チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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蛇足30話「没ネタ集 後編」

3.公約と使命の議場

 

 私たちは人の領域から亜人たちの領域に移動している。

 

 シュウが神経システムをいじった時にダンジョンがある場所を記憶していたので、通り道沿いにあるダンジョンをいくつか攻略兼消滅させていた。

 人間たちの統率と連携が取れた戦いを見て、兄妹も連携の重要性を意識したのか、力攻め一辺倒から戦い方が変わったように見える。

 

 兄妹も変わったのだが、一番変化が見られたのはぬいぐるみの二人だった。

 失われていたはずの指揮スキルが部分的に発動している。

 

 システムを二つ攻略した達成報酬と話していた。

 攻略したシステムのどれか一つを選んで、パーティーに適用ができるらしい。

 効果はほぼ最低限らしいが、ぬいぐるみにも立派な役割ができた。

 

『ふむ、今こそ暴れ馬だけど、曲がりなりに部隊指揮官をやってただけはあるな。……攻めに全振りすぎるのが玉に瑕ではあるけれども』

 

 シュウの兄妹への指示はめっきり減ってしまった。

 代わりにぬいぐるみ二体が兄妹に指示をあれこれと出している。

 具体的にはこの位置に移動しろとか、攻撃しろといった色つきの矢印を出すだけなのだが、それどおりに行動すれば小規模のバフが得られる。

 最初は兄妹も指示に乗り気ではなかったが、シュウの助言とバフ取得、何よりも指示どおりに動くことでモンスターを効率的に倒せることを実感し、今は指示に従っている。

 

『今の指揮の意味するところは理解できた?』

 

 指揮の奴隷にならないよう、シュウがときどき兄妹に質問を投げている。

 わかればそれで良し、わからなければシュウと主にぬいぐるみの熊が解説をおこなっていた。

 ときどきアストゥラの指揮の攻撃的すぎる点にシュウが苦言を発し、馬が指摘に怒って喧嘩を始める。

 傍から見るとぬいぐるみが剣に蹴りかかっている間抜けな光景だ。

 

 

 そんなこんなで私たちは亜人たちの領域に踏み込んだ。

 

 踏み込むと言っても、人と亜人たちの領域の境界に近い。

 アストゥラたちを破った戦地の近く、角付きの亜人――フュメの住んでいる集落である。

 

『見えたね』

 

 やっとつい……、いや、ここは違うだろ?

 

 背は低いが市壁らしきものがまっすぐと伸びている。

 市壁の先には石壁の立派な家が何軒も建つ。

 

 フュメの住んでいたところに市壁なんてなかった。

 家もぼろぼろで、ちょっと殴れば崩れそうな背の低い土壁だっただろ。

 

『場所はあってる。ほら、門のところ。俺たちが置いてった忠犬リバーシがいる』

 

 ……ほんとだ。

 角付きの亜人の両脇に白と黒の犬が座っていた。

 アイテム"忠犬リバーシ"を使ったときに出てくるシロとクロ。

 あまり強くはないのだが倒すのが面倒なやつだ。餌代はかかるものの裕福な家には護衛兼ペットとして人気だ。

 私が出した以外で、この世界に間違いなくこいつはいない。それなら、ここは間違いなくフュメの住んでいた集落なんだろう。しかし、見た目からして変わりすぎている。

 

 市壁の小さな門の前に近寄った。

 警戒を示していた亜人が私たちの姿を見て、武器の構えを解き、市壁の中に案内される。

 それなりに立派な家に連れられ、フュメと再会することができた。

 

「やあ、やっと来たか」

 

 ああ、数日ではあるが久々な気がするな。

 無事なようでなによりだ。それに家や門が大きく変わった。

 

「ああ、あんたらのおかげだ。先の戦闘であたしの活躍が伝わったみたいでね。部族の立場が大きく改善した。今じゃあたしもサマベルのアングドット、クランプノスの子、ソフォス=ミィン=フュメだよ。まったく我ながら大した出世だ」

 

 うん?

 何か変わった?

 

『階級が上がったね。前はソフォス=「ヒャン」=フュメだった。ヒャンからスゥーラを経て、ガングドゥを超え、ゼンハーヤに達し、ミィンへと至った。四段階も駆け上がってる。辺境のいてもいなくてもどうでもいい奴が、今や地域の超有力者だよ』

 

 なんでそんなに亜人の階級に詳しいんだよ。しかも、ちょっと格好良かったのが悔しい。

 階級が変わったのはわかる。だが、ちょっと見ないだけでこんなに変わるのか。

 

『内装はほぼ変わってないでしょ。市壁と家は土魔法によるもの。使える魔力が激増したってだけだよ』

「今はそうだね。食料や他の物資も手配されるってお達しが来た」

 

 生活が改善されるの良いことだ。

 変化がすごすぎるのは気になるがな。

 

『覚えてないだろうけど、亜人のシステムは人気取りなんだ。人気が上がれば、上がった分だけ力が割り振られる。力だけじゃない、中央からの支援も厚くなって物質的にも豊かになるよ』

 

 私の世界の爵位みたいだな。

 上に行くほど偉くなってお金が増えるって。

 

『全然違う。元の世界の爵位は原則として血筋でしょ。それに爵位が上がったところで金持ちになるわけじゃない。貧乏伯爵やら侯爵が普通にいた。むしろ貧乏な方が多かったくらいだ。どちらかと言えば、依頼達成型の冒険者に近い。依頼をこなして地位を上げ、偉い人から高額な依頼を集めてより富んでいく。それでも本質はまったく違うんだけど、ある一点において同じだ。――落ちるときは真っ逆さまってところがね』

 

 詳しいことはわからん。

 とりあえず今が良いならそれで良いだろう。

 

「食料品が回ってくるのが嬉しい限りだよ。門の護衛にも飯がやれる」

 

 門の護衛……ああ、シロとクロか。

 餌をやらないと仕事をしないうえに最後は消えるんだよな。

 

『魔力が少なくても消える。長く現存させればさせるだけ賢く、より強くなって親身に守ってくれるね』

「ガキどもも懐いてる。遊び相手が増えて助かってるよ」

 

 そうか。

 それで例の荷物はどうなってる?

 

「ちゃんと保管してるさ。見ていきな」

 

 アストゥラとフィリアの本体である。

 今は精神がぬいぐるみに移されているが、空っぽの本体はフュメに任せていた。

 

 フュメが家の奥へと案内してくれる。

 部屋を二つ移ったところに二人の本体はあった。

 

「……埋まってる」

 

 シエルの感想が全てを物語っていた。

 棺桶を模した土の容器に本体が横たわらせており、顔だけが見えている。

 その目を閉じた顔の横から白みがかった気体が漏れ出ていた。

 

 アストゥラが慌てて自身の本体の入った棺に駆け寄り、自らの顔を見ている。

 フィリアもゆっくりと棺に近づき、恐る恐る自らの顔を見てうなだれた。

 テールが目を瞑っていた。まるで、というか、まんま葬儀だ。

 シエルも普段は珍しいものがあると楽しげにしているのに、今回は場の雰囲気を感じとって大人しくしている。

 

『おぉ、素晴らしい! 保存状態は極めて良好だ!』

 

 一人だけ明るい声で場を乱す奴がいる。

 

 ちゃんと見えてるか?

 何も良くねえだろ。どう見ても土葬の一歩手前だぞ。

 

『いやいや、俺の指示どおりにしてくれてるよ。土の容器に体をいれて、開けた部分から保管用の薬品を流し込む。そして、可能な限り人が近づかないようにしておく。全て要望どおりだ。顔の部分も土か板で埋めて密閉しても良かった』

「最初は密閉してもらってたんだけどね。もらった薬品を入れるときにいちいち開けてもらうのが億劫になったから開けたままにしてるのさ」

『誤差の範囲だよ。ありがとうね。フュメにとっては敵だっていうのにここまで丁寧に扱ってもらって。良かった良かった』

 

 やっぱり何も良くないだろ。

 ほら、馬(アストゥラ)が怒ってフュメに攻撃してる。まったく効いてないけど。

 

 フィリアもこの保存状態に打ちひしがれていたが、彼女はまだぬいぐるみ化された時の光景を見ていたから知っている。覚悟もあっただろう。

 しかし、アストゥラはぬいぐるみ化された時は眠っていた。起きたらぬいぐるみになっていて今でも思い出せるくらいパニックで暴れ回っていた。

 そして、ようやく本体と対面したら土葬された状態だったと。ショックだろうよ。

 

『それぞれ衝撃を受けてるようだけど、物質的にも精神的にも非常に良好な保存状態だからね。俺はもう腐ってるか、処分されててもおかしくないなって思ってた。ぬいぐるみでも動けるからずっとマシでしょ。ちなみにだけど、このぬいぐるみ化はね。とある重鎮どもに大人気なんだ。精神が抜けた体は意識が消えても生体としては活動してるから反応が楽しめる。精神はぬいぐるみに入れられて動けないけど意識はちゃんとある。二重で楽しめるんだ!』

 

 絶対にぬいぐるみに入れられた本人たちの前で嬉々として話すことじゃないぞ、それ。

 暴れていたアストゥラですら怖れて動きを止めてしまった。

 

 聞いてはいけないことを聞いたしまった。ダンジョン攻略が禁止されても、どこかからアイテムが手に入れられ、やはり流れるところに流れるんだな。

 元の世界に戻ったら、ダンジョンの破壊も視野に入れるとしよう。私でもわかる。存在してはいけないダンジョンだ。

 

『うーん。アイテムに関しては使い方の問題だと俺は思うけどね。人の中にはいろんな性癖や嗜好をもったのがいるんだよって話でもある。ダンジョンの破壊に関してはメル姐さんらしくない。一部のアイテムの使い方を見て、そのダンジョン全体を否定するのはいかがなものかと』

 

 う、痛いところを突いてくる。

 言われてみれば他にもえげつないアイテムをドロップするところはあったな。

 

『まぁ、ぬいぐるみの館ミポリはドロップが全部これ系統のダンジョンだからね。なんならこのぬいぐるみ化タイプはまだ優しい方だし』

 

 ……は? これが優しいのか?

 本体から精神を抜いてぬいぐるみに移すのが? 優しい?

 

『優しい。他のドロップだと、ぬいぐるみに本体の痛覚だけ共有させられるやつ。呪いの人形のぬいぐるみ版だ。他にも動物の精神が予め込められたぬいぐるみとかだね。ぬいぐるみに本体の精神を移したときに、動物の精神が逆に本体に移る。その後はお察しのとおり。尊厳破壊だね。後はそうだな――移し替えじゃなくて、完全に人間からぬいぐるみに変化させるやつもある。とにかく人間の悪意を試してるダンジョンだよ。ダンジョンの成り立ちからいってそう。攻略禁止は当然として破壊しろって声もある。対してドロップアイテムの有効活用を主張する声もある。悪意に対する人間の理性を試されてるダンジョンでもあるね。俺は良いダンジョンだと思ってる』

 

 聞きたくなかった。

 いや、成り立ちについてはもっと聞きたい。だが今ではない。

 

 ダンジョンとそのドロップアイテムの話をしていると思考が落ちついてきた。

 どうやら土葬とぬいぐるみ二体の反応を見て心が乱されていたようだな。

 シュウが何をしたいのかもわかったつもりだ。

 

 他に何か言いたいことはあるか?

 

『ぬいぐるみ諸子、見てのとおり本体は無事だ。しかし、今後も無事かどうかはわからない。自らの足で大地を感じ、手で剣やペンを握り、お腹が減ったらご飯を食べて、友人と言葉を交わす――そんな日常に戻れるかどうかは君たちの活躍にかかっているよ。それと戻せるのも俺たちだけだろう。俺たちに危害が及ばないようしっかり働いて欲しい。こんなところかな』

 

 ……ドン引きだよ。

 持っていきたい方向は理解したがやり過ぎなんだよな。

 

 アストゥラは憤慨している。当然だ。やり方が汚すぎる。

 でも私の足を蹴られても困る。いや、今の話を聞いて暴れられるのはすごいのか。

 

 一方のフィリアはさらに意気消沈している。こっちが普通だろう。

 この状況を受け入れたのは彼女だ。半ば強制だがそれでも生きられるならとこのぬいぐるみ化を良しとした。

 

『諦めが良いってことはこの行いを受け入れるってことだよ。最後まで人として武力をもって抵抗することも俺は立派な生き方と終わり方だと思ってる』

 

 フィリアに追い打ちをかけるようにシュウは言う。

 

『――でも抵抗では、この結果は導けなかっただろう』

 

 少しだけフォローもした。

 本当に少しだけだな。

 

 シュウも言いたいことは言ったようだ。

 そろそろだろうか、と口を開きかけたところで後ろから服を引っ張られた。

 振り返ればシエルが私の服をつかんでいる。

 どうしたんだ?

 

「……二人は戻してあげられないの」

 

 それは――。

 

『俺たちはこれから亜人たちの議場にむかう』

 

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"公約と使命の議場の攻略"

 

『これだね。彼女たちもその様子を見てもらう。今さら人になっても足並みは揃わない。足手まといだ。さらにここからは亜人たちの地。人の姿のものをこれ以上増やすべきではない。攻略が完了し、無事に戻ってきた時に二人をどうするか改めて考えよう』

 

 シュウが優しい声でシエルを諭した。

 ついでにアストゥラがシュウを蹴りたそうにしていたので、地面に近づけて存分に蹴らせてやる。

 

『お、すごいな。四足歩行で蹴ることができるとは。もう二足歩行には戻れないんじゃないか!』

 

 シュウも挑発を続けている。さすがだ。

 もうそろそろいいか――、

 

「見てないで、お兄ちゃんも何か言ってよ」

 

 シエルが兄に助けを求める。

 あまり意味があるように思えない。端的に喋るだけだろう。

 

「お二人の指揮はダンジョンを攻略する上で有効でした。しかしながら、言葉が発せないことにより意思疎通の齟齬も生じていました。人の姿に戻すことで言葉による捕捉も可能となります。また移動に関しては二人は魔法も使えるとうかがっています。足並みはすぐに揃うと考えられます。戦闘後の評価に関しても私とシエルでは彼女たちの意思が把握できず、真意を解することができずにいました。二人を人の姿に戻すことでこれらの問題点が解消されることが期待できます」

 

 めっちゃ喋った。

 久々に兄が長く口を開いた。

 思えば前回の長台詞もこの二人をかばうタイミングだったか。

 その前にシエルに促されたのも同じか。とにかくいきなりたくさん喋るのはやめてほしい。

 

『会話ができない点に関しては俺も問題があったように思える。考慮しよう』

 

 長かったな。

 これ以上はシエルの教育に悪い。

 さっさと戻してやってくれ。お前、最初からその気だったでしょ。

 

『あいあいさー』

「……そうなの?」

 

 そうだよ。

 演技っぽく言葉で脅したり、怖がらせたり、必要以上に言葉をぶつけるときはだいたいそう。

 その後で私に逆のことをさせたがってる。

 

「なんで?」

 

 飴と鞭のつもりか、牽制のつもりかは知らないけどよくある。

 今回はかなり優しい。

 

 前はひどかった。

 泣かせたこともあったからな。

 

『それ、いつあったか本当に覚えてる?』

 

 当たり前だろ。

 名前は……出てこないが、赤い髪で気の強い奴だった。

 

『そう。ア○ルが弱そうな騎士だった。ふーん、そのへんは記憶の残滓があるんだね』

 

 残滓ってお前。

 私の記憶を何だと思ってるんだ。

 もういいだろ。戻せ。二人にお前を蹴らせてやりたい。

 

『おいおい、ご褒美だよ。睨みも必須だよね。唾も頼む。踏みつけのオプションはあるんだろうね?』

 

 気持ちわる。

 もう黙ってやって。

 

 そして、フィリアの精神は無事に元の体へと戻った。

 人になったフィリアの周囲をアストゥラが今も四足で走り回っている。

 

『よし、それじゃあ行こうか』

 

 え、待って。予想外だった。

 アストゥラは戻さないのか?

 

 二人とも人間になるかと思ったら、アストゥラはまだぬいぐるみのままだ。

 

 

『戻せないよ。人の姿だけでも警戒されるのに、罵詈雑言で差別主義的な発言を連呼する奴はどうしようもない。発言の封印って手段もあるけど、彼女は口を封じられると魔力を暴走させて行動に出るタイプでしょ。馬の状態でもはっきり現れてる。フィリアが通訳できるんだからさほど馬でも問題ない。テールの指摘した問題は解決した』

 

 ようやく言葉を発せられるようになったフィリアは反論をしようとしたが何も出てこなかったようである。

 それでもアストゥラの措置をどうにか改善できないか訴えた。

 

『保管場所と方法の変更は認めよう。面倒だけどやるか。アストゥラを軽く斬って。本体だよ』

 

 動かない方のアストゥラの頬を軽く斬ると、斬った部分から灰色になり、どんどん広がっていく。

 石化か。珍しいのを付けたな。石にしておけば腐ったりしないってことだな。

 

『いや、前に石化していろいろ試してたんだけど覚えてない? 覚えてないか。覚えてるわけねぇわな』

 

 あははと馬鹿笑いを始めたので蹴ってやる。

 さっさと次を話せよ。

 

『石化はレアな状態異常だけあって別の使い道があるんだ。今回のぬいぐるみ化とも相性が良い。今の状態ってぬいぐるみと本体の両方とパーティー登録されてるんだよね。この状態で本体を完全に石化して倒すと、復活せずにアイテム化して持ち運べる。好きなタイミングでアイテム化を解いて、さらに石化も解けば元に戻る』

 

 え、そうなの?

 

『そう。前に試したから間違いない』

 

 ……最初からこれをしたら駄目だったの?

 わざわざここで土葬させなくても。

 

『うーん。いろいろ試してたんだけど、正直、あの時は別に生の肉体がどうなっても良かったというか。二人が人間に戻ったところで何ができるってわけでもないし、ぬいぐるみで無力だから何もできないって思ってもらってる方が幸せなんじゃないかなって。仮に戻るとしても、もっと良い体を提供することだってできたからね。大丈夫、人間以外にもたくさん選べるよ』

 

 選べることができるってのが大問題なんだよな。選ばず元の体に戻してやれよ。

 もういいや。とりあえず処置をしていこう。刺せば良いんだな。

 

『うん』

 

 石化したアストゥラを刺して消滅させる。

 アイテム結晶が残った。

 

 ――石化したアストゥラ(抜け殻)

 

 本当だ。

 ちゃんとアイテムになったな。

 状態を考慮してか抜け殻とも記述されている。……セミかな。

 

 結晶をフィリアに渡そうとするが受け取らない。

 彼女は私を唖然とした様子で見つめていた。アストゥラは彼女の腕の中でもがき始めたが、依然としてフィリアは停止したままだ。

 

『イミフすぎてついていけてない。一回結晶を解除して戻してあげて』

 

 私は結晶を解除し、石化したアストゥラを出す。

 さらにシュウが石化したアストゥラを生身に戻してみせる。

 そうしてまた石化して刺し殺して結晶化させた。アイテム結晶をフィリアはようやく受け取った。

 どちらかというと押しつけただけで、当人はまだ呆然としているが気にしないことにする。

 

『それなくすと本当に戻せなくなるから絶対になくさないでね。振りじゃないぞ。いいな、絶対になくすなよ。絶対だからな。さっきも話したけど、いざって時は別の体を提供してあげるけど四足はたしか持ってない。六足とか八足はあるんだけど、アストゥラの才能なら十本でも大丈夫でしょ。エビッ! カニッ! イカッ! 寿司屋かっての!』

 

 ゲラゲラとシュウは笑った。

 シュウなりの冗談なのだろうがまったく笑えない。意味不明すぎる。

 

 こうしてアストゥラの体が無事にフィリアの手に渡った。

 

 ……無事ではないか。

 石化してるし、そのうえ結晶化してるもんな。

 

 

 

 ↑ 673

"公約と使命の議場の攻略"

 

 目的地へと進む途中でダンジョンを見つけたので攻略している。

 フュメも一緒に戦っている。議場に行くと話したら、「あたしも議会に呼ばれた」とかでついてきた。

 

『わかっちゃいたんだけど、アストゥラとフュメは方向性が合えば相性は良いね』

 

 シュウの言いたいことはわかる。

 ダンジョンの攻略スピードがめちゃくちゃ上がっている。

 基本的にフュメはどんどん前に行くタイプだ。しかも単騎でもやっていける。

 フュメに引っ張られたモンスターをアストゥラの指示でテールとシエルが後背から片付けていく。

 

 このパターンは元の世界で何度か見たことがある。

 持ち前の力量で攻勢をしかけ、あっという間にダンジョンを奥まで駆け上がる。

 やっている側は絶好調で、見ている側も勢いを感じて気持ちが良い。だが、同じパーティーが二度やるところを見た記憶がほぼない。

 

『極めて危うい。どこかで躓くと勢いを止めきれずに転んで死ぬ。躓かなくても壁に勝手にぶつかって死ぬ。仮に止まることができても、行くより戻る方が難しいダンジョンだとやっぱり戻れず死ぬ。ブレーキ役が必須。アストゥラ一人の時はフィリアちゃんで良かった』

 

 そのフィリアはアストゥラの指揮を補佐しているが、戦闘とは別のところに力を入れている。

 意識の大部分をそちらに向けているのかブレーキ役としては期待できない。

 お前がやった方がいいんじゃないか。

 

『今は特に絶好調だから言っても聞く耳をもたない。しばらくは攻略後に一言チクッと伝える程度でほっとけば良い。こういう奴らは大失敗を経験させた方が効く。そのときに死なないようフォローしてやれば良いんだ』

 

 それはそうかもしれない。

 しばらくは成り行きに任せることとしよう。

 

 ぼんやり見ているとフィリアがまた魔法を発動させた。

 目を瞑り、額に汗を浮かべ、眉間にも皺を寄せブツブツと何かを口にしている。

 

 なあ、さっきから何度かよくわからない魔法を発動しているけど何やってるんだ?

 あまり見ない魔法だ。攻撃ではないな。罠か補助か?

 

『あ、集中してるから話しかけないであげて。質問には俺が答えよう。彼女は魔力循環を観測してる。先ほどから発動してるのは魔力を探査する魔法と感知する魔法』

 

 ああ、そういえば出会うきっかけが魔力の流れを観測をしてただけだったか。

 ダンジョンの魔力循環を見て面白いのか?

 

『面白いかはともかく、流量も大きくて、流れの筋もわかりやすいから初心者向けではあるね』

 

 初心者?

 軍にいたときもやってたんでしょ。初心者じゃないんじゃないか。

 

『軍にいた時は、複数人かつシステムとアイテムを利用しての中規模行使。しかもパッシブだから大きな流れの変化じゃないと感知が反応しないやつ。本人が直接感知する方式じゃない。今はまったく違う方式で同規模、かつ、より高性能な観測ができるようになろうと特訓してるところ』

 

 ああ、お前がやるような魔力の流れが目で見えるようにするやつだな。

 彼女は赤とか青で魔力の多少が見えてるわけだ。

 

『いや、魔力を視覚化するなら魔眼がいる。フィリアちゃんには前提からして無理。やってるのは探査魔法で擬似的な魔力波を放出して、そのエコーを感知魔法で拾って、反響までの時間や周波数の変化から自らの中に魔力の循環を数値化して落とし込むっていう凡人のやり方だね』

 

 聞いてるだけで難しそうだな。

 凡人ができることとは思えない。

 

『天性の素質がある者と比べれば、やり方が凡庸ってだけ。めっちゃくちゃ難しいよ。俺が魔力の流れを見せられるんで、答え合わせしながらできるから修得の時間は短縮できるだろうけどね』

 

 そもそも自分で魔力を感知してどうするんだ。

 時間と労力をかけてまで覚える必要があるとは思えないぞ。

 

『ごもっとも。んー、まぁ、そうね、視野を広げる一助になればと』

 

 あー、なんか言ってた気もするが、ずいぶん煮え切らない回答だな。

 魔力の流れが自分でわかるようになることが、視野を広げることだということになるのか。

 

『ちょい待って。これ以上は本人に聞かせたくない。集中して聞こえないとは思うけど会話の共有も止める。離れて…………それくらいで良いよ』

 

 フィリアからやや距離を取るが彼女は私の移動に気づいた様子はない。

 フュメたちは相変わらず絶好調で進軍している。

 

『魔力の流れがわかるのと視野を広げることは、まったくもってイコールではない』

 

 ……えっ? イコールじゃないの? 聞き間違えたかと思った。

 なんでやらせてるんだ。時間の無駄だろ。

 

『うぅむ、フィリアちゃんはねぇ、物覚えや分別は良好だけど、どうにも気づきが異様に悪い。呆れるほどに悪すぎる。ヒントはいくつも出してるつもりなんだけど……。明らかに遠回りではあるけれど魔力の流れがわかるようになるのが、長い目で見るとやりたいことへの気づきやら力になるのかなって』

 

 フィリアのやりたいこと――大地を豊か、にか。

 気づきが悪い、ね。「人間の」新しい道を探そうとしてるんだっけ。

 視野が狭いということは私でもおぼろげにわかる。視野が広がれば見えるようになればいいな。

 

『念のため言っとくけど、視野の範囲を亜人にまで拡げればオッケーってそんなレベルの話じゃないよ』

 

 さすがにわかる。

 お前とテールの話も聞いてたからな。

 あちこちを走ってきて、大地の豊かさに必要なものが人とは思えない。

 

『ん~? そもそも強調する箇所から間違ってるって話なんだけど、ま、いっか。そう、フィリアちゃんはまだ気づいてない。シエルとテールの方がずっと理解が進んでる』

 

 テールはいろいろと気づいてるよな。

 ところどころでお前に質問してる。

 

『気づいてはいるけどメル姐さんと同レベルの理解だよ。まぁ、他の三人よりも視野は広いけど五十歩百歩。しかも方向性がメル姐さんと同様にややズレてきてる。シエルの方がたどたどしいながらも素直に進んでるかな』

 

 そうか、フィリアも早くスタートラインに立てるといいな。

 新しい道を探せるようになれればいいんだが。

 

『……スタートラインに立つ、新しい道を探す、フッ、クフッ』

 

 シュウが笑いを抑えきれず噴き出した。

 何がおかしい? 笑われるようなことを言った覚えはないぞ。

 さっきから微妙に間違ってるふうに言われるが、何を間違ってるのかさっぱりわからん。

 

『あのねぇ。最初から結末までぜーんぶ間違ってる。俺が話を合わせよう。――メル姐さんの言うスタートラインとやらにフィリアちゃんが立ったとき、彼女は広がった視野をもって大地を豊かにできる道筋がきっとどこかにあって、それを見つけられればって人と亜人の領土を探して回る。あるいは領域の外側も。注目する点は人だけじゃなくて、亜人や動物、植物、さらには土に至るまで――違う?』

 

 違わない。そのとおりだ。お前の言う視野を広くもてとはそういうことだろ。

 そして、彼女は新しい道を見つけるわけだ。

 

『いいや、何も見つけられない。探し尽くしてから理解するだろうね。――新しい道なんてどこにもないと。今の調子を見てると理解に十年以上はかかりそう。一方のアストゥラは、道は探すものではなく、自ら切り拓くものだと示すだろう。これは俺好みだし、こっちの方が理解は間違いなく早い。二人が最高にかみ合って……あ、絡み合っての方がいやらしくていいな』

 

 かみ合ってでいいから。

 さっさと続きを聞かせろ。変なところで話を区切るな。

 

『他の人間、それに亜人も巻き込むことができれば、当初の定義であれば数百年が過ぎたころに奇跡的に達成できるかもしれない。でも、どうしようもないんだ。ここの一システム、亜人も入れれば二システムをいじって、うまく争いあわせて魔力の循環率が六割を超えたって、より広い範囲の滅亡の波には抗えない。奇跡は続かないから奇跡なんだよ。必ずどこかで崩壊する』

 

 じゃあ、やっぱりフィリアが今やってる魔力の観測訓練は無駄じゃないか?

 

 質問を飛ばしたが、シュウには珍しいことに即答しない。

 回答に窮してる様子だ。やがて観念したかのように言葉をもらす。

 

『……難しいところなんだよね。今のフィリアちゃんがやってることって、俺の知ってる言葉で一番近しいところを言えば、「無駄に洗練された無駄の無い無駄な動き」になる。間違いなく無駄だけど、無駄の一言で片付けて良いものではない。ある種の物語と正解が生まれている』

 

 もういい。訳がわからん。

 さっさと答えを言ってくれ。

 

『まさにそれが答え』

 

 え? どれ?

 「訳がわからん」か?

 

『ちゃうちゃう。「答えを言え」ってほう。「大地を豊かにしたい。どうすれば良い?」ってAIに尋ねる程度の軽い感覚でちゃちゃっと俺たちに尋ねてくれれば、答えられる範囲で答えるのに、いつまでたっても尋ねてこない。ずっと自分たちでどうにかしないとって悩み続けてる。おかしいよね』

 

 シュウはンフフと楽しそうに笑っている。心から面白いと思っている様子だ。

 私もそういえば聞かれた記憶がない。

 

『俺たちは異世界から来たってことをさほど隠してない。メル姐さんが割とべらべら喋ってる。それにテールが説明してくれたけど、システムに関しても全てではないにしろ俺は知ってる。なんなら一番重要な点を押さえてる。でも彼女は最初の時からもう尋ねてこない。何に遠慮してるのかね、俺たちへの遠慮と自分たちの夢なんて比べるべくもない。さっさと聞いてくれていいのに。たぶんアストゥラを人間に戻して一緒にお酒でも飲めば、夜を待たずに尋ねてくるよ。「どこから来たんだ? 魔力が百パー循環してる世界! どうやったらそんな世界になる! 答えろ!」ってね』

 

 容易に想像ができてしまう。

 想像の中のアストゥラは人ではなく馬のぬいぐるみが話しているがさほど問題ではない。

 私の中のアストゥラはもう人ではなく馬のぬいぐるみの方なのだ。

 

 えっと、ちなみになんだが、その「大地を豊かにしたい。どうすれば良い?」って尋ねられたらお前は何て答えるんだ。

 

『「詳しくは言えないけど、俺たちについてくればそのうちわかるかもね」って答える。だから、俺たちについてきてる彼女はすでに答えに達してるとも言える。もっと言うなら、「俺たち」が答えそのものだった。視野が狭い。広く遠くの以前に、そもそも目の前の相手に目を向けてないし、きちんと向き合ってない』

 

 なるほどねぇ。

 ……ん、魔力の観測訓練はけっきょく何のためにやってるんだ?

 

『できる素質があるなら覚えるにこしたことはない。筋は良いと思う。観測すると、いろいろとわかるようになるんだ。循環ゼロの大地をなしにすれば、人間は当然として亜人や動物、植物に食べ物に水、石に砂、そして大地と、ありとあらゆるものに魔力が循環していることを知るだろう。ただ、その中で異質な存在が一つあることに気づく。この俺だ。なんと魔力ゼロ。どう観測しても異常中の異常。あり得ない存在だよ。ちょっと周囲を観測すれば気づいてもいいはずなんだけど、今もずっと遠く広く観測するばかりですぐ近くの異常に気づけていない。気づきがあまりにも悪すぎる』

 

 ずっと目の前に答えがあるのに。

 

『そう。戦争中に魔力の流れの異常に気づいた時点でスタートラインに立ってたんだ。調査兵を遣って結果として俺たちと話した時点ですでに求めている道は見つけてた。今も、現在進行形で一緒にその道を歩いてる。それなのに、その事実に気づかず、自らの欲する理想の道とやらをずっと遠くに探し求め続けてる。最初はあまりにも滑稽だったから黙ってたんだけど、俺も言うタイミングを逸してしまって言えずじまいになってる。今さらこちらから伝えると、自らの愚かさに深く絶望して、今度こそ再起不能になりそうで怖い。自分で気づいてくれれば落ち込みも緩いから、そこをピンポイントで諭して穏やかに済ませたいんだけど、いつまでたっても気づく気配がまるでない。時間の経過に比例して気づいた時の精神ダメージは大きくなる。正直に言おう。とても困ってる。膨らみ続ける風船だ』

 

 ……私は聞かなかった。

 聞いたことを忘れるよう努めよう。

 ダンジョンで余計な心労を抱えたくない。

 

『やっぱりぬいぐるみのままで良かったんだよなぁ。再起不能になっても持ち運びが楽だし、持ってるだけで癒やしの効果がある』

 

 本人は何も癒やされないのにな。

 

『もうちょっとでダンジョンが消滅するね。やれやれ消えたところで、生じる魔力は雀の涙だ』

 

 そもそもの疑問なんだがシステムとやらを復旧させていってるが魔力の循環とどう繋がるんだ?

 今まで二つ解放したが、魔力の流れはさほど変わってないんだろ。

 解放する意味がわからんのだが。

 

『あー、それは言えないな。見といてとしか』

 

 まさかだが最後は竜に頼むとかじゃないよな。

 いや、そうか。この世界に竜はいないって言ってたな。じゃあ問題ないか。

 

『イエスであり、ノーでもある。一匹も竜がいないから訳のわからん横やりは入りづらい。でも、竜がいないから別の問題が発生しうるんだよなぁ。本筋から離れたところだけ答えておくと、いろいろうまくいって魔力の循環が大幅に改善しても、今度は竜がいないことが問題になりそう』

 

 あいつらがいなくて問題になることなんてあるのか。

 いないほうがみんな幸せだと思うが。

 

『竜というより扉ね』

 

 これ、前にも聞いてたな。

 扉が魔力を吸うのに役立つんだっけ?

 

『魔力をひたすら生成すると、今度は魔力消費が追いつかず、溜まっていってまずいことになる。魔力を無駄に消費するなり、星に還すなり、別の世界に移すなりの機構がいる。今の段階では杞憂も杞憂ってところだけど。うーん、最初の一体を呼べれば、芋づる式にいけそうなんだけど適当な奴がなぁ』

 

 またあれこれと難しいことを言って悩み始めた。

 すでに独り言だ。話は終了らしい。

 

 シュウよ。お前ならきっと全てをうまく処理できる。

 おっ、気づけばボス戦をしてるな。

 フュメが倒したぞ。

 

「サマベルのアングドット、クランプノスの子、ソフォス=ミィン=フュメが首級を討ち取ったり!」

 

 元気の良い名乗りが響く。

 これこれ、ダンジョン攻略はこれで良いんだよ。

 

「――すごい。ボスが消滅することで魔力の流れがこんなにも大きく変わるなんて」

 

 フィリアは相変わらず身近な異常には気づかず、新たな大きな気づきを得たようだ。

 素晴らしいな。さすがダンジョン。気づきの規模が違うんだよな。

 きっと全てがうまくいく。ダンジョンだもの。

 

 面倒な問題からは逃避するに限る。

 

 

 

 亜人の国はメリハリがついている。悪いメリハリだ。

 

 魔力が富んでいる主流は人の国よりもずっと栄えている。

 しかし、魔力の流れから外れた地は恐ろしく何もない。前のフュメたちと同じ暮らしだ。

 

 邪神様のアタッチメントのおかげでパーティーメンバーにも顔の紋様と翼が生えて、人間の私や兄妹、フィリアもさほど不審に思われない。

 フュメとも一緒に都市を見て回ることができていた。私たちは当然としてフュメの種族は珍しいようであちらこちらで目立っていた。

 もちろん良い目立ち方はしていない。歓迎もされることはほぼない。

 

『あ、また来るね。身構えなくても良いレベル。テール、左から来るんでそっちでお願い』

「はい」

 

 都市から都市への移動中にシュウが呟いた。テールも一言で返す。

 ぽつぽつとあったのだが、最近は特に多いな。

 

 しばらく歩いていると、火の魔法が横から飛んできた。

 テールが盾で魔法を弾く。

 

「またかい。嫌になるね」

 

 フュメもため息を隠さない。

 今日だけで二回目の襲撃である。

 

『人気者は辛いね。まだ、町の中で殺しにかかってこないだけマシか』

 

 獣人やら角付きといったわかりやすい亜人が武器を持って周囲を取り囲んでいる。

 今までもわかりやすく返り討ちにしたつもりだったんだが、どうしてその程度の準備で倒せると思ったのだろうか。

 

『……ほんとだよね。体の半分だけ石化させたり、体中に斑点が出て衰弱する毒を付与やら、顔面以外の麻痺やら、全身の毛が抜け落ちるとかのわかりやすい見せしめにした意味がない。毛が抜け落ちるとか地味にすごい手間がかかったのに』

 

 ほんとそれな。

 まったく学習せず、襲いかかってくるばかりだ。

 状態異常を付与したときとかフィリアは顔面蒼白だったぞ。あのアストゥラがしばらく蹴ってこなかった。

 よくよく考えると絶対シエルの教育に良くなかったな。テールが張り切って攻撃しているのはまさにそのあたりが理由か。

 私とシュウにやばい状態異常を発動させないようにしているんだな。

 当のシエルは状態異常に興味津々だったのだが。

 

「数は十、右と左の木の裏に二人隠れています」

 

 フィリアが魔力感知の結果を報告してきた。

 魔力感知になれてきたようで、斥候役としてかなり役に立っている。

 

「あたしはサマベルのアングドット、クランプノスの子、ソフォス=ポォラル=フュメ。あんたらは何者だい!」

 

 道の途中でダンジョンを攻略し、襲ってきた盗賊団を壊滅させていると気づけばフュメの階級がまた上がっていた。

 上がれば上がるほど、暗殺しに来る奴も増えてくるという展開だ。

 襲撃者は無言。ただ武器を構えて答えを示す。

 

『必死だねぇ。やればやるほど立場を悪くするのに』

 

 私は何もしない。

 フュメと兄妹だけであっさり返り討ちにする。

 

「早く議会で挨拶して、みんなのところに戻りたいね。疲れるよ」

 

 フュメも疲れている様子だ。

 弱音が出ている。

 

 ソフォスで階級がミィン以上になった者は、議会で所信表明をおこなうしきたりらしい。

 そのためにわざわざ遠くの議会まで出向くわけだが襲撃が多すぎる。

 道中だけでなく、町でも裏道に誘いこんで襲ってきた。

 食べ物に毒を混ぜるってのもあった。

 

『そもそも呼び出しなんぞ無視すれば良かったんだけどね。支持率が下がって階級は下がるだろうけど、行く必要もなくなる』

 

 シュウ曰く、このしきたりは主勢力に都合の悪いやつを道中で消すための風習のようだ。

 それでも乗りかかった船なのでということでフュメは最後まで行くことになった。

 

 言っちゃ悪いけど、私はこの国に良い印象がない。

 やり口が汚く、まるで悪徳貴族が牛耳る都市にいるようだ。

 基本的にとっとと黙って出て行くだけだが、手を出してきた場合がどうなるか。

 

『早まらないでよ。国のシステムの方向性は悪くないと思う。ただ、この方向性なら魔力の不均衡問題が必ず生じる』

 

 シュウの言いたいことが私でもわかる。

 亜人の国は富むところと貧するところの差があまりにも激しい。

 システムで割り振る魔力の量がほぼ一定なのも問題だとか疑問だとか言っていたが難しいことはわからない。

 

『魔力の不均衡とまったく向き合ってない。どんどん格差が大きくなって、貧困地域が消滅して、魔力の総和がいっそう切り下がる。次は今の魔力富裕地域で同じ不均衡が生じる、と。過去の退廃と同じ道を順調に歩んでる。歴史は繰り返すんだなぁ』

 

 シュウもしみじみと語っている。

 私も外を走って実際に見てきたので、この国がどうなるか見えてきた。

 今さらで、教える気もないんだろうが、どうやってもこの世界は救えなくないか?

 

 システムとやらを再起動しても劇的な効果があるわけでもない。魔力が根付くにも数百年はかかるとお前は言った。

 しかも数百年あると魔力が根付く前にヒトがその魔力を刈り取ってしまう。

 どうやったらこの世界のヒトを救えるというんだ。

 

 私の問いに兄妹やフィリア、フュメも気になったようで足を止める。

 アストゥラだけが倒れた亜人たちを足蹴にしていた。

 

『ファインプレーだねぇ、メル姐さん。じゃっかんラフプレーだけど許そう。さすがだよ』

 

 馬鹿にはしていないようだが。

 何の話だ?

 

『あれ? 本当に覚えてないのか。さすがだなぁ。とにかく答えられる範囲で答えよう。ただし、途中と最後で質問がぶれてた。世界を救いたいのか、世界のヒトを救いたいのか。質問はどっち?』

 

 世界と、世界のヒトで大きな違いがあるのか?

 

『――世界を救うこととそこに住まうヒトを救うことはイコールじゃない。世界の方が範囲も対象もずっと広くて大きいね。ヒトに関しては救う方法がいくつもある。一例を示すなら、別の世界に移住させるのが一番簡単かな』

 

 移住なんてできるの?

 

『うん。言っちゃ悪いけど、この世界は生きてるヒトがあまりにも少ない。元の世界かどこかで適当な地域を見つけて移住させてもさほど受け入れ側も負担にならないよ』

 

 それでいいんじゃないの。

 

『ただし、移住のコストがかかる。まず時間。準備と実行に年単位でいる。次が転移のための魔力。これをどこから捻出するか。システムからやっても良いんだけど、ちょっと別の問題と被る。他は言語の壁か。移住する先の世界とは言葉が違う。転移させる奴らも多民族で言葉が違う。さらに世界間のエンコードがいる。エンコードに関してはチート限界を超えるので竜のどれかに借りを作って手伝ってもらう必要がある。そして、この世界は竜に見捨てられている。最後に、今までの生活を捨てるという精神の壁かな。これが地味に大きい。魔力が乏しいとは言っても乏しいなりに生活してるわけで、住み慣れた地は離れがたい。将来はともかく今を生きてるヒトにとっては、新しい地で得るものより失うものの方が多くなる可能性もある』

 

 思った以上に問題が多いな。大変そうだ。

 それに竜が絡むならやめよう。

 

『……全員を救いたいなら大変だけど、数十人くらいなら竜も関わらないし、あっという間よ』

 

 そんなもんか。

 で、世界を救うなら?

 

『ダンジョンを攻略してたらそのうちわかる日がくるだろう』

 

 ↑ 149

"公約と使命の議場の攻略"

 

 表示が出てきた。

 これは攻略するが、まだまだ出てくるんだろ。

 あとどれくらいあるかはわからないのか。先が見えなさすぎて億劫だ。

 ダンジョンだから攻略しろと言いつつも、実質はお前を遺体の破片に触れさせるだけだからな。

 

『ここが終わったらあと一カ所だけ。がんばって検索したから間違いない』

 

 お、そうなのか。

 それならまだやる気が出てくるな。

 

『いや、ごめん。正確には三カ所なんだけど、一カ所は機能不全を起こしてるし、もう一カ所は存在がぶれてる。実質、亜人のシステムを攻略すれば、残すはここだけだ』

 

 ← 7,549

"皮と名の博物館の攻略"

 

 表記が出てくる。

 これまたずいぶんと遠い。

 

『ここは間違いなくヒトが滅んでる。代わりにメル姐さんの求めるダンジョンが残ってる。楽しみにしてもらって良い』

 

 断言した。

 ほう。システム関連で珍しく断言したな。

 期待しちゃうぞ。違ったら折るけどちゃんと覚悟してるか。

 

『いいよ。ここはシステムに使われてるのがはっきりと書かれてる。――皮だ。ダンジョン名からして生命の存続に方向が向いてない』

 

 "皮と名の博物館"だよな?

 なんで生命の存続に向いてないってわかるんだ?

 

『虎は死して皮を留め、ヒトは死して名を残す。俺のいた世界の言葉だ。そして、博物館に飾られるのは資料。今回は死料か。未来の幾ばくかの可能性へむけて、過去に確かに存在した証拠を伝えるための滅びを前提としたシステム運用ってわかる。そうなるとダンジョンとの融合しかあり得ない。遙か未来の挑戦者を待ち構えている』

 

 いいじゃんいいじゃん。そういうのを待ってたんだ。

 骨の主がどうのこうのや、神経で指揮系統してバフだの、支持率アップで魔力もアップとか馬鹿げてるんだよ。

 待ち構える者と挑む者、このシンプルな二者対立で良いのに複雑な要素を馬鹿みたいにつっこんできやがる。疲れるばかりだ。

 

 さっさと挑むためにも亜人のシステムはさっさと終わらせる必要があるな。

 こっちは何を使ってるんだ?

 

『わかんないんだよね。ある意味何でもできるっちゃできる。今の運用を見た感じでここかなって候補は爪、臓器のどれか、髪かな。この運用なら臓器の複数個あたりかなぁ。でも、複数の臓器を使用してるにしては魔力の総和が少ないのが気になる。魔力をあちこちに分散こそさせてるけど、この程度なら魔力の総和は増えていくはず。極めて無駄なものにリソースを取ってる可能性がある』

 

 よくわからんね。

 

「質問をしても良いですか?」

「――もちろんだよ。どうぞ。何でも聞いて」

 

 やや緊張したフィリアの声色に対し、シュウからはそれ以上の緊張を感じた。

 

「メルやシュウが、テールさんたちのところ、人間のところ、そしてフュメさんのところと、聖遺物を再起動しようとしていることは理解しています」

「うんうん」

 

 シュウが相づちを打った。

 やたらとわざとらしく丁寧でなんだか不気味だ。

 

「話をうかがうところでは、詳細は省くけれども世界を救うにはシステムを再起動していくことが必要ということですよね」

「そう。そのとおりだよ。フィリアちゃん。わかってくれたね」

 

 シュウの声が震えている。

 なんだこいつ。何にそんなに感動してるんだ。

 

「メル姐さんの特技は逃げ足の他にもう一つある。忘れると決めたことを本当に忘れられることだ。羨ましい忘却システムだね。こんなことならスタートの時も俺がわざわざ記憶を消す必要なんてなかったかもしれないな」

 

 意味がわからん。

 今度こそ馬鹿にされているとはわかる。

 

「全てのシステムが再起動されれば、世界が何らかの変容――シュウの言葉でいえば世界が救われ、自分たちが大地を豊かにする方策も見つけられるという理解で良いのでしょうか」

『ヒュッ』

 

 聞いたことのない声だった。

 声というよりは息を短く吐く音のようにも思える。

 

『ええぇぇぇ、なんで? そうか道を別物としてとらえてるからか、はぁん、どうすりゃいいんだ、何て言えば良い。どうすりゃ丸く収まる……。まぁ、だいたいあってるんじゃないかな』

 

 これ、だいたいあってない時の返答だ。

 フィリアはシュウの返答を素直に受取り、表情が明るくなった。

 

「魔力の感知も上達し、数多の生命に魔力が巡っていることにも気づくことができました。大地を豊かにするには道遠く。されど――世界は美しいですね」

「うん、綺麗だよね!」

「そうですね」

 

 フィリアの声は朗らかだ。

 シエルとテールもフィリアの言葉に同意を示す。

 生まれる場所も異なり、育った文化も大きく違う彼らが、感性の共通点を見いだした。

 私も彼らが仲良くしているようで嬉しい。アストゥラもフィリアが元気になったのが嬉しいのか私の足を蹴ってくる。なんだよこいつ。

 

 シュウは何も言わない。

 喋るとすこぶる気持ち悪いが、黙るとそれ以上に気味が悪い。

 

 

『世界は美しく綺麗か。間違ってはいないだろうが――狭い』

 

 けっきょく日が暮れてから一言だけぽつりと呟いた。

 

 そうして夜が更けていく。

 

 

 

 ↑ 8

"公約と使命の議場の攻略"

 

 軽く十を超える襲撃を返り討ちにして、とうとう私たちは目的地が見えるところにきた。

 シエルやテールたちの都市よりは小さく見えるが、外からでも都市とわかる。

 それに、よくわからないものが鎮座している。

 巨人の像だろうか。

 

『め、めめめめ、めっ、めっ、メルねえ、ねえねえ。す! ぇ、ぁ! 見え? 見えてって!? あれ!』

 

 シュウが壊れてしまった。言葉がおかしい。……いつもおかしいが特におかしい。

 アレがどれを指しているのか具体的にはわからないが、おそらく都市にある巨人像のことだろう。

 

『ロボット! あれ、ロボットだよ! 巨大ロボ! うわぁすげぇ! そうか防衛戦で強いのはこういう理由か? いや、違うな。それは違う。シエルとフュメくらい原理が違う。あってはならない。はー! ちと古いがなるほどねぇ。そうきたかぁ。良い仕事してますねぇ。フィリアちゃん、あれは観測できてるか?! 魔力も精密に流してあるのがわかるでしょ。どうしようもなく魔力の無駄づかいだ! 人間だった頃のアストゥラかよ! まったく馬鹿げてる! 馬鹿げてるなぁ。だがそれで良い。それが良い! これが良いんだ! わかってるなぁ! これなら全て救える気がしてくる! 動くだろ! 動くよな! 動いてくれよ! おいおいおいおおいおいおい! カァー! 熱くなってきた! やぁってやるぜ!』

 

 私をふくめて全員がドン引きだった。

 たぶんこの世界に来てから、いや、それどころか私と出会ってからそこそこ長いはずだが、ここまで興奮しているのは初めて見る。

 可愛い子や胸の大きな女性、それに珍しい魔法、最近では亜人の角にも興奮しているのだが興奮の種類と規模が違いすぎる。

 

 たしかにデカいな。あれがロボットか。

 ゴーレムをでかくして人型っぽくしたらロボットになるんだな。

 

『…………? ……?』

 

 うるさかったシュウが忽然と黙る。

 静かだが私の発言に疑問を抱いていることはなぜかわかった。

 しかし、私としては、今の発言のどこに疑問があるのかさっぱりわからない。

 

 ほら、ゴーレムだよ。

 シエルたちのいた庭園にもいたでしょ。

 なんならこの世界の最初のダンジョンでも土型のゴーレムがいた。

 似たようなもんじゃないか? な? わかるだろ?

 

 同意を求めてテールを見る。

 テールが口を開くよりも先にシュウが答えた。

 

『「テールにレアアイテムをくっつけたらボスになる」って言ってるようなもんだぞ』

 

 思わず噴き出した。

 そんな馬鹿げたことあるわけがない。

 

『ふざけたこと言ってんじゃないよ』

 

 いや、ふざけたことを言ったのお前だろ。

 

『構成からしてまったく違うでしょ。どこを見たらそんなことが言える。あれはロボット。ゴーレムとはまったくの別物だよ』

「具体的にどこが違うのですか?」

 

 シュウは「はぁーーーーー」と呆れと自らの怒りを収めるように長すぎるため息を吐き、ロボットとゴーレムの違いを語り始めた。

 テール以外は最初の構成あたりで別に聞かなくても良いと気づき、テールにシュウを押しつけることに成功した。

 

 ロボットとゴーレムの駆動の違いになったあたりで私たちは都市の内部に入ることとなった。

 

 

 

『ロボの歴史に関してはこんな具合だったね。今日は操縦関連について語ろう。操縦形態も歴史や環境、活動目的によって大きく異なる』

 

 翌日になってもシュウはテールに講義を続けている。

 昨日の復習から始まって、今日は操縦席とやらについて語るようだ。

 午後からは議会でフュメの所信表明の演説があるはずだが、まったく触れられない。

 それどころかここのシステムに関しても触れられない。一にロボ、二にロボ、三四抜かして五にもロボだ。

 

 それがある意味で良かったのかもしれない。

 明らかな冷遇や種族的な蔑視、発言等もあったがシュウはまったく意に介さなかった。

 フュメもシュウから語られる壮大なロボ物語の一端を受けてか、亜人たちの小さな話を無視できているようだ。

 私にとってのダンジョンがシュウにとってのロボのようなところなのだろうか。

 ……似たもの同士みたいで嫌だなぁ。

 

 

 午前中は自由時間である。

 外に出てみようということで出ることになった。

 フュメは所信表明の演説があるから自室で待機するかと思いきや、ついてくる流れだ。

 

 デカいな。

 遠くで見ていても大きかったが、近くで見るとさらに大きい。

 都市の真ん中にあると思っていたが、それなりの距離のところに立っている。

 足下は土で埋まっており、体もあちこちで土埃やコケのようなものに覆われて、長い年月の間、動いてないことがわかる。

 そもそもこんな大きいのがなぜいるんだろうか。何に使われるんだ、このロボット。

 

『良い疑問だ。俺が答えよう』

 

 そりゃ、お前以外に答えられる奴はいないだろうよ。

 

『この都市での「実用的な答え」を言えば、何にも必要ないし、何にも使われない』

 

 いや、え?

 必要だから都市に置いてあるんじゃないの?

 

『見てわかったように動いた様子がないよね。そもそも動かせないんだ。遠隔で調べただけでも動力伝達系に破損が見られる』

 

 もったいないな。

 壊れてるなら直せばいいのに。

 

『直せないよ。これ、大昔に作られたやつ。作ったのは今の亜人たちじゃない。亜人たちはロボの周囲に都市を作っただけ。このロボは当時でも兵器というよりは、見栄で作りたいだけ作って実用には向いてなかったはず。で、そんなわけで象徴的な答えを言えば守り神だよ。都市のヒトにとっての心のよりどころ元の世界でもあったでしょ。超大型のボスの遺骸が町に飾られてたりするやつ』

 

 ああ、そういやあったな。

 これってそういうポジションなのか。

 納得はできるな。やたら大きいから壮大さはある。

 実際にそこら中の亜人たちがロボにむかって祈るような仕草をみせている。

 守神様と呼ばれているくらいだ。まんま守神の扱いだった。何から守ってくれるのかはわからない。

 

 しかしあれだな。

 ロボロボロボロボうるさくてかなわなかったが、それでもお前がずっと言ってきた巨大ロボだ。

 昨日もあれだけ興奮してた。せっかく見つけたのに動かないってのはちょっと悲しいな。私も見てみたかった。ダンジョンならボス戦だろ。

 

『……動かそうと思えば動かせる、はず』

 

 動かせるのか?

 

『コインの補修効果で動力伝達系は補修できる。システム系もいくつかチートを使えば動かせる。操作系がわからないけど、よほど特殊なやつじゃなきゃいける。テールあたりにでも頼むかな。遠隔の診断だから確定ではないけど、おそらくいける。こいつは動く』

 

 コインって毎日振ってるアレか。

 そういえば補修の効果があるとかいつぞや言ってたな。

 

 動かせるなら動かしても良いんじゃないか。私にできることがあれば協力するぞ。

 言葉にするとややアレだがダンジョン攻略ではいつも世話になってる。巨大ロボは、お前の大好きなものなんだということもよくわかった。当分は動かすどころか出会う機会すらないに違いない。動かすなら今だろう。

 

『――ありがとう』

 

 よし、決まったな。何からやれば良い?

 

『何もしなくても良い。こいつを動かす必要はない』

 

 なぜだ?

 動かせる時に動かさないと機会はもうないかもしれない。悔いを残すべきじゃないだろ。

 

『俺はロボものが好きだ。俺はロボものが大好きだ。だが、動くロボットだからといって、必ずしも戦ったり、ロボやら仲間との絆を深めたり、メカニックやらデザイン、機構を分析して楽しんだり、乗り手の成長を見たり、システムに隠された機能の覚醒、開発者の思いの汲み取り、ライバルとの敗北を経ての友情と共闘といった要素が全て必要ってわけじゃない』

 

 それ、要素多過ぎじゃないか。

 それはもうロボ以外に足を突っ込んでるんじゃ。

 

『ここで見るべきものはすでに見ている。このロボはここで都市のヒトたちの心の支えになるという役目を立派に果たしてる。都市のヒトたちも明らかなムダ遣いとはいえ、魔力をロボに捧げて信奉してる。俺がここでこのロボをチートで操れば、都市に危害が生じ、怪我をするヒトも出てくるだろう。それは俺がこのロボとヒトとの絆を汚すことに他ならない。そう、俺はロボものが好きなんだ――』

 

 好きだからこそ動かせないと。

 それはそうかもしれないが残念ではあるな。

 

『ま、こんなこともある。いつかロボット同士が戦う世界にいけば、俺が遺憾なくチートの範を示してあげよう』

 

 ダンジョンがあればいいんだが。

 

『うーん、ダンジョンとは相性が良くないだろうね。たぶんないな』

 

 じゃあ、いいわ。

 そろそろ別のところに行ってみるか。

 

『――いや、もうしばらくだけ見ていたいかな』

 

 なら、そうするとしよう。

 

 私は近くにあった石の長椅子に腰をかける。

 他のやつはすでにどこかへ散策に行った。一人になった私はうっつらうっつらと舵を漕ぐ。

 

『……に使えるか。いや、……が動き始めても…………が足りないか』

 

 ときどきシュウの意味のわからない呟きが聞こえる。

 いつもわからないのでもはや子守唄ですらある。

 

 こうして午前の時間は過ぎていった。

 

 

 

 午後になり所信表明の演説の時間となった。

 

 議会には様々な亜人たちが出席しており、フュメも多くの席のうちの一つを与えられていた。

 彼女には珍しいことにやや緊張しているのがわかる。

 

 フュメ以外の私たちは二階にある関係者用の傍聴席で彼女の様子を見ている。

 辺境の地からわざわざ所信表明に来たのが珍しいのか、三階の一般傍聴席にもヒトが多いようでざわざわと声が聞こえてくる。

 

 今は髭だらけの毛むくじゃらの亜人がだらだらと議会開催の挨拶をおこなっている。

 

「サマベルのアングドット、クランプノスの子、ソフォス=ポォラル=フュメくんより所信について発言を求められております。これを許します。――ソフォス=ポォラル=フュメくん」

 

 長い挨拶の後でようやくフュメに発言が許可された。

 まばらな拍手が生じ、フュメが席を立つ、一番前の目立つ席へと歩き、こちらに向き直った。

 

「あたしは紹介にあずかったサマベルのアングドット、クランプノスの子、ソフォス=ポォラル=フュメだ。ここにいる多くのヒト様は今日まで、サマベルがどこにあって、アングドットがどんな角をもって、肌にどんな装飾があるかを知らなかったと思う。まずはそこの紹介からしたい」

 

 フュメは思ったよりもまともに話している。

 彼女がどこでどんな暮らしをしていたのかから始まり、彼女の種族の特性や歴史を語る。

 その後は、階級を爆発的に上げるきっかけとなった防衛戦の話、それに階級が上がってからここに来るまでの話だ。

 特に集落からこの都市に来るまでに襲撃を受けたことや、自分たちと同じ境遇の集落があったこと、彼らに手を差し伸べたいといった話には熱が入っていた。

 不思議なことにダンジョンを攻略した話はごくわずかである。

 

「――言いたいことは以上だ。もうあたしは集落に帰るよ。疲れたからね」

 

 途中の襲撃のところで野次が入ったが、フュメが机をうっかりたたき割ると野次は止まった。

 ざわめきはあるが、なんとか所信表明が終わったようでフュメは席に戻った。

 

 ↑ 54

"公約と使命の議場の攻略"

 

『フュメが発表してた演台の後ろにシステムが保管されてるっぽい』

 

 矢印は、やや下を指す。

 先ほどまでフュメがいた一番奥の演台を指している。

 演台の後ろには厳かな彫りを入れられた木の壁があり、扉に見えなくもない。

 

『夜にでもこっそり忍び込もう』

 

 うむ。

 じゃあ、ここらで帰るとするか。

 

「いやいや、まだ質問が残ってるから」

 

 え、まだ続くのか。

 所信表明したんだから終わりでいいでしょ。

 

「これよりソフォス=ポォラル=フュメくんの演説に対する質疑に入ります。ソフォス=シン=ギルナメルドくん」

 

 私の意見に意味はなく議会は進行する。

 謎の髭種族の議長に呼ばれた奴が先ほどまでフュメが立っていた演台に歩んでいく。

 背の高い蜥蜴のようだった。偉い奴だとすぐわかるような装飾が服を飾り、ざわついていた観客も静かになっている。

 

「セルネスのドラゴニュート、サラーマンドの子、ソフォス=シン=ギルナメルドである。セルネスを代表し、ソフォス=ポォラル=フュメ殿に質問させていただく。まず始めにフュメ殿、大役へのご就任おめでとう。今回の人間との戦役においての活躍は――」

 

 その後も蜥蜴の種族がいろいろと話をしていく。

 難しい物言いで、やや上から目線ではあるが悪意はさほど感じない。

 

『政治家ではあるけど武人の面が大きい。ときどき名乗ってから襲撃してきた輩はこいつの手先だ。武力を確かめに来てたんでしょうな。退き際も良かった。威圧的な面はあるけどフュメの武力を認めてる』

 

 じゃあ、問題ないな。

 

『いや、その力をどう政治に使うか試しに来てるんでしょう。ほら、今もどう議会に関わるか尋ねてる』

 

 聞いてなかったが、質問が終わったようで蜥蜴が席に戻り、代わりにフュメが席を立って演台にむかう。

 

「あたしが集中してやるべきことは集落と周辺地域の防衛。集落の範囲が広くなれば侵略を遮る範囲も広がる。今回、来てみてわかったけど中央はあまりにも遠い。貧困対策に関する意見はいくつか出させてもらうが、あたしたちじゃ手出しはできない。こちらはこちらのやり方でやる、そちらはそちらのやり方でやればいいんじゃないか」

 

 ギルナメルドはそれ以上の質問を重ねなかった。

 フュメが辺境から出てこず、地域防衛を担うというなら今の地位にあることを認めた、とシュウが解説する。

 

 良かったのは彼だけだった。

 次は本物の悪魔族とやらが出てきて質問をしてきた。

 

 彼は真っ先に私たちを示し、「あのような悪魔族は見たことがない。人間の手先ではないか」と指摘する。

 まったくそのとおりだ。フュメと馬(アストゥラ)以外は、邪神様のアタッチメントをつけただけの人間だ。

 本物の悪魔族には角と体の模様はあるが、翼がない。私たちはまるで悪魔族になりきれていなかった。

 

『そりゃそうでしょ。フュメが勝手に悪魔族って思い込んでただけだし』

 

 さらに「議論の場に傍聴席とはいえ、武器を持ち込むとは何事か」と極めて正論をぶつけてくる。

 種族名に対して質問内容が的確すぎる。ただし、質問の相手がフュメではないという不適格さを議長から指摘を受けて席に下がった。

 

 次に出てきた角が二本あるオーガ族は、「今回の戦績は評価ほど大きくない。過剰な評価を受けすぎているのでは」と当てつけを言ってきた。

 前半については当たっていた。私たちがあげた戦績は行方不明者が十数人程度だ。しかもそのうち二人はこの議場にいる。

 しかしながら、その二人が人間側の司令部トップで司令系統を壊滅させたことは事実なので後半の指摘は外れている。

 

 その次はブタの亜人が出てくる。

 「来る途中で襲撃されたとあるが、ただ通行人を襲いかかっただけではないか。町でも暴れる蛮族」と喧嘩を売ってきた。

 

『襲撃の大部分はこいつじゃないの? 聞いてた階級よりも下がってる。依頼の受注者側からの公約違反による支持率ダウンが影響してるでしょ』

 

 ほーん。後でちょっと対応を考えようか。

 ブタの亜人はさらに質問を続ける。「傍聴席の似非悪魔族も辺境の蛮族。調査をしたがどこで生きてきたのかわからない奴ら。暮らしていた環境や教育が悪い。同じ議席にいるだけで――」云々と質問を外れてただの悪口になってきた。議長に注意されてもまだ続けている。

 

 アストゥラが暴れていたが、フィリアが必死に押さえていた。

 シエルとテールの表情は読めないがあまり良い感情を持っているように思えない。

 珍しく私がどうどうと彼らを押さえる役に回る。こういう口と他人任せだけの奴はほっとけば良いんだ。

 

『やれやれ……、あれだけ警告したのに』

 

 なぁ。

 後で家や本人が燃えるだけだ。今夜は焼き豚にしようか。

 

 

 次は犬っぽい亜人だった。

 「臭います。臭いますよ。崇高な議会に相応しくない臭いがします」と鼻をくんくんと動かして言った。

 

『メル姐さん、落ちついて。俺から手を離して。たぶんそういう意味じゃない』

 

 おっと危ない。無意識にシュウを掴んでいた。笑って手を離す。

 犬の亜人は周囲の香りを嗅ぐ仕草をした後で「悪辣な人間どもの臭いがしますね。どうして人間の臭いがするのですか」と質問を投じた。

 ……悪口も入っているが、種族的に質問はまっとうだ。シュウも臭いで人間ってバレる可能性があるとは話していた。

 

「もちろん人間ではありえないでしょう。人間が我らの地に踏み入ることを守神様が許すはずもなし」

 

 なんで許さないんだろうか。

 そもそも動かないとシュウから聞いた。

 

「もしも踏み込んだなら、――守神は大いなる怒りのもとに動き、一足で彼らを踏み潰してしまっていたでしょうからな」

 

 犬の亜人がハッハッハッと自らのジョークで笑った。

 議会の一部も笑い、傍聴席からも笑いが漏れた。

 

『あははははははははは!』

 

 シュウも笑い始めた。

 兄妹とフィリア、それに一階の議場からフュメが何事かとこちらを見てくる。

 

『あははははははは! はー、面白いな。面白いよ』

 

 笑ってはいたし、面白いとも言いはしたが、言葉とは裏腹に愉快さがまったく感じ取れない。

 抑えきれないほど滲み出ているのは怒りだけだ。

 

『ロボの修理もロクにできないワンコが何ふざけたこと抜かしてるんだ? ――「反動」オン』

 

 これは、良くない。

 シュウは反動のスキルを使うことを宣言した。

 このスキルはメリットを増やす代わりにデメリットも増やすスキルだ。

 ただし、メリットあるいはデメリットだけしかないスキルは、マイナスの効果だけが発動してしまうようなので基本的に使わない。

 次に使うスキルが何かが重要になる。

 

『守神様が怒りで動きだす? 壊れてる上に、乗り手もいねぇのに動くわけねぇだろ。ゴーレムじゃねぇんだぞ。――「香り袋」オン』

 

 シュウが何をする気か何となくわかった。私に何をさせたいのかもわかった。

 わざわざスキルの発動を言うのはそういうことだ。

 

 香り袋のスキルをシュウは宣言した。

 こちらもたまに使う。臭いを伴うスキルやアイテムの効果が強くなる。

 これからここで何が起きるかがわかった。問題は規模だが、どちらにせよやるべきことがある。

 

 テールに、フィリアと一緒に外に出るよう指示を出す。

 シエルに今すぐ下へ飛び降りてフュメを議場から連れ出すように告げる。

 いきなり議場に降りたシエルに、各所から声があがり、守衛が走り出し混乱が生じた。

 そんな些細な混乱は、これから起こることに比べればたいしたことはない。

 

『守神が足でヒトを踏み潰す? ロボに生身の人間を踏み潰させる発想はどこから出てきた? そもそもロボが動けば第一の被害は住人になるだろうが。ロボットものの信念も騎士道もねぇな』

 

 そりゃないだろ。

 ロボットの世界ではないんだから。

 

 周囲が混乱していく中で私は逆に冷静になってきていた。

 せめて逃げた兄妹やフィリアにフュメまで影響が出ないことを祈るばかりだ。

 前に使ってわかったが、臭い系のスキルの副作用やアイテムは攻撃とみなされず同士討ち無効が効かない。道化師が犠牲になった。

 可能な限り距離を遠ざけるため、私はすでにフュメとシエルの去った議場に飛び降りた。

 一堂の視線は逃げ去った二人から私へと移る。

 

『お手とチンチ○だけ理解してりゃいい犬っころが、いっちょ前に言葉を並べてジョークのつもりか? 獣だらけの議会ごっこはもう満足したろ。鼻が取り柄ならとびっきりのを嗅がせてやるよ。――「大爆臭」オン』

 

 あ、これやばいやつ。

 

 あれこれとチートスキルはたくさん手にいれているが、普段使えない危険なスキル群がある。

 使うどころかセットするだけで効果を発して周囲に影響を与える類いだ。

 その分だけ強いのだが、副作用も強さに比例して大きい。

 

 例えば今発動した「大爆臭」。

 私が持ってる臭い系スキルの最上位だ。

 ダンジョンで肥だめトラップに落とされた時に手に入れたスキルである。

 三日ほど臭いが落ちなかった最悪のトラップで、どの店からも出入り禁止を食らった。

 元の状態ですらこれ。文字どおり糞な思い出だ。そして、この出来事がチートスキルに魔改造されてカムバックした。

 しかも、反動と香り袋で効果を上げている。

 

 普通の理解力があればどうなるかの説明は不要と思うが、発言の代償と議事係がすでに倒れている点から見て私が記憶することにしておく。

 

 議場の一階にいた者は全て倒れた。

 悲鳴を上げる余裕すら与えない。二階から降りた私に対して怒りを示し、その怒った表情のまま床や自分の机へ無防備に顔を打ちつけていく。

 二階と三階にいた奴らも倒れたのだろう。倒れた音だけが聞こえてくる。

 

 一瞬の昏倒の後で彼らは目を覚ました。

 このスキルはあまりの臭いに気絶さえ許さない。

 シュウによると、正確には気絶して倒れた瞬間に嗅覚の順応がリセットされてるとのこと。

 

 そして、目覚めた瞬間からその種族が感じられる最悪の臭いを味わう。

 彼らは一度の昏倒を経て、ようやく悪臭に苛まれる。それも意識を保つのが難しいほどの悪臭に。

 すぐに意識を保つことが難しくなり、気を失う。しかし、気を失った瞬間に順応はリセットされ、あまりの激臭の気付けによって目を覚ます。

 そしてまた臭いによって意識を削られる。このループだ。

 

 ちなみにスキルの正式な説明文としては、スキル発動時に広範囲の相手を昏倒させて、近くの対象について三秒間能力を九割落とし、発動されている特殊スキル以外を全て解除するというものだ。

 臭い系なので無機物相手には効かないが、生体なら嗅覚がない相手にもなぜか効く。ただし、能力ダウンの効果範囲は極めて狭い。

 検証した部分はさておき、悪辣なのは副作用が一文字も書かれていないという点である。

 

 正式な効果より厄介なのがマイナス面――副作用である。

 まず効果範囲が正式な作用と比べ、間違いなく数十倍以上あり、議場全域を余裕で覆っていることがわかる。

 副作用の効果は先のとおりだが、問題は効果の持続時間。なんと発動した場所に三時間効果が続く。つまり、この議員様たちはあと三時間は悪臭による気絶と目覚めのループから抜け出せない。

 

『六時間かな。効果を強めてるから最低でも倍は効く』

 

 おぉう。

 なんと六時間はここで倒れ続けることが決定した。

 この効果は拡散こそしないようだが、場に残り続けるので助けにきた奴も巻き添えにする。

 

 ここまでなら使う場所を弁えればそこそこ便利なスキルですむ。

 なにより一番最悪な副作用は、私に三日間の悪臭がおまけでついてくることだ。

 

『そこも倍、六日は続くだろうね。臭いも悪臭では済まないかも』

 

 ……最悪。

 

 一度ダンジョンで試しに使って、ギルドに戻ったら危うく指名手配ボードに乗りかけた。

 どちらが正式な効果なのかわからなくなるほどだ。

 

『うん。良い眺めだ』

 

 そうかな?

 広い議場に立っているのは私だけ。

 全員がうずくまり、一瞬の悲鳴を上げて、また昏倒する。

 挙げ句の果てには光になって消滅してしまった奴すらいた。元気に復活後はまた地獄行きだ。

 六時間ではあるが、ここは確かに悪臭地獄となってしまったのだ。

 

『じゃあ、システムに触れるとしようか』

 

 フュメたちが立っていた演台へ進む。

 演台近くで倒れていた犬の亜人を軽く足で蹴ってどかす。

 演台に立ち、振り返って見ると、多くの議席、それに傍聴席がずらりと目に映る。

 

 すごいな。

 よくこんな人の目が集中するところで自らの意見を発表する気になろうと思うものだ。

 ここで堂々と所信表明の演説をしたフュメに敬意を示す。敬意の結果がこの有り様なのが申し訳ない他ない。

 

 演台の後ろにあった木の壁にシュウをゆっくりと刺す。

 軽く刺さるかと思ったが、途中から手ごたえが増してきた。

 

『木の板の裏が石で封印されてる。開けることを想定されてない。邪神様でぶっ壊そう』

 

 邪神様スキルで石の壁を粉にすると、中の様子がわかった。

 大きな透明な容器に薄青の液体が満たされ、その中に薄ピンク色の臓器がいくつか浮かんでいた。

 薄ピンク色の臓器同士は黒く束ねた紐でそれぞれが縛られてひとつなぎにされている。

 

『おぉ、髪と各種臓器だね。予想どおりとはいえ、すごい豪華だな』

 

 臓器を互いにつなぎ止めてるのは髪なのか。

 あまり見たいものではないな。胃に、長すぎるほどの腸、肝臓くらいはわかる。こっちの細長いのは何だろうか。

 

『膵臓。その隣に浮かんでるのが胆嚢』

 

 ときどき見るから大きいのはそこそこ知ってたつもりだが、こんなにいっぱいあるんだな。

 ……あれ? 臓器という割りに私でもわかる心臓と脳がない。

 

『その二つは他で使われてる。保存液はどうしようかな。範囲の制限を暗示するからない方が将来的にはいいんだけど、……うーん、いったん残すか。漏れ出さないように上から刺して。絶対に臓器に刺したり、髪を切ったりしないでね』

 

 容器の上側からシュウを刺し、近くにある臓器に刃の逆側をくっつける。

 

『オッケー。抜いていいよ。ゆっくりね』

 

 シュウを抜く。

 神経のシステムのような大きな変更はあるのか?

 

『ほぼほぼ要らないかな。わかっちゃいたけどシステムの構成自体はよくできてる。神経の構成と比べれば遙かにマシ。大きな偏りをなくすように髪の縛り方と臓器の順序を並び変えるくらいで良いでしょう』

 

 臓器が縛られていた髪がほどけ動いていく。

 束ねられていた髪自身も元の状態に分かれていった。

 臓器の位置も移動が生じ、ある位置のところで臓器が髪に再度固定される。

 先ほどまではひとつなぎにされていたが、見えないほど細い髪で臓器がより精密に固定されていく。

 なんかさっきまでは臓器を保存食代わりに保管していた様子だったが、今度は臓器が展示されているようで薄気味悪い。

 なんでこいつがやることなすことは気持ち悪いか気味悪い方にいくんだろう。

 

『これでいい。システムの構築は元から良かった。それ故にヒトの悪い点を浮き彫りにさせてる。力に振り回されて滅びの道をフルアクセルだ』

 

 なんか、そんなのばっかりじゃないか。

 元々、魔力の流れをいじるシステムにヒトの意識がついていけずにこうなったんだろ。

 シエルのいたところもシステムに人がついていけなかったとか言ってた。

 

『あそこは意味合いが違う。システムの構築と運用は正しかった。ヒトに求めるところがあまりにも崇高で厳格すぎた。未完成だったのは残念だね。こっちの元のシステムは単純にヒトが構築を自由にしすぎて、かつ、運用を勝手に間違えただけ。元はまだまともだったと思う。』

 

 そうかもしれないな。

 シエルたちの故郷はここらへんと比べても異質だったし。

 

 一つ前の人の神経システム。

 あそこはも運用がズタボロとお前は貶してた。

 

『それはそう。人材配置を要にするシステムなのに、システムをいじる人間が人選ミスっていう痛恨の大失敗。人間がマシなら……どっちみち駄目かもしれん』

 

 そして、ここ。

 システムの構成は良いのに、使い方が悪い。

 最後はやっぱりヒトじゃないのか。こいつらを見ていてそう思う。

 

『あまりヒトを責められない。俺の世界の尊敬する学者の言葉でこういうものがある。「人生はできることに集中することであり、できないことを悔やむことではない」ってね』

 

 ほう。

 こいつらはできることに集中していたようには見えないぞ。

 お前のぶち切れはともかく、議会はひどいものだった。フュメは当然としてシエルやフィリアも苛ついていた。

 

『いいや違うね。こいつらはこいつらなりにできることに集中してた。自らの地位を守ることが最善だと信じ、よりよくするために他者を貶め、襲撃やら毒殺とできることをやってきたんだ。みんなで良くしていくことはできないと自らの力を正確に理解し、後悔しないよう全力で広く簡単な道を進んできた。立派な奴らだよ、ほんとに』

 

 今までの中でもかなり皮肉がきいていた。

 あるいは本気で言っているだけなのかもしれない。

 

『ヒトってのはこんなもんだ。システム側で規制をいくつか設けて、支持率の計算方法も変更しよう。自らの地位を守ることが今までの手段で達成できなくなった時、彼らの行動がどう変わるのかを試してみるとしようか。……よし。完了』

 

"公約と使命の議場の攻略を完了しました"

 

 ← 7,443,332

"皮と名の博物館の攻略"

 

 見慣れてきた味気ないメッセージと、次の目的地だ。

 数値が異常に大きいのは単位が違うからだろう。

 

『夜までに亜人たちの領域を出よう。再起動に巻き込まれる可能性が高い』

 

 わかった。

 

『…………待った!』

 

 演台から降りるところで声がかかった。

 慌てて足を止めて、段差からずり落ちて下にいた犬の亜人を踏みつけた。

 これがトドメになったのか犬の亜人は光になって消えてしまう。

 

『ごめん。戻って。保険を忘れてた』

 

 ああ、あのよくわからんやつな。

 あっちこっちでやってるけど何の意味があるんだ。

 

『意味なんてないかもしれない。意味がないならないに越したことはない。でも、意味があった場合には安い手間と消費で済む』

 

 まったく回答になってない。理解させる気がないな。

 とりあえず言われたとおりのアイテムを取りだし、指示に従って処理していく。

 

 

 処理が終わり、議場から廊下に出ると人が倒れていた。

 効果範囲が広すぎる。間違いなくスキルを強化した影響が出てるな。

 

 途中でテールとフィリアが倒れていた。

 アストゥラがフィリアを助けようともがいているが重量差でどうにもならない。

 

『へー、ぬいぐるみには効果がないんだね』

 

 ぬいぐるみは動いていても無機物扱いされるようだ。それはそうか。

 今後何の役にも立たない豆知識だろう。

 

 テールとフィリアを両脇に抱えて議会の外に出る。

 外ではこれまた多くの人が倒れていた。その中にシエルとフュメも見える。

 

『おかしいな。効果範囲が広すぎるぞ。……検証しきれてなかった効果がある。巻き込んだ人数で効果範囲が強まるのか』

 

 検証は後にしよう。

 とりあえずこいつらを移動させないとまずい。

 近くで倒れていた行商から荷車を拝借し、荷物を下ろしてシエルたちを乗せていく。

 そのまま都市を出るが、シエルたちがいつまでたっても呻いている。効果範囲が広すぎるんじゃないかこれ。

 通ったところからどんどん人が倒れていく。

 

『うん。つまり、メル姐さんが原因。メル姐さんから出てくるおまけの激臭も強化されてる。メル姐さんがテールたちから離れないと駄目』

 

 あ、そう。

 どうにかならないのかこれ。

 こいつらも激臭と乗りもの酔いで涙を流してるが、私だって泣きたいぞ。

 

『とりあえず離れてみて』

 

 荷車を置いて、テールたちの苦悶の表情が和らぐところまで移動する。

 移動しても移動しても苦悶の表情は和らがず、とうとう荷車がほぼ点にしか見えなくなった。

 

『うーん。まだ効いてる。パーティーメンバーは距離度外視かもしれない。さすがにこれは困るな。せっかくだし前からやってみたかったリセットを試すか』

 

 そんなことできるのか?

 

『スキルを外せるタイプだからできるはず。極めて面倒くさいけどやってみよう。できなかったら諦めて。ちょうどいいじゃん。一人で博物館に行って攻略だ。生物系のモンスター相手なら無双できるよ!』

 

 ← 7,431

"皮と名の博物館の攻略"

 

 次の目的地が表示された。

 ここは間違いなく私の求めたダンジョンだとシュウも言っていた。

 

 ソロ攻略……、悪くないな。

 最近はずっとあいつらと一緒だったが、やはり見守ってる感がある。

 かなり力を抑えていた、というより、この世界にきてから本気を出したのは荒野を走ることだけだ。

 

『次は期待して良い。封印解除まではいかないかもしれないけど、全力をもって挑むに値するダンジョンだろう。逆に言うと、テールたちは足手まといになる可能性が高い』

 

 ふむ、私で苦戦するならシエルたちにはまだ早いだろう。

 もちろん彼女たちは強くなっているし、力も間違いなく並の冒険者よりはある。

 しかし、一般的な強さの中で強いというだけだ。今までのダンジョンで無双できていたのもダンジョンのしょぼさが一因だろう。

 シュウもせいぜい中級と判断しており、まだ上級以上のダンジョンを味わったことがない。

 

『ダンジョン以前に、そろそろ道中で別の問題が出てくるはずなんだよね。まだ遭遇してないのが異常といえば異常』

 

 道中で問題?

 どうせ次のダンジョン直前までひたすら何もない荒野じゃないのか。

 まさか深林が道を塞ぐこともあると?

 

『深林はあり得ない。道にはやっぱり何もないだろう。ただね、何もないことが問題になる環境がある。もしそうならソロの方が絶対楽に進める。シエル以外は絶対に苦戦する』

 

 ふむ。よくわからんな。

 とりあえずリセットとやらを試してみてくれ。

 

『――いや、リセットを試すよりも先に、答えを出しておいてもらおうかな』

 

 答え?

 

『うん。シンプルに二択。次のダンジョンにソロで挑むか、パーティーで挑むか。どっち?』

 

 ソロで挑めばさっさと走って行けるし、ダンジョン攻略は楽しめる。

 私がダンジョンを攻略している間に、シエルたちはこのあたりで体調を整えてもらえば良い。

 

 逆にパーティーで挑む場合は、道中で時間がかかるし、ダンジョン攻略でも気がかりが増える。

 そもそもリセットとやらに失敗した場合はどうなるんだ?

 

『それはソロで仕方ないね。でも、たぶんリセットは成功する。「初回バグは有効」に該当するかと』

 

 前にも聞いたような。

 チート間で矛盾した場合の処理だっけ?

 

『そうそう。チートスキルなんて設定ガバガバなのばっかりだからね。神様目線でそんなつじつま合わせなんて細かいこと考えてない。ときどき互いに相反する効果だったり、上書きしてしまったり、ひどいと累乗の累乗計算なんてされることがある。初回だけはバグ発見特典なのか有効になるんだよね。二回目はきっちり修正されるんだけど、おそらく初回だからリセットできる。でも、効果が切れるってだけで、テールたちの体調が完全に戻るまでは一日おいた方がいいだろうね』

 

 出発が遅れるってことだな。

 悩ましいところだ。

 

 そもそも先に答えを出す必要があるか?

 

『ある。この選択こそが今回の異世界攻略における運命の分岐点その一だ』

 

 運命の分岐点とは大きく出たな。

 ……その一? 一ってことは、その二もあるの?

 

『ルートによっては、その二もある。――心して決めてね』

 

 割と真面目な質問のようである。

 

 次のダンジョンに私はソロで挑むべきか?

 

 それともパーティーで挑むべきか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4.皮と名の博物館

 

 

 ソロで攻略がしたい。

 

 

 ソロで攻略がとてもしたい。

 そろそろ一人で暴れ回りたいんだ。

 

 

 だが、今回はパーティーで挑むべきだろう。

 

 

 シエルは次のダンジョン攻略を楽しみにしてた。兄もだ。

 フィリアだって博物館を見てみたいと話していたんだぞ。アストゥラも走り回ってた。

 フュメは……、早く集落に帰りたいってずっと言ってるな。

 

『口を挟んで悪いけど兄はさほどダンジョンにさほど興味なさそうだったよ。アストゥラはいつも元気に走り回ってるし蹴り回ってる。フュメに関してはそうね。ちなみにそれだけ?』

 

 お前もいつぞや言ってただろ。

 ここが元の世界なら一人でガンガン攻略すれば良い、と。

 しかしながらここは異世界。現地の人間がいて、「遠くに行くならみんなで」って。

 

 

 お前は良さそうなことを言ってたが、実はいまいちその言葉の本質を私はわかってない。

 ソロで攻略した方が絶対気楽で楽しいと思ってる。

 

 ただ、シエルたちが可哀相だと思ったんだ。

 今までもダンジョンを楽しそうに攻略しているが、ひたすら攻めるばかり。

 そういうのじゃないだろ。私はあまり考えてないが、もっと考えて苦戦しながら挑むこともまた楽しいはずなんだ。

 チートを使って、それでも行き詰まるのも、ダンジョンの偉大さを感じさせてくれる。

 あいつらには次のダンジョンで苦戦を味わって欲しい。

 そしてダンジョンをいっそう感じて欲しい。

 難易度は上級なんだろ?

 

『上級……、予想どおりなら超上級も十分ありえる。ただし、極限級はあり得ない』

 

 素晴らしいことだ。

 で、これはその二に繋がる回答なのか?

 

『高尚なことを言って終わりじゃないかと割と本気でヒヤヒヤした』

 

 おいおい。

 正解かどうかを尋ねたら馬鹿にした回答が返ってきたぞ。折っちゃうよ。

 

『――でも、最後はとてもメル姐さんらしい回答で安心した。ここまでがワンセンテンスだ、よろしいか?』

 

 ……うん?

 やっぱり馬鹿にされてるのか、どうなんだろうか。よくわからなくなってきた。

 もうその二とかどうでもいいわ。リセットを試してよ。時間かかるの?

 

『問答中に準備してたからすぐできる、よっ、と』

 

 一瞬だけ景色が変わった。視界が異常に広がって気持ち悪い。

 これ無敵スキルを使ってるよな。

 

『そう。この無敵スキルは言わずもがな特殊スキルで、他の全てのスキルやパーティ登録を手動で解除しないと使えない。そして発動時に「全てのバフ、デバフが解除」されて世界から存在が孤立する。スキルをまた手動で付け直すのが極めて面倒くさいけど試してみる価値はあるかなって』

 

 しばらくしてから視界が元に戻った。

 ゆっくりだがテールが起き上がり、荷台から地面に降り立つ。

 ふらついてこそいるが……、あ、地面に膝をついたな。やっぱり駄目か。

 

『いや、効果が消えてる。ちょっとずつ近づいてみて』

 

 少しずつ荷車に近づいていくが、テールたちが倒れる様子はない。

 シエルたちも徐々に快方にむかっていった。

 

 一夜をシステムの範囲外で過ごし、最後のシステムへむかうこととなった。

 

 

 

 シュウの言っていた、道中に「何もないから問題がある」の意味がわかった。

 

 ↑ 6,431

"皮と名の博物館の攻略"

 

 距離もまだまだこれからというのに、圧倒的な景色の前に立ちすくんでいる。

 

「……たかーい」

 

 シエルの声からも驚きとともに恐怖が聞き取れる。

 ひたすらの下り坂だ。しかも途中から坂すら見えなくなり、その先に大地が広がっていた。

 山の上から大地を見下ろしたことは幾度となくあるが、平地の上から大地の底を見下ろしたのは初めてだ。

 

『かつての海だね。ここまでとは』

 

 海から水を抜くとこんな感じになるんだな。

 一面が水というのも圧倒されるが、何もないと何もないで圧倒される。

 

『地形がめちゃくちゃ荒いから、かなり注意して進まないといけない。クレバス程度ならまだしも、海溝に落ちたらメル姐さん以外は冒険が終わると思ってくれて良い』

 

 全員が注意して緩やかな坂を下っていく。

 途中で坂の傾きが大きく変わった。しかも途中で地面がぼこぼこして非常に走りづらい。

 走りづらいどころか歩くことすら難しい地点もある。ここでは移動距離の短縮など危険すぎて使えない。

 

「これは難しいんじゃないかい」

 

 フュメも苦言を示す。

 フィリアとテールは何度かこけていた。

 

 なおフュメは亜人のシステムから切り離されてしまった。

 集落に戻りたい気持ちはあるようだが、今戻ると政治的にもまずいことになるということでついてきている。

 集落の防衛や食糧事情についてはさほど問題ないとシュウは話していた。

 

 議会であれだけやらかして問題ないわけないだろと全員から突っ込まれていたが、システムをいじったので、再起動前のやらかしはカウント外らしい。

 むしろ再起動後に集落を襲ったり、足の引っ張り合いや暗殺をおこなうと支持率が激減し、何もできなくなるとのことだ。

 

『システムの変更でもう魔力の問題はない。防衛面では住人がそれなりに強いのと、忠犬リバーシが置いてあるからやっぱり問題ない。あれはルールを知らなきゃ初見で攻略は不可能』

 

 そりゃそうだろうな。

 何も知らずに戦うと、数がどんどん増えて封殺される。

 うまくシロとクロを消していかないといけないわけだが、動きがそれなりに素早いから消すのも一苦労だ。

 

『食糧事情は問題になるけど、角の魔力からエネルギーを摂取できるし、いくつか保存食を置いてきたし大丈夫でしょ』

 

 そんなわけでフュメは不安ながらもダンジョン攻略についてきた。

 はっきり言って、議場でいろいろやらかしたほとぼりを冷まそうという流れである。

 

 ↑ 6,231

"皮と名の博物館の攻略"

 

 夜になったが全然進まなかった。

 途中でテールがクレバスに落ちて気を失ったし、フィリアがアストゥラを落として探すのに手間取った。

 シエルだけが風魔法でふわふわと地形を飛んで、むしろ楽しいと口にしていた。

 

 シエル以外はこんな複雑な地形を歩くのに慣れておらずまるで進まない。

 かくいう私ですらここまで地形が荒いと走るのは難しい。

 アップダウンも多すぎる。

 

『走行方法を変えよう』

 

 それが良いだろう。走るのはまず無理だ。

 飛べると良いが、飛行の魔法はとても難しい上に魔力消費も激しいと聞いた。

 

『飛べるのがベストだけど、今のシエルじゃ飛行魔法は理屈を理解できない。模範にすべきモノがないのがきついね。風の浮遊がせいぜいでしょう。少しずつ教えるにしても、この人数を飛ばすのはまず無理。アストゥラを持ってても魔力消費が追いつかない』

 

 飛ぶのは無理と。

 それならどうすると言うんだ。

 

『ついにアストゥラをぬいぐるみから卒業させる時が来たってことだ』

 

 えっ……。

「え?」

 

 ぬいぐるみをやめちゃうのか。

 私はけっこう気に入っていたんだが。

 ほら、シエルもちょっと残念そうな声を出していたぞ。

 

『アストゥラはどうしたい? みんな、ぬいぐるみの君を気に入ってたみたいだけど』

 

 アストゥラは四本の足をバタバタと動かしている。

 そうだよな。まだぬいぐるみが良いよな。

 

「早く戻せと言ってます」

 

 フィリアが的確に翻訳をした。

 意外だな。戻りたいのか。……戻ったところで人が増えるだけだよな?

 走行方法の解決に何の役にも立たないだろ。飛行魔法をアストゥラに教えるってこと?

 

『アストゥラ。大切な質問だ。俺は本人の意思を尊重するからね。――六本足と八本足。どっちが良い?』

 

 

 

 翌日、私たちはぬいぐるみから卒業したアストゥラの背に乗って移動している。

 

 本人の意思により六本足が選択され、彼女は朝から巨大なアリとなってかつて深海だったであろう大地を突き進んでいく。

 

『すごいな……。アストゥラの才能には本当に驚かされる。まさか六本足でも難なく走ることができるなんて』

 

 シュウは心から驚いている様子だが、アストゥラは怒って体を振るわせた。

 危うく落ちかけたがシエルが、姿勢を制御してくれる。

 

 別世界で手に入れた巨大アリのアイテムがこんなふうに使われるとはな。

 レースの世界で手に入れたやつだよな。全てが巨大だった。

 

『うん。話はスキップされてしまったけど非常にエキサイティングだった。巨大な生物たちとのレースがありありと今も思い出される』

 

 おかしいな。確かに行ったはずなのにまるで思い出せない。

 最初から最後まで一緒に走ったあの黒光りする奴だけは覚えてる。ハナコさんは元気にやってるだろうか。

 

『元気にしてるでしょうよ。しかし、本当にアストゥラの才能はすごい。次は八本にしてみよう。十本でもいけそう。百本もあるぞ。なんなら無足だってある。どうだろうか?』

 

 ちなみにぬいぐるみから生態系は一手間かければ精神を移せるらしい。実際できていた。

 生態系から生態系もそれなりに手間をかければいけると話していた。

 人間からその他は難しいようだ。

 

 正確には、その体で生まれて年月が経った体から、他の肉体への精神移動は困難らしい。

 精神がうまく剥ぎ取れないとかだったか。ぬいぐるみ化アイテムの異常性がここでも示された形となる。

 

 けっきょくアストゥラは喋ることができない。

 大きな顎をガチガチと鳴らして、不平と不満をシュウにぶつけている。

 

 けっきょく蟻(アストゥラ)が激怒し、私を背中に乗せてくれなくなった。

 私がボコボコの大地を先導し、その後ろからアストゥラが私を食いちぎる勢いで追いかけてくる。

 さらにその蟻をシエルが風魔法でぴょんぴょんと跳んで追いかけてくる。

 

 アストゥラをアリにしたのは良いんだけど、鳥じゃ駄目だったのか?

 でっかい鳥は持ってないとか?

 

『あるけど、いくつか問題がある。生体への精神移動は、間違いなく移動先の生物の特徴を受け継ぐ』

 

 そんな気はするな。

 ぬいぐるみはわからんかったが、アストゥラが顎を鳴らして怒るとは思えない。

 

『そういう意味ではないんだけど話を進めよう。生物の特徴を引き継いでしまうことでこの星では飛べない可能性がある。飛べても短距離だけだったり、飛んでる途中で墜落する可能性があるんだ。非常に危険』

 

 そりゃ飛んでる途中に堕ちたら危ないな。

 なぜこの星だと飛べないんだ? 重力とか言う奴か?

 

『いや、重量はあるでしょ。空気の抵抗もね。地磁気が問題。鳥ってこの地磁気を視覚化できるんだ――俗に言う「ラジカル対機構」ってやつ。この星は地磁気が極めて不安定でね。中途半端に地磁気を視覚化すると危険』

 

 出た。

 俗に言うなんちゃらシリーズ。

 今回もやっぱり聞いたことがまるでない。

 本当にそんな名前で呼ばれてるのか。適当に名前付けてない?

 

『物的証拠――というより経験則を示すこともできる。この世界に鳥はほぼいない。鶏っぽい鳥以外で鳥なんて見た記憶がないでしょ。記憶なんて元からしてねぇか』

 

 ……いや、覚えてるかも。そういえば見てない。

 アイテムから鶏肉をフィリアに食べさせたら、めちゃくちゃ貴重品だと目をひん剥いていた。

 アストゥラも羨ましそうに走り回っていたはずだ。

 

『渡り鳥はまっさきに死ぬ。植物も虫も少ないから種全体が減る。食物連鎖の最上位も死滅。ほぼ飛べず、人から餌を分けてもらうような鳥しかこの世界は生き残れない』

 

 ほぼ飛べない鳥って鳥の意味があんまりないな。

 地磁気とやらが不安定なだけでそんなことになるのか。よくわからんがけっこう重要なものなんだな。

 

『超重要。生命の根幹の一つと言っても遜色ない。放射線や太陽風の問題も出てたのを何度か見た。後ろも聞こえてないだろうから伝えとくわ。地磁気――正確には地磁気を発生させる大本が正常化できるかどうか。これが今回の物語の核心に繋がる。コアだけにね』

 

 ふふふと笑ったけど何が面白いのか私にはわからなかった。

 

 

 

 五日がたってようやく目的地に着いた。

 

 途中で何度かハプニングはあった。

 アストゥラが過去に海溝と呼ばれていた崖から落ちて死にかけたとか。

 煙を噴いてる岩を見つけたとか、海だった頃のモンスターが地上で活動を始めていたとかだ。

 

『一つ一つが決してハプニングでは済まされない大事件なんだよなぁ。何ならそこだけで一章分の物語になるし』

 

 そんな大事件もダンジョンの前にくれば些細な出来事と言える。

 かつての孤島、海が干上がった今は山とも言える頂上の、それなりに広いエリアにぽつんと建物群がある。

 そこそこ大きいはずなのだが、周囲の荒野と比べると遙かに小さいので、奇抜な建物だけが残っているという奇妙な状況だ。

 いいんだよいいんだよ。ダンジョンはこういうのでいいんだ。

 

 門と柵で境界は敷いてあるが、入る人間なんていないだろうので意味がない。

 開きっぱなしになった門から敷地に入る。

 

 敷地内は外の乾いた地面とはうってかわり、綺麗な白の床が敷き詰めてある。

 歩くとカツカツと音が響いてきた。

 

 建物の扉までいくと勝手に開き始め私たちを歓迎してくれた。

 私が入り、他の人間が続く。

 

「待ってください。アストゥラが通れていません」

 

 振り返ると、アリがきていない。

 アリはその巨体で扉どころか門が通れていなかった。

 柵を越えようとしていたが、見えない壁に頭を打ちつけるばかりでこちらに来ることができない。

 

『ダンジョンの境界線か。ちょっと戻ろう。置いていってもいいけど、馬鹿をやらかしそうだから怖い』

 

 門まで戻ると、門の入口からアリが口をのぞかせてくる。

 狭い穴に逃げ込んだ人間を、どうにか食べようとしてくるモンスターみたいでちょっとワクワクする。

 

『想定よりも早いけど人間に戻そうか』

「え?」

 

 シエルがわかりやすく残念そうな声を出した。

 ぬいぐるみも、アリも彼女のお気に入りだったようだ。

 テールとフュメも戻すことに反対する様子はない。さすがにぬいぐるみとアリを見て同情している様子だ。

 フィリアはやっと戻せると安堵の息をつく。

 

『じゃあ、フィリアちゃん。結晶を出して。あるよな。なくしてないよな』

 

 フィリアが服の奥をごそごそと手でたぐり、白く光る結晶を取り出した。

 ひょっとしてなくしてるんじゃないかと思ったが、無事に残してあったようだな。

 

『よし、それじゃあ解除しようか。メルね――』

「よかったね。アストゥラ」

 

 シエルが結晶を強く握った。

 

 あ、それは――。

『馬鹿! そこで解除なんてしたら――』

 

 空中でアストゥラの彫刻が現れ、横向きのまま白い床に落ちていく。

 ガッと低く鈍い音を立て、アストゥラの彫刻は床で腰あたりを打ちつけた。

 

 そして、アストゥラの体は上下で真っ二つに割れた。

 足はさらに細かく砕け、膝あたりで別の部分に分かれてしまう。

 上半身のアストゥラ(彫刻)とバラバラになった下半身が白い床に転がった。

 

「…………これは元に戻せますか?」

 

 フィリアが顔を硬直させつつおそるおそると私に尋ねる。

 ときどき石化したモンスターを私は砕いて壊す。その場合はアイテムの破壊扱いになる。

 

『俺は完全な石化状態から生身には戻せるけど、砕けた石化状態から生身に戻そうとすれば、あまり良い状態にはならない。戻した瞬間に死んで、復活しても半身で死ぬ。拷問の一種だ。石化状態を俺で刺しても、壊れた石化で復活する。結論を言おう。アストゥラはもう元の体には戻せない。お、ちゃんと断面も石になってるな。このまま博物館に飾ってもらったりなんて……はは、さすがに駄目か』

 

 シュウも現実逃避気味になっている。

 周囲もあまりの悲惨な光景に言葉を失ってしまった。

 アリのアストゥラも、自らの体が砕け散ったのを知り、門の外で動きが停止する。貴重な停止シーンだ。

 

「そんなぁ……」

 

 フィリアが膝から崩れた。踏み留めていた感情はもはや抑えきれず、声をあげて泣き始めた。

 ごめんなさいと上半身になった彫刻に泣きすがるが、真に泣きたいのは門の外にいる蟻のほうであろう。

 

『……元の体には戻せないけど、別の体にすることはできる』

 

 それって何本足?

 元の体に戻すことが重要で、別の体じゃ意味ないんじゃない。

 

『いや、だからね。元の体を変質させるというのかな。ちょっと賭けではあるけど』

 

 言ってる意味がわからないんだけど?

 

『俺には壊れた石像は直せない。修理、修復、修繕、どれが表現として正しいかは知らないけど、直せそうな存在に直してもらおうかなって』

 

 そんなことができる奴がいるのか?

 ああ、あれか? 神か。修理のスキル……コインのチートスキルってことだな。補修だろ。

 

『神には違いないね。ただ、これは補修の段階を超えてる。しかも石像が生体と無機物の間をいってるからまず無理。ちと惜しいが、さすがに可哀相だから手をかそう。まずはバラバラになった体を整えようか』

 

 泣いているフィリアはもはや動けないので、私とテール、シエル、それになんと人間嫌いのフュメまで手伝ってくれる。

 アストゥラの体は、ばらばらに割れてはいるが、ひとまずそれらしき形にはなった。

 このまま接着剤でうまくくっつければいけそうな気もする。

 

『ご冗談を。アイテム袋の雑多番地「ロ」から「老人の小言集」を取って』

 

 言われたとおりアイテム袋を開けて探す。

 まったく聞いた覚えがない。どこのドロップアイテムだ?

 また、ぬいぐるみと同様に危険なアイテムか。そもそも小言集がこの状況で何の役に立つんだ?

 

『ほら、前にチラッと言ったでしょ。外伝の最新章で暴れてきたって、まだ書かれてすらいないけど……。しかも本当は別の奴がもらったんだけど、俺もこれを持つ資格があるからね。骨を折った駄賃代わりにもらってきた。それにこの世界はこのアイテムを使う意義がある世界だ。たぶん協力してくれるでしょう。ほら、結晶を解除してアストゥラの上に置いて』

 

 結晶を解除するとペラッペラの冊子が現れる。

 見たことのない文字か記号でダラダラと文章が書かれており、内容を読むことはできない。

 アストゥラの上に冊子を置いてみると、風もないのに冊子がページがパラパラと捲られていった。

 

(ライドー)

 

 冊子の一ページから記号が浮かび上がり、アストゥラの下半身に刻み込まれる。

 

(エルハズ)

 

 さらに別の記号が浮かび上がり、今度はアストゥラの上半身に刻み込まれた。

 

 白い光が彼女を包み込んでいく。

 光が収まった時、アストゥラは石ではなくなっていた。

 しかも、その上半身は下半身とくっついている。……おぉ、まあ、くっついてはいるな。

 

「――おい、いつまで泣いてる?」

「……うぇっ、う、ア、アストゥラ?」

 

 アストゥラは生身に戻るどころか意識まで戻ったようで、目を開けて言葉を発した。

 アリはどうなったのかと振り返れば、砂のように崩れおちていく。

 

『さすがというべきか。未来に関わる話ならサービス満点だな。……ただの先払いか? どっちでもいいや。ほら、アストゥラに戻ったよ』

 

 アストゥラが泣いているフィリアの顔を両手で挟む。

 

「しっかりしろよ、副司令」

「うん。ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい。アストゥラぁ」

「もう謝るな、フィリア」

「ごめんね。良かった……良かったぁ」

 

 どうやっても泣きどまることはできず、フィリアはアストゥラを抱きしめていた。

 アストゥラもフィリアの体を軽く腕に抱いている。

 

『いやぁ、感動的だね。枯れた大地に花が咲いたよ。百合の花がね。やっぱいいもんだ。涙が出ちゃった』

 

 ……まぁ、感動的なのかな。

 ある一点に目をつぶれるなら、私も涙くらいは出たかもしれない。

 

 彼女の体は確かに一体化した。

 石化からも解除され、精神も本体に戻った。

 

 しかし、良かったかどうかは別だ

 

 足は二本ではなく四本で、どうみても下半身は人ではなく馬なのだから。

 

 

 

 足が二本か四本かなんて細けぇことは良いんだよ、ということでダンジョンに再入場した。

 

 シエルはアストゥラの馬になった下半身に興味が尽きない。

 ちゅんちゅんと指でつついて、アストゥラの尻尾で反撃されている。

 それも楽しいのかキャッキャと年相応に楽しんでいた。

 

 入口フロアは縦にも横にもだだっ広い。

 明らかに外観の大きさと中の広さが一致していない。

 久々にダンジョンらしいダンジョンに入った気持ちで気分が新鮮だ。深呼吸がしたくなる。

 

 入ってすぐの正面に模型が立体的に置かれている。

 建物の全景を上から示した模型のようで、どこに何があるのかを表示していた。

 書いてある文字こそ読めないが、代表的な展示物の模型が置かれており、雰囲気はつかみ取れる。

 

「世界の果て博物館へようこそ。右手の受付で入場券をお受け取りください」

 

 無機質な声がどこかから響いた。

 続きはない。久々の来場者に言葉を忘れてしまっているかのようだった。

 

 右を見るとギルドのカウンターのようなものがある。

 歩いて行くと、すでに人数分の紙切れが置かれていた。

 手に取ると皮膚にピタリと貼り付いていく。

 

『はぁん。なるほどねぇ』

 

 おいおい。

 なんか皮膚に埋まっちゃったぞ。

 

『それがここのシステムの一部だよ。マップに戻って』

 

 立体のマップまで戻る。

 

『ルートがいくつかある。一番左のルートから行こう』

 

 ボスのルートが左になるのか?

 

『違う。俺たちの世界のダンジョンとは趣が異なる。各展示場にモンスターやボスがいて、そいつらにシステムの皮膚が埋め込まれてる。それこそがここのシステム。システムを再起動するなら全部の展示場のボスを倒さないといけない。全部倒した後に別のボスが現れるかは現時点でまだ不明』

 

 ほー。

 そういうのがわかるんだな。

 

『負けたらこっちも展示物になるから気をつけて。さっきの入場券が前段階だ。こうやって未来の展示物がどんどん増えていく。仮に展示物が壊されてもダンジョンだから復活する』

 

 死んだら私たちも展示されてしまうわけか。

 一番左のルートに行く理由は?

 

『歴史を追える。星の創生から始まって、数多の生命と時代の興亡を経ての人類の時代の始まり。人類の文化、科学技術、歴史を追う。システムの誕生からの魔力循環をめぐる熾烈なで不毛な争い、滅亡への漂着。どうせ全部回らなきゃいけないなら最初から行った方がわかりやすい。もちろん、最後から遡っても良いし、興味のあるところから回っても良い。自由に見て回れるようになってる』

 

 どっちみち全部回る必要があるなら、その順序でいいわ。

 いきなり科学技術とか魔力循環とか言われてもさっぱりわからんだろうし。

 

 全員異議なしということで左のルートを進むこととなった。

 

 

 

 上級と聞いていたのだが思ったよりも簡単に進めている。

 

 下半身が馬になったアストゥラが強い。

 右手に剣、左手に槍を持って戦っているがどちらも攻撃力がおかしい。

 

『「ワルキューレ見習い」スキルが発動してる。ワルキューレの先輩諸兄のレプリカ武器を借りて戦えるらしい。あまりにも攻撃的すぎるな。……はぁ』

 

 シュウがため息をついている。

 姿がどうなっても攻撃的なのは変わらないらしい。

 

 ときどき「ヒリー」だの「エッド」とか意味のわからない言葉を叫ぶのは何?

 光の束がモンスターを攻撃してるぞ。今度は武器が飛んで相手に突き刺さっている。

 

『ワルキューレ式の戦闘詠唱法。短縮詠唱のはずなのにフル詠唱魔法よりも規模が一段階上がって発動するとかいう訳のわからん効果が発動してる』

 

 わけがわからんばっかりじゃん。

 けっきょくあの小言集はどういう効果だったんだ?

 記号が浮かび上がってアストゥラに刻み込まれたのは覚えてる。

 

『記号じゃなくて文字。ルーン文字ってやつ。あの冊子は、その文字を見つけた神様が書いた本。あ、俺をよこした神じゃないよ。もっと正統な神だね』

 

 神にもいろいろあるんだな。

 正統な神ってなんだ。

 

 いやいいわ。

 詳しいことはわからんし、聞いても余計わからなくなるから良しとしよう。

 人間には戻れなかったようだが、四本足のほうが強くていいな。

 

『人間形態にもなれると思う。特定のルーン文字とその意味を覚えないといけないけど、たぶんワルキューレ見習いならいけるでしょう』

 

 すごい力だな。

 石化から戻れて、精神も戻して、他の力も与えられるとは。

 やはり神は別次元の力だ。

 

『まぁ、神の中の神みたいな存在だから。片田舎の道祖神とは別物だろうよ。もしかしてだけど、力が一方的に与えられると思ってる? 代償が間違いなくあるよ』

 

 怖くて聞けなかったんだけど、やはりあるのか。

 何なんだ。四本足でしか歩けなくなるとか?

 

『そんな可愛いものじゃないね。――死後に連れていかれる。あいつが死んだ後にたどりつく場所は、メル姐さんの知ってる冥府じゃない。あの力はその前借りだ。「ワルキューレ見習い」なんてスキルが出てくるのもそう。今のうちにフィリアちゃんと余生を楽しむと良い。死後は一緒にいけないから』

 

 怖いことを言い出したので、もう聞かないことにする。

 とりあえずダンジョン攻略に集中だ。

 

 進みは良い。

 上級とは思えないほどだ。

 

「右を攻めろ! 私が左を抑える」

 

 指示のシステムを言葉も駆使して発動し、アストゥラ本人も非常に強い。

 

「ふん。命令してるんじゃないよ!」

 

 システムを三つ攻略した達成報酬で、フュメのシステムも同時に発動できるようになった。

 敵を倒す、仲間を守るなど達成した内容に応じて仲間にバフがかかるようだ。

 事前に達成内容を宣言した場合はさらにバフにボーナスがつく。

 

『順調すぎるな』

 

 アストゥラとフュメは口喧嘩こそしているが、その攻めは圧倒的だ

 アストゥラが指示し、フュメが倒すと宣言し、バフのついた攻撃で倒す。さらに全員がバフを得る。

 フィリアが索敵と攻防を魔法で補助し、シエルが圧倒的な魔法で広範囲を攻撃する。

 そのシエルをテールが地味に守る。

 

 言っちゃ悪いけど、テールがかなりきついんじゃないか。

 本人のシステムバフが発動していない上に、元々がさほど強くない。

 

『あのスタイルだとここらが限界でしょうな。武器を盾に換えて、二枚盾にして良いかもしれない。攻撃するより防御でヘイトとって反射とデバフ狙いね。しかしなぁ』

 

 それでいいでしょ。何を悩むんだ。

 これまでは何とかやってたけど、これ以上は戦いについていけないぞ。

 

『ここより強い敵なんてまず出ないからついていく必要ないんだよね。今のスタイルから切り替えて慣れる方が困難かな。とりま、テールはロボットの話をたくさん聞いて学んでくれるから今のままで良いんだよ』

 

 戦闘にまったく関係ないでしょ、それ。

 真面目に話してよ。

 

『あ、それなら真面目な話もしとく』

 

 自分から真面目な話とか言い出す時点で、真面目な話じゃなさそうなんだよな。

 嘘つきが、私は嘘をつかないって言ってるのと同じだ。

 

『ここの攻略中に、メル姐さん以外は全滅するだろうけど気にしなくて良いから。ソロで攻略を楽しんで』

 

 ……は?

 

『アストゥラが強くなりすぎたのがまずかった。進みが止まって良い勉強になると思ったけど、中途半端に強くて止められない。モンスターもまだ中級に毛が生えた程度だ。でも、この後で必ず超上級ダンジョンの壁にぶちあたる。その時にメル姐さん以外は死亡するね。メル姐さんが無事に攻略できればそれで良い』

 

 いやいやいや良くないでしょ。話に高低差がありすぎるんだよ、お前。

 なんでロボットの話を聞いてくれる~なんて痴呆が入り始めた老人の世間話レベルから、私以外は全滅なんてシリアスな話に切り替わるんだよ。もっと段階踏めよ。

 

 ……その口ぶりだと私が殺すわけじゃないんだろ。

 死んだら終わりじゃないか。

 

『運が良いことにそうならない。言ったでしょ。システム兼ダンジョンに取り込まれる。死んだら展示品として復活だ。でも、メル姐さんがちゃんとここをクリアすれば、俺の手でシステムから解放される。一番言いたいことはこうだ。――途中で誰かが死んでも気にする必要ない。クリアさえすれば大丈夫。彼らの勉強にもなるでしょ』

 

 それって大丈夫って言えるの。勉強のさせかたがまずすぎるんじゃないか。

 だいたいパーティーでここを攻略するって決めたじゃん。

 途中で誰かが脱落したらまずいでしょ。

 

『関係ない。ソロで挑むか、パーティーで挑むかの意志が最重要であって、途中で何人かが倒れても最終的に攻略できていれば、攻略時に残った人数は重要じゃないんだ。もちろん死ぬようなダンジョンだったら、俺もあいつらを強制的に止めてる。受付ロビーで昼寝でもしてろよってね』

 

 とりあえず死亡予定の彼らは絶好調だ。

 この星の過去にいたであろう生物らしき展示品と戦っている。

 博物館とだけあって、学術的な話が多く小難しさが混ざり絶妙に面白くない。

 もっとシンプルで良いんだよな。人間は敵だから殺すとか餌だから食べるくらい簡潔な方がわかりやすくて助かる。

 

『俺はめちゃくちゃ面白い。そもそも恒星が二つある時点で今までの異世界と大きく違う。科学的だけじゃなくて魔法的にも研究がされてて、成り立ちとか生態系の在り方がとてつもなく参考になる。ほら、惑星の構成に魔力の話が出てきてるでしょ。俺たちの世界だとこの魔力がないんだ。だから魔力がない状態で土も水も生物も構成されていくんだけど、この世界だと魔力というダークエネルギーが混ざることで魔力がなくては存在が維持できなくなる。魔力のある奴とない奴がいて、ない奴が淘汰されたわけじゃなく、そもそもが魔力ありきの構成だ。このあたりは非常に面白いね。過去にこの点をきっちり研究してた異世界はまだなかった。もしもこの研究成果を元の世界に持って戻ったらノーベル賞ものだ。それどころか俺の名前を冠した賞ができるかもしれない。――魔力が観測できない生態系の世界で、魔力の実体を証明するっていう超難題が立ち塞がるけどね』

 

 もはや何を言ってるのか理解できない。

 とりあえず私は私なりに攻略していいってことだな。

 

『人の誕生まではゆっくりやって。俺はもっとこのあたりの研究と調査の成果をじっくり見ておきたい』

 

 ひとまず私は積極的な攻略は控え、アストゥラたち主導で攻略させる。

 

 「惑星の誕生」展示場と「生命の誕生」展示場はアストゥラたちでクリアができた。

 問題はその次の「生命の進化」展示場だった。

 

 地上への生物の上陸、両生類やら爬虫類。果てには恐竜とかいう超巨大生物。

 この時点でテールとフィリアが退場した。魔法を使う超巨大生物との戦いなど彼らにはできなかった。

 メンバーが精神的にも人数的にも弱ったところへ巨大隕石の激突×2。大型津波と凍結だ。

 普通に私以外の全員が死んでしまった。アストゥラは四本足では走れるのに、まったく泳げないとか意外だったな。

 

『川とか海がないから泳ぐ機会がなかったんでしょ。この世界の水は超貴重品だからね。しかし難易度の上がり方が鬼だな。ホップステップジャンプなんて緩い難易度の上がり方してない。ホップステップ宇宙まで大ジャンプだ。まさかここまで環境再現してくるとはね。惑星誕生から海形成と植物の覇権までは映像だけで緩かったのに、爬虫類誕生あたりから急に本気出して殺しにきやがった。モンスターも環境も普通に超上級だ。たぶんここが最難関じゃない? 生命に耐えられるような作りにしてないぞ』

 

 私もそう思うよ。

 お前が上級と言ってた割りに緩いなぁとあくびしてたら超巨大生物が出てきた。

 しかも一体二体じゃなくて大量だ。さらに魔法まで使ってくるとか。久々に変な笑いが出たわ。

 やっと倒したと思ったら、空から隕石が二連発だろ。しかも環境の高速再現で津波がきてからあっという間に凍結で全域が氷河だ。

 今も氷をたたき割ってようやく地表に出ることができた。

 

『おそらくだけど、実在する物質や確たる証拠に論拠があるところは上乗せで実現できるね。惑星の誕生は物質こそあるけど、規模の面から再現が難しすぎたんだ。……近代に行くほど簡単になるのか。でも、別の問題があるな。たぶん、まともな生物にはこのあたりが一番きついはず』

 

 シュウの言うとおりだった。

 モンスターの多様性は増していったが、小さく貧弱になっていく。

 そうしていよいよ人が誕生した。いろいろな人の種類があったようだが、一種類だけが生き残ったと説明された。

 

 そこで、この「生命の進化」展示場はクリア扱いとなった。

 

『おかしいぞ? どういうことだ?』

 

 別におかしいことないでしょ。

 ちゃんと人が誕生したぞ。

 

『俺のいた世界ならこれで良い。この世界なら絶対おかしい。見てたでしょ。この世界の人は一種類だけが生き残ったって。亜人はどこで誕生した?』

 

 この後で人から派生していったんじゃないの?

 

『するわけないでしょ。ここまで人間らしく進化したら亜人にはならないよ。フュメの角ですら人から派生することはまずない』

 

 次の「人類の進化:古代」展示場に進む。

 答えはそこで出てきた

 

『「亜人たちはこの時代から突如現れた。発生場所の周囲には魔力を逓減する特異点があったとされている」――竜だ。まぁたやりやがった。あいつら、異世界から亜人を移住させやがったんだ』

 

 碌なことをしないなぁ。

 悪さばかりだ。

 

『いや、悪くはない。今も普通に暮らしてるし、生命の多様性を保ってる。むしろ人間だけだと短期に滅んでる可能性もあった。そこまで考えてるかと言われれば、まったく考えてない可能性は高い。そこが良くないんだよなぁ』

 

 シュウも唸っている。

 唸っている間に人間と亜人の戦闘になった。

 いきなり戦闘の真ん中に取り残されて巻き込まれる。右と左から同時に攻撃がきた。

 

 戦闘自体は苦にならない。

 状況がいきなり変わるのが、なかなか慣れない。

 

 また、風景が変わる。

 今の今まで戦闘していたと思えば、今度は街で人間と亜人が暢気に過ごしている。

 

『あ、噴火した』

 

 は?

 周囲のヒトが見上げたように私も同じ方角を見ると山から火と煙が噴いていた。遅れて爆音とその後で衝撃波がやってくる。

 山のほうから猛烈な勢いで黒い煙が流れてきて、あっという間に街が飲み込まれてしまった。

 

『これ、俺たちの世界にもあるんだ。火砕流に巻き込まれてね。地中に取り残される。後の時代に掘り起こされて資料になるんだ。当時の生活水準や文化を知る非常に重要な手がかり』

 

 その話は後でもいいか。

 服も口の中も全身が泥だらけだ。

 

 そんなことを言っていたら今度は津波で街が流された。

 その次は森林火災、はたまた地震で地割れに巻き込まれて地中深くに飲み込まれる。

 

 なかなか殺意が高いダンジョンだな。

 モンスター自体のピークは過ぎているが、ところどころで殺しにきてる。

 環境との戦いこそが古代人類の戦いでもあったなどとナレーションが流れて終わりとなった。

 

 

「人類の進化:古代」展示場から「人類の進化:中世」展示場へと移る。

 

『眠たいでしょ』

 

 ああ。

 緩いし単調だ。

 ひたすら文化と戦争だ。

 はっきり言って眠い。特に文化。割とどうでも良い。

 戦争も騒がしく面倒なだけでクリアは容易い。どの戦争も似たようなもんだな。

 最初を抜きにすれば、ここが一番簡単じゃないか。中級だろ。

 

『……また変わった。うーん、中世の幅が広すぎるな。ここから一気に難易度が上がりそう』

 

 アサナの世界で見たような金属の箱が地上を走っている。

 さらに金属の鳥が空を飛ぶようになった。

 

 兵器が登場してきた。

 ヒト自体は弱くなっているが兵器の威力はそこそこだ。

 ちょっとヒリヒリするので普通の人間が食らったら死ぬんだろうな。

 

『摩天楼か』

 

 次は高層建物が並んでいた。

 この展示場はとにかく環境の変化が多すぎる。

 ヒトの文化の移り変わりの速さが疲れる。さっきまで軍服を着てたのに、今ではヒラヒラした服を身に纏い戦闘の様子がまるでない。

 多くの人間が舗装された道の上を歩き、居並ぶ店を物色している。

 

『あ、これ。この世界にもこの文化があるのか。心して見てね』

 

 何の話だ?

 

『ほら。すぐ右のベンチの上にぬいぐるみが置いてあるでしょ』

 

 ん?

 見てみると長椅子の上に兎を模したぬいぐるみが置いてあった。

 近くを歩く大量の人間はベンチの上のぬいぐるみなど気にも留めていない。

 たまたま近くを通った子どもが、そのぬいぐるみに気づいた。母親にぬいぐるみを指さしてベンチに近寄っていく。

 

 子どもが近づいた瞬間に、景色が赤と黒に染まった。

 爆発だ。私は吹き飛ばなかったが周囲の人間は近くから消えた。もちろん子どもも跡形がない。

 叫び声と逃げる人たち、遠くからきこえるサイレンの音が響く。

 

 また、次のシーンに移る。

 摩天楼がなくなり、もっと土にまみれた街の中だった。

 人々が叫びながら逃げ回り、建物が爆発する。あちらこちらでずっと音が響いている。

 

『空襲ね。先ほどのぬいぐるみ爆弾テロへの報復攻撃でしょう』

 

 上を見れば金属の鳥が飛んでいる。

 糞を落とすかのように黒い粒が次から次へと私の側に堕ちてきて爆風を起こす。

 

 悲鳴も土煙もひかぬうちにまたシーンが変わった。

 

 比較的大きな街の中にいる。

 見た感じでは先ほどと爆撃を受けた街と同じ民族の人たちだろう。

 

『ばっ……まじか! そこまでやるのか。念のため封印解除と対応のスキルをセットしとく』

 

 シュウがなにやら焦っている。

 私の腕に巻いていた能力を封印じる布きれが落ちる。

 しかし、何がそこまで危険なのかがわからない。その予兆はまったく感じられない。

 金属の鳥は飛んでいないし、車も走っていない。戦闘はしていないし、爆発物もパッと見ない。

 

 ただ、何かパチパチという音がどこかから聞こえる。

 周囲のヒトが上を見上げ、私も見上げた。

 

 太陽が三つあった。二つはこの世界の特徴だからわかる。

 もう一つがわからない。しかも一つ増えた太陽は街の上で燃えている。

 太陽が黄色の光とパチパチという音をたてて、徐々に膨らんだかと思えば、次の瞬間には急激に膨張した。

 

 距離はかなり遠かったはずだが、一瞬で熱波が私のいたところまで押し寄せる。あっつ。

 近くにいた人たちが一瞬で燃えて煤となった。建物も発火していく。

 爆風はすさまじく私も吹き飛んでしまった。

 超広範囲の炎魔法か。初めて見た。

 太陽を作るとは。

 

 街は全て燃え尽きて、太陽が消えた空に大量の空気が流れ込み、周囲は砂埃と炎の嵐で壊滅状態だ。

 私だけが熱と嵐の中に突っ立っている。

 

『再現だけあって本物よりは弱いか。……言っちゃ悪いけど、シエルたちは早めに死んどいて正解だったかもしれない』

 

 まあ、どっちみちこの炎魔法で死んでたんじゃないか。

 

『効果は炎だけど純粋な炎魔法じゃないんだよねぇ。こんなの見せたくないし、ましてや体験させたくない。教科書で事実を伝えるだけの薄っぺらさは認めるけど、疑似体験までさせていいものじゃないんだよ。今の世界で再現されることがないなら、知らなくても良い魔法の黒歴史だ』

 

 人類は自らの作った熱で、自らの築いてきた歴史を燃やしていったというナレーションで本展示場が終わった。

 

 「人類の進化:中世」展示場から「人類の進化:近世とシステムの誕生」展示場へと移る。

 

 

 最初は上空からの景色だった。

 あちらこちらで大きな爆発した様子が映り、都市がすっぽりまるごと削り取られている風景が見える。

 過去の都市と今の都市の様子が比較するように映し出されており、もはや跡形なしと言い切ってよいレベルだ。

 

『さっきの核……大規模魔法の応酬がおこなわれたんだ。俺たちの世界ならこの時点で滅亡。ただ、こっちは魔法だったぶんだけ使える数が少なかったのが救いかな。威力もわずかに弱かった。良いか悪いかはさておきヒトは生き残ってしまった』

 

 人々が兵器を捨てていく様子が見て取れる。

 科学と魔法を掛け合わせて世界の再復興を目指して、ヒトが分け隔てなく手をとりあっていた。

 

『手を取り合って科学と魔法を使っての世界再生ね。その活動を先導したのが、……おぉう、ここに繋がるのか。モゥタンジ氏ね』

 

 知ってるのか?

 目の前に知らない若者が出てきて人々を前に演説をしているが見たことがない。

 

『この世界にきて最初の頃に塔があったでしょ。ま、覚えてないわな』

 

 いや、覚えてるような覚えてないような。

 てっぺんが崩れてた塔だっけ?

 

『そう、それ! やるじゃん!』

 

 あそこに住んでたのがこの人だったのか。

 何もないところだったよな。

 

『研究資料があるかもって荒らされたのかも。それにしては様子が変だったな』

 

 大量の金属製ゴーレムが作られていく、そのゴーレムが燃え尽きた都市を掃除しているようすだ。

 ……そもそもこれはゴーレムでいいんだよな。

 

『どこからどう見てもゴーレムでしょ』

 

 見てもさっぱりわかんねぇんだよ。

 ロボットだったら、お前が訳のわからんキレかたするから面倒くさいし。

 

 そのゴーレムが私を敵と判定したのか襲いかかってくる。

 水と見たことのない魔法での攻撃だ。たくさんいるけどさほど強くないな。

 

『戦闘用じゃないからね。むしろ環境がやばい。放射線が飛びまくってる。埃を抑えるための水まきと除染だね。撤去と再開発のためにゴーレムが活動していたんだ』

 

 景色は変わる。

 撤去しても撤去してもキリがない。

 人口が大幅に減り、その人口を支える食料を生産することすら厳しい時代と示される。

 さらに先ほどの炎魔法の副作用と魔力が混ざり、異形の魔物が出始めて人類は危地に立たされてしまっていた。

 このころはすでにモゥタンジ氏は引退したのかいっこうに映像に姿を現さない。

 

 そして、急激に滅びが目の前に近づいた頃になり救世主が現れた。

 名前が出てくる。モロミツ・ヨロズ氏だ。

 黒髪の青年が手を振っている。

 

『はぁぁ……』

 

 シュウが長いため息をついた。

 それってどういうため息なんだ。

 

 ヨロズ氏が異常な魔法を使っている様子が映し出される。

 彼は魔力の流れを見ることができ、しかも彼の魔法は土地を浄化し、魔力の流れすら変えることができた。

 

 人々は彼を――救世主と呼んだ。

 

 なぁ、これってまさかシステムの?

 

『もう隠す必要はないな。正解だよ。俺も名字は初めて知った。諸光 万か。名前で感じてたけど、名字からして神社の家系だな。世界に光が満ちてそうなハッピーな名前だ。皮肉がきいてるわ。ちなみに同郷人。トリッパーだね。救世主ねぇ。だいたいトリッパーはこのパターン。利用されるだけ利用されてポイされる。彼はポイされずに利用され続けた稀有なパターン。元の世界に還ってないということは、そもそも死んでからの利用が本当の目的だったんだろうな』

 

 ……それって良いことなのか。

 今も利用はされてるし、救世主と言われても過言ではないはずなのだが。

 

『救世主かどうかはおこう。力は本物だ。神に与えられてるからね。ちなみに魔力を操作する魔法は元から世界にある。激レアなんだけど、魔力を見ることができないと基本的に使えないから、素養はあっても暴走させて死ぬパターンが多い』

 

 そんな魔法があるんだな。

 見ることすら難しいのに魔力を操作までできるのか。

 

『俗に言う……、何て呼ばれてる魔法だと思う?』

 

 俗に言うシリーズに新パターンが追加された。

 今回はクイズ形式だ。

 

 うーん、そのまんま魔力操作魔法とか?

 映像の中では救世魔法なんて呼ばれてるからこれじゃないか。

 世界を救う魔法とは格好良いな。ちょっとこそばゆい気もしそうだが。

 

『救世魔法なんて呼ぶのはこんな世紀末の世界だけだよ。俺たちは結果を見てきたよね。世界は救われてた?』

 

 ……いや。

 戦果を消すという意味では彼は成功させたんだろう。

 今も映像で炎魔法の爪痕を消し去っていた。

 人々から賞賛されている。

 

『この魔法はね。俗に「蝕」と呼ばれてる。魔力を操る唯一無二の魔法とも言える』

 

 おお。

 すごいけどなんか呼ばれ方が不吉だな。日蝕とかの蝕だよな。

 間違いなく大きな問題があるだろう。

 

『本来、魔法とは魔力で操るものだ。蝕は逆に、魔力を魔法で操る。その作用かどうかはまだ研究中だけど、循環する魔力とそれがあった部分を使用者の特質で徐々に蝕むってことはわかってる。例は少ないけど使用者の魔力特性に依存すると言われてるね。ちなみに月が近い世界で博士の召喚獣が使えてた。あれは例外みたいなもんだね』

 

 ふーん、変わった魔法だな。

 こいつの魔力特性って何なんだ。お前の国だから碌なことにならないのはわかる。

 

『あのね。俺の国どころか、俺の世界には魔力なんてものがないんだよ。諸光くんに与えられたのは蝕魔法を自由自在かつ無制限に使える力。ついでに魔力を見ることができる魔眼もか。でも彼には魔力の特性どころか、魔力自体がない。そんな奴が蝕魔法を使ってみなよ。そりゃ、綺麗さっぱり戦果は消える。戦果どころか何も残らない枯れた大地のいっちょあがりだ。しかも、蝕魔法は徐々に効果が現れるってのがすこぶる厄介なんだ。最初は魔力の流れが変わったことで、通り道にあった瓦礫やら放射性物質を綺麗さっぱり消しても、徐々に移動した後の魔力自体が霧消し始めてるって気づく。見てきてわかってると思うけど、魔力のある世界で魔力の消失なんてことをやったら劇毒と変わりない。まあ、魔力が見えるなら本人がそのうち消失に気づいちゃったんだろうな。どんな気持ちだったのだろうか。のんびりしてそうだけど精神は――あぁ、やっぱ正解か』

 

 その後の映像が出てきた。

 ヨロズ氏の遺体が映し出されている。

 彼が自死したニュースが出て世界がパニックに陥っていた。

 

 むしろ私が顔をしかめたのはその後だっただろう。

 彼の体を有効活用するプロジェクトが始まった。救世プロジェクトだ。そのまんますぎる。

 

『このプロジェクトはあまりにも都合が良すぎるよね。諸光くんの意思で蝕を使うと魔力をすっかり消してしまうのに、彼を材料にして世界からの魔力を利用しての蝕発動をすれば蝕の効果が世界自身に還元されて魔力増幅と循環の操作ができてしまうバグ技になる。まさに聖遺物。神が与えたもうた奇跡。このために呼ばれたのかぁ。――魔法は意思ではなくその体に宿るとはよく言ったもんだよ』

 

 その言葉って元の意味と絶対に違うよな。

 元の意味は知らないけど、遺体を切り貼りして使うことを想定した言葉じゃないでしょ。

 

 その後の展開はわかりやすかった。

 システムが開発された当初はヨロズ氏の失わせた魔力をシステムが回復させ、さらに戦地の魔力を移動させて無くすことで土地をリセットさせていく。

 

 ナレーションでもヨロズ氏は奇跡の存在だと謳われた。

 凄まじい速度で再開発がおこなわれていく様子も示される。世界が再生の兆しを見せていた。

 

『奇跡は、苛烈な試練とセットってことを忘れてたんだろうな』

 

 シュウの不穏な一言共に本展示場は幕を閉じた。

 

 

「人類の進化:近世とシステムの誕生」展示場を出て次の展示場に歩いて進む。

 

 途中でシュウが話しかけてきた。

 

『いくつか疑問が残る』

 

 疑問?

 

『トリッパーってだいたい竜のどれかとセットなんだ。前に出会った奴はだいたいそう。地球人を異世界に連れてきたところで、まずその日のうちに死ぬことになる。野犬一匹に襲われただけで死ぬ。魔物は言わずもがな。トリップ特典なのかは知らないけど、竜が保護者代わりについてきてくれるんだ。少なくとも映像には出てなかったけど、諸光くんの近くにも竜がいた可能性はかなり高い』

 

 竜ってだいたい碌な事をしないからなぁ。

 彼の側にいて何をしてたんだ。

 

『彼に力を使わせまくって、魔力の消失に気づかせて自死するよう誘導してたのかなって。彼の遺体を研究するようにも仕向けてただろうな。あまりにもプロジェクトの始動が早い。死ぬ前から計画がされてたはず。その後の、研究とシステム開発もうまくいきすぎてる。こんな奇跡の産物が一朝一夕にできあがるはずがない。設計図を渡すくらいしててもおかしくない』

 

 なかなか活動的な竜だが、この世界にはもういないんだよな。

 

『間違いなくいない。こんな魔力循環のない世界に竜はいられない。やることをやって、とっとと出て行ったでしょう。一種の職人気質がある。今後、どこかで会うことがあれば面倒だな。敵に回すと厄介なタイプだ。可能な限り味方に引き込みたい。それが無理なら中立だ』

 

 散々言ってるけど、確かに会いたくはない。

 関わり合うことがないのを祈るばかりだ。

 

 

「人類の滅亡:システムの崩壊」展示場へと移る。

 

 一つだったシステム(体)がバラバラになったところから始まった。

 星の再生がほぼ完了すれば、システムは不要になるが、力を利用したい奴らが分割させて己の都合の良いように使い始めたのだ。

 都市から魔力を奪っての攻撃などが見られるようになり、新たな戦争の形が現れた。

 

『そして機能不全か。そりゃそうだよな。元は一つの体なんだから、バラバラにして同じ活動ができるわけがない。一にして全、全にして一だ。最低の形で、ある種の真理に達したわけだ』

 

 シュウの言うとおりだった。

 システムを分けすぎて、魔力を操作する能力も、増幅させる力もシステムから徐々に弱まっていったと解説が入る。

 何なら魔力の一部だけでなく、世界全体の魔力自体が消失していく現象が発生し始めた。

 

『諸光くんの蝕がゆっくりと侵蝕していって、とうとう星のコアに届いたんだ。生成と循環の核心を蝕んだ』

 

 システムをまた統合させようという話も出たが、けっきょくバラバラになりすぎて叶わなかった。

 各地で紛争が生じ、魔力はまた消失していく。

 

『……ほぼほぼ聞いたとおりだな』

 

 この後の流れは私の見た景色に繋がっていくものだ。

 世界を巡る魔力が徐々に失われていった。同時に世界を構成するモノも失われていく。

 

 最初はシステムから遠いところが砂と礫に変わった。

 オアシスから水は消え、わずかにあった草も枯れて真の砂地になる。

 

 次はシステムに比較的近いところが徐々に消失していく。

 山からは木々と川が失われ、山の土自体が崩れ去ってしまう。

 次に平地の川と建物、海の水位は徐々に下がり、雨も降らなくなる。

 火山の活動は止まって地震すら起きない。イベントが消え去った大地となった。

 星なのだろうか、茶色の球体が示されている。全てが枯れ果てた様子を示しているようだ。

 

 ここで「人類の滅亡:システムの崩壊」展示場は終わった。

 

 

『いよいよ最後の展示場だね。「未来」だ』

 

 ああ、退屈な歴史の授業はもういらん。

 お前の同郷人が出てきたあたりから一切戦闘も爆発もない。

 徐々に展示される物体がなくなり、映像だけのつまらん見世物になった。

 

『いや、実は途中で魔力のほぼゼロ化って環境攻撃をしてきてた。普通は死ぬよ。俺たちにはまったく意味がない。これなら魔力塊をぶつけてこられたほうが厄介だった』

 

 そうだったんだな。どちらにせよ退屈であることは同じだ。

 

 そして最後は未来ときた。

 博物館ができた当初の未来――すなわち今だ。この大地にもはや何もないということはわかりきってる。

 さっさと映像を見て終わらせるとしよう。そもそも未来のことに映像があるのか?

 

『俺の話、ちゃんと聞いてた? 次は間違いなく戦闘があるでしょ。言ったよね。ここで戦闘不能になればシステムに取り込まれるって。システムに取り込まれれば展示される。ここまで言えば「未来」展示場のボスが何かわかるでしょ』

 

 ……倒しても大丈夫なんだよな。

 

『逆。倒さないとまずい。メル姐さんも展示されたいなら別だけど。あるいは展示させ続けたいの?』

 

 いや、あいつらにはやることがあるはずだ。

 こんな来場者もないところで、突っ立ってる暇はないだろう。

 

 

 最後の展示場に入る。

 無駄に広い殺風景のエリアで、彼女たちは三カ所に分かれて立っていた。

 右斜め手前にはシエルとテールが、左斜め手前にはフュメが、そして奥にはアストゥラとフィリアだ。

 

 こちらに気づいても挨拶してくる様子もない。

 どうやらちゃんとボスモンスターを演じてくれるようだ。

 良かった。助けてとでも叫びながら襲ってこられたら戦いにくかったからな。

 この点に関してはダンジョンに礼を言うべきだろう。

 

 

 さて、――存分にやり合おうか。

 

 

『待った。ダメダメ。存分にやり合えない』

 

 踏み出そうとしたところで水を差された。

 シュウの得意技である。

 

 どういうこと?

 

『テールたちはシステムに飲み込まれはしたけど、いちおうパーティー共有で本人たちからの情報の漏洩が止まってる。逆にこちらからの介入もやりづらい状態。つまり、皮膚システムの強化を受けつけないし、他のシステムの影響も止まってる状態。ただの雑魚』

 

 駄目じゃん。

 せっかく最後まできたのに……。

 

『しかもこっちは封印解除の本気状態。消し飛んじゃうよ。敵に塩を送るけどいいよね。俺はともかく、メル姐さんにはやっぱりこのダンジョンは退屈だっただろうから、少しは存分に楽しめるようにしてあげる』

 

 やってくれ。

 ここで剣を五回振って終わりじゃ味気ないにもほどがある。

 

『ちょっと待ってよ。できるかどうかはまだわからないけど、皮膚システムと情報を共有してみるから』

 

 はいはい。

 ぜひとも試してみて。

 ……皮膚システムと情報共有?

 

『……どうも、こんにちは。……できそう? …………いや、こっちの方がいいんじゃない。なるほど、その見せ方はありか。やるな。伊達じゃない。……足りないって。ここまで来てる現実に目をむけろよ。施設を全部造り替えるくらいじゃないと耐えられないぞ。……それはやりすぎじゃない? 隕石と核融合もそうだけど限度ってもんがあるでしょ。……よし。そこを妥協点にしよう。こっちも協力する。――まとまった。ちょっと前の施設に戻ってから、またこっちに入ってきて』

 

 なんか随分と仲が良さそうに話してたな。

 そもそも誰と話してたんだ。

 

『館長だね。博物館だからラスボスとも言える。システムの破片を集めてる途中で干渉してきたし、こっちから干渉もできるって気づいたんだけどクリア後で良いかと無視してた。事情が変わったから、いろいろと情報交換してみたんだ。あ、言っとくと館長とは戦闘にはならないよ。展示をいじるのがボスとしての力だから本人自体は強くない。それで、館長と「未来」展示場をどうするかについて相談してた。今回限りの特別展示だ。楽しんで欲しい』

 

 細かいことはよくわからんけど、特別と聞くとわくわくするな。隠しとかも好きだ。

 早く挑んでみることにしよう。

 

『先に二つほど。俺は助言ができない場面があるかもしれない。とりあえず好きに暴れてみて。難しそうになったら口を出す』

 

 ん?

 よくわからんけどわかった。

 難しそうになることがあればいいんだがな。

 

『ふふふ。それとクリア条件は五人全員の撃破ね。環境の都合上、全員中央付近で陣取るように設置してもらったから、地図音痴のメル姐さんでも迷うことなくまっすぐいけばいい。わかりやすいでしょ』

 

 ……ん?

 とりあえずわかった。まっすぐな。

 

『じゃあ、メル姐さん。存分に攻略を』

 

 どこかで聞いたフレーズでシュウは私をボス戦に送り出した。

 

 

 

 「未来」展示場に戻ってきた。

 

 戻ってきたはずだが、景色が完全に変わっている。

 眼前には白く縦と横に直線的な建物が規則的に並び、中央にはひときわ大きな建物があった。

 いつの間にか私は動く床に乗っており、その都市を見下ろしている。床が降りているようで徐々に都市が私へと近づいてきた。

 

 さすがの私でも覚えている。

 ここってシエルたちがいた都市だよな。

 

『そうだよ。再現してみた。ゴールはわかりやすいよね。あの時と同じ。中央の建物だ。ひたすらまっすぐいけばボスがいる』

 

 それはそうだろうが、ここまで再現できるんだな。驚いた。

 しかし、再現したところで意味があるのか。あの時と同じになる気しかしない。

 

『横幅と奥行きがあるように見えるけど、実際は見えてるだけで横に逸れすぎたり奥に抜けすぎるとバグるから気をつけて。ゲロゴンブレス、黒竜スキルは環境に干渉するから使えない。攻略方針は「なるべくまっすぐ」で』

 

 まっすぐね。シンプルでいいな。

 

 もうじき地上に到着するというところで音が響いた。

 異常な高音が鳴り続ける。

 

 これもあの時と同じだな。

 シエルが慌てて立ち上がったはずだ。

 

 そして音が鳴り止んで、どこかから声が――、

 

《「未来」展示場のみなさん。館長のモゥタンジです。西地区の昇降機から来館者がまもなく降りてきます。かの来館者は異世界からお越しで、本館にて惑星の創生から。生命の誕生、人類の進化とその興亡、システムの誕生を経て、滅亡の迫る未来へと辿りつきました。この星の流れを歩む私たちは、異世界から来た彼女たちに、この星の未来を示さないといけません。みなさんは来館者の対応に全力であたってください。かの者の言葉を伝えます》

 

 以前は女性の声だったが、老人の声だった。

 口調は、今回も同様にゆっくりで、やや嗄れた声が耳に残る。

 

《かの者は言われました――『滅亡に抗う者たちよ。アストゥラの指揮に従え、と』》

 

「宣誓。――私の行動はアストゥラの指揮にあり」

 

 あちらこちらから声が響く。

 明らかにシステムに取り込まれた五人だけではない。

 

《司令の指――こちら司令のアストゥラだ。全員武器を手に取れ。敵は一人だ。怖れることはない! 自分の指揮に従い徹底的に叩き潰せ!》

 

 老人の声が途中でアストゥラに乗っ取られた。

 私の頭の上に矢印が現れる。矢印が私の頭を指していた。

 

《敵をじっくり囲い込め! 消耗させたところで一気に叩くぞ!》

 

『おいおい、暴れ馬が人形から戻ったからって調子に乗ってるよ。四つ足のままなのにね。波に飲まれて惨めに溺れて、フュメを掴んだまま凍死したことを忘れてんじゃねぇの。今度は身に余る力と司令の力に溺れて死ぬのかな』

 

 ゲラゲラとシュウが笑う。

 聞こえないのを良いことに好き勝手言ってる。

 

《囲め! 私も打って出る! 殺す! 絶対に!》

 

 聞こえてるんじゃないのか、これ。

 

『やべ……。共有を切ってなかった』

 

 どうせわざとだろうな。

 

 光を帯びた兵士たちが出てくる。

 ここにいた人間だけではなく、数多くの亜人や謎の熊に乗った人間が私へと襲いかかってきた。

 

 こうして現在の星の主要戦力との戦いが始まった。

 

 

 

 ――戦闘は終わった。

 

 しかも、かなりすんなり終わってしまった。

 

『ごめん。これはかなり俺が悪い』

 

 途中で気づいたが、シュウの最初のアストゥラへの挑発はわざとじゃなかったようだ。

 本当にうっかりミスで聞かせてしまったようで、アストゥラの指揮から冷静さと慎重さが損なわれてしまった。

 

『もともと短気で攻撃的な上に、ワルキューレ見習いの力を得て、各種のシステムバフが乗った。挑発されたからって、全能感に支配されて司令が自分から出てくるとか馬鹿じゃないのか』

 

 挑発に乗ったアストゥラが自ら出てきて、あっさりと私が返り討ちにした。

 確かに単体では超上級ボス並みに強かったのだが大技が多すぎる。ちょこちょこ斬っていき、背中に乗って、心臓を突き刺して終わった。

 

『その後のフィリアちゃんは指揮の継投をがんばってたね』

 

 指揮がアストゥラからフィリアに変わった。

 アストゥラが討たれて彼女自身も動揺はしていたが、最後まで指揮を執っていた。

 

 普通の兵士たちにバフをかけて、私の進行を可能な限り抑えて、シエルの魔法で攻撃。

 私がシエルを狙うことを見越して、テールを防御に立たせ、防いだところでフュメを後ろから仕掛ける。

 さらにフュメで私を釘付けにして、ゆっくりと数を集めて輪を狭めて殺しにくる。

 確かに流れは良かったな。連携もできていたと思う。

 

『作戦が甘い。対ヒトで想定してる。あまりにも正統な削り方だ。自分たちも強化されてるからいけると思ったんだろうか。せっかくダンジョンに挑ませて、対モンスターをさせたのに意味がなかった。それに、一番重要なところに気づいてない。やっぱり視野がなぁ……。まぁ、最後まで諦めずに戦ったところは評価しよう』

 

 やっぱり封印を解くと良くないな。

 能力プラスがついてるとは言え、こんなに圧倒的になるのか。

 

『能力プラスって取得していくほど一回の上昇幅が上がるからね。それに筋力や俊敏力以外も伸びていくから。レベルを上げて物理で殴るの典型。……そうなんだよな。これも見せたことがなかったのが悪かった。まさかこんなに強くなるとは思わないよな。特殊なスキルに警戒して思い切りもなかったし。まぁ、司令なのに突出しすぎた暴れ馬なアストゥラが悪いわ』

 

 暴れ馬を挑発した鹿も悪い。馬鹿どもだ。

 本来はフィリアが止める役なんだろうが、まぁ力が強くなりすぎて無理だったんだろうな。

 

 シエルはやれることをやった印象だった。

 無詠唱魔法はやっかいだが、当たらなければどうということはない。

 

『シエルは現状ではあんなもんでしょうな。魔法だから身体強化の恩恵を受けづらいし、メル姐さんの素早さに広範囲魔法じゃ対応できない。集中型の攻撃魔法も当てられない。魔法を直で当てるんじゃなくて、相手を動かすよう使えばいいんだけど、まだその段階には達してない。雑魚と戦いすぎた代償が出てる』

 

 フュメが一番厄介だったな。能力半減が効いてるのにかなり素早かった。

 それに間合いを滅茶苦茶詰めてくるから、剣を振ってもかわされてしまう。

 

『拳闘士は元の世界じゃあんまりいないからね。間合いを詰め寄るデメリットがダンジョンだと大きすぎる。なかなか良い経験になったでしょ。ちなみにフュメがもうちょっと武術を知ってたら、俺も口を出してただろうね』

 

 基本的にフュメは速さと力押しだからな。

 技もあれば私も力押し一辺倒では駄目だったろう。

 

 最後にテールだが、……あまりにも弱すぎないか?

 挨拶代わりに体勢崩し目的で蹴ったら普通に死んだ。逆に弱すぎて驚いた。

 封印を解除したからって、こんなに力量差が出るものなのか。そこらの兵士よりもずっと弱かったぞ。

 

『力量はそうだろうね。デバフがかかってたから』

 

 デバフ? どういうことだ?

 ここのシステムのバフや、宣誓バフ、指揮システム、それに亜人のシステムもかかってるはずだろ。

 そのへんの兵士ですら蹴りだけでは倒せなかったぞ。

 

『皮膚システムのバフはかかってた。誓断の背反でデバフを食らって、指揮も命令無視でデバフ。公約バフも未達でデバフ。最終的にデバフが勝ってあの弱々状態になった』

 

 えぇ、なんでそんなことに?

 あの真面目な兄がそんな違反だらけなことになると思えないが。アストゥラじゃあるまいし。

 

『兄だからだよ。フィリアちゃんがなぁ。シエルの魔法がメル姐さんにまるで当たる気配がないから、メル姐さんをおびき寄せる囮としてシエルを使う作戦に切り替えた。作戦自体は悪くなかったんだ。せめてテールがどう思うか考えて、命令の出し方や言い方を変えることができていればね……。持ち前の丁寧さで、作戦の趣旨を伝えてしまったのが失敗だろう』

 

 フィリアにシエルを利用されて宣誓も命令も拒否か。

 やるじゃないか、あの兄。

 

『テールよりむしろフィリアちゃんの視野の狭さがなぁ。兄妹とそれなりに一緒にいたはずなのに、テールが何を大切にしているのかまるでわかってなかった。見ていたのは二人の戦術的価値だけらしい。テールは責めないでやってあげて』

 

 兄はモンスター役としては最低だったが、兄としての役割は果たした。責めることはできんだろう。

 それにしてもお前、兄に甘くないか? 男なのに。 ロボットの話を聞いてくれるから?

 

 逆にフィリアには女なのに厳しい。

 こちらはわかる気がする。

 

『テールはそうね。ああいう、使命だー規律だーって言ってる堅物が、感情に揺さぶられてるのを見るのが楽しいからだね。メル姐さんはまだテールの表情やら感情が読み取れてないようだけど、出会ったときから一番変わったのがテールってのはうすうすわかるでしょ。でも、芯は当初からぶれてない。その純粋さが良いんだ。あ、見た目だけだと一番変わったのはアストゥラか』

 

 あははとシュウが笑うが、テールに関しては同感だな。

 表情は読み取りづらく雰囲気もさして変わらないが、いろいろと世界を見て何かが変わってる気がする。何かはわからんが。

 それでも妹を大切にしている点に関しては変わってないと今回でもはっきりとわかった。

 

 フィリアは?

 気づきが悪いってのはわかる。

 

『体は好きだよ。でも性質はどうにも相性がかなり悪い。苦手だね。気づきが悪いし、気づいても何かズレる。ズレてるから新しい視点に気づかされることもあるけど、本当はどこを見てるのかさっぱりわからんのが怖い。すでに立ってるのに座ってるって言うし、目の前にあるのにそこにはないって言う、答えを手にすでに持っているのに何も持ってないって答えを掴んだその手を見せてくる。一緒にいるだけで不安がしんしんと募っていく』

 

 お前にそこまで言わせるって相当だな。扱いが腫れ物を触るようなのはそれでか。

 でも、最初の言葉は要らなかったと思うよ。

 

 

 未来展示場も都市が徐々に消えていき、殺風景なホールが残る。

 ホールの中心に白髪の男が立っていた。

 

 私が近づくと、男は一礼で挨拶をしてくる。

 

「館長のモゥタンジです。先ほどはどうもお世話になりました。最初で最後の来館者が異世界の方と彼と同じ世界から来られた方とは意外ですが、これも運命というものでしょう」

 

 白髪交じりで、声は嗄れており老人だ。展示場に入ったときに聞いた声と同じだ。

 しかし、外見は少し予想外ではあったな。服は着ているが、肌がむき出しの部分に皮膚がほぼない。肌というかほぼ筋肉か。

 何と言うか、見た目がなかなか痛々しい。

 

『贖罪のつもりでしょう。意味ないよ』

「ええ、おっしゃるとおりでございます。しかし、こうでもしなければ私は、私がここに立つことを許せないのです。どうか老いぼれの戯れと受け取っていただければと」

 

 シュウは『はいはい』と話を進めた。

 二人の中でわかりあってるつもりだろうが、私にはさっぱりわからん。

 

『このモゥタンジさんが諸光くんを救世主に躍進させた張本人だ。ゴーレムの除染が無意味と絶望して塔に引きこもってたら、どこかから彼が訪ねてきたんでしょう。彼の力に驚いただろうね。まだ自分にもやれることがあるぞって再起して彼と一緒に塔から飛び出した。でも、彼は――』

「ええ、死んでしまった。それどころか死後も利用され続けている。彼を救世主に祭り上げることをしてしまった私だけは、彼と彼が感じた痛みを忘れる訳にはいかない」

『それで塔からほぼ真反対の孤島で、彼の皮膚と筋肉を使って「世界の果て」博物館か。どうしようもなくエゴだけど、そのへんはわかりやすいからどうでもいいわ。聞きたいことが大きく三つほど』

 

 あまりどうでも良くないんだが。

 いつもどおりと言うべきか、私の理解をおいて話は進んでいく。

 

『一つ目。この後でシステムの再起動をおこなう。未来展示場の五人は返してもらうけど、代わりにいくつか外で手に入れたアイテムや情報は提供しよう。ついでに過去エリアの物品をいくつか頂きたい。動植物の欠片があれば十分。いくつか見繕ってもらえる?』

「かしこまりました。提供いたします。再起動で権限を掌握されるならいくらでも持って帰られることもできるはずですが?」

『権限はもらうけど基本手は出さない。館長は氏に引き続き務めてもらう。博物館としては良い出来だった。俺たちが最初で最後とか言ってたけど、将来的に来館者を増やす予定だから展示の再現性をヒトが耐えられるように変えといて。定期的に情報を送らせるようにしとく。来館者からも生体を完全に奪わなくても情報を抜き取るだけにしておけば未来展示場は埋まるでしょ』

「ヒトが、ここに来るとお思いですか?」

『たぶんね。最後の展示場も「未来」から「現代」に名前を変えた方が良いかもしれない』

 

 館長のむき出しの目がさらにむき出しになって気持ち悪い。

 

『二つ目。諸光くんがモゥタンジさんのいた塔を訪ねてきたとき、あるいは一緒に塔を出た後でも良い。誰か他に一緒にいなかった? 思い出して』

 

 意外な質問だったのか、老人は記憶をまさぐるように手を頭に当てていた。

 

「……いえ、彼は一人でしたよ。『別の星から来た。砂漠をずっとさまよっていた。魔物が怖すぎる』とひどく錯乱しており、初めてこの地で人に会えたと安堵して泣いていたのを覚えています。あのまずい保存食をおいしそうにかき込んでいたのは今となっては懐かしいですね」

『スタート地点が砂漠ね。諸光くんにサバイバルスキルがあったとは思えない。長くさまよってる間、どうやって彼は食事を取ってた? 水もだ? 当時はまだ魔物だっていたはず。どうやって彼は生き残った。彼はあの力を使ってた?』

「はい。見せてもらい驚きました。今でもあの感動を――」

『感動はいい。彼は誰に力の使い方を習った。与えられたからといって、簡単に扱える力じゃないぞ。異常でしょ。もう一回思い出して。一緒にはいたけど人の姿じゃない可能性もある。何か変なことはなかった? 独り言を喋ってたとか。天井や壁をずっとみつめてたとか。いきなり騒ぎ出すとか。何でも良い』

 

 モゥタンジ氏も唸っている。

 自らの言っていることと過去の出来事の矛盾を突きつけられて悩んでいる様子だ。

 最後に例示した特徴は、周囲が私に投げる言葉に似ている。

 

『食料品は定期的に届けてもらってたんだろうけど、塔にあった荷物はどうやって外に運んだの?』

「荷物ですか? 置いたままです。必要最低限の食料品と貴重品だけを持って飛び出しましたから」

『ふむふむ。二人で抜けるには厳しい地だよ。当時は魔物にも襲われたはずだ。モゥタンジさんは戦う力を持たない。諸光くんにもすごい力はあるけれど、身体能力は人並みだ。到底、この二人だけで抜けられるとは思えない。ガイド役がいたはずなんだ』

「それは……」

 

 モゥタンジも黙ってしまう。

 記憶がおかしいと理解し始めているが、どうしても思い出せない様子である。

 私もよく忘れるからわかる。思い出せないものはどうやっても思い出せないんだよな。仕方ない。

 

『博物館のアイデアは諸光くんから着想を得たであってる?』

「はい。博物館の着想はヨロズくんが生前によく言っていました。もっとこの世界の歴史や文化を知りたいと、伝えていくべきだと。私もその考えに強く賛同し、このように館長を務めております」

『よく言っていた、ね……。三つ目の質問。ここのシステム――皮膚と筋肉はどこで手に入れた? 当時は救世の功績でそれなりの地位にあったとしても、個人で二つも得られるとは到底思えない。この離れ小島もこんなにひっそりできると考えられない。システムもやりすぎてる感はあるけど、構成も運用も当初からかなり練られてるはずだ。誰とやった?』

「それ……は…………」

 

 モゥタンジは再度頭に手をつけた。

 明らかにおかしいと気づいているが、何も思い出せない様子である。

 その事実が余計に彼を苦しませているようだ。

 

『認識か記憶をいじられてる。ここまで来て何も思い出せないってことはそういう力の竜だ。塔にあった物体も消してるところを見るに記憶ではないな。ちょっと深く思い出させすぎたか。リセットがてら再起動といこう。メル姐さん。俺で彼を刺して』

 

 悩み続ける老人の胸をシュウで刺した。

 老人は光に消え、彼がいたところに皮膚と筋肉だけの人間が起き上がる。

 髪も目も爪も当然のようにない。元は誰かと聞かれても絶対にわからない状態だ。シンプルに気持ち悪い。

 

『変更はほぼなし。五人を解除と、過去の動植物の欠片をいくつか……多いな。手際が良い。構成と運用はもしかして本当に一人でやってたか。まぁ、いい。五人が復活する前にさっさと再起動をかけよう』

 

 ここは巻き込まれる心配はないのか?

 

『ない。対象が環境じゃなくて個別で明確だからね。保険は……まだわからんな。念のため入れとくか。アイテム袋を開いて』

 

 浮いていた皮膚が細切れになっていき、床にバラバラ落ちて、溶けるように消えていく。

 ついでにシュウから言われたアイテムも床にばらまく。皮膚と一緒にアイテムも飲み込まれて消えていった。

 

『さて、メル姐さん。長かったね。最初にして最後のダンジョンだ』

 

 

 

5."併行と並行の分岐点"

 

 ダンジョンの名前が示された。

 

 しかし、距離も矢印も示されることはない。

 四つのダンジョンを攻略してようやく五つ目で最後だが、場所も距離も不明とはな。

 よく見ると、攻略しろとも書かれてない。

 

『全て間違ってる。まず数。ずっと数え間違えてる。ここは四つ目じゃない。五つ目だ。そして、場所と距離はここだからゼロ。もうすでに攻略済みでここに現れてる』

 

 しかし、どこにもシステムらしきものはないが?

 それにそんなところを攻略した記憶自体も私にはない。――ああ、そうか。

 

『そう。記憶を消す前に攻略した。攻略って言っても話を聞いて再起動をかけただけなんだけどね。ずっと矢印が出てたでしょ。あれが一つ目のシステムの効果だよ』

 

 そっちは納得できる。

 今まで当然のように出てきてたけど、掌握済みのシステムだから矢印やら距離が出てるんだよな。

 

『そのとおり』

 

 わからないのは場所だ。

 ここに現れていると言ったが、どこにあるんだ?

 見えないぞ。姿が見えない形式なのか? 最後のシステムは心か何かか?

 

『心――近からず遠からずかな。物理的には原点と一体化させてるから見えないだけなんだけどね。よし、併行の解除が承認された。後ろに下がってみて』

 

 よくわからないまま足を後退させる。

 私の頭から赤い物体がニュッと出てきた。

 驚き、足をひっかけて尻餅をつく。見上げると私の頭があった場所に脳みそが浮かんでいる。

 

『じゃーん。これが最初のシステム。気づいたとおり脳みそだよ』

 

 …………は?

 えっ、どういうこと?

 私の頭の中から脳が出てきたってことは私の脳がシステム?

 

『そんなわけないじゃん。メル姐さんの脳じゃ使い物にならないよ。ほらほら、せっかくだから触ってみなよ』

 

 そんな気軽に触ってみろ言われてもな。

 恐る恐る立ち上がり、指も怖々と近づける。

 触ったと思ったが、指は脳に触れた感覚がない。

 そのまま手ごと脳をすり抜けてしまう。

 

 このダンジョンでもあったな。

 映像ってことか?

 

『違う。ちゃんとある。存在がぶれてるだけなんだ。ここにあってここになく、どの世界にも存在しうるけどどの世界にも存在し得ない。これが脳によるシステム――併行と並行の分岐点だよ』

 

 紹介がまるで意味不明で紹介になってない。

 なんだこれ。どういうこと。

 

『記憶を消しすぎたな。ちょっと前編の前書きまで戻ろうか。メル姐さんは爽やかな道の中でダンジョンにむかって歩いてた。そこは覚えてる?』

 

 覚えてる。

 前編の前書きってのはわからんが、元の世界で覚えてるのはそこまでだ。

 

『そう。ちょっとずつ思い出していこうか。挑む予定だったダンジョンの名前は?』

 

 上級ダンジョン――大地の臍だった。

 

『そうそう。地下にひたすら潜っていくダンジョンだったね。ボスは?』

 

 地底の脳みそパンデモニウムだろ。

 思い出してきたぞ。脳みそが岩に囲まれて、地面魔法を次から次へと撃ってくる奴だった。

 邪神様を使うと一発だから、使わず倒してみようぜってことになったはずだ。

 

『いいじゃんいいじゃん。ダンジョンが絡むと記憶の戻りが異常に早まるね』

 

 倒してるうちにどんどん地下に潜っていって、最奥まで行こうってなった。

 フィールド型だからボスも複数体出てきて、地下に行けば行くほどあっちこっちからボスが出てきて脳だらけになったんだよな。

 えっとそれから――、

 

『俺が言ったんだ。「ボスをまとめて倒したら隠しアイテムがあるかも」って』

 

 そうだ。そうだった。隠しという言葉にわくわくしてやってみたんだよな。

 せっかくだから集められるだけ集めて邪神様で一気に固めて破壊してみようってことになった。

 ボスをひたすら集めて、地下の地下――地底の最終地点まで辿りついた。

 

 追ってきたボスの固まりまくった岩石バリアを邪神様で一気に壊した。あれは気持ちよかった。

 岩の守りもなくなって、さあ、脳みそボスを一気に倒すぞと息巻いて迫ったら――。

 

『迫ったら何があった?』

 

 …………脳みそが一つだけになっていた?

 隠しアイテムじゃなくて隠しボスだったって喜んで、お前で斬ってみたけど斬ることができなかった。

 

『そう、異世界に並行かつ併行させて存在がぶれてたからね。その後は?』

 

 ……お前が交信した?

 話してた記憶はあるが内容は思い出せない。

 ひたすら小難しい話だったような。それで依頼を受けたんじゃないか。

 

『依頼内容とかその後は?』

 

 …………駄目だ。まったく思い出せん。そこから先は異世界で全方位荒野の記憶だ。

 やってることからしてダンジョンを攻略してくれじゃないか?

 

『――あぁ、それで良いや。報告してあげて』

 

 え?

 私が?

 脳みそに?

 達成の報告を?

 

『そりゃそうでしょ。俺も賛成したけど依頼を受けたのはメル姐さんだよ。メル姐さんが報告するのが筋ってもんだ』

 

 そう言われればそうだけど、なんか釈然としない。

 

 とりあえず脳みそを見る。

 私は脳みそを見るが、脳みそが私を見ているかはわからない。

 

 システムの攻略を終えた。

 骨、神経、内臓、髪、皮膚、筋肉、それに脳か。

 あれ? もう一個なかったっけ?

 

『そこは攻略できないことが前提だったから大丈夫。攻略できるところは全て攻略できてる』

 

 じゃあ、これで全部攻略完了だ。

 依頼は達成で良いのか?

 

『ちょっと待ってね。俺がそのまま伝えるから』

 

 え?

 聞こえてるんじゃないの?

 

『脳だよ。目も耳もないのに聞きとれるわけないでしょ。俺が信号で送らないと伝わらない』

 

 それはそうか。

 ん? 私に言わせる必要あったか、それ?

 

 シュウは返事をしない。

 代わりに文字列で返答があった。

 

"システムのアクセス権の復元を確認。依頼の達成を確認しました。"

 

 無機質な文字だ。

 報告はこれで良かったらしい。

 

"全システムによる心臓へのアクセスを要求(リクエスト)。…………失敗。再要求…………失敗。再要求……"

 

 その後もずっとリクエストと失敗を繰り返している。

 

"リクエストが規定数に到達。心臓の機能不全を確認。ただいまより全システムのリソースを消費して心臓の再起動を――"

『待った。もう良い。止めて』

 

 文字の途中でシュウが止めた。

 

『本気さは伝わった。疑ったことを謝罪しよう』

"疑うとは?"

『俺はね。君が他のシステムを全部止めて自殺するつもりじゃないかって疑ってたんだよ。世界を救おうってのは本気ってことがわかった。でも、やっぱり自殺に近い。どう考えても心臓をより活性化させるにはエネルギーが不足してる。エネルギーのムダ遣い』

"疑念は把握しました。復元が不可能かどうかはやってみなければわかりません。心臓の再起動を開始します。……全システムからリソース提供の拒否反応を確認"

『俺が保険で他システムへの魔力提供をできないよう別々の不純物をばらまいておいた。時間稼ぎではあるけど、すぐには統合できない』

"説明を要求します"

 

 どうやらあっちこっちでシュウが保険と言っていたアイテムのばらまきがここに来て発動したらしい。

 詳しいことはわからないが心臓システムの復元を止めているように聞こえる。

 

『簡単だよ。復旧策が見つかった。もっと大本から正すやり方がね。まずはこっちの方法を試させて欲しい。それにそっちのやり方だと成功にしろ失敗にしろ、後が大問題になる。リソースやシステムを犠牲にしないで成功するならそれにこしたことはない。時間としては魔力の提供が復旧する時間よりずっと短いと思うがね。返答や如何?』

"要求を承認します"

 

 よくわからないが承認された。

 シュウはこの後で何かをやるつもりらしい。

 

『もう一つ要求しよう。前に拒否されたけど、心臓の機能が復旧したらそっちの記憶と感情も併行させて。心臓が復旧した後はそれがあるかどうかが世界の再生の鍵になるうる。理由を説明する気はない。伝えても理屈では理解できないだろうから。もちろん他に世界の救済で良い手法があるなら拒否してくれてかまわない』

"…………心臓が復元された場合、要求を承認します"

 

 話は終わったらしい。

 この後で脳みそがまた私の頭の中にしまわれた。

 感覚はまったくないのだが、なぜか気持ち悪さを感じる。

 

 話が終わってちょっとしてから五人が時間差をおいて復活した。

 

『お、みんな復活したね。無事に攻略は終わったよ。さあ、お家に帰るがてら最後の心臓を目覚めさせようか。覚えておいてね――家に帰るまでが遠足だから』

 

 この時点で全員に嫌な予感がした。

 

 予感をうまく言葉にできないまま私たちは博物館を出ることとなる。

 

 

 

6.衝撃と循環の核心

 

 ↓ 6,360

"衝撃と循環の核心"

 

 矢印は前方も後方も、それどころか右も左も向いていない。

 真下を向いている。しかも、それなりの距離がある。

 

 これはつまり星の真反対ということか?

 

『残念外れ。最後のシステムは星の内部、ほぼ中心にある』

 

 ……どうやっていくんだ?

 ああ、わかった。そこに繋がるダンジョンがあるんだな。

 

『あるわけないじゃん。あるわけがない』

 

 一度小馬鹿にされたような声で言われ、すぐに真面目な声で否定された。

 大笑いされて否定されるよりも地味に効くな。

 

『最初から位置はわかってたんだけどね。打つ手がなかった。まずここにいけないし、行けないからと言っても簡単には取り出せない』

「転移の魔法があると聞きました。それで取り出しては駄目なのでしょうか」

 

 それもそうだな。

 シエルに教えたらできそうじゃないか。

 

『とてつもなく難しいから現時点では無理と言える。システムって、周囲の魔力を利用して魔法っぽいことをしてるけど、システムそのものに魔力はないんだ。めちゃくちゃ工夫した魔法じゃないと転移できない。次は、そもそもどうやって持っていったかが気になるんだろうけど、別のシステム同士の干渉で持っていったんでしょう。システムだけでも難しいか。どこかの竜も手を貸したかもね』

 

 例のヨロズ氏を騙した竜か?

 

『絶対違う。そいつはとっくに消えてたはず。最後まで残って星を救おうとした竜がいたんでしょう。で、話をひっくり返すとね。このシステムはそもそも取り出しちゃいけない。この心臓システムは最後の手段だ。AED――応急処置と言っても良い。しかもまだいちおう動いてる。血と血管までは使ったけど、パーツがたりず、出力が絶対的に足りてない』

 

 脳システムが全システムのリソースを使って動かそうとしてたな。

 お前が止めたようだけど。

 

『……まあね。成功率は低い。はっきり言って手遅れ。最初あたりなら全パーツを結集してやれば何とかなっただろう。心臓のシステムは現時点で最高の構築と運用になってる――にもかかわらず出力不足で機能不全だ。心臓のシステムをどうこうしたところで無理と判断すべきだろう。それなら心臓のシステムを強めるんじゃなく、惑星の核の活動の方を強めるアプローチの方がいけるんじゃないかと俺は見た』

 

 地下深くの核に強化魔法をかけるのか?

 どれほどのバフがいるのか想像もつかないんだが。だいたい届かないだろうし。

 

『強化魔法なんて意味ない。死んでるわけじゃないから壊れない程度にとてつもない衝撃を周期的に与えればいける』

 

 それが無理じゃないの?

 ずっとずっと地下だろ。ゲロゴンブレスや邪神様でもできるとは思えない。

 

(コア)に届く衝撃なんて生み出せるわけがない――そう考えていた時期が俺にもありました』

 

 できるのか?

 どうやって。って聞くまでもないな。チートだろ。

 

『大正解。さて、メル姐さん。できることがあれば協力するって言ってくれたよねぇ。待望の動く姿が見られるよ。しかも特等席でねぇ!』

 

 シュウはかつてないほど、ネットリとした楽しそうな声である。

 

 何の話かわからないが嫌な予感がさらに増していった。

 

 

 

 数日後、私たちは亜人たちの首都を襲撃した。

 

 ほんの十日ほど前に議会で臭いテロを起こし、そして今日はもっと派手に襲撃だ。

 本来の襲撃であれば深夜から明け方にかけてが定石だが、はっきりとした脅威を示すため昼前に堂々と襲撃だ。

 巨大ロボットのいる側から都市の方へと圧倒的な力を誇示しての襲撃である。

 

 アストゥラやシエルが派手な大技や魔法で亜人たちを都市の外へとおいやっていく。

 私も恐怖の付与を与え、周囲に感染させてどんどんと亜人たちを都市の外へと逃げさせる。

 中途半端に残すなら倒してしまった方が良いとのシュウの言なので容赦なく倒していく。

 

 建物の方に極力被害を与えず、さらに建物内部にヒトを残さないようにする。

 さらに三方向で別々に襲撃し逃げる方向も分散させ、密集させての圧死を減らすようにした。

 フュメはロボット側にきた奴を止める役目だ。止めるだけで倒すのは私たちが戻ってからやる。

 

 一足先に私が都市から引き上げ、巨大ロボットの近くへと戻る。

 そこには襲撃に加わっていなかったテールが待っていた。

 

『待たせたね。それじゃあいこうか』

 

 すでにコインのスキルでロボットの補修は終えている。

 操縦席にもテールを伴って入ってみていた。一人しか入れないとのことなので、私はロボの肩に乗って待機となる。

 

 操縦席に入っていたのは確認したが、これ本当に動くのか?

 遠くでみても土にまみれていたが、肩の上まで乗ってみてわかったが、もはや大きな土像だぞ。

 シュウは返答せず、鼻で軽く笑うだけだ。見ていろということだろう。

 

「システムは全て正常。稼働させます」

『オッケー』

 

 おっ。

 ロボからテールの声が響いたな。

 

 低い音がロボから聞こえる。

 音とともに小さな振動が発生し、ロボの表面から土がボロボロと落ちていった。

 

『こちらでも動力炉の起動を確認した。焦らないで。まずはセンサー系統を確認しよう』

「了解」

 

 テールが返答する。

 センサーの系統を次から次へと述べていき、それが動いていることを報告してくる。

 シュウもその報告を聞き、次にどこを確認してと指示を出していた。

 

「駆動させます」

『オッケー。上からゆっくり行こう。慎重にね。まずは頭から首にかけて』

 

 私の横にあったロボの首が上、下と動き、横を見て目が合った。

 真っ暗だった目の部分が今は淡い光を放っている。

 

「そちらの姿も確認できました」

『うん。こっちも目の光を確認した。次は肩周り、そのあとで腕、指とつづけて』

 

 テールが了解と返答し、それぞれ動かしていく。

 肩が大きく動き、私もバランスが悪くなったので頭の上に飛んで逃げる。

 

「肩から指にかけて問題ありません」

『いいね。素晴らしい。ロボの鼓動を通して、かつての技術者や職人たちの魂を感じる』

 

 テールは返答しない。

 私は意味不明だが、兄が正直どう思ったのか教えて欲しいところだ。

 それよりも都市から逃げた亜人たちがこちらに気づき、ぎゃあぎゃあと騒いでいる。遠いのであまり声が聞こえないのはいいな。

 

『次はいよいよ胴体から下だ。片方ずついこう。右の埋まりが浅いから右だね。ちょっとでも抵抗や抜けがあれば止めて』

「了解」

 

 足もゆっくりと動き、とうとう地面から両足を取りだした。

 完全に地面に立っている姿となっている。

 

『ふう。なんとかここまで来たね。次はいよいよ移動か。まずは右足を踏み出す』

「了解。右足を進めます」

 

 ロボがゆっくりと右足を前に進めた。

 遠くにいた住人も最初は騒いでいたのだが、今は静かにロボの動きを見守っている。

 

『いいね。右足を戻して』

 

 ロボが右足を戻す。

 元に戻ってしまった形だ。

 

『右足を後ろに。それができたら左足も右足と同じ位置まで』

 

 何度か足の動作を確認してロボをゆっくり都市から離す。

 あまりの緩慢さに立ってるだけだが疲れてきた。

 もっとパパッとできないのか。

 

『この後からちょっと速くなる。方向転換はできたね。移動しよう。ここでは都市に近すぎる』

 

 ロボがゆっくりと足を動かして都市から離れていく。

 都市が小さく見えるぐらいになってからようやくシュウの停止がかかった。

 

『うーん。近すぎるかな』

 

 十分すぎるだろ。

 どんだけ離れれば気が済むんだよ。

 途中で追ってきた亜人とかをアストゥラやシエルが追い払ってるぞ。

 

『いや、近い。絶対近い。追ってくるような距離は近すぎる。もうちょっと離れよう』

 

 マジかよ。

 

 さらにロボは歩き続け、とうとう都市が見えなくなった。

 昼前だったがすでに日が傾きかけている。

 

『うーん、まだ近いかも。もうちょっと歩こうか。実行は明日になっても良い』

 

 良いわけねぇだろ

 お前、いい加減にしろよ!

 都市とかとっくに見えんぞ。さっさとやれ!

 私だけじゃなくてアストゥラやフュメもいつ歩くんだって呆れてるだろ!

 

『せっかちだな。そこまで怒ることないだろうに。女性陣がお怒りなのでここらでやろうか。テール、片膝をついて。オッケー。片腕を地面につける』

 

 テールもロボを器用に動かしてシュウの指示を達成していく。

 ロボットが片膝立ちで拳を地面につけている。

 

 まるで王から大役を拝命する騎士のようであった。

 

『ちょっと待ってね。テール。指示するまで絶対に動かさないでね。――絶対だぞ』

「了解」

 

 シュウの声がマジなやつである。

 テールはいつもどおりの返答で安心感がある。

 

『ロボのスキルをいくつか発動させる。それに攻撃力もいじってと。――準備完了』

「もういいの?」

 

 あまりの準備のあっさり具合にシエルもやや意外だったようである。

 準備完了の声と同時に私の背中に嫌な汗が流れてくる。

 

『気づいたかもしれないけど、ここ、危ないから降りた方がいいよ』

 

 ああ、そのようだな。

 すまん。私はなめてたかもしれない。

 今のこれ、都市との距離はやっぱり近いのか。

 

『まあそうね。でも、他の都市にも近づいちゃうからこのあたりがやっぱり限度かな。ロボはね。俺のチートと相性がとっても良いから覚悟してもらった方が良い。封印も解除しとくね。シエルたちはもっと離れて。ロボが見えるか見えないかの位置でちょうど良い。ここにいると即死するよ。メル姐さんは遠すぎるとスキルが切れるからギリギリの距離で見ておいて』

 

 それぞれ移動する。

 私はまだロボが余裕で見える位置だ。

 アストゥラやシエルたちは見えない位置に消えてしまった。

 

『じゃあ、やろうか。俺の口上を続けて。その後で手首から先の力だけで大地を押して』

「了解」

 

 シュウがふぅーと深呼吸をした。

 

『いくぜぇ! これが俺たちの全力! チェスト! コンプレッション!』

「いくぜ。これが俺たちの全力。チェスト。コンプレッション」

 

 テールのは明らかに棒読みだった。

 たぶんシュウみたいに叫んだところで威力には関係しないから別にいいのだろう。

 

 大地が揺れた。

 上下に大きく揺れて、その後で空気の衝撃が私を襲う。

 

『まだ弱いな。次は肘から先の力でやって。チェスト! コンプレッション! バーストモード!』

「チェスト。コンプレッション。バーストモード」

 

 大地がめり込んだ。

 その後で土埃が一斉に空に舞い上がる。

 地面からの衝撃で空を飛んでいた私にさらに空気の衝撃が襲いかかった。

 

『うーん、マントルくらいかな? 地表にだいぶ衝撃が逃げてる。それにまだ弱い。次は肩から先の力を使う。手を握ると表面で吸われるな。手は開いた状態の方がよさそう。この体勢も悪い。もっと心臓を激しく鼓動させなきゃならん。片膝立ちはやめて両膝をつこう。片手じゃなくて両手でやるから重ねて。もっと大地の奥底に魂を響かせる感じにしよう』

「了解」

 

 ちょちょちょっと待て!

 これが弱いのか、封印解除の状態で吹き飛んだぞ。

 

『弱いよ。メル姐さんも突っ立てるだけとかなめてんの? ちゃんと俺を地面に突き刺して、腰を落としといてよ。次はもっと強いし連続でやるからね』

 

 次はこれより強い?

 しかも連続でやるだと。

 

『じゃあやろう。――CPR準備完了。チェスト! コンプレッションズ! フルバーストモード!』

「しーぴーあーる準備完了。チェスト。コンプレッションズ。フルバーストモード」

 

 予想とは裏腹に大地はさほど揺れなかった。地表がさざなみのように波打つ。

 そして、大地の底から聞いたことのない低音が響いてくる。

 

『続けていくぞ!』

「続けていくぞ」

『まだだ!』

「まだだ」

『こんなもんじゃない!』

「こんなもんじゃない」

 ……。

 

 何度か叫びつつやっていく。

 揺れはしたが思ったほどじゃない。

 それが逆に怖くなってくる。なぜ強くしたのに弱くなるのか。

 

『ストップ! …………来た!』

 

 小さな揺れが始まった。

 先ほどから響いていた低音が徐々に大きくなって近づいてくる。

 

『テール! すぐに脱出して! そこは危ない! メル姐さんもテールを掴んで遠くに逃げて!』

「了、解……」

 

 ロボの音が掠れていた。

 揺れの大きくなる中で、ロボの出入り口が開きテールが見えた。

 私はテールの腕を掴んで外にひきだし、すぐさまロボを蹴ってとにかくロボから離れる。

 

 まず地面が割れた。

 ひび割れとかそんな規模じゃない。

 寒い日の凍った水たまりの表面を砕くように大地が大きく砕けた。

 割れたところから赤い液体が噴出してくる。その中をがむしゃらにテールを抱えて走って行く。

 

「ロボットが飲み込まれていきます」

 

 テールが惜しむような声で呟いた。

 首だけ振り返ると赤い液体にロボが徐々に飲み込まれている。

 

『たぶん溶けないから後で地表に出てくる。今はそれどころじゃない』

 

 そのとおりだ。

 崩落に巻き込まれて死ぬぞ。

 

 立ち止まったうちにまた立っているところが割れていく。

 ひとまず大地からとにかく走って逃げる。途中でシエルたちとも合流してバフをかけて走っていった。

 

 

『いやぁー大成功だね。コアは活動を再開し、心臓システムが適用できるに至った。後はほっときゃ良い。巨大ロボの面目躍如ってもんだ』

 

 誇らしげである。

 やってやった感が言葉の節々から感じられる。

 

 あ、そうなのね。

 ときどき地面が揺れて気持ち悪いけど大丈夫なの、これ。

 

「ま、魔力の循環が、は、八割を超えています」

 

 フィリアが魔力を観測し、結果が信じられないと打ち震えている。

 アストゥラも「何だと」と驚いていた。

 

『やべ、この時点では七割くらいかと思ったけどペースが早すぎるな。やり過ぎたか? まぁ、表面の魔力の流れが増えたところでさほど重要じゃないんだよな。じゃあ、逆順で戻っていこうか』

 

 

 亜人の都市を知らんぷりして、そのままフュメのいた集落に移動していく。

 

 途中で何度か地震が起き、都市も被害が起きていた。

 あれ? と思ったのは雨が降ったことだ。あまり降られた記憶がない。

 私は濡れるのがあまり好きじゃないが、この世界での雨は天からの恵みという認識は共通のようでフュメやアストゥラも喜んで雨を浴びている。

 

「そんな、雨にもこれほどの魔力が?」

 

 フィリアがまたしても衝撃を受けている。

 ここ数日は魔力魔力とずっと衝撃を受けて忙しい。

 

『フィリアちゃん。いまだに俺に魔力がないって気づいてくれないんだよね……』

 

 シュウがちょっと寂しそうだ。

 

 途中で溶岩が地面から噴き出すというハプニングはあったが、久々にフュメの集落に辿りついた。

 フュメは不安がっていたが、集落はちゃんと残っていた。

 

 フュメが住人を心配していたように、住人もフュメを心配していたようで互いに抱きついて喜びを分かち合っている。

 大地の揺れと溶岩の噴出、降水と世界の終わりじゃないかと住人たちが心配していたのをフュメが心配するなと安心させていた。

 

 集落で一夜を過ごし、朝を迎える。

 ここでフュメと別れることになった。

 どうせなら一緒に来てくれても良かったのだが、やはり彼女はここにいるべきなんだろう。

 

「世話になったね。良い経験になったよ。またいつでもきな。あんたたちなら歓迎するよ」

 

 ああ。

 近くを通ることが寄らせてもらう。

 

「おい。あんたたちもだよ。人間は嫌いだが、あんたたちならまた泊めてやっても良い」

「……もしもそのような事態になれば泊まってやろう」

「フュメさん。お世話になりました」

 

 素直じゃないアストゥラに代わって、フィリアがお礼を伝える。

 フュメもわかっているのか。笑って人間二人を見送った。

 

 シエルは別れに慣れておらず、ちょっと泣いていた。

 テールはよくわからない。

 

「なんて顔をしてんだい」

 

 フュメがシエルの目尻をこする。

 

「聞きな。あたしはサマベルのアングドット、クランプノスの子、ソフォス=シン=フュメだ!」

 

 フュメがいきなり名乗りをあげた。

 先ほどまではシステムから追放されてただのフュメになっていたが、シュウが戻しておいたらしい。

 

「聞こうか。あんたはいったい何者だい?」

「オラクルのアポストロス、メルの子、……プロミスメイジ=上位=シエル」

「言えるようになったじゃないか。でも、まだ思い切りが足りない。あたしはあたしのままでここにいる。あんたの活躍が聞こえてくる日を楽しみにしてるよ。また、巡り会うべき日に会おうさ」

「…………うん。うん。……うん!」

 

 こうしてフュメと別れた。

 

 

 

 次は人間たちの領土だった。

 

 フュメの集落が境界線近くなのですぐ隣とも言う。

 かつて人間の司令部が置かれていたところにやってきていた。

 

『どうする? ついて来てもいいし、来なくても良い。来たらいろいろ見られるかもしれないけど、そこまで必要なこととは思えない。もう自分で答えを見つけられるところまで見せてきたつもりだよ』

「はい。自分の気づきの悪さに猛省するばかりです。私はすでに答えを手に入れていたんですね」

『うん。そこはほんと反省して』

「ひどいです、シュウ」

 

 シュウとフィリアがわかりあっている。

 仲良く別れられそうで良かった。

 

 テールはアストゥラと真面目そうに何かを話している。ときどき私を指さしてきている。なんだろうか?

 あの二人は根は真面目同士でなんだかんだで仲は悪くない。

 

 フィリアもシュウとの話に満足したようだ。

 一息ついてまとめの言葉を継げた。

 

「大地を豊かにするためには、大地を大切にするのではなく、大きな衝撃を与える必要があったのですね」

『ヒュッ』

 

 シュウの時が止まったようだった。

 フィリアはアストゥラと合流し、一緒にシエルとテールに別れを告げている。

 

「お前らは筋が良い。一緒に来ても良いんだぞ。私が取り立ててやる」

 

 アストゥラがシエルたちを勧誘していた。

 私もその道は有りだと思っている。シュウは私をスタート地点付近まで戻らせようとしているようだが、わざわざついてくる必要はない。

 

「メルについてく」

 

 シエルは私に言ってるようだが、アストゥラの馬足にしがみついていた。

 お気に入りだったもんな。背中に乗せてもらってたし、尻尾でペチペチ叩かれてもいた。

 ぬいぐるみの時からずっとシエルはアストゥラを抱いていた。

 テールはどう思っているのかよくわからない。

 

「また、……背中に乗せてくれる?」

「お前が我が麾下に加わるというなら考えてやってもいいぞ」

 

 まさにその胴体と足は大丈夫なのか?

 どうみても人間じゃないぞ。足の数が違うからな。私でもわかる

 

「……戦力が活用できると示せれば良い。示せないなら私がトップに立つまでだ」

『示す時間が無駄。メル姐さん、地面に俺の指示したとおりに書いて』

 

 シュウが復活した。

 難しい文字かと思ったが直線を四本書くだけだった。

 

 ᛗ

 

『マンナズと読む。広く「人間」を表してる。これを自ら体に刻んでみて。下半身が良いと思う。最終的には指でもできるだろうけど、今は無理だね。ナイフで刻み込んで』

 

 アストゥラがナイフを手に自身の胴体に刻んだ。

 

(マンナズ)

 

 文字が光を帯び、胴体から下が形を変えていく。

 四本のうち、二本が消え去った。

 ……尻尾が残ってるよ。

 

『刻み方が甘い。意味の把握もだ。上からもっかい刻んで。ついでに:(ライドー):から魔力の意識を薄める』

 

 アストゥラが痛そうな顔をしつつも再度ナイフを体に入れる。

 光が満ちて、尻尾が今度こそ消え去ってしまう。

 

『魔力が通ってるのがわかるね。馬に戻りたいときは:(ライドー):に魔力を通して、:(マンナズ):から魔力を消す。戻りたいときは逆。必ずどちらかは起動する。しっかり他のヒトの言葉を聞いて心を制御できるように。フィリアちゃんをもう泣かせるな。返事は?』

「うるさい奴だな。お前に心がどうこう言われたくはない。だが、ヒトの足に戻ったことと力を与えたことについては礼を言う。私の覇業の糧となったことを光栄に思うが良い」

『ふん、いいだろう』

 

 ……礼は、言ったか?

 言われた側も納得してるようだから別にいいか。

 

『あ、それとしばらくしてから大きな変化が起きるかもしれないけど、それはだいたい俺たちのせいだから気にしないで』

 

 …………まだ何かする気か、お前。

 

「期待してしまいますね」

『運が良ければ循環率が九割を超える』

「……本当に? やはりついていっても良いですか?」

「フィリア」

 

 アストゥラに呼び止められてフィリアは我に返った。

 

『万が一成功して、実演を見たところで絶対に真似できないから、うまく利用して生きていって。戦争はもうしないでね』

 

 シュウが言うには成功率が低いようだ。

 期待しないでと言っていた。

 

 私たちはアストゥラとフィリアとも別れた。

 

 シエルとテールという懐かしのメンバーで彼らの故郷の方面を目指すことになる。

 

 

 

7.彼と彼女の細道

 

 シエルたちの故郷に行く途中でも地震が何度もあった。

 

 さすがに遠い。

 この世界に来てからひたすら走ってる気がする。

 

『まあ、余裕で惑星一周分走ったね。チートスキルも手に入った。ほぼ称号だから何の役にも立たないけど』

 

 駄目じゃん。

 それより教えてくれ。

 どうしてシエルとテールの故郷に戻るんだ。

 途中でスタート地点に寄るって話だったけど何の意味がある?

 

『今のままでも循環率はそれなりに高いんだけど、あと二段階まで上げられる可能性がある。スタート地点に戻るのはそれでだね』

 

 シエルとテールの故郷は?

 

『そっちはスタート地点の方が成功しないと何にもならない。未完成だったものを完成させに行くというのかな。できれば見せておきたい。心残りを片付けに行ければいいんだけど行けるかなぁって』

 

 どんどん語尾が弱まっていった。

 珍しく自信がないな。

 

『見たことはおろか会ったこともない存在が絡むからランダム要素が大きすぎる。推論の素材も足りなさすぎる。脳もきちんと対応してくれるかわからない。バグも成功するかわからない、その後も有効かどうかが不明。わからないことだらけだ』

 

 

 そんなことを言いつつ、スタート地点に帰ってきた。

 帰ってきたようだが、本当にここがスタート地点なのかすら私にはわからない。

 

 全部同じような風景だ。

 スタート時と比べて地震と雨が増えた気はするが、それ以外で大きく変わったところはない。

 シエルやテールに言わせれば魔力の量が大きく増えているようだが、私に魔力を感知する力などないのである。

 

『さて、久々に脳との交信だ。ここからが一番の賭けだね――心臓のシステムを活動できるようにした。記憶と感情を戻して』

 

 ……ロボットは賭けじゃなかったのか。

 

『あっちは上手くいくだろうなって確信があった。なにせ巨大ロボだから』

 

 はぁ、そう。

 私が言うのもアレだけど、めでたい頭だな。

 

"心臓へのアクセスを要求。……承認を確認。衝撃と循環の核心の活動を確認しました"

 

 普段よりちょっとだけ文字列が長い。

 文字の味気なさは変わらない。

 

"――シュウによる「感情及び記憶の併行」要求を承認します"

『よっしゃ。まずは第一関門を突破。はぁい、諸光さん。会話ができますかー?』

 

 時が止まったかのようだ。

 なかなか文字が出てこない。

 

"お世話になっております。こちらの文字が見えておりますでしょうか"

『……あれ、かなりまともに会話ができるな。こいつは助かる。視覚を一部共有しますね。ここを覚えていますか。あなたが異世界に来たときのスタート地点のはずです』

 

 また、間をおいて文字が返ってくる。

 

"もっといろいろとあった気がします。こんな殺風景ではなかったと思います"

『そうでしょうね。いろいろとありましたから。諸光さんに質問があります。重要な質問です。よく思い出して答えてください。――あなたはここからどうやってモゥタンジさんのところに行きましたか。誰かと一緒ではなかったですか?』

 

 シュウが尋ねたいことをさっさと尋ねた。

 なぜこれを尋ねるためにわざわざ記憶と感情を戻したのかが私にはわからない。

 

"ムラサキさんと一緒でした。彼女にいろいろ教えて……、助けてもらいながらモゥタンジさんのところまで歩いていきました"

『ビンゴォー! 紫竜か。ちょっと意外だな』

 

 ようやく聞きたい言葉を手に入れたようだ。

 紫か。どこかで聞いた気もする。

 

『南の世界にかつていたとは聞いた。人間に化けた姿もチラッと見たことはあるけど、人間嫌いだったとしか知らない』

 

 そこまで覚えてないな。

 紫のスライムだったかが私に話してた気がするぞ。

 

『あぁ、そういやいたな。元の瘴気がそれか。性質も近づくとすれば、会えさえすればやりようがあるか。それより会話を続けよう。――ムラサキさんとの思い出とか印象に残った出来事はありますか。いくつか挙げてもらっても良いですか』

"たくさんあります。いきなり大きな魔物に襲われて助けてもらったこともそうですし、会話もいっさいなく誘導されて……、あぁ、そうです。最初にまともな話ができたところが印象に残っています"

『良いですねぇ。思い出深い場所じゃないですか。どんな場所かわかりますか? わかるなら一緒に行きましょう』

 

 シュウはやたらと答えを引き出そうとしている。

 しかも連れて行く気らしい。

 しかし――、

 

"申し訳ありません。詳しい場所はわかりません。ひたすら歩かされてついたところでしたから。それにこの状態では今もあるかどうか。大きな岩に囲まれた細い道で、中に光る石がたくさんあるところだったんですが……"

 

 あれ?

 それってまさかあそこか。

 絶対わからないと思ったらまさかの心あたりがあった。

 

『あぁ、なるほど。流れが来てるね。諸光さん、その場所に心あたりがあります。今から行ってみましょう』

 

 私たちはまた移動を始める。

 この世界に来て初めてのダンジョン――ヘレディウム輝石道へと。

 

 ただ、そこに光る石はすでになく、ダンジョンですらない。

 

 

 走っていると目的地が見えてきた。

 

"そうです。この岩です。今も残っていたんですね。懐かしい"

 

 ヨロズ氏も正解と示した。

 来た当時は何も思わなかったが、ここって今見るとおかしいよな。

 こんな大きい岩は他のどこにも残ってない。全てが砂のように崩れ落ちていた。それにダンジョンとして残っていたのも不思議だ。

 

『納得できた。それなら塔が残ってた理由も納得できる。成功確率がずっと高くなった。これならおそらく――、後は諸光さんに任せるしかない』

 

 暗いだけの道を三人で歩く。

 

"……光る石はもうなくなったんですね"

 

 輝石道という名前なのに輝石はない。石が転がる暗いだけの細道。

 どうやらヨロズ氏の来た当初はまだ光っていたらしい。

 

『はい。俺たちが来た時にはすでにもう輝石はなかったですね。いや、一つだけ残っていたはずです。今出しますね。メル姐さん。アイテム袋のボス番地、「へ」から「ヘレディウム最後の輝石」を出して』

 

 私はごそごそと袋を探る。

 見つけたのでアイテム結晶を解除して、手に取りだした。

 手の平サイズのゴツゴツとした石ころだった。もっと光るのかと思ったがうっすらと淡い光だ。

 光の色が見る角度によって変化するようで赤、黄、緑と様々に変わっていく。

 

"ああ、これです。この石が道のそこら中にあったんです。まるで星空にいるようで……"

 

 そこからヨロズ氏は何も言わなくなってしまった。

 過去の思い出を振り返っているのかもしれない。

 

『……第二関門も突破』

 

 シュウが何かを呟いた。

 テールはいつもどおり突っ立っている。

 シエルが私の手の上から石を取って、いろいろ角度を変えて見ている。

 

「綺麗。ぴかぴかしてる。色がすごい変わるよ」

 

 子どもらしい感想だった。

 欲しそうなのでくれてやることにする。

 

"……そうです。僕も周囲を見渡して思わず「綺麗だ」と口に出してしまったんです"

 

 ヨロズ氏も何かを思い出したらしい。

 

"その時、初めて彼女から返答があったんですよ"

「そんな石ころの、どこが綺麗か?」

 

 声が聞こえた。

 女性の声である。ここに人がいるわけはない。それならこの声は――。

 

 道の正面からやたら長い紫色の髪をした女性が近づいてくる。

 歩いてきているが足音は一切していない。

 

"お久しぶりです、ムラサキさん。お変わりないようで何よりです"

「お主の姿はひどく変わったな。人間らしさが失せて、以前より妾の好みになったぞ」

 

 "えへへ、照れますね"とヨロズ氏は返答した。

 なかなか毒のある会話だが、当人たちの間では通常運転のようである。

 私たちは口を出すことなく相手の出方を見守る。

 

「何を見ておるか、不躾な人間どもが。石を置いて、疾く失せよ」

 

 紫竜は消えろと言うが、すぐに失せるわけにもいかない。

 もう少し事情を説明してもらいたいところだ。

 

「……あれ? メルはどこ?」

「不明です。ステルスではない。何らかの攻撃を受けている可能性もあります。ここは危険と判断。離れましょう」

 

 シエルとテールがこの場所から足早に立ち去っていく。入口とは反対方向に駆けだしていった。

 私が目の前にいるのに気づいていなかったようだ。

 

 シエルは気に入っていた光る石も地面に落としていってしまう。

 石は紫竜の足下に転がっていった。

 

『今のは認識の消失? 消失って感じではなかったな、溶けていったようだった。――溶解か』

「……お主、異様に効きづらいな。ふん、幻の手駒か。銭婆と紙切れからも気に入られていたな。いるだけであれば捨ておこう」

 

 すごい嫌そうな目つきで見られた。

 この世界に来てから間違いなくトップのゴミを見る目だった。

 

"相変わらずですね。でも、ムラサキさんからわざわざ僕に会いに来てくれるなんてとても嬉しいです。またお話しをしたいと思ってたんですよ。僕がこうなってからも、いろんなことがあったんでしょう"

 

 ヨロズ氏は嬉しさが爆発しているようで、文章が次から次へと出てくる。

 一方の紫竜は、一瞬だけ顔を引き締めた後で、馬鹿にしたような顔つきに変えた。

 

「妾がお主に会いに行く? お話し? 増長も甚だしい。妾は昔の残滓を溶かしに来ただけよ」

『今のは嘘。会いたい気持ちがいよいよ我慢できなくなって会いに来た。でしょ』

"えっ! そうなんですか? わぁわぁ、とっても嬉しいなぁ"

 

 紫竜がまなじりをピクピクとひくつかせて私を睨んでくる。

 どうやら当たっているらしい。

 

 いや、私を睨まれても困る。言ったのはこいつだ。

 シュウを身代わりに掲げる。

 

「お主、戯れ言がすぎるぞ。なぁ」

 

 紫竜の足下が溶けていっている。

 周囲の空気すらも液体となってポタポタと地面に落ちていく。

 

『途中から成り行きを見守ってたよね。ほら、俺と会話ができてるのが証拠だよ』

 

 あれ?

 そういえばそうだな。

 パーティー登録もしてないのに普通に話ができていた。

 異様な力で話せる奴もいるが、過去に会った竜はパーティー登録しないとシュウの声は聞こえなかったはずだ。

 

『いくつか気になる点があったんだ。諸光くんを騙して力を使わせまくった後で自殺させて、システムを使っての再生までは計画どおりだったと思う。でも、ヒトがシステムを分割して、互いに殺し合うところは予想してなかったんじゃない』

 

 紫竜がシュウを睨んだままである。

 力は行使してこない。シュウは話を続けた。

 

『システム分割後のヒトの殺し合いに気づいた後で、あんたはシステムを使うべき奴を見繕って配分していった。骨も絶妙だったけど、モゥタンジさんにシステムが行き渡った時点で偶然とは思えなくなった。彼は、諸光くんにとても親身だったから。そういう人間を残そうとしたのかなって意思を感じた』

"わぁ、モゥタンジさんもまだいるんですか! ムラサキさん。一緒に挨拶に行きましょうよ。あの小さな塔で三人一緒に食事を取ったのまだ覚えてますか?"

 

 このヨロズ氏はけっこう空気が読めないな。

 明らかにぴりついてるのに、のんびりした話をしている。正直、いつ戦闘になってもおかしくない状況だぞ。

 

『覚えてるよね。塔とここはなんで残ってるの? 他はことごとく消滅なり風化をしてる。わざわざ定期的に魔力を流して風化から防いでる存在がいる。今も足下の地面を馬鹿みたいに溶かしてるのに、転がってる輝石だけは避けて溶かしてるよね。なんで? ここでの思い出が大切だからでしょ』

「そ、それは――」

"あ、良かった。やっぱりムラサキさんも覚えててくれてたんですね! ほら、あなたの返答に僕はさらにこう返したんです。「一つ一つの石は星のようで、あなたに流れる光がまるで天の川で、ここは銀河のようだ」って、そこから天の川が何かとか、光に見えているのは魔力だとかいろいろ話してくれるようになったじゃないですか。ムラサキさんの魔力がとっても綺麗だったんです。今はもう見えなくて残念ですが"

「っう……ヨロズよ。お主は黙っておれ」

 

 ほんとだな。

 なんかヨロズ氏が一番厄介に見える。

 それでけっきょく、なんで紫竜はお前と喋れるんだ?

 

『耳と目のシステムを持ってるのが彼女だから。システムが分割された後で、それを知った彼女が慌てて介入して配分をおこなったんでしょう。人間が何をやらかすかわからないから定期的にこの世界を観測できるようにいくつかのシステムを持ち去っておいた。事実、こちらにあるシステムの中で目や耳といったパーツがなかった。耳の鼓膜あたりは細かいからなくなったか破損したと考えたけど、目は魔眼つきで最重要パーツだ。他が残ってこれが消えるとは考えづらい。仮に消えても痕跡は残る。それなのにいくら探しても見つからなかった。システムの配分をおこなった奴が持ち去ったと疑うべきだろう。で、俺の声が聞こえてるってことは耳のシステムはもちろん持ってる。それと現れるタイミングが良すぎるから目も持って、一連の流れを見てたって帰結。どうかな?』

 

 紫竜はしばらく沈黙し、ふふふとわざとらしく笑い始める。

 笑いと表情を消して私に向き直った。

 

「邪推がすぎるな。汝らは自らに都合の良い推論を並べ立てておる。妾は人間が嫌いだ。ヨロズよ。お主を騙して自殺させたのも、死後も利用し続けたのも全て、唾棄すべき人間を地上から消すためよ」

『そこも疑問符。本当に人間を嫌ってる? そうは思えないよ。大好きとまではいかないけど明らかに好き側に寄ってる。簡単に認識や記憶、存在まで消えてしまうところは嫌ってるんだろうけど、ちゃんとコミュニケーションができない自分も嫌ってるでしょ? さらに、その二点をまぜこぜにしてない?』

「はぁ?」

 

 それは私も思う。

 最後はわからんが最初のところだな。

 人間嫌いと言う割りに他の竜よりかなり喋りやすい。

 なぜだろうか?

 

『簡単。諸光くんの話を聞いた感じだと、昔からその姿をしてたんでしょ。――人間の姿を。しかも念話だってできるはずのにわざわざ口で話して、表情や言葉も人間の世界に合わせてる。力の加減も人間に合わせてくれてるよ』

 

 あ、そうか。

 念話もないな。表情もわかりやすい。

 異常な力は持っているが、それ以上に雰囲気が人間に近いんだ。

 

『諸光くんとの思い出もちゃんと残して、死後のシステムを割り振るべき人間を見繕ってしっかり振り分けてた。さっきもここにいた二人を殺さずに退場させたよね。あんた……、いや、紫竜さん。敬意を込めてはっきり言わせてもらおう。人間を嫌ってると主張する貴方は、俺が今までで会った中で一番人間に友好的な竜だ。人間をよく観察して研究してるってのが節々から伝わってくる』

 

 紫竜の表情は複雑だった。

 怒ろうとも、喜ぼうともしているようにも見える。

 どういう表情をしていいのかわからないのかぷるぷると拳を握って震えている。

 ふぅーと深い呼吸をして、彼女は平静を取り戻した。

 

「そんなことはもはや関係ないわ。妾はそやつをさんざん騙し、自害までさせた。死後も利用し続けた。その事実こそが全て。違うか?」

『騙したという点は確かにそうだろうけど、上から与えられた仕事みたいなもんでしょ。かなり綺麗にやりとげたと思うよ。大バカな人間がシステムを分割しちゃった後のケアやフォローもしっかりしてたし』

 

 そうだな。

 人間と亜人はともかく骨と皮膚はちゃんと運用されてた。

 まだ滅んでいないところをみれば、与えた相手はちゃんと選ばれていたんだろう。

 

「……そこだ! それがおかしかろう! 汝らはシステムを妾が配分したとさえずったがおかしい。妾であればシステムの配分などわざわざせず、統合して稼働させたはずであろう」

『脳や心臓がもうすでに手が出せない状態だったからでしょ。だいたい――そこ、本当にもっと踏み入っても良いの? 俺なりに慮って触れないようにしてたんだけど』

「ぐっ、うぅ……、今のは……その……なかったというか……とにかく妾は騙しておったんだ。その事実を前にすれば、妾が人間よりかどうかなど瑣末な議論――」

『あぁもぉー、気にしいだな。俺だってしょっちょう騙したり、嘘をついたりするから、そんなに気に病まなくても――』

 

 お前はもうちょっと嘘を減らせ。

 それより水掛け論になってきている。ぐだぐだだ。

 ヨロズ。もう一人の当事者として意見を言ってやってくれ。

 

“お二人とも先ほどから勘違いしてませんか。僕はムラサキさんに騙されていませんよ”

 

 『へ?』、「は?」と二人から間抜けな声が出てきた。

 

“ムラサキさんが僕に浄化の魔法をどんどん使って欲しかったのは気づいていましたし、僕が死んだ方が都合が良さそうだから死んだだけです。ムラサキさんなら考えがあると信じていましたから。ほら、実際にちゃんと僕をシステムにして世界を再生してくれました。その後の出来事は残念ですが、彼女に責任や非があると僕は微塵も思っていません”

「……は? いや、は? な、何を言っておる。妾はお主をずっと騙しておった。ましてや気づいている訳がない! 第一、気づいておったらなぜ言わん? 信じているとはなんだ? 嘘を吐くな!」

 

 とうとう紫竜が取り乱し始めた。

 取り繕っていた嘘と言い訳の壁がシュウに次から次へと剥がされていき、空いた隙間をヨロズに穿たれ余裕がなくなってきている。

 

“僕は魔力が見えていました。ムラサキさんは嘘をつくと魔力の流れがすぐに淀むからわかりやすかったです。最初は軽く淀むだけだったんですけど、途中から僕の責任を言い立てるような嘘をつくと淀みがとても激しくなって、表情もとても辛そうでした。でも、それを指摘するとムラサキさんが壊れてしまいそうでしたから、早く僕が死んだ方がムラサキさんも楽になるのかなって思いまして自死を選びました。ああ、そうだ……、今際の際、意識が掠れていたんですが、うっすらと魔力の流れが見えていたんです。ムラサキさんの綺麗な魔力です、忘れるわけがありません。ムラサキさん、ずっと隣室で泣いてくれていませんでしたか。僕のために泣いてくれていたなら、とっても嬉しいなって最期に浮かんだのを覚えています。これはうぬぼれでしょうか”

「わ、わら……、泣……」

 

 紫竜の全身が明確に固まった。

 口を開けて、文字を追っている瞳だけが動いている。

 その瞳もぶれていて、紫の液体がやや浮かんできていた。

 

“死後、システムになった直後は僕もまだ意識がありました。ムラサキさんはいろいろと影ながら動いてくれたのを僕は知ってますよ。近くまで来て会わずに帰ってしまったことも記憶しています。その後は僕をちゃんと使って世界を再生に導いてくれました。……会いにきて話してくれなかったのは寂しかったですが、貴方なりの別れの仕方だったのかな、と認識していました”

「……は、おぬ……はぁ?」

“だから、書いたとおりです。ムラサキさんは、もう辛くないんですよね? 表情は元気そうですが魔力に淀みがないくらい正直に生きているんですよね。そんな正常な状態で、こうやって会いに来てくれたんですよね。僕は本当に嬉しいんです。――また一緒にいて話してくれるんですよね”

「わァ……あ……」

 

 紫竜の固まっていた顔が崩壊した。

 その後、何かを口にしているがまったく聞き取れない。

 目から紫色の涙が止まらず、顔をぐちゃぐちゃに歪ませていく。

 膝をついて、手を地面に叩きつけ、嗚咽なのか言葉を発しているが理解できない。

 

『紫竜が泣いちゃった』

 

 人間の姿を留めることができないようで、液体になったり気体になったりと忙しい。

 ときどき何かを言ってるようだがまったく聞き取れない。

 

“ムラサキさん。落ちついてください何を言ってるのかわかりませんよ”

 

 ヨロズ氏も理解不能のようで言葉で伝える。

 しかし、今の紫竜がこの浮かんでいる文字を見ているとは思えない。

 

『え、二人ともわかってないの? じゃあ俺が伝えよう。長いから一部だけ抜粋するね』

 

 頼む。

 

『「うわーん、妾はお主が嫌いだ。ずっとお主へのむごい仕打ちへの罪悪感を抱いていた。会いに行って謝ろうと幾度となく思ったし、近くまで行ったこともあった。話しに行けなかったのは別れの仕方などではないのだ。お主に罵倒されるならまだしも、拒絶されたらどうしようかと怖くなり、とうとう動けずいただけだ。数年ほど自己嫌悪で潰れておったが、いよいよ謝ろうと意思を決めたときにはお主はバラバラの散り散りになり、謝ることも許されず虚無の時を過ごした。――それがどうしてかこの時代になってお主がよみがえっている。しかも、この懐かしき地に来て、妾との思い出を語っている。謝るなら今だ、と出てきたはいいが、やはり素直になれず、また自己嫌悪だ。どうにももどかしいところで、お主は妾の嘘を全て理解していて、妾を悪いとも責めようとも思っておらず、むしろ妾を案じてくれている。会いにきて話してくれなくて寂しいってどういうことだ。なぜ全て覚えている。なぜ全て認識している。なぜ妾を忘れてくれない。しかも妾に会えて嬉しい? こんな妾と一緒にいて話したいとまでいうのか。妾はお主のそういうところが嫌いだ。大嫌いだぁ」。こんなところかな。感情が大爆発だ。まとめると「ごめんね、大好き」といったところか』

 

 ……一部、抜粋?

 本当にそんな長いこと言ってるのか。

 まとめも怪しいぞ。

 

『そんなこと! 言って! おらんだろうが! 勝手に! まとめるなよ! 全然違う!』

“本当に違っているんですか?”

『違うも違う! 大間違いだ! ふざけるな、ガラクタァ! 何を好き勝手にねつ造しておる!』

 

 やっぱり言ってなかった。

 泣きながら怒りながら叫びながらでシュウを指さして紫竜が怒鳴る。

 ぶち切れだ! 手だけは人間だが、体は液体でどろどろ、長い髪が気体となって宙でシュワシュワと弾けている。

 ついに言葉も脳への念話に変わってしまった。

 

『人間を研究して実践しすぎたのがあだになってる。動きや表情、それに口調でだいたいの感情が読み取れる。うまく言語化できないところや素直に言えない部分も丁寧に汲み取って伝えてあげたつもりだよ』

『はぁ? あぁ!? なん……、あぁ?!』

“あ、やっぱり当たってるですね。ムラサキさん、昔から思ってるところを正しく指摘されるとムキになって怒ってましたもんね”

『キィィィ! 貴様らぁ!』

 

 紫竜はとうとう人間形態をやめた。

 異常にドロドロした紫色のスライムが宙に浮いている。

 私への敵意を明確に取った。なぜ私なんだ。敵意を向けるべきはシュウと脳みそだろ。

 

 

“僕もそんなムラサキさんが大好きですよ”

 

 

 空気の読めない男が、怒り狂う紫竜の真ん前に文字列を示す。

 完全に余裕をなくし意識を私たちに振り向けた紫竜を、ヨロズは逃げも隠れもせず正面から堂々と一刀両断した形だ。

 

『……わ、わっ! わ、わら、わらら! おぬ! わァ……』

 

 効果は抜群。

 言葉になったのはそこまで。勝負有りだ。

 ドロドロの紫竜が、地上にべちゃべちゃと液体になってまた人間に戻り、討ち崩れて泣き始める。

 その後も紫竜は再起せず、ひたすら理解できない言葉を続ける。

 

『なっがいなぁ。要点をまとめると「妾もしゅき」だってさ』

“しゅき? 僕もしゅきですよ。また一緒に話をしましょう”

 

 認めざるを得ない。

 お前ら二人は、間違いなく紫竜の天敵だ。

 

 

 だから、もうやめてやってくれ。

 オーバーキルだろ。

 

 見ている方がつらい。

 

 

 

 紫竜はしばらく泣き続けていたが、落ちついたようである。

 

 人の姿に戻らず、液体のスライムの状態となり何も言わなくなってしまった。

 どうしてしまったんだろうか。

 

『ほら、人の状態だと感情を読み取られるから。照れ隠しみたいなもん。そっとしてあげて。傷心状態だから触っちゃ駄目。傷口に塩を塗るような真似をしちゃいけないよ』

 

 言った瞬間から矛盾が生じている。

 

 スライムがぷるぷる震えていた。これ絶対怒ってるだろ。

 とにかくシュウは紫竜の考えを言うな。

 挑発もだ。

 

『でね。二人の仲が修復できたところで頼みがあって、世界を救うのに手を貸して欲しいんだよね』

“今の世界の状態は僕も案じるところです。手を貸すとは言ってもこの体ですのでできることに限りがありますが”

 

 そりゃそうだ。

 シュウが頼んでいるのはどちらかといえば紫竜の方だろう。

 

『いや、二人にそれぞれやってもらいたいんだよね。まず紫竜には扉を作って欲しいんだ。可能であれば他の竜にもこの世界の魔力がほぼ元に戻ったって伝えて欲しい』

 

 前に言ってた話だな。

 扉がないと魔力が地表に溜まるとか言ってた気がする。

 

『それと目と耳を諸光くんに返してあげて。もうそのシステムは要らないでしょ。これからは一緒にいられるんだから』

 

 スライム型紫竜が固まった。

 「一緒に」のところで動揺している様子がわかる。

 人の時よりスライムの時の方がずっとわかりやすくなってないか。

 テールよりも間違いなくわかりやすいっておかしいだろ。種族がまるで違うんだぞ。

 

 あ、気づいたのか霧の状態に姿を変えてしまった。

 これはさすがにわからない。

 

『扉はここには作らんぞ。以前と同じ場所でいいな。他の奴らに伝えるなどという面倒ごとはできん』

『別の場所でかまわない。ここに扉を作ると輝石道自体が消える可能性があるだろうからね。思い出の場所が消えたら大変だ。他の竜については、伝えてくれないなら、俺たちから伝えていこう。この世界に記念すべき第一の扉が再開通した由縁とそれに関わる竜の話を懇切丁寧にね』

 

 霧が蠢いている。動揺はしている。

 だが、これはどういう感情だ。わかりづらいな。狙いどおりなんだろうけど。

 

『これでよくしてくれるでしょう。第三関門もクリア。ふぅ、ここからも賭けばっかりだ』

 

 シュウは心から安堵したが、またすぐに気を張り詰めていた。

 そういえばまだ何かするとかしないとかいってたな。

 

“僕にやって欲しいことは何でしょうか?”

『一時的なシステムの書き換え、並行と併行のシステムを一分ほど俺に与えて欲しい。さらに、その時間だけは他のシステムからリソースをできるだけ集めてもらいたい』

“何をするつもりでしょうか?”

 

 シュウはうーんと唸った。

 やりたいことをどう言えば良いのか悩んでいる様子だ。

 

『そもそも成功するかはわからないけど、成功したなら一言でまとめられる。――「世界の今の救済」かな。もちろんシステムの停止とかをしないよう紫竜を監視につけてくれて良い。ただ、できれば目と耳も返してもらった後でやって欲しい。できる限りリソースを増やしてから実行したい』

“わかりました。協力します”

 

 あっさりと了承された。

 

 その後、脳みそが私の頭から取り出された。

 そもそも今までなぜ私の頭の中に入れられていたのかがわからない。

 

『……強いて言うなら脳システムと馴染ませるためかな』

 

 新手の気持ち悪いことを言うなよ。

 ぞっとしたぞ。

 

 紫竜から変換された目と耳が脳システムにくっつけられて、何なのか意味がわからん状態になっている。

 ぶっちゃけ滅茶苦茶気持ち悪い。夢に出てきそうだし、モンスターとして倒したくなる。

 しかもこのモンスターが先ほどまで私の脳とほぼ一体化していたという事実。

 鳥肌と吐き気が湧いて出てくる。

 

『よーし。じゃあシステムを再起動するね』

“どうぞ”

「待て――先に言っておくぞ。変な真似をしたら妾はお主らを溶解する。覚悟してやれ」

 

 紫竜が人間の姿に戻っている。

 大真面目な表情で脅かしてくるが、先ほどまでの状態を見ているので恐怖が足りない。

 逆に笑いを抑えるのが精一杯だ。

 

『いや、それは困る。今からやることは間違いなく変な真似だ。絶対に俺たち以外でこの意味を理解できる奴はいない。明らかに危害を加えるような真似をしたときに攻撃してきて。まぁ、危害を加えるなんてしないけど』

「はぁ?」

『はてさてどうなるか。チートと神システムの組み合わせか。「初回バグは有効」がここでも認められるか試してみるとしよう』

 

 紫竜の疑問を無視して、シュウは脳システムを再起動した。

 その後でやったことは確かに変な真似だった。

 

 紫竜も何やってんだこいつって目で私を見てきていた。

 最初はゴミカスを見る目だったのが、今は頭がおかしいから関わり合っちゃ駄目だなって目になっている。

 

 終わった後でシステムをさっさと返却し、シュウがヨロズ氏にいくつかお願いをしていた。

 

 そこまで終えると私たちは脳システムと紫竜に別れを告げた。

 彼らは入口側に戻り、私はシエルやテールの走って行った出口側に向かい、外で兄妹と合流した。

 

 とうとう最後の地点、兄妹がいた白い壁の都市にむかう。

 

 

 

8.過去と未来の狭間

 

 全ての条件が整ったということでシエルとテールの故郷に戻っている。

 

 すでに兄妹ら故郷の懐かしの白壁は見えており、雨にも地震にも負けず、高さと潔癖さを守っていた。

 

『うーん、荘厳だ』

 

 荘厳と言って良いのか、これ。

 ただただ堅牢というか。今ならこの世界にこれほどの壁がある異常性が改めて認識させられる。

 

「質問があります。なぜ、園庭に戻る必要があるのでしょうか?」

「そーだそーだ」

 

 テールは毎日この質問を投げかけている。

 シエルも便乗して声をあげる。どうも乗り気じゃないようだ。

 何なら私も知りたいんだよな。

 

 答えはすでにわかっている。

 お決まりになった回答だ。「そのうち伝える」だろう。

 

『テールは園庭のシステムを見たことがあるでしょ?』

 

 ……あれ?

 今日は違うな。

 お決まりの回答からお得意の質問返しになった。

 

「はい。見たことはあります」

『シエルは?』

 

 「見たことがある」とシエルは言った。

 骨は見たことがないようだが、周囲の景色は他の人の未来だかで見たらしい。

 

『あのシステムは骨の役割や特徴、それに配置を都市の在り方とかけていた。でも、未完成なんだ』

 

 そういえば何かそんな話もしたな。

 神経システムのところで神経をボロクソに言った時に話してた。内容は忘れた。

 未完成と言うと、やはりケースを守るゴーレムが動かなかったという点だろうか。

 

『あれは動いても動かなくてもどうでもいい。外部から大いなるシステムが守るって暗喩だから。もっとわかりやすいところが再現されてない。園庭だ。中央の園庭で、ケースの外側はこの世界では珍しいくらいに植物で覆われてた。覚えてる?』

 

 良く覚えてる。

 この世界に来て初めての植物だったはずだ。

 さらに外をまわってやはりあそこほど植物に囲まれているところはなかった。

 

『あの光景を今から再現する。この都市の周囲に花と木を溢れさせる。その形を二人に見て欲しい。なんなら惑星全域に草木を生やすし、おまけも付けられれば付ける……予定』

 

 ……頭大丈夫か、お前。

 どうやって植物を再現させるんだ?

 そんな広範囲アイテムは持ってないし、チートでもないだろ。

 

『ある。脳のシステムを使ってできるようになった』

 

 はぁ?

 脳のシステムってあのちょっとだけシステムを借りた時のことだろ。

 毎日恒例のコイン振りをしただけじゃないか。

 

『あの時、メル姐さんはコインを何回振ったか覚えてる?』

 

 毎日惰性で振ってるから五、六回連続とか同じ面が出ないと覚えてないよ。

 二回か三回じゃなかったか? 回数は知らんが、めちゃくちゃ急いで投げさせたことは覚えてる。

 

『そう。並列数を増やすために並列時間を減らす必要があったからね。答えは――二百三十四万八千五百九三回だよ』

 

 はい?

 

『2,348,593回。内訳は表が1,149,385回、裏が1,199,208回。裏にややぶれたね。それでも割と余裕で魔法少女ポイントを溜めることができた』

 

 いや、そんなわけないじゃん。

 何を言ってるんだ?

 

『言ったでしょ。脳による併行と並行のシステムを使ったんだ。コインを振る直前を起点として並行世界を築いた。同時に全ての並行世界を併行させて、振り終わった終了地点で収束させる。どれか一つのルートを取得するんじゃなく、全ての経験と回数を終点で取得させた。間違いなく二回目は認められない。初回オンリーのバグ技だ。正直、違反が認められて没収されるんじゃないかってずっとひやひやしてる。――魔法少女ポイントを百万消費して過去に見たある魔法を魔力ソース無制限で行使する。また、同時にワルグチーポイントを百万消費して別次元からの巨大物質転移をおこなう。同時にやればガバ判定で両方使わせてくれるんじゃないかと』

 

 もはや何を言っているのかわからない。

 しかし、とてつもないことをやろうとしていることはわかる。

 

「魔法少女ポイントで使う魔法は何でしょうか? 巨大物質転移は何を転移されるつもりでしょうか?」

 

 私が固まっている間にテールが質問を投げた。

 テールの口から魔法少女という単語が出てくる違和感の凄さといったらない。

 植物を育てる魔法ってなんだ? 光か? あんまり植物魔法って聞かないぞ。物質の転移もよくわからんし。

 

『その件に関して、俺はテールとシエルに謝らないといけないことがある。シエルの封印している魔法についてだ』

 

 そういやそんな話もあったな。

 未来を見るのが副作用で、実際は成長効果――とみせかけてそっちも副作用。

 実は難しい名前の魔法が本当の効果だったはずだ。

 

『シエルの封印している真の魔法は「遺伝子操作とその観測」だ。副作用として未来視と成長作用が出てくる。俺はシエルが寝てる時に何度か使うのを見たから、今からこれを連続発動する』

「なぜでしょうか?」

『隠してた意味? あまりにも危険な魔法だから。うっかり発動させると――』

「いいえ、危険性を判断して虚偽を伝えていたという点に関して疑念はあれど疑問はありません。なぜ、私たちのためにそこまでしていただけるのかという理由です」

 

 私もちょっと不思議だな。

 システムを完成させるやら、世界のためにしてはやりすぎな気がするぞ。

 

『うーん、システムは完成した後の方が重要で、正しい順序にするというか。世界にしても別にこれ自体が有効な訳では……。そのへんはちょっと長くなるし、見せながら話そうか。見てる間が暇だろうしね。とりま都市に近づいて市壁を昇って。ああ、脳システムから骨システムに話をつけてもらってるから今回は追い回されたり、牢屋に連れていかれそうにはならない……はず。この骨システムは頑固だからちょっと怪しんだよな』

 

 怪しい語尾となったが私たちは都市にむかって進んでいった。

 

 

 今回はシエルの風魔法を受けて市壁の上に昇る。

 

 そこには数人の兵士たちが立っていたが、特に私たちにかける言葉はない。

 明らかに他の二つのシステムとの違いを感じる。

 ここだけ完全に別世界だ。

 

『いいや、同じ世界だよ。じゃあ、メル姐さん。雰囲気を出していこうか。メルよ、汝に最後のクエストを与える』

 

 

"世界の今を救済してください"

 

 

 文字が浮かんできた。

 ……これってヨロズ氏の影響を受けてないか。

 語尾が優しくなってる。

 

『じゃあ、準備していくね。アイテム袋の資料番地の項番「一」を全て取って』

 

 項番一を全て?

 どれくらいあるんだ?

 

『モゥタンジからいくつかもらったのとこの世界で手に入れたのだから四百くらい?』

 

 めちゃくちゃあるじゃねぇか!

 全部って全部か? ほんとに全部?

 

『早く取ってよ。これやってる途中で項番二、三、四、五、おまけで六まであるんだよ。全部で千近くあるんだから』

 

 は?

 千?

 

『最初が多い。できるところまでだから、二で終わるかもしれないけどね。それなら六百くらいですむ』

 

 六百でも十分多いだろ。

 

 文句は受け入れられず、アイテムを出すところから始まった。

 市壁の上をぐるりと回っていくようなので車輪のついた台車と箱を用意して、そこにアイテム結晶をひたすら入れていく。

 

 台車に入れ終えたら、ひたすら結晶を解除して市壁から外に落としていった。

 植物の種子系のアイテムが多く、風に乗って遠くへ飛んでいってしまう。

 

 最初は兄妹も一緒にやっていったが、途中から見回りの兵士も巻き込んで手伝わせた。

 そうしてなんとか一周して四百近くのアイテムをばらまいた。

 ばらまいたところで景色は何も変わらない。

 どこまでも焦げ茶色の地平線だ。

 

『じゃあ、次は項番「二」だ』

 

 アイテムをまたもや取りだしていく。

 台車が二台に増えて、半分近くを一台に入れたところで最初に出発させ、もう半分を入れたところで逆回りに出発させた。

 

『オッケー。項番「三」に行こう』

 

 他の奴らがばらまいている間に私は袋から項番三のアイテムをひたすら取りだして箱にいれていく。

 三が終われば、次は四をまた別の箱に取り出していく。

 

『項番「五」は、ちょっと待とうか。できたらやりたいくらいの感覚だから。六は無理だな』

 

 二をばらまいた台車が帰ってきたところで、三の箱を台車に移す。

 

『俺が合図したら三を捲いていって、四は三が育ちきった後ね。失敗したらそもそもない。――じゃあ、始めるか』

 

 私の手元にコインが落ちてくる。

 今日はまだ振ってない。これのために取っておいたらしい。

 シエルがコインを見てくる。こいつの魔法を使うようなので、振らせてやろうとコインを渡した。

 

「えい」

 

 シエルがコインを受け取って、市壁の外側に投げた。

 コインは見えなくなり、おそらく地面と当たってどちらかの面が出たのだろう。

 

『よし発動可能。いっきまーす。軽く解説はするけど話しかけないで。まともに返答はできない。――さて、同時なら没収されずにいけると思うが果たして』

 

 地上のあちらこちらから淡い光が見えた。

 さらに見渡す限りの空に亀裂が入り、真っ黒な穴が開いていく。

 この光景だけを見れば、世界の終わりだ。いよいよ終わりかけた世界にトドメが刺されるときがきたのだ、と。

 

『はぁーーーー、いけたなぁ。心臓に悪いわ。とりあえずここが乗り切れられれば後はじっくり進めていける。――この世界に圧倒的に足りないものがある。水だ。これを世界中の空から散布する。さらに海の跡地には直で流し込む』

 

 空に生じたあちこちの黒い切れ目から水が流れ落ちてくる。

 落差が大きいためか水は空中で霧散している。目にはっきりと見えないだけで私たちの体に水滴となって付着し始めた。

 

『水も落ちてきた。遺伝子操作と観測を加速させる』

 

 地上の淡い光が収まっていく。

 焦げ茶色の大地のあちらこちらに緑や白の斑点が生じてきた。草だ。

 徐々にだが緑と白の範囲を拡げて、広がれば広がるほどその拡大スピードは加速していく。

 草だけでなく、木もあちらこちらに伸びているのが確認できる。

 赤や緑、黄といった色の果実がなっていくのがわかる。

 さらに果実が落ちて、そこからまた木が伸びた。

 

「……すごい。私もこれができるようになるの」

 

 シエルが呆然とその光景を見ていた。

 シエルだけではない。テールやその周囲の兵士たちもその様子を立ち尽くして見るばかりだ。

 

『難しいよ。たぶん現状だと一生かけても一種類の木を育てられるくらいのレベルにしかならない。制御がまずできない。お? ポイントを消されるかと思ったけどいけるな。項番「三」をばらまいていって』

 

 ぼんやりとしていた兄妹や兵士たちが台車を動かして、アイテム結晶を解除していく。

 小動物の破片だったようだが、捲いても大きな変化は見られない。

 

『そろそろだな。項番「四」をばらまいて』

 

 項番三が捲き終わって、しばらくしてからシュウが命じた。

 意味もわからないまま項番四をばらまいていく。

 

『今度はわかりやすいと思う』

 

 詳しい説明はない。

 しばらくすると獣の鳴き声が聞こえてきた。

 一カ所だけでなく都市の周囲のあちらこちらからいろいろな鳴き声が響いてくる。

 

 さらに草木の隙間から小さな影が飛び立った。

 鳥だ。最初は一匹が飛び立ち、その後から群れとなって飛び立ち、私たちの近くにまで飛んでくる。

 シエルやテールもそれなりに驚いていたが、初めてみたであろう兵士たちは狼狽して小鳥から逃げ回っていた。

 

『…………ポイントが没収されてない。項番「五」を出していって、ここでどんどん解除していって良い。それと念のため六も出しておいて』

 

 項番五からアイテム結晶を取り出して解除していく。

 解除したところから、出てきたアイテムがどこかへと消えていった。

 

『海に直で転移させてるだけ。どんどん解除して』

 

 項番五もひたすら解除しているうちに終わった。

 まだ空から雨が降り続いているのを見るに発動の途中のようだ。

 

『項番「六」も出してみて。――これもいけるのか。定義が広すぎるな。だが、これは……アイテム結晶のまま投げて』

 

 結晶のまま投げるがさほど飛距離は出ない。

 ちなみにアイテム名で出てくるのは「何とか鉱」と「ほにゃらら石」の名前である。

 

 よくわからないがそのまま市壁の外側に向かって投げる。

 いちいち考えずみんなでぽこすか投げていった。投げたが特に大きな変化が見られることもない。

 

『こっちは大量の時間がかかるし、移動をやらを待たないといけない。さてここまでくれば、後は惰性みたいなもんだ。最初の質問に答えよう。「なぜテールたちのためにここまでしたか」だったね』

 

 テールとシエルも近くでシュウの話を聞く。

 二人だけでなく近くにいた兵士たちにもテールが軽く話をしていた。

 

『理由はいくらかある。一つずついこうか。まずは骨システムの園庭を完成させたかったという点』

 

 それは前にも聞いたな。

 骨システムが植物に囲まれているように、この都市も植物に囲まれているのが完成形だったか?

 

『どしたん? なんで覚えてるの?』

 

 覚えてちゃ悪いのか?

 それは良いからさっさと進めよ。

 

『二人も他のシステムや環境を見てて思ったでしょ。うちのシステムや環境の方がよくできてるなって。厳格さや崇高さといったところはちと鼻につくけど実際ここはよくできてる。近くに植物を捲くだけでも良かったんだけど、どうせなら惑星規模でやってしまっても良いかってなった』

 

 いやぁ、この都市の周りの延長で惑星規模までいくのはおかしいと私でも思うぞ。

 

『あのね。カラカラ状態からまともに再生していくと百年単位の事業になる。一個ずつ着実にやらせても良かったんだけど、ある程度はスキップしてもいいのかなって。特に海がないのが大問題なんだよ。マントルが活動しても水がまともになるのは数千年、下手すりゃ万年規模だよ。枯渇は数百年なのに。竜レベルが出てこないとどうしようもない。ここは真っ先に何とかしておきたかった』

 

 それはまあ、やってやった方がいいだろうな。

 できるってのがおかしいが。

 

『それに四年半ぶりの連載再開だったからね。そこらのダンジョンを攻略して終わりってのもむなしい。異世界でちょっと暴れるだけなのも阿呆らしいし、惑星事業くらいしておこうかなって』

 

 言ってる意味がわからんが?

 

『わかったら俺が怖いよ。まあ、とにかく大きいことがやりたかったんだ。いや、違うか。それだけなら脳との会話で終わっても良かったし、心臓が動いた時点で終わりにしてもよかった。竜と今後のことを話して、大丈夫そうだねちゃんちゃんでも良かった。――大きいことを最後までやり遂げたかったが正解なのかな。これで重くのしかかってきてた没ネタもほぼ消化できた。気兼ねなく先に進める。ダンジョン攻略っていう小さなよもやま話が再開できるんだ』

 

 完全に自分の世界に入っている。

 何を言ってるのかさっぱりわからなくなってきた。

 しかもダンジョン攻略を卑小なものだとディスるのも忘れていない。

 

「今の話を聞くと、シュウの都合も多分に入っているように感じました。私たちに向けた理由もあるのではないでしょうか?」

 

 ……そういえばそうだな。

 システムを完成形にしたいってのもこいつの都合だ。

 その後の訳のわからん理由もこいつの都合、あるいはもっと大きな存在の都合かもしれない。

 シエルたちへの理由があまり感じられない。そもそもあるのか?

 

『俺はシエルやテールにもっと大きな世界を見て欲しいと思ってる。それは例えば数日前までいた人や亜人の世界だったり、メル姐さんのいるダンジョンがある世界、それに他の世界もだ。もちろん宇宙まで幅を拡げても良い。そうしたときに二人の故郷のことを改めて考えた。すぐさま連れ出したのは失敗だったなって』

 

 シエルが首をかしげている。

 テールも先を促すように待っていた。

 

『一つは精神的なものだね。他の土地に行くと、まず自分が何者なのかを知っていないといけない。テールはまだ良いけど、シエルはこの都市のシステムを目で見てもいないし、見尽くした訳でもない。ヒトは外に出るとき、自らがどういう歴史のどういう環境で育ったのかというバックボーンがいる。その部分をここに帰ってくることで、完成形の姿からもう一度見つめ直して欲しかった』

 

 自分が何者かは大切だな。

 特に異世界に行ったときは自ら希薄に感じてくる。

 同じ世界でもどこを出身したかとか、ここと何が違うのかを考える手助けになる。

 

『そう。外に出る際の精神的な支柱になるってのが一つの理由だ。それと俺たちが連れ出したのもまずかった。あれは本来の手順じゃない』

 

 そりゃそうだろうけど、この都はそういう作り方をしてるんだろ。

 引きこもって外に出ず、外からも入れないようにって。

 骨の周囲もそんな感じだったでしょ。

 手順とか必要ないんじゃ。

 

『違う。今なら否定できる。それなら骨を囲むケースは透明である必要はない。真っ黒で見えなくしておくべきだ。実際に都市の市壁の上に登れる必要もまったくない。外敵なんていないんだから。ケースが透明――市壁に登れるのは外から中が見えるし、中からも外が見えるようにだ。ケースの中は骨だけ。変化は起きず、つまらない時が過ぎる。一方で外側は植物に囲まれ毎日が変化の連続だ。その変わりゆく光景を見るだけで飽き足らず、内側から外側へとケースを突き破って出られるか――内側の人は殻を壊して外側へいけるのかを試されてる。それがこの園庭とダンジョンの本来の在り方だ』

 

 ……つまり、私が連れ出すんじゃなくて二人は自らの足で飛び出すかどうかを試されてると。

 

『そうなるね。二人というか園庭の人たちという範囲だけど、何なら二人はもう外に出て知ってしまったので例外とも言えちゃうんだなぁ。たった今、外は植物に覆われこの園庭は完成した。彼らは試されている』

 

 なかなか面白い話だったが、二人は例外ならあまり意味のない話だ。

 他には何か理由があるのか?

 

『いやね。テールたちだけじゃなくて、人のところや亜人たちのところ、それに博物館を見て回ってて、どうにも視野が全体的に狭いなって感じてた』

 

 ときどき言ってたな。

 フィリアには特に言ってた。

 アストゥラやフュメにも言ってたはずだ。

 

『広い世界を見せてもやっぱり狭かった。でも、そりゃそうだよなって。草木もわずかで、山紫水明なんて言葉が死滅した世界だ。山はねぇ。海もねぇ。鳥はちっとも飛んでねぇ。おら、こんな村嫌だ、こんな国嫌だ……と言っても行く場所すらねぇ。狭くもなるよ』

 

 まあ、どこまで言ってもほぼ荒野だしな。

 私も来た当初はさっさと帰りたかった。今もダンジョンに行きたくて仕方ない。

 ヒトの視野が狭いからってこんな大規模なことを? 手間もめちゃくちゃかけてたよな? 賭けも多かったはずだ。

 

『――冒険者として過去、今、未来。どれが一番大切?』

 

 お得意の質問返しだ。

 いつもなら文句の一つも出るが、その質問に関しては私の答えは決まっている。

 

 今だ。

 過去とか未来とか知らん。

 今から挑む目の前のダンジョンに集中すべきだ。

 ダンジョンが私を殺そうとするなら、私もダンジョンを見据えねば無作法というもの。

 

『即答どうも。上から目線で言わせてもらえば、俺も彼らの狭い現在をどうにかしてあげたかったんだ。過去はもう変えられない。どこかの誰かたちがさんざんやらかしてボロクソだ。未来はどうだ? 狭い領域でわずかな魔力を巡って戦争だとよ。消耗戦だ。阿呆らしい。このままじゃまずいって自覚は当然としてまだない。もっと外に目を向けろよって話なんだけど、外がボロクソだからまぁ内向きの未来しかないよな。何も言えねぇ。仕方ないよねとしか。ここまでひどいんで何かしてあげられることはないかなっていくらか案を考えてたんだ』

 

 それで世界の今を――外側の世界を再生したと?

 巨大ロボで核をなぐって、竜をボコボコに説き伏せて、チートに他の神の御業を重ねて、バグと大量のアイテムを消費までして。水まきに、海の水補充に、植物や動物の再誕生?

 

『付け加えるなら近いうちに火山や大河もできる。……あとはね。彼らのシステムも視野を狭める一因なんだ。今もう既に魔力の循環は九割五分を超えた。水と植物、それに生態系の生々流転で百にも直に至る。他者から奪わずとも外側にいくらでも資源が溢れてる。システムの存在意義が薄まる』

 

 魔力が溢れてるからシステムに依存しなくても良くなるってことだな。

 ようやく外側に目が行くと。でも、システムの便利な力が残ってるだろ。

 

『いや、依存できない状況に追い込まれる。――紫竜が戻ってきたんだよ。諸光くんと仲直りをした。今は一緒にいて話すだけってプラトニックな状態ですんでるけど、そのうちより刺激的な肌同士の接触を求めて各都市からシステムの没収をしていくに違いない。けしからん。実にけしからんなぁ。……羨ましい。で、没収するにあたり、おそらく諸光くんと妥協しあって体は元に戻すけど、システムの効果は薄い状態で使用させるって段階に至ると思う。その時点までに人や亜人らは外側を見て、自立してないといけない。詰む。この状態ならおそらく大丈夫でしょう』

 

 ……この成長と水まきができなかったらどうするつもりだったの。

 完全に詰んでしまってないか。

 

『二本足の容れ物を提供してた。成功したから渡さなかったけど、さすがに脳丸出し状態はまずいでしょ』

 

 正否にかかわらず渡してあげてよ。

 脳に目と耳がついてる状態は化物以外の何ものでもないぞ。

 

『まあ、そんなこんなでこういったところだよ。過去はどうしようもない、未来はお前らの責任だが今があまりにもひどすぎる。だからせめて今の状況だけは変えてあげるって話だ。――過去と未来の狭間で救世の実行をしたってこと』

 

"世界の今の救済を確認しました"

 

 久々のメッセージが出てくる。

 今回は以前と変わらない文面で安心する。

 

 

“ありがとうございます”

 

 

 今までないことにお礼まで添えられている。

 

『どういたしまして。まだまだ水が足りないから、もうちょっと続くんだけどね』

 

 いまだに空の裂け目から水が降っている。

 水の量は減ってきて、地上の活動も穏やかになりつつある。

 

『いろいろとぐちゃぐちゃでわかりづらかったかもだけど、これが理由だよ。納得できた?』

 

 シュウがテールに問いかけた。

 

「はい。納得はまだ追いついていませんが理解はしました」

「うん、すごい。すごすぎる魔法。私もこんなふうにできるようになる」

 

 無邪気な様子で微笑ましい。

 

「メル、シュウ。お二人の行為に礼を述べます」

『どういたしましてだよ』

 

 私はさほど何もしてない。

 ずっと走っていたくらいだ。気にするな。

 

「はい。私の成長の糧となったことを光栄に思ってください」

 

 ……へ?

「……え?」

『……は?』

 

 兄から思いもよらない言葉が飛び出てきた。

 私はもちろんとして、シエルも出てきた言葉に驚いて固まっている。

 それどころかシュウも面をくらったようで、空から出てくる水の量の調整がおかしくなった。

 

「アストゥラに『二人をこれであっと言わせてくれ』と去り際に頼まれていました。達成できたようで何よりです。――しめしめ」

 

 わずかだが時が止まっていた。

 

『――は。はは! あははは! いいね。何よりのお礼だったよ!』

 

 シュウが大笑い、私も釣られて笑う。

 シエルも「お兄ちゃんったら」と兄を笑いながら手でペチペチ叩いている。

 冗談を言った当の兄は他の兵士よりも真顔だった。何がそんなに面白いのかと真顔で問いかけてくるようだ。

 それが余計に面白くなって私たちは笑い続ける。

 

 

 

『はー、笑った笑った。ハハァ。まだ笑えるな。んふふ。返礼がてらアストゥラのところには、湖になるくらい大量の水を降らせてやろう。ついでに蟹とイカとエビもセットだ。うふふ』

 

 それはやめてあげて。くく。

 

 

 笑いながらひどいことをしようとするシュウを止める。

 かくいう私の笑いもなかなか止まらない。

 

 

 この世界が今後ますます面白くなる予感がした。

 いつもどおりに戻ってしまったテールと私たち三人が笑いあう。

 

 

 

 そんな何気ない今が――私たちを通り過ぎていった。

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