チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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蛇足28話「魔法少女に花束を」

1.ギルドマスターが現れた

 

 長い旅路の末、ついに魔法都市カタグラフィに到着した。

 

『待って。一話飛ばしてる』

 

 一羽、飛ばす?

 

 空を見るが、鳥は見当たらない。

 雲もまばらで、ほぼ晴天。絶好のダンジョン攻略日和だ。

 

『いや。鳥じゃなくて、話が一個飛んでる。エッダ競技場はどこに行った?』

 

 エッダ競技場? そこってだいぶ前にクリアしただろ。

 なぜ、そんな昔の話を持ち出す。

 

『ええぇ……ま、いいか。おおかた、ウ○娘の影響で、リアルに競馬を始めたはいいものの、あっけなく大負けして、もうレースとか考えたくなくなったんだろう。ざまぁ』

 

 よくわからんことを言ってるが、いつものことだ。

 私はダンジョンに集中する。

 

 魔法都市カタグラフィは、魔法使いの都市であり、魔法では他の都市の追随を許さない。

 魔法使い達にとっては楽園だろう。しかし、私は魔法使いにあらず。

 

 ギルドにいる奴らも、魔法使い独特の埃っぽさというか、線の細い奴が多い。

 雰囲気が冒険者ギルドらしくないんだよなぁ。図書館か……?。

 人も少ないな。冒険者が少ないのかもしれない。

 

『いろいろ補足したいけど一つだけ。この魔法都市は魔法使いにとっても楽園とは言えない』

 

 どういうことだ?

 

『いつかわかる』

 

 いつかわかるのなら長い話は聞かないに限る。

 ダンジョンの情報を得るためカウンターへ向かう。ところが、受付には誰もいない。

 

 あれ?

 さっきまでここに受付嬢がいたはずだが。

 今は黒い猫がカウンターの上で私をみつめてきているだけだ。

 

 しかし、この都市は猫が異様に多いな。

 あちらこちらで見かける気がするぞ。獣臭くてたまらん。

 

『ヒントになります。ここは魔法都市カタグラフィ。一定水準の魔法を使える人の割合は全都市中で間違いなくダントツのトップ。そして、変化の魔法を使える奴もかなりいる。たとえ猫の姿をしていても――』

 

 え、まさか、この猫が?

 

『すごいでしょ』

 

 ああ。すごいな!

 何度か変化の魔法は見たが、ここまで完璧な変化は初めて見たぞ。

 

 黒猫はニャーと返事をしてくる。

 

 変化がすごいのはわかった。

 もう十分に驚いたから元に戻ってくれないか。

 

「ご用ですか?」

 

 声をした方を見ると受付嬢だった。人間だ。

 目の前の黒猫は、私を不審がってにらみつけてきている。

 

 ……あれ?

 変化の魔法じゃないのか。

 

「彼女はキャサリンと言います」

 

 受付嬢が猫を手で指して告げる。

 シュウが笑っている。

 

 私は全て理解した。

 

 猫は猫だった。

 怒りが急激にこみ上げてくる。

 

 だましやがったな。

 

「ご用件は魔法神殿アラギの攻略でしょうか?」

 

 目的の言葉が出てきたので、怒りが少し紛れた。

 

 ああ。

 よくわかったな。

 

「ソロですか?」

 

 そっちもわかってくれ。

 

「魔法水準を計りますので、こちらをおつけください」

 

 出てきたのは指輪である。

 パーティーリングならもう持ってるし、付けてるぞ。

 

「いえ、こちらはグラミリングと言いまして、パーティーリングとは別物になります」

 

 はあ、よくわからんな。

 とりあえず言われたとおり、指輪を付けてみる。

 特に何も起きる様子はない。

 

「はい、もうけっこうです。外してください」

 

 またもやよくわからないまま、指輪を外し、受付嬢に返す。

 

「魔法水準は二。魔法神殿アラギには挑めません」

 

 ……え?

 

「アラギに挑むための魔法水準に達していませんので、挑戦はできません」

 

 え、え、何それ。

 

「アラギにソロで挑むためには、魔法水準が八を超えている必要があります」

 

 いや、それもだけど、魔法水準とかいうやつ。

 

「都市では魔法使いの力量を表す指標として、魔法水準が使われています。さきほどのグラミリングで魔法水準を計らせていただきました」

 

 私は、二だったっけ?

 間違いなく低いんだろうな。

 

 この水準については初耳だったが、なんとなくそんな気はしていた。

 魔法特化のダンジョンだ。専門の魔法使いがいないと挑めないという話も聞いたことがある。

 

 仕方ないか。

 パーティーを組んで挑むとしよう。

 

「アラギにパーティーで挑むためには、魔法水準がパーティー全体の合計で九を超えていることに加え、各々が四を超えている必要があります。魔法水準が一では、パーティーを組んでも挑むことはできません」

 

 淡々と告げられる。

 

『残念でしたねぇ』

 

 どういうことだ。

 入ることすらできないというのか。

 ……仕方ない。権力のごり押しで無理矢理入れさせてもらうとするか。

 

『他ならともかく、ここはめんどくさいよ。アラギの管理は複雑だからね。国に、魔術師ギルドに、カタグラフィ魔法市民連盟、それにアラギ管理組合や魔法理事協会もか。手続きだけで数ヶ月はかかるね。却下される可能性も高い。それに、どうせメル姐さん一人じゃ、まともな攻略は極めて難しい。黒竜スキルを使ってのごり押しなら一瞬で終わるけど』

 

 うーん。

 ごり押しなら意味がないな。

 

 よし。何か良い案を出せ。

 そうすれば、さっきの猫だましは許してやろう。

 

『猫だましってそういう意味じゃないよ。それに――、ま、いっか。「お手紙」番地、アの項にアイラたんからの手紙があるから、それを受付嬢に渡して』

 

 ごそごそとアイテム袋を漁り、目的の手紙を見つけ、そのまま受付嬢に渡す。

 受付嬢は断りを入れてから、カウンターの上に手紙をおいて読む。

 黒猫も手紙を読んで、ニャーニャーと鳴いている。

 

「どうぞこちらへ」

 

 表情や声色は変わらないが、対応は変わった。

 奥の部屋に案内される。黒猫も私の後ろを歩いてついてくる。

 

『この受付嬢は元冒険者の魔法使いだね。魔法使いとしては二流でも、冒険者としては上級以上と思われる』

 

 はっきりとはわからんが、そんな気配はするな。

 受付にしては愛嬌がなさすぎるが、そもそも感情の起伏が乏しそうだ。

 私の苦手な魔法使いどもと似た気配を感じる。あいつら、上に行くほど静かになっていくんだよな。

 

 部屋に案内され、椅子に掛けるが、テーブルを挟んで向かい側の椅子には猫が座った。

 なんかすごい堂々とした猫だな。

 

『そりゃ、ギルド長だからね』

 

 はい?

 

『よく見とくといいよ。なかなかの変化だから』

 

 椅子に座った猫が、ぬるぬると大きくなりあっという間に人の形となった。

 

『クソッ、やるなぁ。裸で出てくると思ったのに、ちゃんと服まで変化に入れてやがる。ギルド長は伊達じゃないか』

 

 感心以上に、すごい悔しがっている。

 私はまだ目の前の変化が、頭の中で正しく認識できていない。

 

「手紙は見せてもらったよ。しかし、来ないとは思ったけど、あのエルフの代理があんたとはねぇ。極限級となれば、冒険者ギルドとしては認めざるを得ないねぇ」

 

 年齢がいまいちわからない女性が意地の悪い笑みを見せる。

 その後もペラペラ喋っていたがよくわからないので、とりあえず頷いておく。

 

 こうして私は魔法神殿アラギに挑戦ができることとなった!

 ……なったの?

 

『まあ、いちおう』

 

 要領を得ない返答だが、とりあえず一段落だ。

 

 

 

 シュウの「いちおう」の意味がようやくわかった。

 まともな攻略ではなく「高級魔法使い免許試験」とやらの試験監督として入場できるらしい。

 どんな試験なのかはさっぱりわからないし、試験監督って何をするのか、そもそも攻略ができるのか――など、とさまざまな問題はあるが、一番は時間だ。

 

 約二ヶ月後である。

 

 近くにダンジョンはあるが、ここへ来た道にあったのですでに攻略済み。

 おとなしく待つのも三日が限度というもの。かといって、遠くまで行っても戻るのがとてもめんどくさい。

 

『メル姐さん! 探索しようぜ! 魔法都市の探索!』

 

 はぁ……。

 テンション下がるな。

 都市の探索とかして何が楽しいの?

 観光にきてる一般人のおばはん軍団じゃあるまいし。

 一人でやれよ。

 

『できないから言ってんでしょ。そういう発言はね。パワハラになるんだよ』

 

 セクハラばかりしてる奴が何を言うのか。

 

『それより探索に行こう。酒を飲むにゃあまだ時間が早いってもんよ』

 

 まだ日も昇りきってない。

 でも、なんだかなぁ。

 

『大丈夫。もう目星はつけてるから』

 

 言われるがままにたどり着いたのは、なんとか商会の事務所だった。

 この商会はほんとどこにでもあるな。シュウは仲良くしているようだが、私は仲良くしたくない。

 とりあえず、中にお邪魔し、軽い紹介とシュウが渡せと言った手紙を渡す。

 

 返ってきたのは手の平よりやや大きい封筒だ。

 中に何か入っているようだが、開ける前に「用が済んだなら出て行け」ということで外に出た。

 

 封筒を開けると、中には小さなアクセサリーとメモが入っている。

 アクセサリーは何なのかさっぱりわからないが、メモはなんとなくわかる。

 

 大雑把な地図と何かの名前が書いてあるな。

 ……”ドロの魔装具店”?

 で、このアクセサリーはなんなの?

 

『ふぅん、ふんふん、これは、なるほどなぁ。確かにおかしいね』

 

 何が?

 

『どこから言おうかな。まず、これは何か?』

 

 アクセサリーでしょ。

 

『まあ、広義で言えばそうなんだけど、もうちょっと範囲を狭めてよ』

 

 なんか挟むところがあるし、髪留めじゃないか。

 

『はい、残念。違います。答えはネクタイピン』

 

 何それ?

 

『そう。この世界にはネクタイって文化がまずない。いや、あるにはあるか。でも、このあたりの地域にはまったくない。それなのに、ネクタイピンがここにあるってのがまずおかしい。で、おかしい点その二――効果が異常すぎる』

 

 魔装具なのか?

 お前が異常すぎるって言うのは期待できる。どんな効果だ?

 

『いや。効果自体は微妙。姿勢がわずかによくなる、汚れが気持ち付きづらくなるとかだね』

 

 ほんと微妙だな。

 

『異常なのは八つも効果が織り込まれてること』

 

 すごいの?

 

『あり得ない。俺が知ってる最高峰の魔装具職人でも五が限界。一方で、このネクタイピンにはまだ織り込む余地があるように見える』

 

 つまり八にとどまらず、さらに増やせるということか。

 

『そう。あり得ん。素材自体は大したことがない。ボロくて小さな馬車の荷台に大男が百人乗ってる感じ』

 

 そんなにやばいの?

 大げさじゃない。

 

『大げさじゃない。二百でも例えとしては正確だと思う。イ○バの物置よりやばい。重量でも容量でもオーバーしてて、何がどうなってるのか訳がわからん状態。そして、最後のおかしい点その三』

 

 まだあるの。

 

『うん。残りの二つと比べれば些細なことだけど、デザインがおかしいよね。ほら、頭蓋骨でしょ。……ちゃうちゃう、向きが逆。そう、そっち』

 

 あっ、ほんとだ。

 ひっくり返して見ると頭蓋骨のデザインだ。

 僻地のダンジョンでよく見るやつだな。でも、なんでこれに……、気持ち悪。

 

『ネクタイってフォーマルな場で着けるものなんだ。フォーマルってのは儀礼というか、格式があるというか、ふざけたことはできない状況なの。ネクタイピンも同様。幾分か遊びをもたせるにしても限度がある』

 

 骸骨は限度を超えてるというわけだ。

 

『好まれはしないだろうね。で、まとめると、おそらく竜がいる。まずはこの“ドロの魔装具店”からあたってみよう』

 

 竜?

 なぜ竜だと?

 

『最初はネクタイピンで俺と同じ身の上なのかな、と思った。でも、転生特典の能力にしては、数はともかく効果が弱い。同郷人ならもっと遠慮のない頭のおかしい効果を盛るから違う。それにこんな付与能力があれば、ネクタイピンよりも名前の方がずっと残ってるはず。でも、これができそうな奴の名前なんてまったく残ってない。じゃあ、転生やらトリップを抜かして現地人ってなるけど、この効果数はまず無理。常識的な技術限界を遙かに超えてる。それに文化の違いも説明できない』

 

 そうだな。

 現地人ではなさそうだ。

 

『そうなると、この世界と異なる文化圏と繋がりがある存在で、そいつは通常では考えられない技術、能力を保有しており、どこか趣味が悪い。竜じゃない?』

 

 竜だな。

 特に最後の部分がそれだ。

 なんであいつらはどこかが妙におかしいんだ。

 

 そんなわけでメモにあるドロの魔装具店とやらに行ってみることになった。

 

 

 

 店のドアを後ろ手で閉める。

 

 そして一息。

 外の新鮮な空気がすがすがしい。

 

『外れだったね』

 

 そうね。

 頭のおぼつかない老婆が経営してる魔装具店だった。

 異常な魔装具も特になく、老婆もただの老婆で、ピンを見せても寝ぼけたことばかり言う。

 時間を無駄にしたな。

 

『同じ意匠の物はなかったし、効果が異常な物もなかった』

 

 駄目じゃん。

 

『でも、ヒントはあった。置かれている物から判断して仕入先は大きく三口だ。杖やらローブは種類ごとにまとめてたけど、小物や分類不能商品は仕入先ごとに分けて置いてあったように見えた。このネクタイピンが置かれてた場所は覚えてたから、仕入先がどこかは判断できる。次はそこを訪ねれば良い』

 

 ほー。

 それで次はどこ?

 

『まさにそこの情報がないんだよね。あいつ、レアなのを見つけるのは上手なのに、あと二、三歩踏み込みが足りないんだよなぁ。まあ、こういうのに向いてないのはわかってたんだけど、別の奴も就けとくべきだったか。しかし、ここに合う奴ってなるとなぁ……』

 

 なんかぶつぶつ言い始めて、自分の世界に入り込んでしまった。

 こうなるともうしばらくは帰ってこない。探索はいったん休止して、飯でも食べよう。

 

 昼からも他の店や、なんとか商会を回る。

 大した収穫もなく日を跨ぎ、また別の店へ行き情報を集める。

 あちらこちらに魔法のギミックがあり、隠し扉や秘密の通路がありうのもなかなかおもしろい。

 

 そして、ついにネクタイピンの主にたどり着いた。

 なんか思ったよりも普通のおっさんだ。

 

「ああ、これね。拾ったんだ。なかなかすごいよね。効果が三つも付いてるなんて」

 

 ん?

 三つ?

 

「わからないの? 効果が三つも付与されてるんだよ。だから、買ったんじゃないの? え、それともデザインで買ったの?」

 

 首をかしげていると、シュウが呟く。

 

『数は後で説明するから、どこで拾ったかだけ聞いてみて』

 

 拾った場所を教えてもらい、すぐに店を離れる。

 シュウに拾った場所の案内を受けつつ、先ほどの疑問を尋ねる。

 

 お前は付与された効果が八つと言ったが、あのおっさんは三つと言ってたぞ。

 

『その疑問の答えは、物に付与されてる効果をどうやって知るかって話なんだよね。俗に言う鑑定魔法ってやつ』

 

 おっ、俗に言うなんちゃらシリーズで、本当に俗に言われているのが出てきたのは初めてだ。

 嬉しい。ついに私でも知ってる言葉が出た。感慨深いものだな。

 知ってる。私も鑑定魔法なら知ってるぞ!

 

『メルちゃんは物知りでちゅねー』

 

 叩き壊すぞ、お前。

 

『それでは物知りさんに尋ねよう。普通の魔法使いが使う鑑定魔法ってどんなのか知ってる?』

 

 お前がよく言ってるじゃん。

 効果が文字で見えてるんでしょ。

 

『俺のはチートだから参考にしちゃ駄目。俺と似たようなことがしたけりゃ、特殊な技術がいくつか必要。逆に言えば、普通の鑑定魔法はメル姐さんの考えてる鑑定魔法とは別物。鑑定魔法って効果の総当たりなんだ』

 

 総当たり?

 

『自分が知ってる効果の要素と、物に織り込まれた効果の要素とをひたすら照合していくの。鑑定魔法は、どれだけ効果の要素を知ってるかに左右されるし、下手くそだと照合に時間がかかりすぎるから、検索する効果の数を絞る。だいたい二か三まで、普通はそれくらいしか織り込まれてないからね。そんで、あのおっさんは三で照合作業を切り上げたんだろうね。もうちょっと見れば、四まであることはわかっただろうに』

 

 なんか思ってたのと違うな。

 めんどくさそう。

 

『地味だし面倒ではあるけれど、才能があればこれだけで十分に食っていける魔法ではある。ダンジョンがあるなら需要はある。知識、効果要素の把握、照合速度、慣れ、あと多大な根気……とそれなりに多くの能力が必要だけどね』

 

 そんな魔法だったのか。

 魔法をかけて、すぐにパーンとわかるのかと思ってた。

 そうなると鑑定料ってどうなの? 聞いたところだとぼったくりらしいが。

 

『何も知らん奴はみんなそう言う。鑑定料と言うと、高く聞こえるけど、ほぼ技術料だよ。知識やら、照合作業やら、効果要素の把握とかのね。高いって言うなら、自分で一からやってみろって話。バカみたいな時間と金が必要になる――お、着いた着いた』

 

 ちょうど話の区切りが良いところで目的地に到着したようだ。

 

『んん~? ん? ああ~、なるほど。こりゃ普通じゃわからん。前の俺なら見逃してたレベルだ』

 

 なんか納得し始めた。

 何がわかったの?

 

『空間が折りたたまれてる。特殊魔法の縫合に近い。普通の空間探査じゃ反応しないやつ。ふむふむ、面白いことしてるな。これ、なかなかすごいよ。まずね――』

 

 あ、理屈とかどうでもいいんで、どうすればいいかだけシンプルに教えて。

 

『じゃあ、まずは空間の縫い目にほつれを作ろうかな』

 

 言われた場所にシュウを突き刺していくと、裂け目がでてきた。

 裂け目が徐々に広がっていき、そこに扉が現れた。――が。

 

『魔力反応は竜のやつだね。でも、なんか……、小さいね。向きもおかしい』

 

 そうだな。

 空中に扉が浮いている。

 しかし、そのサイズはかなり小さい。

 身長の半分もないんじゃないだろうか。

 ん? 扉だと思ったが、よくよく見ると取っ手もないな。

 シュウが言うように扉も地面に垂直ではなく、どちらかといえば平行に近い。

 

『これ、もしかしてダストシュートなのかな』

 

 なにそれ?

 

『建物に設置するゴミ捨て用の小さい扉と、そこから捨てたゴミが通る道のこと。この扉がその出口じゃないかと』

 

 えぇ。

 扉っぽい板の隅に指をかけるとパタンと開いた。

 中を見上げてみると、暗闇が続き、かなり上のほうから光が見える。

 

『よじ登っていけそうだね。うーん、すごい魔力反応。上に竜がいるのは間違いない。やばい気配は感じる?』

 

 いや、まったく。

 

『メル姐さんの特殊能力は発動してない。そこまでやばい奴じゃないかもね。まあ、合成系の竜ならそこまで戦闘能力は高くないのか』

 

 ふむ。

 行ってみるか。

 

『うん。いざとなればここからそのまま出ればいいしね』

 

 そんなわけで私は狭く、暗い縦穴をよじ登ることになった。

 

 

2.竜女が現れた

 

 登った先にあったのは汚い部屋だった。

 周囲によくわからない物が雑多に置かれている。

 

『ひへ……。これ全部、魔装具だよ。付与効果が十を超えてるのもある。持って帰れば国宝になるレベル』

 

 シュウの口調も驚きの興奮を通り過ぎて唖然に近い。

 変な笑いが漏れ出ている。

 

 置いてある物を避けつつ足を運び、部屋を出る。

 明かりと音がする方へ進んで行く。

 

 隣の部屋を覗くと、いろいろな工具に塗れ、椅子に腰掛け何やら作業をしている奴がいた。

 一瞬、人間に見えたがだいぶ違う。まず腕が多いし、それに長い。

 

『作業中だから声をかけない方が良いと思う』

 

 そうなの?

 

『少なくともこっちに気づいてないし、作ってるものを見るに今が一番の集中どころ』

 

 顔は女性だな。

 髪はやや赤みがかっており、後ろでまとめている。

 まとめてはいるもののそこまで長くはない。まとめきれずぼさぼさとあふれ出ている。

 

 服はぼろぼろのつなぎみたいなものを着ている。

 ポケットがたくさんついており、隙間からなにか小さな道具が見える。

 足は八本で蜘蛛のように長く、体をがっしりと支えている。

 

 前にダンジョンで見たアラクネに近いな。

 人の上半身が蜘蛛についている奴だ。

 

 しかし、明らかに違うのが腕の本数。

 背中からも大小様々な太さや長さで生えており、空中からぶら下がっていた工具を忙しげに取っている。

 

「ふう」

 

 しばらく待っていると、どうやら一作業終わったようで、一息ついている。

 一息つくと、作った物をいろいろと角度を変えて見ていた。

 

「うん。いいね。さすがあたしだ」

 

 どうやら納得の出来らしい。

 休憩に入るのか、八本の足が動き、体がこちらに向いたところでようやく私に気づいた。

 

「うおあっ!」

 

 すごい声を上げて、体を壁際まで後退させた。

 いくつかの工具が机の上から落ちて音を立てる。

 

 あ、すまん。

 勝手に入らせてもらった。

 

「そんな馬鹿な。入店のシグナルはなかったはずだ」

 

 蜘蛛っぽい女は壁の一点を見つめた。

 私もつられて見るが、そこにはオレンジ色の何かが壁に付いている。

 

「故障? いや、そんなわけはない。その服装、こっちの世界じゃないな。……あ、まさかあんた、カタグラフィから来たのか?」

 

 そうなる。

 

「あ、ああ、ああ! あんた、アレだろ。婆が言ってた奴だ!」

 

 アレ? 婆?

 

「婆がいた歪んだ世界の元凶をぶっ殺した奴――違うかい?」

 

 なんとなく記憶にある話だ。

 

「やっぱりね! 来るって聞いてたけど、そっちから来るとは思わなかったよ。まあ、立ち話もなんだ、座りなよ。茶でも入れよう。ちょっと待ってな!」

 

 デカい図体をずるずると動かして部屋から出て行き、しばらくして戻ってきた。

 近くの机の上に湯気の出る湯飲みを二つ置く。

 

「はいよ。ぐいっといきな」

 

 湯飲みを見ると、両手を組んでいる模様が彫られている。

 手に皮はなく、骨がむき出しになっているようだ。

 

『センスがちょっと』

 

 そうだな。

 女も片方の湯飲みを手に取って、軽く口をつけた。

 

「いやぁー。あれはいつだったかね。驚いたよ。久々の客かと思ったら婆が来てね! 私にこう言うんだ。『これをあの女に渡してくれ』ってね。あの女って誰だよってところから話が始まって、いやはや驚いたよ!」

 

 いちいち声が大きい。

 婆が誰かもわからないんだが。

 

「あー、婆は婆だね。あたしが何かはわかってるだろ。同族の婆さ。あんたに世界を救ってもらった感謝の証だとよ」

 

 ほい、と私に一枚の札を差し出してくる。

 

「いや、驚いたよ。あの婆に『感謝』なんて言葉があるとはね。しかも、金を取らないなんて嘘みたいな話だ。間違いない。もう二度とないね!」

 

 ハハハッと豪快に笑っている。

 身内話のことはよくわからないが、とりあえずもらえる物はもらっておこう。

 

 札は手の平よりやや大きく、縦がやや長い。

 

『めっちゃすごいよ、マジモンの竜製カード。解析が化ける』

 

 なんだか、とってもすごいらしい。

 

 表面に×印で四区画に分けられ、それぞれの区画に四人の顔が描かれている。

 

 右側は、緑髪の目を瞑った女。

 左側は、真面目そうな女。

 上側は、金髪で調子が良さそうな女。

 下側は、とぼけた顔の女。

 

『そっち側はそんな絵なんだ』

 

 そっち側?

 

 裏返すと別の絵柄が描かれていた。

 こちらはなんだろうか。

 

 歪んだ剣を持つ男に対して、三人が対峙している姿だった。

 まるで神話の一場面を切り取ったような仰々しさを感じさせるものだ。

 

『ちょっと絵面が格好良すぎる。もっと雑然とした場面だったぞ。男の顔の方もだいぶ見映えがよく描かれてるし』

 

 なんとなく思い出してきた。

 レベルとかスキルが出てきた世界の奴だなこれ。

 

『えぇ、今さら気づくの』

 

 札はどちらも絵柄が入っている。

 どっちが表とか裏とかあるんだろうか。

 

『両方とも表でしょう』

 

 珍しいな。

 こういうのって片方に絵柄が入って、表と裏があることが多いだろ。

 

『そうだね。裏がない。うらない。占いね。婆ってのはもしかして、魔法陣に詳しくて本とか書くやつなのかな、尋ねてみてよ』

 

 質問の意図がわからないので、そのまま尋ねると、「本は知らないが、魔法陣にはとてつもなく詳しい」と自慢するように返ってきた。

 

『話が繋がったね。その札は報酬としてもらっとこう。効果はさっぱりわからんけど、悪い気配は感じない』

 

 効果がわからないのはちょっと使いづらいな。

 

「わかんないのかい? 教えたげるよ。金運アップに決まってるさ! あの婆がよこすならそれしかあり得ない! 持ってるだけで金が集まってくるんじゃないかい。億万長者さ!」

 

 ガハハと豪快に笑い倒している。

 冗談なのか本気なのかわからない。

 

『本気だと思う。絵は格好いいのに。効果が俗物的だなぁ』

 

 そうね。

 私、お金に困ることほぼないし。

 

 他の竜の話もちょこちょこしつつ、お茶を飲み終える。

 そろそろ飽きたし帰ろうかと席を立ったところで竜女から声がかかった。

 

「待ちな! 帰るつもりかい!」

 

 竜女は体を起こし、腕を四方八方へと伸ばし、なかなかの迫力だ。

 反射的にシュウへと手を伸ばした。

 

「まさかあのゴミ捨て穴から帰るってんじゃないだろうね! 客をゴミ捨て穴から帰したとあっちゃ、あたしの恥ってもんだよ!」

 

 ……はぁ。

 そんなもんだろうか。

 別に通ることさえできれば気にしないんだが。

 

「いいや! 駄目だ! あたしが気にする!」

 

 じゃあ、どうしろっていうんだ。

 完成するまでここで待たせてもらってもいいのか。

 

「いや、出口の意匠を考えるところから始める! 気が散るからあんたは外で待ってな!」

 

 外で待ってろのが失礼じゃないの。

 だいたい外って別の世界でしょ。

 

「別の世界は慣れてるだろ。キナメリアは今までの世界とは別物だ。新鮮なはずさ! なに、外で問題を起こしても、あたしがなんとかするから気にせず遊んできな!」

 

 「ほら。出た出た」と背中を押されて部屋を出され、そのまま廊下へ。

 さらに奥へと進めば、やや開けた空間にたどり着いた。

 

 他の部屋と違い、かなりこぎれいな様子だ。

 棚やテーブルに物がぽつりぽつりと置かれている。

 

『へぁっ』

 

 なんかシュウが変な声をだしている。

 どうもすごい魔装具のようだ。

 

 ここに置いてあるのは商品なのか。

 けっこうすごいやつだろ。

 

「わかるかい?! 自信作さ! こっちでは店を開いてるからね! 稀に見に来る奴がいるよ! 売らないけどね!」

 

 売らないの。

 展示してるだけなの。

 

「合う奴がいれば、どうするかわからないね。やっぱりモノってのは使われてこそだと思うからさ!」

 

 ……うん?

 何かよくわからないけど、もういいや。

 

 店のドアが勝手に開き、日のあたる外に出された。

 

 周囲の景色が明らかに違う。

 やたら背の高い建物があちらこちらに建っている。

 道に面していたらしいが、道の真ん中に何かよくわからない箱が止まっている。

 

『あの竜。趣味が悪いくらいに思ってたけど、あの趣味の悪さは可愛いもんだったんだ』

 

 ああ、あのドクロのピンか。

 それとも指を組んだ湯飲みのことか?

 

『両方。すごい効果が織り込まれてる魔装具だなくらいにしか考えてなかった。甘かった』

 

 悪いやつじゃなさそうだったぞ。

 今まで会った竜の中で一番まともに思えた。

 ちょっと変なこだわりがあったが、あれくらいなら人でもあるし。

 

『いや。あいつ、一見まともそうだけど今まで会った竜の中で、ぶっちぎりのやばい奴だったよ。最後の最後で気づいた』

 

 さっきの並べてあった作品群のことか?

 何か骨とか臓器とかを模したやつが多かった印象だが。

 

『そう。あれはやばい。あれらを悪意なしで「自信作」と言い切って並べてるのが余計にタチが悪い。あの竜は世界から消した方が良い存在だ』

 

 お前がそこまで言うのは珍しいな。

 何がそんなにやばいんだ。

 

『それは、……いや、あまり口に出したくないね。やる気持ちはわからんでもないけど、普通は店頭に並べるとかしない。しかも、合う奴ってどういうことだよ。帰るときはなるべく話さずにとっとと帰ろう』

 

 倒してしまっちゃ駄目なのか。

 駄目か、復活するもんな。

 

『いや、そもそも戦いにならない』

 

 そんなに強いのか。

 

『強い弱いの物差しの上にいない。勝負にならない。関わり合わない方が良い。おぞましい存在だ』

 

 振り返って扉を見る。

 この扉のすぐ先に、シュウからおぞましいと評される竜がいると、この世界の住人は知っているのだろうか。

 

 

 

3.巨城のボスが現れた

 

 さて、見知らぬ世界に一人、投げ出されたわけだが、どうすればいいのかさっぱりわからん。

 

『見た感じ、今までの世界の中で一番文明が進んでるね。俺のいた世界に近い。魔力とは別の動力源がある。車っぽいのも走ってるし、建造物も鉄筋入りかな』

 

 文明の進みは感じるな。

 レベルの世界とかもかなり進んでる感じだった。

 ちなみに私なりの文明の進み度合いは生物らしさが介在しているかどうかだ。

 

 見たところ移動手段は輪のついた箱のようだ。

 それに建物も丸みや不均一さがない。同じような高さ、同じような形で並んでいる。

 

 歩いてる奴らもかなり良い服を着てる。

 貴族か、こいつらは?

 

『いや。経済的にも豊かで、この街並みを武装無しで出歩けるほどに治安は良い。少なくとも腰に剣をぶら下げて出歩いて良い世界じゃない』

 

 うむ。

 むしろ私の服装が浮いてるな。

 周囲から変な目で見られてるし、近寄られない。

 

『このままじゃ、ポリスメン相当の奴らに職質は必至だね』

 

 亜人っぽいのもいるけど、どれもちゃんとした服装だな。

 

『うん。さらにやばいね。メル姐さんがおもしろい格好のアブナイ女になってる』

 

 まあ、異世界だし問題になってもいいや。

 それよりもこの世界にダンジョンがあるのかな。

 

『ダンジョンの有無はまだわからないけど、なるべく問題は起こさない方がいいね』

 

 なんで?

 いや、そりゃまあ問題は起こさないにこしたことはないだろうけど……。

 

『さっきの竜女が言ってたでしょ。「問題を起こしたら私がなんとかする」って、出させたら駄目だ。絶対にやばいことになる。まあ、あの竜女基準の問題だから、世界崩壊規模の問題じゃないと出てこないかも』

 

 そんなことはさすがにしないだろ。

 

 ごちゃごちゃ話をしていると、どこかから高い音が鳴り始めた。

 徐々に近づいているような気がする。

 

『これサイレン。絶対パトカー来るやつ。これ系の音はどこの世界でも似かよってくるな』

 

 どういうこと?

 

『衛兵がメル姐さんを捕まえに来るってこと。とりあえず姿を消しとくか。変な視線も気になるし』

 

 そうね。

 どんどん離れたところからこっちを見る目が増えてる。

 

『いや、その視線じゃないんだけど。とりま、ちょっと道の端で様子見しといて。衛兵さんが武器を少しは持ってくるだろうから、武器レベルを把握しておきたい』

 

 姿を消していると、甲高い音は徐々に大きくなってきて、道の先から赤と青の光を出す箱がやってきた。

 人だかりの近くで箱から人が二人ほど下りる。

 男女の二人組。人じゃないな。角があるから亜人なのかな。

 

 二人組は人だかりの一部に話を聞き、男の方ががこちらへと向かってくる。

 女の方は、他の野次馬から話を聞いていた。

 

『ふんふん、やっぱり俺の世界に近いね。個人が強くなるというより、兵器が発達して、組織で強くなってる方向性だ』

 

 すぐ近くを通る亜人を見て、シュウはそう説明した。

 

 私から見ても、亜人に強い印象はない。

 服装も厚めの一般的な小ぎれいなもので、鎧や籠手はつけていないし、武器も腰に下げた棒きれ一つだ。

 

『いや、棒と反対側のホルダーに入ってるけど鎮圧用だろうね』

 

 ふーん。

 モンスターとか出てきたらどうするんだろうか。鎮圧できるの。

 

『そういうのがいない世界なんじゃない。いるかもしれないけど表にはほとんど出てこないとか』

 

 つまらない世界だなぁ。

 早く帰りたい。

 

 目の前の亜人が肩あたりにとりつけた小さな黒箱に、翻訳されない言葉をずらずらと告げている。

 逆に小さな黒箱からも何度か聞き慣れない声が出てきていた。

 

『あのガキども。何か変なの持ってるな』

 

 あのガキどもってどの子供のことよ?

 

『向かいの通りの亜人警官が聞き取りしてるグループ。その右端にいる少女三人』

 

 ああ、なんか子供たちがいるな。

 三人で何か話をしているように見えるぞ。微笑ましいじゃないか。

 

『内容は把握できないけど、三人だけの会話量じゃない。何かと話してる。各人が着けてる髪飾りに、ブレスレット、イヤリング、どれもアナライズが通らない。生命体だな。ふむ、そんな世界かな』

 

 どんな世界なのかな?

 

『説明するよりも見てもらった方が早い』

 

 何を見ろと言うのか。

 

『監視側に動きがあった。空間反応あり。来るよ。道の真ん中だね』

 

 見ると、道の真ん中の上に大きな輪っかができている。

 輪っかの内側から何か大きな足が出てきて、その後で、胴体、腕、頭と出てきた。

 

 大きさは高さも横幅も私の倍はあるだろう。

 見るからにモンスターだ。手に武器を持っていないが、その大きさだけで十分な武器になり得る。

 人型のモンスターだが、目は四つに、頭は禿げており、やや凶暴に見える。

 変な声も出しているが、それが言葉かどうかはわからない。

 

 いいじゃん、いいじゃん!

 モンスターいないって言ってたけど、ちゃんといるじゃん!

 ダンジョンもあるかもしれんぞ。それで、これは私が戦ってしまっても良いのか。

 

『駄目。ちょっと様子見して。それに戦いにならないよ。せいぜい初級だ』

 

 周囲の人だかりが叫びを上げ、亜人の衛兵も小さな黒箱に矢継ぎ早に声を吹き込んでいる。

 一人の亜人が一般人に大声を告げて指を指し示す。逃げろということだろう。

 もう一人の亜人は短い棒と、シュウの言うもう片方の武器を手にした。

 短い棒は伸び、もう片方は何か平べったい板だ。

 

 平べったい板から、紫色の光が生じてモンスターへと向かう。

 光はモンスターを貫き、モンスターの動きが止まった。

 

『魔力を変換して攻撃できるのね。動力源はなんだろう』

 

 モンスターが止まったのもつかの間であり、すぐに動き出す。あまり効いてないな。

 亜人は後退しつつ、何度も光を繰り出した。

 

『意味ないね。出力が弱すぎる。しょせんは鎮圧用だ』

 

 もう見飽きたんだけど、これからどうなるの?

 

『そろそろ言うと思った。次の役者が出てくるよ。ほら、モンスターの後ろの道を見ておくと良い』

 

 言われてモンスターの後ろのあたりを見ていると、三つの影が、建物の影から出てきた。

 人だがその身長はかなり小さい。モンスターどころか私よりも小さい。

 ……あれ? というかさっきの少女三人組じゃないか。

 

『そうだね』

 

 服装がさっきと明らかに違う。

 なんかひらひらした服装に着替えている。

 手にはそれぞれ手甲、光るブレスレット、ハンドボウを持つ。

 なんか弱そうだな。

 

 ハンドボウを持った少女が、矢をモンスターに撃ち放った。

 黄色に光る矢がモンスターの腕を貫く。

 

『なんで腕を狙うんだ。胴体を狙えよ、それか足を』

 

 思ったよりも強いことに驚いた。

 ダメージがようやくモンスターに通ったな。

 モンスターの注意も亜人から後ろの少女たちに向いた。

 魔法少女達は、亜人に向けて声をかけ、亜人はモンスターから離れるように動く。

 

『「ここは私たちが引き受けます。住民の避難をお願いします」ってところかな』

 

 ふむふむ。

 それでこの少女達はいったいなんなの?

 

『ここはね。魔法少女の世界だよ』

 

 魔法少女?

 魔法を使う少女の世界ってこと?

 

『ちょっと違うけどそんな感じ』

 

 なんで着替える必要があるの?

 最初から普通の服で戦えばいいんじゃないの。戦いづらそうだぞ。

 

『それ、聞いちゃいけないやつ。仕様ですね。彼女たちの存在意義ってやつかな。ほら、倒したよ』

 

 あっという間にひらひらの少女たちがモンスターを倒していた。

 倒したモンスターから何かキラキラした……硬貨かな。

 少女たちは硬貨を拾って喜んでいる。

 

『なぶり殺した生きものからお金を奪って喜ぶとか、魔法少女界の闇だろ』

 

 表現の仕方の問題ではないだろうか。

 明確な悪意が感じられる言い方だ。

 

『油断しすぎだね。まだまだこれからなのに』

 

 シュウが呟くと、空中にいくつも輪っかが浮かび上がった。

 

 輪っかから先ほどのモンスターが何体も下りてくる。

 ちょうど少女たちを囲む形となり、少女たちは互いに背を向けて包囲に備える。

 

『包囲された時点でもう手遅れだよね。包囲されないように備えるべきだろうに』

 

 なかなか手厳しいな。

 それでも戦力差は大きいから、包囲されてもさほど苦戦もしないんじゃないか。

 

『それはどうかな。優秀な指揮官がいれば羊の群れも狼を駆逐するよ』

 

 突如、よくわからない声が聞こえた。

 道から生えているよくわからない細い棒の先端に、ヘンテコな姿の男が立っている。

 服は正装のようだが、笑った顔の仮面に、背の高い帽子をかぶり、手にはステッキを握る。

 

 少女たちも変な男に気づき、何やら会話を交わしている。

 話し合いは決裂したようで、変な男がステッキを少女たちに向けるとモンスターが少女たちへ動き始める。

 

『苦戦してる。バランスも悪いよね。格闘接近攻撃、中距離遠隔攻撃、遠距離魔法攻撃と全員攻撃に振ってる。それぞれが際立てば強いだろうけど、今の連携と練度じゃあね。せめて補助が一人は欲しい』

 

 不思議だな。

 武器の威力だけだと少女たちの方がずっと強いのに。

 

『変人の指揮が二、三枚は上手だからね。嬲られるのを見ててもいいんだけど……さて、どうしようかな』

 

 私はそんな趣味ないぞ。

 加勢するべきか。

 

『あまり姿を晒すのもなぁ。ヘンテコ男が立ってる棒のところに行って。地面に落としてやろう』

 

 言われて、行ってみると、次は棒を斬るように指示された。

 そのまま棒を斬ると、ヘンテコ男は驚いた様子だが、地面にはなんとか着地した。

 

 変な男のモンスターへの指示が乱れ、少女たちはそのチャンスを見事にものにした。

 少女たちがモンスターを全て倒し、ヘンテコ男と少女たちが対峙する。

 

 ヘンテコ男はけっこう強いな。

 少女たちの攻撃を一人で軽々と捌いているぞ。

 

『そこそこ強いよ。中級の上位はあるかな。少女たちは初級と中級の間だね』

 

 ヘンテコ男が懐から何かを取り出すと、男のすぐ近くに大きな輪っかができあがった。

 その輪っかを男はくぐり、姿を消してしまった。

 

『魔法少女の相手はおまけだったからね。本命はメル姐さんの監視だった。さて、追おうか』

 

 私を監視してたの?

 

『うん。竜女の店から出て、すぐに現れてこっちを見てたね。ステルスで姿を消してからは魔法少女に狙いを変えた。姿の消えたメル姐さんを追いかけるよりも、騒ぎを起こしておびき出す方向に変えたんでしょう。ほら、輪っかが消えてない。誘いに乗ってあげよう』

 

 なるほどな。

 じゃあ、行くとしようか。

 

 足を踏み込もうとしたところで、少女たちが何か奇声を上げて輪っかへと走り出した。

 そのまま三人の姿が輪っかへと消えてしまう。

 

『ちょっと考えが足りないね。勢いだけで生きてる。とりあえず追ってみて』

 

 はいはい。

 

 輪っかに入ると、場所が一気に変わった。

 どうやら転移の魔法だな。

 

 荒野だ。

 魔法少女三人だけが突っ立っていて、さっきの男の姿がない。

 

 さらに少女たちの奥に見える景色が気になる。

 なんかドデカい城があるぞ。わくわくしてきた。

 

『いかにもって感じの悪の拠点だね。ちなみにこの空間は半端ないよ』

 

 この空間って?

 

『さっき転移魔法って言ってたけど、正確には転移魔法じゃない。地上のある点Aから地上の別の点Bに物体を移すのが転移』

 

 じゃあ、これは転移でしょ?

 

『違う。ここは地上にある点じゃない。空間自体を地上とは別に作り上げてる。素晴らしいね。超上級の空間魔法使いがいるよ』

 

 おお。なんかよくわからんがすごそう。

 異世界に来た途端にすごいのに巻き込まれてしまったな。

 

『その魔法少女たちは輪っかから帰ってもらって。超上級ダンジョンに中級成り立てパーティーが入ってるもんだ』

 

 それはまずいな。

 姿が消えてるのを良いことに後ろから少女の一人を掴んでそのまま輪っかに向かって放り投げる。

 

 小さな叫び声を残して一人が消えた。

 残った二人は、消えた一人を目で追い、すぐに私の方へ武器を構えた。

 

『あ、ステルスが切れた。今のは攻撃とみなされるらしい。このあたりの判定がよくわからないね。さっきの電灯を切ったのは攻撃じゃないと判断されるし』

 

 そうだな。

 見られてしまったが仕方ない。残る二人も帰ってもらおう。

 

 先に動いたのは手甲の少女だ。

 右に左にと動いて私へと向かってくる。

 お、すごい。姿が増えたぞ。

 

『残像が作れるのね。ちなみに本体は上から跳び蹴りしてくるよ』

 

 あ、ほんとだ。

 上を見れば、足を伸ばしてこちらへと向かってきている。

 

 避けるのもあれだし、手で止めるか。

 

『いや、ブレスレットの奴が魔法で攻撃してくるから避けるべき。あ、もう遅いね』

 

 ブレスレットの少女が氷の弾をこちらへ撃ってきたので、飛び蹴りを止める手と逆の手で氷弾をたたき落とす。

 撃ってきたブレスレットの少女は驚いた様子である。

 

『あ』

 

 あ? あ。

 シュウの抜けた声に私も気づく。

 跳び蹴りを止めようとした手がズレてしまった。

 蹴りを手で止めることはできなかったが、その足は軽く避けることができた。

 問題は止めようとしていた手だ。

 

 少女の股間にその手があたった。

 何か鈍い音と嫌な手応えを感じる。

 

『ヒビが入ったと思われる。折れてるかも』

 

 マジで?

 

 少女はうめき声を上げて、うずくまっている。

 どうやら本当のようだ。大丈夫かと声をかけると、果敢にも反撃してきた。

 

『果敢というか健気というか。早く病院に行って治療してもらった方が良い。めちゃくちゃ痛いはず』

 

 そうだな。

 立ち上がった手甲の少女が私の周囲を高速で移動する。

 残像がいくつもできていく。

 

『残像はブレスレットの少女を隠すためだね。魔法攻撃を飛ばしてくるよ。ほら、左』

 

 飛んできた雷の弾を手で払いのける。

 

『あ』

 

 またしても、シュウの抜けた声だ。

 連続なのは珍しい。

 

 あ。

 私もわかった。

 

 弾いた雷弾が手甲の少女に直撃した。

 あばばば、と叫び声が広い荒野に虚しく響き渡る。

 

『なんかお互いに相性が悪いね。波長が合わないというか。互いのやることなすことが悪影響を及ぼし合うというか。確かに魔法少女と冒険者が一緒に出てくる作品ってあんまり見たことないからなぁ。そのせいかも』

 

 そのせいがどのせいかはわからないが、とりあえず倒れているうちに外へ出してしまうか。

 

『いや、その必要はないよ。今度こそ避けてね』

 

 何を、と聞き返す前に黄色く光る矢が飛んできた。

 軽く屈んで避けると、最初に外へ引っ張り出した少女が戻ってきていた。

 

 状況を見て、今度はさすがに撤退を選んだらしい。

 ブレスレットの少女が、倒れた手甲の少女を引きずって輪っかへ移動している。

 手伝うのも違うと感じたので、矢をひたすら避けながら彼女たちが無事に消えるのを見届けた。

 輪っかも少女たちの帰還とともに消えた。

 

 よし!

 これで心おきなくあの城の攻略ができるな!

 

 

 城に到着すると、無駄に大きな門が勝手に開いた。

 

 いいね、いいね。

 「自信があるなら挑んで来いよ」って挑発されてる感じだ。

 

『ちょっと雰囲気が違うような。戦うなら外の荒野で戦う方が楽だろうし』

 

 それは……、そうだな。

 戦いの痕跡が私たち以外のもいくつかあった。

 

『気になってることが他にもある。魔法少女とモンスター側で魔法の形態が違う』

 

 魔法少女はなんか武器を使ってきてたな。

 モンスター側のステッキを持った男も何か変なアイテムを使ってたぞ。

 

『あれはここの主の魔法を入れたモノ。あいつ自体はモンスターの操作がメインのはず。モンスターたちは魔力の消費で動いてた。メル姐さんの世界に近い。一方で、魔法少女はデバイスを通して、よくわからない魔力源から発動されてる。あの指揮官はどっちだろうかな』

 

 それが違うとどうだと言うんだ?

 

『魔法形態の在り方は世界の在り方と言って良い。つまり、モンスター側が異世界から来てる可能性がある。あるいはその逆か』

 

 ふーむ。

 そっちはよくわからないが、私にとって残念なことがある。

 

『そうだね。歓迎されてるとまではいかないけど、少なくとも敵対ではないね』

 

 周囲にはモンスターが数多く並んでいる。

 門が異常に大きいのも得心がいった。大きいモンスターがいるからだ。

 先ほどのステッキを持った男もいる。人の姿だが、実はモンスターなのかもしれない。

 

 案内に従って道を進めば、奥にはボスっぽいモンスターが堂々と待ち受けている。

 

 あーあ、なんで襲いかかってこないんだろう。

 せっかくのダンジョンなのに、ボスまで一直線ってどういうことよ。

 

 ボスが何かを喋るが聞き取れないので適当に頷いた返す。

 うんうんと言っていると、横にいたモンスターの列から一体が私の近くに来た。

 

『戦うみたいだよ。力を試されてるのかな』

 

 訳がわからんな。

 奥まで案内されて、モンスターと戦わされるとか。

 こんなにわんさかいるのになぁんでわざわざ一体一体と戦わなきゃならんのじゃ。

 

『まあまあ、そこそこ強そうだよ。あ、でも駄目だ。瞬殺だ』

 

 大きなムカデのようなモンスターが何かを呟くが、何も起きない。

 こちらへと一気に近寄ってきたので、そのままシュウで頭を突き刺す。

 

 何だったんだ?

 新手の自殺志願者か。

 

『能力低下の魔法をメル姐さんにかけたけど無効化。それに気づかない哀れなムカデが毒の牙で攻撃してきた。その結果がアイテム結晶』

 

 なるほどな。

 頷きつつアイテム結晶を回収する。

 

 王座に腰掛けるボスは、その光景を見て、私に何か声をかける。

 何を言ってるのかよくわからんので、またしても適当に頷いておく。

 

 ボスの雰囲気が変わり、席を立ち、威風を持って周囲に声をかけた。

 周囲もそれぞれの形でその声に賛同している。

 

『メル姐さんの仲間入りを歓迎してくれてるみたいだよ』

 

 なんかそんな感じだな。

 仲間になんてなりたくない。むしろ敵対してくれたほうが楽しそうだ。

 

 まあ、でも、受け入れられている感覚は悪くないな。

 ボスが何か叫び、周囲も同じ名前を叫んでいる。

 

『あ、翻訳スキルゲット』

 

 ちょうどいいじゃないか。

 こいつらは何を言ってるんだ。

 

「新たな幹部――悪臭候、バンザーイ! 悪臭候、バンザーイ!」

「悪臭候! 悪臭候! 悪臭候! 悪臭候!」

 

 …………どういうこと?

 

『おそらくですね。幹部の一員として迎え入れられたのかと思います』

 

 名前の方を聞いてるんだ。

 

『メル姐さんの名前がわからないから、その特徴をですね、ええ、当てはめたのではないかと思います』

 

 ふーん、そう、そうなのね。

 

『あの、メル姐さん』

 

 なんだ、言ってみろ。

 言葉はよく選ぶべきだぞ。機嫌が悪いからな。

 

『普段、ダンジョンとかでは使えない危ないチートスキルがいくつかあって、その実戦データが取りたいなぁって思うんですが。ほら、ここ、作られた空間だから、周囲に影響が出ない素晴らしいテスト空間なんだよね』

 

 ……ほう。

 使った場合、こいつらはどうなる?

 

『彼らはちょっと、その、口にするのも憚られるような悲惨な体験をすることになる。あ、もちろんメル姐さんは大丈夫だから』

 

 いいじゃないか。

 やるなら徹底的にやれよ。

 

『やったー!』

「おや、悪臭候。卿の言葉がわかるぞ。話せたのか。では、幹部となった抱負を述べるが良い」

 

 じゃあ、お言葉に甘えて一言だけ。

 

 

 ――お前ら全員皆殺しだ。

『「時空震+」オン』

 

 

 景色が、歪み始めた。

 

 

 

4.普通の少女が現れた

 

 ときどき我を忘れて怒り、とんでもない行動をすることがある。

 後から思い返すと、どうしてあんなことをしてしまったのかと恥ずかしい思いになる。

 でも、そのときはそれが正しいと思っていたから、恥ずかしいと思いつつも反省はしない。

 

 まさに今がそんな状況である。

 荒野の真ん中に突っ立って、先ほどまで建っていた立派な城を見返す。

 

 今は城のサイズが半分にされ、上から下に落ちて、また上から現れて下に落ちる、その繰り返しだ。

 どうしてあんなことになったのかはわからないし、やりすぎだと思うが止める気はない。

 

『良いデータが取れた。ほっこり』

 

 とても満足している様子だ。

 ちなみに城の半分はどこに行ったんだ?

 

『俺もわからないんだよね。やっぱり時空震はそう簡単にはできないね。テスト空間を飛び越えてどこかに行っちゃったんだ』

 

 どこかに行ったなら仕方ないな。

 これからどうする?

 

『ここから出るとしようかな』

 

 あれは?

 落ち続ける城を示す。

 

『ほっとけばいいよ。ボスもそのうち気づくよ。この空間はもう消すしかないって。作り直すのは大変な時間と労力が必要でしょうねぇ』

 

 あっそう。

 じゃあ、ほっとこう。

 

『出るとしよう。ほい』

 

 うおっ。

 

 地面が突如消え、落ちていったが、すぐに地面たどり着いた。

 だだっぴろい荒野も消えてしまっている。

 

 建物が並んでいる場所に戻ってきたようだ。

 昼とまったく同じ場所ではなさそうだが、街並みはよく似ていて区別がつかない。

 時間は夜のようだが、道には点々と黄色みがかった明かりが灯されている。

 

 通りに人はいないが、あちらこちらから喧噪が聞こえてきており静かではない。

 あまり良い賑わいではなさそうだ。心なしか戦闘音に聞こえるが……。

 

『嫌な予感がする』

 

 通りを進み、曲がり角で光のある方向を見る。

 どこかで見たシルエットが、いくつもの光で照らされていた。

 

『……やっちゃった』

 

 モンスターたちの住んでいた城が、反対向きになって街に刺さっている。

 

 荒野の中にあるとドデカい城だと思ったが、街の中にあると他の建築物に塗れてあまり大きくないことに気づく。

 高さは同じくらいだったんだな。横幅はさすがにあの城の方がずっと大きい。

 

『現実逃避してるところ悪いけど、モンスターが城から飛び出てる』

 

 今もライトがあたってシルエットが城に浮かんでいた。

 それどころか私の目の前を通り越して走り抜けるモンスターもいるくらいだ。

 

 あちらこちらで光が瞬き、戦闘が行われているとわかる。

 夜はあまり賑やかでない方が好きだ。

 

『じゃあ、夜の静謐を取り戻しに行こう』

 

 まあ、私たちが起こした騒乱なんだけどな。

 

『マッチポンプしようぜ』

 

 こうして私たちは騒乱の中心に足を踏み入れた。

 

 

 騒乱に足を踏み入れたのは良いのだが上手くいかない。

 

 まずモンスターに出会うと、モンスターが私を見て逃げる。

 それに私がモンスターを倒したところで、また復活するから意味があまりない。

 

 モンスターどころか魔法少女にもモンスター扱いされて襲われる。

 もしくは、一般人扱いされて避難誘導されてしまう。

 

 というか魔法少女と聞いていたから、全員少女かと思ってたら普通におっさんとかいたぞ。

 全然、魔法「少女」じゃないじゃん。

 

『誤解してる。「魔法」を使う「少女」じゃない。「魔法少女」で一単語なの』

 

 えぇぇ。

 

『最初はメル姐さんの思ってるとおり魔法を使う少女だったよ。でも、長い時代を経て「魔法少女」になった』

 

 それなら魔法を使ってたら何でも魔法少女じゃん。

 

『違う。概ねこれを満たせばって定義はある。一つ。通常の世界とは異なる力を扱う』

 

 そうだな。

 なんか強い武器を使ってたな。

 

『二つ目。使い魔がいる。今回で言えば武器になってたやつだと思う。声は聞こえなかったけど、会話をしてる雰囲気があったし、生命体だったから』

 

 はあ、そうなの。

 

『三つ目は魔法を使う際は変身すること』

 

 なんで? って聞いちゃ駄目なんだっけ。

 

『その通り、そういうものなの。で、最後の一つ。戦うこと』

 

 戦ってたね。

 最後の「戦う」はいらないんじゃないの。

 

『戦わなかったらただの日常系じゃん。コスプレ魔法使いで終わる話』

 

 訳がわからない。

 

『フィーリングなんだ。上の四つを満たすなら別に少女である必要はない。まあ、実はもう一個重要なのがあるんだけど、それはいいや』

 

 ますます訳がわからなくなった。

 なんで、この世界の奴らはそんな定義を作ったんだ。おかしいだろ。

 

『いやいや、彼らの組織は「マジック・スレイヤーズ」ってのが正式名称らしいよ。俺が翻訳スキルで魔法少女に変えてるだけ』

 

 やっぱりそうだ。お前の世界がおかしいんだな。

 それよりそろそろ、この混乱をどう収めるかに話をもどしたいんだが。

 

『もう諦めよう。無理だ。全部消すならできるけど、さすがにまずい。だいたい、どうせいつかは戦いあう宿命の奴らだよ。時期が早まったということでどうか一つ』

 

 何がどうか一つなのか。

 

『周囲を散歩でもしとこう。城で硬貨も手に入ったし、喧噪から離れた店で何かおいしいもんでも食べたり飲んだりしよう』

 

 本当に事態を収拾する気がない。

 かくいう私もなくなっている。疲れたし、おいしいものを食べようという意見に賛成だ。

 

『行こう行こう。道すがら暴れてるモンスターを倒していけば良い』

 

 そうだな。

 

 店を探し求め、騒ぎの中心から離れていくとモンスターを見つけた。

 周囲の人々は叫び声を上げてあちこちに逃げている。

 こりゃ、店はやってないな。

 

「ここまでです!」

 

 モンスターの前に、一人の少女が立ちはだかっていた。

 体躯は脅威よりもずっと小さく、手に持つ杖は木の枝のように頼りない。

 

「ここは通しません!」

 

 叫んではいるものの、声はうわずっているし、足は震えている。

 大丈夫なのか、あれ? 弱そうだぞ。

 

『弱い。そもそも魔法少女じゃない。おもちゃの杖を持ったただのガキ』

 

 ……あ、そうなの。

 どうしてあの少女は逃げないんだ?

 

「尋ねてみたら」

 

 それもそうだ。

 どっちにしろまずい状況だしな。助けよう。

 

 少女へと近づき、モンスターの振るわれた腕をシュウで止める。

 モンスターは予想外の方向から腕が止められたことに驚き、私を確認して驚きをさらに数倍にしていた。

 どうやら城で巻き込まれた奴だったらしい。

 

 逃げないのか?

 

 少女に尋ねたつもりだった。

 しかし、少女は目を瞑って立ち尽くしている。

 一方のモンスターは自分に尋ねられたと勘違いしたのか慌てて逃げ出した。

 

『麻痺つけるから軽く斬って』

 

 斬られたモンスターはすぐにその場で崩れ落ちて動かなくなった。

 さて、少女である。いまだに目を瞑っている。

 

 もう大丈夫だぞ。

 

 少女の肩を軽く叩くとようやく目を開いた。

 腰が抜けたようでその場で崩れ落ちてしまう。

 

 大丈夫か、と問いかけるとわずかに首を頷かせるので大丈夫なんだろう。

 

『いや、大丈夫じゃないよ。心拍数が上がりすぎてる。右にあるファミレスっぽい店に入って落ち着かせよう』

 

 ふぁみ……?

 とりあえず、すぐ側の店のことだろう。

 混乱している状況の中、店に入ってみるが、店員以外は誰もいない。

 そりゃそうだろうな。

 

『目の前であんなモンスターが出ればね。店員が逃げてないのがすごい。社畜の生き見本だ』

 

 よくわからんので、机の上にあったメニューとやらからシュウが言ったものを、いくつか店員に伝える。

 反対側に座った少女は今も放心状態でぼんやりしている。

 本当に大丈夫なのか。

 

『ちょっと時間がかかるね。ドリンクがくるだろうから、話はその後にしてあげて』

 

 あいあい。

 店員が元気な声で飲みものを置いていく。

 すごいな、きれいな透き通った容器だ。飲み物の色がよく見える。

 めちゃくちゃ高いだろこれ。

 

 あの店員もただものじゃない。

 元の世界でもモンスターが出たすぐ側であんな対応はできんぞ。

 この世界の住人――なかなかバカにできない。

 

『元の世界は危険がすぐ間近にあったからね。この世界や俺達の世界なら不思議じゃない。日常と危険が切り離されてるから。あの店員は、今の状況がどれだけ危険かって実感がうまくできてないだけ。それよりドリンクを渡してあげて』

 

 ほれ。

 飲んどけ。

 

 少女に飲みものを渡してやる。

 ぼんやりしたままで、ドリンクを少しずつ飲み始めた。

 少し意識が戻り始めたところで尋ねてみる。

 

 どうして逃げなかったんだ?

 

「……ごめんなさい」

 

 ……ん?

 

『なじられたと勘違いしてる。「どうしてあんな危険な状況で、碌な力も持たねぇクソガキが出しゃばってんだ。家に引っ込んでろよ」って』

 

 ああ。

 いや、別に詰問してるわけじゃない。

 単純に質問なんだ。他の奴らは逃げてただろ。大人だってそうだ。

 

「魔法少女は逃げちゃ駄目だって。街の人を守るのが魔法少女の役目だからって」

 

 でも、お前は魔法少女じゃないんだろ。

 どうしてあの場でモンスターの立ち向かったのかなって思ってな。

 

「お母さん、教えてくれた。力が使えるから魔法少女なんじゃないって」

『魔法少女役割説。そういうのもあるね』

 

 わからん。

 少女も上手く説明できないようである。

 

『冒険者ギルドに属してないけど冒険者を名乗る奴がいる』

 

 いるね。

 たまに勝手にダンジョンに潜って問題になってる。

 

『彼らは冒険者か、否か?』

 

 あぁ、なんとなく言いたいことがわかった。

 

『もっと言えば、元の世界以外に冒険者ギルドはほぼない。似たようなのはあるけどね。でも、メル姐さんは異世界でも自己紹介で「冒険者」を名乗る。そんな話。生き方と言っても良いね』

 

 なるほどな。

 つまり、この少女は魔法を使えないが魔法少女だと。

 ……定義から逸れてないか?

 

『まあ、そうね。でも、明確な定義がないなら、けっきょく本人の自己満足だと思うよ。魔法少女は街の人を守るのが役割だと、このガキンチョは考えてる。そして、自分が魔法少女だとも信じてる。だから、街の人が逃げる時間を作るためモンスターに立ちはだかった』

 

 なんと、立派じゃあないか。

 お前は魔法少女なんだな。

 

「うん。お姉さんもでしょ」

 

 いや、私は魔法少女じゃないな。

 冒険者をしている。

 

「冒険者?」

 

 ああ。

 あっちこっちのダンジョンに潜ってる。

 

「ダンジョ?」

 

 まあ、この世界で言えば変わったところかな。

 モンスターとかを倒してるんだ。

 

「すごい!」

 

 そうだろう。

 

『敵のアジトで大暴れ、そのアジトの半分を街に落として、混乱を引き起こしてるんだ』

 

 言い方が……。

 まぁ、そうなんだけどね。そうなんだよなぁ。

 

 ちなみに少女の名前はアサナというらしい。

 今は初等学校とかいうのに通っているとか、こんな小さいころから勉強とは。熱心だな。

 

 ふと考えればもう夜遅いはず。

 両親は心配してないかと尋ねたが、母親は二年前に病気で死に、父親は仕事で夜遅くまで帰ってこないらしい。

 しかも、父親が魔法少女関係の仕事で、何か問題が起こると数日は帰らないこともあるとか。

 けっこう大変な家庭だな。

 

 その話のついでで、泊まるところを探さないといけないという話をしたら、アサナの家で泊めてもらえることになった。

 ご飯も食べたし、すぐ近くなので一緒に家まで行く。

 

 空の一角が明るく、音もまだ響きわたる。

 魔法少女とモンスターの戦いはまだ続いているようだ。

 

 

 

 翌朝になり、外を見てみればだいぶ落ち着いている様子である。

 どうやら魔法少女たちは無事にモンスターから街を守ることに成功したらしい。

 

 調理場の方に行けば、アサナがすでに食事を用意してくれていた。

 もぐもぐとパンを食べつつ、映像とやら出てくる板を二人で眺める。

 何度かアサナが映像を切り替えたが、どう変わっても城とモンスターの話で持ちきりだ。

 

 いろんな人間やら亜人が、様々な憶測を並び立てている。

 ぼんやり聞いていたが、どれも全て間違っていたのでなかなか面白い。

 

 アサナは父親に連絡をしたらしいが、忙しいのか繋がらないらしい。

 そりゃ、こんだけのことになればなぁ。

 

 シュウが情報を集めたいというので、図書館に行くことが決定した。

 アサナは「外出禁止令が出てる」と主張していたが、なんだかんだで着いてくることになった。

 そして――、

 

『まあ、そうだよな。外出禁止なんだから来る奴もいない。開ける意味がない』

 

 図書館は閉館だった。

 わかってたならそう言えよ。それでどうする。

 もう帰るか。だがなぁ、帰ってもやることがないんだよなぁ……。

 

 よし、モンスターでも狩るか。

 

「えっ」

 

 アサナは驚いている。持っていた杖を両手で握りしめている。

 そういえば、その杖は持ってくる必要あったの?

 

「魔法少女だから」

 

 うーん。

 ただの棒を持って言われてもな。

 だいたいその杖の先端に付いてる赤いのはなんなの? 桃?

 

「ハートだよ」

 

 何を言ってるの、ときょとんとしている。

 

 ハート? 心臓のこと?

 何それ、何で心臓が杖の先端に?

 この世界だとそういうのは当たり前のことなの?

 

『まあ、心や愛の形っていうのかな。元は心臓ってのが一般的だけどね』

 

 なんで心臓が愛やら心の形になるんだ。

 

『うーん。純粋に湧き出る疑問はなかなか答えづらいものがある』

 

 ハートはひとまず置こう。

 お前が魔法少女なのはわかったが、力は必要だと思うぞ。

 

「これじゃ、だめ? お母さんがくれた杖」

 

 うーん、魔法使いが似たような杖を持ってるけどなぁ。

 なんか似たようなのはなかったっけ?

 

『あるけど、似たような杖じゃ意味がない。その杖に思い入れがあるようだからね。その杖に効果を付与するとかしないといけない』

 

 それもそうだな。

 で、どうすりゃいいの?

 

『やり方はいくらかあるっちゃあるけど、本当に力が欲しいの? おすすめはしないよ』

 

 それは私だって理解しているが、身を守る力くらいはあってもいいだろ。

 

『身を守る力の程度が知りたいところだね。いちおう本人に聞いてみて。力を手に入れるとどうなるか。痛い目に遭うこともあるだろう、街の人を守れず責められることもあるだろう、魔法少女の実体と理想にズレで苦しくなることもあるだろう。――それでも力が欲しいかって』

 

 なんでそんなにプレッシャーかけるの。

 もっと気楽に考えればいいじゃん。

 

 その杖に力が付けられるかもしれないが、どうする?

 

「この杖が、カタリストになるの?」

 

 カタリストが何か知らないけど、そうらしい。

 

「欲しい!」

 

 だ、そうだぞ。

 

『カタリストねぇ。そうするとただの付与じゃダメだな』

 

 ダメだって。

 

「だめ、なの……?」

 

 いや、そんな露骨に悲しまれても……、カタリストとか私は知らんし。

 なんとかできないの?

 

『……できるかもしれないけど、後悔するからやめといた方がいいよ』

 

 後悔するそうだぞ。

 

「私、魔法少女になりたい」

 

 だってさ。

 

『もう魔法少女でしょ。まあ、名実ともになりたいってのはわかるんだけど……、やれやれこの俺が淫獣の立場になるとはね。杖を渡して僕と契約するんだ』

 

 何を言ってるんだ。

 

『しかし、カタリスト――触媒ねぇ。あんまり良さそうなもんじゃないなぁ』

 

 ぶつぶつ言いながら案内されたのは、昨日の出発地点である。

 すなわち、竜女の店だ。

 

 ここはなるべく関わり合わずにいこうと言ってなかったか。

 

『そうなんだけど、いくつか気になることがあってね。こいつの仕業か知っておきたい』

 

 はぁ。

 店に入ると、何か変な音が鳴った。

 

 奥からすごい面倒くさそうな顔をして女が出てくる。

 

「あれ? なんだあんたか。出口はまだできてないよ。今は構想の段階だ」

『まだ構想してるの。卒業制作じゃないんだからとっとと出口作ってよ』

 

 ほんとにな。

 別にゴミ入れでも全然かまわない。

 というか、今日は普通の人間みたいな格好だな。

 

「接客はこの姿さ。そっちの子供は?」

 

 ああ、こいつは……、おい、大丈夫か。

 

 アサナが私の足にもたれかかってきていた。

 表情も良いとは言えない。

 

『まあ、普通の人間ならこうなるよな』

「奥で休ませた方がいいね」

 

 どういうこと。

 

『ここは人間がいて良い場所じゃないってこと。特にこのフロアはね』

 

 えっ、なに。

 やばいと聞いてたけど、ここの商品ってそんな体調が悪くなるほどやばいの。

 

『俺がドン引きするほどにはね』

 

 お前がドン引きって。

 相当だな。

 

 そんな訳で奥の工房にやってきた。

 壁一面に、昨日はなかった大きな図が貼られている。

 

「どうだい。あんたが通る帰りの出口だ! 最初は――」

 

 あっ、説明はいらない。

 見ればわかる。

 

 ちょっと残念そうである。

 こういう奴はだいたい解説がしたいんだよな。

 

 でも、見ればわかる。

 大きなドクロが口を開いてその先に扉があった。趣味が悪い。

 

「それで何か用事だったのかい」

 

 まあ、そうかな。

 このおもちゃの杖を魔法少女が持つやつにできるかな、と。

 

「カタリストね。できるよ。ただ、材料がいるね。まずコインだ。コインはわかるかな。キナメリアにしかないものだから」

 

 これか?

 昨日、たくさん拾ったぞ。

 

「ああ、これこれ。大量だね。婆の力か……。どうでもいいね。一掴みほどあれば何とでもなる。あとは材料だね。その材料によって、この杖に付与される効果が決まる。あ、チンケな材料ならよしてくれよ。こっちも馬鹿馬鹿しくなるからね」

 

 エンチャントみたいなものだな。

 どれにしようか。そこそこの材料が必要らしいぞ。

 

『身を守る力ってどれくらいを想定してる?』

 

 昨日の城のボスとまともに戦えるくらいかな。

 

『それ、世界の四分の一なら支配できうるレベルなんだけど……。試しにしてみるか。特殊ボス番地の「グ」から「謎の正八面体」を取って』

 

 ごそごそとアイテム袋を漁る。

 最近は整理を怠っていたため、探すのに手間取るな。

 ようやく見つけ、結晶を解除して、机によくわからない謎の正八面体を置いた。

 

「いいじゃないか! すごく良い! どこで手に入れたんだい、こんな良物! やる気が湧いてくるね! ちょっと待ってな!」

 

 竜女はめちゃくちゃご機嫌である。

 杖を右手に持ち、左手に謎の正八面体を、背中から生えてきた手で硬貨を惜しげなく鷲掴みにする。

 一瞬で、硬貨と正八面体が消えた。

 

『そんな簡単に合成できちゃうの。ずるくない?』

 

 え、もう終わり?

 

『杖が解析できなくなってる。おそらくカタリストって奴になったんだと思う』

 

 見た感じは特に変わってないな。

 

「やっぱりそうだよね! 見た目が頼りないね! 任せときな!」

 

 待った。もう触らないで。

 見た目はいじっちゃ駄目。たぶん泣く。

 

『珍しく正しい』

 

 竜女はごねていたが、すぐに杖に興味をなくした。

 シュウと難しいそうな話をしているが、さほど興味もないのでアサナの容態を見ておく。

 どうも寝てしまったようだ。顔色は悪くない。今のところは大丈夫そうな気配だな。

 

 シュウと竜女の話が終わり、竜女は出口の構想に戻ってしまった。

 ここにいてもどうしようもないので、眠っているアサナを背負って外に出る。

 

 道を目的もなく歩いているとアサナが目を覚ました。

 

「……ん?」

 

 おう、目が覚めたか。

 カタリストとかいうのが完成したっぽいぞ。

 

「え、ほんと!」

 

 片手に持っていた杖を渡す。

 自分の足で地に立って、杖を見つめる。

 

「あなた、グリフォスっていうのね。私はアサナ」

 

 何かと話しているようだが、相手の声はまったく聞こえない。

 シュウと同じようなものなのだろうか。

 

『たぶん触っても聞き取れないよ。世界独自のものだね。昨日の魔法少女たちはそれぞれで話してたからね。たぶん魔法少女の才能がないと聞き取るのは無理なんじゃないかな。それより忠告しといて。絶対に攻撃の意志を持つなって。攻撃しかけたら相手どころか周囲が惨いことになる。間違いない』

 

 なんでそんなものを付与しちゃったの?

 

『昨日のボスと戦えるやつってリクエストを出したのはメル姐さんじゃん。ちょっと奮発しすぎたのは認める。でも、危険すぎて使いどころがないアイテムだったからね。元の世界でも危険人物のお守りをしてたから大丈夫でしょう』

 

 そういやそうだった。あれってあの月にいた奴だよな。

 実際のところ、この杖は強いのか。

 

『解析できないけど、凄まじいと思うよ。たぶんこの世界で一番ぶっ飛んだ杖じゃないかな。少女と杖の年齢を合わせると約四十五億歳になるから。それより早く忠告を――、あぁ、もう遅いな』

 

 後ろから、けたたましい音が鳴り、見ると衛兵の乗る箱があった。

 赤と青の光を見せつけながら、こちらに向かってくる。

 

「そこの二人組。動かないで!」

 

 大きな声が発せられる。

 周囲に人はいないので二人組というのは私たちのことだろう。

 

『昨日と同じ二人組だな。タイミング悪すぎだろ。同情せざるを得ない』

 

 箱を私たちの横に駐めて、二人仲良く下りてくる。

 

「魔法少女?」

「うん!」

 

 アサナが自信満々に答えた。

 

「あなたは?」

 

 まあ、魔法少女みたいなものかな。

 変な力も使えるし、使い魔っぽいのもいるし、戦うし、でも変身はしないか。

 

「変身は……、してるでしょ? 魔法少女の身分証を見せてもらえる?」

 

 魔法少女に身分証なんてあるのか。

 冒険者にもあるからな。魔法少女にあってもおかしくないか。

 私は持ってない。冒険者証じゃ駄目か?

 

「あなたは両手を壁につけて動かないで。あなたは持ってる?」

 

 片方の衛兵が私に近寄ってくる。大人しく両手を壁につけておく。

 一方、アサナの方には優しく尋ねている。

 

「持ってないです」

 

 そいつは、さっき魔法少女になったばかりだからな。

 これから取るんだ。で、どこでその身分証とやらは取れるんだ?

 

「さっき? 二人はどういう関係? その杖はカタリストみたいだけど、どこで手に入れたの?」

 

 質問が多いな。

 そろそろ言った方が良いのか。

 

『もっと早くても良かったよ』

「ここは危ないから早く話して」

 

 そうだな。

 お前らの後ろにもその危ないのが来てるぞ。

 

「はいはい。そうやって私たちが後ろを見たところで逃げるつもりでしょ。その手には乗らないから」

 

 本当なんだけどな。

 まだ道の向かい側だけど、昨日の奴よりは強そうだ。

 

 私たち以外の足音が聞こえ、衛兵二人組はようやく後ろを向いてその脅威に気づいた。

 

「下がって! 本部! こちら南三等地第八道路! ワルグチーを確認。魔法少女に出動要請を!」

 

 ワルグチーって何?

 

『あのモンスターたちの名称。正式にはクリミナル・デンジャラス・モンスターみたいなヘンテコな名前が付けられてるんだけど長いしわかりづらいでしょ。短い方が良いかと思ってそう翻訳するようにしてる』

 

 確かにわかりやすいけど、緊張感が薄まるな。

 

『魔法少女の敵役って、だいたいそんなもんだよ』

 

 なんだかなぁ。

 

 衛兵二人組は光線の出る板で、モンスターに攻撃しているがまったくあたらない。

 昨日のよりはずっと強いな。獣人のような姿だが、手や足が武器に変化し攻撃してくる。

 

 攻撃があたりそうだったので、衛兵の一人を引っ張って後ろに下げる。

 モンスターの空振りした攻撃が箱を直撃し、重い音がして大きくへこんでしまった。

 

「ありがとう。助かった」

 

 モンスターとまだ戦ってるときに、よそ見して感謝とかするもんじゃないぞ。

 そういうのは生き残った後でするもんだ。

 

『ほんまそれ』

「いけるの? グリフォス、私たちを守って」

 

 アサナが声を出すと、モンスターの攻撃が見えない壁で阻まれる。

 

「何だ。どうなってる?」

「俺の斬撃を防ぐとは生意気なッ!」

 

 衛兵が驚き、モンスターも声を出して、攻撃をより苛烈なものとする。

 しかし、暇なく繰り出される攻撃は全て不可視の障壁が弾いている。

 

『良かったね、「守って」で。「倒して」だったら、この獣人もどきは潰されてるよ』

 

 シュウは安堵している様子だ。

 これは何なの?

 

『圧縮した空気の壁だね。何が起きてるかわからないってのはある意味幸せだよ。これが防御から攻撃に転じたらどうなるかを想像しなくて済むんだから』

 

 念のため聞いとくと、どうなるの?

 

『空気と一緒に、獣人もどきが圧縮される。この圧力なら頭蓋骨サイズの玉が残るんじゃないかな』

 

 あー。

 ちょっと見たいような。

 でも、見せるべきじゃないだろう。

 

『じゃあ、早く倒すべきだね。「攻撃して」とアサナに言わせたら、おっ、まぁたこいつらか』

 

 攻撃を繰り返すモンスターに光る矢が当たった。

 貫通はせず、体表を傷つけるにとどまる。

 

「ワルグチー! そこまでよ!」

 

 おっ、昨日見た魔法少女だな。

 ……あれ? 二人だけか。

 

 ブレスレットと矢の少女しかいない。

 手甲の少女はどこに?

 

『ほら、恥骨をやっちゃったし、電撃も食らったから。治癒しても今日のところは休みじゃないかな』

 

 ああ、悪いことをしたな。

 こちらに関しては私もほんのり罪悪感を覚える。

 

 どうも二人組は私には気づかず、モンスターとの戦いに必死のようだ。

 分が悪そうだな。やはり前衛が抜けたのは痛い。

 

 ブレスレットも矢も距離を詰められると攻撃の手段が少ない。

 一方の獣人はバリバリの接近系だ。

 

 矢の少女が獣人の攻撃を捌ききれず、攻撃を食らった。

 一応、武具で防いだようだが、軽い体躯は地面と平行に飛び、壁にぶつかり止まる。

 頭を打ったようで、矢の少女はぐったりと力なく倒れている。

 額からは血が出て、目と鼻の間を垂れる。

 

 まずくないか?

 

「魔法少女の歴史は、リョナの歴史でもあるんだ。年端もいかない可憐な少女が、敵の強大な力に破れ、あられもない様になるのが視聴者の興奮をかき立てる。これを楽しみにする大きな子供たちも少なくない」

 

 そんな解説いらないから。

 

「グリフォス! やられちゃうよ。私もあの子の力になれないの」

 

 アサナの声に反応し、杖の先端についていたハートが赤く光った。

 同時にアサナの服も白く光り、体が光に包まれる。

 

『おっ、ようやく変身シーンだね』

 

 すごい無防備だけど、ここを攻撃すればいいんじゃないのか。

 

『ちょ、おま。それやったら各方面から袋だたきだよ。このシーンは神聖にして不可侵って決まってるの』

 

 なぜ、と言いたいところだが、獣人すらも大人しく見ているので私も大人しくしておく。

 光が収まると、アサナの服が替わっていた。

 

 なんか……、思ってたのと違うな。

 他の少女たちみたいにヒラヒラしてない。

 どちらかというと私の世界の魔法使いが着るようなゆったりした服装だ。

 白を基調としており、可愛い系ではなく大人しめ系のデザイン。回復系が着てることが多い。

 

『これ、魔法少女の衣装じゃない。フェガリ教団の上位司祭衣装だ』

 

 なんとなく見覚えがあるな。

 アサナが喜んでるから良しとしよう。

 

「グリフォス。あの子に力を!」

 

 声とともにハートが赤く輝く。

 同時に、一人立つ少女のブレスレットが白く瞬いた。

 

『亜人の二人を掴んで路地に避難して!』

 

 えっ?

 

『急いで! 巻き込まれるよ!』

 

 アサナは?

 

『ほっといていい。グリフォスが守ってる』

 

 私は呆気にとられている亜人二人の首根っこを掴む。

 

「すごい力。これならいけそう! 食らいなさいワルグチー! 私の全力全壊! ライトニングゥッ! キャァノォォオン!」

「お前らの攻撃など、俺の腕で切り裂いてくれる!」

 

 ブレスレットの少女が叫びを上げる。

 迎え撃つ獣人も同様だ。

 

 ただ、二人の声はその後の轟音で塗りつぶされた。

 路地に衛兵二人を連れ込んだ直後、背後で大きな揺れと、私たちの影が路地裏に長く伸びた。

 

 影と音が消えて振り返ると、道の上を雷がバチバチと爆ぜている。

 道路は半円に抉られ、獣人の姿はどこにもない。謎の硬貨が二枚ほどクルクルと道の上で回っていた。

 抉られた道路は道の先まで続き、建物を二つほどくりぬいてようやく収まったようだ。

 

『加減ってものを教えるべきだね』

 

 凄まじいな。

 上級魔法ほどの威力はあるだろ。

 撃った本人も凄まじい威力に唖然として震えている。

 

『街の人を守るために、街を破壊するか』

 

 また皮肉ってるよ。

 

「街が……、どうしよう? えっ、あのコインに」

 

 アサナがポテポテと歩いて、地面に落ちていたコインを拾う。

 二枚のコインが光に消えると、抉られた道路がすっかり元どおりに戻っていく。

 建物どころか、衛兵の乗っていた走る箱まで直っている。

 

『万能過ぎるな。燃費は恐ろしく悪そうだけど、ボスどころか竜でもいけそうだ。もう二段階くらいしょぼい材料にすべきだったか。それと、なんとなくわかってはいたけど、あのコインがこの世界のエネルギー源だね』

 

 なんかそれっぽい感じはしたな。

 昨日もお店であの硬貨を数枚ほど支払いに出したら、店員に目玉を剥いて驚かれたし。

 一枚でもおつりが返せないって焦ってた。なんか通貨の硬貨とはまた別物だとか。

 ボスの城に大量にあったのをもらっておいたのは良かったかもしれない。

 

『城を再建するにも、自分の魔力以外の資源が枯渇してるわけだ。他の奴らも養っていけない。崩壊寸前だな。可哀相に』

 

 淡々と語るので、本当に可哀相と思っているかはわからない。

 たぶん思ってないだろうな。

 

 

 その後は嵐のようだった。

 他の魔法少女がわんさかやってきて、ひとまず大人しく魔法少女連盟の本部とやらに連れて行かれた。

 

『連行しようとした魔法少女のおっさん二人を蹴り倒した段階で、「大人しく」とは言わないよ』

 

 あのおっさんどもがやたら上から目線過ぎたのが気に入らなかったんだ。

 ちょっと小突いただけだろ。

 

 そのおかげでアサナは晴れて魔法少女として登録された訳だし、結果オーライ。

 私も臨時魔法少女証とかいうのをもらえたしな。

 

『まあ、あの城の混乱のせいで人手が絶対的に足りないんでしょう。こんな住所不定の職業不詳まで頭数に入れないといけないほどには、ね』

 

 大変だなぁ。

 

『それより測定に行こう』

 

 なんだっけそれ。

 

『魔法少女証の登録に際して、カタリストのデータを入れないといけないらしい。本来は測定が先だけど、緊急事態だからね。順序が逆になったんだ』

 

 ふーん。

 人手がないのか案内はない。

 シュウが壁に備え付けられていた案内図を見て誘導してくれる。

 

 たどり着いたのはヘンテコな機器と椅子が置いてあるだけの殺風景な部屋だ。

 たった一つの椅子に、やる気のない職員が腰掛けている。

 

「カタリストを測定器に置いて」

 

 挨拶はない。

 説明もこれだけである。

 アサナが、ハートの杖を測定器に置いた。

 測定器が変な音を立てて、やがて静かになり、パネルに文字が現れる。

 

「……計測ミスかな」

 

 測定器を見つめた職員が首をかしげる。

 

「もう一回」

 

 測定器が音を一頻り立てて、パネルに文字が表示された。

 

「…………うぅん?」

 

 職員はパネルを見つめたままかたまっている。

 

 どうしたんだ?

 

「カタリストの平均ε値は二。標準偏差はゼロ点五」

 

 私に答えると言うより、自分に言い聞かせるように呟いている。

 つまり、どういうこと?

 

『おおまかに言うと、百個カタリストがあったらそのうち約九十五個は、パネルの文字が一から三の間に入るってこと。この数値は恐ろしいほど基準値から逸脱してる。おそらく、あのコイン一個分が、ε値の一に相当すると考えて良い』

 

 ほうほう。

 つまり、この杖はあのコイン二十個分と言うことか。

 

『いいや、もっと大きいはず。コインは手づかみだったし、合成素材も最上位だからね』

「そんな馬鹿な。計測限界値なんて出るはずがない」

『ほら、やっぱり。この計測機じゃ二十までしか計れないんだ』

 

 そんなものなのか。

 

『そりゃ、大半が三までに収まるんじゃね。そんな大きな値を計れる必要なんてないよ。五か六が限界でもおかしくない。二十まで計れるってことは、他にも計測する物があるってことだろう。地下に複数の反応があるし、この魔法少女組織の本部ってのは硬貨の貯蔵庫としての役割もあるのかもね』

 

 どうでもいいな。

 

 職員はアサナの魔法少女証を受け取り、モニターと同じ文字を入力した。

 さて、次は私というかお前の番だな。

 

『まあ、ゼロだろうね。あるいは計測不可能か』

「……ゼロエラー?」

 

 職員はまたしても首をかしげている。

 再度、計ったようだがやっぱり同じ文字が出てくる。

 

「なんなんだ。そのカタリストはなんでできているんだ。計測限界にしろ、完全なゼロにしろ、あり得ない。あり得ないんだ!」

 

 なんだか取り乱している様子だ。

 

「なんなんだあんたたちは?」

 

 まあ、新人魔法少女と冒険者ってとこだな。

 それだけ告げて、私の臨時魔法少女証にゼロの文字を書かせた。

 

 

 最低限の手続きが終わり、研修など一切なく、いきなり現場対応になった。

 

『労基待ったなしだな。しかも与えられた初業務が城の調査ってお前……』

 

 アサナもやや緊張している様子だが、それ以上にウキウキしているのが見て取れる。

 楽しそうだな?

 

「先輩魔法少女が一緒に来てくれるんだって!」

 

 小うるさいおっさんやおばさんじゃないといいがな。

 

 入口で待っていると、やや大人びた女性がやってきた。

 髪は肩口で切りそろえられており、服装もキッチリしたものを纏っている。

 

「あなたたちが新人の二人かしら?」

『やった! 胸がおっきいよ! 大当たり、大勝利! 興奮してまいり……ん~?』

 

 女性はアサナを見て微笑みかけ、ついで私を見て表情がかたまった。

 息が止まっているようにも見える。

 

『こいつ、ボスの城で列席してたぞ。それにこの反応。ワルグチー側のスパイだ』

 

 そうなのか。

 あの惨状で無事だったんだな。

 

「え、ええ。あの、その――」

 

 大丈夫だ。

 私たちに与えられた依頼は城の調査だ。

 それ以外のことをする気はない。少なくとも今はな。

 

「二人は知り合いなんですか?」

 

 ああ、少しな。

 まあなんだ。フォローを頼む。先輩魔法少女どの。

 

「先輩、よろしくお願いします!」

 

 何も知らないアサナは朗らかだ。

 一方のスパイは見るからに青ざめていた。

 

 救いはない。

 

 

 

5.スパイの先輩が現れた

 

 スパイことスィーアの先導で城に到着した。

 

 アサナも緊張している様子だが、間違いなく一番緊張しているのはスィーアだろう。

 

 魔法少女が何人も運ばれていた。

 近くの魔法少女が言うには、奥で立てこもっているモンスターがいるらしい。

 

 モンスターは前回にあらかた倒したからな。

 今回は探索メインでいこう。何か面白い物があるかもしれないぞ。

 

「はい。楽しみです。でも、どこから探すんですか?」

 

 先輩。

 何か知らないの?

 宝物庫とか、だいたいどの城にもあるだろ。

 

「私の直感によると、こっちが怪しいかな」

 

 スィーアが指で行く道を示した。

 

「魔法少女の勘ってやつですね!」

 

 ふふふ、と引きつった笑いをスィーアは見せている。

 

 上下反対になってしまった廊下の天井を歩きつつ、道を進んで行く。

 時折、モンスターが出てきたのだが、スィーアも慣れた様子でモンスターを片付けている。

 

『速攻だね。よほどワルグチーに口を出されたくないと見える』

 

 なるほどな。

 でも、なかなか上手い魔法じゃないか。

 はっきり言って、何をしているのかよくわからない。

 爪から何か出ているような気がする。

 

『カタリストはネイルだね。デザインで効果を変えてる。一つ一つの効果は低いけど、汎用性は高い。効果セットも悪くないし、使い方も上々。良い使い手だと思う』

 

 ……それだけ?

 魔法使いに対しての評価は辛口じゃん。

 ここからボロクソに言うんだろ。私はけっこうその講評が楽しみなんだが。

 

『ご期待に添えず残念だけど、貶すところは少ない。十本のネイルのうち一本が、ワルグチー側への変わり身用で潰れてるのはもったいないかな。ワルグチー側に付くときはネイルセットを変えてるんだろうね。そっちも見てみたいな。前回は逃げに徹してたみたいだから、見てないんだよね』

 

 お前にしては、かなり高評価だな。

 

『気になる点もある。魔力が異常に多い。街の人間は軒並み魔力が低かった。もしかしたら二つの世界のハーフかもしれない』

 

 ほー。

 そこはどうでもいいな。

 

『俺としてはそここそが一番気になるところだね。どういうふうに法則が作用するのか観測したい』

 

 宝物庫らしき部屋にたどり着きはしたが、すでに荒らされており物は少ない。

 

 ……あれ、上下逆だけど昨日もここに来なかったか?

 なんか見覚えのあるものがいくつかあるぞ。

 

『大正解。めぼしい物はすでに俺達が盗ってる。資料、魔装具、もちろんあのコインもね。さらに他の奴らに荒らされてるね』

 

 おぉぅ。

 残った物を漁ってみるとしようか。

 それだけでも調査の依頼に十分適うだろう。

 

 そんなわけでスィーアやアサナと一緒に、残り物を可能な限り回収していく。

 スィーアは何か捜し物があったようで、ここだけは私たちの存在を気にせず物色に傾注していたように見えた。

 捜し物は見つからなかったようで、少し残念な表情がうかがえる。

 

 回収も終わり、まだ時間はありそうだ。

 他に何か面白いところはないのか。

 

「……こっちにあるかもしれないかな」

 

 アサナは楽しんでいるが、こっちには何があったっけ?

 

『行ってない。こっちに面白い反応はなかったはず』

 

 逆さ城を上へと進んで行く。

 つまり、本来なら一階の方へ向かっているはずだ。

 なんでこんなに無駄に広く長いのだろうか。……大きいモンスターがいるからか。

 

 見覚えのある一階にたどり着いた。

 

「ひろーい!」

 

 本当に広いな。

 ここはエントランスだったはず。

 ただし、進んだ先のボス部屋はもうここにない。

 ボスが止めてなければ、どこかの空間で今も落ち続けているはず。

 

 床になった天井を登ったり、魔法で跳躍したりしながら城の端へと進んで行く。

 時折、床部分から空が見えるので、ここが頂上に間違いないだろう。

 

 たどり着いたのは、これまた大きな扉の前だった。

 大きな扉とは言うものの入口の門ほど大きくはない。

 こちらはせいぜい私の身長の五倍ほどだ。横幅もそのくらいに過ぎない。

 

『結界だね』

 

 扉の大きさよりもむしろ目につくのはそっちだな。

 扉表面のあちらこちらに魔法らしき青や紫といった光が目につく。

 触るとビリビリとけっこう痛いやつだ。

 

『メル姐さんでビリビリ痛いやつって、普通の人間なら即死だからね。これもなかなか強力だ。触ると痛いやつだよ』

 

 それで、この中に何があるの?

 

『本当に大事な物ならこんなわかりやすい結界を張って置かない。こっそり隠すか、自分で持つ。危険なモノを抑え込んでると考えるべきだね。物かモンスターかだけど、結界の種類から判断するにモンスターでしょうな。それもボスが危ういと思うほどのモンスターだ』

 

 要するに第二のボス戦ってことだな。

 それで、スィーア先輩は何かここの情報は持ってないのか?

 

「城の一画に同族食いが隔離されてるって話は聞いたことがあるかなぁ。あくまで噂だよ。魔法少女の間ではやった根も葉もない噂!」

 

 すごい必死に噂と付けているが、かえって怪しく聞こえるな。

 どんどん尻すぼみにテンションが下がっていく。

 

『超レアの可能性があるね』

 

 逆にシュウのテンションは上がっている。

 何か心あたりがあるのか?

 

『空間魔法を使える超上級のボスが警戒するレベルで、同族食いって特徴があるなら特殊魔法の可能性が極めて高い。ずばり「羅刹」だ』

 

 出たよ、特殊魔法。

 それで羅刹ってのはどんな魔法なの?

 

『シンプル。肉を食ったやつの魔法が使える。しかも、食って消化を続けるほど強くなる。まぁ、重大な欠点があるんだけど……』

 

 ほー、けっこう強そうじゃないか。

 どうする? 挑んでみるか。何か対策はあるのか?

 

『何を得てるかわからないから対策は万全を心がけましょうとしか。まあ、今のメル姐さんとアサナの杖があれば、極限級のモンスター以外は苦戦にならないね。――ああ、それと同族食いだからスィーアパイセンが危険じゃないかな。たぶん、パイセンの狙いとして、俺達をこの部屋の主に食わせようとして案内してるんだろうけど、ちゃんと伝えておいてね。「真っ先に狙われるとしたらお前じゃないの」って。できれば開ける前後がいい』

 

 ふぅん、わかった。

 

 スィーアとアサナに部屋の主の情報を一部だけ共有する。

 アサナは危ないからそのままにしておこうと話しているが、スィーアは調査だから開けようとしている。

 私も開ける方に賛同し、二対一で開けることになった。

 

 じゃあ、開けるぞ。

 シュウで結界をグサリと刺して壊す。

 

 そういえばスィーア先輩。

 ここの部屋の主は、先輩も言ったように同族食いらしいぞ。

 こいつにまっさきに狙われるとしたら、ワルグチーとやらの同族になるようだ。

 

 スィーアの口が「あ」と薄く開いた。

 

 でも、大丈夫だよな。

 ここには私も含めてワルグチーの仲間なんていない。

 私は冒険者だし、アサナとスィーア先輩は人間で魔法少女だもんな。

 

「待って!」

 

 もう遅い。

 最後の結界を刺し貫いて、扉を蹴り開ける。

 すぐ振り向いて、逃げようとしたスィーアの首根っこを掴んで動きを止めた。

 アサナは何が何だかわからず、ぽけーっとしている。

 

 

 扉を開けると、広い部屋だった。

 

 床は水浸しになっている。

 天地が逆さまなので元は上にあったのだろう。

 

 その水の中心には、大きめの鎧が転がっていた。

 兜から足の甲冑まで全てがそろっている。さらに剣の柄部分だけが転がる。

 

『なるほど、そういう系か』

「助けて! 放しなさい!」

 

 ほれ。

 

「え――」

『ちょい。そっちはまずいでしょ』

 

 お望み通りスィーアを放してやった。

 ただし、部屋の真ん中に向かって。

 

 部屋の水が動き始め、転がっていた鎧に集まる。

 鎧が集まった水に満たされ、ゆっくりと立ち上がった。

 兜の前後を元に戻し、何もなかった柄の先からは液体の剣ができている。

 

 鎧はまず私とアサナを眺め、興味がないという体で視線を変えた。

 次に見たのはスィーアである。少し認識に時間がかかったものの、鎧はスィーアに対して剣を構えた。

 スィーアも察してすぐさま戦闘態勢に入る。

 

「グリフォス、スィーア先輩を守って」

 

 初撃は鎧のモンスターだった。

 距離がかなりあるにもかかわらず、剣をいきなり振り抜く。

 

『わぁお、飛ぶ斬撃とか久々に見た』

 

 スィーア側の壁がスパリと斬られてしまっている。

 どうやら剣の水を薄くして飛ばしているらしい。すごい切れ味だな。

 このことに気づけたのは、スィーアの直前で斬撃の水が止まっていたからだ。

 おそらくアサナの杖が気を利かして盾を作ってやったのだろう。

 

 今の、アサナが守ってなかったら死んでなかった?

 

『真っ二つでしたね。アサナができた子で良かった』

 

 スィーアも魔法を発動させる。

 爪の一本から杭がいくつも現れ、鎧に向かって飛んでいく。

 

『甘い。水の斬撃は戻ってくるぞ』

 

 言ったとおりだった。

 スィーアの飛ばした杭よりもなお速く、壁を切り裂いた水が戻ってきた。

 その戻り水に斬られて杭は鎧から狙いをはずれた。

 

 杖の防御があるとは言え、スィーアはその防御を過信していない。

 鎧から距離をとって遠距離から攻撃をしている。

 

 杭やらトゲのついた蔦で攻撃するが、全て避けられるか切り落とされている。

 どれも決定打にならないな。接近戦じゃ駄目なのだろうか。

 近距離でそこそこ強い魔法を持ってたはずだ。

 

『策のない接近戦は一閃で終わり。今は仕込みをしてる最中。ほら、よく見て。切り落とされた杭や蔦から小さい種が出てるでしょ』

 

 なるほど、私にもわかったぞ。

 あの種をどうにかさせて、鎧の隙を作ったところで近づき、強い魔法を当てるんだな。

 

『――という作戦が見え透いてる。敵からもね。水に満たされた鎧と戦っても意味ないでしょ。本体を見つけないと』

 

 うん?

 

「え、上?」

『グリフォスが教えちゃったか』

 

 上を見ると、天井に水が付いており、そこに小さな角付きのモンスターがいた。

 

「先輩! 上!」

 

 スィーアが、アサナの声に気づいたのはまさに仕掛けを発動した直後だった。

 仕掛けを発動させ、スィーアが接近戦に持ち込み、まさにそのタイミングを狙い、上の角付きが水の杭を撃った。

 スィーアは攻撃動作に入っており、隙を見事に突かれた形となった。

 

 どうせ杖の防御で生き残るんだろうな、と思っていたが、防御するどころかスィーアは躱してみせた。

 またしても距離をとったが、その姿は先ほどまでの彼女とは違っている。

 

 フリフリな恥ずかしげな衣装から、夜の舞踏会に着ていくような黒のドレスになった。

 髪型もサイドテールから、編み込みをし、後ろでまとめられている。

 何よりも背中から出ている黒い翼が目に留まる。

 これは鳥なのかな?

 

『蝙蝠でしょ……。本性だしちゃったね』

 

 これがワルグチー側の形態か。

 果たして魔法少女好きのアサナはどう見るか。

 

「すごい。先輩が変身した。魔法少女の第二形態だ!」

 

 魔法少女に第二形態とかあるの?

 もはやこれはボスじゃないか。

 

『メジャーじゃない。魔法少女のレベルアップってのはね。形態の変化ではなく、心のたくましさの度合いによって決められるものなんだ。力の変化はせいぜい武器のパワーアップに留めないといけない。ありゃ、もはや魔法少女とは言えない。ただの魔法を使う女――単に魔女で良い』

 

 それでも魔法少女の時よりはだいぶ強いぞ。

 身体強化も使ってるだろ。動きが違う。爪を長くしてからの攻撃も増えてるし、戦闘スタイルが異なってる。

 魔法もなんだかパワーアップしてる気がするぞ。

 

『そりゃ、カタリストに加えて、自前の魔力も使って魔法を行使ししてるからね。翼で空も飛べる。強さが別モンだよ。ハーフで間違いないね。ワルグチーの反応も微妙に迷いがあったから』

 

 そうかもしれない。

 見た目だけで言えば、魔法少女側よりこっちの姿のが私は好きだな。

 

『俺も、俺も』

 

 お前が好きなのは胸元が大きく開いたドレス着てるからだろ。

 

『はい。その通りでございます。わたくし、常々、下半身に忠実に生きていこうと心がけていますので』

 

 その口ぶりは威風凛然。あまりにも清々しい物言いではないか。

 発言は下の下だが、言ってることは確かに日々実行されているのでその部分だけは評価するべきか迷ってしまうほどであった。

 

『飽きてきた。石でも投げて小鬼を倒しちゃって』

 

 言われたとおりに石を投げてやれば、水の防御も間に合わず角付きは光となって消えた。

 

 ……本体、弱すぎない?

 

『操作系ってのはそんなもんだよ。本来なら本体が鎧の中に入るんだろうけど、上から意表を突こうとしたのが失敗だったね』

 

 魔法もそんなに種類を使ってこなかったな。

 羅刹ってのは、他の魔法が使えるんじゃないのか。

 見た限りでは水を操る魔法しか使えなさそうだったぞ。

 

『羅刹の使い手の性格というか性質に問題があって、意志が弱くて摂食障害がデフォでついてくるんだ。食べて消化すれば強くなるけど、食べても吐いちゃうから強くなれない。食べたいけど同類を食べるのは駄目だろって揺らぎが抑えられない。今回は長期間の断食で、食べようという意志が強かったみたいだけどね』

 

 今までみた特殊魔法の中で一番問題抱えてないか。

 

『でも、その揺らぎさえ抑えることさえできれば、めちゃくちゃ強いよ。限界がほぼないからね。その場合は、だいたい共食いの烙印を押されて、コミュニティから弾かれるんだけど』

 

 やっぱり駄目じゃん。

 それと、スィーアがめっちゃこっちを睨んできてるんだが。

 

『そりゃ、逃げるとこ掴まれて、しかも敵のすぐ近くに放り出されたらね。アサナの援護がなかったら最初の一撃で死んでたし』

 

 ズカズカとこちらに向かってきている。

 

 何か言いたげな様子だが先にこちらから言っておく。

 正式ではないにしろパーティーを組んでるのに、仲間を殺そうとするのは好きじゃない。

 

「殺そうとしたのはあなたでしょ」

 

 ……それもそうだな。

 だが、先に私たちを陥れようとしたのはそちらだ。

 

「ケンカしてるの?」

 

 やや目を潤ませ、不安そうな顔でアサナが私とスィーアを見てくる。

 

 いや、ケンカってほどのものじゃない。

 話し合いだ。

 

「あなたのせいで計画が台無し。せっかく、向こうでの立場もできあがってきてたのに。あれも、もう少しで手に入るはずだったのに。――ああ!」

 

 怒って、近くのガレキを蹴っている。

 悪いことしちゃったね。

 

『そうとは思わない。ここらで引いといて正解だったと思うよ。なまじ優秀だからね。最後はどっちにもつけなくて、がんじがらめになって倒れてたと思うから』

 

 よくわからないな。

 

『アイテム袋の拾いもの番地。「過去十日」欄に「吸血候のブローチ」ってのがあるからそれを渡してあげて』

 

 よくわからないまま取り出し、そのままスィーアに放り投げる。

 スィーアはキャッチし、驚いた様子でブローチを見つめる。

 

『ちょっとパイセンに俺をくっつけて』

 

 渋々ながらもシュウをスィーアにくっつける。

 

『どうもどうも、この馬鹿女のカタリストのシュウだよ』

 

 カタリストではないだろ。

 

『昨日、宝物庫の中からそのブローチを見つけた。探してたのはそれでしょ、君のお父さんのだ。中は見せてもらったよ。家族写真だったね。彼はワルグチーだけど、魔法少女の奥さんと君を大切に思っていたようだ。君も二つの力を持って生まれ、どちらの陣営に付くべきか悩んでいるように見える。ここらできっちり決めておいた方が良い。どちらの陣営に付くかを考えるよりも、君の味方になってくれる奴と一緒にいるべきだ。この女は味方しないかもしれないけど、俺は君の味方だ。覚えておいて欲しい。――もういいよ』

 

 どうしたの、お前。

 そんなまともなことを言ってると気持ち悪いんだけど。ぶつぶつがでてきたぞ。

 

『いやぁ、面白い人材だったからね。カタグラフィに置けそうだし――』

 

 最後はぼそりと言って何かよくわからんが、とりあえず帰るか。

 

「ぴぎゃ」

 

 変な声が聞こえたので振り返ると、小さな角付きが地面に倒れていた。

 あ、そうか。私が倒したから復活するのか。

 スィーアに倒させれば良かったのに。

 

『それじゃ死んじゃうでしょ! 貴重な特殊魔法使いだよ! 生かして実験体にしないと!』

 

 すごい勢いで反論された。

 やっぱり殺してやったほうが幸せなんじゃなかろうか。

 

 スィーアがまたしても戦闘態勢に入る。

 角付きも鎧を呼び寄せたが、呼び寄せる途中で倒れてしまった。

 

「おなか、へった……」

『らしいよ。なんか食べさせてあげて』

 

 はぁ、ほんとにこれを餌付けするのか。

 私は嫌だぞ。角を取ったらほぼゴブリンだ。私はゴブリンが嫌いなんだ。

 

「お腹減ったんだって。かわいそうだよ」

 

 仕方ない、嫌だが連れて帰るか。

 

『俺の時と対応違ってない』

 

 当たり前だろ。

 お前とアサナじゃ言葉の重みが違う。

 

 そんなこんなで変な角付きをゲットして調査依頼は完了した。

 

 

 

6.腹ぺこの子鬼が現れた

 

 アサナの家で角付きを飼い始めたわけだが、なかなか好みがうるさくて困る。

 

 まずいだの、ぬるいだのとうるさいので、最後は蹴って光にしてやった。

 

 復活するとケンカを売ってくるのでまた光に変えてやる。

 

『無限ループって怖くね。よくもまぁ、同じことを何度も繰り返せるもんだね』

 

 城から出たワルグチーの残党もおおかた片付いたようで、今は城の処理がメインである。

 そちらは細部調査もあるとかで私たちの出る幕があまりない。

 

 変な角付きまで飼ってしまって家の人に何か言われるんじゃないか思ったが、父親とはまだ連絡がつかないらしい。

 もしかして「父親はもう死んでないか?」とは怖くて聞けない。

 いちおう写真は飾ってある。優しそうな細男だ。

 

『よし。そろそろ図書館行こうぜ!』

 

 なんで埃くさい香りの集積地に行くのに、そんな元気な声が出せるのか。

 

『情報の集積地だよ。この世界でいくつか見てきた疑問を片付けたいの』

 

 別に図書館じゃないくても、こっちの世界には便利なもんがあるんだろ。

 アサナも板みたいなのとにらめっこしてるし、仕事の依頼もそれで見てる。

 

『こっちにもネットはあるけどね。浅い情報ならまだしも、専門知識まで得ようと思えば本が一番だよ。図書館はいいぞ。さあ、行こう』

 

 そんなわけで面倒ではあるが図書館に行くことになった。

 

「私も行く!」

「しゃあねぇ、おいらも付いていってやるか」

 

 二人と一匹で図書館に行くことになった。

 

 

 行く道でいつもの衛兵二人に呼び止められた。

 

「あのねぇ。昨日のことは感謝しますよ。でも、このご時世に街中でワルグチーなんか連れてちゃまずいでしょ」

「いくら魔法少女連盟から許可をもらってるからって言ってもねぇ」

 

 動く箱の横でもっともなことを聞かされている。

 あまりにもそのとおりで、私も同じことを思ってるの何も言えない。

 ちなみにその状況を作り出した元凶が誰でもないこの私である。ますます無言だ。

 

「せめて剣は鞘にしまってもらえないものですかねぇ」

「それと変身状態で街をうろつくのもちょっと問題ですよ」

 

 鞘の話は考えとく。

 あと、変身はしてない。

 

 けっきょく箱に入れられて、家まで送られた。

 

 振り出しに戻る。

 

 

『どこかの勢力が俺達を図書館に行けないようにしているに違いない』

 

 とうとう陰謀論を唱え始めた。

 

 調べるったって、何を調べるんだか。

 

『この世界の歴史。カタリストの一般的な製造法。それとワルグチーを倒した時の硬貨が何か。あるのならワルグチーの目的かな。最初に俺達を監視してたのも気になる』

 

 前の三つは知らないけど、ワルグチーの目的は角付きに聞けばいいだろ。

 おい、ちっちゃいの。お前らは何がしたいんだ。

 

「おいしいごはんがたべたい」

 

 ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。

 蹴ったら光に消えてしまった。

 

『沸点下がりすぎ。俺と同じように蹴ったら大抵の生物は死ぬよ』

 

 やれやれ、また復活まで待たないといけないな。

 次にふざけたことを抜かしたら軽く蹴ろう。

 

『そこなんだけど、ポチはふざけてなかったのかもしれない。名前はふざけてるけど……』

 

 ちっちゃいのはポチという名前らしい。

 シュウの世界だとペットに付ける定番の名前だとか。

 

 で、なんだっけ。ポチがふざけていないだったか。

 おいしいご飯を食べるのが奴らの目的だと、お前は本気で言ってるのか?

 

『「おいしいご飯を食べる」よりも、もっと広く捉えて、「安定した生活」というのかな』

 

 安定した生活?

 

『衣食住のうち衣は置くとして、食と住がワルグチーたちはまともに成り立ってないよね。住で言えば、あの空間以外でまともな生活はできなさそうだ。あの空間から出てきたら魔法少女に駆逐される。城と荒野は広いけど、城の外は戦闘スペース兼運動スペースみたいなもんでしょ。スィーアパイセンみたいな例外を除けば、あの城に大量のワルグチーが箱詰めされてる。すし詰め状態ってやつだね』

 

 すしづめが何かは知らないけど、けっこうきつきつなのはニュアンスでわかる。

 食は?

 

『まず、ポチを見ればわかるけど、ワルグチーも普通にご飯を食べることができてる。本音を言えば、ポチには同族の肉を食べて強くなってもらいたいけど、これは追々の課題にしよう』

 

 話が逸れてる。

 ポチはいいからワルグチーの方を続けて。

 

『あのお城空間じゃ作物や家畜は育てられない。土が悪いし、水もほぼない。日光も期待できない』

 

 暗雲が立ちこめてたもんな。

 ダンジョンっぽい雰囲気はあって好きだったぞ。

 

『もっと言えば、あの広い城には一つとして食堂や厨房はなかった』

 

 ……じゃあ、あいつらは食べなくても生きていけるとか?

 

『かもしれない。しかし、エネルギーは必要だ。じゃあ、ワルグチーたちは何からエネルギーを得ていたか? あの硬貨からそのままエネルギーを得てた。これはポチで試したのをメル姐さんも見てたからわかるでしょ』

 

 昨日の夜にやってたな。

 でも、まずいからってプイしてたぞ。

 生意気だと蹴ってやったから覚えてる。

 

『まとめるとだね。ワルグチーは魔法少女たちに追い詰められて、あの劣悪な空間での生活を余儀なくされてた』

 

 おっ、簡潔じゃん。

 あいつらも大変だったんだな。

 

『付け加えるなら、その追い詰められてるワルグチーのセーフハウスをズタボロにして、なけなしの食料すら奪っていったのが俺たちになる』

 

 ひどい奴らだ。

 

『すごい他人事みたいな言い方。さらに付け加えるとすれば、ボスがあの空間を消して出てこないなぁと思ってたけど、やすやすとは消せないはずだよ。もしも消したら、ワルグチーの壊滅どころか絶滅に繋がる。まあ、ボス一人でなら余裕で生きていけるだろうけど、奴も奴なりにボスとしての役割を全うしようとしてる』

 

 あの空間を維持することで手下を守ろうとしているわけだ。

 立派なボスじゃないか。感動した。

 

『そのあたりの歴史も調べたかったから図書館に行きたかったの』

 

 割と重要な話じゃないの。

 ちょっとした興味くらいにしか思ってなかった。

 最初からそう言ってくれれば、もう少し前向きに行動したのに。

 

『じゃあ、今から行こう!』

 

 昼ご飯を食べてからにして。

 

『こういうことは早めの行動が大切だよ』

 

 本は逃げないだろ。

 仮に逃げるにしても飯を食う時間くらいは待ってくれるだろうよ。

 

『変なフラグ立てるのやめてよ』

 

 

 そんなわけでアサナが昼飯を作っている。

 ほぼほぼ一人の生活に慣れているのか、料理も上手だ。

 それにこの世界は調味料が豊富のため、素材がしょぼくてもかなりうまい。

 この料理にはちっこいのもご満悦で、床に置かれた皿に頭から食いに行っていた。汚ぇやつだよ。

 私もさすがに全てをアサナに任せっぱなしはまずいと思い、少し手伝ったのだが「一人で大丈夫だから」と座らされた。

 

『あたり前でしょ。野菜切るのに俺を使い始める奴なんて、厨房に置けないよ』

 

 なんで?

 包丁よりお前の方がよく切れるぞ。

 

『まな板でもを調理するつもりなの?』

 

 わからん。

 洗濯だってそうだ。

 洗ってやろうとしたら、これまた座らされた。

 

『洗濯機を使わず手でやり始めるからだね』

 

 手の方があの箱よりもずっと早いぞ。

 水も簡単に絞れる。

 

『しかも干すときは、軽く伸ばしたり叩いたりもしないでしょ』

 

 なんでわざわざ伸ばしたり叩いたりするの?

 戦う練習か? ひょっとしてスキルが手に入る?

 

『手に入るよ。最低限の生活スキルがね』

 

 そうだったのか。

 今度から軽く伸ばしてみよう。

 

 話しているうちに料理ができて仲良くテーブルを挟んで食べる。

 

『――大規模な空間反応あり』

「えっ、何! どういうこと!」

 

 アサナはシュウの声が聞こえないので、杖から同じことを聞かされたようだ。

 テーブルから離れて置いてあった機器の映像が、料理から真面目そうな男に切り替わった。

 

「番組の途中ですが、緊急のニュースが入りましたので、番組を切り替えて放送させていただきます」

 

 それだけ言うと、映像がまた切り替わる。

 

「こちら、キナメリアの上空になります!」

 

 これまた別の男が、街をバックにして立っている。

 かなり高いところのようで、建物を見下ろす形の映像だ。

 

「ご覧のように、キナメリアの上空に、城のような物体が現れました!」

 

 高い建物のさらにその上方から、空を切り裂くように見覚えのある城がゆっくりと落ちていっている。

 

『ほぉ、やるもんだね。高度な減速の魔法がかかってるぞ。――ははぁん、城が落ちるのを止められないから、あえて空間魔法の前兆を大きくしてからこっちに繋げたな。魔法少女が減速魔法をかけることを期待したわけだ。これなら中の奴らへの被害が少ない』

 

 そんなこと言ってる場合なのか。

 

 ちょうど、アサナのいつも持ってる薄い板がピコピコと大きな音を鳴らした。

 

「緊急招集だって! 全魔法少女が呼び出されてる!」

 

 そりゃそうでしょうよ。

 この光景を見れば、明らかにまずいことがわかる。

 

『あ、嘘だろ。まずいぞ……』

 

 珍しくシュウが真面目に焦っている声だった。

 何だろうと映像を見れば、城がまさに落ちようとしている。

 解説をする男の声は、もはや支離滅裂で耳にまともに入ってこない。

 

 城が街の一画に影を落とし、ゆっくりと街を潰していっている。

 潰されている建物は私も見た記憶がある。

 

「今! 図書館が! なんということでしょうか! 歴史ある図書館が、為す術もなくゆっくりと潰されていっています!」

「グリフォス! 街の人を守って!」

『うわぁ……』

 

 シュウは呆然とした声をあげる。

 アサナの杖のハートが赤く光ったのでたぶん何かが起きた。

 現地にいる人は不思議な力で守られたと推測できる。しかし本は対象外だろう。

 

 同時に、轟音と振動が私たちを襲い、映像はぷつりと消えた。

 

 

 私とアサナ、あとちっこいのは家を飛び出て現地へ直行する。

 

 街中は混乱しており、いつもの衛兵たちが家の中に入るよう誘導している。大変だなぁ。

 現場近くでは、まだ砂埃が舞っており、その中で魔法少女とワルグチーたちがしのぎを削っていた。

 周囲は図書館以外には博物館と公園だけと、だだっ広い開放エリアだったのが幸いしてそこまで大きな被害はなさそうだ。

 

『図書館が跡形もない』

 

 図書館と博物館は城に潰されて痕跡すら残ってない。せいぜい案内板だけか。

 しかし、このままお城エリアとして使えそうだな。

 

『いやぁ、これ最初の崩落とは訳が違うよ。冗談じゃ済まないでしょ』

 

 最初の半城の落下も冗談じゃ済まないと思うが……。

 

 それよりどうするべきだ。

 派手に混戦になっているが、どこから手を付けるべきだろうか。

 

「あ、先輩が戦ってる!」

 

 見れば、スィーアがワルグチーと戦っていた。

 どうやら魔法少女側として戦う決意がついたようだな。

 

『そう見えるの?』

 

 違うの?

 

『蝙蝠のサガかな――いや、いいや。もう好きにしなよ。俺はちょっと心を落ち着ける』

 

 駄目だ。本格的に落ち込んでいる。

 たかが本くらいでそんな大げさに落胆しなくていいだろうに。

 

『たかが本だって? いや、いい。話にならない』

「残っている一般人の保護を最優先! 余力があればワルグチーの残党を掃討。深追いはしなくて良いからね!」

「はい!」

 

 さすがに一日の長がある。

 スィーアの指示にしたがって、他の魔法少女たちも動く。

 年長者の人も同じ方針のようで、魔法少女が一丸となってその場で動いた。

 

 あまり守る戦いというのは好きじゃない。

 どちらかと言えば、どんどん奥まで攻め込むのが好きだ。

 

 依頼でも、護衛のものは趣味に合わなかった。

 護衛対象のペースで動かないといけないし、基本護衛は複数で行うから他パーティと息が合わない。

 

 今も息が合わず、他の奴らを置いて、こっそり城の中にステルスで入り込んでいた。

 残党がうじゃうじゃしているのかと思ったが、数が少ないな。こっちの姿を見てもすぐ逃げていくし。

 

『あのねぇ。何の策もなしに城を落とすわけがないでしょ……。彼らが今、もっとも手に入れるべき物はなに?』

 

 安定した生活?

 

『間違いではない。もうちょっと狭く言えば食料だよ。生きるためのエネルギー源。俺達がごっそり奪ったから、彼らの手元にはもうほとんど残ってないんだ。現状で、組織として動けるのはこれが最後だろう』

 

 悲しい。切実だな。

 

『引きこもって安穏な生活をしても先細り、魔法少女に最後の反撃を見舞っても大半は死んでしまう。そんな切実かつ切迫した状況で賭けに出た。見た感じだと成功だね。彼らに必要なのはだだっぴろい城と荒野じゃなかったんだ。それらを全て捨ててようやく道が切り拓かれた』

 

 まどろっこしい説明はいらないから。

 簡潔に教えてくれ。

 

『この城の落下は陽動。陽動部隊はここで魔法少女たちの足止め。本隊は魔法協会本部や支部に貯蔵されているであろう硬貨を狙って行動してる、と思われる』

 

 ああ、なるほど。すっきりした。

 この城にモンスターが少ないのはそういうことか。

 

『そゆこと。最初の崩落で空間魔法の反応を大きめにしておいたのも良かった。おそらく本部へ直行の空間魔法はすぐには悟られない。そっちも彼女が手引きもしたのかな。ふふ、好都合だ』

 

 彼女?

 

『いや、いいんだ。それと、城を落とす位置もなかなか悪くない。適度に魔法少女連盟の本部からは離れてるからね。助けられそうな人がいくらか残っているし、大部分の魔法少女が本部から引きずり出されてすぐには戻れない。一回目の崩落で本部に攻撃がなかったのも、魔法少女たちを油断させる要因となっただろう』

 

 ふむ、それじゃあ魔法少女連盟の方に行けば良いということだな。

 私たちだけでさっさと行ってしまうか。

 

『もう遅い。前回の件もあるし、今回は黙って見といてあげてもいいんじゃないかな』

 

 それもそうだな。

 前回は散々な目に遭わせてしまったからな。

 かといって、外で待っても他人に合わせるのがかったるい。

 中で動いても、時間稼ぎのモンスターと鉢合わせになってしまう。

 

 ここは、事の発端でもある始まりの謁見の間。

 ガレキが散らばり、かつていたであろうモンスターの影は一つとしてのこっていない。

 

 ボスが座っていた無駄に大きな玉座も埃だらけだ。

 座るどころか、上で横にもなれそうだな。

 

 ちょうどいいや。

 一段落するまでここで寝ていよう。

 

『まぁた、そんな汚いところで寝そべって。アサナに怒られるよ』

 

 あいつ、きれい好きだよな。

 洗濯できる箱を毎日回してるし。掃除もしょっちゅうしてる。

 

『あ、来た』

 

 何が?

 

 目の前の空間に大きな輪っかができて、見覚えのある姿が出てきた。

 起き上がって、シュウを手にしておく。あちらも少し驚いている様子が見て取れる。

 

『戦う気はないね。まあ、時空間耐性があるから相性が著しく悪いってのは向こうもわかってるか』

 

 どうもシュウの言うとおりで戦う気はなさそうだ。

 こちらを見つめて言葉を選んでいる様子である。

 

「災厄の遣いよ。卿に関わったのを後悔せずにはいられない」

 

 仲間がたくさん死んだもんな。

 元はと言えば、私に変な名前をつけたお前らが悪い。

 

 でも、今回の作戦は上手くいったんじゃないのか。

 

「そうだ。我々にもう失敗は許されない。もう誰も死なせはしない。次にまみえることがあれば、我は全霊をかけて卿を討つ」

 

 お前が私を倒すのは難しいっぽいよ。

 それに私よりも魔法少女にやられるんじゃないの。

 

「やらせはせん。誰も、これ以上は――」

 

 それだけ告げて、ボスはまた輪っかへ消えてしまった。

 何しに来たんだろうか?

 

『本部と支部を奪えたから、ここに残した連中を回収しに来たんでしょう。最後に、この思い出の間を見に来たらメル姐さんがいたってところかな』

 

 なるへそ。

 

『「災厄の遣い」ね。間違いなさそうだな』

 

 ほんとね。

 まさか、ここまで大事になるとは思ってなかった。

 

『いや、そういう意味じゃないんだけど』

 

 意味とかはどうでもいいんだけど、あいつらは魔法少女にやられてしまうんじゃないか。

 

『今のあいつを倒すのは難しいと思うよ。今まで空間の維持に割いてたリソースを解放してるからね。空間魔法が使える超上級のボスとその取り巻きだ。エネルギー源もたっぷりある。逆に魔法少女の方の強さは組織としての強さが大きいからね。個々人はそこまで異常に強いのがいないし。本部と支部を潰されて組織としての強さが果たして発揮できるかどうか』

 

 じゃあ、ボスたちが有利って事だな。

 

『短期的にはそうだけど、長期的にはどうかな。どっちにしてもボス側は数の不利があるし、時間が経てば、外から魔法少女の応援がどんどこやってきてジワジワと圧殺されるかもしれない。それでもあいつらが最後の力を振り絞れば被害は大きい。ここ数日間が勝負になるね。講和か、それとも全面対決か』

 

 どっちだと思うんだ?

 

『全面対決でしょう。講和の折り合いがつかない。ボス側はエネルギー源を全部奪って使って新しい空間を作り出せば良い。それまで耐え切れれば勝ち。あるいは、野にいるワルグチーが集まってくるかもしれない。一方の魔法少女側はエネルギー源で空間を作られる前に叩き潰してしまいたい。エネルギー源も奪われたくない。どっちみち短期決戦だね』

 

 おもしろくなってきたな。

 どっちが勝つか楽しみだ。

 

『アサナ次第。彼女が攻撃に回れば魔法少女たちの勝ち。防御に回ればワルグチーたちの勝ち』

 

 新人魔法使いに重要な役割が握られているというわけだ。

 

『ただ、どちらになっても俺は面白くない。子供の発想に期待しよう』

 

 子供の発想?

 よくわからんな。

 

 モンスターが退いたこともあり、戦闘音はほとんど聞こえなくなっている。

 人命救助が主となり、アサナも手伝ってと声をかけてきたので横になるのをやめて働くことにした。

 

 長い昼が終わり、夜を迎えた。

 

 

 

7.ここまでの冒険を記録しますか? 本当に記録しますか?

 

 アサナは疲れたようで、夜はすぐに眠り、朝は珍しく私の方が早かった。

 

 どうやらエネルギー源がモンスターに奪われたのが問題なのか、明かりもつかないし、他のものも使えない。

 昼前まで寝ていたアサナも目覚ましがー、タブレットがーと叫んでいた。

 依存しすぎじゃないだろうか。

 

 とりあえずの朗報としてアサナの父親がやっと連絡をよこしてきたらしい。

 夜の寝る直前に、「家からは絶対に出ないこと」という短い音声をアサナが小さい方の板で聞かせてくれた。

 

 家から出ないこと、ねぇ。

 うーん、悪い子になっちゃったなぁ。

 

 遅めの朝食兼昼食を食べつつ、アサナに昨日の話をしてみる。

 魔法少女とワルグチーの決戦の話だ。

 

「ワルグチーと、お話はできないのかな」

 

 あんまり戦うの好きじゃないもんな。

 

「ポチとも仲良くできたし、他のワルグチーとも仲良くできるんじゃないかなって」

 

 ポチとは仲良くというのか? 飼ってるだけじゃないのか。

 

「あんな奴ら、みんなおっちんじまえばいいんだ。おいらをあんな狭い部屋に閉じ込めやがってよ。おいらがみんなぶった斬ってやんよ」

 

 仲良くできたというポチは全面対決を望んでいる様子である。

 アサナがなんとも言えない表情でポチを見つめている。

 

「グリフォス。ワルグチーと仲良くできないの。えっ、できるの。……にんしきかいへんってやつをすればいけるの。せんのう?」

『それ、あかんやつや』

 

 はしゃいでいるところ悪いが、お前の言う仲良くとは少しばかり違うと思うぞ。

 

「できるけど、硬貨がたくさんないと難しいって」

 

 あ、そう。

 硬貨を出そうかと思ったが、教育によくなさそうなのでやめておいた。

 

「ねえ、メルお姉さん。みんな仲良くするにはどうすればいいかな」

 

 それを私に聞くのは間違ってる。

 私はみんなで仲良くしたいとそもそも思わない。

 

『仲良くしたいかどうかを聞いてるんじゃなくて、どうすれば仲良くなれるかを聞いてるんだよ』

 

 そういえばそうだった。

 仲良くねぇ。やっぱり聞く相手を間違えてるよな。

 

 まあ、一緒にパーティー組んでダンジョンに行けば仲良くなるぞ。

 友人とは言わないが、酒を飲みあうくらいにはなる。実体験だから間違いない。

 

「ダンジョンは、どこにあるの?」

 

 ここにはないな。少し前までそれらしきあったんだがなぁ。

 ダンジョンの残骸なら、この都市の二カ所にボロボロの形で落ちてる。

 

 で、お前ならどうするんだ?

 

『俺? 俺ならねぇ。いっそダンジョンを作っちゃうかな』

 

 ん? ダンジョンを作る?

 どういうことだ?

 

『俺の世界でも似たような状況があるんだ。――U国とS国の大国同士が戦争をしてる。この二大国が手を取り合うのはどういう状況か。答えは宇宙からとてつもなく強い第三勢力が侵略してきたときであるってね』

 

 ふざけてるの?

 最近はお前を蹴ってなかったからな。

 

『いやいや。真面目な話だよ。今回の話でキーを握っているのはエネルギー源になってる硬貨だ。どちらの勢力もそれを要として、確保するため行動してる。じゃあ、その硬貨が第三者の手に渡り、それが要塞――ダンジョンと言おうか。その最奥に置かれ、硬貨を守る強大なボスが現れたら二者はどうする。片方だけではとてもお宝は手に入らないとしてだよ』

 

 ……パーティーを組む?

 

『そうなるかもね。じゃあ、二者がパーティーを組んでボスと戦い、無事に勝ってお宝が手に入ったらどうなる?』

 

 そうか! 仲良くなるんだな!

 

『ぶっぶー。手に入れたお宝の所有権を巡って殺し合いが再開される、だよ』

 

 駄目じゃん。

 

『でもね。そもそも――』

 

 いや、もういい。

 そのダンジョンってのがこの世界にはもうないし、ボスもいない。

 意味のない仮定の話だな。

 

『果たしてそうかな。やろうと思えばやれるけど、――どうする?』

 

 どうするって言われてもな。

 よくはわからんが、この世界のことだ。

 私の一存で決めるのもあれだし、アサナに聞いてみることにしよう。

 

 なんか魔法少女とワルグチーが仲良くなるかもしれない方法があるらしいがどうする?

 

「みんなで仲良くなりたいな」

 

 優しい奴だな。

 

「甘いこと言ってんな」

 

 角付きが鼻で笑った。

 私もそう思うので今回は蹴らないでやった。

 

 まあ、理想ってやつだ。

 

 で、アサナは仲良くしたいみたいだけど、どうすればいいんだ。

 

『そうか。決まったか。穏やかな時間は終わった。せっせと動くがよい!』

 

 なぁにバカ言ってんだか。

 

 

 

1-E.巨城のボスが現れた

 

 数日後である。

 

 私は異世界の住処を引っ越した。

 さすがにアサナの家に泊まりっぱなしはまずい。ヒモだ。

 各所から必要な物資を手に入れ、住処も新しい物件を手配し、独立したのだ。

 

『じゃあ、テレビをつけて』

 

 はいはい。

 壁にはアサナの部屋にあったものと同じのを手に入れてきた。

 

「見えるでしょうか。一夜にして最初に崩落してきた城が消えました。その城はどこに行ったのかというと、今ではこのように旧図書館エリアに完全な城が建っています。どういうことなのでしょうか」

 

 私の新たな家が映し出されている。

 どうやら大きな話題になっているようだな。

 

『そりゃあ、こんなのが一夜でできちゃったらねぇ』

 

 ちなみに合成してくれたのは竜女である。

 私の帰る予定の出口の構成はやっと決まったようで、ようやく製作にかかるところだった。

 

 さすがに待たせて悪いと感じたのか、話をしたら動いてくれた。

 しかも、合成にあたりいろいろなアイテムを渡しておいたので、半ばノリノリだった。

 

『虎の子もいくつか渡したからね。あれすらも合成ができるとは、恐るべきと言わざるをえない』

 

 そうだな。

 あの竜女は私から見てもどこかおかしいな。

 

 なにより――、

 

「城は禍々しい見た目へと変貌を遂げています。この骨はいったい何の骨なのでしょうか。むき出しの臓器もいったい何の働きがあるのか想像もつきません。キナメリアは朝から恐怖に包まれています」

 

 趣味が悪い。

 見た目が最悪すぎる。

 

『やばいところってのは伝わるでしょう』

 

 十分すぎるほどにな。

 

『そろそろだな』

「なんと、この城の主を名乗る人物から映像が届きました。まだ我々も確認していません。これからノーカットで流したいと思います」

 

 ドンピシャだな。

 

「“キナメリアの諸君。私は――災厄の使徒。

 なに、目線がおかしい。もうちょっと右? えっ、逆”」

 

 ヘンテコな仮面を被った人物が映像に映し出される。

 もちろん私である。声はアイテムで変えた。

 

『うーん、やっぱり撮り直しすべきだったなぁ』

 

 別にいいじゃん。

 

「“このたび、私はここにダンジョンを建立した。

 元の世界のダンジョンにも劣らない、素晴らしいダンジョンができたと自負するものである。

 諸君らにもこの素晴らしさをぜひわかって欲しい、何? 話が逸れてる。

 ダンジョンの素晴らしさを語って何が悪い! ああ、わかったわかった。

 とにかく自信があるなら挑んで来るが良い。”」

 

 もっとダンジョンの素晴らしさを語りたかったのに。

 物足りないな。

 

「“挑めば良いと言っても、やはり攻略の報酬があった方がモチベーションもあがるだろう。

 そんな諸君らのために、こちらを用意した。

 クリアすればこれらは諸君らの手に納まるだろう”」

 

 私がもっているありったけの硬貨が映っている。

 実は城を作る前に撮ったもので、もうこの硬貨は城の作製に消費されここには残ってない。

 

「“もちろん無視してもかまわない。

 しかし、それでは私もおもしろくないからな。

 この城にはとある不思議な機能をつけている。

 世界の硬貨をこの城に集めるという機能だ。

 約一ヶ月で世界の硬貨はこの城に集まる、らしい。

 嘘だと思うのは自由だが、手遅れにならないよう気をつけ給え。

 全ての硬貨がこのダンジョンに集まるとき、世界は停止するだろう”」

 

 一ヶ月は私が元の世界に戻るまでの期間だ。

 まだあと一ヶ月もあるのかぁ……。

 早くダンジョンに行きたい。

 

 ちなみに硬貨を集める機能は本当らしい。

 シュウが竜女と難しいことを話していたから、おそらく全ての硬貨がここに集まる。

 今も、奥の部屋からジャラジャラと音がしているし、けっこう集まっているはず。

 最初はまだ使われてない硬貨や人がいないところに行ってしまった硬貨から集めるとかだったはず。

 

 この世界の住人は硬貨のエネルギーに頼り切っているからな。

 なくなったら困るだろう。アサナも変な板や洗濯箱が動かないと困ってたし。

 

「“それでは諸君らの果敢なる挑戦に期待する。

 

 どうだ? これで挑戦者もわんさか来るだろ。

 え、まだ映ってるの? やっば、どこで切るんだっけこれ?

 これ、違う? ここか”」

 

 映像はここで終わった。

 

『やっぱり俺は撮り直しをすべきだったと思うなぁ』

 

 私もちょっとそう思えてきてる。

 だが、もう遅い。

 

 挑戦者を待つとしよう。

 

 

 

2-E.脇役たちが現れた

 

 宣言したものの挑戦者はなかなかやってこない。

 入口の様子も映像に映されなくなってしまって外の状況がいまいちわからない。

 

『報道規制が敷かれたね』

 

 しばらくしてついに扉が動いた。

 やっと来たか。

 

 最初の挑戦者は衛兵二人組だった。

 なぜかいつも私に絡んでくる男女の亜人二人組だ。

 

 なお城の中の景色は、私の部屋でも見られるようになっている。

 

『オイオイオイ。死ぬぞ、あいつら』

 

 シュウは最初の挑戦者は魔法少女と予想していた。

 私は逆にワルグチーと予想した。

 どちらも外れた。

 

『ちょっと難易度を下げてやって、それと四階以上には絶対いかせないようにする。まあ、二階でギブアップだと思うけど』

 

 シュウも焦りが見える。

 手元のボタンをポチポチ押していく。

 ダンジョンの内部はいろいろと設定できるようになっている。

 そうはいっても簡単な操作だけだ。

 

『ブラック過ぎるだろ。なんでこいつらに偵察させるんだ。同情を禁じ得ない』

 

 ほんとにな。

 

「こちらピーワン。階段がある。どうぞ」

 

 ちなみにこのダンジョンの入口は一階部分だが、始まりは二階からだ。

 一階部分は、崩落で埋まってしまった本や博物館の品々を、アイテムから作り出した擬似モンスターが回収作業している真っ最中である。

 

「階段に仕掛けはなさそうだ。どうぞ」

 

 一段一段すごい慎重に登っていく。

 いや、そこに仕掛けはないから。最初の階段にわざわざモンスターとかトラップ仕掛けないから。

 

『次は仕掛けよう。嵌まると面白い。階段が坂になるとか』

 

 ああ、そっち系ね。

 坂になった先に糞溜めがあって、つっこまされた記憶が呼び起こされる。

 

『あれ、臭かったね。俺が思い返す限りでも最悪の罠だった。スキルが手に入ってなかったらぶっ壊してやるところだよ』

 

 私は壊してやりたかった。

 街で笑われ、ギルドで笑われ、臭いも数日は落ちなかった。

 しかも、手に入ったスキルは危険だから使えないと言われるし、怒りの持っていき場がない。

 

『この前、暴れたときに使ってみたけど強かったよ。街では使えないね。悪臭で封鎖される』

 

 やっぱりそれ系のスキルなのか。

 

 衛兵二人はまだ階段を上っている。長ぇよ。

 そもそも一層が無駄にでかいから二層に移るまでに何段あると思ってるんだ。

 もう“トラップはないから早く上がれ”って立て札でもしといた方がいいんじゃないの。

 

『そういうのを置くと、逆読みする奴が出てくる。かえって時間がかかってくると思うよ。何もトラップはなかったと事実確認させるのが一番じゃないかな』

 

 確かに、ダンジョン側から「ここにトラップはありません」なんて提示されたら怪しむか。

 

 ようやく衛兵二人が二層にたどり着いた。

 

 二層と三層は初級向けである。階層を上がるにつれ難易度が上がる。

 甘いと言われたが、二・三層で死ぬことはほぼない。まあ、死んでも復活するんだが。

 復活はしても、やはり殺されるのはショッキングな体験だろう。

 

 やはり、まずはダンジョンがどんなものか広く浅く知ってもらわないとな。

 

 二層のモンスターは弱い。

 定番のスケルトンとスライムである。

 ゴブリンは管理が面倒だし、私も嫌いなので却下された。

 

「こちらケイツー。前方よりワルグチーと思われる存在が多数接近。どうぞ」

 

 残念ながらワルグチーではない。モンスターである。

 

 二人は手にした板で光線を出す。

 スケルトンが数発で光に消えてしまった。

 

『ん? 威力が上がってるな。制圧用のリミッターを外してるのか』

 

 五体を倒したところで、スケルトンから硬貨が出てきた。

 

「こちらピーワン。コインの出現を確認」

 

 ちょっと意外そうな顔をしている。

 アイテム結晶の代わりにコインが出るように設定しておいた。

 上になるほどコインの出現頻度は上がる。それ以外にも中ボスだとアイテムが出る。

 

『使わないアイテムを整理する良い機会だったね』

 

 ほんとだよ。

 要らないアイテムが多すぎて、最近は探すのも一苦労だ。

 

 二人はゆっくりと攻略を続けている。

 スケルトンには棒で挑み、打撃の効きづらいスライムは光線で倒していく。

 

 二層と三層の間の踊り場の直前で足を止めた。

 

「こちらケイツー。雰囲気の違うワルグチーを視認した」

 

 やっとここか。

 二層と三層の間に配置した中ボスを発見したらしい。

 

「体は先ほどまでの骨のやつだが、手に武器を持っている。右手に骨の槍、左手には盾だ。盾には粘液のワルグチーが付いている。どうぞ。――了解した」

 

 戦うみたいだぞ。

 勝てないだろ。

 

『工夫すればなんとか。まあ、殺さない設定にしてるから大丈夫でしょう』

 

 片方の亜人が遠方から光線を撃つが、スケルトンナイトが盾で防ぐ。

 盾についていたスライムは溶けてしまうがすぐに復活する。

 

「遠距離からの攻撃は防がれる。しかし、こちらに襲いかかる気配なし」

 

 片方がもう一人に合図を送る。

 左右で広がり、距離を詰めていくようだ。

 片方が光線で注意を引きつけたところで、もう一人が棒で襲う。

 

 しかし、その棒は槍で防がれ、光線の合間を縫い、盾が亜人を強く押した。

 倒れた亜人へとスケルトンナイトは槍を突くが、距離があったため当たらない。

 

「くっ……、速いな」

 

 派手に飛んだ割にダメージは少ないな。

 

『後方に飛んで衝撃を減らしたからね。はて? ボタンを見せて』

 

 私は手元のボタンを見せる。

 

『ちょい、これ逆。こっちは殺すモード。逆のボタンを押して』

 

 こっちか。

 

『そっちじゃない』

 

 もう押しちゃったよ。

 

 ドスンと映像から音がした。

 踊り場の下にスケルトンナイトが現れ、階段を上がっていく。

 亜人二人がスケルトンナイト二体に挟まれる形となる。

 

『上のボタンを早く押して』

 

 ボタンを押したら、強く押したためかボタンが潰れてしまった。

 

『あかん。認識されてない』

 

 亜人二人は背中合わせて、上下のスケルトンナイトにそれぞれ向かい合う。

 

『殉職か。この事件を糧にして職場環境の改善が図られることを切に願う。まあ、どうせ復活するんだけどね』

 

 そうだな。

 このダンジョンは作製者の私に準拠されているためか、人がこのダンジョンで死んでも復活する。

 復活する場所は最初の階段前らしい。

 

 あいつらには悪いが、倒されてからスケルトンナイトを止めに下りればいいだろ。

 

『いや、まだわからん。邪魔者が入ってきた』

 

 階段の下から輪っかが現れ、そこからヘンテコな仮面の男が現れた。

 

「お前はフラウダー! やはりワルグチーが関与していたのか!」

 

 前に見たことがあるやつだ。

 ステッキに、長い帽子と印象に残っている。そんな名前だったのか。

 

 フラウダーこと変人は、背中を見せていたスケルトンナイトの足をステッキで打ちつけ、上手く転ばせる。

 

『うーん、バグが多いぞ。クリア階層までを転移可にしたのに、ここまで転移ができるようになってる。しかし、やるもんだ。スケルトンナイトを使役しやがった。しかし、あいつ――』

 

 起き上がったスケルトンナイトは、変人を守るように立っている。

 さらにフラウダーはスケルトンナイトとともに階段を上がっていく。

 

「勘違いも甚だしい。――邪魔ですよ。あなたたちでも、下でならできることがあるでしょう」

 

 変人がステッキで階段の下を指す。

 そこには復活したスケルトンやスライムが近寄っていた。

 

「……任せていいんだな」

「あなたたちこそ、下の掃除くらいはできるのでしょうね」

 

 おお、共闘するようだぞ。

 ワルグチーと魔法少女が手を結ぶ第一歩じゃないか。

 変な奴だが、話はわかる奴だな。

 

『その変な奴なんだけど、アサナの父親だね』

 

 …………は?

 

『いや、スィーアが魔法少女側をスパイしてたように、逆があってもおかしくないでしょ。実際、あの男は魔力がほとんどない。あの仮面がカタリストだ。最初の崩落のときにさ。いくら忙しいにしても娘に連絡一つないのはおかしいと思ってたんだよね。二回目の崩落が起きてから連絡がすぐ取れてたでしょ。あのタイミングでこっちに戻ってきたんだろうね。飾ってあった写真と体型が似てるし、何より留守電の声と奴の声はほぼ同じだよ』

 

 マジかよ。

 将来、アサナもああなるのか。

 

『兆候はある。戦闘中、緊張してるはずなのに、なぜか楽しげに笑うところとか』

 

 そういや、なんか見覚えがある。

 

『母親に似ることを祈ろう』

 

 ほんとそうだな。

 

 

 三人がついにスケルトンナイトを倒した。

 硬貨はアサナ父が手に入れたが、落としたドロップアイテムは衛兵が手に入れた。

 

 ちなみにドロップアイテムは骨の剣と盾のセットある。

 衛兵二人が仲良く剣と盾を分けて持っている。光線と盾、光線と骨剣の組み合わせだ。

 

『おかしいな。セットで装備しないと特殊効果発動しないはずだけど、なんで使えてるんだ』

 

 シュウがそんな声を漏らしたのは、衛兵の一人が盾でスライムを防いだときだった。

 盾がスライムを吸収し、スケルトンナイトと同じスライム盾になっている。

 

『あれがそう。剣のスケルトン特攻は常時発動なんだけど、スライム吸収はセット装備限定のはず。パーティー間で装備してれば発動するのか、これは知らなかった』

 

 私はそんな効果があることさえ知らなかったんだが……。

 

『そりゃ、俺達はあんなの装備する必要がないからね。ただ、厄介なスライムがいるところで装備する熟練者はいるよ。スライム全種に効果があるからね。スライムを吸収すると物理攻撃が無効化できるようになるし、相手をスライム盾で絡め取ることもできる』

 

 知らないことだらけだ。

 普段はギルド製のアイテムくらいしか使わないからな。

 

『それか便利な魔装具くらいだね。強いアイテムもすごい多いんだけどね。上手く使って戦うのはかなり難しい』

 

 超上級ソロのアイテマーがいるよな。

 

『「ボムおじさん」ね。ちょっと攻略の様子を近くで見てみたいね』

 

 三人の即興パーティーはそのまま三層も進んで行く。

 二層から獣型のモンスターが追加されているので進行は遅い。

 

『あの仮面の力がダンジョンでは強すぎるな。強いモンスターが奪われる。しかも、倒すとコインが落ちるから、それを消費して長期戦も戦える』

 

 じっくりではあるが、慎重に進んでいっている。

 動きの鈍重なスケルトンナイトを、途中で文字通り切り捨てて、角の生えた馬のモンスターを使役している。

 三層は長細い通路がメインなので馬を特攻させて蹴散らせているようだな。

 

『悪くない。相手が乱れたところを攻撃すれば良い。――だけど、ここまでだ。こいつは絶対倒せない』

 

 そりゃそうだ。

 二層と三層の階段前にある通路に、その中ボスは鎮座していた。

 

「こちらピーワン。行き止まりだ。どうぞ――了解。引き返す」

 

 三人が引き返そうと後ろを向き、壁が動き始めた。

 すぐに三人は気がついて振り返る。

 壁はピタリと止まった。

 

「……動かなかったか」

「動きましたね」

 

 三人は顔を見合わせ、亜人の一人が板を構えた。

 すでに臨戦態勢である。

 

「三、二、一、――ファイア」

 

 合図と同時に光線が壁に当たった。

 壁は震え始め、四隅に四つの目が現れる。

 

「コンタクト。壁の化物だ。銃が効いていない。後退する」

 

 後ろに引きながら光線を撃つが、残念ながらそれではダメージが通らない。

 壁は平然と男三人に向かって押し寄せていく。

 

『やっぱりこれは初見じゃ難しいよね』

 

 シュウは笑っているが私は笑わない。

 私もかつてこの壁に驚いて逃げた一人である。

 

『「倒せない」のが特徴だからね』

 

 なんとこの中ボス、絶対に倒せない。

 当時、すでに極限級だったシュウの斬撃ですら傷無しで弾いた。

 全ての通常属性の魔法に対して、完全な耐性を持つという恐ろしい壁モンスターである。

 

『今なら真正面からいけると思うけど、耐性封印はしないときついかな』

 

 しかも背中を見せたり、攻撃したりすると押し寄せてくる。

 通称は「押し壁くん」である。

 

 ただ防御に全振りで攻撃はからっきしだ。

 不気味な目の模様が現れて、すごい迫力で寄ってきて怖い。

 知らない奴は私も含めて、そこで驚いて逃げてしまう。

 しかし、攻撃手段は押すだけである。

 

 攻略法も力で押し返すという力業が有効なやつだ。

 ちなみに本来のダンジョンだと、力押しをしても先に進めない。

 一方通行から回廊にいったん引き寄せて、動きを止めてから別の道で奥に進むのが正攻法であった。

 当時の私たちはどうにかして倒そうと躍起になったものである。

 

 これの元のアイテムって普通だと何に使うの?

 

『防火扉とか防犯扉に使われるね。本物よりは強度が落ちるけど、とても信頼性がある。ダンジョン攻略で使う奴もいる。盾にできるから』

 

 さすが特殊ドロップ。

 あれ? 特殊ドロップなのは覚えてるけど、どういう特殊ドロップなんだっけ。

 

『押し壁くんを押して、モンスターを壁に押しつぶして倒す。十体目の撃破で特殊ドロップ』

 

 思い出した。

 冒険者の一人を挟んじゃって問題になったな。

 

 思い出話をしているうちに三人はリタイアした。

 アサナ父は空間魔法で消え、衛兵二人は大人しく入口から帰った。

 

 

 三人の攻略から半日を待たずして、新たな挑戦者が現れた。

 これまた見覚えがある三人組だ。

 

『この世界、ほんとブラックだな』

 

 シュウも引いている。

 

「よし! 行こう、みんな!」

 

 映っている少女たちはこれまた最初に出会った魔法少女たちだった。

 手甲、ブレスレット、ハンドボウと装備している。

 良かった手甲の少女が復活してる。

 

『ハンドボウもね』

 

 三人は、最初の衛兵ほど警戒心がない。

 階段を勢いよく走って行く。

 

『さっき追加した罠を作動させて』

 

 いいの?

 

『うん。警戒心が薄すぎる。油断するとどうなるか教えておいた方が良い』

 

 罠のボタンを軽く押す。

 階段が折りたたまれ、滑り台のようになった。

 隙間から潤滑液も出ているので、踏みとどまることはできないだろう。

 

 案の定、三人は叫び声をあげながら入口まで滑り落ちていく。

 扉にぶつかりそうだったので、開けておいてやると外に飛んで行ってしまった。

 

「ちょっと! 階段に罠はないって話じゃなかった!」

 

 手甲の少女がカンカンになってまた入ってくる。

 潤滑液まみれでちょっと笑える。シュウも笑いをかみ殺していた。

 

「落ち着いてよ。調査の人たちが見逃したトラップを踏んだかもしれないでしょ」

「中途半端な調査しかしてないんじゃないの。言いつけてやるんだから」

『とばっちりを受ける警官たちが可哀相でならない』

 

 ハンドボウの少女になだめられながら、元に戻った階段をまた登り始めた。

 先ほどよりもかなり慎重になっているところに学習の成果が見える。

 同じところの直前で立ち止まって、階段をじっくり見ながら軽く踏みつつ上る。

 

 また押して良い?

 

『いいけど、ちょっと待って。上から四つ目のボタンにしよう。……今!』

 

 ポチッと押した。

 先に上ったブレスレットとハンドボウの階段はそのままである。

 わずかに下にいた手甲の少女の階段から下だけがパタリと閉じた。

 

 一人分の叫び声が下へと消えていく。

 二人が呼びかける名前だけが落ちる少女を追いかけていた。

 

 これ、あれだな。

 おもしろいけど、性格が悪くなりそう。

 お前、こういうの得意だろ。

 

『人並みには』

 

 嘘つけ。ノリノリだっただろ。

 もしもお前が主導でダンジョンを作ったら、私はそこだけは攻略したくない。

 

「どうして私だけ落とされるの!」

 

 すごい勢いで階段を上がってきて、無事だった二人に怒鳴り散らかしている。

 二人に責任はないので、怒る相手を間違えているとしか言えない。

 

 怒られるべきは私たちである。

 でも、全身が潤滑液塗れなので怒られても笑ってしまうかもしれないな。

 さすがにもうやらんぞ。

 

『うん。もう仕込みは終わってるから。後は見とけばいいよ』

 

 仕込み?

 

 さすがは潤滑液塗れでも魔法少女である。

 二層のスライムとスケルトンは物ともしない。サクサク倒していく。

 スケルトンナイトですら削りきっていった。

 

 三層も苦戦はしまいと見ていたが、意外なことに苦戦している。

 なんかモンスターたちが強くないか。遠くからも襲いに行ってる気がするぞ。

 

『階段で使った潤滑液に獣たちの興奮剤が混ざってるんだ。今の潤滑液まみれの彼女たちじゃ突破は難しい。大人しくもうちょっと強い人を呼んできてもらおう。子供の遊び場じゃないんだわ』

 

 それもそうだな。

 

 その後、少女たちは泣きべそをかきながらダンジョンを後にした。

 

 強くなれ。

 強くなってまだ挑んでくるんぞ。

 

 ダンジョンは一皮剥けたお前たちを待っている。

 

 

 

3-E.揺れ動く魔女と拒食の羅刹が現れた

 

 数日ほど攻略パーティーを見ていたが、はっきり言ってもう飽きた。

 

 面白いのは最初だけだな。

 途中からは作業みたいになってしまう。

 やはりダンジョンは自分で攻略する方が面白い。

 

『お。メル姐さんの声に応じて面白そうなのが来たよ』

 

 面白そう?

 

 映像を見ると、久々に見覚えのある姿があった。

 スィーア先輩である。さらにその脇には小さな角付きが付いてきている。

 

 なんか変な組み合わせだな。

 これはどうなんだ。魔法少女とワルグチーの連携ってことになるのか?

 

『ならないと思う。スパイとはぐれものの組み合わせだね。いちおう魔法少女連盟からは魔法少女と、認定生物みたいな扱いだけど』

 

 変な組み合わせだな。

 角付きは来てるのに、アサナは来なかったのか。

 

『まあ、強さが未知数だからね。もしかしたら何かあったのかも』

 

 ……心配だな。

 

『これが終わったら行ってみようか』

 

 そうしよう。

 

 

 スィーアと角付きは口げんかこそしているが、今までで一番順調だ。

 

 普通に両方とも強い。

 攻撃力と防御力が必要な場面では、鎧付きの角付きがこなせる。

 足止めや状態異常といった搦め手では、スィーア先輩がうまくこなしている。

 

『おぉ! 四層を初クリアしたね!』

 

 さすがだなぁ。

 四層からは三層よりもさらに戦闘メインの中級クラスを配置した。

 四層後半でスィーア先輩が魔女化こそしたが、それによりボスを上回った。

 

『二人とも上級は余裕である』

 

 五層は超上級だっけ?

 

『いや、まだ上級だよ』

 

 クリアできそうだな。

 

『無理だね』

 

 でも、かなり強いぞ。

 

『四層は中級の戦闘力だけを測ってる。五層は前半で上級の状態異常耐性、後半とボスで心理耐性を測る。前半はぎりいける』

 

 後半は無理なの?

 

『無理。相性が悪い』

 

 もう戦闘不能になることが前提で話をしている。

 

『できれば、ボスの前に倒れて欲しい』

 

 前半で麻痺や毒といった状態異常を巻き起こすモンスターが設置されている。

 最初こそ苦戦をみせたが、倒し方を覚えて割と余裕な様子だ。

 

『両方とも状態異常に対する耐性が素で高い。それに快復や保護のネイルもすぐに編み出してくるのが素晴らしい』

 

 べた褒めである。

 お前、なんかスィーア先輩に対して甘くないか。

 

『甘いね。認める。だからこそボスにあれを設置した』

 

 は?

 スィーア先輩のためにわざわざボスを決めたのか。甘過ぎだろ。

 で、ここのボスにしたアイテムってなんだっけ?

 

『「汝を測る巻尺」だよ』

 

 …………私が間違ってたようだ。

 お前、スィーア先輩に対して絶対甘くないぞ。

 

 二度と攻略したくないダンジョン、トップスリーのアイテムだな。

 思い出したくもないやつだ。

 

『個人差が大きいからね。最初に試しに挑戦したけど無理で、耐性付けてごり押ししたところだね。メル姐さんともあのダンジョンは相性が最悪だった。過去に傷がある奴ほどきつい。あぁ、やっぱりボスまでたどり着いてしまったか』

 

 二人はすでにモンスターの心理攻撃を受けて、精神的疲労が溜まっているようだ。

 お互いにもう軽口をたたき合うこともない。最悪の状態だな。

 

 先に足を踏み込んだのは角付きだった。

 巻尺が発動し、様子を見たスィーア先輩が一歩下がった。

 

 角付きの胸から、細いヒモが現れる。

 角付きはそのヒモをつつき、恐る恐る引っ張った。

 ヒモは胸からさらに出てきて伸びただけだ。

 

 角付きの隣に見たことのないモンスターが現れる。

 虎のような体躯をしたモンスターだ。

 

 角付きが震え始めて、その場で嘔吐し始めた。

 吐けども吐けども出てくるのはわずかな液だけである。

 

『羅刹の能力を発動するために食った奴だろうね』

 

 角付きはそれ以上ヒモを引っ張ることができなかった。

 その場で倒れ、ボスの能力発動は終了した。

 

 角付きを助けに入ったスィーア先輩に対しても巻尺が発動する。

 スィーア先輩の胸からもヒモが出現した。

 

 引っ張らなきゃいいだけなんだが、無性に引きたくなるんだよな。

 彼女も私と同様だったようで、そのヒモを引っ張ってしまう。

 ヒモが引っ張った分だけ伸びて、彼女の横に人が現れる。

 薄幸そうな女性だな。影が薄いというか。

 

「……ミーア」

 

 スィーア先輩が名前を呼んだ。

 女性の名前だろう。

 

「ねぇ、スィーア。どうしてあのとき助けてくれなかったの」

 

 ミーアと呼ばれた女の腕がパキリと変な方向に曲がった。

 

「スィーア。私、ずっと痛くて、助けを呼んでたんだよ。聞こえなかったの?」

 

 腕の次は足だ。

 手と足の爪が剥がれ、血が流れていく。

 

「どうして黙っているの。スィーア、背中の羽は何なの? ねぇ、答えてよ? あなた――ワルグチーなの」

 

 女の首は折れ、それでもスィーアを見つめている。

 

「ねぇ、答えてよ。――スィーア」

「わ、私は……」

 

 答えることはできなかった。

 ミーアと呼ばれた女は消えてしまう。

 

 あの、これってほぼ過去の再現でしょ。

 ちょっと重すぎない?

 

『ちょっと俺の予想を超えてた。同じくらいの年齢の子に石を投げられてたくらいかと思ってた。今のは魔法少女だったから、スパイとして魔法少女側に侵入したときできた仲間をワルグチーに売ったか、見捨てた光景だろうね。友達だったのかもしれない』

 

 前も聞いた気がするんだけど、これってどうやって攻略するの。

 無理じゃないか。

 

『人によっては無理。悪夢を連続して見るようなものだからね。攻略するなら概ね三パターン。一つ目は忘れ去る。恐ろしいほどの自己防衛パターン。二つ目は自らトラウマを克服すること。自分自身を逞しく成長させるパターン。慣れとも言う。三つ目は支えてくれる人や仲間を意識すること。自分自身を支えてくれる人もまた自分の中に入れこむパターン』

 

 けっこうあるが、どれも難しそうだな。

 

『併用もできるけど、まだ難しそうだね。ここまでだ』

 

 なんか泣きながら謝り続けてるからな。

 

『ボタンの一番下から二番目を押して』

 

 はいはい。

 押すと、部屋にガスが発生した。

 そのまま意識を失い、地面に倒れた。

 回収班がスィーア先輩と角付きを運んでいく。

 

『ちなみに、一番確実な攻略法は精神攻撃耐性を付けること。メル姐さんがそれ。でも、これはクリアしたとは言えない』

 

 そうかもな。

 それよりもここのボスは変えた方がいいんじゃないか。

 

『ダメ。弱点や脛に傷はあってもいいけど、それを乗り超えてくる奴か防ぐ奴じゃないとラスボスへの挑戦権は与えない』

 

 残り二十日と数日のはずだが、ここまで来られる奴がいるのか不安になってきた。

 

 

 

 夜になり、ダンジョンからこっそり出てアサナの家に向かう。

 

 真っ暗だな。

 まだ起きていても良い時間のはずだが、アサナの家に明かりはついていない。

 輪番停電だかがされているため、区域ごとにエネルギーが使えない時間があるとは聞いているが、周囲の家はまだ明かりが灯っている。

 

 植木鉢の下に隠してある鍵を使ってお邪魔する。靴はあるな。

 リビングには角付きが仰向けになって寝ていた。

 いびきをかいて、鼻から泡が出ている。

 

 こいつ、昼はゲーゲー吐いていたのに、今は元気そうに寝てるな。

 

「ごはん……」

 

 なぜか、むかついたので蹴って光にしてやった。

 

『ひどい。あんまりだ。で、アサナはやっぱり体調が悪いみたいだね。ご飯を作ってる跡もないし、洗濯機を回した様子もない』

 

 良くないな。

 

 アサナの部屋を静かに開けると、彼女は眠っていた。

 

『――うん、ただの風邪だね。薬は飲んでるみたいだから、寝てれば治るよ』

 

 寝てれば治るだろうが、少しは症状を軽くしてやれないか。

 

『薬ね。過保護すぎるけど、都合はいいか。「薬」番地の「ジ」の欄から赤い瓶を取って』

 

 これだな。

 

「ん……、お母さん」

 

 どうやら夢を見ているようだ。

 しばらく側にいてやろう。

 

「……メルお姉さん」

 

 どうやらベッドの近くに座った音で起こしてしまったらしい。

 

 そうだ。私だ。

 起こしてしまったな。

 

「メルお姉さんが、ダンジョンを作ったの?」

 

 言葉がゆっくりとしすぎていて、質問だと理解するのに少し時間がかかった。

 顔と声は隠していたつもりだったが、やっぱりバレていたか。

 

 ああ、そのとおりだ。

 私がダンジョンを作った。

 

「世界の敵だって、言われてるよ。違うよね」

 

 世界の敵?

 ああ、映像のやつだとそう言われてるな。

 しかし、やってることから判断すれば、間違ってはいないんじゃないか。

 

「魔法少女とも戦うの?」

 

 そうなるな。

 実際にダンジョンで戦ってるな。間接的にだが。

 

「ワルグチーとも?」

 

 そうだ。

 最近はかなり強いのも挑んでくるようになったぞ。

 最近はな、あの変な帽子の――

 

『その話はいらない。彼も彼の平和のために戦ってる。まあ、もっと足下に目を向けるべきだけど。とにかく、彼については黙ってて』

 

 たくさんの奴らが私のダンジョンに挑んで来る。

 

「私、みんなで仲良くしたい」

 

 そうだな。

 お前のその言葉を受けて作ったダンジョンだ。

 魔法少女とワルグチーもそろそろ手を取り合う頃とシュウも言っている。

 

「メルお姉さんも一緒だよ。みんなで仲良くしたい」

 

 ……お前は、優しいな。

 私のことまで考えてくれてるなんて。

 

 しかし、お前は誤解しているぞ。

 

 なるほど私は世界の敵だろう。

 魔法少女ともワルグチー、一般人も私の敵なのだろう。

 

 私は敵と戦う。

 魔法少女とも、ワルグチーとも、一般の奴らとも。

 外で戦えば仲が良いとは言えない。だが、敵として戦うのはダンジョンでだ。

 

 お前はまだ挑んでないからわからんだろうな。

 とにかく、体調をきちんと治してから挑んでこい。

 ダンジョンではお前も私の敵だ。全力で相手をしてやる。

 楽しいぞ。みんな仲良くできる。

 

 ダンジョンだからこそ――。

 お前は魔法少女で、私は冒険者――。

 私たちは敵同士で、戦いあって、それでもみんな仲良くできるんだ。

 

「私、頭がよくないからよくわからないよ」

『大丈夫。俺もよくわからない』

 

 今はゆっくり休めということだ。

 薬を置いとくから飲んどけ。すごく効くやつだからな。

 だよな?

 

『効き目は保証する。起きたらすぐに動けるようになる。副作用はあるけどね』

 

 待て。

 最後にボソッと付け加えるな。

 副作用があるとか聞いてないぞ。ちゃんとどうなるか言って。

 

『個人差はあるけど、五日から十日ほど、魔力切れが起きやすくなる。まあ、その期間は魔法少女になるのは控えるべきだね』

 

 なんだ思ったよりも軽いな。

 シュウの言葉をアサナに伝えると、小さく笑い始めた。

 

「メルお姉さんは、やっぱり優しいね。私たち、敵同士じゃないの?」

 

 敵……、敵ね。言葉が良くないんだな。

 挑戦者と言い換えよう。挑戦者を大切にするのがダンジョンというものだ。たぶん。

 私もダンジョン側になることはあまりないからなぁ。てきとう言ってる。

 

「もうちょっとだけ、このままで」

 

 ベッドの端から手を伸ばしてくるので、握り返してやる。

 

「……お母さん」

 

 私はお前のお母さんじゃない。

 ――と言い返しはしてみたが、すでに眠りに落ちていた。

 

 手を放してもらったところで部屋から出て、そのまま出口に向かう。

 

「あ、テメェいたのか! おいらが――」

 

 黙ってろ。

 アサナが寝たところだろうが。

 

 珍獣を蹴って消滅させ静かにさせる。

 

 こうして静かな夜の中、私はダンジョンへ戻った。

 

 

 

4-E.ワルグチーと魔法少女が現れた

 

 半月が経ち、挑戦者がかなり増えてきた。

 ときどき出かけて留守にしているが、その間に五層までたどり着いている奴もいる。

 

 ダンジョンの罠やモンスターの配置も増やした。

 攻略も最初は一グループずつとかだったのに、複数グループでの攻略も見られる。

 それに伴い、部屋の映像の数も増やしたのでもはや訳がわからない。

 

 魔法少女側も、ワルグチー側も大多数での攻略が一度だけあったのだが、やはり返り討ちにあう。

 第五層が大きな壁となり、第六層にたどり着いたのはほんの一握りだ。

 そのほんの一握りも第六層で、撤退を余儀なくされる。

 

 六層からは超上級ではあるが、全てボス戦だけで構成されている。

 六層は超上級、七層はほぼ極限級。最後の八層にいるのがこの私である。

 

『おっ、やっと来たか』

 

 五層の映像に変化が見られた。

 輪っかが現れ、見覚えのある大きな巨体が出てきた。

 それにお供も引き連れている。

 

 五層ボスの巻尺もあっさり引き抜く。

 お供が精神攻撃の耐性を付与しているようだな。

 魔法少女側はこの巻尺への対策ができないのかここを突破ができていない。

 

『まさか隠し空間からも硬貨が奪われるとは思ってなかっただろうね。さらには自分たちすらも硬貨として判定されるなんて夢にも思わなかっただろう』

 

 魔法少女側はエネルギー源が奪われ、時間が経つごとに危機が迫る。

 一方の、ワルグチー側は自前の魔力があるので、最悪エネルギー源がなくても問題ない。

 エネルギー源を失った魔法少女を駆逐してからここに挑んでも良いし、隠し空間にさっさと引っ込んでも良い。

 ――と考えていたのだろう。

 甘かった。

 

 この城は硬貨を世界から奪う。

 奪うのは硬貨のみでなく、硬貨を直にエネルギー源とした存在も対象にするとか。

 理屈は知らんが、すなわちワルグチーは硬貨にされる。おそらくいくつかの仲間が、硬貨に変えられ、この城に貯蔵されてしまったはずだ。

 さらに隠し空間すら世界の一部として判定されるため、空間魔法の先からさえも硬貨を奪っていく。

 

 この城は、一ヶ月後に全てのワルグチーをコインに替えて吸収し、人間たちからは全てのエネルギー源を奪い尽くす。

 本当にこの世界を滅ぼしかねない迷惑極まりない城になったのだ。

 

『さて、六層だな。拝見させていただこう』

 

 ボスと、そのお供数体が階段を上り、第六層に足を踏み入れた。

 

 六層に立っているのは男が一人。

 体の右半分にひどい火傷を負った、肌黒の男である。

 

『うーん。このメンツで勝てるビジョンが見えない』

 

 そうね。

 黒竜のドロップアイテムから作り出してもらった六層のボスだ。

 極限級ではないかと思ったが、人間形態時の特殊ドロップなので、それほどではないそうだ。

 まあ、私が不意打ちの一突きで倒せるくらいだったからな。

 

 しかし、私はこの黒竜のアイテムを使った気がするんだよな。

 

『どこで?』

 

 いや、思い出せないし使ってたら残ってないから記憶違いだとはわかる。

 でもなぜかしっくりこない。ここと同様にセットで使ったような……。うーむ。

 

『幻想だよ。それよりあの黒竜だ。前回みたいに待ち状態なしの全力に加えて、トラップ利用もありだから。普通の状態のメル姐さんだと相性がとてつもなく悪い。彼らも容易には勝てない。技がどうこう以前に、能力が単純に足りてない』

 

 要するにそれくらい強い。

 実際に、ボスらの直接攻撃もあっさり反撃している。

 遠距離から攻撃をしようにもフロア中に仕掛けてあるトラップを自発的に発動させることでワルグチーを動かし、まともに攻撃をさせていない。

 

 やっぱり身体能力が違いすぎるのだろう。

 ボスたちが距離を詰められて焦っているように見える。

 

『まだまだ力を出し切ってないよ。今のは単なる技術だ。止まった状態から、いっきにトップスピードに持っていって、緩急で相手の感覚を狂わせてる。正面からだと瞬間移動みたいに見えるはず。それにあの接近戦だから』

 

 遠くで見ている私は何が起きてるのかさっぱりわからない。

 おそらく近くでやられている方はもっとわからないのではないだろうか。

 体格差や体の構造を無視して、ワルグチーどもが投げ飛ばされている。

 攻撃を仕掛けたはずが飛ばされたり、盾として使われる始末だ。

 

『しかも極めつけがあれだからね』

 

 ああ……、あれね。

 私もよくお世話になってるやつな。

 

 ワルグチーの一体が、大きな腕を黒竜に向けた。

 何もしていない奴だと思ったが、どうもエネルギーを溜めていたようだ。

 

 ボスのやれという声で、腕から極太の熱線が走る。

 黒竜はそれを軽く回避したが、そこはボスの腕の見せどころ。

 

 熱線の先に輪っかを作り、もう片方の輪っかを黒竜の背後に作る。

 輪っかから輪っかへと熱線を潜らせて当てる仕組みだ。

 

 しかし――、黒竜の手が一部だけ人間のものから獣らしきものに変わる。

 その黒い腕に熱線どころ、他の全てが吸い込まれる。

 

 景色が戻り、一同が唖然としている中で黒竜だけが動き、ボスたちに攻撃を加える。

 彼らは光になって消え去ってしまった。

 

 

 無理じゃないの、これ。

 どうやって倒すんだ。

 

『こいつについて言えば、倒されることをほぼ想定してない。撃破の難易度だけなら七層よりずっと難しい。まだ切り札も残ってるしね。こいつの役割は足止めと警告。別に倒さなくても上にいける。階段も普通に見えてるし、そこにトラップは仕掛けてない。ただ、上にはもっと強いのがいるぞって思わせるのと、少人数で挑むとこいつに数を奪われて上で戦いにならなくなることを知らせる役目』

 

 ということは、そろそろってことだな。

 

『そうだろうね。魔法少女もワルグチーも互いに切羽詰まってきてる。そろそろ手を取り合うんじゃない。そうしないと滅亡だから。さあ、読書の続きをしよう』

 

 上層の挑戦者も消えたところで読書に戻る。

 一層から順次回収されていく本をシュウが読んでいる。

 

 気になることがわかるまでもうちょっとだそうだ。

 

 こいつに気になることがあるように、私にも気になることある。

 第六層のボスが超上級に相応しいことはわかるのだが、第七層のボスがわからない。

 シュウが言うにはほぼ極限級らしいのだが、どうしてあのアイテムが私の直前なのかが不明だ。

 

 早く挑戦者に来てもらい、その答えを示してもらいたい。

 

 

 

 数日後、ついに魔法少女とワルグチーがやってきた。

 

 やってきたというか、五層のボス前で鉢合っただけとも言う。

 

『偶然ではないね。スパイがお互いにいるんだ。会うように調整できるでしょ』

 

 何はともあれ、角付き、スィーア先輩、おっさん魔法少女、仮面の男、ボスたちが一同に揃った。

 

『情報交換はしてるね』

 

 良い傾向だ。

 

『そうね。まあ、半分を足止めにして六層を通過してくるでしょう』

 

 おお。

 どんどん近寄ってくるな。

 

 大人数のパーティーがいよいよ六層に踏み込んだ。

 おっさん魔法少女の一部や仮面男、ボスの取り巻き数体らが六層で黒竜の足止めをし、残った奴らが七層に走った。

 黒竜も通過していく奴をわざわざ追撃しようとしない。

 戦う意志のある奴だけを相手にする。

 

 

 そして、私を除けば最後の砦――第七層だ。

 

 七層へと踏み込んだ奴らの前に置かれているのは一枚の姿見である。

 カースス山にある初級ダンジョン――水鏡洞穴スペクルムで手に入ったものだ。

 

 いちおう特殊ドロップではある。

 未だに入手方法が確立されていないアンノウンアイテムだ。

 しかし、これがどうしてほぼ極限級としてこの階層に置かれているのかわからない。

 

『見ておけばわかるよ。彼らにはちゃんとダンジョンを攻略してもらう』

 

 いや、もうしてるじゃん。

 

『仮にだけど、ここをメル姐さんが攻略してて楽しい?』

 

 そりゃ楽しいだろうけど、ちょっと物足りなさを感じるかもしれないな。

 なんだろう……。前にもこういうダンジョンに挑んだな。

 あれと同じなんだが上手く言葉にできない。

 

『そう。最高の合成こそすれど、しょせんこのダンジョンは作り物なんだ。人工物特有の臭いがどこか鼻につく。歴史もなく、統一感もなく、ただ強そうな駒をそれらしく並べただけの箱庭。――だからこそ彼らには限りなく天然に近いダンジョンを体験してもらう。難易度がほぼ極限級なんじゃない。現象がほぼ極限級なんだ』

 

 あのアイテムでそんなことができるのか。

 たかだか初級ダンジョンの特殊ドロップアイテムだぞ。

 

『大切なのは難易度やら、特殊かやらじゃない。それが何かであり、自分が何なのかだ。アイテム名は覚えてる?』

 

 なんだったか。

 たしか、

 

 ――“カーススの鑑”?

 

 フロアの真ん中に置かれた鏡がどろりと床へ溶けていき、溶けた鏡が床へ、壁へ、天井へと広がる。

 そこに映るのは、かつて見た山の景色とそっくりだ。まぁ、山なんてどれも似たような景色なんだがな。

 

 景色はどこまでも広がり、まるで部屋がそのまま外になってしまったようだった。

 

 

 

5-E.異世界のダンジョンが現れた

 

 何これ?

 どうなってるんだ?

 おかしくないか、これ部屋の中なの?

 

『違うよ。第八層はカースス山になった』

 

 は?

 

『八層はカースス山になった。彼らが挑むのはカーススそのものだ』

 

 何それ?

 どういうこと?

 

「珍しい姿の方々ですね」

『……ん? あれ?』

 

 私と同様に慌てふためいているスィーアやボスの前に、青い髪の少女が現れる。

 

「ここはどこだ? お前は何者だ?」

 

 魔法少女のおっさんが少女に武器を突きつけて問う。

 

 この少女、覚えてるぞ。

 赤い髪の子と双子だった奴だろ。

 赤い子には懐かれてたが、こっちには毛嫌いされてた。

 毛嫌いされてる割には、やたら何度も声をかけられたから余計印象に残ってる。

 

「貴方は人にものを尋ねるに際し、己が何ものか示すこともなく、武力を以て行使なされるのですか? 礼節をわきまえなさい」

 

 少女は怯みや脅えも一切無しで、ぴしゃりと言ってのけた。

 これにはおっさんもたじろいだ。武器を持たない、自らの娘ほど歳の離れた少女に真っ向から批判されたのだから。

 

「失礼した。不躾であった」

 

 おっさんは赤面しつつ武器を引き、自己紹介をする。

 他の奴らも渋々といった体で自らを簡潔に伝えた。

 

「わたくしはリムニ伯が孫娘、双子の妹――ザフィリです。ザムルング商会、ケオラヴァ支部の支部長も務めております。よしなに」

 

 えっ、あいつ、そうだったの?

 伯爵の孫娘ってのは知ってたが、何とか商会の支部長ってのは初耳だ。

 

『んー、そうみたいね-』

 

 私が行ったときに何とか商会はなかったはずだ。

 ギルドに入れずダンジョンの地図がなかなか見つからなくて困った記憶がある。

 それで魔術ギルドへ行って、学者っぽくない学者に会ったんだよな。一緒にダンジョンも行ったからよく覚えてる。名前以外はだが……。

 

 支部長になったのは、攻略後の話なんだろうな。

 珍しいな。あの商会の支部長ってだいたい変な能力とか持ってるじゃん。

 あいつはただのガキだろ。

 

『そうだね。あの子はただのツンデレちゃんだからね』

「聞こえていますからね」

 

 なぁ、今、気のせいか?

 こちらを見てきた気がするぞ。

 

『はは、気のせいに決まってるじゃん。とりま、成り行きをみておこう。……嘘だろ。これ、仮想じゃなくて本当に繋がってるの? 限定空間の接続? 効果がぶっ飛んでるな』

 

 シュウも何かぶつぶつと呟いている。

 こういうのは想定外のことが起きている状態だ。

 

 発動する前は、何もかもをわかった様子で語ってたけど大丈夫なのか、これ?

 

『わからん』

 

 わからんって、お前。

 「それが何かで、自分が何かが大切」だかと、自信満々に抜かしてただろ。

 

『そんなことを言ったかもしれない。俺としてはカーススで一緒にハイキングでもして、どっかのダンジョンに彼らが一緒に挑んで、仲良くなって、時間を潰してくれればいいなくらいに思ってたけど、どうなるかわからなくなってきた』

 

 シュウも胡乱な様子である。

 発動してしまったものは仕方ない。

 ひとまず成り行きを見守るとしよう。

 

『せやな。前向きに行こうぜ』

 

 あちらも魔法少女のおっさんや、ボスたちが彼らの世界の現状を語っている。

 さらに、自分たちがどういう経緯でやってきたのかも話す。

 ザフィリはそれを真剣に聞き取っていた。

 

「あなたたちの身の上は理解いたしました。わたくしが為すべきことは何もありませんね。それでは失礼」

 

 ザフィリは優雅に一礼して去っていく。

 

 …………すげぇな。

 諦めの早さと退き際の潔さに誰も反応できなかったぞ。

 

 一拍以上開けてから、魔法少女のおっさんたちが追いかけていった。

 

「待ってくれ! 何か、その、ないのか?!」

「わかることはあります。しかし、それらはあなたがたの問題で、あなたがたが解決すべきことです」

 

 すげない対応と感じつつも、それもそうだなと頷く自分もいる。

 ザフィリは無関係だ。ここにいる人物じゃない。

 

「頼む。わかることだけでも教えてくれ」

「あなた方が『災厄の使徒』で『世界の敵』と呼ぶ存在は、まさしく名の通りです。ここにも災厄をもたらし、我々の敵として君臨しました」

 

 おっさんとボスの顔色が悪くなっている中、スィーア先輩が思いついたように声をかけた。

 

「あなたたちは無事だったの?」

「無事……、無事とは言えませんでしたね」

 

 私、何かしたか?

 当時から疑問だったんだよ。

 何かこいつにはひどいことされたように恨まれてる気がする。

 

「でも、今は普通に出歩いているように見えるけど」

「はい。問題が解決しましたから」

 

 あっけらかんとザフィリは告げた。

 

「災厄をやり過ごしたってこと?」

「違います」

「……災厄と対峙して勝ったということ?」

「違います」

 

 「訳わかんねぇよ」と角付きがツバを吐いた。

 そういやこいつもいたなと思い出す。

 

「最初こそわたくしたちは災厄と戦いました。あなた方と同じです。迎撃し、惨敗いたしました。斬られ、その後はバラバラのボロボロにまでされました。跡形がないほどに」

 

 あれ? なんだ、これもしかして別人の話か。

 私たちのことじゃないな。さすがにそこまでやったら覚えてる。

 

「それで、そんな状況になって、あなたたちはどうしたというんだ?」

「どうもできませんよ。あなたたちはできたんですか?」

「……いや。何もできなかった。災厄のなすがままだ」

 

 ザフィリも簡素に愛想なく頷く。

 

「なるほど。状況とそれに至る流れがようやく把握できました。それであなたがたはダンジョンに挑んでいるのですね?」

 

 他の全員が頷いた。

 

「挑んでどうなさるんですか?」

「災厄を倒す」

 

 ザフィリは、ここで初めてクスリと笑った。

 

「我々では無理だと言いたいのだろう」

「いえ、そうではありません。倒せば問題が解決するのか、と言いたいのです。その後はどうなります?」

 

 全員が言葉を詰まらせる。

 シュウは殺し合いが再開するとか言ってた気がするな。

 

「失礼しました。わたくしたちが『どうやって問題を解決したのか』でしたね。簡単です。わたくしたちの問題は、災厄その人ではなく、まったく別のところにありました。災厄はわたくしたちをボロボロにしましたが、問題を浮き彫りにもしました。あまつさえ、災厄は力のないわたくしに寄り添い、問題解決の助力もしてくれました」

 

 彼女はそう言って、指を押さえた。

 その指には銀色のパーティーリングが嵌まっている。

 

「あなたがたの問題も、災厄その人ではなく、別のところにあるように見えます。あの災厄がダンジョンを攻略するのではなく、わざわざ作ったというのも、あなたがたの問題を浮き彫りにするためでしょう。まったく甘いのか、厳しいのか」

 

 首をわざとらしく横に小さく振ってみせる。

 

「やはり、わたくしが為すべきことはありません。それらは『あなたがたの問題で、あなたがたが解決すべきこと』なのですから。まずは問題の見直しからされてはいかがでしょうか。僭越ながら、力とは、敵を倒すときだけでなく、自らの足を踏み出させる際にも必要となるものです。――失礼」

 

 ザフィリは背を見せて去って行く。

 その背を追う者はいない。

 

『さっすがザフィリちゃん! 俺の言いたいことを、ほぼ全ッ部言ってくれたね!』

 

 ぜってぇ嘘だろ。ほんと調子が良い奴。

 ザフィリも顔を半分だけ振り向いてこっちを睨んでいるように見える。

 

 あいつ、やっぱりお前の声が聞こえてない?

 

 ただ、奴らにも、私のやろうとしていることが伝わった気がする。

 これで奴らが問題を見つめ直してくれれば御の字だな。

 

『問題を見つめ直して御の字? どうなるっていうの?』

 

 そりゃ、手を組んで仲良く私に挑んでくるでしょ。

 

『あぁあぁ、そうだね。それでみんな手に手を取り合って仲良しこよしってわけだ』

 

 だろ!

 魔法少女とワルグチーが仲良くやっていけるわけだ。

 

『めでたい頭だ。お正月かよ。――問題をもっかい見直した方が良いよ』

 

 えっ?

 

『彼らも帰りそうだし、読書に戻るね』

 

 彼らの仲が悪いことが問題なんだろ。

 仲良くさせるためにダンジョンを作って挑ませてる。

 

 シュウはゲラゲラと耳障りな声で笑って、読書に戻った。

 ページめくりのために作ったモンスターがページをぱらぱらとめくっていく。

 

 どうも答えるつもりはないらしい。

 

 ちなみに部屋に戻った奴らは、上がってきた六層のボスにやられて、強制的にダンジョンから退場させられることとあいなった。

 

 

 

6-E.三人の勇士が現れた

 

 世界が停止するまで、残り数日となった。

 

 未だにダンジョンの六層と七層は突破されていない。

 七層には達するが、ひたすら山の中を駆けずり回されて時間を無駄にする。

 

 ダンジョンの扉が開き、見覚えのある姿が見えた。

 アサナである。他のちびっ子魔法少女や先輩に角付き、おっさんも一緒だな。

 風邪は治り、体調は万全のようだ。

 

『ついに来たか。時間はぎりぎりセーフだな。――先に言っとく。今までの有象無象とあいつは一緒にしちゃいけない。極限級のボスだと思って。間違いなくここにやってくるよ』

 

 えっ、そんなに。

 

『当たり前でしょ。あの杖とエネルギーさえあれば、世界が三つは楽に手に入るよ』

 

 なんでそんな杖を子供に与えちゃうの?

 ……ああ、私が原因なんだっけ。

 

『記憶、ヨシ!』

 

 なんか腹立つ言い方だな。

 良しのはずなのに、駄目と言われてる気がするぞ。

 

 まあ、アサナたちがここにどうやってたどり着くのか高みの見物といこうか。

 

 

 そのアサナが、攻略早々にブレスレットの少女に力を与えたようである。

 まだ最初の階段すら上っていないんだが、そうとうやる気に満ちているな。

 

『……下がった方が良い』

 

 うん?

 あそこにはトラップなんかないだろ。

 

『違う。あいつらに言ったんじゃない。メル姐さんに言ってるの。あいつら、ぶち抜く気だ』

 

 ブレスレットの少女が上に向かって手を伸ばす。

 

 映像がプツンと途切れ、衝撃がやってきた。

 振動が収まり、映像を見ると、また少女が腕を上に伸ばすところだった。

 

 さらに大きな振動が襲い、部屋の一画から光が立ち上った。

 光が収まると、床には大きな穴が開き、天井からも日の光が射している。

 

 映像に目を戻すと、魔法少女たちの姿は見えない。

 

「できた!」

 

 床にできた穴から、アサナとその仲間たちが私の前に飛んで現れる。

 

『「できた!」じゃねぇよ。もうちょっと様式美ってもんを考えようや』

 

 私も思わず頭を抱える。

 ほぼ何でもありのダンジョン攻略で、これだけはやっちゃ駄目という攻略法が実はある。

 

 ずばりダンジョンの大規模な破壊である。

 

 ワンフロアを吹き飛ばしたくらいなら、ギルドからのお叱りで済む。

 時間が経てば、ダンジョンの回復作用で元の状態に大抵は戻ってくれるからだ。

 

 問題は数フロアにまで影響を与え、致命的な損傷をダンジョンに負わせてしまった場合だ。

 ダンジョンの構造を変えてしまうことになり、モンスターが出なくなったり、最悪の場合はダンジョン自体が消滅する。

 ダンジョンでもっともやってはいけないこととして公然のルールとなっている。

 

 もしもやってしまうと冒険者証の剥奪では済まない。

 損害賠償は当然として、公開処刑まである。実行者の家族にまでその罪は及ぶ。

 

 大半の冒険者は当然の如く把握している。

 そもそも、数フロアに影響を及ぼす魔法やらアイテムは使う人間が限られている。

 そういう奴らはギルドから呼び出されて釘を刺される。私も何度か呼ばれたことがある。

 

 ちなみに私は警告を受けているにもかかわらず、何度か大規模な破壊をやった。

 まだダンジョンになりかけだったことと、破壊により新たなダンジョン構成が形成されたということで厳重注意とそこそこの損害賠償で済んだ。

 他にも諸々と事情があったのだが、それは当事者と私だけの話で公にはされていない。

 私もそれくらいの事情がないと大規模な破壊はさすがにしない。

 何でもありと豪語する私ですらしない行為なのだ。

 

『いくつかの守られるべきルールに縛られた環境は創造的であり、その制限された中にこそ各人の自由が存在しうる、だったかな……。まぁ、この世界の奴らはそんなダンジョンルールとか知ったことじゃない。ギルドもないし、火急の際でもあるから手段とか選ばない。外側からは頑丈にしたけど、内側も頑丈にすべきだったな』

 

 次があるならそうしよう。

 

 それより、こいつらはアサナの杖から援護を受けるとしたら強いんじゃないか。

 

『あの杖が本気で戦ってくるなら勝ち目なんてほぼないよ。こっちのやろうとしてることは全部わかってるだろうから、そこそこの力で援護するくらいでしょう。こちらもほどほどに戦えば良い。殺し合うことが目的じゃないからね』

 

 そうだな、戦いを通じて奴らが仲良くならないと意味がない。

 ……はて、仲良くしてもらいたいのだが、ボスやそのお供がいないな。

 ほぼ魔法少女だけだ。角付きだけがおまけ程度についてきてる。

 

『ポチ以外は硬貨になって、ここに貯蔵されてるでしょ。あいつは硬貨をあんまり摂取してないから硬貨になかなかならないね』

 

 ああ、そうか。

 そうだったんだな。

 …………大問題じゃないか!

 

 あいつらを仲良くさせるためにダンジョンを作ったのに、そのダンジョンのせいで仲良くする相手が消えてしまった。

 本末転倒だ。

 

『なんで今さらそんなこと言ってるの?』

 

 今さら気づいたからだよ。

 

『えぇ……。ここ数日はワルグチーの攻略がなかったでしょうに。まあ、後にしよう。来るよ』

 

 やってきたのは四人だけだ。

 アサナと、仲良し三人組の魔法少女である。

 おっさんと先輩、角付きがいないぞ。

 

『六層のボスに捕まったかな。杖の援護ありなら勝つかもしれないな』

 

 私はそっちの戦いの方が気になるんだが。

 一緒に映像を見ようと誘ったら、見てくれないものか。

 駄目そうだな、こっちに武器を構えてやる気満々だ。

 

「あなたが災厄だったのね!」

 

 そうなるのかな。

 

 ブレスレットの少女の問いに、おざなりに答える。

 

「あなたを倒して世界に平和を取り戻す!」

 

 ハンドボウの少女が声たかだかに宣言した。

 

「今日までの仕打ちの報いを受けろ!」

 

 手甲の少女だけ明らかに他の二人と違う。

 ごめんね。ダンジョンに挑む度にトラップの実験台にしちゃって……。

 

 でも、こいつらは本当に強くもなったな。

 何度も挑み、四層を自力で突破したときは私も思わず席を立って叫んだくらいだ。

 

『あつい戦いだったよねぇ。ちゃあんと映像は撮ってある。全て終わったらドキュメンタリーにして局へ送りつけよう』

 

 うむ。

 そうしてやってくれ、あの感動は多くの人と共有されるべきものだ。

 

「メルお姉さん」

 

 久々だな。

 体調は万全に見えるが、間違いないか?

 

「うん」

 

 よし、じゃあやるか。

 

「先手必勝! 食らえっ! 私のこの必殺の一撃を!」

 

 手甲少女がいきなり特攻してくる。

 いったい今までのダンジョン攻略で何を学んでいたのか。

 五層最初のモンスターにあっさりとやられた経験がまったくいかされていない。

 

「駄目!」

 

 仲間たちの警告も遅いというもの。

 案の定、能力半減の領域に入り、スピードを落とした。

 倒れこそしなかったが、足がひっかかったようで前のめりになって突撃してくる。

 

 あまりにも間抜けだったので支えてやろうと手を出したら、攻撃と勘違いしたようで回避した。

 

『あ』

 あ。

「んぁ!」

 

 問題は回避先である。よろけたことと、能力が下がっていることで、鼻から私の膝にぶつかってしまった。

 

『うーん、本当に何の策もなしに襲いかかってくるとは……』

 

 手甲の少女は鼻を押さえ、涙目になりつつ後退していく。

 鼻血がポタポタ落ちてと床に歪な赤の円を作る。

 

 アサナが、私と少女たちを心配な顔つきで交互に見てきた。

 治療してやってと指で軽く示すと、わかってくれたようでハンカチを出した。

 いや、杖で治療した方が早いんじゃないの。

 

『魔法ですぐ治療したら身につかないでしょ。アサナの強化魔法が強すぎるんだろうね。天井をぶち抜いて、空を飛ぶかのような跳躍までできちゃうから。万能感に支配されてたのかも。まあ、頭に上った血も鼻から出て、少しは冷静になるんじゃないかな』

 

 戦闘開始から一瞬で治療タイムに入り、なんだか気が抜けてしまった。

 椅子も貸してやり、私は距離を開け、六層ボスとスィーア先輩たちの戦いを見ている。

 

 激戦であった。

 強化の魔法が効いているのか、あの黒竜に対し、三人で戦いになっている。

 

 手甲少女の治療の方は落ち着いたようで、反省会が始まっていた。

 ハンドボウとブレスレットの少女が手甲の少女を注意している。

 「私たちチームだよね。どうして一人で突っ込んだの」などと詰められ、アサナが間に入るくらいだ。

 手甲の少女はぐすぐすと泣きながら三人に謝っていた。

 

 謎の罪悪感が私を襲う。

 これ、そういう攻撃なのか。地味に効くぞ。

 

 戦う前から相手の方が意気消沈している。

 これなら他の奴と戦った方がいいんじゃないか。

 ……というか、なんでこいつらが来たの。人選ミスじゃない?

 

『もう硬貨がほとんど残ってないんだと思う。アサナは仕方ないとして、他の高出力のカタリストを使ってる奴は出られない。費用対効果で考えて、こいつらが選ばれたのかな。人選ミスはそのとおりだと思う』

 

 こいつらはそうだろうが、下におっさんがいるぞ。

 

『おっさんのカタリストが自己強化型だった。アサナの強化をメインにして、自分の強化を補助にすればほとんど消費がない。スィーア先輩も自前の魔力で戦えるし、角付きは言わずもがな』

 

 力を抑えてあの戦いなのか。

 

『まだまだ序盤だね。互いに相手の出方を見てる。六層ボスと戦ってるパーティーがメインで、ボスを倒すまでの時間稼ぎをこいつらするって作戦なら成功してる』

 

 ほぉ、なるほどな。

 これは時間稼ぎの作戦か、……違うんじゃない?

 シュウも「そうね」と、言葉短く時間稼ぎの可能性を否定した。

 

『パイセンたちが時間稼ぎで、彼女たちが俺達を速攻で倒す作戦のはず。世界の命運をかけるには荷が勝ちすぎてるね。プレッシャーに負けてる』

 

 そんな彼女たちはついに戦闘そっちのけで口論をし始めた。

 なじられていた手甲の少女の我慢が限界を迎え、泣いて反論し始めたようだ。

 お互いの悪い点をぶつけあい、もはや聞いてられないし、文字通り目も当てられない。

 

「メルお姉さん……」

 

 アサナも困り果ててこちらに助けを求めてきた。

 

 仲裁を期待しているなら私には無理だ。

 過去に何度かよかれと思って、仲裁をしたが失敗しかない。

 ああいうのは言いたいだけ言わせあえば良い。部外者が首をつっこむのは愚かだ。

 

 大人しく座って待っとけ。

 何か飲みものでも持ってこさせよう。

 

 給仕型のモンスターが私とアサナに飲みものを持ってくる。

 私とアサナはテーブルを挟んで座り、六層の戦いの成り行きを見守っている。

 

 そんな私たちなど知ったことかと魔法少女たちは、とうとう手を出し始めた。

 仲間割れをし始めたのだ。うるさくて仕方がない。

 

 

 さて、スィーア先輩たちも、ボスも、互いに消耗し終盤戦である。

 大きな一撃を先に決めた方がおそらく勝つ。

 

『いやいや、せいぜい序盤の終わりかけでしょ』

 

 え、これ序盤の終わりなの。

 だいぶボロボロに見えるぞ。

 

『うん。間違える理由はわかるし、このままじゃ序盤で終わってしまう。黒竜に苦戦らしき苦戦すらさせてない。黒竜も悪い癖が出てる。戦いを楽しんでるっぽいね。罠をほとんど使ってないし』

 

 はぁ、さっさと倒せばいいのに。

 すぐにでも倒せる相手に手加減する理由がわからんな。

 

『じゃあ、あそこで喧嘩してる魔法少女たちを倒してきてどうぞ』

 

 ……いや、それは、なんか違ってない。

 

『同じような感覚なんだと思うよ。出会った竜の中だと、かなり人間に親しい部類だからね。奴自身が強すぎて、矮小で卑小、あまりにも脆い人間たちが少ない武器を全力で使い、健気に戦ってる姿が愛おしくてたまらんのでしょう』

 

 やっぱり違うぞ。

 私はそんなことを思ってない。

 それでも戦力差がやはり大きいというものだ。

 

「やっぱり駄目なの。グリフォス、これ以上の援護はできないの?」

 

 なんか硬貨がどうこう言ってる。

 

『アサナに硬貨を分けてあげて。ほっとこうかと思ったけど、罠すら使ってないのはナメプが過ぎる』

 

 あいあい。

 ほれ、これでちょっとあいつらを強化してやってくれ。

 

 無造作に置かれていたコインを掴み上げてアサナに渡す。

 いいの、と言いつつもちゃんと受け取り、杖のハートがピカピカ光った。

 見た目はしょぼいが強化は発動した様子である。

 

「これは――」

「力が湧いてくるぜ!」

 

 スィーア先輩と角付きの傷が消えていく。

 さらに全員の体から傷が消えるだけでなく、うっすらと光が発せられている。

 

「上で彼女たちが状況を変えたようだな。我々も負けるわけにはいかんぞ」

 

 おっさんが二人を鼓舞し、戦闘態勢に戻る。

 一方の黒竜はと言えば、三人の姿を見て楽しげに口元を歪ませている。

 

 ただ、残念なことに少女たちは状況を何も変えていない。

 私ではなく、互いに戦いあって……、おや、彼女たちの戦いは終わり、じっくり話し合う段階に入った様子だ。

 

 知らないことは幸せだ。

 おっさんたちは黒竜と戦いを再開させた。

 

「速すぎて何が起きてるのかわからないよ」

 

 アサナの目ではそうだろう。

 私は目で追えるのだが、具体的にどうなっているのかわからない。

 黒竜も罠を使い始め、それなりに良い形となっている気がする。

 

『なってる。あのおっさんがすごすぎるね。強化ありとは言え、黒竜の技に食らいついていってる。角付き鎧も攻撃力が増して、黒竜も目を離せなくなってる。スィーア先輩も援護とは言え、トラップを相殺していってるの大きい。もう一人攻撃役がいれば勝ってただろう』

 

 つまり、勝てないと?

 

『そりゃあね。黒竜も全力になったとは言え、まだ切り札を二枚も残してる状態だ。先輩たちのカードでは足りないね』

 

 戦闘も佳境に入ってきたところで、魔法少女たちがついにこちらへやってきた。

 

「何してるの?」

「先輩たちが戦ってる。すごいよ。一緒に見よう」

 

 仲が良さそうだ。

 ハンドボウの少女が「私たちも戦わないと」と正論を述べたのも最初だけだった。

 スィーア先輩たちの戦いに目を取られ、気づけばテーブルを五人で囲み、すっかり先輩たちの応援に回っている。

 

「長官、やっぱりすごいね。今の体勢で避けれるんだ……」

「違うよ。今のは相手のほうがおかしいんだって。どうして見てもいないのに背後の長官を攻撃できるの」

「アサナのペットも活躍してるね。すごい! 当たったよ!」

 

 楽しそうにしていて私も心が安らぐ。

 もちろん先輩たちに安らぎなどない。ようやく角付き鎧の斬撃が当たった。

 さらに、その隙を逃さず、スィーア先輩が黒竜の足を鎖らしきもので絡め取る。

 

「いまだ!」

「やった!」

 

 動きを封じられた黒竜へ、おっさんが拳を大きく振りかぶった。

 

『お見事。ようやく切り札の一枚目だ』

 

 黒竜の腕が黒く染まる。

 おっさんたちの光だけじゃなく他の景色もまるごと吸い込んでしまう。

 それでもおっさんは攻撃をしかけたが、その攻撃を黒竜はあっさりと受け止めた。

 

 そして、黒竜がおっさんに攻撃を仕掛ける。

 そのまま倒されると思ったが、まさかのおっさんが黒竜の攻撃に上手く反撃を食らわせた。

 

『スキルの発動を狙ってたね。あのおっさんは攻撃を前にも見てたし、さっきも黒竜の技を見た。スキル発動後が一番の好機と読んだんだ。そうなると――』

 

 おっさんが反撃できたとはいえ、強化は吸われて消えている。

 その威力は大したものではないだろう。

 しかし、時間は稼いだ。

 

 スィーア先輩が角付きを強化し、角付き鎧が剣を突いた。

 剣を覆う水が伸び、黒竜の体へと突き刺さったのだ。

 

 さらにスィーア先輩がおっさんへと強化を付け、おっさんも攻撃に加わる。

 おっさんと角付き鎧が同時に溜めを作り、互いにその腕を振り抜く。

 

『惜しかったね。あと一撃だった。でも、切り札を二枚とも使わせたのは見事という他ない』

 

 おっさんと角付き鎧が攻撃を加える直前で止まっている。

 

「なんで止まってるの。映像の故障?」

 

 残念ながらそうではない。

 私が六層に使ったのは黒竜のドロップアイテムだけではない。

 奴が使うように多数の罠用アイテムを使い、その中には白竜のドロップアイテムも含まれている。

 

「時間の停止?」

 

 アサナが何を言ってるの、と疑問を口にした。

 

 黒竜はゆっくりではあるが、時の止まった二人の間を歩いて行く。

 後ろで援護を担当していたスィーア先輩の横まで来ると、ようやく三人の時が動き始めた。

 

「な!?」

「は!?」

「え?」

 

 目の前の相手が急に消え、攻撃がからぶった二人の驚き。

 そして、今まさにやられるはずの相手が急に自身の隣に現れた恐怖。

 

 三人の声が短く響き、それが消える前に黒竜は動いた。

 スィーア先輩の腹を殴り、先輩が倒れかけたところで腕を掴んでおっさんたちにすぐさま距離を詰める。

 

 先に背後の気配に気づいたおっさんに、掴んでいたスィーア先輩を押しつけ、まだ気づいていない角付き鎧に打撃を加えた。

 スィーアをどかしたおっさんとの直接対決だが、援護がなくてはさすがに相手にならない。

 

 三人はそれぞれ床に倒れ伏した。

 しかし、目はまだ閉じられず諦めているようには見えない。

 そんな彼らを見下ろす黒竜は、物こそ言わないが、トドメを刺そうとはしない。

 彼らが起き上がり立ち上がるのを待っているようだった。

 

「がんばれ、先輩」

「立ってよ、長官」」

 

 魔法少女たちも応援している。

 

「ポチ、すごいがんばってる」

 

 アサナも立ち上がろうとする角付きに感動している様子だ。

 

『がんばってと言ってるけど、自分たちはがんばろうと思わないんだろうか?』

 

 ……冷徹な一言に、飲み込むツバが途中で止まってしまった。

 そういやそうだな。本当にがんばらないといけないのは、応援してるこいつらのはず。

 むしろ下で必死に戦う三人こそが、上で戦っているはずの少女たちへ応援という形で戦っているのだ。

 

「やった。立ち上がったよ!」

「これが諦めないってことなんだよ!」

「でも、こんなのとどう戦えばいいの。決め手に欠けるよね」

 

 ブレスレットの少女が冷静に戦況を見極めた。

 見極めるべきは自分たちの状況だと思うのだが、決して口には出さない。

 

『立ち上がったのは立派だ。傷こそ治ってないけど、アサナも強化を戻した。でも、もう、打つ手がない』

 

 シュウが淡々と戦況を読み、結論を告げようとする。

 

 この勝負――

 

『黒竜の勝ちだ』

「先輩たちの勝ち?」

 

 アサナは杖から予想を聞いたらしい。

 二者の予想が分かれた。

 

『うん? ……ああ。やっと――』

 

 全員が最後の戦いに刮目する。

 刮目こそするが、戦いの主導権は明確に黒竜が握っていた。

 三人が黒竜の戦い方を学習し、対策を立てたように、黒竜はこの戦いを通じて三人の戦い方を学習したようだ。

 

 全ての攻撃が出先で潰される、避けられる、罠で封じられる。

 時間停止こそ使いはしないものの、警戒して三人の動きが硬くなっている。

 

『時間停止はクールダウンが長すぎて、一戦闘に一回くらいしか使えないんだけどね。そんなことわからないから牽制になっちゃってる。何をされたかまったくわからないだろうから余計怖いだろうね』

 

 とにかく三人の劣勢に拍車をかけている。

 おっさんが前衛、先輩と角付き鎧の二人が中衛という陣形も崩れ始めた。

 

 おっさんが投げられ、角付き鎧が殴られて砕け、本体の角付きが壁まで叩きつけられる。

 残ったスィーア先輩も魔法で攻撃するが、黒竜は避けることもなくスキルで魔力を吸った。

 強化のなくなった先輩へ打撃。そこからの流れるような投げ。

 黒竜の勝利が決まったと思った――

 

『今だ』

 

 先輩が地面に叩きつけられる直前、床に輪っかが生じ、先輩がその輪を通る。

 同時に、黒竜のすぐ後ろに生じた輪っかから先輩が現れた。

 

『ワルグチーのボスを食って空間魔法を使えるようにしてたんだね。最後の最後まで隠し通した我慢強さは敬服せざるを得ないな』

 

 先輩は投げられた勢いそのままで、自慢の爪をとがらせ、黒竜の背に後ろからぶつかっていく。

 すぐさま反撃に転じようとした黒竜に対し、先輩はもう片方の手も黒竜に突き刺した。

 さらに黒竜の両横からおっさんと角付きが一撃を見舞う。

 

 団子状に全員がかたまり、ようやく黒竜だけが光となって消えていった。

 

 

 スィーア先輩たちは勝ち残ったのだ。

 満身創痍にもかかわらず、三人は黒竜の消滅まで膝をつくことはない。

 

 私が勝者に拍手を送ると、魔法少女たちも私に倣い手を打つ。

 今、私たちは彼らに対する賛辞を惜しまないという点で一つになった。

 

「上はどうなっているだろうか?」

 

 おっさんがここでついに膝をつく。

 それでも上で戦っているであろう四人を案ずる。

 

「勝ってるに決まってんだろ。じゃないと、おいらが出番を譲ってやった意味がねぇ、ぞ……」

 

 ここで角付きが倒れた。

 地面に倒れると、小さい体がさらに小さくなっていき、硬貨となって床に転がる。

 

「私も歳だな。昔ならこれくらい戦ってもまだ飲みに行く余裕もあったものだが……」

「冗談が言えるだけでも、立派だと思います」

「冗談ではないさ」

 

 おっさんは膝を起こし、一歩踏み出したが、そのままかたまってしまう。

 

『すごい。立ったまま気絶してる』

 

 目はうっすらと開いている。

 まだ戦おうという意志と、心身の限界が拮抗しあった姿であった。

 

「ごめんね、応援に行きたいけど、もう、駄目みたい……。信じてるからね。私だけじゃない。世界中の誰もが、あなたたちの勝利を――」

 

 スィーア先輩は上に言葉を投げ、そのまま目を閉じた。

 手を突くこともなく、そのまま崩れ落ちてしまう。

 

 一方、信じられた側の反応は暗く重い。

 

「私たち、何やってるんだろ……」

 

 しばしの沈黙の後、ようやく出てきた言葉がこれである。

 ハンドボウの少女の目から涙がぽろぽろと落ちていく。

 残る二人もつられたのか同様に涙がにじんできた。

 

 戦いという戦いなどなく、口論して、仲間同士で取っ組み合って、勝手に仲直りして、飲みものを啜って戦いを見物しただけ。

 自分たちにかけられた期待をようやく思い出したようだが、すでに戦いを再開する雰囲気でもない。

 

 実は私も情けない。

 今の私はダンジョンボスの役割を演じている。

 必死に足止めしている中ボスを見ているだけで、自分は戦うこともしていない。

 これでボスとは笑いぐさである。

 

『人間、もっとも間抜けというものは、転んだものでも、一人踊るものでも、暗闇に語るものでもありません。ただただ彼らをぼうっと見ているもののことなんです。誰の言葉だったかな。おっと、俺の言葉だ。まあ、彼らの人選ミスだから気にしないで良いよ。少女四人の小さな肩に人類の未来を乗せる世界なんて歪んでる』

 

 そうだとは思う。

 しかし、なんとかしなければなるまい。

 

「メル、お姉さん……」

 

 泣くなよ。任せとけ。

 シュウがなんとかする。なっ。

 

『なっ、と言われましても。とかく、子供が力づくで相手から物を奪い取ることを覚えるべきじゃないし、そも、大人がそういった光景を見せつけるべきでもない。交渉して互いの妥協点を探すことを考えよう』

 

 つまり?

 

『魔法少女はメル姐さんと戦った。両者ともに負傷した』

 

 一人の鼻と、みんなの心をな。

 

『これ以上はお互い戦っても埒があかない』

 

 さっきの激戦を見た後でもあるしな。

 もう戦おうという意志がなくなってる。

 

『そこでメル姐さんは提案するわけだ。「今日のところはこれで互いに手打ちにしよう」と』

 

 これ、とは?

 

『回収した硬貨の段階的な解放』

 

 え、解放していいの?

 解放するのにどうしてわざわざ集めたの?

 

『理由はいくつかあるけど、一度全ての硬貨をここに集めたかったってのが一番かな』

 

 ……ここに集める?

 

『後で説明するから。草稿を誰かに書かせるんで、紙とペンを持ってこさせて』

 

 はいはい。

 

 こうして魔法少女たちは文字の書かれた紙切れと、それぞれが持てるだけの硬貨を袋に詰めて帰っていった。

 映像で見ていたが、概ね「魔法少女の粘り勝ち」と大々的に映されていた。

 

『魔法少女大勝利! 希望の明日へレディーゴー!』

 

 なお、勝利した少女たちの顔は曇りきっている。

 

 

 

7-E.世界の理が現れた

 

 さて、邪魔者は全員帰った。

 そろそろ私にもわかるように説明してもらおうか。

 

『何を?』

 

 何をって決まってるでしょ。

 パッと思い出せないけど、今日感じたあれこれ疑問な点をだよ。

 

『それ決まってないよね。――結論だけ言えば、元凶は竜女ってことになる。場所を移動しよう。硬貨の貯蔵庫に行って』

 

 なんで竜女が元凶なの?

 

 移動しながら尋ねてみる。

 

『何から何まで何にもわかってないだろうけど、ここってそもそもどんな世界なのかわかってる?』

 

 出たよ、得意の質問返し。

 しかも前置きで私が何もわかってないとわかっているのに聞いてくるという性格の悪さ。

 

 とりあえず答えよう。

 

 お前が前に言ってたじゃん。

 魔法少女の世界でしょ。

 

『言ったっけ? 言ったな。それは違う。俺が間違ってた』

 

 あっさり認めやがる。間違いを認めれば良いってもんじゃないぞ。

 魔法少女じゃないならワルグチーの世界だったのか。

 

『んー、質問を変えよう。この世界にいる異世界人ってだーれだ?』

 

 私たちでしょ。

 

『うん。それだけ?』

 

 ……魔法少女の世界じゃないなら、魔法少女たちこそが異世界からの来訪者なのか。

 

『おぉ、珍しく論理的。魔法少女たちは魔法使用の構造が明らかにワルグチーと違うからね』

 

 そういや、それっぽいことを前にも言ってた気がするな。

 

『で、それだけ?』

 

 …………えっ?

 

『ワルグチーたちも異世界人だよ。順番で言えば、ワルグチーの方が先で魔法少女が後だね』

 

 そうだったのか。

 何でそんなことがわかるんだ?

 

『ワルグチーたちの方が、より硬貨に馴染んでるから』

 

 硬貨に馴染む?

 

『あいつら倒すと硬貨が出てくるでしょ』

 

 そうだね。

 ……ん? 硬貨が馴染んでるとなんで異世界に来た順番がわかるんだ?

 

『最初の質問の答えでもあるけど、この世界は本来――硬貨の世界だったんだ』

 

 硬貨ってあの硬貨?

 

『そう。エネルギー源として動力から食事まで便利に使えすぎてるあの硬貨。もっと言えば「コンテニューコイン」だ。あいつらはこのコインをただのエネルギー源としか見てない。本来の使い方を知らないんだ。ま、そりゃそうだよなとは思う。この世界はあまりにもふざけすぎてるから』

 

 コンテニューコイン? ふざけてる?

 本来の使い方ってどんなのだ。

 

『説明するよりも見てもらった方が早いね。どれでもいいよ。二、三枚コインを拾って』

 

 貯蔵庫にある無尽蔵とも言える膨大な硬貨の中から三枚ほど拾い上げる。

 

『どいつにするかな。強い奴は面倒だ。あいつがいいか。世界に来てから、最初の方に出会ったワルグチーで、手を武器に変える獣人がいたじゃん。覚えてる? アサナの杖の試し打ちになった奴』

 

 ああ、なんかいたな。

 雷の魔法で姿形ごと消されてた奴だ。

 

『そいつを思い出しながら秘密の呪文を唱えてみよう』

 

 私、詠唱は苦手なんだけど。

 

『詠唱ってほどのものでもない。いろんな呪文があるらしいけど、竜女に聞いたやつだとこれが一番短いしそのまんまだ。――「コンテニューしますか?」』

 

 それだけ?

 

『あと一言だけ続くね。それより早く。「コンテニューしますか?」』

 

 コンテニューしますか?

 

『「YES」』

 

 イエス。

 

 手に握っていたコインがフッと消えた。

 代わりに、目の前にモンスターが現れる。

 

「お、なんだここは? あの魔法少女どもはどこに行きやがった?」

 

 獣人が私に声をかける。

 

「な、なんだこの硬貨の山は……」

 

 見た記憶がある奴だ。

 魔法少女の攻撃で塵も残らず消滅したはず。

 

 どうしてここに?

 

『復活したから。これがコンテニューコイン。使うと復活できる。あっ、邪魔だからそいつは斬っちゃって』

 

 とりあえず硬貨の前で唖然としている獣人を斬る。

 光に消えるかと思ったが、体が石になっていく。珍しい状態異常を付けたな。

 

『復活されると困るから』

 

 そう。それより復活だ。

 復活って、そんなのありなの?

 

『ありだね。だいたいメル姐さんが斬っても復活するでしょ。ただし、今はまだワルグチーだけだろうし、時間が経ちすぎると復活できないでしょうな。ゲームオーバーだ』

 

 すごい世界だな。

 死んでも復活できるってわけか。

 

『そうね。さて、ここでもう一歩だけ踏み込もう。ワルグチーは異世界人。魔法少女たちも異世界人。現地人はどこに行った?』

 

 現地人ってこの硬貨の世界の住人だろ。

 確かに不思議だな。こんな簡単に復活できるならくたばらないはずだ。

 

『くたばってない。今も生き続けてる』

 

 そうだったのか。

 まだ会っていないが、どこかでひっそりと生き続けてるんだな。

 

『いや、もう会った。ここでようやく元凶の竜女に繋がる』

 

 ……え?

 会った? 竜女と繋がる? どういうことだ?

 

『現地人はコンテニューコインに合成された。コインとして今も生き続けてる。コンテニューコインを素地として、人の性質を受け継いだのが、今、ここに残ってるコンテニューコインだよ。これでもちゃんと生きてるんだ。俺の解析も通らないからね。ただ、意識はないだろう』

 

 コインに人を合成した?

 

『うん。合成してる。それがあの竜女のやばいところ。あいつは生物を素材としてみなせる。店頭に飾ってある「自信作」っては全部生物との合成物だった。「合うやつ」ってのは、たぶんいない。売られることもなく、店頭に飾られ続ける。あっちには意識もありそうな気配だった』

 

 何か気持ち悪くなってきたんだが。

 

『それ、まともな神経だから気にしなくて良い。で、話を戻すと、間違いなくあのコインは元は消耗品だ。手に入れる方法があるんだろうけど、間違いなく消費のスピードの方がずっと速い。特に文明が栄えれば、エネルギーとしても使われ、戦で死ぬ数も加速度的に増えるからね。便利なコインがなくなることを憂いた旧住人が愚かにも竜女に相談した。「このままではコインはなくなり、復活もできなくなる。そうすれば私たちは絶滅だ。何か良い方法はないだろうか?」――おそらく大きく外れてはいないはず』

 

 そして?

 

『「任せときな!」と胸を叩き、竜女はコインに原住人を合成した。人間にコインを合成せずに、コインに人間を合成したところがあの竜女らしいところかもしれないね。しかも、あの竜女、どうやってか世界規模でやりやがった。ただ、大きな問題点を一つ除けば、願いをパーフェクトに叶えた解決だとは思う。人間はいろんな意味で狡猾だからね。いくらボロボロに使い潰されても絶滅せず、他の存在を巻き込んででも生き延びていく――この性質がこのコインにはきちんとあるんだ。現に今も残ってるし』

 

 それがコインが増えるっていった理由か。

 大きな問題点ってなんだ?

 

『コインに人間を合成していくとしよう。使う人間が最終的にはいなくなるよね。全員がコインにされていくんだから』

 

 今回のワルグチーみたいなもんか。

 

『もっとひどい。あの竜女もさすがにやり過ぎたと思ったんだろう。なんせ「モノってのは使われてこそ」が信条らしいからね。コインも人間も残ったけど、誰も使う存在がいません。これじゃあ意味がない。で、他の竜に頼んで、別の世界の知的生命体をこっちに送り込んだ。それがワルグチー』

 

 そういう流れなのか。

 

『あの竜女がまともな説明をするとは思えない。他の世界から来た奴が、あのコインを復活コインなんて考えるわけもない。ただただ無難にエネルギー源として使っていった』

 

 今と同じような状態だな。

 

『そうなんだけど、やはり問題がある。あのコインは合成された人間性により、他の存在を巻き込んで生き延びるんだ。ワルグチーが倒されるとコインになるよね。あれ、ワルグチーがコインを魔力として取り込む際に、逆に原住人に侵食された証』

 

 なんか気持ち悪い話だな。

 

『他の竜も同じ気持ちを抱いたんでしょう。それで別の異世界人を連れてきた。それが魔法少女たち。こっちは力を使う際に魔力を直じゃなく、モノを間に介在させる――カタリストだね。原住人コインを、別の形やエネルギーに変える性質がある。これなら人間自体は侵食はされない、と考えた』

 

 上手くいってるな。

 魔法少女は倒されたらそのまま死ぬんだろ。

 

『いや、甘かったね。侵食されてる。カタリストの人格がどこから来るかが、どこの本にも書かれてない。コインに合成された人間から生じている可能性が高い』

 

 じゃあ、アサナたちが喋ってる相手って。

 

『いや、アサナは例外だね。あれは素材の意識が強すぎて侵食できてない。他大多数のカタリストはコインの元になった人間だ。それにそれだけじゃない』

 

 まだあるのか。

 もう誰か他の人にも伝えた方がいいんじゃない。

 私は聞きたくなくなってきた。ほら、先輩とかいいんじゃないの。

 

『そのパイセンがまさにそれだ。魔法少女とワルグチーの番から子供が生まれてしまった。どうやったら吸血蝙蝠と人間みたいな奴の間に子供ができるのか? 間にコインという存在を挟んだからだよ。魔法少女側も原住人コインに侵食され始めてるんだ』

 

 なんか、怖くなってきたぞ。

 

『理屈を知ってればおぞましい話だけど、知らなければめでたい話でもある。新しい生命の形が誕生したわけだからね』

 

 別にめでたくはないんだけど……。

 

『最終的には、魔力を保持して、カタリストも使えるというパイセンみたいなハイブリッドが生きる世界になるでしょうな。今はまさに変革の時代だ。疑問への回答は、そんなところでこんなところじゃないかな。こんな話はこの世界の誰にも話せない』

 

 うむ。いろいろとわからないことがわかった。

 私もそろそろダンジョンへ挑むため元の世界に戻る支度をしなければな。

 

 問題の後片付けだ。

 

 

 ここのダンジョンってどうなるんだ?

 私がいなくなると、ボスも不在になるだろ。

 ボスのいないダンジョンなんて、何の価値もないぞ。

 

『そんなことないでしょ……。力だけなら黒竜でも良いんだけど、あいつにやらせると手心ってもんが失われそうなんだよな。ダンジョンというかガチの要塞になりそう』

 

 一層の階段にすら強いのをゴロゴロ置きそうな雰囲気はある。

 ときどき下の層に下りて、モンスターたちを教練に付き合わせてるくらいだからな。

 

『そうなると一人しかいないね。こういうのは攻略できそうな奴をそのままボスにした方が良い。それに、このダンジョンの真価をわかってるやつじゃないといろいろまずい。――アサナだ。アサナというか杖の方だけど』

 

 なんとなくそんな気はしてたからこれには驚かない。

 このダンジョンの素晴らしさが、果たしてアサナにわかるだろうか。

 

『わからないだろうね。ま、あの杖さえあれば、世界のエネルギー管理なんてちょちょいのちょいよ』

 

 ああ、そうだな。

 ……今、何て言った? 世界の何?

 

『エネルギー管理』

 

 ピンとこないんだけど、このダンジョンってそんなことしてたの?

 

『そりゃ、それくらいのことをしないと、こんな箱庭をわざわざバカみたいな出費してまで作らないよ』

 

 そもそもエネルギー管理って何?

 

『平たく言うと、世界に出回るコンテニューコイン量の調整だね。異世界版の日銀みたいなもんかな。……あれ、待った。この世界の問題は何?』

 

 魔法少女とワルグチーの仲が悪いことでしょ。

 

『あぁ、そこからか。なぜ二勢力は仲が悪い?』

 

 種族が違うからでしょ。

 私たちの世界でもよくある民族問題だ。

 

『違う。今回のメインはエネルギー問題だ。端的に言えば、ワルグチーが魔法少女たちの燃料になるからだよ。魔法少女はワルグチーを倒すことで得られるコンテニューコインを基礎として発展してきた。逆に言えば、ワルグチー以外からの入手方法がほぼない。しかも、ワルグチーも倒されすぎて絶滅寸前だってわかってない。ワルグチーがいなくなれば、コンテニューコインなんてあっという間に地上からは枯渇するよ。どこかに隠れてこそこそ生き延びるんだろうけどね』

 

 ……エネルギー問題ねぇ。

 やっぱりピンとこないな。私たちみたいに暮らせばよくないか。

 

『一度、生活水準を上げちゃうと戻すのが難しいんだ。洗濯機をボタン一つで回して、終わるのを待ってる間にタブレット見ながら、コンロで料理する奴らは今さら中世の暮らしに戻れない』

 

 そんなものだろうか。

 で、エネルギー問題とこのダンジョンがどういう関係があるんだ。

 

『このダンジョンを特徴づける最大のアイテムは「占竜印のカード」だ』

 

 竜女からもらったやつでしょ、覚えてるよ。

 あのカードをこのダンジョンに合成して、コインが集められるようになったんだろ。

 

『集めるだけじゃない。増やせるし、浄化もできる。ちょっと一手間加えれば遠隔地への供給だって可能になる』

 

 増やせるの?

 それに、浄化?

 

『うん。コンテニューコイン自体に人間性が合成されてるからね。集めれば集めるほど勝手にどんどん増えるんだ。しかも金運アップの効果が働いてるから、爆速で生めや増やせやって状態だね。増えすぎてと困るから、今はダンジョンの改修や運営にも使ってるくらいだし』

 

 たしかにコインが多い気がする。

 けっこうダンジョンの工事にも使ったはずだが、まったく減ってる気配がない。

 むしろ増えてる。現在進行形でじゃらじゃら足下に転がってきている。なんか気持ち悪いな。

 

『もう一つが浄化だね。コインの人間性部分の改変というのかな。ワルグチーを倒すとコインになるじゃん。あれをいったんリセットしようかと』

 

 リセット?

 

『うん。ワルグチーからコインの侵食を取り除くというのかな。ワルグチーが倒されてコインになられると困るんだ。エネルギー管理の中にワルグチーが含まれてしまう。エネルギーを目当てにワルグチーを倒す奴らが残る。いったんここに全てのコインを集めて、異世界ダンジョンという濾過剤を通し、その後で復活させていく』

 

 そんなことできるの?

 

『浄化については失敗する可能性もある。ダンジョンがコインに侵食される可能性も否定できない。でもね。別に失敗してもいいんだ』

 

 失敗してもいいのか。

 

『成功、失敗、どちらにせよ悪い未来ではなさそうだからね。俺としてはむしろ失敗して欲しいかな。今のところは順調そう。ほら、コインを見てみてよ』

 

 ……コインは、コインだろ。

 見ても何もわからんぞ。

 

『本当に?』

 

 何なの。

 どうかしたって言うの。

 

 適当に一枚拾い上げて見てみる。

 金色のままだ。表面には特に何も描かれて……あれ?

 

 コインの表側に、見覚えのあるモンスターの横顔が描かれていた。

 じゃあ、裏側はと見れば、そこにはこれまた見覚えのある少女の横顔が描かれている。

 

『どちらも表だよ。たしかに「うらない」の効果は発揮されてる。これが世界にどんな影響を及ぼすかは、今後の彼らの行動によるところだがね』

 

 拾い上げたコインを床に落とす。

 魔法少女が出るか、ワルグチーが出るか、それとも……。

 

 コインはクルクルといつまでも回り続ける。

 私はその結末を見届けなかった。

 

 どちらでもかまわない。

 

 

 

8-E.住所不定の冒険者が現れた

 

 ワルグチーもボスから復活させて、そこからはひたすら呪文の作業だ。

 可能な限り全員を蘇らせ、後は好きにさせた。コインも安定的に供給させるので何とかやっていくだろう。

 

 私は異世界を去る前に、アサナの家を訪れた。

 一緒にテーブルを挟んで、手作りの料理を食べる。

 テーブルの横では、角付きも食べている。今日は蹴らずにおいた。

 

『そりゃそうでしょ』

 

 映像もちょうど切り替わり、魔法少女のドキュメンタリーだかが流れた。

 見覚えのある三人組が映し出される。

 

 三人がトラップに嵌まり、モンスターにやられ、たまに勝利し、またトラップに嵌まるという光景が流れている。

 ……これ、お前がモンスターに指示して作らせたやつじゃないか。

 

「とってもおもしろいね」

 

 アサナは面白がっているが、かなり間抜けな映像が多い。

 はっきり言って、ドキュメンタリーというよりはハプニング集ではないだろうか。

 私の想像していた映像とは全然違うな。もっと彼女たちの成長を描いているものだと思ってた。

 

 これは本人たちが絶対怒るやつだ。

 編集に悪意がありありと感じられるが、それでも面白いのが腹立つ。

 

 今も手甲の少女が、落とし穴に嵌まった瞬間が映された。

 しかもいろんな角度から映し出されている。

 それどころか落ちていく顔すらどうやってかはわからないが出ている。

 

「うわ……」

 

 悪臭スライムの中にどぼんと落ちた。

 スライムが緩衝材になり無事ではある。

 

 ただ、臭いがあまりにもひどく、仲間の二人からは距離を取られ、攻略は中止になった。

 街から出た後の映像もなぜか出て、周囲の反応が映り始めた。

 

 ときどき外に出て、何かやらせてると思ったが、これを撮るためだったのか。

 私もやった甲斐があったというものだ。

 

 その後も、残りの二人や三人まとめてのむごい映像が流される。

 三人は毎回やられるが、それでもダンジョンに挑み続ける。

 

『魔法少女の定義は前にもいくつか言ったね。最後の絶対的な一つがこれなんだよ』

 

 私にもなんとなくわかった。

 

『――諦めずくじけない心。彼女たちは良い魔法少女になる』

 

 言葉と映像がまったくマッチしてないがな。

 

「みんな逞しくなってるね」

 

 そうだね。

 ……そうなのか?

 私に挑んだのはこれの後だ。

 あの情けないのが逞しい姿と言えるのだろうか。

 

「違ってるかも」

 

 うん。

 私も違うと思う。

 

 さて、そろそろ良い時間だ。

 私は帰ることにする。

 

 ダンジョンは任せたぞ。

 あまり気にしなくても良い。

 そっちの杖が勝手にするんだろうからな。

 

「用事が終わったら、一緒にご飯を食べに行こうね」

 

 気が向いたらな。

 

 じゃあ。

 

『待った』

 

 何?

 

『裏口から出た方が良い』

 

 なんで?

 泥棒じゃないんだぞ。

 玄関から出ても問題ないはずだ。

 

「アサナ! 力を貸して! あの災厄女をとっちめないと気が済まないッ!」

 

 玄関のチャイムが鳴らされ、扉が力強く叩かれる。

 どうやら一人だけじゃなくて三人がそろってやってきている様子だ。

 

「アサナァー!」

『ハワイアンのaaかよ……』

 

 ちょっと裏口を借りてもいいか。

 私は静かに帰りたいんだ。

 

「うん。気をつけてね」

 

 こうして私は裏口から静かに出て行く。

 玄関では三人とアサナが元気に喋っている。

 

『仲良きことは美しきことかな』

 

 うむうむ。

 どうも今からダンジョンに挑むようだ。

 素晴らしい。どんどん挑んで欲しいな。そこに私はいない。

 

 

 竜女の店まで歩いていく。

 

 なかなか楽しい二ヶ月だった。

 魔法少女に、ワルグチー、ダンジョンの作成。

 

『異世界人の一方的な虐殺、都市の大規模な混乱、世界のエネルギー搾取。盛りだくさんだったね』

 

 なんで悪いところばっかり切り取ってくるの?

 良いところもたくさんあったでしょ。

 

 さあ、竜女の店までもう少しだ。

 私も私の帰るべき世界に帰り、ダンジョンに挑むとしよう。

 

 

 

「最近見ないと思ってたのに、またそんな格好で歩いて。最低限、剣は鞘に入れてくださいって言いましたよね」

「臨時魔法少女証の期限が切れてますよ。今日は目を瞑るけど、早く更新してね」

 

 最後の最後で、いつもの衛兵二人に捕まってしまった。

 骨の盾と槍もそれぞれが手にしており、以前より強そうに見える。

 

『こいつらは何なんだ……。もう特殊部隊に入れるべきだろ』

 

 魔法少女はかなり前にやめたんだ。

 どうもむいてなくてな。

 

「じゃあ今は仕事をしてないんだね」

 

 いや、冒険者をしている。

 

「はは、冒険者ね。どんなことをするの?」

 

 お前らも知ってるだろ。

 ダンジョンに潜り、モンスターを倒すんだ。

 

 ダンジョンマスターもしてみたが、やはり管理する方は駄目だ。

 骨の槍と盾は気にいってくれたようで良かった。

 挑戦ならいつでも歓迎する。

 

 しかし、お互いに戦場を弁えるべきだろうな。

 

『逃げるよ』

 

 衛兵二人がぽかんとしているので、そのまま背をむけて道を進む。

 すぐに背後からけたたましい音が鳴り響いた。

 仕事熱心な奴らだ。

 

「本部! こちら南三等地第六道路! 『災厄の使徒』と思わしき人物を発見! 応援を求む! 魔法少女に要請を!」

「待て! 止まりなさい、そこの銃刀法違反女! 署まで来てもらうぞ!」

 

 

 

 こうして最後の最後で私は異世界から逃げ帰る羽目となった。


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