チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

47 / 47
0.メタと自由の前書き

 次のダンジョンに向けて、澄んだ朝日の下を私は歩いている。

『それでね。俺のいた世界だと、こんなジョークが』

 一人でべらべら喋っていたシュウが急に黙った。
 ときどきあるので気にしない。静かになってありがたいくらいだ。

 私の歩く音と、周辺の自然音だけがしばらく続く。
 走る方が好きだが、歩くのも嫌いではない。

『メル姐さん』

 そろそろ走ろうかと思ったところで声がかかる。
 あまりふざけた成分が感じられない。まともな話の可能性が高い。私も真面目に聞き返す。

 なんだ?


『四年半ぶりだねぇ』


 …………はぁ?

『いやぁ、こうやって話をするのも久々だぁ』

 お前さっき勝手にぺちゃくちゃ話してただろ。何を言ってんだ。
 真面目に話を聞こうとして損したよ。

『ふふふふーん。おっ、朝からダンジョンに行く様子だね。よっ、馬鹿の一つ覚え』

 そりゃそうでしょ。
 今まさにダンジョンに向けて走ろうとしていたところだったよ。

『残念! 今回、ダンジョンに行く世界線なんて存在しません! 別のところへ行く予定でした!』

 うるせぇな。静かに喋れよ。朝の澄んだ気分が台無しだよ。
 だいたい別のところってどこだ、って、この話は前にもした記憶があるぞ。
 どうせ異世界だろ。

『おっ、メル姐さんに記憶がある。しかも当たってる。こりゃ、雷雨だな』

 晴天だよ。雲一つない清々しいほどの空模様。
 絶好のダンジョン攻略日和だ。

『冗談はさておき、異世界に行く予定だったんだ。最初はレースの世界』

 ……ん?
 そこはもう行っただろ。エッダ競技場のことでしょ?

『まだなんだよ! 時系列ではこっちが後なのに飛ばされてる。二回もだ。で、レースはひとまず飛ばしてロボットの世界に行く予定だった』

 出た。まぁた出たよ。
 お前の大好きな大きな機械の世界でしょ。いっつも言ってる。私が覚えてるほどにな。

『前中後の三部構成で中編から開始する予定だった。前編はほぼできてて、中編も途中まで行ってるのに……』

 なんで中編から?
 前編から始まるものじゃないの?

『いつもどこかに行って帰る話だから、たまには謎から始まって真相にたどりつく話にしたかったんだ。ついでに言うとロボの話に見えて実はロボではないって真相だったから、|作者(あいつ)が設定で迷子になって行方不明の失踪状態』

 あいつ? 迷子? 失踪?
 意味がわからん。いっつもわからんからいつもどおりと言えばいつもどおりなんだが。

『とりま、ロボから離れて別の話をしようぜってなった』

 そこも前と同じ流れでは?
 何もない世界に行くとかじゃなかったか。

『いや、今度は新規。角の世界に行く話』

 ツノ?
 ツノって動物とかモンスターに生えてるあれ?

『うん。全ての生物に角が生えてる世界』

 ダンジョンみたいだな。

『ダンジョンはない。わかってる。「糞みたいな世界だ」って言いたいんでしょ。でもね。ダンジョンどころか中身がなかった』

 はい?
 どういうこと?

『いや、|作者(あいつ)が角の生えた娘が角のケアを受ける漫画に感銘を受けてね。「これだ!」ってことで、後日談で俺達に角娘のケアをさせたかったようだけど本編がそもそもなかった』

 どうしようもないな。

『ほんまそれ。よく考えたらこの世界にも亜人がいる設定だったから、わざわざ異世界に行かなくても良いことに気づいた。角のケアはそのうちやるかも。こうご期待』

 そういえばツノの生えた亜人なら過去に見たことがあるような気がする。
 でも、この辺だといないよな。もっと西の方でしょ。奴隷に多いんじゃなかったか。

『種族によるけどその傾向は多い。なんなら角が薬やら調度品になるから狩られすぎて絶滅したのが多数いる』

 なんだかなぁ。
 それでツノのケアをそのうちやるって?

『角ケアはもういいんだ。そこまできたところで、亜人やら竜、それに魔法、ダンジョンがあるこの世界の根本部分を考えた。そして、外伝として俺達の源流を書こうってなった。実際に書いた』

 はぁ、で?

『大失敗だったね。二十万字くらいで終わらせるはずが百万字を超えた。なんなら本編より長くなった。まだ続いてる。どっちが本編かわからなくなった。今回の更新で本編の面目躍如だ。ふふん。外伝はね。最新話付近でキャラの設定を間違えたことに気づいて書く気が失せた。今は気力を充電中、バッテリーが古いからいつまで経っても100%にならない。永久充電やでぇ』

 外伝か本編か、はたまた充電だかはどうでも良いんだけど、この話は長い?
 だいぶ飽きてきたんだけど。

『もうちょっとだから聞いてよ。その外伝の今の章でね。なんとなんと! 俺が出る予定だったんだ』

 ふーん。

『あからさまに興味なさそうにしないで。驚いてよ。俺が追加イベントの七日目に出て、外伝の主人公たちに説教と本編張りの章ネタバレをかまして、あらすじも乗っ取って、可哀相が可愛いお姫様とちゅっちゅして、全員をふるぼっこにしてメル姐さんのもとへ感動的に帰る予定だった』

 もういい。妄想はもういいんだ。
 現実の話をしよう。これから行くダンジョンの話を。

『それこそ妄想。ネタがないから諦めて』

 え?

『ネタがないから新しいダンジョン攻略は諦めて』

 いや、だって、昼前には街に着くぞ。
 ギルドで情報を集めて、夕方までにはダンジョンに軽く入ることもできる時間だ。

『無理。ダンジョンには行かない。行けない。行く気もない。昔話にでも花を咲かせよう』

 着くまでだったらいいけど。

『良し。着くまでに今回の話を終わらせるぞ。昔話のオムニバス形式だ』

 なんの意味があるんだそれ。
 けっきょくダンジョンに行くことには変わりがないだろ。

『変わるんだなこれがぁ。さて、最初に思い出すのはどれが良いかな。ほれ、選ばせてやる。ん? どうする? どれにするんだい?』

 なんで唐突に上から目線なんだよ。
 じゃあ、昼はダンジョン攻略でこってりだから、朝はさっぱりあっさりした昔話にしてくれ。

『さっぱりあっさり? 馬鹿が馬鹿言ってんじゃないよ! そんな薄っぺらい話は頭からすっぽり抜け落ちてて話しても思い出せないでしょ! 一昨日、食べた昼飯ぐらい印象にないんじゃない?』

 ああぁ?
 お前ちょっと…………まぁ、それはそうかもしれないな。

 あまり馬鹿にするなよと言いかえそうとしたが、一昨日の昼飯がまったく思い出せなかったのでとりあえず認めておく。
 なんなら昨日の昼飯すら記憶にない。鶏肉だった気がする。

『昨日も一昨日も肉は食べてないでしょ、メルおばーちゃん。駄目だこりゃ。ちょっとこってりでいこう。時系列的に、最初は俺達が初めての合い言葉を決めて、実際に使った話にしようか』

 選ばせてやるとか言って、けっきょく自分で決めてるじゃないか。
 それで、合い言葉ってあの合い言葉?

『そう。あれだよ。メル姐さんの大好きなやつ』

 それ、ちょっとこってりってレベルじゃないだろ。
 お前は私が好きなやつと言うが、まったく好きじゃない。聞きたくない単語だ。
 しかも初めて使った時のことになると、私の中で思い出したくない部類の上位に入ってる。

『つまりしっかり覚えてるってことだ。じゃあ始めよう。一つの終わりと始まりの話を』

 シュウがいつものように勝手に、しかも意味深げに語り始める。

 私たちが決めた唯一の合い言葉――その最初の出来事を。



?.ギラックマ極限級?

 周囲が一面の荒野になった。
 木は生えておらず、草すら見えない。石ころばかりだ。
 なんなら人もいない。動物もいない。薄い雲ばかりが空をたゆたう。

 ここがどこなのかわからない。
 ふと気づけば私はここに立っていた。

 おい、シュウ。

『そんなわけで異世界にいるんだよね』

 どんなわけだよ。
 どういうこと? ほんとに気づけばこんなところにいるんだが。
 ここはどこで、どうして私はここにいるんだ?

『ここは――異世界』

 わかったよ。もう異世界にいるってのはわかった。いや、わかってはないんだけどな。
 私が知りたいのは、どうして私は異世界にいるんだってことなんだ。

 いや、待て。
 本当に異世界なのか?
 前にあったような記憶の世界じゃなくて?
 なんか例の合い言葉の話になってただろ。そのまま記憶の回想を使ったんじゃないのか。

『キャンセルしちゃった。それに「あの合い言葉」を最初に使ったのはこんなところだった?』

 いや、違う。
 草木がほうぼうと生い茂る中だった。
 「言われた」という点に絞れば人混みの中が正しいんだろう。

『よく覚えてるじゃないの。でしょう! 違うでしょ! だから、ここは異世界なんだよ!』

 うるさい奴だ。
 で、どうして私はここに?

『とある作家は、物語には二種類しかないと言っていた。一つは「行って帰る話」。これは俺たちのド定番だ。どこかに行って立ち去る。ダンジョンに行く、帰る。異世界に行く、帰る。いつもの攻略する話だね』

 ……そんなことより、ここは本当に異世界なのか?

『もう一種類の物語は「失われたものを取り戻す話」。今回の物語はこちらになる。さあ――記憶を探しに行こうじゃないか』

 どこにだよ。全方位地平線だぞ。
 探すよりもお前が教えてくれればいいだろ。
 なぜ私はここにいるんだ? とにかく記憶がまったくないぞ。

『メル姐さんの薄くて細けぇ記憶なんざ、どうだって良いんだよ。どうせ今日の朝飯すら忘れてるでしょ。どうして異世界にいるかなんて些細なこと――違う?』

 違うでしょ。
 さすがにそれは違う。
 朝飯どころか、ついさっきまでの記憶と何一つ整合性がとれない。

 どういうことだ?
 私は青空のもと、ダンジョンにむかって歩いていたはずだ。
 道は舗装されていて、空気は澄んでいつつも潤っていた。清々しい朝だったんだぞ。

 それがどうだ。
 道は舗装どころか土と石くればかりで、空気はパサパサ、救いようがない光景だ。まるでこの世の終わり。
 同じものと言えば、日の位置くらいじゃないか。

『はい、残念。よく見て。お日様が見えてる?』

 当たり前だろ。喧嘩を売るのもいい加減にしろよ。
 そろそろ本気でへし折るぞ。

『じゃあ、ちょっと見上げてみて』

 はぁ?
 苛つきつつも顎を上げて、視線を上に向ける。
 眩しい光が目に飛び込んできて、思わず瞼を閉じて顔を背ける。
 しかし、背けた先でも眩しい光が射してくる。

 ……あれ?
 どういうこと?

 もう一度上を見て、さらに地平の先を見る。
 どちらも眩しい。片方はどちらかと言えば暗いのだが、日であることに間違いはない。

 私でもわかる。
 光源が、二つあるな。

『数えることができてえらいでちゅね~! あ、駄目! 駄目だって折れる! 折れて俺も二つになる! とりま、ここが異世界ってわかったでしょ!』

 シュウの両端を持ち膝に押しつけて折ろうとしつつ実感した。
 確かにここは異世界だ。私の世界に日は一つしかない。過去に見たような記憶の回想ではない。

『じゃあ、異世界って理解したところで行こうか』

 異世界ってのは認めるとして、どこに行けと言うのか。
 どこを見ても地平線。目的地すらわからない。

 せっかくダンジョンが目前だったのに。夕方には挑めるはずだった。
 そもそも今は朝なのか昼なのかどっちなんだ。
 いや、さっさと元の世界に帰ろう。

『言い忘れてたけど、この世界にはダンジョンがあった。ちょうど今から確認に行こうとしてたんだ』

 ……まあ、もう少しいてもいいか。
 ダンジョンは本当にあるんだろうな。そこが嘘だと許されんぞ。

『ダンジョンがあった点に関して嘘は言ってない』

 どこかひっかかる言い方だが、まあいいか。
 ダンジョンがあるなら異世界だろうが、お日様が二つあろうがさほど気にすべきことでもない。

 さあ、ダンジョンに案内してくれ。

『オッケー。そんじゃまあ、この世界の特徴を示しつつ行こうか。オープン』

 →

 シュウが呟くと、視界に赤い矢印が現れた。
 右を示しているのでそちらを向くと矢印も一緒に動き、何もない地平線を指し示す。
 矢印の右側には数字が浮かび上がる。

 ↑ 400,504

『見えてるね。……単位を変えるか』

 シュウがホイと言うと数字が変わる。

 ↑ 401

『矢印の方向にちょっと歩いてみて』

 言われたとおり、石ころを蹴りつつ進めば数字が変わった。

 ↑ 400

『こんな感じ。矢印がダンジョンまでの距離になっててね。進むと数字が減っていって、数字がゼロのところにダンジョンがあるんだ』

 ふーん。
 けっこう遠くないか?

『真面目に歩けば数日はかかるだろうけど、時間の無駄だからチートでさっさと走っていって。ちゃちゃっと走ればあっという間だよ。時間を短く感じる俺のとっておきトークも聞かせてあげるからさ』

 トークは要らない。
 まあ、覚えてる範囲でも走る直前だったから別に走ることに問題はない。

 それよりここは矢印が浮かぶ世界なのか?

『いいやぁ。もう少し見せようか』

 ↑ 400
 "ヘレディウム輝石道の攻略"

 矢印の下側に文字が浮かんでいる。
 攻略とつくからにはやはりダンジョンなのだろうが、ヘレディウム輝石道というのは聞いたことがない。
 それで、ここは攻略すべきダンジョンの名前と方向やら距離がわかる世界なのか?

『……うーん』

 ここに来てシュウが悩んでいる。
 間違ってはいないんだよなぁとぼやいているがはっきりと口にはしない。

『メル姐さんにとっては目的と手段がイコールだからなぁ』

 その後もぶつぶつと言っていたがピタリと止まった。

『メル姐さんにあわせて、冒険者っぽく言おう』

 そして、一拍おいて告げる。

『ここは「クエストのある世界」だ』

 いいな。
 珍しくわかりやすいじゃないか。
 レベルやら召喚やらカードといった小難しい話が出てこない。

 ダンジョンがある。故に攻略する。
 素晴らしい。簡潔だ。

 やることも明確になったのでダンジョンを示す矢印にあわせて走り出す。
 シンプルなことは良いことだ。

『……メル姐さんにとってはね』

 シュウの呟きは聞こえていたが、私にとって素晴らしいなら万々歳なので聞き返すこともない。

 こうして異世界のダンジョン攻略が始まった。

『始まった――それはどうかな?』

 さっきからなんなんだお前は、ぶつぶつと。

 もう無視することにした。



 矢印にむかって走り続けて数字がいよいよ一桁になった。

 遠くからでも見えていたが、殺風景な地平線にこれまた殺風景な岩山が現れていた。
 矢印が指し示すのは岩山と岩山の狭間である。
 日が二つもあるのにその狭間の先は暗い。
 なんというかアレだな。

『輝石道って名前がついてるわりには真っ暗』

 そう。
 もっと輝かしい道を予想してた。
 いや、外からだとまだわからないか。中は綺麗なのかもしれない。

『どうだろうね。この感じを見るにおそらくもう……』

 ん?
 お前はこのダンジョンのことを知ってるんじゃないのか?
 なんか「俺は全て知ってます」みたいな様子で得意げに解説してただろ。

『いやね。詳しくは言えないんだけど、地図情報が古すぎるんだよね。数十年前のカーナビというか。道も建物も当時と今では全然違うと言うか。ああしてそうするとこうなるのかっていうか。悪い意味で感慨深いと言うのかね。逆に感動を覚えるというか。まあ、でもダンジョン反応はまだある。良かった良かった。折られずにすみそうだ』

 よくわからんがまあいい。
 やっとたどりついたダンジョンだ。さっそく攻略してみよう。


 攻略を始めたが、やはり攻略前の思いがわき上がる。

 輝石道という名のわりに輝きがまるでない。
 両側を大きな岩に挟まれ、日光は微かにしか届かず、反射するものもないのでただただ足下の悪い暗い道だ。
 暗いだけならチートでどうにでもなるのでさほどの障害にもならない。

 環境面は問題ない。モンスターはどうかと言えばこちらも問題ない。
 ときどきゴーレムが現れるのだが相手にならない。
 切るどころか小突けば崩れる脆さだ。

 もしかしてここは初心者クラスか。
 異世界のダンジョンと期待していただけにモンスターの強さは残念ではある。
 しかし、人の手が入った気配がまったくなく、未攻略ダンジョンとすら思えてくる。
 元の世界にはあまりない環境のダンジョンなのでこれはこれで趣があるというものだ。
 新鮮なダンジョニウムが摂取できるな。

『え、何それ?』

 お前には感じられないかもしれない。
 ダンジョンを愛していないとダンジョニウムは得られないからな。

『メルニウムなら感じられるんだけどなぁ』

 気持ち悪いことを言うのはやめろ。
 それよりこのダンジョンは攻略された跡がまったくないぞ。そもそも異世界に来てから人の痕跡が見当たらない。
 それだからこそ楽しめてるというのもあるのだが、やや不気味だな。

『今さら? もっと言えばね。人どころか生物すらいないよ。ダンジョンに入る前の荒野にもいなかった』

 え、ほんとに?
 そういえば何も見てない気がする。
 地面が荒れ果ててたからな。でも、空には鳥くらいいただろ。

『いいや。いない。動物はおろか植物や菌類すらいない。このダンジョンにいるゴーレムも無機物系だから生物とは言えない。さらに言えばそのゴーレムすら崩壊しつつある。はっきり言おう。このダンジョンは間もなく消える』

 消える?
 ダンジョンが消滅するってこと?

『魔力が枯渇してるから維持できない。倒したゴーレムが復活する過程で最後の魔力を使い果たす可能性が極めて高い。おそらく攻略が完了する前に消滅する』

 思わず足が止まる。

 ――ダンジョンが消滅する。

 衝撃的な言葉だ。
 元の世界では基本的にダンジョンが見つかれば冒険者ギルドが保全する。
 数多くのダンジョンを攻略してきた私でも、ダンジョンが消滅したのは二、三件しか知らない。それくらい稀な現象である。
 ちなみにそのうち一件は私も関与していた。

『元の世界とは基礎の状態が違うんだよね』

 そりゃ異世界だからそうだろうが、それにしてもダンジョンが消えるなんて……。

 私のほうへ緩慢な歩調で近寄るゴーレムは先ほどまではただただ鈍いだけだと思っていた。
 しかし、シュウの話を聞いた後では苦しそうで助けを求めているようにも見える。

 ゴーレムは私に近寄る途中で倒れて、地面に土塊となって消えた。
 土塊はアイテム結晶となって儚い光を残す。

 ――ヘレディウム最後の輝石

 手に取ったアイテム名を見て何となく悟る。
 この悟りは否定してほしいものだ。

『ダンジョン反応の消滅を確認。ここはただの暗い道になった』

 間違っていて欲しかった悟りをシュウが裏付けする。
 消滅の事実報告に何も返答できなかった。

 暗くなった道を黙って歩いて行く。
 モンスターが出てきてくれるんじゃないかという淡い期待を抱きつつ道なりに進んでいった。



 暗い道を越えた先にあったのは、またしても果てなき荒野である。

 果てなきと言いつつもきっとどこかに果てはあるのだろうが、見渡せる限りが面白みのない地平線だ。
 赤っぽい土と石の景色に生物は見られない。シュウの言ったように鳥一匹すら見えない。

 ちょっとこの世界のことが知りたくなった。
 説明してもらえるか。

『次のダンジョンを目指しながら話せる範囲で話そうか』

 → 760
 "ハレニア水景の攻略"

 矢印の方向に体を向け、足を動かす。
 数字がなかなか減らないのがもどかしい。

『見てもらってわかったと思うけど、この世界、緩やかに滅亡に近づいてるんだ。知識としてはあったけど俺もここまでとは思わなかった』

 ダンジョンでも言ってたな。
 魔力がないって話か?

『そう。ダンジョンが消滅したように世界も消滅しかけてる。世界というか星なんだけど、今回はほぼ同じとみていい』

 どうしてこんなことに?
 魔力が枯渇するなんてあるのか。魔力は循環するだかなんだかって前に話してなかったか?

『おっしゃるとおり。魔力の大きな流れがあって、正常に循環させるシステムが世界には備わってる』

 それならどうして――。

『魔力の流れを変えるシステムを作ったんだ。素晴らしい技術だよ。突出してる。今まで行った世界のどこにもそこまでの技術はまだなかった。でもね、扱う人たちの意識が技術に追いついてこなかった。文字どおり我田引水だ。自分たちに都合の良いように魔力の流れを変えて、大きな循環を淀ませた。その結果、魔力が枯渇した土地から本来生成される魔力がなくなり、徐々に世界を流れる魔力総量が減っていった』

 また元の流れに戻せばいいんじゃないのか。

『一度枯渇したところに魔力を流してもすぐには元に戻らない。ダンジョンは一日にしてならず。長い年月がかかる』

 それもそうか。
 それでも時間をかければ戻るわけだ。

『多大な時間をかければ、ね。戻るまでに当然として起こるのは分配の問題だ。少なくなった魔力をどう分けるか。争うのが目に見えてるよね』

 そこまで来ると私でもわかる話だ。
 水だの土地だの金だのドロップアイテムだのをどう分けるかで揉めている奴らは嫌なほど見てきた。

『けっきょく魔力の流れを戻すシステムも争いの方向にむいて、魔力総量はどんどん減っていく。その結果が今ってわけ』

 ……よそ者の私が言うのもなんなんだけどダンジョンを攻略してる場合じゃなくね。
 止めないとまずいんじゃない?

『何を止めるの?』

 そりゃ争いでしょ。

『争いを止めても魔力の流れはすぐには戻らないよ』

 さっきも聞いたよ、それ。
 だけど、今のままだと滅ぶんでしょ。

『遅かれ早かれ間違いなく滅ぶ。もう滅んでると言っても良い。で、滅ぶとまずいの?』

 人は別にいいが、ダンジョンが滅ぶのは困る。
 攻略できない。それにさっきのダンジョンみたいに消滅するのはあまり見たくない。

『ダンジョン主義のメル姐さんらしい回答だ』

 馬鹿にしていそうでしていないのはわかる。
 しかし、それ以外が何もわからん。言いたいことがあるならきっぱり言って。

『前にも言ったとおりだよ。この世界は「クエストのある世界」だ。ダンジョン主義の冒険者がやるべきことをやればいい』

 つまりダンジョンを攻略しろと。

『そう』

 攻略すると消滅するダンジョンとか嫌なんだが。
 それでも攻略しろと?

『そうなる。ちなみに攻略しなくても消滅するから。さっきのは運が良かった方だね。ダンジョンを攻略することが、たとえ攻略して消滅するとしても、巡り巡って大きな意味でのダンジョン維持に繋がるとは言っておこう。ふむ。喋りすぎたな。このへんにしておこう。前書きから飛ばしすぎってもんだ』

 前書き? なんの話だ?

『今回の話だよ。けっきょく昔話のオムニバス形式はやめた。没ネタのオムニバス形式――没ネタ集にしようと思ったけどこれもなんだか芸がない。よって、没ネタ集合体にした。没ネタを全部混ぜてみれば、一つの大きな物語になるんじゃないかってなったんだ』

 ますますなんの話かわからなくなったぞ。
 けっきょくどうなるの?

『わからない。俺たちのこれからの軌跡が示してくれるだろう。まぁ、なんだのかんだのいろいろあるけど細けぇことを言うのはやめよう。メル姐さんの物語、すなわちクエストはただ一つ、これのみだ』

 シュウがもったいぶっていったん止める。
 そして、私の疑問など知らんというように声たかだかに宣言した。

『メルよ――汝、"ダンジョンを攻略せよ!"』

 言い終わるや否や、フハハハハとかん高い声で笑い始める。

 絶対楽しんでるだろ、こいつ。


蛇足29話「没ネタ集 前編」

1.託宣と誓断の園庭

 

 シュウから予想を聞かされていたのだが当たりだった。

 

 攻略すべきハレニア水景がすでにない。

 私も荒野を進む途中で、シュウの予想が確からしいと感じたほどだ。

 

 水景と呼ぶからには水があるはずなのだろうが一帯は荒野で、水があるようには見えない。

 スポットとして湧き出しているわずかな望みもあったが否定された。

 

 ハレニア水景があったであろう場所には、でこぼこの干上がった地形しかなかった。

 過去に水が流れていたのだろうと推察できる窪みがあるだけで水やモンスターはおろか生物一匹すら見えない。

 

 ↑ 1,325

 "モゥタンジ氏の塔の攻略"

 

 感慨にふける暇もなく次のダンジョンが示される。

 ……この塔とやらも本当にあるのか。

 

『ダンジョンとしては消滅しているかもしれない。でも、塔と言うからには人が住んでいた形跡があるでしょう』

 

 それもそうか。

 しかし、今までと比べてかなり距離があるな。

 

『このあたりはもともと人の住む領域じゃないよ。岩石砂漠でしょ。この領域からようやく離れて人の領域に近づいていると考えられる』

 

 そうだといいがな。

 

 

 水のないハレニア水景跡地で一夜を過ごし、さっそく次のなんとか氏の塔へと進むこととする。

 しかし、あれだな。日が昇ったままの夜とはなんだかしっくりこないな。

 

『恒星が二つだからね。昼と夜の概念が今までと大きく違う。日の出てこない完全な夜の時間帯はかなり短い。明るい方の恒星が沈んでる時間帯も夜と言って良いでしょう』

 

 それがどうにも落ち着かない。

 月よりも明るい日がぽつんと出て輝いているのに、周囲が雲に覆われたように暗いという光景はなんだかな。

 二つも恒星があるのはかなり珍しいよな。今までの異世界でもなかった。

 

『いや、宇宙全体でみれば今までの異世界の方がレアだったと思う。今回の世界みたいな二つ恒星があるのを連星って呼ぶんだけど、宇宙全体で見れば連星の方がずっと多いんだ。生態系が栄えるなら、確率的には連星を周回する惑星のがずっと多くなるはず。さらに言えば、今回のは恒星間の距離がかなり離れてるタイプだね。明るい方を主星として、もう片方の暗いのが伴星になってる。近接連星なら今までの世界と似たような昼と夜になってたはずなんだけどね』

 

 専門的な話はよくわからんからいいや。

 とりあえず二つ日があると時間帯がよくわからないって言いたかったんだ。

 

 

 そんな話をしつつ私にしてはかなり走った。

 ようやくと言っていいくらいのところで目的の塔を確認できた。

 やはりどこまで行っても変わらない荒野の真ん中に、石造りの塔がぽつん立っている。

 塔と呼ばれる割りには背が低い、もっと空を突くような高さを予想していたが、精々三階か四階くらいではないか。

 

『おぉ、塔だね』

 

 シュウもやや驚いている。

 異世界に来て初めて人工物を見つけることができた。

 問題はこの人工物がダンジョンかどうかである。

 

 どう?

 

『おめでとう。まだダンジョンだ。ほんとギリギリだけど』

 

 やっぱりそうだよな。

 私から見てもギリギリだとわかる。

 入口の大きな扉は壊れてすでにどこかへ消えていた。

 塔の上に見える窓も外れてしまい、風と砂が入っている様子だ。

 なんなら最上階部分は崩れしまって、歪な形になっているのが遠くからでも見えていた。

 入れるかが怪しかったが、中を見るに大丈夫そうである。

 

 それなら挑むしかなかろう。

 住人がモンスターになって残ってたりしてな。

 

『それは求めうる限り最高の結果だ』

 

 攻略したところ、結果は最低に近いものだった。

 人の住んでいた形跡はわずかしか残っていない。モンスターは浮かび上がる石だった。

 自然豊かなダンジョンでときどき見かける精霊シリーズの石バージョン。侵入者に対して石の魔法をぶつけてくるだけのやつだ。

 しかも今回は石の魔法を避けたところで、こちらから斬りかかる前に崩れ落ちてアイテム結晶になった。

 

 ――モゥタンジ氏の塔の破片

 

 どうしようもないドロップアイテムである。

 ここまで役に立たないアイテムは元の世界でもなかなかない。やるな異世界ダンジョン。

 

『元から遺跡に近かったのが、さらに風化してしまった塔なのかな』

 

 シュウの求めていた書物はおろか、食器やテーブルさえない。

 隠し部屋がないかと調査もしてはみたが、すでにそれらの部屋も完全に荒らされていて本当に何も残っていない。

 残念な結果だったな。

 

『いや、そうでもない。ここまで徹底的に何もないってのが良い結果とも言える。人が住んでいた痕跡は見えないけど、明らかに誰かが全てを持ち去った様子がある。どうでもいい廃屋ならそこまでする必要ないでしょ』

 

 そうかもしれないが、手がかりと呼べるモノでもないし、ましてやダンジョン攻略ではまるでない。

 

 ↑ 315

 "トビト原野の攻略"

 

 感想を言っているうちに次の目的地が示された。

 

 原野とついているがまったく期待できない。

 どうせ荒野だ。土と石ころが転がっているだけと予測される。

 

 近いな。

 

『さっきよりは近いけど、感覚が麻痺してきてるね』

 

 今日のうちに行ってみよう。

 時間がよくわからないが何もなければそこで休みにすればいい。

 

 日が二つあると時間がいまいちわからんな。

 今は暗い方が消えてるから一つか。

 

『とりあえず明るい方を基準として考えれば良い。直上まで来てるから真っ昼間だよ』

 

 気分的にはもう夕方間近なんだが、どうも昼がすごく長く感じる。

 水分を含まない乾いた空気が余計に昼の暑さを感じさせてくる。

 

 小言を漏らしつつトビト草原まで行ったが、予想どおりに草原は草一つ生えない荒れ地になっていた。

 

 

 さらに一夜を明かし、二つのダンジョンまで行ったがどちらも荒れ地だけが広がっていた。

 

 ← 52

 "ネズ族集落の攻略"

 

 近いな。

 今までで一番近い。

 それに今日訪れた二地点と明らかに違う要素がある。

 

『ネズ族集落、ようやく人の形跡が出てきたね』

 

 本当にあるのか。

 どうせ地くれだけだろ。

 

『草もなく微生物すらいないなら、人のいた痕跡は残っている可能性は十分にある――と思ってたけど、この説は根本から間違ってそうなんだよな』

 

 

 そんな期待を込めてやってきたところ、ついに痕跡があった。

 痕跡はあったが、ダンジョンではないよな。

 

『そうだね。ダンジョンの反応はない』

 

 ほぼ荒野だが、家があったであろう基礎部分が見える。

 直線的な石がちらほら見受けられる。ただし、ほぼ基礎部分だけなのでそれ以外は何もない。

 

『ふむ。基礎部分が家だとしてだよ。ちょっと入ってみてよ』

 

 消えそうなほどに朽ちた基礎に囲まれた内側に入る。

 何もわからんぞ。

 

『両腕を広げてみて。狭くない?』

 

 両腕を広げれば基礎部分の端から端まで届くか届かないくらいだ。

 確かに狭いな。物置だったんじゃないか。

 

『他の基礎部分も同じくらいの広さだよ。全部物置だった可能性もあるけど、それ以外の可能性もあるでしょ。住んでいたのが人じゃなくて亜人だった場合だよ』

 

 ああ、なるほど。

 小さい亜人がここに住んでいたのか。それならわかるな。

 それで、それがどうしたんだ?

 

『とりあえずこの世界に亜人がいたことがわかった』

 

 ふむ。

 それは何もわからないことと同じじゃないのだろうか。

 

 ↑ 12

 "ヌー族集落の攻略"

 

 矢印が更新されたが、これまた近いな。

 近いのでちゃちゃっと行ってみたが、けっきょくこちらも基礎部分がわずかに残っているだけだ。

 同じく基礎部分の内部が狭かったので、シュウの小さな亜人説が有力になってきた。

 

 ↑ 0.7

 "ハム族集落の攻略"

 

 近いぞ。

 行ってみるか?

 

『待った。駄目だ。クエスト探査設定をいじる。最短ダンジョンだとまったく成果が期待できない。昔はこの辺りには似たような種族がいっぱいいたんでしょう。今はいないのが目に見えてるから、この周囲をスキップするか何か工夫をしないと何十件と無意味に回らされる。水分補給でもしてて』

 

 袋から水を出して飲んでいると、矢印の向きが忙しく変わっていく。

 距離や名前も次から次へと変わる。

 

『よし。ここだ』

 

 → 3,526

 "託宣と誓断の園庭の攻略"

 

『近場のダンジョンでこつこつ情報を集めていくのはもうやめだ。直で元凶その一に乗り込むことにしよう』

 

 そんなことできたの?

 最初からそうすれば良かったんじゃないか。

 

『ここまで荒廃しているとは思ってなかったんだ。現時点で本当に文明が存在しているかすら怪しくなってきた。ここは最優先で見ておいたほうが良さそう』

 

 で、そこにすら何もなかったらどうするんだ?

 

『ここに何もないことはあり得ない、が、目的の物以外に何もない可能性はある。そうなるとちとまずい。話が変わる。元の世界にとっとと帰ることも視野に入れる必要が出てくる』

 

 よくわからんがとりあえず行ってみればいいんだな。

 何もなくて元の世界に帰れることを期待しよう。

 

 

 走り始めて距離が3,000を切った。

 

 何もない。

 周囲は荒れ地ばかりだ。

 

 

 その後も走り続けて2,000を切った。

 

 やはり何もない。

 地形に多少の起伏はあるが小川の一つすら見えない。

 天気もずっと同じだ。晴れてはいるが雲が一筋、二筋あるくらい。雨は降る気配がない。

 

 

 いよいよ1,000を切った

 

 まったく何もない。

 かなり前に見かけた塔がずいぶんと懐かしく感じる。

 ここまで人の気配がない道中はいつぶりか。人どころか生物の気配もないのだが。

 

 

 900を切り、800、700と迫り、500を切った。

 最初の頃こそシュウも喋っていたが、いよいよ黙ってしまっている。

 

 400を切り、300、200を切った。

 どんどん減っていく数字がまるで終わりを示すカウンターのようだ。

 

『あ! あった!』

 

 数字が120に迫ったところでシュウが叫んだ。

 私にはまだ何も見えない。たぶん望遠のチートでみているんだろう。

 

『もうちょい進めば見えると思うよ』

 

 どうでもいい時は望遠で私にも見せてくるのにこういうときに限って近づかせる。

 都合の良い奴だ。

 

 

 90を切ったところで私にも小さく見え始めた。

 何かあるな。白い点ということくらいしかわからない。

 

 

 60を切り、白い点がかなり高い壁だと把握できた。

 

 

 40に至り、白く高い壁は横幅も相当とわかった。

 

 

 30で足を止める。

 

 ……でかいな。

 あれがまるごとダンジョンなのか。

 

『間違いない。この距離からでも魔力反応を確認できる。あー良かった。無駄足にならずに済んだ』

 

 ほんとだよ。

 実際に足を動かしたのは私だ。

 完全な無駄足だったらお前を折ってたかもしれない。

 

『なるほどなるほどぉ。ダンジョン周りに都市を築いて小規模で魔力を循環させて生きながらえたのか。終末だなぁ』

 

 ダンジョン近くに都市を作るのはこっちでも変わらないんだな。

 やはりダンジョン。ダンジョンが全てを解決する。

 

『……いや、まだわからんぞ。外壁からしてダンジョンと半ば融合してる。内部で今も生きているのが人とは限らない。なんなら何もおらず都市の機能だけがダンジョンとして動いているだけかも』

 

 何もいないのは寂しいな。

 都市のダンジョンなら人だったものがモンスターとして活動していたこともあった。

 それならそれでいいんじゃないか。

 

『いいわけがないんだよなぁ』

 

 

 そんなことを言いつつ25の距離までやってきた。

 

 白くて頑丈そうな高い壁がひたすら左右に並んでいる。

 今まで見た壁の中でもおそらく高さ的にも長さ的にも一番だろう。

 

『残念ながら高さは二番だね』

 

 そうだったか。

 どこか別の世界で見たんだろう。

 

 で、順位はともかくどこから入るんだこれ。

 ゲロゴンブレスか邪神様で壁をどかーんとぶっ壊すか?

 

『初手でそんな物騒なことはしないよ。それにその壁だけどね。見た目よりもずっと頑丈。ちょっと触ってみ』

 

 壁に手を当てると、表面がピリピリする。

 結界かな。

 

『いや、障壁。なかなか高度な障壁だよ。防御だけじゃなくて妨害も入ってる。まぁ、これくらいなら無理矢理壁面を歩いていってもいいんだけどちょっと気になることもある。俺で小突いてみてよ』

 

 シュウで壁を刺す。

 軽くパチッと音がしたが先端から壁に入っていく。

 

『あ、もういい。へい、刺しすぎ刺しすぎ。…………ふむ』

 

 どうかしたのか?

 

『いやね。反応があまりにもない。とりま外壁に沿って歩いてみようか。どこかに出入り口はあるでしょ』

 

 そうだな。

 遠路はるばるここまで来たんだ。

 敵や盗人みたいな真似はせず、堂々と入口から入ろう。

 

 

 壁に沿って歩き始め、元いた場所に一周して戻ってきた。

 ほぼ長方形ということはわかった。外周がとてつもなく長いのもわかった。

 しかし、真っ先に声に出すべきはその点ではない。

 

 おいおいおかしいだろ。

 出入り口が一つもないってどういうことだ。

 

『おかしいよね』

 

 シュウは笑っているが、私がおかしいといったのは異常という意味であり、面白いという意味じゃない。

 

 変だろ。

 ダンジョンの周りは全て白い壁。

 門もなければ扉もない。当然、安易に入ることはできない。

 

『出入り口がないのもおかしいけど、外に死体やゴミが一つも落ちてない。内部で全て完結してるってことだよ。さらにだ。そもそも、なんでここまでの壁が必要なの?』

 

 そりゃ、外部からの攻撃や侵入を防ぐ……あれ?

 

『気づいたね。外部から侵入する存在がこの世界にはいない。昔はいたのかもしれない。今もどこか遠くにいるのかもしれないけど、少なくとも見える範囲にはいない』

 

 しかも全体に障壁も張られてるんでしょ。

 魔力の無駄遣いじゃないか。

 

『外壁はダンジョンとしての境界を示すためかもしれないけど障壁までは要らない。話を戻すと出入り口一つ作らないのは異質さというより執念を感じる。あるいは妄念に取り憑かれていると言って良い』

 

 妄念?

 

『うん。人だとここまで徹底できない。保険意識が欠けすぎてる。狙ってやってるなら病的だよ。やっぱもうダンジョンに取り込まれてるかな』

 

 そういったことができる存在で一番パッと最初に出てくるのが竜なんだが、その線はないのか?

 

『ない。これは言ってなかった俺が悪いね。確かにこんなことができそうで実際にしそうなのは竜だけど、この世界に竜はいない。あいつらもあんなだけど世界の一員で、魔力循環システムに食い込まれてるんだ。特に扉がそうだね。近くに行くと魔力を吸うでしょ。こんな循環が崩壊した世界にはいられない。この世界は竜にすら見放されてる』

 

 あの頭がおかしい竜たちにすら見放されてるとはたまげたな。

 それで、どうする?

 

『入るだけが目的なら黒竜スキルからのゲロゴンブレスで壁を崩壊させても良いんだけど、その後を考えるといろいろ問題が多いんだよね。ちょっと危険だけど壁面を歩いて登ろう』

 

 壁走りね。

 ちょっと高いけどささっといけば問題ないだろ。

 

『いや、今回は妨害の障壁もあるから壁歩きかな。かなりゆっくり登らないといけない』

 

 これをか。

 見上げるが途中までしか見えない。高すぎる。

 

『まあ、ここまで走ってきたことを思えばあっという間だよ』

 

 それもそうだ。

 

 

 壁を垂直に歩いて登る。

 

 変な表現だし、初めてやったときは私も違和感があったが今では慣れたものだ。

 上に登れば登るほど風が強くなってくるのを感じる。ちょっと振り返れば地上が遠くになっている。

 先ほどまでは白い壁を見上げていたが、その壁が今は地面で、先ほどまで地面だった赤茶色大地の大地が壁という逆転現象が起きている。

 白い壁も相当高かったが、大地と比べればちっぽけだ。高いところから見ると、改めて大地がどこまでいって赤茶色で何もないことがわかる。

 

 壁を登り切ると重力が横から縦に戻る。

 どうも最初と最後に訪れるこの感覚が慣れない。

 

『構えて!』

 

 シュウの叫びでハッとして手を挙げる。

 私のすぐ近くに人が立っていた。

 

 剣と盾を持ち私を見ている。

 いきなり出てきた私に驚いている様子はない。淡々と無表情に私を見てくる。

 

 背は私よりも高く、体つきはそれなりにガッシリしている印象だ。

 顔も日に焼けており、この仕事をして長いことが伝わってくるが戦闘の意志はさほど感じない。

 

「kjtm言ったstppだ」

 

 男が口を開いて喋った。

 表情も淡々としていたが、声も淡々としている。

 ところどころで聞き取れない言葉があった。

 

 えっと、どうしようか。

 モンスターだったり、襲いかかってくるとか仲間を呼ぶ動作があれば切り捨てるのだが、その様子がまったくない。

 ここまで反応が薄いとこちらも対応がしづらい。

 

「私はjkjoのkoepp9854。あなたskojfをakjjpめる」

 

 何かを話しかけてくる。

 

『翻訳まで古いな。ところどころでおかしくなる。とりあえず人間だし、対応も紳士的だ。ちゃんと自己紹介して』

 

 ……えっ、ああ。

 私はメルだ。冒険者をしている。

 

「メル。私はjkjoのkoepp9854」

 

 私の名前を呼んでくれたことはわかる。

 ただ、そちらの言葉が聞き取れない。おそらく名前は言ってもらってるんだろうが、なぜか数字が聞こえる。

 

『数字で合ってると思う。符号と番号で管理されてるんじゃないかな』

 

 ああ、囚人とかが呼ばれてるやつか。

 

「ついてmxsoa欲しい」

 

 男がスタスタと歩いていく。

 私もその背を追いかかる。

 

『いや、別についていく必要はないんだけど……。それより内側を見てみなよ。ちゃんと都市になってる』

 

 壁の内側を見てみる。

 思わず息を飲んでしまった。

 

 中心に白い大きな建物が鎮座し、その周囲を白い建物が規則的に並び、道路も走っている。

 壁の外部があんまりな殺風景だったのに比べ、内部はあまりにも都市の様相を見せてきており壁の内外のギャップがすさまじい。

 

『人はいる。モンスター化してない』

 

 残念だな。

 

『残念ではないけど……。緩やかに滅びを迎えてるっぽい』

 

 どういうこと。

 

『そいつ、衛兵でしょ。一方でメル姐さんは侵入者。今の状況もおかしいけど、初手の対応がどう考えてもおかしかったよね』

 

 それはたしかに。

 こんなに落ちついて対応されたのは初めてだ。

 

『衛兵なら基本的に初手は攻撃か、周囲に異常を広く知らせる。どちらでもなかった。少なくとも落ちついて自己紹介しあうなんてことはない。もちろんこいつが例外の可能性はあるけど、当初はあったであろう対策マニュアルが長い年月で形骸化してるんじゃないかね』

 

 そんなことがあるのか。

 

『「見回りをしましょう。部外者を牢に連れていきましょう。報告書を記入して提出しましょう」そんな感じ。何のために該当行為をやるのかがスッポリ抜けてる。そして、「何のために」が意識されないから手段もおかしくなってくる。手段もおかしくなって実行力がなくなる。そんな状態。ここの哨戒に剣と盾を持たせてもあんま意味ない。空からの脅威に備えての弓か、距離を取って戦える槍、それに異常を知らせるための笛。ついでに、連れていくならそいつが後ろを歩くべき』

 

 これは私も疑問に思った。

 普通は後ろから武器を構えておくもんだよな。

 

『まだある。配置もおかしい。他の奴が遠すぎて見えないでしょ。こういうのは単独でやらない。視界の不足をカバーしつつ、互いを目に入れる位置にしておくもん』

 

 確かに他の奴もいるようだが、遠すぎて点にしか見えない。

 とりあえずあっさりと侵入はできそうだが、この後はどうするべきだろうか。

 

『……どうしようかなぁ』

 

 珍しくシュウも困っている。

 私はモンスターが出てこなくて残念なんだが、お前にとっては人が生活しているのは良いことじゃなかったのか。

 

『いやぁ、いっそ滅んで完全にダンジョン化するなりしてもらった方が対応が楽だった。ここの人間はもう家畜と同等じゃないかな。モンスターのほうがまだ価値がありそう。中央システムも期待できないぞ、これ』

 

 随分と辛辣な予想であった。

 ひとまず淡白な衛兵の背中をついていくことにした。

 

 そこまでおかしなことにはならないだろう。

 

 

 

 いや、やっぱおかしいわ。

 

 シュウよ。

 お前の指摘は正しいぞ。

 なんなんだこいつら。モンスターの方がずっとまともだ。

 

 例えばさっきの出来事だ。

 衛兵と一緒に床ごと降りる装置で都市内部に降りた後、他の衛兵と出会った。

 

「侵入者を発見しました。名前はメル。同行に関して好意的。どこへ連れていけばよろしいでしょうか」

「照会します。連絡があるまで25号室で待っていてください」

「かしこまりました。メル、ついてきてください」

 

 なお、翻訳は途中でまともになった。

 本当にまともになったのか疑わしい。まともじゃないと言って欲しかった。

 

 なんだろう。

 私は迷子の猫か、その程度の扱いだ。

 ときどき田舎のギルドでも、新人に似たような対応を受ける。

 

 その後もすれ違う他の衛兵も私を見るが、すぐに歩いて行ってしまう。

 もっと、なんだろう。興味とかないんだろうか。

 

 衛兵が一室に私を案内し、ここで待つように指示する。

 何脚かおいてあった椅子の一つに座る。つまらない部屋だが一つ気になることがあった。

 

「どうしてここにいるか尋ねないの?」

 

 謎の先客が衛兵に尋ねた。

 先客は女だ。こちらも淡白な表情で椅子に座っている。

 すらりとした白い服を纏って、武器を持ってないのを見るに兵士ではないだろう。

 まだあどけなさが残っているので、成人は迎えてもいなさそうだ。

 

「今はあなたの自由時間であり、この部屋は開放されています。故に、ここにあなたがいることに何ら問題はありません。メルを部屋から移動させなければ私に与えられた命令と相反しません」

「あ、そう」

 

 女は「つまらない答え」とでも続きそうな声で返す。

 すぐに女の子は私に顔をむけた。

 

「外から来たんでしょう。私は知ってる」

 

 あっそう。

 

 私も女と同じ答えを返す。

 

「外には何があるの?」

「エルミスのイヤヌアリオス01に警告。今の質問は禁忌に該当します。メルも返答をしないようにしてください」

『教えてあげて』

 

 何もないぞ。

 ここの外には何もなかった。

 少なくとも私が目に見える範囲にはな。

 動物も植物も川も魔物も、まともなダンジョンすらない。

 

 外に何があるかだって?

 私が聞きたいよ。なんなんだこの世界は?

 ようやくダンジョンかと心が躍ったのに、外に負けず劣らずの殺風景な部屋で、訳のわからん二人組に無味無臭な表情をみせつけられながら、意味のわからん会話をさせられているときた。

 

 おいシュウ。

 お前は私をここに来させて何がしたかったんだ。

 

『この都市の中心にひときわ大きな建物があったでしょ。あの建物に置かれているあるモノに俺を触れさせて欲しかった。途中にモンスターやボスがいる』

 

 そうだ。

 それこそダンジョン攻略だ。

 最初からそれで良かったんだよ。

 ここはもうダンジョンだ。衛兵と仲良くダベるところじゃない!

 

 ――よし、やるぞ!

 

『ここで残念な報告を一つ』

 

 席を勢いよく立ち上がったところでシュウが水を差す。

 

『ダンジョンが劣化してる』

 

 劣化?

 

『劣化という表現が正しいかはわからない。まず、箱庭ダンジョンが人を腐らせた。ここは実感してるでしょ。で、次にその腐った人間と長年にわたる無味無臭で無刺激な日々が、このダンジョンを逆に劣化させてしまった。種を土に植えて育てようとして、ヘドロ水を捲いたら、種が腐って、ついでに土も腐った。そんな状態』

 

 嫌な喩えだが、なぜそんなことがわかる。

 ここでこそ穏やかだが、中心の建物に近づけばモンスターやボスが出てくるんだろ。

 お前も出てくると今さっき言ったばかりじゃないか。私でも覚えてるぞ。

 

『俺は、モンスターやボスが「いる」と言ったんだ。「出てくる」とは言ってない。出てきても戦闘になるかは怪しい』

 

 なんでだ?

 

『外壁に魔力が流れてた。都市を上から見てわかったけど内部もちゃんと魔力が流れてる。こんな使われてない部屋ですらきっちり魔力が全体に流れてるんだ。これがどういうことかって言うと、内外問わずダンジョンは全てを監視してるってこと』

 

 私がここにいることだけじゃなくて、外にいる時から気づいてたってことだな。

 

『気づいてるどころか、会話や動作の全てを把握してるはず。それなのにまったく敵対反応が見えない。壁に俺を刺しても無反応だったでしょ。ダンジョンが腐敗、摩耗、劣化、錆び付いてる、どの表現が良いのかわからんけど、とにかく現状ではメル姐さんが望む攻略にはなりえない。無抵抗だよ』

 

 そうか。

 そうなのか……。

 

 力が抜けて椅子にまた座る。

 せっかくここまで来て、立派な箱はあったのに中身がこれか。

 

『どんまいどんまい』

 

 心なしかお前うれしそうじゃないか。

 むかついてきたんだが。

 

『いやね。ダンジョンはアレだけど、俺としてはもっと気になることができたんだよね。その女の子にどうしてメル姐さんが外から来るって知ってたのか尋ねてよ。この部屋で先んじて待ってたから予想はつくんだけど、念のため確認しておきたい』

 

 どうにもやる気が出ないが、やるせなさを紛らわせるために女に目を向ける。

 相変わらず、表情が淡白で面白みがない。

 このダンジョンのようだ。

 

 女は私に興味があるようで視線をまったく逸らさないが、私は女に塵一つ分の興味もない。

 諦めも兼ねて、ため息を一つついて女に尋ねる。

 

 お前はどうして私が外から来ると知ってたんだ?

 

「未来で見たから。でも、あなたにこうして会ったところから一切の未来が見えなくなった。どうして?」

 

 未来を見た?

 クスリでもやってんのか。

 衛兵に、シュウに、女までもか、頭がおかしい奴しかいないな。はぁ。

 

『おいおい、自分を入れ忘れてるぞ。冗談はさておき、たぶん予見魔法だ。超が三つくらいつくレアな魔法だよ。名前のナンバーが01だったでしょ。生まれた時季と役割、それに同じ役割の累積重複数で採番してるなら。この子はこの都市で初めて誕生した予見魔法の適合者』

 

 予見魔法?

 特殊魔法か。そんなのあったよな。

 一時期、興奮して未来がどうとか一方的に話してただろ。

 

「違う。予見魔法は特殊魔法じゃない。特殊魔法の未来予知系統は啓示魔法。啓示は哲し示されるもの。声、文字、視覚、あるいは匂いや幻覚によって未来が何モノかによって伝えられる。一方の予見は自らの視点で将来見るモノだけが予め見させられる、と言われていたようだけど違ったみたいだね。内容的に衛兵の視点からの映像を見ていただろうから第三者の視界を通しての未来も見えるのか。大発見だ。あるいは異世界独自の影響を受けてるのか調査しないといけない。これだけでも異世界に来た甲斐があった」

 

 ご満悦である。

 次から次へと早口で言葉が出てくる。

 

 それで女の質問に対する答えは何なんだ。

 私に会ったところから未来が見えなくなったようだぞ。

 

 ハハ、と乾いた声でシュウが短く笑った。

 これは相手を小馬鹿にしている時のやつだ。

 

『まともな環境で過ごしてたら絶対にしない質問だよ。この点に関しては箱庭でぬくぬくと時間を浪費してたことに感謝するばかりだね。わざわざ確認しに会いにまできてくれたんだから。シンプルな答えはこうだ――その時点で死んで未来が途切れるから』

 

 ……私はわざわざ殺さないぞ。

 そんなことをする気分でもないしな。

 

『シンプルに考えればそうってだけだよ。まぁ、仮説はいくつか出せるけど、未来の分岐が多すぎて定まらないってのが現時点でもっともらしいかな』

 

 シュウの仮説をそのまま女に伝えた。

 

「分岐が多すぎるってどういうこと?」

 

 女はわかっていない様子である。

 当然、私もわからない。

 

『例えば、だよ。メル姐さんがその子に「一緒に外に行かないか?」と誘った時に彼女の回答がどうなるかを考えよう。その子の心は大きく揺れ動くだろう。外への好奇心は抑えきれないほどにあるけど、不安も当然としてある。本当に出て行って大丈夫なのか、残された肉親はどうなるか、この臭い女は何もないと言っていたから、やっぱり何もなく外に出る意味はないんじゃないか、でもそれは本当かってね。自らの心の迷いによって答えが出せない。回答が常にぶれ続ける。それが分岐が多すぎるってこと。自らの見たいもの――ひいては行き先がおぼつかない。心が未熟なんだよ。自らの芯も軸も礎も何もない』

 

 後半があまりにもぼろくそなので、迷いが多いとだけ伝えておく。

 あと、お前は後で蹴るからな。油断するとすぐ私の悪口を入れてきやがる。

 

 質問は済んだな。さっさと終わらせるか。

 建物の中心に行って、何かにお前を触れさせれば良いんだろ。

 

『悩んでる。最初はその予定だった。でも、現状を見て、これなら壊してしまっても良いかなって。それでも偶然とはいえ、超々々レア魔法の適合者も発見に至ったわけでやっぱ壊すまではしないでも良いよなと思ってしまった。壊すとまずいのは確かだし。でも、うーん、迷うな』

 

 今日は互いに良く悩む日のようだな。

 珍しい日だ。

 

『うん。…………え? メル姐さん「が」悩んでるの?』

 

 なんでそんなに「が」を強調するんだよ。「が」を。

 私が悩んで悪いか。

 

『本当に悩んでる? 何に悩むの? 「悩む」の意味わかってる?』

 

 釈然としないようだが私だって悩む。

 どうしてこんなにダンジョンが攻略したいのにダンジョン側がやる気ないんだって。

 ほんとに攻略してもいいのか? 仮に無抵抗のダンジョンを攻略したとして、これは攻略したと胸を張って言えるのかって。

 私は満足できる気がしない。ここまで来たのにそんな微妙な結果で良いのかって。

 

『ごめん。ほんとだ。さっきも聞いてたわ。マジで忘れてた。これは俺が100%悪い。スマソスマソ。悩みは悩み。人それぞれとは言え、大小で語るべきものじゃない。あまりにも卑小な悩みだからって漫然と聞き過ごすべきじゃなかった。反省しまぁーす』

 

 反省の言葉と態度とは到底思えんぞ。

 

『メル姐さんとしてはこのダンジョンがダンジョンっぽくなれば良いわけだ。モンスターが襲いかかってきて、ボスがどかーんと出てきて手応えがあればそれで良し。そもそも別に襲ってくるのがダンジョンのモンスターやボスではなくても良いよね。要するに手応えやら達成感が欲しいってことでしょ』

 

 非常に引っかかる言い方だがそうなるな。

 でも、このダンジョンはもう摩耗してるからそれが期待できないんでしょ。

 

『ダンジョンはね。でも、中央システムは生きてる。俺なりの反省をみせよう。俺の悩みは横に置くことにした。システムをどうするかはメル姐さんに一任する』

 

 どうするというんだ?

 

『言ったとおり俺は必要最低限のことしかしない。具体的にどうするかはメル姐さんが決めること。じゃあ、今から言う俺の言葉を続けて』

 

 

 "託宣(オラクル)へ告げる。我が言葉を至上とせよ"

 

 ……それだけ?

 

 待ってみたが続きはないようである。

 言ってはみたが何も――

 

 音が響いた。

 異常な高音が鳴り続ける。

 

 座っていた女が席を立った。

 ずっと私を見ていたが視線が離れる。

 衛兵の方は相変わらずだ。淡白な表情のままである。

 

 ようやく音が鳴り止み、どこからか声が聞こえた。

 

《庭園のみなさま。エルパ548区画、25号室に客人がお越しです。かの客人は庭園の果実を盗み、土を荒らすもの。故に、我らが主はかの客を敵と認定いたしました。みなさまは客人の対応にあたってください。主の言葉を伝えます》

 

 女性の声だ。

 ゆったりともったいぶるように言葉を紡いでいく。

 シュウと違って心地よい声だ。ゆっくりすぎるきらいはあるが、頭にスッと自然に入ってくる。

 

《主は言われました――「わが子らよ。わたしの言葉に従うと誓いなさい」》

 

「宣誓。――私の行動は主の言葉とともにあり」

 

 衛兵が目を瞑り、おごそかに呟いた。

 外からも同じ言葉が複数重なって聞こえてくる。

 衛兵の近くに立っていた女は、途中で噛んだのか最後まで言えてなかった。

 

 衛兵の体にうっすらと黄色い光が纏わりついている。

 一方で女の方は黄色い光が纏わりつかない。衛兵が私と女の間に守るように割り込む。

 

《主は言われました――「わが子らよ。其の手に武器を取りなさい」》

 

 衛兵が腰に戻していた剣を握り、逆の腕に持っていた盾を構える。

 握られた剣と盾にもまた、うっすらと黄色い光が広がっていく。

 

 表情は淡白なままだ。

 しかし、先ほどまでどこを見ていたのかわからなかった瞳が、今は明確に私を見下ろしている。

 何を考えているかはいまだにわからないが、何をしようとしてくるかはわかる。

 おいおいなんだよ、ようやくわかりあえた気がするな。

 

『さて、メル姐さん。忘れかけてるけど、ここは異世界。メル姐さんが人間を斬り殺しても復活するから』

 

 今日初めてシュウの意図することを正確に理解できたかもしれない。

 いろいろ疑問は尽きないが、どうでもよくなったのでわざわざ聞き返すこともない。

 

 席を立ち、邪魔な椅子を横に蹴ってどかせる。

 そして、片手にシュウを握る。

 

《主は言われました――「わが子らよ。敵を憎んではいけません。呪ってもいけません。復讐してもいけません。愛を持って武器振るい、敵を祝福しなさい」》

 

「主の敵に――祝福を」

 

 ここでもまた衛兵の声と外からの声がかぶる。

 衛兵が武器を持ち、私に近づき、部屋の外からははっきりと足音が響いてくる。

 

 おもしろくなってきたじゃないか。

 

『メル姐さん。シュウは言いました――「存分に攻略を」』

 

 シュウも余計なことは言わず、ただ私に任せた。

 

 

 

 襲ってきた衛兵を盾ごと蹴り倒した。

 

 やべ、強くやりすぎたか。

 

 楽しくなってきたため強く蹴りすぎてしまった。

 衛兵は後方に派手に吹き飛び、女を巻き込んで壁に激突する。

 壁を突き破ったところで、二人とも光となってアイテム結晶を残して消えた。

 

 はて?

 普通に立ってたよな。

 だいたいあの距離なら能力半減で倒れるはずだが。

 スキルを切ってたか?

 

『効いてなかった。良い感じに狂ってる。害意なしの武力による祝福か。いつまでその意志を保てるかな。――出るなら扉じゃなくて、今できた穴から出て』

 

 突き破った壁の穴から外に出た。

 先ほどまで人形のように歩いていた兵士たちが、今はモンスターのように剣と盾を持って襲ってくる。

 部屋にいた衛兵と同様に黄色い光をうっすらと纏っている。

 

 盾持ちはあまり戦いたい相手ではないのだが、さほど動きの良くない相手なら問題にならない。

 盾ごと蹴り倒すか、剣の方に回って腕を斬るかだ。

 かすりさえすれば状態異常がつく。

 

 状態異常が一体にでもつけば、感染スキルで周囲の衛兵も倒れていく。

 対集団戦における私の必勝パターンだ。

 

《主は言われました――「わが子らよ。敵に屈してはいけません。倒れても立ち上がり、強靱さをもって敵を征服しなさい」》

 

 倒れていた衛兵たちに緑色の光が纏わりついた。

 麻痺で痺れていた衛兵から震えが消え、ゆっくりと立ち上がる。

 

『倒すことにこだわらない方が良いだろうね』

 

 そのようだな。

 超上級にいる強いアンデッドかゴーレムのようなものだろう。

 動きは遅い。倒さずにさっさと進もう。

 

 どっちに行けば良い?

 似たような見た目の通路でどこにいるのかさっぱりわからん。

 

『上から見た方が良いよ』

 

 そうだな。

 一足飛びに建物の屋上へ上がる。

 背の高い建物がないのはありがたいことだ。

 

 建物の上から見ると、目的の中心にある建物がどこかはっきりわかる。

 衛兵たちもあちらこちらからこちらにむかって走ってきていた。

 しかし、その足は遅いと言わざるを得ない。

 

 この都市は非常に区画がそろっている。しかも建物の規格もほぼ同じだ。

 要するに屋上を走るのが容易だ。

 

《主は言われました――「わが子らよ。わたしの言葉が速やかに走るがごとく、その足で地を強く蹴り速く走りなさい」》

 

 衛兵たちがさらに橙色の光を纏った。

 地面をだらだら走っていた兵士が私と同様に屋根へと飛び上がり道を塞ごうとしてくる。

 それどころか今までのダラダラとしていた動きからキビキビとした動きになった。

 剣や槍を振る速さも変わっている。

 

『いったんストップ。地面に降りて。ステルスを使うから』

 

 足を止める。

 兵士に背を向けて後退し、屋上から飛び降りる。

 シュウがステルスをかけ、着地した時には体が透明になった。

 

 兵士たちは私を見失い、困惑しつつうろついている。

 私も一気にここまで走ったので一息つく。

 

 今さらだがどういうことだ。

 兵士たちが襲ってきたのは主とやらの言葉に従っているからとわかる。そこはどうでも良い。

 

 強化魔法が異常だ。異常すぎる。

 ここまで広範囲かつ多要素で強力なバフ掛けは元の世界でも見た覚えがない

 

『そりゃ、元の世界にはないからね。この世界の特徴だよ』

 

 この世界の特徴は「クエスト」でしょ。

 私にダンジョンの位置と距離、それに名前を示してくれた。今は見えないけど。

 

『メル姐さんにとってはそう。だいたいあってる。でも、他の人……グループにとっては違うの。例えば、ここの人たちにとっては「お告げと誓い」かな。「主から命令」があって、「その命令に従って行動する」。そうすると「力を得られる」って具合だね。枠組みとしては依頼とその攻略、攻略達成への報酬みたいな感じ』

 

 なかなかわかりやすい。

 いろいろなパターンがあるわけか。

 ん、待てよ。それなら私もダンジョンを攻略すると報酬が出るのか。

 

『出ない』

 

 出ない?

 攻略に対する報酬があるんじゃないのか。

 

『そのあたりがちょっと複雑なんだ。依頼、攻略、報酬の中で軽重をある程度の幅で決められる。メル姐さんの場合は依頼に重みを置いてる。ダンジョンの距離、方向、名前がわかる。攻略するかどうかの選択も自由と緩くしてる。代わりに報酬はなし。ドロップアイテムが報酬みたいなもん。あ、いや、待てよ。報酬ゼロはあり得ないな。メッセージくらいは出るかもしれない。「攻略おめでとう!」って。まだ一度も達成してないからぜひやってみて』

 

 メッセージとか要らないんだが。

 ダンジョンの方向と距離がわかるだけでも充分ってもんだな。

 ドロップアイテムがあればそれで良い。

 

『この世界のシステム的な報酬はないけど、もしかしたらチートスキルとして何か手に入るかも。ダンジョン的には摩耗してるけど重要拠点だからね』

 

 楽しみにしておこう。

 それで、こいつらはシステムの報酬に重みを置いてるってことか。

 報酬としてこの異常なまでの強力なバフを得てるんだな。……報酬だけひたすら強化すればいいんじゃないの?

 

『いやいや、そんな都合が良い話はない。報酬を強化するなら依頼と命令にきつい制約がかかる。住人かつシステムの範囲内とか、命令に従わなかった場合のデメリット増加とか。それでバランスを取って報酬をより多くしてる。そのための魔力箱庭だ。内部であれば超強化ができる』

 

 確かにバフは私でも異常と感じられるほどに強い。

 強くはあるが……。

 

『脅威はないでしょ。駒が良くないね。躊躇はないけど戦闘慣れしてるわけでもなく、統率と連携もまったく取れてない。正直、余裕でしょ。面白半分で様子見してたし』

 

 さすがにバレてたか。

 珍しいバフだったので興味があって緩く流していた。なめすぎていたか。

 

『いや、俺もこの世界のやり方を見たかったからちょうど良かった。残念だけど、この先は期待できない』

 

 なぜだ。

 さらに強化をかけてくるんじゃないか。

 

『チートじゃないんだから強化にも限度がある。重ね掛けしてもあんま意味ない。連携ができてないのが致命的。今の時代と地域環境からして仕方ないんだけど、連携の訓練が絶対的に足りてない。この戦法は駒の強化と連携が両輪として進むから強いんであって、連携が欠ければ迷走に陥る。ついでに言えば戦法も悪いんだよね。もっときめ細かい指示がいる……いや、駄目か、命令の制約でできないんだろうな。けっきょく駒たち自らの連携が欠けているのが致命的って結論に戻ってくる』

 

 衛兵達は見えなくなった私を探索している。

 そんな彼らを脇目にステルス状態のまま中心の建物に歩いて進む。

 

《主は言われました――「わが子らよ。わたしの周囲に集まり、誰一人通らせない陣形を整えなさい」》

 

 ようやく中央の建物へと兵士を集めて守りを固める算段のようだが、私はすでに衛兵たちを越えて建物の真ん前に来てしまっている。

 振り返って彼らを見ていると私から見ても連携が悪い。陣形を整えるのにわちゃわちゃと固まり、なかなかまともな形にならない。

 そんな彼らから目を逸らして目的の建物に歩いて入ることにした。

 

 

『お、久々に見た気がする。すごい新鮮な気分』

 

 ほんとだな。

 清々しい気分だ。

 

 遠目でも気づいていたが、中央の建物には扉がなかった

 大きな屋根とそれを支える太い柱だけで構成された、規模の大きな吹きさらしの空間である。

 屋根には採光のためか大きな窓がついており、二つの日が内部を照らしている。

 

 内部には植物が所狭しと育っている。

 異世界に来て初めて植物を見た。見慣れてるとまるで感じないが、ここでは貴重なモノだとわかる。

 人型の白く大きなゴーレムがあちらこちらに配置されているが、植物の蔦がゴーレムを絡め取り、ゴーレムも抵抗せず眠っているようである。

 

『ダンジョン機能が摩耗してなかったらもうちょいまともな攻略になってた。このゴーレムは見た感じ魔力機構がついてるから、デバフをばらまく役目もあったのかな』

 

 残念だな。

 動くところを見たかった。

 

 植物の合間を進み、中心へとむかう。

 ひときわ大きなゴーレムが建物の中心に鎮座していた。

 

『うーん。本来はこいつが統率役か』

 

 やはり動く気配はない。

 こちらも植物の蔦が絡まり、色とりどりの花に彩られている。

 

『あったあった。ゴーレムの手元』

 

 ゴーレムの大きな手が何かを包むようにかたまっていた。

 その中心には透明なケースで何かが飾られている。

 

『ゲームなら近づくとゴーレムが動き出す定番の演出なんだけど、期待できなさそうだな』

 

 シュウが残念そうな口調で呟く。

 私も同意せざるを得ない。

 

 

 …………え。

 

 中心に近づき透明ケースの中身を見て、私は思考が止まった。

 

 何で、これ? え?

 

『そんな驚く? 見たとおり骨だよ』

 

 いや、骨であることは理解できる。

 なぜこれがここにこんな形で置かれているのか理解できないんだ。

 

 過去にダンジョンを攻略した時も骨が置かれていることはあった。

 それでも人の形となるように置かれていた。

 

 ここは違う。

 どの骨が人のどの部位なのかわからないくらいにぐちゃぐちゃに置かれている。

 頭蓋骨からして人だとは思うが、その頭蓋骨も半ば別の骨に埋もれてしまっている状態だ。

 この状態にしてまで置く意味が理解できない。

 

『何を今さら。別に今までも理解なんてさほどしてないでしょ』

 

 言われてみればそれもそうだ。

 ちょっと驚いてみたらどうでもよくなってきた。

 

『で、どうする?』

 

 どうするって?

 

『戦闘前にシステムを具体的にどうするかはメル姐さんに任せるって言ったでしょ。この骨がこの都市のシステムの根幹。どうする?』

 

 どうするって言われてもな。

 理解をまったくしてない私に言わせればただの骨だぞ。

 埋めるなり砕くなり灰にするなりしてやっても良いが、今のままでもある意味で安置されてると言えるし、このままでいいんじゃないの。

 

『それがいいかもしれないね。思ったよりもシステムとして完成されてる。壊すには惜しい。ただ、この崇高さは人がついてこないな』

 

 何と言うかあまりにも予想外すぎて毒気を抜かれてしまった。壊す必要はないだろ。

 それよりそろそろご飯食べたい。

 

『そう。破壊はしないなら持ってく?』

 

 いらねぇよ。

 お前、私を犬かなにかだと思ってないか。

 どうでもいいよ、こんな骨。

 

『便利なんだけどな……。じゃあ、当初の予定に沿って進めるか。俺をケースに突き刺して、骨に触れさせて。骨は壊さないようにゆっくりね』

 

 あまりやりたくないが、シュウをケースに突き刺して骨に触れさせる。

 

『はい。終わり』

 

 一瞬だった。

 衛兵たちのように光もしなければ、謎の声や音が出るわけでもない。

 

『……いや、出たよ』

 

 

"託宣と誓断の園庭の攻略を完了しました"

 

 

 無機質な文字が出てきた。

 出るかもとは聞いていたが本当に文字だけである。

 

 ↓ 15,556

"指揮と従属の砦の攻略"

 

 しかも攻略した感動もなく次のダンジョンが示される。

 もっとこうさ。何かあるだろ。攻略おめでとうの言葉すらない。要らないとは思ったが本当に何もないとちょっと寂しい。

 

『……いやぁ、遠すぎるだろ。スタート地点を挟んだ反対側じゃないのか、これ。もっと遠いのか。クリア特典のスキルはもらえたけど、移動には何の役にもたたねぇ』

 

 シュウが恐れおののいている。

 私としてはさほど気にならない。

 

『とりあえずここから出ようか。ステルスで姿を消して来た道を戻ろう』

 

 もう出るのか。

 ダンジョンのどこかで一晩過ごしてとかじゃ駄目なの。

 

『一晩はまずい。システムが再起動した時に巻き込まれる可能性がある』

 

 よくわからないがいるとまずいようである。

 さっさと消えよう。

 

『ごめん。ちょい待った』

 

 踵を返そうとしたところでストップがかかる。

 何だ? 私はあまり骨とにらめっこをし続けたくないんだが。

 

『……アイテム袋から取ってほしいのがある』

 

 

 その後はシュウの指示に従い作業を終えた。保険だとか言っていたが意味はわからない。

 いつものことである。もう慣れてしまった。

 

 骨と花とゴーレムの墓場から出ると、外では衛兵たちが倒れている。

 

『なるほどね。こうなるのか。ステルスは要らないな』

 

 おいおい、なんだこれ。

 死んじゃってるのか。

 

『いや。気絶してるだけ。ここのシステムを無理矢理切っちゃったからね。あれだけの魔力循環を制御する役が消えたから、体内で軽い魔力暴走が起きてショック状態になったんでしょう。ほっとけば意識は戻る。しばらくは満足に動けないかもしれないけどシステムが再起動すればうまいことするでしょう』

 

 よくわからんが良し。

 死んでないならなんとかなる。

 

 不気味なほど静かな街並みを歩いて外壁まで戻る。

 白い壁や街並みを見ると先ほど見た誰かの骨を思い出してしまう。

 

 けっきょくあれは誰の骨だったんだ?

 

『この世界がこうなってしまった原因になった奴の骨』

 

 ……なんでそんな奴の骨が安置されてるんだ。

 むしろ粉々に砕かれてしまわれそうなものなんだが。

 

『そいつ自身の能力が原因ではあるけど元凶ではない。元凶は自分たちヒト――身から出た錆だってのはわかってたんでしょう。とにかくアイテムとして便利なんだよね。骨だけになって千年以上経ってもまだあれだけの力が引き出せる。粉々にすると効力が損なわれる恐れがある。それを危惧してあの状態で安置されてた』

 

 よくわからないのでこれ以上の質問をしないことにした。

 ご飯のことを考えた方がよほど建設的だ。

 

『はて、そろそろのはずなんだけど来ないな』

 

 うーんとシュウが唸っている。

 建物を曲がると昇降機の前に人が二人立っていた。

 

『お、いたいた。「見た」からわざわざ待っててくれたのね』

 

 一番最初に出会った衛兵の男と予見魔法とやらを使える女だった。

 他の奴は倒れているのにどうして二人は……、ああ、そうか。

 

『そう。この二人は最初に倒したからね。システムシャットダウン時はまだ復活してなかったから魔力暴走の影響を受けてない。他の奴らはバフをマシマシにしてたのが裏目に出ちゃった訳だ。中途半端にしぶとく生き残ってしまったツケを現在進行形で払ってる』

 

 あ、そう。

 私はもう消える。邪魔をしたな。

 名前も覚えてないが適度に元気に過ごしてくれ。

 

「私は、外の世界に何があるのか知りたい」

「エルミスのイヤヌアリオス01に警告。その知識は禁忌に該当します」

 

 知りたいなら自分で見てみればいいんじゃないのか。

 私は何もないと思っているが、「何もないから良い」って言う奴らもいるからな。何もないってのは何かがある一種の状態なのかもしれない。

 それと禁忌とやらを裁くシステムはしばらく動かないようだぞ。夜には戻るそうだ。

 ……システムがとまってるようだが昇降機は動くのか。

 

『動く。都市の魔力循環自体はダンジョンによるものだからね。それに止まってても壁を歩いていけばいい』

 

 それもそうか。

 

「私は、外に行きたい」

 

 女が昇降機に乗った。

 女を追いかけて衛兵が昇降機に乗る。

 私も昇降機に乗ると、どういう仕組みなのか昇降機は勝手に動き出した。

 予想外の動作だったのか衛兵が心なしか驚いているように見える。

 

『俺が動かした。瑣末なシステムだからね。干渉が容易』

 

 ゆっくりと高度が上がり、都市がどんどん遠ざかっていく。

 女は興味津々といった様子で面白みのない都市を見つめ、男は女が昇降機の端に近づきすぎないよう女の腕を掴んでいる。

 

 壁の上に到達し、女が昇降機から降りて壁の外側を見つめる。

 随分と楽しそうだ。

 

「広い。これ、全部外なの?」

 

 まあ、そうだな。

 まさか初めてみたのか?

 

「うん! 自分の目で見たのは初めて!」

 

 表情は淡白だが口は開きっぱなしだ。

 声は無邪気な子どものように楽しそうである。

 

『……ん?』

 

 見て満足したか。

 私はもう行く。

 

 ひょいと柵の上に飛び上がる。

 一歩先はもう壁の外側で、落ちてもスキルで問題ないとは言え怖いものは怖い。

 

 それでシュウよ。

 この女はどうするんだ。

 お前は予見魔法だと興味津々だったが今は妙に静かだ。

 お前もそこの女も、外に連れてって連れてってと駄々をこねると思っていたのだが。

 

『女が駄々をこねない理由はシンプルで迷いがあるから。この先の未来は見えてないだろうからね』

 

 お前が女を連れていけって言わないのは?

 

『ほんのさっきまでは無理矢理にでも連れていく予定だった。予見魔法の知見を深めたいからね。でも状況が変わった。大きく見誤っていた可能性が高い。心が未熟すぎる所以を察した。――その子に年齢を尋ねて』

 

 年齢?

 十七かそこらだろ。

 

 答え合わせも兼ねて女に歳を尋ねる。

 

「八。もうすぐ九」

 

 …………は?

 いや、え、八? 九にしても随分と大人びてないか。

 あ、わかった。前にもあったぞこれ。異世界だから年齢の数え方が違うってやつだ。

 

『正しい』

 

 だろ!

 

『悪い意味で正しいかもしれない。後ろの衛兵にも年齢と一年の日数を尋ねてみて』

 

 後ろの衛兵に尋ねる。

 こちらは二十だった。こっちもちょっと老けてるな。

 その後で一年の日数を言う。私の世界よりも少し長いな。これはどうなの?

 

『ちょっと待ってね。一日の長さも違うからそこも入れて計算してみる。……うん。メル姐さんの世界換算だと、そこの女の子は七歳に成り立て。男は十八か』

 

 七……?

 どういうことだ?

 おかしいだろ。男よりは幼く見えるが、七歳ってのは何が何でもありえんぞ。

 早熟にもほどがある。すでにダンジョンの攻略を始めていてもまったくおかしくない外見だ。

 

『いや、それは元の世界でも事情をうかがうレベル。声かけ保護案件だよ。この子はまず間違いなく予見魔法の副作用だろうね』

 

 強力な魔法は魔力の多大な行使から副作用が多いと聞く。

 特に一般的なモノでなく特殊なものに現れるとか。瘴気の魔法とやらを使える奴が、周囲に毒を自然発生させるんだったか。

 

『どういう形態や時間幅で未来を見させられてるのか知らないけど、見た時間分の歳を取ってるんじゃなかろうか。予見魔法の適合性が高すぎるんだ。他人視点でも見てるってのが非常にまずい。おそらく本人だけじゃなくて見た他人の方も歳をその分だけ取る』

 

 私は再度衛兵の方を見る。

 私の世界だと十八だとシュウは言っていた。

 日に焼けているとはいえ十八には見えない。二十半ばのおっさん予備軍だ。

 

『十五、六なら自分の道を自分で選ばせてもかまわないんだけど、七はちょっとなぁってことで停滞してる。きちんとした教育を受けてるわけでもなさそうだし。ちょっと保護者と相談しようか』

 

 親にか?

 両親はいるか。

 

「庭園では、子が両親を知らされることはありません」

 

 衛兵が答えた。

 両親が知らされることはない?

 

『ディストピアあるあるだね。子どもが生まれた時に両親と切り離されて、システムに都合の良い教育法で、一律かつ画一に育てられる。親を知らせると教育と統治のシステムに綻びが生じる。この流れなら結婚相手も相性をシステムが判断して選ぶでしょう』

 

 ……よくわからん。

 あまりにもわからない。聞かなきゃ良かったレベルだ。

 

「私はよく二人の視線で『見てた』から親を知ってる。二人とももういない」

 

 それってそういう意味?

 

『死んでる。予見魔法で他者の成長を加速させることもほぼ確定。それ以外にも何か起きてる可能性が高い』

 

 聞く相手がいなくなっちゃったけど。

 

『もう一人は確実にいるでしょ』

 

 うん?

 

『後ろの衛兵が兄だよ』

 

 ……え、兄妹なの?

 確かに似てるが、兵士はどれも似てた気がする。

 

「私たちは兄妹の認定をされていません」

 

 違うって言ってるようだが。

 

『親子の認定がないなら、兄妹の認定だってないでしょ。そもそも外部からの認定なんている? 必要なら俺でちょっと血を吸わせてもらえば認定できるよ。でも、いらないでしょ。顔も似てるし、声も似てる。さらに予見魔法で他人の視点から見るにしても、女の話では親類縁者を見やすいようで、今日もその衛兵くんの視点で俺たちを見たって言ってた』

 

 難しい話はいらない。

 簡潔にしてくれ。

 

『二人に伝えて。このままここで過ごすと、男が初老になった時には女はすでに婆。おそらく女のほうが早く死ぬ。俺なら進行を止められる。ついでに魔法の制御の練習も付き合えるから近くに置いておきたい。でも、まだ子どもだからこの馬鹿女以外で信頼できる人間が近くにいて欲しい。それが心の安定にもなるし、魔法制御の安定にも繋がる』

 

 とても……、とてつもなくまともな口調だったので私も真面目に伝える。

 二人というよりは後ろの衛兵がメインだろう。

 

『それとこの馬鹿女と一緒にいると、間違いなくデタラメなことに巻き込まれるので、その時に面倒をみる人間がいる。さすがにボス戦で巻き込まれるのが危険だからって、外に一人で放置させるのはまずい。モンスターもいるだろうし、他に危険もありそうだ』

 

 前半で怒りが湧いたが、後半を聞くと至極もっともだったのでそのまま伝えた。

 

「庭園から出ることは禁忌に該当します」

 

 伝えたが言葉が衛兵に響いている様子はない。

 淡々と衛兵は返答した。

 

 ……面倒くさいな。

 もう、こいつは連れていかなくてもいいんじゃないか。

 

「俺はけっこう響いているように見えるがね。もう一押しかな。攻める方向性を変えよう。女の子に行きたいか尋ねてみてよ。もう、その返答で決定して良い」

 

 最初からそれでいいだろ。

 私はこういうマニュアルどおりの人間は苦手だ。

 

 で、お前はどうする。

 私はこの都市の奴らと違い、お前にあれをするなこれをするなとうるさく言わない。

 逆に、これをしろあれをしろとも言う気はない。面倒だからな。

 やりたいことを自分で決めてやっていかないといけない。

 お前はこれからいったい何がしたい?

 

 

「……この空の先が見たい」

 

 

 私は頷く。

 確かな答えを得た。

 この子はきっと良い冒険者になる。

 

『頼むから冒険者はやめたげて』

 

 私が手を差し出すと女も私の手を握った。

 体を引き寄せて、脇に抱える。

 さて降りるか。

 

「エルミスのイヤヌアリオス01に警告。庭園の外に出ることは禁忌に該当します」

「一緒に、来てくれないの?」

 

 ほっとけ。

 そんな奴はずっと禁忌禁忌と言っていればいいんだ。

 それよりさっさとこんなつまらんところは出て、次のダンジョンに行こうとしよう。

 

「一緒にいてよ。――お兄ちゃん」

 

 男の返事はなかった。

 言葉の代わりに体が動いていた。こちらへ駆け寄り女へと手を手を伸ばす。

 握られていた剣が地面に落ちることも気にせず、男は女の伸ばした手首をしっかり掴んだ。

 

『ん? ……まぁ、後で聞くか。とにかく保護者ゲットだぜ! レッツゴー!』

 

 よっしゃと私は柵から勢いよく一歩外に出る。

 女の手首をしっかり握った男も引き連れて遙か下の地面へとむかう。

 

『えぇ、ちょい、飛び出しすぎ。壁に足をつけてなんとか減速させて。このまま落ちると二人とも死ぬよ』

 

 勢いよく飛び降りたから足が届かないんだが。

 別に死んでも良いんじゃない。時間はかかっても復活するでしょ。さっきみたいに。

 

『復活しない。後で説明するから俺を壁に刺して、早く』

 

 落下の際の減速はすでに発動しているようだが、これは基本一人用だ。

 二人も抱えているとあまり効果がない。

 

 シュウを壁に突き刺してなんとか途中で止まることができた。

 けっこうギリギリだったな。

 

『文字通り出落ちになるところだった』

 

 シュウもほっとしている。

 地面に降りた後は解説もなく、すぐさまパーティーリングを渡してパーティ登録をおこなった。

 そして自己紹介。二人はシュウの声にわずかに驚いたが、ずっと私がべらべら喋っていたのを近くで聞いていたためすぐに理解した様子だった。

 

「エルミスのイヤヌアリオス01」

「私はズィアスのノエンブリオス9854です」

 

 ……いきなり難題だろ。何て呼べば良いんだ?

 フルで呼ぶ必要はさすがにないと思うが、どこをとっても呼びづらいぞ。やっぱ番号か。

 

『囚人じゃないんだから』

 

 二人はさほど今の名前にこだわりがないようだったので、歩きながら愛称を考えることにする。

 私は短かったら何でも良いんだよな。ほれ、シュウ。得意だろ。

 

『パスで。俺は積極的な名付けはしないって決めたんだ。そっちで大まかな方向性を決めてくれたら候補や案を出すくらいはする』

 

 貴重な戦力が早々に離脱を宣言した。

 じゃあ二人の希望は?

 

「何でもいいかな」

「私はこだわりがありません」

 

 主体性のない奴らだ。

 こういうのは近くにあるもので決めよう。

 周囲に何かないかと見渡す。ほんと何もない。あるのは先ほどまでいた都市の白い壁だけだ。

 さすがに「白い壁さん」は悪いだろう。それにもう一人の方も何にすればよいかわからなくなる。

 

『白と壁で分けたら?』

 

 白はともかく壁はちょっと。

 妹が白で、兄が壁。……別に悪くないか。

 でも、正直、あの白い壁を私が思い出したくないから別のモノが良いな。

 

 歩いていると、やはり正面には何もない。

 しかし、もっと視野を広げれば二つのモノがある。

 

 空と大地はどうだ。

 妹は「空の先に行きたい」とも言ってたからイメージにあう。

 兄が大地……、まあ名前に負けてるかもしれないが、今後に期待ということで。

 

『スカイ、ランド……ちょっと微妙だな。俺の世界の言葉でシエルとテールはどう。シエルが妹で、テールが兄ね』

 

 良いじゃないか。

 短いし、どちらも語尾が同じで兄妹らしさがある。

 

 じゃあ、シエルにテールで決定だ。

 

 こうして異世界のダンジョン攻略にパーティーメンバーが増えた。

 

 

 

2.指揮と従属の砦

 

 名前の問題が片付いたところでようやく次の目的地の話になった。

 

 ↑ 15,539

"指揮と従属の砦の攻略"

 

 遠いな。

 私でもわかる。

 これは明日とかにつく距離じゃないよな。

 しかも約半分は来た道を戻るだけ。道らしき道もないか。

 

『メル姐さんが封印解除してチート全開の昼夜ぶっ通しでいくなら明日の昼には行ける。道中に何も障害がないとしてだけどね。大丈夫、半分は同じだから障害はないことが確定してる』

 

 さらに悪いだろ、それ。

 道中に何もないと余計に行きづらい。

 ただひたすら走るだけ。退屈以外の何ものでもない。

 

「こんなに広いと歩くの楽しい」

 

 シエルが淡白な表情で声だけ楽しそうである。

 兄は無言でスタスタとシエルのすぐ後ろを歩いていてどう考えているかはわからない。

 …………兄は名前何にしたんだっけ?

 

『テールね。わかってるだろうけど人数が増えたぶんだけ移動時間は長くなる。全員がまともに歩けば三倍以上の時間がかかると思っていい。台車でもつけてメル姐さんが引っ張っれば、ゆっくりでも六日でつくでしょ』

 

 私に馬車の馬になれと?

 馬車に乗るのは嫌いだが、馬の方になって引っ張ろうとも考えたことはない。

 

『……普通そうだよ。なに言ってんの? ただ今回はさすがの俺もそのまま来た道を戻るのは億劫なのでチートスキルを使います』

 

 移動を短くするスキルなんて持ってたか。

 歩幅を伸ばすのは普段から使ってるが、移動短縮のスキルを使った記憶はない。

 召喚系のアイテムならゲロ吐き紙はパスな。私、あれ大嫌いだから。

 

『街に着いてからゲロゲロ吐いて酒の肴にされたもんね。馬車が嫌いなのは寝ぼけてデカいおならをこいて、乗ってる間ずっと笑われたからだし』

 

 さっさと移動短縮のスキルを使え。

 お前が口を開くたびに私はお前も嫌いになっていく。

 

『じゃあ、コイン使うから手を出して』

 

 ああ、なんか特典があるんだったっけ?

 

 私が手の平を上にして出すと、銀色のコインが空中に一枚現れて手の平にポトリと落ちる。

 シエルが興味深そうに私の手を見て、兄は無感動に眺めている。……兄の名前をまた忘れたがさすがに聞きづらいので黙っておく。

 

「それは何? どうするの?」

 

 コインだ。

 地面に軽く投げる。

 お前が振ってみるか? 問題ないよな?

 

『ない。誰が振ってもかまわない。結果が出たタイミングで使える』

 

 問題ないようなのでコインを渡す。

 興味津々でシエルがコインを見ている。

 

 描かれているのは片面が少女の顔で、もう片面が人型モンスターの顔だ。

 魔法少女の世界でいろいろと問題を片付けた時に手に入れたスキルである。

 

 コインは一日に二回振ることができ、同じ面が続くとさらに追加で振れる。

 今までの最高は少女の面が連続五回である。

 

 少女の面が出ると魔法少女ポイントが、モンスターの面が出るとワルグチーポイントがたまり、それぞれのポイントを消費していろいろな効果が出るらしい。

 シュウが歩いているタイミングで振らせてくるのでほぼ毎日振っている。気にしてなかったがけっこうポイントがたまってるのか。

 

『魔法少女側。もう一回ね』

 

 手の平を出すとコインがまた出てくる。

 シエルにまた渡す。彼女はコインを地面に放り投げる。

 

『ワルグチー側だね。追加のトスはなし。さて、ワルグチーの方のポイントを使うね。「過去三日以内に行った場所へ転移」だ。いったんスタート地点に戻ろう』

 

 すごい。

 そんな便利な効果があったのか。

 

『実はあった。でも今までためた全ポイントがほぼ消える。ため直しだよ』

 

 シュウはため息混じりに呟く。

 ため息を吐き出すほどのことでもないだろ。使うために溜めてわけだし。

 ちなみに魔法少女側で面白い特典はあるのか。

 

『魔法少女側の方で一番すごいのとなると、実際に見たか体験した魔法を一回だけ自由に選んで使えるってのがある。しかも魔力ソースが実質無制限』

 

 へえ。

 すごいのかよくわからないんだが。

 

『とてつもなくすごい。やばいことができる』

 

 おお。

 あとどれくらいのポイントが必要なんだ?

 

『全部で百万いるから。だいたいあと九十九万九千九百くらいかな。百年単位で考えないといけない』

 

 使わせる気がまるでない……。

 現実的にいこう。今あるポイントで使える一番良さそうな効果は?

 

『補修かな。ポイントが少ないから小規模だけど直せるのは便利。基本的に手に入れたチートスキルって壊す方に特化してるから』

 

 それはそうだな。ゲロゴンブレス然り、邪神様スキル然り、青い光の生命抹殺スキル然り、どれも使ったら元に戻せない状態になる。

 これらはあんまりだが、街やダンジョンでもこれが直せればってのが何度かあった。それが直せるようになるならたしかに良い効果だ。

 

『念のため言っとくけど「補修」だからね。完全修復とかじゃないから、ちょっと壊れたくらいしか直せないよ。ゲロゴンブレスで消し飛ばした建物が元どおりにはならないから』

 

 それ、やったのは実質お前だろ。

 あんなことはもう二度とする気はないからな。

 

『それ、フラグや。まあ、ポイントはおまけだよね。俺としては第三の面が早く出ることを期待してるんだけどね。物欲センサーにかかってまったく出てこない』

 

 シュウから聞いた話では、スキル説明にごくごく稀に魔法少女の面でも、ワルグチーの面でもない状態がが発生するようだ。

 シュウはコインが立てばいいと言っていたが、実際にまだなったことはなく、どうなるかも説明がないようである。

 

『長くなった。さっさとスタート地点に戻ろう。ポチッとな』

 

 力の抜ける声で景色が変わった……気がする。

 先ほどまで見えていた白い壁は見えなくなったがそれ以外はほぼ同じだ。

 微妙に地面の起伏や土の色、それに空に浮かぶ雲や太陽の位置が変わった気もするが違うと言われれば違う気もする。

 

『違いのわからないそんな貴女にこれ。じゃん!』

 

 ↑ 8,248

"指揮と従属の砦の攻略"

 

 おお!

 めっちゃ移動してるな!

 数字で示されるとよくわかる! 一気に約半分だ!

 これがお前のよく言う数学の力ってやつだな。初めて実感した!

 

『……うん、まぁ、もうそれでいっか』

 

 なんか違うくさいな。

 違ってもいいや。移動距離が短縮されたのはありがたいことだ。

 

『やべ』

「……お、お兄ちゃん」

 

 兄が地面に膝をついている。

 表情も心なしか苦しそうに見える。妹も兄を呆然と見下ろしている。

 

 え、なに?

 どうしたんだ?

 

「目眩、頭痛、嘔吐感を、確認しています」

 

 これまでのきびきびとしていた口調が崩れている。

 だいぶきつそうだぞ。病気か?

 

『発汗もあるでしょ。時空酔いの典型的な症状だよ。雑な転移だったからなぁ。聞かれるだろうから先に伝えとく。時空間耐性は特殊スキルだから、メル姐さんしか付けられない』

 

 あぁ、あのめちゃくちゃ気持ち悪いのを体感してるのか。

 シエルは大丈夫そうだな。

 

『兄妹だけど魔力の量はともかく質が違いすぎてるからね。テールはメル姐さんよりはマシって程度。安静にしてりゃ、夜には治る。今日はここで野営にしよう』

 

 野営には早いのではと思ったが、転移のためか時が進んでもう日も傾き始めている。

 兄の感じているつらさは私も理解できるところなので、無理をさせるべきではないだろう。吐き気がやばいんだよな。

 シュウの言うとおり、さっさと野営の準備を始めよう。

 

 野営用の簡易アイテムを展開していく。

 簡易ベッドを出せばほぼ完成だ。

 

 料理は後でおこした火で適当に炙ればそれで良し。

 それと――。

 

『待った。虫除けはいらない』

 

 そういや、そうだったな。

 この世界は鳥や獣どころか虫もまったくいない。

 あまりにも寂しい世界ではあるが、野営する時にはありがたいことだ。

 耳元で鳴る羽音に煩わされることや鳥に飯を奪われることも、獣におこされることもない。野党の心配も皆無だ。

 

『テールをベッドに寝かせて。上にゲロ吐き紙を展開して日陰を作る。首元の衣服を緩くする。後は氷を砕いて2,3粒口に入れさせて』

 

 言われたとおりにやっていく。

 同じ作業は過去にもやったことがあった。

 道中で馬車に酔った人を何度か介助したな。

 あれ? 胸元を開くとかなかったか。風通しをよくする必要があるとか力説してただろ。

 

『……人による』

 

 待てよ。

 今思い返すと私は女性しか介助した記憶がないぞ。

 おい、胸元を開くってのは要らなかったのか。

 

『なぁんでそんなところは覚えてるの? 女性しかって、俺が道ばたで苦しそうにしてる男を進んで助けると思う?』

 

 その点に関しては私も助けないよなと思った。

 男なら苦しんでる姿を見てゲラゲラ笑ってる奴だ。実際、今まで何度もあった。

 もう一点は?

 

『あのねぇ、自律神経の興奮を抑えるのと血流を良くするために、厚着をやめさせて、締め付けを緩める必要があったの。その時はコルセットも緩めたでしょ? 覚えてないか。まぁ、下心があったのは否定しない。隙間から見える地肌に興奮を覚えるんだよね。わっふるわっふる』

 

 なんだろう。

 プラスとマイナスで相殺されてマイナスが残った形だ。

 最後の下心うんぬんは黙ってれば良かったでしょ。言わなきゃ「私が悪かった、すまん」で終わってた。

 

『拙者、ことエロに関しては言葉を尽くすと決めておる。己が内を赤裸々に語らむ』

 

 気持ち悪いなぁ。

 さっさと飯の準備をしよう。

 

『火はテールの風下側で距離を取ってから起こしてね。足側だから。ご飯も脂が多いのは避けて』

 

 急に真面目になると落差が激しすぎてついていけない。

 

 その後は全てに珍しがっていたシエルと飯を食べて、夜を明かした。

 

 

 

 朝、起きると兄が復活していた。

 

 シュウの指示にしたがい、火を切らさないようにしている。

 ついでにスープも作っていた。良い匂いがするわけだ。これで目が覚めたんだろうな。

 

『シエルが目を覚ます前に二人に伝えとくことがある』

 

 私と兄が黙々とスープを口にしているとシュウが急に喋った。

 真面目な口調だったの先を促す。ときどきこの口調からふざけたことが続くので、真剣に話を聞くかどうかこの後の話による。

 

『シエルの魔法行使を観測した。寝てる時に無自覚に発生させてる。起きている時でも発生できそうだけどこの点は今は置こう』

 

 真面目な方だ。

 ちゃんと聞くことにしよう。

 シエルが予見魔法で未来を見たってことだな。

 

『シエルが未来を見たこととその内容は今はどうでも良いんだ。予見魔法の形態に関して詳細に観察と分析をおこなった。結論を先に言うね。予見魔法は直ちに封印措置をおこなう。そういうわけだからメル姐さん。俺をシエルに付けて』

 

 ごめん。

 結論から言ってもらったのは良かったけど間を端折りすぎ。

 

「封印措置とは具体的にどうすることなのか説明を求めます」

 

 兄が当然として説明を要求する。

 私はそのあたりがわかっているのであまり疑問はない。すでにシエルの指にシュウを付けている。

 

『俺は封印付与ってのができる。シンプルに言うと、対象の魔法や特殊な効果を使えなくする。これでシエルの予見魔法を使えなくする。手段としては、付与するためには俺で対象を傷つける必要がある。解析自体は済んでるから、後は指をかする程度に切れば付与できる』

 

 兄は理解した様子だ。

 

「直ちに封印する理由は何でしょうか?」

 

 私も気になった。

 本人が起きてからでも良いんじゃないか。

 

『就寝中に予見魔法は一度だけでなく何度か発動されてる。これ以上の発動を抑えたい。おそらく兄の視点を通してこの会話も見てる。おこして話すと二度手間になる。発動を抑える理由はこの魔法の作用が大きすぎるから』

 

 作用が大きすぎるって未来を見ることの負担が大きいってことか。

 副作用が大きいのは聞いたが。

 

『違う。魔法構成を調べて理解した。逆だったんだ。主作用が成長。成長作用の副作用として未来を見てるだけ。ここ重要』

 

 成長作用の魔法。

 副作用が予見。……どちらでも良いだろ。

 

「私も作用、副作用の逆転が重要とは思えません」

 

 シュウがチッチッチッチッと舌を小さく鳴らして私たちの指摘が甘いと伝える。

 舌もねえのに器用な奴だよ。腹立つなぁ。

 

『魔法構成を分析した俺の所見として、この魔法は制御可能と思われる。特殊魔法の啓示とは完全に別物。何モノかに未来を示されてるわけじゃない。自らが成長魔法を制御できず、副作用として未来を見させられたと勘違いしてる。そして、魔法の制御にはその魔法に対する正確な理解がいる。わかる?』

「本来の成長魔法と理解しておらず、未来を見る魔法と誤った理解をしているから制御ができないと言いたいわけですね」

 

 私にはわからないけど、そういうことなんだな?

 

『素晴らしい理解。俺が見た感じ、シエルは魔法に関するまともな知識教育も実践も受けてないでしょ。今のままだと成長魔法の構造を教えてもどっちみち理解できないし、ましてや制御も絶対にできない。だから、成長魔法はいったん封印してアクセスできないようにする。魔法の基礎と実践を通して制御できそうになってから封印を解く』

 

 えっと、いろいろと理解はしたような、してないようなよくわからないところなんだが。

 

『理解できてないんじゃない?』

 

 かもしれない。

 封印するにあたってやっぱり本人の同意がいるんじゃないか。

 寝てる間に封印しといたって言われても困るぞ。私も最近、誰かに記憶を消されて納得できなかったからな。

 いきなり荒野のど真ん中だったし。

 

『……無意味。問題が違う。記憶消去の件に関してはメル姐さんから同意は得てたと言っとく。何なら本人が頼んできたまであった。どちらにしても意味ないか。忘れてるし』

 

 シュウはこう言ってるが、この点に関して兄はどう考える?

 

 尋ねてみたが、返答がなかなかない。

 そんなに悩む質問だったか。

 

『メル姐さんにしては性格の悪い質問だった』

 

 はぁ、どこが?

 

『単純に言えば、「本人のことだから本人に聞くべき」と「緊急を要するので本人の意志を無視する」が混ざってる。緊急オペを目の当たりにした親族の気持ちに近いかも。もっと、互いに話をすべきだよ。信頼が足りてない。ま、性格が一番悪いのは俺なんだけどね』

 

 それはそうだろうがなぜ?

 

『もう封印したから』

 

 ……は?

 まだ斬ってないだろ。

 不安になって目を向ける。

 シュウはシエルの手に触れているが斬ってはいない。

 

『これくらいの規模の封印付与に斬る必要なんてない。接触で十分。斬った方が確実だけど痛いのは嫌でしょ。どうせ封印するのは確定だから、できるタイミングでさっさとしておこうかなって』

 

 そういえば斬らずに封印してるところを何度か見た気がする。

 じゃあ今までの会話の流れはなんだったの?

 

『説明した後で付与する振りをするつもりだったけど、メル姐さんが話を変な方へ誘導したし、だらだらと時間の無駄だったからここで白状した』

 

 えっ、これ私のせいになるの?

 違うでしょ。ほら、兄も私でもわかるくらいお前に不信感を抱いてるぞ。目つきが違う。

 いや、そんなに変わってないか。いつもどおりだ。とりあえず説明は求めていると信じたい。

 

『あのね。さっき成長魔法が何度か発動したって言ったでしょ。シエルは副作用の予見で未来をもう見てるの。もしも封印措置に納得ができなかったら飛び起きてる。それで、俺を止めてる。それがないってことは納得済みってこと。納得できない? できてなさそうだな。彼女の寝顔を見てみなよ』

 

 シエルの寝顔は穏やかだった。変わらぬ淡白な表情だ。

 だが、心なしか――。

 

『楽しそうでしょ。ここまでくればメル姐さんでもわかるでしょ。きっと封印措置なんて気にならないくらい楽しいことが、今日のこの後に待ってるんだ。わかる? 本人の意志はもう得られていたんだよ。本人の合意がーとか極めて無意味な質問だった。俺達がやるべきはこの楽しそうな表情を起きた後も続けさせること。さあ、もう起きてもらおう。せっかくの兄謹製スープが冷めてしまう』

 

 腹立たしい気持ちはあったが、何も言い返せなかったのでシエルを起こすことにした。

 

 

 ↑ 8,189

"指揮と従属の砦の攻略"

 

 もうじき昼というのに距離が全然縮まない。

 シュウの魔法レッスンがおこなわれ、実際に兄妹が魔法を使い始めたのだが、その分だけ進行が極めて遅い。

 

『いやいやいや、尋常じゃなく速いから。50くらいしか減ってないとか思ってるかもしれないけど、これはめちゃくちゃ速い。メル姐さん一人の時のペースがぶっ壊れてるだけで、魔法をまともに扱ってこなかった見回り兵と魔法を覚えたてのガキが出して良いペースじゃないから』

 

 そうなのかもしれないが、どうにもこの遅さがもどかしい。

 私がパーティーを組めない理由でもある。ダンジョンでも外でも速さが違いすぎる。

 

『そもそも元の世界では組むメリットがないからね。変なギミックがなければ一人で充分だし。でも、今回は別、異世界なら多々あることでしょ』

 

 それはそうなんだが、前にもこの話はしたな。

 なんだったけ。近くに行くなら一人で、ダンジョンに行くならパーティーで行け?

 ……これならダンジョンも一人でいいよな。

 

『「早く行くなら一人で行け、遠くに行くならみんなで行け」ね。ダンジョンの「攻略だけなら」メル姐さん一人の方が間違いなく速い。あの二人は足手まといだ』

 

 ……攻略だけならってことでしょ?

 そこまで強調されれば私でもわかる。

 

 足手まといと言われた二人は私の前方をそれぞれシュウに教わった方法で走っている。

 一人は走っているというより滑っている。

 

 兄は身体強化と土魔法での地面の蹴り出しのバランスを意識させているらしい。

 身体強化の馴染みが特に良いようで、システムの影響を受けているとシュウは話していた。

 身体強化以外では土魔法くらいしかまともに扱えなかったようだが、シュウは当たりと言っていた。

 

 シエルはいきなり無詠唱で魔法を使い始めた。

 なんでも『すでに成長魔法の影響で無詠唱の条件が満たされてた』らしい。

 さらには基本的にどの魔法も適性があったようだ。今は氷と風を使っている。

 足下だけ凍らせて、自らを風で押すことで進ませていた。

 才能の違いを見せつけられている形だ。

 

『メル姐さん一人で、主たるダンジョンの攻略だけならたぶん六日、いや五日あれば終わらせられる。でも、その後で世界が終わる景色が見える。当初はほぼ終わってるからもう完全に終わらせてもいいかと思ったんだけど、再生の光明が見えてきた。一縷ではあるけれど』

 

 それってシエルの珍しい魔法も関係ある?

 お前――『メル姐さん、ちょっと』

 

 シュウは黙れというように私の言葉を遮る。

 

『……オッケー。いいよ。二人には聞こえなくした。どこでそう感じた?』

 

 朝一にシエルの魔法を封印してた時かな。

 後半の、私の質問が無意味で時間の無駄、シエルの寝顔云々は遺憾ながらも同意しよう。

 前半がちょっともやっとした。例の魔法の理屈は私には理解できない。それでもお前ならもうちょっとわかりやすく説明しただろ。

 それが、なんというか、なんだろう。説明的すぎる? 保護者である兄にメインに説明してたのはわかるんだが、何か、何だろうな。

 例によってうまく言えないが、形だけ、うわべだけのようなそんな感じ?

 

『すっごぉぅい。俺たち、とぉっても以心伝心だねぇ』

 

 ニチャアとしたべたつく感嘆符と吐き気をもよおす仲良し宣言。

 そうだ。この生来からの気持ち悪さがあの説明になかった。あまりにもまともだった。

 

『俺だってまともに話をすることもあるよ』

 

 それはそうだが、あの場面でまともすぎるのはおかしいというか。

 ああ、そうか。魔法とかで大きな発見をすると、もうちょっと「大発見だよ!」とか言って感動するのに、口調からまるで感じなかったのかな。

 

『やるじゃん。二人には嘘をついてる。言ったようにあの場で説明すると兄だけでなくシエルに予見で聞かれる』

 

 聞かれてはまずいことだったということだな。

 どこが嘘なんだ?

 

『簡潔に言うね。成長効果も副作用だったんだ』

 

 成長が副作用?

 成長が主作用で、予見が副作用ではないと。

 

『うん。両方とも副作用。成長と予見だけだと説明できないところがいくつもある。例えば、どうして親が死んでるのか。三十五までには兄妹を生んでるとして、成長作用を受けたところで五十にも達しない。あの箱庭は刺激こそないけど環境は悪くないからもっと長生きする。片方だけならまだしも両方はちょっと疑問』

 

 そういえばそんな話もあったな。

 お前もぐちぐち言ってた気がする。他は?

 

『シエルが両親を語った点。シエルが親の視点を見たところで両親かどうかの確定はできない。両親は子どもを知らされてないはず。ただし、実際当たりだとは思う』

 

 そこはそんなにおかしいと思わないんだが。

 

『こっちはちょっと疑問が湧くなって程度。もっと大きな疑問はあの白い壁から飛び降りる直前。シエルはテールを「お兄ちゃん」と呼んで、テールはその呼び声に心が動かされ、体も動いた。なぜ?』

 

 あれはお前の演出どおりじゃなかったのか。

 攻め方を変えるとか言ってたから、兄じゃなくて妹を攻めて、妹から兄を連れ出そうとする魂胆だと私は考えていたが。

 

『魂胆としては察しのとおり。でも、「お兄ちゃん」呼びは予定してなかったし、その呼び名に反応することも予想外だった。なぜ反応した?』

 

 そりゃお前、兄と妹だからじゃないの。

 

『兄と妹だとは本人達も気づいていただろう。でも、普段の日常から兄妹プレイなんてしてないでしょ』

 

 兄妹プレイってお前。

 なんか別の言い方があるでしょ。

 

『言い方ねぇ。兄妹を知らされてない文明とその環境で「お兄ちゃん」なんて呼び方はまず出てこない。その呼び方はどこで習った? 兄も「お兄ちゃん」と呼ばれたのが自分だとはわかっても、それに心が動かされるのはおかしい。その前の「一緒にいてよ」よりも明らかに反応が大きかった。「お兄ちゃん」って呼ばれ方に何を感じた? ――明らかに異常だよ』

 

 言われればそうかもしれないが、言うほどのことか。

 疑問点があるのは理解したが、けっきょくのところどういう魔法なんだ。

 私には予見と成長が副作用として出てくる魔法がどんなのか想像つかないんだが。

 

『こちらも結論だけ言うと「遺伝子操作とその観測」になる。あるとは思ってたけど、こんなかたちで見つけられるとは思ってなかった』

 

 ……あー、なるほど。理解したぞ。

 これ、説明されてもまったくわからん魔法だろ。その雰囲気を感じる。

 前に聞いたネンドー力とかリョーシだか、波動、高次元視点だかも聞いたがけっきょく何も理解できなかった。

 

『素晴らしい理解だ。これ以上、無自覚に発動させられると危険だからさっさと封印した』

 

 封印を急いだのは理解したが、制御ができるってところはどうなの?

 そっちも嘘か?

 

『嘘じゃない。制御は可能。しかし、ありとあらゆるものが足りてない』

 

 聞くからに難しそうだもんな。

 しかし、シエルは魔法の才能はあるだろ。

 無詠唱で氷と風の二属性を発動させてる。レッスン一日目でだ。

 お前が思うよりも案外すぐになんとかなるかもしれんぞ。

 

『シエルには魔法の才がある。その点は俺も認める。箱庭の抑圧や制限から解放されて、学びや実践を楽しんでるから成長も凄まじいだろう。無詠唱を逆順で最初からできるのも魔法への理解を深めるのに役立つ。でも、それは魔法の制御ができるだけって話。俺が問題視してるのは魔法を正しく扱う方の話』

 

 どう違うのかがわからんのだが。

 

『俺達はゲロゴンブレスを好きなタイミングで発動できる。街の中で無差別に撃っていいか?』

 

 駄目に決まってるでしょ。

 

『だよね。これは説明しなくてもわかってもらえるね。じゃあ、街中にゲロゴンブレスじゃないと倒せないモンスターがいたらどう?』

 

 それは使うだろうが、どういった被害が出るかをお前が考えてから使うことになるだろうな。

 

『そこ。俺任せなのはさておき、少なくとも周囲への被害を考えるでしょう。でも、街への被害を少なくしてモンスターを倒せたとして、モンスターの死骸からまき散らされた体液が病気が蔓延させてより大きな被害が発生するかもしれない。あるいはそこも考慮してモンスターを街の外に誘導してから倒せばという案も出る。ただし、誘導の途中で一部の人が死んだり、建物が倒壊するかもしれない。彼らはさっさとゲロゴンブレスを撃ってれば死なずに済んだかもしれない』

 

 一定の犠牲は仕方ないだろ。

 ほっといたら全滅するんだからそれよりはマシだろ。

 

『アンバランスに死ぬんなら全滅した方が公平じゃないだろうか。別に街はここだけじゃなくて外にもあるんだから。一つの街が全滅したところで大局としては問題ない。他の問題として実行者の責任がある。中途半端に生かした場合、生きてる側から、なぜ死んだ人たちを助けられなかったのかと指摘を受ける。――まぁ、この話でここまで言及することはないか。とにかく魔法を正しく扱うってのはこういうこと。発動を自分の意志で自由にできることが最低限の制御として、魔法の効果範囲の最適化、周囲の被害考慮、長期的に見た影響の予測、誰を助けるかあるいは誰を助けないかの選別等がきちんと為されるか』

 

 大げさではないだろうか?

 

『まったく大げさじゃない。シエルの魔法を本格的に扱うことになるならその程度はしっかり考えて、未来への責任を持って行使すべきだ。さらに最低でも生物の知識、実物との触れあい、倫理観も必要になる。麗しい言葉でまとめれば生命への慈しみかな』

 

 多すぎるだろ。

 そんな魔法、本当に扱えるのか?

 

『使うべきじゃないと判断したなら使わない。メル姐さん、行使を止められることも立派な魔法の正しい扱いだよ。無思慮で無差別な発動、倫理観の欠如した無責任行使、感情に振り回された暴走暴発、ましてや己の力量を誇示するためだけのデモンストレーション――こういった魔法の発動は決して正しい扱いではない。心の中で一笑に付すべきだ。相手が男なら、俺は声に出して笑ってやるけどね。「未熟者は半年ROMってろ!」ってね。ま、そういう奴は大抵半年じゃきかないか、さっさと死んじゃってるんだけどね』

 

 ときどき魔法使いをゲラゲラ笑ってることがあるけど、そういう理由だったのか。

 また馬鹿笑いしてると変態扱いしてた。教えてくれればいいのに。

 

 だが、それでも魔法を使うべきかどうかの判断は必要だろ。

 私用可否の判断は本人だけじゃなく、お前も一緒に考えてやるんだよな。

 

『俺だけじゃない。テール、もちろんメル姐さんも一緒に考えるんだよ。――うん。一周して答えに返ってきたね。これがまさに「遠くに行くならみんなで行け」って理由の一端だよ』

 

 わかったようなわからんような気持ちで頷いた。

 

 やはりわかってはいないかもしれないが、それなりの理由があるんだなと納得はしたというところだろう。

 

 

 

 六日が経った頃だ。

 身体強化や魔法を使った移動にも慣れてきたので、昨日から私もよく使う歩幅拡張のチートスキルを使い始めた。

 さすがに距離の短縮度合いが変わる。慣れるために一歩で三歩分から始めて、今は一歩で十歩分にしている。

 慣れや感覚のせいで単純に十倍とはならないのだが、面白い勢いで距離が減っていく。

 

 途中で私が引っ張って高速で進むといったこともしたが、これは引っ張られる方の負担が大きいのでやめた。

 魔法と歩幅拡張で走った方が特訓にもなってプラスの面が多い。

 

 ↑ 2,459

"指揮と従属の砦の攻略"

 

 そんなこんなで目的地まで2,500を切った。

 

『ストップストップ! 止まって!』

 

 三人で仲良く走っているとシュウが大声を出す。

 

 どうした?

 兄がまた転んだか?

 

 振り向いたが兄は近くにいる。

 疲れは見えるが、きちんとついてきている。

 昨日は兄が派手に転んだ。シュウが止めた時には兄がすでに振り返っても見えない位置になっていた。

 歩幅拡張になれず転んだが、スピードは単純に倍以上で転倒によるダメージは大きい。

 気を失っていたが、治療と安静によりなんとか復帰した。

 

 シエルの方かと見たが、こちらは見た目に余裕がある。

 シュウに、兄の方にも走ってる時は追い風で援護し、転びそうになったら向かい風で保護しろと指示を出されており、なかなかハードな特訓になっている。

 

『たいへんたいへん! あれあれ!』

 

 ……どれだよ?

 

『右後方。距離は四十歩くらいかな』

 

 振り返る。

 どう見ても荒野……あれ?

 

「何か、ある」

 

 近づいてみる。

 白みを帯びた物体がぽつんと生えている。高さは私の膝くらいだ。

 

 ……植物か?

 モンスターかと思った。

 何本も幅広の剣が突き出てるような草だ。

 

『リュウゼツランに近いな』

「リュウゼツラン? これが草なの?」

 

 シエルとテールもまじまじと見ている。

 

 草だな。

()

 

 なんだろう。無性に腹がたつ。

 草と言っただけなのに、すごい馬鹿にされて笑われているような気がする。

 

「中央庭園にあったものとは見た目が大きく異なっています」

『種類がまったく違う。種によって育つ環境、育たない環境があるからね。これは魔力や水分が少なくても育つよう進化した種だろうね。あー、どうしようかな。……やるか。俺でどれか一本切ってみて』

 

 はいはい。

 なかなか分厚いな。

 シュウで斬っても草があまり揺れない。

 

『……解析しても名前がない。おぉ、名前を付ける奴が消え去ってから誕生した新種なのか。何て付ける?』

 

 ああ、これ、その処理が必要なのか。

 あっちこっち探索してるからダンジョンや外でも新種を見つけることがある。

 新種は名前が付けられる。なんでもアイテムになったときにこの名前が優先して付けられるとか。

 私はさほど興味がないが、コレクターのシュウはけっこう好きで積極的に虫やら植物の新種を見つけている。

 

 何でも良いんじゃない。

 白いから白何チャラとか。

 

『オッケー。「シロノリュウゼツランモドキ」っと。おぉ、この世界の辞典に載ったよ。てってれー……て?』

 

 て?

「て?」

「空中から未知の物体の出現を確認しました」

 

 危険と判断してか、兄がシエルに距離を取らせる。

 私には見慣れた白い結晶なので距離を取る必要はない。しかし、モンスターを倒したわけではない。

 

『うーん? ちょっと手に取ってみて』

 

 ――シロノリュウゼツランモドキの種子

 

 まさに今切った草の種がアイテムとして出たようだ。

 

"未登録の植生採取を完了しました。

 既知の植生が表示されます"

 

 攻略完了のメッセージ。

 完了だけでなく追加でメッセージが表示されている。

 そして、シロノリュウゼツランモドキの上に"シロノリュウゼツランモドキ"と名前が表示される。

 

『あぁ、これ、庭園をクリアした時のスキルだね。クエストの範囲が広がるってあったから。たぶん、これは矢印ナビが出ない代わりに報酬が良くなってる。ほら、名前が表示されたでしょ』

 

 まあ、うん。

 表示されたところで嬉しくもなんともないんだけど。

 

『植物だとそうかも。もしかしたら鉱物やモンスターにも同じ表示やクエストがあるかもしれない』

 

 モンスターだと接近や潜伏がわかって便利か。

 鉱物は別にどうでもいいな。

 

『とりあえず植生があったことが重要だ。雨や別の生物の存在も確認できるかも。ここからは注意深く行こう。ついでに他の植物や動物も積極的に集めていく』

 

 前半はともかく後半はどうなんだろうか。

 

『植生があるってことは魔力があるってこと。目的地以外のダンジョンも活動してる可能性がある。そちらも見ていこう』

 

 よっしゃ! やるぞ!

 

 

 ……なかった。

 

『ダンジョンは見つからないね。コケが精々か』

 

 やっぱシュウは嘘つきなんだよな。

 こうやってすぐに嘘をつく。

 

"荒野コケ"

 

 視界のあちこちにこの文字が表示される。

 しかも本体のコケがほぼ見えないから余計むなしい。

 

 ↑ 2,319

"指揮と従属の砦の攻略"

 

『朗報がある。これなんだけど』

 

 今の目的地だろ。

 植生やらダンジョンを探してたらあまり距離が縮まらなくなってしまったな。

 朗報というと、ここもなくなってしまったか?

 

『それはない。他の重要拠点を探してたんだ。それがこれ』

 

 ↑ 2,819

"公約と使命の議場の攻略"

 

 近いな。

 矢印はややズレるがほぼ同じ方角だ。

 片方をクリアした後に直進して、もう一つをすぐ攻略に行けるってことだな。

 

『いや、距離2,300の地点と距離2,819の地点で矢印が20度くらいズレてるから二地点の距離は1,000以上はある。まぁ、今までの距離と比べればずっと近いか。何が言いたいかを先に言えば良かったな。おそらくこの二地点は敵対関係にある』

 

 なぜ敵対しているとわかる?

 それぞれがシエルのいたところみたいになっているかもしれないだろ。

 

『あり得る。絶対にないとは言い切れない。ただ、距離が1,000ほどで互いが生き残る効率的な方法が敵対関係。敵対関係をうまくつくってると、二地点で魔力の循環が生じて一カ所で生き残るよりもずっと広い領域で魔力が確保できる』

 

 敵対関係ねぇ。

 あっという間に片方がもう片方を殺し尽くしそうなものだけどな。

 

『鋭い指摘だね。片方がもう片方を支配してて、生き残るためにシステムを作ってる可能性はある。ただし、その場合は二カ所に分散させるリスクを好んで負うかな。一カ所に集中してシエルたちがいたところみたいに収束しないように分けてるとしても、けっきょくのところ、表面的な敵対構造を維持しないとあっという間に領土が枯れ果てていく。うまい敵対関係が必要なんだ』

 

 なんか、つくづく嫌な世界だな。

 何もない上に、あっても引きこもってるか敵対してるかってどういうことよ。

 

『身から出た錆ではある、が、今の世代まで責任があるかと言われるとなぁ』

 

 それでどうするんだ?

 目的地が二つでどちらも近くにある。どちらから攻略する?

 

『元の世界のダンジョンだったら街で情報収集するよね』

 

 そうだな。

 レベルが低い方から攻略していく。

 難易度が同じなら面白そうな方を残すことが多い。

 

『今回は街がどこかわからないから情報が集められない。でも、敵対関係なら間違いなく二地点の間には何かがある。様子見と情報収集もかねて、中間地点を目指してみない? もっと突っ込んだリスク的な話をしよう。もしも二地点で魔力循環を作ってるとして、片方を攻略時に壊滅的なダメージを与えちゃうとバランスが崩れてもう片方も壊滅にむかう可能性が高い。これは避けたい』

 

 攻略すれども破壊せず、だな。

 ダンジョン攻略冒険者のモットーだ。破壊するとギルドからの損害賠償がエグいからなぁ。

 何度か払ったのだが、割と財布に効くんだよな。

 

『普通の冒険者なら一発で破産して退場だけどね。……普通の冒険者は環境が変わるほど破壊できないか』

 

 目的地を微妙にずらしての進行ということになった。

 もちろん途中で何かがあって情報が得られれば、中間地点までいく必要もない。楽だ。

 

『いや、逆。何もない方がその後の処理がずっと楽。片方ずつ何も考えず行って攻略すればいいんだから。何かあるなら攻略の調整や順序に手間がかかる』

 

 方向性も決まったので、中間地点を進んで行く。

 当然、ダンジョンやその他の発見も同時並行でおこなう。

 

 

 夜を二度明かし、2,000ほど進んだところで事態が動いた。

 

 10,000もの距離を経て、ついに人の痕跡を見つけた。

 しかもダンジョンだった。

 

 ダンジョンなのは嬉しいのだが、あまり素直に喜べない。

 アンデッドだ。手に武器を持って襲ってくる。

 

『テールは防御中心。無理に倒しに行く必要はない。シエルへの接近を止めることを重視してモンスターの流れを止めて固める。シエルはテールがモンスターを止めてくれてるからその群れを攻撃。炎がよく効くよ。放つ前にしっかり合図をしよう。パーティー間の攻撃を無効にしてるとは言え、連携を取ることは大切だからね』

 

 襲ってくるアンデッドに対してシュウが指示と指摘の両方を出している。

 決してモンスターは強くないが、二人とも戦い慣れておらず動きがぎこちない。

 最初の戦闘相手としては楽でいいな。人のアンデッドだとモンスターの習性と人としての習性が同時に知れる。

 

『強さはともかく、元が人ってのはあんまり良くなかった。戦闘はすぐに慣れるでしょう。連携は課題だね。初っ端としては悪くない』

 

 なんだか、あの二人は思ったよりも強くないな。

 あ、いや、初っ端であれだけ戦えてたら十分だろうけど、何と言うかチートがあるのにぶっ飛んだ力がないというか。常識の範囲内の強さだなと思ってな。

 

『慣れてないのもあるけど、職業系統のチートスキルが発動してないのが大きいね。兄が誓断騎士(プロミスナイト)で、妹が誓断術士(プロミスマジシャン)とかいうのなんだけど、神託(オラクル)に該当するものがないから、誓断《プロミス》できなくて死にスキルと化してる。まあ、戦闘環境は良好。見晴らしが良いから不意打ちを気にせず目の前の戦闘に集中できる。モンスターもアンデッドでさほど強くないから大丈夫でしょう』

 

 荒野ではあるが、アンデッドがうろついているだけだ。

 しかも武具を装備していて非常に好戦的。

 珍しいダンジョンだな。

 

『古戦場でしょ。ここで過去に大規模な戦闘が生じた。その状況がダンジョンになってる、と考えられる』

 

 古戦場のダンジョンか。やっぱり珍しいな。

 元の世界でも古戦場はあるが、死んだ後に魔物に食い散らかされて、よくある草原やら荒れ地のダンジョンになっていることが多い。

 

『元の世界は魔力が良い具合に循環してるからね。死んだ人間やらの魔力に反応して魔物が生まれて最終的にそうなる。ここは淀みすぎてる。当時の戦場のほぼままだろう。陣営は多数に点在してるけどよく見ると二種類が争ってる構図だ。人対亜人』

 

 亜人がいるか?

 人間のアンデッドしか見えない印象なんだが。

 

『ここは人の陣営だから見えづらい。右側のずっと先でアンデッド同士が戦ってる。そこにいる』

 

 生きてる時も争い続けてたのに、アンデッドになってもまだ殺し合ってるのか。

 しかもダンジョンだからずっと続く。救いようがないな。

 

『いや、救いようがあるよ。やっぱりここも魔力が少ない。アンデッドを殲滅すればダンジョンが消滅する可能性が高い。ダンジョンが消滅すればここで淀んでた魔力が正常に流れる』

 

 殲滅?

 けっこういるぞ。大変そうだが。

 

『多いだけ。兄妹メインの攻略でも余裕。メル姐さんは二人に弓や魔法を撃ってくる奴を片付けて。遠距離系を片付けたらボスを優先的に撃破。ダンジョンがうっかり消滅する前にボスは倒しておきたい』

 

 久々のダンジョンでちと物足りないが仕方ない。

 今後の楽しみということにしておこう。

 

『期待しない方が良いとは言っとく』

 

 えぇ、どうしてそんなひどいこと言うの。

 

『モンスターを見てみなよ。雑魚ばっかり。どれがボスかわからないほど全体的に弱い。さらに戦闘風景はどうだ。剣に弓に小規模魔法。兵器がまるでない。あり得ないほど文明が退化してる。石器時代か?』

 

 ダンジョンだぞ、ここは。

 昔の状態でこれだ。今はもっと発展しているかもしれないだろ。

 

『周囲の状態見てたでしょ。発展どころか絞りカスだ』

 

 ……く、草はちょこちょこ生えてきてた。

 虫もいくつかいた。

 

『コケの栽培キットじゃないんだから。このダンジョンを見て目標二地点がどうなってるか察した』

 

 さすがダンジョンだ。

 やっぱダンジョンなんだよな。全てを教えてくれる。

 

『魔力循環を維持するために両方のシステムが高分散モードで運用されてる。とにかく広く、やたら浅くだ。裏で片方がもう片方を支配してる線はない。片方が支配してたら、支配してる方は集中モードにしてる。両方滅びる消耗戦だな。炎天下のアスファルトの上で這い出た二匹のミミズがウロボロス状態。まさしく終末。歴史から何も学んでない。滅びるべくして滅ぶ。というか、もう滅んでるんじゃない?』

 

 ボロクソじゃん。

 ダンジョンから終末を察するなよ。失礼だ。

 

『俺は滅亡に一万マルク賭ける』

 

 多いのかどうかがわからん。

 

『賭ける価値すらもうないってこと』

 

 もういいや。

 

 今は攻略に専念しよう。

 

 

 ダンジョンを攻略兼消滅させて、私たちはめげずに中間地点を進んでいた。

 

『……へぇ、まだいるんだ』

 

 シュウが驚いたという声を漏らした。

 珍しい声だが、理由はわかる。

 

 人がいた。

 しかも一人や二人ではなく十数人規模でいる。

 彼らは私たちに気づくことなく、視界を左から右へと走っている最中だ。

 一人だけ馬……馬かあれ? 一人だけ謎の生物に乗って、偉そうに剣を振り上げている奴がいる。

 

『見た感じ指揮官と兵卒たちだね。話しかける選択肢もあるけど、絶賛進行中だ。どこに行くのか窺ってからにしようか』

 

 そうだな。

 経験上、どうも私はああいった集団と相性が悪い。

 特に異世界ではそうだ。異質さが出ているのか喧嘩を売られて敵対関係になる。

 

『そして、フルボッコにして関係修復が不可能か。支配側に移る』

 

 そうなんだよな。

 初対面で話して穏やかに済む方が珍しい。

 この世界では兄が初対面だったな。穏やかに話し合いで済んで良かった。

 

『事前にシエルから聞いてたからでしょう。後で聞いたら「本当に来たので驚きました」って話してたし』

 

 えっ? 驚いてたか?

 淡々と自己紹介になった記憶しかないぞ。

 そもそも兄は表情が変わらないだろ。ずっと同じ顔だ。

 シエルはかなり表情から感情がわかるようになった。

 

『勘違いも甚だしい。シエルは声色と発言でわかってるだけだよ。表情と感情の変化なら兄の方がずっとわかりやすい』

 

 そんな訳ないだろ。

 兄の表情とかまったく変わらんぞ。

 

『兄の変化は確かに微細だけど感情と一致してるから読み解ける。逆にシエルの表情変化はわかりづらい。感情とそれを表す表情がまだ彼女の中で一致してないからだ。メル姐さんのユニークな顔で学習中だね。試しに二人の今の感情を読み取ってみなよ。……感情は難しいか。考えてることでも良いよ』

 

 言われて二人を見る。

 二人も今の話を聞いていたのでこちらを見てくる。

 兄妹なだけあって、二人とも似ている。淡白な表情だ。何も読み取れない。

 しかし、二人の眼差しに熱意を感じる。たぶんこれはあれだな。ダンジョンにまた行きたいって顔だ。

 

「違うよ」

「違います」

『違うに決まってんでしょ』

 

 わかるわけねぇだろ、こんなもん。

 ダンジョンのボスでももっとわかりやすい顔をしてるぞ。

 

『はぁ……』

 

 呆れを隠す気もないため息だ。

 

『テールが「武装集団が視界から消えてしまいます。早く追いかけなくて良いのですか?」だね。シエルが……』

 

 兄は合っていると頷くだけである。

 シエルには一拍だけ間があいた。

 

『「やっぱり、お兄ちゃんの表情や考えてることってわかりやすいよね。私の考えてることは当てられないように表情を変えて意地悪してやろう。しめしめ」か。意識しすぎてわかりやすくなった』

「え……なんで?」

 

 私はシエルの顔をジッと見ていた。

 彼女はどうしてわかるのかと声を漏らしたので合っているに違いない。

 シュウの得意技なのでさほど驚きはない。しかし、シエルは間違いなく驚きと疑念を抱いたはずだ。

 悔しいがシュウの言うとおりだな。私はシエルの表情の変化がまったくわからなかった。本当に声とその内容で気持ちを察していたようだ。

 

「『しめしめ』とはどういった意味ですか?」

 

 兄の間の抜けた疑問にシュウが答えた後で武装集団を追うことになった。

 

 

 

 兵士らしき集団を追うと、彼らの進行ルート上に別の集団が現れた。

 

 別の集団というよりも集落だ。

 ボロボロの土壁の家が点在している。

 

 兵士集団は集落が見えるギリギリのところで進行をいったん止めた。

 なにやら作戦会議をおこなっている様子である。

 

『システムを発動させてる。シンプルに命令と従属だね。指揮官が命令して、それに従えば兵士たちは力を得られる』

 

 兄妹の都市で見たあれか。

 依頼、攻略、達成の仕組みだな。

 この仕組みが使えるってことはあの指揮官がお前の探してるものを持ってるのか?

 

『持ってない。あいつはシステムの一端を扱う権限を与えられてるだけ。システムを小分けにして分散させてるんだ。これで広範かつ柔軟な対応ができる。古戦場のダンジョンでもこのシステムが使われてたよ』

 

 え、ほんとに?

 都市みたいに光もしなかったし、わかりやすく強くなったりしなかっただろ。

 そもそも発動してたのすら気づかなかった訳だが。

 

『無理もない。小分けしぎて報酬が雀の涙になってるから。まあ、ないよりはマシ。身体強化を唱えずにちょっぴり強くなれるんだから。……しかし、今の世代に罪はないと思ってたけど、なかなかどうしてどうしようもないな。やっぱり終末を迎える定めか。わかる? なぁんでモンスターになった奴にまでシステムが適用されてるんだよ。管理がずぼらすぎるぞ。しかも、残された人間は戦争ごっこだ。あーあぁ。やる気なくすわ』

 

 指揮官が剣を集落に向け、何事かを叫ぶ。

 聞き取れなかったが、兵士たちが号令を受けて集落へ武器を手に走って行く。

 長い道のりを越えてようやく出会った人間は、まさにボロボロの集落へ襲撃をかける姿勢だ。

 シュウもうんざりしているが、私もうんざりというものだ。もっとダンジョン攻略とかに熱を入れるべきなんだ。

 

『どうせなら両方とも壊め…………メル姐さん! 集落を助けよう!』

 

 どうした急に?

 さっきまでため息を惜しみなく吐いてただろ。

 

『冒険者が一方的な蹂躙を許すのか! 義を見てせざるは勇無きなり! あり得ない! 早く! 速く! ハリーハリー!』

 

 うるさすぎる。

 ここまで騒がれると助ける気もなくなっていく。

 

「あっちの人、頭に何かついてる」

 

 シエルが指さすのは集落だ。

 兵士たちの雄叫びが聞こえたのか家から住人が出てきていた。

 人に見えたが微妙に違う。褐色の肌に、その肌には白色の紋様が様々に描かれている。

 何よりも頭の両側からニョキッと伸びる立派なツノが生えていた。

 ツノが生えた亜人か。珍しいな。

 

 ん? ……ツノ、亜人?

 この話はどこかで聞いたような。

 

「介入するのなら、急がなければ間に合わなくなります」

 

 ツノの亜人たちもまた何かを叫び、住人を逃がそうとしていた。

 兵士たちを迎え撃つ戦闘に立った亜人は女性だ。

 

 パッと見で背が高く、ツノもひときわ立派でくるりと巻いている。

 武器を持っていないのか拳を肩の高さまで上げて、兵士たちとの衝突を待ち構えている。

 

『――メル姐さん、助けようよ』

 

 澄み切った声だ。

 あまりにも澄み切りすぎて、下心が透けて見えてしまう。

 それでも多勢に無勢なのは違いない。情報も欲しいから恩を売っておくか。

 

『よっしゃあ! 殺すと復活して面倒だから軽く斬って、麻痺で倒れてもらう。シエルとテールは後から追いかけてきて。もう終わってるだろうけど、万が一、生存してる奴には攻撃しなくて良い。人への加減がわかってないだろうからね』

 

 すげぇやる気だ。

 ダンジョンの時よりも指示が的確かつ軽快に飛んでいる。

 

 行くか。

 背中向けてるから不意打ちで楽勝だな。

 

 地面を蹴った。

 歩幅拡張を使っているようで、一歩ごとに兵士たちとの距離が明確に縮まる。

 

 一番手前の謎の生物に追いつき、その胴体を軽く斬る。熊っぽいがなんだこいつ……。

 謎の生物に跨がっていた指揮官の足も斬る。

 

 指揮官を追い越して、集落へ走っている兵士を後ろから次から次へと斬りつけ、最後の一人も斬りつけた。

 終わったので立ち止まると背後から間抜けな声を出して次から次へと地面に倒れる音が聞こえてくる。

 

 亜人の女性は一瞬だけ驚いたが、すぐに構え直し私に敵対の意志を見せる。

 武器を持ってないと思ったが、拳に金属らしきものを嵌めていた。

 私は武器を下ろすのだが、構えを解く気配がない。

 

『うーん。言葉はすぐに通じると思うけど、手っ取り早くいくか。邪神様結晶@』

 劈開

 

 ついつい癖で呟いてしまう。

 硬いものを破壊するスキルなのだが、今回は壊すものがない。

 なぜ今このスキルをと尋ねるよりも前に、亜人の女性が敵対意識を薄めて拳を下ろした。

 

 え、どういうこと?

 

『このスキルは短時間だけど見た目も変わるよね。彼女の人種差に対する意識も壊してくれたんだよ』

 

 良さそうなことを言ってるので納得しかけたが、翼が出てきて顔に落書きが出る程度だ。

 この見た目に同族意識を持たれてもなんだかな。

 

「どうなってるのそれ?」

「あdfじょ! ちあっmぁおいう!」

 

 シエルが寄ってきたが、亜人の女性が警戒を強め声を発したので、手振りで仲間であると示す。

 私の手振りではまったく伝わらなかった。

 二人に離れるよう伝える。

 

『さすがに庭園とは言葉が全然違うな。向こうが保守的すぎたのか。これはちょっと時間がかかるかも』

 

 そんなものか。

 ま、夕飯までに通じるだろ。

 

 

 ……まさか翻訳に一晩かかるとは思わなかった。

 夜に集落の外側で火を付けて飯を食ってると、ツノの亜人たちもやってきて一緒に飯を食った。

 それでも翻訳はきかず、朝になってからようやく翻訳がされるようになった。

 正式に自己紹介をおこなう流れである。

 

「あたしはサマベルのアングドット、クランプノスの子、ソフォス=ヒャン=フュメだ」

 

 私は極限級の冒険者、……メルだ。

 

『なんでちょっと張り合おうとしたの? 「阿呆の子」とか「ダンジョンキ○ガイ」を付け忘れてるよ』

 

 うるさいな。

 つられただけだろ。

 なんでそんなにいろいろ付けるんだよ。

 そもそも名前はなんだった?

 

『ソフォス=ヒャン=フュメかな。ここも役職か何かが混ざってそうだなぁ』

 

 兵士たちを迎え撃とうとしていた亜人の女が話してくれる。

 他の亜人たちは私たちと距離を置くスタンスのようだ。その割に夕飯に引き続き朝飯もちゃっかり食べに来る。

 ずっとごちそうになるのは悪いと感じたのか、朝飯の時には肉を持参しており、焼いて一緒に食べた。

 調味料の提供で極めて距離が狭まったとは思う。

 

 その後はダラダラと話した結果、ようやくこのあたりの情勢を知ることができた。

 シュウが予想していたように、今は西の亜人による他種族国家と東の純人間による軍事国家が戦争をしているらしい。

 シュウが危惧していたような滅びは迎えていないが、地域の状況は悪くなっていると話していた。

 

『ちなみに名前はフュメで良いらしい。地域、種族、「首長の名前」の子、それに職業の階級と自らの名前をくっつけるんだって。メル姐さんで言えば、エルメルの街の人間、エルメルの街の市長の子、冒険者=極限級=メル。そんな感じ』

 

 ふーん。

 あんまり興味がない。

 けっきょく彼女はどういう人なの。

 

『この辺りがサマベルって呼ばれる地域で、彼女はアングドットって種族。首長はクランプノスさん、ソフォスって職業のヒャンって階級のフュメさん』

 

 ……ますますわからなくなった。固有名詞が多すぎる。

 地域と首長はどうでも良い。

 種族はまあ見ればわかる。ツノの生えた褐色の亜人ってことでいいや。肌の紋様は生まれつきか塗ってるか彫っているかはわからない。

 職業のソフォスは何をする職業なんだ、階級のヒャンってなによ。

 

『政治家、あるいはアイドルかな』

 

 アイドルってアレでしょ。魔法少女の世界でアサナがはまってたやつだろ。

 映像が映る板の中で歌って、踊って、魔法か何かを使って派手にパフォーマンスしてた奴らだ。

 堅苦しい雰囲気の奴らが多い政治家とはだいぶ違うと思うが。

 

『人気取りってところでは同じだよ。そして、人気取りこそが他民族国家のシステムでもある。各種族の代表(ソフォス)に権限が分け与えられて、ソフォスが持つ民衆の人気度合いで力を振り分けられる。ヒャンってのはほぼ最低ランクだね。冒険者で例えるのはまったく正しくないけど、あえてたとえるなら初心者一ヶ月目ってとこ。バフとしては自分の部族がちょっとだけ元気が出る程度』

 

 人間たちが使ってたのと似たようなものじゃないか。

 小さな集団に力を強くするってことだろ。

 

『小さな集団のバフだけ見るとそうだね。人間たちの方が指揮できる分だけ融通が利くかな。より広い視点で見れば……やめとこう。メル姐さんじゃ、話についていけない』

 

 システムの話は小難しくなることがわかったのかシュウが自ら話を切った。

 ちゃっかり私を貶すことも忘れない。

 

 そして、現在の二国間の情報に話が及んだ。

 

『今は二国間が大規模な戦闘状態にあるみたい。よくあるんだって、基本的に人間側が攻める。亜人側が防衛する。飽きたら終わり。システムの存続としては悪くない。というかこの運用だとそれくらいしかできない。で、毎回この辺りは主戦場から大きく外れているから無事だった、昨日までは』

 

 ちなみに昨日ここを襲った麻痺した兵士たちは亜人たちがどこかへ連れていった。おそらくもう見ることもない。

 謎の生物も消えて、住人から謎の肉が振る舞われたのは偶然の流れではないだろう。

 

『人の肉ではなかったから、そうだろうね』

 

 ……もっと早く言ってくれ。あるいはずっと黙っててくれ。

 完全に人肉の可能性を頭から排除していた。謎の生物の肉だとばかり考えていた。

 

『さすがに人肉だったら俺も止めてる。それでね。終末に暢気に戦争ごっこしてるみたいだけど、人側に見どころがある奴がいるかもしれない』

 

 どういうことだ?

 ここは大きく外れているんだろ。攻めてどうする?

 だいたい敵の横や背後から突くにしても十数人じゃ仕方ないだろ。

 

『命じられたのは調査だけだったんじゃないかな。昨日の現場指揮官が功を焦って、余計な侵略をしたのが失ぱ、いや、成功してるのか。ふんふーん。ふふん、ふん。――行くか』

 

 途中で鼻歌が出たので機嫌は良さそうだ。

 

『まず、昨日の兵士が来たのは俺達のせいだね。ダンジョンを攻略兼消滅させたから、この辺りの魔力の循環が大きく整った。それで人間側の誰かが魔力の流れを観測してて、変化が気になって昨日の兵士たちを調査にやった。そして、調査兵は帰ってこない。何らかの異常の発見だ。こちらへの警戒を強める。追加の派兵もありえるけど戦場から離れすぎてるから、これ以上は兵士を送ってこないんじゃないかな。陣をいじるだけだろう』

 

 シュウの見解をフュメに伝えた。

 彼女は聞いた話を集落の人たちにも伝えていく。

 その間にもシュウは私に話を続けた。

 

『俺達からお邪魔しようかなって』

 

 戦争に参戦を?

 

『参戦じゃない、人を訪ねるだけ。訪問だよ』

 

 訪問って、さっき言ってた気になる人間を訪ねるってことだろ。

 ドンパチやりあってるところに横から「こんちはー」って訪問するのは参戦と同じじゃないか。

 

『違う。話し合いですめば戦いにはならない。話し合いがもつれたらとっと退く。昨日の兵士たちと戦ってわかったでしょ。俺達が本格的に参加したらジェノサイドだよ。しかも、魔力の循環が少ないから、復活なしの抹消になるかもしれない。それは俺の望むところではない』

 

 異世界で私たちが関与して人が死んでもアイテム結晶が出た後で復活する。今までの異世界はそうだった。

 復活は魔力の循環がある場合のみで、この世界で死ぬと復活できない可能性が高いとシュウは説明していた。

 シエルとテールを都市から連れ出す際に落下死を避けようとしたのはこういった理由があったようだ。

 

 参戦か訪問かの議論は無意味か。

 どうせここにいてもしょうがないからな。

 

『そうそう。話し合いの内容によってはそのままシステムまで突っ込むから。これね』

 

 ← 619

"指揮と従属の砦の攻略"

 

 久々に見た気がするな。

 気づけばかなり数字が減っている。

 ここまで近ければさっさと私も片付けたい。

 状況からダンジョンとしてはさほど期待してはいない。

 

 そんなわけで戦争にお邪魔することになった。

 二人はどうするんだ? シュウは留守番してても良いって言ってる。

 

「私は一緒に行きたい! 戦ってるところ見てみたい!」

 

 シエルが元気よく意志を表明する。

 たぶんこいつは戦地をダンジョンか何かと勘違いしてる。

 

「私もついて行きます」

 

 兄はシエルが行くのでついてくる気だ。

 おそらく本心は乗り気ではないと見て取れる。

 ……今のは表情の陰りで何となく感情がわかったぞ。

 

「あたしも行く」

 

 側で聞いていたフュメも立候補する。

 シュウの声は聞こえていなかったはずだが、話の流れは読み取っているようだ。

 

 え、なんでお前が?

 

「人間たちには、あたしたちを巻き込んだツケを払ってもらう」

 

 どちらかと言えば巻き込んだのは私たちなんだが……。

 これ、ツケを払えってのは私たちに言ってるのか。安全に連れていけってこと?

 

『そこまでは込めてないね。まあ、行く趣旨が変わりそうだけど良いんじゃない。流れによってはしばらく帰ってこられないかもしれないけど、その点は大丈夫かは聞いておいて』

 

 長くここを留守にするかもしれないが大丈夫なのか?

 昨日みたいにここを襲う奴がいるかもしれないぞ。

 

「問題ない。昨日の防衛であたしの支持率も上がった。得た力はみんなに付与した。やすやすと人間に負けることはない」

 

 よくわからんが大丈夫みたいだぞ。

 

『留守番については守護のアイテムでも設置しておけばいい。忠犬リバーシがあったはず。そうだ。力に関して一番重要なことを聞いてなかった。莫大な評価とそれによる力を得たら、何を一番に望むか聞いといて』

 

 意図がわからなかったので、シュウの質問をそのままフュメに投げる。

 フュメはふむとしばし悩んでいた。

 

「穏やかで安定した生活だろうか。今も穏やかだが食い物に困ることが多々あるからね」

 

 周囲にほぼ何もないもんな。

 ここに来る途中よりはましだが、動植物がほぼない。

 

「しばらくは食い物に困らない。ありがたいことだ。感謝している。悪魔族のメルよ」

 

 ……その話はやめよう。

 ん? 待って、悪魔族って何だ?

 

『ほら、邪神様の姿を見せちゃったから。あの姿がこの世界の悪魔族に近かったんじゃない』

 

 あぁ、そう。

 別に何でもいいか。

 

『じゃあ、パーティー登録して出発しよう』

 

 なんだかヘンテコなパーティーだ。

 一体感がまるでない。

 

 そんなわけで辺境の地から主戦場に向けての移動が始まった。

 

 

 

 やはりシュウは嘘つきだったな。

 

 訪問する途中で人間集団と戦闘になり、進めば進むほど戦闘は苛烈になっていく。

 苛烈という割りには圧倒的なのだが、殺さないのが地味に面倒だ。

 

「サマベルのアングドット、クランプノスの子、ソフォス=ヒャン=フュメが討ち取ったぞ!」

 

 フュメが相手の指揮官を倒すたびに周囲に宣言する。

 これでもう……何回目だ。数えるのも億劫になってきた。

 シエルも最初こそ戦闘を楽しんでいたようだが、完全に飽きている。

 殺生が禁止のため兄に適当なバフを巻き、迫ってきた奴を風で追い払うだけだ。

 

 武器を状態異常付与メインにした私とフュメ、それに兄で兵士たちの行動を止めるが非常に億劫だ。

 感染もなしでやってるのでチマチマと実に手間がかかる。

 

『弱ったなぁ。肝心の相手をどうやって見つけよう』

 

 言い出しっぺのシュウも言葉に出して悩んでいる。

 堂々と人間の陣営につっこんでしまったので、騒ぎが大きくなりすぎた。

 こちらを仕留めようと果敢に攻撃してくるものと、怖くなったのか逃げるものでてんやわんやとなっている。

 

 当初の目標であった人物も探せなくなっていた。

 フュメを連れてきたのが失敗だった。最初に敵軍へ突っ込んだのも彼女だ。

 どんどん騒ぎが大きくなってきている。

 

「ええい! 戦え! 敵に背を見せるな! たかだか四人! 何をやっているのか!」

「ここは撤退を! 立て直す必要があります! アストゥラ!」

「名前で呼ぶな、副司令! 撤退などあり得ん! 戦え! 戦うのだ! もういい! 自分が行く!」

 

 進んでいくと人の波の奥から二人の人間が言い争うのが聞こえた。

 二人の女性が半ば取っ組み合いになっている。

 

『……すげぇ魔力量だな。でもラッキーだ。馬鹿なトップが勝手に出てきてくれた! 取っ組み合いしてる今がチャンス。ちゃちゃっと麻痺させよう!』

 

「司令は錯乱なされている!」

「錯乱しているのはフィリア、お前だ!」

 

 雑魚は姉妹とフュメに任せて、私は二人の女性に近づきシュウで頬を軽く斬る。

 二人は中途半端に絡まった状態で地面に倒れた。

 

 兵士たちは二人の指揮官が倒れると一瞬ピタリと止まった。

 その状態を頭で判断する時間が必要だったようだ。

 

 フュメが彼らの止まった時を逃さずやってきた。

 彼女は指揮官二人の頭を両拳でそれぞれ掴み挙げ、周囲に掲げて見せつける。

 

「サマベルのディアボロス、クランプノスの子、ボーケンシャ=キョクゲンキュー=メルが討ち取った!」

 

 そして、フュメは麻痺した指揮官をそれぞれ下級兵士へと投げつけていく。

 立ち尽くしていた兵士が指揮官に巻き込まれて倒れる。

 

 遅れて一人の兵士が叫んだ。

 

 決壊である。

 

『もう駄目だ』

 

 シュウが完全に匙を投げた

 その後はこれまでの混乱とは比較にならないほどの大混乱だった。

 兵士は指揮官を捨て置き、それぞれほうぼうに逃げた。誰も彼もが他人を見ることなく一目散に私たちに背を向けて走り去る。

 途中で転び起き上がれなくても這いつくばって逃げようとしていた。

 

 この様子を見て、心なしかシエルが楽しそうだった。

 兄は同情しているのかやや顔が曇っている。たぶん今回は間違いない。

 フュメは逃げる兵士を指揮しようとした人物に攻撃を加え、また勝ち名乗りを上げ続けている。

 混乱はさらに大きくなり、より広くに伝播していく。

 

『指揮と従属にはこれがあるんだよな。全体が一つの方向を向いた時は比類無い強さを示すんだけど、圧倒的な力や大混乱を前にすると上下の意識よりも個の恐怖の意識が大きくなって、関係性が破綻して有象無象に成り下がる。集団としての強みが完全に裏返った形だ』

 

 指揮系統だの軍規だのは完全に崩壊した。

 先ほどまではかろうじてあったシステムのバフも消え去り、冴えないペースで背をむけて離れていく。

 

『どうすんのこれ』

 

 私が聞きたいよ。

 どうすんだよ、これ。

 

『もう人捜しどころじゃない。あぁー、メル姐さん一人でひっそり来るべきだった』

 

 ステルスを使っての潜入だな。

 手間ではあるが大きな失敗をしたことはない。

 

『特にフュメ。大失敗だ。穏やかに暮らしたいという望みと戦闘時の苛烈さは共存しうる。しかも勝ち名乗りが強烈すぎた。気づけばメル姐さんもサマベルの住人だよ。悪魔族のキョクゲンキューボーケンシャだ。おめでとう』

 

 光栄だな。

 嬉しくて力が抜けてくる。

 フュメは、私が思った以上に強かったな。

 

『種族特性としてツノに魔力を溜めとけるんだよ。さらに体の紋様が魔力の流れを良くしてる。元々、近くで発生した魔物と戦ってたのか普通に強い。あんな干からびた辺境で暮らせるだけはある。トドメにパーティー登録して種々のスキルと武器まで与えてるんだ。弱いわけがない。ちょっとバフかけた人間なんて相手にならないよ』

 

 昨日の襲撃は助ける必要なんてなかったわけか。

 一人で倒せただろ。

 

『倒せたかもしれないけど、フュメを数人が足止めして、残った奴らが他の住人を襲ったかもしれないから無駄ではなかった』

 

 それはそうか。

 しかし、これからどうするんだ?

 

『どうしようかねぇ。後処理が面倒すぎるぞ。俺も現実逃避したい』

 

 フュメの姿は見えないがどこかからまた威勢の良い名乗りが聞こえてきた。

 面白がってシエルも一緒に行っている。守りが必要ないと判断したのか珍しく兄だけが私の側にいる。

 

 今、思い返せばだが、この現状を見るとあの都市の兵たちは有能だったとわかるな。

 連携は悪くとも少なくとも恐怖での錯乱はなかった。システムのバフもはっきりと機能していて、脅威こそなかったが戦闘の手ごたえはあった。

 ここの人間たちをあの都市に連れていって攻め込ませてもあっさり返り討ちにあうだろう。

 

 それに都市は住環境が綺麗で衣食住に困らない。

 あの生活はつまらないとは思うが、こっちの生き方とどちらが良いと言われると悩んでしまう。

 

 兄よ。

 半ば無理矢理つれてきてしまったが、やっぱりあの庭園に帰りたいか?

 シエルはともかくお前にはやや悪いことをしたという気持ちが芽生えてきている。

 ひたすら走らせ、妹のお守りに、料理までさせて。あげくに枯れ果てた大地で人間同士戦わせて。

 せめてずっとダンジョンを攻略できるなら良かったんだが。

 

『せやろか?』

「……エルミスのイヌヤ――シエルは庭園を出てから楽しそうにしています」

 

 待ってみたが返答はそれだけのようだ。

 

 妹が楽しければ自分は良いという趣旨の発言だろうが、それはどうなのか。

 もっと自分が楽しめることを見つけるべきではないのか。

 だが、楽しむことを強制するのは違うだろう。

 

 そうか、とだけ返した。

 

「オラクルのアポストロス、メルの子、プロミスメイジ=中位=シエルが討ち取った! ええい! 今回だけだぞ! 次は自分で名乗りをあげろ!」

「わかった!」

 

 どうもそのシエルはフュメと仲良くなりそうだ。

 楽しそうではある。

 

『止めて。良くない方にいってる』

 

 兄と一緒にシエルとフュメを止めに行く。

 

 少しだけ兄も楽しそうに見えたのは私の気のせいだっただろうか。

 

 

 

 亜人の国への侵攻部隊司令部は壊滅した。

 各々が散り散りになり、荒れ地を東に向かって歩いている。

 

 斬った兵士の麻痺を解除して、できるだけ荷物を持たせて人の国に帰していく。

 うっかり倒して光にしてしまった人間も無事に復活できたようで、人の国にどんどん帰す。

 しかしながら、兵士たちの中には帰そうとしたものの荒野で座り込んでいる者も多く、あちらこちらで喧嘩やらもみ合いが発生してしまった。

 

 謎の生物も混乱に乗じて東西南北を奔放に歩き回っている。

 けっきょくあのやる気のない熊みたいな動物は何なの? 強そうなのに戦闘にはほとんど参加しないし、やたら人なつっこい。

 今もテールとシエルにすりすりと大きな体を擦り付けている。

 なぜか私とフュメには近寄ろうとしない。

 

 聞いたところアルクダというらしい。

 シエルが気に入ってるから一匹欲しいな。

 

 トップの二人組の一人から麻痺を解除し、敗戦処理の命令をしてもらうことにした。

 今は、それなりの権限を持った相手を彼女の目の前に連れてきている段階だ。

 トップの二人はどちらも女だとはわかっていたが相当若い。

 かなりの力があるとは想像できる。

 

「オルジャ第一部隊指揮官。司令部から最後の命令になります。傾聴を」

 

 オルジャと呼ばれた屈強な男は、背筋を伸ばし足を揃えた。

 一方で命じる側の副司令はテールに剣を突きつけられ、地面に跪かされている。

 オルジャの表情からは私たちへの恐怖に怒り、副司令への哀れみ、情けといろいろな感情が見てとれる。

 

「亜人の襲撃により司令部は壊滅。アストゥラ司令及びフィリア副司令(自分)は敵の捕虜となりました」

 

 アストゥラ司令と呼ばれた女は地面に転がり、フュメが彼女の首を踏んで押さえている。

 最初に彼女の麻痺を解いたが、暴言だけでなく暴れ始めたのでフュメが彼女の顔と腹を殴り、傷みと麻痺、それに呼吸困難で死なない程度に悶絶している。

 暴れるだけならまだしも、暴言がシュウ並みにひどかったので、私もフュメの行いを批判することはできなかった。

 代わりに麻痺を解除した、副司令のフィリアが指示を与えることになった。

 

「指揮権が失効する前に、オリジャ第一指揮官に命じます。『本遠征における全指揮権は本命令後にオルジャ第一指揮官へ委譲します。オルジャ第一指揮官。貴殿は生き残った兵士たちをまとめあげ、各人の故郷へ帰してください。単に生きて帰すのでは足りません。人としての誇りを持ち、毅然とした秩序ある帰途をするように。良いですね』」

 

 命じられたオルジャの瞳は揺れていた。

 「はっ」と承服する声は震え、拳は感情の揺れを堪えるように強く握られている。

 

「最期になりますが、敗戦の責は司令部が負うべきものなのに、あなたに押しつけることとなってしまい申し訳ありません。……自分が言うべきことではないですが、どうか生きてください。生きてこの大地を豊かにしていってください。私にはもう頼むことしかできません。どうかお願いします」

 

 オルジャが目を瞑り、「はい」と短く頷いた。

 その後も「はい、はい」と呟き続きている。嗚咽と瞑った瞼から溢れるものをとうとう抑えきることができなかった。

 

 シエルが謎の生物ことアルクダを連れてきた。名残惜しそうに彼女は手放す。

 オルジャはすぐさまアルクダに跨がり、東に向かって走っていく。一度もこちらを振り返らなかった。

 

 残された女を見下ろす。

 彼女はオルジャが去ってから、ずっと目を瞑っている。

 

 オルジャとやらは行ったぞ。

 ご苦労だったな。

 

「自分たちは、どうなりますか?」

 

 どうなるんだ?

 

『俺を副司令にくっつけてよ。へいへい、フィリアちゃぁん。ちょぉとおにいさんと話をしようねぇ~』

 

 先に言っとくが、普段のような下卑た発言をしたらお前を折るかもしれない。

 彼女の先ほどの覚悟を踏まえた上でお前も心して発言をしろ。

 

『もちろんだよぉ。さぁさぁ、俺を彼女にくっつけてぴとってね』

 

 まったく信用できんな。

 信用はできんがどうすべきかもわからない。

 こいつは絶対にやってはいけないタイミングでやる。嫌な信頼がある。

 信用はないのに信頼はある。矛盾したような気もしたが、どこがおかしいかもわからない。

 

 仕方なくシュウをフィリアの首元につけた。

 彼女はピクリと一瞬だけ目をうっすら開けたが、すぐまた諦めたように目をつむる。

 

「そうなりますよね。お願いします。どうか、アストゥラの命だけは助けてもらえないでしょうか。どうか、どうかお願い……」

 

 なにやら誤解させてしまったな。

 普段は腕とかなんだが、ほぼフル武装してて肌を露出してる部分が首元だったから首にしただけだ。

 

『「大地を豊かにしてくれ」と言ったね。この大地が豊かになるにはどうすればいいと考えてるか教えてもらえる? いや、跪いたままってのも良くないな。テール、悪いけど近くから人数分の椅子をかき集めて持ってきてよ』

 

 絶対に変態発言を連発すると思ったが、まるで予想してない質問が出てきた。

 フィリアも予想外だったのか困惑が見て取れる。

 

 テールが淡々と椅子を持ってきて、フィリアを座らせ私たちも座る。

 アストゥラの分の椅子は、フュメが「こんな奴には要らない」と蹴って倒した。

 座れる状態でもないし、治してもうるさいだけなのでしばらく放っておくことにする。

 

『よし。まずは「大地が豊か」の定義から聞こうか」

 こ、答えてやってくれ。

 

 予想外の対応にフィリアは困惑しているが、一番困惑しているのは間違いなく私だった。

 すごいまともだ。どういうことだ。不思議だ。異常だ。ダンジョンだ。

 ……ダンジョンではないか。一緒にすべきではない。

 

「定義を説明する前に、この地を巡る大きな魔力の循環があるのはご存じでしょうか? その、お名前は――」

『シュウだよ。敬称は付けても付けなくてもどちらでも。こちらはフィリアちゃんって呼ぶから。魔力の循環は知ってるから、続けて』

「それではシュウさん」

 

 いや、すまん。シュウにしてくれ。

 そいつに「さん」を付けると鳥肌が立ってかなわん。

 

『じゃあ、呼び捨てにして。鳥頭が鳥肌の脱毛チキン女にもなってしまうみたいだから。はい――続きをどうぞ』

「自分は実効支配領域の六割を越える範囲に魔力の循環が存在することが『大地が豊か』の定義としています」

『今の割合は?』

「都市域では八割を超えていますが、郊外に出れば五割。このあたりまで来ると一割、ゼロも珍しくありません。全体では二割五分といったところでしょうか」

 

 フュメが「このあたりは人間の土地ではない」と反論しているがシュウは無視した。

 

『定義はわかった。もう一つ、大地を豊かにする方法を聞く前に、なぜ大地を豊かにする必要があるか、フィリアちゃんの考えを聞かせてもらっても良いかな』

「まず、魔力がゼロになると生命は生活ができません。作物を育て、家畜を育て、それらを育むための水すら魔力がなくては流れないことが判明しています。大地を豊かにする必要があるのは、ヒトが今後もよりヒトらしく生きていくためです」

「そのヒトの中には人間しか入ってないだろ」

 

 フュメがまた指摘する。

 フィリアはすぐさま反論をおこなった。

 

「いいえ、違います。種族として差はあるでしょうが、あなた方もまた大地が豊かでなければ生活はできないはずです。事実として魔力がゼロの地帯では誰も生活をしていないのですから」

『正しい。俺たちもひたすらそんな領域を見てきた。見事に一部の例外以外は誰もいなかったよ』

 

 シエルがうんと頷いた。

 テールは無言かつ無動作でフィリアを見ている。

 フュメは何か言いたげだが、苛ついただけで発言はしなかった。

 

『本題。具体的には、どうやって大地を豊かにするつもり?』

「……聖遺物を、利用するつもりでした」

『どう利用するつもりだった?』

 

 シュウは話を進める。

 シエルは「聖遺物って何?」と尋ね、フュメも疑問の顔だ。

 テールは何を考えているのかわからない。私は遺物という単語で何を示しているのかわかった。

 予想はしていたが都市にあった骨と同様のものが、こいつらの国にもあるに違いない。

 

「今の指揮系統を変更しようと考えていました」

『悪くない。変更の権限を得るために偉くなる。偉くなるために侵攻で功を上げる。あわよくば亜人たちの聖遺物も手に入れてそちらも利用する』

「……仰るとおりです」

『そこで倒れてる友達とは聖遺物を二つとも手に入れた時、全幅の信頼を持って二つの聖遺物を分散させる約束でもしたのかな?』

「な、なぜ……」

 

 フィリアはぎりぎり声になっているかどうかという音で疑問を呈した。

 

『四割』

 

 フィリアの疑問に答えず、シュウが割合を告げた。

 

『仮にフィリアちゃんの夢が叶った場合の支配地の魔力の循環率。せいぜい四割が限界。支配地の拡大に魔力の循環がついていかない。聖遺物の力を過信しすぎてる』

「……お話を遮って申し訳ありません。貴方は、あなた方は何者ですか? 聖遺物のことについても知っているご様子。貴方と、そちらの二人も裏切り者という雰囲気ではありません」

 

 フィリアの驚きが不気味さに変わっていくのを感じた。

 迫り来る死の恐怖が未知との遭遇の恐怖に変質していくのを私も感じとっている。

 

 今さらだが自己紹介でもしておくか。

 フュメは比較的近くのところで昨日知り合ったばかりだ。

 なんだったっけ。得意の名乗りを頼む。

 

「サマベルのアングドット、クランプノスの子、ソフォス=ヒャン=フュメだ」

 

 そうそれ。

 聞き飽きたがまったく覚えてない。

 

 次にそこの二人は兄妹で、遙か遠くの都市から来ている。

 ここらとはまったく別のところだ。聖遺物とやらもここら二つとはたぶん別物だろう。知らんけど。

 

 そして私はメル。冒険者をしている。

 さっきからべらべら喋っているのはシュウだ。

 

 聖遺物とやらに関して知っているのは私とシュウだけだ。

 私は何を指しているのかわかる程度だが、こいつだけはおそらくほぼ全てを知っている。

 

『全ては知らんよ。ところで昨日、南に調査の兵を送ったのはフィリアちゃんだよね』

「は、はい」

 

 え、そうなの?

 

『今までの会話を聞いてたら明らかでしょ。ひと悶着あったけど目的は達成された。結果オーライだったね』

 

 そうだな。

 ……いや、そんなわけないだろ。

 ひと悶着どころじゃない。だいぶやらかしちゃったぞ。

 

『消滅した奴はいないから大丈夫。強いて言えば一番の被害者は、調査に派遣された兵士たちかな。とりま彼らがどうなったかは置いといて、派遣した理由は魔力循環の変化を観測したからでしょ。あれをやったのが俺たち。正確にはフュメ以外だね』

 

 フィリアの表情にはっきりとした驚きが見える。

 どうやってと彼女が尋ねる前にシュウがさっさと答えた。

 

『ダンジョンを攻略して消滅させた。ダンジョンは、フィリアちゃんたちは何て呼ぶんだろう。フュメたちは「瘴害領域」とか「澱」って呼んでたけど』

「自分たちは「不浄地」と呼んでいます。不浄地は消滅などできる代物ではないでしょう。どうやって消滅させたのですか?」

『ボスとほぼ全てのモンスターを復活前に倒しきる』

 

 フィリアがこいつは何を言ってるんだという顔を作った。

 それでもすぐ表情を変化させて、それができる力があるから私たちは負けたんだという顔に変わった。

 なんだろう。最近はテールとシエルの顔で鍛えられたためか一般的なヒトの顔を見ると考えてることがわかる。これは成長ではないか。

 

「それでは不浄地を――」

『その察しは間違いではない。でも、ダンジョンを綺麗に攻略していっても、循環率は五割を超えるかどうかだよ。大抵の魔力はゼロのところにむかっていって発散するから』

 

 フィリアは先に言わんとしようしたことを言われたようで、表情が宙をさまよっている。

 

『もっと言おう。魔力のゼロ領域と接していてそちらの方が遙かに広いから、領域の循環率を上げようとするほど、別の維持する力も必要になってくる。そのあたりはまだ考えてないよね。ついでに言えば、大地が豊かの定義を支配地の六割と言ってたけど「ヒトがヒトらしく生きる」を実現するなら八割は最低でもいる。欲を言えば、もっと長い目を持たなきゃジリ貧。さすがに君たち世代で目標達成できるとは思ってないだろうけど、どこかの世代がやらかすと全て無に帰する。何なら反動で今より悪くなることもある。なによりも視野が狭い。人間中心で考えすぎてる。もっと――』

 

 もういい。やめろ。クソミソじゃないか。

 助言するんだなと期待したら、知識と論理で容赦なく殴ってるだけだ。

 真面目に話すのも限度があるぞ。もう黙ってろ。これなら下卑た発言を聞いた方がまだマシだった。

 フィリアの絶望が再発し始めてるのが私でも見て取れるぞ。

 

『待った。まだ一番気に入らないところを言ってない。フィリアちゃんが聞きたくないなら言わない。どうする? 選ばせてあげる。――覚悟を持って決めてね』

 

 今までの経験からいくと、この前振りは危ない。

 こいつは基本的に女や気に入った人物には優しいんだが、逆に気に入らないと徹底的に抉る。

 

「自分は敗北しました。覚悟ならできています。どのような言葉も甘んじて受け入れます」

 

 駄目だ、聞くな。後悔するからやめとけ。

 シュウ、お前はもう黙ってろ。

 

「お気遣いは不要です。自分は言葉だけでなく、どのような罰も、扱いも受け入れます。だから――」

『「アストゥラは助けて」でしょ。俺が気に入らないのはそこだよ。どっちかと言えば、「大地が豊か」に近づくには、そこの魔力馬鹿の脳足りんよりも君が生き残った方が成功率がずっと高い。それなのに部下に使命をパスして、自己犠牲精神でお友達の助命を請うばかり。なんだかなぁって』

 

 黙れと言った手前、あれなんだが、私もちょっとその点はモヤッとした。

 どうしてそいつの助命を請うんだ。自分の命が最優先だろ。自分より他人の命が大切っておかしくないか。

 

「そんなことないだろ。あたしの命一つで他の住人が助けられるなら助けたいと思うよ」

 

 フュメにあっさり否定された。

 シエルはわからないという顔だが、兄は私の言葉を否定しているように見える。どちらも表情は読み取れないがたぶんそう。

 兄の場合は妹のためなら自分の命も差し出しそうだな。実際、庭園を攻略した時は庇っていた記憶がある。

 

『あ、いや、ごめん。自分の命と他人の命のどっちが大切かって話に持っていきたい訳じゃないんだ』

 

 違うの?

 そういう話だと思ったけど、どういう話だったの?

 

『諦めがあまりにも早すぎるって話。フィリアちゃんはさ。そこに転がってるお馬鹿さんと「一緒に大地を豊かに」って夢を描いたんでしょ。――どうして自分が欠けることを良しとしちゃうの? それは「一緒に」って誓った友人への冒涜だよ。――なんで部下に「大地を豊かに」って放り投げちゃったの? 二人で掲げたものでしょ。自分勝手に渡しちゃって良いものじゃないでしょ。もっといろいろすべきだったよね。友達との相談を俺たちに認めさせる、部下を切り捨ててでも助命を乞う、自分たちの有用性を説く、隙を見つけて窮地を脱する……もっと生き残る術を模索して実行しなきゃ。さっきも俺の魔力循環の話を聞いて勝手に絶望してたけど、内容が真に正しいかは自分たちで検証すべきじゃないの? ――とにかく諦めが良すぎるんだよなぁ』

 

 言われた側は打ちひしがれている。

 私たちではなく、地面に倒れたアストゥラを見つめていた。

 「あ……、あぁ……」と漏らし、麻痺で殴られた奴よりも呼吸がずっと苦しそうだ。

 

 そして、なぜだか言ったシュウも絶望に満ちている。

 あれだけ言って気持ちよくなっても良さそうなのに、うなだれているのが見えるようだった。

 

『ぬるすぎる。「一緒にディ○ニー行こ!」って感覚で語る夢じゃないんだわ。人生全てをつぎ込んで、何がなんでも己らが絶対にやるって気概を感じられない。まだ世界で一人しか登録してないゲームを走るRTA走者の方が揺るぎなき信念と確固たる狂気を感じる。まぁ、期待しすぎた俺が悪いな。君じゃあ、この先を描くのは到底無理だ』

「こいつは何を言ってるんだ?」

 

 私たちでは理解できぬものだ。

 こうなったらしばらく自分の世界に入っちゃうからほっとこう。

 

 なんだかどうでもよくなってしまった。

 もう行っていいよ。シュウが好き勝手言って悪かったな。

 あの熊みたいなのもその辺りにまだいるから、そこの転がってる女も乗せていけよ。

 デカ男の何とか指揮官にもそのうち追いつくでしょ。

 

 ほれ、シュウよ。

 いじけてないで麻痺を治してやってくれ。

 

『はぁ』

 

 ため息交じりだがやることはやるだろう。

 シュウで転がっている女の頬を軽く斬ると、麻痺による震えが収まり、瞳に精神の光が宿ってきた。

 

「お前ら……、フィリアに何を、言った」

 

 ん? 何をって、あっ、そうか。

 お前はシュウの声が聞こえてなかったんだな。

 悪いな。どうも彼女の夢というか彼女自身を全否定してしまったようでこの有り様だ。

 

 アストゥラが拳で地面を押し、体を起こしていく。

 フュメに殴られた顔は腫れているし、胴体もおそらく痣ができているに違いない。

 苦悶の表情を浮かべながらも、彼女は私たちの横を通り過ぎフィリアへと進んで行った。

 

「しっかり、しろよ、副司令! っぅー!」

 

 アストゥラがフィリアの頬を殴った。

 フィリアが椅子から崩れ落ち、涙目でアストゥラを見る。アストゥラも反動で痛みがあったのか腹を抑えている。

 

「ごめんなさい。アストゥラ、ごめんなさい。ごめんなさい。自分は――」

「黙れ。勝手にあれこれ決めるな。決めるのは私だ。お前が諦めるかどうかを決めて良いのもな」

 

 フィリアを背にしてアストゥラが私たちに向き直る。

 

「蛮族どもが何を言ったのか知らないが、しょせんは寄せ集めヒト崩れの浅知恵。私たちを押さえ込む甘言。そんなことじゃ私たちを止めることなんてできない!」

 

 いや、止めないから。

 その子も一緒に連れていってくれ。

 なんなら痛み止めと回復薬くらいならやるぞ。

 

「私たちは止まらない。私たちはまだ負けてない。お前が止まったなら私が引きずっていくまで」

 

 こっちの言葉をまるで聞いてくれない。

 殴られて頭を強く打ったのが良くなかったのだろうか。

 

「必ず二人でこの大地を――はぁああああ!」

 

 とうとう叫び始めた。

 シエルがビクリと震え、テールがシエルの前に立った。

 フュメも拳を構えての戦闘態勢だ。

 

 え? 何?

 

『魔力を全開放しての戦闘態勢に入った。すごい魔力量だね。素で今のシエル以上の量がある。これに指揮官としてのシステムの力があれば、確かに一騎当千ではあった。でも今さら出す力じゃないし、このまま出し切ると普通に魔力欠乏で消滅する。なるほどね。信念と狂気はこっちが備えてたのか。代わりに理性と論理、礼節は欠落してるけど。いいじゃんいいじゃん。二人でようやく一人前だ。うん、美しい』

「勝つぞ。私たちは……」

 

 別に美しくはないだろ。

 で、どうするんだ。やる気に満ちてるぞ。

 

『止める。やる気と魔力だけ満ちてもしょうがない。果てしなく魔力の無駄づかい。環境活動家がディーゼルエンジン積んだ車で爆走しながら、人類の大気汚染を嘆くくらいの矛盾』

 

 よくわからんな。

 とりあえず叫んでこちらに拳を振り上げてきたアストゥラの頬を斬った。

 

『二人で勝つことを標榜するなら、せめて二人で挑んできなよ』

 

 アストゥラの勢いを持った拳は私に届いた。

 しかしダメージはまるでない。勢いを失い、倒れようとする彼女を受け止めてやる。

 

「一緒に、大地を取りもろすぅ」

 

 普通に喋ってるし、震えもない。

 この感じは麻痺じゃなくて睡眠か。良い夢を見ているようだ。

 

 相方はこう言ってるが、お前はどうするんだ?

 諦めが早いってシュウにボロクソに指摘されてヘコんでいたが、別に一度や二度諦めたって良いだろ。

 ボロクソに批判したシュウだってよく諦めてる。私もだ。諦めた後でどう立ち直ったり、やり直したりできるかが大切じゃないか?

 私もダン『はいはい。そろそろダンジョンのよくわからない例えが出るころだから口を噤もうね~』。

 

 途中で止められてしまった。

 なぜだ。この先が極めて重要だったんだぞ。

 

『いらないいらない。とりあえず俺をフィリアちゃんにつけてよ。本人に尋ねる』

 

 不承不承ながらも黙ってフィリアにシュウを付けた。

 

『――さて、フィリアちゃん。もっかい尋ねようかな。大地を豊かにするにはどうすれば良いと考えてる?』

「……わかりません。今まで考えていたことは否定され、やろうとしていることも疑問が沸くばかりです。部下も指揮権限も失い、振り出しに戻ってしまいました。それでも、人間の新しい道を探そうと思っています、彼女と、一緒に」

 

 いい答えだな。

 二人一緒ならきっと新しい希望のある道が『見つけられるわけないでしょ』。

 

 ……え?

「……え」

 

 私とフィリアの疑問が一致した。

 フュメは話にすでに興味はない様子である。

 シエルはよくわかってない表情で私たちを見ている。

 テールは彼には珍しいことに、目を閉じて何も見ようとしていない。

 

『一人だとほんとダメダメ。わからないって認めたところしか評価しようがない。半人前以下だ。本体は魔力馬鹿の方だったか。うぅん、魔力馬鹿もなぁ。――あのね。……いや、もういいか』

 

 ↑ 582

"指揮と従属の砦の攻略"

 

 シュウはそこで言葉を打ち切った。

 さっさと次に行こうと言わんばかりに矢印と目的地が出てくる。

 

 お前こそ諦めが早すぎるだろ。

 中途半端なところでやめないでよ。気になるじゃん。

 

「二人で探すよりも今ここでシュウに聞けば早いんじゃないの。とっても詳しいよ。質問にいっぱい答えてくれる。ね」

 

 シエルは兄に同意を求めた。

 どうせ沈黙か頷くくらいしか返さないと思っていたがテールが口を開いた。

 

「私もシエルの提案を支持します。聖遺物、二国間の魔力循環、不浄地、未来に起こりうる滅亡――これらの知識に関して彼よりも把握している存在はいないでしょう。また、伝えていませんでしたが、現状の私たちが目指すところはあなた方の聖遺物となっています。彼が何をするかは聞いていません。しかし、大地の豊かさ問題の解決になる一助になる公算は高いと考えられます」

 

 すごい喋った。

 こんなに話したのは初めてだ。

 簡潔に質問やら指摘、感想を述べるだけなのに。

 フュメもこいつは口がきけたのかと兄に視線を向けている。

 同時に、シエルが明確に驚いた表情も初めて見ることになった。

 やはりこれは異常事態らしい。

 

『ん? まだ疑義があるって顔してるけど読み切れないな。尋ねてどうぞ』

「視野の狭さにも指摘がありました。『人間中心で考えすぎている』と。途中で発言が途切れましたので、続きを聞かせていただけますか」

『……あぁ、核心の縁を指の腹でなぞってるね。うん。悪いけど言えない。言葉にして伝えるものじゃなかったよ。考え続けてみて。それこそが答えとも言える』

 

 いきなりめちゃくちゃ喋って、プツンと会話が途切れた。

 兄は兄なりに納得してしまった様子だ。

 私たちは何も得ていない。

 

 えっとどうするの。

 たぶんもう何も答える気がないだろ、お前。さっさと次に行くか。

 

『いや、気が変わった。フィリアちゃんたちも連れていこう』

 

 明らかに足手まといなんだが「遠くへ行くなら」か。

 パーティ登録をするのか。

 

『するっちゃする。まずは準備だ。アイテム袋の雑多番地「マ」から「マズニのプスィヒぬいぐるみ」を二つ取って。たしか使ってないはず』

 

 ……聞いたことがないアイテムだな。

 聞いたことがない訳はないか。記憶にはまったくない。

 

『聞いたことがないであってる。珍しく』

 

 うん?

 どこのダンジョンのドロップだ?

 あと珍しくはいちいち付け足さなくてよかったぞ。

 

『ぬいぐるみの館ミポリ』

 

 …………は?

 馬鹿言うなよ。そんなわけないだろ。

 挑戦不可ダンジョンだぞ。ドロップを拾った訳がない。

 

 基本的にダンジョンは開放されているが、いくつか攻略が禁止されているものがある。

 有名なものだとセルメイ大聖林、ランプスィ金山。セルメイ大聖林は特殊な伝手で挑めた。

 セルメイ大聖林が例外だっただけで、ランプスィ金山は入場許可が下りなかった。

 そして、ぬいぐるみの館ミポリも入場許可が下りなかった。

 

 攻略禁止の理由もそれぞれで理由が違う。

 セルメイ大聖林は種族的な問題。ランプスィ金山は国内の金相場維持。

 ぬいぐるみの館ミポリはドロップアイテムがどれも危険だから……と言われている。詳しくは知らない。

 効果は知らないがドロップアイテムは持っているだけで処罰対象とは知ってる。

 

『とある盗賊のアジトを潰した時に拝借したやつだね。とても珍しいものなのでついつい保管しちゃったんだ。てへ』

 

 てへ、じゃねぇよ。

 バレたら大目玉だろ。

 

『使わなきゃ基本的にバレることはない。異世界(こっち)で使っちゃおう。そもそも二つあるか調べて。一つは間違いなくあるはずだけど、もう一つは魔法少女のダンジョン作成で使った気もするんだよね』

 

 アイテム袋の雑多番地を漁る。

 雑多に入れていいアイテムじゃないだろ。いや、わざとわかりづらい方に入れてたのか。

 おい、他にも危ないやつを入れてないだろうな。

 

『……二つあった?』

 

 露骨に話を逸らすなよ。

 一つと、あ、二つあったぞ。

 

『良かった。やっぱ戸惑って使うのを止めてたな。今こそ取り出して暴れ馬(アストゥラ)とフィリアちゃんに使おう』

 

 先に効果を教えて。

 危険すぎる効果なら駄目だ。

 

『対象の精神をぬいぐるみに移し替えることができる』

 

 アウトじゃねぇか。

 そりゃ攻略不可になる。

 流通させて良いアイテムじゃないのが私でもわかる。

 そんなの使わなくても人間のままでいいだろ。

 

『人間のまま連れていくと邪魔じゃん。連れていってあげるけど、好き勝手に動くことも口を挟む権利も与えない。大丈夫、パーティー登録した後で精神を移す。空っぽになった肉体は適切に保存しておくから。「フュメに任せよう」と考えてる。ついでにパーティー登録した時にパーティー権が空っぽの肉体に残るのか、精神だけの人形に移るのか。はたまた両方に複製されるか調べたい』

 

 それ、ついでがメインになってないか。

 

 やたらフュメに任せるを強調していた。。

 こいつ、フュメをパーティーから外す気だ。今回の騒動で懲りたな。

 目的地に連れていくとまた勝ち名乗りをあげまくる。次こそ静かに攻略しようとしている。

 

 

 ……フュメなら任せられるな。

 人間憎しと言えども、取って食ったりはしないだろう。

 

『――うん。ここの兵士が散り散りになってしまったからね。やっぱりフュメは集落に戻って守るべきだよ。住人も彼女が長く離れれば不安でしょう』

 

 私たちは方向性の一致を得た。

 危険なアイテムを使うリスクと、攻略を滅茶苦茶にされるリスクとを比べた結果、静かで安定した攻略が選択された形になる。

 

 こうして私たちの戦地訪問が終結した。

 

 

 ↑ 245

"指揮と従属の砦の攻略"

 

 テールとシエルを連れて目的地に近づいている。

 フュメは大きな荷物を二つ抱えて集落に帰ってもらった。運送料及び保管料として腹にたまる食品をいくつか与えたのでたぶん大丈夫だろう。

 

 こちらも小さな荷物が二つ追加された。

 手乗りというにはやや大きい、馬と熊をかたどったぬいぐるみである。

 アストゥラとフィリアの精神がぬいぐるみに宿っている。ちなみに二つとも動く。

 

『普通は動かせない。パーティー登録でチートがあるから動かせるんだ。喋ることはできないけど、自分の意志である程度は動ける――良かったね』

 

 良いわけねぇだろ、とは口にしなかった。

 他の奴ならまだしも、動けないシュウが言うと説得力がある。声に妬ましさが混ざっていた。

 

 フィリア(熊)はある程度受け入れて大人しくしているが、アストゥラ(馬)はいつも暴れている。

 シエルはアストゥラが暴れているのを面白がって、ときどき地面に放して絶対に逃げ切れない鬼ごっこを楽しんでいた。子どもは残酷だな。

 

『アストゥラは才能の塊だね。四足歩行の器に入れられて、普通あんなにうまく走れないよ。歩様も常足、速歩、駈足、襲歩をしっかり使い分けてる。曲がる時も右手前左手前を意識してる。伸びも良い。惜しいなぁ、競走馬に産まれていれば』

 

 馬の才能があることを褒めているが、人間部分に関しては否定されているような気がする。

 そもそも人間に戻った後に四足歩行しそうで怖い。

 

 

 人の領土ということで確かにところどころ町や草木があるのは見つけた。

 

 しかし、絶対量が明らかに不足している。

 川はところどころで枯れ、草は密集せず点在し、木に至ってはほぼない。

 比較的大きな町も人が生きるために集まっているだけに過ぎず、交易も活発ではなく栄えているとは言えない。

 立派な町でしょうと言わんばかりに馬(アストゥラ)が誇っている仕草をしているのが余計に切なくなった。

 シエルは良い環境で育ったためか、正直に「ひどく劣悪な環境」と子どもの言葉で口にしてしまいアストゥラが暴れまわっていた。

 兄がさほど注意をしなかったところをみるに彼もまた同じ感想を抱いているのだろう。

 

 途中でダンジョンを見つけたので攻略している。

 地元の人が近寄らない、というより近寄れない。過去の城があったので挑んでいる。

 

 モンスターは過去にいた兵士と思いきや無機物系と悪霊系である。

 中身がない甲冑や魔法を撃ってくる霊体だ。

 

『テール、大振りすぎ。室内はもっとコンパクトに戦わなきゃ駄目。盾で押し殺す戦法も有効。室内は土魔法の効きが弱い。足下だけに使う。もっと周囲の環境――壁や柱を利用する。シエルも同じ。大雑把に構築せず、細く的確に刺し殺すイメージを持って使用する』

 

 室内戦の練習になるということで兄妹がメインに相手をしている。

 武器や使用する魔法も前回の古戦場とは変更して、どう動けばいいかを確かめていた。

 

 足をぽこぽこ叩かれたので見ると、熊のぬいぐるみ(シエル)が私に何かを訴えている。

 継ぎ接ぎだらけの短い腕が私の片手を示した。手には馬のぬいぐるみ(アストゥラ)が握られている。

 兄妹は攻略中なのでぬいぐるみの面倒が見られないため私が見ているわけだ。

 

 アストゥラが四本の足をばたつかせていた。

 いつも暴れているので気にしていないが、フィリアは気になるようである。

 

『戦いたいんだって。ほら。「下ろせ、私も戦う。さっさと下ろせ!」って足が動いてるでしょ』

 

 フィリアがシュウの言葉にそのとおりと頷く。

 私はぬいぐるみの足から意志を察する力なんて持ってないんだよなぁ。

 仮に人の足の動きだとしても察することなどできないだろう。言葉の偉大さを痛感するばかりだ。

 

 戦いたいなら戦わせてやろう。

 私もダンジョンでぬいぐるみを持ち続けているのは嫌だ。

 でもぬいぐるみの状態だと魔法は使えないんだろ。戦闘手段どころか生存手段がないじゃないか。

 

『職業スキルはあるんだけど、司令(コマンド)だからやっぱり死にスキルなんだよな。代わりにぬいぐるみ専用スキルがある』

 

 ぬいぐるみ専用のスキル? そんなのあるの?

 どういうこと? ぬいぐるみで戦うことが想定されてたってこと?

 

『俺の国でもぬいぐるみを通じて楽しむ「ぬい活」ってのがあった。一緒に食事を食べたり、旅行したり、着せ替えしたりってね。深く考えない方が良い。あるものはある』

 

 私には理解できない世界があるようだ。

 長くお前といて、お前の国の話をいろいろと聞くけど、聞けば聞くほど理解できん。

 ちょっと怖いけど聞くとしよう。どんなスキルなの?

 

『三つある。まず一つが「炎上」』

 

 は? 炎上?

 おい、翻訳がおかしいぞ。炎上って聞こえた。

 

『あってる。「炎上」』

 

 え、炎上? 炎のスキルか?

 どういうこと? なんでぬいぐるみで炎のスキルがあるんだよ?

 

『メル姐さん。ぬい活と炎上はセットだよ。自身の通過した地点が燃え上がる。ほら手を放して』

 

 わけわかんねぇよ。なんでぬいぐるみと火がセットなんだ。

 あ、そうか。前に言ってたあれか。燃やして供養するみたいなそんな話か。

 

『それはお焚きあげ。俺の国古来の宗教儀式。感謝と冥福を祈って天に返すもの。炎上は別モンだよ。批判と非難で笑って地獄に落とすこと。もういいから、アストゥラから手を放してよ』

 

 意味わかんねぇよ。

 どうなってんだ、お前の国は?

 

 私が手を放すと馬(アストゥラ)がモンスターにむかって走って行く。走った跡から炎が出てきた。どす黒い火だ。

 アストゥラがモンスターに体当たりする。体当たり自体のダメージはなさそうだ。中に緩衝材が入ってて柔らかいからな。

 代わりに体当たりしたところから炎が生じた。しかも、火の粉とかそんなレベルじゃない。勢いよく炎上している。意味わかんねぇよ。

 燃え上がるのも一瞬だが、鎮火もあっという間だ。

 

『二つ目が「ぬい虐リベンジ」』

 

 やめてくれよ。

 もういっぱいいっぱいだよ

 

 わかってくれたのか返事がない。

 違うな。説明するより見た方が早いってパターンだ。

 

 馬(アストゥラ)はすばしっこく走っているが、それでもしょせんは人形。

 遠距離からの魔法がとうとう直撃してしまった。

 

 あれ、効いてない? 普通に走って炎上させてるな。

 ……ん? どういうことだ? 魔法を放った方が消え去ってしまったぞ?

 

『ダメージの押しつけだね。スタック型だから回数制限はあるけど、溜めておけばあえて強いダメージを受けて反射できる。限度はあるみたいだけどね』

 

 人で戦うよりこっちの方が強いんじゃないか?

 名前の意味はわからんが、とりあえず便利そうなスキルに見える。

 

『完全にネタ枠だよ。魔力の消費も多いからまともに使える奴は少ない。刺さる相手には刺さるかもしれないけど、ぬいぐるみの状態になって戦う必要はない。武器を持った方が順当に強い。そもそも炎上のダメージが自分にも効くんだよね。移動後に立ち止まれないのが最悪。火消しに走り回ると余計炎上するっていう再現度の高さよ』

 

 本当だ。尻尾に火がついてる。

 火を消そうと走り回って、あちこちが炎上し始める。

 あんまり聞きたくなくなってきたんだけど、最後の一つはなんだ?

 

『三つ目は「癒やし」』

 

 どうしてそれを最初に言わないんだよ。

 一番最初に紹介すべきだろ。いきなり炎上から始めるから意味不明になった。

 ……いや待て。効果は? 最後に回すくらいだから、名前は普通で効果が頭おかしいとかあり得るな。

 

『鋭い。大正解。持ってると魔力の回復速度が倍になる』

 

 いや、ちゃんと癒やしてるじゃん。

 全然普通だ。

 

『いやいやいや、一番ぶっ壊れてる効果は間違いなくこれだから。魔力回復速度倍ってぶっ壊れだよ。しかも重複する。二体持ってたら四倍。いかれてるとしか言いようがない』

 

 すごそうだけど、あまりよくわからんな。魔力とかほぼ使わないし。

 とりあえずお前の国が一番よくわからんから、効果がわかる分だけずっとマシだなとしか。

 

『魔力の回復促進薬あるじゃん。めっちゃ苦いやつ』

 

 あるな。

 シエルに一回飲ませたら、二度と飲もうとしない。

 まだ予備で何個か持ってるがけっこう高い。全然使わないけど。

 

『あれでも回復速度が倍には到底届かないんだ。しかもあっちは徐々に効いてくるから、回復の初速が全然違う。……まあ、このすごさはメル姐さんに言ってもわからんわな』

 

 うむ、まったくわからん。

 それよりもう片方は戦わないのかな。

 熊(フィリア)はずっと私の足下で戦況を見ていた。

 

『考えてみなよ。ぬいぐるみに二体も走られると収拾がつかなくなる。フュメを置いてきた意味がない』

 

 ……そうだな。本当にそうだ。

 私も二体が火柱を上げて走るところは見たくない。何なら一体でも見たくない。

 

『今は戦闘の練習中だから駄目だけど、最終的にはシエルが二体とも手に持ってた方が戦闘効率は良いね。あるいは一体を兄の背中に固定しておくかかな。前のダンジョンは魔力不足になりかけてたし』

 

 ぬいぐるみを両手に持って戦うのか。何か間抜けだなぁ。

 背中に固定しておくのも間抜けだ。

 

『継戦能力がぐーんと上がるよ。ぬいぐるみが盾としても使える。リフレクトだね。上手く使えば炎上まで付与できる』

 

 そこだけ聞くと強そうだ。

 しかし、絵面はあまりにもひどい。

 熊が私たちは盾にされるのかと見上げてきている。

 

『フィリアちゃんも戦闘を見てきなよ。近くで見ないとわからないこともあるから』

 

 熊がとてとてとつたない歩調で進んで行く。

 馬に追いつこうとしているがなかなか追いつけない。普通はこんなもんなんだろうな。馬が異常すぎるんだ。

 

 しばらく戦闘を見ていて、シュウが何も言わないことにふと疑問を覚えた。

 なんか隠してない? フィリアも無理矢理行かせた気がしたし。

 

『むふー』

 

 気づいてくれて嬉しいって声を出してるけど気持ち悪いからやめてね。

 それで何を隠してるの?

 

『ぬいぐるみ専用スキルがもう一つだけある』

 

 まだあったの?

 ぬいぐるみ優遇されすぎてないか。

 

『最後の一つは「爆弾」』

 

 物騒すぎるだろ。

 なんでぬいぐるみが爆弾になるんだよ。

 まぁた、お前のお国事情か。ちょっと異常すぎるぞ。

 

『恥ずかしながら俺の国じゃなくて世界の伝統芸能というか、テロというか、ゲリラというか。とにかくぬいぐるみの中に爆弾を詰めるって風習がそれなりにある。これ、効果としてはめちゃくちゃ強いけど、使わないから。それだけ言っておきたかった』

 

 お前がそう判断するならそれで良い。

 

 おいおい、とうとう馬(アストゥラ)が熊(フィリア)を背中に乗せて走り始めたぞ。

 火柱が倍になっている。テールとシエルも困ったものだと見つめていた。

 

『炎上も重複するんだね。――ここまでにしよう。しょせんネタ枠。その場で楽しむだけ楽しんだら満足すべきだ。無思慮に拡げるべきじゃない』

 

 ぬいぐるみから出てくる火柱が止まった。

 どうやらスキルを停止したようだ。

 

 攻撃の手段を失ったぬいぐるみ二体はテールとシエルの手にそれぞれ抱かれ攻略が続けられる。

 

 二人の安定した攻略によりダンジョンがまた一つこの世界から消滅した。

 

 

 ↑ 2

"指揮と従属の砦の攻略"

 

 長かった。

 私でも長くて濃いと感じる旅路だった。

 

 退屈な箱庭都市から始まり、シエルの魔法の封印、草の発見、亜人との交流、戦地の訪問、ぬいぐるみとのダンジョン攻略。

 このゴールがいよいよ目前に迫っている。

 

『いいねぇ。もっと臨場感を出そう』

 

 ↑ 2,292

 

 急に数字が増えた。

 しかも百倍以上になってる。

 

「千倍以上です」

 

 細けぇことは良いんだよ。

 おい、どういうことだ。なんで急に数字が増える。嫌がらせにも限度ってもんがあるぞ。

 

『切り捨ててた単位の表示を戻しただけだから。歩いてみ』

 

 ↑ 2,291

 

 お、一歩で1減った。

 さらに三歩ほど歩いてみる。

 

 ↑ 2,289

 

 おー、すごい減るな。

 

 ↑ 2,288

 

 しかも何もしなくても立ってるだけで減っていくぞ。

 いいじゃんいいじゃん。こっちの表記の方が私は好きだぞ。

 

『いや、動いてないのに減ることはない』

 

 ↑ 2,289

 

 今度は増えた。

 

『俺達が動かず増減が生じているってことは、単に対象が動いているってだけの話。しかも極めて短い距離での移動が続いてる』

 

 つまり、どういうこと?

 

『前回とは違う運用をしてる。この距離なら説明やら予想するよりも直接見た方が早いね。まったく期待してなかったんだけど、おもしろいものが見られるかもしれない』

 

 私がおもしろいと感じるものと、シュウがおもしろいと感じるものは違う。

 共通する部分もあるのだが、むしろ共通しない部分の方がずっと多いとは感じている。

 シエルは「おもしろいもの」という言葉を素直に受取ったのか楽しみにしていそうだが、私はいやーな気配を感じていた。

 前回、彼女のいた都市の中心で見たのは昔の人の骨だ。さらに、ここにも聖遺物と呼ばれる何かがあることはわかっている。骨の次が何かを予想するのはあまり愉快ではない。

 

『さあ、あと一息でひとまずのゴールだ。気を抜かずに行こうか』

 

 時刻はすでに夜である。

 暗い方の日だけが夜にぼんやりと明るく浮かんでいた。

 

 矢印の示す方向にはひときわ大きな建物が見える。

 上よりも横にずっと長い。砦という割りには宮殿に近い雰囲気である。

 この辺りではそれなりに大きな都市ではあるのだが、兄妹のいた都市と比べると見劣りはする。

 都市の周囲に大きな城壁やら市壁はない。内部も清潔感がなければ、家もかなり老朽化が目立ち、地方の一都市といったところだ。

 

『うーむ。魔力循環八割でこれかぁ。やっぱり九割五分はないと駄目かもしれない』

 

 夜のため人の賑わいはない。

 ときどき見回りの兵を見かけるが、こちらはステルスで移動しているので気づかれない。

 

 ここは攻略目標ではあるが、ダンジョンではないよな。

 モンスターもいないし。

 

『そうだね。過去は砦があってダンジョンだったんでしょう。システムを分散させすぎてダンジョンの割合が減っていった。システムのある場所だけがかろうじてダンジョンだ。メル姐さんの求めるダンジョンとはかけ離れてるね』

 

 ↑ 388

"指揮と従属の砦の攻略"

 

 いよいよ宮殿も目前だ。

 兵士たちが宮殿周囲の門と塀を守っているが、ステルスをかけた私たちを発見する術が彼らにはない。

 警備の薄いところから私は一足飛びで壁を越え、兄妹もシエルの風魔法で宮殿の敷地内に侵入した。

 

 敷地内に侵入後もバレることはない。

 人の少ないところから宮殿内部に入り、矢印の示す方へと進んでいく。

 見回りの兵もいるにはいるが、侵入されているとは考えてないようでさほど真剣に見回っているとは思えない。

 

 ↑ 35

 

 矢印の先には扉があった。

 扉の前には二人の兵士が立っている。

 

『斬って。ここなら魔力がそれなりにあるから間違いなく復活する。この距離なら隠れる意味もない』

 

 わかった。

 私がやるから二人は見といてくれ。

 

 シュウに手をかけて片方を横から刺す。

 攻撃をしたことでステルスが切れるが、もう片方も声を出す前に斬って始末した。

 

『刺してみて』

 

 扉と扉の間にシュウを刺す。

 鍵を壊すついでに中の様子も見られる。よくやる手である。

 

『最高指揮官殿は執務室にはおられない。この感じは私室の方ですやすや寝てるっぽいね。入って良いよ。罠はあるけど、あれこれ触らなきゃ起動しない』

 

 部屋に入る。

 執務室とシュウが言うだけあって執務用の机と応対用のソファ、それに秘書官の机があった。

 他にめぼしいものと言えば、執務用の机の後ろに大きな剣が置かれている。

 古びた感じで儀礼用というには無骨な雰囲気だった。

 

 馬(アストゥラ)が興奮し始めた。

 シエルの手でもがき、剣の方を示している。

 

『剣に近寄ってみて』

 

 剣に寄ると、暴れていたアストゥラがしおらしくなる。

 テールに抱かれていたフィリアも敬意を表するように頭をうなだれている。

 

『なるほど。これが聖遺物』

 

 フィリアが小さくゆっくりと頷いた。

 シエルは剣とは思っていなかったようで露骨に興味を失ってしまった。

 私も予想外にまともだったのでちょっと面食らってしまう。聖遺物が思ったより聖遺物だな。

 

 テールだけ見ている方向が違った。

 彼は矢印の方を見ている。

 

 ↑ 10

 

『――と教わったようだけど違う。こいつはただの古びた大剣。聖遺物はこんなもんじゃないよ』

 

 矢印は剣よりもややズレた方を示している。

 そこには壁があるだけだ。

 

『……最高指揮官を先に消しておくか。騒がれると面倒だ』

 

 隣の私室に侵入し、すやすやと寝ている男を突き刺して消した。

 その後、大剣の近くの壁に近寄る。

 

『隠し部屋だね。ふんふん、魔法ロック式か。しょぼいな。俺を壁に当てて。……もうちょい右。ちょい上。ストップ。ここでちょっとだけ刺す』

 

 壁にシュウを刺すと、ずるずると鈍い音を立てて壁が奥に開いていく。

 奥には廊下が続き、橙色の明かりがぽつぽつと灯る。

 

 ↑ 5

 

 短い廊下の奥に開けた空間が見える。

 たどりつくと横長の部屋があった。奥行きこそ短いが横幅と高さはそれなりにある。

 そして、奥の壁には多くの文字がびっしりと記されている。見上げると上の方にも文字があるが、下と比べてやや少ない。

 

『命令系統の樹形図だね。一番上に書かれてるのが、さっき刺し殺した最高指揮官。消滅状態だからか、文字が薄くなってる。死亡と一時的な消滅を区別できるのはさすがと言うべきかな』

 

 壁の一番上には一人分の文字が書かれている。

 その文字は薄くなり、かろうじて読み取れる程度だ。

 彼の名前の下から線が複数本伸びて四名の名前に繋がり、その四名からもそれぞれ線がたくさん伸びいた。

 

『やっぱ分散させすぎだね。縦にも深すぎるし、横にも広がりすぎてる。あまりにも乱雑だ』

 

 珍しくシュウが言っていることが私でもわかる。

 一番上から下に行くほど文字がどんどん増えすぎて、私の目線の高さでは文字が多すぎて潰れて読めないほどだ。

 なんなら奥側の壁で足りず、横の壁にまで侵蝕している。

 

 何が言いたいのかはわかるが、これが何かはわからない。

 古い大剣とはまた違う方向で予想外のシステムだ。

 

 不気味だ。

 どこぞの宗教団体の壁画と似た雰囲気を感じる。過去にダンジョンでも見た気がするぞ。

 線が生きているのか、描かれている線がときどき壁から浮き出て、こちらに近寄ってくる。さすがに元の世界で見た壁画は線が浮き出てくることはなかった。

 

 シエルも興味津々だ。

 触ろうとして、兄に全力で止められている。

 アストゥラが大人しく何かを見ているのを初めて見た気がする。

 ただのぬいぐるみと化してしまった。フィリアも樹形図をただただ眺めている。

 

『いちおう説明しておくと故人の神経だよ。人間から神経だけを取り出すと木の根っこみたいになるんだ。座標が微妙に動いてたのは、この神経の組織図が動いていたからだろうね』

 

 神経……。神経ねぇ。

 神経ってこんなに広がるのか。それに動いているぞ。

 気持ち悪すぎる。こいつがモンスターやボスと言われても信じられる。

 なるほど、確かにここだけダンジョンになってるな。

 

『これが神経による「指揮と従属」のシステム。いやぁ、おもしろくはなかったけど、想像よりもすごいね』

 

 ああ。何と言うか前回のやつよりはわかりやすい。

 名前とかも乗ってるし、壁にびっしりだし、力が出る所以というかすごさが伝わる。

 

『はは、ごめんごめん。違うんだ、逆。想像よりもずっとひどい運用をしてる。こんなゴミみたいな使い方で、あれだけの力が出せてるのがすごいって話。滅んでないのが奇跡だよ』

 

 え?

 これが正しい運用じゃないのか。

 詳しい仕組みはわからんけど、上の人が下に命令できるのを図にしてるんでしょ。

 私でもはっきりとした上下の関係と、誰が誰の指揮下に入っているのがわかるくらいにわかりやすいぞ。

 

『わかりやすすぎるんだよね。もちろんわかりやすく、かつ力が十全に引き出せるならそれに越したことはないんだけど。わかりやすさを重視しすぎて使い方を間違えてるというか。そもそも最初の時点で使い方を間違えてたのか、時が経るごとに扱える人間がいなくなってしまったのか。おそらくさっきの総司令官がこのシステムをいじってるんだろうけど、軍のトップの素質とシステムを扱う素質は完全に別物だからね。突っ込みどころが多すぎて困る。なんでルートとノードに人名を入れるんだ、官職でいいだろとか。そもそも名称を神経で書かせるなよっていうか。コーディング初心者を見てるようで微笑ましさともどかしさ、それに苛立ちが湧き出る』

 

 よくわからんけどボロクソ言ってることはわかる。

 そうは言うが、前の都市よりはずっとしっかりしてるように見えるぞ。

 骨はただ置かれているだけだっただろ。

 

『あぁ、そこから説明しないと駄目なのね。あれはただ置かれているだけに見えて、都市の在り方ときっちり合わせてるの。骨の永続性を都市の半永久的な継続とをかけてる。骨はこぢんまりとまとめられてたでしょ。あれも力を分散させず一都市に集中されることを示してる。透明なショーケースも外界から白い壁で区切ると明示。さらにそのショーケースをボスが守ってた。都市はより大きな存在に守られてるって暗喩。あのシステムはあれでよくできてたよ。病的なくらいにね。骨の特徴――都市の形状()を支える、各施設(内臓)を守る、人間(血液)を作るってのを模してた。まぁ、血流が悪くなって、脳梗塞をおこしかけてたけどね』

 

 ……あそこ、そんなことを考えて作られてたのか。

 行った時にはただただつまらんところだとしか思わなかったが、離れれば離れるほどあそこがどれだけすごかったのか理解が追いついてくる。

 

『さて、いったん止めるか』

 

 止めて大丈夫なのか。

 前みたいに襲いかかってくるんじゃないか。

 襲いかかってくるのはまだいいが、その後で前回みたいに全員ぶっ倒れるってことは?

 

『襲いかかってこられたところでねぇ。説明する必要もないでしょ。ここの兵士なんて案山子だよ。庭園都市みたいに倒れることもない。分散させすぎてるから個人に負荷はそれほどかからない。ちょっと力が抜ける程度だ。それよりもリセットが優先される事態。あまりにも運用が下手。神経に俺を触れさせて。待った! 絶対、刃の方を当てないでね。うっかり斬ったら洒落にならん』

 

 こちらへと伸びてくる糸のような神経に、ゆっくりとシュウを触れさせる。

 

"指揮(コマンド)へ命ずる。休め"

 

 シュウが命ずると糸が壁へと引っ込んでいく。

 下の複雑な部分から文字と線が徐々に上へと上がっていき、白い壁面が見える。

 最上段の最高指揮官までいくと、線だけが床に落ちてきて束ねた糸のようになってしまった。

 太い紐とそこから出る細い糸が地面に散らばっている。こうやって見ると本当に木の根っこみたいだな。

 

"指揮と従属の砦の攻略を完了しました"

 

 久々に見た無機質で無感動な文字列。

 おめでとうすらない。これなら何も表示してくれない方が良いくらいだ。

 

 ← 1,240,814

"公約と使命の議場の攻略"

 

 距離があると表記が多すぎて萎えるな。

 行く気が失せてくる

 

 ← 1,241

"公約と使命の議場の攻略"

 

 お、すぐに表記が直った。

 近い時は良かったが、遠い時はこっちで良い。

 

『ふーむ、どうしようかな』

 

 何が?

 次の目的地へ行く手段か?

 

『いや、ここのシステムの再起動でどこまでしようかなって』

 

 どこまでって?

 そういえば再起動の時っていていいのか?

 前回は巻き込まれたらいけないからさっさと都市から出たはずだ。

 

『今回はいても大丈夫。この馬鹿げた運用の唯一の利点とも言える。明示しない限りまず巻き込まれない。で、元どおり再起動させたらリセットした意味がない。また文字だらけだよ。簡略化するとか工夫がいる』

「シュウの工夫、見てみたい!」

 

 シエルが元気よく手を挙げた。

 そういうわかりやすい言動は私は好きだぞ。顔がわかりづらいからな。

 

「私も興味があります」

 

 珍しく兄も興味を示している。

 いや、この兄はけっこう興味を示しているか。私が気にしてないだけだ。

 

『テールは今までの反応からしても庭園の聖遺物が骨ってことはわかってた。ここのシステムのもう少しまともな運用が気になるみたいだね』

 

 なんだ兄は知ってたのか。

 部屋で剣を見た時に部屋の先を迷わず見てたのも剣ではないと察していたからか。

 

 馬(アストゥラ)も派手に動いて興味あることを示している。

 熊(フィリア)は沈黙していた。元気がない。

 

『――そうだね。わかりやすく見せるとしようか。じゃないとわざわざ連れてきた意味がない。大きな混乱が生じるとまずいから、人から人っていう大枠の指揮命令系統には変更を加えない。俺を神経につけて。……いや待った』

 

 ん?

 

『アイテム袋から今から言うのを取って、それで――』

 

 前回と同様によくわからない処理をおこなう。

 シエルにも疑問を持たれ質問されていたが、言葉短く保険としか答えなかった。

 

『さて、再起動といこう。さっきも言ったけど、絶対に斬らないようにね』

 

 わかってるよ。

 

『それと今回は帰りの方が大変になると思う。覚悟しといてね』

 

 どういうことだ?

 距離があるってことか。兵士の強さに関しては問題ないだろ。

 

『システムがさっきの状態だったからね。俺がシステムを弄るんだよ。帰りはもうちょっと手ごたえが出る……はず』

 

 ほう。

 それは楽しみだな。

 ぜひともやってみてくれ。

 語尾が急に弱まったが聞かなかったことにしよう。

 

 私は床に落ちている紐の寄せ集めにシュウをくっつけた。

 紐をうっかり斬らないように背の側を触れさせる。

 

 紐が浮かび上がった。

 壁を這うのかと思ったが、シュウから離れ、ゆっくりと浮かび上がっていく。

 

『さっきも言ったけど、見やすさを優先する必要はない』

 

 浮かんでいった神経が私の目の前で止まった。

 ひときわ太かった紐が上から下にまっすぐ伸びる。

 

『中枢神経だね。中心となる総司令部を表してる。軍を四つに分けてたので、中枢から四方向に伸ばす。末梢神経だ。ついでに胴体回りも中枢を守るその他部隊として存在してる』

 

 太い紐から細い糸が右上、右下、左上、左下と四方にうねうねと動いていく。

 さらにそれぞれの神経は細かく分かれ、立体的に形を為していく。

 ここまで来ると私でも何を模しているのかわかった。

 

「人?」

 

 皮膚や骨はなく、頭もない。

 しかし、首から下の部分が神経の束により人間を形作っていた。

 

『これでいったんの完成としよう。さっきの壁に書かれていた構造とこれはほぼ同じ』

 

 おそろしくコンパクトだ。

 先ほどまでは壁一面にびっしりと文字と線が書かれていたのが、今は私とほぼ同じ身長の首無し神経人間が目の前に立っているだけ。

 壁一面からの気圧される荘厳さがなくなった。代わりに別の気持ち悪さが残る。

 

『命令系統が確率されたシステムは一人の人間と同じように動くってのを示してる』

 

 言わんとしてることはわかる。

 神経だけの手を挙げて私に挨拶すらしてくる。この気持ち悪さがシュウらしくもある。

 

 でも、これさ。

 誰が誰に命令できるかわからなくないか。

 

『詳しく見たいなら、必要な時だけ二次元で見られるようにすればいい』

 

 神経人間が片手を壁にくっつける。

 壁に文字と線が浮かび上がり、先ほどの根の図が横に伸びる形で表現されていた。

 

『折りたたみもできるし、簡略化もできる』

 

 あれこれと図の形が変更されていく。

 

『操作する能力がないなら口頭で聞いても良いよ。"オリジャ第一指揮官と彼の指揮下を表示して"』

 

 神経人間が片腕を壁に付けると神経がぐねぐね動く。

 読めないがオリジャ第一指揮官とやらと、そこから伸びる部下の名前が綺麗に整列されたのだろう。

 

『それ以外にも、こんなことだってできる』

 

 神経が壁に貼り付き、ぐねぐねと動き、絵のようになった。

 なんだこれ?

 

『自律神経部分を利用した魔力分布図。流動図でもある。人間支配地域の魔力の循環がどれくらいかを示してる。この辺りが中枢だから魔力循環が多い。末端に行くほどスカスカになる。さらに流れが明らかに阻害されている部分がある。そういった場所にはダンジョンがある』

 

 そう言われれば、左に中枢があり、右へ広く神経が伸びている。

 全体的にスカスカなのだが、部分部分で神経の密度が大きい地点があるのもわかる。

 逆に密度が大きい部分なのに、空白のような地帯もあった。これがダンジョンなんだろう。けっこうあるな。

 

『もっと立体的にもできるけど、ここで見せるには狭すぎるかな。地図繋がりで部隊がどこにどれだけ散らばってるかも見られる。まあ、このへんにしよう』

 

 私はもう飽きた。

 神経がどうこうよりもこの後の撤退戦の方が楽しみである。

 シエルとぬいぐるみたちはまだ神経人間を観察している。ときどき触って感触を楽しんでいる様子だ。

 テールがシエルから離れて私の側に来ていた。どうやらこいつも撤退戦の方が楽しみな様子だ。

 

「質問があります」

 

 違ったようだ。

 撤退戦への興味ではなく、単にシュウに質問があっただけか。紛らわしい奴だ。

 

「シュウはこう言いました、『人から人という大枠の指揮命令系統には変更を』――」

『正しい』

 

 質問の形になる前にシュウは兄の疑問を肯定した。

 テールの表情は変わらない。少なくとも私にはそう見えた。

 

『正しいけど、あそこの三人には黙ってて。最低限、そこには自分たちで辿りつかなきゃいけない』

「なぜですか? 自らで辿りつこうとも、他人から得ようともどちらも答えは同じです」

 

 いいや、違う。同じじゃない。

 お前らの前段の質問、疑問、回答はさっぱりわからんが、兄の今の疑問に関しては否定できる。

 

 兄の言おうとしていることはわかるつもりだ。

 わかってるやつがいるなら、そいつがさっさと答えを言ってくれた方が時間の節約にもなるし、次の段階や問いにさっさと進めるってことだろ。

 それなのに黙って、困ってる奴の顔や行動をニタニタと楽しんでる。お前のことだぞ、シュウよ。

 

「概ねそのとおりです」

 

 なんか概ね違ってるみたいな返答で嫌だな。

 シュウが普段からそんな言い方するから悪い方に考えてるだけか。やはり概ねシュウが悪い。

 

 そのシュウが楽しむ以外で答えをさっさと言わないってことはだ。

 答えそのものにさほど価値がない。

 

 答えそのものよりも、答えにどうやって辿りつくか、あるいは答えを得た後だな。

 次の段階にどうやって進むのかに価値を見いだしてる。

 

 ダンジョンでもある。

 ボスのドロップアイテムを他人からもらってもしょうがない。

 自分でどうやって戦って手に入れるかといった攻略経験を踏むことが重要なんだ。達成感も得られる。

 さらに、その経験が別のダンジョンに挑む際の糧になる。前のダンジョンだとこういったことが有効だったとかな。

 今までの攻略法と違う方法を試して、未発見のアイテムやモンスターを見つけていくのもダンジョン攻略の醍醐味ってもんだ。

 

『たった今、ずらずらと並べた部分って達成感以外はほぼ俺が担当してない? メル姐さん、「ダンジョンダンジョン!」って叫んで突っ込んでるだけじゃん。自分事みたいによく言えたね。感心するよ』

 

 うるさいなぁ。

 でも、言ってることは間違ってないんでしょ。

 最後まで私に言わせて、苦言を呈しただけで話を途中でぶった切らなかった。

 

「どちらも答えは同じ。しかし、答えを得る過程とその応用力が重要視されるということですね」

『そう。同値だけど等価ではない』

 

 極めて短くまとめられてしまった。

 まとめられると違う気もするんだけど、概ねあってると思う。うん。

 

『さて、そろそろお暇しようか』

 

 三人にも声をかけて宮殿から出る。

 途中で司令官が復活したのか緊急動員があった。

 

 せっかくなので試しにステルスを解いて戦ってみた。

 兵士たちの動きは目に見えて良くなっていた。しかし、個々で脅威を感じるほどではない。

 

『さっきよりはマシだけど、こっちは個々があまりにも弱すぎる。連携は悪くないんだけど、圧倒的な力の前で連携はさほど意味がないんだよなぁ。やっぱり連携と強さ、車輪の両軸が必要だ』

 

 シュウは唸っている。

 私にとってはやや残念な撤退戦になってしまったが、兄妹は苦戦していたのでそれなりの攻略難度とも言えるだろう。

 

 

 こうして人間の構築したシステムの攻略を終えた。

 

 次は亜人たちのところへ挑むことになる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。