チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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 冬ごろに「小説家になろう」で書いていた、
 名前がやたら長い外伝の補足部分が大きい話です。
 (タイトルがそぐわなかったので、こちらには載せてない)

 外伝を読んでからの方が楽しめるかも。
 というか、読まないとわからないかもしれない。
 読んでもわからない可能性も否定できないほどにある。
 むしろ、こちらを読んでからの方が外伝を楽しめるんじゃないか、とも。
 あるいは、外伝は読まない方が良いとすら今なら思えてくる。

 ……もう、各自の好きにすればいいんじゃないかな。


蛇足27.5話「MAJIYARUKI.ZERO」

0.ダンジョンへ

 

 遠くにうかぶ雲をぼんやり見ながら歩いているとシュウがいきなり喋った。

 

『紆余曲折ありましたが、メル姐さんは今から――ダンジョンに行きます!』

 

 ……うん?

 元からダンジョンに行く予定だっただろ。

 紆余曲折なんてないぞ。なぜ、そんな声高々と宣言するんだ。

 

『ダンジョンへ行く世界線なんて、存在しませんでした。別のところへ行く予定でした』

 

 別のところってどこだよ。

 

『異世界です。まず最初がスチームパンクの世界』

 

 スチームパック?

 

『スチームパンク。蒸気と機械が進化していった世界かな』

 

 よくわからんな。

 ダンジョンはあるの?

 

『ない』

 

 クソみたいな世界だな。

 

『メル姐さんは今、全世界SFマニアの五パーセント強を敵に回した。まぁ、いいや。で、次に大ロボットがある世界に行く予定だった』

 

 大きなロボット?

 ロボットってお前がたまに話すアレでしょ。

 光の剣を持って戦う、鉄だかなんだかの戦士がどうとかこうとか。

 

『ガン○ムをロボットと呼ぶかどうかを、ここで議論する気はないけど、だいたいそう』

 

 で、ダンジョンは?

 

『ない』

 

 ゴミのような世界だな。

 

『メル姐さんは、俺の国にいるロボ好きのおおよそ十七パーセントを敵に回した』

 

 多いのか少ないのかよくわからん。

 なんかどっちの世界も機械が出てくるな。

 

『うん。奴も気づいた。いったん機械から離れて、人がいない世界に行く予定になった』

 

 ダンジョンは?

 

『ない。代わりに変なモンスターが世界にはびこっているから実質ダンジョン』

 

 それならまだいいな。

 

『で、過去に人がいた形跡があって、人が残した喋る機械と出会うはずだった』

 

 けっきょく機械じゃん。

 

『そうなんだ。奴はまたもや気づいてしまった。んでもって、もう人間も、変な生物も、ロボットも何もかもが一切ない世界に行くことになった』

 

 そうなの。

 でも、どうなんだ?

 さっさと帰って終わりそうだが。

 

『うん。何もないところで話を作る実力なんて奴にはなかったんだ。ここまで話した世界をそれぞれ一万字以上は書いて、めでたく全部没になった。ロボットの世界は六万字まで行ったのになぁ。ロボのチートサーベル攻撃で大陸を真っ二つにしたところで、ようやく「これはいかんだろ」と我に返った。そのまま突き進めば良かったのに……』

 

 機械だかロボットだかから離れると言ってるわりに、すごい未練を感じる。

 

『とどめが外伝だ。ついに、やっちまった。当時の流行りタイトルに便乗して、書き始めたは良いものの、序盤しか書いてなかったから、半ばでひぃひぃ言うことになった。ざまぁ。しかも、おまけを書きたい欲求ともう書きたくない意志が争い、一歩も進まない四ヶ月を過ごした。非生産的な日々だ』

 

 何が何だかわからんけど、けっきょくのところどうなったの?

 そもそも何の話をしてるんだ、これ。

 奴って誰なの?

 

『その結果がこれだよ。原点回帰して、俺達はダンジョンに行くことになった。どんな登場人物を出して、ストーリーのオチをどうするとかいろいろ考え始めたけど、もう全部面倒だ。とにかく外伝でも出てきたダンジョンに行って攻略する。最悪、オチがなくてもダンジョンの日常系というジャンルってことでいいやってね。どっちつかずな中途半端な話だ。俺は日常系が嫌いなんだよ。……とりあえず始めれば、なるようになるだろ。やる気はないけど』

 

 そのとおりだ。

 心配することはない。

 ダンジョンに行けばなるようになる。

 やはりダンジョンなんだ。ダンジョンなんだよなぁ。

 

 さあ、行くぞ。

 

 まだ見ぬダンジョンへ。

 

 

 

1.ペルパン洞窟と訓練生

 

 都市圏ドクサにはダンジョンが二つある。

 

 一つは初級ダンジョン――ペルパン洞窟だ。

 こちらはスタンダードな初級ダンジョンで、中級への第一歩として知名度が高い。

 ペルパン洞窟の近くには、冒険者養成校なるものがあり、冒険者の卵たちが日々鍛えているらしい。

 

『おい待て、いきなりおかしいぞ。こんなダンジョンは外伝で出てきてない。あ、そういや、俺は最初、このダンジョンの名前がペニパン洞窟って聞こえてね。思わずにっこりしちゃったよ』

 

 ふーん。

 それより実際のところ冒険者養成校ってどうなの?

 あんまり良い噂を聞かないぞ。

 

『俺はね。このダンジョンをペニ――』

 

 冒険者養成学校の話を聞かせて。

 

『そこそこの力と知能があるなら、悪くない選択肢。食いっぱぐれがなくなるからね』

 

 冒険者で食いっぱぐれがないとかありえないだろ。

 ダンジョンに行けばすぐに怪我をする。体の一部が欠損など珍しいことじゃない。

 仮にそこそこの力があっても、中級程度ならまだ安定して食っていけるとは言えない。

 中級の上位から上級の下位あたりが一番競争率が高いはずだ。

 

『ティミ冒険者養成校のパトロンがどこか知ってる?』

 

 そりゃ、冒険者ギルドでしょ。

 

『半分は冒険者ギルド。もう半分は国だよ。初期段階はね』

 

 国も出してるの?

 

『そうだよ。国の兵士にもなれるんだ。わかる? 腕っ節はあるけど学費が払えない奴は、卒業後に国の兵士という役務を負わされて払わされるの』

 

 それってどうなの?

 

『この養成校では対人だけじゃなくて、対モンスターの知識も得られる。それに世の中全般の教養もたたき込まれる。切磋琢磨することで人格も陶冶される。悪く言えば、ゴミみたいな性格は矯正される。兵士としては十分堪えられる』

 

 いや。そういうことじゃなくてだな。

 冒険者になるために、冒険者養成校に入るんじゃないの?

 

『当初はそうだった。でも、今はもうそんな奴あんまりいないんじゃないかな。この養成校は最初の段階で大失敗したんだ』

 

 大失敗?

 

『自分で言ったでしょ。あんまり良い噂を聞かないって。その当時の話だね。国の出資が大きすぎてね。結果を求めすぎたんだ。悪いことに訓練の基礎を考えたのがキチ○イコンビで、しかも第一期生に超大当たりが一人いたもんだから訓練の基準があまりにも高くなりすぎた。一期生二十人のうち、今も生きてるのは一人だけ。二期生は二人』

 

 えっ……。

 それだけ?

 

『うん。この生き残った三人は誰もが有名人。メル姐さんも知ってるはず。ちなみに三期生に至ってはゼロなんだぞっ』

 

 可愛く言ってるけど、内容がどぎつかった。

 ゼロって、ほんとに?

 

『国の幹部は今も尾を引いてる。まぁ、最初の三人を排出した時点で、ある種の成功とも言えるね』

 

 そんな施設、今もやってていいの?

 

『良いわけないでしょ。当時はそれでも馬鹿どもがブレーキをかけないから、最後はギルド本部長令どころか王令まで出た。結果、方針を大きく変えたんだ。完璧な戦士の作製をやめて、幅広い環境で生き抜ける兵士を育てることになった。魔術師ギルドとその他の組織から出資も募って国の出資率を大幅に下げた。ついでに、当初は訓練校だけ隔離されて中の様子がわからなかったけど、今は訓練校を中心に街ができてる。街の人間に訓練校を監視させてるんだ。現状はすごくまともだよ。この国でも上位の育成機関だと思う。教官たちも生え抜きだしね。一部区画を除いて』

 

 おい、最後に変な言葉を付け足すなよ。

 怖い話になっただろ。

 

『怖い話で間違いないんだよなぁ。俺もどうしようか迷ってる。潰してしまいたいけど、あの成果は捨てるに惜しい。独占できないかなぁ』

 

 意味深な呟きを残して、この話はここで終わった。

 

 

 

 都市圏ドクサは一つの都市ではなく、小さな街があちこちに点在し、それをまとめて都市圏と呼ばれる。

 冒険者養成校があるティミ区域の冒険者ギルドにやってくると、そこそこにぎわっていた。

 

 年齢層がかなり若い。

 どうも養成校の訓練生たちも来ている。

 依頼がどうのとか、ダンジョンの攻略方針をそれぞれ楽しげに、あるいは真剣に話している。

 

 賑わっている塊を回り込みつつカウンターへ行く。

 ペルパン洞窟の情報を購入し、シュウが記憶し、スペースを離れる直前で声がかけられた。

 

「訓練生とパーティーを組んで攻略すれば、ギルドから謝礼が出ますよ。どうされますか?」

 

 断る。

 私は一人でゆっくりじっくり攻略したいんだ。

 

「そうですか。もしも苦戦している訓練生を見つけたら助けてあげてください。報告していただければ、事実の確認後、謝礼が出ます」

 

 ほーん。

 なんか、すごいな……。サポートが異常に厚いぞ。

 

『ね。冒険者を育てるところじゃないって感じるでしょ』

 

 そうだな。ちょっと過保護すぎる。

 私の知ってる冒険者ギルドはもっと突き放した態度だ。

 

『時代の移り変わりかもね』

 

 言いたいことはなんとなくわかる。

 しかし、私のダンジョン攻略には無縁だ。

 

 ダンジョンへ行くことにしよう。

 

 

 

 洞窟の暗い道を進んでいるのだが、攻略パーティーが異常に多い。

 どこへ進んでも松明の明かりが見えるほどだ。

 

『訓練生は五人一組で挑むようにしてるね』

 

 そのようだな。

 すれ違う奴らがみんな五人組だ。

 

『上級生が一人。下級生が一人。あと間にそこそこのが三人。役割は全員違う』

 

 ふーむ。

 そこまでは気づかなかった。

 

『パーティーの中身をランダムに変えて挑ませるんだろうね。社会に出たらいろんな人と組まざるを得ないから』

 

 それもそうだな。

 その場限りのパーティーなんて珍しくない。

 相手の装備や実力に合わせて、うまく戦えることは大切だ。私はできないが。

 

 ときどき訓練生ではない冒険パーティーもいる。腕に腕章を着けている。

 彼らは見回り冒険者というようで、苦戦している訓練生の補助をしているようだ。

 訓練生らの補助をすることで、ギルドから謝礼金が出ており、それで生計を立てていると聞く。

 今も戦っている訓練生パーティーへ、見回り冒険者の男が近づき、後ろでもたついている魔法使いに助言をしていた。

 

『彼らの実力は高くない。せいぜい中級ってところだ。華がない。普通のダンジョンを攻略して食っていくのは厳しいだろうね』

 

 たしかにけっこう歳をくってるおっさん達だな。装備も際だって良くは見えない。

 それでもきちんと教えているように見えるぞ。

 

『ダンジョン攻略パーティーとしては微妙だけど、各自が手慣れてはいる。教え方が適切だよね。見るべき点や、やるべき点をきちんと伝えてる。距離感もいい。適度に近くにいるけど、べったりくっつきはしてない。何かあれば助けられる位置にいて、かといって訓練生たちが頼るには遠いと思わせる距離だ。あれなら依存はしないだろう』

 

 つまり?

 

『ここの指南パーティーとして文句なし。他で腐らせて死なすくらいなら、ここで活かすだけの価値はある』

 

 おぉ、けっこうレアな評価だ。

 いつもならけちょんけちょんにけなすのに。

 

『こういう冒険者の形もあるってことだね。このティミ区域が新しい冒険者の形を模索している場所でもある』

 

 考えさせられるな。

 

『嘘つけぇ。考える頭なんてないだろ~』

 

 はは。

 埋めちゃうぞ。

 

 

 シュウを地面に突き刺していると、横を通った訓練生パーティーが信じられないモノを見る目でこちらを見てくる。

 

 そりゃそうだよな。よく驚かれるんだ。

 こんな暗いところで松明も持たずにいたら、そりゃ驚く。

 

『違う。そこじゃない。それより、そいつらに前をきちんと見て歩けって伝えといて。絶対にこの先は油断するなってね』

 

 こっちを見るな。

 前を見て進め。

 

『言葉が足りてない。ま、いっか』

 

 コクコクと頷きながら、彼らは道を進んでいった。

 見えなくなると、すぐに戦闘音が響いてくる。叫び声も聞こえる。

 

『……あーあ、だから言ったのに。こんな馬鹿女に気を取られるから』

 

 どうしたの?

 

『道の先の曲がり角でモンスターが待ち伏せしてたんだ。気を抜いた愚かな前衛役がモンスターに殴られて倒れた。その後で、斥候役も負傷したね。バッカ、駄目だって闇雲に魔法を唱えたら』

 

 ここからは見えないが。

 

『見えなくてもだいたいわかる。地面の音がよく響いてくるんでね』

 

 それもそうだ。

 ほぼ完全に埋まってるもんな。

 

『上級生は支援役だったな。……ちょっと行ってあげて。ほんのわずかだけど責任を感じる』

 

 そうね。

 

 道を進んでみれば、三人の訓練生が土人形のモンスターに囲まれていた。

 倒れている一人と蹲る一人を守るように円陣を組んでいるが、モンスターの攻撃を凌ぐのがやっとに見える。

 

 囲んでいたモンスターを後ろから斬りつけて倒す。

 初級なので軽く斬るだけで終わる。モンスターは結晶だけ残して消え去った。

 

「ありがとうございます」

 

 杖を持った女が、私に礼を言い、すぐに詠唱を始めた。

 聞き覚えがある詠唱だ。たしか治癒だったはず。倒れた男を回復するのだろう。

 杖持ちの女が詠唱する横で、一人が負傷している男に声をかけ、もう一人はアイテム結晶を拾っている。

 

 なかなか手慣れた様子だな。

 すぐに回復魔法を唱え始めたぞ。立派なもんだ。

 

『駄目。手慣れてない。詠唱を止めさせて』

 

 よくわからないまま、女の肩を揺さぶって詠唱を止めた。

 

「なんですか?」

 

 ほんとなんなの?

 

『焦りすぎ。まずは深呼吸しよう。はい、吸ってー、吐いてー、また吸ってー、吐いてー』

 

 深呼吸だってよ。

 

 シュウの声に合わせて息を深く吸い、吐き出す。

 女も深呼吸まではしなくても、私に合わせて浅く呼吸をした。

 

『じゃあ、始めようか。なにより状況の確認が最優先。一つ目、ここはどこか? 君たちはどこにいる?』

 

 そのまま女に伝える。

 女は何かに気づいたようで周囲を見る。

 立っていた二人に周囲を見張るように指示を出した。

 

『目の前にいたモンスターが全てとは限らない。第二波に備えることが先決。アイテム結晶なんて今は二の次。で、次は負傷者の確認。すぐに回復魔法をかけるべきはどちらか。そもそも回復魔法をかけるべきか』

 

 シュウの言葉を復唱すると、女は負傷した二人を診る。

 女は詠唱をした。先ほどのような長い詠唱ではない。短縮詠唱ってやつだな。

 あれ? 回復じゃないのか。二人に変化がないぞ。

 

『戦える奴に補助をかけた。二人をすぐに回復させる必要なんてない。ここのモンスター程度なら見張り二人の能力を上げた方が効果的だ』

 

 続いて、女はまたしても魔法を詠唱し始める。

 先ほどよりもやや長めの詠唱だな。治癒魔法っぽい。

 

『斥候を回復するね。倒れてる男は特に出血もない。気絶してるだけだから後でいいんだ。意識のある奴を戦える水準まで回復させることが優先』

 

 その後は、復活した斥候も入れた三人が周囲を見張り、倒れた男が治癒され、無事に五人パーティーの形に戻った。

 

「ありがとうございました」

 

 五人から、あらためてお礼を言われる。

 

 気にするな。

 

『いやいや、気にした方が良いよ。パーティーのバランスがとても悪い』

 

 五人は剣士、斧使い、斥候、魔法使い、補助兼回復魔法使いである。

 倒れていたのは剣士で下級生。補助魔法を使うのが上級生。そのほかは中間だ。

 

 言うほどバランスが悪いか?

 むしろ良いと思うが。

 

『いや、間違いなく悪い。この組み合わせは誰が考えたの?』

 

 このパーティーは誰が組むと言いだしたんだ?

 

「タレンド教官です」

『タレンドって、あのタレンド? タレンドがこの組み合わせを?』

 

 私は聞いたことがないのだが、知ってるのか?

 

『まあ、戦士の界隈では有名だね』

 

 戦士の界隈……。

 暑苦しい光景しか思い浮かばない。

 

『うぅん? あぁ、そっか』

 

 何かに気づいた様子である。

 

『尋ねてみて、「右ルートから中央を通って、左の道から行け」と指示された?』

 

 尋ねてみると、五人はそのとおりだと頷く。

 女はその後をさらに続けた。

 

「ボスは倒さず迂回しろ」

『ボスは倒さない道を行け』

 

 二人の声がほぼ一致する。

 

『なるほどなるほど。油断せず適度にがんばって』

 

 え、もういいの。

 

『うん。もう用なし』

 

 こうして訓練生を見送った。

 シュウは理解したようだが私はさっぱりわかってない。

 これが街の話ならどうでもいいのだが、ダンジョンのことなので気になる。

 

『このダンジョンの全体像は覚えてる?』

 

 どうも私の疑問に答える気になったようだ。

 とりあえず質問には答えておく。

 

 入口と出口が別で、途中で分岐が四カ所あった。

 どの分岐もすぐに合流して、また次の分岐か、出口に繋がる。

 

『そうそう。串団子みたいなもんだね。それぞれの分岐で攻略パターンが違う』

 

 そうだったな。

 私は最初の分岐で、人通りが少ない右ルートに入った。まさにここだ。

 

『このルートはモンスターが少ないけど、小さな脇道や曲がり角が多いルート。さっきのジャリどもが食らったような不意打ちが多い』

 

 ジャリってお前。

 たしかに曲がり角は多いな。道も迷いそうだ。

 

『じゃあ、次、あのパーティーのロールはまだ覚えてる?』

 

 馬鹿にしすぎだろ。

 

 上級生の補助魔法使い兼回復魔法使い。

 下級生の剣士。これは倒れてた。

 後は魔法使いもいたな。魔法を使ってる印象はない。

 それに怪我をしていた斥候。斥候なのに後ろでぼんやりしてた印象だ。

 あと一人は……、なんだっけ? たしか斧を持ってたような。

 

『うん。持ってたね。珍しく正解』

 

 だよな。ほら、覚えてるぞ。

 お前はこのパーティーのバランスが悪いと言ったが、どこが悪いんだ。

 

 剣士と斧使いで前衛。

 斥候と補助魔法で中距離支援。

 魔法使いが遠距離から攻撃。

 

 バランスが取れている。

 挟まれても前衛が二手に分かれるだけで済む。

 

『ロールだけで見ちゃだめ。あのパーティーは、全体で見るとひどくバランスが悪い』

 

 お前が言うのは、性格とか戦い方の相性ってことだろ。

 あの組み合わせは、仲が悪いモノ同士だったってことか?

 それでもパーティーはいろいろな人と組み合わせるって言ったはずだ。

 仲が悪くても、組まないといけないときはあるはずじゃないか。

 

『ごもっとも』

 

 あっさりと認められ、かえって気が抜ける。

 

 あれ? 正しいの? 

 何か反論されると思ってたんだが。

 

『いや、間違ってない。言ってることは正しかった。ん? この女はほんとにメル姐さんか?』

 

 もっかい埋めるぞ。

 それで、お前はいったい何がバランスが悪いっていうんだ。

 

『ここまできたら気づいて欲しい。さらにヒントを出そう。あのパーティーさ。モンスターから不意打ちを受けてたよね』

 

 そうだな。

 怪我をしていたから助けた。

 でも、助けなくてもどうにかなってたかもな。

 

『なってたよ』

 

 だよな。

 けっこう接近戦もできてた。

 

『斥候がいたよね』

 

 うん。

 怪我をしてたけどな。

 

『こりゃ駄目だ。斥候がいてなんで不意打ちを食らうの』

 

 ……うん?

 あれ? ああ、暗闇から出た私に気を取られたからだろ。覚えてるぞ。

 

『ああ、もう。答えを言うよ』

 

 最初からそうして。

 めんどくさい奴だな。

 

『あのパーティーは人だけじゃなくて、ロールも変えてたの。全員が自分の得意なロールじゃないよ』

 

 え?

 

『彼ら本来のロールは、上級生の補助魔法使いが弓使い。下級生の剣士はもともと斥候。魔法使いはモンク。斥候は魔法使い。斧使いは補助魔法使いだね』

 

 そうだったの?

 

『必ずしも望む役割をこなせるわけじゃないからね。その実践でしょう』

 

 確かにそれならバランスが悪い。

 だが、そこまでするんだな。

 

『他の役割を体験することで、見えることやわかることもあるからね』

 

 それは、そうかもしれないがやりすぎじゃないか。

 

『そうでもない。その組み合わせでさっきのルートを行くと、自分の担うロールがどういう役目を果たすのか実感できる。ボスは厳しいから駄目だね』

 

 だから、ボスとは戦うなってことか。

 

『ついでに言うと、やっぱりメル姐さんがイレギュラーだった。驚いて油断したところで、実力の足りない剣士役の下級生が、本来のロールである斥候を果たそうとして曲がり角直後を一番に曲がり、まんまと不意打ちを食らった。近くにいた斥候役をするはずの魔法使いが接近戦に巻き込まれて負傷。モンクが前衛気分で魔法をぶっぱしてさらに混乱』

 

 だいたい私のせいだな。

 だが、元はと言えばお前が悪いんじゃないか。

 

『さもありなん。でも、ダンジョンでは、油断させたところを襲うモンスターも多い。それに人間世界ならなおさらそう。あれくらいで油断する方が悪いとも言える。良い勉強になっただろう』

 

 すごい上から目線だが、さもありなん。

 私たちは別に悪くないな。

 

 とりあえずダンジョンを攻略しよう。

 

『せやな』

 

 こうして私はソロの攻略に戻った。

 

 

 

 ダンジョンをクリアして、ギルドに報告へ向かう。

 素晴らしいダンジョン攻略だったな。今日はおいしいご飯と酒が飲みたい気分だ。

 すでに店は目星をつけている。

 

 シュウに言われた近道を歩いていると、曲がり角で人と鉢合わせをした。

 互いに互いを避けようとしてぶつかってしまう。

 

 おっと、すまん。

「ん、大丈夫」

 

 それだけ交わしてさっさと別れる。

 

『あれ? 今のって』

 

 振り返り、ぶつかった人物の後ろ姿を目で追う。

 すぐに姿が見えなくなった。白い髪がちょうど曲がり角で消えてしまう。

 

 女性だったな。背はそこそこ高い。私と同じくらいだったはず。

 私とぶつかってもよろけた様子はなかった。

 もしかして冒険者だったか?

 

 あっ!

 それで思い出した!

 話は変わるが、冒険者と言えば、ここって「チューリップ・ナイツ」の誰かの出身地じゃないか?

 ほら、超上級パーティーのチューリップ・ナイツは知ってるだろ。

 

『知ってるよ。正解だね。白騎士が冒険者養成校を出てる。それと話は変わってない』

 

 ん?

 まあいいや、白騎士ってインゼルだよな。

 やっぱり冒険者養成校ってすごいじゃないか。

 あの超上級パーティーの一人を出してるんだから。

 

『彼女はね。冒険者養成校の栄えある第一期生だよ』

 

 えっ、彼女って第一期生だったの。

 じゃあ、もしかして――。

 

『うん。第一期生、唯一の生き残り。他の花の命を養分にして咲く花は、強く美しいね』

 

 嫌な言い方だな。

 それより、会うことができたりしないかな。

 たしかチューリップ・ナイツは普段は別々に行動してるだろ。

 インゼルはドクサ周辺で動いてるって聞くぞ。

 

『……ちなみに会ったらどうするの?』

 

 ふふふ、チューリップ・ナイツの特集冊子を持ってるんだ。

 

『そう、サインをもらうのね。運が良いのか悪いのかわからんね』

 

 うん?

 

『それより、その角を右に曲がるとすぐ冒険者ギルドだから』

 

 ああ、白騎士がギルドにいるかもしれないな。

 興奮してきたぞ。

 

 

 

 ギルドに着いたが白騎士はいなかった。

 報告をさっさと済ませ、特に他の用事もなく、外に出たところで例の五人組に会った。

 

「ダンジョンではありがとうございました」

 

 いや、気にするな。

 そちらもロールを変えてで大変だったな。

 

「はい。ですが、新しく見えたこともあります」

 

 それは良いことだ。

 ダンジョンは常に私たちの視界を広げてくれる。まったく素晴らしいな。

 

「ですね。どうですか? 一緒に食事でも」

 

 悪いんだが、私はこれから夕食に行くんだ。すまんな。

 

「いえ、それでしたら……え?」

『えぇ?』

 

 じゃあな、と振り返って、目的の方向へと歩み出す。

 外を通ったときにおいしそうな臭いが漂っていたんだよな。

 今日の晩飯はここにしようと、昼の時点で決めていた。

 

 

 

 ダンジョンが無事に攻略できて、今日も飯と酒がうまい。

 

 

 

 

2.ヘイデン・ファ・クランク集合邸宅に空き巣が一人

 

 

 都市圏ドクサにはダンジョンが二つある。

 

 一つは初級ダンジョン――ペルパン洞窟。

 

 そして、もう一つが上級ダンジョン――ヘイデン・ファ・クランク集合邸宅である。

 

 すでに目の前まで来ている。

 外から見ただけだとちょっと異常な豪邸。

 外にモンスターがいないので、邸宅の周囲をぐるっと一周する観光コースもあるほどだ。

 

 たしかに変な作りではある。

 前庭の中心に螺旋階段がぽつんとあったり、通路部分が屋根から突き出ていたりする。

 しかし、私もいろいろと変なダンジョンを見てきているので、前にもこんなのあったなくらいにしか思わない。

 

 すでにダンジョンの情報は手に入れている。

 さっそく挑んでみるとしよう。

 

『あ、ちょっと待って』

 

 扉に手をかける直前で待ったがかかった。

 

『はい。いいよ』

 

 それも一瞬で、すぐにゴーサインが出た。

 

 扉を押して開いていく。

 思ったよりも重いが、建て付けが悪いわけじゃない。

 軋んだ音はせず、ただただ扉に重みがある。

 

 扉の先は廊下だった。

 

 わぁ。

 

 思わず声が出る。

 聞いてはいたが、本当に聞いていたままの廊下だ。

 通常は入口の扉を開けば、広めのエントランスがあるものだがいきなり廊下。

 しかも――。

 

『めっちゃ捻れてる』

 

 廊下が捻れている。

 先に進めば進むほど、廊下が右回りにぐにゃりと捻れる。

 廊下の先に扉も見えるのだが、ほぼ上下が反対になっているくらい捻れている。

 どこかの街で食べたパンもこんなふうに捻れていた。味はおぼえてない。

 

『とりあえず進んでみたら』

 

 言われたとおり進んでみるが、捻れて見えるだけだな。

 歩いてみるとまっすぐだ。進めば視界も捻れてきて気持ち悪さはある。

 進むほど上下が逆転して、壁や天井を歩くことになると思っていたのだがそんなことはない。

 

 振り返ると入ってきた扉が、反対側に捻れて見えている。

 捻れている以外では、きれいな廊下ということくらいだな。

 

 もともとどこかの貴族様が作った生粋のお屋敷らしいのでかなり綺麗だ。

 高そうな調度品もあちこちに飾られている。ちなみにこれはダンジョンから持って帰れないらしい。

 ダンジョンどころか一定のエリアを越えると調度品が消えてなくなるとか。

 壊しても、次に来るときには復元されているらしい。

 すごいダンジョンだな。

 

『この廊下に置いてあるやつだけでも、然るべきところに売れば、しばらく遊んで暮らせるよ。もちろん持って帰れればだけどね』

 

 本当に高いもののようだ。

 そして、この高価な調度品がこのダンジョンのとある特徴を作り出している。

 

 廊下の扉を抜けると、寝室にたどり着く。

 そこにはメイド型のモンスターがベッドメイクをしている最中だった。

 

 私を見ると、手にシーツを持って襲いかかってくる。

 もちろん切り捨てる。一撃で終わった。この時点ではまだ弱いな。

 

 誰もいなくなった寝室に立ち尽くす。

 窓で良いんだよな。

 

『うん』

 

 大きめの窓に足をかけると、またしても廊下に繋がった。

 今度の廊下もやはり捻れているし、扉も最初より多く、執事やメイドのモンスターがいる。

 どうしようか。

 

『最初は普通に攻略してみたら。ちょっと倒してみてよ。どうなるかを知っておきたい』

 

 そうだな。特殊は後にしよう。

 近くにいた、花瓶を持ったメイドをシュウで斬る。

 簡単に倒すことができたのだが、問題はメイドが持っていた花瓶だ。

 メイドが光に消えても、花瓶は消えない。床に落ちて、良い音を響かせて周囲に破片が散った。

 

 全てのモンスターがこちらを向いた。

 

 目は赤く血走り。

 体の周囲をやや薄黒い煙が纏っている。

 さらに、全員が猛烈な勢いでこちらに向かって走ってくる。

 

『速いねぇ~』

 

 何かおもしろかったようでシュウは笑っている。

 私もちょっとおもしろかった。こちらに向かっては来るのだが、全員が手に調度品を持ったままなのだ。

 しかも、それを手に持ったまま戦闘をしてくる。

 

 この状態は暴走状態と言われている。

 力も上がり、速くもなる。それでも元が弱いのでそれほど強くない。一度か二度斬れば倒せてしまう。

 まだ苦戦するほどじゃないな。

 

『暴走状態で力とスピードがだいたい倍。重ねがけはなし。情報のとおりだね。状態異常の保護がかかるのが厄介かな。普通のパーティーだと力押しはきついね』

 

 そうかもしれないな。

 私が見てもわかるくらいに身体能力が上がってた。

 

『けっこう前に、ここを力尽くのごり押しで攻略してた上級パーティーがいたらしい』

 

 ほぉ。

 けっこうすごいんじゃないか。

 

『まぁ、すごいとは思う。主に、使用武器と魔法がね。名前は「深淵と大鎌」だったかな。問題はその後だね』

 

 その後というと?

 

『超上級を目指してたらしくて、北東にある廃頽の都パラクミに向かった』

 

 おお。

 私も次に行くところだな。

 何が問題なんだ。順当な流れだと思うぞ。

 

『彼らは順序を大きく間違えたね。先に北西のゲムマ渓間から挑むべきだった。いや、彼らの気持ちはわかる。パラクミをクリアして、続いてゲムマ渓間をクリアして超上級に達し、そのままゲムマ渓間の東にある超上級の星雲原野ガラクスィアスに挑んでやろうってあふれ出る想いはね』

 

 ゲムマ渓間って上級の中ではかなり難しいと聞くぞ。

 超上級を目指す奴らが、ゲムマ渓間は挑まず、わざわざ遠くにある上級を攻略しに行くとも聞いたことがある。

 やはりパラクミから挑むべきじゃないのか。

 

『カタログスペックで判断すればそうだね。なるほど、ここをクリアしたパーティーとなら実力はそれなりにはある。ただね。パーティーメンバーが大鎌に、闇魔法に、完全な補助魔法に、アイテム使いの四人。どうやってここをクリアしたのかが目に見えるようだ。ここをごり押しでもクリアできるパーティーじゃなくて、ごり押しでしかクリアできないパーティーだった。間違いなくここの特殊ドロップはゲットできない』

 

 それが何か問題なのか?

 ごり押しでもクリアできれば良いと思うが。

 特殊ドロップだって、装備品じゃないからなくてもいいだろ。

 

『ここは上級でもモンスターやボスがかなり弱い。ダンジョンのギミックと構造、それに知名度で上級になってる節がある。パラクミは違う。生粋の上級だ。超上級になってる部分すらある』

 

 トゥレラだろ。

 さすがに私でも知ってるぞ。

 別称『闘神』。最強の町医者らしいな。

 

『いや、トゥレラは戦わなきゃいいだけだから対象外。アレを入れると極限級に限りなく近づく。それに気になるのがもう一体いる。俺が言ってるのは塔の方のボスだね。聞いた限りだとあそこは超上級に近い。ここをごり押しでしかクリアできない奴らじゃパラクミは難しい。塔をクリアできるイメージがまったくできない。間違いなく、まだクリアできてないだろうね。まず、生きてるかどうかが疑問かな。パラクミと相性が悪いよ』

 

 相性はあるよな。

 私も魔法系のギミックが多いダンジョンは苦手だ。

 それに二人以上で攻略しないとダンジョンは、攻略前からお手上げ状態に近い。

 

『それは、ちょっと違う。ゲムマ渓間が難しいのはモンスターとボスの強さが高いこと、それに地形の悪さによるものが大きい。それに伴い死亡率が上級でも高い部類だ。安定した難しさとも言える。でも、アイテムサポートが優秀なら、工夫すればいける。それになによりアウィス石が手に入るのが大きい』

 

 聞いたことがあるな。

 装備品だっけ?

 

『そうそう。加工が必要だけど、各種能力を上げられる。これを少しずつ手に入れて戦力を底上げしていけばゲムマ渓間はいける。パラクミはその後だ』

 

 まあ、余所のダンジョンの話はそのときの楽しみにしておこう。

 今は目の前の攻略に戻ろう。

 

『まあ、こんな話をしながらでも攻略できるくらいだからね。ここはやっぱり上級の中でも簡単な部類だよ。暴走ありきの強さだからね』

 

 しかも暴走してもさほど強くないな。

 ここは、どっちだっけ。

 

『右の通路を進む。その後は、左側の二番目の扉』

 

 言われたとおり進んでいく。

 苦戦はない。

 

 苦戦がないまま、私たちはあっさりとボスも倒した。

 

 

 ボスを倒すと強制的に外へ出される。

 正確にはボスを倒した後に、入った扉をくぐると出口に繋がるというものだ。

 

『……はて?』

 

 どうしたんだ?

 何か気づいたことがあったのか。

 

『ボスが、ちょっとね』

 

 何なの?

 隠し条件に気づいたとか?

 

『そうかもしれないけど、そうではないと思う。前に読んだ本の登場人物に似てるような気がした』

 

 なんだそりゃ。

 ダンジョンをモチーフにした本なんていくつもある。

 もしかしたらその本は、さっきのボスをモチーフにして書いたんじゃないか。

 ダンジョンをモチーフにするくらいだ。きっと素晴らしい本なのだろう。

 

『素晴らしいというのは間違いないけど、どうだろうなぁ。それよりどうする。思ったよりも速く攻略できちゃったけど、特殊ドロップもやっちゃう?』

 

 たしかに早かったな。どうしようか。

 あまりにもあっさりと倒すことができてしまった。

 昼飯にはまだ早すぎる時間だ。お腹もそこまで減ってない。

 本当にクリアだけなら上級でも簡単な部類だな。苦戦という苦戦がない。

 

 よし。

 特殊ドロップもやってみるか。

 

『うん。特殊ドロップを手に入れれば、ちょうど昼飯時になるでしょ』

 

 ……え?

 そんな簡単にできるか。

 

『楽勝だよ』

 

 ヘイデン・ファ・クランク集合邸宅には特殊ドロップがある。

 

 これは有名な話だ。

 ドロップアイテムはティーカップ一式。

 王家でも使われているものだ。飲み物の温度が変わらないらしい。

 温かい飲みものは温かいまま、冷たい飲みものは冷たいままで飲むことができる。

 見た目も派手派手しすぎることはなく、落ち着いたデザインらしく身分の高い人たちからは人気がある。

 

『メル姐さんは何度か見たことがある。たぶん意識してないだけ』

 

 かもしれない。

 はっきり言って、茶器とかどうでもいい。

 温かいものも、冷たいものもさっさと飲んでしまうからな。

 飲みものの温度が変わらないからなんなのって話だ。そもそも温度が変わるほどの長話をするな、という思いである。

 

『じゃあ、まあ、行こうか。基本的にはさっきと同じで』

 

 ルートは先ほどと同じだ。

 ただしモンスターを倒すときに気をつけないといけない。

 

 特殊ドロップの条件は三つ。

 

 ある単位空間エリアごとにモンスターを一体以上倒すこと。

 普通にボス部屋までのルートでモンスターを倒していたら達成される。

 

 次にボスも倒すこと。

 特殊ドロップはボスから出てくるのでこれもわかる。

 

 問題は、この二つを暴走状態なしで実行しないといけない。

 地味に難しいと聞く。私もさっきは普通に暴走させまくって戦った。

 調度品を自ら壊してくるモンスターもいるので、なかなか厄介だと思っている。

 しかも、ボスも暴走させて倒してすらいた。ボスの周囲にいる雑魚が勝手に暴走を始めるんだよな。

 

『暴走すると状態異常が効かなくなるんだけど、暴走前は普通に入る。余裕だね』

 

 そんな話を聞きながら、攻略を再度始める。

 最初のメイドは普通に倒せる。

 

 問題は次の廊下だ。

 

『軽く斬って』

 

 メイドに素早く近づき、軽く斬ると動きが止まった。

 

『手から花瓶を抜き取って』

 

 言われた通り花瓶を奪う。

 

『もう倒して良いよ』

 

 メイドを斬って倒す。

 

『花瓶は地面に置く。他のモンスターは無視』

 

 なるほど。

 これは楽だな。

 戦闘もほぼしないでいい。

 

『普通のパーティーが適切に攻略するなら、暴走させない方向で進む。むしろ、こっちの方が通常ドロップで、暴走させて倒した方が特殊じゃないかと思う。一部は難易度が上がるけどね』

 

 倒すべき敵だけを倒す方式でサクサクと進んで行く。

 自分から調度品を壊すタイプのモンスターがちょっと手間だったが上手く倒した。

 

 本当にかなり楽勝でボス部屋まで来てしまったな。

 ボスはどうするんだ?

 

『さっきは取り巻きの雑魚を片付けてから倒したけど、今度は雑魚無視の完全ボス狙いで行く。感染で雑魚を動けなくしてボスだけ倒す』

 

 ……最初からそれじゃ駄目だったの?

 

『いや、ちょっと気になったことがあったから、一周目は暴走させて倒してもらった』

 

 あ、そう。

 倒した後に何か気づいた様子があったのはそれか?

 何かの本と似てるんだっけ?

 

『そっちとはまた別だね。単純にモンスターの動きや耐性が見たかっただけ』

 

 ふむ。

 大切な探りだな。

 

 そんなわけで二度目のボス戦に入ったのだが、先ほどよりも楽に倒せた。

 ボスの暴走がないから、ボス自体も弱くなっている。

 

 無事に特殊ドロップも手に入れて、ダンジョンから出る。

 

『「その都市は球体の内壁に築かれ、見上げれば、また別の住人が反対側の内壁で生活をしている。この都市に空はなく、星は地面を通り過ぎていく」』

 

 いきなり何を言い出すんだ。

 

『ボスが、本の主人公に似てるって言ってたでしょ。その冒頭付近にこんな文章があった。やっぱり本と雰囲気が近い。なにより構造がそれっぽい』

 

 ああ、何か言ってたな。

 かなり変わったダンジョンだから、あり得るでしょ。

 このダンジョンをモチーフにして書いたんじゃないのか。

 

『このダンジョンをモチーフにしてアレを書くことはできない。逆ならわかる』

 

 逆ってなんだ?

 その本をモチーフにして、ダンジョンができたってことか。アホらしい。

 

『そう思いたいところだけど、そう思えない本だから困る』

 

 日差しが眩しい。

 ちょうど日が雲から出てきた。

 昼飯にはちょうど良い時間帯だな。

 

 

 なんだろう。

 昼飯をぼんやり食べているが、消化不良だ。

 楽しみにしていた上級なのに、あっさりとクリアできてしまった。

 それどころか、苦戦すると考えていた特殊ドロップを含めても半日かからないという。

 

『昼からもっかい行こう』

 

 ああ。そうだな。

 ……珍しいな。お前から言い出すとは。

 

『気になることがいくつかある。未発見事項だね』

 

 えっ! ほんとか!

 

『声がでかい』

 

 何が気になってるんだ?

 

『詳しくは調査後に言う』

 

 概要だけ先に頼む。

 

『うーん。ヘイデン・ファ・クランク集合邸宅は、来歴がかなり知られてるダンジョンなんだ』

 

 ヘイデン、ファ、クランクの三人が住んでた家でしょ。

 何年前に建てられたかは知らないけどな。たしか細かくわかってたはず。

 

 それが変な建物だったから、死後にダンジョンになった。

 そりゃダンジョンになるよなって印象だ。

 

『だいたいはそれで良い。で、来歴が知られてる割に不思議なことが多い。隠し要素が確実にあるってのも昔から言われてる』

 

 そうなの?

 

『まず、外から見た構造と、中の構造が一致してない。要するに、ダンジョンの外から見えてる部屋が、ダンジョンの中に入るとない。たどり着くルートが今も研究されてる』

 

 それはおかしいな。

 ぜひがんばってもらいたい。あるいは私たちで見つけるか。

 

『もっとあるよ。さっきメル姐さんが言ったように、ヘイデン・ファ・クランクの三名が、あそこに住んでたからヘイデン・ファ・クランク集合邸宅という名前なんだ。そこは間違いない。さて、それではここでクエスチョンです。メル姐さんが午前中に二回戦ったボス。あれはいったい誰でしょう?』

 

 三人の誰かでしょ。

 ヘイデン?

 

『ボッシュートになります。誰でもないんだ。ヘイデン・ファ・クランクの三名は建設当初から顔も割れてた。ボスの特徴は誰とも一致してない。いまだにあのボスが、どこのなにがしかわかってない』

 

 えぇ。

 何これ、怖い話なの?

 

『それだけじゃない。ダンジョンって基本的に元の性質が保持される。洞窟の中が平野になったりはしないし、元からいないものがモンスターになることもほぼない。後から追加や変更はあるとしてもね』

 

 それはそうだな。

 だが、あそこは問題ないだろ。

 執事やメイド、その他の使用人は元からいたはずだ。

 

『使用人たちは記録に残ってるから問題ない。空間が明らかにおかしい。ダンジョンになっても空間はあそこまで歪まない。もちろん初めてのケースかもしれないけど、それはちょっと考えづらい』

 

 それは、どうなんだろう。

 今までもけっこう不思議なダンジョンはあったからな。

 空間が歪んでるダンジョンがあっても、それはそれでありかなと思ってしまう。

 

『あとは、前庭の螺旋階段』

 

 あの意味のわからない螺旋階段ね。

 階段を上った先には、踊り場も何もない。

 飛び降りるか、引き返すかの二択だけという。

 

 あれが何か関係あるの?

 

『最後の可能性としてあり得る』

 

 なんかよくわからん物言いだな。

 はっきり言えよ。

 

『空間の多重螺旋構造』

 

 はっきりと言い切ってくれたのだが、中身はわけがわからん。

 とにかくここでごちゃごちゃ言っててもしょうがない。

 

 さっさと行って、確認するに限る。

 

 

 

 そんなわけでダンジョンに戻って、全エリアを回ることにした。

 

『めんどくさいね』

 

 そうだな。

 一つの隠しルートはすぐに見つかったな。

 

『もう誰かに見つかってるね。痕跡もあったから』

 

 そうか。さっきから行ったり来たりで私はどこにいるのかさっぱりわからん。

 なんでクローゼットの奥から厨房に進むんだ。

 

『それで、二つ目の隠しルートがここだね』

 

 思ったよりもすんなりこれたな。

 ここはモンスターがいない地味な部屋だな。ここからどこに進むんだ。

 

『さっぱりわからん。一つはっきりしたことはあるけど、ここから先はさっぱりわからないね』

 

 お前でも難しいのか。

 

『天井や床下も境界になってるし、隠し部屋もありそう。非常に良く出来てる。出来すぎてる。外れルートも当然あるから、当たりを探すのはかなり時間がかかりそうだね』

 

 うーん。

 そういうのは魔術師ギルドや探求専門の奴らに任せたいな。

 もっと簡単に見つける方法がないのか。チートでできないものか?

 

『できるよ』

 

 できるのかよ。

 最初からそうしてよ。

 

『チートなしでもできるんじゃないかと思ったんだけど根気と時間がいることがわかった。隠しルートを自力で見つけてる奴はすごいね。報奨金を与えて良いと思う』

 

 私は根気と時間も使いたくない。報奨金もいらん。

 チートでサクッとやるとしよう。

 

『ダンジョンを出てからやろうか』

 

 このままじゃ駄目なのか。

 

『駄目じゃないけど、あまりよくない。入口からの方がわかりやすい』

 

 それじゃあ仕方ない。

 出口まで道案内をよろしく。

 

 

 外に出た。

 螺旋階段が私たちをあざ笑っているかのように立っている。

 

『入ってええで』

 

 え?

 もういいの。何もしてないけど。

 

『うん』

 

 何も変わってないぞ。

 

『そりゃ、ここは外だからね』

 

 微妙に重い扉を開けて、ダンジョンに入る。

 

 見慣れてきた、ねじ曲がる廊下がなかった。

 広いエントランスだ。モンスターの姿も見えない。

 

『ほぅ、エントランスも違うな』

 

 どういうこと?

 なんで廊下じゃないの?

 

『時空間耐性を付けたからだね。飛ばされることがなくなった』

 

 いつも付けてるやつだよな。

 切ってたのか。

 

『一番最初に挑む前だね。耐性なしの方が楽しめるかなって』

 

 それもそうだ。

 そして、耐性を付けてきちんとした空間に着いたんだな。

 

『そうなるんだけど……、ここ、モンスターの気配がないよ』

 

 たしかにモンスターはいないな。

 ちょっと回ってみよう。

 

 屋敷の中をあちこちに移動してみたがモンスターはいない。

 廊下や部屋は見た記憶があるな。

 

『部屋や廊下の構造はダンジョンと同じ。でも、モンスターがいないどころか、調度品すらない』

 

 部屋を見渡して、言われたことに気づく。

 

 ほんとだな。高価そうな壺やら花瓶が一つもない。

 なんか殺風景だと思ったが、物が何一つとして置かれていない。

 ベッドや服、椅子に机も何もなくだだっぴろいだけの空き部屋になっている。

 

『この部屋は、俺がさっき見つけたダンジョンの隠し部屋と同じところ』

 

 ああ、そういやそうだな。

 扉とクローゼット、それに窓の位置も同じだ。

 

『埃はほとんど溜まってない。誰かが定期的に掃除をしてる』

 

 誰かって誰?

 

『現時点では不明。それにだ。外を見て』

 

 窓に近づき外を見た。

 人がいる。女が私に背中を向けている。

 女が顔を向ける方には大勢の人間がいて、こちらを見ていた。

 

『一般の人向けのガイドツアー』

 

 ほぉん。

 そういや、外に団体客がいた気がするな

 女が話している台詞に私も耳を傾ける。

 

「今、皆さんが見ているこちらの窓ですが、中に見える部屋はダンジョン内部では未だ確認されていません。もちろん、こちら側の窓から入ることもできません。この部屋に誰かがいるのを見る日が、いつの日かくるかもしれません」

 

 女の話を聞いていた人が、こちらに指を向けたり、手を振ったりしてくる。

 私も手を軽く手を挙げて返す。

 

 人がざわついていることに気づいた女がこちらを見た。

 二度見して、顔がこちらに固定される。

 

「……ええっ!」

 

 どうも。

 

「あの、この部屋、誰も入れない、……はずですよね」

 

 普通には難しいだろうな。

 

「えっと、あなたは?」

 

 メルだ。

 冒険者をしている。

 

「メル……、冒険者、あ、」

 

 女は閃いた様子で、案内をしていた人たちへ顔を戻す。

 

「みなさん。本日は歴史に残る日となりました。この部屋に人がいるのは、五年前から案内を始めた私も経験がありません。おそらくダンジョンとしても初めてではないでしょうか。それでは、今、そちらにいる彼女は誰か? 彼女は名乗りました。冒険者のメル、と。知っている方もおられるのではないでしょうか。世界に三組しかいない極限級の冒険者です。私も、極限級の冒険者に会うのは初めてで緊張しています。おそらく彼女もここに立つのは初めてでしょう。ここにおられるみなさん、私や彼女も含め歴史の変換点に居合わせました。おめでとうございます」

 

 女が拍手をすると、周囲の人もなんだか嬉しそうに拍手をしている。

 私も気のない拍手をしておく。

 

「それでは次に移りましょう」

 

 女が私に手を振って、道を進む。

 周囲の人たちも私に手を振るので、私も振り返して部屋を出た。

 

『今のこの屋敷は外との交信ができるね』

 

 そのようだな。

 前の状態では外とはまったく会話はできなかった。

 

 屋敷を一通り回ってみたが誰もいない。

 何も置かれておらず、当初の不気味さは寂しさに移ってきている。

 外から見た不思議な構造は中にも現れているが、やはり何も置かれていないのでもの悲しい印象だ。

 

『ここが本当のヘイデン・ファ・クランク集合邸宅だ。三人の部屋だったであろう空き部屋もあった』

 

 そりゃそうだろ。

 

『それならダンジョン側の屋敷は?』

 

 ……なんだろうね?

 お前は何だと思うんだ?

 

『空間の二重螺旋』

 

 うん、わからんね。

 

『わからなくて当然だね。そうなるとこのダンジョンは、間違いなく、あの本と関係があることになる。たしかに時代的には一致するけど、本当に……? とにかくいったん出よう。螺旋階段を調べる。それではっきりする』

 

 もぬけの屋敷を出て、螺旋階段の前に立つ。

 階段を上ると踊り場にたどり着いた。

 

 やや広めの踊り場から屋敷を見るが特に変わった様子はない。

 何も起きないぞ。

 

『起きてるでしょ。どこに立ってるの』

 

 ……何言ってんだこいつ?

 見たままだろ。踊り場でしょ。わかんないの?

 

『まぁたボケちゃってる。この螺旋階段に踊り場なんてなかったでしょ、メルおばあちゃん』

 

 あれ……、そういえば、そうだった気もする。

 じゃあ、この踊り場は何なの?

 

『下から見たときはなかった。上り始めてから出現した。歪んだ螺旋階段に触れて、空間の歪みが部分的に解除された』

 

 しかし、踊り場が付いたからなんだという話である。

 踊り場以外の光景は何もかわっていない。

 

『灯台下暗し。下を見てみると良い。何かいる』

 

 踊り場の淵に立って下を見る。

 こちらを見上げてきた男と目が合った。

 

 目は真っ赤で、髪は真っ白でぼさぼさ。茶色のくたくたになったローブを着ている。

 男は目を逸らし、踊り場の真下に入り、見えなくなった。

 

『構えておいて。少なくとも人間ではない』

 

 カツリカツリと階段を上る音が聞こえ、男が頭から徐々に姿を現す。

 上から見たときと変わらない。目は充血し、髪は真っ白でぼっさぼさ、体の輪郭はローブで隠れて見えない。

 気づかなかったが、耳が尖っていてエルフに近い。

 すごい眠たげだ。

 

 男が私と同じ踊り場に立った。

 一人では広い踊り場だが、二人で立つには狭い。

 

「さっき邸宅に入ったのはあんた?」

 

 まあ、そうなるな。

 お前は?

 

「ぼかぁはヘイデン・ファ・クランクの三氏に頼まれ、邸宅の管理をしているものだね」

 

 管理?

 どういうことだ?

 あそこが邸宅なら元のダンジョンはなんなんだ?

 

「あのダンジョンは僕たちが作り出したものだよ」

 

 作り出す?

 ダンジョンを?

 

「そうそう」

 

 管理人ってレベルじゃないだろ。

 何者だ?

 

『エトラ=フェルクーニ=ハブラフト?』

 

 えとら、ふぇるくー、はぶなんだって?

 

「……僕だね」

『うっわぁ! すごいすごい! 本物だよ!』

 

 シュウは興奮気味だが、私はまったくわからない。

 有名人なのか?

 

『魔法関係の本で、これは一般に広めちゃ駄目だろってことで、禁書指定されてるのがいくつかある。数ある禁書の中でも特に頭がおかしい三冊――いわゆる三大魔法禁書の一つに「無空都市」ってのがあるんだ。その筆者だね』

 

 なんか、いかにもお前が興奮しそうな話だな。

 ちなみに、どんな本なの?

 

『何もない空間に、全世界の生命体を抱擁する都市をたたみ込む術が、物語形式で書かれてるというのが一番正しい気がする』

「読んだの?」

 

 ……あれ?

 シュウの声が聞こえてるのか。

 

『驚かないよ。さっき言ったでしょ。「全世界」って、この先生は「この世界だけでなく他の異世界の存在も含めた全世界」を抱擁する空間論を物語の中で語ったんだ。この本だけじゃなくて、他二冊の禁書でもそのあたりが書かれてる。ちなみに先生って呼ぶのは、俺の空間魔法関係の知識が、この人の本から得てる部分がとても大きいからだね』

 

 先生って……。

 もしかしなくてもかなりやばい奴じゃないのか。

 まぁ、お前の声がデフォルトで聞こえる奴がやばくないわけがない。

 

 いっぽう、先生と呼ばれた側は、なんだかすごい照れ始めている。

 さっきまでの興味なさげな表情が嘘のようだ。

 

「君たちも他の世界を知るものかぁ。それで、その、本の感想とか、ある?」

『無空都市は、空間論としては唯一無二にして至高。文章ということなら平凡。物語でいえば駄作』

 

 辛辣な評価だった。。

 言われている方は、照れつつも微笑むだけだ。

 

『でも、主人公が無空都市での生きづらさから抜け出せたことは、一読者として素直に良かったと思う』

 

 先生とやらも、その言葉に賛同するように頷いた。

 

『物語に出てくる三人の隣人が、ヘイデン・ファ・クランクの三名でしょ』

「わかる?」

『そりゃあね。主人公が先生――あなただ。主人公は、彼らの突飛な発言や行動に頭を悩ませながらも、その奇行をどこか楽しんでいた。三人との生活は先生にとっても有意義なものだったらしい』

 

 一緒に暮らしてたのか?

 

「苦しい時期だったよ。どこへ行っても、何を書いても行き詰まり、世界の誰も僕のことなんて理解してくれないと思い込んでいた。そんな時期に彼らと出会った。彼らと過ごしたあの時間は何物にも代えがたい」

 

 ほんのわずかだが、言っていることに同感を覚えた。

 

「彼らのおかげで、僕は一歩踏み出すことができた」

『ファンとしても嬉しい限りだよ。それで「無空都市」が世に出たんだから』

「でも、発禁になって指名手配されちゃったけどね」

 

 変人二人が笑い合う。

 なんだか緊張もとけてしまった。

 その後も二人は楽しげに話し、私は空気と化した。

 

「久々に交流ができて良かった」

『うん。俺も先生と話すことができて光栄だ』

 

 ようやく話が終わった流れだ。

 

 すまなかったな。

 話を横でひっそり聞く限り、お前の思い出がつまった屋敷のようだ。

 

「いや、いいよ。その言葉だけで十分だ」

『じゃあ、三人にもよろしく。あとダンジョンのギミック変更も頼むね』

「ああ。やっておこう。君も都市を訪れる気になったら、またここへ来ると良い。歓迎しよう」

「うん。楽しみにしておくよ」

 

 変人は螺旋階段を降りてそのまま姿を消した。

 

 ……三人って誰だ?

 

『ヘイデン・ファ・クランクの三人だよ』

 

 死んだんじゃないの?

 

『いや、三人とも無空都市にいるよ』

 

 けっきょく無空都市ってなんなの?

 空のない都くらいにしか思ってないんだけど。

 

『端的に言えば、新しい世界を作るって話』

 

 世界を、作る?

 

『うん。俺達の今いる世界を一枚の紙としよう。異世界は別の紙だ。命ある者は必ず紙の上にいないといけない。地に足を付けてと言うか、紙に足を付けていないと生きていけない』

 

 うん。

 なんとなくわかる。

 前にもそんな話をしたからな。

 

『ただ、紙の上では紙の素材にあったルールに縛られることになる。例えば、今の紙だとアイテム結晶だね。ある紙ではカードになったり、別の紙だと分身体が出たりする』

 

 異世界の話だな。

 

『そうそう。で、ある日、紙のルールに縛られるのが嫌になった。別の紙に移るのも嫌だ。紙を離れて、何もない空に新しい居住地を作ろうとする。でも、紙は簡単には作れない。どうする?』

 

 諦める。

 

『諦めたらそこで話が終了だよ。紙の上からシャボン玉を作るんだ。丈夫なシャボン玉をね。それを空にぷかぷかと浮かばせる。紙からぶつからないところまで浮かばせたら、泡の中に入り、泡の壁面を地面として生きていく。新世界の誕生だよ。空のない世界のね』

 

 そんなことができるの?

 

『あの先生はやっちゃったんだ。なんで「無空都市」が禁書かわかるでしょ。世界の法則を創出することができてしまう。既存の世界の変更はできないけどね』

 

 もしかしてお前もできるのか?

 その本を読んだんだろ。

 

『できなくはない。――が、とてつもなく難しい。まず、丈夫なシャボン玉が容易に作れない。次にシャボン玉を空に浮かばせ続けることができない。さらに、シャボン玉を割らずに内側に入ることもできない。とどめに、シャボン玉の内部法則を自在に書き換えることもできない。無理無理尽くしだ。アイラたんやエルピダ級の魔法使いがあと二人いれば、チートを使っていけなくもない』

 

 それは、無理だね。

 ……あの変人はまさか一人でそれをやってるの?

 

『いや、いくら先生でも一人じゃ無理。先生が得意なのは、内部法則を書き換えるところ。あと、シャボン玉の内側に入り込むのもかなりできるね。最初の二つは決定的に分野が違う』

 

 私には、だいたい同じに聞こえる。

 

『ただ、先生の一番大きな功績は、この妄想とも言うべき空想を文字にして世に出したことだ。大いなる妄想に共感した大馬鹿どもが集まり、妄想は現実になった。もしも俺が先生と同じ時代にいたら、着の身着のまま駆けつけてたよ』

 

 ところが時代は移り、私とダンジョンを駆け巡ることになっているわけだ。

 無空都市とやらに行ってみなくてよかったのか。

 私はかなり興味があるんだが。

 ダンジョンっぽいぞ。

 

『行きたいとは露ほども思わない』

 

 速攻で否定したな。

 理由は?

 

『最初に言ったとおりだよ。空間論としては唯一無二だけど、物語としては駄作。発想と制作までが至高なのであって、住むとなれば話はまったくの別。作った奴らの自己満足が詰め込まれた、変化のないくだらん世界だよ。死ぬほどアホくさい価値観で満たされた退屈な空間に疑いようがない。奴らの楽園、俺らの地獄ってね。見たくもない。話してて、すぐにわかった。先生は過去の成功と現在の楽園に浸かりすぎてる。未来を生きようとしてない。もう死んでるのと変わらないよ。これを口にはしなかったのは、俺から先生への最大限の敬意ってやつだ』

 

 思ったよりも数倍以上に辛辣だった。

 興味も失せてしまった。ダンジョンの謎もわかったしもう帰るか。

 私としてはやや消化不良だけど、これ以上は頭がパンクするからもういいや。

 

『なんだかんだで良いダンジョン攻略だったね』

 

 うーん、そうかなぁ。

 

 珍しく私よりもシュウの方が満足したダンジョン攻略となった。

 

 

 

 余談だが、ヘイデン・ファ・クランク住宅に新たな隠し領域が発見されたと話題になった。

 ずばり、私が外の観光客と話したあの部屋である。

 

 通常のダンジョンではあの部屋に辿り着けないが、シュウが先生に頼み、ダンジョンから外とアクセスができるようになったらしい。

 アクセスと言っても、人が行き来できるものではなく、言葉が交わせるくらいのものだ。

 翌日には冒険者と観光客が窓を隔てて話をしている状態を見ることができた。

 

 なんとなくダンジョンらしからぬ雰囲気を感じつつ、ヘイデン・ファ・クランク集合住宅を後にしたのであった。

 

 

 

 

3.廃頽の都パラクミのボスは誰か?

 

 都市圏ドクサを離れ、遙か北東に進み、目的地である廃頽の都パラクミにやってきた。

 

 この付近には、パラクミ以外にもダンジョンがある。

 霊元林野アファロスという中級ダンジョンだ。

 こちらはもうすでにクリアした。

 

 パラクミへ挑むためには、アファロスで常世魔草とかいうのを手に入れないといけない。

 なんでもパラクミのモンスターやボスには通常攻撃や魔法が効きづらいようだ。

 常世魔草を煎じて飲むと攻撃がまともに入るようになるとか。

 

『俗に言う霊体共鳴ってやつだね』

 

 俗にそんな言葉が言われてるのは聞いたことがない。

 攻撃が効きづらいとは聞くが、そこまで効かないものなのか?

 

『メル姐さんが全力で蹴っても雑魚すら倒せないくらいにはね』

 

 めちゃくちゃ硬いじゃん。

 

『硬いとは違うかな』

 

 じゃあ、しぶといって言い直そう。

 

『しぶとくもない。むしろ脆い。あそこのモンスターは魔力体なんだ。それが人の形を取ってる。物理攻撃も魔法攻撃も柳に風。表面を揺らすだけなんだ。常世魔草を煎じて飲むと、自身も魔力体に近づくから攻撃がそこそこ通るようになる』

 

 仕組みはよくわからないけど、私は飲まなくても大丈夫なのか。

 霊元林野アファロスで常世魔草は手に入れたが、いっこうに使う気配もなくパラクミに来てしまった。

 

『裸足で蹴って倒したいならいるけど、俺で斬れば瞬殺だよ。俺はあいつらの天敵だからね。もっと言えば、黒竜のスキルを使えば五体のボスは斬ることすらなく一瞬で倒せる』

 

 むごい話だな。

 五体のボスってことは、やはりアレは無理なのか。

 

『トゥレラはわからん。氣とかいうので魔力体の弱点を克服してるらしい』

 

 廃頽の都パラクミにはボスがなんと六体もいる。

 

 守備部隊のメイリペンス隊長。

 警邏部隊のロハゴス隊長。

 安全部隊のハンゼ隊長

 

 この三隊を束ねる行政長官ナヴァルホス。

 

 どこかをうろつく住人ハムラ。

 

 そして、最後の一体がかの有名な町医者トゥレラ。

 

『別称、闘神トゥレラね。倒してみたいのはやまやまだけど、聞いた話が正しいならメル姐さんの天敵。不意打ちで突き刺した状態から、黒竜スキルを発動できればワンチャンあるかも。まあ、見てからだね』

 

 そうだな。

 とりあえず様子を見てから決めよう。

 

 この頽廃の都は、ヘイデン・ファ・クランク集合邸宅と似ている部分がある。

 ずばり、一般人でも観光ができる。しかも、集合邸宅と違い、外だけじゃなく中を見て回れる。

 

 過去は都だったようで、ここのモンスターどもはもともとここの都民だ。

 モンスターになった今でも、かつてと同じように生活している。

 私たち人間も観光客とみなされ攻撃されない。

 

 ただし、明らかな敵対行動や侵入不可領域に入れば、容赦ない攻撃が浴びせられる。

 そんなわけで私も、中の様子を知るためにツアーへ参加してみた。

 少人数で回る日帰りコースである。昼食付きだ。

 

 

 案内をしてくれるのは現役の冒険者パーティーだ。

 現役と言ってもダンジョン攻略専門だけでなく幅広い仕事を受けている奴らである。

 

「今日はよろしく頼むなっ」

 

 ちょっとおっさんにかかった男が愛嬌のある顔で挨拶した。

 他の三人も手慣れている様子だ。

 

 こちらも五人と少ない。

 私を含めた三人が見るからに冒険者で、残りの二名はただの観光客だろう。

 

 先に警告されたのは私を含む冒険者の三人だ。

 ちなみにパーティーでのツアー参加は禁止されているので、残りの二人も赤の他人同士だろう。

 

「いいか。わかってると思うが、絶対に武器を抜かないでくれよ。もしも、万が一、頭がおかしくなって武器を抜いた場合だ。俺達は他の参加者を守るために、モンスターと一緒になって君たちの誰かと戦うことになるからな」

 

 よくわからんが、モンスターと共闘して、武器を抜いた奴を殺しにかかるということだろう。

 それならモンスターから見逃されるんだな。

 

「それでも生き延びて逃げ切った場合、冒険者ギルドから除籍されてボードに手配書が乗ることになる」

 

 仮に戦うことになって逃げ切っても、冒険者ギルドを敵に回すことになる。

 参加するときに冒険者証を確認されたのはそれでだろう。

 

 一般人に対してはかなり緩い注意だけだった。

 喧嘩を売るな、無闇に住居に入るなとかそれくらい。

 

『話が出ると思うけどパラクミはね。今も調査がさかんにされてるんだ。特にボスだね』

 

 私でも知ってる有名な話だな。

 まず、原則というか法則としてダンジョンにボスは基本的に一体。

 ここはなんと六体もいる。同じ種類や種族のボスが複数体いることはあるのだが、ここは明らかに違う種類である。

 

 それではパラクミのボスはどれか?

 三体のボスを束ねる行政長官ナヴァルホスを推す声が第一にある。

 一方で、明らかに強さが異次元のトゥレラだと叫ぶ奴も同じくらいいる。

 さらに住人ハムラだという奴らと、実はまだ見つかってないだけという奴らが少し。

 

 冒険者ギルドは、「こいつがボスだ」と決定づけてない。

 全員を倒した証を示せば、パラクミのクリア認定を受けられる鬼畜設定だ。

 ただ、さすがにトゥレラは救済がある。特殊な条件でトゥレラからアイテムがもらえるので、それが証になるようだ。

 

 ちなみに私はトゥレラがボスだと思ってるんだが、お前はどれだと思う?

 

『どの主張も理解できる。俺としてはハムラか、まだ見つかってないだけだと思ってる。僅差で「まだ見つかってない」かな』

 

 少数派だな。

 行政長官とトゥレラはわかるが、ハムラはなぜだ?

 

『ハムラは封印術式を自分にかけてるってところまではわかってるんだよね。自分のほぼ全ての能力を封印してるんだ。自身の封印魔法すら封印してる』

 

 ハムラはそんな理由があったのか。

 まだ見つかってないってのは? 幻の第四部隊の隊長だっけ?

 

『その説もある』

 

 もうちょっと詳しく教えてくれ。

 

『ガイドさんの話を聞いておくと良い。歴史の話や、地理といった詳しい話が出てきてる。今も重要なことを話してるよ。俺と暢気に予想してる場合じゃない』

 

 それもそうだ。

 せっかくのツアーだからな。

 

「パラクミの特徴だが、ここの通りが特にわかりやすい。右の並びと、左の並びを見てくれ」

 

 先頭の男が立ち止まり、左右に並ぶ屋台を示す。

 

「どうだ? 何か気づかないか?」

「売ってるものが違う?」

 

 一般人が答えるが、男は「あー」と悔しがる様子だ。

 

「モノに注目したのはよかった。よく見てくれ。三件目だ」

 

 手前から三件目を見る。

 左側の屋台ではモンスターが武具を売っていた。

 一方で、右側の屋台を見ると、こちらもモンスターが武具を売っている。

 

「道を挟んで両方とも武具を売ってるな。こいつらは仲が悪いのか」

 

 売上で競争をしてるとか?

 

「違う。もっとよく見て。冒険者ならわかるんじゃないか」

『メル姐さんは見てもわからないと思うね。はっきりと売ってる武具の種類が違う』

 

 武具の種類が違う?

 

「そうだ! さすが冒険者! 扱ってる武具の種類が違うよな。どう違う?」

 

 どう違うんだろう。

 どっちも剣や盾、それに槍、鎧やらだ。

 

「左は飾りがないけど、右は飾りがついておしゃれ」

 

 一般人のが答えた。

 

「大正解!」

 

 無骨とお洒落が正解?

 店主の趣味の違いじゃないのか。

 

『歴史の違いだよ』

「実は、学者先生たちが調べたところ、この通りの左側と右側だと時間差があるとわかってる。その差はなんと三十年!」

 

 三十年の時間差が?

 この通りの左右である?

 

「そう。右の露天通りが、左の三十年後だ」

 

 どういうこと?

 

「パラクミの都が栄えたのは、今から約千五百年前。まだ、冒険者ギルドすらなかった時代だ。そして、栄えた期間はおおよそ百年間。このダンジョンはその百年の間の一つの時間帯ではなく、百年のいろんな時間帯が混ざってるんだ」

 

 ほー。

 そんなこともあるのか。

 都市系のダンジョンは何度か見たが、そのケースは初めてだ。

 

「そうだろう。さて、武具屋の話に戻ろう。左の通りは中期頃だ。周辺地域との戦争がほぼ終結し、戦で不要になった武具が売りに出されてる。実際に戦で使用されたこともあってか、実用性が重視され、やや古くさい」

 

 たしかにちょっと欠けてる部分もあるな。

 

「一方、右の通りは終期の直前だ。戦争と無縁になり、武具は必要なくなってただの飾りとなった時代だ」

 

 それでおしゃれなのね。

 剣によくわからん文様や、武具に羽がいっぱいついてるのはそれでなのか。

 

 私や周囲もなるほどーと頷いている。

 面白い話だな。

 

「そうだろう。ただ、歴史が混ざることで、冒険者のお三方ならよく知る、真のボス問題を引き起こしている」

 

 冒険者はわかっているが、一般人らはよくわかってないようで、解説が加わる。

 先ほどシュウと話していたことが、おもしろおかしく説明され、同じ話でも楽しく聞けた。

 

「どれが真のボスかはわからないが、わかっていることもあるぞ。生きていた時代が全員それぞれ違う」

 

 そうなんだーと相づちの声から、少し遅れて疑問の声が上がった。

 

「三つの部隊の隊長と、三隊を束ねる行政長官も全員が別なんですか?」

 

 そういやそうだな。

 全員違うってことはそうなのか。

 

「そのとおり! 三人の隊長と行政長官を歴史順で並べると、まず外敵から都を守る役目の守備部隊のメイリペンス隊長が一番最初だ。都の歴史でも初期だな」

 

 外壁周辺に出てくるボスだな。

 三隊長の中ではあまり強くないが、一番倒しづらいと聞く。

 倒しかけると素早く撤退して回復する。さらに、周囲の雑魚を復活させる。

 戦闘は上手ではないが、戦争は上手という評価は歴史的な部分からきているのかもしれない。

 

「次が警邏部隊のロハゴス隊長。戦争終了の直後だな。浮かれた都民と、職を失った兵士の犯罪が増え、それを取り締まっていたようだ」

 

 ロハゴス隊長は戦闘力が高いのが特徴的なボスだ。

 都の中で馬鹿な真似をすると、馬に跨がり一番最初に駆けつけてくるのがこのボスである。

 雑魚を次から次へと呼び寄せて、気がつくと囲まれて壊滅しかけたという話が多い。

 ただし、全滅はあまりない。武器を納めて逃げると追ってこないようだ。

 あくまで馬鹿どもを黙らせるところまでが仕事らしい。

 

「次は安全部隊――ではなく、行政長官のナヴァルホスだ。こいつが都の安定を保つシステムを作ったと言われている」

 

 ガイドはひときわ高い塔を指さした。

 塔の頂上付近に行政長官はいるが、ツアーでは残念ながら入れない。

 塔に足を踏み入れると、敵対行動として扱われ、モンスターが襲いかかってくる。

 

 このボス自体はさほど強くない。

 問題なのは、他のボスとの連携が確実にあることだ。

 

「このナヴァルホスが行政長官の頃にちょうど他の三隊長も生きていたようだ。ボスとの戦闘では、他の三隊長がやってくる。メイリペンス隊長はもうよぼよぼで引退間近だが、そこはダンジョン。歳の割に異常な強さのようだぞ」

 

 客は笑っているが、本当に強いらしい。

 ロハゴス隊長は馬から下りるので弱くなるとか。

 

「さて、最後になったが安全部隊のハンゼ隊長だ。これはパラクミの終期間近だ。かなり穏やかな時代になったパラクミの治安を守っていた」

 

 パラクミで冒険者の死亡率を一番上げるボスである。

 治安を守ると言えば聞こえは良いのだが、治安を乱す冒険者に対して容赦がない。

 本体はそこまで強くもない。ロハゴスが倒せるなら余裕で倒せる。

 ただし、こいつを倒すと他のモンスターを異常に強化する。

 しかも、ダンジョンを出るまでは効果が切れない。

 絶対に一番最初に倒してはいけないボスだ。

 

 最悪なのが、他のボスも強化する点だろう。

 こいつを倒したところで強化されたロハゴス隊長にやられて死ぬコースもある。

 行政長官ナヴァルホス戦でも出てくる。倒す順番を間違えると、超上級顔負けのボス戦難易度になるとか。

 

「トゥレラはいつなんですか?」

「みんな大好きトゥレラさんは最終期だ」

 

 そうだったのか。

 戦争で活躍してるイメージがあった。

 

「そもそもこの都はなぜ滅びたんですか?」

 

 たしかに。

 そう簡単には滅びそうにないぞ。

 

「滅亡理由はまだ研究がされているな。伝染病や戦争での敗北、自然災害という説もある。トゥレラが滅ぼしたという説もあるぞ」

 

 ここでまた笑いが生じる。

 

『実は俺もその説はありだと思ってる』

 

 真面目な声でシュウが告げた。

 

『伝染病や自然災害なら歴史に記録が間違いなく残る。戦争ならトゥレラがいたらまず負けない。あいつ一人で良いんじゃないか状態でしょ。見てはないけど、超上級ボス以上の強さでしょ。都市の制圧とか余裕』

 

 じゃあ、トゥレラがこの都を?

 

『トゥレラならできる、というだけでやらないと思う。聞いた限りだとむやみやたらに力を振るわない人らしいし、もしも実力行使ならやはり歴史には何らかの形で残る』

 

 逆に言えば、パラクミの滅亡を歴史に残ってないってことだろ。

 歴史に残らない滅亡ってどんなのだ?

 

『良い点に気づいたね。この都の規模で滅亡理由がわからないってのはありえない。戦争をしていたってことは周囲に他の国はある。実際、他地域での歴史にはパラクミの話もある。その中には「ある日、パラクミが滅亡していた。理由は不明」だよ。千五百年前といえどもそれは異常。事実なら、パラクミは一昼夜にして滅亡したと同義だ』

 

 そんなことあり得るの?

 

『事実起きたんだと思う。都がダンジョンになってるし、歪さも出てきてるよね。歴史が混ざるってのがおかしい。魔力体になってるのも謎。こんな不思議なことが生じるパターンはいくつか思いつくけど現実的なのは二パターンだけ。一つは竜によって滅ぼされた』

 

 あり得るな。

 国ならともかく、都くらいならあっという間に滅亡させられるだろう。

 しかも、やりそうな奴が多い。

 もう一つは?

 

『特殊魔法によるもの。鍵を握るのは、ボスのラスト一体』

「ハムラはどんなボスなんですか?」

 

 ちょうど一人が最後のボスについて尋ねた。

 

「住人ハムラはパラクミのあちこちを歩き回っているボスだ」

「強いんですか?」

「弱い。倒そうと思えばすぐに倒せる。もちろんあなたでも」

 

 言われた一般人はわかっていない表情だ。

 

「……そんなに弱いのに、どうしてボスなんですか?」

「ハムラは特殊な魔法が使えるんだ」

「特殊な魔法?」

「封印」

 

 私を含めて誰もわからない。

 封印が極めて特殊な魔法だとは私はわかるが、なぜ封印が使えるとボス扱いなのか不明だ。

 他の奴らに関しては、封印魔法すら聞いたことがないという状況だ。

 私もシュウから聞いてなかったらわからかっただろう。

 

 ガイドもまず封印魔法がとても珍しい魔法というところから説明を始めた。

 その点に関しては全員の理解を得られた。

 

「ハムラは封印魔法を使えない」

「えっ?」、「は?」、「なんだって?」

 

 それぞれが声を上げた。

 封印魔法を自分にかけてるからだっけ?

 

「おっ、詳しいな」

「なぜ封印魔法を自分に? それに封印魔法が使えないなら、どうして封印が使えるとわかったんですか」

 

 どうしてでしょうね。

 

「アイテムの名前からだ。ハムラを倒すと『自己封印せしハムラの一念』が手に入るからな。自己封印をしていることがわかり、封印を解けば真のボスではないかと言われている」

「封印は解けるんですか」

 

 解けるの?

 

「学者先生がアイテムを解析しているから、近いうちに解けるかもしれない」

「楽しみですね!」

 

 本当に楽しみだな!

 

『その男は大切なところをはぐらかしてる。封印されたアイテムは七百年近く解析されてるんだ。なお、解析にはいっさいの進展がない』

 

 えぇぇ。

 七百年って、えぇ……。

 

『学者先生が七百年かけて解析できない封印魔法を使えるんだよ。紙面で残ってるのが七百年だから、実際はもっと前だ。千年はかかってる。進展はゼロ。ボス認定されてもおかしくないでしょ』

 

 そりゃそうだけどさ。

 絶望的じゃないか。

 

『まあね。まともにやればとてつもなく難しいでしょうな』

 

 まともにやらなかったら?

 

『なんとかなるかもしれない』

 

 あ、そうか黒竜のスキルで消すつもりか?

 

『無理。封印より前にハムラ自体が魔力均衡崩壊で消滅する。そもそも封印魔法は、完成後に外部影響を非常に受けづらいから魔力吸収が効くかどうかすらわからない。たぶん効かないね』

 

 そうなのね。

 じゃあどうするの?

 

『まずはアイテムの徹底解析。可能なら解除する。封印スキルが欲しい』

 

 最近は言わなくなったが、封印を欲しがってたな。

 封印を初めとして呪いとかの特殊魔法関連スキルを私は持ってない。

 

『呪いとか断罪はなくても良い。癖が強すぎる。でも、封印は違う。とても欲しい。自己封印だけでもなんとかして手に入れたい。いちおう最後の手段も用意してる』

 

 自己封印だけでいいのか。

 何に使うの?

 

『能力プラスを振りたいんだよね。今の身体能力でも十分高いんだけど、ごくごく稀にいる異常に強い奴との戦いが現状ではきつい。振るのは簡単なんだけど、間違いなく次の段階で日常生活ができなくなる。それを封印で抑える。強い相手のときだけ封印を解除すればいいからね』

 

 あれ?

 すごい有用じゃないか。

 

『封印の使用難度は高いけど、手に入りさえすれば何とかなる。手に入りさえすればね……。ハムラがもう最後の希望だとすら思ってる』

 

 ハムラにはがんばってもらいたいな。

 

「ハムラはいつごろいたんですか?」

 

 そういえば、そもそもその話だった。

 

 守備部隊のメイリペンス隊長が初期の戦争まっただ中のころ。

 次に警邏部隊のロハゴス隊長が戦争終了後の中初期ごろ。

 この三隊を束ねる行政長官ナヴァルホスが中期の終わりごろなのかな。

 それで、安全部隊のハンゼ隊長が後期。

 最後にトゥレラが最終期。おそらく滅びに居合わせた。

 

 住人ハムラはどこだ?

 

「最初期だな。戦争直前の時代だ」

「隊長や行政長官は時代背景や役職でわかるのですが、トゥレラとハムラはどうやって時代がわかったんですか?」

「良い質問だ。過去の冒険者や学者先生らが、彼らと関係している人や、彼ら自身がどこに行くかを地道に調査したんだ。例えば、トゥレラは彼女の診療所を訪れる患者の行動先や衣服を見ればわかる。それに戦争時代や中期の不安定期に彼女のような存在を軍が見逃すわけがない」

 

 そりゃあな。

 超上級ボス超の人間がいたら戦いになんてならない。

 彼女が診療所にいること自体が、平和な時期であることの証左なのだろう。

 

 なるほどーと頷いて、次へと進む。

 

『あれ、そこで終わり? トゥレラはずばりそのとおり。付け加えるなら生活区域も時代ごとに微妙な差異があるからそこでわかる。でも、ハムラはちょっと違うんだ』

 

 行き先や、関係者でわかったんじゃないと?

 

『ハムラはまず見つけることが難しい。なぜか? ダンジョン全体が活動区域だから。特定の活動区域がない。さらに、奴はぼっちだ。関係者を張って待ち伏せするという手段が取れない』

 

 行き先はまばらで、関係者もいない。

 じゃあ、どうやって時代を特定したんだ。

 

『ずばり行き先と関係者。ちょっ、待った。怒らないでよ。これに歴史が加わるの。奴は行き先がランダムで、関係者がいないってことからある推定ができる。つまりね、奴はここが都になる前からいたんじゃないかってこと。これの裏付けが他地域の歴史書からされてる。パラクミが都になる前、ここには変わった力を持つ部族がいたらしい。その生き残りがハムラだって言われてるの。奴はこのパラクミに知り合いがいない。奴が行く何もないところは、過去にいた部族の家か何かがあったところだろう、とね』

 

 その部族はどこに行ったんだ?

 

『パラクミに関係者がいないところを見るに殺しつくされたんじゃない? まぁ、封印魔法とかを使える特殊魔法を使う部族が仮にあったとすれば、そうなる可能性は十分にある。もったいない話だね』

 

 もったいないというよりは、どぎつい話に聞こえたのだが。

 ガイドがハムラについて話さなかったのはそのあたりによるものかもしれない。

 

 

 

 ガイドツアーはつつがなく終了し、翌日からさっそく攻略に移る。

 

 すでに隊長三体と司令長官は倒した。

 言われていたとおり、シュウで斬ると申し訳ないくらいにあっさり倒せた。

 

 今は塔の最上階から周囲の景色を見ている。

 

『見つけた』

 

 私が景色を見ている間にシュウが、目的のボスを探してくれた。

 シュウが言う方向と目標物を見つけて、どこに走ればいいかを確認する。

 そのまま塔から飛び降りて、壁を走りおり、そのまま目標地点に到達した。

 探すのは難しいとガイドが言っていた。その割にあっという間に見つけることができたな。

 

『普通に探すと難しい。見た目が他のモンスターとほぼ同じだからね。魔力量探査もほぼ役に立たない。でも、コツがある』

 

 ほう。コツか。

 広く視野を持つことか?

 

『馬じゃないんだから。封印魔法の痕跡を探せば良い。特殊魔法はどれも波長が独特だから、スペクトル解析すればすぐわかる』

 

 よくわかった。

 私にはわからないということだな。

 

『正解。次の角を右ね。――そいつだ』

 

 角を曲がったところで、モンスターが一体だけ歩いていた。

 

 出会い頭に斬りつける。

 抵抗はない。斬られるまでまったく抵抗しなかった。

 

『アイテム見せて』

 

 結晶を解除すると、木の小さな箱が出てくる。

 蓋がついているので、開けてみようとするがまったく手応えがない。

 

『力づくではまず無理だね』

 

 そうだな。

 手が痛くなっただけだ。

 

『じゃあ、俺をくっつけてみて』

 

 箱を地面に落として、シュウの先端で突く。

 そのまま突き刺すつもりでやったのだが、表面でキンと弾かれた。

 

『いちおう黒竜と邪神様もやってみるか』

 

 言われてやってみたのだが、箱の蓋は閉じたままだ。

 これは難しそうだな。

 

『解析してみる』

 

 シュウを箱につけてしばらく待ってみる。

 昼飯を食べ、ときどき出てくる雑魚を蹴って倒し、復活したハムラがそのまま立ち去る。

 

 そろそろ諦めてもらおうかと思ったところで、箱の蓋が動いた。

 箱を見つめると、蓋が風に煽られて落ちた。

 

 やりやがった!

 さすがだな!

 

『失敗した。「ド田舎のマイナー部族の封印魔法とか、チートでちょっと解析すれば余裕だろ。月並みの魔法学者どもとは違うんだよ」とか思っていた時期が俺にもありました』

 

 ちょっと落ち込んでいる様子だった。

 でも、開いてるぞ。中身は……、空だな。

 

『破壊トラップを作動させてしまった。解析に反応させるとかやりおるわ』

 

 どうもチートの解析すら通用しなかったようだ。

 

『わかったこともある。これはね。開けようと思えば開けられる』

 

 開いてるもんな。

 

『ただし、中身の破壊魔法も仕込んであってこんな具合に中身が消えちゃう』

 

 その破壊魔法とやらは解除できないのか。

 

『できる。破壊目的の魔法はそこまでこだわりがないから簡単に解ける。問題は、その下に別コードの封印魔法がかかってることと、並列で破壊目的の魔法と解析に対するトラップがかかってることだね。ひっかかると中身がポーン。数層とかそんな深さじゃない。数百層もある。最終的に、これの全解除を同時にやらないと中身が無事に取り出せない。これは封印の解除というより、爆弾の解体に近い』

 

 思った以上に難しそうということはわかる。

 開けられるにしても中身が壊れちゃったら開ける意味がない。

 

 そもそも封印の解除はできるものなんだな。

 封印魔法がないと解除できないと思ってたんだが。

 

『そんなことないね。封印の仕組み自体は他の魔法でも実現可能なんだよね。現実世界でもやられてる。箱にモノを入れて蓋を閉めて鍵をかける。これだけ。封印魔法も同じ。モノが取りたいなら、鍵をピッキングすればいいし、箱を壊してもいい』

 

 なんか簡単な話だな。

 

『そうそう。対策として、箱や鍵が壊れないように頑丈にする。鍵が開けられないように複雑にする。開けようとした奴にカウンタートラップを仕掛ける。箱自体を見つからない場所に隠す。箱の偽物を複数用意しておく。このあたりは他の魔法でもできるでしょ』

 

 できそうな気はするな。

 ダンジョンにもトラップ付きの宝箱がある。

 普通の魔法でもできるなら、封印魔法はいったい何が特殊なんだ。

 

『まず、対象を選ばない。モノが実物じゃなくてもできる。能力や存在に対しても可能』

 

 そういや私の力を抑えるとか言ってたもんな。

 

『力を抑えるなら各種デバフでもできるんだ。封印魔法を封印魔法たらしめる最大の特徴は、やはりその封印形式だね。この木箱、なんであんなに硬くて頑丈だったのかわかる? おかしいでしょ。黒竜の魔力吸収は効かないし、邪神様のスキルすら弾くんだよ。それが今やただのぼろい木の箱。メル姐さんが指で弾くだけで消し飛ぶもろさだ。封印魔法とはいったい何か?』

 

 答えをどうぞ。

 

『算数なんだ。一足す一は二みたいなね。演算魔法なんて言われるくらいだから』

 

 ふざけてる?

 

『大真面目なんだよなぁ。あまりにも真面目すぎて、逆にふざけた話に聞こえるのはもっともではある。今回の場合だと、「蓋が閉じた状態の木の箱」に幾何魔法を施し数値化する。正確には行列だね。行列なんて言っても、ピンとこないだろうから数値と言わせてもらおう。その数値に、鍵となる魔法を数値化して順繰りに掛けていく。最終状態の数値を魔法に戻してから箱にたたみ込む。これが封印魔法のシンプルな仕組み』

 

 シンプルではないな。

 魔法の数値化とかできるの?

 

『頭の中に魔法陣を描いて、その魔法陣を全て数に置き換えるというのかな。わからないと思う。俺は想像できるけど、チート無しでの実用化はまずできない。端的に言おう。封印魔法は天才中の天才、異常中の異常にしか使えない』

 

 天才云々はどうでもいい。

 なんで数値化した魔法を掛けると封印なんてことになるんだ?

 

『状態として矛盾してるから。最終状態の数値って魔法としては、何の価値もないんだ。でたらめな数値を魔法にしてみただけだからね。原則として何も起きない。でも、その最終的な数値を出す上で、掛け合わされた魔法は詠唱されたこととして扱われる。演算詠唱って奴だね。で、発動されないはずの魔法を発動するために、他の魔法が発動しようとする。問題は発動したときにどうなるか。もしも発動すると、最終的な魔法に意味が生じるんだ。たたみ込んだ魔法群を発動すると、最終的な魔法がそれまでの魔法を全て含んだ謎の魔法としてできあがってしまう。意味のない魔法が、意味のある魔法とイコールになる。これはあり得ないぞって事で全体が待機状態になる。この状態を作り出すのが封印魔法の封印形式』

 

 意味がわからん。

 聞かなきゃ良かった。

 

『計算と過程は正しいのに、その結果と現象は正しくない。世界法則の歪さを利用する封印形式だね。この状態になっちゃうと外部からの干渉をほぼ受けつけなくなって、容易には解除できないんだ。逆過程をそっくりそのままなぞるか、法則そのものを上手く壊していくか。で、さっきは破壊に失敗した。こいつは逆過程をそっくりそのままなぞるしかできなさそう』

 

 得意のチートで逆過程をなぞっていくことはできないのか。

 

『できるっちゃできるけど、何の魔法が掛け合わされてるか調べた上で、逆行列計算をしないといけないからね。時間がかかりすぎる。逆行列計算ってオーダーが三乗だからね。数層ならまだしも、数百層にいっちゃうと、半端ない数値になる。そんな計算やってられないから上手に破壊しようとしたんだけど、トラップに引っかかった』

 

 らしいな。

 これは難しそうだ。

 

『他にもわかったことがある。箱の中身だ。これは中身を壊す魔法から推測できる』

 

 すごいじゃん!

 解除こそできてないが、進展は凄まじいな。

 で、中身は何なの?

 

『髪の毛だろうね』

 

 髪の毛!

 ……髪の毛?

 髪って、頭の髪のこと?

 

『そう、メル姐さんにも生えてるやつ』

 

 お前にはないな。

 なんだシュウはハゲだったのか。

 

『ハ、ハゲちゃうわ! 冗談はさておき、中身は髪の毛で間違いない』

 

 髪の毛かぁ。

 なんか思ったのと違うな。

 

『誰の髪の毛かはわからない』

 

 誰のかわかったところでどうしようもないがな。

 他にわかったことはないのか?

 

『ある。ここまでの発見から、この封印は正しく封印の意味をもってると言える』

 

 正しい封印の意味?

 

『一つ目は、中身を他者から隠すということ。二つ目は、箱に封印魔法が使われていることを他者に知らせるということ。三つ目は、封印本来の意味――中のモノが外に出ないよう、かたく閉じてふさぐこと』

 

 中身は髪の毛だろ?

 外に出たところでどうってことないんじゃないのか?

 

『ふつうの髪の毛ならどうってことはない。ただの思い出やら形見で片付けられる。問題なのは、ハムラが不思議な力を持つ部族の出身って推測されてるところ。もしも部族が、特殊魔法を使える奴らで構成されていて、中身の髪の毛がそいつらのだっていうのなら、間違いなく髪の毛に力が込められてる。呪いの系統だ。一度きりの短時間とは言え、髪は自らの力を分けるのにうってつけの素材だからね』

 

 つまり、その箱の中身は呪いがかかった髪だと。

 

『やや違う。部族の奴らの力が呪いで込められた髪。さっきも言ったけど、この箱は一種の爆弾だね。封印を解除して開けたらとんでもないことになる。たとえば、一夜で都を滅ぼして、ダンジョンにしてしまうとかね』

 

 …………やばいな。

 

『今、素晴らしい力だなぁ、とか思わなかった?』

 

 思った。

 ダンジョンにするとかハッピーすぎるぞ。

 どんどんやってくれと思ったな。反省はしてない。正直な気持ちだ。

 

『まあ、そこは今さら言っても仕方ない。都の終焉がわかったのは良いことだね』

 

 そうだな。

 ハムラが箱の封印を解除して街を滅ぼしたわけだ。

 これで長年の真のボス議論に決着が付いたな。

 

『いや、まだ付いてない。箱の封印は解除されただろうけど、ハムラは解除してない。時代が合わない。彼の種族は人間で、都の最初期ですでに青年。最終期には百歳を間違いなく越えてる。死んでるでしょ』

 

 生きてたかもしれないだろ。

 最後の力を振り絞って封印を解除したのかも。

 

『それもあり得ない。奴は自らの封印魔法すら封印してた。その封印は解除できない。アイテム名が「自己封印せしハムラの一念」だ。都を滅ぼしたい思いはあっただろうけど、それを抑えていたのが名前からもわかる。自己封印もその結果でしょう』

 

 じゃあ、誰が封印を解除したの?

 

『それが新しい問題だ。俺のチート解析ですら解除できない封印を解いたやつがいる』

 

 何か新しいことがわかれば、新しい謎が増える。

 こういうのって嫌いだ。全部が一気に解決すればいいのに。

 

『世界は複雑なんだ。快刀乱麻を断つようにはいかない。一つずつ問題を解決することが、ゴールに繋がるの』

 

 はぁ、めんどくさ。

 それで、この後はどうするんだ?

 

『トゥレラを訪ねるかなぁ』

 

 戦いはなしで頼む。

 昨日、ツアーで見たとき逃げたくなった。

 あれは挑んじゃいけない奴だ。

 おとなしく診療のお手伝いイベントで勲章をもらうことにしよう。

 

『戦っちゃいけない点に関しては同意だね。俺をジッと見てたからね。噂以上に強いよ。それと勲章をもらいに行くわけじゃない。話をしに行くんだ』

 

 何の話だ?

 

『特殊魔法は遺伝しやすい。ハムラから特殊魔法を引き継いだ子か孫がどこかにいるはず。それ以外でこれを解ける奴は考えられない。この都で多くの人を診てて、見つける能力が異常に高い彼女なら知ってる可能性がある』

 

 ハムラの子か孫が封印を解除したってことか?

 

『そうだね。あの箱がどれだけやばいものだったかの自覚はおそらくないはず。才能を引き継いでしまった子孫は、難問パズルを解く感覚で封印を解いてしまった』

 

 その結果がこのダンジョンか。

 感謝するしかないな。

 

『肝心なのは、その子孫がこの事態を受け入れているかだね。メル姐さんには慶事でも、他大多数にとっては大惨事だ。その子にまともな精神があるなら、きっと責任を感じているんじゃないかな。モンスターになった今も、都の人たちからの追及におびえて、誰の目も届かないところに隠れているかもしれない。おそらくまだ、誰もその子孫を見つけていない。何が言いたいかわかる?』

 

 まだ見つかっていない存在――すなわち、パラクミの真のボスだと?

 

『あり得ない話じゃない。うん。そうするとトゥレラに合う前に、ハムラの確保を先にするか。トゥレラのお手伝いイベントフラグが立ってるから潰さないとな』

 

 ハムラを確保するのはなぜだ?

 

『ハムラが街を彷徨ってるのは、部族の奴らが居た場所を巡ってるからと考えてた。でも、さっきの話が正しいならちょっと違いそうだよね。ハムラは、封印解除した子孫を探してるんじゃない? 探しだしてどうするかは、ここではおこう。ただ、それなら俺達と目的は同じはず。メル姐さんは真のボスを見つけられる。ハムラは子孫を見つけられる。俺もあわよくば封印スキルが手に入る。悪いことは何もない』

 

 素晴らしいな。

 さっそく行くことにしよう。

 

『あらかじめ言っとくけど、真のボスは極限級の強さがあると考えといて』

 

 は?

 隠れたガキを探し出すだけじゃないの?

 探すのは難しそうだが、強いとかわかるのか?

 

『バッカ。箱の封印を解けるだけの封印魔法と、解いた箱の中身――各種特殊魔法を背負ったボスだよ。もっと具体的に言えば、トゥレラのいたこの街を、トゥレラも含めて一夜で頽廃させる力があるボスだ。弱いわけがない』

 

 普通にやばくないか?

 勝てるの? トゥレラにすら勝てないと思うんだが。

 

『相性の問題があるからね。トゥレラは特殊魔法には弱いと思う。まぁ、特殊魔法に強い奴なんてまずいない。俺でも呪いと他少しに耐性をつけるのがせいぜいだ。そんなわけで、今回はパーティーを組んで挑むことにしよう。一本の矢ではたやすく折れるが、三本束ねれば云々かんぬん』

 

 パーティー?

 誰と組むんだ? 昨日のガイド?

 

『そんなわけないでしょ……。特殊魔法に詳しい奴と、チートを付与したら特殊魔法に耐えられそうな奴だよ』

 

 思い浮かんだ奴が二人、もとい二体いた。

 一体は不安しかなく、もう一体は恐怖しかない。

 

 

 

 トゥレラの診療所にやってきた。

 ハムラも一緒である。わずかな抵抗を見せたので、腕に抱えて強制連行した。

 

 言葉こそわからないが、さすがのトゥレラも困惑していた。

 とりあえず診療の待合で待たされる。診療の客が帰るまで待てということだろう。

 

 他のモンスターどもが、帰ったところでようやく部屋に呼ばれる。

 ちなみに腕は良いらしい。特に整形の腕は超一流で、人間が訪れることもあるとか。

 

 狭い部屋に、私とハムラ、それにトゥレラがいる。

 先ほどシュウと話したことを、シュウの伝達込みでトゥレラに話す。

 他のモンスターはともかく、トゥレラは話すことすらできないが、言葉は伝わるらしい。

 トゥレラは何も言わず私の話を最後まで聴き、確認するかのようにハムラと音のない口パク会話を始める。

 

 ハムラは最初に驚いた様子で、私を見つめ、その後からぽつりぽつりと話している……ように見える。

 話してくれてはいるようだが、私には何を言ってるのかさっぱりわからない。

 話すごとに彼の周囲の空気がトーンダウンしていくのはわかった。

 

 ある程度、話を聞くとトゥレラが立ち上がり、ハムラの正面に立った。

 塞ぎ込んでいるハムラに何か声をかけたようである。

 

 ハムラが顔を上げたところで、トゥレラが彼の頬を張った。

 

 破裂するようなすごい音がした。

 しかも、一発じゃない。右を張った後で、左からまた張った。

 

『手加減はしてる。音はすごいけど痛みはあまりないはず』

 

 そりゃ手加減はしてるだろうが、なんで張ったんだ。

 

『見た感じだとハムラが「僕が封印の箱なんて残してたからこんなことになった。僕のせいだ。子孫にも酷なことをさせてしまった。僕のせいなんだ」って自分を責めて陰鬱になってたところで、トゥレラが頬を叩いて活を入れたんでしょう』

 

 解説どうも。

 効果はあったようだな。

 下を向いていた顔が、正面を向いたぞ。

 でも、なぜ二発。

 

『一発だけだと駄目だった。一発目で思考が混乱したところへの二発目で混乱と陰鬱さを消した。彼女なりの治療法じゃないかな』

 

 荒療治すぎない?

 ……効果があるならいいか。

 

 ハムラが席を立ち、トゥレラも席を立った。

 私もあわせて立ち上がり、外に出る。

 

 こうしてチート、自己封印、闘神という奇妙なパーティーができあがった。

 

『ここまで意思の疎通が難しいパーティーは、世界で初めてじゃないかな』

 

 目的が同じなら意志の疎通など、もはや必要ない。

 それぞれがやるべきことをやるだけだ。

 

 

 またしても行政長官のいる塔の最上階にやってきた。

 

 パーティーリングで登録をしたが、やはり会話はできないようだ。

 チートの力で強化されたトゥレラが、塔から都市の様子を四方八方と観察している。

 ちなみにここのボスである行政長官殿は、明らかにトゥレラを見て見ぬ振りをしていた。

 通常だと塔の中に入れば、モンスターが襲ってくるはずなのだが、トゥレラを見るや否やどいつもこいつも目と体を逸らしてしまった。

 目を逸らすどころか逃げ出した奴すらいる。

 

『こいつ、少なくとも一回はここに殴り込みをしたんだと思う』

 

 わかる気がする。

 私も似たようなことを過去にしたときは、周囲の反応がこんなのだった。

 

『パーティー登録してわかったんだけど、トゥレラは雲竜の関係者だね。「”流派竜雲不到”免許皆伝」なんてスキルがある』

 

 雲竜なんて会ったことないぞ。

 ……ないよな?

 

『直接はないけど、何度か名前を聞いたり見たりはしたね。あちこちで武術を伝えてるんでしょう。関係者らしきのが他の世界にもいた。氣とかいう、よくわからん力を使う奴だ』

 

 まぁ、竜だからな。

 何でもありだろ。

 

『一方のハムラはやっぱり特殊魔法部族っぽい。「サマノス集落の生き残り」とかいうスキルがある』

 

 なんか暗い名前だな。

 効果は?

 

『解説文が「彼はただ一人生き残ってしまった」のみ。他には何も書いてない』

 

 解説が不吉だ。

 連れてきたのはいいけど、戦えるのか?

 

『自己封印が解除できないから戦えないよ』

 

 いなくても良いんじゃないの。

 極限級ボスの相手が務まるとは思えないぞ。

 

『やられても別に良い。復活するからね。ハムラは戦闘じゃなくて、イベント用のキーパーソンという役割だから。そもそも、ハムラはボスの標的にならないんじゃないかと思ってるけど、お、見つけたらしい』

 

 トゥレラがこっちを向いて、手招きしてくる。

 行こうと思ったら、体が勝手に動いた。トゥレラの方へ体が引き寄せられる。

 ……なんだこれ、魔法か?

 

『いや、魔法じゃない。術技に近いけど、魔力の消費も変換もないぞ。なんだこれ?』

 

 シュウでもわからないならお手上げだな。

 とりあえず、トゥレラが指さすところを見る。

 見たのだがさっぱりわからない。どこを見れば良いんだ?

 

『……やべぇ。わからん。どのフィルターをかけても、何もおかしなところが出てこない』

 

 お手上げだな。

 もう案内してもらおう。

 

 聞こえていたようで、トゥレラがハムラの首根っこを掴んで塔から飛び降りた。

 私もそれに続いて、塔から飛び降りる。

 

 地上に降りて、トゥレラの後を追う。彼女が足を止めたのは人通りの多い区画だった。

 周囲にも建物が建ち並び、前後左右で元住人の動きが見られる。

 私にはそう感じるが、シュウにはどうだろうか。

 

『なるほど、フィルターには出てこないけど、これはおかしいね』

 

 どこが?

 

『人通りは多いけど、この道のこの地点をまたぐ元住人が異常に少ない。それとここを中心にして、両隣の区画の建物が、他の区画の建物と比較してやや長い』

 

 建物がどうこうはよくわからないが、ここを分け目にして人の移動が少ない気がする。

 まるで、ここに見えない壁があるようだ。

 

『俺も見たことないんだけど、特殊魔法に「縫合」ってのがあるらしい。空間を縫い合わせてるのかな。つまり、ここには本来別の区画があって、両隣の区画をむりやり引っ張ってつなぎ合わせてる。それによって、この下って言うのが正しいかわからんけど、その区画を隠してるんじゃないかな』

 

 そんなことできるの?

 

 シュウは答えない。知らないことは口をつぐむやつだ。

 トゥレラがハムラに何か話しかけると、彼は首を縦に振った。

 

『空間フィルターを通り抜けるほどの空間操作魔法か。恐ろしいな』

 

 恐ろしいのはわかるが、これはどうやって元に戻すんだ。

 

 私が尋ねると、トゥレラが私を引き寄せ、ここを斬れというジェスチャーをした。

 言われたとおりに私がシュウを振るうとトゥレラが空間に片手を突っ込んだ。

 彼女の指が、空中で消えている。

 

『うわ、すっげ……。空間にわずかな隙間を作らせて、手でこじ開けてる。力業の極致だ。指の下に俺を刺してみて』

 

 言われたとおりにトゥレラの指の下にシュウを刺す。

 何かがブツリと切れた感触があった。

 

 トゥレラがシュウの横にもう片方の手を差し込む。

 建て付けの悪い扉を開くように、両腕を開いた。

 

 先ほどまで、私のすぐ隣を歩いていた元住人が、急激に遠のいていく。

 遠のいていく街並みと私たちの間に、新たな道と建物が現れた。

 

『左側の三件目にいるね』

 

 私たちはその建物にむかって歩く。

 家の中を窺うが、人のいる気配はない。

 

『奥』

 

 誰もいないガランとした家の中を三人で進む。

 奥の小さな部屋のその隅に、小さな背中が見えていた。

 

 ハムラが一歩前に出て、何かを呟いた様子だった。

 声をかけられた小さな背中がビクリと震える。

 

 ハムラがゆっくりと近づき、その足を急に止めた。

 なぜ足を止めたのかはわからないが、すべきことはすぐにわかった。

 

 逃げないといけない。

 ここにいては駄目だという感覚が襲いかかってきた。

 

 ハムラに背を向けてそのまま家の外へ走る。

 私が外に出ると、すぐにトゥレラも後を追うように出てきた。

 彼女の片手にはハムラが掴まれている。

 

『さすがの逃げ足。あと少し遅かったら巻き込まれてたね』

 

 どこかから獣の鳴き声が聞こえた。

 この都にも犬やら猫はいるが、どれもモンスターの一部だ。

 何が言いたいかといえば、元住人が喋らないように、彼らが鳴くことはない。

 この都は多くの元住人がいれど、基本的に静穏に包まれている。

 その静穏を引き千切るような獣の鳴き声だ。

 

 聞こえてくる鳴き声は一種類じゃない。

 犬や鳥に始まり、他にも数種類の鳴き声が混じっている。

 

『出てくるよ。もっと離れていた方が良い』

 

 言われたように離れると、建物の壁を突き破られた。

 壁が崩れ、土煙の中から出てきたのは継ぎ接ぎだらけの犬だった。

 

 体はこの都のモンスターと同じ魔力体だとわかる。

 しかし、どう見ても違うのは顔だ。

 

 犬の顔部分に生身の人間の顔が貼り付いている。

 その顔は怒りに歪み、目から血の涙を流していた。

 

『あの顔は滅ぼされたサマノス集落の人だろうね。箱から解放された呪いが、周囲の獣に取り憑いた。その獣たちがパラクミの住人を一夜で殲滅し、ダンジョンという歪な都を現世に残した』

 

 おもしろくなってきたな。

 なぜだろう。さっきは逃げないといけないと感じたが、この犬からは先ほどの気配を感じない。

 

『出てきた獣が四方に散らばったからでしょう。まとめて相手は出来ないけどばらけてくれるならこっちとしては助かる』

 

 そうだな。楽になった。

 三人でかたまって、ゆっくり各個撃破で行くとしよう。

 

『それはやめた方が良い』

 

 どういうことだ?

 

『時間制限がある。観測したところ出てきた獣は三十三体。彼らの目的はかつてと同じ――パラクミ住人の殲滅だよ。今もモンスターになった住人達を襲ってる。全てを殲滅したら消えるだろう』

 

 あれま。

 でも、こっちにはトゥレラがいるから大丈夫じゃないの。

 

『トゥレラが最後に残るとしても、こいつらが集まると倒せない可能性が高い。二手に分かれて倒していくのが良いと思う。幸いなことに、メル姐さんとハムラはモンスターの攻撃対象外だ。こいつらはパラクミの住人を優先して狙ってる』

 

 さっきから犬がトゥレラばかりを攻撃してるのはそれでか。

 

『魔力体なのもありがたい。襲ってるところを横から攻撃すりゃなんとかなる。やられる前にやれば良い。犬を横から切って』

 

 トゥレラと戦っていた犬を横から貫いて倒す。

 あのトゥレラが苦戦するとはすごい犬だな。

 

『縫合魔法ってやつだね。空間を自在に操って、位置を惑わせてた。トゥレラはハムラから特殊魔法の効果を聞いて戦って。こいつらは初見殺しのオンパレードだからね』

 

 犬を倒したところで、私は二人と別れて獣たちを狩っていくことにした。

 

 そこそこ倒したのだが、今のところ苦戦はない。

 やはり私を標的にしてこないようだ。

 

『いやぁ、すっごいね! 特殊魔法の見本市だよ! 呪怨、縫合、断罪、虚無、崩壊、啓示、泰然、羅刹! この短時間で名前だけしか知らなかった魔法を、三つもデータ採取できた! 名前すら知らないのもあったよ! トゥレラ側も行ってみたいなぁ』

 

 恍惚としているところ悪いんだが、次の標的を教えてくれ。

 見えたモンスターを連鎖的に倒していったが、周囲にはいなくなってしまった。

 

『そうだね。速く倒さないと経験値泥棒に倒されてしまう。虚飾や憑依に、まだ見たことがない奴だっているかもしれない。急ごう!』

 

 獣をまたしても倒していき、トゥレラたちと再会したのは塔の入口だった。

 どうやら残りは一体で、ここの上にいるようだ。

 

『あっ!』

 

 どうしたの?

 

 シュウが答えるよりも先にトゥレラが動いた。

 塔が上から消え始め、トゥレラが手を挙げたところで止まる。

 

『速く塔に入って。縫合で閉じられるよ』

 

 慌ててハムラを連れ塔へ入る。

 後ろを見ると、空がねじ曲がり地上にくっついていて、空と地上の間にトゥレラの指が見える。

 走り寄るが、指はそのまま消え去ってしまった。

 

『二重に縫合しやがった。先に行こう。これ以上縫い合わされたら対処できない』

 

 ハムラと一緒に塔を上がる。

 中にいたモンスターはもう残っていない。

 

 最上階にいたのは行政長官ではなく、小さな背中と大きめの犬だった。

 広い部屋の隅で丸まっている少女の脇に人面犬が寄り添っている。

 

『犬を斬って。急いで』

 

 景色が歪みかけたところで、人面犬に近づき切り捨てる。

 残ったのは小さな背中だけだ。

 

『む』

 

 なに?

 切り捨てた方が良いのか。

 

『やってみてもいいけど、おそらく意味がない』

 

 どういうことかはシュウを振るってからわかった。

 小さな背中の表面をシュウが擦っただけで、倒すどころか傷すら付けられない。

 これってもしかして――。

 

『うん。自分を封印しちゃた』

 

 どうするんだこれ。

 

『とりあえず、解析してみるか。――げっ、あの箱と同じ封印だ、いや違う。さらに複雑にしてやがる』

 

 お前じゃ解けない、と。

 

『二年、いや、一年ほどここにいてください。真の封印解除ってやつを見せてやりますよ』

 

 長い。却下。

 なんか良い方法ないのか。

 

『ある。これなら半日で済む』

 

 いいじゃん。だいぶ短い。

 どうするんだ?

 

『俺がハムラの自己封印を解除する。そんでもって、ハムラがこの子の封印を解く』

 

 ハムラの封印は解けるのか?

 

『見た感じ自己封印は箱ほど複雑じゃないね。俺の華麗なる封印解除を見せてやんよ!』

 

 真のボスの封印を解除できない時点でもう華麗じゃないな。

 

 

 

 まだか?

 

『……あとちょっと』

 

 半日どころか一日が経ってしまった。

 塔の周りの空間縫合はすでにトゥレラが引き千切った。

 そのトゥレラは、この封印状態を把握し、進展がないことを悟り診療所に帰った。

 行政長官も蘇ったが、トゥレラが怖いのか私たちのことも見て見ぬ振りを決め込んでいる。

 

 

 寝っ転がっているとシュウが叫んだ。

 

『解けた!』

 

 やっとか。

 

『どうよ? 見違えたでしょ』

 

 ……何が?

 お前もハムラも何の変化もないんだけど。

 変化のないハムラが、スタスタと封印された子供のところへ歩み寄る。

 

『よっしゃ。いったん帰ろうか』

 

 え、ハムラとガキは?

 

『あのガキの封印って、俺が解除した自己封印とは比べものにならない凶悪な封印だよ。今日、明日で、解除なんて――』

 

 シュウの声が止まった。

 少し待ったが続く言葉はない。

 ハムラの方を見ると、子供が動いている。

 

 え、もう封印が解けたのか。

 

『天才はいる』

 

 封印が解けた驚きよりも、シュウの声に滅多に含まれない感情が滲んでいたことが印象に残った。

 これ以上は何も言いたくないようだ。

 

 ハムラが子供を抱きしめて、落ち着かせている。

 子供が泣いているようだが特に何かが起きるわけではない。

 

 どちらかといえば、いつの間にか隣に現れていたトゥレラが気がかりなくらいだ。

 

 

 

 翌日である。

 

 ダンジョンから戻って報告やらなんやらを済ませ、一晩ゆっくり休んだ。

 今日もまたダンジョンへ行き、例の子供を見に行く。

 昨日は見送るだけで終わったからな。

 

 例の子供はトゥレラの診療所にいた。

 受付の手伝いをしている。

 

『まあ、過去のことを考えるとそれがいいでしょうな。トゥレラの庇護を受けられるから』

 

 それはそうか。

 しかし、真のボスと闘神が一緒だと戦いづらいな。

 

『真のボスぅ? あのガキがぁ?』

 

 あの子が真のボスだったろ。

 また特殊魔法の獣とかを呼び出してもらえないかな。

 

『あの子はただ隠れてただけ。それと封印魔法もそこそこ使えるね。でも、真のボスじゃないよ』

 

 え、じゃあ誰なの?

 

『昨日の封印を解いたやりとりを見て、満場一致異論無しスタンディングオベーション満漢全席衆議一決でハムラが真のボス』

 

 昨日のやりとりって、ハムラがお前の解けなかった封印を一瞬で解いて、それから抱擁し合ってただろ。

 あと、なんか変なの混ざってなかった?

 

『間が抜けてる。ハムラが子供の封印を解いた直後、その子供が周囲に封印魔法を発動させまくった。その無差別封印をハムラが一瞬で全解除した。抱擁はその後。トゥレラも横で足を止めてたでしょ。ハムラの力がやばくて近づけなかったんだ。あの子供も大概だけど、封印を解いたハムラは次元が違う。歩く量子演算器だよ。あいつの目には世界がどう見えてるんだ』

 

 トゥレラが近づけなかった?

 

『もっと言えば、チートで強化されたトゥレラが近づけなかった。速さと力が桁違いだから、やろうと思えばやれるだろうけど、近づくのを躊躇わせる力をハムラは持ってる』

 

 トゥレラは逃げようと感じたが、昨日のハムラはまったく怖さを感じなかったぞ。

 

『チートでパーティ組んでるからね。攻撃を無効化できるってのが一つ。それに本人に敵意が皆無だからでしょう』

 

 そういえば、戦おうとする気配がまったくなかったな。

 自己封印を解除した後もずっと大人しかった。

 

『特殊魔法って、その属性と持ち主の性質がセットで決まってるんだ。呪怨は根に持つタイプで、断罪は二分的思考とかってね。封印は感情や行動の抑制だね。特にあれだけ封印の才能があると、その抑制は凄まじいはず。現に集落を壊滅されても自己封印して感情を抑えてるくらいだから』

 

 すごいというより不自由さを感じるな。

 もっと感情的になったほうが、楽しいだろうに。

 そのハムラはどこに行ったんだ?

 

『消えた。真のボスらしく姿をくらませた』

 

 は?

 消えた?

 

『見えるところにはいないよ。探してた子孫も見つかって、トゥレラに庇護をしてもらえることになったからね。この都にいる必要がない』

 

 じゃあ、奴はどこに行ったの?

 

『隠れてた子供と同じだね。縫合をうまく使って、使わない区画に籠もった。彼の同郷人らと一緒にね』

 

 それって、あの獣たち?

 

『そうなる。隔離された空間で、彼らの怒りも封印して、永い時間を穏やかに過ごすんでしょう』

 

 じゃあ、真のボスとは戦えないのか。

 

『そもそも空間に入れない。トゥレラも手伝ってくれないだろうから』

 

 なんと……、私はいったい何のために真のボスを探したのか。

 

『真のボスがはっきりしたからいいじゃない。それにだ。置き土産と言わんばかりに、封印スキルと各種特殊魔法のデータも手に入った。真のボスと戦えないマイナスよりも、プラスの方が遙かに大きいよ』

 

 お前にとってはな。

 私にはあんまり価値がない。

 

『そもそも現状じゃ絶対に勝てない。こっちの封印スキルよりもあっちの封印の方が確実に上だから完封負けだよ。加えて、他の特殊魔法使いの仲間も、メル姐さん単体を狙ってくるからもう本当にどうしようもない。時空震で強制的に空間を繋げてもいいんだけど、繋げた瞬間に逃げが発動するだろうね』

 

 うーん。

 それはそうかもしれない。

 

『ようやく得られた彼らの平穏を脅かすべきじゃない、と俺は思うがね』

 

 それもそうかも。

 とりあえず真のボス問題が明らかになったから良しとするか。

 

『せやせや。まぁ、真のボス問題が明らかになって、また新しい問題が出たんだけどね』

 

 聞きたくないけど言ってみろ。

 

『現ダンジョンから歴史がちゃんと裏打ちされた。原住民である特殊部族の奴らの執念がパラクミの都を壊滅させた。元を辿れば、その原住民らはパラクミに対して凄まじい怒りを抱いてた。なぜか? パラクミの住人たちが、かつてあの集落を壊滅させたから』

 

 そうなるな。

 ガイドのときにも言ってたじゃん。

 

『この普通水準に毛が生えた程度の力しかないパラクミ住人達が、どうやってあの村を壊滅させたのか? 物量で正面から攻めても返り討ち。不意打ちするにも啓示魔法の使い手がいたから後手には回らない。周囲の補給線を切ってからの内部崩壊はあり得るけど、自活できてそうだから決定打にはなるか怪しい』

 

 前提が違うんじゃないか。

 実はパラクミの奴ら以外が壊滅させたとか。

 

『あり得る。でも、昨日見た彼らの怒りは本物だった。間違いはなさそう』

 

 顔が怒りで歪んでたもんな。

 前提は正しそうだ。

 

『そうなると部族の中に裏切り者がいたってのが一番あり得るところでしょうな。特殊魔法で裏切る性質を持つ奴だ』

 

 特殊魔法の人たちは性格の一覧かなにかなの。

 

『ずばり叛逆魔法だね。相手との力量差があるほど、力が発揮できる特殊魔法……らしい』

 

 即答だけど伝聞なのか。

 じゃあ、そいつが犯人なんじゃないの。

 

『可能性は極めて高い。ハムラからもらったデータの一覧に名前はあるけど、詳しいデータが欠けてる。人面獣の中にもおそらくいない』

 

 もう決定じゃん。

 その使い手はどこに行ったんだ?

 

『さあ? もしかしたら子孫がパラクミにいたのかもしれない。もしもいたのなら、パラクミを裏切る可能性も高い。どうして封印魔法の子孫が、あの箱を開けるに至ったのか。そのあたりにも関与しているかもね』

 

 考えすぎじゃないか。

 

 それより次のダンジョンのことを考えよう。

 

 

 

4.スコタディ霊園を統べる者

 

 次はやはり北だよな。

 

 ウリ山系に沿って北上し、タリエ深林地帯に行く。

 その後はウリ山系とディアドン川に沿って南西へ。超上級の星雲原野ガラクスィアスに挑む流れだな。

 

『いや、まっすぐ西に進むのはどう? サブマの街の近くにスコタディ霊園がある』

 

 スコタディ霊園はスキップするって決めたろ。

 お前も行きたくないって言ったじゃないか。行った後がめんどくさい、と。

 

 スコタディ霊園の北は山に、西は川に、南は沼地に囲まれており行き止まりだ。

 ダンジョンを攻略した後はまた元の道を戻らないといけない。

 

 しかも初級でアンデッド系の霊園ダンジョンだろ。

 中級以上ならまだしも、初級ならだいたいどこも似たようなものだ。

 

『あのときは、行くのが面倒だし、どうせ何もないと思ってたんだ。ところがどっこい。とある情報筋から手に入れた話だと、今、スコタディ霊園がホットなんだ』

 

 ほう、詳しく聞こうか。

 簡潔に頼む。

 

『リッチが現れた』

 

 何か思ったよりもつまらん話だな。

 リッチってあれだろ。魔法を使うアンデッドだろ。

 別に珍しくもない。リッチなんてあちこちにいるでしょ。

 

『いないよ……。間違いなく別のモンスターと混同してる。メル姐さんが考えてるのは、メイジスケルトンかマミーあたりでしょう』

 

 ふーん。

 で、リッチが出るとどうなるの。

 あまり魅力を感じないぞ。せいぜい初級でしょ。

 

『いや、中級に上げるそうだよ。これは確定情報。というより、この情報から遡ってリッチのことを知った』

 

 リッチが出ただけで中級に上がるのか。

 

『そりゃあねぇ。スケルトンやマミーなんかとは格が違うから。リッチになるのってめっちゃ難しいんだよ』

 

 そんなもんなのか。

 どれも似たようなものだと思ってた。

 

『全然違う。さらに気になる点がある。なんとそのリッチ。あまり見ない魔法を使うんだって』

 

 あまり見ない魔法?

 お前が前に言ってたコンパクト草とか、流てなんだかかんだかとかいうやつか。

 

『魂魄操術と流転輪回ね。そんなもん使ってきたら一気に超上級いっちゃうよ。闇魔法を使うらしい』

 

 地味だな。

 闇魔法ってあれでしょ。

 斥候とか暗殺業の人が使う、暗闇を操作したりするやつでしょ。

 

『それ、光魔法やで……。光を屈折させてるだけ』

 

 違うのか。ああ、それならあれか。

 高難易度のボスとかが使う暗闇に引き寄せて押しつぶすやつだ。

 

『それは重量の操作。もしくは純粋にベクトル操作。闇魔法はそんな高難度の魔法じゃない』

 

 だが、闇魔法なんて使ってる奴を見たことがないぞ。

 

『俺も滅多に見ない。たまにいるけど、比較的まともな形になってるのは二回だけかな』

 

 そのうちの一回はどうせあいつだろ。

 金髪のエルフくらいしか使えない魔法なんじゃない。

 

『アイラたんも闇魔法は使えなかった』

 

 あいつに使えない魔法があるのか!

 闇魔法のすごさをようやく実感できた気がする。

 

『誤解してる。アイラたんは発動できる。でも、使うことはできない。闇魔法を理解できない』

 

 よくわからんけど、めちゃくちゃ難しい魔法ってことじゃないの。

 それか、素質がいるってことでしょ。今回の特殊魔法の封印とか呪いみたいな。

 

『いや、まったく。誰でも発動できる。詠唱すればメル姐さんでも発動できるよ』

 

 え、ほんとに?

 

『うん。ちょっとやってみようか』

 

 わぁい。

 とても嬉しいから、しばらく「くん」付けで名を呼んでやろう。

 

『おおぉ、そんなに喜んでくれるとは。よし、それなら高位をやってみよう。俺に続けて詠唱してね』

 

 いきなり高位魔法か!

 なんだか緊張してきた。魔力が足りるかな。

 

『他なら無理だけど、闇なら高位が一番やりやすい。じゃあ始めようか』

 

 シュウが一拍おいてから詠唱を始める。

 

<我が暗きは地の淵にあり、世の昏きは天の淵にあり――>

 

 シュウの詠唱に遅れて、私も言の葉を紡ぐ。

 体から徐々に力が抜けていき、魔法が発動されるのだなと感じた。

 

 ………………感じたのだが、詠唱からしばらく経っても何もおきない。

 

『おきてる。発動されてる』

 

 発動されたというのは、なんか疲れたからわかる。

 

 でも、何も効果が出てないでしょ。

 もしかしてバフやらデバフ、耐性とかがつくのか。

 

『違うよ』

 

 あ、わかった。

 邪神様みたいに姿が変わってるんだろ。

 

『いや、相変わらずとぼけた顔のままだよ』

 

 シュウくんは、私を苛つかせる天才だなぁ。

 

 もういい。

 ネタばらしをしてくれ。

 闇魔法とはけっきょくなんなんだ。

 

『闇魔法は闇を操る魔法だよ』

 

 なんだ、喧嘩を売っていたのか。

 くん付けはこれまで。ここからは戦争だ。

 

『いやいや、これが一番正しく、簡潔で、明確な説明。火の魔法が火を操り、水の魔法が水を操るように、闇の魔法は闇を操るの』

 

 でも、何も起きてないでしょ。

 

『火とは何か、水が何か、風が、光が、土がってのはわざわざ口で説明するまでもないよね。みんなそれが何かを五感と経験で理解してる。正しい理解かは置いておくとしてね。――それでは、ここでクエスチョンです。メル姐さんも大好きな闇雲の行動、無闇な発言。このどちらも闇がついています。さて、魔法で言うところの「闇」とはいったいなんでしょう?』

 

 闇って、光の対義語というか。

 ほら私が日の光を遮って、こうやって暗いところができてる。

 

『それは影。さっきも言った。魔法的な意味でも光の対義は闇より影が強い』

 

 光がないところを闇っていうだろ。

 

『言うね。暗闇とか暗黒とか。でもね。それはただの暗いところ。もしくは今言った影。光を屈折させれば割と簡単に作れる。魔法で言う闇は暗闇とは違う』

 

 闇ってほら……邪悪な感じがする。

 

『ボッシュート。それは「正義の反対は悪。正義が光っぽいから悪は闇だよ」っていう印象論。それか道徳的な話か』

 

 うーん、それなら何もないって状態かな。

 

『「何もない」には既に虚無魔法っていう定義がついてる。特殊魔法だし、そもそも定義が間違ってるんだけど、ここでは説明はしない』

 

 よくわからんな。

 

『うん、それが闇の第一段階としては良いね。「よくわからん」ってのが闇。本当はもっと適切な言葉があるけど、言っても余計よくわからなくなる。まぁ、その「よくわからん」を正しく理解していくと闇魔法が使えるようになるんだよ』

 

 うーむ、わかるようなわからんような。

 なんだかもやもやするな……おっ? お、おおっ!。

 

 目の前に灰色がかった雲が急に現れた。

 

『ああ、これこれ。「よくわからん」って思いを霧か雲みたいなものと連想したでしょ。あるとは思ってたけど、やっぱり闇への素養が高いね』

 

 私が闇魔法に抱いた、よくわからないぼんやりとした印象は霧のようなものだと感じた。

 その感じた心象が、まさに目に見えて現れている。

 素養があるとは嬉しいな。

 

 ……あれ、これ私がよくわからんって言われてるのか。

 

『まぁ、ここまでならできる人はそこそこいる。じゃあ次のステップにいこうか』

 

 よし、こい。

 

『とりあえずだ。「おめでとう、メル姐さん。それが闇魔法なんだ」』

 

 ん?

 そりゃどうも。

 これが闇魔……。

 あれ、雲が消えたぞ。

 

『はい、残念。闇魔法に誤った理解を示したから消えた。わかったようでやっぱりよくわからないから闇魔法の体裁が保てるの。よくわからんのにわかった気になると闇魔法は使えない。闇魔法はね、だいたいこの二種類。よくわからんものをよくわからんまま使い続けるか。発動できるだけで、よくわからないから使わないか』

 

 ……闇魔法って、その、強いの?

 

『よくわからんものを、よくわからんほどに膨らませて、なお使い続けられるなら強い。見た目と効果がバラバラでよくわからんことになる。どう見ても火の玉なのに当たると凍るとか。見た目からは想像できない、よくわからん威力になってることもあった。よくわからんだけに対処もよくわからんことが多い。さらに、闇魔法最大の特徴としてメル姐さんが闇高位魔法が使えることからもわかるように上位の魔力効率がとても良い。超低燃費。まぁ、低位になるほど消費が増えるんだけどね。ただ、最大の問題があって、この状態はまともな精神じゃ続けられないんだ。敵も味方もよくわからん混乱状態でのみ使用に堪える。敵と味方の認識ができないからパーティーには向かないし、ソロだと殲滅か自滅の二択しかない』

 

 よくわからん説明だな。

 でも、よくわからん状態でかなり強いなら、完璧に理解して使うと恐ろしく強いってことだな。

 

『完璧な理解ってのが本質を指すなら、強くないでしょうな。俺も完璧に理解してる奴を観測したことがないけど、はっきり言える――真に闇を理解した者。すなわち本質に達した者が、強くなることはあり得ない』

 

 えぇ……、よくわからん状態で使うと強いのに、完璧に理解すると弱くなるの。

 

『弱いわけじゃない。強くなりえないの。戦いで勝つとか負けるっていう次元にはいないからね。ただ、人にしろモンスターにしろ、よくわからんものを戦闘で使い続けること自体がもうすでに、闇の本質的理解を手放してると言える』

 

 はぁ、じゃあ、闇魔法の完璧な使い手がいても恐れることはないんだな。

 

『違う。闇魔法の完璧な使い手は懼れ、畏れ、恐れ……どれだ。全部か。とにかくおそれることだ』

 

 よくわからん答えだ。

 

『ただね。今回のリッチは闇の本質じゃなくて、真価を発揮していくタイプ。こっちは普通に強いだろうね。で、俺はそんな闇魔法を使う奴に心あたりがある。最近になって、そいつは死んだとされてる。しかも、死に場所がスコタディ霊園』

 

 じゃあ、そいつがリッチじゃないの?

 

『流れと時系列は整合してる。でも、大きな疑問が残る。どうやってリッチになったのかだ。やはりギルドもリッチが誰かって認否してない。まだ倒してないからってのが一つなんだけど、さっきも言ったように、リッチは簡単になれるものじゃないんだよ。他のアンデッドは成り下がるものだけど、リッチは成り上がるものだ。そいつがリッチになるとは、常識的にも論理的にも考えづらい。俺ですら首をかしげるレベル』

 

 ふむ、ちょっとおもしろくなってきたな。

 行ってみるか。

 

『俺も非常に興味がある。クリアした後は、そのまま西に突き進めば良い。今はディアトン川が比較的穏やかな時期だから、無理矢理渡れば星雲原野ガラクスィアスにたどり着く。その後で北東に向かえばいいね』

 

 ……完璧じゃないか。

 最初からその流れで良かったでしょ。

 

『ダンジョンに行くのが面倒だから言わなかった』

 

 ほぉ、まあ良い。

 

 目標はスコタディ霊園。

 リッチの討伐だ。

 

 誰かに倒される前に私たちで倒すとしよう。

 

 

 

 

 

5.星雲原野ガラクスィアスで黒い穴を見た

 

 スコタディ霊園でリッチを倒し、ディアトン川を越え、ついに目的の場所へたどり着いた。

 

 超上級ダンジョン――星雲原野ガラクスィアス。

 一歩踏み込めば、昼でも空が暗闇に変わる。

 

『この周辺は異常だね』

 

 そうだな。

 こんなふうに空が夜に変わるダンジョンなんて珍しい。

 さすが超上級といったところだ。

 

『いや、このダンジョンじゃなくて、この周辺を含めたもっと広い地域だよ。南のヘイデン・ファ・クランク集合住宅、東の廃頽の都パラクミ、リッチが出たスコタディ霊園。それにここ――星雲原野ガラクスィアスか。ちょっと異常なダンジョンがそろいすぎてる』

 

 私にとっては嬉しい限りだ。

 

 今さらなんだが、スコタディ霊園でリッチと話をしたが、お前は聞きたいと話していたことを聞いてなかったよな。

 「どうやってリッチになったのか、絶対聞かなくちゃ!」って挑む前まで息巻いてたのに変なアドバイスだけで終わってしまったろ。

 やっぱりあいつは未練を残して死んでしまったからリッチになったのか。超上級を目指してたっぽいもんな。

 

『もしそうなら、上級ダンジョンはリッチで溢れてるよね』

 

 すごい乾いた声で返された。これは遠回しに「んなわけねぇだろ、バーカ」と言ってる。

 じゃあ、どうして尋ねなかったんだ?

 

『あいつは、リッチだった』

 

 うん。

 アイテムにも書いてあった。

 

『いやね、リッチ以上にリッチだったんだ。そして、リッチになった事情がなんとなーくわかったから、深入りしたくなくなった、というのが理由だね』

 

 よくわからんのだが。

 

『よくわからなくていいよ。それよりもだ。あいつは下手に触るより、距離を取って、活用していった方がずっとお得。メル姐さんがヘンテコなアドバイスしたのが結果的には良かったのかな。まずは低位の修得だけど、危機感が圧倒的に足りてないんだよなぁ。ちょっとギルドをけしかけるか。霊園にチューリップでも植えてみよう――これから忙しくなりそうだなぁ』

 

 楽しそうな声になってる。

 可哀相に。ロックオンされてしまったか。

 まあ、アンデッドでボスだから死ぬことはないだろう。

 

『リッチは死ぬよ。寿命で死ぬことがなくなるってだけ』

 

 そりゃ光魔法とかで死ぬだろうが、ボスだから復活するだろ。

 死にはしても復活する。消えはしないでしょ。

 

『光魔法くらいなら蘇れる。でも、最大の弱点が克服されてないなら消える』

 

 最大の弱点?

 

『普通のアンデッドは人以外でもなれる。犬や熊、コウモリとかのアンデッドを見たことあるよね』

 

 あるな。特にコウモリのアンデッドは地味に厄介だ。

 これが出てくるところは中級以上になることが多いよな。

 

『飛んでて倒しづらいし、死んだら菌をまき散らすからね。初級じゃ対応できない。話を戻すと、普通のアンデッドは多くの種族が成り下がるけど、リッチは人しかなれない――とされてる。俺としてはもっと幅広く試すべきだと思ってる。他の種族でもなり得るはず。まあ、ここの話は今はやめよう』

 

 お前もたいがい話が逸れるよな。私も人のことは言えんが。

 

『とにかく。リッチには、普通のアンデッドに備わらない知能と、魔法技能・魔力がついてくる。これに伴い、厄介なものがおまけでくっついてくる』

 

 それは?

 

『過去だよ。人の頃の記憶と言い換えても良い。これがリッチの最大の弱点』

 

 過去?

 

『リッチって非常に面倒な儀式を経て、ようやくなれるものなんだよね。普通にはまずなれない』

 

 さっきも言ってたな。

 

『逆に言うと、リッチに成り上がるなら、なるに値する動機がいるんだ』

 

 リッチになるに値する動機?

 知能と魔法の力が欲しかったとかじゃないの。

 

『それだけならアイテムを買った方が間違いなく速いし安いし効果も高い。ヒントはこの話の発端だね』

 

 なんだったっけ?

 

『リッチは生物的な寿命では死なない』

 

 そういやそうだったな。

 

『リッチになるべき動機って、これだけなんだ。「寿命で死にたくない場合」オンリー。これ以外でなっちゃうと消滅しうる』

 

 なぜ?

 

『そもそもリッチって言葉はね。「死体」って意味なの。リッチになるための儀式って、実は降霊術の一種で、自分の体を上手に殺した後で、自分の思念をくっつける方法なんだ。死んでアンデッドになるのとは原理がちと違う。肉体が死んでるだけじゃなくて、死体と心が完全に別物。もっと言えば、思念の固着が上手くできるなら自分の死体じゃなくても良い』

 

 はぁん、よくわからんけど、なんとなくわかるような。

 

『それはわかってないね。理解を無視して続けるとだね。この思念と死体が一致してないのが大問題なんだよ。リッチの思念を揺さぶってみろ。とぶぞ』

 

 どこにだよ。

 もうちょっと真面目に話して。

 

『いや、とても真剣な話で、リッチは人間と違って体と心が綺麗に一体化してないの。ちょっと思念が揺さぶられると死体から分離しちゃうんだ。分離しちゃったら、くっつけるのはとても難しいから、そのまま消滅する。リッチ・エンド』

 

 思念が揺さぶられるってのがよくわからんのだけど。

 難しそうじゃないか。

 

『そこでようやくさっきの話と繋がる。過去と動機をまぜっかえすんだ。過去、そいつに何があって、どうしてリッチになるに至ったのか。ここを蒸し返す。「寿命で死にたくない」が動機なら消滅は回避できうる。違うと消える。現状のリッチという状態と過去の動機が繋がらないからね。なまじ高くなった知能が回転して、自己の矛盾を指摘し始める。「魔力を増やして強くなりたいだけなら、リッチじゃなくても良いよね? どうしてリッチになったの? 弱点も多いよ。ねぇ、どうして?」って自問自答が止まらなくなる。自分の過去に取り憑かれるんだ。その状態でちょっと突けば、体と思念が離れてサヨナラ。南無南無』

 

 ……あれ?

 それだとスコタディ霊園のリッチはどうなんだ?

 

『どう振り返っても「寿命で死にたくない」が動機じゃないだろうから消滅するね』

 

 えぇ、超上級ダンジョンになってくれるのを楽しみにしてるんだけど。

 

『大丈夫、大丈夫。あいつ、記憶が混乱してたでしょ。容易には過去を思い出せない。自分で過去を漁り始めるか、特殊ドロップを使わない限りは消えないよ』

 

 ん?

 お前、例のリッチに特殊ドロップを渡してなかったか?

 

『うん。渡した。解析したところによると、あのアイテムは記憶の回想ができるね』

 

 要は自分の過去を見ることができるってことだろ。

 今の話を聞く限りだと、消滅するんじゃない?

 

『普通の状態で見ると消えちゃうだろうね。でも、すでに自己問答状態であれを見るなら劇薬になりうる。どうせ消えるなら博打を打ったほうが良い。もしも、それで消えないならだ』

 

 消えないなら?

 

『やはりリッチ以上の存在なんだろうね。なおさら、もう直接は関わり合いたくないなぁ』

 

 ここでリッチの話がようやく終わり、目の前のダンジョンに集中することになった。

 

 

 星雲原野ガラクスィアスは、フィールド型の超上級ダンジョンだ。

 周囲には夜空が広がるのみである。

 

『じゃあ、予定通り封印を解除するから』

 

 腕に巻いていた布きれがひらりと落ちた。

 

『どう? 力を感じる?』

 

 ……いや、全然。

 

 廃頽の都パラクミで手に入れた念願の封印を自らに施していた。

 腕に巻いた布きれ一枚で封印ができていたというが、特に自覚はない。

 

 危険だからということで、封印したっきりで解除をするのはここが初めてである。

 能力プラスを二つか三つ取得したと聞いたので、かなり強くなったのだろう。

 

『来たよ』

 

 空から赤く燃える岩石が落ちてくる。

 私に向かって落ちてくるので、軽く歩いて避ける。

 

 岩石は落ちた後で浮かび上がった。

 これが星雲原野序盤のモンスターだ。

 通称が浮遊隕石。浮かび上がって魔法を唱えてくる。

 

 浮かび上がったモンスターを斬りつければ、岩ごとざっくり斬れて消滅する。

 表面は硬いと聞いていたが、案外楽に斬ることができたな。

 

 はて、こいつって倒したら爆発するんじゃなかったか?

 

『最初に目が開いてから少し経ったらね。今のは目が開く前だから爆発しなかった』

 

 なるほど。

 超上級だが序盤だからまだ楽だな。

 

『いや、違うね。普通に超上級の強さがあるモンスターだった。前なら最低でも二回は斬る必要があったはず。間違いなく能力プラスの効果が大きい』

 

 そんなものか。

 このときはさほど実感できなかった。

 実感できたのは中盤にさしかかったときだ。

 

 雑魚モンスターが一撃で倒せてしまう。

 それどころか中ボスの攻撃も軽くいなすことができた。

 地面を力強く踏むと、地面がめり込んでかえって走りづらくなる。

 

『ね、強くなってるでしょ』

 

 そのようだな。

 超上級の中ボスがまるで中級のボス並みに感じる。

 

 もうボスには行けるんだよな。

 たしか中ボスを一体でも倒すといけると聞いたぞ。

 

『うん。行ってみようか。作戦会議は、いるのかなぁ』

 

 普段は欠かさない作戦会議だが、どうもシュウは乗り気じゃない。

 それでもと軽く作戦を話した上で、ボスに挑む。

 

 白玉と呼ばれる、そのまんま白い球体がここのボスだ。

 中ボスを一体でも倒せば原野の中心に現れる。

 

 ぴかぴか光って高温なのだが、耐性があるので近くに行って突き刺すだけだ。

 突き刺すと、ボスの色がどんどん白から赤に変わっていく。

 

『第二段階に入った』

 

 えっ、もう? 速すぎないか?

 まだ攻撃すらされてないぞ。

 

『ちょっと下がったほうがいいね』

 

 シュウを突き刺したままの白玉、もとい赤玉がどんどん膨らんできている。

 赤玉もあっという間に私の身長の数倍に膨張した。

 

『第三段階だよ』

 

 ……もう何も言わない。

 一番苛烈と言われる第二段階が何もなく終わってしまった。

 

 玉の表面から色とりどりのガスが出てきた。

 毒ガスらしいが、私は耐性があるのでまったく効かない。

 徐々に玉の大きさがしぼんできて、色も赤から白に戻っていく。

 最後は突き刺したシュウが見えるほどに小さくなり、とうとう消滅してしまう。

 アイテム結晶がぽろりと地面に落ちた。

 

『強くなったでしょ』

 

 強すぎるぞ。

 封印をかけ直してくれ。

 こんな強さはよほどのことがない限りはいらない。

 ダンジョン攻略がおもしろくなくなる。

 

『相性が良かったのもある。ボスのガスと熱に耐性があるから、封印をかけ直してもこのボスに関しては倒す速さが変わるだけでしょう。ま、強くなるとはこういうことだよ』

 

 限度があるだろ。

 ここは超上級ダンジョンだぞ。

 そのボスがお前を突き刺して突っ立ってるだけで消えちまった。

 

『とりあえず封印は街に着いてからにしよう。この状態でダンジョンを回ってみて。おそらく封印をかけ直したらしばらくは解除しないだろうからね。この状態のスペックをもうちょっと計っておきたい』

 

 仕方なく、雑魚やら中ボスを倒して回る。

 ダンジョンのギミックで、モンスターを倒すと空に星が光る仕様のようだ。

 初めは真っ暗だった空が、今ではほぼ星光で埋め尽くされている。

 

『俺はこのダンジョンのギミック、好きだよ』

 

 私も嫌いじゃないが、ボスを即殺してどうも感情が追いついてこない。

 なんだかひどく虚しい光に感じる。

 

『ボスも恒星の一生をなぞってるし。ダンジョンの領域も恒星の構造になぞられてるね』

 

 あ、そう

 解説をだらだら始めたが、どうにも頭に入ってこない。

 

『お、ついに来たね。本日のメインディッシュだ』

 

 前をみれば、地面に巨体が横たわっている。

 おいおい、ついに倒す前から倒れてるぞ。

 

『さて、どんなもんかな。ちょっと斬ってみ』

 

 はぁ。

 言われたとおり、巨体にシュウを振るう。

 

 想像していた感触とは違った。

 斬った感触ではなく、表面を削った感触だ。

 実際、モンスターの表面には浅い傷しかない。しかもすぐに回復した。

 

 ……は?

 なんだこいつ?

 めちゃくちゃ硬くないか。

 

『メシエ・ヤナだよ』

 

 おや、うっすら聞いたことがあるぞ。

 でも、それ、冒険者の名前じゃなかったか。

 

『冒険者とダンジョンについては人並み以上の記憶があるね。超上級パーティ「呪裁」だよ。メシエとヤナが初めてこのモンスターを倒した。だから、このモンスターの名前は、記念すべき二人の名を取って「メシエ・ヤナ」。それ以降は誰も倒してない』

 

 はぁ、すごいな。

 そんなモンスターがいたのか。

 その割にはさほど有名じゃないんだな。

 

『まずダンジョンが超上級だから挑む人間も少ない。さらに倒しても特にこれといったすごいアイテムがなかったんだ。それなりに硬いくらいなら挑戦者もいるだろうけど、度を超して硬いからね。今の俺達でさっきのかすり傷しか付けられないんだよ。正攻法では倒せない』

 

 呪裁の二人はどうやって倒したんだ?

 

『パーティー名の通り呪怨と断罪だよ。呪いを裁いて、裁きを呪う、その呪いをさらに裁く。この相乗効果の重ね合わせで圧殺した。これなら竜だろうと抹殺できる』

 

 強すぎないか。

 最終的には二人で極限級パーティーになったのか。

 いや、極限級パーティーになったなら、私はもっと覚えているはずだ。

 

『半分正解かな。超上級パーティーで止まったところは正しい。間違ってるのは、呪裁は二人組のパーティーじゃない。メシエとヤナに、シャルルも含めた三人パーティーだ。呪怨と断罪は魔法としての相性は良いけど、人間の性格の組み合わせは最悪なんだ。互いに反目して殺し合う。シャルルが二人を抑えてたけど、シャルルが死んじゃって、メシエとヤナが互いに殺し合いパーティーは消滅。ちょうどこのダンジョンをクリアした直後の話だね』

 

 もったいない話だなぁ。

 もしもシャルルが生きていれば――。

 

『生きてれば極限級に違いない。シャルルの死も曰く付きだった。数百年経った今でも話が残ってる。恋のもつれだとか、暗殺だとか、なんやらかんやら』

 

 実際のところどうなの?

 

『実際のところは調査の打ち切りで「事故死」だよ、曰く付きって言ったでしょ』

 

 お前の見立ては?

 

『謀殺』

 

 即答じゃないか。

 曰く付きじゃなかったのか。

 

『情報をいろいろ集めてると計画的に殺されてるようにしか見えなくなった』

 

 犯人は誰なの?

 

『冒険者だったオディエルナって奴』

 

 聞いたことがないな。

 

『一部の資料にしか出てこないからね。奇妙な魔法を使う上級冒険者だったんだ』

 

 奇妙?

 どんな魔法だ?

 

『強敵を相手にすると自分が強くなるって魔法』

 

 変わった魔法だな。

 ……どこかで聞いたような気がするぞ。それも最近だ。

 

『そうだね。「叛逆魔法」と呼ばれる特殊魔法の使い手。このオディエルナが一時期「呪裁」と絡んでた。奴が呪裁を嵌めてシャルルを殺した。残りの二人は知っての通り』

 

 なんか叛逆魔法ってのはいろいろと絡んでくる奴だな。

 そんな奴はダンジョンでモンスターに無残に殺されて欲しいものだ。

 

『おめでとう。殺されたよ。生きたままモンスターに食い散らかされた。目撃情報が複数あるから間違いない』

 

 なんだかなぁ。

 誰も救われない話じゃないか。

 

 

 それで、このメシエ・ヤナをどうやって倒すんだ。

 

『動かないなら割と簡単にいける。実は話をしてたのも時間稼ぎだったりする。よし、斬ってみて』

 

 斬ってみたが、先ほどと同じだ。

 表面を削って終わり。

 

 ……ん?

 傷が治らないな。

 

『自己回復と毒の耐性を封印した。あとは死ぬまで待ってりゃ良い』

 

 おお、なるほど封印はそういう使い方もあるんだな。

 

『実戦ではまず使い物にならないね。相手の情報を事前に得る必要があるし、計算に時間を取られすぎる。封印も一部が限界だ。それに内側から壊せる強度しかできない』

 

 それでもないよりは断然マシだろ。

 選択肢が多いことは良いな。

 

 時間が経ち、メシエ・ヤナはゆっくりと消滅した。

 毒のせいか最後まで立ち上がることも暴れることもなかった。

 アイテムを拾い、袋に入れる。

 

『待った』

 

 足を踏み出そうとしたところで声がかかる。

 声はかかったが、続きがなかなか出てこない。

 

『メシエ・ヤナ――M87かぁ。できすぎだな』

 

 何なの?

 87?

 

『このダンジョンのモンスターは星と星座だ』

 

 いきなりだな。

 しかし、星と星座ってことは私も知ってる。

 雑魚モンスターが星で、中ボスが星座、ボスが恒星? だったか。

 

『そう。太陽の三十倍以上の重量を持つ恒星が死ぬときブラックホールになるとされる。そして、俺達の世界で撮影に成功した初めてのブラックホールがM87』

 

 よくわからん。

 私は星にさほど興味はない。

 黒い穴がどうこうと言われてもさっぱりだ。

 

『星雲原野で倒した雑魚モンスターは空に上がり星になる』

 

 それはわかる。

 特定の星を空に上げていくと、中ボスの星座モンスターが出てくる。

 倒すと、空の星座が光の線で結ばれる。すでに空にはあっちこっち光線で結ばれてるな。

 

『素晴らしい理解だね』

 

 ほんのり馬鹿にされてる気がしてきたぞ。

 

『それじゃあ問題、先ほど倒したメシエ・ヤナはこの空のどこに輝いてる?』

 

 知らんがな。星とかさっぱりだ。

 あれじゃないの? キラキラと白く光って綺麗だぞ。

 

『答えは「輝いてない」だよ。メシエ・ヤナは光を放つ存在から引き込む存在となった』

 

 だから何?

 それ、重要なことなのか?

 

『……さて、どうだろう。俺が言いたいのは、つまりこうなんだ。このダンジョンには高確率で隠し要素がある。これって重要?』

 

 超重要。

 そういう話を待ってたんだよ。

 私の暗い心の中に、ダンジョンという星の輝きが再び灯り始めたぞ!

 

『概ね共通の認識を得たところで次に進もう』

 

 うむ。

 どんな隠し要素なんだ。

 

『ブラックホール関係だと思うね』

 

 さっき言ってた、黒い穴ね。

 洞窟みたいなのがあるの?

 

『うーん』

 

 急に悩み始めた。

 最初はふざけた声で悩んだふりくさかったが、どうもすごい真面目に悩んでいる。

 

『どこからどこまで説明しようか考えたんだけど、説明するより見た方がわかりやすいかもしれないという結論に至った』

 

 ついに説明を放棄してしまった。

 私としてはありがたい。悩んだ甲斐があったな。

 

 それで何をすれば良いんだ?

 

『最初は全部のモンスターを倒してみるかな』

 

 思ったよりも簡単だな。

 そんなのでいいの?

 

『普通はそう簡単にはいかないよ。超上級ダンジョンだからね。なによりメシエ・ヤナがいるから。ギルドの説明の中には全部の星を空に上げたときの説明がなかった。やった奴はおそらくいない。もし、いたとしても――』

 

 隠し要素に殺されてしまったか。

 

『そうなるかな。全部の星を倒すが隠し要素の条件なら、星雲原野のリポップの遅さにも納得がいく』

 

 そういや、ここのリポップは遅いと聞くな。

 浮遊隕石は馬鹿みたいに湧いてくるが、それ以外の星モンスターは最低でも五日経たないとリポップしないとか。

 普通のダンジョンならアイテムを取らなくても一日あれば復活するのにな。

 

『「五日あれば全部倒せるだろ」というダンジョンからの挑発とも取れる。「全部倒せたら挑ませてやるよ」というメッセージにもね。どちらにせよ挑発か、余裕とも受け取れる。あるいは――』

 

 いいね。

 俄然やる気が出てきた。

 

 

 満天の星空のもと、最後の中ボスにシュウを突き刺した。

 中ボスはアイテムとして消え、空に最後の光線が結ばれる。

 さらに星々の輝きがよりいっそう強くなった。もはや眩しすぎるくらいだ。

 

『ああ、出た。あっけないな。もう一捻りあるかと思ったのに。隠し要素が出たよ』

 

 そうなの?

 どうしてわかるの? というか何が出たんだ?

 

『空間の異常が検知できたから。行く前にブラックホールが何か見てもらおう。空を見上げて』

 

 言われたとおりに空を見る。眩しすぎるな。

 

『中心よりやや右に、いっとう赤く輝く星があるよね』

 

 ああ。

 

『そこからどんどん右下に目を動かしていって。何かおかしなところがない?』

 

 言われたように目を右下へと動かしていく。

 どう動かしても星が煌めい……あれ? なんか輝きがないところがあるな。

 周囲が輝きに満ちているのに、一部だけ真っ黒だぞ。まるで――、

 

『それがブラックホール。実際はこんなふうには見えないけどね。強調されすぎてる。わかりやすいっちゃわかりやすいでしょ』

 

 ほんとに黒い穴だな。

 

『ブラックホールが視覚的にわかったところで行くとしようか。メシエ・ヤナのいた地点だ』

 

 ぽてぽて歩いていくが、私には自分がどこを歩いているのかわからない。

 モンスターがいなくなり、目印がなくなってしまった。

 

『ストップ。ここから先は別空間だ。さながら事象の地平面だね。さて、どうしたものかな』

 

 特に何もないぞ。

 見渡す限り平野で面白みがない。

 

『まあ、いいか。踏み込んでみて』

 

 はぁ。

 

 一歩踏み出すと景色が変わった。

 平野が消えてなり、視界の奥には黒い点が見える。

 

 空の星は黒点を中心に渦を巻き、足の地面は黒点に吸い込まれるように消えてなくなる。

 まるで空の上に立っているようだ。以前に似たような景色を見たな。

 

『月をぶつけたときだね。事象の地平面だと思ったけど違うね。後ろがおかしい』

 

 振り返ると、周囲は真っ暗で何もない。

 暗闇の壁で塞がれている。

 

『事象の地平面の内側から外側を見ると、光が一点に集中するはず。虹色になってね。ちなみにこの空間の外側からメル姐さんを見るとメル姐さんが止まって見えるはず』

 

 ほーん。

 よくわからんけど、これが隠し要素なのか?

 すごい光景なのは認めるが、私にはちょっと面白みが足りないな。

 

『俺は面白いね。偽物にしてはよく出来てる。上面が回転するところを見るにカーのブラックホールに近い。あの黒い点はリング状になっててどこかにワープするはず』

 

 その黒い点だか輪が、さっきよりも大きくなってる気がするぞ。

 

『中心に近づいてるんでしょう』

 

 すごい余裕ぶってるが、大丈夫なのか?

 吸い込まれるとやばそうだぞ。

 

『本物だったら、メル姐さんはもうバラバラの散り散りになってるね。まさに、その関係で俺達の世界では論争があった。ブラックホールに吸い込まれると俺達の情報がどうなるかだ。吸い込まれて、最終的にブラックホールが縮んでいって蒸発すると俺達の情報がなくなる。でも、これは決定論に反してる』

 

 その話って長い?

 もうだいぶ飽きてきたんだけど。

 

『まあ、話そうと思えば一日でも二日でも話せる。最終的にホログラフィック原理と最近の知見まで紹介するつもりだった』

 

 あ、そう。

 よくわからないんだけど、これはどうするんだ。

 黒い点がますます大きくなってるぞ。私はちょっと焦りを感じてきた。

 

『このダンジョンは本当に俺と相性が悪いね。ホログラフィック原理まで中途半端にやっちゃうから……。シュワルツシルトのブラックホールならワンチャンあったのに。――えい』

 

 力のこもらないかけ声で、黒点がバキリとひび割れた。

 周囲の景色にすら真っ二つにするかのような割れ目がついてしまっている。

 空の回転も、地面の星も全てが止まってしまった。

 

『黒いのを斬っちゃって。俺も飽きてきた』

 

 言われるまま近づいて黒玉を斬る。

 あっけなく黒玉は光に消えていった。

 

 アイテム結晶の光とともに景色が原野に戻る。

 あれ、原野か? 星の光がないぞ。

 

『ほうほう。なるほどね』

 

 何が?

 

『ドロップアイテムを解析したんだけど、それを使うと星がまた輝き出すっぽい。これだけ見ると、星の情報はブラックホールに吸い込まれても消えませんでしたってオチだね』

 

 どこがオチなのかすらわからん。

 そもそもあの不思議な空間で何をしたんだ。

 あの黒玉が一瞬でおかしくなったぞ。

 

『ホログラ……端的に言うと、情報の殴り合いになった。あの黒玉が隠しボスで、フィールドと俺達に干渉してたんだ。普通は対策が打てない。力押しでは絶対に勝てない。でも、残念ながら情報への干渉はチートの得意分野だ。逆に、あの黒玉自体の情報を書き換えて活動を止めた』

 

 何か解説しようとしてしたが、すぐに止めて、かなりかみ砕いたような説明をした。

 そういうのでいいんだよ、そういうので。

 たいしたことなかったんだな。

 

『いやいや。ここは間違いなく超上級だよ。強さの面でも、規模の面でもね』

 

 そうか?

 強さはもはやわからなかったし、規模は理解できない。

 

『このダンジョンの規模がどれほどか、メル姐さんでもわかるように説明してみるとしよう』

 

 お、やってみろ。

 私をわからせるのは難しいぞ。

 

『自分でそれを言っちゃ駄目でしょ。とにかくだ。一つやってみるか』

 

 よし、こい。

 

『あの事象の地平面もどきの空間で、黒玉に吸い込まれるとどうなるか?』

 

 そりゃ死ぬでしょ。

 

『違う。星座になる』

 

 ……はい?

 

『この世界から見える星座のいくつかは、あの空間で飲み込まれた奴らだね』

 

 え、え、じゃあ、私も吸い込まれてたら星座になってたの?

 

『メル座になってた。間違いないよ。そういう空間だった。ブラックホールもどきに吸い込まれても情報は失われない。あの空間が消えた後、夜空に輝く星座として生き続ける。試してみてもいいけど、おすすめはしない。どう? 規模の面でも超上級じゃない?』

 

 ――みごとだ。

 この私をわからせるとはな。

 認めよう。このダンジョンはまさしく超上級だ。

 

『せやろ。隠し領域を見つければ星になって生き続けることができる』

 

 ……それは死んでるとしか思えないな。

 

 最初はどうなるかと思ったが、それでも驚きがあった。

 素晴らしいダンジョン攻略だったな。

 

『うん。俺もそこそこ楽しめたよ。星導教のルーツもわかったしね』

 

 星導教のルーツ?

 

『今は、星の光が我々を導くとか謳ってるけど、大本は逆だったんだね。星になるよう導く武装集団兼思想集団だったんだ』

 

 どうでもいいな。

 

 こうして私たちはそれぞれの満足を胸にし、星雲原野ガラクスィアスに背を向けた。

 

 

 

 星都アステリに戻る途中でシュウが喋り始める。

 

『今回の攻略だけど、ギルドには軽めに伝えよう。「隠し要素を見つけたよ」くらいで良い。アイテムもくれてやれば納得する。他に使い道がないアイテムだからね』

 

 私としては話す量が減るからありがたいことだ。

 しかし、なぜ軽めなんだ?

 

『隠し要素を発見させたい奴らがいる』

 

 自分たちで見つけさせたいってことか。誰なの?

 

『うーん、ま、いいか。この前に会ったリッチと、ミゼンって奴』

 

 あのリッチ?

 それにミゼン?

 全然知らないな。冒険者か?

 

『いや。星都アステリの真ん中にでかい塔があるでしょ』

 

 さすがに馬鹿にしすぎだ。

 私でも知ってる。星導教の本部だろ。

 ここからでも見えるぞ。

 

『ミゼンは星導教のトップ。導師って呼ばれることもあるね。あ! いたいた! 塔のてっぺん付近を見て』

 

 遠くに小さく見える塔を見つめる。

 この距離だと見えんぞ。

 

『ちょっと視界を拝借』

 

 お、おお。

 塔がどんどん大きくなって見えてくる。

 塔のてっぺん付近がどんどんこちらに迫ってくるようだ。

 

『これでどう?』

 

 見えた。

 屋上の端近くに数人の人物がいる。

 そいつらの真ん中にひときわ線の細い男がいた。

 

『ぼんやりした覇気のない細い男がいるでしょ、そいつが星導教のトップでミゼンって奴。俺の代わりに手でも振っといて』

 

 言われて手を振ってはみたが、この距離でわかるわけがないと気づき手を下ろす。

 

 ん?

 ミゼンの側にいた金髪の女が私に手を振り返しているように見えるんだが気のせいか。

 あちらもすぐに手を下ろしてしまった。

 

『こちらの視線に気づくとはさすがと言うべきかな。光魔法でこちらを見てきたね。うまいもんだ』

 

 視界も徐々に戻っていき、塔は小さくなった。

 

 いやいや、この距離で視線に気づくとかあるの。

 一流の冒険者じゃあるまいし。

 

『おろ? ああ、そっか。あんまりメジャーな情報誌には載せないか。彼女は星導教の星射師階位第一位。それでいて冒険者もしてる。メル姐さんも知ってるよ。超上級パーティ――チューリップ・ナイツの黄騎士ことモナムール』

 

 ちょっと! もっかい!

 もっかい見せて! はやくっ!

 

『はい、どうぞ』

 

 塔がまたしても大きくなり、どんどん迫ってくる。

 そして、その塔の上にはすでに誰もいなくなっていた。

 

『残念』

 

 あぁぁぁ!

 先にそっちを紹介しろよ!

 線の細いもやし男とかどうだっていいんだよ!

 気の利かない奴だな。私が大ファンだって知ってるくせに!

 

『こりゃ、失敬。てへぺろ』

 

 絶対わざとだろ、こいつ。

 塔のてっぺんから落としてしまおうか。

 

『そうそう! 彼女は星が好きなんだって、俺と気が合うかもしれない! 星を見ながら将来を語り合えそうだね』

 

 星が好きねぇ。

 彼女も変人ってことか?

 

『どうしてそんなこと言うの? ねぇ、どうして? 星が好きな人に悪い人はいないよ』

 

 悪い人とは言ってない。変人と言ったんだ。

 

『そんなこと言って良いの? メル姐さんの憧れの冒険者が変態ってことになるよ』

 

 う、嫌な言い方だな。それに変人から変態に言い換えてるところが腹立つ。

 それより彼女、もっかい見える位置に出てきてくれないかな。

 

『天体観測ならぬ、変態観測ってか?』

 

 ほんとうるさい奴だ。

 

 広大な星空の下、卑小な話を繰り広げつつ私たちは都へ帰った。

 

 

 

6.モノマキア闘技場からエッダ競技場へ

 

 星雲原野ガラクスィアスとゲムマ渓間をクリアし北東へ。

 

 たどり着いたのは決闘の都モノマキアである。

 すでに近くの中級のタリエ深林地帯をクリアした。

 

 しかし、森とか林系のダンジョンはどれも同じに感じるな。

 木と草がうじゃうじゃで体がかゆくなる。

 

『体がかゆいのは、単にメル姐さんが汚いからでしょ』

 

 シュウを睨む。

 静かにただこいつをどうするべきかを考える。

 

『最後に水浴びをしたのは何日前か覚えてる? 俺を睨む前に、周囲が今のメル姐さんをどう見てるか感じるべきだね』

 

 ……ん?

 周囲を見ると私から目を逸らす人が多い。

 あれ? もしかして今の私ってけっこう汚いのか?

 

『俺の世界なら、公共交通機関から乗り込み拒否されるくらいには臭いし汚い。可能なら大型の洗濯機に体ごと投げ込んで、洗剤と漂白剤、柔軟剤をまるごと一本投入してやりたいくらい。あるいは、五分以上の煮沸消毒かな』

 

 どうも本当に汚いようで、周囲の視線も気になってきた。

 最初からそう言ってくれれば良かったのに。

 

 

 清潔にしてから闘技場へ向かう。

 モノマキアの代名詞とも言うべき場所だ。

 

 以前も闘技場に訪れたことはあったが、あそこは人対人だった。

 しかし、モノマキアの闘技場は人対モンスターがメインとなっている。

 

『面白いと思うよ。――メル姐さんにはね』

 

 なんか引っかかる言い方だな。

 お前は違うのか?

 

『行けばわかるかな』

 

 そうだな。

 あれこれ言うよりも行って体験したほうが速い。

 

 

 

 闘技場の観客席は八割近く埋まっている。

 

《白銀同盟ッ! やはり白銀同盟だッ!》

 

 実況の声が会場に響き渡る。

 観客は全員がまさに歓声をあげていた。もちろん私もだ。

 中心の舞台で戦い抜いた剣闘士達に惜しみない歓声を送っている最中だった。

 

《最後に立つのはやはり彼らしかいない! 違うか! 違うか、観客の強者諸君!》

 

 違わない。

 なんという剣闘士達だ。

 私も未熟だった。こんな冒険者パーティーがいるなんて。

 今まで名前すら聞いたことがないパーティーだ。覚えておこう。

 「白銀同盟」だったな。もう絶対に忘れることはない。

 

『楽しんでるね』

 

 ああ!

 素晴らしいなっ!

 

 彼らの戦い振りを見ただろ。

 心の底から燃え上がるものを感じなかったか。

 異世界でモンスター同士の戦いを見たが、ここまで熱くならなかった。

 

 まさに死闘だ!

 またダンジョンに行きたくなったぞ!

 

『ふぅん』

 

 あのさ。

 そんなに乾いた声を出されると私としてもむかついてくるぞ。

 

 なんでそんなにつまらなそうなんだ?

 あるいは彼らが気に入らないのか?

 

『ここのモンスターってダンジョンだとどれくらいの難易度かわかる?』

 

 ……中級くらい?

 苦戦してたし、モンスターも強そうだった。

 

『初級だよ。見た目だけの雑魚モンスター。一方の戦士こと冒険者どもだ。白銀同盟の名前を聞いたことがない? 当たり前でしょ。せいぜい中級なんだから。苦戦する演技が上手い冒険者なんて冒険者としては三流以下だよ』

 

 クソミソじゃないか。

 え、あのモンスターって初級なの?

 しかも白銀同盟が中級パーティーって嘘だろ。

 

 私が見ても大熱戦だったぞ。

 本に出てくる勇者と魔物の人魔命運を分ける一戦にも劣らないものだ。

 

『うん、つまりフィクションなんだ。演劇、お芝居。あまりにも子供だましすぎる。観客をみなよ。どこに強者がいるのさ。素人ばかりでしょ』

 

 ところどころに強そうな奴がいるように見えるんだが。

 ほら、右の後ろの方でどっしり構えてる大男とか強そうだろ。

 

『あれは大工だよ。職人さん。この中に剣闘士なんかいな――あっと、一人いたか』

 

 訂正が入った。

 ほう、教えてくれ。

 どいつがその剣闘士なんだ。

 

『ふむ、……うん、うんうん。よし』

 

 私の質問には答えない。

 何か考えを巡らしているようだ。

 最終的になにかを決定したようで肯定の声を出した。

 

『俺がいくら言っても、今のメル姐さんには信じてもらえなさそうだ』

 

 ああ。

 私はさっきの戦いが子供だましとは思えん。

 白銀同盟は素晴らしい冒険者パーティーで、モンスターも手強いに違いない。

 

『それなら俺が反証することにしよう。さっきの戦いがどれほど子供だましだったかをね。白銀同盟なんて明日になれば、名前も忘れさるくらいの演者だということを』

 

 やってみろよ。

 

『じゃあ、ちょっと手伝って。黒紙番地の六の十三を取り出して、言ったとおりに書いて』

 

 アイテム袋を漁り、黒い表紙がたくさんあるところを見る。

 六の十三ってこれか、変わった臭いのするインクでシュウの告げる言葉を書いていく。

 

『オッケー。くしゃくしゃに丸めて舞台に投げ込んで』

 

 書き終わり、紙を丸めて舞台へ投げた。

 折り目が付きづらい紙だからすぐに舞台で広がってしまうはずだ。

 

 これでどうなるというんだ?

 

 答えは何も返ってこない。

 黙って見ていろ、ということのようだ。

 

 その後も、特に何か起きることはなく他の冒険者やモンスターが戦っている。

 どの戦闘も熱気に溢れ、熱狂するものであった。

 

 気づけば本日最後の戦闘が全て終わった。

 会場はまだ熱が冷めることを知らず、歓声が響き渡る。

 

《強者の諸君! 諸君らのためにエキシビションが決定された!》

 

 会場はいったん静かになり、その後、爆発するかのような声に包まれた。

 どうも一番最初に見た「白銀同盟」が出てくるらしい。

 これには私も感激を止められない。

 

 あれ?

 そういや何かシュウと勝負をしていたような。

 そうだ。彼らの戦いが子供だましかどうか見せるとか言ってたはずだ。

 

 しかし、ここにきてもなおシュウは沈黙を守っている。

 私も舞台に現れた白銀同盟で、シュウのことがどうでもよくなった。

 

 白銀同盟が戦うモンスターも反対側のゲートから現れた。

 先ほど戦ったモンスターよりも体格が大きい。

 これはさらなる熱戦が期待できる。

 

 斯くして戦闘は始まった。

 白銀同盟とモンスターの一進一退の戦いだ。

 

 戦闘で闘技場がたぎる中、何か歓声に変な声が混じってきた。

 観客や舞台にいる白銀同盟の奴らもモンスターから目を逸らしてあらぬ方角を見ている。

 モンスターとの戦いでよそ見をするのはまずいのではと思ったが、モンスターすらそちらを見ていた。それならいいのかな。

 

 さて、彼らはいったい何を見ているのかと目を移せば、モンスターが出てきたゲートから別のモンスターが現れている。

 太った猿のような図体だ。しかし、胴体と比べて手足が異常に短く、何かコメディちっくだ。

 ちょっと可愛さもある。

 

 その太った猿がゲートの太い柵をボリボリと食べていた。

 柵を食べ終わると小さな足を動かして飛んだ。

 

 信じられない光景だ。

 転がって動くものだと思ったが、まさかの跳躍を見せてきた。

 しかも、けっこう速い。白銀同盟と戦っていた虎型のモンスターを半分踏み潰す。

 

 潰れたモンスターさえもぼりぼりとむさぼり始めた。

 その光景を前に、観客席は沈黙に包まれている。

 

 先ほどまで場を賑やかしていた解説も止まってしまう。

 これがあらかじめ決められたイベントでないのは、白銀同盟の様子からも明らかだった。

 彼らの顔は凍り付き、戦意はすでにない。顔をモンスターに向けたまま、目だけで主催者の席を見ている。

 

 彼らの目は私もダンジョンで見覚えがある。

 「助けてくれ」、「まだ死にたくない」という目だ。

 

 おい。いちおう確認だが、これって予想外の出来事だよな。

 まさかこれもイベントの流れってことはないだろ。

 

『――いやはや、不運にも地下のモンスターが脱走してしまったみたいだね。マルマルエイプだったかな。見た目はとぼけてるけど上級ダンジョンのモンスターだよ。さっきのが初級モンスターってわかるでしょ』

 

 場違いな解説が始まった。

 解説してる場合か。行ったほうが良いだろ。

 

『行くべきじゃないね。ここは剣闘士の舞台だよ。そして、メル姐さんは剣闘士ではない。盗人だ』

 

 じゃあ、あの猿を誰が止める。

 白銀同盟が殺され、あのモンスターが観客を襲うぞ。

 あと、私は剣闘士ではないだろうが、盗人でもない……と思う。

 

 猿のモンスターが、潰れた虎のモンスターをすぐに食べ終わる。

 次の餌を探し始め、すぐ側で動けずいた白銀同盟が選ばれた。

 

『幸いにも、ここには剣闘士がいる。――動き出したよ。向かい側の観客席やや左。見ておくと良い。死闘ってのがどんなものなのかをね。きっとメル姐さんもわかると思うね』

 

 舞台に降り立つ影一つ。

 後ろで一本にまとめた赤い髪が揺れている。

 その女性は自らを見向きもしない猿を睨んでいた。

 しかし、猿や白銀同盟、他の観客も気づいた様子はない。

 

『……ん、耳をふさいで』

 

 はい?

 

『耳をふさぐ、急ぐ。ハリアップ!』

 

 言われたとおりに両手で耳をふさぐ。

 赤髪の女が、私と同じように両手で耳をふさいだ。

 

 急に会場が揺れた。

 大きな音が会場全体を包んだのだ。

 あまりの音響に周囲の観客や舞台にいる猿モンスターもひるむ。

 

 猿が怯んだ隙をついて、赤髪の女が白銀同盟へと近づき、剣士の手から得物を奪った。

 先に白銀同盟が女に気づき、顔が和らいだのが見て取れた。

 一方の赤髪女は手で下がれと指示する。

 

 遅れて猿も意識を取り戻し、目の前の相手が変わっていることに気づいた。

 気づきはしたが、さほど気にした様子もなく、短い手をばたつかせるだけだ。

 

 猿が飛んだ。

 先ほどのように、大きな見た目とは裏腹に軽快な跳躍を見せる。

 

 対する赤髪女は逃げる様子がない。

 剣を体の前に掲げ、何か呟いた。

 体から炎が現れ、その直後に猿の尻で潰される。

 

 おいおい。

 炎が出たけど潰されちまったぞ。

 

『尻に隠れて見えなかったけど、ちゃんと避けてるよ』

 

 猿も自らの尻に、潰れた女がないことに気づいた。

 視線を上げ、わずかに距離を取ったところで女が剣を再び構えている。

 彼女の体はうっすらと炎に包まれ、まとめていた髪も広がり、彼女自身が炎のようであった。

 

 あのさ。

 もしかしてなんだけど、彼女って――

 

『うん。メル姐さんの大好きな冒険者パーティー――チューリップ・ナイツ。最後の一人だね』

 

 わわわわわ!

 うわっ、本物だよね!

 

 ……最後の一人?

 白騎士インゼルにあってないぞ。

 

《強者の諸君! 驚かせてすまない! 彼女の登場を盛り上げるため、どうしても黙っておく必要があった! 策を弄した俺を許してくれ! みんな、彼女の紹介はいるか! 要らないよな! 赤の剣闘士が今宵の舞台のトリを飾るぞ!》

 

 周囲の観客はひとたび黙り、徐々に熱を帯び、誰も彼もがその名を叫んだ!

 

 ――カリブラッ! カリブラッ!

 

 私も一緒になって叫ぶ。

 観客全員が一丸となった瞬間だった。

 

《さあ、エキシビションマッチ! 怒れる炎が燃え上がる! 今! 決戦の火蓋が落とされたッ!》

 

 紹介されたカリブラは実況席を睨んでいるが、すぐに猿へ目を戻した。

 

 戦闘が始まり、盛り上がっていた会場が徐々に静まっていく。

 先ほどまで見ていた死闘などはない。

 ただただ一方的だ。

 

 カリブラが猿を焼き、斬り、貫く。

 彼女はどこまでも執拗で、それでいて一切の油断はない。

 最後は、猿が逃げ出し、カリブラが逃げ道に先回りして道をふさぐ。

 

 なんか速さが全然違うな。

 超上級のボス並に速くないか。

 能力アップの補助魔法を使ってるの?

 

『炎のエンチャントだね』

 

 あれがそうなのか。

 雑誌では読んでいたが、人にかけるものなのか。

 武器から炎の渦がぐわぁっと出る光景を思い描いてたんだがだいぶ違った。

 

『武器だけに付与をかけるのはせいぜい上級まで。それより上を目指すなら自らへのエンチャントが必須だろうね。超上級以上なら低位くらいは完璧に使えないと無理だね』

 

 なあ、あれって私にも――

 

『ちなみに、あれは未熟な奴が真似すると焼死体ができあがる。無闇に一般大衆へ見せつける技じゃない』

 

 うっかり真似もできないなぁ。

 だが、あのレベルになると魔法使いも目じゃないな。

 

『低位を完璧に仕上げることと、中位以上を上手く使うことは別の話だよ。彼女は、おそらく中位以上はまともに使えない。振り回すのが精一杯だろう。魔法話のついでに、この闘技場の話でもしようか。割とすごい魔法がたくさん使われてる』

 

 私は観戦で忙しいから、たくさんはいらない。

 上位三つくらいをシンプルに頼む。

 

『じゃあ、第三位。実況の音魔法。さっきの大音響もこれ』

 

 ああ、そういえばあまり見ない魔法だな。

 これすごいの? ちょっとすごさがわからないんだが。

 

『下手くそが使うと迷惑千万。ダンジョンで使う奴がたまにいるけど、だいたいモンスターに囲まれて勝手に死ぬ。才能がある奴はこういうところで囲われてる。ここの実況はとても上手い。振幅、周波数、位相、範囲、指向性、共鳴と他にもいろいろと計算ができないとまともに使える状態にならない』

 

 とても難しいということがわかった。

 二位は?

 

『第二位。魔力の流れを見る感知魔法』

 

 地味だな。

 それの何がすごいんだ。

 お前も似たようなことをしてないか。

 

『そうだね。同じことを出来る奴がこの闘技場にいる。魔力の量や流れが目で見えるんだ』

 

 見えるだけなら別にすごいと思えないんだが。

 三位の方がすごいと思える。

 

『三位までは努力でいける。がんばれば到達できる領域。でも、感知魔法は絶対的な才能がいる。魔眼が必須。魔法を目にかけるだけじゃ魔力の流れが見えない。感じ取ることまでなら凡人でもできる』

 

 ……すごいの、それ?

 闘技場のどこに使われてるかわからんぞ。

 

『最初からずっと使われてるよ。今も使われてる。剣闘士やモンスターの状態を目で見てる。音響魔法と組み合わせることで、進行の予定を組み立ててる。指示も彼女がこっそり出してる。第三位がその聞き取りと伝達役だね』

 

 ふーん。あまり興味がないな。

 第一位は?

 

『わかんないかな? 闘技場は世界にそこそこの数があれど、モンスターとの戦いを売りにしてる闘技場ではここが間違いなく最高峰だ。段違いでね。なぜか? モンスターを自在に操れるから。これが、ずばり第一位。降魔の魔法。特殊魔法だよ。モンスターを操ることができる』

 

 また、特殊魔法か。

 しかし、モンスターが操れるなら間違いなくすごいな。

 

『モンスターを操り、戦闘時の状態を観察し、その状態をすぐに伝達し、観客の熱狂具合も判断し、より効果的なアクションで煽る。このやり方で熱狂させられる』

 

 そんな仕組みがあるのか。

 ……でも、あれ? モンスターが操れるのにどうしてこの猿は脱走できたんだ?

 やはり、最初から全部演出だったのか?

 

『時にはミスもあるさ』

 

 そうだな。

 お前でも割とミスをするからな。

 

 問題の猿はついに逃げることを諦め、頭を地面につけ、命乞いをした。

 カリブラが猿の助命を受け立ち止まる。

 

 猿が顔を上げるが、その顔は助かった喜びではない。

 油断した相手を喰い殺すという意志が溢れていた。

 

 猿が飛び上がる直前で、カリブラが猿の額に剣を深々と突き刺す。

 猿の体から炎が湧き上がり、観客席にまで、焼かれる肉の臭いが漂ってきた。

 

 カリブラは猿の死を確認し、勝ち名乗りも湧き上がる喜びも何もなく舞台から立ち去る。

 

 もはや最後は観客席に声もなく、ただ呆然とカリブラの後ろ姿を見送った。

 実況が場違いとも思えるほど浮いた声で今日の観戦の謝辞を述べ、場はお開きとなる。

 

 凄惨な戦いだった。

 あまりにも一方的で無残とも言える。

 それなのに目がそらせなかった。他の観客もまだ余韻が残っているのか立ち上がらない。

 

『どう? 死闘が感じられた?』

 

 正直なところ……、よくわからない。

 だが、確かに他の戦いとは何かが決定的に違うと感じた。

 一方的すぎたからだろうか。いや、一方的だけなら前の試合にもあったはずだ。

 

 シュウは何も説明をする気配がない。

 その後も、何が違うのかわからないまま会場を出て宿へ向かった。

 

 

 翌日になり、この周辺で最後のダンジョンに向かう。

 

『ところで昨日の闘技場で虎のモンスターと戦った冒険者パーティーの名前を覚えてる?』

 

 あれ? なんだったっけ?

 戦ってる姿はおぼろげに覚えているが、名前が出てこない。

 たしか……なんとか連盟じゃなかったか?

 

 その後のカリブラがあまりにも印象的で、前の奴らの印象が薄まってしまったな。

 

『うんうん』

 

 満足したように声をあげている。

 朝から気持ち悪い奴だな。

 

 東西南北のダンジョン巡りもいよいよ最後になった。

 次をクリアすれば、しばらくはダンジョンがない。悲しい。

 

『エッダ競技場だね』

 

 変わったダンジョンだよな。

 

『ギルド預かりだけど、ダンジョンとは言明してないね』

 

 エッダ競技場は南北に長く延びる平原だ

 モンスターは出るが、立体像というもので触れないとか。

 それではどうやって倒すのかと言えば、そこは「競技場」の名の通り。

 

 出てくる立体像のモンスターとレースをして、勝てばドロップアイテムが手に入る。

 ちなみにアイテムは負けてももらえる。メダルやトロフィー、それに盾か。何かの役に立つものじゃない。

 そのため冒険者はほぼ挑まない。

 一部の好き者が速さの栄光だかを求めて挑んでいるようだ。

 

 それでも完全にクリアした奴はいないとか、誰も第四走を突破できてないらしい。

 そもそも真面目に走る奴が少なすぎるとも言われている。

 

『嫌な予感がするぞ』

 

 嫌な予感?

 

『この周囲は異常なダンジョンが多い。南は、ヘイデン・ファ・クランク集合住宅』

 

 時空が歪んでるダンジョンだったな。

 しかもダンジョンを作ったのが、シュウに先生と呼ばれる存在だ。

 

『東は、頽廃の都パラクミ』

 

 闘神トゥレラに、真のボスと判明した封印魔法のハムラ。

 封印魔法のせいで私も異常な力を得た。

 

『中央には、スコタディ霊園』

 

 突如現れた期待の新星、元冒険者のリッチがいた。

 シュウは気に入ってるようで、ここのところ何かいろいろと悪さをしている。

 

『西は、星雲原野ガラクスィアス』

 

 黒玉が隠しボスで変な隠し要素があった。

 その規模は夜空の星にまで及ぶ。超上級に相応しいダンジョンだ。

 

『そして、最後の北。モンスターがホログラフなのはまだ良い。問題は対戦方法がレースってとこだ』

 

 初めての体験だな。

 レースで倒すだなんて初めてだ。

 

『奴がウ○に嵌まったからに違いない』

 

 馬?

 

『違う。○マ』

 

 同じじゃん。

 

『はぁぁぁ。奴は、すぐ流行りものに飛びつくからなぁ。レースものが書きたくなったなら、ウマの二次創作でも書けばいいだろうに。今なら流れに棹さしてポイントたくさんもらえるぞ。ちっぽけな承認欲求が満たされる。……いや、違うな。流行りものを書いても、ポイントがつかないのが怖いんだ。なんという臆病者か。卑怯者!』

 

 何言ってるかよくわからんのだけど。

 急に叫び出したりして、大丈夫か?

 

『メル姐さんこそ大丈夫か? 今度こそ異世界だよ』

 

 出たよ。また、始まった。

 どうせ機械がどうこうする妄想の世界でしょ。

 ダンジョンがあるなら行っても良いが、ないなら行かんぞ。

 そもそも異世界に繋がってるダンジョンが、そんなあちこちにあってたまるか。

 

『ごもっとも。見事な前振り』

 

 挑むはエッダ競技場。

 

 強さではなく、速さを第一とするモンスターとの勝負になる。

 

『やれやれだね』

 

 シュウはあほくさと言わんばかりに、大きなため息をつく。

 

『勝負にならないよ。超短距離や長距離ならまだしも、まともに走り抜ける距離で今のメル姐さんを負かすのはまず無理』

 

 わからないぞ。

 まだ、第四走を越えた奴がいないらしいからな。

 

『好きにすればいい。どうせすぐわかる』

 

 それでは好きにさせてもらおう。

 

 

 

 こうしてダンジョン巡り、最後のダンジョン攻略のスタートテープが切られた。


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