チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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蛇足27話「本の中の英雄」

Level 0.また異世界か……

 

 朝起きると、目の前にオレンジ色の光が出ていた。

 宿屋のベッドの上で、白いシーツが光に照らされ、淡い色合いを浮かべている。

 

『やっと起きたか』

 

 もしかして呼んでた?

 

『七回くらいね』

 

 そりゃご苦労。

 で、これは何?

 

『召喚魔法の発動待機段階だね』

 

 召喚、ね。

 ここに何かが呼ばれてるってことだな。寝ぼけてる場合じゃない。

 

『逆。誰かがメル姐さんを召喚しようとしてる』

 

 ……私を?

 

『そう、メル姐さんを。しかも異世界から』

 

 なぜ私を?

 それにわざわざ異世界から?

 

『条件設定型の召喚なんだ。抽出条件に引っかかったのが呼ぶ側の世界にいなかったから、大きな世界の範囲を飛び越えてメル姐さんが選ばれた』

 

 ほーん。

 どんな条件なの?

 偉大な冒険者?

 

『それはないね。条件は複数あって――まず「魔族、魔獣といった人外を統べる地位に就いている。あるいは就いていた」』

 

 いきなり違うんだけど。

 

『前に魔王をやってたからそれで該当したんだろうね』

 

 ……ああ。そういやそうだったかもしれない。

 

『次に、「世界破滅の危機を救ったことがある」』

 

 それは、どうなんだ。

 人とか村やら町ならまだしも、世界って。

 

『実はこれも何度かある。月を落とすとか、救い方はめちゃくちゃだったりしたけどね』

 

 あぁ、あれね。

 

『で、次は――』

 

 まだあるの?

 

『まだまだある。「死後の世界もしくはそれに準ずる世界を訪れ、無事に帰ることができた」』

 

 あったね。

 彼女たちは元気だろうか。

 名前が出てこないが、顔は出てくる。

 詳しく思い出すよりも前にシュウが話を進める。

 

『次に行くと。「神と呼ばれる存在、もしくはそれと近しい存在だ」』

 

 お前のことか?

 

『実際は俺もだけど、ここでの条件的には違うと思う。邪神様、エレティコス、クソ女神のどれかだと思う。たぶん邪神様スキルで引っかかってるね』

 

 あ、そう。

 

『まだある。「竜を倒したことがある」』

 

 あるな。

 

『大きなところではこれくらい。他にも細々とした条件がたくさんあるね。全部該当してる。おめでとう』

 

 別にめでたくはない。

 ……でも、そう考えると私はけっこうすごいんじゃないだろうか。

 

『振り返ってみると普通にすごいね。――で、これらの条件に該当するものを召喚しようとしてる大馬鹿がいる。はっきり言える。こいつはメル姐さんより馬鹿だ』

 

 ある意味ですごいやつだな。

 

『大規模な魔法陣だろうね。わかって書いてるなら望んでるのは世界の崩壊か救済のどっちか』

 

 どっちにしろ良いものじゃないな。

 

『さらにこいつは召喚対象に隷従まで付けてる。ここまで来ると笑える、大草原や』

 

 隷従って奴隷に付けるやつでしょ。

 

『そうそう。さっきの条件に該当するやつに隷従なんて無効化されるに決まってる。跳ね返されるまである。しかも隷従の付け方が雑。甘すぎる。こんなの付けない方がまだまし』

 

 それでこの光はいつ消えるの?

 

『直に消えるよ。条件に該当したナニカがいるってのが呼んだ方にもわかってるから、がんばって待機状態を維持してるだけだからね。この維持しているのだけは褒めてやってもいい。根気と必死さが伝わってくる』

 

 ふーん。

 なんにせよダンジョンがあるかどうかもわからんのに行くことはないな。

 

『ダンジョンっぽいのはあるね』

 

 あるの?

 というかなんでわかるんだ?

 

『読み取った感じだと、これは条件に該当するモンスターをダンジョンから召喚するのが目的のもの。ダンジョンの内外という境界を超えて、モンスターを隷従させるのが目的でしょう。召喚者への好意付与効果もある。それに馬鹿みたいなアレンジを加えた結果がこれだと思われる』

 

 よくわからんけど、ダンジョンはあるんだな。

 

『まったく同じではないけどね。モンスター部分の記載がおかしいし、向こうの世界特有のコードがいくつかある』

 

 それは、まあそうだろう。

 

『さらに馬鹿なことにだ。対価の項目が空白なんだよなぁ。馬鹿じゃねーのか、こいつ』

 

 どういうこと?

 

『召喚者が、メル姐さんを召喚する代償として、これこれのものを差し出しますってこと。冒険者っぽくいうと依頼報酬だね』

 

 つまり、こいつは私を呼び出すけど、私には何もやらないというケチ野郎って訳だ。

 

『そういうこと。ある意味ですごい奴だ。そこらの貴族でも労いの言葉くらいは出そうとするぞ。おっと、追記だ。……へったクソなコードだなぁ、読みづらすぎ、うわっ!』

 

 驚いたと思ったら、何かゲラゲラ笑い出した。

 どうかしたのか。

 

『さすがに無報酬はやばいと思ったのか、対価の項目に追記があった。その内容がね』

 

 なんて?

 

『「私との素晴らしい日々をお約束します!」だってさ』

 

 なんじゃそりゃ。

 私もおもしろくなって笑いがこぼれる。

 

『……ふぅむ』

 

 シュウの声が真面目になった。

 こういうときは尋ねるとはぐらかされる。黙って語るに落ちるのを待つに限る。

 

『まず、こいつが大馬鹿なのは間違いない』

 

 それは私にもわかる。

 

『うん。こいつは召喚を魔法陣でやってる。この規模だとそれしかありえない。召喚の目的は世界の救済か破壊だと思ったけど、何か雰囲気が違う。たぶん召喚条件の意味なんてほとんどわかってない。これでとにかくすごいのが来るって思い込んでる』

 

 まぁ、すごいのは来るんじゃないか。

 さっきの条件のどれか一つでも該当すればやばいのが来る。

 

『一つや二つに該当するだけだとやばいのが来るだろうけど、三つ以上だともう何か訳がわからないのが来るだろうね。俺はちょっと興味が湧いた。世界の破滅を目論むやばい宗教団体か、暇を持て余した国の魔法研究施設か、瀕死で一発逆転を狙った反抗団体のどれかかと思ったけど、どれも違う気配を感じる』

 

 と言うと?

 

『たぶんガキだ。十二から十八の間で、馬鹿真っ盛りの時分だね。ここまでの規模の魔法陣が用意できるなら身分はかなり高い。でも、この魔法陣のやばさがわかってない。分別が圧倒的に足りてない。あと、追加項目と召喚条件でコードの書き方が違いすぎる。たぶん、召喚条件は資料の見よう見まね。もしもここでメル姐さんが行かなかったら、また同じような召喚を他の対象にする。そのときはたぶん、まぁ、身をもって償うことになるでしょう』

 

 分析はもういいよ。

 私も興味自体はある。ダンジョンがあるなら行っても良い。

 それで、行った後に帰ってこれるの。

 

『今回は間違いなく帰れる。契約の不履行があれば、契約破棄されて帰れる効果が織り込んである。今回の契約もすごい曖昧なもんだからなんとでもなる。それに召喚者が死んでも帰れるね。魔力はポイントで補おう』

 

 そう。

 じゃあ、行ってみるか。

 

『わかった。エンコードも織り込むからちょっと待って』

 

 しばらくすると声がかかった。

 

『――オッケー。じゃあ、耐性切るね。それと行った直後は無敵を付けるから。体調が悪くてもジッとしてて、警戒を怠らないようにして。相手にもこれを呼んでも問題ないと思うくらいのなにかしらの切り札があるかもしれない。まず、ないだろうけど』

 

 光が増し、私を包む。

 部屋がぶれ始め、同時に頭痛が襲ってくる。

 

『しかし、また異世界か……。もうタイトルを「チートな剣と異世界へ行こう」に変えちまった方がいいんじゃないか』

 

 シュウがよくわからないことを呟くと世界が変わり始めた。

 

 

 

level 1.異世界の召喚獣

 

 頭がめっちゃ痛い。

 地面に膝を突いてるはずなんだが、宙に浮いている気もする。

 無敵のスキルも発動しているためか、ますます気分が悪くなっているんじゃなかろうか。

 

『……なるほど、そういう状況か。今回はずいぶんと平和的な転移だね』

 

 だいぶ落ち着いてきて、周囲を見渡すと異常なほど開けた場所だ。

 なんだ? 明るいが日の明かりではないな。上を見れば天井は高く、そこに光源がいくつもついている。

 地面は硬く、訳のわからない模様が光っており、徐々に光度が落ちている。

 

 周囲をよく見ると遠くに壁が見えた。どうも室内だったらしい。

 壁の手前には椅子がたくさん並んでいる。室内型の闘技場に近いだろう。

 

 周囲の席には人が塊となってあちらこちらに座っている。

 ただ一人、私と同じ地面に立っている奴がいた。

 

『女の子! 育ち盛りだよ! 金髪サラァっ! お嬢様ですよ、これ!』

 

 なんかすごい喜んでる。

 逆に、対象の女の子はすごい落胆している様子が見て取れる。

 ぼんやりと立って私を見ていたが、いよいよ膝が崩れ、地面に両手をぶらんと落としてしまった。

 

 観客席から、女の子と同じ服を着た一団が降りてくる。まだ若いな。

 服を着ているのはどうでもいいのだが、彼らの周囲にいる存在は気になる。

 

『生徒とそのモンスターだね』

 

 ああ。

 人の横に、犬っぽいのや鳥っぽいの、尻尾が生えているもの、ゴーレムらしきものまでいる。

 

『メル姐さんと同じように呼ばれた召喚獣だね』

 

 あれらと同列に扱われるのはあれなんだが……。

 

 数人組の男達が私を指さして笑っている。

 何かを喋っているようだが、翻訳がされていないのか聞き取れない。

 

『エンコードはしたけど、さすがに勝手に翻訳はされないか。しばらくしたら翻訳もできるでしょう』

 

 膝を突いていたお嬢様が、男達をにらみつけた。

 よほどその睨みが怖かったようで、男達はひるんでいる。

 側にいた背の高い女が、お嬢様に何か声をかけた。

 お嬢様が私を見つめて何か……唱えた?

 

『アナライズをこっちに使ってきたけど……うん? まぁ、そもそもあんなしょぼいのじゃ、障壁を通らない』

 

 そんなにしょぼいのか。

 

『駄目だね。でも気になることはある。このアナライズ対象は何も存在しないアドレスだ。仮に障壁を通っても何も見えない』

 

 アナライズが下手くそということだけわかった。

 お嬢様も気づいたようで、何度か私に向けて同じ言葉を言っている。

 今度は背の高い女が、彼女の脇に控えていた目を閉じた女に声をかけた。

 

『あれ人じゃない。人型のモンスター。彼女の召喚獣でしょ』

 

 人型モンスターの瞼が開き、瞳がわずかに緑の光を反射する。

 

『無駄だねぇ。お嬢様よりは、多少マシなアナライズだけど、それくらいじゃあ及第点はあげられないなぁ。ふむ、これも同じアドレスにアクセスしようとしてる』

 

 モンスターが首を横に振ると、背の高い女は驚いてこちらを見てくる。

 やや緊迫した様子で、背の高い女がお嬢様に何か声をかけた。

 お嬢様は私にむけて何か声をかけてくる。

 さっぱり聞き取れない。

 

『こっちに来い、かな。命令コードも入ってた。でも、隷従は耐性があるから無意味』

 

 あちらの様子も変わってきた。

 こちらを馬鹿にした様子だったが、何か不気味なモノを見る目になっている。

 

 そんな彼らを叱咤するような声が響き、私を含めた全員がそちら見た。

 男だ。歳も私より上だろう。着ている服は子供達と似ているが、やや立派な様子だ。

 

『教官かな?』

 

 教官?

 

 男の横にいた、全身を赤い鎧を纏ったモンスターがこちらを見てくる。

 兜の隙間から赤い瞳がわずかに光った気がした。

 

『うーん、さっきよりは断然マシだけど、これに及第点を付けるのはなぁ』

 

 どうもまたアナライズされていたらしい。

 ここの奴らはお前みたいなやつだな。そんなにアナライズとやらが好きなのか。

 

 シュウが教官と呼んだ男もやや驚いた様子だったが、すぐに顔を戻した。

 私にゆっくりと近づいてきて、何か言っている。

 さっぱりわからん。

 

 わからないと首をすくめると、彼はお嬢様に指を向けた。

 行けということのようだ。

 

『行ってあげて。力で解決しようとしなかったのは評価高いよ』

 

 勝手によくわからん評価をつけている。

 とりあえずお嬢様のところに行ってみることにした。

 

 一歩近づくと、お嬢様の側にいた奴らが一歩離れる。

 最後まで残っていたのはお嬢様と、背の高い女と彼女のモンスターだけだ。

 

 互いに手を伸ばせば届く距離に来ると、お嬢様も立ち上がる。

 背をピンと伸ばし、顎を引き、私に負けるものかと上目遣いににらみつけてくる。

 必死で気丈さを示しているのが、私にすらわかるのだがそこは何も言わない。言っても通じないだろう。

 

「メルだ。冒険者をしている。お前は?」

 

 ひとまず自己紹介というわけで、自分に指を指して伝える。

 その後、お嬢様を指さして尋ねる。

 

「メル=ボーケンシャ=ヲ=シテルゥ?」

 

 いや、たぶん違う。

 メル。

 

「メル? ――」

 

 その後にも何か続いたがよくわからない。

 とりあえず、もう一度、自分に指をさしてメルと伝えた。

 ついで指をお嬢様に示す。

 

「あwふぁdkfじゃおおうふぁjdふぁjfl;あskfj;dぁjふぁおぱhふぁんdkhふぁshfんふぃqおあhふぁいdshふぁs;jfさlhふぁいおhふぁkjんふぁkhふぁshf;かふぁkjふぁkふぁdあlkdふぁjふぁおfじゃjfかめw。らjhふぁjljふぁlkだljふぁjd;あfjkdjふぁじょだfじゃおjめlrjかじぇkrなkljぁjふぁsjfだfじゃl;jkdふぁldjふぉぱ」

 

 ……なんて?

 

『俺もよくわからんかった。たぶん名前がめちゃくちゃ長い。称号とか、爵位とか、姓名以外のがたくさん入ってる』

 

 困ったな。

 なんて呼べばいいんだ

 

「メル」

 

 背の高い女に名前を呼ばれた。

 なんか表情が読み取りづらい、賢そうな子だ。

 

「マギア」

 

 彼女は自分を指さしてそう告げる。

 

 マギア

 

 そう、というように頷いて、「マギア」ともう一度告げてくる。

 その後、隣のお嬢様を指さした。

 

「ミラ」

 

 ミラ?

 

「ミラ」

 

 どうもお嬢様はミラというらしい。

 

 ミラと声をかけたが、お嬢様はあれこれと声を荒げて闘技場から走ってどっかに行ってしまった。

 なんなんだ、あいつはいったい。

 

『たぶんね。あいつは竜みたいなド迫力で明らかに強そうなのがドーンって出てくると思ってたんだ。それがぼんやりしたやる気のなさそうな長身猫背気味の女が出てきた。ここでもうどうしようもなく落胆。いちおうアナライズを通さない不気味さはあるけど、言葉は通じないし、命令も効かない。ショックの追加で、羞恥に堪えきれず走って逃げた』

 

 解説どうも。

 それでも私にはよくわからんね。

 契約解除でさっさと元の世界に帰すこともできるはずだろ。

 

『無理。あっちからの一方的な契約解除はできない。いきなり暴れたら別だろうけど』

 

 じゃあ、私から切ってやれば良い。また召喚しなおせば良いだろ。

 ……どうやって契約を解除するんだ。

 

『まだできない。明らかな契約の不履行が認められないからね。少なくともこの世界のダンジョンに一回は挑戦しないと駄目かな。もしくはダンジョンに数日挑戦できない状況になるか。お嬢様を殺すのが手っ取り早いけど、ここは異世界だから易々とは殺せない』

 

 どっちにしろすぐには帰れないってことか。

 

『そういうこと』

 

 ミラお嬢様が走り去ったが、周囲に大きな混乱はない。

 むしろ秩序と冷静さを取り戻したように見える。

 

 シュウが教官と生徒と言ったように、どうもここは教育機関らしい。

 さきほどの男と赤鎧のモンスターが生徒達に指示をして、生徒たちがそれぞれ何かを唱えている。

 モンスター達も一緒になって何かしている。

 

『戦い方……というより召喚獣との連携の練習かな。どうも生徒達はまだ召喚したてみたいだね。本人と召喚獣の動きがバラバラで合ってない。意思疎通がまるで取れてない』

 

 そうだな。

 なんか下手な踊りを見ている気分だ。

 召喚獣と言えば、そんな世界が前にあったな。

 

『あそことはまったくの別物だね。あれは完全に世界の特性で自らとほぼ同体みたいな部分があったけど、こっちはただ召喚魔法を工夫してるだけの完全な別個体。やたらとアナライズにこだわってたのをみるに、世界の特性は――ふむ。やっぱりそうだな』

 

 観客席に座ってぼんやり見ているが、だいぶ飽きてきた。

 それは実行している生徒達も同じ気持ちらしい。

 

 教官もそれに気づいたのか、生徒に声をかけた。

 生徒も闘技場を挟んで二手に分かれていく。

 

『模擬戦だね』

 

 ほー。

 おもしろそうだな。

 

『それはどうかな』

 

 えぇ……。

 素振りだの、かけ声を掛け合うだのを見続けるよりは良いでしょ。

 

『奴らで模擬戦させても悪いところしか出てこない。悪い点を修正していこうとする水準にもまだいないし、そもそも悪い点がなんなのかもわからない段階にある。そんな奴らだ。完全に時間の無駄』

 

 断言した。

 

 そして、模擬戦が始まり、シュウの言葉が正しかったことを認識する。

 モンスターと本人の連携がまるで取れてない。力任せばかりだ。なんだろう……もやっとする。

 

『初めて出会った頃のジェスターのが数百倍はマシ』

 

 そうか。私の場合はジェスターと比べてしまうのか。

 もしも彼女の熊なら、こう動くのにとか、ちゃんと強化や妨害で援護しろよとか思ってしまうんだ。

 彼女以外でも強い人をたくさん見てきたから、生徒たちの動きの悪さにばかり目がいくのだろう。

 

『いやね。そりゃ召喚獣使いとして、上の下にまで達したジェスターと比べたら、あいつらの強さはゴミカスになるし、大半の奴は見どころもないってなっちゃうよ。そうじゃないの』

 

 ん? 違うの?

 雑魚だって言いたいんじゃなかったの?

 

『違うんだ。ジェスターだって出会った頃は弱かった。彼らだって召喚獣を手に入れたばかりだろうから、そりゃ弱いのは当然と言える』

 

 そうだな。

 弱いなら弱いで別にいいじゃん。

 

『弱いのは別に良いよ。何が悪いって、自らが弱いという自覚がまるでないことなんだ。召喚獣を呼べたという謎の選民意識に満ちてる。召喚獣を呼べたから俺はもう強いんだという間違った自信に満たされてる。そこが最悪』

 

 確かにそう言われればそう見える。

 なんかどいつもこいつも自信たっぷりに頑張ってるな。

 

『もっと言えば、召喚獣もそうだ。特段強くもないのに、強がってる奴が目立つ』

 

 ……それはわからんな。

 どれも似たようなもんだろ。

 

『さらに悪いことに、召喚獣の中には明らかにやる気のないやつもいる』

 

 そうなのか。

 まぁ、ここで座って見てるのもいるくらいだからな。

 

『とにかく弱い自覚がない時点でもう駄目。自らの強さもわかってない奴は話にならない。自分は弱いから、少しでも戦えるよう弱いなりに強くなろう。明日はもっと戦えるよう、よりいっそう励んでいこうって姿勢がまったくない。召喚獣を呼べた俺SUGEEE。強い召喚獣を呼べた俺TUEEEってのが透けて見える。しかもだ。それを容認するような教育でしょ。なんでこんな奴ら同士で模擬戦なんてやらせるのか? ちょっと力を得た馬鹿どもを調子付かせるだけだ。もう最悪。見てられない』

 

 じゃあどうすりゃいいんだ?

 

『俺なら上級生と戦わせるね。それで自らが弱いことを自覚させる。上級になるにはこれくらいの強さが必要だってわからせる。でも、この学園の上級生かぁ。やっぱり駄目かもしれないなぁ』

 

 それなら、あの教官でいいんじゃない。

 けっこう強そうだぞ。

 

『ダメダメ。ケオ教官は数段飛びすぎる』

 

 そんな名前なのか。

 

『名前は聞き取れるからね。とにかくケオ教官じゃ駄目。初心者クラスが中級ダンジョンの強めのボスに挑むようなもん。「負けて当然」みたいな諦めになる』

 

 やっぱり強いのか。なかなか風格があるもんな。

 

『それなりにね。ケオ教官本人も自らの強さをきちんと自覚してるなってわかる。でも、あれは現場でこそ生きるタイプだ。戦士ではあるけれど教育者じゃない。貶(けな)してるわけじゃないよ。あいつは悪くない。あいつをここに配属させた人事が悪い。同情するよ。こんなところで猿まわしをさせられるなんてね。でも、まあかなり平和な世界でしょうな。彼をこんなところに置いておけるんだから』

 

 ボロクソだな。

 

『そりゃあねぇ。こんなもん見させられたら、それくらいは言いたくはなる。――とにかくだ。最初は、がんばればこのくらいはいけそうだなくらいを相手にさせるのがちょうど良い。洗礼ってやつだ。それで諦めるなら、――もう救えない』

 

 シュウはそう締めくくり、見物に戻った。

 

 

 つまらない模擬戦もどんどんと終わっていき、最後に一人余った。

 ケオ教官が、最後の生徒の前に立ち、何かを話した。

 生徒が緊張し始めている。

 

『「二人組作ってー。なんだお前余ったのか、じゃあ先生とやるか」みたいな流れだ……つらいなぁ。ほんとつらい……。行ってあげて。いちおうメル姐さんも召喚獣でしょ』

 

 なんか本当に苦しそうな口調で言うから、思わず席を立ってしまった。

 思ったよりも目立ち、一部から視線を集めてしまう。

 

 階段を降りて、生徒とその召喚獣の前に立つと、ケオ教官も理解したようで離れていく。

 

『まあ、ちょっとは良いところを見せてあげようよ』

 

 こいつらに?

 

『いやいや、お嬢様にだよ。ほら、右の客席奥』

 

 そちらを見ると、金髪がチラリと席の影から見えている。

 ほんとだ。いるな。

 

『相手が雑魚過ぎて残念だけど、それでも十分でしょう』

 

 私がそこそこ戦えるってことを示すんだな。

 

『まぁ、そんなとこ』

 

 私が相手になったとたん、生徒の緊張は一気に解けた。

 大きめの狸に、やれと命じたのだろう。狸がふごふご襲いかかってくる。遅いなぁ。

 

『狸をプレゼントしてあげよう。俺は使わないでね。瞬殺しちゃうから』

 

 それでも勝負にならない。

 なんだったか「最初はがんばればいけそう」くらいの強さと戦わせるべきじゃなかったか。

 

『それは健全に成長させたい場合だね。俺はこいつらが強くなることなんかこれっぽっちも望んでないんだ。女の子の体格だけ健やかに育ってくれればそれでいい』

 

 私はそれすらまったく興味がない。

 

 狸の振り下ろしてきた毛むくじゃらの腕を止め、すぐに両手でつかみ、ぐるぐると回って振り回す。

 

『もうちょい上……、今!』

 

 狸を振り回していた手を離した。

 勢いはもはや止められず、客席へとまっすぐに飛んでいく。

 

 金髪のわずか三つ隣の席を破壊し、なお勢いは止まらず壁に激突した。

 狸は、うめき声を上げることもできず、ばたりと倒れた。

 

 お嬢様は唖然と熊を見つめて、次いで私を見つめる。

 ぼんやりと見つめてきていた顔が徐々に朗らかになり、とても喜んだ顔になった。

 

『……こいつは、駄目かもしれんな』

 

 最初の出会いとは逆になった。

 お嬢様は喜び、シュウは落胆している。

 

『一つ目のダンジョンまでの付き合いになりそうだね』

 

 シュウの眼鏡には適わなかった様子である。

 どうでもいいけど、早くダンジョンに行きたい。

 

 

 模擬戦が終わり、お嬢様も調子よく降りてきて、周囲に私を自慢している。

 その周囲は恐怖を持って私を見てくる。誰もお嬢様を見ていない。そこにお嬢様は気づいてない様子だ。

 

 背の高い女生徒がたしなめるようにお嬢様に何かを言っている。

 

『マギアね』

 

 マギアの言葉も右から左だ。お嬢様は変わらず笑って歩いて行く。

 困ったもんだという様子で、マギアがため息を一つ吐いた。

 

 彼女の傍らでは、人型の召喚獣が無感動、無表情で彼女を見つめている。

 見つめていると思うが、目を閉じていて実際はどうかわからない。

 

『あ、翻訳スキルゲット。パラクミ語っていうらしい』

 

 別に何語だっていいが、話せるのは良いことだ。

 困ったように立ち尽くしているマギアに声をかけてみることにした。

 

『それが良いね。そうだ、あの召喚魔法陣を馬鹿お嬢様に教えたとてつもない馬鹿は誰か聞いてみて。そいつは早めに駆除した方が良い。この世界のためにもね』

 

 わかったと返答し、頭を抑えるマギアに近づく。

 

 馬鹿のおもりは大変だな。

 

『本当に』

「本当に……え」

 

 微妙に驚いた様子で私を見てくる。

 なんか今、混ざってなかった?

 

「あなた……、言葉が?」

 

 ん、ああ、喋れるようになった。

 それより訊きたいことがあるんだが。

 私を召喚した、あの魔法陣は誰から聞いたんだ?

 

「えっ、あれはミラが、どこかから調べてきて――」

 

 お前は知らないと?

 

「ええ。それより貴方は何者なの? あの力はいったい何。どうしてステータスもレベルも鑑定できないの。それどころか隷従さえも無効化してる。いったいあの魔法陣はいったい何が書かれてたの」

 

 質問が多い。これだけ伝えておこう。

 私はメル。冒険者だ。

 

 それだけ伝えて馬鹿お嬢様の後を追いかける。

 

 

 お嬢様は取り巻きの娘達にひたすら自慢話をしていた。

 

「遅いわよ。どこに行ってたの!」

 

 笑顔で私に怒鳴る。

 機嫌の良さがひしひしとうかがえる。

 

 マギアと話してた。

 

「まったくあの子………………喋った!」

 

 たっぶり間を開けてから、すごい驚かれた。

 

「え? ……えぇ? あなた言葉が通じないんじゃ」

 

 喋れるようになった。

 

「はー、さすが私の召喚獣だわぁ」

 

 うん。そうね。

 

 お嬢様は、取り巻きを先に行かせて、二人きりになるように人から距離を取った。

 遠くからマギアが誰も来ないように見張っている。

 

「それで、あなたどこから来たの?」

 

 異世界。

 

「やっぱり人界じゃないのね、霊界でもないでしょうし、もしかして天界?」

『およっ』

 

 あれ、何か普通に異世界で話が通ってしまったぞ。

 冗談めかして言ったから変な顔をされるか、驚かれるかだと思ったのに。

 

『俺もちょっとびっくり。とりあえず天界ではないね』

 

 そうだな、天界とやらじゃないな。

 

「やっぱりそうよね。煉獄界? でも、解析すらできないとなると、さらに深層――地獄界! そうでしょ?」

 

 違うな。

 

「そう、煉獄なの」

 

 ちょっと残念そうな顔をしている。

 

「でも、あの力を見る限り、煉獄でもかなりの実力者でしょ」

 

 実力……、実力ねぇ。

 この力を実力と言うのは憚られるが、いちおう力は力だからな。

 冒険者としての位置づけでは一番の上位に入る。

 

「そうよね。冒険者ってのが何か知らないけど、煉獄でもトップクラスってわけね」

 

 うんうんと頷いてる。

 

『都合の良いように話を解釈されちゃってるね』

 

 そんなだな。

 

「他の人には隠してていいけど、私にだけはレベルとステータスを見せなさい」

 

 キリッとした顔で私を見つめる。

 どうもこれこそが本題だったらしい。

 ただ、内容はさっぱりわからない。れべるに、すてぇたすと言ったか。

 

『うーん、どうしようかな。仮でいいから作ってみるか』

 

 何?

 お前、言ってることがわかるの?

 

『わかるっちゃわかるけど、表示するとなるとちょっとめんどくさい。見るだけならすぐできるけど、このお嬢様は例外だからあまり参考にならない。……ああ、ちょうど良い例が来てくれた』

 

 廊下の端から男の生徒が二人に、モンスターが二体歩いてくる。

 マギアが他の生徒のように追い払わず、道を開けたところをみるにそこそこ偉い奴だろう。

 

「妹よ!」

 

 眩しいほどの金髪と顔をして前を歩いていた男が話しかけてきた。

 顔立ちはミラとなんとなく似ている。顔以上に自信に溢れているところがそっくりだ。

 

「カルディアお兄様!」

 

 やっぱり兄弟か。

 同じように顔を輝かせてミラは兄の名を呼んだ。

 

「カルディア様、私は――」

「ああ」

 

 もう一人の男は兄の付き人らしく、マギアと同じく、兄妹から距離を取り人が近づけないように見張りに立った。

 それを確認して兄は再度、ミラに話を始める。

 

「私のところまで話が聞こえてきたよ! 召喚に成功したそうだね。さっそく模擬戦で大活躍をしたそうじゃないか!」

「ええ、バベスタ家の強大な狸を観客席の奥まで投げ飛ばしたのです! あのような力、私見たことがありません!」

 

 お兄様は「なんと!」と声を漏らし、喜んでいる様子だ。

 

『レベルとステータスってのはこんなの。あっ、待った。名前がなげーな。ステータスも細かすぎる。メル姐さん用にバサッと省こう』

 

 ――

 ・名前:カルディア

 ・出身:人界(ウェラネ圏)

 ・レベル:11

 ・強さ:初心者

 ・能力:召喚契約、魔法

 ――

 

 何か男の脇に文字が出てきた。

 

『これがレベルとステータス。本当はもっと詳しく出てくるんだけど、あまりにも多いんで、めちゃくちゃ省力してる。強さも冒険者のクラスならこの辺ってのに置き換えてる』

 

 ほぉん。

 名前と強さってのは、なんとなくわかる。

 

『そこが、こいつらがステータスって言ってる部分』

 

 このレベルってのは何だ?

 

『この世界で、戦闘や知識をどれだけ積んでるかの目安。数字が大きくなるほど、たくさんの戦闘経験や勉強をしてる。冒険者のランクみたいなもん』

 

 ほー。

 この11ってのはどんなもんなんだ?

 

『低いね。ちなみに彼の召喚獣だとこんな感じ』

 

 またしても文字が出てくる。

 彼の横に浮いていたモンスターにもアナライズをかけたようだ。

 

 ――

 ・名前:レビエル

 ・出身:天界――第五層

 ・レベル:79

 ・強さ:初級

 ・能力:浮遊、魔法、召喚契約

 ――

 

 レベルが79と一気に上がった。お兄様よりだいぶ上だな。

 強さも初級になっている。

 

「ミラ、こう言ってはなんだが、彼女は……」

「ええ。私も最初は外れを引いたと思いました。しかし、見た目で判断してはいけません。レベルもステータスも不明。エルピダどころか、ベルガー教官の鑑定さえ通らないほどです。加えて、短時間で言葉も喋るようになりました。かなりの知能を持っています」

 

 その後も他愛もない話が続いている。

 ちなみにあの賢そうな長身の子と、目を瞑ってるやつはどんなもんなの?

 

『こんなだね』

 

 シュウが言うと、離れたところに立っていたマギアの方に文字が浮かんだ。

 

 ――

 ・名前:マギア

 ・出身:人界(ウェラネ圏)

 ・レベル:25

 ・強さ:初心者~初級

 ・能力:召喚契約、戦士の心-、格闘技術-

 ――

 

 おお、レベルがちょっと高い。

 それに能力になんか出てるな。戦士の心に、格闘技術とある。

 -ってのが付いてるようだが、これはどういうことなんだ。

 

『戦士の心は、状況変化に対する心の落ち着きがプラスされる。平常心と言ってもいいね。格闘技術はそのまんま近接戦闘の技術。細かくは武器種ごとに分かれるんだけど統合してる。「-」の記号はそれら能力の見習いクラスってこと』

 

 そんなもんなのか。

 まだまだ未熟って事だな。

 

『実戦経験がほぼない中で「戦士の心」は珍しい。かなり特訓してるはず。努力家ってのはわかる。しかし、名前はどう考えても魔法職なのに中身はバリバリの近接職だな。で、マギアの召喚獣はこんなの』

 

 マギアから文字が消えて、隣の人型召喚獣に文字が浮かんできた。

 

 ――

 ・名前:エルピダ

 ・出身:霊界――最東園

 ・レベル:53

 ・強さ:初心者~初級

 ・能力:魔眼-、文字変換+、本の虫。魔法、召喚契約

 ――

 

 なんか魔眼とか物騒な単語が見えるけど。

 

『それは気にしなくて良い。魔法がちょっと便利に使えるくらいでそれ以上の効果がない。それよりも「文字変換」がやばい「+」まで付いてる』

 

 すごいのか。

 

『めちゃくちゃレアじゃないかな。異世界の文字でも、文字である限りは読めるね。これは俺も欲しいな』

 

 異世界の文字とか見る機会がないんじゃないのか。

 でも、異世界が普通に受け入れられるところだからそうでもないか。

 それと本の虫ってのは?

 

『本が好きなんでしょう。速読ができるっぽい』

 

 どうでもいいな。

 

 お嬢様とお兄様のお話はようやく世間話が終わりを見えた。

 

「ミラよ、彼女にレベルとステータスを見せるよう命じたのだろう」

「彼女は私の命令が効きません」

 

 お兄様が口を開けて固まった。

 

「――待て。今、命令が効かないと言ったか?」

「はい」

「……対価は何を?」

「『私との素晴らしい日々』です。これが決め手になりました!」

「…………すまない。もう一度、言ってもらえるか」

「この私との『素晴らしき日々』です」

『不連続存在にでもなるんじゃねぇか。明晰夢だったら良かったのにね』

 

 シュウの言ってることはわからない。

 お兄様は目を瞑り考え込む。

 

『妹ほど馬鹿じゃないね。これがどれだけまずいことかわかってる。召喚陣を教えたのはこいつじゃない』

 

 お兄様は目を開けた。

 先ほどまでの浮かれた様子はない。

 私に対して警戒を隠さない。召喚獣の雰囲気も変わった。

 

「お兄様? どうされたのですか」

「ミラよ……。彼女がその対価に不満を抱いたとき、お前はどうやって彼女を管理するのだ?」

「ご心配には及びません」

 

 ミラは兄の真剣な質問に心配なしと即答した。

 余裕の面持ちで、笑みすら見られる。

 

「この私なのですよ。そんなことにはなりません」

 

 どこからその自信が来るのだろうか。

 ひょっとしてステータスがすごいとかなの?

 

『見せてあげるよ』

 

 ――

 ・名前:ミラ

 ・出身:人界(ウェラネ圏)

 ・レベル:6

 ・強さ:初心者

 ・能力:召喚契約

 ・特能:道

 ――

 

 なんか、変なのが混ざってないか?

 それ以外は特に何もなく、普通以下のようだが……。

 

『そう。普通のアナライズじゃ見ることすらできない隠しステータスが入ってる。メル姐さんで言うと現実逃避みたいなもんだね。スキルの解説が「この道はどこへ続くのか」だとよ。ふざけてやがる。効果がさっぱりわからない。たぶん、召喚でメル姐さんを引き当てたのもこれが関係すると思う』

 

 碌なもんじゃなさそうだな。

 ちなみに私のレベルとステータスは?

 

『ない』

 

 ない?

 

『この世界特有だからね。元の世界だとこのレベルとステータスのアドレスは何も入ってない。こっちの世界の人だと直にステータスと繋がってるね』

 

 そうなのか。

 ちょっと残念だな。見てみたかった。

 

『計算式もだいたいわかってるから概算で入れることはできるけど、それでいいなら入れるよ』

 

 やってみてくれ。

 

「名前はメルだったね。ステータスを開示してくれないか」

 

 ミラの兄が私に言ってくる。

 隣の召喚獣も警戒態勢を飛び越え、臨戦態勢に入っている。

 二人とも距離を取ったので、どうも能力半減の効果が発揮できてない。

 

『入れたでー。一時的に障壁も弱くしてあげたから見られる』

 

 どうぞ。

 

「うむ」

 

 兄が何かを呟いた。

 そして、十秒ほど虚空を見つめ、そのまま固まり、顔が蒼白になってきた。

 顔色は悪いが、目だけが文字を追うように左右へと動いている。

 

「……お兄様?」

 

 妹の声にもまるで応えない。

 ようやく視線が私へ戻り、そのまま尻餅をついた。

 呼吸が異常に速いし、私を見る目がなんか違う。

 体面を整える余裕もないようだ。

 

「お兄様、大丈夫ですか?」

「……何を呼んだ? ミラよ、お前はいったい何を呼んでしまったんだ」

 

 声を震わせながら、ミラに問いかける。

 

 おいおい、何を見せたんだ?

 

『これ。実際はもっと詳しいやつだけどね』

 

 ――

 ・名前:メル

 ・出身:エルメルの町

 ・レベル:5963

 ・強さ:初心者

 ・能力:ここに記すには余白が狭すぎる

 ・特能:現実逃避

 ――

 

 ……まず、レベルがおかしくないか?

 それにレベルの割に強さがアンマッチというか。

 

『このアンマッチはレベル制の弊害。レベル自体はシステマチックに計算されるんだ。モンスターを倒した数、ダンジョンを攻略した数、いろいろな任務やらイベントを達成した数。習得したスキルの数。あと蓄えた知識の数とかもあるだろうけど、ここはほぼないな。とにかく、あくまで目安の数字なんだ。もしかしたらレベルアップから手に入るスキルもあるかもしれないけど、メル姐さんに関係ない。で、メル姐さんは、この計算部分を比類無くこなしてるからレベルは異常に高い。復活したとは言え、星を一個破壊した訳だし。……月も入れれば二個か』

 

 うん。

 そこはわかる

 

『「強さ」は本人のパラメータだ。俺による能力強化無しのもの。別にレベルが上がってもメル姐さん本人が強くなるわけじゃない。現実だと俺のレベルみたいなのが上がってるからどんどん強くなるんだけど』

 

 そうだな。

 おかげさまで楽しくダンジョンを巡らせてもらってる。

 ……でも、せめて初級じゃないの?

 

『ははっ。で、能力。本人にかかる効果が記されてる。こっちは装備によるものも含まれる。見せて問題ないスキルは全部載せた。ちょっと大量にあるのでメル姐さんに見せてるのは省略してる』

 

 特能はよく知ってる。

 なるほど。……なるほどなぁ。

 やっぱりレベルだよなぁ。

 

『いや、能力の項だろうね。一番やばみが伝わる。「灰竜」やら「黒竜」、「幻想」、「激臭」、「邪神様」、「道化師見習い」、「月落とし」、「冥王殺し」、「救世主」、「魔王」、「野蛮人Ⅱ」とかがついた明らかにヤバイ系のスキルが山ほどあるから』

 

 何かやばいのに混じって、微妙そうなのが入ってなかった?

 それと笑って流されたけど、強さは初級じゃないの。

 

 ミラが何か呟いて私を見る。

 

「まあ! レベルが881! でもお兄様、大げさではないですか。煉獄のトップなのですよ。これくらいでもおかしくないでしょう。やはりスキルはかなり多いですね。あら……、剣を持っているのに剣士関連のスキルがない……。しかし、このレベルは素晴らしい! さすが私の召喚獣!」

 

 ……ん?

 

『レベルとステータスをそこそこに書き換えといた』

 

 あ、そう。

 そんなこともできるんだな。

 それなら剣士スキルを追加しといてよ。

 

『ならん』

 

 明確な意志を持って拒否されてしまった。

 その横で、兄がもう一度、鑑定の魔法を唱える。

 

「馬鹿な。先ほどとまるで違う。まさか、ステータス表示を偽れるのか。先ほどのものは、偽物……」

 

 まぁ、そんなところだ。

 驚かせてしまったようだな。

 

「お茶目さもあるのね! 素晴らしい! お兄様、もう良いでしょう。そろそろ失礼いたします。さあ! 行くわよ!」

 

 お嬢様は廊下を突き進んでいった。

 兄も立ち上がり、廊下を歩いていく。

 少し進んだところで立ち止まり、振り返ってこちらを見た。

 

「よもや最初に見たステータスこそが――」

 

 その先は何も言わず、足早に去っていった。

 

 

 

Level 2.地獄の悪意

 

 お嬢様は講義があるとかで、召喚獣は割と自由である。

 別室で休んでもいいし、訓練場を使ってもいい、一緒に講義を受けることも可能だ。

 

 私は迷わず講義を却下した。

 マギアの召喚獣――エルピダに校舎を案内してもらっている。

 残念ながら喋ることはできないようだが、手振り身振りで何を言いたいのかはわかる。

 表情は無だが、動作は表情の割に大げさなんである意味わかりやすいっちゃわかりやすい。

 それにこちらの言葉はわかるので、相づちも打ってもらえる。もしかしたらこの世界で一番まともかもしれない。

 

『なんかめっちゃ緊張してるね』

 

 そうなの?

 動作は確かに大きいな。

 

『さっき障壁を取り除いたときに、こいつも素に近いレベルとステータスを盗み見たからね。それでかもしれない』

 

 あぁ……。

 見ちゃったのか。

 

 一通り案内してもらった後、エルピダは両手をくっつけて開く仕草を示した。

 

『読書。図書室でしょう。情報が欲しいからちょうどいいや』

 

 なるほど。私には興味がないな。

 しかしながら情報は大切だ。ついて行くことになった。

 

 図書室は、部屋というより館だ。

 完全に別棟に建てられており、資料室やら自習室、打ち合わせのできる部屋もあるとか。

 

 どこの世界も図書館とか資料室のニオイはだいたい同じだな。

 本って感じのスンとすましたニオイだ。嫌いじゃないが、まるで興味をそそられない。

 

 歴史書とか地理の本の場所まで案内してもらい、言われた本を取っていく。

 机において、シュウが見えるようにして、後はペラペラめくるだけ。

 非常につまらない作業の時間である。

 

 エルピダは離れた席で本を読んでいて、ときどきこちらを窺っており目が合う。

 目というか、瞼を閉じてるので顔が合うというのが正解なんだろう。

 すぐに顔を本に戻すので、窺っているのがすぐわかる。

 顔をそのままで視線だけ向けてくればわからないだろうに。

 

『この世界は五つに分かれてるっぽい』

 

 大陸がってことか?

 

『いや、物理的にじゃなくて次元的にというかな。この本に理論が書いてあるけど、これは間違ってる。すごいアバウトに言えば、この世界にはダンジョンが四つ――ここも入れれば五つあるだけ。普段は出入口が閉じていて、ときどき開く。世界間の移動はあんまりない』

 

 五つしかないのか?

 

『そうだね。小さな世界がこの次元で五層に積み重なってる。元の世界でも一部が重なってることはあったんだけど、ここまで奇妙に重なるってのは奇跡的。作為的なものを感じる』

 

 それはどうでもいい。

 じゃあダンジョンに行くのはどうなるんだ?

 

『隣り合う世界に行けばダンジョンとも言えるけど、そこは世界が――その世界での日常があるだけで、メル姐さんが求めているものではおそらくない』

 

 いかん。

 一気に帰りたくなった。

 

『ただ、気になる記述があって。世界間を繋ぐ出入口がときどきできるらしい。トンネルと呼ばれる空間で、そっちの方がどちらかと言えばダンジョンなのかな。一時的にしか開かず、場所もどこにできるかが不明。その空間には次元の歪みから生じる歪曲生命体ってのがいるんだって。核となる生命体がいて、それがボスっぽいね。ときどき漂流物も落ちてるとか、アイテムかな』

 

 ……それってもうダンジョンじゃね?

 

『中身はダンジョンに近いけど、これを読む限りだとダンジョンとは仕組みがまったく違うよ』

 

 いや、モンスターとボスがいて、お宝もあって、雰囲気が元の世界と別ならダンジョンだよ。

 

『オブジェクト指向を説明しようとする、よくわからん比喩みたいなのはやめて』

 

 なんとか指向は知らないけど、ダンジョンこそ至高だ。

 そのトンネルとかいうのを、一つ試すことができないだろうか。

 

『試すにしても、出現する場所と時間もわからないんじゃあね』

 

 残念だなぁ。

 

『そうそう、この学校の資料もあった』

 

 別にそれはどうでもいいなぁ。

 育ちの良い子供が通ってる学び舎以上の情報があるのか。

 

『ある。まさに召喚獣だよ。召喚とその教育をしてる施設のはこの人界でもかなり少ない。両手の指の数もない。そもそも召喚獣と言うけど、他の四つの世界から住人を招き入れてるだけなんだ』

 

 招き入れる?

 

『人界の住人は他の四つの世界――霊界、天界、煉獄界、地獄界と比べて力が弱い。他四つの世界から戦力を呼び出して、治安の維持やさっきのトンネルからの歪曲生命体の流出を防いでるんだって』

 

 ふーん、呼ばれる側は迷惑じゃないか。

 

『そうでもない。そのための対価だ。出稼ぎみたいなもんだよ。元の世界であぶれてる奴らがこっちに来ることが多いんだって。元の世界だと中途半端な戦力だけど、こっちだと大いに役立てるし、高い評価と待遇をしてもらえるとかでね。他にも人界は娯楽が多いらしいから、それを目当てに来たりするのもいるらしい』

 

 確かに休憩中の召喚獣らはけっこうのんびりしてたな。

 現にエルピダも夢中で本を読んでいる。さきほどの模擬戦とは熱中度がまるで違う。

 

『逆に言うと、強すぎるのはわざわざ人界まで召喚されてこない。元の世界で満足だろうからね。お嬢様が喜んでたのもこのあたりにある。煉獄界も含めて、他界のトップなんて滅多に来ないんだ』

 

 まぁ、そもそも私は煉獄界のトップじゃないんだけどな。

 

『うん。間違いなくそれよりずっとやばいからね。ずっと昔に人界で確認された一番レベルの高い奴でも、レベルが千に届いてないってあった。982だったかな。召喚獣からの情報では、他四界の最強クラスでもレベルが四桁に届くかどうからしい。ちょっと偽レベルを高くしすぎたかと思ったけどちょうど良かったね』

 

 そうだな。

 実際の値は五千超えてたよな。

 

『いやぁ、もうほぼ六千だよ……ん? ひょっとして。いや、……うん、まあ、レベルはあくまで目安ってことを忘れないでね。百にいってなくても、異常なスキルを持ってる奴にやられることだってあるんだから』

 

 そんなものか。

 

『そんなものなの。滅多にはないだろうけどね』

 

 その後は特に話を引き延ばさず、またしても読書という私にとって無為な時間となった。

 

 

 

 講義の時間が終わったようで、ミラとマギアが図書館にやってきた。

 

「待たせたわね。やっと終わったわ! 何かおもしろいものはあった?」

 

 開口一番に尋ねてきた。

 近くに座っていたエルピダは本を、マギアに本を渡している。

 どうも借りる手続きをしているようだ。

 

 トンネルってのがあると知った。

 モンスターに、ボスもいる。これはもうダンジョンだ。

 どこかにないのか?

 

「トンネルって他世界と繋がってるアレでしょ。この辺りで出たのはかなり前だったと思うけど。――マギア」

 

 すぐ後ろに控えていたマギアに声をかける。

 

「このウェラネ圏で最後に出現したのは三年前。ウラバ湖に水を吸い込む穴が生じ、二日後には閉じた。このときは歪曲生命体の出現は一体だけ。負傷者もなくすぐに仕留められた。どこと繋がっていたのは不明」

 

 マギアは淀みなく話していく。

 あまりにもすらすら出てきたので、私が見ていると彼女は答えてくれた。

 

「父がウェラネ圏の防衛長官なので……。その、私も勉強をさせてもらっていますから」

「マギアはファザコンなの。将来はお父様の側で働くって小さい頃からずっと言ってる」

 

 あっけらかんとミラは話すが、マギアはすごい恥ずかしそうにしている。

 

「マギアならなれる。だって、私の付き人なんだから!」

 

 当然という顔で、マギアに頷いてみせる。

 マギアもやや顔を赤らめながらもうなずき返していた。

 

『今のままじゃ無理だろうがね。あるいは、その程度の役職なのか』

 

 聞こえないのを良いことに好き放題言っている。

 聞こえていても言うかもしれない。……女だから言わないだろうな。

 

「それより読みたい本があれば、なんでも言ってちょうだい。すぐに取り寄せるから」

 

 私に言ったのだろうが、私よりもむしろエルピダが反応を示している。

 表情こそはないが、顔をミラに向けて動かない。

 

「あなたは先週、取り寄せてあげたでしょう。そうね……、レベルがあと二つ上がったら、また取り寄せてあげる」

 

 エルピダは体を弾ませて、うれしさを表現している。

 がんばるぞという心意気が伝わってきた。

 

 

 翌日、模擬戦は上級生と行うことになった。

 闘技場には、上級生の姿があり、ミラお嬢様の同級生は緊張している。

 

 昨夜、模擬戦がどうこう聞かれたので、シュウの言っていたことを話したら、すぐに行動に移した。

 まさか昨日の今日で、実行されるとは思わなかった。

 

『発言力はあるね。実際、実のある内容だったのも大きいだろうけど。それに――』

 

 それに?

 

『模擬戦になれば、またメル姐さんが活躍すると考えてる。それが見たいし、自慢したいってだけだと思うよ』

 

 なるほど、納得だな。

 他の生徒が緊張している中で、お嬢様だけがうきうきしている。

 

 模擬戦はすぐに始まった。

 さすがに上級生の動きは、下級生とは違う。

 すぐにやられるのもいるが、そこそこの戦いに持っていくのもいる。

 

『それは上級生が弱いだけ。工夫も何もない。力で殴り合ってるだけなんだ』

 

 私としてはシンプルだからその方が見てて楽しい。

 おっ、次はマギアとエルピダだぞ。なんかやる気を感じる。

 

 声をかけてみたがシュウは反応がない。

 先ほどからなんだか静かだ。

 どうかしたのか?

 

『さっきから、ちょこちょこ揺れてない?』

 

 いや、地面が揺れてる気はしないな。

 召喚獣が動くから振動してるだけじゃないか。

 

『いやいや、地面じゃなくて時空の話だよ』

 

 ああ、時空か。時空ね。……時空?

 なにそれ、時空が揺れるって感じたことないよ。

 

『はい、それは嘘。異世界に転移するときにすごい気持ち悪くなるでしょ。あれだよ』

 

 あれがそうなのか。

 言われてみればちょっと頭が痛いかも。

 

『うん、メル姐さんは時空の揺れで酔いやすいからね。魔力の質と量に関係すると俺は見てる。両方ともひどいからね。やっぱ揺れてるよな』

 

 魔力の変化でわからないの?

 

『揺れが小さすぎて難しい。ここは召喚獣やらで魔力が乱れてるからね。ちょっと解析してみよう』

 

 シュウが黙ったので、私はマギアとエルピダの戦闘に目を移す。

 かなり健闘しているように見える。上級生の攻撃や召喚獣の一撃も躱しつつ反撃している。

 もう少し……もう少しで攻撃が当たる。他の生徒も集中して見入っている様子だ。

 あぁ、そこだ! おしいなぁ、もうちょっと。あっ、いいぞ。……そこっ。

 

『違う。ここだね』

 

 何が?

 

『時空震の震源地』

 

 ……どういうこと?

 

『トンネルがここにできる』

 

 いつ?

 

『今。――くるよ。席に座って頭を抑えてうずくまってた方が良い』

 

 地面が突如として揺れ始めた。

 

『揺れてない。時空が揺れてるだけ』

 

 嘘だ。

 すごい揺れてるじゃん。頭痛いし、気持ち悪いぞ。

 それに他の奴らの叫び声も入ってきて、さらに頭をガンガンと叩いてくる。

 崖から飛び降りたときのような浮遊感があり、そして、地に落ちたときの衝撃が走る。

 

 ようやく気持ち悪さが抜けてきた。

 周囲も同じような様子で、生徒は互いに声をかけ、顔を見合わせている。

 彼らや召喚獣、それに私も視線をあちこちに彷徨わせ、最後にある一カ所でみなの視線がとまる。

 

 そこは闘技場の中心から、ややマギア側に寄っているところだった。

 闘技場の床が裂けて、そこに穴ができている。穴の大きさは手をいっぱいに広げたくらいだ。

 

 その穴の中から、何か大きな瞳が覗いていた。

 

「んばっ、んばぁぁ」

 

 よくわからない声が、穴の中から聞こえてくる。

 瞳が隠れ、口と思われる部分が出てきた。口がぬちゃりと開く。

 

『行った方が良いね』

 

 やっぱそうだよな。

 これダンジョンでしょ。わくわくしてきたぞ!

 

『急ぐべき。ケオ教官も気づいたけど遅い。エルピダが喰われる』

 

 私が床を蹴るのと、穴から何か細長い物が出てくるのは同時だった。

 細長い物が空を叩くように何度かしなり、狙いを定めたのかまっすぐマギアへと伸びる。

 

『舌だね。ふむ、一番近いエルピダじゃなくてマギアを狙うか』

 

 マギアの顔にたどり着く前に、その舌を斬った。

 斬られた舌は勢いのままマギアの顔を掠め、そのまま地面を転がりぴくぴく動く。

 

『本体をやって』

 

 痛みで叫びを上げている本体へ近づき、穴の入口から、本体を突き刺す。

 断末魔をあげつつ、モンスターは穴の中へと落ちていった。

 

 落ちていったのだが、下が見えないな。

 地面に落ちた音が聞こえない。

 

『いや、途中で消滅した』

 

 そうか、異世界だもんな。

 アイテム結晶が出てくるわけだ。

 

『アイテム結晶は出てなかったよ。本当に消滅』

 

 どういうこと?

 

『あれはモンスターではなさそう。世界に属する住人ですらない。どこか歪んでる。なるほど確かに歪曲生命体だ』

 

 ケオ教官がマギアに無事か声をかけている。

 もう一人の教官も生徒達を闘技場から出るよう誘導し始めた。

 

「今のは何なの?」

 

 お嬢様がやや心配した様子で近寄ってきた。

 

 これがトンネルらしい。

 さっきのが歪曲生命体とかいうやつ。

 

『レベルは463だった。教官二人がかりなら戦えるけど苦戦する。外野を護りながらは無理。人を近寄らせないほうが良い。次が来るかもしれないし、さっきのやつが復活する可能性もある』

 

 シュウの話をミラに伝えると、ミラもすぐケオ教官に伝えた。

 教官がミラに何かを言うと、マギアとミラは何かうなずきを返した。

 

「メル。教官達は、アレを見張るため動けないと話しています。私とマギア、それにお兄様で今から圏庁に事態を説明しに向かいます。私たちは顔が利きますし、実際に出現を見たわけですから」

 

 どうも出かけてくるらしい。

 

「あなたは教官達のサポート――いえ、違いますね。あなたが主となって歪曲生命体と戦いなさい。教官達には支援をさせます。必要な物があれば彼らに伝えなさい」

 

 誇らしげに宣言し、返事も聞かずに背を向け颯爽と歩き去った。

 

『動ける馬鹿だ。無能じゃない』

 

 そうだな。

 迷惑をまき散らすだけだ。

 

『自分のことだけによくわかってるね』

 

 まあな。

 

『――おっと、来たよ』

 

 ミラが闘技場から消えると、穴の中からまたしてもモンスターが出てくる。

 地上に出てきてから倒してみたが、やはりアイテムは出てこない。それに復活もしないようだ。

 復活しないおかげで、トドメを他人に渡す手間が省けるのでそこは助かっている。

 

 モンスターはそこそこ強い。シュウで一撃で死なない。

 上級あたりといったところだろうか。

 

『そうだね。上級の雑魚くらいかな。情報としては知ってたけど、本当にレベルしか表示されてない。隠しステータスもない』

 

 変なモンスターが多いな。

 個性がそれぞれ違うし、人っぽいのもいる。

 アイテムが出ないのは不思議だ。こいつらはいったいなんだろうか。

 

『たぶん人かな』

 

 人?

 

『人というより元は世界の住人。各世界の住人がトンネルに入って、閉じ込められ歪んでああなった』

 

 なんか気持ち悪い話だな。

 

『まだ仮説だよ。時空の歪みから、突如として生物が生まれるとは考えにくい。そうなると時空に閉じ込められた奴が変質した、いや、変質させられたと考えるのが妥当でしょう。核持ちとやらを倒せばわかるよ。できれば生け捕りが理想だね。おそらく、その核に人を変質させる何かがある。調べてみたいなぁ。……ちょっと入ってみようか』

 

 いいのか?

 さっきは反対しただろ。

 

『空間が不安定だったからね。今はだいぶ安定してる。こんな不思議な現象は久々だ。核が気になる』

 

 シュウもよほど気になっているようだ。

 慎重派のこいつもうずうずしているのがわかる。

 じゃあ――、

 

『今すぐは駄目だよ。もうちょいしたら、お嬢様が人員を集めてやってくるでしょ。挑むのはそれからね』

 

 それは、まあ、仕方ないな。

 他の教官達は来ないのか、いったい何をしているのか。

 

『この闘技場の外に二人いるよ。さっきも外から内側を見てた。ケオ教官が必要ないから外を見張ってくれって指示してた。こういうときに限って外側から野次馬根性で変なのが来たりするからね。それの見張り』

 

 そんなものか。

 交代してあげればいいじゃん。

 

『いらない。ケオ教官が一番強いからね。もう一人は伝言役で使えば良い。ちなみにケオ教官はこんな感じ』

 

 ――

 ・名前:ケオ

 ・出身:人界(ウェラネ圏)

 ・レベル:351

 ・強さ:中級~上級

 ・能力:召喚契約、戦士の心、格闘技術、戦士の息遣い。戦士の眼。教育者-

 ――

 

 おお、本当に今までの奴とは段違いに強そうだな。

 レベルもそうだが、能力も戦士っぽいのが増えてる。

 

『相方も似たようなもの』

 

 そうだよな。

 赤鎧の奴も基本的に戦い方が同じだ。

 

 でも、こいつら以外でも教官達はいるだろ。

 そいつらは何をしてるんだ。こいつらもずっとここで大変だろ。

 

『いやいや、むしろ一番楽のがここ。ある程度の緊張感があって、忙殺もされず、メル姐さんが勝手に歪曲生命体を片付けてくれるから安心という。残りの教官達は、生徒達の避難やら、保護者への説明やら、外部機関とのやりとりがある。間違いなくそっちの方が大変だよ。人数が多いわけじゃないからてんやわんやが目に見えるようだ』

 

 なんだそりゃ。

 こいつらにも戦わせてみるか。

 

『それもいいかもしれないね。あと気になってるのはトンネルの先。どこか二つの世界を繋ぐものらしいから、もう片方がどこの世界に繋がってるのか気になる』

 

 私はそっちには興味ないな。

 このトンネルとかいうダンジョンとそのボスが一番楽しみだ。

 

 

 さらにモンスターが三度ほど出てきたころ、外からドタバタと音がして、なにやら仰々しい召喚獣と全身に鎧を纏った連中がやってきた。

 

「私が来ました!」

 

 ミラが彼らのトリを飾るように悠々と場内へ姿を現す。

 別に来なくても良かったのに。邪魔なだけだ。

 マギアが危ないから退くようミラに声をかけるがどこ吹く風だ。

 

「見なさい! 我が圏の最大戦力を集めました! これでもう問題ありません!」

 

 お嬢様は高笑いが止まらない。

 

『それ、死亡フラグ』

 

 トンネルの入口と対峙するように、最大戦力らは整列した。

 ケオ教官が一番偉そうな奴に、出てきたモンスターの情報を話している。

 

「これより我らは――」

 

 一番偉そうな奴が何か演説をし始めた。

 トンネルの内部に隊を分けて突入して、核持ちモンスターを倒すだのなんだのだ。

 

『あかんあかん、死ぬ死ぬ。壊滅するって』

 

 弱いの?

 

『集団としてはそこそこ強い。でも、個としては歪曲生命体の方がずっと強い。トンネルの中がだだっ広けりゃいいけど、道はそこまで広くない。故に集団としての強さは発揮できない。功を焦らず、少人数での調査から始めるのが上策』

 

 はて、珍しいな。

 いつもなら「ほっとけばいい。大半が死ねば、少しは学習するでしょ」とか言うのに。

 

『全員が乗り気で「突撃あるのみ!」って言ってるなら高みの見物を決め込むよ。でも、乗り気なのは一番偉そうな奴だけ。副官以下の他全員が無謀だってわかってる。それなら同情の余地はある。ここは一番偉そうな奴に行かせるべきだね。そうすれば全ての功が彼のものになるんだから。まぁ、その功績で二階級くらいは特進できるんじゃないの』

 

 私も、隣でニコニコしているお嬢様にシュウの言を伝える。

 お嬢様もそのまま偉そうな奴に伝えた。しかも全員に聞こえるよう大きな声でだ。

 

『怖いねぇ。悪意がまったく感じられないよ。純真そのもので言ってる。なぁんにもわかってない』

 

 お嬢様からの熱いエールと、さらには隊員からの視線も受ける。

 方針が突如として変わり、まずは入口周辺の調査ということになった。

 引き下がることができず、なんと最初だけ偉そうなやつが自ら行くと言いだした。

 誰かが止めてくれるのを待っているようだが、誰も彼を止めることはしない。

 二名を引き連れて、穴の中にゆっくりと入っていく。

 

『「すぐ近くなら大丈夫だ。近くを見てきて戻れば良い。これで俺の面目は立つ。次は他の兵士を突入させられる」――そう考えてるね』

 

 それなら大丈夫じゃないのか。

 

『二人はすぐに戻ってくるよ』

 

 なんでわかる?

 それに二人だけなのか?

 

『一人かもしれない。最悪は誰も戻らない。奴らはわかってないようだけど、入口から狭い穴が下にしばらく続いてて、その先はちょっと広めのフロアになってるんだ。これは音の反響を拾えばすぐにわかる。で、そこにでかいのが一匹いる。さっき穴から覗いたらちらっと見えた。レベルは563とかなり高い。通路が狭いからこっちには来てないけど、広くなった先で待ち構えてる。動きはそこまで速くないね。で、こっちは二人が飛べる召喚獣で、偉そうな一人とその一体は飛べない。完全にお荷物だ。後はわかるね』

 

 なんで彼らにそれを教えないの?

 

『教えたら、無駄に突っ込んで負傷者が何人も出る。今なら死傷者一人で済むでしょ。運が良ければ無事――』

 

 穴の奥から叫び声が響いてきた。

 

『運は悪かったようだ。いやぁっ、残念っすねぇ』

 

 翼の音が響き、穴から召喚獣が二体勢いよく飛び出てくる。

 彼らは自身の召喚者をつかんで出てくるが、一人と一体の姿が見えない。

 

『ご冥福をお祈りいたしまーす』

 

 まったく心のこもってない声でシュウがお悔やみを申し上げた。

 

 

 さて、生きて帰った者は状況を報告する義務がある。

 まさにシュウの言ったとおりだった。

 

 下へとゆっくり降りていき、空間が広がったところで、いきなり偉そうな奴が喰われた。

 さらに、その召喚獣もやられてしまったようだ。

 軽くなったので全速力で上へ戻ってきた。

 

 場は膠着してしまった。

 下手に突っ込まなければ、デカいのが蓋になり、弱いのは出てきづらい。

 このままトンネルが閉じるまで、見張りを立ててほっとけばいい。

 ただし、問題は穴がさらに広がったときだ。

 

『機は熟した。今なら誰も追ってこないし、止める奴もいない。外の見張りはいっぱいいるから心配ない』

 

 よし。行くか。

 

 ミラに近づいて、穴に入ってくると告げた。

 

「そうこなくちゃ! 私も行くわ!」

 

 私が止め、マギアが止め、ケオ教官、それに兵士達の司令官代理も止めた。

 もはやミラは意固地になっており、どうしても行こうとする。

 なんと振り切って、穴の方へ走っていくではないか。

 

『ちょうどいいや。片手で襟をつかんで引き寄せて。もう片方の手は頭をグッと押さえる』

 

 何をしようとしたのかわかった。

 ミラの後ろからその襟をつかみ、動きを止めた。

 首に服がひっかかったところで頭を押さえて息を止める。

 ミラは、必死に手を首にやり、うがうがともがくが、力を緩めず締め落とす。

 

『はい、ストップ』

 

 手を緩めれば、お嬢様は力なくふらつく。

 倒れるところで抱えてやり、そのまま近くの女兵士に預けた。

 

 マギアは唖然とした様子で私を見てくる。

 ケオ教官と司令官代理はやむを得まいといった様子で顔を背けている。

 

 じゃあ、私は行ってくるんで。

 目覚めても、動けないようにお嬢様はきつく縛っといてくれ。

 

 こうしてようやく異世界でのダンジョン攻略が始まった。

 

 

 穴から降りたところで、大きなモンスターが待ち構えていた。

 

 見た目が気持ち悪い。

 でかいコオロギの顔面が、人の顔になっている。

 

「んげだぼぉ」

 

 よくわからんことを呟いて私に飛びかかってくる。

 

『んげだぼ、んげだぼ』

 

 シュウが面白がって声真似をしてる。

 それくらい余裕のある相手だということなのだろう。

 

 図体が無駄にデカい奴への対応はだいたい決まっている。

 襲ってくるときに、サッと内側へ入り、隙だらけの首の裏なり、体を斬りつければ良い。

 たまに異常に硬いときや、毒液、トゲが付いているモノもいるが、今回の場合は特に何もなかった。

 

『次は足ね』

 

 はいよ。

 一度斬りつければ、悲鳴を上げ体が持ち上がる。

 そこで順繰りに足を斬って動けなくすれば、あとは動けない本体を仕留めるだけだ。

 

『余裕だね』

 

 そうだな。

 でかいだけの奴はやりやすい。

 

『レベルは一番高かったけど核はなし、と。んげだぼぉ』

 

 デカ物はそのまま消滅してしまい、何も残っていない。

 どうやら外れだったようだ。これで良い。入口でいきなりお目当てのモノが出たら何の楽しみもない。

 

 道を進み、モンスターを幾度も倒す。

 モンスターの種類にこそ幅はあるが、どれも単調でやりやすい。

 それよりも道がかなり複雑で面倒である。ただでさえ道を覚えるのは得意ではない。

 地図もなく、前後左右だけでなく上下に移動するとなると、もはや今がどの辺りにいるのかさっぱりわからない。

 

 普段なら地図でこの辺と教えてもらえるが、当然地図もないのでひたすら進んでいるだけだ。

 しかも道は一方通行ではない。ここで、またしても分かれ道にたどり着いた。

 

『……ん、ちょっと壁を数回叩いてみて』

 

 言われたとおりに、シュウで壁をカンカンと叩く。

 不思議な壁だ。見た目はもろそうな土なのに、金属のような硬さがある。

 

 何度か叩くと、反響のように音がこちらへと返ってきた。

 でも、反響にしては回数がおかしいな。

 

『俺たち以外の挑戦者がいるね。右方向だ。奴らも核狙いなら、当たりは左かな。次のモンスターは無視しよう。核は最初に頂きたい』

 

 左に進み、出てきたモンスターを何度か無視して進む。別にドロップアイテムもないなら倒す必要性は薄い。

 後ろから戦闘音が響いてきた。どうやら本当に私たち以外の挑戦者がいるらしい。

 

 その後もモンスターを無視して進んで行くと開けた空間にたどり着いた。

 

 血管が浮き出るように、地面が線上に盛り上がっている。

 部屋の外側から中心へとすべての血管が向かっている。あるいは部屋の中心から外側へ伸びているのかもしれない。

 その広間の中心には真っ黒の結晶が浮いていた。

 

『んんっ? 生きてるぞ。俺のアナライズは通らないけど、生物用のステータスは出てくる。ステータスとかあんまり好きじゃないけど、戦闘の時は便利だね。相手の戦法が判断できるし、組み立てられる。つまらないと言っても良いくらいだ』

 

 ――

 ・名前:テタルトス

 ・出身:地獄界(第八圏)

 ・レベル:1451

 ・強さ:超上級

 ・能力:歪曲(第四位)。浮遊。魔法。魔法の知識。黒き祈り。悪意の波動。破滅の(ともがら)

 ――

 

 おお、なんか強そうだな。

 

『精神系と召喚型。相性は良いね。相手に申し訳ないくらいだ。破滅の輩は憑依系。なるほどね。出てきたモンスターは、死体を利用した使い魔扱いだったからドロップがなかったんだ。魔法と召喚獣にだけ注意すれば良さそう』

 

 さっきからなんか黒いのがブォンブォン出てるのは何?

 

『悪意の波動だね。元の世界でも超上級ダンジョンで使ってきてる奴がいた。精神への干渉で、耐性がないと詰む。これだけで超上級扱いされる。でも、耐性があるからまったく意味がない。黒き祈りもそう。即死魔法の一種。耐性があるから無意味』

 

 相手も能力が効かないと理解したのか、道中にいたようなモンスターを生み始めた。

 それに魔法の詠唱も始めたようで、黒結晶の側に変な光が発し始めている。

 

『うーん、結晶自体が生きてるとなると、生け捕りは無理そうだな。よし、仕留めよう。悲しいことに相性が悪すぎるんだよなぁ。正面から戦う振りして、ステルスで姿を消す。その後はぐるっと横に周り、全力で突き刺せばたぶん終わる』

 

 言われたとおりに、使い魔のモンスターと戦う。

 

『魔法も来るのでステルス使いまーす』

 

 何体か出てきたモンスターが集まってきたところで姿が消える。

 横にぐるっと回り始めると、立っていたところに黒い稲妻がバチバチと走っていた。

 

『おっ、魔法は強いね。じゃあ、ちょうど良い位置に来たので思いっきり走って突き刺して。――GO!』

 

 地面を全力で蹴る。

 モンスターの背後を走り抜け、ぷかぷか浮いている黒結晶の手前でステルスが解除される。

 表情はさっぱりわからないものの、硬直している様子で黒結晶の驚きが見て取れた。

 その硬直している結晶を容赦なくシュウで突き刺した。

 

 手応えのとおり、シュウが根元まで結晶に刺さっている。

 さらに、刃の方向にシュウで思いっきり裂いた。

 

 黒の結晶は完全に引き裂かれ、崩れるように光を出して消滅した。

 白のアイテム結晶だけがポツリとその場に残る。

 

 ――邪気孕むテタストスの冀望(きぼう)

 

 なんかよくわからんアイテムだな。

 とりあえずダンジョンはクリアしたわけだ。

 

『まずいなぁ。わかっちゃいたけど時空のバランスが悪くなってる。このままだと崩れるぞ』

 

 マジか。

 急いで帰ることにしよう。

 

「あっ、もう倒されてるじゃん!」

 

 振り返ると三人組がいて、一人がこちらを指さしていた。

 

「ここは私たちがクリアする予定だったのに! 破片を手に入れたならよこしなさい!」

 

 一番先頭に立っていた雌の虎の亜人が叫んだ。

 残る二人は梟らしき亜人と、カバっぽい亜人だった。

 

『なるほど、煉獄界と繋がってたみたいだね。ちなみにあれは虎じゃなくて豹だよ』

 

 似たようなもんでしょ。

 ここまで来るってことは強いのか。

 

『かなり強い。個人で上級。パーティだと超上級はある。でもボスと戦ってたら死んでた。耐性がない。こんな感じだね』

 

 ――

 ・名前:パルドゥ

 ・出身:煉獄界(第五冠)

 ・レベル:655

 ・強さ:上級

 ・能力:俊敏+。格闘術。魔法(強化のみ)。{ズック=>}保護。

 ――

 

 保護に何か出てるのは何だ。

 

『ミミズクの亜人がいるでしょ。そいつがズックって名前。そいつから効果を受けてるって意味』

 

 梟じゃなくてミミズクだったのか。

 そう言われれば確かに、額の横に角のような羽が生えてるな。

 

「何ブツブツ言ってる! もう使ったって言うの! それなら奪い取るまで!」

 

 女が叫んだところでミミズクの亜人が女を止めた。

 

「駄目です、パルドゥ。彼女――見えません」

『うん、冷静だね。アナライズも今までで一番良かった。及第点の一歩手前だ。返り討ちにする必要はない。とっとと逃げるとしよう。彼らにも逃げるように伝えて。崩れるよってね』

「諦められるわけないでしょ! こんなチャンス、もう――」

 

 彼らの横まで走り、「ここは崩れるから逃げろ」と伝える。

 梟とカバは、どうも私の姿が捉えられなかったようでかなり驚いていた様子だった。

 豹の亜人に至っては「見えなかった、この私が……」と漏らし、私を見ようともしてこない。

 

「あなた、何者? 名前は? どうして人界にあなたみたいなのがいるの」

 

 名前を尋ねられたようだが遅かった。

 すでに私は走り始めており、わざわざ足を止める気もなくそのまま走り去る。

 

 

 はっきり言って脱出はギリギリだった。

 途中で時空が歪みだし、酔いを抑えるため無敵状態で走った。

 

『うーん、真面目に時空揺れの酔い対策を考えないといけないね。時空震を使える奴がいたらやられちゃう』

 

 本当にそうしてくれ。

 無敵状態になっても頭が痛いままだった。

 

 ケオ教官やマギア、兵達が歓声で私を迎える。

 異世界ダンジョンの攻略を完了した。……問題を一つ残したまま。

 

 

 さて、問題のお嬢様である。

 

「目が覚めたら全て終わってた」

 

 機嫌が最悪である。

 唇をかみ締めたまま、まなじりがぴくぴく動いている。

 

「それどころか私の首を絞めて、失神までさせた」

 

 おかげで良いダンジョン攻略ができた。

 

「私も結晶持ちと戦うところが見たかった!」

 

 いたら、死んでたよ。

 

『間違いない』

 

 机をバンバン叩き、お茶がこぼれる。

 

「あろうことかそのアイテムを私に見せることすらしない」

 

 危ないからな。

 

『結晶を解除したら、復活するかもしれない。それに呪いのアイテムくさい気配がする』

 

 そんな訳で、お嬢様の活躍は兵士達を呼びにいくだけで終わった。

 トンネルに潜り、モンスターを倒して、結晶を持ち帰るという主役が張りたかったようだが、できなかった。それが不満のようだ。

 

 心のない返事を繰り返していくと、ついにお嬢様に部屋を追い出されてしまった。

 追い出されると言うよりも、癇癪を起こしうるさいので私の方から出た。

 部屋から出たところで、マギアが隣の部屋から出てきた。

 

「入らない?」

 

 どうも偶然ではなく、声が聞こえていたようだ。

 

 マギアの部屋は、お嬢様の部屋の半分ほどしかない。

 それでも十分に広い。寮の部屋とは言え、十分にここで暮らせるほどだ。

 さすがにお嬢様のように部屋の中に世話役のメイドがいるということはないらしい。

 

 彼女の召喚獣のエルピダがソファに腰掛け、本をパラパラと読んでいる。

 すごい速さでページがめくられていく。本当に読んでいるのだろうか。

 私はテーブル付きの椅子に案内され、お茶とおかしを出された。

 

「お願いがあります」

 

 どうぞ。

 まぁ、そんな顔をしていたからすぐに返答する。

 このお茶とおかしもその代価なのだろう。おいしいのでパクパクつまんでいく。

 

「トンネルで見てきたことを教えてください」

 

 覚えてる範囲ならかまわない。

 ……いいよな?

 

『いいよ。マギアからも情報が手に入るかもしれないしね』

 

 私が見たことをシュウの補足付きで話していく。

 モンスターの特徴や、ダンジョンの構造、それにボスのレベルやステータス。

 ドロップアイテムについてはぼやかして答えた。

 

 ボスを倒した後に煉獄界から来ていたパーティーと会ったこと。

 彼らの名前やステータスも付け加えていく。

 

 マギアは一言一句書き漏らさないようにペンを動かしている。

 なんでも防衛局に勤める父親へ資料として送るようだ。

 別にどう利用しようが勝手なので好きに書かせる。

 手書きで大変そうだなとしか思わない。

 

『俺が今回のことで一番気になってるのはね。トンネルの構造やボスといった中身のことじゃないんだ。なぜ――あの闘技場に出てきたのかだ』

 

 たしかに偶然にしては、場所がすごいよな。

 タイミングもちょうど行ってみたかったときだし。

 それに……なんだっけ? おかしなことがまだあったような気がする。

 

『使い魔が一番近いエルピダじゃなくて、マギアを真っ先に狙ったことでしょう。それはもうわかった。ボスが人を殺して使い魔を増やすためだ。「破滅の輩」は使い魔を増やせるようだからね。ただし同じ種族しか増やせないんだ。人属の使い魔は人属しか増やせない。マギアが狙われたのはそれで』

 

 なるほど。

 

『そうなると残る疑問はやっぱり、あの場に、あのタイミングでトンネルが出てきたこと。タイミングが良すぎる』

 

 マギアもトンネルの出現タイミングは疑問を持っていたらしい。

 過去の出現タイミングも調べてみると話している。

 

 話が終わりかけてきたところでエルピダが近づいてきた。

 マギアの書いたメモを読んでいるようだ。

 

「彼女、活字中毒なの。朝も新聞をずっと読んでるし、時間があれば図書館に行くし、対価も『可能な限り本を読ませて』だったから」

 

 ふーん、本の虫か。どうも相性が悪いな。

 私はちょっと読むと眠たくなる。シュウの音読ですら眠い。

 たぶん活字という前提でもう駄目なんだな。

 

 エルピダは、本棚の前に移動して次の本を物色し始めている。

 本棚には大量の本が並んでいるが、段によって本の数がまばらだ。

 

『これから読む用、既読、お気に入りかな。既読を見る限り、本当に雑読というか雑食だね。お気に入りは魔法の初学者向け、英雄譚、生活の知恵本、不思議な模様占い、人界の料理、掃除秘伝、園芸のコツとこっちも雑だなぁ。……いや、実践ができるのを好んでるのか。――面白い本をプレゼントしよう。「ゴルゲラーゼンの写本」をあげて』

 

 なにそれ。

 そんなのあったか?

 

『あるある。「ケセラ蔵書館」のボスドロップアイテム』

 

 ああ。ダンジョン名は覚えてるし、ボスも覚えてる。

 本を何冊も浮かせて、魔法をどんどん撃ってくるやつだったな。

 しかし、ドロップアイテムは記憶にないな。

 

『ボスアイテム番地の初級。そうそう、もうちょい右』

 

 ほんとだ。あった。

 アイテム結晶を解除して出てきた古くさい本をそのままエルピダに差し出す。

 マギアは私がアイテムを出す光景を興味深そうに見ていた。

 エルピダは本に注目している。

 

 エルピダは本を受け取り、パラパラめくっていく。

 ……文字が読めるのか? 私の世界ですら文字は何種類もある。

 それどころか、ここは異世界だぞ。文字がまったく違うはずだろ。

 

「大丈夫だと思います」

『能力に「文字変換」があるから、たぶん読めるよ。ほら、読んでる』

 

 本当だ。

 一ページ目に戻り、文字を追い始めた。

 

「これ、いただいてもいいんですか。かなり希少なものでは?」

 

 この世界だと珍しいだろうが、初級ボスのドロップアイテムだからな。

 別に返さなくても良いし、返してくれてもいい。どっちでもいい。

 使わないアイテムほど無価値なものもないだろうから。

 

「ありがとうございます。……これ、すごい難しい本ですね。エルピダが一ページをこんなにじっくり読むのは初めてです」

 

 私は知らないが、なんか、そのような気配がするな。

 さっきまで読んでるのかってくらいの速さでページを捲っていたが、今はページがなかなか捲られない。

 それどころか前のページに戻ることすらある。

 

『全部読めたらレベルが上がるよ。きちんと理解できたなら新しい能力も手に入る』

 

 えっ、そうなの?

 

『間違いない。初級ボスのドロップアイテムで値段的な価値は低いんだけど、中身は魔法の本質に迫ってるからね。元の世界でも一生をかけて読みとくレベルの内容だよ。価値が低いのは読めとける奴がほとんどいないから。もしも全部読めて理解したなら、次の本をプレゼントしよう』

 

 どうやって理解したかなんてわかるんだ?

 

『チートでステータス一覧が見られるようになったからね。過去の冒険者との照合もできる。要するに、ステータスを見ればすぐわかる。『魔法の知識』って能力が追加されるんだ。アイラたんも持ってたからね』

 

 なんか嫌な名前を聞いた。

 デブで筋肉質で引きこもりの訳のわからないエルフが頭に浮かんでくるが、会うたびに顔が変わるのでなかなかイメージが安定しない。

 金色の髪で、尖った耳だけが出てくる。アイラの本質は耳と髪なのかもしれないなぁ。

 

 

 

Level 3.煉獄の浄罪

 

 そうして特に何もないまま五日が過ぎた。

 特に、というのはトンネルが出ないという意味だ。

 

 今は防衛局の召喚獣訓練に付き合わされ、戦ったが暇つぶしにもならない。

 ちゃっかりマギアも入れてもらっており、一緒に訓練を積んでいる。

 

『いいね。まだ本の理解はしてないようだけど、互いに自らを理解し始めた』

 

 どういうこと。

 

『まずマギアは、先のトンネル出現で自分の弱さを知った。他の同級生もこれは同じだ。強くなることを諦めた奴もいたけど、そんな奴らは切り捨てれば良い。知ったことじゃねぇ』

 

 まあ、なかなかショッキングな出来事だっただろうな。

 時空震からのダンジョン出現だ。さらにマギアはモンスターに襲われた。

 奴らにとってレベルが段違いのモンスターだっただろう。

 

『それとエルピダだ。こいつは召喚獣の中で一番やる気がなかったんだけど、やる気が出てきてる』

 

 そうなのか?

 

『うん。こいつは活字を読みたいって欲望だけしかなかった。前の訓練中なんて頭を横からぶん殴ってやりたいくらいのやる気のなさだった。お嬢様に本をプレゼントしてやるって言われてからはちょっと力を出してるし、今は魔法を識ろうとしてる』

 

 魔法を知る?

 私も知ってるぞ。

 

『「知る」じゃなくて「識る」。知識で一単語にされるけど、この二つは微妙な差がある。あの渡した本ね。実は「知ってる」だけじゃ読めないんだ。魔法を「識らない」といけない。トンネルのボスが「魔法の知識」を持ってたから、参考にさせてもらった。今のところは成功してる』

 

 何が違うの?

 

『魔法は詠唱さえすれば、道理を弁えない子供でも使える。魔法陣を見て書いて、魔力を込めればまったく別の人間以外ですら行使できる。その程度が「知る」ってこと。魔法の表面をなぞってるだけ』

 

 はぁ、よくわからんけど……。

 

『魔法を「識る」ってのは、自分の中の魔力が実際の現象へどう変換されていくのかがわかるってこと。これは実際に使っていかないと駄目』

 

 やっぱりよくわからん。

 その能力が手に入るとどうなるのかだけ教えてくれ。

 

『魔法の威力と、魔力消費効率が跳ね上がる。上級以上の魔法使いは、これがあるかないかで判別がつく』

 

 ふーん、まだ上がってる気はしないな。

 

『まだ理解してないからね。でも、筋は良い。本を読むために魔法を識るねぇ……。逆だなぁ。まぁ、そんな奴が一人はいてもいいでしょう。それに、あの詠唱方法はなかなかおもしろいでしょ』

 

 あれね。

 よくわからないけど眼でやってるんでしょ。

 

『魔眼だね。魔法を行使できるだけだからね。声が出ないのをそこで補えるのはいいね。速さもなかなかだし、使える種類も多い』

 

 マギアが先頭に立ち、エルピダが後ろで補佐するわけだ。

 

『うん。問題は……』

 

 ミラお嬢様だな。

 

 今も離れたところで日傘を立たせ、テーブルに椅子まで出させて、お茶を優雅に飲みながら訓練を眺めている。

 

『あれはちょっと救いようがないよ』

 

 そうだな。

 何か良い方法はないだろうか。

 ほら、ダンジョンについてくる代わりに、何か特訓しろとかさ。

 

『ダメダメ。本人に戦う気がまったくないもん。武器はロクに振るえません。魔法も撃てません。盾は重いから持ちたくありません。鎧はかっこ悪いから着ません。私は後ろで命令だけやります。みんな私の命令で動いてください。ただし、命令はまるで戦況を読み取ったものではありません。……俺だったら背後から刺し殺して、モンスターを呼び寄せる撒き餌に使うね』

 

 そのときは私が代わってやってやる。

 なんか本気で怒り始めたので、流れでそう言っておいた。

 

 

 さて、約十日ぶりの上級生との模擬戦である。

 前回こそイレギュラーがあったが、今回は順調に進んでいる。

 

 マギアとエルピダの番になった。

 相手は前回と同じだ。たかだか十日なので、さほどの成果は出ないだろう。

 

『甘い。「男子三日会わざれば刮目して見よ」って言葉がある。男子ってのは今の時代なら人間に置き換えて読めば、「三日どころか十日も経った、あの日の奴とはもう違う」だよ。見ておくと良い』

 

 はぁ。そんなもんかねぇ。

 さほど真面目に受け取らないまま模擬戦は始まった。

 

 違う。

 明らかに動きが違う。

 私から見ても動きが違うとわかる。

 相手の上級生も驚いているのが、はっきりと伝わってくる。

 

 なんだろうか。

 役割が明確になったのだろうか。

 

 前回はとりあえずマギアが前方で戦います。エルピダが魔法をぽこぽこ撃ちますだった。

 今回は明確にマギアが相手を抑え、エルピダが補佐に徹している。

 さらに魔法の威力が明らかにおかしい。

 

 火の玉の大きさが石ころから、頭一つほどの大きさになっている。

 雷も線から綱に、氷も涼しいから寒いに成長を遂げた。

 

 身体強化の効果もアップしているので、マギアが相手を抑えることができているのも大きい。

 相手の動きを牽制し、魔法でちょこちょこダメージを与えていく。

 このパターンが確立されてきている。

 

 相手はもう弱り、あと魔法で一撃だ。

 行け、もう一手だ。ほら、そこっ!

 

『またここだ! 来るよ! ほらっ、座って頭抑えて蹲る!』

 

 えっ?

 なんかずっと静かだったのにいきなり叫びだした。

 

 またしても、頭が痛くなってくる。

 さらに宙に浮いたような感覚、視界が捻れて耳は遠くなっていく。

 

 落ち着くと、マギアとエルピダの間にアーチ状の……なんだろう?

 アーチの中は暗く奥行きを感じる。どうも黒塗りのアーチ状の壁ではなさそうだ。

 

『トンネルだよ。この前よりも入口が大きい。ほら、降りる。モンスターの反応があるよ』

 

 またしてもこのパターンだ。

 最初は驚いたが、二度目なのでちょっと慣れてきた。

 モンスターがアーチの中から出てきたが、大きさがこの前とはだいぶ違う。

 

 この前のモンスターの軽く倍はある大きさだ。

 人型の二足で、両手には大きな剣を携えている。

 

 私がマギアの前に立ち、モンスターと対峙する。

 モンスターの眼は三つあり、その眼が私へと向いた。

 一瞬首をひねり、興味がないというように他へと視線を移す。

 

 視線はある一点で止まった。

 うがぁあああ! と叫び声をあげる。

 まるで、「さあ、俺と戦え」と言わんばかりの声色である。

 

 声の先にいたのはケオ教官である。

 彼もそれに気づき、召喚獣とともに剣を抜いた。

 

 モンスターが一歩を踏み出そうとしたところで、私はまだ地面に着いているほうの足首を斬る。

 バランスを崩し、うつ伏せに倒れたところで、足、太もも、背中、首へと飛び移り、脊髄を斬りつけた。

 さらに頭へ飛び移り、モンスターが頭を横に向けたところで耳のあたりから、両目を潰すようにシュウで顔面を一文字に斬りつけていく。

 最後は胸のところに潜り込み、心臓を貫いた。

 

 モンスターは消滅した。

 おっ、今度はドロップアイテムが出るな。

 

 ――双剣ミグバの目玉

 

 いっらねぇ。

 とても喜んだ様子でお嬢様が近くにやってきた。

 私の働きがよほど輝かしいモノに見えたのだろう。ご機嫌が最高潮だ。

 

『ドロップアイテムを欲しがってる。プレゼントしよう。前回はあげられなかったからね』

 

 そうだな。

 ほんのり白く光る結晶をお嬢様に差し出す。

 

 お嬢様は結晶と私とを往復で三回は見た。

 この喜びよう。私も嬉しい。こんなに喜んでもらえるなんて。

 

 お嬢様は結晶を両手で持ち、頭上に掲げた。

 

『これが私の召喚獣の働きよ!』

 

 そう言わんばかりだ。

 結晶は解除され、しかして出てきたのは人並みに大きく、ぬめっとした目玉である。

 

 周囲の視線と表情が歴然と変化し、お嬢様も恐る恐る自身が掲げた目玉を見上げる。

 目が合った。お嬢様はそのまま叫び声をあげて、ついに目玉の下敷きとなった。

 ケオ教官とマギアが、お嬢様を救うべく動いている。

 そのままマギアとお嬢様は闘技場から出て行った。

 

 またしてもここに残ったのは、教官二人と私の計三人である。

 

『明らかにおかしい。今までの周期だと約三年だからね。十日で二回、しかも同じ場所。一回だけなら偶然の可能性もなきにしもあらずだけど、二回目があるなら違う。絶対狙われてるよ』

 

 そうだな。

 しかし、何が狙われてるんだ?

 

『候補その一が、メル姐さん。あるいは俺』

 

 まあ、私たちが出てきてからだもんな。

 

『せやな。候補その二が、ミラお嬢様』

 

 私を呼んだからだもんな。

 

『あと、隠しスキルが影響してるかも。候補その三が、マギア』

 

 マギアの試合中に出てきてるもんな。

 

『そう。候補その四がこの中の組み合わせ。これも十分にあり得る』

 

 そうだな。

 それくらいか。

 

『候補その五が、実はこっちが目的じゃなくて、もう片方の世界が目的って場合』

 

 そんなことがあるのか?

 

『ないとは言えない。例えば、トンネルをこの位置に作ると、もう片側も同じ位置にできるって法則があるのなら、狙われてるのは向こう側でこっちは巻き添えになる。まぁ、その場合は、また亜人の連中に出会うことになるかもね』

 

 ほぉん、なるほどなぁ。

 

 

 前回と同様に、応援が来るまで三人でモンスターを倒していく。

 今回は出入り口が広いため二体同時に出てきたりした。

 

 しかし、モンスターの雰囲気が明らかに違う。

 前回は見境無く人間をとにかく襲う感じだったが、今回は相手を見定めている様子だ。

 しかも必ず私を無視して、他の二人を狙っていく。強者を狙うようだ。おかげで私は戦いやすくてありがたい。

 

 さらにだ。四体以上で来ることもあるが、必ずこちらの人数以上で戦おうとはしない。

 こちらが一人なら一体で、二人なら二体でと、なんらかの矜持をモンスターから感じる。

 これも私にはありがたい。そういう無駄なこだわりは付けいる隙になる。

 見物をしているモンスターの後ろから、容赦無く不意打ちできる。

 

 なんだろう。前回よりもモンスターがしぶといな。

 前は二回だが、今回は個体によるが三回は斬らないと倒れてくれない。

 

『レベルが前回よりも高い。最初の奴が一番高くて800以上だった。超上級に足を踏み入れかけてる。ボスは厄介かもしれないな』

 

 今回は、暇そうにしている教官二人にも見せ場があった。

 シュウが相手を見繕って、二人に振り分けていたようである。

 

『おぉ、さすがにレベル差があるからか、倒すとレベルが十くらい上がるなぁ』

 

 どうも教官達のレベルアップもしているらしい。

 強敵と戦うことでシステム的な経験値がたくさんもらえるとのこと。

 私の場合だとレベルが増えてもステータスは増えないが、この世界の住人はレベルアップからもステータスアップの報酬があるとのことだ。

 

『そこまでじゃないけどね。まぁ、強くなるっちゃなるよ。養殖的な強さだけどね』

 

 どういうこと?

 

『メル姐さんを見たとおりだよ。ほとんど実がない強さ。これなら強いアイテムを探し続けた方が効率が……ひょっとして、そういうアイテムがない世界なのか。そういや、見てないな。資料でもなかった。ふむふむ』

 

 何かがわかったようだ。

 これ、私のおかげじゃないだろうか。

 

 そんなことをしているうちに、前回同様に兵士達がやってきた。

 司令官代理は正式に司令官になったようである。

 あれ? お嬢様が来てないぞ。

 

「お嬢様はその……、体調を崩されましたのでお休みなられています」

 

 マギアが遠慮がちに告げた。

 そういう大切なことは声を大にして言うべきだ。

 

 よし。

 今回は私が入るのを止める奴はいないってことだな。

 

 司令官やケオ教官も反対しない。

 むしろそうして欲しいとのことであった。

 

 こうして今回は堂々とダンジョンに挑むことができるのである。

 

 

 

 中は前回とだいぶ違う。

 ほぼ一本道だ。一本道ではあるが、通路と広間が交互に来ている。

 

 通路では雑魚っぽいのが出てきて、広間ではやや強いのが出てくる。

 雑魚も強っぽいのも一対一で挑んでくるのでやりやすいっちゃやりやすいが居心地は悪い。

 特に雑魚の場合は、大量に来てくれた方が私の場合はやりやすい。敵対意識がないと感染が上手く機能してくれない場合がある。

 

 こうして順調に通路と広間を進んでいけば、前回のボス部屋とよく似た広間にたどり着いた。

 中心に結晶こそあるのだが、柱の中に結晶が埋め込まれ、保護膜のようなものに包まれている。

 

『ほぉ、物理的なガードと魔法的なバリアか。これは堅固だ』

 

 そこも違っているのだが、なによりも違うのは先客がいた。

 この前、出会った亜人の三人がすでに広間で戦っている。

 

『やっぱりトンネルは、相互の入口が同じ場所にできるんだね』

 

 そのようだな。

 ……それより、ボスが強くないか。

 三人を相手にして余裕の立ち回りを見せているぞ。

 

 豹の攻撃を片手でいなし、カバのフレイルを足で押さえ、ミミズクの魔法を軽く飛んで避けている。

 見た目がデカいヒヨコなのに、強さが見た目と釣り合ってないぞ。

 

『とても強い。非常にね。レベルとステータスはこんな感じ』

 

 ――

 ・名前:トゥリトス

 ・出身:煉獄界(第七冠)

 ・レベル:1751

 ・強さ:超上級

 ・能力:歪曲(第三位)。複製体。俊敏+。格闘技術++。戦士の息遣い+。戦士の誓い+。戦士の眼+。戦士の体躯++

 ――

 

 おお、なんか戦士って名前のスキルが多いな。

 明らかな前衛職だ。

 

『あのヒヨコはメル姐さんの天敵。絶対に勝てない』

 

 そうなの?

 

『無理だよ。超上級で、接近職のプロフェッショナルは勝ち目がない。これで中距離ができる相手ならだったら逃げが発動してる』

 

 ちなみに能力はそれぞれどういう効果なんだ?

 

『まず複製体は、本体が結晶なので戦える体を作ってますよってだけのこと』

 

 それはなんとなくわかる。

 つまり、あの戦ってるのは偽物ってことだな。

 

『そうそう。で、俊敏と格闘技術は素早さと格闘技に補正が入る。+がついてるから、さらに効果は上。特に格闘技術の++は手に負えない』

 

 なんかその時点でもう強そうだな。

 

『さらにだ。戦士の息遣い+で戦闘の疲れもほぼない。戦士の誓い+で、一対多数の時、自身のステータスに補正をかけてる。相手が複数だと異常に強くなる。おまけで戦士の眼+でしょ。相手の動きが止まって見えるでしょうなぁ。さらには魔法の流れや未来の一部まで見えてるはず。もうこの時点でメル姐さんの勝ち目がかなり低い』

 

 戦士の体躯++ってのは?

 

『トドメがそれだ。状態異常や能力低下への完全耐性。頼みの能力半減も無効。しかも免疫もつくから感染で状態異常を無理矢理付けてもあっという間に快復される。残念ながらメル姐さんじゃ、あのヒヨコには勝てない』

 

 どうするんだ?

 逃げる?

 

『ヒヨコと戦うなら、あの三人をパーティーに加えて作戦を練り上げて戦わないと駄目』

 

 そうするしかないか。

 

『でも、あのヒヨコはあいつらを生かして帰さないだろうね』

 

 じゃあ、このまま後ろか不意打ちか?

 

『無理。この部屋はあいつ自身も同様だ。ヒヨコに不意打ちはきかない』

 

 打つ手がないじゃん。

 

『そうでもない。あいつは戦士のスキルをたくさん持ってるけど、心までは戦士じゃない。現にスキル「戦士の心」がない。根本が卑怯者なんだ。そこを突く』

 

 ほう。

 ……というと?

 

『簡単だよ。メル姐さんも言ったとおりだ。あのヒヨコは複製。倒しても復活するだけ。本体は結晶なんだ。そこを見誤っちゃいけない。ヒヨコが負けを認めても、本体の結晶は無事だから別に痛手じゃないんだ。相手にだけ命を賭けさせてる。相手が戦士ではなくて、そういう卑怯者ならやりようはある』

 

 ほう。

 

『まずは観察だ。部屋の中心に行こう。別に戦闘をするわけじゃないから普通にぼんやりと歩いて行けば良い』

 

 言われたとおりに部屋の中心へ歩いてむかう。

 ヒヨコもこちらを盗み見ているようだが、私に戦闘する意志がないことを理解したようで、そのまま三人の相手を続けている。

 

『あいつらが全員倒れる直前で動く。戦士の誓い+を消してからだね。それまでは間抜け面で見といて。それと柱に俺を付けといてね』

 

 その後もぼんやりと戦闘を見続ける。

 それに間抜け面をしているつもりはない。

 少し顔に意識をむけて真剣な表情を作って見守る。

 

 私の様子をうかがってきたヒヨコが、私の顔を見て笑った。シュウも笑った。

 なんだァ? てめェ……。

 

『メル、キレた!!』

 

 落ち着きを取り戻し、引き続き中央の結晶が入った柱を背もたれにしての見物だ。

 

 カバがやられ、ミミズクもやられる。

 豹も最後まで粘ったが、強化魔法が切れたところで勝負がついた。

 

『はい。じゃあ動きます。最初に柱をぶっ壊します。はい、邪神様結晶@』

 劈開。

 

 流れで呟いたら、シュウがスキルを発動させたようで、背もたれにしていた柱が砕け散った。

 おい、いきなりすぎだろ!

 

『防御壁その一は壊しましたよ、と。ハードに頼りすぎてる。相手がわざわざそちらのやり方に合わせると思ってんのかね。戦士脳かよ。確かに頑丈だけどそれが壊せるなら意味ない。ほれ、黒竜のスキルだ』

 

 視界が一点に集まっていき魔法の効果が消される。

 魔法で出来ていたであろう保護膜が消え去ってしまう。

 結晶が支えを失い、床へと落ちてきた。位置もちょうど私の足下だ。

 

 ボスが必死の表情で迫ってくるが、そいつから目を逸らしてシュウを結晶へ突き刺した。

 前回と同様にシュウを根元まで突き刺してから、引き裂けば結晶はあっさりと壊れていく。

 

『卑怯者対決ではこちらが上手だったってことだ。結晶をヒヨコの中に入れて戦うなら勝ってたのにね。哀れな奴だ』

 

 黄色の結晶は消え去り、白のアイテム結晶だけが残った。

 

 ――自戒なきトゥリトスの浄罪

 

 またしても意味のわからんアイテムだ。

 いったい何に使えるのか、そもそも結晶を解くとどうなるかがさっぱりわからない。

 

『使わない方が良いね。嫌な気配を感じる。触っちゃ駄目な類だと思う。封印しとこう』

 

 そうだな。

 そのまま袋の封印枠にしまっておく。

 

『さて、さっさと逃げるよ。ここもやっぱり崩壊するからね』

 

 あいよ。

 逃げようとしたところで、例の三人組が目にとまった。

 

 一番最初に倒れたカバが起き上がり、二人を抱えようとしている。

 カバも負傷しているためか、なかなか二人が上手く抱えられないようだ。

 

『どうする? 助けたら脱出が間に合わないかもしれないよ』

 

 私を試しているのか?

 

『いやいや、今のは本当にただの質問。それと可能性を言ってるだけ。俺はどっちでも良いんだ。――試すならね。真に本人の基盤となるものが揺いでいる状況で訊くよ』

 

 余計タチが悪いじゃねぇか。

 

 仲間を見捨てて逃げるならほっとくが、崩れるのがわかっていて助けようとするならあいつらは冒険者で、きちんとパーティーをしている。

 きっと他の奴が残っていても同じ事をしていただろう。

 それなら見捨てるにはちと惜しい。異世界にいる希少なダンジョン攻略の冒険者達だ。

 ほら、それならだ。手を貸すべきだろう。違うか?

 

『言葉が多いのは未熟の顕れ。助けたいなら黙って助けりゃ良いんだよ』

 

 クッソ腹立つわ、こいつ。

 もしもここがダンジョンじゃなくて、こういう状況じゃなかったら全力で投げてる。

 街の端から端まで届くぐらいの力で容赦なくやってるぞ。

 

『そういうところが未熟って言ってるの。早く助けに行きましょうね~』

 

 苛つきつつもシュウの助言に従い、亜人達の元に走る。

 豹とミミズクを両脇に抱え、カバに全力で付いてくるように指示した。

 

 今回は一直線だが、カバがいたためか、やはり脱出はぎりぎりになった。

 思わぬ収穫物に、出口にいた教官や兵士達も素直に歓声をあげられない状態である。

 

 

 亜人の三人は、トンネルが閉じた闘技場でそのまま治癒された。

 目が覚めると周囲の様子をうかがい、自身等が助けられたことを理解し、大人しくなった。

 

 亜人という単語は通じず、異界人とか煉獄界人とか呼ばれている。

 なんだかちょっと強そうな呼ばれ方だ。

 

 落ち着いたところでお嬢様が現れて、さすが私の召喚獣ねと自慢してきた。

 いいんだよ、いいんだよ。それくらいでいいんだよ。でしゃばりすぎると邪魔だからね。

 私もダンジョンで拾ったアイテム結晶を二つ、三つほど摘まみ、お土産代わりにお嬢様に差し出す。

 

 なんだか顔を引きつらせて、いくつかの礼と賛美を述べた後で受け取りを拒否した。

 よほど行く直前の目玉下敷きがきいたようだ。今度からあの手を使おう。

 

 お嬢様の問題も片付き、残る問題は亜人三人組である。

 ケオ教官や兵士達も彼らの処遇に困惑していた。

 そこで前に出てきたのがお嬢様だ。

 嫌な予感しかしない。

 

「我ら人界は彼ら異界の方々の力により支えられています。言わずもがな、我ら召喚師は、とりわけ彼らの力によるところが大きいと言えましょう。そんな彼らが今、この人界で、頼るあてもなく往生しています。で、あるならば人界を代表する当家は彼らを客として迎え入れましょう。今こそ、煉獄界の彼らに我らの享受する恩恵を、返すべきときではないでしょうか」

 

 すらすらとそのように述べ、お嬢様自らが豹の亜人に手を差し伸べた。

 ……あれ、すごいまともなこと言ってなかったか。

 

『本気で言ってる。自然体だ。本当に馬鹿で問題児で高慢で戦力外だけど、人としての道はしっかり踏んでる。そういう隠しスキルなのかなぁ』

 

 亜人達もただただ礼を述べ、お嬢様と兵士達とともに闘技場の外へ案内されていった。

 

 私はちょっとお嬢様を見直した。

 でも、願わくはダンジョンには無関係でいて欲しいものである。

 

 

 亜人達の部屋は寮内におかれ、しばらく圏庁の所属となった。

 圏庁の所属となると、何がどうなるのかはさっぱり私にはわからない。

 彼らはすっかりお嬢様に心酔し、もはや私と彼らのどちらが召喚獣なのかわからない。

 

 私はまたもやお嬢様を怒らせて、マギアの部屋に来ている。

 テーブルに置かれたおかしを摘まみ、お茶をすすり、すっかり落ち着いた状態だ。

 

「また、話を聞かせてもらいたいのだけれど」

 

 ここまで遇されて拒否することはできまい。トンネルで見てきたことを話していく。

 モンスター達のヘンテコな特徴。相手のレベルが上がったこと。

 さらにボスの特徴も余すことなく話していった。

 

 それとアイテム結晶も、ボス以外から手に入れたものは差し出すことになった。

 ここで解除すると問題なので、実際に渡すの防衛局についてからだ。

 

 トンネルが何かにも言及があった。

 

『あれはね。レベルアップ手段の一つだと思う』

 

 確かにレベルは高かったな。

 

『一つの世界にいる限りだと、レベルの限界って千くらいなんだ』

 

 それは前に資料を読んだときにも出ていたよな。

 マギアも肯定している。どの界でもレベルの最高は千にぎりぎり届かないと。

 

「うん。でも、前回と今回のトンネルで現れた核持ちはどちらも千を超えていた」

 

 そういやそうだな。

 

『あれはレベルに限界を迎えた奴らが、より高みを目指すための一手段じゃないのかと思ってる。どうやってるのかは知らないけどね』

 

 ダンジョンのような仕組みを内部で作り上げ、中で戦いを繰り返し、あるいはトンネル同士で戦いあってレベルを上げていく。

 それでレベルをあげていって……どうなるの?

 

『いるんだよ。ただただレベルの限界値を目指そうとする奴ってね。おそらく、この世界でレベルが初めて千になった奴は絶望しただろうね。まだ先があるのかって。それ以外の理由だと……うーん、どれもアホらしいな』

 

 シュウはその話題についてはそこで切った。

 マギアもそれについてはシュウの言ったことで納得できたらしい。

 

「トンネルが発生するタイミングについてですが……」

 

 どうも今日の本題はこれのようだ。

 本人も気にしているらしい。二連続で彼女の戦闘中にトンネルが発生したのだから。

 

『あれは偶然じゃない。レベルアップが目的なら、レベルが高い奴をどうにかして探して、入口を開いてるんだと思う。でも、それならメル姐さんを狙うんだ。なぜあのタイミングなのかがわからない。別に防衛局で訓練中に現れてもおかしくない。寮で寝ているときとか絶好のタイミングでしょう』

 

 タイミングについては偶然ではないと言えるが、現時点で不明ということで終わった。

 

 話が終わったところで、エルピダがやってきた。

 前回と同様に、マギアのとったメモを読み、私の方へ歩み寄ってくる。

 そのまま私へと手を伸ばす。本をよこせということだろう。

 

「こら、エルピダ。やめなさい」

 

 マギアは叱るが、エルピダの手は下がらない。

 

『どうもあの本はお気に召したようだね。ちゃんと本棚のお気に入りに入ってる。――いいよ。「魔法の知識」もちゃんと手に入れてるからね。次の本に進むとしよう。「ヒューの魔創具(初版)」をあげて』

 

 ……まったく記憶にないぞ。

 

『「パートの魔具ショップ:カローエン本店」の特殊ドロップ』

 

 あぁ、思い出した。

 取るのがめっちゃ面倒なやつだな。

 訳のわからんトラップが次から次へと出てくるところだった。

 その中で、全てのトラップを避けて、モンスターを一体も倒さず、ボスも正攻法意外で倒したときに手に入るやつ。

 絶対にもうやりたくないやつだ。手に入れるまでは楽しいんだがなぁ。

 読めないから、手に入れた後の価値がまるでない。

 

 袋から取り出して、結晶を解除してそのまま渡す。

 すぐに私の手から本を取り、中をパラパラめくり一ページに戻る。

 ソファに戻り、文字を追い始める。

 

 あれはどういう本なんだ?

 

『魔創具の作成ができるようになる本』

 

 魔装具か、装備品が手に入るってことだな。

 

『「魔装具」じゃなくて「魔創具」。「魔装具」は造る物で、「魔創具」は創る物』

 

 同じじゃん。

 

『音はほぼ同じだけど、中身が違う。魔法使いがつくるのは魔創具。すぐに消えるけど、戦闘では便利なんだ。ここで一番重要なのはね。前回と同様に読むだけじゃ、まず創れないこと。実践が必須なんだよ、ふふ』

 

 意地の悪い笑い声を出している。キモ。

 つまりどういうこと?

 

『読むために創る必要が出てくる。……順序が違うのは嘆かわしいことだがね』

 

 きちんと読むとどうなるんだ?

 

『「魔創具作製」って能力が手に入るね。これは「魔法の知識」がないとまず習得できない』

 

 ……それもアイラが持ってたのか?

 

『持ってた。魔法関係のスキルはほぼ全て持ってる。だいたい使い方を間違えてるけどね。これもミキサーを創り出すために使ってたし。……思い出して気持ち悪くなってきた』

 

 記憶がないことをありがたいと思えたのは久々だった。

 

 

 

Level 4.天界の傲慢

 

 防衛局にやってきて、アイテム結晶をマギアに渡した。

 武器や防具といった使えそうなのもあるが、まるで何に使うかわからないものもある。

 

『この世界は対人のアナライズはそこそこだけど、物へのアナライズが低いね。表面だけで使えるのと使えないのを分別してる』

 

 マギアが「どうでしょう」と槍を振り回している。

 くるくると上手に回すので、すごいなと褒めておいた。

 

『見た目だけで選んでる。本質を見ようとしてない』

 

 シュウの声は呆れを隠そうともしていない。

 マギアや他の兵士達が楽しげに選んでいる中で、エルピダがジッとアイテムを見ている。

 

 珍しいなあいつが本以外のものに興味を示すなんて。

 マギアは気づいてないようだが、エルピダは神妙な面持ちでアイテムを物色していく。

 何を探してるんだろうか?

 

『やるなぁ。渡した本を途中まで読んでるよ。三章で詰まったんだ』

 

 わかるように言って。

 

『本の一章と二章は理論だけ。「魔法の知識」があるなら問題なく読める。でも、三章は実際に創ることになる。いきなりオリジナルの創造はできないから、まず模倣から始める。実物を見て解析していき、才能があればなんとか創れるんだけど、この世界には参考にするものがない。模倣はできない。故に創れないんだ』

 

 お前、そんな本を渡したの?

 

『いやいや、本当はさらに一段上の本を渡す予定だった。でも、ドロップアイテムがこっちでも手に入ったからこれにした。あいつはね。今、アイテムをアナライズしてるんだ。どういう風に効果が付与されてて、どう創られてるかを読み取ってる』

 

 お前の得意技だな。

 

『いやぁ、俺はどっちかというと人の方が得意だよ。物はチートによるところが大きい。文章もおもしろいしね。――そもそも論だけど、アナライズってのは観察力があれば必要ないんだ。アナライズで読み取れることは、別に使わなくても読み取れることだからね。チートを使ってるってのは、自らの観察力不足を認めてるようなもん。アナライズで読み取ったなんてことを、口に出して言うのは本来恥ずべきことだ。真に見る目がある奴はアナライズなしで、物や人の本質を読み取るからね』

 

 そんなものなのだろうか。

 それで、エルピダはまず解析して、創っていくんだな。

 

『そうなる。筋は良い。ほら』

 

 エルピダが、マギアにネックレスを手渡している。

 マギアが持った槍は要らないから戻せと指で指し示した。

 

『合格だね。あの中の武器でまともなのはない。俊敏と防御に補正がかけられるあのネックレスが次点だ』

 

 シュウはエルピダの選択にご満悦だ。

 次点と言ったが、一番はどれだっただろうか。

 

「それなら私もこのカメオにしましょう」

 

 お嬢様もとことこやってきて、カメオのブローチを手に取った。

 

『あのカメオこそが最良だった。能力の全プラス補正と麻痺の保護。偶然なのかどうか判断つきかねる。他は武器と防具に生ものだからね。お嬢様が手に取るなら確かにあれしかない。でも偶然か……いやぁ、とりあえず猫に小判ってことだけしかわからんな』

 

 けっこうひどいことを言ってるんじゃないだろうか。

 しかし、私も意味がないよなと思ったので特に反論はできないのであった。

 

 

 ついに防衛局での特訓である。

 今回も局員との模擬戦だが、ケオ教官や他の教官も来ている。

 彼らはもともと防衛局の所属で、最近はいろいろ物騒なので休みの日まで訓練にかり出されている。

 

『社畜乙』

 

 今回はマギアも模擬戦に参加させてもらえている。

 なんでも前回の戦闘がケオ教官の目に留まったようだ。

 

 お嬢様も、うんうんと誇らしげに頷いていた。

 マギアとエルピダの戦いを見ているが、さすがに本場の局員にはまだ及ばない。

 何が違うんだろう。力や魔法の規模はすでにマギアとエルピダも局員に負けず劣らずに見える。

 

『そうだね』

 

 だよな。

 そうだというのに局員との戦いでは、じりじりと追い詰められている印象だ。

 誰か一人に負けるならまだしも、局員全員に対してその傾向がある。

 まだ決定的な何かが、彼女らに足りていないのだろうか。

 

『そうなるね』

 

 どうせわかってるだろ。

 相づち打ってないで解説しろよ。

 

『あの三人衆の戦いを見てればわかる』

 

 今回は防衛局員だけでなく、トンネルで拾った亜人三人衆も訓練に参加している。

 三人で、局員二組の二人と二体を相手にしているわけだが、問題なく局員たちに勝っている。

 

 やっぱりレベル差があるからだろうか。

 個人の動きが全然違うよな。パルドゥの動きはケオ教官くらいしかついて行けてない。

 

『それは確かにある。でも、レベルには反映されない部分だよ。各人で見るんじゃなくてパルドゥら三人を一つとして見りゃすぐにわかる』

 

 ……………………うん。そうだな。

 

『ごめん、メル姐さんには酷な話だったね。――連携ができてる。これに尽きる。マギアとエルピダは前衛と後衛って役割が決まっただけで、連携がまったく取れてない。局員達は互いにどう動くかが体に染みついてる。パルドゥ達はさらに上だ。彼らの連携は体へと完全に染みわたり、心で繋がってるほどなんだ。あいつらはもう三人で一人と言っても過言じゃない。理想のパーティーなんだよ。メル姐さんにはわからんだろうけども』

 

 イラッときたが、なんとなく言ってることがわかるので何も言い返せない。

 事実として私には、心レベルでの連携というのがわからない。

 

 今度はパルドゥ達とマギアらの模擬戦が始まった。

 マギアでは相手にならないが、一緒に組んでいるケオ教官が強いのでなんとか戦いの形にはなっている。

 

「パルドゥ達は煉獄界でもトップクラスのランカーなのだそうです」

 

 私もそれは聞いた。

 煉獄界は強さでランク付けされてて、上になるほど暮らしもよくなるらしいな。

 さらにトンネルへの優先挑戦権が手に入るとか。

 とにかく好戦的な世界らしい。

 

「そこであなたの名前を知っているか聞いてみましたが、誰も知らない様子でした。聞いたこともないと。――メル、あなたは本当に煉獄界の出身なのですか?」

 

 いや、違うけど。

 

 あっさりと否定されて、お嬢様は口をぽかんと開けている。

 指を私に向けてきて、話が違うというような顔で言葉を継いでいった。

 

「……あなた、煉獄界のトップだと言いませんでしたか」

 

 一言もそんなこと言ってないぞ。

 お前が勝手に煉獄界だと決めつけただけだ。

 

「…………そうでしたっけ」

 

 そうだよ。

 

「もしかしたらそうだったかもしれませんね。そうであれば出身は天界ではない」

 

 そうだね。

 

「地獄界でもないと言っていました。そうですね」

 

 そうだな。

 

「それでは霊界からなのですか。あぁ――、そうですね。エルピダといい、変わり種が多いところですから。なるほど、納得もできるというものです」

 

 いや、そうは言ってない。

 駄目だこりゃ。また勝手に決めつけてる。

 

『そんな話は後にして。来るよ。――時空震だ』

 

 えっ?

 ここは闘技場じゃないぞ。

 

 またしても頭痛がやってきた。

 何度体験してもこの感覚は慣れない。

 行動は無理だが耐えるだけなら、なんとかできる。

 

『階段だね』

 

 やっと状態も落ち着いて、視線を向ければ階段があった。

 何もなかった空から、地面へと光の階段が降りている。

 まるで天へと誘っているかのようだ。

 

『うーむ、狙われてるのはわかってたけど、むしろ対象が増えた。ケオ教官に、亜人三人衆まで加わったし』

 

 シュウは困惑している。

 そんなことを言っている間に、モンスターが出てきた。

 どこかで見たような姿だ。白い翼に、頭の上に円環まで着いている。

 

「天界の住人か」

 

 一体や二体ではない。

 数体が空を飛んで地面へ降り立つ。

 

『飛んで降りてくるなら階段いらないよね?』

 

 ……確かにそうだね。

 でもそんなことを言ってる場合じゃないよな。

 

『戦意がないことが救いだね。全員がレベル1000超えてるから、やる気ならみんな死んでたかもしれない』

 

 数体が私へとまっすぐやってきて、階段を上がるように手で示す。

 周囲の人間は駄目なようで、お嬢様が私も行くと駄々をこねている。

 羽根つき達はお嬢様にまったく取り合わず、進路を塞ぐだけだ。

 

 ここまで戦う気が見えないと、さほど興が乗らない。

 なんだかお偉いさんの屋敷に招かれた気分だ。

 

 中に入れば数多くの羽根つきが私を整列して迎えてくれている。

 ますます戦闘をする意欲が失せてきた。これはもうダンジョンじゃない。

 

 そのまま輝かしい通路を進むと、いつもの広間があった。

 逃げも隠れもせず、部屋の中心には結晶がぷかぷか浮かんでいる。

 結晶の両脇を、二体の大きめな羽根つきが護っていた。

 

『わぁお……、これすごいよ』

 

 結晶の側に文字が浮かんでくる。

 

 ――

 ・名前:ゼフテロス

 ・出身:天界(第九天)

 ・レベル:2525

 ・強さ:初級

 ・能力:歪曲(第二位)。諸天の根源。

 ――

 

 レベルがついに二千を超えてきた。

 しかし、能力は地味だな。いつもの歪曲以外では、ただ一つだけだ。

 

 あれはどうなの?

 

『いやぁ、やばいですねぇ。初めて見たよ』

 

 特に焦りは感じられない。

 珍しい物を見つけて喜んでいる。

 

 どんな能力なんだ?

 

『自分を生命の原点にし、周囲を動かす原動力と為す』

 

 わからん。

 

『自らのレベル以下の生物を生み出せる。この前のボスのヒヨコだって生み出せる。現に、結晶の両脇にいる二体の天使は、どちらも前のヒヨコより強い。一定の制限はあるだろうけどね』

 

 ……やばくね?

 

『やばい。これが普通のダンジョンなら挑む前にメル姐さんは逃げてる』

 

 逆に言うと、逃げてないからなんとかできるってことか?

 

『そうなる。このスキルには大きな弱点が二つある。一つは自分のレベル以下の生命体しか生み出せないってこと』

 

 それでもレベルが二千五百だと相当だぞ。

 

『よく見て。こいつの強さは初級なんだ。ステータスがおそろしく低い』

 

 ……あれ、ほんとだな。

 なんだこいつ。私みたいってことか。

 

『そう。こいつのレベルってのは、自分で生命体を生み出しまくって、互いにつぶし合わせてレベルアップさせて、それを自分で倒して――生んだ生命体は自由に消滅できるんでしょう。それでレベル上げてる。レベルほどの実力はこいつにない。スキル以外の才能がない。この世界の住人ならレベルアップでもステータスの恩恵を受けるはずなのに、初級止まりだ。本当に恵まれたスキルだけでここまで来てる』

 

 なんか自分のことを言われているようだ。

 それでも周囲が強いんだから、実力はあるってことにならないか。

 

『それはそう』

 

 あっさりと認められてしまった。

 周囲の羽根つき達は私に結晶まで進めと示す。

 同時に結晶横に控える二体は、武器を構え始めている。

 無理矢理、私を結晶に近づかせて、殺すのが彼らのやり方らしい。

 

『スキルに恵まれているのが自分だけだと思ってる。倒せるときに倒せば良いのに、わざわざ本体の前まで弱らせることもなく誘い込むなんてね。増長も甚だしい』

 

 どうするんだ?

 あの二体の羽根つきはどちらもヒヨコより強いんだろ。

 

『うん。そこで二つ目の弱点だ。あのスキルは有機生命体しか生み出せない。無機物系に命を宿せない』

 

 ……弱点なの、それ?

 

『今回の場合はそうだね。さあ、俺を天に指し示して。赤き結晶と驕った天使共に、一つ問いを投げるとしよう。天使共、――青き光をもう見たか?』

 

 私がシュウを真上へと突き刺す。シュウの刀身が青みを帯び、涼やかな青い光が生じた。

 天使達は一瞬警戒したが何も起こらないので、すぐに余裕を取り戻した。

 

 この場で一番驚いているのは、もしかしたら私だったかもしれない。

 ああ、そういえばそうだ。今まで一度も使っていない新スキルがあったことを思い出した。

 

 札の世界で、私はあの世界でのパーティーメンバーからお土産をもらった。

 彼女との――、彼女がいた世界との大切な繋がりだ。それは絶対に忘れるわけにはいかない。

 シュウもそこを理解してくれ、札のスキルにどうにか組み込むことで、私には扱えないカードという形ではなく、スキルという形にしてくれたのだ。

 ただ、問題もあった。大問題が――。

 

『いやぁ、思い出補正でひたすら強化しまくったら、生命体のいるところだと使えなくなっちゃったんだよね。しかも戻すこともできねぇ。ハハッ』

 

 笑い話じゃねぇよ。

 あの世界どころか元の世界でも一度も使えなかったスキルだ。

 忘れないためにスキルにしたのに、危なすぎて使えないから今の今まで忘れてしまっていた。

 これじゃあ本末転倒じゃないか。

 

『でも、こういうときに役立つでしょ。ほら、懐かしいね。王宮でやらかしたよね』

 

 ほんとだよ……。

 

 先ほどまで余裕を見せていた羽根つき共が、全員のたうち回り、血反吐を吐いて倒れていく。

 あのときは、さらにゲロゴンブレスで建物ごと消し去ったが今回はしない。

 あれは本当にどんな顔で説明すればいいのかわからなかった。

 

『やっぱ、こいつは苦戦をしたことがないね。スライムをぷちぷち何万、何億も潰したところでレベルほどの強さは得られないんだよなぁ。未知の相手を前に、どう対応していいのかまるでわかってない。ひたすら体力の高い奴を作ったり、的外れな耐性を持つやつを作ったりしてる』

 

 赤い結晶が羽根つきを何度も生み出すが、青い光の明滅とともに倒れていく。

 しぶといのもいたが、弱ったところで斬れば終わる。

 

『スキルだけで生き残ってきたツケが、とうとう回ってきたわけだ。あーあ、もう打ち止めだね』

 

 すでに結晶との間合いは一足にも満たない。

 シュウを振るえば、赤い結晶があっけなく砕け散った。

 戦いというのもおこがましい。ただ歩いていって叩いただけである。

 どうもここ二回は、戦わずして勝っているような気がするな。

 

『戦わずして勝つ――孫子の兵法を語るとは小癪な。まぁ、相手が屈するどころか消え去ってるんだけどね。次もたぶんそうだよ。メル姐さんに戦闘技術がない以上、相手がそこそこの強さまでじゃないと戦いにならない。最初のトンネルのボスが閾値だ。あれよりも強くなると、瞬殺か逃げしかない。相手が強ければ強いほど、もう対策が有るか無いかで勝負が決まるからね』

 

 なんだか長々と喋っているが、難しげな話は頭に入ってこない。

 とりあえず落ちているアイテム結晶を拾う。

 

 ――根源たるゼフテロスの傲慢

 

 まただ。意味わからん。

 もう何も考えず、そのまま袋へと入れていく。

 

 今回は他の挑戦者に出会うこともなく、かなり余裕を持ってダンジョンから脱出できた。

 

 

Level 5.霊界の歪曲殺し

 

 さすがに防衛局でトンネルができたということで混乱はあった。

 

 それも学び舎までは届かない。

 三日が経った頃、私はまたしてもマギアの部屋に来ている。

 

 お嬢様は、亜人三人衆と圏庁に行った。彼らのことで手続きがあるとかないとか。

 私は興味がないので、大人しく留守番をしている。

 

 前回以前と同様に、トンネルで私が見てきたことをマギアに話す。

 ボスとその特徴だ。今回はまともなドロップアイテムがないので渡す物もない。

 

『今回は、かえって疑問が増えたくらいだ。なんで模擬戦の途中なんだろう。そこがわからない。別に変なスキルが発動してるわけでもない』

 

 シュウもどうしたものかとぼんやりしている。

 

「最深部にいた結晶の出身は、どれも各界の最深度の一歩手前ですね」

『続けさせて』

 

 ふむ。

 最深度の一歩手前とは?

 

「地獄圏は第九圏が一番深いはずです。第九圏――裏切り者の地獄『コキュートス』。煉獄界は第七冠の上に山頂――地上楽園。天界では第十天――至高天『エンピレオ』がそれぞれあります。……あるとは言われますが、そこに到達した者は誰も戻ってきていないとも言われています」

 

 なんだそりゃ。

 

『人界と霊界の深度はないの?』

 

 そういやそうだな。

 あんまりここでそんな話は聞かない気がする。

 

「人界は一層だけですね。これのおかげで人界は他の層よりも争いが少ないと言われています。霊界は同階層でいくつかの地区に分かれていると聞きます。中心に近いほど異常性が増すと。エルピダが最東園――デクスィアから来たようです。これについては私が語るまでもなく、メルさんの方がお詳しいでしょう」

 

 えっ、なんで?

 霊界のこととか知らんぞ。

 

「霊界から来られたのでは?」

 

 違うぞ。

 

「えっ?」

 

 違う。

 霊界なんて行ったことすらないよ。

 

「でも、ミラが霊界だと」

 

 あいつが勝手に決めつけただけだ。

 

 ああ、と納得する様子でマギアは頷いた。

 そこで、はてと疑問が浮かんだようである。

 

「天界は違う。煉獄界も違う。霊界でもない。地獄界にしては人に近すぎる」

 

 どれも違うな。

 人に近すぎるって何だろう。

 

「それでは――」

 

 人界でもない。

 

「それならどこから?」

 

 とっても遠いところからかな。

 

「『無限遠からやってきた』――まるでアピロのようですね」

 

 アピロ?

 

「伝説の人物です。かつて全ての世界を最深度まで到達して、レベルが無限大だったという」

 

 まぁ、よくありそうな伝説だよな。

 それが何か関係あるの?

 

『あぁ……』

 

 何かわかったようだ。

 

『とりあえず、うん、宿屋のベッドの上から来たとでも言っとけば良い』

 

 そうだな、宿屋のベッドの上から私は来たんだ。

 何も嘘は言ってない。

 

『宿屋の名前は「無限大」。正確には下の酒場の名前だけど』

 

 無限大とは大仰な名前な酒屋だなとか言って入ったんだよな。

 けっこう雰囲気は良かったぞ。併設の宿も綺麗だったし。

 

『この世界で無限大を示す言葉がアピロ。まぁ、こっちは今は関係ない。本題に戻ろう。トンネルは明らかにレベルの高い俺たちを狙ってる。今回のトンネル出現でそれは確定した』

 

 羽根つきが私だけを誘ってたからな。

 他の奴らには一顧だにしなかった。いや、お嬢様だけうるさそうに迷惑がってたか。

 

『そうなると黒幕は人界の誰か』

 

 ふむ。……ふむ?

 それはどうやってわかるんだ?

 

『メル姐さんの真のレベルを知ってるのは二人だけ。そこの本の虫と、お嬢様の兄。本の虫のステータスはもう知ってる。そんなことはできないし、話すこともまずない』

 

 じゃあ、あの兄が。

 

『あの兄もステータスを見たとおり雑魚。召喚獣も同じ。それならあの兄が誰かにメル姐さんのヘンテコなレベルを伝えた。それを試すように黒幕がトンネルを出現させた。それがやられたからその後も続けて出した。人界の中枢部に黒幕がいるのは間違いない』

 

 なるほど。

 じゃあ、そいつを探し出してやっちまえば解決だな。

 

『すぐ片付けてもいいけど、トンネルが消滅して挑めなくなるかもしれない。それでもいいなら行こうか』

 

 ……もうちょっと後でもいいか。

 

『うん、トンネルをクリアしていけば黒幕の方からやって来るよ。とりま、次のトンネルは霊界の強いのがやってくるね。そろそろこっちも本腰を入れないとまずいかな』

 

 こうしてマギアとのお茶会は終わりとなった。

 席を立とうとして帰ろうとしたところで、エルピダが近くまでやってきた。

 

『ほぉ』

 

 シュウが変な声を出すと、エルピダがキッと眼を見開いた。

 机の上に何かが像を結び、形を為していく。短冊がカタリと音を鳴らして現れる。

 

『手に取ってみて』

 

 短冊は見た目以上の重さがあった。

 重みはあるが、金属製にしてはやや柔らかい印象である。

 

『いいね。効果もしっかり織り込んでる。扱えない武器や防具じゃなくてアクセサリにしてるのもポイントが高い。作ろうと思えばマギアの武具も作れるね。うん、――合格って伝えてあげて』

 

 私が、エルピダに合格と告げるとなんだか喜ばしげである。

 そうして、またしても手をこちらに伸ばしてきた。

 

『うーん、元々予定してた「ヤバ=異本」でもいいけど、ちょっと方向性が変わってきたなぁ。「みんなの魔法陣」の写本は、いろいろバレちゃうから駄目だな。もうちょっと別のアプローチにしてみようか。――よし』

 

 何かが決定したらしい。

 

『「魔/法」だ』

 

 思ったよりもまともなタイトルだった。

 シュウに場所を教えられて、結晶をエルピダに渡す。

 分厚そうな本が出てくると思ったが、めちゃくちゃ薄い冊子だった。

 手にしたエルピダも、この薄さにはちょっと面食らったようで、開くのを躊躇っている。

 

『これを今までに読めたと記録されてるのは三人だけ。そのうち二人は超上級パーティーの魔法使い。残りの一人がアイラ。でも、あいつはこの本を嫌ってる。手に入れたノウハウをまったく活用してない』

 

 駄目じゃん。

 

『駄目じゃない。あいつは、この本に書いてあることをきちんと理解した上で嫌ってる。あいつが嫌うのもよくわかるし、ちゃんと理解してるなら、それはそれで良い。まぁ、そんな本だよ』

 

 どんな本なのかさっぱりわからん。

 

『本自体は割と簡単に手に入るんだ。けっこう出回ってる。前書きと後書きを抜かして、見開き九ページだけ。でも、読むのに知識とテクニックがいるんだ。前書きが読めれば一流。見開き一ページを読めれば十年に一人の傑物と言われる本』

 

 なんで本を読むのにテクニックがいるんだ?

 ページを捲るのに技術がいるってのか。

 

『ずばりそのとおり』

 

 エルピダが表紙に手をかけ、ページを開こうとするが開かない。

 なんかページがくっついてるんじゃないか。

 

『違うんだなぁ』

 

 エルピダも何かを察して本をジッと見つめる。

 そのまま立ったままで固まってしまう。マギアが声をかけるも微動だにしない。

 

『読み始めたね』

 

 何を?

 

『この本ね。魔法が隅々にまで織り込まれてて、いわゆる魔道書物とか魔本って呼ばれるやつなんだ。正式には魔法本。織り込んだ魔法を読み解かないとページが開かない。この本自体が、魔法というのかな。作った奴は人なら間違いなく歴代で唯一の魔法使いソロ極限級。竜かチート持ちが作ってると言われてもまったく不思議じゃない。むしろ納得する。でもおそらくあの世界の住人なんだよなぁ』

 

 読めるとどうなるんだ?

 

『タイトルと同じ「魔/法」って能力が手に入る』

 

 魔と法?

 魔法の文字をバラしただけじゃん。

 

『そうだね。この本を作った奴はとてつもなくすごいんだけど、同時にすごい皮肉屋なんだ。最終的には魔法を馬鹿げたものだと否定してる。最後まで読んだ奴すら、歪な存在だって言外に伝えてくる。それに、これを作った自分や世界の異常性も突いてる。作者の名前やダンジョンすら残ってないのはたぶん世界が嫌になって自らの存在を徹底的に殺したから。それでもこの本だけがダンジョンから馬鹿みたいに簡単に手に入るってのが、世界の恐ろしさと歪さを表してるというか、作者の思想が正しかったというか』

 

 さっぱりわからないけど、そのスキルを手に入れるとどうなるの?

 

『無詠唱ができるようになる』

 

 おお。シンプル。

 すごいじゃん。めっちゃ強くなるな。

 

『正確を期すなら、無詠唱ができるっていうより「魔力」と「法則」がわかる。タイトルの「魔/法」は、「魔法」が「魔力」と「法則」で別物だぞって意味でもある』

 

 まあ、よくわからんけどな。

 そもそも魔法の知識だかで、もう魔法は知ってるんじゃないのか。

 

『知ってるだろうね。これはね。「魔/法」なんて名前もついてるし、魔法で作られてるけど、魔法について書かれてる本じゃないんだ。先に言ったとおりで、世界を流れる「魔力」と世界を支配する「法則」を書いた本なんだ。その入口が魔法ってだけ』

 

 そうか。何にせよ読めるといいな。

 

『見開き一ページ目までしか読めない』

 

 はい?

 

『目次より先には、現状じゃ見開き一ページしか読み進められない』

 

 ……あぁ、またあれか。

 読むために何かしないと駄目ってことか。

 

『そうだよ。この本はダンジョンに相当するものがある世界だからこそ書けたものだし、読めるものなんだ。自分でダンジョンに潜らないいけない。魔力と法則の違いを、身をもって感じ取る必要がある。この世界だとトンネルだね。厳密にはトンネルとダンジョンは違うから、少し違う部分もあるけどこれを読む上では問題ない。でも、次は霊界のトンネルで今までより強いだろう。連れて行くことはできない。しばらくは読めないね』

 

 こうしてシュウの本解説は終わった。

 

 

 ところがシュウの予測はここに来て外れた。

 また模擬戦の途中でトンネルが開いたのだが、出てくる敵が今まででよりもずっと弱かった。

 

『弱いねぇ。これなら連れて行ってみてもいいかな』

 

 亜人三人衆とケオ教官、それにマギア・エルピダが付いてくることになった。

 

 亜人三人衆は問題ない。

 ケオ教官もなんとか倒して行っている。

 マギアとエルピダは苦戦しているのが見て取れる。

 特にエルピダの動きが悪い。得意の魔法もあまり使ってない。

 やる気がないな。お前の代わりに私が叩いてやろうか。

 

『いやいや、やる気に満ち満ちてるよ。あれはあれで良い。マギアを補佐してあげて、横やら後ろから襲うのを蹴りつけるだけで良い』

 

 何が良いのかはさっぱりだが、言われたとおりに補佐をしていく。

 エルピダはいったい何をやってるんだ?

 

『魔力と法則を感じ取ろうとしてる』

 

 はぁん、どうでもいいな。

 

『だろうね。それよりもトンネルの出現条件がわかった……気がする』

 

 お、ようやくわかったのか。

 それで条件は何だったんだ?

 

『時空震に耐性があること。それがマギアとお嬢様。ステータスにまったく現れてなかったけど、たぶんあの二人は時空震の揺れを感じてない。マギアの魔力の質は、他とちょっと違ってたからわかる。でもお嬢様はしょぼい。かなり酔うはずだけどケロッとしてる。そこで謎の特能が関係してる。マギアの模擬戦を見て、お嬢様が特能を発動させて、黒幕君がトンネルを繋げてる――かな』

 

 よく考えたら、条件がわかったところでどうしようもないよな。

 

『そうだね。トンネルを作りたいならマギアの試合をお嬢様に観戦させればいいってくらい。それよりも今回のトンネルが気になる。弱すぎるぞ。絶対に霊界の強いのが来るって思ってたのに、これでボスだけ強いのかもしれないけど、きっとこれは違う。そんな雰囲気じゃない。もう周囲の魔力からして弱々しい』

 

 そうだな。

 中級ダンジョンくらいだろ、これ。

 

 そのままボスまで行ったが、特筆することもなかった。

 ケオ教官とマギア、それにエルピダが倒していき、亜人三人衆と私は見るだけ。

 

 倒した後に結晶が光となって消えていくが、最後に大きめの破片が残った。

 

「倒したのはあんただから私らは辞退するよ」

 

 亜人三人衆が、辞退してケオ教官がよくわからないまま破片を拾った。

 破片はチカリと煌めいて消えてしまう。

 

『ほっほう。そういう――』

 

 どういうこと。

 何か破片が消えちまったぞ。

 

『教官の能力が増えてる。破片から能力を手に入れたんだね』

 

 すごいな。

 じゃあ、攻略すれば攻略するほど強くなるってことか。

 

『そうとも言える。でも、亜人達は聞いてたクリア数の割に能力が多いって訳でもないから。常に能力だけじゃなくて、レベルやステータスが補正されるんでしょうね。ここは後で亜人三人衆に聞いてみよう』

 

 じゃあ、私が手に入れた結晶を彼らに渡したら、彼らが強化されるのか。

 

『強化されるだろうけど、やめたほうが良い。絶対にろくな能力じゃない。邪気に、自戒なしに、傲慢だよ。こんなのつけても大丈夫なのはね、ん、待てよ、それが目的か。……おっと、崩れる前に逃げた方が良い』

 

 そうだったな。

 無事に全員で脱出して、出口で歓声を受けた。

 

 なぜか一緒に入ってないお嬢様も、こちら側に立って得意げにしている。

 

 

 

 夜になり、マギアの部屋で気づいた点を報告し合っている。

 ちなみにお嬢様は大喜びで亜人三人衆とご飯を食べに行ってしまった。

 なぜかお兄様も一緒になって、出かけていき、今夜は遅くまで帰ってこないだろう。

 

 マギアにトンネルの出現条件を話し、時空震の酔いはどうか尋ねるがまったく酔わないらしい。

 うらやましいことに頭痛どころか、吐き気や宙に浮く感覚もないという。

 

『全く自覚がないのはまずいね。危険に気づけない。酔いすぎるのも危険だけど』

 

 何事もほどほどが良いということだろう。

 続けてシュウはダンジョンで気づいたことを言う。

 

『ボスドロップの結晶ね。メル姐さんが手に入れたやつは、かなりの能力が手に入るはず。おそらく破片を手に入れすぎると、あの「歪曲」なるスキルが手に入るんだと思う』

 

 今までぼやかしていたところをマギアに話す。

 彼女も興味を持っているようだが、欲しがってはいない様子だった。

 

『今回、霊界の強い奴がこなかった理由はこれじゃないかと思うね。たぶん霊界のやばい奴は、この三体の能力のどれかを持ってる奴に狙いを定める。全部かもしれないけどね。抑止力的な存在なのかもしれない。明日、もう一回模擬戦をしてみよう』

 

 そんなわけで翌日も模擬戦を行なった。

 闘技場には必要最低限の人員しか集められていない。

 

 マギアとケオ教官の模擬戦でやはり時空震が生じた。

 

『違う。魔力が弱い』

 

 見立て通り、出てきたモンスターは強くない。

 私にとっては変わらないが、亜人達の戦いを見るに昨日よりも強そうだ。

 

『強いというよりも、やっかいな能力があるってのが正解かな』

 

 今回は地獄界に近いモンスターらしく、見た目が不気味なのが多い。

 この方がモンスターらしくて私は好きなのだが、他の意見はそうではないようだ。

 

『地獄界ねぇ。霊界のボスを引くまではひたすらトンネルガチャするか……』

 

 特に問題もなくトンネルをクリアした。

 その後も天界、煉獄界、地獄とトンネルを引いたが霊界は出ない。

 

『……出ないね』

 

 翌日も挫けず、トンネルを四つ出してみたがやはり霊界は出ない。

 

『霊界のボスっていないんじゃないの。地獄、煉獄、天と来たから霊界って考えてたけど、別になくてもいいわけだし』

 

 亜人三人衆にトンネルのことを聞いてみたが、霊界のボスは見たことがないと話す。

 

『あるいはやっぱり例のドロップアイテムを使わないと駄目なのか……』

 

 使うとして誰に付けるんだ。

 

『メル姐さんは無理。俺がスキル化してもいいんだけど、外部から無理に読み込むスキルは良い結果になった試しがない。やはりスキルは使い手から湧き出たものに限る』

 

 そうだね。ほんとそう。

 私の大切な思い出が生命抹殺スキルになって使えない。

 

『マギアはあまりにも常人だからこんなやばいスキルを押しつけられない。どっかの天使みたいに強いスキルに振り回される。このままスタンダードに力を伸ばして欲しいね』

 

 そうね。

 これを押しつけるのは、ちょっと可哀相だな。

 

『ケオ教官は武術を貫かせるべきで、戦闘以外のスキルは付けさせたくない。複製なんて付けるとどっかのヒヨコみたいにねじ曲がる』

 

 じゃあ、亜人三人衆か。

 

『駄目。彼らは一つの完成品。余計なものは付け足せない。あとは極めていくだけ。うん、そのへんかもしれないね』

 

 何か急に納得し始めた。

 

『どのボスもどこか道を踏み外してる。昨日と今日のトンネルのボスも、おかしなスキルが付いてた。地獄のボスは悪意の波動。煉獄のボスは複製。天のボスは諸天の根源。歪曲ってスキルが本体を結晶にする代わりに、そういう身の丈に合わないスキルを付与するのかもね』

 

 考察はいいから。

 どいつにスキルを付けるんだ。エルピダは?

 

『エルピダはそろそろ「魔/法」が読み終わりそうだから邪魔しちゃ駄目。次の本も決まってる』

 

 もう、そのへんのやつにでもつけるか。

 

『お嬢様にしよう』

 

 はい?

 

『ミラお嬢様』

 

 やばくないか?

 

『やばいけど、他よりはマシ。誰も「こいつなら」って、薦められるのがいないからね。で、残ったのがお嬢様』

 

 なんか消極的な消去法だな。

 

『残っただけマシでしょうよ。案外なんとかなるんじゃないかとも思い始めてる。実際、もっと早く別れる予定だったけど、今日もまだこの世界にいるわけだし』

 

 それならやってみるか。あまり気分も乗らないが。

 

 

 お嬢様に事情を話して、結晶を渡そうとした。

 以前のこともあったので抵抗を示したが、一つ目で問題がなかったので残りの二つも抵抗なく受け入れてくれた。

 

『レベルとステータスも上がったね。一気に千まで上がった。エルピダの倍。マギアの五倍か……。彼女たちの努力をあざ笑うかのようだ。あぁ、やっぱ能力に歪曲もつくのか、それであいつら、うえっ?』

 

 何?

 

『――いや、後にしよう。来た。時空震だ』

 

 突如として、頭痛が始まった。

 もう一日に何度もやってるが本当にこれは慣れない。

 

 頭痛が治まると、周囲の景色が変わっていた。

 闘技場の真ん中にいたのだが、観客席が消え、周囲全てが暗闇に覆われている。

 

『はて、模擬戦をしてないけど出るのか。それよりも当たりを引いたね。魔力が桁違いだ。おいでなすった』

 

 暗闇の中から、葬儀に参列するのではないかと思うほど黒い衣装に身を包んだ奴が現れる。

 頭の上からは黒いベールを下ろしており、顔もわからないし、体格から男か女かもわからない。

 しかも、足下はぼやけて消えている。

 

 黒い手袋の上に、小さな青い結晶がふわふわと浮いている。

 もしかしてこいつが?

 

『そうだよ』

 

 ――

 ・名前:プロトス

 ・出身:霊界(最央園)

 ・レベル:4649

 ・強さ:極限級

 ・能力:歪曲(第一位)。歪曲殺しの呪い。メサイア。歪みの修整++

 ――

 

 おいおい、レベルが三千を飛ばして、一気に四千まで行ったぞ。

 

『ステータスは高い。歪曲殺しの呪いは歪曲持ちへの呪殺。メサイアは全能力の特大アップ。歪みの修整の効果は思った通りだね』

 

 何?

 やばいの?

 

『歪みの修整は歪曲持ちの探査と対歪曲持ちの攻撃力がアップ。それ以外の相手はダウン。++だから、歪曲持ちには無類の強さを誇るけど、それ以外だとステータスほど強くない。トンネル以外で歪曲持ちが発生すると現れてぶっ殺す。つまり、こいつは歪曲持ち絶対殺すマン。レベル上げに興味がないやつもいるんだね』

 

 つまり今回の狙いはお嬢様ってわけだ。

 勝てるの?

 

『勝てるわけないでしょ。でも、負けもしないね』

 

 喪服ボスが、片方の手から黒い玉を生み出した。

 玉を軽く払うと、お嬢様へと玉がふわふわと飛んでいく。

 

『馬ッ鹿だなぁ。普通に攻撃してくりゃ、まだ気づいて帰る道もあったのに。そういうやばいのは、ちゃんとアナライズしてから撃たないと……』

 

 どういうこと?

 助けなくていいのか。

 

『見とけばいいよ。むしろ動くとやばい。あの黒い玉は呪いの技なんだ。呪い系は元々が強力でね。さらに対象を限定した呪いは、耐性だけじゃ防げないほどの威力になる。つまり、歪曲殺しの呪いは歪曲持ちをほぼ確実に呪い殺す。最低でも再起不能の深手を与える』

 

 すごいじゃん。

 

『すごいよ。俺も欲しいけど、最近はもう諦め気味。それに――こういうことにもなるしね』

 

 こういうことって何?

 

『超強力な対象限定の呪いなんだけど、欠点がいくつかあるんだよ。最大の欠点は、呪う対象者がいない場合は、自分に呪いが返る』

 

 でも、お嬢様は歪曲を手に入れたんだろ。

 まだボスみたいな結晶になってないみたいだけど。

 

『消えた。ドロップアイテムで手に入れた能力も全部消え去った。レベルとステータスも元の雑魚に戻った。間違いなく特能の効果だろうね。「道」は自分で築くものってことでしょう。おそらく他人やアイテムから与えられたものは受け付けないんだ。召喚契約だけが自分で築いたものだから残ってる』

 

 黒い玉はやや怯えていたお嬢様に当たると、そのままぽよん跳ね返る。

 進路を逆転し、ボスへと返っていく。

 

 ボスはその様子を固まってみつめ、我に返り逃げ始めた。

 黒い玉は急激に速度を上げ、暗闇へと逃げたボスを追いかけていく。

 

『自分自身が「歪曲」持ちだから「歪みの修整++」が適用される。しかも対象限定の呪い。無理だ。あれは逃げ切れない。……はい、死んだ』

 

 もう見えないが、どうもボスに当たったらしい。

 

『アイテムの回収はやめよう。このままトンネルの崩壊に任せて消した方がいい。世界にない方が良いアイテムだ』

 

 シュウの言葉に従い、闘技場の中心で様子を見る。

 次第に暗闇は薄れ、元の闘技場が戻った。

 

 

 その夜、マギアの部屋でいつもの報告会だ。

 報告会といっても、今回はマギアも見ていたので特に話すことがない。

 

『お嬢様の能力について尋ねてみて』

 

 尋ねてみたら昔からそうだったとのこと。

 いろいろと能力やらステータスアップのものを与えられたが、全て効果がなかったとか。

 その影響か召喚契約も長らく上手くいってなかったとマギアは話す。

 

『いや、召喚はどう考えても別の要因でしょ。あんなので普通は来ない』

 

 そうだよな。

 

 話が終わったところでエルピダがやってきた。

 

『おぉ、やるじゃあないか。無詠唱を確かに習得してるね。読み解いたんだね。レベルも跳ね上がってる』

 

 すごいな。

 すごいというか、すごすぎるだろ。

 

『黒紙番地の「魔法メモ:その九」をあげて』

 

 ……黒紙番地はダンジョンで手に入れたアイテムではない。

 私がシュウから言われたことをメモして、結晶化して保存している領域である。

 困ったとき用のメモもここにある。

 

 結晶を解除して渡すと、エルピダも首をかしげた。

 メモがバラバラになっており、冊子という体裁すら整っていない。

 

 一番上が黒い表紙であること以外は、ただのメモ書きだ。

 今回は、魔法で織り込まれているとかもないようですらすらと読んでいる。

 

『読めてない。文字を追ってるだけ。ちょっと見ておこう』

 

 メモをどんどん捲っていき、私がおかしを三つほどつまむころには読み終わった。

 その後の様子がおかしい。私をみて、天井をみて、ソファへと戻っていく。

 メモを手にした状態で、虚空を眺めて何かを考えているようだ。

 

「初めて見ました。あんなに悩むところは。悩むときすら文字を読んでいるのに」

 

 マギアも驚きをもってエルピダを見ている。

 いったいあのメモには何が書かれているんだ。

 

『「特異点消失後の、多重世界の平衡持続の所見」が書かれてる』

 

 今までで一番よくわからない。「の」しかわかる単語がなかったぞ。

 読むとどんなスキルが手に入るの?

 

『わからない。なにせ人に読ませるのは初めてだからね。それと「所見」くらいはわかって』

 

 えっ?

 なんでそれをエルピダにあげたんだ。

 

『俺もね。使い道なんてないと思ってた。とある奴らの計画を、俺がちょっとアレンジを加えただけの個人的なメモだからね』

 

 とある奴らって?

 

『アイラと他五人。当時は六人委員会って呼ばれてた。天才というか異端者の集まり』

 

 まぁた、あいつか……。

 馬鹿にしてるけどあいつすごいやつなんじゃないの。

 

『すごいよ。本気を出させれば、魔法原理の分野だと間違いなく全歴史でも五指に入る逸材。魔と法の根源に触れてるからね。でも、あいつは仕事をさせちゃいけない類の人種だ。間違いなくおかしな方向に進む。静かに本を読ませて、ときどき運動させるくらいの生き方をさせてあげるのが本人のためにも、世界のためにもなる』

 

 褒めてるのかよくわからない言い方だな。

 だが、あいつも知ってるなら、能力がわかるんじゃないのか。

 

『いや、今のあいつは知らないんだ。もう知ることもない。あのときのアイラたんにもう一度会いたいなぁ。会って、この俺のアレンジについて語り合ってみたい。そうすればきっと――、いや、これも幻想か……』

 

 はぁ? もういいわ。一つ聞くとわからんことが二つ以上に増えるから。

 で、なんでそんなたいそうなメモをエルピダに?

 

『最悪の事態に備えて』

 

 あ、そう。シンプルな答えは好きだぞ。説明不足にもほどがあるがな。

 だがな。なんかすごい考えこんでるみたいだぞ。

 泣き始めちゃったし……本当に大丈夫か。

 

『あれを正しく読むためには実践が必要なんだ。でも、何をどう実践していいのかがさっぱりわからないと思う。心が潰される思いだろうね。果たして、わかってくれるかな』

 

 説明してあげればいいじゃん。

 そんな「わかるかなぁ」とぼけーっと見てなくても。

 

『いやいや。説明はできない。書いてあるとおりなんだからね。あれを正しく読むためには、実践できるかどうかにかかってる。でも、実践がないならそれに越したことはない』

 

 実践できるかどうかにかかってるのに、実践はない方がいいのか?

 

『あれを実践するのはね。世界が崩壊するかどうかの瀬戸際に立ってる状況だよ』

 

 本当に実践はないほうが良さそうだ。

 

『ただ、使われるところを見てみたい気持ちはある』

 

 そんなことがないのを祈るだけだな。

 

 ……こういう話をすると、得てして使われることになるのだ。

 どうせ使われるんだろうな、と思いつつもそれならより成功率を上げるべきだろう。

 もうパーティーリングを渡して、チートで成功させればいいんじゃないか。

 

『非常に堅実な意見だけど、それに関しては明確に拒否させてもらう。これの元アイデアはね。異端者達がチートなしで考え抜いたものなんだ。恐るべきことにこれをアイデアで終わらせず、実行までやってのけた。無論、チートなしでね。俺がやったのはただ彼ら・彼女らのアイデアにアレンジを加えただけのものだ。ただ、彼らのやり方に従って、世界の理から外れた理論や要素はここに含めてない。これは意地なんだよ。わかるかな?』

 

 わからない。成功させられる可能性を高められるなら使うべきだと思うがな。

 しかし、意地と言われれば、特にそれ以上あれこれと私が言うべきではないだろう。

 

『それで良い。これに関しては俺も譲る気はない。メル姐さんは使った方が良いと考えてる』

 

 そして、お前は使わないべきだと考える。

 別にダンジョン攻略とは関係しないんだから、それでこの話は終わりだな。

 

『そうだね。でも、実践はチートなしでやるけど、その前提を達成するためにはチートは厭わないし、使うことになるだろうね。パーティーを組まないといけない。やれやれだ』

 

 はて?

 言われて思えば、この世界に来てから誰ともパーティーを組んでない。

 

『組まないのには、二つ理由があって。一つは組むべき相手がいないから。お嬢様は特能があるから組みたくない。マギアは努力家だから、干渉したくない。エルピダはおもしろそうだけど、今となっては先の理由から組めない。他は似たり寄ったりだ。それなら別に無理して組まなくても良い』

 

 それはそうだ。

 だが、けっこうやばい場面もあっただろ。

 結晶のボスは、対抗するスキルがなかったら危なかったはずだ。

 もしもスキルがない状況だったなら、私だって死んでいたかもしれないぞ。

 

『断言できる。――それはない。もしも勝てなさそうな相手がトンネルにいたら、メル姐さんの特能が発動してる。その気配が少しでもあれば、大人しく誰かとパーティーを組ませてた。そのときはそうだなぁ……、お嬢様以外なら別に誰でも良いんだけど、ケオ教官が順当かな』

 

 私がチートを使って勝てない相手に、ケオ教官とパーティーを組んでどうにかなると思えない。

 それに一人で良いような物言いも気になる。複数人で組んだ方が強いだろ。

 

『一人で十分。二人は多すぎる。パーティーを組みたくない理由の二つ目はね。俺とこの世界、ひいてはこの世界の住人との相性が良すぎることなんだ』

 

 よくわからないんだが、元の世界でもチートは十分すごいだろ。

 初心者クラスの私ですら極限級ダンジョンをクリアできるようになったんだからな。

 

『元の世界では、定規で測れる強さの範疇から脱してない。チートを使ったにもかかわらず「恐ろしく強い」で止まってる』

 

 ……十分じゃん。

 逆に素の私がめちゃくちゃ弱いと馬鹿にされてる気さえしてくる。

 

『違うんだ。強いとか弱いとか言ってる時点で間違ってる。あの世界は俺とあまり相性が良くない。だからこそ、楽しめてるって要素はあるんだけどね』

 

 まぁ、そうだな。

 これ以上、強くなったら本当に楽しめないかもしれない。

 とにかくチートはすごいってことで良くないか。

 

『だからね。そこがもうおかしい。チートは「すごい」んじゃなくて「ずるい」んだ。もしも使うことがあればわかる。正しいチートってもんが、どれだけずるくて、やばくて……、そしてつまらないかがね』

 

 そんなことはないで欲しいみたいな言い方だ。

 私は予感する。おそらくシュウもしているのだろう。

 

 ――正しいチートとやらを使うことになる、と。

 

 

 

Level 6.統一世界の歪曲者

 

 翌日以降も、トンネルを攻略していく日々だ。

 正直に言って飽きてきていた。

 

 強さの幅はあるのだが、どれも最終的には結晶のボスに行き着く。

 変なスキルこそ持っているが、さほど興味がない。

 

 イレギュラーと言えば、世界のトンネルの向こう側から来る住人に会うくらいだ。

 世界が二つ繋がってるのだから、会うこともあるだろうが、互いに抱くあの緊張感が好きじゃない。

 私は静かに一人で攻略したいんだ。もうそろそろ帰ろうか。元の世界に帰ろうと思えば帰れるんだろ。

 ……そういえば、こっちに来るときはトンネルがなかったな。

 他の召喚獣が来るときはトンネルが出たのだろうか。

 

『出ないよ。あれは正規のやり方で転移してるからね』

 

 トンネルは正規じゃないってことだな。

 

『正規じゃないというか。トンネルでの移動は世界の転移とは別物』

 

 まぁ、ダンジョンみたいなもんだよな。

 

『まったく違うよ。ダンジョンは一種の異世界だけどトンネルは同世界。出てくるボスやモンスターも次元の剰余が現れただけ』

 

 わかりやすく言ってもらっていいですかねぇ。

 

『この世界の住人は、世界が五つ――人界、霊界、地獄界、煉獄界、天界に分かれてると思い込んでる。まず、ここが間違い。この一つの世界には、世界が五つあって、それでも世界は一つだけなんだ。……ここだと切り取ると、どっかの環境大臣みたいな構文だな。意味がわからん』

 

 今回は私の突っ込みを待つことなく、自分で自分に突っ込みを入れている。

 一瞬なんか深いことを言ってるみたいに聞こえたが、私にはよくわからなかった。まさにそれが私はわからないと感じた。

 

『おお、そんな感じ。才能の片鱗を見た』

 

 褒められてしまった。

 

『端的に言おう。この五つの世界は元は一つだった。それが二つになり、三つになり、四つ、そして今の五つになった』

 

 分裂しちゃったの?

 

『分裂じゃない。歪められた――ねじ曲げられたんだ。まるで一枚の紙を何度か折って、上手く五枚重なるようにね。今回の黒幕がそいつでしょうな』

 

 世界をねじ曲げるとか簡単に言ってるけど難しそうだぞ。

 

『難しいというか……理論上はできるけど、まず理論ではそんなことを考えない。仮にやるとしても、こんな曲げ方はしない。ぴったりきれいに折るから二の乗数で増える。五にはならない。故にこれは魔法じゃない』

 

 ああ、わかった。

 こんなとんでもないことをしでかしそうな奴らが私にも思い当たる。

 竜だな。

 

『俺も最初はそう考えたけど、あいつらは世界の領域にはシビアなんだ。不可侵の領域とか縄張りって意識が内部に組み込まれてるんだと思う。じゃないと世界が簡単に崩壊するから。そんなわけで竜ではない可能性が高い』

 

 ……神様?

 もしくはそれに近しい奴ら?

 

『あいつらは次元が違う。薄い紙の上に文鎮を置いてこするようなもの。紙は千切れるか、破れる。歪んでこそいれど、こんなまともな世界の形にはならない。なので、そいつらも違う』

 

 じゃあ、誰なの?

 

『そりゃ、こんな馬鹿な真似ができるのは世界の一住人だよ。魔法じゃない以上、間違いなく特能持ち。目的もわかる。レベルアップのためだ。世界が一つだとレベル千が限界だからねじ曲げて二つにした。新しい二つ世界でも限界に達したから、世界を三つにねじ曲げた。新たな三つの世界でもカンストした。世界をさらにねじ曲げて……、これを繰り返してる』

 

 なんか思ったよりも難しい話だな。

 

『そう? シンプルでしょ。レベルアップのために世界を増やしてるだけだからね。でも、これ以上はねじ曲げられない。行き止まりだ。――さて、ここでようやく本題のトンネルとダンジョンの話に戻る』

 

 そういや、そこから始まったんだな。

 なんか衝撃的な話をされたせいで忘れかけてた。

 

『トンネルってのは一枚の紙を折ったときに、紙同士が触れあってる地点なんだ。元をたどれば同じ紙――同じ世界だから、重なったところに出てくる時空の歪みがトンネル。時空が重複してるというかね。一カ所に二つの魔力が存在してしまうから、その余剰の魔力が生み出してる時空の歪み』

 

 ダンジョンはどうなの?

 

『あれは、インクが浮いて出たようなもの。紙とは違う成分が混ざってる。竜の扉はまた別で、違う種類の紙がくっついてる点だね』

 

 なるほど。なんとなくわかった。

 わかったからどうするということもできないんだがな。

 それで時空を折り曲げた黒幕とやらがほっとけば出てくるのか?

 

『来ないと思う。最初は興味がてら干渉してきてたけど、今はもう興味を失ったように見える。いちおうトンネルの発生条件が満たされれば作ってあげるよみたいな、惰性的な行動に移ってる気がするね』

 

 それは感じるな。

 最初の三体は比較的おもしろかったが、その後は雑魚だしギミックもない。

 霊界のボスに至っては自爆して消え去ってしまったからな。

 

『こちらから会いに行ってもいいんだけどね。勝負にならない。それにきっと――』

 

 そこまで言ってため息を一つ吐く。

 あちらが私たちに興味を失っているように、シュウもあちらにさほど興味がないようだ。

 

 

 休日になり、お嬢様がいきなり切り出した。

 

「圏庁へ行きます」

 

 行ってらっしゃい。

 

「あなたも行くのです」

 

 は?

 なんで?

 

「召喚獣の申請期日が過ぎているのです。本来は五日前までに圏庁へ赴き、正規の登録をしなければなりませんでした」

 

 五日って……もう手遅れじゃん。それに今日は圏庁も休みでしょ。

 圏庁の休日とこの学校の休日は同じとか言ってたはずだ。

 

「問題ありません。すでにあなたの事情は知られていますから、特例で申請期日を延ばさせました。圏庁も休日ですが担当者を出勤させる手はずにしています」

『可哀相に。これだけのために休日出勤させられるとか……』

 

 特例で申請自体をなくしてくれればいいのに。

 融通がきかないな。

 

 

 そんなわけで圏庁とやらに行くことになった。

 お嬢様と二人きりかと思ったが、そんなことはなかった。

 

 亜人三人衆にマギアとエルピダも付いてきている。

 どうも圏庁での申請をとっとと済ませたら、みんなでショッピングに行くらしい。

 

 変な乗り物に揺られて、益体もない話を聞かされていると大きな建物の前で下ろされた。

 学校からでも見えていたから、これが圏庁だとは知っていた。

 遠くから見るのと近くで見るのはやはり違う。

 

 他の建物と比べても、高さが倍は違う。

 横幅もずっと大きい。休日のはずだが入口前には守衛が立っている。

 ちょっとわくわくしてきた。なんか最上階でボスが待っている雰囲気だな。

 

「ウェラネ圏の象徴ですから」

 

 お嬢様も誇らしげに語った。

 

『外から見ただけでわかる。この人界の建築技術の粋を結集させてるよ。これはそのまま要塞にもなる。おそらく中もかなり堅固に作られてる。素晴らしい』

 

 シュウも手放しで褒めている。

 これは滅多にないことなので実際にすごいものなんだろう。

 

 お嬢様が近づくと守衛らは、さっと道を避ける。

 階段を上がるのが面倒そうだと感じたが、変な箱に乗ると勝手に上へ連れて行ってくれるらしい。

 実際に乗ってみたが、揺れはほとんどない。最初に足に力がかかったがすぐになくなった。

 そこまで広くない空間に七人が入るので居心地はあまりよくない。

 

 何階かはわからないが、到着したフロアから景色を見ることができた。

 マギアが、学校を指で示してくれる。学校からここはきちんと見えるが、ここから学校はあんなにも小さくなるんだな。

 

 お嬢様に呼ばれ、薄暗いフロアを進んでいけば、目的地だった。

 カウンターを挟んで、たくさんの机と椅子が並んでいる。

 その中の一席に男が座っていた。

 

 見るからにやる気がなく、書類に判子をぺたぺた押している。

 私たちに気づいて、めんどくせぇなぁって顔を作り、こちらにやってきた。

 

「カナラ部長から聞いてます。召喚獣処理の申請でしたね。こちらに必要事項を書いてください」

 

 紙をこちらに数枚差し出してきた。それ以上の説明はない。

 

「書類の事項はそちらで記入してもらい、こちらは確認するだけと聞いていますが?」

「そんなことは聞いてませんね。それはカナラ部長へおっしゃってください。自身は出てこず、ろくな説明もなく、休みに出てこいと私に命じた部長のカナラへね。そもそも本人記入が原則です。申請も、もうすでに四日……五日が過ぎていますよ」

 

 マギアが尋ねると、嫌み混じりに男は答えていく。

 それ以上は双方ともに何も言わなかった。

 

 マギアがお嬢様の書類を記入し、男は自らの席に戻り、また判子を押していく。

 書けたら呼べということだろう。

 

『亜人三人衆のところに行って』

 

 暇なので大人しく亜人三人衆のところに行く。

 

『今から言うことをこいつらに伝えて』

 

 あれこれと、シュウが言ったことをそのまま亜人三人衆に伝えた。

 あまり考えてなかったが、お嬢様を外に連れ出して、建物の付近から人を離れさせろみたいな話だった。

 亜人三人衆も何か気配を察したのか、質問もなく行動に移した。

 お嬢様を連れて、来た道を戻っていく。

 

 エルピダが何だろうと顔を動かし、マギアは必死に、お嬢様の書類と格闘している。

 出身世界はなんて書けば良いんだろう、と独り言が漏れていた。

 一枚書いて、さらに二枚目、三枚目と書いていく。

 

「――書けました」

 

 マギアの声に、職員がやれやれと席を立ち、書類を受け取り確認し席に戻った。

 「あれ、お嬢様達は?」と振り返ったマギアが聞いてきた。

 

『――うん。建物から人は消えたね』

 

 ここに三人いるぞ。エルピダも入れれば四人か。

 

『まさか、こんなふうに出会うとは思わなかったよ。そこの男が黒幕だ。ほれ』

 

 ――

 ・名前:アピロ

 ・出身:原初世界プロエレスフィ

 ・レベル:9999

 ・強さ:極限級

 ・能力:メサイア+++。滅亡の権化+++。層竜を歪めし者。齢竜を曲げし者。統一世界の歪曲者。双世界の調律者。多重世界の再歪曲。地獄界第九圏到達者。煉獄界山頂到達者。天界第十天到達者。霊界中心点存在者。到達者。……。

 ・特能:歪

 ――

 

 判子を押す職員の横に文字が出てきた。

 ずらずらと出てきたので、これがステータスの表示だと一瞬理解ができなかった。

 

 何だこれ……。

 レベルもすごいけど、能力がすごすぎないか。

 

『やばいのだけ書いた。もう能力と言うより称号だね。当然のように竜も殺してる。救世主であり、世界をずたぼろにした破壊者でもある。特能はよくわからない。説明も「曲げて歪めて重ねて捻る」と相変わらず説明する気がない。まあ、その力は世界の状態からお察し』

 

 職員――アピロはまだ椅子に座ったままである。

 あくびをしながら書類に判を押している。

 油断しているな。

 

『油断というか興味がないんだろうね。実際、勝負にならないから』

 

 書類にあくびをしながら印を押し続けている。

 

「ステータスが見えてるだろ。レベルがこうなってから、本当に退屈なんだ。これ以上は世界を曲げられないし、レベルももう上がらない。老いることもできず、能力のせいでうっかり死ぬこともない。でも、今回は少しおもしろかったよ。外の世界から六千レベルの人間がやってくるなんてね」

 

 本当におもしろいのだろうかと疑ってしまう。

 閉じそうになる目をどうにかして開けているくらい眠そうだ。

 

「聞いていたステータスと大きく違うようだが、それは偽物のステータスか。それで歪曲の四位以上は倒せまい」

 

 マギアは何の話ですかと、私とアピロを交互に見ている。

 エルピダは何か気づいているようだ。私たちからスッと距離を取った。

 召喚主であるマギアをまるで気にかけず、自らだけ離れるところが彼女らしい。

 

『もう死んでるよ、こいつ』

 

 生きてるように見えるけど。

 

『そういう生物学的な話じゃない。精神的なもの。生きる目的を見失ってる。こんなのはほっとけばいい。書類に判子を押してるのがお似合いだ』

 

 なるほどな。

 ほんとつまらなさそうにしている。

 目もどこか力がなく、判子を右に左にとだるそうに手を動かすだけだ。

 

『帰ろう。こいつといても何も得られるものはない』

 

 そうだな。

 元の世界に帰って、ダンジョンへ行こう。

 

「あぁ、そうか。君の世界についていけば、少しはおもしろくなるのかな。このレベルも上がるのかもしれないな」

 

 男はぽつりと漏らした。

 もしもこいつが着いてきたらどうなるの。

 

『世界がぼろぼろになるね。対抗できる奴がほぼいない』

 

 それはまずいなぁ。

 

『……雉も鳴かずば打たれまいに。やっぱりここで消しておくか』

 

 勝てるの?

 

『エルピダにパーティーリングを創らせて。それをマギアに付けさせる』

 

 遠くにいたエルピダに伝えると、私のパーティーリングを見て、マギアの指にそれを創った。

 

『パーティー登録して』

 

 何なのかわかってないマギアの手を取って、そのままパーティー登録する。

 目の前の男もその光景を珍しそうにぼんやりと見ていた。

 

『はい。これでもう勝てる』

「えっ、誰?」

 

 勝てるってどうやって。

 

『まず、マギアには不用意に動かないよう伝えて。できれば呼吸もしばらく止めてってね。まあ、聞こえてはいるだろうけど』

 

 シュウの声に驚くマギアに、とりあえずあまり動かないよう伝えた。

 

『うん。あとはそうだね。マギアのステータスを見ておくと良い。そこの歪んだ男にも同じ事を伝えて。エルピダはもっと離れろと言っといて』

 

 私がアピロに伝えると、アピロも「はぁ」とぼんやり返答した。

 エルピダはすでにフロアの一番端まで移動している。

 

『ほい』

 

 ――

 ・名前:マギア

 ・出身:人界(ウェラネ圏)

 ・レベル:351

 ・強さ:中級~上級

 ・能力:召喚契約、戦士の心、格闘技術

 ――

 

 おお、レベルがかなり上がってる。

 やっぱりダンジョンを攻略したせいだろう。

 前のレベルは覚えていないが十倍くらいまで上がってるんじゃないかろうか。

 でも、これでどうやってこの男に勝つんだ?

 

 シュウの返答はない。

 黙って見ておけということであろう。

 

 ――

 ・名前:マギア

 ・出身:人界(ウェラネ圏)

 ・レベル:999

 ・強さ:超上級

 ・能力:召喚契約、戦士の心、格闘技術、平凡の到達点

 ――

 

 理解ができなかったが、レベルがなんか上がったな。

 それに能力も増えている気がする。

 

『この世界のレベルには一定の段階で壁がある。最初は99。これはちょっと実戦を経れば超えられる。次がこの999だ。ここが一つの世界での頂点になるだろう。次のステップに進もう』

 

 ――

 ・名前:マギア

 ・出身:人界(ウェラネ圏)

 ・レベル:9999

 ・強さ:極限級

 ・能力:召喚契約、戦士の心、格闘技術、到達者

 ――

 

「なんだ、それ……」

 

 目の前の男が目を見開いた。

 

『これが第二の壁。六千くらいから必要な経験値量が増えて、ここで極大を迎える。おそらくこれを超えるにはいくつもの世界を渡り歩いて、発狂するほどの経験と知識を得る必要がある。生命体の一つのゴールとも言える。でも、まだ先はあるんだ』

 

 ――

 ・名前:マギア

 ・出身:人界(ウェラネ圏)

 ・レベル:99999

 ・強さ:-

 ・能力:召喚契約、戦士の心、格闘技術、極

 ――

 

 私は何も言えなかったし、目の前の男も何も言わない。

 

『ここまで来るともう強さで例えるものがない。どうやったらこの領域に達することができるのかもわからない。はっきり言って、生物が到達できないであろう領域だ。次へ行こうか』

 

 ――

 ・名前:繝槭ぐ繧「

 ・出身:莠コ逡鯉シ医え繧ァ繝ゥ繝榊恟?

 ・レベル:9999999

 ・強さ:-

 ・能力:蜿ャ蝟壼・醍エ??∵姶螢ォ縺ョ蠢??∵?シ髣俶橿陦薙?讌オ

 ――

 

『ほれ、二桁も増やしてやったぞ。あ、でも駄目だ。世界に当てはめられてたレベルの上限すら超えたね。表示がバグっちまった。ここでやめとこう。マギアよ、これより先まばたきを禁ずる。するなよ、絶対にするなよ。振りじゃないから、これ』

 

 やばい気配を感じる。

 アピロからではない。息を止めているマギアからだ。

 いつまで息を止めてればいいんだろうといった様子で私を見てくる。

 得たいのしれないシュウの声にも律儀に従い、瞬きもしないよう努めている気配を感じる。

 

「ずるいぞ……」

 

 アピロがおもむろに席を立った。

 

「僕がここに来るまで、どれだけ大変だったと思ってる。何を犠牲にしたと……」

 

 男は涙を流していた。

 拳は硬く握られ、顔は怒りに震えている。

 

「レベルのために、友も、仲間も、家族も、世界だって犠牲にした。世界をねじ曲げ、歪めて、何度も折って重ねて築き上げ、何億……何十億の夜を越えてきた。9999(これ)はその成果なんだ。それを――」

 

 どうやってかは知らないが、アピロは手から剣を出した。ねじ曲がった歪な剣だ。

 歪んだ剣を構える彼から感じる気配は尋常ではない。やばさがひしひしと伝わってくる。

 しかし、それよりもマギアの方から感じる気配のがよほどやばい。少なくとも近くにいたくない。

 

「そんなの卑怯者じゃあないか――ねじ曲げてやる」

 

 そう言って彼は斬りかかった。

 速かった。見えなかった。気づけばマギアの前にいて斬りかかっていた。

 マギアの首を狙った剣の刃が、首に触れた瞬間に折れて天井へ突き刺さった。

 突き刺さった天井が、ぐにゃりとねじ曲がっていく。

 ようやくマギアも何をされたのか把握したらしい。

 

「っ?!」

 

 彼女も息を止め続けるわけにはいかず、動きを見せた。

 おそらく何らかの声を発したのだろう。

 

 ……何が起きたのかは正直に言ってわからない。

 

 気づけば私は吹き飛んでいた。壁をいくつかぶち破り、空を飛んでいた。飛んでいるというか落ちている。

 シュウが落下防止用のチートで落ちる速さをゆるやかにしてくれたのだ。

 

 先ほどまでいた建物を見ながらゆっくり降りていく。

 ビルの高さは半分以下になっていた。今もぼろぼろと崩れていっている。

 ウェラネ圏の象徴は崩壊してしまったのだ。

 

『やっばいね。声だけでこれか。ちょっとレベルを上げすぎたね。良かった。エルピダも離れてたから生きてる。ちょっと中に戻ってみて』

 

 地面に降りた後で、大爆発が起きた建物にジャンプして入る。

 外もひどかったが中はより一層ひどい。壁と床がぶち抜かれ、かろうじて数本の柱が見えるだけだ。。

 マギアは元のフロアにいなかった。というよりも、元のフロアがなかった。

 爆心地の真下に何が起きたのかまるでわかってない様子で彼女はぺたりと座り込んでいた。

 

『突き飛ばしまでしなくてもタッチで十分だったのに』

 

 アピロがいたであろう方角を見れば、遙か遠くまで穴が開いていた。

 雲に穴が開き、そこだけ青空じゃなくて、真っ黒な穴が見えてしまってる。

 

『大気を突き破ったね。宇宙空間がそのまま見えちゃってる。すぐに塞がるから大丈夫』

 

 大丈夫の基準が私とはだいぶ違うようだな。

 それでアピロはどうなったんだ。

 

『アピロなら消し飛んだよ。法則すら消し飛ばす一撃だ。復活すらない。指が触れた瞬間に消し飛んじまった。ああ、マギアのレベルはもう元に戻したから安全だよ』

 

 笑いながらシュウは話す。

 

『さて、ここからだね』

 

 まだ何かあるのか?

 いや、確かにこれをどう説明するかは大変そうだな。

 

『いやいや。さっきのは茶番で、むしろここからが本番。世界はねじ曲がってたけど、それを文字通り曲がりなりに維持してたのがアピロなんだ。あいつが文字通り消滅したから、世界は現在の状態を維持できなくなる。世界の崩壊だ』

 

 やばくない?

 

『とてもやばい。さて、エルピダの活躍が見られるかな』

 

 肝心のエルピダは、いつのまにかマギアの横に立っている。

 マギアは完全に上の空だが、エルピダもまた空を見上げ、ぼんやりしている様子だ。

 

『世界のブレを感じてるはず。そろそろ時空震が来るから無敵を使うね。先に言っとくけど、エルピダが失敗したら元の世界に直帰するから』

 

 ……その場合、この世界はどうなるの?

 

『折りたたんだ紙を開いていけば、ただの一枚には戻るけど折った跡が残る。そんな感じ』

 

 具体的には?

 

『複数の世界が一つに戻るときに、大規模な時空震が起きる。時空震に耐えられない奴は死ぬ。時空震で生き残っても、世界の結合修正がおこなわれて、今度は物理的な大地震が全世界で起きる。境界線付近と沿岸地は壊滅。内陸部も地割れと建物の倒壊でただじゃ済まない』

 

 要するに壊滅的な被害が出て、たくさん死ぬってことだな。

 

『そうだね』

 

 成功率を高めるためにチートは?

 

『使わない……。おっと、勘違いしないでよ。そもそもこの理論が間違ってたらチートがあろうがなかろうが関係ない。どっちみち破滅は防げないからね。もしも正しいならなんとかなる。こちらもチートがあろうとなかろうとさほど関係ないんだ。必要なスキルはもうあるし、レベルがどれだけあってもさほど変わらない。重要なのは、エルピダが世界を感じ取ることができるかどうかだから』

 

 さっぱりわからんが、成功率は高いのか?

 

『意味のない質問だ。高かろうが低かろうが、もう俺たちにできることは何もない。ただエルピダに懸けるのみ』

 

 エルピダが目を見開いた。

 緑色の瞳が右に左にとぐるぐる動く。首も動かして、体も動かしてと忙しい。

 

『いいね。きちんと見てる。特異点が消滅して世界がどう動こうとしてるのかをね』

 

 私はただ挙動不審になっているようにしか見えないんだがな。

 今さらだが、なるべく簡便に、あのメモに何が書いてあったのか教えてくれ。

 

『……ほんと今さらだ。簡便ねぇ。まず、なんであんなメモを書くに至ったのかを話そうかな。あれの元ネタはね。ある一瞬に超短時間で発動する魔法の効果を、精確に補足して、かつ時間をその一瞬で止めて、魔法にかかっている人の世界と現実の世界をひっくり返すってもんなんだ』

 

 すごそうだな。よくわからんけど……。

 

『これのすごさはさておき、一つ大問題があった。その魔法は特殊でね。ある存在があるから効果が発揮できてたんだ。その魔法世界の特異点ともいう。元ネタを考えた奴らは、この特異点が消えたときのことを何一つとして考えてなかったし、対策も打ってなかった。実際には考えてただろうけど、そのアイデアは残ってなかった』

 

 なんで?

 ある存在がいてこそ効果があったんだろ。

 もしもそのある存在が、どうかなったらどうするんだ?

 

『そのある存在は、その魔法の世界では神に等しいものなんだ。無論、どうにかなる確率はゼロじゃないけど、そんな低い可能性は無視して良かった。それよりも他のところに労力を割くべきだろうからね』

 

 そうだろうな。

 

『時は過ぎて、世界の逆転は無事に成功した。しかし、ある存在がメル姐さんの危惧通りその後で消滅。ほんとどうなるかわからなかったけど、その世界は消えて、またしても世界は逆転し、なんとか元の状態に戻った。ちょっと異常も起きてたけどね』

 

 良いことじゃないか。

 

『ほんとにね。一度作った世界を無理に消したら、その後始末の方が大変なんだ。あのときは奇跡的にうまくいったけど、下手したらどちらの世界も消えてたかもしれない。だからね。俺は――もしもある存在が消えた後でも、魔法の世界を維持する方法があったんじゃないかと考えた。どうやったら元の世界がきちんと存在して、魔法の世界も変わらず存在できてたのかな、と』

 

 それを書いたのがあのメモってわけだな。

 しかしだ。聞いている感じだと、とてつもなく難しそうな話じゃないか。

 世界やら特異点やら存在がどうのこうのって。本当にエルピダにできることなのか。

 

『言葉だけ捉えると難しく聞こえる。実際、あのメモは難しい言葉で書いてある。でも書かれてること自体はそんな難しいことじゃない。ある意味、当然のことというかね』

 

 当然のこと?

 

『世界も一つの人……生き物なんだ。メル姐さんが見てきたようにそれぞれの世界にはそれぞれの個性あったよね。アイテム結晶が出る世界、魔物が素材になる世界、自らの分身体が作れる世界、カードが出てくる世界ってね。で、世界にはそれぞれの個性を示す重要な物がある。アイテム結晶、素材、分身体、カードとかね。それを超極端にしたのがさっきから出てる特異点なんだ。例外という意味の特異点じゃなくて、世界を特徴づける一点という意味での特異点。さて、ここで質問だけど、もしもこの特異点がなくなったら世界はどうなるか?』

 

 なくなるんでしょ。

 生物で例えるなら死ぬようなもんだ。

 

『ほんとにそう? メル姐さんは馬鹿だけど、馬鹿じゃなくなったらメル姐さんは死ぬ?』

 

 それは例えが悪いと思う。

 

『メル姐さんの個性は死ぬけど、メル姐さんが死ぬわけじゃない。賢いメル姐さんとして生き続ける』

 

 ちょっと考えづらいな。

 

『そこなんだよ。まさに「考えづらい」ことが重要なんだ。際立つ特異点のせいで、世界自体が、特異点のない自分(世界)をちょっと考えづらくなってる。まさに今も、この世界がアピロに歪められて、歪みを維持されてたから、アピロがおらず歪みの維持されてない自分(世界)を考えられなくなってるんだ』

 

 まさにそのとおりじゃないのか。

 お前もさっきそう言っただろ。

 

『言ったよ。でもね。一度できあがった世界ってのはそんなやわじゃない。元の状態を維持しようとする力がある。ダンジョンがそれだ。出来たてならまだしも、時間が十分に経てばきちんと維持される。この世界もそう。確かにアピロが維持してた部分はあったけど、そこがなくなったマイナス分を打ち消すだけの維持力がすでにこの世界にはあるはず。それならやることはとても簡単で単純だ』

 

 それは?

 

『世界君が自分自身を認めるように伝える。アピロがいなくても、奴が世界を維持してなくても、世界君は立派に世界をやってるよって励ます。それはもうひたすらに元気づけるというのかな。「新しい世界君に向けてスタートしようぜ。アピロちゃんだけが全てじゃないよ。もっと広い視点を持とうぜ。次があるさ」って』

 

 なんか失恋した奴の慰めになってないか?

 

『ほぼそれだよ。恋をしてるときはそいつだけしか見えてない。他にもいくらでも可能性があるのにね。自ら世界を狭めてる。視野狭窄なんだ。そんでもって失恋して今度は何も見えてない自暴自棄状態。そんな世界君に寄り添って励まして立ち直らせる。それがあのメモのおおざっぱな概要だね』

 

 なんかできそうな話になってきたな。

 

『具体的には、魔力で伝えることになるんで技術は必要。これは「魔法の知識」と「魔/法」、「魔眼」があればいける。あとはどう伝えるかだね。それは俺があれこれと助言するよりも、この世界に生きてる住人として、きちんと世界君に我々にはあなたが必要ですって伝えれば良い』

 

 伝わらなかったら?

 

『住人の声を聞くこともできない狭量の世界は、消えてしまった方が良いんじゃないかな? でも、もしも俺のアイデアが間違ってたっていうなら、まあそのときは――元の世界で笑ってごまかすかな』

 

 ちゃっかり安全なところに逃げてるところが罪深いな。

 この世界の住人はお前を許さないと思うぞ。絶対に恨まれる。

 

『そんな恨みは知ったことじゃねぇ。お前らの世界だろ。お前らでなんとかしろってのが本音だね』

 

 …………それもそうだな。

 私も同じことを言うかもしれない。

 

『メル姐さんの場合は責任放棄でしょ。でも、その心配は要らなかったね』

 

 声や視界が元の状態に戻っていく。

 どうも無敵を消したようだ。ということは。

 

『成功した。世界は安定を保ってる』

 

 エルピダは疲れ切った様子でマギアへ倒れた。

 世界は崩壊の危機を迎え、そして脱した――誰も気づかないうちに。

 

 

 

Level 7.別れの挨拶

 

 数日が経って、私は完全に飽きていた。

 トンネルがまったく出てこない。

 

『そのうち出てくるようになるだろうけど、以前のサイクルでは出ないだろうね』

 

 ただでさえ物足りないのに、出なくなってしまったならもう帰るだけだな。

 

『帰るなら、挨拶だけはしていこう』

 

 そうだな。

 

 ベッドで寝ているお嬢様を揺らす。

 

「なぁにぃ~?」

 

 瞼を開けて、ぼんやりしたお嬢様に声をかける。

 

 私はもう元の世界に帰る。

 短い間だったが世話になったな。

 

「うぅ~ん。早く帰ってきなさいねぇ」

 

 またしても瞼を閉じて眠ってしまう。声をかけるなと掛け布団を頭にまでかけてしまう。

 よし、静かに別れることができてよかった。

 

 

 次に私はマギアの部屋へ向かった。

 マギアはすでに目を覚ましており、自身の剣を磨いていた。

 

 おはようございますという挨拶から、嫌な顔を一つもせず「どうぞ」と迎え入れてくれる。

 私は召喚される人間を間違えてしまったようだな。

 

 元の世界に帰ると話をしたら、少し淋しそうな顔をして、クッキーを土産にくれた。

 それといろいろとありがとうと、重ねて礼を言われた。

 

『正直、彼女には悪いことをした。俺は彼女にだけは頭を下げて謝りたい』

 

 アピロを殺させて、圏庁を大爆発させたんだもんな。

 後からの説明が非常に大変で、彼女は深夜どころか朝まで拘束されたらしい。

 

『いや、それはどうでも良い。むしろそれは礼を言われても良いくらい。世界を歪めた奴を、一人の犠牲も出さず消し去ったんだから』

 

 じゃあ、何を謝るんだ。

 

『……これ』

 

 ――

 ・名前:マギ繧「

 ・出身:莠コ界(ウェラネ圏)

 ・レベル:841

 ・強さ:上級

 ・能力:召喚契約、ォ縺ョ蠢??∵闘技術、歪みを正した者

 ――

 

 何これ、文字がおかしいぞ。

 前もこうなってたよな。直したんじゃなかったのか。

 

『レベルを元に戻したんだけど、アピロを倒して、ステータスが変わっててね。きちんと元に戻せなくなったというか。元の配列がわからなくなったというか。とにかく一部が元に戻せなくなった。生活には支障ない』

 

 あらら。まぁ、これくらいならいいんじゃね。

 能力の「歪みを正した者」ってアピロを倒したってことだろ。これはそのままなのか。

 

『消そうとしたんだけどね。消したらステータスがすごいバグって、首の裏から触手が生えてきちゃったんだ。「こりゃまずい」って気づかれる前に付け直した。レベルはすごい上がるし、能力もやばすぎるってこともないからプレゼントしようかな、と』

 

 上手く消せないだけだろ。

 ちなみに効果はどんななんだ?

 

『歪曲持ちへの強制消滅と、歪曲剣の利用』

 

 前半はともかく、後半がやばそうなんだが、歪曲剣ってあれだろ。

 あいつが持ってた変な剣でしょ。

 

『そう。剣自体はかなりやばいんだけど、生成のやり方を知らないと利用できない。マギアじゃ生成できない』

 

 まあ、彼女にはそんなものは必要ないだろう。

 表示はおかしいが、どうかまっすぐに生きて欲しいものだ。

 

 

 最後の相手は、こちらが出向くまでもなくやってきた。

 座っている私の横までやってきて、いつものごとく本をくれと手を伸ばしてくる。

 

『いいよ。いいとも。いくらでもくれてやろう!』

 

 シュウは笑いながら、楽しげに本をやろうと声をあげる。

 

『マギアに謝罪なら、エルピダには礼だ。それだけのことをこいつはしてくれた。俺だけじゃなく、世界中から礼を尽くされるべきだ。それにも関わらず、誰に誇ることもなく、ただ本だけを求める――大馬鹿者で酔狂な奴だ』

 

 言い方は悪いものの、機嫌はとてつもなく良い。

 鼻歌交じりで、次から次へと本を取り出してエルピダに渡していく。

 

『「ヤバ=異本」に、「ダンジョン百景:永久保存版」、「根暗の巫女ン」……「みんなの魔法陣:写本」もいちおう渡しておくか』

 

 エルピダもたいそう喜んで、本棚の未読スペースに本を次々と並べていく。

 お気に入りのところには、過去に私の渡した本がちゃんと置かれていた。

 

『あ、そうだ……。黒紙番地の「活躍」を全部あげて』

 

 いいのか?

 

『いいよ。きっと気に入ってくれる』

 

 取り出した黒い表紙に、エルピダはぴくりと震えた。

 以前、渡した黒い表紙で、ややトラウマを埋め込まれてしまったらしい。

 

 そんなに警戒する物じゃない。

 見ればすぐにわかる。ただし、私のいないところで読んでくれ。

 

 エルピダは黒い表紙をめくった。

 おいおい、私の前で読むなと言ったにもかかわらず、いきなり開きやがったぞ。

 

 開いてすらすらと読み始め、すたすた歩いてソファに座る。

 そこで続きを読んでいっているが、ところどころで読むのをやめて考えている。

 あれ、そんな難しいところがあるっけ。

 

『あると思うよ』

 

 黒紙番地の「活躍」は、冒険者ギルドが発行している旬報や号外をまとめている。

 それ以外の号外やらチラシも入っているのだが、あまり語りたくはない。

 

『最初から最後までちゃんと入ってるからね――メル姐さんの活躍が』

 

 私が、こいつと会ってから、私が記事に出てきた分はほぼ全部入っている。

 良い活躍もあるが、悪い方も多分にある。悪い方が多い。

 

 これを渡すのは少し淋しい思いもあるが、どうせ読まないなら別にかまわない。

 それに書かれていることは、珍しく私も覚えていることが多い。

 

 しかし、なぜこれをこいつに渡したんだ?

 

『いくつかあるけど、一番大きな理由だけ言うと、これは普通には読めないんだ。世界が違うし、書かれた本人がここにいる。きちんと読むためには、想像しないといけない。どうしてこんなことをしたのか、どうしてこんなことが書かれてしまったのか、書かれてるのがどういう世界なのかってね。それはきっと――とても楽しいんじゃないかって思うんだ』

 

 そうかもしれないな。

 挑んだことのないダンジョンを想像するのはとても楽しい。

 

 彼女が少しでもダンジョンを好きになってくれれば私も嬉しいというものだ。

 

 

 

 こうして私はマギアの部屋を出た。

 特に感慨の湧かない寮を出て、校舎の廊下を歩き、闘技場へと進む。

 

 広々とした空間に私だけがたたずんでいる。

 別にここじゃないといけないわけじゃないが、ここが一番落ち着くからここにした。

 

『じゃあ、帰るよ』

 

 ああ、私は頭の痛みに備えて膝を地面につけた。

 世界が歪んできて……、あれ、今回は頭があんまり痛くないな。

 

『うん。アピロを倒したときにパーティー組んでたでしょ。それでこっちもスキルがいくつか手に入ったんだ。「時空震-」だね』

 

 マイナスなの?

 どういう効果なんだ。

 

『-は時空の揺れへのそこそこの耐性と考えてもらえれば良い。酔い止めだね。ちなみに無印もあるし。+だってある。でも、-がちょうど良いと思う。無印だと揺れを感じなくなるからね。危険に気づけない。プラスに至っては自ら時空震を起こせる。でも、使うべき相手と状況はとてつもなく少ないから、そのときだけ付ければいいかなって』

 

 私もそれで良いと思う。+の判断はいつもどおり任せる。

 ここ最近で手に入れたスキルでは一番ありがたいスキルだな。

 

 頭がずきりと痛み、景色が急変した。

 目の前に飲み屋の看板があって、酔っ払ったおっさんが出入り口から出てきたところだった。

 

 あれ、今回は宙に浮いたりとか景色が歪んで変わったりとかしないの?

 すごい、なんだろう……いきなり景色が変わったんだけど。

 

『いつもどおりだよ。えっ? 普段はそんな感じだったの? はぁー、なるほど。それは新しい研究テーマになるね。次に転移するときがあれば耐性外すから、どういうふうに感じたか具体的に説明して』

 

 いや、耐性は絶対に外すな。

 そもそも、しばらくは異世界に行きたくない。ダンジョンに行きたい。

 

 

 異世界に行ったことも忘れるぐらいになったころ、私は不思議な夢を見た。

 よく覚えていないが、金髪のすごく大人びたエルフとシュウが何かを真剣に話しあっている夢だ。

 私は近くの机で、夢の中なのにうっつらうっつらしているというよくわからない状況だった気がする。

 

 そこで寝落ちしたとおもったら、ベッドで目が覚めた。

 目が覚めると、何か変な箱が枕元に置かれていた。

 かなりでかい。犬や猫なら二匹は入れられる。

 

 なんだこれ?

 私が置いたんだっけ?

 

『いや、さっき出現した』

 

 なにそれ怖い。

 

『危険な反応はない。とりま、開けてみて』

 

 恐る恐る箱を開けると、中には一枚の紙と文字が書かれていた。

 私にはまったく読めない文字だ。

 

『なるほどね。やるじゃん』

 

 納得してないで説明してくれ。

 

『エルピダからだよ。覚えてる? 召喚獣の世界にいた本好きのやつ』

 

 それは珍しく覚えてる。

 

『そいつが「もらった本は全て読み終わった。また何かくれ」って書いてる。箱に入れて蓋を閉じたら、向こうの世界に転移される仕組みだね。非常に良くできてる。使い方を誤ってる気がするけど、まあ、いいや、彼女らしい。いくつかプレゼントしよう』

 

 それだけか?

 その割には文字がたくさん書かれてるぞ。

 

『詳しく言うともうちょっといろいろ書いてある。でも、もはや意味のない文章。過去のことだ。気にしなくても良い』

 

 それだけ言って、入れる本を私に伝えてくる。

 最近の冒険者旬報やシュウが気になって買った本。

 ダンジョンから手に入れたよくわからないアイテムも入れた。

 

 

 その後も、忘れたころにこの箱が届くようになった。

 マギアも私に手紙を書いてくれ、あちらの近況を教えてくれている。

 たとえ一時の冒険でも、こうやって手紙が届き、繋がりが残るのは良いことだなと感じる。

 

 ――だが、やめて欲しいこともある。

 

 気持ちはわかるし、喧嘩をしたのも重々承知ではある。

 

「メル! あなた今までどこへ! どうして私はこんなところに――」

 

 そのまま箱の蓋をサッと閉じ、受け取りを拒否して元の世界に送り返した。

 

 

 

 お嬢様(爆弾)を箱に詰めて送ってくるのはどうか御免被りたい。


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