0.生誕
【 僕が生まれたその瞬間、世界に新たな色がついた。
僕という色が世界に新たな価値をもたらした。 】
今日は朝一からダンジョンに挑んでいる。
見たところまだ他に誰も挑戦者がいないので、ダンジョンの空気を一人占めだ。
外はやや暑さを感じるくらいだったのに、ダンジョン独特の冷たい空気でダンジョニウムを摂取できている。
これだよ。
やっぱダンジョンなんだよ。
全身からダンジョンを感じられるんだよなぁ。
『うわぁ! ポエムが始まったぞ!』
ポエムってほどじゃないでしょ。
ダンジョン賛歌と呼ぶほどでも当然ないだろうし……。ただの感想くらいじゃないか。
『……今の、聞こえなかった?』
「うわぁ、ポエムが始まったぞ」?
『聞こえなかったなら良い。このダンジョン。想定よりもやばいダンジョンだ。じっくり進もう』
情報も購入済みで、異変の兆しも特に聞いてない。
特殊なダンジョンとは知っているが、想定以上の問題があるとは思えんぞ。
『甘い。ポエム形式が確認された。危険性が三段階くらい高まった』
さっきもそれらしきことを言ってたな。
ポエム形式って何よ。
『章の始まりに誰かの独白が入る形式。正式名があるのかもしれないけど、俺は勝手にポエム形式って呼んでる。ちなみに独白じゃなくて有名な引用・格言・詩とかの場合は別の名前がある。俗に言う「エピグラフ」ってやつだね』
碑文? なんかよくわからんな。
とりあえずその独白ってのがお前には聞こえたのか?
『間違いなく聞こえた。独白なんて甘いもんじゃない。きっついポエム。鳥肌もんだ。――な? 聞こえたよな?』
同意を求められても困る。
言ったとおり私はまるで聞こえなかった。
『はぁー、なんでポエム形式なんて出すんだ。もっと普通のダンジョンにしろよ。こんな一発ネタ持ってくんな。約五年ぶりの通常ダンジョン攻略だぞ』
五年の訳ないでしょ。
一個前のダンジョンはそこそこ近くにあったから五日ぶりかそこらだろ。
『五年ぶりといえばメル姐さん。俺たちが一緒に旅を始めてから、気づけば十年を迎えたね。アニバァサリィー』
言い方が極めて気持ち悪いな。
十年が経ってるわけないだろ、数年ならまだしも。
『まあ……、メル姐さんではわからないか。この
微妙に腹の立つ言い方とともにダンジョン攻略が始まった。
1.成長
【 少年時代、僕は何でも一番だった。
走れば先頭にあり、書物を読めば内容はすぐに把握でき、
直剣を振るえば最後に立っているのも僕だけで、
魔法は多数の属性を自由に扱うことができた。
なぜ周囲が、そんなにも鈍く、無知で、貧弱に振る舞うのかがわからなかった。
僕は世界の中心で、世界を導く存在だと疑うことはなかった。
僕こそが世界そのものだった。 】
私は昨日、剣士の里エペにやってきた。
もちろん目的はここ。
上級ダンジョン――アルタマク修練場である。
数百年ほど前までは剣の達人といえば、エペの里出身みたいな流れがあったようだ。
それも今は昔、剣士の時代はとうに終わり、魔法使いやら槍やら弓やらといろいろな武具が栄えている。
過去の剣士の修練場がそのままダンジョンになってしまった。
『その歴史はかなり間違ってるけど……、またポエムが流れ込んできた。聞こえた?』
お、また聞こえたのか。
私は聞こえてないぞ。どんな内容だったんだ?
シュウが聞こえたポエムの内容を聞いた。
どうやらポエムの発言者は少年の頃はすごい才能の持ち主だったようだ。
そんなすごい才能の持ち主ってことは、やはりここのボスのどれかで違いない。
アルタマク修練場は、修練場と一括りにされているが、実際は第一から第六までの修練場の集合体である。
さらに第一から第六までの各修練場にそれぞれボス級がいる。
各修練場の主を倒せば「第○修練場制覇の証」が手に入るので、これを六つ集めるとダンジョン攻略達成とギルドから認定される。
第一から第六まであるが、数字は強さに関係なくどの修練場でも自由に行き来ができる。
ボスが条件で変更される点でも有名なダンジョンでもある。
とりあえずボスを倒していけばポエムの主もわかるだろ。
『ボスねぇ。――どうかなぁ』
シュウは疑問を抱いている様子だ。
確かに各修練場や修練場間の通路で雑魚は出てくる。
そして、アルタマク修練場は全てのモンスターが過去にいた人間を模しているという珍しいダンジョンでもある。
『人がそのままモンスターになるほどの記憶を携えている場だよ。人生を捧げてたと言っていい。その中にポエムの主が入るかなぁ。……まぁ、そのうちわかるでしょ。進んでどうぞ』
どうぞと言われる前から進んでいる。
さっそく第一修練場へとたどりついた。
扉を開けると多くの剣士たちが私に挑みかかってくる。
スキルも発動し、弱体化した剣士たちを全て倒せば、修練場の中心に一人の剣士が現れた。
両手に違う長さの剣を持ち、髪はボサボサのおっさんである。
服もボロボロで、見た目はやる気のないおっさんだが、そのやや気だるげな目だけは私の一挙手一投足をとらえていた。
『俺ね。このダンジョンはまったく興味なかったんだ。メル姐さんと一緒に挑んでも得られるものがないダンジョンの筆頭だと考えてた』
道中でも聞いたな。
答えは教えてくれなかった。
考えてたってことは今は違うと?
『まあね。得られるものがない方の理由は口で言う必要もない。そいつと戦えばすぐわかる』
目の前の剣士と対峙する。
戦闘開始の合図はない。
私が彼の間合いに入れば、剣士は容赦なく片方の剣を振ってきた。
能力半減が効いていないのか。その勢いが落ちることはない。
しかしあまりにも遅い。
その剣が私に届く前に、シュウを彼の額に刺し貫く。
勝負は一瞬で終わり、アイテム結晶だけが残る。
――第一修練場制覇の証
一つ目の証をあっさりと手に入れてしまった。
シュウの解説はない。私もうっすら言いたいことに気づいたが口にしない。
そのまま第一修練場を出て次へと進む。
障害と呼べる障害もなく、第二、第三と倒し、第六も倒して攻略が終わった。
……弱すぎないか?
数百年前とは言え、一時代に栄光を築いた修練場の割りに剣士たちが弱い。
普通の剣士も弱かったが、ボスの剣士も雑魚の剣士と比べても違いがまるでわからないほど弱い。
『過去にすごい異様な時代があってね。真の剣士たるもの魔法などに頼らず、剣を扱う技量のみで強さを示すべきって時代があったんだ。短期間だけど、ここってその時代の修練場なの。アイテムや魔法による身体強化はなし。剣の形状はともかく魔剣などもってのほか、純粋な肉体のみでただの剣を振るってこそ価値があるって時代だね。その後はすぐに剣さえ使えば何でもありの時代になった。正確にはこの修練場はだいぶ違うんだけどね。何も知らん奴やメル姐さんから見たら同じものでしょう』
馬鹿にされてる気がするが、まったく否定できない。同じだ。
肉体のみって……それじゃダンジョンを攻略できないだろ。
倒せるモンスターがあまりにも限られてしまうぞ。
『ダンジョンの攻略なんて剣士まがいの冒険者や、剣も握れない魔法使いにやらせればいい。剣士は剣が振るえれば良い。違う?』
いや、まあ、剣士だから剣を振るえればそれで良いってのは単純明快だからわかるけど。
……何のために剣を振るうんだ。
『剣の道を究めるためだよ』
訳がわからん。
なんだこのダンジョン、というよりその時代は?
どうして一時代の剣士を育てた場所なのに、上級なんだって思ってたがそういうことか。
『ちなみに彼らと同じ条件で剣の死合いをすると難易度が超上級に跳ね上がる。クリアした奴は片手の指で数えられる。片手どころか二人だけか。特殊アイテムも手に入る。名誉アイテムだから効果はないけどね。これの取得は諦めて』
チートなしでの戦いってことだろ。そりゃ無理だ。
剣士対決だと超上級ってことは、あのボスたちは剣の腕はちゃんとあるんだな。
『心技体は間違いなく最高峰だよ。能力半減が効いてなかったように見えたでしょ』
そういえばそうだな。
え、本当は効いてたのか?
敵対意識がなかったのかと思ってた。
『一瞬だけ効いてて、敵対心に反応してるって感知して消してきた。あっさり倒せたから雑魚と思ってるなら間違いとは言っとく。ボスは全員が化けものだよ』
あれって感知してから消せるのか?
能力半減は効果範囲こそ短いが効けば、ほぼどんな相手でも倒せるようにしてくれるスキルだ。
スキルをまともに食らってから回避してきた相手は多くない。人間ではいないだろう。それこそ超上級ボスクラスだ。
バフとかアイテムを付けるとどうなるか試してみたいな。
でも、絶対するなみたいな注意書きもあったような気がする。
『そう。禁忌。やっちゃいけない。もうされてるんだ。モンスターもボスも基本的に正道側はバフをかけると動かなくなるんだよね。それは剣の道にあらずってことで。アイテムは無理だけど、ボスにバフをかけて実験がおこなわれた。超上級パーティーがひたすら挑発して、ついに一人を動かしたんだ。第一修練場の双剣使い。結果、細断された』
超上級パーティーの前衛が真っ二つにされたのか。
バフをかけるとそんなに強くなるとかおかしいだろ。化けものに違いないな。
『違う。裁断じゃない細断。細切れだよ。しかも前衛だけじゃなくて四人全員が瞬く間にみじん切り。実験を観測してた奴だけがメッセンジャーとして生かして帰された。バフとかアイテムをつけたらあのボスどもは余裕で超上級超えなんだ』
こわぁ。
見方が変わっちゃうな。
怖いけど面白い話ではあるな。
『真に面白いのはその後なんだけど、話しても伝わらないからやめとこう』
え、気になるじゃん。
そこで終わるくらいなら最初から言わないでよ。
『じゃあ、話そう。第一修練場の主は細切れ事件の後に、己の行為を恥じて、修練場の全剣士の前で全員と一対一の死合いをおこなって彼の道を示した。結果、彼は道に反していないと全員から評されて第一修練場の主としてまだここにいる。――ここまで。何が面白いのかまったくわからないでしょ?』
…………面白い部分がどこにあった?
本当に何もわからんぞ。
『だからわからないって言ったんだよ。でね。今の時代で対人専門の剣士として強くなりたいなら、ここで彼らと同条件で数年間ほど修練してから身体強化や魔剣を使うとかすると対人最強の一角にはなりうる。用心棒としては良いだろうけど、用心棒のためにそこまでやる必要がぶっちゃけない』
ちなみに今の時代でもここで修練する剣士が本当にいるらしい。
なんでも彼らと同条件の状態でいるのなら決闘以外で殺されることがなくなるようだ。
攻略前までなら「修練者も当然いるでしょ」と思ったが、今なら「なんでいるの?」って疑問を持つレベルである。
身体強化やアイテム、魔法に頼らない剣士ってどうなんだろうか。
『総合力もない。剣が無効の魔物やモンスターは倒せないだろうし、毒や目に見えない攻撃魔法といった搦め手にも弱い』
そりゃそうだよな。
私にはいまいちすごさがわからん。
それよりお前が聞こえるポエムの主はいたのか?
『たぶんいない。正道じゃなくて邪道の方かな』
ああ、倒す順番を工夫した際の変化するボスか。
ギルドの姉ちゃんが言ってたな。何のことかよくわからなかったが、邪道ってのが何でもありのほうか。
そっちの方が強いんだよな。
『そっちでようやく上級なんだよね。やっと魔法やらが剣に混ざる。さっきまでは初級から中級。ポエムの主は魔法も使える。正道の剣だけに生きるって道は選べないだろうね』
ポエムの内容は朧気だが、子どもの時にすでに剣も魔法も才能に恵まれてたんだろ。
それなら邪道のボスになってるに違いない。
『どうかなぁ?』
さっきも疑問を抱いてたな。
何が疑問なんだ?
『ポエムでは子どもの頃の全能感をむき出しにしてる。こういうガキは成長して大人になると「神童も二十歳過ぎればただの人」の典型になる。何にでもなりえる奴は無数の選択肢から最適な選択肢を決定しきれず、けっきょく何にもなれない。彼らが最適な選択をしている間に、突き進まざるを得なかった凡人は百歩先を進んで追い越す。ここの剣士がモンスターとしては弱いって評されるのはそのとおりだと思うんだけど、正道の剣の道を突き進むのは非常に険しく困難だ。剣しかない奴が進む道なんだよ。いざとなれば剣以外に逃げられる奴が進むべきみちじゃない。彼が本当にこの道を進んだのかが怪しいし、邪道を選んだにしても中途半端になって、隠しボスどころか邪道のモブに混ざっててもおかしくない。ちょっと探すのに手間がかかるかもしれない』
面倒だなと口にするシュウは、しかしどこか楽しそうである。
ただの雑魚掃討の予定が、ポエムという謎が発生し退屈が紛れているようだ。
ボスをリセットするには一度外に出てアイテムを特定の場所に置かなければならない。
しかし、新しいボスが私たちを待っている。隠しボスだ。
これくらいの手間は惜しむべくもない。
夢みた特殊なダンジョンも、願った隠しボスもここにある。
『それらはすべてここにある、と。メル姐さんも今日は詩人だねぇ』
とりあえず、いったんダンジョンの外に出ることにした。
2.挫折
【 君は火炎だ。
君の熱さで僕の足は進まない。
だからもう、僕を燃やすのはやめてくれ。
君は巨岩だ。
君の巨体で僕の足は進まない。
だからもう、僕を圧し潰すのはもうやめてくれ。
君は氷河だ。
君の崩落で僕の足は進まない。
だからもう、僕を突き落とすのはやめてくれ。
君は落雷だ。
君の稲光で僕の足は進まない。
だからもう、僕を突き刺すのはやめてくれ。
君は竜巻だ。
君の強風で僕の足は進まない。
だからもう、僕を巻き上げるのはやめてくれ。
君は暗黒だ。
君の暗さで僕の足は進まない。
だからもう、僕から光を奪うのはやめてくれ。
僕の足は進まない。
わかってる。本当は君は僕から何も奪っていない。
僕が失ったと思い込んでるだけなんだ。
ああ、君よ。
どうかもう僕を責めないでくれ。
そして僕に返して欲しい。
君に立ち向かう勇気を。足を進めるだけの力を。
君は何も言ってくれない。
黙りこくって僕を見つめている。
僕の足は進まない。
君を見ることすらできない。
君が本当は何かがわからない。
なあ、君よ。僕はどうすればいいんだ? 】
邪道のボスに挑むべく、ダンジョンを出てまた修練場に戻ってきた。
山の上にあるため、階段を降りてまた上がってくるだけでも地味に手間がかかる。
『またポエムが聞こえた』
お、順調に進んでいるな。
内容は?
『「挫折した」と書くだけでこの行数』
詳しくは語らなかったが、どうやらポエムの主は挫折したらしい。
しかもすごい長いポエムだったようだ。長けりゃ良いってもんでもないんだよな。
だらだら単調だとかえって疲れる。内容にメリハリがあって、ちょうど良いぐらいの長さってもんがある。
『自虐が過ぎる』
どこが自虐なんだ?
……待ってみたが返答はない。
とりあえず邪道のボスも倒していくとしよう。
アルタマク修練場は剣士のダンジョンでも有名ではあるが、ボスが替わることでも有名だ。
正道のボスを全て倒し、手に入れた六つの証をダンジョンを出て入口に置かれている剣士の灯なるたき火にくべる。
たき火にくべると木製の証が燃え、ダンジョンに戻ると邪道側のボスが各修練場に現れる。
このボス変更の条件は史実に基づいているようだ。
過去に正道の剣士の在り方に疑問を持った邪道の剣士たちが修練場を訪れた。
正面から正々堂々と勝負を挑み、邪道側の全員が正道側の剣士に実力で勝利を収めた。
勝利を収め、山を下りた後、彼らは入口の灯火で証を全て燃やした、という伝承から来ている。
ちなみに彼らは証を燃やしはしたが、アルタマク修練所を陥れるような喧伝はしなかったと言われている。
けっきょく何がしたかったんだろうな。
『いろんな解釈がある。邪道もまた道。正道の在り方に疑問はあれど、同じ剣の道を進んだ者たちを貶めることはできなかった、やら。あるいは、正道の正道たるを見たとか。正道に勝った証は己の内にこそ示すものであり、外に示すものではないってところで証を燃やした、とか。他には、そもそもやり方が間違ってたよな、とかだったかな。まぁ、戦ってみれば良いよ。――相手にならないから』
……えっ?
相手にならないって、えっ?
魔法もアイテムもありで、正道にも勝ってるんだろ? 上級なんだろ?
『ソロで死合うなら超上級にかかる』
なおさら強いじゃないか。
私の疑問にシュウは何も答えない。
正道の時と同じパターンだ。戦えばわかるということだろう。
一人目は炎の剣を振るう奴だった。
炎には耐性があるので正面から放たれる炎を受け、距離を詰めて斬ったら終わった。
二人目は雷の剣。
速さと痺れが売りのようだが、私の方がなお速いので無意味である。
雷の痺れも無効化できているのでまったく意味がない。
三人目は土の剣。四人目は……と魔法やら魔剣の要素は確かに増えた。
六人目の毒使いもあっさり倒してしまった。
毒は効かないんだよな。
しかし、なんだろうか。
手ごたえがないというか、大きなところは変わってないな。
むしろ弱くなってないか。普通に能力半減が効いてあっさり倒せた。
『「邪道」だからね。邪道って言い方が良くないんだよな。剣を振って最強を目指す剣士たちか。悪く言えば、剣士が魔法やらアイテムを追加してより効率的かつ確実に相手を殺す方法を模索してしまった形なんだ』
シュウにしては珍しい物言いだ。
こいつが「悪く言えば」で始めれば容赦ない言葉が並ぶが、常識的な範囲で収まっている。
常識的どころか柔らかさを感じるほどだった。
『かなり悪く言ってるつもりだけどね。戦って何となく気づけたと思うけど正道の方がずっと強いよ』
それは、そうだったな。
人間としての身体能力限界からは脱していないが、正道のボスたちは能力半減にも対応していた。
もしも彼らが身体強化なりを使っていれば――。
混ぜ返すようだが、正道の剣士はなぜ能力強化を使わないんだ。
おかしいだろ。お前は言っていた。身体強化を使うだけで超上級を超えると。
剣で最強を目指すなら、未知で想定外の敵を想定して、それに対抗できる手段を考えるべきだ。
魔法だってアイテムだって使えるものを全て使って強くなっていくべきだろう。
そこまでの能力があってなぜ素の力にこだわる。もったいない。
『おぉ』
シュウが感嘆符だけ発した。
珍しい。いつもなら笑いと嘲りがセットでついてくるのに。
『たまげたな。三段論法だ。……すごい。メル姐さんがロジカルだ』
何だろう。
本気で感動しているのが伝わってくるが、伝わるからこそ腹が立つ。
『「剣で最強を目指す」ならば「全てに対応できるよう強くなるべき」。「全てに対応できるよう強くなるべき」ならば「魔法やアイテムも惜しむことなく使って対応力を増すべき」。すなわち「剣で最強を目指す」ならば「魔法やアイテムを惜しむことなく使って対応力を増すべき」。……書に起こして保管しとこう』
書に残す必要ないでしょ。
それよりその三段論法とやらは間違いだったか。
『論法は完璧だったよ。だからこそ俺は感動してるんだ』
感動はわかった。
それより私の論法が間違ってないなら、彼らはなぜ自ら強さの幅を狭めるんだ。
最強の剣士を目指すなら強さの幅を狭める必要ないだろ。
『論法は間違ってないんだけど、その論法を使う上で一つ指摘しておくことがある。三段論法は最初の「AならばB」のAが真である必要がある。惜しいことに「剣で最強を目指す」って前提が間違ってるから、その後も全部間違ってる。前提として、ここの奴らは剣で最強なんてものを目指してない』
……はい?
剣の道を究めるのがこのダンジョンの在り方なんだろ。
それはつまり、剣を使っての最強を目指してるってことなんじゃないのか。
『一つの時代としては正しいし、「邪道」の彼らにも適合する。だけど、この修練場については完全に間違い。この修練場の奴ら――正道の剣士が歩む剣の道ってのは「剣を使って人としての完成を目指す」っていう一種の悟りの道だよ。剣で人を効率的に殺すことしか頭になかった奴らが、剣を使って人に成ることを目指すのがこのアルタマク修練場なの』
意味がわからんのだけど。
人になる?
『メル姐さんでいけば、ダンジョンを通して、人間一般や自らが何者かを冒険者として問い詰めていくってこと。ときどきだけど口にしてるでしょ。詩人のごとく。あぁダンジョンがあるのに人同士が争ってるのは馬鹿らしいとか、あぁダンジョンと比べれば自らは小さい存在なんだなぁとかって。あれをもっと突き詰めて問い詰めていくの』
なんとなくわかるような、わからんような。
わからんが勝るな。それにそんなにあぁあぁ付けてないよ。
『ダンジョンだと例えが悪いな。別物過ぎる』
魔法とアイテムなしってのはなんでだ?
『剣を介して己を顧みるなら剣以外は不純。魔法を消し、アイテムを消し、魔剣も消しってね。ここの正道の剣の道ってのはあれこれ付け加える道じゃない。そぎ落とす道なんだ。最終的には心技体も霞んでいって、剣すら要らなくなるだろうけど、そこまで至ると修練場を卒業しちゃう。ここに残ってるのは卒業できずモンスターになった化けものか、卒業に至った奴の過程だけが残されてる』
……以前から不思議に思ってたことがあるんだよな。
どうして修練場や道場系のダンジョンが少ないのかなって。
どうして過去の人や実際の人をモチーフにしたモンスターがあまりないんだろうなって。
今さらながら答えを得た気がする。
強くなろうとするだけの場所はダンジョンになるほどの異質さがないからで。
モンスターになるような人間は、そもそも最初からモンスターと変わりがないからってことなのか。
『その二つがセットだね。異常な精神性を秘めた場所と人の両方が必要。周囲から異端に扱われたり、今回みたいな外界との接点の逸話があればなお良し』
私が気づくくらいだ。
邪道の剣士たちも気づいたんじゃないか。
勝負は勝ったんだろうが、本当に強いのがどちらなのかって。
『強さもだけど、求めるゴールがまるで違うと気づいたんでしょう。証を燃やして帰ったのもそのあたりかな』
ああ、やはりダンジョンだ。
ダンジョンは私にいつも新しい気づきをくれる。
胸が熱くなるな。なぜこんなにも私に新しい感動をくれるんだろうか。
『メル、ことごとく、感嘆し。はた、ことごとく、わすれゆく』
なんか馬鹿にされてる気がする。
とにかくだ。
彼らが剣の道を歩んだように、私もダンジョン道を邁進することにしよう。
3.再起
【 僕は過去の刃を研ぎ続け、その欠けたるをひたすらに見つめる。
過去の刃はもうすでになく、新たな刃が刀身に宿る。
そうして刀身に君が映るのを見た。
ようやく僕は君の手を、足を、顔を見ることができた。
ずいぶんと長い時間をかけてしまった。
僕は君で。君は僕で。打ち克つ相手は僕自身だった。
僕は君に問いかけて、君は僕に答える。
次は、君が僕に問いかけて、僕が君に答える。
あまりにも緩慢な歩みではあるけれど、地に足がついている。
僕は確かに進んでいる。この道がどこへ続こうとも僕は進み続ける。 】
私たちは、翌日もポエムの主を探している。
昨日は邪道のボスを倒した後で、あちらこちらをゆっくり探索したが何も見つからず町に戻った。
今日はどうかと引き続き探索をしているが、隠しボスも見つからず、ポエムも聞こえていないようである。
『いや、ポエムがちょうどまた聞こえた』
ポエムの内容を尋ねると昨日の挫折から復帰したとシュウは言う。
邪道を中心に探していたが、どうやら正道の中にいる可能性も捨てきれなくなった。
隠しボスの邪道の剣士六体のアイテムを特定のボスの前で使うことで、過去の襲撃時の対戦を見ることができるというのもあったが、見たところで得られるものはなかった。
邪道ボスの方が圧倒はしていたが、余裕が見られたのは追い詰められた正道ボスという不思議な光景だったくらいか。
とにかくシュウに言われていろいろとやってみた。
まずやったのは正道のボス六体を無理矢理一部屋に集めてから倒した。
これはやった人がいなかったのか隠しアイテムが手に入った。
――正道制覇の証
さらにこれをダンジョン外の灯火で燃やした。
修練場に戻ると邪道のボスが第一から第六まで出てきて、倒した後に六体まとめて出てきた。
六方向から邪道ボスが出てきての総力戦だ。
驚きはあったが各個撃破することで苦戦はさほどなかった。
――邪道制覇の証
どうするんだ?
また、燃やしに行くか?
『燃やすは燃やすけどルートが絶対的に違うよなぁ。今やってるのは歴史をなぞって、ちょっと脇道に逸れてるだけだ。正史に絡まないルートを踏む必要がある』
私よりもシュウの方が隠し要素探しに熱心である。
昨日からダンジョンのボスはおろか、モンスターの一人一人を観察するからゆっくり倒せと私に指示するほどだ。
ちなみに邪道制覇の証を燃やした後でダンジョンに戻ると、正道と邪道のボスが六対六の総力戦をやってくれた。
参戦はできない仕様だったが、なかなか派手で素人目でも楽しい。
やはり魔法やアイテムありの邪道の方が勝ったのだが、最後に互いに一礼して終えたのは見ていて気持ちが良かった。
さらに翌日である。
正道と邪道をそれぞれ一周した。
『確認がてらまわってみたけどやっぱ駄目。方向性を変えよう。このルートは違う』
方向性を変える、と。
他のダンジョンならモンスターから地形に目線を変えるとかだな。
歴史に目を向けたところもあった。ここの場合は歴史からもっと別のところを見るってことか。
『そう。第一から第六修練場のどこかにポエムの主がいると考えてたんだけど、この考えは間違ってる気がしてきた。どいつもこいつも能力の差はあれど正道の剣士すぎる。ポエムの主は本当に剣士なのか?』
修練場のダンジョンなんだから剣士でしょ。
『果たしてそうだろうか。ダンジョン以前にここは修練場。修練場にはざっと数えただけで百人を超える人間がいる。しかも住み込みだ。掃除程度なら彼ら自身でできるだろう。怪我や病気をしたときの治療は誰がやる? 修練場の修繕や整備は誰がやる? そして、――彼らの食べる飯は誰が作る?』
読めてきたぞ。
つまり、お前が言いたいのはこうか?
ポエムの主は料理人だと。
『可能性はある。正道の剣士は魔法もアイテムも捨ててるけど、彼らの食べる料理やその作り方に制限はない。料理人なら包丁だって良いものを使う。火魔法や風魔法だって使う。身体強化だって必要かどうかはさておき使う。さらに最高峰の剣士たちの食べる食事を作っているという事実はちっぽけな自尊心も満たせる。調理場にも行ってみよう』
修練場は広いのでどこが調理場なのかはシュウの案内がないとわからなかった。
調理場にむかう途中で何となくだが当たりを引いた感覚があった。
修練場も広かったが、それに負けず劣らず調理場も広い。
広さはあるが、時間帯が悪いのか、そもそもモンスターがいないためかあまりにも閑散としている。
鍋や包丁、まな板といったような器具は今はもうなく、料理に使われる食材も当然として置かれていることはない。
閑散としているが、無音ではない。私の足音ともう一つ短く小さい音が何度も響いている。
寂しさを感じえない調理場にたった一人、奥の方でテーブルにむかっている奴がいた。
近づいても男は私に目を向けない。手に持った包丁を一心不乱に研ぎ続けている。
髪を後ろで一本に束ね、袖が邪魔にならないよう襷で固定されている。
『やったぜ』
大当たりのようだな。
しかし、最初からいた可能性もあったのではないか?
『ここにモンスターが出るなんて情報はなかった。今となってはどれがフラグかはわからないけど、何らかのフラグを踏んだから出てきてる。邪道の剣士を六人まとめて撃破が怪しいかな』
それは昨日、私が初めて達成した条件だったな。
たしかに出現条件としてはあるだろう。しかし、邪道六人をまとめて倒した成果が料理人一人というのはあまりにもしょぼくないか。
『それでも隠しボスは隠しボスでしょう』
もっともだ。
昨日の邪道六人とはまた違う喜びだ。
私はシュウを手に取った。
料理人の男は包丁を研ぐ手を止めた。
包丁を掲げて、刃に刃こぼれがないことを確認している。
刃こぼれはないようで包丁をテーブルに置いた。
そこでようやく男は私に対峙した。
その目に彼の心を見た。
ボスとは思えないほどのぼんやりした瞳をしていた正道の剣士の目とは違う。
力を、勝利を、最強を目指していた邪道の剣士たちよりもなお、ギラついた眼差しが私を見つめてくる。
「ここは調理場。剣を交える場にあらず。第一修練場で待つ」
男は踵を返し、背を向けて歩き出す。
歩き出すとその姿は徐々に薄れ、靄のように消えてしまった。
『強い。しかも、今消えたのは術技だ』
そりゃけっこう強いだろうよ。
術技はわからんが消えたのは不思議だった。
そんなことよりも私にはもっと気になったことがあった。
喋ったぞ。
喋る人型のモンスターとか久々だ。
ダンジョンのボスは原則として喋らない。
基本的にモンスターなのでそりゃ人の言葉は発しない。
不思議だが、過去に人型のものがモンスターになってもなぜか喋らない。
冒険者の格言で「ダンジョンで人の言葉が聞こえたら逃げろ」とある。
周囲に人がいれば話は別だが、いないはずなのに人の言葉が聞こえたなら自分の精神がおかしくなっているか、御し得ない存在が近くにいるということだ。
特に「おーい」といったかけ声や、「助けてくれー」という救援の声は発声できる狡猾なモンスターが人をおびき出す典型例だ。
奴らは言葉の意味なんてわかっていない。効率的に人を殺す方法として、人の声を模した音を出しているだけ――シュウが言ってたから間違いない。
ちなみに本当に助けて欲しい時は、「とにかく叫んで走れ」と初心者のうちに習う。ギルドでも教わる。
『ちなみに人型のモンスターは念話で互いに会話してるって研究結果が出てる。俺もよく観測してるからこっちは間違いない。人と話せないのはダンジョン化の影響が大きいけど、ここはまだ不明なんだよね。とりあえず人と会話で意思疎通できる奴は、そのダンジョンにおいて無駄な機能を持つに至ったポテンシャルの高い奴と考えて良い』
難しい言葉で言ってるが、要するに喋る奴は強いってことだ。
雰囲気はあったよな。まあ、雰囲気を言い出すと、邪道の剣士は全員雰囲気があったことになるんだがな。
『強いし雰囲気はあるけど……。まぁ、行けばわかるか』
広い厨房についに私一人となる。
先ほどまで聞こえていた包丁を研ぐ音も聞こえない。
厨房は静まりかえっている。私もボス戦を控えて心が鎮まっていくのを感じた。
厨房はもぬけの殻で、かつての喧噪や熱気は失われている。
だが、私の心は違う。
『無限の静けさがあり、火のような情熱が燃えている、と』
いざ、第一修練場へ。
4.決戦
【 勝負のとき、きたれり。
あらゆる声をこの手に集め、吟味し、対策を打つ。
僕にできうる全てのことはおこなった。
僕のことごとくをもって貴方をここで待ち受ける。
さあ、貴方。はやく扉を開けてくれ。
僕はここで只一人。貴方が来るのをじっと待つ。 】
私は第一修練場の扉を開ける。
修練場の中央に先ほどの男がいた。
一本の短剣を左手に持っており、刃は小さく弧を描いている。
服装も先ほどまでの調理用の服ではなく、黒を基調とした腕や足のシルエットを隠すようなゆったりとした服だ。
目だけが先ほどと同様の剣呑な目つきでこちらを見つめている。
さらに第一から第六の修練場のボスから離れて右手に並び、左には邪道の六人の剣士が同様に並んでいた。
一瞬、総力戦かと思ったがその雰囲気はない。彼らは剣を持たず、自然体で立っている。
敵意は感じられない。見学なのかな。
『敬意を払ってるね。で、誰だこいつ?』
えっ?
名前は知らんけど、ポエムの主で隠しボスでしょ。
『隠しボスではあるけれど、ポエムの主ではない。持ってる剣も直剣じゃないし、一人でもない。ポエムから滲み出る人格と今の雰囲気が明らかに違う。あぁ、アルタマクか。――このルートも外れ。念のため封印は切っとくから好きにやってみなよ。……たぶんぐだるな』
シュウはすでにボスに対して興味を失ったようである。
ひらりと私の腕から布が落ち、地面にたどりついたところで戦闘が始まった。
最初の一振りは全速力で斬りに行く。
隠しボスはまるで反応できず、その肩あたりから斜めにシュウを振った。
しかし、手ごたえがあまりにもない。
映像を斬っただけのようで、ボスに切り傷も残らない。
『右ね』
目だけで右を見れば、ボスが立っていた。
剣をすでに振っているが速度はさほどない。見てから何とか避けることができる。
距離を取って改めて対峙する。
ボスも剣を軽く振って、体の動きを確かめていた。
『能力半減は効いてる。精神の研きが足りてないな。それと今のは術技だね。現象だけ抜き取れば残像を残す短距離転移。うーん、鬼ごっこだな』
シュウの言ったとおりになった。
私の攻撃も、ボスの攻撃も互いに見てから回避が間に合う。
特に私の剣は見切られているのか当たる気配がない。
術技を合わせられ、回避が間に合わず、ときどき斬撃や突きを食らうのだが、能力を上げた私に傷を与えるほどのものにならない。
『互いに決定打が潰されてる。やっぱりこうなったか。もう終わらせよう。選択肢が二つ。そこそこ真面目に戦う? チートで圧倒する?』
真面目に戦えるのか?
攻撃がまったく当たらんぞ。
言われてから斬っても当たる気がしない。
『理を握ってるからね。最適解で避けて攻撃される。一回だけなら対最適解の不意打ちが効く。やってみよう。――正面から斬りに行って。斬った後も止まらずまっすぐ壁際まで進む』
言われたとおりにシュウを振るう。
斬ったのはやはり残像だが、残像を突き飛ばすようにして前進していく。
『壁際で振り返る』
壁に手をついて止まり振り返る。
ボスはやや離れたところからこちらの動きをうかがっていた。
『ステルスで姿を消すから、歩いてボスに近づいて。攻撃する気は消してね、察知されるから。散歩気分で行こう。焦れったいほどのペースでレッツゴー』
私の姿が消え、ボスが周囲を軽くうかがった。
見えないと悟り、剣を構えた体勢でやや力を抜いた状態となった。
そんな彼にむけて、ゆっくりと歩いて行く。ダンジョンを歩く時よりもずっと遅い。
彼の間合いと思える距離まで近づいた。
私には気づいていないようだが、今にも剣を振ってきそうでどうにも落ち着かない。
『左に回りこむ。……この位置で良い』
むかって左に向かい、ボスから見て右後ろに立つ。
こちらは見えていないはずだが、見られているそんな感覚がある。
『俺を右手に持ち替えて。それで右腕を横に伸ばして後方に俺を置く』
ゆっくりとシュウを右手に持ち替える。
そして、右腕を伸ばす。
『もうちょい上。やや右かな。……ここで良い。で、右腕はこの状態のまま、左腕をボスの肩付近に勢いよく伸ばして。手を突き刺す気持ちで』
シュウを持ち替えて空っぽになった手を伸ばして、ボスの肩付近をめがけて左手を伸ばした。
左手がボスにかすった感覚だけはあったが、その後は手ごたえが消えた。
代わりにシュウを持った右手から手ごたえがあった。
見れば、シュウの先端がボスの首に食い込んでいる。
半分だけ首に突き刺さり、私が驚くとシュウが動き、そのままボスの首から離れ、血が噴き出した。
『極限の反応速度と最適な位置取りに転移。全てを逆手に取ると先置きができちゃうんだよな』
ボスが首を手で押さえるが、血はもう止まらない。
片方の手で剣を構え、構えた姿のまま光に消えてしまった。
左右に分かれて見学をしていた正道・邪道の剣士たちも消えていく。
ボスの鮮やかな血の赤も消え去り、アイテム結晶のぼんやりとした白い光だけが残る。
――アルタマクの万物斬り包丁
アルタマクってこの修練場の名前だよな。
創設者か何かか?
『創設者ではないんだけど、趣旨としてはだいたい合ってる。初めの剣士アルタマク。剣聖、剣神、断刀……。いろんな称号やら渾名はついてたけど、一番皮肉が効いてたのは剣鬼だね。人を目指したけど、とうとう剣を捨てられなかった鬼』
剣鬼か。手強かったな。
封印を解いた状態でもまともに攻撃が当たらなかった。
能力半減を食らっても、避けて反撃してくるとか初めてだ。
あちらの攻撃も致命傷にならなかったが、普通の人間なら死んでるだろう。
『大半のモンスターも致命傷だよ』
そうか?
殺傷力はさほど高くなかっただろ。
硬いモンスター相手ならダメージが通らないぞ。
『ボスの短剣……ダンジョンのカテゴリーだと包丁か――あれは切れ味が大きく落ちる代わりに、対象の内側を切り込んだ場合の破壊及び切断の効果を激増させたものだった。わかる? 俺たちが最後にボスを仕留めた攻撃は、本来ボスの必殺技だったんだよ。短距離転移で剣を相手の体内に転移させるんだ。時空間耐性持ちじゃないと避けられない』
剣もやたら短いし、切れ味も悪かったのはそれでか。
なんか普通に切れ味のある剣で戦ってたら負けてそうだったな。
『だろうね。もっとリーチがあって切れ味の良い剣を持ってたら、最初の一刀で首ちょんぱされて終わり。見学の剣士たちが剣を持ってきてないのも助かった。他に剣があったら俺も口を出してチートごり押しになってたね。やれやれ、自他共に認める最強剣士なのに、強化された身体能力と術技に頼すぎて包丁カテゴリーを持ってくる似非料理人か』
このダンジョンはほんとそういうのが多いな。
バフをかけたら明らかに私よりもずっと強い正道の剣士。
最強を目指しているはずなのに、剣に囚われすぎてる邪道の剣士。
術技とバフと包丁に囚われて剣士であることを忘れかけた最強の料理人。
せっかく正道と邪道のボスが勢揃いで見学に来てるのに、これじゃあ見学の意味もないんじゃないか。
『意味あるでしょ。正道の剣士から見れば反面教師として良い対象だし、邪道の剣士から見るとより上を目指す素材となる良い対象。どちらも見るべき点がある』
ダンジョン名にもなってるのにアルタマクの扱いがひどい。
シュウからは「ここってそういう趣旨の修練場だから」というだけでそれ以上の解説はなかった。
『視点を変えてみたけどけっきょく正史ルートに乗ってしまった。料理人で当たりと思ったんだけどなぁ。ポエムの主はどこにいるんだ』
おっと、隠しボスを倒して満足してたが本来はそいつを探してたんだな。
もう剣士は飽きてきた。見つけられなくて良いぞ。どうやっても隠しボスより強くなりそうな気はしないし。
『いやいや。ここまで来たら見つけ出さないと気が済まない』
シュウは本気である。
アルタマクを倒したことで他のモンスターも解禁された。
医療従事者や大工、門前の修行小僧などだ。
夕方までいろいろと行動観察やら実際に戦ってみるなどの検証をおこなった。
しかし、どれもポエムの主ではなかった。
『ルートが絶対的に違う。どこだ? 何を見落としてる? 全然わからんぞ。時間経過型のイベントか』
当人は完全に沼に嵌まってしまった。
強制的にダンジョンから離れる選択肢も視野に入れる頃だろう。
エペの里に戻り、飯を食いに行く。
ギルドに併設された飲み屋がないタイプなので、あちらこちらの店を巡っていた。
隠しボスも倒せたので、今日はお祝いに高そうな飯屋に入る。
昨日から店の前を漂う匂いが気になっていたのだ。
「いらっしゃいませ。極限級冒険者のメル様。良い攻略ができた様子でございますね」
ガタイの良い男の店主が出迎えてくれた。
どうやら私の職と名前を完全に把握している様子である。
昨日も別の店で話になったので驚きはない。何なら里全体で話題にされている。
挨拶も控えめに、席へと案内された。
どうやら貸し切りの様子で他の客の姿は見えない。
おすすめで良いか尋ねられ、特にこだわりもないのでそれで良いと返す。
ぼんやりしていると、料理が運ばれてきた。
高級そうな店構えの割りに、皿に載せられている料理は雑である。
どろっとしたソースがかかった肉だ。ぱっと見で鶏肉だろう。モモだろうか。
ちょっと意外だ。
もっと小ぎれいにした食い応えのないちょろっとした料理を予想していた。
しかも、こういう店は食前酒や前菜、あるいはスープから出されることが多い。
酒もグラスではなく木のジョッキ。中もワインではなく、あちこちで飲み慣れた麦酒だ。しかもいきなり肉。
……これはあれか。
ときどきあるやつだ。冒険者風情に俺の上等な飯を食わせる必要はないってパターンか。
だが、その割に接客はちゃんとしている。店員ではなく店主本人が皿を持ってきて、今も横でニコニコしている。
直接反応を見て楽しむタイプだろうか。嫌な店に当たってしまったな。
それでも飯は飯だとフォークで肉を刺して口に入れる。
「……うっま」
思わず声が出てしまった。
最初はただの肉だと思ったが、噛めば噛むほど味が出てくる。
ソースもシンプルだと思ったが、私でもわかるほどに香りや味がしっかりしているのに何を使っているのか複雑でわからない。
店主は私の反応に満足したようで、次の食事を持ってくる。
スープやら、焼いた魚、シャーベットにお菓子と私の好みを知り尽くしたようなコースである。
最後に紅茶が出された。
こちらもミルクと砂糖がたっぷりでときどき葉っぱの匂いがする程度だ。
シュウからはもはや紅茶である必要がない。邪道すぎると罵られているがうまいものはうまいのだ。
「ご堪能いただいたようですね」
満足のピークが過ぎたところで店主から声がかかった。
タイミングも完璧だ。
ああ、素晴らしかった。
隠しボスを倒した祝いとしては最高の食事だった。
「なによりです。メル様に合わせて特別に準備をした甲斐があったというものです。僕も今宵は決戦の心持ちで挑ませていただきました」
『……ぁ』
私向けに?
いや、私向けなんだろうな。
表現は大げさだが納得できる。
じゃっかんの気持ち悪さはあるが、それを遙かに上回る満足感がある。
料理の量、味付け、盛り付けの仕方、食器の平凡さと気構えることなく食べることができた。
その全てに対して完璧という評価を付けざるを得ない。
この食事に対する対価は何がふさわしいだろうか。
とても金貨数枚では割に合わない。
そうだ。
隠しボスで手に入れた包丁はいるか?
「ありがとうございます。しかし、お気持ちだけいただいておきましょう。僕には、手に馴染んだ昔からの包丁があります。お題も通常のものでけっこうでございます。メル様に堪能していただいた――この事実が僕にとって最高の代価となりますので」
そこまで言われるとなんだか面映ゆいな。
とにかく最高の食事だった。明日からまた隠し要素を探す活力が湧いた。
『――いや、もう終わりにしよう』
……そうか。
私としてもそれがありがたい。
正直、ポエムの主とかどうでも良くなった。
ここの食事で綺麗に攻略を終えられて私は大満足だ。
ごちそうになった。
店主も「光栄でございます」と完璧な一礼で示す。
私は代価を机に置いて席を立ち、店主と握手を交わして店を出た。
また食べに来たい気持ちもあるが、きっともう来ることはないという確信もある。
今日のまさに今この時の気持ちは忘れずにいたいものだ。
しばらく無言で歩き、食後の満足感を堪能していた。
シュウも空気を読んで何も言わない。
『人生別離足』
宿の前にたどりついたところで、ようやくシュウがボソリと呟いた。
意味はわからないが、今は尋ねる気にもならない。疑問よりずっと多幸感が勝る。
さて、修練場の攻略も終わった。
今日はさっさと寝て、明日の朝には里をたとう。
ポエムの主が見つからないのは残念だったな。
そもそも私にはポエム自体が聞こえないのでわからなかったが、今のお前はどんな気持ちだ?
お前なりのポエムがあれば聞くぞ。
『ただ一言、これに尽きる』
――けっきょく、お前は何者だったんだよ。