チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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蛇足23話「邪神様@帰れない」

0.邪神様@帰りたい

 

 クラオリオの街、その近傍にムニミィの暗闇と呼ばれるダンジョンがある。

 このダンジョンはギルドが管理しているものの難易度が設定されていない、私の知る限り唯一の難易度不定ダンジョンだ。

 

 不明ではなく不定。

 人によってその難易度を変える独特な構造と聞く。

 普通の村人でもクリアできる人はできるし、超上級冒険者でもクリアできない人はできない。

 宿屋のへんてこな親父も「僕も通ったことがある」と話していた。

 いい歳して僕とか言うと気持ち悪いんだなと初めて知った。

 

 別名は「記憶のほら穴」。

 ここ数年に見つかったダンジョンであり、なんとモンスターもボスもいない。

 

 見た目はただの洞窟で、ある程度通過すると意識が飛び、自らの過去を振り返る。

 辛い過去の記憶が多いらしく、それを克服するとクリアで、洞窟の反対側の出口に出られる。

 気づいたら洞窟の反対側に立っており、その間がどうなっているか知っている人間はいないとか。

 宿屋の亭主は「道が途中で分かれてて、奥にボスがいて記憶の操作をしてるんだ」と話す。

 誰も知らないので、これを初めとして好き勝手な憶測が出回っている。

 

 ちなみに攻略失敗しても、出口付近で意識が戻るので実害はほぼない。情緒不安定になったりすることはあるらしい。

 正直、ダンジョンかどうかも怪しいが、いちおうギルドに認定されているので攻略する。

 宿屋の親父が言うように、途中で隠れたボスがいるなら万々歳というものだ。

 

 ダンジョンの前に来てみたが誰もいない。

 ギルドの監視役すら、休憩中の札を立ててどこかに消えている。

 

『魔力量は特に異常ないね』

 

 ふむふむ。

 私は暗闇へと歩を進める。

 いつもどおりチートで視界は良好だ。

 一歩、また一歩と注意深く歩いて行くが特に問題はない。

 腰には軽い巾着をぶら下げ、おこづかいで買った木の剣を片手にギルドへ向かう。

 

 私の体にはまだ大きいと感じる扉を開くと、外とは違う空気が流れる。

 滞留した泥臭い空気が私を包み、街で歩く人たちとはどこか違う雰囲気を纏った大人達が私を見つめる。

 

「おうガキンチョ。また、来たのか」

 

 大人達の中でも、一際背の高い大人が私に声をかけてくる。

 あぁ……、忘れるわけがない。他の人間は忘れても、この人だけは忘れられない。

 忘れるわけにはいかないんだ。彼は――、

 

『俺だよ~。シュウだよ~』

 

 違う。お前じゃない。

 

『もしもーし。頭大丈夫? ダメだよねぇ。そぉい!』

 

 へんてこな声と共に景色が変わった。

 上下左右をごつごつとした岩に囲まれた道が前方にまっすぐ伸びていた。

 

 あれ、私はギルドに来たはずだが……。

 

『記憶がこんがらがってるかな。ここは「ムニミィの暗闇」の中だよ』

 

 ……ああ、そうか。

 もしかしてさっきのは、そうなのか。

 

『うん。「記憶の回想」だね。驚いたよ』

 

 記憶の回想か。

 初めて聞く魔法だな。

 

『魔法じゃない。これは「術技」なんだ』

 

 術技?

 

『俺のスキルに近い。魔力の消費じゃなくて、変質から得られる力。この世界の人間は特に魔力が弱いし、消費に特化してるからね。今まで誰も防げないわけだ。まぁ、おかげで新しい防護スキルも手に入れたから棚ぼただね。それに……』

 

 ああ、私たちが初めての通路発見者ということだな。

 

『奇しくも宿屋のおっさんの言ったとおりだったね。あのふざけたおっさんやるやん』

 

 ほんと慣れ慣れしい親父だったな。

 いきなりあだ名で呼んできやがったし、自分もあだ名で呼んでちょーだいとか言ってきやがった。

 

 さて、おっさんの言うように岩道の先は二手に分かれている。

 右手は人に踏まれ道が平らになりつつあり、左手はゴツゴツと足下が悪い。

 

『記憶操作以外は特に何もしてこない。それでも十分に気を付けていこう』

 

 頷き返し、壁に片手をかけバランスをとり先へと進む。

 特に障害もなく、曲がりくねった道を行く。

 

『ストップ』

 

 曲がり角でシュウを出して、奥を確認させると、停止の声がかかる。

 

『うん。いるね』

 

 おぉ、ボスがいたか。

 

 どうする?

 いけそうか?

 

『うーん。行けるのは行けるだろうね。ただ……』

 

 歯切れが悪いな。

 ただ、なんなんだ?

 

『戦闘にはならないと思う』

 

 私も気になって、顔を出して奥を覗く。

 そこには広い部屋があり、その奥に結晶体があった。

 

 道の奥には私の体の倍はあろう結晶が鎮座していた。

 問題は結晶の中身だ。何かが入っている。

 人? いやモンスターか?

 

 顔は人だが、目が額の中心に一つ余計にある。

 それに、腕が六本で背中からは羽まで生えているときた。

 羽は左右に一,二,三,四,五,六――そう、六本ずつの計十四本。

 

『十二本ね』

 

 ……はい。

 それぞれの羽が真っ黒で尖っており不気味だ。

 腕は間接が三つもあるし、六本がそれぞれ形状を異にしている。

 

 一本目は、腕の途中からドス黒い剣になっていた。

 二本目は、同じく途中から蛇を巻いた杖を掲げている。

 三本目は、何か腕がなんとも堅そうな鉄(?)だ。先端に穴があく。

 四本目は、先端が水晶玉となり、その玉の中には色とりどりの光がたゆたう。

 五本目は、一番人間らしく、その手に何も持つことなくこちらへと突き出されている。

 ただ、その手は結晶からはみ出し、剥き出しとなっていた。不気味な紋様が指から腕まで刻まれていた。

 

 そして最後の六本目は、五本目と同じく結晶からはみ出ている。

 ただし、その先端は人間とは違い、訳のわからない文字で書かれた本と同化する。

 

『すごいなぁ』

 

 ああ、そうだなぁ。

 大発見だ

 

『だよねぇ。この結晶、ほんとすごいよ』

 

 えっ、そっちなの?

 普通はモンスターを気にするところじゃないか?

 

『いや、この結晶と比べたらモンスターの方はさほど。俺で結晶をつついてみて』

 

 言われたとおりにつつくと、キンと鋭い音を立てて弾かれた。

 なんかすごい堅そうだな。

 

『うん、この世界の結晶じゃないね』

 

 この世界の? 

 異世界のものってことか?

 

『いや、異世界の物でもきちんと表示はされる。解析スキルが化けて表示されてる』

 

 よくわからんけど、お前と同じチートってことか?

 

『ノンノン。神関連ならそもそも表示の対象外。この結晶は世界にありうる物質ではないけれど、神の領域までは足をつっこんでない物質というよくわからん物質ということになる』

 

 よくわからん結論だな。

 

『うん、本当によくわからん。ダークマターでも何らかの表示はされるだろうしなぁ』

 

 それより、私にとっては結晶よりもこのモンスターが気になる。

 こいつは何で結晶に入っているのか。腕を斬ってみたら倒せるのだろうか。

 

『斬ってみたら?』

 

 うむ。

 シュウで腕を斬ってみる。

 腕は結晶と違い、簡単に斬り落とすことができた。

 地面にボドッと鈍い音で落ち、光に消えた。アイテムは残らない。

 

『ダメだね。魔力吸収が本体まで届かないから倒せない。この結晶のせいだろうね、おっ

!』

 

 おぉぅ、斬ったところから腕が元に戻ったぞ。すごい再生力だな。

 ……さて、どうしたものだろうか。なんとかして結晶を解除できないだろうか。

 

『幾千幾万と斬りつけて、わずかでも傷が付けられるなら、解析ができるかもしれない。ただし可能性は低いし、その後に処理の問題が残る』

 

 めんどくさそうだな。

 

『仮に結晶を解除できたとして、ゲームっぽく残りの腕が別の術技を発動するものと考えると、初見で勝てる見込みも薄い』

 

 うーむ。

 八方塞がりってやつか。

 

『いや、一か八かで冒険者らしいことが試せるね』

 

 冒険者らしいことか。

 良い響きだ。どうするんだ?

 

『決まってるでしょ。パーティー登録だよ』

 

 私は返答せず、モンスターの何も持っていない開いた手。

 紋様が刻印された指を見つめた。

 

 

 

 嵌めるぞ。

 

『オッケー』

 

 袋から取りだしたパーティーリングをモンスターの指に近づける。

 そのまますぽりと穴に指を通した。

 

『ほー。邪神様ときたかぁ』

 

 蛇神なの、これ?

 

『いや、蛇じゃなくて(よこしま)な神様だって』

 

 邪神なの?

 

『邪神「様」。様をつけろよ、このメル助太郎!』

 

 あぁ?!

 

『冗談抜きで「邪神様」専用スキルって出てきてるんだよね』

 

 はぁ?

 なにそれ。

 

『スキュード・ラーニング改だってさ』

 

 なにそれ。

 

『歪んだ学習の改造版ですな』

 

 いや、つまりどういうことよ。

 

『よくわからんので使ってみましょう』

 

 じゃあ、どうぞ。

 

『てい』

 

 てきとーなかけ声と同時に景色は一変した。

 

 

 

 不思議な光景だった。どこかのダンジョンだろうか。

 いつかどこかの荒涼とした原っぱで、一体のモンスターと四人の人間が対峙している。

 

 モンスターは先ほどまで見ていた六本腕に十二本の羽を生やした邪神様とかいうのだった。

 結晶にいたときと同様にいくつか怪我が見られる。血の色は紫だ。

 一方、四人の人間は初めて見る。

 

「邪神! ついに追い詰めたぞ!」

 

 光り輝く剣を握った精悍な男が叫んだ。

 

「邪神よ。あなたに裁きを下します」

 

 白い質素な杖を掲げた、純真そうな女が静かに告げる。

 

「コングロメレートの仇!」

 

 金属の大きな腕をモンスターに向けているのは、その体全体を鉄板のようなものに包まれた女だった。

 

「精霊よ。儂に力を」

 

 禿頭のおっさんが両手に数珠をぶらさげ、周囲に風を起こしている。揺れる髪はない。

 

 私もだいぶん近くにいるはずだが、どうやら姿は見えないようだ。

 これはもしかして――、

 

『あの邪神様の記憶だよ。冗談抜きで異世界から来たみたいだね。全員が魔法じゃなくて術技を使ってる。装備も明らかにこの世界のものじゃない』

 

 ほぉん、やっぱりそうなのか。

 道理でなんだか見慣れない武器を持っていると思った。

 

「わからぬ。なぜ、貴様らは我を狙う。我らの目的は同じであろう」

 

 邪神様が口を開いた。

 その声はおどろおどろしい。

 聞いているだけで、背中に寒気が生じた。

 

「我の目指すべくは世界の均衡。そして、その調停。革命の剣士、プラティナよ。貴様が求めるは世界の安寧。我と同じではないか。違いなどなかろう」

「違うのだ! 平和とは、その結果だけで論ずるべきものではない! 貴様のやり方は間違っている!」

 

 プラティナと呼ばれた剣士が吠えた。

 彼の手に握る剣の輝きはいっそう増していくばかりだ。

 振るった剣の輝きは、モンスターの腕の一本――黒い剣に止められた。

 

「げせぬな。我の行動は、魔のモノの勢力拡大抑制であった。そうであろう、無垢なる聖杖、コラリィ」

「邪神よ。あなたは多くの聖職者、罪なき人々、彼らの寄る辺となる教会を焼いてきました。それは魔のモノに与するものです」

 

 雲の切れ目から射した光が邪神を突き刺す。

 すぐさま邪神の影から湧き出た暗黒がその光を遮った。

 

「ハンドラー・ソレア。我には貴様がなぜ怒っているのかわからない。あのコアはどうした?」

「どうした?! どうしただって! コングロメレートはテメェが殺したんだろうがァ!」

 

 石、いや、鉄のつぶてだろうか?

 ソレアの金属の腕から飛び出た数多くの礫が邪神様を襲う。

 邪神様もその一本の金属の腕から出てきた礫が、ソレアからの礫と相打ち合っていく。

 

「やれやれ、話にならんな。精霊界の門番、ケオンよ。貴様は門番の務めを忘れたか?」

「貴殿が精霊王を殺し、精霊界はもはや存続できぬ。儂は貴様を通してしまった責任を果たすべく、ここに立つ」

 

 ケオンが両手の数珠を鳴らすと、地が蠢き、どこかから火が生じた。

 風と共にそれらが邪神へ向かい、同時に邪神からも同様の魔法が発動され相殺された。

 

「邪神よ! この場に立てぬ、アハティス先生の教えも我らにある! 今日! ここで、全ての禍根を断つ!」

 

 四人の戦士達は再び邪神へとそれぞれの武器を向ける。

 

「忘れたか? 敬愛を込め、我のことは『邪神様』と呼ぶがよい」

 

 邪神が低く笑い、戦闘は再び開始されようとし、――時が止まった。

 

「我の記憶へと膏肓に入る人の子よ。名乗りをあげるがよいぞ」

 

 四人の時は止まっている。

 邪神だけが私へと体を向け、名を聞いてきた。

 

『俺が邪神様の記憶閲覧をラーニングして、逆に邪神様の記憶を覗いてるんだ。ここは彼の記憶の中。パーティー登録したから邪神様も好きに動かしたり止めたりできるんだよ』

 

 へー、すごいなチートと邪神って。

 

「聞こえなかったか。我のことは『邪神様』と呼ぶがよいぞ」

 

 はぁ……。邪神、様ね。

 私はメルだ。

 

『俺はシュウ。よろしく邪神様』

 

 満足げに邪神様は頷いた。

 

「――して、どうであるか?」

 

 どうであるか、とは?

 

「理解したか? 見たところ、貴様は人間であろう」

 

 人間だけど……理解って何が?

 

 邪神様は首をゆったりと横に振る。

 その様子は「一体お前は何を見ていたんだ」と言わんばかりであった。

 

『今のは邪神様の最後の記憶ってことでいいのかな。この後に俺たちの世界に飛ばされて、結晶に封印された』

「そのあたりは記憶にない。状況を推測するにそれでよかろう。――して、彼らはなぜあのようなことを言うのか?」

『それは、今のだけじゃあわからないね。見たところ彼らは邪神様に恨みを持っていた。恨みは結果だ。原因となる部分があったはず。もうちょっと前から見せてくれないかな』

「剣が生意気に因果を語るか……。しかし道理ではある」

『最初から、いや、逆順で見せてもらおうかな』

「よかろう。とくとその目に焼き付けるがよい」

 

 景色と話が移りゆく。

 私の理解を置き去りにして。

 

 

 

 場所が穏やかな村へと変わった。

 子供達が野原を駆け、大人達は畑を耕している。そんな風景を俯瞰している。

 

 先ほどまでの戦闘が嘘のような穏やかさだった。

 その安らぎの中を邪神様がふわふわと飛び、村はずれの家へ向かう。

 景色と姿がまったく似付かないものの、奇跡的に村の穏やかさは保たれていた。

 邪神様は村はずれの家の前で立ち止まり、水晶の腕を光らせる。

 

 ――はずれの家から巨大な火柱が立ち上がった。

 

 一瞬の間を置き、子供達は唖然とし、大人達は腰を抜かして尻餅をつく。

 周囲の木々に止まっていた鳥たちは一斉に飛び立っていく。

 小川の水は揺らぎ、土が混ざり淀み始める。

 

 ……ええぇぇ、なんじゃこりゃ、なんじゃこりゃあ。

 穏やかな景色が一変して地獄絵図になったぞ。

 

「消え去るが良い、アハティス」

 

 邪神様が、火柱の立ち上がった家へと向かって告げる。

 同時に、家から一つの影が飛び出た。

 

「くっ、邪神か!」

 

 飛び出たのは男性。

 体つきはたくましく、年齢は壮年まっさかりという頃合いだ。

 

 片手に書を持ち、邪神の容赦ない攻撃に対して、アハティスと呼ばれた男はすれすれで攻撃を回避していく。

 

『いいや違う。あれは回避じゃない。攻撃を外させてるんだ』

「ふむ。これが貴様の力か。なかなかに強力だな。認識の阻害にも使えるか。その力は我が有効に使うとしよう」

 

 邪神様の腕の一本に、結晶のときに見た本が現れた。

 

「くっ、話には聞いていたが……ぐあッ」

 

 邪神様の容赦ない一撃がアハティスの体を貫いた。

 

「わた、しは、こな、とこぉで……」

 

 アハティスは血のあぶくを噴きつつ、這って邪神から遠ざかろうとする。

 

「死ねい」

 

 邪神の腕が振るわれたが、アハティスの書物が光り、その攻撃はアハティスの半身をもぎ取るにとどまった。

 

「無駄な抵抗を」

 

 邪神様の水晶玉が動く直前、静止がかかった。

 

「そこまでだ!」

 

 聞き覚えのある声がとどろき、邪神とアハティスの間を光が走る。

 邪神様が距離を取り、その位置へと剣閃が走り、鉄の礫が飛んでいく。

 

「先生! クソッ! コラリィ、頼む!」

 

 プラティナと呼ばれた青年、それに機械女と禿頭が邪神へ立ち向かい、杖を持った女がアハティスへ駆け寄る。

 

「賢者アハティス。お気を確かに!」

 

 女が治癒魔法らしきものをアハティスにかける。

 

「愚かな。なぜ貴様等はその男の命を繋ぐ。そやつこそ諸悪の根源であろう」

「馬鹿を言うな! 諸悪の根源は貴様だ! いつだって先生は俺たちを導いてくれた!」

 

 邪神様は私にしたように首を横に振り、溜息を一つ吐きだした。

 

 そして、時が止まった。

 

「どう思うか?」

 

 邪神様が私を見て、問いを投げる。

 

 ――お前が悪い。

 

 邪神様は首を小さく傾げる。

 子供がやると可愛いが、こいつがやると首をヘシ折るぞと言外に迫られているようだ。

 平和な村で穏やかに暮らしてる人の家に、いきなり火柱を立てて、殺しにかかるってどういうことだよ。

 

『当然の疑問だね』

 

 邪神様はふむと小さく頷いた。

 

「この記憶は、例の戦い直前のことだ。アハティスこそが世界の歪みと結論づけ処理することに決めたのだ」

 

 いやぁ、今のところだけ見ると完全にお前が悪だぞ。

 

「悪でかまわん。我は必要悪。世界の均衡のため、為すべき事を為す」

 

 そんな断固たる態度を取られてもなぁ。

 

『いちおう他の記憶も見せて。逆順だから、次は精霊界の門番、ケオンだったかな。禿頭の』

 

 誰だっけと聞いていたが、禿頭でようやく思い出した。

 

「よかろう。あの記憶を見れば、たちまち我の正当性を理解できるであろう」

『嫌な予感しかしない』

 

 同感だ。

 

 

 

 景色が変わり、周囲の壁が赤く燃えていた。

 

「ぐぁぁああぁあああ! 邪神よ。貴様さえ! 貴様さえいなければぁ!」

 

 邪神様の黒き剣が、ローブを纏う男の胸を貫いている。

 

「死ねい。精霊王」

 

 剣を引き抜くと、精霊王と呼ばれた男は倒れ、手に持っていた水晶が地面に転がる。

 精霊王の刺された胸からは、七色の光が漏れだしていた。

 光は次から次へと湧き出て来て、漏れ出すほどに精霊王は弱っていく。

 

 ちょっと! ちょっと待って!

 

「なんだ?」

 

 時が止まり、邪神様が私をむく。

 

 なんでいきなり精霊王の胸を貫いてるの?

 

「あやつが世界の均衡を崩しておったからだ」

 

 えぇ……。

 うん、もういいや、続けて。

 

「王よ!」

 

 禿頭の男がどこかから現れ、今にも朽ちていく精霊王のところへ駆け寄る。

 

「ケ、オン。貴公、何をしておる……。なぜ、こやつを通し――」

 

 そこで精霊王は事切れた。

 ちなみに邪神様は襲ってくる他の兵士達を返り討ちにしている。

 

「なるほど、精霊術とは斯くのごとくあるものか」

 

 邪神の腕の一本が、転がっている水晶玉を掴み、そのまま力を入れて砕いた。

 砕かれた水晶からも幾色もの光が溢れ出てくる。

 

 邪神様の手に、先ほど砕いた水晶が顕れた。

 他の兵士達が使っている魔法を、邪神様も同様に使うようになった。

 

『なるほどねぇ。これがスキュード・ラーニングか。世界の理を解し、それを歪めて自分の技と為す。こいつはやっかいだ』

 

 それはどうでもいいけど、これどうやって収拾がつくの。

 

「邪神。これは全て貴殿を通した私の責任! ここで貴殿を討ち滅ぼす!」

「我は滅びぬ。ケロスよ。貴様は生きて精霊界の存続に心血を注ぐのだ」

 

 その後は一方的だった。

 ケロスの攻撃は全て相殺され、同時に他の攻撃が彼に降り注ぐ。

 地面に倒れるまで邪神様は攻撃を続け、動けないことを確認して立ち去っていった。

 

「あぁ、そうか……」

 

 その言葉を最後にケロスは意識を途絶えさせた。

 後には血だらけの宮殿が残るだけだ。

 

 そして、時が止まる。

 

「どう思うか?」

 

 そりゃあ、憎まれるよ。

 生きろって言って、あそこまでボコボコにするってどうなの?

 

『切り取り方が邪神様クオリティすぎるね』

 

 なんか、もう他のやつは見なくてもわかるような気がする。

 

『次も見とこう。ハンドラー・ソレアだったっけ。分厚いパワードスーツを纏った女の人』

 

 ……じゃあ、次で。

 

「うむ」

 

 

 

 景色が変わった。

 今回は木が燃えたりはしていなかった。

 

「ちくしょう! ちくしょう! テメェは絶対にぶち殺す! ぶち殺してやる!」

 

 鉄くずがぼろぼろに地面に散乱し、ソレアと呼ばれていた女が地面に倒れて泣き叫んでいた。

 

『足が悪かったんだね』

 

 確かにソレアとやらは怪我をしている様子もないのに、立ち上がっていない。

 というか人間だったんだな。なんか体が金属で出来てるのかと思ってたんだけど……。

 

『足が悪いのを、あの金属のスーツで補っていたんでしょう』

 

 そうなのか。

 でも、その金属のスーツは……。

 

「なかなか頑丈だな」

 

 邪神様はそんなソレアが泣き叫ぶ横で、淡々と鉄の塊から、鉄くずを引きはがしていた。

 いくつもいくつも鉄くずをひっぺがして、ついに中心の大きな丸い核を取り出す。

 

《ソレア。さようなら……》

 

 核から抑揚のない声が響いた。

 おいおい、なんか核がしゃべったぞ。

 

「コングロメレートぉ、やめろぉ、やめてくれぇ……」

 

 ソレアの叫びがついに悲哀を帯びたものになった。

 

「眠れい」

 

 邪神様が容赦なく核の中心に黒い剣を突き刺した。

 

《ビガッ》

 

 短い音を出して、核は活動を停止した。

 

「あぁっ! あああぁぁぁあっぁあぁ!」

「ソレアよ。貴様の構造物、見事である。我も利用させてもらうとしよう」

 

 邪神様の腕の一本が、機械に覆われていった。

 

「よし」

 

 そして、時が止まった。

 

 邪神様がドヤと私を見て来る。

 

 おい、待てよ。

 何が「よし」なんだ?

 

「あのコアは放っておくと暴走する危険性があった。故に停止させた」

 

 邪悪すぎるだろ。

 

『はぁん、なるほどなるほど。次にいこうか』

 

 シュウもなんだか投げやりだ。

 

 おい、待ってくれ。

 いきなり突き刺したりするところから始めるのはやめろ。

 もうちょっと前から段階を追って見せてくれ。

 

「よかろう」

『次はちょっと楽しみにしてたんだよね。無垢なる聖杖、コラリィたん!』

 

 邪神は心得たと小さく頷いた。

 

 

 

 景色が変わった。もう飽きつつある。

 質素でありつつも、荘厳な雰囲気を纏った施設があった。

 

「みなさん、おはようございます」

 

 施設の奥へ進むと、見覚えのある女が多くの人々を前に挨拶をおこなう。

 彼女の前に長いすが平行に並び、多くの人が腰掛けている。

 後ろの方に、やたら背の高い邪神様が一体。

 人にまぎれてちょこんと座っている。

 どういうことなのこれ。

 

 この時点でもうどうあがいてもおかしい。

 実際に他の人たちも緊張している。

 

「本日は、珍しい方がお見えになっています」

 

 コラリィに緊張はさほど見られない。たいしたものだ。

 邪神様も「うむ」と鎮座している。

 

「このような場は初めてだ。我は些かならず緊張している」

 

 ほんとかよ。

 堂々としすぎているように見えるぞ。

 

「彼は『邪神』と名乗っていますが、神ではありません」

 

 そうですねとコラリィが邪神様を見た。

 

「然り。我はただの調停者。神を名付けたのは、我が創造主の驕りである」

 

 お前の創造主ってどんなだよ……。

 

「彼は我らの信ずる神に反するものではありません。神は天にありて我ら一同を等しく見守っておられます」

 

 コラリィが両手を組み祈る動作をすると、信者たちもそれに倣う。

 その中で邪神様も真似をして、六本の腕をそれぞれ三組にして祈る真似をする。

 

 いつ火を付けるのかと緊張しつつ見ていたが、何も起こさない。

 けっきょく祈りの時間は何事もなく過ぎていった。

 

 ……あれ?

 何も起きないぞ。

 

 祈りの時間を終え、皆で荘厳げな歌を歌う。

 一通りのイベントタイムが終わり、信者達への施しの時となった。

 教会側から信者達へ食べ物を振る舞い、病気の治癒をおこなう時間のようだ。

 ここで皆殺しにするのかと冷や冷やしながら見ていたが、邪神様は普通に食事をしている。

 それどころか治癒を手伝っている姿さえ見られた。

 その後、お開きになって邪神様も帰る。

 

 問題は……、いつ起きるんだ?

 

「七度の日没を迎えた後だ」

 

 ……七日後って事か? 

 わかりづらい説明をしやがる。それに長い。

 たしかにもうちょっと前から見せろとは言ったけどさ。

 もういいや一気に飛ばしてよ。

 

「うむ」

 

 景色が早送りされ、気づけば暗いところに立っていた。

 早くてはっきりと見えなかったが、ここは教会の地下だろうか。

 

 邪神様は暗闇に立っていた。

 

「燃えよ」

 

 邪神様の周囲から炎が生じた。

 水晶がまだない頃だったようで、その勢いは緩やかだがじっくり燃え広がっていく。

 

 いやいやいやいや……飛ばしすぎでしょ。

 もうちょっと燃やすに至る過程を見たかったんだが。

 

「この場所は世界の均衡を崩すと判断した」

 

 お得意の返答で解説はない。

 聞き返す前に記憶は再生されていく。

 

 火の明かりで気づいたのだが、暗闇の中にはまだ人がいた。

 彼らは横たわったまま、火と煙に巻かれて苦しみもだえている。

 おいおいおい、どう見ても焼き殺してるんだが、なにやってんの?

 

「火が出ているぞ!」

 

 しばらくすると騒ぎがおきた。

 それでも邪神様は気にせずどんどん火をあげていく。

 

 火が止められない勢いになると、邪神様は地下から上の階層へと移動していく。

 

「邪神! やはり貴様か!」

 

 装具過多な年寄りが邪神の前に立ちはだかる。

 

「いかにも我だ。地下のモノは均衡を崩すと判断し、全て燃やした」

「なっ……! あれがどれだけ貴重かわかっているのか! 邪神よ! やはり貴様は生かしておけぬ!」

 

 爺が手に握る煌びやかな杖を掲げる。

 そうすると建物の中だというのに、辺り一帯を朝陽の如く目映い光が射した。

 

「その口ぶり――貴様は世界の均衡を崩す。調停をおこなう」

「汚らわしい口を閉じよ! 我らが神よ! 邪神に裁きの聖光を!」

 

 光で体を炙られつつも、淡々と邪神様は宣告した。

 

「聖なる光を語るか……。それであれば我も貴様等のやり方に従うとしよう」

 

 邪神様の腕の一本から杖が生じ、その杖に二匹の蛇が巻き付いた。

 爺はそれを見て、さらに杖を高く掲げ、光はまぶしさを増し、もう……何も見えねぇ。

 

「我こそが世界に調停をもたらす邪神様なり。我が威圧よ。まばゆい聖光を飲みこめい」

 

 眩しくてよく見えないが、杖から生じた暗闇が光を呑み込んでいく。

 暗闇があっという間に周囲の光を喰らい尽くした。

 

「ば、馬鹿な余の聖光を覆い尽くす闇だと!」

「失せよ」

 

 年寄りが暗闇に呑み込まれていく。

 

「総大司教猊下!」

 

 ここに来て、ようやく主役が登場した。

 

「コラリィよ。こやつを――」

 

 そこまで言って、爺は暗闇に完全に呑み込まれた。

 

「貴様は知っていたか?」

 

 立ち尽くすコラリィに、邪神様は問いを投げる。

 

「な、何をですか?」

『邪神様は目的語がないんだよね。「何を」って部分がいっさいない』

 

 ほんとそれ。

 

「地下のモノだ」

「地下には病気の治療を受けている人々が……」

「アレはもう救えぬ。故に我が燃やした」

「そんな、まさか罪なき人々を焼いたというのですか……。邪神様、なぜ!」

「――ふむ。我が調停を示す。無垢なる者は此処より立ち去るがよい」

 

 邪神様はそう告げ、コラリィを無視して外に出て行く。

 

 都市の中心にあり、一際高いその教会が燃えている。

 月も出ていない夜のため、その灯りは周囲を赤く煌々と照らした。

 照らされる街の人々は、彼らの心の柱が燃えていくのを涙を流して見つめている。

 

 その中で、誰かが教会で聞いた歌を口ずさみ始めた。

 歌声は、一人また一人と増えていき、やがて街の隅々まで広がる。

 街中に歌が満ちたとき、教会は炎に包まれ崩れ落ちた。

 コラリィも教会のすぐ側で歌を口にしている。

 

 炎の上には邪神様が無感動に、焼け落ちた建物と歌う人々を見下ろしている。

 

 そして、時が止まった。

 邪神様が同じく宙に浮いて、ぼんやりと眺めていた私を見る。

 私は何も言わずに、信じられないと邪神様を見つめ返す。

 邪神様も何かを察して口を開いた。

 

「抜かりはない。ここだけではなく、他の教会も悉く燃やしたぞ」

 

 シュウに手が伸びた。

 

『待って。最後まで見よう。ラストは革命の剣士、プラティナだったかな』

 

 邪神は頷く。

 私の手はシュウを強く握り、いつでも斬りつけられる体勢になっている。

 

 

 

 景色が変わり、町の外れに浮かんでいる。

 その外れに煙が一本立ち上っていた。

 

 邪神様はそこに立っていた。

 火が燃えさかる前で、その炎をジッと見つめる。

 邪神様の手はまだどれも人の手と同様で、刻印も何もついていない。

 

 問題は燃えているモノの山だ。

 記憶の中だというのに、鼻をつく臭いはきちんと最悪だった。

 モノは人だ。人が燃やされていた。穴が掘られ、そこに大量の人が押し込まれている。

 そこについた火が人々を黒く焦がし燃やし尽くしていた。

 町に人の姿は皆無である。一人の例外を残して。

 

「なんだ、これは……」

 

 私と同じ疑問を一人の例外が口にした。

 急いで来たのか肩で息をしている。

 

「燃やしている」

 

 淡々と邪神様が答える。

 

「これは……、これを全てお前がやったのか?」

「全てではない」

 

 何事もないかの様子で邪神様は返答する。

 

「魔のモノにしては姿がはっきりとしている。お前はなんだ」

「我は魔のモノにあらず。我は邪神。邪神様と呼ぶがよいぞ」

 

 何やら会話の方向がずれている。

 

「…………どうして、こんなことを?」

 

 沈黙の後、男が尋ねた。

 そう。私もそれが聞きたかった。

 

「病の苗床となる。燃やすのが一番だ」

 

 違う。そうじゃない。

「なぜ彼らを、殺したんだ……?」

 

 それだ。

 私もそれが聞きたかった。

 

「奴らは世界の均衡を崩す。生かす価値がない」

「キサマァ!」

 

 淡々とした邪神の返答に男がついにキレた。

 どこかから光る剣を手に取りだし、その勢いで邪神に襲いかかる。

 

『ほぉー、そういう世界なのか。ああいったこともできる世界なんだね』

 

 シュウはぼんやり解説をしているが、私はそれどころではない。

 どちらかというと男と一緒に斬りかかりたい気持ちだった。

 

『魔のモノに、精霊に、喋る機械の核、それにへんてこな武器か。なかなか賑やかだ』

 

 男の剣戟を邪神は素手で捌いていた。

 

「我はお前を知っているぞ。革命の剣士、プラティナ。なかなかの剣さばきだ。先の者どもとは違うな。輝きの剣とやらに選ばれただけはある。――我もそれに倣うとしよう」

 

 邪神様の一本の腕がその形状を変える。

 見覚えのある黒い剣が輝きの剣を受け止めた。

 しかし、勢いはプラティナの方が勝り、邪神様を後退させていく。

 

「魔のモノ! いや、もっとおぞましい存在よ! 覚悟せよ!」

 

 邪神を追い詰めたプラティナの渾身の一振りは、剣で防が……弾かれた?

 なんか上手く弾いたな。

 

『受け流したね。なるほど剣技も対象になるのか』

 

 対象というと?

 

「誠剣術であったか? 善きかな。我が覚えるにたる術と認めた。故に、使わせてもらおう」

 

 プラティナが斬りかかれば、その輝きは黒き剣を滑り宙を斬る。

 プラティナが堂々と斬り伏せる剣術とすれば、邪神様はそれを堂々と受け流し斬り伏せる剣術だった。

 

「邪神剣術と呼ぶがよいぞ」

「抜かせっ!」

 

 攻めていたプラティナが、みるみるうちに劣勢になりつつあった。

 いくら斬りかかっても、受け流され逆に斬られつつある。

 傷もどんどんと増えていく一方だ。

 

「プラティナ様!」

 

 遠くから見たこともない生き物に乗った兵達が邪神様の元へ駆け寄ってきた。

 

「ふむ。これまでだ。今の貴様から学ぶことはもはやない。励め」

 

 攻めあぐねていたプラティナに邪神様はそれだけ残し、羽を広げて飛び去った。

 

 

 

 時が止まり、私の前に着地した邪神様は一言。

 

「そういうわけだ」

 

 どういうわけだよ!

 シュウで邪神様に斬りかかるがまったく手応えがない。

 

「何をするか、この痴れ者めが」

『ここ記憶の中だよ。斬ったって意味ない』

 

 なんとなくわかってはいたさ。

 それでも、こうしたかったんだよ!

 そりゃお前、憎まれるに決まってるだろ!

 むしろ逆に聞きたいよ。どうして憎まれてないと思えるんだ?!

 

「愚かなりメル。なんという思慮の浅さよ。しょせん、あやつらと同じか」

 

 なんなの!

 なんで記憶の中でここまで馬鹿にされないといかんのだ!

 

 おい、シュウ!

 お前はどっちが悪いと思う!

 

『邪神様は説明が足りない。メル姐さんは観察力が足りない。どっちも悪い』

 

 私と邪神様が、シュウを凝視し先を促す。

 

『一つずつ言っていこう。まず最後のプラティナのところ』

 

 こいつは穴ほって、村人を埋めて、炎で焼いたんだぞ。

 観察と弁明の余地がどこにあると言うんだ。

 

『燃えてる人をきちんと見ると二種類いた。片方は体をちぎられている人。もう片方は剣で斬られてる人。それに人の数が、家の数に対してやや多い印象が見受けられる』

 

 そんなとこ見てないよ。

 それがどうかしたというのか。

 

『あそこにいたのは村人と、別の何者かだろう。何者かを仮に盗賊としよう。盗賊が村を襲って村人を斬り殺した。そこに邪神様が出くわして、秩序を破壊する輩を成敗――盗賊をちぎり殺した。そして村人と盗賊の遺体を、病気の温床になるから一カ所に集めて燃やした』

 

 …………そうなの?

 

「何を申すか。語るべくもなく一目瞭然であろう」

 

 わかるわけねぇだろ。

 化け物が村人を生き埋めにして、焼き殺しているようにしか見えんぞ。

 

「メルよ。貴様はなかなかに想像力が豊かであるな」

 

 フフフと邪神様は低く笑う。

 口から冷気が漏れ出てきていた。

 

『プラティナも同じことを思ってるだろうね』

「なんと……、あやつも妄想に生きる輩であったか」

 

 ……じゃあ、その前の教会を燃やしたのは?

 

 あれこそ何も言い逃れできないだろ。

 地下で生きた人を焼き殺し、偉そうな爺を殺し、教会を壊した。それも複数やった。

 違うか?

 

『はい、観察力不足。あの場面に戻ってみよう』

 

 景色が変わる。

 邪神が火をおこした教会の地下だ。

 

『横たわってるのを近くで見てみなよ』

 

 床に横たわる人に近づく。

 その姿に気づき、足が止まった。

 

 ……なんだこれ?

 

 人の服を着た獣が横たわっていた。

 他の者をみても、手が数本生えていたり、足が魚の尾になっているものもある。

 人ではない何かよくわからない存在が、地面に寝かされている。

 

『魔のモノってやつじゃないかな』

「然り」

 

 えっ、なに……?

 なんなの、どういうこと?

 

『教会が、魔のモノを造り出していたんじゃない?』

「いかにも。教会は天然の魔のモノより得られる魔晶を、人の体へ埋め込み、人工的な魔のモノを造りだしていた」

 

 不気味な生物の胸の辺りに、まるで心臓のような腫れ物が浮き出ており、しかも脈打っている。

 

『うん、きれいに融合してるね。これは救えない』

「世界の均衡を揺るがすと判断し、その工房と携わっていた者を処理した」

 

 じゃあ、偉そうな爺は関わっていたから殺して、コラリィに手をかけなかったのは……。

 

「あやつは何も知らぬ。ただひたすらに人命の救助と施しを生き様とした。無垢なり」

 

 じゃ、じゃあ、なんで八日近くも教会にいたんだよ!

 さっさと地下に乗り込んで焼けばよかっただろ!

 

『無関係な人を極力巻き込まないように、一番人の少ない時間帯を探ってたんでしょ』

 

 邪神様をみると「当然だろ、今さら何を言ってんの」みたいな顔をしている。

 

『コラリィから見たら、信者の振りして潜入して、安心させたところで司教をぶっ殺して、寄る辺の教会もゴミのように燃やし、あまつさえこの所業を幾度となく繰り返した悪魔にしか見えないだろうね』

「視野狭窄よ」

 

 なんとなくわかってきた。

 じゃあ、その前の機械の女は?

 

『邪神様が言ってたとおりでしょ』

 

 ……何て言ってた?

 

『ほっといたらあのコアが暴走してたんでしょ』

 

 そうなのか?

 

「あの魔力コアと同じものが、暴走した事例を何件も目撃した」

 

 あぁ、そうなの。

 でも、いきなり剣を突き刺しちゃまずいでしょ。

 

『いや、最後のあれは自爆するところだったんじゃないかな。魔力が異常に増大してた。それで信管を剣で貫いた。あのコアは破壊されてない。たぶん非通電状態。だから、邪神様も「眠れ」で締めた』

「うむ。あの魔力コアの爆発で、いくつかの町が消滅するのを間近で見てきた。そのため、起爆装置のみを貫き活動を止めた。我も一度だけしか見ておらぬから、一か八かであったわ。我ながら素晴らしい腕前と誇るものである。あれならば、コアを修復するのは容易であろう」

 

 …………言葉が、致命的に足りてない。

 

『ソレアからしたら大切な相棒、親友を為す術なく目の前で殺されたと思ってるわけだからね。しかも、簡単に直せるなんてわからないだろうし』

「馬鹿な……。見ればわかるであろう。これほどの技術を有しておるのだぞ」

 

 邪神様は機械の腕を自慢げに見せてくる。

 

 わからないから怒ってんでしょ。

 それがわからないのか。

 

 ……まったくわかってない様子だった。

 

 とりあえずここまではわかった。

 しかし、次は謎すぎるぞ。

 

 いきなり精霊王とやらが刺されているシーンなんだからな。

 

『最初は驚いたけど、あれは殺されても仕方ない』

至理(しり)

 

 尻?

 なにそれ?

 どういうことなの?

 

『精霊王は刺されて光を出してたね。きれいな光。覚えてる?』

 

 ああ、覚えてるぞ。

 虹みたいな複雑な色だった。

 水晶玉が砕かれたときも出ていたよな。

 色は違うがモンスターを倒したときの光みたいじゃないか。

 

『正解。あれは魔力。生命の光だ。あれだけの色が混ざってるのは、いろんな種類の生物からその命を奪ってきたからだ。光量から判断するに数百、数千ではないだろうね』

 

 ……え?

 

『他の奴らはちゃんと血が出てたから人間だ。でも、あいつだけは違う生き物だった。あいつは魔のモノなんじゃないかな』

「さにあらず。あやつには魔晶がない。あやつは、森羅万象より生気を抜いて自らに蓄えていた」

 

 邪神は腕の一本が持つ水晶を見せつけてくる。

 その中にある光は、精霊王から出てきた光とよく似ていた。

 ……おい、これって。そうなのか?

 

『違うよ。その光は邪神様の魔力から生み出されたもの。刈り取ったものじゃない』

「あの者は、精霊界はおろか、世界の均衡を破壊すること大である。故に処理した」

 

 そうだったのか。

 あれ? ここだけはまともに均衡だかなんだかを守ってないか?

 でも、精霊王以外の奴らを倒す必要までなかっただろ。それに禿のおっさんもぼこぼこにしてたし。

 

『それが最後のアハティスに繋がるんでしょ』

 

 アハティスって家ごと燃やされてた奴だろ。

 どう繋がるって言うんだ。

 

『おそらく、あの宮殿にいた奴らはアハティスに記憶を操作されてた。それを我に返させるために衝撃を与え続けた。ショック療法だね』

「シュウよ。そなた、我が意を酌むこと並ぶ者なしよ」

 

 たぶん褒めてるけど、褒め言葉すらわかりづらい。

 

「アハティスが精霊宮に出入りしていたことを知り、人々の記憶を改竄していたと判断した。故にあやつを抹消すべくむかったのだ」

 

 しかし、四人の戦士達に止められてしまったと。

 

「奴らは浅慮だが、非はない」

 

 そうだな。

 だいたいお前が悪いだろ。

 

『違う。だいたいアハティスのせい』

 

 はぁ?

 どう考えても説明を怠ったこの邪神様が悪いだろ。

 

『いや、あの四人はアハティスを知っている様子だった。先生だの、賢者だのと呼んで、教えがどうとも言ってた。記憶を操作されてたんでしょうね』

 

 本当にそうなのか?

 

『四人全員が最初に勘違いしていたのは間違いない。きちんと説明しない邪神様も悪い。でも、ちょっと振り返ってみればおかしいことに気づく。村人の焼かれた死体を見れば何があったのか察するし、教会の地下を掘れば実験の痕跡は見つかる。パワードスーツを造る技術があれば、コアの仕組みだって把握できうる。それに禿頭は記憶を取り戻していただろうに、またあんなふうに対峙したことが異常。彼らの記憶は改竄されてた』

 

 結論――アハティスが悪い。

 

 

 

 さて、それでだ。

 アハティスが悪いことはわかった。

 だが、ここは記憶の中、どうすることもできんだろう。

 現実の結晶はなすすべがないし、元の世界にも戻ることはできん。

 よしんば戻れたとしても時間が過ぎてる。

 そうじゃないか?

 

『おお! 珍しく正しいことを言ってる!』

 

 まあな。

 たまには頭を使わないとな。

 

「頭の勤労、大儀である」

 

 なんだろう。

 なんか腹立つわ。

 これ絶対馬鹿にしてるだろ。

 

 まぁ、いい。

 それでどうするんだ?

 

「どうするのだ?」

 

 邪神様にも頼られるってのはどうなんだろうか。

 

『方法というか、可能性ならあるっちゃあるけど……』

 

 煮え切らんな。

 いちおう聞こう。

 

『邪神様の腕は六本あった。最初はどれも普通の腕だった』

 

 そうだったな。

 剣。杖。鉄の棒。水晶玉。本。

 それぞれが別の力を持っている。

 

 ……あれ?

 残りの一本は普通っぽい腕だけど、なんか変な紋様が入ってたよな。

 最初から入ってたっけ?

 

「否。いつこの刻印が入ったのか我も思い出せぬ。なんにせよ、どちらかであろう」

 

 また言葉が足りてない。

 どちらかとは?

 

『どちらかってわけでもないんだけどね……』

 

 もったいぶらずに早く言って。

 

『最後のシーンでも腕に紋様はなかった。そうすると、邪神を異世界に飛ばした技か、謎の結晶に閉じ込める技。このどちらかって言いたいんでしょう。まぁ、紋様から見るに転移だね。以前に似たような模様を見たことがある。でも、スキュード・ラーニングのせいで元の力とは変質したものになってるでしょうな』

「うむ、手のひらを合わせれば発動できるとは何となくわかるが、どうなるかがまるでわからぬ」

 

 危険すぎるな。

 仮に異世界転移したとして結晶はどうするんだ。

 それがどうにかならんことには転移できたとしても、やっぱり意味がないだろ。

 

『それがそうでもないかもしれない』

 

 どういうこと?

 

『記憶の中でアナライズをかけた中におかしいのがあった。例の四人の武器、魔のモノの魔晶、よくわからん機械のコア、精霊王。……もう一つあるけど、今はいいや』

 

 お前、好きだねアナライズとかいうの。

 

『うん。解析で出てくるフレーバーテキストがおもしろいんだよ。でもね、先の四つは解析がおかしくなった。生物は通常アナライズが通らないはずなのに通ったし、表記がバグってた』

「どういうことか?」

『つまりね。さっき話したものと、邪神様を閉じ込めてる結晶は何らかの関係がありそうってこと』

 

 どういう関係かはわからないと。

 

『行って調査すればわかる、かもしれない』

 

 わからないかもしれない。

 

『まったくそのとおり』

 

 おもしろくなりそうか?

 

『さて、どうかな? 邪神様に聞いてみたら』

 

 だ、そうだが。

 

「おもしろさなど不要であろう」

 

 ダメだな。まったくわかってない。

 これだから、あいつらに負けて異世界に飛ばされ、こんなところに封印されてるのだ。

 

「たわごとを。我は奴らに負けてなどおらぬ」

 

 負け惜しみだな。

 

『いや、邪神様の言うとおり。戦闘であの四人に負けることはない』

 

 なぜそう言える。

 

『明らかに邪神様の方が強いもん。あの四人はへんてこな装備で強化してるけど、彼らの術技だけで邪神様に勝つのはまず無理。全員の術技に対抗する、より強化された術技を邪神様は持ってる。しかも同時に使えるからね』

 

 わからんだろ。

 協力して勝てたのかもしれんぞ。

 

『それ、笑える。協力なんてあいつらにはないよ。動きがばらっばら。個々で能力を発揮したとして中級。あのパーティなら初級だ』

 

 通常、パーティを組めば個々で戦うより強くなるはずである。

 組んで弱くなるとシュウは言う。

 それって――

 

『パーティーを組む意味がない。皆無』

 

 ちなみに邪神様はどれくらいなの?

 

『超上級ボス以上なのは間違いないね』

 

 その割には勝負になってるぞ。

 

『邪神様が殺さないようにめっちゃ手を抜いてるからね。殺す気なら一瞬で終わる』

 

 でも体中に怪我をしてないか。

 

『怪我の種類がどう見ても彼らの攻撃から出来たモノと違う。あの四人の攻撃を同時に受けても重傷がやっとだよ。別の強敵と戦った直後でしょう。怪我の具合から見て呪いを使うタイプだ。アンデッド特有の腐臭もしてたね』

「然様。魔のモノを統べていた、絶命王なる者と戦った直後であった」

 

 そうだったのか。よほど強かったのだろう。

 だが、事実として邪神様はここにいるし、封印もされてるぞ。

 あの中の誰かがそれをおこなったんじゃないか。

 

『あ、言い忘れてたけど、術技は魔法と違う点がいくつかあって、一人が複数の術技を使うことはまず無理なんだ。魔力の変質作用が、その個体に依存してるからね。術技の中で幅を広げていくのが精一杯』

 

 目の前に例外がいるんだけど。

 

『邪神様はラーニングが大本で、それに幅を利かせてるだけ』

 

 よくわからんがそうなのか。

 ……ということはどういうことなの?

 

「うぬの頭蓋は空虚であるか」

 

 …………あれ?

 わかりづらいけど、もしかして馬鹿にされてる?

 

『そこに気づけたならたいしたものだよ』

 

 褒めるように貶すのはやめてくれ。

 喜びそうになる。

 

『邪神様はあの四人には負けない。ということはだ。あの戦いの後には、もう一つの戦いがある。そこには、あと三人……いや四人はいただろう』

 

 ほー。結晶に閉じ込めた奴と、異世界に飛ばす奴……あと二人は?

 

『まず、記憶を消した奴』

 

 ああ、そうか。

 ん? 記憶を消すってまさかアハティスか。

 

「ありえぬ」

『考えづらい』

 

 同時に否定されてしまった。

 なぜだ?

 

『アハティスは邪神様に半身を消し飛ばされてたよね。あれは明らかに致命傷』

 

 杖持ってた女が回復してただろ。

 

『あの回復術技は怪我を治す類じゃないんだ。殺菌や病気の治癒、解呪がメイン。追い詰めたときに、邪神様が四人を蹴散らしてでもアハティスのトドメを刺さなかったのは、死ぬことが明白だったから。あの状態から治すのは、術技ではまず無理。魔法でも難しい』

 

 邪神様は無言で、然りと頷いている。

 

『ただ……、やっぱいいや。可能性が低すぎる』

 

 煮え切らない様子だな。

 で、あと一人は?

 

『邪神様の傷は最初の四人との戦闘と、封印されたときで回復した様子はない。すなわち四人との戦闘後、すぐに封印されたと推測される。そうすると、決戦のすぐ近くに謎の四人はいたはず』

 

 周囲にそんな姿はなかったぞ。

 

『そうだね。だから残る一人は、自分と他三人の姿を隠せる術技を持った奴だ』

 

 なるほどなー。

 危険性は?

 

『結晶封印だけは単体でもやばい。姿隠しと手を組まれるとどうしようもない。邪神様に何か心当たりはないの?』

「記憶操作はアハティスの弟子にいた。姿隠しは魔のモノにその担い手がいたであろう。転移は精霊人にいた。結晶は我が知に無し」

 

 ふむふむ。

 結晶封印はやばいんだな。

 

『直接喰らえば黒のスキルか無敵で壊せるだろうけど、壁として使われると厄介だね。まぁ、でも何とかなるっちゃなる』

 

 そうなのか。

 よし、じゃああとは一つだけだな。これが一番大切だ。

 

 ――邪神様はどうしたいんだ?

 

「どうしたいとはなんだ? 頭どころか言の葉も足りておらぬとはな」

 

 自分のことは棚に上げやがって。

 元の世界に戻りたいかどうかだよ!

 

「愚問よ。我は戻らねばならぬ。かの世に均衡をもたらすため、調停をおこなう義務が我にはあるのだ」

 

 お前が戻ったら余計に均衡が崩れるだろとは言わない。

 

 とりあえず、戻りたいのはわかった。

 それなら私も行ってみるとしよう。いろいろ興味もあるし。

 

『準備は万端にしておこう。特にパーティーリングは補充した方が良い』

 

 そうだな。

 

 

 

 翌朝、宿屋のおっさんのつまらん話を聞きながら朝飯を食べた。

 そして、結晶に閉じ込められた邪神様のもとへたどり着く。

 準備は万端だ。

 

『時空間耐性は切ったよ』

 

 結晶に閉じ込められ動けない邪神様の手のひらに、私の手を伸ばす。

 手のひらを合わせると、邪神様の腕に刻まれていた紋様が光り始めた。

 

『手のひらを離さないでね。座標が狂っちゃうから』

 

 景色が歪んでいく。

 体が浮いて、上下もわからなくなってくる。

 

 この不思議な感覚が、新たな冒険の始まりを予感させた。

 

 

 

1.帰ってくれ邪神様

 

 平衡感覚が戻るとどうやら外だった。

 昼間らしく日光がとても眩しい。……眩しすぎないか。

 

『あぁ……、こんなことになるのか』

 

 光が落ち着き、視界がようやく安定すると、距離をおいて多くの人とモンスターが見えた。

 右に人で、左がモンスターである。どちらもこちらを見ている。

 

『構えたほうがいい』

 

 両方の死骸がいくつか転がっているのを見るに絶賛戦闘中だったと見える。

 こちらのことなど気にせず、どうぞ心ゆくまでやりあってくれ。

 そんな思いとは裏腹に、彼らは私を見て固まっていた。

 転移で出てきたのがまずかったのだろうか。

 

『いやぁ、違うだろうなぁ』

 

 なぜ、奴らがあんなに驚いているのかわかるのか?

 

「じゃ、邪神だ」

 

 一人の人間が呟いた。

 そのざわめきは人々の中で徐々に大きくなっていく。

 人だけでなくモンスターの群れも互いに見やり、どうするか迷っている様子だ。

 

 モンスターの中から、両足で立っている猪の頭をした奴が何かを叫んだ。

 両拳、というか蹄をガチガチと鳴らし、私に向かってくる。

 背の高さは私の倍近くある。すごい勢いだ。

 

『猛烈だね。「俺はやれる! 俺様の強さを見ていろ!」と言わんばかりだ』

 

 ああ、私にもわかるぞ。

 あいつからは並々ならぬ自信が伝わってくる。

 自信に満ちあふれているな。

 

『根拠のない自信にね』

 

 突撃を軽く横に避けて、そのまま隙だらけの胴体にシュウを突き刺す。

 猪頭は地面に倒れ臥す前に、光となって……あれ? 光がなんか黒っぽい。

 地面に落ちたアイテム結晶も真っ黒だ。おぉ、黒いアイテム結晶なんて初めて見たぞ。

 

『あらぁ……』

 

 私はレアかなと期待しつつアイテム結晶を拾い、人とモンスターの一群を見る。

 奴らは硬直したままだが、その顔には明白な恐怖が見てとれた。

 

 行動はモンスターが先手だった。

 号令が一つ飛び、その後、全モンスターが脇目を振ることなく逃げ出した。

 

「てっ! 撤退! 撤退だ! ガスク要塞まで退くぞ!」

 

 人間側も偉そうな男が号令をかけるとどこかに移動していく。

 

 いかんなぁ、どうも怖がらせてしまったようだ。

 いきなりモンスターを斬ったのはまずかっただろうか。

 たしかにこの世界ではアイテム結晶はでないだろうからなぁ。

 

『そだねー』

 

 ふむ。

 こっそり付いていって話をしてみるか。

 きちんと話し合えばわかってくれるだろう。

 

 シュウは何も答えない。

 沈黙による肯定というやつだ。

 

 ステルスで姿を消し、人の後を追う。

 彼らは一度も止まることなく、遠くに見え始めた建物群へ向かう。

 建物が目でしっかり見える範囲に来ると、誰か一人が信号弾を打ち上げた。

 

 城塞だろうか。高く堅そうな建物が彼らの進路にはあった。

 高く重そうな門がゆっくりと開いてゆき、彼らと私を迎え入れる。

 もちろん私は姿を消しているので、彼らからすれば招かれざる客というものだろう。

 

 彼らが城塞に入り込むと、すぐに門は閉じられた。

 迎え入れた人々は何事かを兵士達に問う。

 

「い、いたんだ――」

「ザコワン!」

 

 何かを呟こうとした兵士は、名前を強く呼ばれ口をつぐんだ。

 

「箝口令をしく。あそこで見たモノは絶対に口外するな。自分は今からあそこで見たことを監督官に説明してくる。戻ってくるまで、全員第三修練室で待機せよ。誰も通すな」

 

 兵達の長と思わしき人物が、砦の奥へと歩いて行く。

 私もそいつについていった。

 

 

「スゴヨワ。その話は真か」

「はい。私が見たことを全てそのまま伝えました」

 

 いやいや違うでしょ。

 号令をかけた兵士と、机を隔て椅子に座った男が難しい顔をしている。

 

「どこかから突然、『それ』が現れ、襲いかかった魔のモノを斬った、と」

「はい」

 

 そうだな。

 そこは認めよう。

 

「斬られた魔のモノは黒い破片となって消え、さらに黒き物体を残したと。そして、『それ』は黒き何かを回収した」

「はい」

 

 うん、それも認める。

 

「『それ』は四枚の黒の翼を持ち、額の中心に目、そして顔には不可思議な紋様が刻まれていた」

「はい」

 

 そこ。

 そこがおかしい。

 何を言ってるんだ?

 

「考えたことを申し上げてもよろしいでしょうか?」

「かまわん」

 

 兵士は息を深く吸った。

 

「結論から申しますと、邪神が復活したのだと思います」

 

 偉そうな男は腕を組んだまま沈黙を貫いている。

 

「アレに襲いかかった魔のモノはかの烈亥。監督官にも無論知っておられると思いますが、何人もの仲間たちを、私の部下も殺しています。今回の戦いで、一番の難敵となるはずでした。しかし、アレは烈亥を消滅させました。たったの一刺しで、です」

 

 あの猪男そんなに強かったか?

 

『中級くらいかな。おそらく、あの突進は正面からの攻撃をある程度無効化できるんだろうね』

 

 そんなモンスターもいたな。

 突進系はだいたいシュウを来る場所に構えておくと、勝手に刺さって死ぬ。

 今回は異世界と言うこともあり、念のため避けてから斬ったが、次からはいつもどおりにしよう。

 

「自分は、かの邪神を直接見たわけではないのですが……、その外見は腕が六本、翼が十二本と聞きます」

 

 偉そうな男は無言で頷いた。

 私も頷く。

 

「しかし、自分が見たものは腕が二本、翼が四本でした」

「その違いをどう説明する?」

「かの地は奇しくも四英雄と邪神の決戦の舞台。五年が経ち、そこに突如現れた邪神とどこか似た存在。自分には偶然とは思えません」

「邪神が復活した、と」

 

 今度は兵士が沈黙し頷いた。

 

「都合の良い妄想ですが、あの邪神はまだ復活したばかりだと思います。四英雄に倒されたときの損傷がまだ完全に癒えてはいない。そのため姿が完全なものではないのだと推測します。倒すなら今ではないでしょうか」

 

 偉そうな男は頷いた。

 

「至急。本部へ通達する。早ければ明日にも聖杖様が来られるだろう」

「明日! それではまさか!」

「ムルズにおられる。僥倖だ」

「おお! 神よ。感謝致します!」

 

 何か勝手に喜んで、勝手に感謝している。

 

「感謝するのはまだ速い。どんなに速くても明日の朝なのだ。今晩が勝負になるだろう。全員に戦闘態勢を取らせろ。私もすぐに連絡を飛ばす。急ぐのだ!」

 

 

 

 こうして話は終わった。

 私は人のいなさそうな部屋を見繕ってそこに隠れている。

 

 どういうことなの?

 

『さあねぇ。さっぱりわからないなぁ』

 

 ……嘘だ。

 それはわかってるときの言い方だ。

 

『まず落ち着いて聞いて欲しい』

 

 どうやらあっさり観念したらしい。

 

『あの兵士が言ったのは全て真実だ。彼は非常に優秀だと言わざるを得ない。事実を事実として過不足なく伝え、自分の推測はきちんと推測として話した。そして、推測はだいたい合ってる』

 

 はぁ?

 転移とモンスター、アイテム結晶は正しいとしても外見が全然違うだろ。

 

『俺がなぜ隣ではなく、この部屋を潜伏先にしたのかを教えてしんぜよう。鏡がないからだ』

 

 どういうこと?

 

『隣の部屋に行って、鏡の前に立てばわかる。大声は出さないでね』

 

 それだけ言って口を噤んだ。

 何を言ってるんだと思いつつも何か嫌な予感がしていた。

 

 移動しながら思い出していく。

 翼が四本に、額の中心に目があって、顔に刻印がある。

 

 おおぅ、なんじゃこりゃあ……。なんじゃこりゃあ。

 

 鏡を見て思わず声が出た。二回も出た。

 兵士の報告そのまんまだった。

 一瞬、邪神様に見えた。

 

 しかし、よくよく見ると邪神様とはまったく違う。

 まず、身長は変わってない。それに腕も二本で四本足りない。この時点で違う。

 

 羽が四本背中に確かに浮かんでいた。

 首を捻ってみるとなんか背中付近で浮いている。

 形状は邪神様のように鋭角ではなく、烏の翼に近いだろう。

 

 目も額の中心に確かにある。

 邪神様のように眼力を感じるものはない。

 これ、ただの落書きだよな。眼の形にただ瞳を塗りつぶしてあるだけ。

 顔の刻印もでたらめだ。邪神様のように幾何学的ではなく子供の落書きのようなぐちゃぐちゃな線である。くそっ、こすっても消えねぇ!

 

『顔はともかく、背中の翼はすごいね。動かせないの?』

 

 そもそも体にくっついてるわけじゃないからな。

 なんかプカプカ浮いてるだけだし。鏡を見て初めて気づいたくらいだぞ。

 

『ちょっと背中付近に力入れてみて』

 

 言われたとおりに力を入れてみる。

 むっ。

 

『ダメだね。もっと入れて!』

 

 むんっ。

 

『まだ足りない』

 

 むんっ!

 

 音が響いた。

 

『何で屁をこくの! 力を入れるのは背中! 尻じゃないから!』

 

 わかってるからもう喋るな。私も恥ずかしいのだ。

 

 けっきょく背中の翼は動かせなかった。

 

『スキュード・ラーニングの効果だね。ただ異世界転移させるだけでなく、自分の仲間として転移させた』

 

 仲間っていうより眷族じゃないのか、これ。

 私もこんなのがいきなり現れたら、そりゃ剣構えるよ。

 

『見た目だけじゃないんだ。アイテム結晶だったり、その現れ方に邪神様専用のエフェクトがかかってる。たぶん他にもいろいろあると思う』

 

 なんか楽しそうだな。

 私はまったく楽しくないんだが。

 で、解除は?

 

『できないね。元の世界に戻るまではそのままでしょう。見た目を変えて楽しめる! ってやつだね』

 

 クソじゃねぇか。

 

『俺の世界でもこういうのはあった。「異世界転生したら邪神だったんだが~」ってね。恐ろしい力と両者の勘違いによって話は進んで行く』

 

 恐ろしい力と言うが邪神っぽいだけでしょ。

 

『隠し効果がないとは言い切れない』

 

 別にいらない。もういいや。

 それで、これからどうしようか?

 

『明日には来るって話してたね』

 

 そう言えば、なんか四英雄の一人とかが来るって言ってたな。

 明日までここで待つのか? 退屈だぞ。

 

『じゃあ、こっちから会いに行く?』

 

 会いに行くって言われてもな。場所も知らんぞ。

 ……わかるの?

 

『さっきの監督官の部屋に地図が貼られてたからね』

 

 抜け目がない奴だ。

 だが、良い提案ではある。こんなところはおさらばするとしよう。

 ところで、誰に会いにいくんだっけ?

 

『聖杖って言ってたからね、無垢なる聖杖――コラリィたん!』

 

 こいつ、絶対自分が会いたいだけだろうな……。

 

『そんなことないよぉ~。四英雄とやらが、例の四人なのか確認する必要があるんだよぉ』

 

 部屋から出て、城壁に移動した。

 外側から昇るのは難しそうだが、内側からは簡単に上がることができる。

 おそらくこの城壁の上から、弓なり術技とやらで寄ってきたモンスターを倒すのだろう。

 

 城壁から飛び降りてシュウの示す方向へ向かった。

 

 

 

 草は生えていないが整備されているとも言いづらい道を歩いて行く。

 

 途中で襲いかかって来たモンスターを倒していく。

 魔のモノと呼ばれてたが、モンスターとさほど変わらないよな。

 でも、出てくる数はけっこう多いから、一般人が道を歩くのは危険そうだ。

 

『モンスターとほぼ同じだね。魔晶ってのがあるらしいけど、俺で倒すとそれごと消しちゃうからね。逆に言うと、魔晶が残らないって事は完全に生物と融合してるね』

 

 ふーん、その魔晶とやらが解析できないんだっけ?

 

『そうそう。魔晶だけをきれいに取るだすのは難しいだろうなぁ。教会の地下にあったのも、よくあれだけ集めたもんだと感心するよ』

 

 全部、邪神様が焼いちゃったようだがな。

 

『もったいない。解析は無理でも、実験を続ければ上手く使える方法も見つかりそうだけど』

 

 魔のモノにする人体実験をか?

 

『そうだね。表沙汰にはできないけど、病気で救えない人や体に欠損がある人には希望になるかもしれない』

 

 うぅむ……。

 

 そんな話をしていると、日も暮れてきた。

 どうやら月が三つもある世界のようで、夜でもそこそこ明るい。

 ステルスで隠れつつ、木にもたれうっつらうっつらしていると背中に振動を感じた。

 

『ふんふん。馬代わりの生物と魔のモノだね』

 

 馬代わりの生物ということは、それに人が乗っているということだ。

 この世界にも馬はいたが、他にも幅広のトカゲや同じく縦長のトカゲに乗っているのが多かった。

 幅広なら大人数が乗れるし、縦長だと馬よりもすばしっこく小回りが利く。それにジャンプもしていたから、高いところを斬るにも良さそうだ。

 

『囲まれちゃってる』

 

 暗闇を白い光が切り裂いた。

 魔のモノと思われる断末魔が響く。

 

『おっ、この光!』

 

 交戦を知らせる音はまだ鳴り止まない。

 行くとするか。

 

 交戦の方へ近づくと魔のモノがたくさんいた。

 どうも囲んでいる得物の方を見ていて私には気づいていない。

 そいつらを背後から刺していく。感染でサクサクと消えていきあっという間に片付いた。

 

「コラリィ様……、魔のモノの気配が消えているように思えます」

 

 男の声だった。

 当然、聞いたことのない声である。

 

『うん、全部倒したね』

 

 そうか、じゃあ話をしてみるか。

 

『ちょい待った! 今の自分の姿を忘れたの? そんな格好で出て行ったら誤解は必須だよ。面白い格好した危ない女だよ』

 

 ……違いない。

 進みかけた足を止めた。

 それどころか後ろに下がるまである。

 

「誰かいるのですか?」

 

 女性の声だ。

 今度は聞き覚えのある声。

 

 ああ。いる。

 囲んでいた奴らは全て倒した。

 

 木の影から暗闇に紛れて告げる。

 

「出てきていただけないでしょうか?」

 

 悪いが、あまり人に見せられる顔をしていない。

 

『ほんとにね』

 

 ねー。ほんと困る。

 で、何を話せばいいんだ?

 

『確認できたからもういいや。次に行こう』

 

 なんだそりゃ。

 

 とにかく、私からお前らに危害を加えるつもりはない。

 私はお前たちを気にしないし、お前たちも私を気にする必要はない。

 それに、どうも急いでいる様子だ。さっさと行くといい。

 ここから先のモンスター、魔のモノか――はだいたい私が倒した。

 

「……お名前を聞かせていただいても?」

 

 メルだ。

 

「それではメル様、お言葉に甘えて先に進ませていただきます。あなたの進む道に神のご加護がありますように」

 

 神の加護はもう間に合ってる。

 

『ちょっとだけ邪神様の話に触れてみて。「四英雄に会えて光栄だ」くらいでいいから』

 

 四英雄に会えるとは運がよかった。

 

「英雄……、そうではないかもしれません」

 

 そう残して、コラリィ一行は走り去ってしまった。

 何がわかるんだ?

 

『ふむ。復活したと聞いて慌ててるくらいかな』

 

 それは私にもわかる。

 

『逆に言うと、倒した記憶があるってことでもある』

 

 それはわからん。

 

 それよりどうするんだ。

 会う予定の人間とすれ違ってしまったぞ。

 

『次に行こう。メカ女は後回しとして、まずケオンだね』

 

 剣持ってる奴だっけ?

 

『禿げてるやつ』

 

 あぁ、そっちか。おしかったな。

 

『二択で外して、おしいとは言わない』

 

 場所はわかるの?

 

『砦の地図に「精霊の森」ってのがあった。ちょっと走れば明日には着くくらいじゃないかな』

 

 じゃあ、そっちに行くとしよう。

 

 

 

 精霊の森まであと少しというところまで迫った。

 シュウの予想よりも、距離があったのか、歩みが遅かったのかはわからない。

 

 小さな村をいくつか超えて、風景も何度か変わった。

 異世界の割にはさほど私の世界と変わっている様子はない。

 

『いやいやいや。なに言ってんの。生物も生活様式もまるで違ってたでしょ』

 

 そうだったか?

 

『ダンジョンとモンスター以外の景色は全部同じに見えるんじゃない?』

 

 それはある。

 鳥とか木とか花は、よほど特徴がないと同じに見えるな。

 言われてみればなんか違うけど、どう違うのかが上手く説明ができないというか。

 

『アイドルグループに興味がない人がメンバーの顔が見分けつかないようなもんだね……。これだから素人は駄目だ』

 

 ひどい言われようだ。

 

『もっとよく見て。右にある葉っぱが茶色で、しかもギザギザしてる木』

 

 右を見てみると確かにそんな木があった。

 

『この木は元の世界にはない。今見てる葉っぱのもうちょい右あたりに、鳥がこっちを見てる。青くて嘴がやや長いやつ』

 

 ……ああ、あれか。

 確かに特徴に一致したやつがこちらを見ている。

 

『あれも元の世界にはいない。木の幹から虫を捕るために嘴が長くなったと推測できる』

 

 ほー。

 

『前に壁が見えてきたね。何が観察できる?』

 

 本当だ。

 観察できることねぇ。

 

 でかいし長い。

 それになんか蔦が張ってるな。

 ところどころボロが来ていて、廃れた様子が窺える。

 

『大きさはメル姐さんの身長で約十人分。長さは不明だけど見える範囲で左右に伸びてる。絡まっている蔦も、元の世界にはない。小さく棘が生えていて毒もありそうだね。門の素材もただの石じゃない。おそらく魔力を通しづらい素材で出来てる』

 

 ふーん。

 そんなにいろいろ見て疲れないだろうか。

 

 近づくと、壁の下に小さな門があり、人が大きめの石に腰掛けていた。

 あれはどう見る?

 

『ケオンだね』

 

 でも、禿げてないぞ。

 髪が生えてる。

 

『前は剃ってただけでしょ。やる気は感じられない』

 

 おいおい。それは困る。

 髪を伸ばしたら、私はどうやってこいつを他の奴と区別すればいいのだ。

 

『……数珠とか』

 

 私の影が触れる距離になり、ようやくケオンは下げていた顔を上げた。

 ステルスで姿を消していないため、ケオンは私の姿を見た。

 

 初めは伏し目がちだった眼が、徐々に開かれ、私を凝視する。

 眼が開かれれば、視線を私から逸らすことなく、石から立ち上がり、手に数珠を構えた。

 このままでは戦闘になってしまうだろう。私はそれでも構わないが、なるべく楽に話を進めたい。

 そこでシュウから授かった魔法の言葉を唱えることにした。

 

 まぁ待て。見ての通りだ。

 私は怪しいものではありません。

 

 背中には烏みたいな羽が四枚。額の中心には目の落書き。顔にはへんてこな模様。

 そんな姿の自分が言っておいてあれだが、そりゃねぇだろと思う。

 攻撃が来るかと覚悟していたが効果はあった。

 

 ケオンは口を開いて何かを言おうとしたようだが、また口を閉じてしまった。

 眼もまぶたを痙攣させるように、開閉を繰り返した。

 手はやや上がり、下がりを続ける。

 混乱ここに極まれりだ。

 

 彼の様子を無視して、近くの石に移動し、そのまま腰掛ける。

 私に対して構えているケオンに対して、彼が座っていた椅子に座るよう手で示した。

 彼は座らず、私に構えたままだ。

 

『今!』

「お――」

 

 おまえは何者だ、と聞きたいのだろう。

 まぁ座れ。

 

 ケオンの出端をくじいた。

 言いあぐねた彼に再度、座るよう示す。

 眼を逸らすことなくケオンはゆっくりと石に腰をかけた。

 

 まず、言っておく。

 私はお前の知ってる邪神様じゃない。

 お前は邪神様を倒したときのことを覚えているか?

 どうやって奴を追い詰めたか、誰が最後にトドメを刺したか。あと……

 

『その死体をどう処理したか』

 

 そうだった。

 死体をどうしたのか。

 お前は本当に覚えているか?

 

 眉がぴくりと動いた。

 しかし、何も言うことなくこちらを睨んでる。

 どうなのこれ?

 

『覚えてない。大収穫だ。こいつは一度記憶を力尽くで戻されてるから、耐性がちょっとついてたんだろうね。記憶にちょっとでも違和感を覚えててればマシくらいだったけどラッキーだ』

 

 ふむ。

 記憶に違和感があるようだな。

 

「貴様は何だ? 何を知っている?」

 

 邪神様の知り合いといったところだ。

 私の知っている事をお前に話そう。

 

 ケオンは大人しく説明を聞いた。

 ちなみに説明をしたのは私ではなくシュウである。

 

 パーティー登録せず、シュウをくっつけての話となった。

 探している転移を使える精霊人のことも伝える。

 異世界から来たことはぼかしているな。

 

「貴女の身の上は理解した」

 

 私が邪神様の封印を解く術を探していることをわかってくれた。

 

「儂の記憶が間違っていることも把握した」

 

 ケオンの記憶も、邪神様と同じく決戦の最後で抜け落ちているらしい。

 

「転移の精霊人にも心当てがある」

 

 おお。

 それじゃあ、案内を――

 

「しかし、ここは通せんし、案内もできん」

 

 えぇ、なんで?

 

「かつての精霊王がやっていたことは、儂も朧気ながら思い出していたのだたしかに精霊王は理に反しておった。しかし、かの邪神が全て正しいとは思えん。あれから五年、落ち着いてきていた世界は、またしても動乱に包まれつつある」

 

 そういえば、兵士と魔のモノで戦ってたな。

 

「やはりそうであるか。……それでも、かの邪神が起こした動乱と比べれば遙かに落ち着いたものなのだ」

 

 今はそうかもしれないな。

 

「いつかは精霊界にも火種が及ぶかもしれん。だが、それは今ではない。精霊界は、未だかの邪神が付けた傷が癒えておらぬ。立ち直れるまでは、まだ少しばかりの時を必要とする」

 

 『傷ねぇ』とシュウは呟いた。それ以上は何も言わない。

 

「ここまで来て、話もしてくださって、まことすまんことである。――どうか今日は退いてもらえんか? 儂もまだ咀嚼した話が、臓腑に浸みておらんのだ……」

 

 どうするの?

 

『退こう。無理に突っ込むと戦火はまぬがれない』

「感謝する」

『ただ、ちょっと聞きたいことがあるんだよね』

「かまわん、聞いてくれ。答えられる範囲で答えよう」

『転移の力は、どれくらい飛ばせるの? 距離ね』

「儂の知っている限りでは、他人を飛ばすのはここからエドマス村が手一杯と聞く」

 

 どれくらいなのか全然わからんな。

 

『あそこらへんね。ありがとさん。ついでにこれも教えて。ここからアハティスの弟子とソレアはどっちが近い? 行き方も教えてくれると助かる』

 

 ケオンは、彼が知っている範囲で彼らの居場所とその行き方を教えてくれた。

 次は、聖賢の都アハティーンにいるであろうアハティスの弟子の元を目指すこととなった。

 

 そこには、光り輝く剣を持つ男――プラティナもいるようである。

 

 

2.げげっ! 邪神様!

 

 探し人は聖賢の都アハティーンにいるらしい。

 アハティーンはアハティスから取られているようで、元は違う名前らしい。

 

 アハティスは人間社会で神格化されているようだ。

 世界に混沌をもたらした邪神を討伐するため、四人の英雄を導き、本人は戦いの最中で命を散らした英雄達の師。

 確かにそこだけ聞けば、すごい人物のように聞こえる。

 だが、私は真実を知っている。

 

『いや、それはどうだろうか』

 

 どうだろうかとは?

 アハティスは例の四人を操って邪神様を倒そうとしたんだろ。

 それに、教会の件や精霊王の件にも間違いなく絡んでるとお前は言ったじゃないか。

 

『言った。でも、それは最終的な目的じゃない。教会の件、精霊王の件にもアハティスは関わっていただろう。加えて、四人の記憶をいじって邪神様も倒させようとしただろう。でも、邪神様を倒すのが目的じゃなくて、彼本来の目的の邪魔になるから邪神様を倒したかったはずなんだ。いったい彼は何がしたかったんだろう』

 

 ……そんな難しいことを言われてもわからん。

 

『教会の件、魔のモノを体に埋め込む話――これは、前にも言ったけど治療の一手段とみることができる。教会の地下にいたのは、確かに元から重病人で助かりようがない人だった』

 

 言ってたな。

 それじゃあ、精霊王の件は?

 お前は殺されても仕方ないって話してなかったか。

 

『世界の均衡とやらを目指す邪神様の視点に立てば、という話だよ。例えば、精霊王は蓄えていた魔力を、自らと水晶に一時的に留めることで世界の魔力の流れをよりバランスが取れるように制御していたのかもしれない』

 

 そうなの?

 

『作為的ではあるし、秘密的でもあるけど、そういう可能性もわずかにある。そう考えていくと、もしかしたらコアの普及もアハティスだったのかもしれない』

 

 暴走するコアのことか?

 あんなの広げちゃ駄目だろ。

 

『でも実際、機械女はそれを基に上手く使って、自らの不自由な足で立って歩いてた。暴走する危険性はあるけど、適切に利用すれば人々に恩恵をもたらすことは間違いない』

 

 そうかもしれんが……。

 

『最初に邪神様の視点で見たから受け入れづらいのはわかる。邪神様から見ればアハティスは敵だ。でも、人間の視点、かつ長い目をもって見れば、アハティスは人間をより不自由のない暮らしに導こうとしていたのかもしれない。それなら彼は賢者に違いない。だいたい善悪なんて立ち位置でころころ変わる。その程度のもんだよ。ただ、善悪関係なくアハティスには疑問が残る』

 

 邪神様を封印した奴らのことか?

 

『それは彼の死後だから違う。コアの入手法、魔のモノの魔晶とその抜き取り方、精霊王との関係。現状はこのへんだね』

 

 そう言えばそうだったな。

 

『あるいは全ての疑問が一つに繋がるのか……』

 

 シュウは何か考え始め、黙ってしまった。

 

 

 

 聖賢の都アハティーンにたどり着いたが、完全に警戒モードだ。

 私の情報がすでに回ってきているらしい。

 

『そりゃそうだ。外であれだけ走り回ればすぐに噂になる』

 

 ステルスだと、歩幅拡張といった便利スキルが使えなくて遅くなる。

 外したときに通行中の人と、この姿ですれ違ったりしたからな。

 

『厳戒態勢ですなぁ』

 

 都の周囲の外壁には等間隔に見張りが立っているし、門での通行も兵士達の目が光っている。

 ステルスで入れるのであまり意味はないのだが、中の警備も相当だろうので、探し回るのが今からすでに億劫である。

 

『これだけ守ってれば、フリソスとかいう弟子がいることは確実だ。正面突破でいこう』

 

 そんなわけで門から堂々と入ることになった。

 

 姿を見せると、門が大急ぎで閉じられるようとした。

 そこにダッシュで走り込み、都市の中に入る。

 

 後ろでの騒ぎを無視して、民家の屋根に登った。

 上から見てみると、けっこう複雑な作りだ。

 

『防衛対策でしょう。袋小路が多い。意図的に道もずらしてあるし。建造物も斜めに建てられてる』

 

 おっ、あの高い建物じゃないか。

 いかにも偉そうな人がいますって感じだ。

 

『あの塔は罠だよ。攻めやすいけど、うっかり忍び込んだら、後から守りにくい。すぐに取り囲まれる。……うん、でも目立つからあそこでいっか。遠くも見やすいし。毒を食らわば皿までだ』

 

 

 そんなわけで塔の最上階にやってきた。

 穴が空いているだけの窓から外を見れば、距離を置いて周囲は完全に包囲されていた。

 

『まだ来てないな』

 

 この塔が罠というのは本当らしい。ここで見張りをしていた兵士はほんのわずかだった。

 邪魔なので、「今からここを占拠するから偉い人連れてきて」と伝言を頼み、塔からおりてもらった。

 残りの一人は人質として残ってもらっている。睡眠を付与したので意識はない。

 

『あっ、来た』

 

 どれどれと外を見れば、すぐにわかった。きちんと伝えてくれたらしい。

 囲んでいる兵士の中から、よく目立つ輝く剣を持った男が出てきた。プラティナである。

 

『そりゃまぁ、本命は出てこないよな』

 

 予定通りどうでも良い方が来て、本命の弟子はどこかで様子見らしい。

 プラティナは、降りてきて戦えとか叫んでる。

 

『人質を見せて、時間をもうちょっと稼いで』

 

 意識のない兵士の腕を掴んで窓からぶら下げる。

 

『支えてるのは左腕だ。利き腕じゃないんだぜ!』

 

 なんだかノリノリであるが、利き腕である。

 万が一にも落としたらいかんので、ちゃんと利き腕で持っている。

 下でその様子を見ていたプラティナも足を止めた。地団駄を踏んで悔しがる。

 あの様子では突入してくるのではないだろうか。

 

『もうちょっと様子見して、一気に来ると思う。狙うのはその直前。その様子を弟子も見るだろうからね』

 

 はいはい。

 じゃあ、今のうちにご飯食べとこう。

 

『走るから食べ過ぎないようにね』

 

 はーい。

 

 

 ご飯も食べて、少し眠くなってきた。

 

『来るね』

 

 やれやれ、タイミングが悪いな。

 もうちょっとで眠れたのに。

 

『じゃあ、やっていこう』

 

 窓の下から顔を出すと、ちょうど兵士達が塔に向かって走ってくるところだった。

 そこに向かって剣を向ける。

 

『ゲロゴーンブレース!』

 

 シュウと一緒に叫ぶ。

 見慣れた赤い帯が兵士達に向かい、地面に大穴を開けた。

 そこにいた兵士は黒の結晶となって消えた。

 これを四方向で繰り返した。

 プラティナも消滅した。

 

 作戦も中止になったようで兵士達が距離を取った。

 これなら犠牲は兵士達だけで済み、ほっとけば復活する。

 それに塔の周辺に民家はない。建物への被害も最小限で済むだろう。

 

『さて、ここからが問題だ。おそらく、あの一番遠い門だと思うんだけど……しばらく俺は出しっぱにしといて』

 

 はいはい。

 探している弟子は、先ほどの攻撃を見て逃げるとシュウは踏んでいる。

 問題はどこから逃げるかだったが、どうもそこが難しいところのようだ。

 

『三方で門が開いたな』

 

 三方向?

 弟子はどの方向に逃げるんだ。

 

『聞いたところだと、フリソスとかいう弟子はかなりの術技を使えると聞く。そうすると魔力反応は他より大きくなる。ふむふむ、なかなかずる賢い男だ。三方向とも魔力反応が弱い。要人を囮として逃がしたな。……これだ。城外の林の中に魔力反応が出てきた。隠し通路で逃げたようだね』

 

 どこだ?

 

『左の赤い屋根が二つ続いてるところの延長方向。魔力反応を見せるね』

 

 そちらを見ると、見える景色が変わった。

 青の濃淡で木々が描かれ、その中に赤い点がぽつりあって動いている。

 

『直線じゃなくて、左の門を目指して屋根を渡って、城外に出てからは道伝いにある程度走ってから森に突っ込むのがいい。それじゃあ、まずは塔を降りよう。セットしたから外壁で行ける』

 

 斜面とかを降りるときに使ってるスキルだろう。

 傾きを感じられなくなってスムーズに降りることができる。

 垂直な壁でも歩けるし、天井も歩くことができるというすごいスキルである。

 すごいのは確かなのだが、好きじゃない。視界がぐるぐるして、どこをどう歩いてるのかわからなくなって気持ち悪い。

 特に垂直方面から普通の地面に移り変わるときが、体の感覚と頭の感覚との不一致がひどい。

 

 文句を言いつつも塔の外壁を走り降りる。

 地面に降りた後は、左の方にあった門へと向かう。

 屋根を渡り、城外に出て道を走る。先に逃げていた囮の馬車(馬ではないが)を抜き、シュウの合図で林へ入る。

 

『いたいた』

 

 木の中を走って行き、ようやく目的の弟子を見つけた。

 アハティスとどこか似た雰囲気の男だった。

 

 あちらもこちらに気づき、その手に金槌のようなものを取り出す。

 

『吸収力抑えるから腕を斬り落として。倒すと復活まで時間がかかる』

 

 あいよ!

 

 男が何かをしようとするよりもなお速く近づき、すれ違いざまに腕を斬り落とした。

 勢いを殺して振り返ると、ちょうど腕が地面に落ちたところだった。

 腕とそこから吹き出る血を見て、男が悲鳴をあげる。

 

『ん! 離れてっ!』

 

 周囲に突如白っぽい光が出てきた。シュウの声に従い、地面を蹴って男から距離を取る。

 光がくっきりと浮き出て、次の瞬間には周囲の木々と男が消え去った。

 

『おいおい……、転移とか使っちゃうのか。次は時空間耐性を切って、一緒に運んでもらおう。――やれやれ、門番の思いは、その中に暮らす奴は知ったことじゃないか。やられるのは嫌だけど、やるのは良いと。良い度胸じゃないかぁ。次に行くときはそっちのやり方に応えてやろう』

 

 何が起こったのかと尋ねるよりも先に、シュウが呆れと怒りを混ぜて答えてくれた。

 あれが転移なのか。すごいな辺り一帯が丸ごと消えてるぞ。

 文字通り丸だった。地面から球形に抉られている。

 

『魔法じゃここまでできないよ』

 

 そうだよな。魔法でここまで使う奴を見たことがない。

 術技ってすごいんだな。

 

『術技でもできない』

 

 えっ、じゃあどうやってるんだ。

 

『両方を使ってる。飛ばす位置と飛ばされる位置の座標設定を魔法に、実際に飛ばす機構を術技にやらせてる。さらに何かバグアイテムを使って強化してるね。それでも連発はきついだろう。そこそこ近くにいるだろうから、ここから無理矢理追いかけてもいいけど――』

 

 いや、やめよう。

 おもしろいものも見られたし、そっちの方はなんか萎えた。

 

『まぁね。精霊人が自ら、弟子との関係を認めて、問題分子を一カ所に固めてくれたと考えよう。これなら後からまとめて一発で叩けるね』

 

 それがいい。

 ぷちぷち潰すよりも、ばちーんといこう。

 

『最後の機械女のところに行こうか』

 

 そうしよう。

 

『絶対に話が通じないだろうなぁ』

 

 なんかそんな雰囲気だったな。

 

 

 

 四人のうちの最後になる機械女へと向かう。

 名前はソレア。今は着ていた機械とやらの改良をしているとのこと。

 

 良く出来てたな。

 なんか礫もぴゅんぴゅん飛ばしてたし。

 

『あれは技術と術技の複合体だったね』

 

 よくわからんけど、たぶん褒めている。

 それにしても、この世界の解析がおかしくなるアイテムはすごいのが多いなぁ。

 

『いや、あの機械は解析できるよ。コアはできないけど』

 

 どれも強そうじゃないか?

 

『強くはない。メル姐さんのアイテム袋に入れてる武具の方がよほど強い』

 

 そうなのかどいつもこいつもすごそうだったぞ。

 

『もっと言おうか。まず、プラティナとそいつの使ってる輝く剣』

 

 すごいよな。

 光る剣なんてあまり見たことがない。

 それにあいつもなんかすごい剣術を使ってるんだろ。

 

『剣術は三流だよ。勢いに任せて振ってるだけ。あの剣も光ってるけど、属性が付与されてるわけじゃない。本当にただ光ってるだけ。暗い所で使えば明かりにはなる。的にもなるけどね』

 

 ……えっ、本当に?

 光属性が付与されてるんじゃないの?

 

『解析はできないけど、間違いなく光属性はついてない。でも、邪神様がスキュード・ラーニングした黒い剣は透過属性が付与されてる』

 

 なにそれ。

 

『防げない。鎧とか剣の防御をすり抜けて攻撃できる』

 

 強すぎじゃないか。

 

『そうでもない。不便なこともある。邪神様は身体能力がそこまで高くないから、近くで格上の力量の剣士と戦ったら剣で防げない。相手の剣が透過して邪神様を斬るからね』

 

 でも、近づくのが難しそうだ。

 

『あの剣をスキュードラーニングで得たってことは、逆に言うとプラティナの光る剣は不透過属性があるんだろうね。透過属性を防ぐ力がある、無駄にピカピカ光る剣。それが彼の持っている剣の正体でしょう』

 

 それだけなのか。

 

 コラリィは?

 なんか空から光が射して、邪神様を攻撃してたよな。

 治癒術とお前は言ってたが、あれは光魔法じゃないのか。

 

『治癒術だよ。ああいう殺菌系の治癒術を強めていくとね。ああやって、過度な治癒による攻撃になるんだよ。霊とかアンデッド、あと魔のモノもかな――には効果が絶大。彼らの存在基盤そのものを否定する作用があるからね』

 

 邪神様にもすごい効果がありそうだな。

 

『効かない』

 

 えっ?

 

『見てたでしょ。せいぜい体表を軽く炙るくらい。教会で喰らっても平然としてたでしょ。邪神様には霊とか魔のモノといった属性はない。もしもあったら消滅してる』

 

 じゃあ、邪神様のあの暗闇はなんなの。

 

『眩しいのが嫌だったんじゃないかな。電磁波を吸収する技をスキュード・ラーニングしたね。強くしていくと、電磁波を出す物質まで吸収するっていう頭のおかしい技になってる』

 

 機械の女は?

 

『あれはサポートとしてはなかなか強い。機械も頑丈だから並みの攻撃じゃスーツはびくともしない。でも、致命的な欠点がある』

 

 欠点ってなんだ?

 

『操縦者の腕がゴミカス。乗る意味がない。一流の技術者(エンジニア)であることは認めるけど、なんで操縦者(ハンドラー)なのかがさっぱりわからん。本来はコアがアシストするんだろうけど、それがないからただの粗大ゴミ。あれなら石を投げるか体当たりしてた方がまだマシ。あの場を一番引っかき回してた戦犯』

 

 ボロクソじゃないか。

 ちなみに邪神様がラーニングしたのはなんだ?

 同じに見えたぞ。

 

『見た目はほぼ同じだけど、銃身よりも弾頭の種類に力を入れてる。ほとんど使ってないけどね。銃身の性能も元より大幅にアップしてるよ。ゴミカスが乱射してた弾を全部撃ち落としてたでしょ。あり得ない性能。あいつがフレンドリーファイアしてた弾もきちんと撃ち落としてくれてた。あいつはただの仲間殺し未遂者だ』

 

 なんで怒ってるんだ。

 ……じゃあ、最後の禿は何?

 いろんな種類の魔法を使ってなかったか。

 あれも術技なんだろ。どういった術技なんだ?

 

『いや、あれは魔法であってる。術技が主の世界で、魔法を使うと精霊術なんて呼ばれるんだね。禿の術技は魔力の増大。あの数珠が魔法に変換してる。威力は弱いけど、元の世界に持って帰ったらヤバイ値がつくぞぉ。弱いけど無詠唱で使えるから、戦闘の幅が広がる』

 

 すごい嬉しそう……。

 じゃあ、邪神様が習得したのは?

 

『そのまんま魔法。種類は少ないけどね。ただし、アイテムからじゃなくて、自身で発生させる純粋な魔法だよ。腕の水晶で無詠唱・高倍率に変換して発動させてる』

 

 なんだろう。

 騙された気分だ。

 

『見た目は派手だからわからんでもない。でも、本当に弱いよ。彼らとパーティーを組んでもメリットがない。今後のアプローチを変える必要がありそうだなぁ』

 

 ひとまず機械女に会ってからにしよう。

 戦闘力を当てにしているわけでもないだろ。

 

『その通り、期待するのは技術力とそのコアだ。コアは修復できれば何か話が聞けるかもしれない』

 

 

 そうして機械女の住む町にやって来た。

 どうもあの女の使っていた機械が発達している町らしい。

 あちらこちらでガンガンやらギュィイーンと金属的な音がしている。

 

 偏屈な奴らが住む町と聞いていたが、その中でもあの機械女は特に変人らしい。

 町外れの工場で、一人何か変なモノを作っていると聞いた。

 私からすると全部変なモノなのだが……。

 

 町の中心を離れ、家や工場が徐々に少なくなっていく。

 進んで行くと、やや大きめの工場がぽつりと建っているのが見えてきた。

 

 近づくと中から、町の中で聞いたような音が聞こえる。

 大きな扉に隙間が開いていたので、中を覗き見ると例の女がいた。

 記憶の中で見たときよりも髪が伸びたのか、後ろで髪を束ねているようだ。

 

『俺はね。ゲームやら漫画とかで、時間経過を表すのに、とりあえず髪を伸ばしとけばいいやっていうのが嫌いなんだ。もっと違う部分で表現すべきだと思う』

 

 すごいどうでもいいから黙っといて。

 ここまで来たのはいいが、この後はどうするんだ。

 

『正面からお邪魔してコアの在処を聞く。足の機械を潰せば身動きは取れないからね』

 

 それ……、絶対憎まれるよね。

 邪神様と同じじゃないの。

 

『こっちの事情をだらだら述べても無駄。絶対にあの手は話を聞かないから。それなら、あのとき邪神様がしなかったことをすればいい』

 

 よくわからんけど、とにかくコアの在処を聞けばいいんだな。

 

『イクザクトリィ』

 

 扉の隙間に手をかけて横にスライドする。

 日光と風が工場に入り、小さい埃が空気中に舞い、きらきらと光っている。

 

「声を掛けてから開けろ!」

 

 こちらを怒鳴り付けて来た女と目が合った。

 イラつきの睨みが、一瞬見開かれ、血走ったものに変わっていく。

 

「テ、テメェは……生きてやがったのかぁ!」

 

 機械の足で立ち上がり、近くのよくわからん筒みたいなのに手を伸ばす。

 彼女が機械の筒を手にとって振り向く頃には、すでに私は彼女の背後についていた。

 シュウで手に取っていた機械を叩き落とし、そのまま足を横に払って転ばせる。

 

『ちょいちょい! 強く蹴りすぎ! 機械どころか足まで折れる!』

 

 おっと。

 頑丈そうだから強くしてしまった。

 機械女は地面に呻き声を上げて倒れてしまっている。

 

『俺を目の近くに突きつけてから、コアの在処を聞いて』

 

 コアはどこだ?

 そう尋ねてみても私を睨むだけで何も喋らない。

 

『ちょっと俺を触れさせて』

 

 頬にシュウをくっつける。

 彼女の睨みはますます強くなるばかりだった。

 

『コングロメレートを直したくないの?』

 

 彼女の瞳が揺れた。

 気持ち悪い声に驚いたのもあるだろうし、その内容についても動揺があっただろう。

 

『どこにある? ……なるほど、そっちね。メル姐さん、入口から見て右手奥を探してみよう。機械のアームは遠くに蹴っといて』

 

 目の動きでその位置を読んだらしい。

 機械女から手を離し、地面に転がっていた機械の筒を離れた場所に足で弾く。

 

「やめろ! 行くなっ!」

 

 他にも何か叫んでいるが無視する。

 

『ああ、ここかな』

 

 奥の狭いところに棚があり、いろいろなモノが置かれていた。

 

『一番上の段の奥にある箱だね』

 

 見てみると、他の汚い箱とは違い、汚れのない綺麗な箱があった。

 それを両手で下ろして、鍵をシュウで壊して中を開ける。

 厚みのある柔らかな生地に包まれたコアが出てきた。

 

『やっぱり解析できないか。ちょっと穴のところに付けて』

 

 コアの一部とその反対側に穴が空いていた。

 これが記憶の中で見た邪神様に貫かれた穴というやつだろう。

 私も中を覗いたが、小さな部品が乱雑に配置され意味不明な状態である。

 

『……なるほど。邪神様のラーニングはすごいね。的確に信管だけを貫いてる』

 

 わかるの?

 

『それぞれの動く仕組みは不明だけど、役割はなんとなくわかる。パソコンみたいなもんだね。電源、CPU、グラボ、メモリの中で、明らかに不要な物体がついてる。ふざけた構造だ』

 

 よくわからんけど、どうやって直すんだ?

 私じゃ無理だぞ。

 

『メル姐さんにやらせたら壊しちゃうよ。ソレアにやってもらう。記憶が弄られてるから面倒だな。仕方ないか』

 

 振り返ると這いずりながらこちらへにじり寄ってきている。

 

『彼女の目の前にコングロメレートを置いて。おっとクッションを下に敷いてからね。その後で俺を彼女にくっつけて』

 

 言われたとおりに彼女の前にクッションを置いて、その上にコングロメレートを置く。

 彼女は罵詈雑言を私にぶつけつつ、コアを自分の方へ引き寄せた。

 

『今から、そいつの直し方を伝える』

「コングロメレートは死んだ! お前が殺したんだ」

『そう思い込まされてるだけ。殺されたなら蘇らせればいいでしょ』

 

 すげぇこと言ってる。

 

『コアを抱いたままでいいから、穴の中をよく見て。まず、一番手前に四角い箱がある。それが――』

 

 シュウがソレアに構わず解説を始める。

 

「その役割はなんだ?」

『全体をまとめる基盤。ここには傷がついてない。配線を迂回させて――』

 

 最初は何も返答しなかったソレアが口を開いた。

 

 私でもわかる。

 彼女の目の色が変わった。

 食い入るように穴の中を覗き込んでいる。

 

「おい」

 

 ぼんやりあくびをしていたら、ソレアが私に声をかけてきた。

 

「あたしとコングロメレートをあっちの椅子まで移せ。…………頼む」

 

 はいはい。

 

 言われたとおりに運んでやると、手によくわからない工具をもって作業を始めた。

 シュウは反対側の穴からその様子を見ている。

 

『それは右の青い線とくっつける。そうそれ。緑の線は、そう、そこと繋げるから――うん、今は離しておく』

 

 最初はシュウの言うとおりにしていたが、徐々にシュウの助言よりも手が動くのが先になった。

 

『すごいね。あれだけの解説で構造を完全に把握しちゃった。もう口を出すところがないや。むしろこっちが参考にしてしまうくらいだよ』

 

 あっ、そう。

 それで直りそうなの?

 

『直る』

 

 言葉短く断言した。

 しばらくすると、なにやらコアから音が聞こえた。

 ガピガピ、ピガッピガと断続的に音が続く。

 

「お、はよ、うございます、ソレア。――髪の伸び具合から、今は最後の起動から五年が経過と推定」

 

 無機質な声が響いた。

 

「先の言葉を訂正。お久しぶりです、ソレア」

「あぁ、久しぶりだ」

 

 コアを抱き、顔をうずめてソレアは告げた。

 

 

 ソレアが落ち着いたところでようやく話ができた。

 

 しかし、収穫はない。

 彼女の記憶は曖昧なものであり、参考にならない

 コングロメレートからも話を聞いていたが、こちらも当てに出来るものではなかった。

 

「あたしは邪神の復活には協力しないぞ。暴走を止めたんだと今ならわかるが、当時は何も説明がなかったからな」

 

 返す言葉がない。

 

「記憶を弄ったのがアハティスの旦那ってんなら報復も考えるが、もう逝っちまってるんじゃな」

 

 ごもっともである。

 そうすると残る手がかりはなんだろうか。

 

『姿を隠す魔のモノか、転移の精霊、記憶を消す弟子だね。結晶化は手がかりがまるでない』

 

 そうだな。

 姿を隠す魔のモノはどこにいるのかわからんし、やはり精霊のところに行くべきか。

 

『精霊の転移はすごいんだけどね。世界を跨ぐほどじゃない。何かがおかしい。どこか歪んでる。全体像が見えてこない』

 

 お前がわからんなら、私はもっとわからん。

 どうするんだ、と聞こうとしたところで、扉から物音が聞こえた。

 一匹の鳥が、隙間からこちらにぽてぽてと歩いて来る。

 

「また来やがったか」

 

 ソレアが鳥の足に着いていた小さいモノを取ると、鳥はまた扉へと歩き、出て行った。

 すごい賢い鳥だったな。

 

『そういう術技を使ってる。術技がなくてもできるけど、今のは術技だ』

 

 どこで判断するの?

 

『今のメル姐さんを見て逃げ出すかどうか』

 

 嫌な判断方法だ。

 聞かなきゃ良かった。

 

「コラリィからだ。前にも来てたが、状況に変化があったらしい」

 

 小さいモノは手紙だったようで、ソレアが広げて読んでいる。

 

「『邪神復活確定。各地騒動有。注意。

  魔のモノ大挙、ガスク襲撃。苦戦。応援求む』

  教会の連中は、いつも行動が遅ーんだよな。もうガスクは落ちてるんじゃねーか?」

 

 どうもコラリィは、世間から離れているソレアに手紙をたびたび送ってきているらしい。

 

『おそらく、そこに姿を隠す魔のモノがいる。探してみるとしよう』

「教会の奴らはどうでもいいが、コラリィは心配だ。あたしも行く」

『不要だね。コングロメレートを載せるスーツの作成に注力して』

 

 かなり優しく言ったが、この口調は足手まといだから要らないって感じだ。

 実際、移動するのに歩調が合わないだろう。

 

『おっと、そうだ。手紙を一通したためてもらおうかな』

 

 こうして私はまた最初の要塞へと戻ることとなってしまった。

 

 

3.邪神様どぉうる

 

 道程を急ぎつつ、ふと思う。

 

 また、あの要塞かぁ。

 ぐるりと一周回ることになってしまうな。

 

『コラリィたんと、また、ちゅっちゅっできるね』

 

 あーあ、ついにボケが始まった。

 もしくは妄想に取り付かれてしまっているのだろう。

 

『右から来るよ』

 

 どうもまた右から魔のモノが来るようだ。

 急にマジメになるのはやめて欲しい。

 

『しかし、弱いねぇ』

 

 そうだな。

 かすっただけで消えてしまう。

 この世界では強い奴にまだ会っていない。

 もちろん見ていないだけで、本当は何人かいたのだろうが。

 

『いや、回った範囲だと本当にいない。邪神様が全部殺しちゃったんじゃないかな』

 

 ひどい話だなぁ。

 転移使いは会ってないけど強いだろ。

 あの範囲を一瞬で別の場所に移すくらいだし。

 

『技量はすごいけど、弱いよ。戦いにはならない。相手は転移で逃げるだけだろうから厄介と言っちゃ厄介なんだけど』

 

 じゃあ、あの転移させられた弟子は?

 

『カスだね。魔力は多いけど、あれじゃあどうしようもない。記憶は消せるだろうから、耐性がないと厄介だね』

 

 姿を隠す魔のモノは強そうか?

 

『姿を隠す術技はね。その特性上どうしても保有魔力量を大きく出来ないんだ。ついでに魔のモノの強さは魔力の量に比例している。つまり、弱い。でも厄介ではある。探知するスキルがないからね』

 

 厄介な奴ばかりじゃないか……。

 封印結晶の奴にいたっては正体不明ときた。

 そんなへんてこな奴らでも邪神様を封印できるんだな。

 

『できない』

 

 ……できないの?

 しかし、実際に封印されてるわけだけど。

 

『そこがおかしい。あの転移は異世界に届くほどじゃない。記憶の消去も邪神様の記憶改竄耐性を貫くほどじゃない。姿を隠す術技も四人の魔力を隠すほどではおそらくない』

 

 封印結晶は不明か。

 あの封印された邪神様は、どう説明するんだ?

 

『そこだよ。現状では矛盾してる。まだ全容がわかってないんだ。仮説はいくつかあるけど、仮説にすぎないからね』

 

 仮説でいいから聞かせて欲しいんだが。

 

『ノーコメント。まだ三つ、四つあるんでね。一つに絞られたら話そう』

 

 あっそ。

 おろ、何か前から来てないか。

 

『教会の奴らだね。逃げて来てるっぽい。道の端に隠れて、一番後ろの奴を捕まえて』

 

 戦闘になったら?

 

『逃げるのに必死みたいだから、一人減ったくらいじゃ気づかないよ』

 

 シュウは笑って言うが、笑い事じゃないだろう。

 

『だいたいわかる。あの様子だと城が落とされたんでしょうよ』

 

 道の端に寄ってステルスをかけ、目の前を懸命に走る教徒とそれを乗せるトカゲを見送る。

 

 一番後ろを走っていた、トカゲに乗る兵士を掴んで下ろす。

 他の兵士は気づかず走って行き、乗っていたトカゲも走って行く。

 むぐむぐと叫ぼうとする兵士の口を押さえて、道の端に引きずり込んだ。

 

 どうも。

 

 姿を見せて挨拶すると、兵士は口をパクパクさせた。

 足はガクガクと震え、全身が揺れている。

 

『状況を教えるか、死ぬか選んでもらって』

 

 もちろんただの脅しだ。

 私はこの世界で殺すことができない。

 

『見殺しはできるよ』

 

 それもそうだな。

 

 兵士に尋ねると、断片的な情報を兵士は叫び始めた。

 パニックになってしまっているようだ。

 

『うんうん。やっぱり砦が陥落したね。コラリィたんたちが|殿(しんがり)を務めたんだってさ』

 

 でも、魔のモノは追いかけてきてるよな。

 今もこっちに向かってきてるし。

 

『止められなかったんでしょう』

 

 じゃあコラリィは死んだか。

 

『俺なら捕縛していろんなことに利用する。わっふるわっふる!』

 

 とりあえず急ぐとするか。

 こいつはどうする。

 

『約束は守ろう。無事に生き抜くために「風編みの絨毯」をあげればいいよ』

 

 あったっけ。

 道具袋を漁ると確かにあった。

 結晶化を解いて、出てきた薄っぺらな絨毯に兵士を乗せる。

 

 達者でな。

 ちゃんと掴まっておくんだぞ。

 

『さよならザコワン。良い旅を』

 

 ……無理だろうな。

 あの絨毯は近くの町を察知して飛んでくれる。

 しかし、その乗り心地は最悪だ。別名「ゲロ吐き紙」だからな。

 ダンジョンから戻るときに便利だから使うこともあるのだが、私でもあまり乗りたくない。

 

 絨毯は私が来た方へ猛烈な勢いで飛んでいく。

 兵士の叫び声が長くなるのを聞きながら、私は兵士が来た方へ歩を進ませる。

 迫ってくる魔のモノを一刀のもとに斬り伏せ、リポップを防ぐためアイテムの回収はおこなわない。

 

『近くまでは全速力で、そこからは隠れて進もう』

 

 隠れる意味は何なの?

 

『コラリィたんが生きて捕まってれば、助け出すためだね』

 

 なるほど。

 ……死んでたら?

 

『死体の前で、聖歌を合唱しよう。魔のモノの結晶を大量に添えてね』

 

 悪くないな。

 

 

 懐かしの砦にやってきた。

 周囲はそこらかしこに魔のモノがうろついている。

 門が開いているのはありがたい。閉じられていたらステルスを解除しないといけなかった。

 

『おそらくいるね』

 

 門を潜るとシュウが呟いた。

 

 コラリィだな。

 どこにいるんだ?

 

『いや、そっちはまだわからない。姿を隠す奴だよ』

 

 どうしてわかるんだ?

 

『門にも外壁にも大きな損傷はなかった』

 

 つまり?

 

『飛べる奴と他数体で、そいつらの姿を消して内側に忍び込んだ。門が開き魔のモノは一斉に攻める。裏の配置はわざと緩めておいたな。必死に抵抗されると被害も増えるだろうからね。逃げるように誘導し、道の端においた伏兵でちくちく殺していったんだ』

 

 はぁ、いろいろ考えるもんだ。

 

『うん、そこまで考える奴ならコラリィは殺さずに利用する。まだここにいるかどうかはわからんけど』

 

 とりあえず探すとしよう。

 

 探索すると、コラリィは地下にある檻に押し込められていた。

 向かい側や他の檻には誰も入れられていない。

 鉄の輪を両手両足に嵌められている。

 服もぼろぼろだ。

 

『このまま眺めてるのもいいか』

 

 良くないだろ。

 地下への階段前に魔のモノはいたが、檻の周辺に魔のモノはいない。

 

『檻の錠だけ斬って中に入って。静かにね。入ったら俺をコラリィたんにくっつけて。事情を説明する。手錠は斬らずにそのままで。それと――これが一番重要なんだけど、くっつけるのは胸でお願い』

 

 一部を除いて了解した。

 錠を斬って、音を立てないように格子扉を開けて中に入る。

 コラリィはなんだろうとこちらを見ている。あちらからはいきなり扉が開いたように見えているだろう。

 

 シュウを露出している腕の一部につける。

 いきなりの感触に驚き、全身をびくりと震わせる。

 手錠の鎖の音が牢に鳴り響いた。少し待ってみたが魔のモノが降りてくる気配はない。

 

『動かないで。驚くのはわかるけど、音を立てずそのまま聞いて欲しい。わかったら頷いて』

 

 とても落ち着いた声だ。

 初対面の人間相手にはとても効果的だろう。

 ただ、普段のパッパラパーな声に慣れていると気持ち悪くて仕方ない。

 

 効果はあったようでコラリィが頷いた。

 

『声を交わすのは初めてだけど俺は君は知ってるんだ。ここに来る途中、メルという変なのに会っただろ。俺は彼女の相棒をしている。生涯のパートナーさ。ああ、大丈夫。俺は多くの女性を受け入れる深い懐を持っている。コラリィちゃんも俺の相棒になってくれていいんだ』

 

 冗談言ってないで早く本題に入れよ。

 障害のパートナーとやら。障害は頭にあるのか?

 

 私の声を聞いてコラリィは辺りを見渡した。

 

『ここに姿を隠す魔のモノがいるはずなんだよね。コラリィちゃんはそんな魔のモノを知ってる?』

 

 コラリィは正面をジッと見つめる。

 ……私たち以外で頼む。

 

 彼女は首を横に振った。

 

『あの杖は取り出せる?』

 

 彼女はまたしても首を横に振る。

 

『取り出すには何が必要?』

「両手が自由になっている必要があります」

 

 彼女は小声で伝える。

 

『悪いけど、今はまだそのままで我慢して欲しい。姿を隠す魔物をここにおびき出す。機を見て助け出すからそのままの状態でいて欲しい』

 

 コラリィはコクリと小さく頷いた。

 

 捕まえて話を聞くんだな。

 

『そうだね。いちおう聞くけど、言葉がネックだ』

 

 はいはい。

 それでどうするんだ。

 

『反対側の檻から錠を取って、こっちに鍵をかける。斬ってしまった錠は回収』

 

 ふむふむ。それで。

 

『入口の魔のモノを斬る。アイテムは回収しない。ただし鍵は持ってたら回収』

 

 うん、それで。

 

『反対側の檻にステルスのままで待機。後は流れでなんとかしよう』

 

 うんうん、それだけか?

 肝心の部分を聞けてないと思うんだが。

 

『……コラリィたんの身に危険が及んだ場合は作戦を変更する』

 

 それが聞けたので良しとしよう。

 

 

 言われたとおりに動いた。

 コラリィがよく見える反対側の檻でステルスをかけて待機する。

 

 しばらくすると上が騒がしくなった。

 魔のモノが慌てた様子で檻の様子を見てきた。

 そいつは奇しくも見覚えのある猪頭のやつだった。

 

 コラリィを確認すると雄叫びを上げて牢から出て行った。

 たぶんあの様子だと私を探しに行ったな。

 

 その後は、他の魔のモノが降りてきた。

 二体の魔のモノが並んで立ち、その後ろから突如として別の魔のモノが現れた。

 

 おおっ、いきなり現れたぞ!

 こいつだな!

 

『……違う、そいつじゃない。魔力量が多すぎる』

 

 でも、音も足跡すらもなく現れたぞ。

 

『俺たちだって同じ事してるでしょ。こいつは戦える力を持ってる。姿を隠す術技を持った奴は戦えない。きっと臆病で卑怯者だ。こんなに堂々と姿を現さない』

 

 真ん中の魔のモノが左右の二体に何か指示を出した。

 二体は檻の鍵を壊し、そのまま中に入る。

 

 ……おい。

『まだだよ』

 

 二体はコラリィの手枷と足枷を壊し、彼女をそのまま檻の外に引きずり出す。

 

 おい。

『まだ』

 

 牢から出てきたコラリィが、私の方を見てきた。

 その目は助けを求めているようで……。

 

 行くぞ。

『待って』

 

 コラリィの姿が牢から消え、足音も遠ざかっていく。

 おい、何を待っているんだ。

 行くからな。

 

『待って! 動かないで!』

 

 意味がわからない。

 何を怒鳴っているのか。

 もう行こうと足を動かそうとしたときだ。

 コラリィのいた檻に、突如、爬虫類が二足で立っているモンスターが現れた。

 背中を向け、じろじろとコラリィの捕まっていた手錠を見ている。

 

『そいつだ! そいつを――』

 

 最後まで聞かなかった。

 檻の扉を蹴り開き、そのまま突進するようにトカゲッぽいモンスターを突き刺す。

 こちらに驚き、姿がうっすら消えていったが、いっさい構わずそのまま壁まで勢いで押し刺した。

 

『よっしゃ! 「看破」スキルゲット! コラリィたんを!』

 

 出てきたアイテム結晶を無視して、そのまま牢を駆け上がる。

 こちらを見返した偉そうなモンスターを切り捨て、二体のモンスターも容赦なく斬り伏せた。

 

 コラリィは膝をついたまま私の姿を見る。

 その表情は驚愕に満ちていた。

 

「あ、あなたは――」

『まず地下牢に戻ってアイテムを回収して。リポップを待たないといけない。話を聞くか消滅させれば、もうここに用はない』

 

 コラリィと地下に戻り、まずソレアからの手紙を渡した。

 それを読み、コラリィは戸惑いつつも私の話を聞いてくれる姿勢になった。

 事情をシュウが説明していく。邪神様のこと、私のこと、教会の地下であったこと、先ほどのモンスターのこと。

 

「すみません。まだ状況が正しく飲み込めていないのです」

 

 それはわかる。

 こんな変な姿の奴の話をマジメに聞けとはさすがに言えん。

 

「メル様、あなたには感謝をしています。一度ならず、二度までも救って頂きましたから」

『まぁ、それを引き起こした元凶なんだけどね』

 

 余計なこと言わない。

 

「先の魔のモノについても理解はしました。ただ、過去の邪神と教会の行い、賢者アハティスの振る舞い、それに最後の戦いの決着についてはまだ受け入れることができません」

 

 別にそれでかまわん。

 とりあえず、あのトカゲのモンスターが先だ。

 

『カメレオンだね。翻訳スキルがないからなぁ』

 

 地下牢で籠城し、カメレオンの復活を待った。

 復活してすぐに姿を消したが、看破スキルであっさり捕まえられた。

 しかし、やはりネックは言葉だった。

 

『やむを得ん。消滅させようか……。生かしておいても面倒だ。事情は言葉が通じる奴から聞くとしよう』

 

 コラリィが杖を構える。

 杖を麻痺で倒れているカメレオンの胸に付け、何か呟いた。

 カメレオンの体の中から光が満ち溢れ、皮膚を破るように体の外に光が漏れ出てくる。

 まぶしさが収まるとカメレオンの姿は消え去っていた。

 

『お! おおっ!』

 

 何?

 どうかしたの?

 

「我だ」

 

 聞き覚えのある低く物騒な声が牢に響く。

 邪神様の声が聞こえたぞ。

 どこからだ?

 

『腰を見て』

 

 見下ろすとアイテム袋の横に何かくっついている。

 腕が六本に翼が十二本、目が三つのぬいぐるみがくっついていた。

 

 なにこれ?

 

『そうか。そういう仕組みか。あの封印結晶の楔がこいつらなんだ』

 

 どういうこと?

 

『あの封印結晶は、さっきのカメレオン、それに精霊人、弟子、あともう一人の命で封印を維持してる。つまり、四人全員をこの世界から滅すると邪神様の封印が解ける』

 

 おお!

 目的がようやく明確になった気がするな!

 

 ……それでこのぬいぐるみは?

 

『邪神様の封印が緩まったから、体の一部をこっちに転移できたんだ!』

 

 それがこのぬいぐるみか。

 なんかできるの?

 

「フハハ、口がきけるではないか」

 

 ……それだけなの?

 ぬいぐるみは何だか可愛らしいが、低い声と合ってない。

 

「懐かしい顔があるな。息災であったか? 無垢なる聖杖――コラリィよ」

「その声、邪神ですね――」

 

 コラリィがぬいぐるみを睨む。

 なんか力の抜ける構図だ。

 

『微笑んじゃうね』

 

 いや、そこまでではないが……。

 ひとまずここから出ようじゃないか。

 目的も定まったし、話は後でもいいでしょ。

 砦を脱して、隣にあるとかいうムルズを目指すことにした。

 

 途中で猪頭と会ったが、私にこかされたところをコラリィの杖で光にされた。

 

 

 

 私は一身上の都合で砦に入ることができないので、近くの林で話をすることになった。

 

 とりあえず次の目的地は精霊の森だな。

 道も以前に通ったことがあるから大丈夫だろう。

 精霊人と、一緒にいるであろう弟子を殺せばいいわけだ。

 いやぁ、目的が明確だとすっきりするな。

 

『問題がある。大問題だ』

 

 大問題――それは?

 

『誰がその二人を殺すの? メル姐さんは殺せないし、少なくともコラリィたんは殺さないよ』

 

 見ると当然ですと頷いた。

 

「愚かな女よ……だが、それでよい」

 

 何がそれで良いのかわからんが流しておく。

 

『おそらくソレアを連れてきても殺してくれないね』

 

 ふむ。さっきのカメレオンと同様に、麻痺させて連れ出して現地の人にトドメを刺させるか。

 

『それを本当にやったら、メル姐さんが次の邪神に認定されること間違いない』

 

 なにそれ、どうすりゃいいのよ?

 

『邪神様がこの姿だからこそ出来ることもある。それを活用すれば良い』

 

 それは?

 

『説得だよ』

 

 どこかの優等生みたいな答えが返ってきた。

 

 

 

 コラリィは魔のモノとの前線を維持するとかで、ついてこなかった。

 私は邪神様人形と一緒に、以前と同じ道を通る。

 

「ほう、ここは過去に魔のモノの首を並べた場所よ」

 

 ときどき思い出話も聞かせてくれる。

 だいたいヤバイ話が多い。

 

 そう言えば、今から向かう精霊界ってのはつまるところ何なの?

 隔離された森に宮殿があって、精霊人ってのがいるみたいだけど、エルフの森みたいなとこって認識で良いの?

 

『エルフの森は、耳の長い種族が住んでるだけの変哲のない森。ちょっとダンジョンとか異世界の扉とかあるけど、それは別に、ダンジョンや異世界の扉があるからそこにエルフが住み着いた訳じゃない。他の森でも十分エルフの森になる可能性があった』

 

 その言いようだと精霊界とやらは違うと。

 

『まず場所として、精霊界は魔力のスポットにあたる。こういうのは霊脈、経脈、龍脈、エネルギー線……、それぞれの人が、それぞれ好き勝手に呼んでる。難しく考えず、魔力がたくさん集まる場所くらいに思ってくれればいい。外から見てもわかる人ならわかるほどの量があそこには流れてる』

 

 ふーん。どうもこいつらはわかるようだ。

 魔力が集まるのはわかったけど、精霊人ってのは何なんだ?

 

『全員かは知らんけど、魔力をその体内に取り込める力を持ってる人なんじゃないかな』

「然様。あ奴らは、自らに魔力を蓄えられる。また、魔力の解放も思うがままだ」

 

 魔力を蓄えるってのは何となくわかるんだけど、解放ってのは何なんだ?

 

『魔法を使うこと。魔力の消費だね。場所や人、動物でも魔力を溜めすぎると良くないことが起きる。魔法をドピュドピュッと出して、溜まった魔力を消費するの。身近な例で説明すると下剤による便秘の解消みたいなもんだね、ぶっちっぱ』

 

 例えがいちいち汚い。

 あそこに魔力が溜まっていって、魔法で消してるのはわかった。

 

「あ奴らは魔力を糧としておる。精霊術を必要とはせん」

『へぇ、魔法を使わなくても消費できるんだ』

 

 邪神様がシュウの説明に、補足を加えていく。

 別に精霊人じゃなくても普通の人が術技で消費しても良さそうなんだが。

 

『難しいだろうね。まず魔力を効率的に吸収できないし、術技は魔力の消費が魔法と比べて著しく少ない。正確には、魔力を変質させて術技を使うんだけど、使用後に逆変質で魔力に戻るんだ。正味の消費が恐ろしく少ない』

 

 そこはよくわからんけど、要するに精霊人は住むべくしてここに住んだってことだな。

 

『そうなるね。魔力の溜まりすぎを解消する役割を担うことになるね』

「然様」

 

 ……精霊王はなんで粛正されたんだ?

 魔力を溜めるのが精霊の役割なんだろ。別に悪くないでしょ。

 

『話、聞いてた? 溜めるんじゃなくて、消費するのが役目なの』

 

 でも、場所やら人ならまだしも、精霊人とやらの中に魔力を蓄えても別に問題ないんじゃないか?

 

『魔力はね。たくさんあるところに集まるの。消費せずに溜めていくと、周囲の生物の魔力も引き寄せられる。下手すると死ぬ。これは精霊人だろうと同じ。精霊王も見た感じ、魔力を抑える力はなかったからね。……ただ、前にも少し話したけど、あえて蓄えることで良くなることもあるにはある。長期的な視点と極めて慎重な取り扱いが必要になるけどね』

「いかにも。で、あるが故に我は精霊王を調停した」

 

 精霊王に、長期的な視点と慎重な取り扱いが見られなかったということだろう。

 それで調停と言う名の抹殺をおこなったらしい。

 

 

 

 ついに見覚えのある門が視界に入った。

 門の前には、前回同様に石に腰掛けた男が一人。

 

「メルか」

 

 顔を上げることもなく、近づいた私に声をかけた。

 

「久しいな、ケオンよ。門番の務めを果たしておるようでなによりだ」

 

 呼ばれた男は顔を不気味なほどゆっくりと上げ私を見る。

 私を見るな。こっちのぬいぐるみを見てくれ。

 はい、邪神様人形。

 

「ビカリアの首をもらい受けに来た」

 

 ぬいぐるみがぶっそうな事を喋る。

 どうもビカリアとかいうのが転移の術者らしい。

 ケオンは人形を見て、また私の顔を見る。そしてまた人形を見た。

 

 気持ちはわかる。

 これが今の、ありのままの邪神様だ。

 

「我の本質は見た目にあらず、その在り方によって示される」

 

 よくもまあ、その姿でそこまで尊大であれるものだ。感心する。

 それで、まあ、通してはくれないよな。

 

「通せん。その人形が邪神とあれば、なおのこと通すわけにはいかん」

 

 ですよねー。

 

「ケオンよ。一つ問おう。そも、精霊界の門番とは何か?」

 

 ケオンは何も答えず沈黙している。

 

「――こたえよ」

 

 沈黙を許さぬ物言いであった。

 見た目とは裏腹に、その声の凄まじいこと。

 

「……精霊人に危害を与える者の侵入を防ぐ。それこそが門番の使命。使命であった」

 

 過去に邪神を通してしまったことを悔いている様子だった。

 たぶん防いでも力尽くで通っただろうがな。

 

「未熟者め」

 

 邪神様は吐き捨てた。

 シュウも、はぁ、と溜息を吐いている。

 

「メルにシュウよ――我が片腕らよ。行くぞ。このような不出来者に付き合う必要はない」

 

 勝手に片腕扱いされてしまっていた。

 六本も腕があるのに、まだ腕が欲しいのだろうか。

 

 で、行って良いの?

 

『邪神様の考える精霊界の門番って何?』

「シュウよ、貴様はすでに…………。ふん、ケオン。貴様は何だ?」

 

 邪神様はしばしの沈黙の後に、問いを投げた。

 漠然とした問いにケオンは悩んでいる様子であった。

 

『悩んでなんかないでしょ。「精霊人に危害を与える者の侵入を防ぐのが門番の使命」とケオンは言った。でも、過去にケオンは邪神様を通している』

 

 そう言われるとそうだな。

 あのときなぜ、お前は通したんだ?

 邪神様を通したら、どうなるかくらいは判断できたろ。

 

『本当は門番の役割に気づいてるよね。記憶を改竄されつつも邪神様を通したって事はそういうことだよ。きちんと思い出してるはずだし』

 

 どういうことだよ?

 

『精霊界の門番は、精霊人を守る者じゃない。それなら最初から精霊人が門番をすればいい。近づく者に魔法を連発して人を遠ざけた方が確実――にもかかわらず門番を人間がやってるってことはだ。門番の役割は精霊人に肩入れすることじゃなく、「精霊界と人間界の均衡を守る」ことにある。一つに、精霊人が魔力を蓄えすぎたら消費してくれと頼む。もう一つに、精霊人の役割を人間が邪魔しそうなら、それの通行を止める。この二つが門番の役割だ』

 

 割とどうでもいいな。

 

『あのとき邪神様を通したのは、かつて魔力を溜めすぎた精霊王への警告だったんでしょう』

 

 ぶっ殺しちゃったけどな。

 

「儂の罪だ。儂自身が精霊王に警告をせねばならなんだ。精霊王が死んだのは、儂の罪なのだ」

 

 お前が警告しても精霊王は聞く耳持たなかったんじゃないの?

 

『うん。死体が一つ増えただけだった。懸命な判断だと思うよ』

「だが、それでも――儂が言わねばならなんだのだ……」

 

 過去のことをうじうじ言っても仕方ないだろ。

 それより今日と明日の事だ。

 

 中にいる精霊人はどうなんだ?

 魔力を蓄えすぎてないのか?

 

『あれほどの転移ができるんだよ。蓄えすぎに決まってる。普通の人間がやったら一発で倒れる』

「奴は世の均衡を崩しておる。調停をせねばならん」

 

 そろそろ私は行くが、お前はどうする?

 止めても無駄だぞ。私を止めることはできん。

 ここで後悔するか、付いてきて後悔するか、どっちだ?

 

『後悔を前提に、選択を迫るのはやめたげて』

 

 ケオンは石からふらりと立ち上がった。

 その顔は未だ迷いを断ち切れてはいない。

 

「儂も行く。警告は儂のやるべきことだ」

 

 そう言う割に、門を押す腕はどうにも頼りない。

 途中で腕を曲げ額を門につけ、考え込んでいる様子も見せた。

 

『乱数調整でもしてるのかな?』

 

 

 門を潜ると、木に挟まれた道が続いている。

 エルフの森と似た雰囲気なのだが、何かが違う。それが言葉にできずもどかしい。

 

『外からでもわかってたけど、魔力が満ちてるね。森が狂ってる』

 

 森が狂う。

 初めて聞く表現だった。

 それはどういう状態のことを言うのだろうか。

 

『木も生きてるからね。魔力を持つんだ。本来のキャパ以上に魔力を吸うと、人間で言うと薬でラリった状態になる。ここの森はそんな状態だ』

 

 襲いかかって来たりするの。

 

『もう少し蓄えるとあり得る。むしろ、それができないから狂うんだ』

 

 良くない状態のようだ。

 

「精霊人らは何をしておるのか。己らの領域すら管理できぬか」

 

 邪神様もご立腹である。

 

 道を進むと、街並みがあった。

 人の姿が見え、あちらも私に気づいた。

 驚いた様子でそれぞれの家に入り、扉を閉ざしていく。

 

『みんな解析がバグる。精霊人だね。正面の宮殿に一際大きい反応がある。そこにいるのが目的の人物だろうね』

 

 無人と化した街並みを進み、ぼろぼろになった建物に足を踏み入れる。

 宮殿の中に人はおらず、寂れた残骸を踏みつつ奥へと近づく。

 

 見覚えのある場所だ。

 邪神様が精霊王を斬りつけた部屋だろう。

 奥の、背もたれのやたら長い椅子に女が座っている。

 

「ようこそ、妾の宮廷へ。邪神と、その眷族よ」

 

 女が私たちを歓迎した。

 余裕に満ちた表情に、妖艶な声だった。

 

 予約もしていないが、遠慮なく邪魔させてもらう。

 あと私は邪神様の眷族じゃない。

 

「むっ」

 

 女の表情がぴくりと動いた。

 どうかしたのだろうか。

 

『魅了が無効化されたんで焦りが見えたね』

 

 そうだったらしい。

 とりあえず余裕ぶって話してくれてる間に倒そう。

 以前のように転移で逃げられたら、あまりにも面倒だ。

 

「女王ビカリア。どうか精霊女王として、精霊人の役割をお果たしあられたい」

 

 私よりもやや速く、ケオンが前に出て告げた。

 決心がつき、ようやく門番としての仕事をしたようだ。

 

「兄上を見殺しにした貴様が何を言う! 黙っておれ!」

 

 余裕の表情を一瞬で強ばらせ、女王は叫んだ。

 どうもヒステリックそうなやつだな。

 

『……こいつ、酔ってない?』

 

 酔う?

 そう言えば酔ってるようにも見えるな。

 

「何を言うか。妾は人の子らとは違う。酒には酔えぬ。邪神よ、貴様こそ酔っているであろう。赤き血にな」

 

 上から目線でそう告げた。

 酒で酔わないらしいぞ。

 

『酒じゃなくて、魔力に酔ってるんじゃないかな。魔力酔いってやつ』

 

 そんなのあるの?

 

『元の世界にもいたよ。安い魔力補給瓶飲んで、酔っぱらって味方に魔法をぶつけた魔法使い。今回はちゃんぽんにした魔力だからね。酔いやすいとは思う。しかし、大量の魔力保持ができる奴が、魔力に酔うとか……』

「ふむ、そのようなこともあるか。浅学であった」

 

 邪神様も知らなかったようだ。

 謙虚に自分の無知を恥じている様子だ。

 

「かの精霊王もあのようであった。兄妹ともども酔客であったか。これ以上は生き恥であろう。楽にしてやろう」

 

 いやいや。

 最後の一言は余計でしょう。

 

「何をごちゃごちゃと言っておるか。この精霊界は妾の庭。逃げるのは妾ではない。飛んで火に入るなんとやら――兄上の仇じゃ、死ぬが良いわ」

 

 女王は両手を真上に挙げた。

 

『わーお、魅了が通じないからすごい力業にでたね』

「うっ、ぐっ……」

 

 なにやってるの。

 万歳してるようにしか見えないだが……。

 ケオンが苦しそうに膝をついたところを見るに何かやってるんだろう。

 

『ほい』

 

 景色が変わった。

 世界が赤に塗られている。

 女王の真上にはどす黒い玉が渦巻いている。

 

『魔力を固めてるね。そのままぶつけてくる気でしょうな』

 

 念のため聞くけど、当たるとどうなるの?

 

『即死。近くにいるだけで死ぬ。ケオンが生きてるのは魔力増幅の術技によるものだし、メル姐さんに向かってるのは俺が吸ってる』

 

 ふむ、これ以上はまずいな。

 さっさと倒して――、

 

『絶対やめて! それが一番まずい! 倒したら、魔力が暴走してどうなるか本当にわからないからね!』

 

 どうも本当にやばいものらしい。

 じゃあどうするの?

 

『もうちょっと待って。完成させてから対処する。ケオンを俺の後ろに移して』

 

 私が平気な顔で立っているためだろうか。

 女王もむきになって、魔力渦をどんどん大きくしていく。

 

『もったいないね。この魔力操作力は素晴らしいものだ。ただの夜郎自大じゃない。もしも兄妹揃って生きて、きちんと話が聞けたなら、その恩恵は精霊界にとどまらなかっただろうに……』

 

 そんなことを言っても仕方ないだろ。

 奴の兄はもう死んでしまっている

 

「……ぬぅ」

 

 なんか呻いている。

 まさか自責の念でも芽生えたのだろうか。有り得んな。

 

『力業だけど、純粋な魔力だけに防ぐのが難しい。でも、相手が悪かったね』

 

 私も何をするつもりなのかわかった。

 シュウを精霊女王に向けておく。

 

「そのような剣で何ができるか。死ねい!」

 

 魔力がまとまったようで、両手を私の方へ差し出してくる。

 辺りの景色が歪む。かつてないほどの魔力塊が私へ向かってきた。

 

『吸引力の変わらないただ一つの片手剣』

 

 刀身が黒く染まり、魔力塊よりもさらに周囲の景色が歪む。

 全ての物体が、色が、魔力がシュウの刀身一点に集まる。

 

「なん、じゃと……」

 

 景色は元に戻り、そこには狼狽を露わにした女王が残った。

 

「有り得ぬ……。有り得ぬぞ! 何じゃ! 何をしたというんじゃ!」

 

 魔力を全部吸い込んだ。黒竜のスキルでな。

 魔力系の攻撃にはだいたいこれでなんとかなる。事実、なった。

 

「無理じゃ、無理じゃ無理じゃ! こんな化物を相手にできるか! あやつめ! 話が違う!」

 

 女王が服から棒状の物を取りだした。

 何だろうか?

 

『あっ、馬鹿! 斬って!』

 

 シュウに言われて踏み込む。

 

「遅いわっ!」

 

 一足遅く、女王は白い光に包まれ消えた。

 くそっ、逃げられたか!

 

『いや』

「がぁっ!」

 

 消えたと思ったら、直後に背後から叫び声が聞こえた。

 

『本当に生き恥を晒してどうするんだ……』

 

 振り返ると、そこには半分になった女王がいた。

 壁にめり込んでおり、残りの半分は見ることができない。

 

 ……なにこれ?

 

『転移魔法の失敗例。魔力を吸い込まれたのに、転移なんて使うから……。酔いと焦りで判断を誤ったね』

 

 女王は呻き声をあげている。

 どうすればいいのこれ?

 

「助け、よ。妾を、助け……」

 

 自分を殺そうとした相手を、救おうとは思うほど私は優しくない。

 

「ビカリアよ。先ほど『あやつ』と言ったな。『あやつ』とは誰のことだ」

「助け……」

「我は助けぬ。我の片腕も助けぬ。だが、ケオンはどうか」

「ケオンよ。精霊界の、門番よ。妾を助けよ……」

 

 救助を請われたケオンはビカリアの側へ寄る。

 

「女王ビカリア。貴女は、何を求めていたのですか?」

「知れたことを。世界じゃ。妾こそ、この世界に君臨する者じゃ。そうであろう? あやつは妾こそが相応しいと。そう述べた」

「貴女にそのようなことを言上されたのはどなたですか?」

「あやつじゃ。兄上の友――アハティスじゃ」

 

 私とケオンは互いに顔を見合わせる。

 死んだはずの人間の名前が出てきて何がなんだかわからない。

 

『弟子のフリソスはどこか尋ねて』

 

 言われたとおりに尋ねると、アハティスが連れ去ったらしい。

 もうどこにいるのかわからないようだ。

 

「妾は話したぞ。助けてくれりゃ」

 

 ケオンは女王に手を伸ばした。

 その手は直前で止まる。

 

「女王ビカリア。儂が救い出したら、貴女はその後どうなさいますか?」

「決まっておろう。妾は諦めぬ。必ずや、この手に世界を手に入れてみせよう」

 

 ケオンの伸ばされた手は、力なく垂れ落ちた。

 

「儂は、精霊界の門番です。そのような行いを認める訳にはいきませぬ」

「なぜじゃ? 何を言っておる? 早う、助けよ!」

 

 ケオンは目を瞑り、首を横に振った。その姿を見て、女王はケオンを罵る。

 次いで助けを請い、その後はよくわからないことを叫び散らかした。

 最期は声も力を失い、ぼろぼろと朽ち果て、床に崩れ去った。

 

「晩節を汚したな」

 

 邪神様の感想は容赦がない。

 

「むっ!」

 

 邪神様人形に黒い闇が集まった。

 手乗りサイズから、むくむくと大きくなり膝下くらいの大きさになった。

 見た目もデフォルメから、ややリアルになった気がする。

 

「フハハ、我が力の一部が戻ったぞ」

 

 拳サイズの足で立ち、手のひらほどの胸を反らせて笑っている。

 サイズは未だ小さく、声以外に迫力は感じられない。

 

 さて、問題の二人が倒れ、話は真相に近づいてきたはずである。

 しかし、アハティスが生きているという件は、謎に拍車をかけたように思えた。

 

 

 

4.邪神様にはわからない

 

 邪神様の封印が一段階解けたものの、問題が一つ増えた。

 元凶のアハティスが生きており、しかも封印の楔たる弟子を連れ去ってしまったとのこと。

 

 アハティスは死んだんじゃないのか?

 

「解せぬ」

 

 邪神様は私の頭の上に腰掛けている。

 歩幅が違うので並んで歩けず、仕方なく乗ることを許可した。

 最初は肩だったが、耳と頭に羽がグサグサ刺さるし、腕も邪魔なのでもう一段上にいってもらった。

 下の羽とおまけ程度の足で、私の頭を抑えてバランスを保っているようだ。

 

『ざっと四つの可能性がある。一つは邪神様の見た記憶が全て改竄された偽物だったという可能性』

 

 そもそもの「アハティスが死んだという記憶」が、アハティスによって書き換えられた記憶だったということか?

 

『そうそう。でも、それはないと思う』

「然り」

 

 なぜ?

 

『邪神様がアハティスからスキュード・ラーニングしたスキルが「記憶の回想」。あれは改竄というスキルに対抗したスキルだ。正しい記憶を見せることによって、ねじ曲げられた記憶を否定するというもの。あそこで見た記憶は正しいだろう。ただ、改竄には対抗できても、消去には対抗できてないのが穴だね』

 

 そうすると、残りの二つか。

 二つ目の可能性は私にもわかるぞ。

 アハティスが本当は生きていたということだな。

 

『前にも言ったけど、それはゼロに近い。あの致命傷を事実とすれば、死ぬしかない』

 

 そんな話もしたな。

 それじゃあ三つ目は何だ?

 

『アハティスを騙る何者かがいる』

 

 ああ、なるほど。

 それじゃないの? 見た目を騙す術技つかってるとか。

 

 邪神様も頭の上で頷いている。

 

『十分にあり得る話だと思う。でも、俺はあえて四つ目を推したい』

 

 それは?

 

『アハティスは確かに死んだ。――そして、蘇った』

 

 いつぞやも聞いたな。「死んだのなら蘇れば良い」と。

 でも、今度は機械のコアじゃなくて人間だぞ。

 

「胡乱なことを」

 

 邪神様は頭ごなしに批判するが、案としては好みだ。

 ちなみに、どうやって蘇るんだ?

 

『魔のモノは、どちらかというと生物なんだよね』

 

 ……うん?

 まあ、そうだな。動物系のモンスターが多い印象だ。

 

『無機物系や死霊系、それにアンデッド系も俺が見た限りじゃいなかった。魔晶が生物にしか寄生できないからだと思うんだけど、ここの考察はひとまず置こう』

 

 たしかにそうだった気がするな。

 猪に、鷲に、豚とか動物が多かった。

 ゴーレムやレイス、ゾンビとかは見た記憶がない。

 

「……ふむ、我が片腕よ。貴様の可能性を認めよう」

 

 邪神様は何かわかったらしい。

 これは今のうちに聞いとかないと置いていかれる流れだ。

 考察とか後でいいし、最悪なくてもいいから、さっさと結論を教えて。

 

『邪神様が決戦の前に戦った、魔のモノの王――絶命王とやらが、アハティスを復活させたんじゃないかと』

 

 そんな話があったことすら、もう忘れていた。

 なんで絶命王がアハティスを復活させられるんだ?

 

「絶命王と戦った後の邪神様は、アンデッド特有の腐臭が漂ってた。でも、絶命王が魔のモノなら生物系だろう。だとすると腐臭は絶命王の術技によるもの。おそらく、死者の蘇生かな」

「蓋然性は高い。奴は無数の死者、死獣を操り、数多の生者を殺め、世界の均衡を著しく崩した。故に、調停を執行した」

 

 最初からそこを説明してくれてれば、もっと早い段階でわかってたんじゃないのか。

 

『精霊女王がアハティスの死体を、魔のモノに引き渡し、魔のモノが絶命王に頼み、絶命王がアハティスを復活をさせた。アハティスは、魔のモノとも繋がりを持っていた。教会に出回っていた魔晶はそいつらから提供された? いや……』

 

 弟子と精霊女王と魔のモノ、それにアハティスの四人が邪神様を封印したのか。

 ……アハティスは記憶の改竄だろ。結晶化はどうやってやるんだ。

 

『絶命王が邪神様に倒されて、復活したアンデッドも朽ち果てた。でもアハティスはまだ生きている』

 

 お前の説だとそうなるな。

 

『自らの身体に魔晶を埋め込み、新たな生命体としてこの世界に命を再度芽吹かせた。封印結晶の術技もそのときに得た……可能性がある』

 

 馬鹿げているという思考がよぎったが、そうあって欲しいと思う気持ちも否定できない。

 仮に事実とすれば、何とたくましい奴だろうか。

 

『主人公みたいな奴だよ。一度倒されても仲間の力で一時の命を得て、その短い時で自らに結晶を埋め込みパワーアップして完全復活。さらに種族間で手を結ばせて邪神様を封印まで追い込むんだから。もちろん本当にそうかはわからんけどね』

 

 面白い話だな。私は好きだぞ。

 

「可能性としてはアハティスを騙る者の説が高い。片腕の説も『可能性はある』に留める。しかし、その説に我は些かの高ぶりを感じておる」

 

 たぶんそれはおもしろさだろう。

 

「おもしろさなど不要である、が――」

 

 邪神様は何も語らない。

 無理に聞き出すことでもないので、私も黙っておくことにした。

 

『ただ仮説に対して、経験上の意見を言わせてもらうと……、アハティスの存在自体は俺好みで好きけど、彼の目的はおもしろいものじゃないだろうなぁ』

 

 おお、復活の話に目がいって、奴の目的には話が及んでなかったな。

 奴はいったい何を目的としていると考えてるんだ?

 何がそこまで奴を駆り立てるのか。

 

『アハティスが本当に生きていて、精霊女王に「世界を統べろ」と言ったなら、その目的はさらにその上か、別次元のところにあるでしょう』

 

 女王の上?

 

『王さえも見下ろす立場――神にでもなろうとしてるんじゃないかなぁ。あるいは……うーん、どっちにしろ微妙だ』

 

 今までの高ぶりを全否定するような、つまらなさそうな声でシュウはそうぼやいた。

 

 

 

 話はいろいろ出たが、これからどうするんだ?

 弟子やアハティスを騙る者を探すにしても、どこにいるのかわからんぞ。

 

『ほっとけば向こうから問題を持ってきてくれるでしょうよ……ほら、来た』

 

 見覚えのある鳥が、ケオンの前に降り立った。

 

「こやつはコラリィの……」

 

 ケオンが、足から手紙を外してそれを読む。

 

「『ムルズにて魔のモノとの前線を維持。

  旧カナエレイ村方面にて異変有り。

  挟撃の恐れ高し、応援求む』

 行かねばなるまい」

 

 門番の仕事はいいのか?

 

「魔力も安定しておる。今はコラリィが心配じゃ」

「許す。行くが良い」

 

 ものすごい上から目線で邪神様も許可を出す。

 いったい邪神様とは何様なんだろうか。

 

『コラリィたん、ちょっと襲われすぎ……。あの杖、なんか良くないことの引き寄せ効果があるかも』

 

 ムルズってのはコラリィと別れた砦のことだろ。

 カナエレイ村ってのはどこなんだ。

 

「ムルズ北東にある小さな村だ。導師アハティスが邪神に殺された場所でもある」

 

 ……ああ、邪神様がいきなり火柱を撃った村か。

 

「この手紙は他の二人にも出されておる。それならプラティナが向かうだろう」

 

 あの光ってる剣の持ち主が、なぜ?

 

「あそこはプラティナの生まれ育った村だ。それにフリソスの生まれた場所でもある。今はもう誰も住んでおらぬがな」

 

 フリソスって誰だっけと尋ねると、どうもアハティスに連れ去られた弟子だったらしい。

 次の行き先は決まった。善は急げだ。さっそく向かおう。

 

 

 邪神様の道案内でカナエレイ村への道を進む。

 道は草が生い茂り、すでにこの道が使われていないことを物語っていた。

 

 村に近づくにつれて魔のモノが増えて来ている。

 確かに何かが起きていることは間違いない。

 

『来た、隠れて』

 

 ステルスを使って道の端に寄る。

 すぐ脇を大きな狼に乗った剣士が走り過ぎていった。

 

『観察力が足りてない。草が踏み倒されてるんだから、ここに誰かいたってわかるのに』

「何もかもが足りてない男よ」

 

 やれやれとシュウは嘆息。

 邪神様は一言でこき下ろしている。

 

 どうやら一人のようだな。

 ちなみに私も途中までケオンと一緒だった。

 ムルズが攻められているとの連絡を受け、ケオンがそちらに行くことになった。

 

『追うとしよう。何もないって事はないでしょう』

 

 プラティナを追い、村に着いた。

 家はまだ朽ち果てるほどには廃れていない。

 道と同様に草が生い茂っており、一人の青年が周囲を見渡している。

 村中心部に何もないことを確認すると、青年は村はずれへの道を進んでいった。

 

 道の先には廃墟があった。

 炎で焼き尽くされ、建物の基礎部分がかろうじて残っている。

 それすらも雨と風に晒され、草も伸び、その姿は消えようとしている有様だった。

 

 そこに二人の男が立っていた。

 一人は先ほどの男、プラティナだ。

 もう一人は問題の弟子フリソスだな。

 

 あれ? 何かおかしくないか?

 

『腕が戻ってるね』

 

 あっ、本当だ。

 治したのだろうか。

 

『くっつけたのかもしれないし、生やしたのかもしれないね』

 

 どっちにしろ碌なモノじゃないな。

 

「兄弟子! どうしてここに!」

 

 プラティナは純粋な驚きに満ちた様子でフリソスに声をかけた。

 

「プラティナ。お前は、ここでの日々を覚えているか?」

 

 フリソスは、プラティナの問いに答えず、逆に質問を返した。

 

「忘れるわけがない。俺と兄弟子、それにムベンやミッカボゥたちと一緒に先生の教えを受けた」

「そうだ。今でさえ目を瞑ればあの頃の日々が浮かんでくる」

「しかし、先生は殺された! おぞましき邪神によって!」

「……プラティナ。それは違う。先生は生きておられる」

 

 プラティナは声を失った。

 

「私がここにいるのも先生が助けてくださったからだ」

「馬鹿な。先生は確かに死んだ。ここで看取ったことを覚えている……まさか」

 

 フリソスは、プラティナの疑問を肯定した。

 目を閉じ、自らの罪を認めているかのようである。

 

「プラティナ。すまない。お前の中にある記憶は、俺と先生が弄ったものだ」

「なぜだ? 兄弟子、なぜそんなことを?」

 

 飽きてきたな。

 どうもシュウの仮説が現実味を帯びてきた。

 だいたいわかってたようなことを今さら聞かされても困る。

 

「先生を生かすためだ。先生は自らに何かがあったときのことも、俺たちに告げられていた。そして、俺たちは先生のために禁忌を犯した……グッ」

 

 フリソスが胸を押さえてうずくまる。

 

「あ、兄弟子! どこか悪いのか」

「来るなっ! 最後まで聞くんだ! お前が一番にここに来ると信じていタ。先生に見つかる前にやってもらいたいことがアッたのだ」

「やってもらいたいことってなんだ! 先生はどこにいるんだ?!」

「先生ハ、ここにいない。いないカラこそお前に伝えたい」

 

 フリソスの様子がおかしいな。

 

『魔晶が埋め込まれてるからね』

 

 えっ?

 

「頼む。先生ヲ止めてクレ。それと私ヲ、コロして……もう私ハ私ヲ保てナイ……」

『安い三文ファンタジー小説を読んでる気分だ』

 

 フリソスの胸付近から血管が顔や腕に浮き出てきた。

 

「兄弟子!」

「アッ、アァァァ! ガァッ!」

 

 顔がべきべきと変形し、腕にも毛がにょきにょきと伸びている。

 おお、なんかボス戦の始まりみたいだな。

 

「何だ! 何が起きているんだ!」

 

 右腕の先が大槌に変わり、頭は羊に変わった。

 

「コロセ……、コロ…………コロス」

 

 羊が右手の大槌を振り上げてプラティナに襲いかかる。

 プラティナは大槌を取りだした光の剣で防いだ。

 勢いを殺しきれず飛ばされてしまった。

 

「何だ! 何なんだ!」

 

 理解が追いつかず、プラティナはひたすら叫んでいる。

 

『行こうか。死なれると困る。本人も望んでいることだし、殺してもらうことにしよう』

 

 ステルスを解除し、プラティナの横を通り羊の右腕を斬り落とした。

 羊は甲高い声で悲鳴をあげ、腕を押さえた。

 

「なっ! 貴様は!」

 

 プラティナは驚きを隠せなかった。

 その手に持つ剣を私へと向ける。

 

「たわけめ。敵を見誤るか」

 

 お前の敵は私じゃないだろ。

 兄弟子は魔晶を植え付けられて、魔のモノになった。

 植え付けたのは私じゃない。あいつが言ったようにお前の先生とやらだ。

 

「奴の頼みを忘れたか?」

 

 容赦ない言葉である。

 しかし、迷っている暇はない。

 お前が殺せないというなら私が殺すとしよう。

 

「プラ、ティナ……コロシ…………」

 

 羊が腕を開いて呟いた。

 

「あ、ああああぁぁっぁ!」

 

 プラティナは叫びつつ剣を構え、そのまま羊へ突進した。

 

「嫌ナ役を押しつケタ……、スマなイ。せんセイを――」

 

 羊は崩れ落ちた。

 目の光を失い、地面に伏せる。

 

「フハハッ、力が戻りおるわっ!」

 

 プラティナが力なく項垂れている後ろで、邪神様が空気を読まずにはしゃいでいる。

 実際に邪神様の姿も人間と同じくらいのサイズに戻った。

 

 いよいよ残るはアハティスだけである。

 

 

 

5.邪神様に花束を

 

 力を取り戻した邪神様と、脱力状態のプラティナ、それに私が並んで歩く。

 ひとまずコラリィとケオンのいるムルズ砦に向かっている。

 

 私の知りうる限りの話を伝えたが、プラティナは理解したくないようであった。

 実際、憎むべき邪神からこんな話を聞いても信じられまい。

 

「誠剣衝破!」

 

 ときどき出てくる魔のモノをプラティナは倒していく。

 なんでこいつは技名をいちいち叫ぶんだろうか。

 

『雑魚だから』

「未熟ゆえよ」

 

 揃って即答である。

 

『魔法と術技の最大の違いは、魔力の消費か変質かだ』

 

 なぜ弱いと技名を叫ぶのか、という疑問の顔にシュウが気づいて答えてくれる。

 

『消費と変質の違いは、詠唱の有無とほぼ同義なんだ。魔法には詠唱が必要で、術技にはいらない』

 

 にもかかわらず、プラティナは詠唱……ではないが技名を叫んでいる。

 

『魔法なら「この詠唱で、こんな現象がおこる」ってのが明確だけど、詠唱がないぶん術技はその因果が不明確なんだ。本人が、「自分の魔力をこう変質させたときにこんな結果が出る」ってのを積み重ねていかないといけない。名前を付けて叫ぶことで、変質から結果までの過程を自分の中で明確にできる』

 

 つまり?

 

『つまり、技名を叫ばないと効果が出せないのは研鑽不足。叫ぶのは自分の中で魔力変質が明確になってないことの顕れ。いちいち技名を叫んだら、何するかが相手に筒抜けだ。叫ぶ振りして別の術技を使うってフェイントならありだろうけどね』

 

 なるほどな。

 剣はぴかぴか光って格好いいのにもったいないな。

 

『この世界の武器は変なのが多い。意味もなく光る剣、魔のモノを呼び寄せそうな杖、爆発するコア、大半の人間が使えないだろう魔法のアクセサリー』

 

 言われてみるとおかしいな。

 

『武器だけじゃない。解析できないのはだいたいおかしい。魔力酔いする精霊。生物を取り込んで暴走させる魔晶。楔の必要性を感じない封印結晶。それに――』

 

 なんにせよ、へんてこな世界だな。

 

『へんてこではあるけど……世界なのかなぁ』

 

 煮え切らない回答である。

 

 それより、もう少しで砦だがどうするんだ。

 コラリィにケオンもいるだろ。それにプラティナか。

 

『もしかしたらソレアも完成させて来てるかもしれないね』

 

 四英雄様がそろうわけだ。

 

「問題はアハティスであろう。奴は何処におるのか」

『メル姐さんが邪神として転移してからの精霊と弟子の動き。それに魔のモノの異常な攻勢。おそらく魔のモノ達と一緒にいるね』

「で、あれば砦になど用は無い。このまま奴らの元へ進行するのみ」

 

 進行じゃなくて侵攻か進攻が正しいだろう。

 私としてもそうしたい。砦に寄っても変なことになるのが目に見えている。

 

 

 

 砦の前でプラティナに伝言を頼み、そのまま私は西へと進む。

 魔のモノたちの領域へと攻め込むことにする。

 

 魔のモノも弱いため苦戦はない。

 あっという間に、ガスク砦へと辿り着いた。

 砦付近のモンスターを狩っていると、なにやら地響きが聞こえる。

 

 西からではなく東からだ。

 土埃が舞い上がり、数多くの人がこちらへ向かってきた。

 

『メル姐さんが攻めるのを足がかりにして、砦を取り返すんだろうね』

 

 ふーん。

 まあ、少しは手伝うとしようか。

 ガスク砦の西に立ち、攻めてくる魔のモノらを倒していった。

 邪神様は特に何もしない。均衡を歪めない限り干渉しない方針らしい。

 

「メル様」

 

 倒していると四つの姿が私に近づく。

 

 輝く剣を持つ青年。

 真っ白な杖をもつ僧侶。

 機械に全身を包まれた女。

 それに、髪を剃り禿に戻った男。

 

 奇しくも例の四人と邪神様。あと私が揃った。

 互いに現在まで知っている事の情報交換をし、知識を共有した。

 雰囲気はとても良い物ではないが、魔のモノに攻め入ることには両者の意志は一致している。

 

 剣が閃き、光が魔のモノを射し、鉄の礫がモンスターを貫き、火風水土が魔のモノを襲う。

 私も適度に剣を振るい、邪神様はうむうむと頷いている。働けよ。

 力はある程度振るえるらしいが、働く気はない様子だ。

 

「久しぶりですね。四人とも」

 

 西へ西へと突き進み、男の呼びかけで侵攻は止まった。

 奇しくも場所は以前と同じ場所。邪神様と四人が戦い、私がこの世界に降り立った所だった。

 

「先生!」

 

 プラティナに呼ばれた男はニコリと微笑んだ。

 大きな岩のような体に、優しげな笑顔を携えた初老の男。

 魔のモノだから動物っぽくなると思っていたが、見た目は人間だな。

 

「先生、どうしてこんなことを!」

「人のためです」

 

 プラティナの勢いづいた質問にさらりと即答。

 それ以上の解説は続かなかった。

 

「賢者アハティス。あなたは魔のモノなのですか?」

「その問いへの回答は、『はい』でもあり『いいえ』でもあります。これをご覧下さい」

 

 アハティスが自らの服をめくると、そこに魔のモノに浸食された人たちと同じような血管が浮き出ていた。

 

「機構としては魔のモノでしょう。しかし、私はこのように自我を保っている。姿も元とほぼかわっておりません。無垢なる聖杖、コレリィ。私も貴女にお尋ねしたいうかがいたい。私は魔のモノですか?」

 

 コレリィは答えを詰まらせた。

 

「アハティスの旦那。アンタがこのコアについて何か知ってるんじゃねぇかって話だが、どうなんだ?」

 

 機械に身を包んだソレアが尋ねる。

 

「はい。私が普及させました」

「暴走するように仕込んだのも旦那か?」

「違います。私はそれの構造を知らない。人が活用できると信じて世に流しました。一部で残念な結果にはなりましたが、貴女なら他のコアももう暴走させることはないでしょう。違いますか?」

 

 ソレアは沈黙した。

 彼女はコアの構造を理解している。

 実際に、他のコアから爆弾部分を取り除いたと話していた。

 

「精霊王と精霊女王に何かを吹き込んだのも貴殿か、導師アハティス」

「いかにも私です。彼らには魔力を制御し、生命の流れを安定してもらう必要がありました。その役割を彼らに依頼したのです」

 

 ところがあいつらは魔力を溜めて酔っ払った。

 酔っ払いには世界の命をコントロールすることが王だと思えてしまったのだろう。

 

「先生。兄弟子はどうして魔のモノになったんですか」

「残念なことです。精霊界で異常な魔力を浴び、彼はもう保ちませんでした。助けるためにはああするしかなかったのです。堅い意志を持てば魔晶も制御できるのですが、及びませんでしたか」

 

 アハティスは目に涙を溜めていた。

 私にはそれが演技とは思えない。プラティナにとってもそうであったようだ。

 

「賢者アハティス。それに関してですが、教会に魔晶を配っていたのは貴方ですか?」

「私です。魔のモノから手に入れた魔晶を、各地の教会に配りました。不治の病や大怪我を患っているひる人たちに魔晶を埋め込み、教会の聖光で魔晶の活動を弱めつつ、徐々に体に慣らしていく。これにより安定した魔晶との融合が見られると踏んでいたのです。今の私のように」

 

 シュウも似たようなことを言っていた気がする。

 

「私は全ての行いを、ただ人のためにおこなってきました。自らの行いにいっぺんの曇りも陰りありません」

 

 清々しい態度だった。

 

「先生、それは本当に人のためになるんですか?」

「なります」

「俺たちや兄弟子、それに精霊人たちの記憶を弄ってまでやることだったんですか」

「やるべきことでした。故におこないました。いくつものすれ違いや不幸を起こしたことは謝罪しましょう。必要とあれば一人ずつでも頭を下げていきましょう。しかし、人間の歩みを止めるわけにはいきません」

 

 迷いの欠片が一切ない返答だった。

 ついに、アハティスが邪神へ問いかけた。

 

「邪神よ。あなたは世界の均衡を謳う。しかし、実際におこなっているのは殺戮と破壊ではないか。あなたが動いた分だけ、世界の歩みは遅れてきた」

「逆しまよ。貴様のような者がいるから、世界はいつまでたっても均衡を保てぬのだ」

 

 平行線だな。

 それで、どっちが正しいの?

 個人的にはアハティスが正しい気もするんだが……。

 邪神様の言ってることもまた、そうである気がしてならない。

 

『どっちも正しい。長い目で見るか、または大きい視野で見るかどうか。顕微鏡視点で見ると邪神様が正しいし、望遠鏡視点で見るとアハティスが正しい。この議論は意味がないね』

 

 うーん、そうなのか。

 ちなみに魔のモノと人間は戦っているがそれはどうなんだ?

 

「メルさん。申し訳ありません。人と魔のモノの戦いは私の力不足によるものです。いずれ止めてみせます。私は人間と魔のモノはわかり合えると考えています」

「愚かな。同種族ですら個体が二おれば諍いが起きる。ましてや種族が違えば共存など有り得ん。互いに距離を取るのが一番よ」

 

 確かにそうだ。

 アハティスの言にも、邪神様の言にも頷く。首の動きが忙しい。

 

「そのとおりかもしれません。しかし、それでは隣人ですら会釈できなくなる。あまりにも窮屈な世界です。いきなりは難しい。戦いの歴史は両者に、深く暗い根を張っています。長い時間がかかるでしょう。しかし、私ならできます。やらねばいけないのです。この体になってから年を取ることがなくなりました。私は人と魔のモノ、両方の生を持っている。どんなに長い年月をかけようと、両者が手を取り合える世界になる。それこそがこの世界に生きる生命の在り方だと――私はそう信じており、私に課せられた使命だと自負しています」

 

 なんかもっと悪っぽいのが出てくると思ったのに、なんか違う。

 これは私の求める冒険ではないな。

 

『そうだね。勝手に自負しとけって話だ』

 

 だよな。

 私の求める冒険ってもっとこう――

 

『ダンジョンぶーん! モンスターすぱすぱ! ボスをザクザク! アイテム結晶やったぁー! 後のことなんか知りましぇーん! だよね!』

 

 たしかにそうだけど!

 そうだけどね!

 そうだよ!

 

 ……そうだったのである。

 こんな均衡やら、信念やら使命とか人間の進歩は、私の知ったことじゃないな。

 しかもここ私の世界じゃないしな。そろそろダンジョンに行きたい。

 

 もうめんどくさいからシンプルに戦ったらどう?

 大層なことを口で言いあっても、けっきょくのところ実力がないと何もできないでしょ。

 

「むべなるかな」

「道理ですね」

 

 問題の二人は頷いた。

 よしよし。後はがんばってくれ。

 私にしては珍しく良いことを言ったんじゃないだろうか。

 

 どう思う?

 

『思考と対話からの逃避。妥協点を探すことすらしないとはね。諦観すら覚える。両者がその提案に頷いたってことはだ。どちらが勝っても同じ未来が待ってるよ――力で他者を抑えつける世界だ』

 

 私の真の敵はこいつかもしれない。

 

 すでにアハティスも邪神様も戦闘態勢に入っている。

 例の四人はどうするんだろうか?

 

『選ばせてやったら? 自分たちの世界だ。未来を選ぶ権利は彼らにある』

 

 そういうわけだ。

 四人とも、好きな方に味方しろ。

 全員が頷きあい、片方へと動き始めた。

 

「私はあなたたちにひどいことをしてきた意識がある。あなたたちはそれでも私についてくれるのですか?」

 

 四人は全員アハティスについた。

 

「不満はある。でも、先生は先生だったから」

「賢者アハティス。神の教えに反しない限りはその行いを認めましょう」

「やれやれ、アハティスの旦那。次からはコアをあたしんところに回せよ」

「精霊界の役割は変わるかもしれない。それも進歩なのだろう。導師アハティス。貴殿がそれを導くか」

 

 ノリが良い奴らだ。うんざりしてくる。

 

「ふん」

 

 邪神様が手に持っていた本が動いた。

 四人が膝をついたがすぐに立ち上がる。何したの?

 

『記憶の閲覧だね。記憶の改竄を疑ったんでしょう』

 

 でも、全員まだアハティスの側に立っているぞ。

 

「邪神よ。私はすでに『記憶の改竄』はできません。その術技はこの体になったときから失い始め、もう使用することはできないのです。彼らは、彼らの意志でこちらに立つことを選んだのです。そして、彼らが選んだのは私ではない。――人間の進歩の道なのです」

「愚にもつかん」

 

 なんか盛り上がってきてるな。

 

『メル姐さんはどうするの?』

 

 …………私は、見ておくことにしよう。

 どっちかが負けたときにそれを認めさせる審判役が必要だろう。

 正直に言うと、どちらに味方をするのも気が乗らない。

 

『今日一番の懸命な判断だね』

 

 それでいいか、邪神様?

 完全体ではないけど、チートの力があるからなんとかなるでしょ。

 

「許す。奴らを調停し、完全なる姿となり世界に均衡をもたらそう」

 

 こうして最後の戦いが始まった。

 なお私は見てるだけである。

 

 

 戦いが始まったのだが、意外に拮抗している……気がする。

 そこんところどうなの?

 

『拮抗してるね。単体の力としては今の状態の邪神様でも頭二つ三つ飛び抜けてる』

 

 しかし、邪神様の攻撃はどれも五人に捌かれている。

 

『アハティスの存在が大きいね。四人ならばらばらだけど、アハティスがリーダーとして役割を果たして四人が連携できてる』

 

 確かにな。

 

 プラティナが剣で邪神様の剣戟を防いでいる。

 コレリィも光の攻撃はせず、回復に徹している様子だ。

 前回の戦犯認定を受けたソレアも、今回は適切に礫を発射している。

 場を見だしていたケオンも小さな魔法を使い、邪神様の動きを鈍らせること注力する。

 

 なによりも、その四人を指示するアハティスの存在が大きいだろう。

 彼が全体を見て、的確な号令をかけることで邪神様に動きがつかない様子だ。

 

『……負けたな』

 

 シュウも邪神様の負けを預言している。

 

『アハティスがまだ術技を使ってないからね』

 

 記憶の改竄は使えなくなったって言ってただろ。

 

『記憶の改竄はね。別の術技が使えるようになったんでしょう。忘れてるの? 彼が四人目なら使う力は明確だ。まだそれが出てない』

 

 ああ、そうか。

 まだ肝心の術技を目にしていなかった。

 

「邪神よ。見事です。その形態でもそれだけの力を発揮できるとは――。故に、今回も使わせてもらいます。私の術技は、五年前よりもさらに向上しました。お見せしましょう。そして、あなたに完全な敗北があらんことを」

 

 ついに来るか。

 

『よっしゃ、俺もラーニングして結晶壊せるようにしちゃおう』

 

 うむ、それがいい。

 

「私の力は、私のためのみにあらず」

 

 アハティスの手に旗が握られた。

 同時に、辺り一帯に白き光が満ちていく。

 

『んんっ?』

 

「私は人間に進歩を促すため、先陣を切り旗を掲げよう」

 

 今まで後ろに立っていたアハティスが、旗を振り上げて先頭へ向かう。

 

『どういうことだ……?』

 

 予想していた光景ではなかった。

 邪神様が結晶に封印されるのかと思ったがそうではない。

 

 全員の術技の力が向上した。

 目に見える形ではっきりと能力が上がっている。

 

 プラティナの輝く剣が、邪神様の黒い剣を断ち切った。

 コラリィの光は、邪神様の黒き靄を貫いた。

 ソレアもケオンも同じく邪神様を上回ったのだ。

 

 邪神様は全員から一撃を受けて、ついに地に臥した。

 

「……ありえぬ」

 

 邪神様の姿が光のように消え去る。

 

「これが私に新たに与えられた術技です」

『能力向上か。凄まじい効果だね。術技だけなら極めてるレベルだ。でも――』

 

 ああ、封印結晶じゃなかったな……おろ?

 体の周囲に光が現れてきた。

 

『元の世界に戻されるみたい。邪神様が負けたからかな』

 

 私は、勝ち残った五人に手を振って別れを示す。

 戻されるまでのわずかな時間で、彼らも私にそれぞれの別れを示してくれた。

 

 こうして私は邪神様の封印結晶の前に戻った。

 邪神様は封印されて何も言わない。その表情からも何かを読み取れることはなかった。

 

 

 

6.邪神様、いつかまたこの洞窟で

 

 邪神様の記憶の中で反省会をおこなうことにした。

 

 久々の完全体の姿だが、なぜだか小さく見える。

 どこか元気がなく、言葉も少ない。落ち込んでいるのかもしれない。

 

「我は、敗北したのか」

 

 事実の確認だ。

 完敗だったと思う。

 

「敗北の戦闘における理由は我にもわかる」

 

 そうか。

 まあ、私でもわかるくらいだからな。

 

「わからん。あやつらはなぜアハティスの肩を持つのだ?」

 

 なんかごちゃごちゃ言ってたな。

 ……たぶん、今までの行いのせいじゃないか。自業自得だと思う。

 アハティスが出てくる直前まで、あの四人には邪神様と一緒に奴を討伐する勢いがあった。

 でも奴は出てきてから、自らの非を認めるところは認め、奴が答えられる範囲で彼らの疑問に真摯に答えた。

 そして、奴の目指すところとその必要性を、言葉に込めて彼らに訴えた。

 ちょっと私には暑苦しく、息苦しさも感じたがな。

 

「我にはなかった、と」

 

 あったか?

 

 邪神様は黙る。

 ないと認めたが、口には出したくない様子だ。

 

「奴の道は夢物語ではないか。現実的ではなかろう」

 

 そういった論理的な話は私にはわからん。

 ただ、思うのは、アハティスが語る夢物語の方が、彼らにとっておもしろそうだったんだろう。

 邪神様の語る未来は、全部邪神様が管理してしまって彼らにやることがない。

 

 アハティスの語る未来は現実的じゃなく、困難だらけなのかもしれない。

 それでもあいつは一人ではなく、あの四人と人間全員、それどころか魔のモノも巻き込んで作り上げようとしていた。

 誰かに作られる未来じゃなくて、自分が一員となって作り上げる未来を描いてた。

 たぶんそっちの方がずっとおもしろいだろうな。

 

「我が片腕よ。貴様もそちらを選ぶと言うか」

 

 いや、それならあいつに味方してた。

 私は誰かと一緒に何かするってのが苦手だからな。

 難しいこととかどうでもいいんで、自分の好き勝手にやりたかった。

 拘束も協調も私はパスだ。

 

 シュウが何も言わないところを見るに、奴も同じようなことを思っているのだろう。

 そうだろ?

 

『あっ、ごめん。考え事してて聞いてなかった。もうちょっと後で話しかけて』

 

 すごい良いこと言ったはずなのに、聞いてなかったとか、お前……許されんぞ。

 

「認めよう。我が敗北と我が至らなさをな」

 

 そうか。

 それでこれからどうするんだ?

 また挑むか?

 

「善きかな。だが、まだ勝てぬ。奴らは我の言葉を聞くまい」

 

 だろうな。

 

「待つとしよう。あやつの夢物語が現実に直面し、我も自らの至らなさを克服したときこそ勝機がある」

 

 そうか。

 じゃあ、いったんお別れだな。

 

 私は他のダンジョンに行く。

 いつかこの近くを通ることがあるかもしれない。

 そのときこそ捲土重来を期そうではないか。

 

「重畳よ。――行け、我が片腕よ。次の出会いこそ、我らの真の別れにならん」

 

 ああ。じゃあな、邪神様。

 

 邪神様は敗北から学習し、より柔軟な思考を持つだろう。

 死んでいないなら何度でも挑戦すればいい。

 それもおもしろさというものだ。

 

 

 

 邪神様と再戦を誓い、私はこの度の冒険を終えた。

 

 

 

 

 

7.邪神様のいない朝

 

 邪神様と別れた翌朝。

 私は宿で目を覚まし、朝食を食べて村を出た。

 

 しかし、術技なんてものがあったとはな。

 特訓すれば私にも使えるかな?

 

『使えるよ』

 

 えっ、ほんとに?

 どうせ無理だと諦めてたけど、聞いてみるもんだな。

 

『メル姐さんのスキルはなんとなくわかる。足が速くなるか、姿を消すもしくは透明化だろうね』

 

 姿を消すのと透明化はどう違うのだろうか。

 遠回しにお前は空気って馬鹿にしてるのかな。

 

『それは自虐しすぎ。術技はその人の根底を映し出すからね。メル姐さんなら、逃げるに特化した術技になるよ。道中に練習していこう。使えて損はないし。魔力が寡少だから魔法よりも術技が向いてるしね』

 

 おお! やるやる!

 自分の術技をつかってみたい。

 なんで今まで教えてくれなかったのか。

 

『教えても使えなかったと思うよ。魔法と違うからね。口頭の説明だけ聞いても理解できない。実際に見るか、食らうかしないと難しい。あっちの世界に行って、無意識にメル姐さんの魔力が術技の在り方を学習してる…………はず』

 

 最後に「はず」がぼそりと、つけくわえられてしまった。

 

 邪神様と、あの世界との再戦を誓ったが、あいつらもさらに術技を磨くのだろうな。

 アハティスが導くから、どんな世界になるのか楽しみだ。

 お前は上手くいくと思うか?

 

『いかない。失敗するよ』

 

 ……あっさり失敗宣言をされてしまった。断言である。

 えぇ、みんなで力を合わせて困難を乗り越えて、理想の世界を築くんじゃないの?

 

『無理だね』

 

 何なの?

 何でそんな簡単に、しかもはっきりと否定できるんだ?

 

 じゃあ邪神様が再戦したらあいつらに勝てるのか。

 

『勝つかもしれないし、負けるかもしれない。今はまだ負けるね。でも仮に勝っても無意味』

 

 意味がないとはどういうことだ?

 

『あの世界で起きてたことは、アハティスとか邪神様がどうこうできる次元の話じゃないんだ。どっちが勝って、勝者が何を説いて、為そうとしたところで意味がない』

 

 うーむ。なんだか思ったよりも難しい話になってきた。

 ……あっ、昨日何か考え込んでただろ。

 さては何かわかったな。

 

『まぁ、そうなるのかな』

 

 もったいぶらずに聞かせろよ。

 どうせもう過ぎたことだろ。

 

『過ぎたことねぇ。聞いたらそんなこと言えないと思うけどね』

 

 いやいや、そんなことないぞ。

 聞いたら満足して、それで終わりだ。

 私はさっさと次のダンジョンに行きたいからな。

 

『ほぉ……、じゃあやっぱり言わないでおこう。ダンジョンに行けなくなるよ。別に異世界のことだからどうでもいいでしょ。ぼんやり聞いてたけど、邪神様とも綺麗に格好良く別れたみたいだし。昨日の今日で会いに行ったらみっともない。違う?』

 

 そう言われればそうなんだがな。

 確かに私はさっさと次のダンジョンに行きたい。

 それに邪神様ともきれいに別れた。

 

 私の中であの世界の物語は、ひとまずの完結をみたのだ。

 

 

 

 果たして、今さら話を蒸し返す必要があるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いちおう私も邪神様の格好をして、異世界を巡った境遇がある。

 知っておくべきだろう。わかったこととやらを聞かせてくれ。

 

 シュウは『それじゃあ』と話を始めた。

 

『今回の話は未解決なことがいくつもある。ありすぎて言うのが面倒なくらいだ』

 

 例えば?

 

『邪神様の封印結晶は何だったのか?』

 

 ああ、そう言えばそうだな。

 なんかもう最後の敗北で忘れてた。

 

『俺は、新生アハティスがあの封印をやったと思ってた。でも、あいつは能力強化がメインだ。あの封印結晶は作れない』

 

 他には?

 

『アハティスはどこからコアやら魔晶を持ってきたか?』

 

 そう言えば、世の中に流したって言ってたな。

 誰にもらったとか、どこで拾ったとかは話していなかった。

 ……いや、魔晶は魔のモノからもらったとか言ってなかったか?

 

『うん。でも、それはちとおかしい。魔のモノがあんなのを持ってるなら、人間にどんどん埋め込めばいい。それだけで人間をあっという間に制圧できる。他にも、コアは流したけど構造は知らないって話してた。そうすると、あいつはコアを作ってはいない』

 

 ……ということは?

 

『あいつはどこかから、あるいは誰かからコアと魔晶を手に入れてた。それだけじゃない。最後に見せたあの旗もだ。へんてこ装備すら次から次に手に入れてる。装備を世界に流してたのもあいつじゃないのかな』

 

 なるほど。

 言われて見れば、気になってくるな。

 

 それくらいか?

 

『まだまだある。邪神様って、そもそも何?』

 

 えぇ、今さらそれ聞くの?

 

『当然のように出てきて、当然のように話してたから、スルーしてたけどおかしいでしょ』

 

 それは、そうだな。

 世界の均衡やら、調停をとか、訳のわからん存在だ。

 

『それだけじゃない。今だから言うけど、邪神様も解析不能なんだよ』

 

 ふーん、そうなの。

 別にそれは驚くことじゃないような。

 

 邪神様が何かねぇ……、確か神じゃないって話してたよな。

 神を名付けたのは作った奴の驕りだとかなんとか。

 

『そこ――まさにそこだよ。創造主って邪神様は話してた。邪神様を作った奴がいるんだ』

 

 そりゃいるんじゃないの?

 あの世界であんなのが勝手に生まれてくるとは思えん。

 

『洞察力どうなってるの? ストップ安になってない?』

 

 何がそんなにおかしいかわからん。

 もっとわかりやすく、はっきりと、例を交えながら言ってくれ。

 

『結論から言うと、その創造主が全ての元凶でしょ。アハティスと邪神様のどっちが勝とうとあの世界にはどうということもない。創造主とやらの手のひらの上なんだからね』

 

 そうなのか?

 

『創造主が作った邪神様は解析不能。こんなのを作れる奴が何人もいることはまずない。そうすると、邪神様、装備、魔晶、コア、精霊人、それに封印結晶――全てをその創造主が作ってる。アハティスはそいつから物を提供されてる。そいつの気分次第であの世界の趨勢は簡単にひっくり返る』

 

 ほう。すごい奴がいたもんだな。

 どこにいるんだろうか。どこかで見られていたかもしれないな。

 

『どんな奴かはわかる。作った物を見れば、そいつの趣味思考が透けて見える』

 

 どんな奴なんだ?

 

『根本がつまらん上に、奇をてらってふざけたことをする奴だ』

 

 ひどい評価だった。

 

『光る剣にしろ、精霊人にしろ、コアにしろだ。一貫したコンセプトで作ればいいのに最後の最後で変なものを付けて台無しにしてしまってる。そもそも元の設計がずれてる。ふざけた奴に違いない』

 

 ふーん、それがわかるとどうなるんだ?

 

『これだけだとただの推測に過ぎないね』

 

 これだけではない、と言っているように聞こえるな。

 

『正解。話を変えるけど、邪神様の封印結晶。あれね、魔力を通さないんだ』

 

 魔力吸収が本体までいかないとか言ってた気がする。

 

『そうするとね。あれは転移できない物質ってことになる』

 

 はぁ、そうなのか。

 

『魔法も無効化するからね。転移できない物質は、異世界から転移もされない。つまり、邪神様はこっちの世界に来てから封印された』

 

 ……それは、もしかして創造主がこの世界に来られるってことを言ってるのか?

 

『そうだよ。そいつはアイテムを作れるし、自分でもある程度使えるんだろう。この世界にいて、ふざけた人間』

 

 人間じゃなかったらお前も該当するだろ。

 そんなのはいくらでもいる。

 

『そこに最後のピースを加えよう。邪神様は自らを「邪神様」と呼べと言ったよね。ああいう無駄な設計は、作成者自身の傾向が入り込むものだ。そういう奴はいなかった?』

 

 この世界にいて、ふざけてて、さらに自分のことを愛称で呼べという。

 そんな奴が…………いたな。

 

 どうせわからんと思っていたが、すぐに思いついてしまった。

 しかし、本当にそうなのか? そんなことが有り得るのか。

 なぜ、そんな重要なことを今さらになって言うんだ。

 

『俺もまだ推定の段階。ぱっと見は怪しいところがない。でも、もしもあいつが創造主なら、しばらくはこっちの世界に用済みでしょうから、この世界にはいない。そいつが、あちらに帰るよう自然に出て行くことにしたんだ。下手に逃げられたら困るからね。それが今さらになって言った理由』

 

 確かに聞いてたら、変な言動をしたかもしれない。

 次のダンジョンを惜しみつつ踵を返す。

 

 ……行ってみよう。

 確認だけならすぐできる。

 

 クラオリオの街にある、小さな宿屋のしがない亭主。

 朝に別れたばかりの男を訪ねるべく、私は来た道を取って返した。

 

 

 

8.邪神様@帰れない

 

 宿屋には誰もいなかった。

 近くの人に尋ねると、しばらく留守にすると聞いたとのこと。

 さらにこういうことはよくあるようで、気づいたらいなくなり、気づいたら戻ってるとか。

 変な人だが、手先が器用で扉の立て付けが悪いのを直してくれたこともあったようだ。

 

『最終確認だ。邪神様のところに行こう』

 

 またしても封印結晶にやってきた。

 結晶の前で、邪神様の記憶へと移動する。

 

「我と別れ、寂寥の感を懐いたか」

 

 呆れ気味に邪神様が皮肉を述べた。

 

 そんなことよりもだ。

 聞きたいことがあって来た。

 

「許す。述べよ」

 

 えっと、何から聞けばいいんだろう。

 

『創造主がどんな奴か覚えてる?』

 

 私の代わりにシュウが尋ねた。

 

「シュウよ。我をそこの片腕と一緒にするか。不快極まるわ」

 

 ……ん?

 …………おい、それは私が何でもかんでもすぐ忘れるってことか。

 

『気づくのがちょっと遅い。まあ、気づいただけ良しとしよう』

 

 こいつらはなぜこんなに上から目線なんだ。

 

『覚えてるならラッキーだ。それって――こいつ?』

 

 景色が変わった。

 見覚えのある景色だ。

 

 というか、今朝までいた宿屋の中だな。

 そこには亭主の親父が、やくたいもなく立っている。

 

「まさしくこやつよ」

 

 こいつは、近くの街にある宿屋の亭主だ。今朝の姿だな。

 そして、私たちが旅立った後に姿をくらました。

 

「……貴様らの言わんとしていること諒承せり」

 

 しばしの沈黙の後、邪神様は告げた。

 いや、もう言うべきことは言ったんだがな。

 これ以上言おうとしていることは特になかったりする。

 

「我が創造主こそ世界の均衡を崩す者なり。故に我は調停を持って主に応えよう。いざ――」

 

 おっ、うわっ!

 景色が遠くなり、邪神様の記憶から追い出され、封印結晶が目の前にあった。

 封印が弱まったのは事実だったようで、結晶からはみ出た邪神様の指がぬるぬる動いている。

 

「手に触れてあげて、邪神様一人じゃ異世界に飛べないから」

 

 もしかしてこれ、誘ってる動きだったのか。

 もっとわかりやすくしてくれれば……、いや今さら言っても仕方ないな。

 

 私は邪神様の手に、自分の手を重ねる。

 すぐに世界が歪んでいく、この感覚にはどうも慣れない。

 

 

 

 感覚が戻ると、見飽きた場所だった。

 特に何もない場所なのだが、不思議と印象に残っている。

 昨日の決戦の跡がまだ残っているが、その関係者は二人だけだ。

 人形からチビ、チビから人サイズと二段階の変身をした邪神様。それに私である。

 

 さて、来たのはいいんだがどうするんだ?

 

『アハティスはメル姐さんの名前を知ってた』

 

 そうだったっけ?

 誰かに聞いたんじゃないの。

 

『それって誰?』

 

 ……それが、創造主だと?

 

『あの四人とは最後に接触したから違う。弟子はそもそも会話をしてないし、奴も知る機会はなかった。精霊女王も眷族扱いしてたから名前が出なかった。魔のモノのカメレオンは言わずもがな』

 

 ふむふむ、そうするとどうなる?

 

『アハティスと創造主は接触するでしょうな。昨日の今日だ。まだみんなガスク要塞にいるんじゃないかな』

 

 目的地は定まった。

 

「いざ行かん」

『赴くにあたり、邪神様に言っておくことがある』

 

 シュウが邪神様の足を止める。

 

「何か?」

『話し合いは決裂して戦闘になる。奴は封印結晶を使うだろう。どうするつもり?』

 

 そうだな。

 あれに対抗する手段がないと駄目だろう。

 

「詮無きことよ。そうであろう、我が片腕ら?」

『うん、わかってるね。それならいいんだ』

 

 ……え、何がわかってるの?

 チートで何とかするって認識でいいのか。

 

『せやで。ついでに、他にも訳のわからんアイテムが出てくるに違いない。過去に見た術技は、アイテム越しに使ってくると見て良い。どうする?』

 

 邪神様は返答に窮した。

 私よりも頭が回るため、対応策を上手く練れていないのだろう。

 

『もっと言うとだ。邪神様は俺たちとパーティー登録してるから、仮に倒せても奴は復活する。いたちごっこになるけど、そのあたりは?』

 

 口どころか羽や腕までも停止して、思考の混乱具合を表している。

 

 そんなに難しいことか?

 

「ぬ?」

 

 私には案があるのだが。

 

「驚天動地とはまさにこのことよ。聞くに及ばず」

 

 完全に馬鹿にしてやがるな。

 まぁ、そこまで考えているわけじゃないからな。

 上手くいくかどうかを、具体的に計算をしたわけでもない。単に思いつきだ。

 

『だろうね。でも俺は、それで上手くいくと思うよ』

 

 私が何を言いたいのかわかっている様子である。

 私だけでなくシュウの考えも同じであると知り、邪神様は呻き声をあげた。

 この驚くべき信頼の差よ……。

 

『邪神様は、昨日の敗北から何を学習したの?』

 

 そうだな。

 私も言ったはずだ。……言ったっけ?

 

『さて、どうだったかな』

 

 言ってないかもしれない。

 念のため、もう一度言っておくことにしよう。

 

「きちんと話せ」

 

 苦手なのは、私もそうだからわかる。

 それでも言葉を尽くしてみろ。

 

「尽くしておるわ。あれだけ言ってなぜわからんか」

『まるで学習していない』

 

 それならまず最低限、私にもわかるよう懇切丁寧に説明してくれ。

 それすらできないなら、お前はまだ言葉を尽くしてはいない。

 

『そうだぞ。これが、どれだけ難しいことか……』

 

 シュウの声は、経験に裏打ちされた重みと辛みがあった。

 我ながら自虐がすぎると思ったが、それくらいの意気込みでいかないとたぶん失敗する。

 

 邪神様は沈黙を貫いている。

 羽が迷いと困難を表すかのようにパタパタと無秩序に動いていた。

 

 

 

 時は満ちた。

 作戦は決行された。

 

 ガスク要塞に邪神様とステルスで忍び込み、アハティスの様子をうかがう。

 それと並行して、勝つための布石も打っておく。

 

 準備が全て終わり、アハティスが動いた。

 砦から外に出て、人の少ないところにその身を移した。

 

「お待たせしました」

 

 彼が言うと、木陰が蠢き、そこから人が現れたのである。

 その姿は間違いなく宿屋の亭主だった。

 

「やあやあ、アッ君。邪神様を倒したみたいだね」

「いえ、これもオッちゃんのおかげです」

 

 気の抜ける名前で呼びあっているが、当人達は至ってマジメな様子だ。

 

「ただ、眷族の方はどこかに消えてしまいました。彼女の気が変わり、意趣返しに来るかもしれません」

「考えすぎだよ。メルルンは次のダンジョンに行った。もう戻っては来ないさ」

 

 ところがそうでもないんだな。

 

 私はタイミングを読み、木陰から出た。

 アハティスは小さく驚き、宿屋の亭主は「あら?」と抜けた声を漏らしている。

 

「他のダンジョンに行くって話してなかったっけ、メルルン」

 

 その呼び方はやめろ。

 行くつもりだったが、お前に会いに戻ってきた。

 

「久しいな、我が創造主よ」

「うんうん、五年ぶりだね。邪神様」

 

 にこやかに亭主は頷いた。

 その後、急に顔を真面目なものにする。

 

「おいおい、二人とも忘れちゃったのかな。僕のことはオッちゃんと呼んでちょーだい」

 

 ふへ、と間抜けな笑い顔をこちらに見せてくる。

 

 気持ちが悪いくらい余裕に満ちている。

 

『経験上……、こういう余裕ぶってる奴はあっけなく死ぬ』

 

 さて、貴様は何者だ。

 ここまで来てまさか宿屋の亭主とは言うまいな。

 

「別に間違いじゃないよー。あっちの世界では、オリクトって名前で宿屋の亭主として生活してるのさ。ときどき近くの家で大工の真似事もしてるから、今度は大工を名乗ろうかな。メルルンはどう思う?」

 

 どうも思わん。勝手にすればいい。

 こっちの世界ではどうなんだ?

 

「ん? 竜だよ。僕は創竜なんだ。竜って知ってるでしょ? あっ、そうだ! 黒ぴっぴ復活させたのメルルンでしょ!」

 

 黒ぴっぴ?

 もしかして黒竜のことか?

 

「そうだよ! 大変だったんだからね! あいつが活動再開して、扉を越えて隣の僕にまで挨拶してきたんだから! あいつのせいで僕の創ったアイテムがいくつ破壊されたか……。何が『何もしてないのに壊れた』だよ! 仕方なく、あっちの世界にしばらく退避してたんだ。さすがに、黒ぴっぴでも赤やんの領域には寄ってこないよ。僕もほぼほぼ何もできなかったけどね。でも適度な休養はインスピレーションがわくね!」

 

 ひたすら自分の身の上を話している。

 私にとってはどうでもいいことだ。他の奴にとってもそうだろう。

 

「創造主よ。貴様は、自らの作った数々の物をこやつに渡したな」

「アッ君はすごいよ。僕の創ったアイテムを、とても上手く使ってくれる! クリエイター冥利につきるってものだよねー!」

 

 興奮気味に創竜は語る。

 

「貴様はこやつが何をしているかわかっておるのか。世界の均衡を乱しておるのだぞ」

「世界の均衡とかどうでもいいよ。僕はね。人間の進歩のためにアイテムを創ってるんだ」

 

 ……嘘っぽい。

 

「なぜそやつにアイテムを渡すか?」

「アッ君は人間の進歩に貢献してくれる。だから、彼に渡してるんだよぉ」

 

 嘘だ。

 シュウと同じ気配を感じる。

 こいつはアハティスをおもちゃとしか思ってない。

 

『馬鹿言うな! 俺はメル姐さんをおもちゃ以上に思ってるよ!』

 

 お前は黙ってろ。

 

「アハティスよ。貴様はそやつにもてあそばれておるだけではないか」

「今はそうかもしれません。しかし、我々の進歩のためです。オッちゃんが、そのアイテムで私をもてあそぶなら、私は彼の期待を越え、予想を裏切ってみせましょう。私一人なら無理かもしれない。しかし、私は一人ではない。やがて我々は彼をも越えることができるに違いありません」

 

 堂々と「強くなって叩きのめす」と宣言するアハティスに、創竜は「怖いなぁ」と笑って返す。

 ここまで来るとあっぱれだが、邪神様はすでに戦闘モードである。

 

「まぁ聞いてよ。邪神様はね。ヒーローを創ろうと思って、できたものなんだ」

 

 創竜がもらした。

 邪神様の製作秘話である。

 

「寡黙で、尊大で、威圧感がある孤高の英雄を創ろうとしたら、それはもう完全に悪役な見た目になったんだ」

『えぇ』

 

 シュウが呆れ声をもらす。

 私も呆れるし、アハティスも何を言ってるんだと創竜を見ている。

 

「それならともういっそ悪役にしちゃえと方向転換したんだよねー」

『一貫性がない』

「悪役は強ければ強いほど他が団結するからね。それならといろいろ継ぎ足して出来たのが今の邪神様だよ」

 

 その点では大成功だったわけだ。

 

「そのとおり! 邪神様のおかげでヒーローが誕生した! それがアッ君さ。素養はあったけど、邪神様のおかげでさらに磨きがかかった。世界もにぎやかになっただろ」

 

 楽しげに語っている。

 

『……世界が賑やかか。よほど退屈だったみたいだね。確かにこいつの創作物がなければ、さほど面白い世界でもない』

 

 ダンジョンはないし、魔物も月人もおらず、やっぱりダンジョンがない。

 おもしろくはないかもしれないなぁ。

 

「でも、邪神様はやっぱり失敗だったんだ。調子にのって安全装置をつけてなかったのがまずかったよね」

『そのへんが人間と違うね。セーフティーのないものを作るなんてことを人間は普通しない』

 

 どういうことだろうか?

 

『邪神様が創竜を殺そうとしたんでしょ。だから、結晶に封印した』

 

 邪神様がこいつを殺そうと?

 

「そうなんだ! 僕もうっかり忘れててね。慌てて記憶を消してから封印したんだ。ちょっと雑になったけど、ダンジョンとして扱われたから良かったよぉ。赤やんも気づいてたけど見過ごしてくれたしね」

 

 それがあのダンジョンなのか。

 

『慌てた、か……。そこまで強くないな。封印の楔について聞いてみてよ』

 

 そのまま創竜に尋ねてみる。

 

「失敗作ではあったけど、せっかく創ったし再利用はしたかったんだよね。それなら転移に成功させた四人が死んだ後で復活させれば、また世界に一石を投じることができると考えたんだ! おもしろいでしょ!」

 

 いや、さほども。

 やはりお前はここで倒しておいた方が良さそうだな。

 

「待って!」

 

 シュウを構えかけた私に創竜は叫んだ。

 

「僕はメルルンとは戦わないよ」

 

 なぜ?

 

「意味がないからってのが次点の理由。メルルンと邪神様が僕を倒しても復活する。無駄なことはしたくない。でしょでしょ?」

 

 一理ある。

 次点と言ったが、じゃあ一番は?

 

「メルルンに手を出したと幻の助にばれたら、何をされるかわからない」

 

 げんのすけって誰だ?

 

「とにかく僕はメルルンとは戦わないからね。あっ、邪神様ともね。あいつも足止めくらいは許してくれるでしょ」

 

 創竜の手に突如、網が現れた。

 

「そりゃ。『ゴキ捕り網』」

 

 その網が一気に広がり、私と邪神様を覆う。

 

「姑息な」

 

 なんだこれ。

 べっとりしてるし、地面に網がくっついて取れんぞ。

 

「黒くてしつこい生き物を止めてくれる道具だよ。なんか上手く作れると思ったんだけど、大きくしすぎて、目標物がすりぬけちゃうんだよね。メルルンたちにはちょうど良いみたいだ。さっさと元の世界に戻ってダンジョンへ行くのをお勧めしちゃう。邪神様もいつかは封印が解除されるだろうから、気長に待つんだよ」

 

 創竜がそう言うと、彼の手に銀色の鍵が現れた。

 

『黙って逃げればいいものを』

 

 鍵が光り、創竜の体が薄まり始めた。

 

「あでゅー。『扉知らずの――』」

 

 このままでは逃げられる。

 

 まさにそのとき、乾いた音が響き、どこかから飛んできた礫により銀色の鍵は砕かれた。

 

 鍵が砕かれると、創竜の体が元の濃さに戻っていく。

 礫が飛んできた方を見て、創竜は笑った。

 

「おやおやぁ、どうしてここに四英雄様がいっるのかなっ」

 

 四方よりプラティナ、コラリィ、ソレア、ケオンが現れる。

 どこからともなく姿を現したのは、彼らが私たちのパーティーとなり、ステルスで隠れていたからだ。

 

「愚問。我の呼び掛けに応諾したまでよ」

 

 いやぁ、だいぶ不承不承だったぞ。

 

 事前に彼らと「邪神様が」話をし、とりあえず来るだけということで来てもらっていた。

 まさか討ち滅ぼした相手が、その翌日に話をしに来るとは誰も思っていないようで声を止めるのが大変だった。

 

「話は全て聞かせてもらいました」

 

 コラリィが創竜に告げた。

 

「そうだったんだ! それなら話が早いや! 僕が君たちの装備を作ってあげたんだよ。ちょっと逃げるのを手伝って――、おーい、どうしてみんな僕に武器を構えるのかな。構えるのはあっちだよ」

「あなたたち、およしなさい」

 

 創竜が私を指さすが、四人は創竜に武器を向けたままである。

 

「先生、こいつはそう言ってますが、そもそもこいつが全ての元凶ではないですか!」

 

 プラティナが叫んだ。

 指摘に関して否定する余地はないだろう。。

 

「そのとおりです。彼が創ったものは多くの被害を生みました。しかし、それ以上の恩恵を与えてきた。その事実から目を背けることはできません。そうではありませんか、ソレア?」

 

 アハティスは話をソレアに振った。

 ソレアは創竜の創ったコアと仲良くし、その不自由な足も創竜の作り物を利用している。

 この中で一番恩恵を受けているのは彼女だろう。

 

「そのとおりだぜ。アハティスの旦那。あたしは別にそいつを倒そうとはおもわねぇよ。だがせめて、もっとまともな物を作るようにしてもらわなきゃならねぇ」

「そう言っていますが、オッちゃん」

 

 アハティスは創竜に返答を求めた。

 

「僕はね。僕の創りたい物を、僕の創りたいだけ創る。口出しは御免だね。でも、改造は認める。僕の創った物を、君たちが君たちの使いやすいように改造すればいい。君がそうしているようにね。君にはその力があるだろ、ソーちゃん」

 

 創るのを止めることはできないらしい。

 

「魔のモノを生み出す原因が貴方にあるのなら、神の名の下に貴方を裁きます」

 

 創竜はコレリィの言を聞いて笑い始める。

 

「何がおかしいのですか」

 

 創竜はお腹をおさえ、膝をぱんぱんと叩いていた。

 

「そりゃ、おかしいよ。神の名の下に、神を殺そうなんてね。レッきゅんの信奉してる、ゲネシス教の神ってのは僕のことだよ。昔、いろいろ創ってたときに崇拝されちゃった名残だね」

 

 たしかに何も知らない人が見たらすごいことだろう。

 訳のわからん力を持つ物を、ぽこぽこ創りだしてしまうのだからな。

 

「そんな……。賢者アハティス、あなたはそれを知っていたのですか?」

「聞いてはいませんでしたが、オッちゃんこそがそうである確信はありました。おや、なぜ消沈するのですか? 貴方の信じた神がこうして目の前に現れた。しかも神はあなたに期待を寄せている。信者として喜ぶべき事でしょう」

 

 コレリィの武器が震えていた。

 彼女の信ずる神はたぶんこんなふざけた奴ではなかったはずだ。

 

「神とやら、精霊人も貴殿が創られたか? なぜ彼らをあのように創ったのか」

「ん? ちょうど魔力を吸収して放出する便利な存在が欲しいなぁと思っててね。それだけだと面白くないから人格と、その機能に反する魔力酔いも与えてみたんだ。案の定、おもしろいことになったでしょ」

 

 ケオンの顔に明確な怒りが生じた。

 剃った頭の表面に血管が浮き出ているのが見える。

 

「ごっめーん、そんな怒らないでよ。……さ、もう満足だよね。僕は逃げるからさ。メルルンを抑えてて」

 

 創竜の指示に従う者は誰もいない。

 それぞれ程度は違えど、全員が武器を創竜へと向けたままだ。

 

「うーん、話がわからない子達だな。君たちはメルルンの渡した指輪で強くなってる。でも、それを付けてちゃ僕を倒せないんだ。無論メルルンも同じだ。かといって、それを外せば僕とは勝負にならない。時間の無駄だよ。ほら、アッ君からも言ってあげて」

「あなたたち、武器を収めなさい。その怒りを我々の糧にしましょう。人間の進歩のために、今は彼に道を譲るのです」

 

 アハティスが四人を諭す。

 

「アハティスよ。貴様は人間の進歩を謳いながら、人を信じてはおらぬな」

 

 四人が武器を下ろしかけたところで邪神様がアハティスに告げた。

 アハティスはなぜでしょうかという顔で邪神様を見た。

 

「貴様の言う進歩の先が、我にはまるで見えん。いずれ強くなり創造主を倒すと言うが、人にそこまでの力は必要あるまい。悪漢を倒せるほどの剣の腕、病に伏すことがない程度の治療術、不自由な身体をサポートできる機械の手足、それに暴走が起きぬ程度の魔力制御。人間の進歩に必要なのはまずそこであろう」

 

 邪神様にしては珍しく長い台詞だった。

 途中からそのことが気になって、内容が頭に入ってこなかった。

 それどころか邪神様はさらに続けるようである。

 

「我はここにおる四人を見てきた。どれも我との彼我の差は明らかであるのに挑んできた。我には遠く及ばぬ。だが、人の世に必要程度の力を練り上げてきた。こやつらは創造主の武器を抜きにしても十分に進歩してきた。まだまだ弱いがな」

 

 一言余計だと思う。

 

「貴様の言う進歩とは、『人の進歩』にあらず、創造主の道具ありきの『社会の発展』である。世の中がいくら発展しようが、人そのものが進歩するわけではあるまい。人にとって必要な進歩とは、各人の成長である。こやつらは創造主の道具がなくとも、自ら研鑽できる存在だ」

 

 四人も驚いた様子で邪神様を見ていた。

 一言目には馬鹿めだの、カスだのと否定語が付いていたので、そんなことを考えているとは私も思ってなかった。

 

「その進歩に必要なのは、時に試練を与え、時に立ち直る意志を支え、時に成長を促す存在である。それはつまらぬ道具などではない――貴様よ。我が宿敵アハティス」

 

 宿敵にまでランクアップされてしまっている。

 なんやかんやでアハティスの力は認めているようだ。

 

「お褒め頂きありがとうございます。それで、邪神様はどうするというのです?」

「知れた事よ。我は世界に均衡をもたらすため、調停をおこなう」

 

 ……あれだけ長い話をして、けっきょくそれに行き着くの?

 

「世界の均衡とはすなわち、生命が生命として通常に暮らせるように保つことである。調停とはそれを脅かすモノの排除。我が創造主は調停をおこなうに値する」

「もちろんそれに手を貸す私もでしょうね」

「然り」

 

 アハティスは笑い始めた。

 隣にいる創竜もケラケラと笑っている。

 

「すごいよ邪神様! そこまで喋るようには創ってなかった! やはりアッ君の力は卓越している。僕のおもちゃの力をどこまでも引き出してくれる」

 

 満足そうな顔で創竜は頷く。

 

「うん。きっとまた会おう! 邪神様、それに四英雄君達もだ。もっと君たちの力を伸ばしてくれ! アッ君。物は送るから、人の進歩を加速させてね!」

 

 手のひらからまたしても鍵が出てきた。

 鍵以外にも周囲にアイテムがばらまかれ、攻撃が阻止される。

 

「それじゃあみんなまたね!」

「あなたに『また』はありません」

 

 アハティスの握ったナイフが、姿の薄まった創竜の胸に突き刺された。

 

「えっ……、あれ? アッ君、なんで……?」

 

 転移がキャンセルされたようで、実体を取り戻した創竜は苦しげにふらついた。

 

「私は力を得て思い上がっていたようです。邪神の言うように、社会の発展と人の進歩は確かに別物です。できることとやるべきことを混同させてしまっていました。恥ずべき事ですね」

「どうして……僕を……」

「オッちゃんの道具の力は驚異的です。私には、その力を善き方に導く使命がある。しかし、使うのはあくまで個々人。我々はまだそれを使いこなす領域には至っていない。規律を厳しくすれば、次の邪神様を私が担うことになってしまう。社会の発展と人間の進歩は、両車輪――この二つは同時にやらないといけない」

「なんで、刺したの……?」

 

 説明が長すぎて、創竜の呼吸がおかしいことになってる。

 

「オッちゃんの道具はいりません。それはいつの日か、人が、人の手で創り、制御していくべきです。ありがとう。あなたは私にそれを気づかせてくれました。もう用はありません。人間の正しい進歩のためにここで消え去って下さい。私なら殺せるのでしょう? 私自身こそ引導を渡すにふさわしい」

 

 長々と語ったが、つまるところ「用済みだから死ね」ということだった。

 

『最初から戦わずにきちんと話してれば、もっと早くこうなってただろうに……』

 

 ぼそりと言ったが、聞かなかったことにする。

 

「くそっ、死ぬわけには、いかない。死んだら、あいつに。あいつに会わなきゃいけなくなる」

 

 創竜は地に臥し、焦った様子で何かを取りだした。

 

「ぐぅ、最終手段だ。メルルンは後で助けるからちょっと我慢してね」

 

 手には綺麗な結晶が出てくる。

 その小さな結晶には見覚えがあった。

 

「『擬神結晶』」

 

 ただそれだけ呟いて結晶を握った。

 私たちが放っていた攻撃が全て創竜の表面で弾かれた。

 薄い結晶膜が彼を守っている。そして、それは爆発するかのように広がった。

 

 アハティスを呑み込み、私も呑み込み、邪神様、他の四人も首から下が結晶に閉じ込められた。

 

『ついに使ってきたか』

 

 淡々とシュウが呟いた。

 どうするんだ。まったく動けんぞ。

 私だけでなく邪神やアハティス、他四人も同じだ。

 

「すごいでしょ。僕の最高傑作だよ」

「ふむ。さすがは我が創造主だ」

「今さら褒めても出してあげないよ」

 

 それでも褒め言葉は嬉しそうに受け取っていた。

 

「笑止。我はもうこれを学習した。ありがたく利用させてもらおう」

 

 邪神様は当然のように宣言した。

 創竜は、ぴたりと動きを止めたが、思い出したかのように笑い始めた。

 

「ふふふーん、それは無理だ。邪神様の術技ラーニングは腕の数と同じ。もう一杯までラーニングしてるから無理さ。わかってるよね。強がりはよしなよ」

「無知蒙昧なり。我が腕はまだ残っておるわ」

「はいはい。何とでも言っておくといいよ」

 

 創竜は余裕の表情で、手に道具を取りだした。

 ここで怪我を治してから、どこかへ逃げるつもりらしい。

 

「行くぞ。我が片腕よ。未だ術技を宿さぬ、空虚な我が腕よ」

『あいよ! 邪神様専用スキル「スキュード・ラーニング改」の発動を確認! やっちゃって!』

 

 シュウが邪神様に合図を送った。

 

「ふむ。わかるぞ。『邪神様結晶@劈開』」

 

 曇り一つない結晶にピキと音が響き、次の瞬間に結晶がバキッと崩れた。

 

『アハティスを投げつけて!』

 

 あいよ!

 おい、ナイフを構えとけ。

 

 私はアハティスに駆け寄り、掴んで創竜へと投げつける。

 投げられた方も、投げつけられた方も何が何だかわからない様子でぶつかった。

 

「う、そだ……」

 

 アハティスのナイフがきちんと刺さり、創竜はそのまま事切れた。

 投げられたアハティスは気を失っている。

 

『邪神様、今のうちに』

「うむ」

 

 何をするんだろうと思ったら景色が歪んだ。

 あっ、これ。戻る奴だ。

 

 そう思ったらすでに景色がぐにゃんぐにゃんに曲がっている。

 地に足が着いたと思ったら、目の前には封印結晶が鎮座していた。

 

 あのね。よく聞けよ。

 私、この感覚がすごい苦手なの。

 やるならやるって、事前に教えてくれ。

 

「わかった。やるよ」

 

 えっ?

 

「『邪神様結晶@劈開』」

 

 邪神様の封印結晶がバキッと音がして割れ、そこから伸びた邪悪な腕が、私のまだ揺れている頭を掴む。

 そして、景色がまたしてもぐらぐらと揺れた。

 おい待て! ほんとやばい!

 

 またしても地面に着いたが、頭が揺れて、体が歪んでいるようだった。

 喉の近くまで気持ち悪さが込み上げてきている。

 

「『邪神様結晶@琥珀』」

 

 創竜のぱっとしない死体が、薄黒い結晶で覆われた。

 

『これでよし』

 

 いや、全然良くないんだが……。

 あっ、これ駄目だ。もう――戻しちゃう。

 

 創竜勝利の味は、口いっぱいの酸っぱさが満ちたものになった。

 

 

 騒ぎも体調も落ち着いて、ご飯も食べれば、あっという間に別れの時間である。

 

 この先、こちらの世界がどうなるかは知らないが上手くやるだろう、たぶん。

 邪神様を始めとして、いつもの四人と、アハティス。それに見覚えのない兵士まで見送りにきてくれた。

 なんでこんなに来るの? 正直恥ずかしいんだけど。

 

「我が片腕よ。我はこの世界でやることがある」

 

 ああ、知ってるよ。

 お前の考える世界の均衡を維持するため調停をがんばってくれ。

 

「うむ。我は貴様らと共に往くことはできん。煢然たる思いをさせるが――許せ」

 

 いや、けいぜんとかいうのがどんな思いなのかわからんが、たぶんしないから心配するな。

 私も私でやることがある。ダンジョンを攻略しないといけない。

 

「良かろう。許す。我が片腕として、あちらの世界の均衡を維持する大役を与えよう」

 

 はいはい。

 ダンジョンで私なりに調停をさせてもらうとするよ。

 

「善きかな」

 

 他の奴らも私に声をかけてくる。

 一通りの挨拶をおざなりにすると、邪神様と向き合った。

 

 邪神様が私に手を伸ばしてきた。

 私も邪神様の手へと自分の手を伸ばす。

 

「我が片腕よ」

 

 手が触れあう直前に邪神様が私を呼んだ。

 

「感謝する」

 

 ……ああ、私はそれなりに楽しませてもらった。

 術技も練習して使えるようになる……はずだ。

 これで私の冒険はさらにおもしろくなる。

 私も邪神様に感謝するよ。

 

「その謝意、受け入れてやろう」

 

 笑いが漏れる。

 まったく何様なんだよ。

 

 邪神様はこの先どうだ?

 新しい時代が始まるに違いない。

 ここの奴らと協力する必要もあるだろう。

 

「是非もない」

 

 間違いなく大変だろうな。

 それで――、

 

「おもしろくなりそうか?」

 

 邪神様はククッと嗤った。

 

「言うに及ばず」

 

 私と邪神様の手のひらが、どちらからともなく合わさった。

 

 やはり慣れない感覚に包まれ、世界を渡る。

 

『うん……、帰っては来たね』

 

 たどり着いた先に、結晶はもうなく、ただの洞窟が残っていた。

 なんだろうな。あるべき物がなくなり寂しい気がする。

 邪神様はうまくやっていけるのだろうか。

 

『為せば成る、為さねば成らぬ何事も』

 

 よくわからんけど、こいつなりに応援しているのだろう。

 

 そうだ。

 街によって、宿屋も見ていこう。

 

『いいんじゃないかな……。いいのかなぁ……』

 

 なんだよ。

 行っても何もないとでも言いたそうだな。

 

『いや、そんなことない』

 

 洞窟を出て、少し歩き、そのまま街に入る。

 

 最初に出会った女性が、私を見て目を見開いた。

 尻餅をつき、叫び声を上げる。

 

 後ろにモンスターが出たのかと振り向く。

 視界の端ににちらりと黒い影が映った。モンスターか!

 そちらを追うと、逃げるように視界の隅へと高速で逃げていく。

 すばしっこいな!

 

『ゆっくり首だけ捻って後ろを見るといいよ』

 

 言われた通りにやってみると、背中付近から羽が四本生えていた。

 見覚えのある黒い羽だ。街の噴水へと走り、水面を見ると額に目と顔中に落書きがついている。

 

 

 

 邪神様ぁあああああ!

 

 

 

 姿はすぐ戻った。攻略特典のアタッチメント(?)だったらしい。

 


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