チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

39 / 46
蛇足22.8話「言葉に力を Ⅲ」

 シュウを、なくした……。

 

 起きたらすでにシュウの姿がなかった。

 ベッドの下や、棚と壁の間、毛布を広げてみたが見つからない。

 すごい静かで爆睡できたと思ったら、まさか元凶のシュウがいなかったとはな。

 

 いやはや、これは困った。

 

 やっぱり昨日の夜に酒を飲み過ぎたのがまずかっただろうか。

 酔いたい気分だったから耐性を切ってもらい、まずは一杯。次に二杯、三杯。

 そこからの記憶がまるでない。よく宿のベッドまで戻ってきたものだと自分を褒めてやりたい。

 

 …………突っ込みが、来ない。

 

 もしかしなくても、これはやばい状況なんじゃないか。

 落とさないように紐をつけていたのに、腰を見てみるとぶっつり切れている。

 

 

 

 ギルドの飲み屋に来てみた。

 よくベッドに戻れたも何も、部屋がギルドの上だ。

 ギルドに併設された飲み屋から、階段を上がってすぐのところだった。

 受付嬢や、仕込み中の飲み屋の店員に聞いてみたがシュウは知らないとのことである。

 

 どうしよう。

 やばい、ほんとやばい。

 ダンジョン云々どころの話じゃない。

 人格はともかく、力は本物だ。あれがないと何もできんぞ。

 

 待て。

 落ち着け、私。

 シュウも言っていた。

 やばい状況こそ冷静さが重要だと。

 

 思い出せ。

 あいつはすでにこの事態を予測していた。

 いつか私がこういうことをすることも、あいつは想定済みだったはずだ。

 たしかこんなときのために、非常手段を用意したはず。

 

 アイテム袋をごそごとと漁る。……あった。

 きれいに折りたたまれた真っ黒な紙を取り出す。

 

”困ったとき用”

 

 私の汚い字で書かれている。

 書いたときは無意識だったので、内容は覚えていない。

 きっとこの中に打開策が書かれているはず。

 私は厚い紙をゆっくりと開いた。

 

『メル姐さん、いいかい?

 

 最後までよく読んでくれ』

 

 ああ、任せとけ。

 ちゃんと隅々まで読むぞ。

 今後の冒険生活がかかってるからな。

 

『この手紙の中には、俺の所在を探す方法や今後の生き方が書かれている。

 

 この俺がいなくなったときの指針をできる限り書き綴った。

 

 もし……俺がいなくなったらこれを頼りにしてくれ』

 

 シュウだ。やはりシュウだ。さすがと言わざるをえない。

 こんなときのこともしっかり想定している。

 

『メル姐さんがきちんと読んでくれたら、

 

 メル姐さんは救われると思う』

 

 ……シュウ。

 

 心の底に淀んでいた不安が安心感で薄まっていく。

 奴の言葉から私を支える力を感じた。

 

『俺が直接、メル姐さんを探しにいこうとも思ったんだが……

 

 なんていうか……

 

 そうするのは物語的にどうなんだと思えて……

 

 ここで人化してしまったら……

 

 この話が、もう話ではなくなるような……

 

 人外転生なのに人化ってどうなのよ?』

 

 早く探す方法を書けよ。

 よくわからんことばっかりだらだら書きやがって。

 

『もしも見失ったのが町中なら、こう唱えてみてくれ。

 

 きっと俺たちならわかりあえる。

 

 来るべき対話のための最終手段だったが仕方ない。

 

 大きな声で叫んでくれ。

 

 ”クアン○ムバースト!

 Side(サイド):シュウ!”

 

 いいか、メル姐さん。

 

 絶対にクアン○ムバーストは使うなよ』

 

 どっちなの?

 使っていいの、使っちゃ駄目なの。

 

 どっちなのかはわからないが、使うしか他に道はない。

 今の私には言うしか道がないのだ。

 大きく息を吸う。

 

 ク○ンタムバースト!

 Side(サイド):シュウ!

 

 

 

 シュウ Side!

 

 右に槍、左に斧、左右には武器が並ぶ。

 いや、武器だけじゃない。正面は、皮鎧にアイアンメイルまで飾られている。

 

「おっちゃん、なんか剣ない? 安いやつ!」

 

 若い男の声が聞こえた。

 まだ少年だろう。

 

「お前でも扱えるとなると……。ああ、さっき入ったばかりのやつがいいな」

「じゃあ、それくれよ!」

 

 足音が徐々に大きくなり、ドワーフが私に手を――

 

 Side out!

 

 

 周囲がギルドの光景に戻った。

 受付嬢とその他の冒険者が憐憫を含む目で私を見て来る。

 

 なんだ……、今の光景は?

 まさか、あれがシュウの見ている光景だというのか。

 武器がたくさん置いてあった。防具もだ。

 それにドワーフのおっさん。

 

 ということは……。

 

 

 

 私は武器屋にやってきた。

 

 ギルドから隣に三軒ほど行ったところだ。

 場所がわからず反対方向に探しに行っていて時間をくってしまった。

 

 出てきたドワーフは先ほど見たばかりの髭もじゃ顔だった。

 私が事情を説明すると、ドワーフは首を振った。

 

「ちょうど売っちまったところだ」

 

 売っちゃったかぁ。

 誰に売っちゃったんだ?

 

「初心者のパーティーだ。今から初級に挑戦しに行くって話してたから、追えば見つかるぞ」

 

 すぐに店を出て、シュウを買ってしまったパーティーを追う。

 

 しかし、どうやっても見つからない。

 そもそもどんなパーティーかわからないし、ダンジョンがどこかも知らない。

 闇雲に走り回るだけで、時間が過ぎた。

 

 なにやってんだよ……私ぃ。

 

 困ったときのブラックペーパー。

 まだ続きがあったので読んでいく。

 

『もしもクアンタムバー○トで見た場所から、

 

 すでに俺が移動していたら、

 

 勇気を振り絞ってもう一度唱えてみよう。

 

 だが、唱えすぎると危険だ。読者が離れる。

 

 Sideが出てきたときの、「続きを読む意欲」を萎えさせる力は恐ろしい。

 

 特に同じ場面を何度もSideしたときは殺意すら覚える。

 

 さっさと次に進めよ、

 

 誰も求めてない奴らの視点を書き綴りやがって。

 

 そんなに他人の心情が書きたいなら最初から三人称で書けよ……。

 

 なお――』

 

 なんだよSideって……。

 そんなにやばいものなのか。

 

『もしも近くにギルドがあるなら、

 

 ク○ンタムバーストを使う前に、

 

 「剣探してます」と依頼を出そう。

 

 メル姐さんが下手に動き回るよりも、

 

 依頼を出した方が遙かに安全!

 

 認知症冒険者の徘徊は危険だ。

 

 絶対にやめよう、な?』

 

 

 それ、先に書いといて欲しかったなぁ。

 

 

『以下に、依頼の出し方を書いておきます。

 

 そのまま受付嬢に伝えて下さい』

 

 はい。

 

『それと、クアンタムバース○が成功した場合、

 

 声こそ互いに届きませんが、

 

 俺からもメル姐さんが見えるようになります。

 

 使いすぎには注意ですが、安全な場所から

 

 適度に繋がるようにしておいて下さい。

 

 出来る範囲でこっちからそちらに向かうようにします』

 

 はーい。

 

『項の最後になりましたが、

 

 さっきの呪文は「Side(サイド):シュウ」だけでも可能です。

 

 大声で叫ぶ必要もありません』

 

 は?

 私の叫びはなんだったのだ?

 無駄に恥をかいてしまったじゃないか!

 

『もしかして:おこなの?

 

 最後まで読んで下さいと書いたのに読みませんでしたね?

 

 かいた恥は勉強料です。違いますか?』

 

 ……ぐうの音も出ない。

 しかし、安心したらお腹は減った。

 お腹はグゥグゥと平常運転で鳴っている。

 

 私はギルドへ戻り、受付嬢に依頼を出す。

 その後、ギルドの飲み屋に入り、飯と酒を注文する。

 

 酒が先に運ばれて来た。

 グラスに酒を注いでっと、準備完了。

 よし。後は適度に繋がっておくことにしよう。

 

 Side(サイド):シュウ。

 

 

 

 シュウ Side!

 

「もうちょっとでボスだよな」

 

 聞き覚えのある少年の声だった。

 

「うわぁっ!」

 

 少年がいきなり悲鳴をあげた。

 どうかしたのだろうか?

 

「どうかしたの?」

 

 少年の近くにいたローブの女の子が尋ねてくる。

 魔法使いだろう。

 

「どうせぼんやりしてたんでしょ。しっかりしなさいよ」

 

 もう一人の赤毛の女もキンキンした声で少年を見て怒る。

 その手には大きめの斧が握られていた。

 

「変な声が聞こえた!」

「声ですか?」

 

 二人の女は互いに見合って首を横に振る。

 おっと、まったく気づかなかったが、もう一人いるな。

 薄い衣装に短刀、口許に布が巻かれている。

 斥候役だ。これで女が三人目。

 彼女も黙って首を振る。

 無口だな。

 

 それにしても男一人に、女が三人の計四人のパーティーか。

 シュウの大好きなハーレムというやつだな。

 妬ましさが伝わってくるようだ。

 

「そんなの聞こえないわよ! もうちょっとでボスなんだからしっかりしてよね!」

「どんな声だったんですか?」

 

 ローブの女が尋ねた。

 

「男の声。『なに酒のもうとしてんだぁ……』って低い声の怒った感じだった」

 

 口にグラスを持って行きかけていた私の手が止まった。

 安心してしまったとはいえ、これはないな。

 いけないいけない、水にしよう。

 

「空耳でしょ。行くわよ」

 

 女戦士の声で、少年達は洞窟の道を進んでいく。

 モンスターもそこそこ安定して倒しているようだし、ボスに行きそうだな。

 

「やった。初めてこいつ倒したぜ!」

「すごい! やったわね!」

「やりましたね!」

 

 四人がかりでモンスターを倒し、みんなで喜んでいる。

 私が求めて、ついぞ得られなかったパーティ攻略がここにあった。

 なぜだ……、なぜ、私のダンジョン攻略はこうならなかったのだろうか?

 

 しかし、シュウの視線が私にも伝わってくるんだが……。

 

 こいつ、女の胸をずっと見てるな。戦士の胸、魔法使いの胸、斥候の胸、たまに尻。

 胸八割に尻二割弱、残りでダンジョンをちらちら見てる。

 特に戦士の胸が揺れるところが好きなようだ。

 一度も少年の顔が映らない。

 

 おっと、珍しく視線がダンジョンの壁に行った。

 その後は床と天井を見る。さらに、後ろへと視線が動いた。

 そこには、暗闇からモンスターがゆっくりと追ってきているのが見える。

 

 これは――、

 

 Side out!

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 あ? ああ……大丈夫だ。

 視界がギルド横の飯屋に戻ってきた。

 どうやら注文していた料理が来たようだ。

 

 頭が重い。なんかぐるぐるして気持ち悪いな。

 視界もすごいぶれて辛かったし、休憩がてら食事にしよう。

 

 おそらく、次に見る頃にはボスとの戦闘だろう。

 

 

 ささっと食べて、ふたたびシュウへと視界を移す。

 

 

 シュウ Side!

 

「どうして……」

 

 少年の声だった。

 声も暗いが、周囲も薄暗い。

 

 少年の皮鎧はところどころ壊れている。

 それにべったりと血がついていた。

 

「どうしてモンスターがいきなり……」

 

 少年の目から涙が流れている。

 

「あんなところにトラップさえなければ……」

 

 なんとなくわかった。

 ボス前にあるトラップが凶悪だと受付嬢が話してた。

 後ろから来てたモンスターにトラップへ追い込まれて、それを踏んでドカンか。

 

「二人とも、大丈夫かな。体勢を整えて助けに……」

 

 少年は壁にもたれかかる無口な斥候役を見た。

 あいかわらず何も言わないが、見覚えのある顔色だな。

 毒におかされてる。それも動けないとなるとけっこうきついやつだろう。

 

「お、おい。どうしたんだ?!」

 

 少年は今ごろ気づいたようだ。

 まぁ、これくらいなら薬で治るだろう。

 

「これって毒だよな。待ってろ。すぐ、毒消しの……あっ」

 

 毒に気づき、薬を掴もうとした手は腰の辺りをさまよった。

 あちゃー、どうやら落としてしまったらしい。

 

「あ……、あっ……。俺、どうすればいい?」

 

 私だったら「逃げろ」と言うな。

 

「逃げろってどこ……えっ」

 

 えっ?

 聞こえてる?

 

「今の声って、さっきの、どこだ? どこにいるんだよ! 助けてくれよ!」

 

 あぁ、そうか。

 どうもシュウが逃げろと伝えたらしい。

 どこから声をかけられているか、まったくわかってない。

 

「…………確かにそうだけど、置いて逃げるなんて。それに二人もまだ……なんで生きてるってわかるんだ。………………そこまで言うことないだろ」

 

 たぶん、さっさと逃げろって話してるな。

 それを、少年がぶつくさと言い返してるのだろう。

 男が嫌いなのと、ハーレムが妬ましいのでボロクソに言い始めたのが最後の部分か。

 

「助けを呼びに行くって……でも、ここに置いていくわけには」

「……行って。助け、呼んで」

 

 無口な斥候が初めて喋った。

 なかなか綺麗な声をしているな。

 話さないのがもったいないくらいの声だ。

 

「そんな声、してたんだな……」

 

 お前も今知ったのかよ。

 

「ごめん! すぐ戻ってくるから! 俺、戻るから! 必ず戻るから! 死ぬなよ! 絶対、死ぬなよ!」

 

 早く行けよ。

 ほんとに死んじゃうぞ。

 

「クソッ! クソォ!」

 

 少年は叫んで立ち上がった。

 振り返ることなく、出口へと走って行く。

 

 Side out!

 

 

 私は椅子から立ち上がった。

 ギルドの受付に行って、ダンジョンへの行き方を尋ねる。

 

 

 迷子になりかけつつ、街のダンジョン方面出口まで来た。

 そうすると道の向こうから、先ほどの少年が走ってきていた。

 

「あの人なのかっ! 頼む! あいつらを! あいつらを助けてくださいっ!」

 

 少年は顔をぐしゃぐしゃにしつつ頭を下げた。

 

 ――私の隣の女性に。

 

「えっ? えっ……?」

 

 隣の女性は困惑している。

 そりゃそうだ。

 

 すまんが、そいつが言ってるのは私のことだ。

 二人に向かって声をかける。

 

『やぁ、メル姐さん! 酔いは醒めたかな!?』

 

 おかげさまでな。

 昼近くまでぐっすり眠れた。

 

 手に懐かしい重みが戻ってきた。

 半日だけだが、ずいぶんとご無沙汰な気がする。

 

『言いたいことは山ほどある! が! それは後にしてやろう!』

 

 そうだな。

 そうしてくれ。

 まずはダンジョンだ。

 

 いいか?

 ダンジョンを攻略するときはな。

 愚痴で邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。

 独りで静かではないにしても。

 

『はいはい。孤独の冒険者、乙。まあ、それじゃあ行こうか』

 

 孤独ではないさ。

 よし、全速力で向かうとしよう。

 

 

 

 そこから本当に全速でダンジョンに潜った。

 モンスターを無視して奥へ行き、斥候に薬を二つ飲ませてやった。

 次にどうなったのか知らない戦士と魔法使いだったが、罠に嵌まって抜け出せないだけだった。

 多少の擦り傷に、捻挫と打撲で済んだようなので、斥候を背負ってそのままダンジョンの入口まで送り届ける。

 

 ダンジョンの入口にたどり着いていた少年と、感動(?)の再会を果たした。

 少年が斥候にまず声を掛けたことで、何やら残りの二人から不穏な空気が流れ始めたので、私は距離を取った。

 

 

 とりあえず助かって良かったな。

 さて、待ちわびたダンジョン攻略だ。

 

『ちょっと待った。その前に、俺になんか言うことがあるんじゃないですかぁ?』

 

 話を逸らしたつもりだったが、逸らせてなかったようだ。

 

 しばらく禁酒しよう。

 

『当然でしょ。他には?』

 

 お前、女の胸見過ぎだろ。

 ひくわ。

 

『えっ、なぁに? あれれぇ、もしかして()いてんの?』

 

 焼く?

 焼いてないだろ、焼いて欲しいのか。

 

『やだ。このキ○ガイ怖い……。それよりも! 俺にまず言うことがあるでしょ!』

 

 黒カードの伝言さ。

 もうちょっとわかりやすく書けない?

 

『……へぇ』

 

 あっ、マジで怒ってきてる。

 そのなんだ。ほんと、すまんかった。

 だから、その、なんだ――助かった。ありがとう。

 

『はぁ……、もう酔って置き忘れないでよ』

 

 もちろんだとも。

 よし、それじゃあ、さっそく――、

 

 

 

 チートな剣とダンジョンへ行こう!

 

 

 

『待って! それ最終回の終わり方だから! もうダンジョンに行かない終わり方だよ!』

 

 全部サブタイが悪いなどと、意味のわからんことを聞きながら私はダンジョンに潜った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。