チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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第06話「成長止まぬゼバルダ大木 後半」

 蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛。

 見渡す限りに蠢く大量の蜘蛛。

 牙を鳴らし、毛深い足を忙しく動かす蜘蛛。

 勢いよく糸を吐き、動きを鈍らせてくる蜘蛛。

 

 そんな蜘蛛たちがアイラの魔法で一掃された。

 

「フハハ。見てください。蜘蛛どもがゴミのようです!」

『溜まってたものが出尽くしてスッキリ! もう空っぽで何も出ないよぉ。アイラたん、また今度もよろしくね』

 

 一人と一振りの叫びが響き渡る。

 頭痛に効く薬をあとで煎じてもらおう。

 

 

 

 ゼバルダの大木。

 中級ダンジョンのなんだかヤモリなボスを一撃で屠った私たち。

 その勢いは止まることを知らず、一気に上級へと踏み込んだ。

 

 されど今日はもういい時間だ。軽く見るだけ。

 本格的な攻略は明日から。

 今までも軽く見るだけのつもりでボスまで行ってしまったことが二回あった。

 しかし、今回は本当に見るだけにとどめる。

 

 ――はずだった。

 まあ、なんとなくそうなるんじゃないかとは思っていた。

 意味はなく必要もない言い訳になるが、ソロなら見るだけになったはずだ。

 

 ダンジョンの傾向は下の中級とさして変わらない。

 敵の種類が変わっただけだ。

 中級で要注意だった蜘蛛が上級ではメインとなり、その数が圧倒的に増えた。

 数、耐久力、糸による拘束とかなり面倒だ。

 私は耐性があるため気にならないが、糸と牙に毒と麻痺も兼ね備えている。

 

 攻撃も糸が絡んだところを見計らってしてくる上に、一体ではまず襲いかかってこない。

 緻密に私たちを取り囲み、自分たちの狩り場に誘い込んでから仕掛けてくる。

 蜘蛛は私が思っているよりも賢い生き物だったようだ。

 

『まじめな話。メル姐さんよりも蜘蛛の方がずっと賢、い、ヒィ、ヒャァー!』

 

 蜘蛛の糸で刀身をぐるぐる巻いてやると、シュウは金切り声をあげて喜んでくれた。

 そんなに喜んでくれると私も嬉しい。

 もっとしてやろう。

 

 話を戻そう。

 蜘蛛たちはその賢さが仇となった。

 私たちを取り囲んだところで、アイラの一時停止していた魔法が炸裂した。

 先のボス戦で見せてもらった炎の魔法が私たちを中心にして放たれた。

 

『二千エックス年。世界は魔法の炎に包まれた! 蜘蛛の糸は溶け、糸を吐き出した蜘蛛どもは蒸発し、あらゆる生命体は殲滅されたかに見えた。しかし、ぼっちとヒッキーは死滅していなかった!』

 

 そんな私たちに力を与えたチートが全部悪い。

 

『――などと供述しており、彼女たちの責任能力を疑問視する声も上がっています。なお、厚○労○省はこのような現状を重く見て。ヒッキーに対しては、先日から行われている家庭からの追放を中心とした――ブートアウト型の支援をより強化していくと本日の会見で発表しました。一方、ぼっちに対しては未だ対応が検討すらなされておらず。本人の自発的な意志が欠けていると言うにとどめています。この問題について専門家の意見を伺うため、本日はぼっちの第一人者であり自称冒険者のメルさんにお越し頂いています。さっそくですが、メルさん。この問題をいったいどのようにお考えでしょうか?』

 

 ――クソ喰らえだ。

 

 蜘蛛たちはもはや糸一本さえ残っていない。

 シュウとアイラは喜び、はしゃいでいる。

 

 さすがエルフというべきか魔力容量が人間とは比べものにならないほど大きいらしい。

 人間なら一日に一発が限度な魔法も惜しむことなく撃っている。

 しかも一晩寝れば回復するというすぐれものだ。

 

 スキルも増えた。

 恐怖と盲目、それにサイレントの耐性が加わったらしい。

 サイレント耐性――私にはあまり関係ないが、魔法使いのアイラがいるのなら詠唱を封じられるサイレントへの耐性がつくことは重要だろう。

 まあ、耐性がついたところでこのダンジョンでサイレントを使う敵はいないのだが。

 さらに盲目付与、恐怖付与確率上昇も得たそうだ。

 得たスキルはそのくらいだ。

 特殊なスキルはポイントが足りないらしい。

 敵の種類も中級と変わらないし、魔法の支援により私が斬る回数も減った。

 ポイントの入手が少なくても仕方ない。

 

 ちなみにパーティーメンバーが撃退した分のポイントも加算されるようだ。

 それでも直接斬った方がポイントの上昇量はずっと大きいとシュウは話す。

 なにより味が堪能できないと文句を言っている。

 

 

 

 さて、恒例のパターンになってしまったが目の前にはボス部屋だ。

 ボス情報もギルドで購入済み。

 体調も問題ない。

 対策もチートと魔法があればなんとでもなる。

 

「さあさあ、行きましょう! サクッと倒してお家に帰りませう!」

 

 アイラは私の返事も待たず、ボス部屋に入ってしまった。

 

「よし行くぞ」

 

 ちょっと待ってみたが、シュウから返事がない。

 そういえば上級に入ってからシュウはあまり話をしていない。

 

 どうかしたのか。もしかして蜘蛛が嫌いなのか。

 蜘蛛の糸で普通にわめいていたよな。

 

『このダンジョンだけどさ。ちょっと簡単すぎない?』

 

 おや、こいつのほうがダンジョンの難易に疑問に持つとは珍しい。

 それよりも蜘蛛が嫌いなことは否定しないんだな。覚えておこう。

 

 ダンジョンが簡単?

 いいことじゃないか。

 それだけ私たちが強くなったということだ。

 私一人ならもっときつかった。

 パーティーを組めばこんなものだろう。

 

『本当にそれだけかなぁ』

 

 それはチートとやらがあるからだろう。

 チートでアイラも魔法の欠点が消え去っている。

 

『それは……そうなんだけどね』

 

 煮え切らないな。

 思うところがあるなら言ってみろ。

 

『このダンジョンは中級がいいところだよ。敵の強さも、入手できるポイントも中級。ちなみにさっきクリアした中級ダンジョンのポイントに至っては初級並だ』

 

 確かに敵も中級とさほど変わらない。

 それでもギルドはここを上級と定めている。

 だから、このダンジョンは上級だ。

 

『それは形式的な話だよ。ギルドの格付けは間違ってると思うね。もしくは――』

「メルさぁーん! まだですか。早く来てくださいよ」

 

 扉の奥からアイラの声が響いてくる。

 これ以上、待たせる訳にもいかない。

 話の続きはまた後にしよう。

 

『……うん。そうだね。じゃあ、メル姐さん。張り切って行ってみよう!』

 

 じゃっかん後ろ髪を引かれつつもボス部屋をくぐった。

 

 

 

 部屋中に張られた蜘蛛の巣と蜘蛛が一匹。

 道中の蜘蛛よりも一際大きなものだ。

 

 だが、ボスはこの蜘蛛ではない。

 蜘蛛の腹に一刀の鎌が突き刺さっている。

 鎌が引き抜かれると蜘蛛は淡い光を残して消え去った。

 

 蜘蛛の姿が消えたことで鎌の持ち主があらわとなる。

 

 逆三角形の頭に大きな真っ黒な目が一対。

 体を支える六本の足。そのうちの前脚の二本は鎌状になっている。

 その鋭さは蜘蛛を貫いていたことからもどれほどのものかわかるだろう。

 さらにその背には長細く曲線状の翅を携える。

 全身は燃えるような赤を帯びている。

 

 ――クモキリカマキリ。

 こいつがこのゼバルダ大木の上級におけるボスとなる。

 

「焼き払います!」

 

 アイラが叫ぶ。

 焼き払う対象はボスではなく、蜘蛛の糸。

 初めにいた蜘蛛はボスの鎌で死ぬが、糸は残り続ける。

 ボスのクモキリカマキリは蜘蛛の糸がくっつかない。

 そのうえ、前脚に備わった鎌は蜘蛛の糸をやすやすと切断する。

 ゆえにここの蜘蛛の天敵となる。

 一方で私たちは当然、糸にくっつき動きを制限される。

 私一人では非常に不利な戦いになることと予想していた。

 

 しかしだ。

 パーティーを組んだことで、今回は定石通りの戦法が使える。

 まずは蜘蛛の糸を焼き払う。

 戦場を広げると同時に、動きの制限を取り払う。

 

 詠唱中のアイラへの攻撃を逸らすためカマキリにシュウを構え近寄る。

 蜘蛛の糸を腕と足に絡ませながらも、振り下ろされるカマキリの鎌をシュウで防ぐ。

 

『ちょっ! マジ痛いからっ! なんで正面から受けるの! 受け流すとか……ごめん。そんな技量なかったね』

 

 シュウの叫び声が頭に響き、しまいには謝られた。

 こちらはシュウ一本だが、相手は左右に二本。

 なんとかやれてはいるが防戦一方だ。

 ええい、チートで増えることはできないのか。

 

『ほう。増えて欲しい、と。そういうプレイがお望みですか?』

 

 やっぱりいい。

 これ以上うるさくなられたらたまらん。

 

「――燃えちゃえ!」

 

 アイラの詠唱が終わり、部屋中に熱球がまかれた。

 蜘蛛の巣が溶けて消える。

 カマキリは炎に耐性があるようで、炎の中でも平然としている。

 

「次の詠唱いきますよ!」

『一番良いのを頼む!』

 

 アイラは今度こそカマキリへの攻撃魔法を唱えていく。

 弱点と言われているのは氷。

 以前に見せてもらったことのある氷魔法だ。

 次こそは彼女自身ではなく、ボスを凍り漬けにしてやって欲しい。

 

『姐さん、跳ぶみたいよ』

 

 クモキリカマキリ。

 その背につく翅は飾りではない。

 飛び回ることはできないが、飛び跳ね着地点を調整することができると聞く。

 

 そして、クモキリカマキリ最大の弱点は着地だ。

 体が大きいことと足を四本しか使わないことから着地に大きな隙が生じる。

 さらにだ――、

 

『今っ!』

 

 飛び跳ねる瞬間もわずかに隙がある。

 シュウの合図を聞いて剣を薙ぐ。

 大きな手応えはないが、確かに当たった。

 

『だいぶ遅いけど、姐さんにしては及第点だよ』

 

 どんなに遅かろうが、結果的に当たればよかろうなのだ。

 カマキリは私とアイラのほぼ中間地点に着地した。

 魔法使いのアイラを狙って跳んだのだろうが、足を斬られたことで跳躍が足りなくなったのだろう。

 さらに足に傷を負ったため、着地も乱れ体勢が大きく崩れている。

 

『早く後ろから斬るか刺すかしてっ! 姐さんの体が……遺伝子が覚えてるでしょ!』

 

 わざわざ言われなくてもわかっている。

 この距離は、初心者の森で私が慣れ親しんだものだ。

 相手の背後を狙って、確実に当ててみせる。

 

 後ろから、まず一刺し。

 カマキリに状態異常が入り、動きが鈍る。

 シュウを引き抜いてさらに一太刀。

 すぐに快復してしまうが、快復するころにはまた次の状態異常が入る。

 カマキリは飛び跳ねて逃げようとしているものの、足の負傷と状態異常でうまく力がはいらないため、ただの屈伸運動になっている。

 シュウを振るい、カマキリの足を斬り落とす。

 

「――凍れ!」

 

 詠唱が終わり、アイラの魔法が発動する。

 小さな光がカマキリの足下に漂着した。

 前回見たときと同様に着地点から氷結が広がっていく。

 カマキリは動けず逃げることなどできない。

 私は逃げなくても影響がない。チートのおかげだ。

 目の前のカマキリだけが白く硬く凍り付く。

 そんな氷像にシュウを突き立てる。

 

『う〜ん。シャーベットとは洒落込んでるねぇ』

 

 シュウのしみじみとした声。

 どうやらご満悦のようだ。

 そういえばこいつが直接ボスを食べるのは久しぶりだな。

 

 カマキリは砕け散り、ドロップアイテムの小さな光が二つほど残る。

 

「やりました。やりましたよっ! メルさんっ!」

 

 走り寄ってきたアイラが私にしがみつく。

 

『ねえ、俺は! 俺も間に挟んでよ! 一緒に勝利の快感を分かち合おうよっ!』

 

 アイラはすぐに私から離れ、ドロップアイテムに手を伸ばす。

 現金なものだ。わかりやすくていい。

 

「これでお家に帰って世界の真理を探求できます!」

 

 どうやら帰っても、またひきこもるつもりらしい。

 それも彼女の自由。私が口を出すことではない。

 

 私も余った方のドロップアイテムに手を伸ばす。

 クモキリカマキリの円らな複眼――ギルドから聞いていた通りのものだ。

 

 よし。これで一つ目。

 あと二つ上級ダンジョンを制覇すれば、超上級ダンジョンの入場許可が手に入る。

 次は西に広がるフランデナ草原が順当だろう。

 

『メル姐さん。それは間違ってると思うよ』

 

 なに。どういうことだ。

 次はフランデナ草原に行くつもりだぞ。

 それが一番手っ取り早い。

 

『ぶっぶ〜。違うね。手っ取り早さを優先するなら、次はフランデナ草原じゃないよ。さてさて、メル姐さん。さっきの話――ダンジョンが簡単すぎるって話の続きだけどさ。鳥頭のメル姐さんはまだ覚えてるかな?』

 

 うん……?

 

 …………あっ、ああ、そんな話もしたな。

 覚えているとも。

 そんなすぐに忘れる訳がないだろう。

 

 だが、とりあえずだ。ここを出てからにしないか。

 お前はボスを食べて満足かもしれないが、私はお腹が空いている。

 食べてからでも遅くないだろう。

 それからゆっくり話し合おう。

 

『遅くないっちゃ、遅くないんだけど二度手間だからね。ここで話して見せたほうがいい。ほら、アイラたんも一緒にお話ししよう。とって食べたりしないからこっちにおいで』

 

 見るとアイラは私たちの話などまったく聞いていない。

 

「うへへ。昼まで寝て、ご飯を食べて、本を読んで、また食べて――あれ?」

 

 陽気な彼女は手に持ったアイテムをジッと見つめると言葉を切った。

 穴があくほどアイテムを凝視している。

 

 うん? どうかしたのか?

 

「メルさんのドロップアイテムが『しゃきしゃきしたゼバルダの葉っぱ』ですか?」

 

 何を言っているんだ。

 パーティーなんだからドロップアイテムは同じ……だよな?

 数年以上もパーティーを組んでないからはっきりと言い切る自信がない。

 

 とにかく私のドロップは「クモキリカマキリの円らな複眼」だ。

 アイラは信じられないらしく、私の手元を覗き込んできた。

 

「えっ? なんで? どうして?」

 

 なにか問題があるのか。

 これで家に帰れるじゃないか。

 

「いやいやいや、おかしいです。ゼバルダのクリアアイテムは『しゃきしゃきしたゼバルダの葉っぱ』と昔から決まっています」

 

 そんなの知らないぞ。

 昔というのは何十年前の話だ。

 

 なんと六十年前でした。

 私の両親もまだ生まれていない。

 どうやら親御さんに指定されたアイテムがそのおいしそうな葉っぱらしい。

 

『お家に帰ることのできない可哀想なアイラたん。優しいおじちゃんが道を示してあげよう。上を見てごらん』

 

 シュウの言葉を受けてアイラは上を見つめる。

 

 私もつられて見上げる。

 もちろんそこに空はない。

 あるのは木目の走る天井。

 そして、先の戦闘で燃え尽きていない蜘蛛の巣。

 

 ……いや、違う。

 色がよく似ているが、あれは蜘蛛の巣ではない。

 

 ――繭だ。

 ややくすんだ白っぽい繭が天井にくっついている。

 

『やっぱりここは実質的に中級だよ』

「そんな、うそ――」

 

 信じられないとアイラが手で口元を覆い隠す。

 

『うわっ……メル姐さんの才能、なさすぎ……? ってのは置いといて。悲しきかな、中級に成り下がっちゃったんだね』

 

 アイラはいきなり詠唱を始める。

 杖から生じた赤き光は繭にたどり着き、繭を抉り……取らなかった。

 繭は依然としてそこに有り続ける。

 ただし、もぞもぞと動き始めた。

 

 ゆっくりと繭が破られ一匹の――蝶が出てくる。

 

『メル姐さん。明確には区別できないけどさ。繭やら触角。それに羽の感じから見るにあれは蝶じゃなくて蛾だよ。たしかに姐さんのお花畑なおつむには蝶々の方が似合ってるけどね』

 

 うっるさいなぁ。

 どっちも鱗粉まき散らして飛ぶんだから同じだろう。

 それに区別できないなら蝶で良いだろう。

 蝶だ。蝶なんだ。

 

『ハハッ、そうだね。蝶なんだろうね、パタパタ』

 

 殴りたい。

 真剣に殴る・蹴るなどの暴行を加えたい。

 今この状況じゃなかったら全力で床に叩き付けていた。

 

 蝶は少しずつ少しずつもったいぶるように羽を広げていく。

 やがて虹色の羽が完全に広がると天井を離れた。

 頼りなく出口のそばに飛んで行き、壁へと消えて失せる。

 蝶の消えた壁はよくわからない紋様が浮かび上がり、すぐさま扉に変わる。

 

「ゼバルダが、成長してる……」

 

 アイラが茫然と呟く。

 

『さあ、問題児の諸君。ゼバルダ大木――上級ダンジョンを、始めようか!』

 

 前人未踏の上級ダンジョン。

 その制覇がアイラに課された使命だった。

 

 

 

 なに、私は違うのかって?

 

 ここは実質的に中級だとしても、形式的――公式的には上級ダンジョン。

 ギルドに「クモキリカマキリの円らな複眼」を提出すれば許可証が一つもらえる。

 私は超上級ダンジョンの入場許可が得られればそれでいい。

 非公式な上級ダンジョンまで攻略する必要はない。

 明日にはフランデナ草原に向けて出発しよう。

 

『そんなんだからメル姐さんは――』

 

 いつまでたってもぼっちなんだよ……。

 

 シュウの声には普段の呆れも、侮蔑も、おちゃらけもない。

 ただ、寂しげだった。

 

 

 

 形式的な上級をクリアした私たちはいったん町に戻った。

 ギルドに「クモキリカマキリの円らな複眼」を提出し、超上級の許可その一を手に入れた。

 そこから一悶着だ。

 

 明日にはフランデナ草原に出発すると話すと、アイラは私に泣き付いた。

 歯ごたえの良さそうなゼバルダの葉っぱを手に入れないと彼女は家に帰れない。

 ボスであるヤモリやカマキリを倒せたのはチートがあってこそだ。

 ないなら上級どころか中級も厳しいだろう。

 それでも私には関係ない。

 私は私の道を突き進むのみ。

 

 がんばれアイラ。応援してるぞ。

 ほら、しっかり。アイラならできるよ。

 

 ――そう思っていたが、シュウはアイラの味方をした。

 

 シュウは私が上級ダンジョンに行くメリットを説いた。

 

 上級のポイントを得れば、移動速度を上げるスキルが選択できる。

 ここ、ゼバルダの町からフランデナ草原まで徒歩で約一ヶ月。

 具体的な数字はまだはっきりと言えないが、間違いなく移動日数が大幅に削減される。

 上級ダンジョンの攻略に二日や三日かけたとしても、結果的にフランデナ草原への到着が早くなる。

 

 それだけではない。

 新たに誕生した上級ダンジョンの情報をギルドに報告する。

 私では信憑性が低いがこちらには力強い味方がいる。

 アイラだ。

 引きこもりな魔法オタクでもアイラはエルフ。しかも純血だ。

 彼女の口添えもあれば真偽はすぐにわかる。

 

 さらに真の上級をクリアして、ダンジョンやボスの情報をギルドに流せば私の求める超上級ダンジョンへの入場許可証をもう一つもらえる可能性もある。

 冒険者に強い影響を持つギルドにコネを作っておくのも大切だ。

 

 こう話す。

 

 文句の付け所がない。

 移動時間の短縮だけでも、私にとって十分すぎるメリット。

 そのうえ上級許可証がもらえる可能性もあるという。

 よし――、

 

「明日は朝から潜るぞ」

 

 この決定にアイラは号泣して頬ずりしてきた。

 

『キマシタワー! でも、なんでだろう。まったくときめかない。初めての感覚だ』

 

 やめろ。ほんとに汚い。

 顔中べとべとだ。

 

 

 

 明朝。まだ日が昇ったばかりのころ。

 さっそくギルドに向かった。

 話をすると、ギルドの支配人自ら出てきて話をすることになった。

 アイラとシュウが話をつける。

 私は何を言っていいのかわからないので、ひたすらシュウの代弁に徹する。

 

 話し合いはうまくまとまった……ようだ。

 上級ダンジョンで得た情報を全てギルドに提供することを条件として、お金と馬、さらに欲して止まない超上級の許可証も発行してもらえることになった。

 もちろんボスを倒してドロップアイテムを持ち帰ることが必要だ。

 

 そうして支配人に揉み手をされて私たちはダンジョンに入った。

 入り口はまだ作られていないため、上級者向けの入り口から昨日と同じ道をたどる。

 ボスのカマキリは昨日と同じパーティーで挑んだためか、まだ復活していない。

 面倒だったからちょうどいい。

 出口の横にできた扉を押す。

 緩やかな登り道。敵はいない。

 しばらく登るといよいよ開けた場にたどり着いた。

 

 

 

 赤、黄、緑、青、紫と色とりどりの羽をした蝶が飛んでいる。

 羽を広げた大きさもせいぜい私の体の幅と同じ。

 通常の蝶よりは確かに大きいが、中級までのモンスターよりはずっと小さい。

 見た目から判断する限りではとても強いと思えない。

 空中には蝶から出た鱗粉が舞っている。

 光が散乱し、きらきらと幻想的だ。

 

『幻想的! 幻想的って、くふふっ! も〜、緊張してるからってさ。メルねーさん、無理に乙女みたいなこと言って笑わそうとしなくてもいいんだよ』

 

 なんか文句あんのか。

 本気で言ったぞコラ。

 

 中級で黙っていたシュウも、上級についてからしゃべるようになった。

 やっぱりこいつ蜘蛛が苦手だな。

 この町を出る前に蜘蛛の巣を回収しておこう。

 

 モンスターは蝶だけかと思ったが、どうやら違うらしい。

 カマキリと遭遇した。

 曲がり角を過ぎたところで見つけた。

 あまりにも唐突に出くわしたので驚いた。

 カマキリも両足の鎌を上げて私たちに驚きのポーズを見せる。

 大きさは中級のボスよりは小さい。私よりも少し大きいくらいだ。

 前人未踏のダンジョンであるなら、このカマキリは人間に会うことが初めてとなる。

 どうやらモンスターも人間に驚くものらしい。

 挨拶代わりにそのまま斬りつけた。

 一方的に倒すことができた。

 

『なんかメル姐さんのほうがモンスターに近いんですけど。あっ、このカマキリなかなかおいしい』

 

 今のところトラップはない。

 カマキリはそこそこ硬いが、状態異常が通るのでなんとでもなる。

 蝶は大量に飛んでいるが、本当にひらひら飛んでいるだけ。

 たまにぶつかってくるが、アイラにすらダメージがない。

 この蝶はモンスターではないのだろうか。

 

 アイラが魔法を使ってようやく宙に浮く鱗粉の効果がわかった。

 この鱗粉は魔法を散乱する。

 シュウで魔法を弾いたときと同じだ。

 アイラの炎魔法は散乱してあっという間に消えていった。

 風魔法だけは散乱しないが、耐性をもっているのか蝶はひらひらと風に流されるだけだ。

 ただし、風魔法は鱗粉を吹き飛ばせる。

 鱗粉がない状態なら魔法も効果を発揮した。

 氷が弱点のようだが、そもそも宙に飛んでいる敵に氷魔法は効果が薄い。

 弱点と合わせて、トントンといったところだ。

 やっぱり炎が安定だ。

 光魔法は効果がないものの、光に蝶が寄ってくる。

 

『やっぱり蝶じゃなくて蛾じゃないかな。光に保留走性があるみたいだし。いや、蝶にも走光性はあるのか』

 

 なにかよくわからないことを言っている。

 ほっとこう。静かに話すのはいいことだ。

 

 

 

 それにしても恐ろしく簡単だ。

 中級よりも簡単になっている。

 注意するのはカマキリだけ。しかも弱い。

 本当にここは上級なのか。

 ここも中級なんじゃないか。

 

『いや、さっきのカマキリにしても、そこらかしこを飛んでる蝶にしてもポイントは中級にいた蜘蛛の比じゃないよ。蝶一匹だけで蜘蛛二十体ぶんのポイントは手に入ってる』

 

 そ、そんなにポイントが多いのか。

 これ一匹が。

 シュウでつついてみようとするがひらりと避けられた。

 

『ここが上級な理由はなんとなくわかるよ。うん、ギルドから情報を集めてくれって頼まれてるからね。試してみようか。メル姐さん、アイラたん。いったんパーティーを解除してみて。ごめんねアイラたん。ちょっとだけだから、先っぽだけだから』

 

 よくわからないが情報収集なら仕方ない。

 私のリングとアイラのリングを合わせて、パーティーを解消した。

 アイラはケロリとしている。問題はないようだ。

 

 そのまま歩いていると後ろからいきなり肩を掴まれ揺さぶられた。

 アイラが必死の形相で口を動かし、喉を指さす。

 お、おう、どうした。

 伝えたいことがあるなら、はっきり声に出して言ってくれ。

 いったい何をやっとるんだこいつは。

 

『サイレントだよ。喋れないんだ。鱗粉に状態異常を発生させる効果があるみたいだね』

 

 そうなのか。

 サイレントはこうなるのか。

 たしかに魔法使いにはきつい状態異常だな。

 詠唱ができない。

 

 アイラの様子が変わる。

 顔が引きつり泣き出しそうになり、足を後退させる。

 口を大きく開き、声なき悲鳴を上げると振り向いて駆けだした。

 

『姐さんが怖かったから逃げたんじゃないよ。恐怖の状態異常なんだ。あっ――』

 

 わかってるよとつっこもうとしたが、背を向けて走るアイラがふらつき始めた。

 ああ、あれは私もよく知っている。

 

『毒だね。それにたぶん盲目も入ってるよ。顔をあちこちに向けて戸惑ってるでしょ。人間にかかると見ててつらいものがあるね』

 

 そうだな。

 耐性があることのありがたさを実感した。

 

『わかってくれればいいんだよ』

 

 アイラはついに倒れた。

 体がびくんびくんと痙攣を起こしている。

 

『ありゃりゃぁ〜、麻痺もかぁ。うひゃあ、状態異常が五つ。恐ろしいね』

 

 なるほど。

 ようやくここが上級な理由がわかった。

 空中全体に舞う鱗粉が状態異常を発生させる。

 風魔法を使って防げるものの、効果が切れると魔法使いはサイレントで使い物にならない。

 

『口を布で覆えばいいかもしれないけど、盲目は目に来るから防げない。さらにあのカマキリは物理耐性がついてる。俺の吸収でダメージが通ってるけどほとんど斬れてない。普通の剣なら効果がめちゃくちゃ薄いよ。うす○たの0.02ミリ並だ』

 

 物理でも攻めづらい上に魔法も拡散される。

 さらに状態異常が次々と発生。

 これが上級か。

 たしかにこれと比べれば、火魔法でどうにかなる蜘蛛が可愛く見える。

 

『それと、前からそうなんじゃないかと思ってたけど、やっと確信を得たよ。俺には耐性無視がついてる』

 

 なんだそれは?

 

『お馬鹿なメル姐さん。ここのカマキリはこの状態異常豊かな鱗粉の中でも普通に動き回ってるよね』

 

 そうだな。

 状態異常に耐性があるんだろう。

 あれ?

 でも――、

 

『そう。俺で斬りつけたら状態異常を起こしたでしょ。おそらく俺は相手の耐性を無視して攻撃ができる。物理に耐性があっても吸収でダメージが通るし。状態異常に耐性があっても、ボスだろうが関係なく付与する。快復はするみたいだけどね』

 

 ふぅん。

 さすがチートだな。

 

『おっ、だいぶ慣れてきてるね。……ところでメル姐さん』

 

 なんだ?

 私でもここが上級な理由はわかったし、お前の耐性無視も理解したぞ。

 

『いや、そうじゃなくてさ』

 

 まだなにかあるのか。

 

『アイラたんをパーティーに入れてあげて――死んじゃう』

 

 アイラはすでに痙攣が止まっているものの、ぐったりとして動かない。

 目も半開きになって、わずかに開かれた口から唾液が垂れる。

 毒で光に消えていく直前のモンスターがちょうどこんなだ。

 

 彼女はなんとか一命を取り留めた。

 状態異常はなくなったものの、体力をかなり奪われたのか虫の息だ。

 シュウによれば、やっぱり人間なら死んでいたらしい。

 さすがエルフ。頑丈だ。

 

「お、めぇ、……ら、ひ……、でぇ。に、んげ……、んじゃ…………ねぇで、す」

 

 なにやら恨みのこもった目をどこか遠くへ向けている。

 そして、よくわからない言葉を残し――目蓋を閉じた。

 

 もう大丈夫だ、休んでいろ。

 お前の意志は私たちが引き継ぐ。

 

『クソォォォ! よくも俺のアイラたんをォォ! 許さん! 絶対に許さんぞ、虫けらども! 俺のチートで皆殺しにしてくれる!』

 

 私もシュウと同じ気持ちだ。

 アイラの仇を取るべく、シュウを固く握った。

 

 

 

 皆殺しにはできなかった。

 シュウを振れども振れども蝶に当たらなかった。

 かすりさえしない。

 振るとひらりと避けられ目の前で羽をあおいでくる。

 

『虫にさえ馬鹿にされるメル姐さんはいったい何なんだろう……。ああ、ぼっちか』

 

 なぜだ。なぜ剣が当たらない。

 

『技量が恐ろしいほどにないからだよ。虫以下ってことさ』

 

 縦に振る。横に避けられる。

 横に振る。縦に避けられる。

 斜めに振ってみる。やっぱり斜めに避けられる。

 いっそもう突いてみる。頭に留まられる。

 

「なに遊んでるんですか?」

 

 アイラが目覚めた。

 まだ顔色は悪い。

 

 よかった生きていたか。さすが純血のエルフだな。

 それと遊んでなどいない。剣が当たらないのだ。

 

 アイラは座ったまま杖を突き出す。

 杖は彼女の前を飛んでいた蝶に見事命中し、蝶は地に落ちる。

 威力はないため、消えはしなかった。

 私がトドメをさす。

 

 すごいな!

 どうやったんだ?

 

 一発で命中していた。

 なにかコツがあるに違いない。

 

「こうやって」

 

 杖を引く、

 

「こうです」

 

 引いた腕を軽く伸ばす。

 それだけでまた蝶が一匹、地に落ちた。

 トドメは私がいただく。

 

『ハイエナ姐さん誕生の瞬間である』

 

 そこ、うるさいよ。

 

 だからね。

 その当てるのをどうやるのか聞いているんだ。

 

 アイラは首をひねる。

 

「だから、こうやってこうですよ」

 

 また一匹。

 トドメは私。

 

 理屈派なんだろ。

 お得意の屁理屈で説明してくれ。

 

「『理論』派です! 理屈じゃありませんし、もちろん屁理屈でもありません!」

『姐さん。アイラたんの言うとおりだよ。理屈じゃないんだ。姐さんに才能がなくて、アイラたんにあるってだけの単純で非情な話なんだ』

 

 それでは……それでは私に、この蝶は倒せないと言うのか。

 アイラの仇を取ることができないのか。

 

「なに言って――」

『いや、そんなことないさ! 俺と一緒に剣の才能を鍛えよう! 剣士は無理でも、伊達冒険者を名乗れるくらいにはなろう!』

 

 冒険者だよね、私。

 あと、なんかそれ駄目そうなんだけど。

 

『大丈夫、オーライオーライ。さて二つのコースがあるよ。罵りコースと励ましコース。どっちにする』

 

 どっちのほうがいいんだ?

 どっちもいやなんだが。

 

『罵りコースのほうが確実に力がつくね』

 

 じゃあ、そっちで頼む。

 

『わかったよ。じゃあいくね。ちんたらするなァ! このウジ虫め! さっさと――』

 

 やっぱりもう一つのほうにしてくれ。

 

『やれやれ。どちらにするか悩んでいる時間が一番もったいないね』

 

 そもそも特訓を今やる必要があるのか?

 蝶に剣が当たらないだけだ。

 

『ほっといたらできるようになるんですか? ならないでしょ』

 

 それは……そうだがな。

 

『じゃあ、いつやるか? 今でしょ!』

 

 なんかこいつノリノリだな。

 いらいらしてきたぞ。

 

『さて、まず敵を知ること』

 

 お……おお、まともだ。

 お前もそんな風にまともなことが言えるんだな!

 それと敵を知るのは普段からやっているつもりだ。

 

『姐さんと俺じゃものの見方が違う。一体の敵を別の見方で捉えるんだ』

 

 私はあの蝶をただふわふわ飛んでいる蝶だとしか思えない。

 なぜ攻撃が躱されるのかもわからない。

 お前はあの蝶をどうやって捉えている?

 

『よし。じゃあ、正確に見ていこう。必ずその動きは、見切れるようになってくる』

 

 動きは最初から見えているぞ。

 

『よく見て。今の動きじゃなくて、このあとどう動くかを予測して。頭の中で見えていないといけないんです。こういうのはけっきょく』

 

 わかった。

 だが、うまく予測ができない。

 どうすればいい?

 

『相手の動きをどう読んでいくか。それは物事の根幹にある仕組みをどれだけ理解するかということ。……これは姐さんにいっても仕方ないや。とりあえず、振ってみようぜ! 悩んでばかりで、振らないやつが多すぎる! 過去の戦績なんて関係ない! 自分の限界に挑戦して、それを乗り越えるんだ!』

 

 なぜだろう。

 よくわからないが当たるんじゃないかいう気がしてきた。

 自分でもできるんじゃないかと思えてきた!

 

 蝶の動きを読み、動きを予測してシュウを振る。

 

 ――避けられた。

 

『失敗するのはいいことなんだよ! 失敗するのはいいことだ! 人間、失敗しなかったら進歩がない。できることばっかりやってたって意味ないでしょ! 先に言ったことを意識してさ。どんどんやってみよう!』

 

 そ、そうだな。

 一回失敗したくらいで諦めちゃだめだな。

 何度も失敗してコツをつかんでいくものだよな!

 

『そうだよ! もう頭には知識がある。あとは訓練と引っ張り出す練習。それに速さの問題! 血も筋肉もポイントになるくらい、徹底的に振ろうぜ!』

 

 ああ!

 私はできる!

 やってみせるぞ!

 

 言われたとおり相手をよく見て、予測してから振ってみる。

 これを何十と繰り返した。

 

 かすった。

 ついにかすった!

 見たか! かすったぞ!

 

『ちゃんと見てたよ! 「やってやった!」って達成感があるでしょ! その達成感の積み重ね! 達成感をひたすら積み重ねていくと言うことが戦績を上げる唯一の道なんだ! でも、俺たちの目標はかすることじゃなくて、仕留めること! さあ、もっともっと振ってみよう!』

 

 かするのが楽しくなって、言われたとおり振っていく。

 十回に一度くらいはかするようになった。

 

 

 

 しかし――その先は一向に進歩しなかった。

 剣がまともに当たることなど一度もなかった。

 

『ごめん。やっぱり俺じゃ才能のないメル姐さんに剣を教えることは無理だ。そもそもさっき言った台詞も、勉強の宣伝に使われてた謳い文句を変えただけだからなぁ』

 

 おい、ちょっと待て!

 その言葉に感動した私の純情な思いを返せ!

 第一なんでその言葉で剣がまともに振れるようになると思ったんだ?

 どうして私の才能が伸びると思ったんだ?

 おかしいだろう?

 ねえ、私は間違ってるかな?

 間違ってる?!

 

『お、落ち着いて。姐さんは正しい。俺が間違ってた。おそらくどころか間違いなく天才ではない姐さんも、努力の天才であってほしかったんだ』

 

 なに、いい話みたいにまとめてるんだ。

 今から中級に降りて蜘蛛の中に置いて帰るぞ。

 どうせ口だけでやれっこないとか思ってるんじゃないだろうな。

 そうだというのなら私の本気を貴様に見せてやる!

 

『ご、ごめんよ。ごめんなさい。俺が本当に徹頭徹尾、完膚無きまでに間違ってた。姐さんのありもしない才能を伸ばそうってのが、そもそもおかしな話だった。基礎のステータスが怖いってことを俺は今日、何度も思い知らされた。でも、気づいたよ。俺はチートなんだ。こんなもん、使えば誰だってできるようになる! 世の中で常識だって思われてることを常に破壊してかかる! それこそがチート! メル姐さんの才能が目も当てられないくらいにささやかなほどしかないなら、相手の能力をメル姐さんよりも低く、より惨めにしてやればよかったんだ!』

 

 私の才能がないことはもうよくわかった。

 わかりたくないほどわかったよ!

 

 それで、具体的にどうするんだ。

 なにかいいスキルがあるのか。

 そこまで言うってことは、あるんだろうな!

 

『ある。あります! すごい特殊スキルがあるんです! ちょっと前に出たんだけど、ポイントがすっごい高かったんだ。今なら状態異常付与と伝染を全部選択解除すれば取れる! ちょっと待ってね。……はい、選択したよ! さあ、メル姐さん。あの虫けらどもの中に足を踏み入れて思う存分に斬りまくってくれ!』

 

 いや、でも状態異常付与と伝染もつけてないならきついぞ。

 そもそも相手にかすらないなら意味がないだろう。

 

『大丈夫だ、問題ない。新しいスキルの効果。そして、チートの意味。メル姐さんに絶対わからせますから! ほんとに、呆れるほどにわかるほどわからせますから!』

 

 蝶は体当たりくらいしかしてこないから、こちらが負傷することはまずない。

 それにシュウがこれだけチートだと推してるんだから大丈夫だろう。

 こいつは私をけなして精神を攻撃することは日常茶飯事だが、身体に危険が迫ることだけは決してしない。

 それさえしなければあとは何をしてもいいと思っているんじゃないか。

 

 よくわからない信頼を胸に秘め、蝶の群れへと足を入れる。

 

 すぐにわかった。

 シュウの言うとおり呆れるほどよくわかった。

 具体的な効果はわからないが、チートだとわかった。

 

 近づくと蝶が地面に落ちていった。

 地面で羽をぱたぱた動かしてもがいている。

 

『落ちた奴はサクサクっと刺し殺しちゃって』

 

 とてつもないチートだとよく理解した。

 しかし、これは――

 

「いったいどうなっているんだ?」

 

 地面に落ちた蝶を次々にシュウで消しつつ尋ねた。

 

『一定範囲にいるモンスターの能力を半減。さらに特殊能力を強制解除。この蝶の場合は特殊能力「飛行」を持ってるからそれを解除してる。つまり、飛べない。飛べない蝶はただのポイントだよ。こことても重要』

 

 それにしてもだ。

 これはあんまりではないかね。

 強すぎるだろう。

 

『そうでもないよ。効果はチートだけど、範囲が狭い。せいぜい五歩ってとこだ。それでも近接戦なら、これで敵なしじゃないかな。まぁ、パーティーには効力がないから、完全にソロ――失敬、ぼっち仕様だよ。とりあえず状態異常付与は取り直したいから、サクサク片付けちゃおう』

 

 だから、なんでわざわざ悪く言い換えるの。

 それに失敬って。そもそもお前が私に敬ったこと、一度でもあったか。

 

『ない』

 

 即答かつ断言しやがった。

 そうだと思ってたよ。

 コンチキショウ!

 

 周囲にいた蝶を全て片付けた。

 カマキリものこのこ近づいてきたので、斬り刻んでやった。

 状態異常付与と伝染は無事に取り戻すことができた。

 さらにお釣りもきたらしい。

 

 

 

 アイラの元に戻る。

 見てくれ蝶を全て倒した。

 仇をとってきたぞ。

 

「すごいですね! 蝶がバタバタ落ちていってましたよ! いったいどんな技なんですか?!」

『メル姐さんの体臭で相手の力を削いでるんだ!』

 

 なにいい加減なこと言ってるんだ。

 そんなわけないだろうが。

 

「あは、あはは……そう、だったんですか」

 

 私が臭うわけ…………あれ?

 

 アイラは無理に笑おうとしているのか顔が引きつっていた。

 すぐに彼女はシュウの冗談だと気づいたのか。

 ごまかすような渋い笑い顔になった。

 

『おおっと、自身が発する臭いにあまりにも無頓着で無自覚なメル姐さん。これには思わずアイラも苦笑い』

 

 えっ、どういうこと。

 もしかして、ほんとに臭うの?

 

「わ、私はメルさんのちょっぴり鼻の奥にツンとくるフレーバーな香りが嫌いじゃありませんよ!」

 

 それ臭うって言ってるよね!

 否定してくれてないよね!

 

『――と、ここでネタばらし。メル姐さんにはつらいお知らせ。さっきのスキル。蝶を次々に地へと誘った近距離用デバフの超優秀スキル。その名はなんと――激臭!』

 

 ……はは、冗談だろ?

 

 シュウは沈黙を貫く。

 アイラも目を伏せ、顔を背ける。

 ふらふらと飛んできた蝶は落ちていく。

 遠くには私たちの様子を観察しているカマキリが一匹。

 私はただ立ち尽くす。

 

 よ、よし!

 こうしよう!

 怒らないから正直に言ってみろ。

 絶対に怒らない! 約束する!

 それで、さっきのスキルはなんだって?

 名称と意味、効果を偽ることなく話しなさい。

 これはお願いじゃないぞ、命令。

 

『……まずはメル姐さんを落ち着かせることが第一だと考えました。しかし、どうやら真剣な命令みたいですので、俺も嘘偽りなく真摯に伝えていきたいと思います。どうぞお気を強くお持ちになり、くれぐれもご自愛下さい』

 

 喉がごくりと鳴った。

 

 アイラもはらはらとこちらを伺う。

 蝶が地面でぱたぱたとのたうち回る。

 カマキリはどこかに消えて姿が見えない。

 まつげには宙を舞う鱗粉が薄く積もっていく。

 シュウの見えない口が深く深く息を吸い始めた。

 

『スキル名は「激臭」。「非常に刺激的なにおい」を意味します。効果は、スキル一覧に書かれてる説明文をそのまま読み上げると――「使い手の甚だしい臭気によって一定距離に存在するモンスターの能力を半減。さらに特殊能力を解除させる。嗅覚を持たないモンスターでも有効に作用する優れもの。これで今日から貴方も激くさプンプン丸!」――だそうです』

 

 目の前が、真っ暗になった。

 

 

 

 それからあとのことを私はよく覚えていない。

 ダンジョンをおぼつかない足取りで彷徨っていたと思う。

 そして、目についたモンスターを片っ端から殺していった。

 

「なんだかすごいですね。さっきから魔法をまったく使ってません」

『メル姐さんは不快……間違えた。深い哀しみを背負ったんだ。ともかく姐さん一人で十分だから、アイラたんはギルドに提出する簡易な地図をまとめておいて』

 

 そんなやりとりも聞いた気がする。

 

 そうしてついに残す道も一本となり、奥には大きな木の扉。

 扉の前には無数の蝶が飛んでいる。

 ひらりひらりと目障りだ。

 すべて消し去ってくれる!

 

『くさっ! この人におうよっ!』

 

 臭の叫びとともに蝶がばたばた落ちていく。

 私は落ちてきた蝶に無心でトドメを刺す。

 

 敵の姿が視界から完全になくなり、ようやく私は正気に戻ることができた。

 なにやら言いようもない哀しみに取り付かれていた気がする。

 

「フフフ。ついにたどり着きましたね! ここのボスの命を生け贄にィ! 私は自由を手に入れルゥ!」

 

 引きこもりも絶好調だ。

 

 さて、上級のボスとはいったいなんだろうか。

 上級だから今までにない強さが予想される。

 いったい、どんな姿なのか想像もつかない。

 

『えっ? ボスが何かはなんとなくわかるでしょ』

 

 何を言っている。

 このダンジョンが前人未踏である以上、誰もここのボスを知らない。

 チート以外に対処のしようがないがないだろう。

 

『いやいや確かに前人未踏だけどさ。他でもない俺たちならボスを予想できるよ』

「……ああ、なるほど。私にもボスの正体が予想つきました。たしかにそうですね」

 

 どうやらアイラもわかったらしい。

 私にもわかるように話して欲しい。理論派なんだろう。

 

『じゃあ、それで正解と考えて対策を考えようか』

「そうですね。おそらく合ってると思います。まずは――」

 

 完全に私は置いてけぼりだ。

 こいつらは私をなんだと思ってるんだ。

 

 その後、シュウからボス予想を聞いて納得した。

 確かにそうだ。私も見た記憶がない。

 

 それなら、ここのボスは――。

 

 

 

 ボス部屋中央。

 ボスモンスターは私に踏まれて力なくもがいている。

 一切の容赦なくシュウを突き刺す。

 

『先っぽだけなんて意地悪しないでぇ! もっとぉぉ、もっと奥まで入れてぇ!』

 

 気持ち悪い声をあげているが、仕方ない。

 私はシュウをさらに奥へと刺し込む。

 

『き、きたぁぁーーー! 奥きたぁぁ! 硬いのが、ザクザクってあたってるぅぅ!』

 

 ボスは予想したもので当たっていた。

 私に踏まれている、虹色の羽をした蝶は聞き取れない悲鳴を上げている。

 ボスよりもシュウの声の方がうるさい。

 

 上級ダンジョンには、色とりどりの羽をもった蝶がいた。

 しかし、私たちを上級に導いた蝶。

 虹色の羽をした蝶だけはどこにもいなかった。

 そして案の定、ボス部屋には虹色の蝶が待ち構えていた。

 

『かき回してぇ! じゅぼじゅぼしてぇぇ! めちゃくちゃにしてぇぇぇ!』

 

 鱗粉が満たすボス部屋。

 その高空を虹色蝶は飛び回っていた。

 攻撃手段は至って単純。

 高空から鱗粉を落としてくるだけだ。

 この鱗粉は空に浮いているものと違い、付着したものを溶かす。

 アイラのローブも少し溶けて、シュウが興奮していた。

 

『もっとガンガン突いてっ! 頭まっしろになっちゃう! なにも考えられなくなってるぅぅ!』

 

 ボスは高空にいるため私の剣もスキルも届かない。

 アイラを脇に抱えて走り回り、鱗粉を避ける。

 その間に彼女は詠唱する。

 

 まず、風魔法を使って魔法を散乱させる鱗粉を吹き飛ばした。

 そのあとすぐ、光魔法で私のすぐ後ろに光源を生成。

 ボスもここの雑魚と同じ特徴があった。

 光に寄ってくるのだ。正確には違うらしいがよくわからない。

 とにかく、ボスは高空から曲線軌道を描きつつ私の方に飛んできた。

 

 あとは単純だ。

 ボスにも私の憤まんやるかたないチートスキルが効果を発揮し、地に落ちた。

 すぐには近づかず、アイラの氷魔法で鱗粉を飛ばす羽を氷漬けにする。

 

 そして現在に至る。

 

『なんかきちゃう! すごいのがぎぢゃうよぉぉぉ!』

 

 こいつは本当にうるさいな。

 アイラですらひいている。

 彼女の目はまるでこの世の最底辺を見つめているようだ。

 私まで同じ目で見るのはやめてくれないか。

 

 もう抜こう。斬ればいい。

 

『え……あ、あぁ、なんでぇ。どうして抜いちゃうの? もうちょっとだったのに。どうしてぇ?』

 

 うるさいからだよ馬鹿野郎!

 なんでそんな気持ち悪い叫び声あげるんだ!

 普通にしろよ!

 

『気持ち悪い?! たしかに俺の叫びは未熟だよ! でも、さっきの叫びは俺の世界じゃ、みさ○ら語っていう一つの言語として確立してるんだ! 文化の否定をしないでくれ! まあ、たしかに調子に乗りすぎたよ。もうやらないからさ。ボスにトドメをさしちゃってくれる。あと少しだよ』

 

 急に素に戻られるとそれはそれで気持ち悪い。

 

 とりあえず、シュウの言うとおりトドメを刺そう。

 柄を両手で握り、最後の一撃をボスの頭に突き立てた。

 

『あひぃぃぃ! そんなっ! 一気になんてぇぇぇ! 壊れちゃう、壊れぢゃうからぁ! ら、らめぇぇ! イッ! イッグゥゥゥゥ! あぁぁァァーー!』

 

 ボスは光に消えた。

 ついでにこの馬鹿もチートだけ残して消えて欲しい。

 なにがもうやらないだよ!

 一瞬で破りやがった!

 

『ふぅ、おいしかった。上級のボスともなると格別だね』

 

 さきほどまでの騒ぎが嘘のように落ち着いている。

 もうついていけない。

 

『賢者状態ってやつだよ』

 

 よくわからん……。

 残ったドロップアイテムを拾う。

 

「きた! ついにきました! フヒャヒャ! 今度こそ――あれ?」

 

 アイラがドロップアイテムを見つめて、首を傾げる。

 前に見たパターンだ。

 

 おいやめろよ。まだ上があるんじゃないだろうな。

 私もドロップアイテムを見てみる。

 

 ――コリコリしたゼバルダの青き果実。

 

 聞いてたやつとは違うな。

 

『アイラたんが昨日話してたとおりだよ。ゼバルダが成長してるんだ。だからアイテムも葉っぱじゃなくて実になった。まだまだ未熟なようだけどね』

 

 よし、なにはともあれ上級クリアだ。

 町に戻ってギルドへ行こう。

 

「メルさん!」

 

 出口へと歩いていくと、後ろからアイラに声をかけられた。

 振り向くとアイラは右手を私に伸ばしている。

 なんだこの手は?

 お前にやるものなどなにもないぞ。

 

『メル姐さん……。握手を求められてるんだよ。一緒に戦い抜いた仲間として、互いを信頼し合った証を確かめようとしてるんだ。……うん、ごめんね』

 

 そういうことか。

 あと、なんで最後に謝った。

 いや言わなくていい。

 わかりたくないけどわかったから。

 

 アイラの右手を握り返す。

 細く小さな、柔らかい手。魔法使いの手だ。

 

「ほんとにメルさんがいなかったら、私クリアどころか死んじゃってました。本当にありがとうございます」

『あれ……俺は?』

 

 アイラの目頭に溜まっていた涙がこぼれ落ちる。

 

 私もお前の魔法に助けられた。

 カマキリも、蝶も。お前の魔法がなければ、苦しいものになっていただろう。

 

『いや。ねぇ、俺は? 俺も褒め称えてよ。一緒に戦った仲間じゃないか!』

 

 アイラの手は小さく細いが、それでもしっかりとした温かさを感じる。

 彼女の顔も熱を帯びてほんのり紅くなっている。

 いかんな私まで熱を帯びてきたぞ。

 この温もりが仲間というものなのか?

 

『ねぇ、メル姐さん。机の引き出しが空っぽで、目を閉じても楽しい思い出ひとつさえ浮かばないメル姐さん』

 

 なんなんだよ。お前は。

 いいところなんだから黙ってろ。

 空気を読むスキルもつけろよ。

 

『まあ、そう言わずに聞いてよ。メル姐さんはすぐまたぼっちに戻るだろうけどさ。いま感じてる思いを忘れないでね。目の前にいるアイラたんの声や顔。握った手の温かさ。一緒に戦い抜いた記憶。そして、勝ち得たこの瞬間をよくよく心に焼き付けておいて。いつかふと目を閉じたとき、楽しかった思い出として思い返せるようにして……。それが――チートな俺の、小さな願いだよ』

 

 ……くそう、不意打ちだ。

 私もちょっぴり涙ぐむ。

 本当にこの駄剣は卑怯極まりない。

 いきなりまじめなことを言う奴があるか。

 

 しばらくの間。アイラと手を固く握り合った。

 そして、お互いが何も言うことなく手を離し、出口へと歩き出す。

 

 

 

 両手に確かな温もりを感じつつ、ゼバルダ大木の攻略は終了した。


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