チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

35 / 46
蛇足20話「丘陵の彼方に」

 エルフの里を離れ、一路ダンジョンへ向かう。

 

 約1ヶ月半ぶりに会ったアイラは別人になっていた。

 脂肪は完全に体から融け落ち、筋骨隆々のたくましいエルフが残った。

 

「筋肉魔法を喰らえ!」

 

 そう叫びながら、拳に炎を宿し植物のモンスターを殴っていた。

 あいつはいったいなんなのだろうか。

 

 

 

 私もセルメイ大聖林をクリアしたので、次のダンジョンへ向かうことにした。

 目指すはジルエット市の近くにあるイモルテル大丘陵地帯である。

 

 一つのダンジョンに、五つの難易度を内包する多難相型だ。

 進むごとに難易度が上がる、あるいは下がる多難『層』型とは違う。

 ルートにより難易度が変わるという、割と珍しいダンジョンになっている。

 数多くのダンジョンを攻略した私であるが、純粋な多難相型のダンジョンは初めてになる。

 

 さらに今年、イモルテル大丘陵地帯では数年に一度のリオン・コンペティションが開催される。

 俗にリ・コンとも呼ばれており、イモルテル大丘陵地帯の攻略競争だ。

 優勝者すれば富と名声は思いのままであるとかないとか。

 

 ジルエットに到着する頃に開催されるので私も参加する。

 富と名声にはさほどの興味もないのだが、イモルテル大丘陵地帯の五つ目の難易度がこのレース中にしか現れないという。

 もっと正確に言えばレースのときに出てくるのではなく、この難易度が発生するときに合わせてレースが開催されるそうだ。

 

 発生条件は知らないが、いつ出てくるのかはほぼわかっている。

 前回が十二年前だったので、今回はひっさびさの開催ということで観光目当ての客も多い。

 エルフの里からの道はガラガラだったのに、道が合流した途端、一気に人数が増え、少し走れば片手では足りないほどの人とすれ違う。

 

 このペースでいくとだいぶ早めに着いてしまうが、ダンジョンがあるから問題ない。

 

 

 

 道なりにぼんやり進んでいると、陽もすでに落ちかけていた。

 もう少し進めば小さな宿場があるようだが、おそらく満杯だろう。

 人が多すぎるのも好きじゃない。この辺りで野宿の準備をするとしようか。

 辺りに人の気配はない。静かな夜になりそうだな。

 

『ちょっと黙って』

 

 突如の黙れ宣言である。

 珍しく真剣な声色だったので大人しく口を閉ざす。

 

『叫び声だ』

 

 聞き返す前に、私にも聞こえてきた。

 

『女性の声だね』

 

 うむ。

 そうだな。

 

『声の張りがいまいちだから体は細身。あまり鍛えてない。声に艶がなく細い――若々しいね。グッド。年齢はおそらく十代後半から二十代前半だ』

 

 うむ?

 そうなのか?

 

『喉はよく慣らしてある。きちんと声が出てるでしょ。怖いときにきちんと声が出せるのは良いことだよ。……うん、このちょっと掠れた具合は露天商人によく見られるパターンだね』

 

 そういうところ――すごいとは思うけど、それ以上に気持ち悪い。

 

『顔がわからないな。急ごう。早く助けないとフラグが折れてしまう』

 

 極めて純真で清々しい声だった。クズでも良い声は出せるのだ。

 前に年寄りが叫んだときは、老害が断末魔をあげてるとか笑ってたからな。

 もっとひどいのは、むさいおっさんがモンスターに襲われてるときは反応すらしなかった。

 

 さておき、急いだ方が良いことは確かだ。

 

 

 道を進めば声が収まった。

 

『ふむふむ』

 

 縛られた女が一人に、倒れている男女が一人ずつの二人。

 顔を隠した黒ずくめの男三人が見張りで立っていて、私と目が合った。

 

『八人組だね。その三人に加えて、脇道に三人、馬車の中に二人』

 

 そんなにいたのか。

 馬車の中にも一人いるだろうなぁくらいしかわからなかった。

 

 覆面の男たちは、私に気づくと姿勢を低くして襲いかかって来た。

 こういう輩への対処は後退ではなく、進撃こそ有効だ。

 相手も一瞬ひるむのでそこを狙う。

 

 実際に踏み出すと、相手がわずかに躊躇い、その隙に蹴りを入れる。

 よし、一人目。

 

『手慣れてるね。夕刻の目が暗闇に慣れる直前で、手のナイフも黒く見えづらくしてる』

 

 倒した男を見てみると、確かに手からこぼれ落ちたナイフは黒かった。

 

『護衛の二人も麻痺で動きを封じてる。馬車ごとどこかに持っていくんだろうね。血を出さないようにして、次に通る人に違和感が残らないようしてる。怪我はない――ナイフの毒じゃないな。この甘ったるい臭いが原因かな。そうすると覆面も顔を隠すだけじゃなく防毒マスクの役割があるね』

 

 あれこれと説明をしている間に、残りの二人も片付ける。

 問題にならない。奇襲するのは慣れていても、奇襲されるのは慣れていないと見える。

 

『幌の隙間に突き刺して』

 

 言われたとおり、幌の隙間にシュウを突き刺すと手応えがあった。

 短い悲鳴の後に何かが倒れる音が二つ聞こえた。

 

『よし。もう一人も感染で倒れた。後は脇道の三人だね。林の中の奴から片付けよう。逃げられると面倒だ』

 

 一人を林で見つけて軽く斬りつけた。

 逃げつつあった一人は後ろから斬って倒す。

 さらに、逃げ去った最後の一人もシュウの案内に従って捕獲した。

 

 さて、どうしようか。

 とりあえず、襲った八人を馬車の近くに持ってきて縛り上げた。

 

「俺たちにこんなことをしてただで済むと思うなよ!」

 

 一人の男が叫んだ。

 ただではないだろう。たぶん懸賞金が出る。

 懸賞がかかってないとしても、褒賞金がいくらか出るだろう。いらないけど。

 

「へへっ、俺たちのアジトには多くの仲間がいる」

 

 男たちがニタニタ笑い始めた。

 要するに仲間が助けに来て、私たちに報復を加えるということだろう。

 

『いいですね〜。こういう余裕ぶった表情好きですよ〜』

 

 とても楽しそうだ。

 こいつが楽しそうだと碌なことにならない

 

「俺たちが戻らないことに気づいて、仲間たちが向かってくる」

 

 そうか、あっちから来てくれるなら手間が省けるな。

 

「俺たち――『欺瞞のアロエ』のバックに誰がついてるか知ってるのか」

 

 いや、知らんけど?

 さっき会ったばかりなのに知るわけないだろ。

 それに名前がもう弱そうで駄目っぽい。

 

「すぐに死ぬことになるだろうから教えてやる――ザムルング商会だ」

『へぇ……』

 

 男たちはどうだぁと言わんばかりに得意げな顔をした。

 護衛の冒険者二人も怖がっている様子だ。縄を解いてやった女の子がびくりと怯えた。

 ちなみに助けた女の子は胸がなく、顔も趣味ではなかったようで、シュウは興味をなくしつつある。

 

 そのなんとか商会ってアレだな。

 どっかで聞いた名前だ。

 思い出せん。

 

『嘘か本当かはひとまず置いておくとして、これは手間が一つ増えそうだね』

 

 やれやれ……。

 面倒なことだ。静かな夜になりそうだったのに。

 やっぱりこういうことはアレだよな。

 

『先手必勝だね』

 

 そうだな。

 この馬車はどうする?

 

『暗いけど、宿場までは進んでもらうとしよう』

 

 そうか。

 

 女の子と護衛二人に話をして宿場まで進んでもらうことにした。

 夜道は危険だが、そこまでの距離ではないし、人が増える方向なので大丈夫だろう。たぶん。

 彼女たちはさっそく移動を始め、暗闇には私と盗賊たちだけが残った。

 

 

 よしよし。

 それじゃあさっそく選ぶとしよう。

 この八人の中で、縄から放してもらえる幸運な奴を、な。

 

 この中で一人、正直にアジトの情報を喋った奴は縄を解いて自由にしてやる。

 

「何を言って――グァ、あっ……」

 

 シュウで男の肩を刺す。

 毒でもがき、やがて動きは鈍っていき八人は七人になった。

 

 あまり同じ事を言わせないでくれ。

 きちんと喋った一人だけが自由だ。他は知らん。

 

 七人はまだ余裕を見せようとしていたが、さらに強い毒を二人に与えて五人になると様子が変わった。

 

 それぞれ自分こそが案内をさせていただきますと立候補を始めた。

 アジトの情報と仲間の数を言わせてみて、嘘を吐いた奴と黙秘した奴が倒れて残りが三人。

 

 アジトにはまだ二十余名の仲間がいることがわかった。

 詳しい場所や緊急用の逃げ道、捕らえている人間などを聞いていく。

 

 一番詳しい一人だけが、無事に生き残った。

 きちんと話した褒美に、そいつは縄から放して自由にしてやった。

 必死の形相で、なりふり構わず逃げていった背中に向かって、手頃な石を放り投げる。

 最後まで見なかったが、倒れる音が聞こえてきたので期待した通りのことになっているのだろう。

 シュウから教わった鉄則――やるなら殲滅。遺恨は残さない。

 

『自由には責任が伴うもんだ』

 

 ようやく静かな夜が訪れた。

 それも、わずかな時間に過ぎないだろうが……。

 

 

 

 聞いた場所へ向かうと洞窟の入口があった。いかにもな場所だ。

 途中で戻らない仲間を探しにいった奴らとも遭遇したので、おそらくここなのだろう。

 

『うん、見張りもいるから間違いない。……うん、二人だけだ。じゃあ石を投げて片付けよう』

 

 私が石を二つ握り、連続で投げる。

 一つが相手の頭を弾けさせた。それを驚いて見た仲間の頭を、連続で投げた石が吹き飛ばす。

 

『よし。……アイテムセット。ゆっくり慎重に離れてね』

 

 近づいていき、死体の側にトラップをしかけて入口側に置く。

 これで誰かが死体の側にくればドカンだ。そいつはくたばり、同時に入口は塞がる。

 

『じゃあ、ステルスで奥に進んで、逃げ道方向から潰していこうか』

 

 慣れたものである。

 同じような手口でいくつもの盗賊団を潰してきた。

 最初の頃は入口に仕掛けた罠に自分で引っかかっていたが、最近は上手くやっている。

 

『冒険者らしいスキルより、こっち方面のスキルのが充実してるね』

 

 まったく嬉しくない。

 堂々とダンジョンを正面から攻略したい。

 毒殺から始まり、ステルス、脅迫、鍵開け、スニーキングときている。

 有名になるほど羽虫が周囲を飛ぶようになり、追い払ったり巣を潰したりするうちにこれだ。

 

『もう盗賊にジョブチェンジした方がいいんじゃない? 逃げ足もあるし。世界が盗れるぜ!』

 

 いらん。

 ダンジョンが攻略できればそれでいい。

 

 話をしつつ奥へ向かう。

 トラップを避け、たまにすれ違う奴をやり過ごし、時には意識を失わせて見えづらいところに隠す。

 攫った人の場所をちらりと確認して、逃げ道の方へ進んでいく。

 聞いていた逃げ道は二つ。一つはすでに入口と同様に罠をセットした。

 

 もう一つは溜まり場のすぐ側だ。

 中の様子をうかがうと五人ほどたむろっていた。

 

『そろそろ騒ぎを起こすかな』

 

 ステルスを解いて、そのまま部屋の中に入る。

 

「……誰だ!」

 

 一人がこちらに気づき、ぽかんと見た後でようやく声を出した。

 他の奴らも慌てて近くの武器を取る。

 

『上手く回り込んで、一人は逃がしてね』

 

 はいはい。

 襲いかかってくる一人をサクッと斬る。

 さらに二人、三人と斬っていき、入口から出口の方へ移動した。

 四人目を斬ると、残る一人は叫び声を上げて逃げていく。

 それを無視して逃げ道を確認する。

 

 逃げ道の奥に進むと一人見張りがいたので、これを排除。

 もう一度、アジトの方へ戻る。溜まり場に戻ったところで爆発音が響いた。

 

『入口側だね』

 

 きちんと罠にかかってくれたようだ。

 溜まり場の入口脇に隠れて、こちらへ逃げて来た奴を処理していく。

 

 そうしているうちにもう一つの罠が作動した。

 男たちの声がまたしてもこちらに向かってきたので、先ほどと同様に来た奴らを倒していく。

 

『うん、攫った人間の見張りも逃げてきたね。少し待とうか』

 

 少し待ったところで、残った奴を処理していく。

 騒ぎのときは隠れていて、もう安全じゃないかと出てきた奴が二人ほどいた。

 

『一人は生かしておこう。……うん、途中で遭遇した奴に、入口と逃げ道で引っかかった奴を含めれば聞いてた人数とほぼ一致してる』

 

 よしよし。

 あとは攫われた奴らを見て終わりかな。

 

 攫われた人の部屋に進むと、そこそこの人がいた。

 冒険者もいくらか混ざっており、男がやや多い気がする。

 多少手荒な真似をされた奴もいたようだったが、大部分は無傷だった。

 暴力よりも薬で自由を奪い、情報を抜き出すことが得意な集団なのが幸いした。

 特に女性は傷がほとんどなく、人質にして身代金を稼いでいるのだろうとシュウは話す。

 

 盗賊たちを縛りあげるのは、縄を解いた冒険者が手伝ってくれるので楽である。

 あとは朝になるのを待ち、ジルエット市に向かうだけだろ。

 

『いやいや、まだあるから。横領品の確認もしないといけないし、ボスがいなかったから手がかりを見つけないといけない』

 

 そういう面倒なのは、ジルエット市の奴らに任せよう。

 私たちで全部してしまうとあいつらの仕事がなくなってしまう。

 

『じゃあ、横領品はともかくボスの手がかりだけでも』

 

 ボスの正体は誰も知らないって話してただろ。

 団員の前ですら、いつも真っ黒な覆面と手袋をつけてて、声も変えてるって。

 捕まってた人にも聞いたけど、同じように話してたぞ。

 

『ボスが正体を団員にすら隠してたのは、よほど有名な人物か、団員を信用してなかったってこと。あるいは両方だ』

 

 そうかもな。

 

『どちらにしても、何も知らずに関係するのは避けたい。ダンジョンの攻略に支障をきたすかもしれない。ちょっと部屋を見ていくだけだから』

 

 なんだか無理矢理こじつけた感もあるが、そこまで言うなら仕方ない。

 私としてもダンジョン攻略を邪魔されるのも嫌だからな。

 

 生き残りの団員を脅して、ボスがどこに良くいたかを尋ねた。

 その部屋を見て回るが、特に手がかりらしいものは見つからない。

 他のところも見て回ったが、残念ながらほぼ何もなかった。

 調合器具が置いてあったくらいか。

 

『うん、だいたいわかった』

 

 ……えっ、何もなかったじゃん。

 

『地面についた足跡、すりこぎ棒に残った指の跡、聞いた範囲の見た目で大まかな外見はわかる』

 

 気持ちわる。

 

『団員から奪った毒は良くできてた。あそこまで良い物を作ってくれると逆に絞りやすい。すり鉢に残った粉末、使った材料の断片も見つけたし、ちょっと探ればすぐに見つけられる』

 

 あっ、そう。

 ほんとに見るだけでわかっちゃったらしい。

 なんにせよ、それをジルエット市の奴に伝えて終わりだな。

 

 で、どんな奴なの?

 

『……いや、知らないふりをしとけばいいかな。俺も教えないから』

 

 なぜだ?

 ほっとくと報復を加えてくるんじゃないか?

 

『手足を潰しちゃったから、もうそこまでの力はないと思う。それに――』

 

 最後に何かぼそぼそっと呟いた。

 聞き取れた範囲だと「惜しい」と言っていた気がした。

 

 

 

 翌日になり、集団になってジルエット市に向かう。

 ひとまず市の入口で報告をして、よくわからん所に案内され、あれこれと聞き取られた。

 こちらの素性は冒険者証ではっきりしているので、また話を聞きに行くということでさらっと解放された。

 

 さて、まずはギルドだ。

 さっそくリオン・コンペティションの参加登録をおこなう。

 

「残り二名はどなたでしょうか?」

 

 ……なんだって?

 

「リ・コンは三人一組での受付になっております。全員で申し込みに来て頂けないと参加受付はできません」

 

 知ってた?

 

『もちろん。きっとメル姐さんには仲間を集める素晴らしい手段があるんだろうと思って黙ってた』

 

 くそぉぅ、無理だぁ。

 今から二人集めろってどういうことよ。

 出場決定する奴は、どうせもう仲間集めてるんだろ。

 

『せやろね。ソロで挑めないか聞いてみたら?』

 

 それだ。

 別にリ・コンに参加せず、ダンジョンとしてソロで挑めばいいんだ。

 

「申し訳ありませんが、リ・コン参加者以外の入場は制限されます」

 

 ……五つ目の難易度はその競争が終わった後でも挑めるの?

 

「残念ながら、競争中にしか現れません」

 

 極限級でも駄目?

 あまり特権の利用をしたくないが、攻略にかかわるなら致し方ない。

 

「例外は認められません。……判定員ではいかがでしょうか? レースの公正さを審査する判定員が足りませんので、そちらでしたらソロでも問題ありません」

 

 それはボス倒しても大丈夫なの?

 ダンジョンを攻略してても良いとか?

 

「いえ……、それは、認めかねます」

 

 駄目じゃん。

 ……集めるしかないか。

 そうだな。別に戦力に数えないなら金で釣ればいい。

 

 よし!

 やるぞ!

 

 

 

 そう思ったのが、数時間前である。

 最初に数人話しかけたがすでにメンバーが決まっていた。

 そこでもう話しかけるのも馬鹿馬鹿しくなり、嫌になり飲み屋に逃げた。

 なんでこんなに疲れてまで仲間を集めなければいけないのか。

 

『誘い方が悪かった。もう依頼を出したら? リ・コンの参加者募集って。一緒に参加したい方は、酒場でぐだぐだしてる極限級冒険者のメルまでって』

 

 恥の上塗りにも限度がある。

 仕方ない。とりあえずダンジョンでも攻略しよう。

 他の難易度をクリアしてるうちにきっと良い人材が見つかるはずだ。

 もしかしたら、向こうから「一緒にやりましょう」って声をかけてくれるかもしれない。

 

『それはない』

 

 やってもないのに、最初から否定するのはやめてもらいたいな。

 とにかくダンジョンだ。

 

 

 

 三日後、全ての難易度を制覇した私はまだ一人であった。

 名前と顔が知られてしまい、話しかけるどころか距離を取られてしまう。

 ついにはギルドにすらいられなくなり、他の酒場にまで移動してチビチビ飲んでいる。

 

 ……シュウよ。

 後でギルドに依頼を出す。

 今のうちに依頼文と報酬を考えといてくれ。

 

『大丈夫! もう考えてる!』

 

 むかつくほど楽しそうだ。

 嫌な予感しかしない。

 

 

 ギルドの受付に行き、依頼を出す。

 

”リ・コンの参加者募集! !!二名!! 早い者勝ち!

 

 極限級冒険者をしているメルです!

 

 一緒にリ・コンに参加しませんか?!

 リ・コンに出てくる超上級コースを一緒に攻略して、

 互いの成長を目指しましょう!

 

 ランクが低くても大丈夫!

 私と一緒なら、レース以上の感動的な攻略ができます!

 

 参加費は全て当方で負担!

 もし負傷された場合は、治療費もこちらで支払います!

 

 学歴、経験不問!

 フットワーク軽く行動ができる方!

 コミュニケーション能力を問いません!

 

 報酬は以下の通り!

 

 〜……〜

 

 一人では目指せない大きな夢を手にするチャンスです!

 

 まずは面接から!

 西日の蛇眼亭でお待ちしております!”

 

 

 

 おや、思ったよりも良い求人文だった。

 報酬はやや高いが、これならドシドシ来るだろう。

 あとは酒場で待っておけばいい。さすがシュウ。素晴らしい文だな。

 

『……マジか』

 

 ぼそっと何か言ったが、聞き取れなかった。

 

 

 さっそく酒場で待っていると、私の元に冒険者が尋ねてきた。

 パッとしないおっさんだなぁ。

 

「掲示された依頼を見てきました」

 

 おお。

 まぁ、座ってくれ。

 ランクはどうなんだ?

 

「初級です」

 

 そうか。

 低いがまあ仕方ない。

 何か質問はあるか?

 

「攻略中に負傷した場合、家族にあのお金が出ると言うのは本当でしょうか?」

 

 本当だ。

 

「あぁ、よかったぁ。これで家族に残して逝ける」

 

 ……すまん、チェンジで。

 

 おじさんはすごすごと帰って行った。

 最初から死ぬこと前提で来られても困る物がある。

 

 二人目が来た。

 全身に鎧を纏わせた奴だった。

 口の付近からフゥーと呼吸が聞こえる。

 

 えっと、あの募集を見たのか?

 

 小さく首が動いて肯定した。

 その後、いろいろ尋ねたが何一つ言葉を発しない。

 帰ってもらった。

 

 コミュニケーション能力を問わないとは書いたけど、何も言わないのはさすがにまずい。

 

 三人目が来た。

 髪をくるくるさせた若い女だ。

 

「あたしぃ、戦えないんだけどぉ、お金とかめっちゃ欲しくてぇ。でも経験とかないけどぉ。経験不問ってあったしぃ」

 

 チェンジで。

 最低限のやる気がないとどうしようもない。

 

 ……あの募集文ってもしかしてまずかったのか。

 

『うん』

 

 こうなることを予想してたのか?

 

『いや、まさか本当にあれで掲示するとは思ってなかった。どう考えてもまずかったでしょ』

 

 そうなの?

 めっちゃ良い文だと思ったんだが……。

 

『ブラック企業の人事になれるんじゃないかな。とりあえず依頼を止めた方が良い』

 

 そうだな。

 勘定をして席を立つ。

 

「あの、依頼文を見たんですけど……」

 

 振り返ると少年がいた。

 背丈は小さく、声変わりもしていない。

 酒場に来るのまだ早いだろう。一刻も早くあの依頼文を取り下げねば。

 

 来てもらって悪いが、あの依頼文は外すことになった。

 

「もう決まってしまったんですか。そうですよね」

 

 少年はがくりと肩を落とした。

 

 いや、そうじゃない。

 いちおう聞いとくとランクは?

 

「中級です」

 

 ……初心者か初級かと思った。

 

「戦闘はほとんどしてません。いつも荷物持ちですから」

 

 いちおう聞いておくと年齢は?

 

「十六です」

 

 あら、思ったよりも上だな。

 十二かそこらかと思ってしまった。

 

「……良く言われます」

 

 そいつは失敬。

 イモルテル大丘陵地帯については詳しいのか?

 

「はい。パーティーと全て攻略しています」

 

 ……問題ないんじゃないの、これ?

 

『どうしてそのパーティーと参加しないの?』

 

 聞いてみると、答えは返ってこなかった。

 何か訳があるのは確かだが、別に私としてはどうでもいいことだ。

 他に何か問題ある?

 

『おねショタの区分にかかりそうで非常に心配』

 

 それ以外で。

 中級とは言ってるが、荷物持ちしかしてないそうだぞ。戦闘を考えるとそれ以下だろ。

 超上級に挑ませても大丈夫なのか?

 

『いや、戦闘でも中級の実力はあるように見えるよ。ダンジョンに連れていってみれば』

 

 そうするか。

 とりあえずあの依頼文を外してから行ってみよう。

 

 えっと……名前は?

 

「パシオンです」

 

 じゃあ、パシオン。

 さっそくダンジョンで実力を見せてもらう。

 

 ギルドで依頼文を撤回し、さっそくイモルテルに向かう。

 パシオンはギルドに入るどころか、近づこうともしなかった。

 事情があることは明白だが、実力があり、やる気もあるなら問題ない。

 

 

 

 イモルテル大丘陵地帯の中級にやってきた。

 

 大丘陵地帯の南口では入口が三つに分かれている。

 西に行くと、比較的低いところを行く初心者クラスと初級にさらに分かれる。

 東に行くと、やや起伏の多いところを進み、西と同様に途中で二つに分かれ、中級と上級に行ける。

 中央を進むと何もない。ここだけはレースのときだけ超上級のモンスターが湧き出てくるらしい。

 

 出口は別々になっている。

 逆から攻略もできるはずなのだが、こちらをスタートにすることが多いらしい。

 

 パシオンの武器は短剣だった。

 石やアイテムをメインに猪のモンスターと距離を取って戦っている。

 私が前衛で引きつけており、ときどき援護が入る。

 ……どうなの?

 

『悪くはない。サポートメインだけど、もっと積極的に前に出しても良いと思う。フロントに恵まれたパーティなのか、それともこいつに近距離戦をさせたくないのか』

 

 チート使ったら超上級に行ける?

 

『メル姐さんが行けるんだから、誰だっていけるよ。やる気があればね』

 

 それもそうだ。

 武器を持ってないようだから、買ってくるか。

 

『剣……いや、投げられる戦斧が良い。四、五本買って、上級に挑ませてみよう』

 

 パシオンに市に戻ることを伝える。

 彼も本来のパーティと攻略があるようなので今日は別れることになった。

 また、明日の朝に集まって状況を挑むこととした。

 

 

 一人はゲットした。

 問題はもう一人をどうするかだ。

 

 依頼文を出すのも気が重い。

 あの面接みたいなのは、ダンジョン攻略よりも疲れる。

 

『パシオンが前か中間だとすれば、遠距離のできる奴が欲しいね』

 

 弓か魔法か。

 そのあたりはけっこう面倒な奴が多いんだよな。

 弓使いはそれぞれ独特な距離感を持ってるし、魔法使いは総じて理屈っぽい。

 なんかアイデアないの?

 

『うーん、レースが終わってからにしようと思ったけど、早めに当たってみようかなぁ』

 

 知り合いとかいるの?

 

『これから知り合う。戦えるかどうかはわからない』

 

 それ、駄目じゃない?

 

『調合士としては一流だよ。ダンジョンで手に入る花とか葉っぱ、虫にも詳しいかもね』

 

 何て人?

 

『調べてもらったところによると、フォリーって女だね』

 

 調べてもらった?

 

『そう。こんな簡単な調べ物に三日もかけるとは……。おっと、そのフォリーってのはお花屋さんの娘らしい』

 

 お花屋さん?

 

 冗談だと思ったが、案内してもらったところは本当に花屋だった。

 店の前に色とりどりの花が並べられている。

 けっこう良い値がするな。

 

 それでも買いに来る人は多い。

 おばさんたちから、冒険者まで買いに来ているな。

 

「何をお探しですか?」

 

 目の細い娘が私に声をかけてきた。大丈夫か。見えてるか?

 紫色の髪を後ろで一本に束ねて健康そうだが、細い目のせいでなにやら眠そうだ。

 

 悪いが花ではなく、フォリーという女を捜している。

 

「フォリーは私です。誰かのご紹介ですか?」

 

 いやぁ。

 紹介のような、紹介じゃないような。

 

「どういったご用件でしょう?」

 

 フォリーもよくわからないといった表情をしている。

 私もこいつをダンジョンに行こうと誘うのは、さすがに間違いだと感じる。

 どう見ても、ただの町娘だ。冒険者とかけ離れているだろう。

 

『こう伝えて。「アロエの香りは良くできていた。あれをダンジョン攻略で使う気はないか? 返事は西日の蛇眼亭で待つ」ってね。小さめな声でよろしく』

 

 伝えると、細い目が一瞬だけ開かれた。

 

「確かに承りました」

『じゃあ、酒場に戻ろうか』

 

 ……あ、ああ。

 

 酒場への道の途中で、思ったことを尋ねてみた。

 もしかしてなんだけど、あの女が盗賊団のボスなのか?

 

『間違いない』

 

 ダンジョン攻略はできるのか?

 

『持ってるアイテムを使わせて何でもありでチート調合させるなら、ダンジョンを消し飛ばすくらいのやばいことになるよ』

 

 調合で?

 毒が蔓延するってこと?

 

『毒でもいい。爆弾だって作れるし、自動でモンスターを排除する魔力体の構築とかもできるね。ほんとになんでもありになる。それはおもしろくない。提供するアイテムに制限をかけるしかないね』

 

 冗談だと思ったが、本気で言ってるようだ。

 もしかしてアイテム使った方が楽に攻略できるんじゃないの?

 

『もちろん楽になる。ただし、それ以上に危険なものだからね。知識と技術、お金、材料、それに度胸がないとできない。下手な調合は身を滅ぼす』

 

 難しそうだ。

 下手に手を出すことは止めよう。

 何にせよ彼女がパーティに入れば、超上級もいけるということだろう。

 

 酒場に戻って、塩辛い肉を肴に酒を飲んでいると私の前の席に誰か座った。

 へんてこな衣装で体型を欺き、顔を隠している。

 

「何が目的だ?」

 

 開口一番がこれだった。

 声は聞き覚えがある。フォリーの声だ。

 雰囲気は違うが、店の時の方が接客用だったのだろう。

 

 リ・コンに出たいが、メンバーが揃わない。

 一緒に出ないか?

 

「……ふざけるな。私の組織を壊滅させ、一緒にリ・コンに出ろだと?」

 

 声に怒りが混じっていた。

 そりゃそうだ。

 

「出なかったら私も殺すつもりか? 彼らのように」

 

 さて、どうだろう。

 面倒だからそちらから手を出さない限り、私からは何もしないつもりだがな。

 しかし、シュウから教わった鉄則もあるからどうしたものか。

 

『手下がザムルング商会のことを口にしていたけど、何か関わりがあるの?』

 

 それ重要なの?

 よくわからんけど聞いてみる。

 

「直接の関係はない。名前が便利だから使っているだけだ。それが?」

『あっ、そう。ザムルング商会をどう思ってる?』

 

 何なの?

 得意の質問返しをする意味あるの?

 

「他のところは知らないが、ここの支部長は馬鹿だ。金と暴力でしか、人の動かし方を知らない」

『ふんふん。例えば?』

「あいつらはリ・コンにも関与している。大金が動くから当然だ。しかし、参加者に自分たちの手飼いを入れたのは失敗だ。レーヴの娘を優勝させたいようだが、不安要素が多すぎる。起こした行動の分だけ悪名が増えるだけだ。私なら現時点でレースに直接の関与はしない」

 

 レーヴというのは聞いたことがある。前回のリ・コンの優勝者だったはずだ。

 超上級のボスを倒してだけでなく、そのほかの採点ポイントも抜きんでての優勝だったとか。

 

「病死ということになっているが、実際はどうだろうな」

 

 暗殺されたかもしれないと。

 今度はその娘とやらが優勝を狙ってるのか。

 

「優勝した後は、骨の髄までしゃぶり尽くされるだろうな。とにかくレースそのものはギルドも含めて利権の巣窟だ。それよりも参加者、見学者の移動に手をかけた方が賢明だ。警備が緩かっただろ」

 

 フォリーは自虐気味に笑った。

 

「周囲の往来を固めてから、ゆっくり中の問題に取りかかれば良い」

 

 あぁ、そう。

 

「なんなんだ? 自分で尋ねておきながら、その興味のなさそうな様子は? それで、リ・コンに出なかったら、私をどうするつもりだ?」

 

 どうするの?

 

『パーティー組んで。俺が直接話そう』

 

 珍しいことだ。

 気に入られたな。可哀想に。

 

 パーティリングを渡して、渋々パーティを組んでもらった。

 シュウが話しかけると多少の驚きはあったが、何か納得はしている様子だった。

 

「合点がいった。本体は人間ではなく剣だったんだな」

 

 いや。

 それはおかしい。

 本体は私で、極めて人間だ。

 

『何その機械的な文章は……』

 

 その後はなにやら眠くなるような話が続いた。

 ジルエット市の収益やら、今後の展望だの、スケールの大きな話が続く。

 ぼんやりと聞いていたのが、うっつらうっつらになり、しまいには店員に起こされた。

 すでにフォリーどころか周囲の客もいない。いったい全体何がどうなったのか。

 

 

 

 翌朝、早い時間帯からパシオンとの待ち合わせ場所に行く。

 

 中級と上級の分かれ道にすでにパシオンが立っていた。

 

「おはようございます」

 

 元気にあと一歩届かない声で挨拶してきた。

 疲れている様子だな。

 

「遅い」

 

 後ろから声がかけられた。

 振り返るとフォリーがいた。

 ……なんでいるの?

 

『パーティを組んでもらえることになった』

 

 おお、すごいじゃん。

 

「あれ? 花屋の娘さん?」

「ん? お前、レーヴの息子か?」

 

 お互いが見つめ合う。

 

「なんか、雰囲気が違いませんか?」

「いつも一緒の姉ちゃんはどうした?」

 

 互いが互いに疑問をぶつけ合う。

 

「ありゃ接客用だ。ここじゃあ必要ねぇ」

「姉には秘密にしています……」

 

 そこで会話が止まった。

 

 

 

 どうもパシオンの姉は、前回優勝者レーヴの娘らしい。

 今回の優勝候補筆頭とも言われている。

 

 姉と一緒のパーティーを組んでいるが、戦力の観点から一緒には参加できないとのこと。

 危ないだのと言われ、参加しちゃ駄目と言われているそうだ。

 

 それでも参加しようとしてるんだな。

 なぜだ?

 

 優勝したいのか?

 

 パシオンは首を横に振った。

 

 賞金が欲しい?

 

「お姉ちゃんを見返してぇんだろ? 自分だって戦えるんだって認めて欲しい」

「違います!」

 

 必死に首を横に振って否定する。

 じゃあ何なの?

 

『父親みたいに死んで欲しくないんでしょう』

「あぁ……、もしも姉ちゃんが優勝したらお父ちゃんと同じ道を辿るってか。なるほどなぁ、姉が優勝できないように邪魔したいってことだ」

 

 パシオンは黙った。

 どうやら正解らしい。

 

「それなら組む相手を間違ってる。この馬鹿はダンジョン攻略が目当てでレースに興味はねぇ。私も自分のために、ダンジョンの攻略手伝いを引き受けてるだけだ。姉ちゃんの邪魔がしたいなら他の所に行くんだな」

 

 すごい言いようで言われようだが、そのとおりだ。

 ダンジョンの攻略が第一で、レースなんてどうでもいい。

 

「そんな……」

「甘えんな、クソガキ。姉に優勝させたくねぇなら、テメェで優勝をもぎ取れ。誰かの邪魔をして喜んでいいのは乳飲み子までだ」

 

 そうだな。

 邪魔をしてはしゃぐのは子供と喋る剣だけだ。

 お前自身が優勝をして、姉に優勝をさせなければ良い。

 

『俺なら……、いや、やっぱりいいや』

 

 私たちと組むのなら協力しよう――というよりも嫌でも協力せざるを得なくなるだろう。

 超上級ダンジョンを攻略するのは私たちだ。他の奴らは知ったことじゃない。

 私はボスを倒したい。だから、ボスは私たちが倒す。

 

 お前はどうする?

 姉の足を後ろから引っ張るか?

 それとも、姉にお前の後塵を拝させるか?

 

 どっちだ?

 

 

 

 結論として、上級を三人で攻略している。

 私が前で敵を抑え、中間からパシオンが斧で斬ったり、斧を投げる。

 後ろからフォリーがよくわからん調合品を使って、敵をまとめて倒していた。

 珍しくパーティらしい戦いをしている。このランクであれば、まだ私だけでも余裕でいける。

 しかし、超上級になったときでもこの陣形が機能するように、かなり抑えた戦いをして馴らしているという訳だ。

 

 上級をクリアした私たちは、その足でギルドに申し込みに行った。

 申請は通ったのだが、周囲の目線がおかしい。

 それもそうだ。

 

 極限級の冒険者、全優勝者の息子で姉の金魚のフン、お花屋さんの娘。

 端から聞いたなら私も同じ眼で見るだろう。

 

「パシオン」

 

 重い声がギルドに響いた。

 声の方には一人の女性が立っている。

 顔はパシオンに似て一見優しげだが、彼女の目尻は上がっていた。

 

「姉さん」

 

 蛇と蛙のようだった。

 

「パシオン、私――出るなと言ったよね」

「でも、姉さん」

「口答えしない。今すぐ参加を取り消しなさい」

 

 悪いがこいつには私の攻略を手伝ってもらう。

 パシオンも優勝を目指してがんばるって意気込んでたぞ。

 

「何ですって? あなたは?」

 

 私はメル。

 極限級冒険者だ。

 弟には危険がないように努力する。

 努力が報われたことは今までないがな……。

 

「ああ――」

 

 そこでいったん複雑な表情を見せた。

 言いたいことは山ほどあるが、格上の冒険者だから言えない様子だ。

 気持ちはわからないでもないが、格上だから言えないってのはその程度のことだと言わざるを得ないな。

 

「もう一人は――」

 

 私に矛先を向けづらかったのか、もう一人にターゲットを移した。

 対象をジッと見つめて、何度も瞬きをする。

 

「え……、あれ……、花屋の――」

「はい、フォリーです。テナシテ様、いつもご愛顧ありがとうございます。新しい香料が入りましたので、ぜひまたお店にお立ち寄り下さい」

 

 攻略中とは打って変わっての営業スマイルと話し方だった。

 私とパシオンは、そのギャップにどん引きである。

 パシオン姉も困惑を隠し切れていない。

 

「えっ、なんで? ほ、ほんとに参加されるんですか?」

 

 思わず敬語も出てしまっている。

 

「戦闘をしなくても、一緒に参加するだけで良いということでしたから。報酬も良かったので、店の広告もかねて参加することにしました」

「そ、そうなの。危険じゃない?」

「メルさんはお強いので、上級はソロでクリアされていますよ。超上級もソロでいけると話しており、実績もあります。私も宣伝に務めようと思います。無理そうなら逃げますよ」

 

 目尻は下がり、口端はやや上がっての気持ち悪いほどの完璧なスマイル。実際に気持ち悪い。

 声はハキハキとゆっくり丁寧。これにはパシオン姉も、頷くばかりであった。

 

「リ・コンは超上級ボスを倒すだけでは優勝できません。チームワークと攻略の速さ……、良いでしょう。パシオン、レーヴの息子であり、私の弟であるという証を示すのです。……くれぐれも無理はしないように」

 

 参加辞退が気づけば応援に変わっていた。

 自らの優勝の邪魔にならないということを察したようだ。

 

 なんだ。話を聞いてたらどんだけ偏屈な奴だと思ったが、そんなことはないじゃないか。

 

『そうだね。「姉より優れた弟などいない!」とでも言うかと思ったのにつまらんなぁ』

 

 つまらなくはないけど、安堵はできた。

 自分が一番になりたいと思い、上には頭が上がらない良くいる冒険者じゃん。

 それになんだかんだで、弟のことも心配しているようだし。

 

『レース後も、そうだといいねぇ』

 

 フォリーもにこりと頷く。

 

 そういう怖いことサラッと言うのやめてくれる。

 

 

 

 さて、日付は変わりレース前夜になった。

 準備もほぼ終わっており、入口の会場前広場は静けさにつつまれている。

 私とフォリー、それにパシオンはその広場に集まっていた。

 

 私とフォリーは下見なのだが、パシオンはもう一つ目的があった。

 会場前広場は、通称リオン広場であり過去の優勝者たちの像が建てられている。

 前回優勝者とそのメンバーの像の前に彼は立ち、その像を見上げて何やら考え事をしていた。

 

 亡くなった父親に会うことができる場所だ。

 明日は、姉弟で争って一つの椅子を奪い合うことになる。

 

 ちょうど彼がいなくなったところで、フォリーと明日の打ち合わせを始める。

 三人での打ち合わせはすでにおこなったが、そこではカバーできない流れの確認だ。

 

『――あいつは一緒に来ない……あっ、お姉ちゃんも来たね』

 

 あらら、ほんとだ。

 何も言わずにパシオンの隣に立って、同じ像を見上げていた。

 やがて挨拶もせずに背中合わせで別れて、パシオンは一人でこちらに歩いて来た。

 

「あぁん? なんで何も言わねぇんだ? 腰抜けか?」

 

 そうだぞ。

 お互いがんばろう、とかあるだろ。

 

「そうじゃねぇよ。『明日はぶっ潰すから逃げるなら今のうちだぞ』とか言うだろ」

 

 そんな姉弟は見たくない。

 

「父さんは、最期に『姉弟仲良く』と僕たちに告げたんです。それなのに、こうやって争うことになってしまった。でも、こうしないと――」

「ガキが。仲良くってのはな。相手の顔色を窺って、へらへら笑うことじゃねぇ。思ったことを正直に口にしあって、ブチギレ合って、殴り合って、それでもその後で一緒に肩を並べて立つことだ。明日の決着の後でそれができれば良いじゃねぇか」

 

 殴り合いはいらないだろ……あれ?

 またひどいこと言ってると思ったが、なんか良いこと言ってなかった?

 ちょっと聞き逃したからもう一回言ってよ。

 

「人生は一度きりだ。聞き逃したらそれで終わり、やり残したからってやり直しはきかねぇ。明日は全力でぶっちぎる。それでいいだろ」

 

 おおぉ、なんか……いいな。

 花屋でもそのスタイルのほうが売れるんじゃないか。

 

「馬鹿言うな。客に逃げられちまうよ」

 

 そうだろうか。

 私はそう思わないが。

 

 とにかくフォリーの言うとおりだ。

 いつだってダンジョン攻略は一度きり、全力でやり遂げるのみ。

 

 

 

 ようやくレースの当日になった。

 市長の長話に、ギルドの偉い人の眠たい話に、スポンサーだかのありがたい話が続く。

 

 スポンサーだかの一人にザムルング商会の支部長だかがいた。

 なんだか下卑た眼で人を見下ろしていた。

 

 やたらパシオン姉のことを押しており、父親がどうのとか、彼女の実力がどうのだの言っていた。

 しかし、私は気づいてしまった。あれはシュウと同じ性質の声色だ。すなわち女の敵である。

 私の中のクソ野郎、暫定二位の座を挨拶だけで勝ち取ってしまった。すごいゲスだ。

 

『ひどい偏見だ。でも、一位の俺はもっとすごいってことだよね』

 

 間違いない。

 お前こそがクソの中のクソ野郎だ。

 

『殿堂入りしちゃうんじゃないの、これ』

 

 お前を抜かすとあいつが一位だな。

 

 

 そうしてレース開始間近である。

 

 極限級と前回優勝者の息子というアドバンテージなのか、スタートラインの一番近くに配置されていた。

 五つか六つほど後ろの組にはパシオン姉たちが控えている。

 

『一斉スタートじゃなくて、順々なんだよ。俺たちがモンスターを狩った後の方が動きやすいって判断でしょう。運営のお気に入りだ』

 

 ふむふむ、予定どおりだな。

 

『そうだね。定石通りすぎて眠たくなるくらいだ』

 

 すでにギルドから情報を得ている。

 敵だけでなくボスの情報もある。道も事前に確認して万全だ。

 

 

 スタートの合図と同時に共通の道を進む。

 この時点ですでに他の同時スタート組を置き去りにしている。

 三つ叉にたどり着き、迷わず真ん中の超上級の道を突き進んでいく。

 

『せっかくだから俺たちはこの赤い道を進むぜ!』

 

 何がせっかくなのかがわからないし、そもそも道は赤くない。

 

 モンスターに遭遇した。

 前回通ったときは何も出てこなかったので、本当にこの時だけ出てくるようだ。

 上級のボスと似たドデカイ猪が襲いかかってくる。

 それにしても何で猪なんだろう。

 

『来年が亥年だから……』

 

 えっ?

 

『それより作戦通り行くよ』

 

 はいはい。

 袋から小さな包みを取りだして、モンスターに投げつける。

 突進してきたモンスターに当たると、中の薬が宙に舞う。

 

『よし、離脱』

 

 デカ猪はこちらを振り返った後、眼をトロンとさせて足を止めた。

 あとは期待した効果が出るかどうかだ。

 

「出るに決まってんだろ。誰が調合したと思ってんだ?」

 

 フォリーが得意げに笑っている。

 先ほど投げたのは彼女がブレンドした興奮薬である。

 最初こそ穏やかな状態だが、しだいに意識が増大し暴れ狂う。

 さらに強化もかかっているため手が付けられない狂化状態になるはずだ。

 

 残念だが私たちは序盤でモンスターを倒すことはしない。

 これを後続の参加者に置いておき、たっぷり時間を稼いでもらう。

 

「これ……本当に、大丈夫なんですか?」

 

 問題ない。

 シュウが上手くいくって言ったら、だいたい上手くいく。

 

「いえ……、そうではなくて――」

「何をピヨピヨとひよこみたいにさえずってやがる。さっさと進むぞ。優勝するんだろ」

 

 躊躇いながらもパシオンは後ろを見るのをやめた。

 ああ、本当に作戦通りだ。

 

 

 ひたすら交戦を避けて、モンスターに薬を撒いて進むとようやく後ろから声が聞こえた。

 どうやら追いついてきたらしい。

 

『きちんと苦戦してくれてるね』

 

 ただでさえ超上級の強さで、さらに狂化がかかっている。

 私でも正面から戦うとちょっと面倒な相手だろう。

 そんな難敵に後続は追われているはずだ。

 

『……うん。薬の散布はこれくらいでいいや。後は襲ってきた奴だけを倒してボスと遭遇しよう』

 

 予定よりも早い切り替えだ。

 

「ドロップアイテムも手に入れないと、点数が下がりますもんね」

 

 パシオンがやる気の顔を見せて、両手の戦斧を握りしめる。

 

 ……ああ、そうだな。

 実際はそうではないのだが、適度に頷いておく。

 パシオンも私の様子に気づき不審がる。……鋭いな。

 

「ほらほら。やる気出せ、前衛ども! 私に怪我なんかさせてみろ。特製の薬を全身にかけるからな!」

 

 それは怖い。

 全力で突っ走っていくことにしよう。

 

 余計なことを考えず、モンスターを斬っていく。

 狂化をしていないモンスターなら余裕で倒すことができる。

 抵抗と速さが上級よりも上がっているだけだ。ちょっと避けて斬るだけで済む。

 

『来た。……あぁ、やっぱりそうか』

 

 シュウの声で視線を上げると、丘陵の頂上から何かが猛烈な勢い降りてきている。

 真っ黒な泥を体中に纏わり付かせ、通った道が黒く腐っていく。

 

『俺の国にもあるんだよね。有名な映画にも出てきた。祟り神だ』

 

 何でもイモルテル大丘陵地帯で殺された猪たちの怨念がアレを生むとか。

 

『フォリーはそのまま。パシオンは中間からフォリーの援護と隙があれば斧投げ』

 

 私は?

 

『前衛でアレを止める。強力な呪怨を帯びてる。完全耐性が付けられるのはメル姐さんだけ。パシオンも投げた武器は絶対に拾わないように』

 

 パシオンは返事をして、距離を取った。

 シュウの声が真剣なので、あまり良い状況ではなさそうだ。

 

「あの、まさか……」

『鋭い。君の父親はあの呪いにあてられた死んだんだろうね。ついでに、人の欲望にも揉まれただろう。リ・コンは、賞金に名声、名誉で覆い隠してるけど、その実態はレースじゃない――神事だよ。生贄を捧げる儀式だ』

「そんな、じゃあ、大人の人たちはこれを知ってて……」

 

 フォリーはクックッと笑い始める。

 

「そりゃ知ってるだろうよ。ガキに全部都合の悪い部分を背負わせて、自分たちは安全な場所から利益を搾取する。人間らしさ、ここに極まれりだ。素晴らしいな」

 

 お腹を押さえて大笑い。

 何がそんなにおもしろいというのか。

 

「姉さんは……」

『両手斧で前衛でしょ。耐性装備は持ってるだろうけど、アレを完全に防ぐことはまず無理。遅かれ早かれ死ぬよ。フォリーの言ったとおり、貪り尽くされてさようならだ。次のレースでは君の番かもね』

 

 パシオンはその場で崩れ落ちた。

 

 嘆くのは後でもできる。

 とっとと倒すぞ。

 

 

 黒々とした猪がぶつかってくるのを真正面からシュウで受けた。

 地面を引きずりながらもようやくその勢いを止めることができた。

 

 ちょっと待って。何これ。

 猪にまとわりついていた黒っぽいのが、私にぞわぞわとくっついてくる。こちょばしいんだけど。

 

『呪いの触手だね』

 

 呪いの触手。

 

『やっば、興奮してきた』

 

 この変態め。

 それに黒っぽいのに埋もれて周囲がよく見えない。

 

『大丈夫。ちゃんと足止めできてる。呪いの触手を絡め取って動きを止めてる』

 

 表現がもう気持ち悪いんだけど。

 

 シュウを力尽くで前方に押し込めると手応えがあった。

 呪われた猪ボスもすごい叫びを上げている。

 

 気づけば目の前に猪の顔が来ていた。

 長い鼻にシュウが刺さり、怒った顔をしているが、円らな瞳が私を見つめている。

 

 ブモモモモと声をあげだした。

 おいおい、何だか唸り始めたぞ。

 

『呪怨の叫びだね。大丈夫、パシオンとフォリーには届いてない』

 

 ブモ、ブモモ、ブモブモ、ブー

 何か可愛く聞こえてきた。

 

 なんだろう。緊張感が薄れてきたんだけど。

 猪も力攻めばかりで特殊な攻撃があるわけでもないし。

 シュウが異常に警戒してたから、かなり厳しい戦いになると思ったんだが……。

 

 もしかして、そんなに強くないんじゃないの?

 

『まあ、強力な呪怨属性で超上級ってだけだろうからね。それさえ効かなきゃ、ちょっと強いだけの猪モンスターだよ』

 

 なんだ、そんなもんか。

 

『いやいや、呪怨属性ってのが超レアなんだよ。メル姐さんの豊富な状態異常付与でも、まだ手に入れてないからね。特殊な条件がいるっぽい。逆に呪怨の耐性も非常に難しい。さっきも言ったように並みのアイテムではまず完全には防げない。かかっても気づかないことが多いし、気づけたとしても解呪がとてつもなく面倒。普通に戦うなら、まず前衛は死から避けられない』

 

 そうか。

 パシオンの父は何も知らずにこれと戦ったのか。

 

『いや、俺は知ってたと思うね。他に倒せる奴も、倒そうとしている奴もいなかったんじゃないかな。誰かが背負わないといけないものだからね』

 

 でも、子供を残して死ぬと考えるか?

 ……考えるか。お金も名声も実際に残してる訳だし。

 

『残したのはそれだけじゃないよね。言葉もあった』

 

 姉弟仲良く、だったか。

 それでも死んだら意味がないんじゃないか。

 

『いや、死んでない。彼は像に自分を写した。あの像の視線は確かに何かを見つめている』

 

 像として姉弟を見守ってるって?

 それは流石に妄想がたくましすぎるだろう。

 ちょっと笑ってしまった。

 

 ここで、パシオンとフォリーの援護攻撃が加わりボスが断末魔を上げた。

 黒き呪いは消え去り、白い光の結晶が三つ地面に転がる。

 

『アイテムに呪いはかかってないね。拾っても大丈夫』

 

 三人でアイテムを拾う。

 

「僕たちは呪われてないんですよね?」

『問題ない。後はゴールまで突っ走るだけだよ』

 

 パシオンに嬉しさはあまり見えない。

 とりあえず、優勝しても呪いで死ぬことはないから良かったじゃないか。

 

「パシ、オン……」

 

 後ろから声が聞こえた。

 振り返ると傷だらけのパシオン姉がいた。

 大きな斧を杖代わりになんとか立っている様子だ。

 

「姉さん……」

「ボスを、倒したのね」

 

 うん、とパシオンは頷く。

 

「追いつかれてしまいましたし、もうそろそろ行きませんか」

 

 フォリーが先を急かす。

 実際、ボス戦で足を捕られたのは確かだ。

 

 先を進むとしよう。

 行くぞ、パシオン。優勝は目前だ。

 

「…………はい」

 

 姉を視線から外すのに手間取ったが、ようやくパシオンの瞳はゴール方向を見た。

 先に進むと、モンスターが襲いかかってくる。

 

「こいつらは無視して、テナシテ達に押し付けようや」

 

 そうだな。

 すでにボスは倒した。無理に雑魚を倒す必要はない。

 こいつらを、パシオン姉たちに襲わせれば時間差をつけられる。

 

 どうした?

 足が止まってるぞ、パシオン。

 

「僕は、僕は……」

「おいおい、まさかここに来てまだ迷ってんのか?」

 

 そうなのかここまで来たら優勝を目指すだけだろ。

 お前はそのために私たちと参加して、練習して、ボスも倒した。そうだろ?

 

「そうです。でも――」

「甘えんなよ。姉ちゃん恋しいなら最初から姉ちゃんの言ったとおりにしとけや。お前はレースに出ることを選んだんだ。他ならぬ自分でな。最後まで責任を持て」

 

 それにこれは個人戦ではなくチーム戦だ。

 お前の自分勝手な行動は私たちにも迷惑になる。大人になれ。

 

 言っている間に、私たちの見逃したモンスターがテナシテ達に向かう。

 テナシテの仲間はすでに一人が戦闘不能でもう一人に背負われ、実質の戦闘ができるのは彼女一人だけだった。

 

「お前が優勝することで、姉はただの冒険者に戻る。呪いどころか大人達の欲望の矛先を逸らすことができる」

 

 子供のように何でもかんでも大切にする時期は終わった。

 何かを得るためには犠牲が必要だ。お前も大人の第一歩を踏むときが来たんだ。

 

 さあ、三人でゴールへ行こうじゃないか。

 

 

 

 私とフォリーは先に進むが、パシオンは立ち止まったままだった。

 振り返ると、パシオンはまっすぐ私たちを見つめる。

 

「ごめんなさい。本当に、本当によくしてくれたのに……。一緒に行かなきゃってわかってるんです。でも、そうしたら姉さんは、僕は、姉さんとは二度と仲良くできない気がするんです。ごめんなさい、ごめんなさい」

「ごちゃごちゃ泣きながら言い訳捏ねんな、クソガキ。謝ってる暇があるなら動け」

 

 パシオンは私たちに背をむけた。

 両手に戦斧を握り、姉へと駆けだしていく。

 

「予定通りだな」

 

 そうだな。

 これで私たちの優勝はなくなった。

 ダンジョン攻略を一番に楽しませてもらって、優勝のわずらわしさもない。

 

『じゃあ、まあ行くとしようか』

 

 そうだな。

 

「子供の駄々に付き合う余裕を持つのも大人ってもんだ」

 

 囲まれていたパシオンと姉のモンスターに突撃して崩していく。

 

「メルさん。それにフォリーさんも。どうして」

 

 私はもともとリ・コンには興味がない。

 やるべきはダンジョン攻略のみ。ボスは倒したが、雑魚はまだ倒し足りてないからな。

 攻略する気のない奴は邪魔だからとっとと先に行け。

 フォリー、例の薬を頼む。

 

「はぁい」

 

 外行きの綺麗な笑みを浮かべて、危険な香りの薬を私に振りかけた。

 

「それじゃあ、私も彼女たちと一緒に行きますね」

 

 ああ、私を置いて先に行け。

 

『その台詞は死亡フラグですぞ』

 

 私は死ぬのか?

 

『いつかは死ぬよ。でも、それは今日じゃない』

 

 そうだ。

 今日は死なん。

 生きて攻略するのみ。

 

 あちらこちらからモンスターが集まってくる。

 どれもフォリー達を無視して一直線に私への向かってきていた。

 

 さすがの調合だ。

 パーティ戦は終わりだ。

 ソロのお楽しみといこうじゃないか。

 

 

 

 モンスターの誘引効果が切れるのに深夜までかかった。

 こんなに効果時間が長いなんて聞いてない。

 ゴール地点には誰もいなかったし。

 

 

 翌日になり結果発表兼表彰式が行われた。

 わかっていたことだが、優勝はパシオン姉たちのチームだった。

 彼らの表情は晴れない。私たちの協力があってこその優勝だとわかっているからだ。

 

 優勝コメントでも、「弟の協力があってこそだった、彼らこそが本当の優勝者だ」と話した。

 そういう余計なことは言わないで欲しい。こっちに注目が来ると困る。

 主催者側はきちんと大切な部分だけを切り取ってコメントした。

 美しい姉弟愛ですね〜と上手く流してくれた。

 

 最後に近づき、主催者側の謝辞が始まった。

 開幕のときと同様に市長とギルド支部長が眠たい話を始めた。

 

 さて。そろそろか。

 

 パシオンは報酬の受け取りを拒否した。

 「自分にはその資格がありません」と、もごもご言ってた。

 子供なら喜んでお小遣いを受け取っておけばいいのに、あほくさい。

 シュウとフォリーに、彼を喜ばせる案がないか尋ねたところ、それならと出してくれた。

 

 いよいよ主催者の一人、ザムルング商会の代理支部会長が挨拶を始めた。

 私はステルスで姿が見えないようにして、彼の背後に回る。

 懐からフォリーの調合した薬を彼に嗅がせていく。

 

「皆様の協力がありまして、無事に……失礼」

 

 薬の臭いに思わず咳き込んでしまったようだ。

 

『よしよし、効いてる効いてるぅ』

 

 代理支部会長の目がぼぉとし始めた。

 頬がわずかに上気し、酔っ払っているようにも見える。

 

「テナシテ選手は本当に素晴らしい実力をお持ちです」

『その彼女に何をしようとしてるのかな?』

 

 シュウをくっつけて、声が聞こえるようにしてある。

 

「何を……」

 

 シュウの声に疑問を持たない。

 薬はきちんと効いてるようだな。

 

「彼女の体を欲しがる奴らは多い。スポンサーに売りつけ、私の地位を確固したものにするのだぁ」

 

 会場の空気がざわついた。

 他の主賓達も顔を見合わせている。

 

『それだけじゃないよね。彼女を旗標にして、たくさんの女冒険者を集められる』

「そうだ。すごいぞぉ。天の声が聞こえてくるようだぁ。たくさんの冒険者を騙して搾り取ってやる。俺がこの町を支配するんだ。俺がトップだ。誰も俺に逆らわせない!」

 

 ……どっちがひどいのかわからなくなってきた。

 

『なんだ。本当に姉だけで利用するつもりだったのか。弟も利用できるよね。彼の前で姉を○させて、最後は男娼にもできる。あんなことやこんなこともするつもりじゃないかった?』

「考えつかなかった。素晴らしいアイデアだ。それ! 採用!」

 

 やっぱりクズの中のクズはお前で決定だ。

 

『うーん、利用するっていうなら、これくらいは考えといて欲しかったよね』

 

 それよりも騒ぎがすごいことになっている。

 運営が止めようと入ってきたので、薬を嗅がせて眠ってもらった。

 

『今回の競技で悪事に荷担した奴らの名前を言って』

「荷担した奴だとぉ? そりゃ、ガードンの役割は大きかった。あいつも女好きだぁ。尻の○に入れるのが好きな変態なんだよなぁ。それにバルダスだろぉ。こいつは酒狂いで市の金を横領して――」

 

 最初はギルド支部長の名前。次に出てきたのは副市長の名前。

 次から次へと名前と嗜好が挙げられる。

 

 いよいよ場は騒然としてきて、名前を挙げられた奴は顔面蒼白。

 あるいは何も知らないと顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。

 

『それらは誰が考えてやったこと? 会長かな?』

「そんなわけねぇだろぉー! 全部俺が考えてやったことだ! 俺の手柄だ! 会長は変てこ指示しかしてこねぇ! 全部、俺の手柄だぁ!」

 

 シュウはうんうんと満足げである。

 そろそろまずいぞ。兵達も出てきた。

 

『それじゃあ最後に一言』

「皆様! このたびは本当にご協力ありがとうございました! また今後もよろしくね。それぢゃあ、お手を拝借。よぉーお!」

 

 一人の手拍子だけが、騒然とした会場に響いた。

 

 

 

 数日ほどジルエット市はこの話題で持ちきりだった。

 リ・コン優勝の表話よりも、リ・コンの裏話にみんな注目している。

 そのおかげというか、パシオン姉弟に目を向ける人は少ない。

 汚い大人達の被害者という見方が強い。

 

 私も飽きてきたので、今日でここを去る。

 人目の比較的少ない会場前の広場に来ていた。

 パシオンがお別れに来てくれている。

 フォリーは仕事だから来てない。

 

 なんだか大変みたいだな。

 

「はい。でも、姉さんとは前以上に仲良くできています。新しいザムルング商会の代理支部会長にも良くしてもらえています。前任の人はあれでしたけど……」

 

 例の酩酊会見をおこなった代理支部会長は、翌日にはその首がジルエット市の中心に晒されてしまっていた。代理支部会長だけでなく、その他の幹部も同様だった。

 市民は畏怖の念を込めて「粛正の夜明け」などと呼ばれている。

 

「口封じとも言われていますけど、僕はそうじゃないと思うんです。全ての罪状も首に添えて綴られていたようですし」

 

 そうらしいな。

 

「商会会長の直属の暗部が数十人は動いたって話ですね」

 

 二人だよ。

 ほんと大変だった。

 

「えっ?」

 

 いや、何でもない。

 

「……やり方にはあまり賛同できませんけど、会長からのメッセージにあったように、ジルエットはこれから大きく変わっていくんだと思います」

 

 粛正の夜明けの後、すぐさま会長のメッセージがジルエット市にもたらされ、被害者のパシオン姉と他の冒険者に謝意が示された。

 どこよりもいち早く自らの非を認め、謝意を示し、今後の市との関わりを打ち出したことにより、ザムルング商会に市民は一定の信頼を示した。

 

 今後のことなど知らないが、粛正に関しては賛成だ。

 膿は出し切るべきだろう。殲滅によってのみ遺恨は完全に断ち切れる。

 

『新しい代理支部会長はどうだった?』

「変わった人でしたね。顔を隠して、声も偽装していました。でも、商会の動きを市民に監視させ、僕たち姉弟も支援すると約束してくれました」

 

 そうか、それはよかったな。

 …………うん? 顔と声を隠す?

 

「はい。リ・コンもボスのドロップアイテムを上手く使うことで、呪いを無効化することができるだろうって。次回からはただのレースとして定期的な開催を目指すと話していました」

 

 すごいねぇ。

 酒場かどこかで聞いた話だなぁ。

 

『沈黙は金』

 

 それもそうだ。

 知らないことが幸せということもある。

 何でもかんでも知れば良いという物ではないだろう。

 

 パシオン達は、知らなくても良いことを知らないままで楽しく過ごせれば良いはずだ。

 もしも知るときがきても、その責任を押し付けられることなく、きちんと背負っている大人がいることを感じて欲しい。

 呪いではなく、願いだったのだと感じていければいい。

 その姿を見ることで、パシオン達もまたそういう大人になっていく。

 それが、この市の新たな未来を築いていくのだろう。

 

「怪しかったですが、なぜでしょう……不思議と悪い人には思えませんでした。それに、あの像も代理支部会長の提案で実現しましたし」

 

 ああ、あれな。

 私も視線を像の方に移す。

 

 今回のリ・コン優勝者の像は少しイレギュラーがあった。

 パシオン姉たちのパーティーが建つのは当然なのだが、パシオン姉の隣にもう一人少年が立っているのだ。

 

「姉たちは賛成してくれたようですが、少し恥ずかしいです……」

 

 だろうな。

 私なら像をゲロゴンブレスで壊してる。

 

 まあ、諦めろ。

 実際、お前がいなければ彼女の優勝はなかったんだ。

 それに――。

 

「はい。父が見ていますから」

 

 彼らの像は父親の像の向かい側に立つことになった。

 そうすると、彼らが父親に見守られているように見える。

 

 パシオンの父は立派な冒険者だったに違いない。

 像ですらその立ち姿は堂々としている。生きていればなおさらだ。

 

 私も、いつか――誰にも恥じることなく、若人達を見守る日が来るのだろうか。

 

 

 

『それは、来ないんじゃないかな』

 

 

 

 ……実は私もそう思う。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。