへ走っていく。

 

『付いていって』

 

 おう。

 何をするのかは知らないけど、できることをやるだけだ。

 

 オリヒオと共にダンジョンを逆行する。

 ダンジョンの入口に辿りつくと、外には無数の灯りが浮かんでいる。

 指向性を持った光が私たちを照らす。

 

「下がれメルっち!」

 

 彼がツルハシを構えていたことから何をするのか予想ができた。

 ダンジョンの中に入ると同時に、オリヒオが入口天井をツルハシで打つ。

 

 入口は崩れた。

 完全に埋まりこそしていないが、通る人数に制限はかかるだろう。

 私とオリヒオでどんどん道を崩しながら後退する。

 そこそこ崩せたもう大丈夫じゃないか。

 

『追っ手が減ってる』

 

 おお!

 やったな!

 

『静かに』

 

 シュウに注意され大人しく黙る。

 オリヒオも何やら目を閉じて耳を澄ませているようだ。

 

『まずいね』

「まじぃな! 戻るぜ、メルっち!」

 

 オリヒオは焦りながら通路を駆け抜けていく。

 

 いったいどうしたんだ?

 追っ手が来ないのは、良いことじゃないのか?

 

『この入口が潰されたなら、別の入口から入れば良い』

 

 まぁ、それはそうだな。

 でもそんな入口……、あっ。

 

『そう、俺たちにとっての出口が、奴らの新たな入口だ』

 

 そうか。

 あいつらは壁を潜らなくても、壁の脇についた扉から入ることができるのか。

 

『このままじゃ、出入り口でお見合いだ』

 

 急いで後を追うと、なんとか出入り口でのお見合いは回避されていた。

 移送団がトンネルを抜ける方が、都市の奴らが来るよりも速かったのだ。

 

 それでも、まだ住民の移送は終わっていない。

 彼らをゴンドラでキュナブラまで下ろす必要がある。

 二台で回しても三往復は必要だろう。

 

 もちろん都市の奴らは待ってくれない。

 すでに壁に備え付けられた扉から続々と入り込んでいる。

 靄の中を漂う光が一つまた一つと増えていく。

 

 対人戦における私のスタンスはやられる前にやれだ。

 特に魔法使いは面倒だ。さっさと片付けるに限る。

 

「待ってくれ、メルっち! 俺たちは殺し合いはしねぇ!」

 

 は?

 何を言ってんだ。

 やらなきゃやられるんだぞ。

 

「俺たちは静かに暮らすことを選んだんだ! 戦いに突き進む道じゃない。戦いから逃げる道だ! 俺たちが手を出すわけにはいかねぇ!」

 

 それでも戦わなければならない時はあるだろう。

 

『まぁ確かに揺りかごの天幕を血で染めるのは、赤子にも良い影響を及ぼさんでしょうな』

 

 一人を軽く斬って睡眠を感染させれば問題ないだろう。

 

『揺りかごで眠るのは赤子だ、大人じゃない。それに彼らでもない』

 

 さっきから何なの?

 どうしろって言うんだ。

 敵が目前に迫っているんだぞ。

 

『仲間を頼れば良い。せっかくパーティー登録したんだから』

 

 そのオリヒオ達が戦わないって言ってるから困ってるんだろ。

 

『忘れてるみたいだけど、ここにはもう一人パーティーメンバーがいるでしょ。ほら、後ろのそいつだよ』

 

 誰が、と振り返れば奴がいた。

 低い背にずんぐりとした体格の靄の塊だ。

 

「ややや! 今回はあっという間の再会でしたな、メル殿!」

 

 そうだった。

 確かにこいつとはパーティー登録をした。

 他の奴らは突如現れた小さな靄の人型に驚いている。

 

「メルっちの知り合いなのか?」

 

 いちおうな。

 それよりも説明する時間が惜しい。

 

『幻竜専用スキルとやらを期待してもいいのかな?』

 

 そう言えば、なんかそんなのがあるとシュウがはしゃいでいた気がする。

 その幻竜専用スキルで、この状況がなんとかできるのか?

 

「や! 熱い声援に応え、ご覧に入れましょう!」

 

 幻竜ヌルの輪郭があやふやになっていく。

 

「此処よりは幻想。刹那の夢とて我に見られぬ幻なし、しかしてわれ刹那の夢幻に立つ! 汝等ここに入る者――一切の現実を捨てよ! いざや語らん――幻想奇譚」

 

 …………詠唱が終わったものの特に何も起こらない。

 いや靄が深くなっている、のか? 見えないだけですでに何かが起きているのだろうか。

 

『特に何も起きてないと思うけど? そもそも詠唱ですらなかったような』

 

 シュウにもよくわかってないらしい。

 幻竜ヌルが元のずんぐりした形に戻る。

 

 さっきの詠唱はなんだったんだ? 何が起こっている?

 

「やや? 一度言ってみたかっただけです! 特に意味も効果もありません!」

 

 私は幻竜を斬りつけた。

 しかし、ただの靄のようでそのまますり抜ける。

 

 お前、ちょっといい加減にしろよ。

 状況わかってる?

 

「ややや! 落ち着いて! 落ち着いてください、メル殿! ほら! 彼らも何か来るのではないかと警戒して止まっております!」

 

 確かに先ほどの詠唱らしきものに、警戒したのか敵の勢いが止まった。

 

「や! 今度はちゃんとやります!」

 

 二度はないと思え。

 

「や! 怖いですな!」

 

 幻竜が指をあげる。

 特に何も起こる様子はない。

 ちょっと靄が動いたくらいか?

 

『いや、これは……なるほどね』

 

 靄の奥に見える兵士が何かを見上げている。

 

「ば、化け物」

「なん、だ、これは……」

 

 私には何も見えない。

 見上げても靄があるだけだ。

 

「やや! メル殿、灰妨の炎を出してもらってもいいですかな!」

 

 は?

 どういうこと?

 

『メル姐さん、俺が示す方向にゲロゴンブレスを撃って。まずは扉がある方向の左上』

 

 シュウの指示に従いゲロゴンブレスを発射する。

 

「う、うわああぁぁぁあああ!」

「撤退! 撤退だ! 踏みつぶされるぞ」

 

 兵士達はすごい勢いで逃げていく。

 なにこれ? ゲロゴンブレスは確かにすごいが反応がおかしい。

 

『次は壁の上方、尖った雲の下辺りを狙って』

 

 続けて発射すれば、兵士達はさらに大わらわで逃げていく。

 

『兵士達には灰竜が見えてるね』

 

 ゲロゴンが?

 どういうことだ?

 そんなのがどこにいるんだ?

 

『こっちからは靄の中だからわからないけど、靄の濃淡を操って、あっちからはそう見えるようにしてるね。もちろん、ただの靄だから踏まれても痛くないし、火も吐かない』

 

 なんか、地味だな。

 要するに張りぼてってことだろ。

 

「や! 幻想の中ならもっといろいろと出来るのですがな! ここではこんなもんでしょう! パンタシアにこうご期待!」

 

 いったいいつになることやら。

 

『良い使い方だと思うよ。少なくとも注文に適ってる。戦うことなく逃げてくれた訳だし、すぐに気づくだろうけど十分な時間稼ぎができた』

「ややや! 千年練習した甲斐がありましたな!」

 

 単位がやばい。

 

「おっしゃあ! なんかよくわからねぇがすげぇぞ、メルっち! 俺たちで最後だ! 行こうぜ!」

 

 ……うむ。

 

『メル姐さん』

 

 覚えてるよ。

 私に残された最後の大仕事がやってきたんだな。

 

 昨日、シュウにこっそり教えられたことだ。

 国の名前を付けるのが最後の仕事だと思っていたが違った。

 

「早く来てくれ!」

 

 魔法使いが叫ぶ。

 オリヒオも私を眺めていた。

 早く言わなければならないが、なかなか言葉に出ない。

 

「メルっち。シュウスケ」

 

 オリヒオに名前を呼ばれた。

 

「おいらたちだけじゃ、こんなすげぇことはできなかった」

 

 ……そうだな。

 

「みんなメルっちとシュウスケのおかげだ。ありがとな」

『…………そっか』

 

 お前、まさか――。

 

「ああ、聞こえてたんだ。最後の大仕事ってやつ」

 

 ……そうか、きちんと言えなくてすまんな。

 

「気にしねぇでくれ! むしろ気づかなかったおいらがわりぃんだ。確かに誰かがやらなきゃならねぇ。本当なら俺の――」

『駄目。オリヒオはキュナブラでリーダーとしての役割を果たさないといけない』

 

 そうだな。

 キュナブラは生まれたての赤ん坊のような国だ。

 優秀なリーダーが――父親が必要だろう。国だけじゃなくて嫁さんにもな。

 

 普段はシュウに指示されてるが、別の人間に指示されて動くってのもなかなか新鮮だった。

 パーティー攻略も悪くない、ほんと久々にそう思えたんだ。

 だからな。最後の指示を与えてくれ、リーダー。

 

「シュウスケ。作戦の目的をもっかい教えちゃくれねぇか」

 

 オリヒオが自称参謀に作戦の目的を尋ねる。

 

『屋根の魔法設備の稼働確認と、地上国家からの攻撃手段の削減』

 

 シュウは確かに伝えた。

 オリヒオはこくりと一回頷く。

 

「おいらたちはキュナブラに下りて、屋根のカウンター設備を起動する」

 

 そうだ。

 屋根の魔法設備がまだ発動されていない。

 きちんと作動するのかを確認しなければならない。

 

「メルっちは、起動までここで待機」

 

 私はここでひたすら時間稼ぎだ。

 こっちは幻竜ヌルも手伝ってくれるだろう。

 

「や! 助太刀致しましょう! ですが、もうあまり保ちませんぞ! やりすぎると薄くなりましてな!」

 

 ヌルはやははと笑いながら靄を操り、敵を追い払っている。

 

「メルっちとシュウスケは、屋根の魔法を確認次第――橋を壊してくれ」

 

 わかった。任せておけ。

 

 跨幻橋がある限り、橋の上からの攻撃が続く。

 私たちがやったように橋からキュナブラの直上に人が下りることもできてしまう。

 だから、橋は破壊する。同時に屋根の耐久性テストも行う。

 

「よっしゃみんな! それじゃあ作戦開始だ」

 

 オリヒオたちの乗ったゴンドラがゆっくりと下りていく。

 彼は帽子を脱ぎ、頭を下げた。他のやつらも同様だ。

 私は右手をぷらぷらさせて別れを告げた。

 

「やややぁ……。もう、限界……」

 

 しばらくすると幻竜ヌルの声もしょぼくれて、靄も薄くなってしまった。

 敵達もその様子を見て、徐々にこちらへと足を向ける。

 

『屋根のカウンターマジックの起動を確認』

 

 分かった。

 じゃあやるとしよう。

 

 止まれ!

 それ以上は進むんじゃない!

 

 黙ってやってしまってもいいんだが、私もリーダーの示したやり方に従う。

 声を張り上げ、橋に進んで来ようとしていた敵達の足を止めた。

 

 お前等の攻撃はオリヒオ達には届かん。

 

 シュウを逆手に持ち、両足を肩幅に開く。

 そして、シュウを大きく振り上げたのち、全力で跨幻橋に突き刺した。

 

『ここはっ! 断じて、通さん!』

 

 シュウの刀身は赤く光り始める。

 一拍おいて跨幻橋の内部から熱線が走り、その真下――キュナブラの屋根に刺さる。

 

『カウンターマジックの正常な動作を確認』

 

 橋にぽっかりと割った穴からシュウが確認する。

 ゲロゴンブレスの直撃をくらっても屋根は問題ない。

 なんでも黒竜と白竜のドロップアイテムを織り込んでいるらしい。

 魔法は一切無効化して、物理的攻撃も時空が歪曲するとかなんだかんだ話していた。

 

『ゲロゴンブレスも防ぐんだ。並大抵の攻撃じゃどうしようもないだろうね。これを攻略する労力と、仮に攻略出来た際のリターンを考えれば、積極的にどうこうはされないでしょう』

 

 竜アイテム二つはもったいない気もしたが、大事にとっておくと使う機会をなくす。

 新たに生きる彼らへの、私からの良い餞別とでも考えておく。

 

 さて、後は逃げるだけだな。

 

 半分に折れた橋は、なにやらものすごい音を立てつつ傾いていく。

 橋に足をかけていた兵士も慌てて地上に戻る。

 

『メル姐さん。わかるね?』

 

 シュウがご丁寧にも視界に色を付ける。

 すぐに察して、赤く渦巻いた地点へと、傾きつつある橋を駆ける。

 

 考えなしに歪みに突っ込んだら、洒落にならないんじゃなかったか?

 

『おぉれら、今日もダンジョンでぇ~』

 

 ……急に歌い出したぞ。

 

『けぇんを片手にてっきを斬る~』

 

 でも、悪くない。

 ずっと作業中に歌っていたからすっかり覚えてしまった。

 ここまではいろいろなパターンがあるが、ここからは全て同じなのだ。

 元々は鉱山夫の歌らしいが、冒険者にも通ずる。

 

『あっしたのことなど、知らねぇなぁ~』

 

 明日のことは明日でどうにかなる。

 

 歪みの先がまたしても石の中なのか、空の上か、水の中かはわからない。

 私は私が今できることを全力でやるだけだ。

 

「おっれたちゃ、きょーうをすすむだけぇ~」

 

 そう。まずは今日を全力で生きねばなるまい。

 今日を生き残ってこその明日だ。

 

 私は時空の歪みに飛び込んだ。

 

 

 

 周囲に靄は広がれど、私の心は晴れ渡っていた。


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