チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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第08話「ナギム廃坑を越えて一人」

 ガンムルグの町。

 フランデナ草原の南に位置するその町は、職人の町として有名である。

 東に位置するガンムルグ山により鉱物・水・木と多大な恩恵を受けている。

 手先の器用なドワーフが多く暮らし、様々な武器・防具・装飾品を製作している。

 

 町から東に向かい、ガンムルグ山を越えると私の故郷であるエルメルの町にたどり着く。

 山道は急峻なうえ標高もある。山越えは至難を極める。

 昔は坑道が掘られており、そこをたどれば越えることもできていた。

 しかし、坑道がダンジョンとなり廃坑となってしまった。

 この廃坑は上級ダンジョン――ナギム廃坑と呼ばれている。

 ナギム廃坑の誕生と同時に、エルメルの町へと続く比較的安全な道は閉ざされた。

 

 当初の計画としてはゼバルダ大木、フランデナ草原、ナギム廃坑を回って家に帰る予定であった。

 ところがだ。

 ゼバルダ大木で上級ダンジョン制覇の証を二つ手に入れてしまった。

 さらにフランデナ草原でも無事にダンジョン制覇の証を手に入れた。

 三つの上級をクリアしたことになり、超上級ダンジョンへの入場が可能だ。

 そうなると廃坑を通る必要もない。

 このまま南に進み超上級ダンジョンへ行こう。

 

 ――そう考えていたが、シュウは帰った方がいいと言い始めた。

 たまには両親に顔を見せてやれと口やかましい。

 帰れ帰れ、あまりにもうるさい。

 そのため仕方なく。

 本当に仕方なくいったん帰省することにした。

 

『そうだよね。俺がうるさいからだよね。そう言えばさ。宿で出されたイモのスープ。メル姐さんのお母さん――つまり、俺のお義母さんが作ってたスープに良く似てた気がするんだけど。まさか、ママの味が恋しくなったなんてことはないよね。ふるさとは遠くにあって思うもの、だよ』

 

 ……お前。

 ほんとにちょっと鋭すぎないか。

 斬れば斬るほど鋭くなるなんて聞いてないぞ。

 あと私の母は、お前のお義母さんでは断じてない。

 

 

 

 ガンムルグの町は今日で四日目。

 場所はガルム武具店。

 新しい靴を受け取りに来ている。

 

 靴が傷んできていたため、到着一日目でこの店に製作の依頼を出した。

 せっかくのガンムルグの町。

 何か作ってもらってもいいだろう。

 そう思って目についた近くの店に入った。

 モンスターのドロップアイテムを売ってお金も貯まっている。

 

 あとで聞いた話になるのだが……。

 このガルム武具店はガンムルグの町でも一、二を争う武具店だったらしい。

 口元を厚く覆う髭が特徴的なドワーフ――ガルムが店主をしている。

 ガルムは貴族の装飾品から一流冒険者の武具までなんでも作る。

 製作依頼料は当然べらぼうに高い。

 そのうえ、気に入らない仕事は受けないというこだわりもあるようだ。

 どうしてそんな人物が私の依頼を受けたか。

 答は簡単にして単純。

 シュウだ。

 

 まるで私の話を聞いていなかったガルムは、シュウをチラ見すると視線を縫い付けられたように動かなくなった。

 その後、シュウを渡してやるとぽつりぽつりと口を開いた。

 シュウが喋ってもガルムに驚きは皆無。

 

 持ち主の技量のなさ、今まで攻略してきたダンジョンをシュウが語り始め。

 どんどん話は逸れていきガルムの溺愛する一人息子やら、女性の胸のサイズについてと談義していた。

 この一見気難しそうなドワーフは人間の女が大好きなド変態だった。

 特に背が低く胸の小さな女の子に心が惹かれると話す。

 実際に幼児体型の人間女性を娶っているらしい。

 図体のでかい女は好みじゃないそうだ。

 わるうございましたね、大きくて。

 

 とにもかくにもだ。

 随分と楽しそうであった。

 無愛想だった顔も、話が終わる頃にはもじゃもじゃした髭の間から口が見えるくらいの笑顔を見せていた。

 シュウとは女性の好みこそ違えど、とても気があったらしい。

 つまり、私とは気が合わないということになる。

 私の靴は良い時を過ごせたお礼に、おまけとして格安で作ってもらえることとなった。

 理由はなんであれ作ってもらえれば良いのだ。

 

 

 早速、受け取った靴を履いてみるとサイズはぴったし。

 足と靴が一体化しているような素晴らしい履き心地だ。

 履いているうちに慣れてくるとガルムは話すが、さらに良くなるとは恐ろしい。

 靴の側面に変な模様が刻まれている。

 これはガルム印というもので、ガルムが手ずから作ったものには必ず印されているそうだ。

 

 ガルムに「また来いよ」と声をかけられて店をあとにした。

 念のため言っておく。

 声をかけられたのはシュウであって私ではない。

 あの変態ドワーフは私がシュウのおまけだと考えている節がある。

 

 

 

 ナギム廃坑入り口に到着した。

 昨日、一昨日と近くの中級ダンジョンで暇を潰していた。

 ダンジョンの傾向は似ていると聞く。

 こちらもどうにかなるだろう。

 

「あの。すみません」

 

 小さな声が聞こえた。

 ちらりと振り返る。

 そこには黒髪で彫りの深い少女が立っていた。美少女だ。

 こう言うとまるで私が少女じゃないようだが、私だって立派な少女である。

 乙女と言い換えてもらっても構わない。

 

『果たしてそうだろうか?』

 

 なにその問題提起。

 はっきり否定されるよりも傷つくんだけど。

 別に少女でいいでしょ。

 文句言わない。

 

「あのぅ」

 

 少女がおずおずと声を出す。

 おい。誰か知らんが声をかけられてるぞ。

 私は正面をむき直す。

 

 あれ?

 誰も居ない。

 

 ……えっ、ひょっとして私に声をかけているのか。

 

「はい。貴方です」

 

 ギルドと宿の人間以外が私に声をかけてきたのはいつ以来だろう。

 たしか…………。

 

 まったく思い出せない。

 これは感動ものだ。

 今日のことはしかと日記に書き記しておこう。

 

『日記なんてつけてないし、そもそも持ってないでしょ。記憶を捏造しちゃダメ』

 

 馬鹿がっ。

 今日からつけるんだよ。

 まあ、声をかけられたと言ってもせいぜい道を尋ねられるくらいだろうがな。

 

 それで何の用だ。

 あいにくこの辺りの地理には詳しくないぞ。

 

「いえ、道を聞きたかった訳ではありません。昨日、中級ダンジョンをソロでクリアされてましたよね。ナギム廃坑に挑まれるなら、僕とパーティーを組んでもらえませんか」

『おぃおぃ、オイオイオイオイ。どういうことだ! 何が起こっている! 俺はこんな真っ昼間から夢でも見てるってのか?!』

 

 落ち着けシュー。

 なにやら夢ではないようですぞ。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 少女が心配そうな顔で見上げてくる。

 

 大丈夫なわけがあるか!

 大問題だよ!

 おいシュウ。シュウ君。

 私はどうするべきだ。

 いったいどうすればいい。

 シュウよ……私を導いてくれ!

 

『いや。よく考えたら、別におかしなことじゃないよね。メル姐さんが中級をソロでクリアしてたことを知ってたからさ。実力者だって認めてるんだよ。それに彼の武器を見てみて。ガルムの武器だ』

 

 シュウの言葉を受け、目線を少女の武器に移す。

 少女の右手には華奢な腕に似合わないほど大きく無骨なクロスボウが垂れている。

 腕よりもクロスボウの方が長いし大きい。

 その台座には私の靴と同じガルム印が刻まれている。

 私の印よりもふるめかしく擦れているようだ。

 相当に使い込まれているように思える。

 

『この子。相当な実力者じゃないかな。……ああ、そうか。もしかして――』

 

 なるほど。そういうことか。

 私を実力者として認めているというだけの話か。

 シュウのこともある。

 あまりパーティーは組みたくない。

 

 そもそもパーティーを組む理由がない。

 上級なら一人でも問題なく進めているからな。

 お前、いやすまん、えーと……。

 

「ユリィです。僕も中級をソロでクリアしたんですが、上級はさすがにソロでは厳しくて誰か組んでもらえないかと」

 

 ユリィか。私はメルだ。

 別に私でなくても他にいくらでもいるだろう。

 ギルドでも募集していたのを目にした記憶がある。

 

「いえ……。実は問題がありましてパーティーは組みづらいのです」

 

 まぁた、問題持ちか。

 今度はいったいなんなんだ。

 私には問題のある人間しか集まってこないのか。

 

 で、その問題は?

 

「パーティーを組むと当たらなくなるんです」

 

 言っている意味がよくわからない。

 もうちょっとわかりやすく言えないか。

 

『パーティーを組むと矢が当たらなくなるって言ってるんだと思うよ。いるんだよね。一人だとやたら強いのにさ。チームを組むと異様に動きが悪くなるやつ』

 

 ソロでは矢が当たるのに、パーティーを組むと矢が当たらなくなるのか?

 

「そうなんです」

 

 それで、どうして私なら組んでも大丈夫だと思ったのかな?

 理由によっては怒るぞ。

 

「昨日、中級でメルさんの強さをとくと拝見しました。予測ですが上級どころか超上級の力を持たれているのではないですか。それなら僕がいても、さほど邪魔にならないんじゃないかと思ったんです」

 

 そういえば、ダンジョンで何人かに出会った気がする。

 見られていたのか。

 

『こっちの力をちゃんと測ってるね。それに解決法も考えてる。えらいえらい』

 

 よくわからんが、お前のチートでどうにかなりそうか。

 

『直接は無理かな。同士討ち無効で後ろから撃たれるのは防げる。でも、パーティーを組んでうまく動けないってのは心の問題が大きいからね。チートでどうにかできるもんじゃないよ』

 

 そんなものか。

 じゃあ、パーティーを組む理由もないな。

 

『そう早まらないで。チートじゃ直接どうこうはできないよ。でも、間接的ならどうにかできるかも。この子もわかってるみたいだね』

 

 もっとわかりやすく言え。

 お前や引きこもりエルフは小難しい言葉を並べるから困る。

 

『パーティー内で自分の役割を果たせるか・果たせているかってのが本人のプレッシャーになるんだ。ユリィも言ってるように姐さんは上級のレベルじゃない。一人で十分すぎる。それならユリィに要求される役割は少なくなる。心の負担が小さくなるわけだよ。たいして役割を果たさなくても一応パーティーだからね。これで上級をクリアできるならユリィも自信がついて、今後は多少まともに動けるかもしれない』

 

 つまりどういうことだ?

 

『えぇ、これでもわかんないの。頭ん中、腐ってんじゃない。まとめるとね。姐さんにはパーティーを組むメリットがほとんどない。ただし、デメリットも俺の存在を知られること以外にはない。一方のユリィは上級もクリアできる上に、今後の活動に関わる問題へ何らかの対処ができるかもしれないってメリットがある。デメリットはぶつぶつ喋るほんのり臭う馬鹿女とダンジョンに潜らなきゃならんってこと』

 

 おっと足が滑った!

 

『謂われのない暴力が俺を襲うっ! ま、最終的に決めるのはメル姐さんだからね。それと、この子なら俺の存在を知られても問題ないと思うよ』

 

 おや。

 そう言えば今日はえらくまともだな。

 気持ち悪い発言も極めて少ない。

 もしかして病気か? 

 移すなよ、ばっちぃ。

 

『俺はばい菌じゃないし、バイでもないよ! 基本的に胸の大きな女性にしか興味ないですし……ねぇ』

 

 まぁた、なんかよくわからんことを言い始めたよ。

 なにが「ねぇ」なんだか。

 

 シュウが問題ないと言う。

 それなら大丈夫なのだろう。

 私はユリィとパーティーを組むことにした。

 

『メル姐さんがまともにパーティーを組む。俺うれしいよぉ。涙がとどまるところを知らない……。閉じた世界が広がるね』

 

 一言多いぞ。

 それに涙どころか目すらないだろ。

 

 

 

 私の頭を怒声が駆ける。

 

『馬鹿野郎! もっと仲間の配置を考えろ。その位置から狙えるのか!』

「すみません兄貴!」

 

 シュウとユリィはノリノリだ。

 

 

 パーティーを組んだ後、シュウはもちろん喋った。

 ユリィはシュウに少しばかり驚きはしたもののあっさり納得してしまった。

 

「真に良い武器は語りかけてくるものです。父もよくそう話してくれていました」

 

 いや、そんなことないだろ。

 お前の父親の頭が心配だ。

 

「僕も今みたいになよなよしたままじゃなくて、父やシュウさんのような一角の男になりたいです」

 

 ……何か言い出したぞ。

 別に女のままでいいじゃないか。

 たしかに女の冒険者はなめられないために男らしく振る舞うものもいる。

 それでも実力には関係ない。

 それと、シュウのどこが一角の男なのか教えてくれ。

 

『バッカ姐さん。俺はどっからどう見ても男らしいでしょ。見てよこの硬くいきり立った一物。黒光りするツヤのあるボデー。危うげに尖った先端。男の中の男じゃないか』

 

 うん。

 ただの剣だ。

 どこからどう見ても剣。

 剣以外の何ものでもないな。

 

『なんて愚かなメル姐さん……。ユリィ。君は見所がある! よしまかせろ。俺が貴様を立派な男にしてやる! 俺のことは兄貴と呼ぶんだ!』

「わかりました、シュウの兄貴!」

 

 なんで私が間違ってるみたいな流れになっているのか。

 とにかく、こうしてよくわからない兄妹関係ができあがった。

 私は完全に置いてけぼりである。

 もう慣れてきたし、関わりあいたくもないので好きにやらせておこう。

 

 なんだかんだ言ってシュウの指導はまともだ。

 むしろ、まともすぎて怖い。

 パーティーの基本から始まり、位置取り、心構えなど説いている。

 聞くところによると、元の世界でおんらいんげぇむとやらから学んでいたらしい。

 清掃員と聞いていたが、こいつもこいつで幾多の戦いをくぐり抜けて来たのだろう。

 

 ナギム廃坑の敵は変わったものが多い。

 土魔法を唱えるツブテコウモリ。

 いきなり足下から現れるドーモグラ。

 岩に擬態して襲ってくるナントゴーレム。

 

 広いとは言えない道幅に次々と押し寄せるモンスター。

 ソロならそこそこ面倒なダンジョンだ。

 

 今のところ苦戦はない。

 パーティー用のスキルに加えて、射手専用スキルも選択しているらしい。

 

 射手専用スキルその一「敵感知」。

 スキル共有により私にも効果が発揮された。

 とても……。いや、とてつもなく優秀なスキルだ。

 モンスターがどこにいるのかわかる。

 視界に変な円が出てきて、その横に数字が出ている。

 モンスターとその距離らしい。

 近づけば弱点と耐性属性も教えてくれる嬉しい機能付き。

 なんと望遠もできるそうだ。

 後ろから近づいてきても矢印が出てきて教えてくれる。

 さらに自分を標的にしているモンスターなら遠くでも反応する。

 かゆいところに手が届くスキルと言える。

 

『今度から右手に小さめのクロスボウを取り付けた方がいいかもしれないね。使わなくてもこのスキルが選択できるならそれだけで価値があるよ』

 

 善処しよう。

 これは便利だ。

 

 

 射手専用スキルその二「方向転換」。

 一度だけ矢がモンスターに向かって軌道を変える。

 動き続ける敵以外ならこれでほぼ必中だ。

 

『これなら才能のないメル姐さんでも当てられる。クロスボウ装備しよう』

 

 前向きに検討しておこう。

 確かにこれなら私でも使えそうである。

 

 ユリィは敵に矢が当たらない問題を解決するため、このスキルは外している。

 チートではなく自身の実力で敵に矢を当てられるようにならなければ、根本的な解決にならない。

 

 

 射手専用スキルその三「必殺」。

 その名の通りのスキルだった。

 

『説明しよう! 矢に当たれば敵は死ぬ! メル姐さん。エルメルの町に着いたら、即刻クロスボウを買いに行こう。「方向転換」と「必殺」の組み合わせはやばい。これこそチートだよ!』

 

 うむ。

 もはや迷うことはない。

 なんとも恐ろしいスキルだろうか。

 ボスに効果はないらしいが、それでも雑魚が一撃で屠れるなら十二分だ。

 

 ――とは言ってもユリィの矢は当たらないからあまり効果を発揮していない。

 遭遇即消滅は図体の馬鹿でかいゴーレムくらいだ。

 それでも敵感知のおかげで遠距離からの魔法と下や横から飛び出してくるモグラは対処できている。

 

 そんなユリィは、シュウの珍しくまともな指導の甲斐もあってだろうか――。

 矢が徐々に当たるようになっていた。

 ダンジョンに入った頃は敵の近くを通り過ぎるだけだった矢。

 それが今では二発に一発は敵を貫いている。

 

『メル姐さんと違ってさ。ユリィには元から才能があるんだ。あとはちょっと背中を押してあげるだけだよ』

 

 ちょっぴり良い話の中でも私を貶すことを忘れない。

 なんというクソ野郎。

 これが男の中の男と言うのだから笑わせる。

 

 ちなみに私にもスキルが増えた。

 催眠耐性。

 どんな敵が催眠を使うのかわからないが、有るに越したことはないだろう。

 さらに鈍化付与も手に入れた。

 ときどき斬りつけた相手の動きが鈍くなる。

 こちらも有るに越したことはない。

 特殊スキルは手に入らなかった。

 

 

 

 さて――。

 恒例になってしまったが、目の前にはボス部屋の扉。

 木ではなく岩でできているため重そうだ。

 

「ボスですね。もしボスを倒したら……、僕はこのクロスボウに恥じない立派な男になれるんでしょうか」

『阿呆がッ! なに甘ったれたこと言ってんだ! なれるか〜、じゃねぇだろ! なって見せろよ! ここのボスを、そのクロスボウでぶっ殺して立派な男だって証明して見せろ!』

「すっ、すみませんでした」

『男が簡単に頭を下げるな! 謝るな! 行動で示せっ!』

「はいっ!」

 

 盛り上がっているな。

 そっとしておこう。

 

 ユリィはクロスボウをとても大切にしている。

 先に父がどうのこうのと言っていた。

 彼女のクロスボウは父親の形見なのかも知れない。

 ガルムのクロスボウを持つほどだ。

 さぞかし高名な射手だったのだろう。

 

 ユリィは立派にパーティーの役割を果たしている。

 ボス戦もその調子で頼む。

 お前の矢を当てにしているぞ。

 

「は、はいっ! ありがとうございます、姐御。やってみせます!」

 

 姐御はやめてほしい。

 本人もやる気だから大目に見るか。

 

 

 

 ボス部屋にはやや大きめのゴーレムが九体。

 それぞれ色違いで、形も微妙に違う。

 横一直線に並びおのおのが変なポーズを取っている。

 

 私たちを確認すると中心にいた赤いゴーレムが何か叫ぶ。

 周囲のゴーレムもそれに倣って声をあげ、中心のゴーレムへと集まっていく。

 なにやら複雑に組み合わさり変形し、大きな巨人が誕生した。

 

 大きさは今まで出会ったモンスターと桁違いだ。

 足一本、腕一本がそれぞれ一体のゴーレム並みだ。

 顔はリーダーの色だが顔が皆同じだったため区別がつかない。

 両手には馬鹿でかい棍棒。

 よく見ると一番端に立っていたゴーレムが形を変えただけだ。

 このゴーレムの寄せ集めがナギム廃坑のボスモンスターである。

 名は超岩石体ゴレムオンというらしい。

 

 特徴はその硬さ。

 ゴーレムからできていることもあり、物理的な攻撃は関節と目以外に効果がない。

 魔法も水と氷属性しか効果がないと聞いている。

 ただ残念なことに体があまりにも大きく重いため動きが極めて遅い。

 遅いと言うよりも基本的に動かない。

 動くのは棍棒を持っている腕だけだ。

 それでもゴーレム一体分の重量を持った棍棒が振り下ろされ、振り回される。

 脅威の破壊力と言えるだろう。

 

 定石通りの攻略法ではまず部位をそれぞれ破壊していく。

 火魔法で一気に熱し、水で冷やすことにより防御力を弱められるそうだ。

 だが、私たちは魔法が使えないため定石通りの戦法は使えない。

 

 ――ではどうするか。

 

 答は単純。

 近づくだけだ。

 私の名前を呼んではいけない例のあのスキルにより特殊効果は強制解除される。

 ボスだろうが関係ない。問答無用だ。

 

 ゴレムオンの特殊効果は「合体」。

 私が近づくとこのボスはいったいどうなるか――。

 おわかり頂けるだろうか?

 

『これはむごい……』

「すごいです。姐御!」

 

 ボス部屋に転がる色彩豊かな八つの岩。

 そして、赤いゴーレムが一体ぽつり。

 

 ゴレムオンの合体は強制解除され、それぞれのゴーレムに分離された。

 しかも合体する際に変形したゴーレムは元に戻らなかった。

 中心以外のゴーレムはただのパーツとなってしまい、動くことすらできない。

 さらにパーツにはボス属性も失われている。

 ユリィの「必殺」を帯びた矢で一撃死。ただの的だ。

 

 広いボス部屋に私たちと赤いゴーレムだけが取り残された。

 こいつにだけはボス属性がついているらしく、一撃で死ななかった。

 赤いゴーレムは上を向き、叫びを上げる。

 悲しみ咽び、まるで泣いているようだ。

 

『うん……。お前はいま泣いていい』

 

 赤ゴーレムは涙を拭うように腕で顔を擦ると私たちに襲いかかってきた。

 仲間の仇を討つためだろう。泣かせる話だ。

 

 赤ゴーレムのパンチをシュウで受ける。

 一体だけでもそこそこに強い。

 

『ユリィ! メル姐さんがこいつを引き付ける。お前はこいつの目を狙い撃て!』

 

 シュウが叫ぶ。

 正面から攻撃を受けたにも関わらず、珍しく文句を言わない。

 

「で、でも。僕の矢じゃ当てられるか……」

『自分の腕を信じろ! そして、俺を。メル姐さんを。そのクロスボウを。なによりも今まで戦い抜いてきたお前自身を信じるんだ!』

 

 そうだ。

 こんな私でも戦えているんだ。

 

「ユリィなら当てられる!」

「あ、兄貴……。姐御……。僕、やってみせます」

 

 赤ゴーレムのパンチを受けつつも、隙を見て斬りかかる。

 状態異常が入り、一瞬だけ動きが止まる。

 

 その瞬間――。

 

 ボスの右目に一本の矢が突き刺さった。

 

「やった。やりました! 当たりまし――」

『まだだ! 相手が消滅するまで油断するな!』

 

 赤ゴーレムはのけぞったものの、まだ消えていない。

 片目に映る暗い瞳は戦意を宿している。

 

『もう一発だ、ユリィ! 見せてみろ。お前の力を!』

 

 赤ゴーレムの攻撃はさらに苛烈を増した。

 ユリィへとその巨体を向けた。

 私はその進路に立ちふさがって、動きを抑える。

 体当たりをシュウで受けるが、体重差はいかんともしがたく足裏が地面を擦る。

 それでもなんとか押しとどめた。

 

「撃ちます!」

 

 ユリィの合図とともに後ろから小さな風切り音。

 それが私の耳横を通り、赤ゴーレムの左目に突き刺さる。

 赤ゴーレムは今度こそ断末魔を上げた。

 

 ボスの体は徐々に光へと消えていく。

 それでも最期まで倒れることはなかった。

 両目に矢が突き刺さったまま静かに、静かに消えていった。

 

 

 

 ボスの消滅により道は開かれた。

 

「姐御、兄貴! 本当にお世話になりました!」

 

 ユリィがそう切り出す。

 

 ああ、そうか。

 ボスを倒したからここでお別れか。

 帰り道は一人で大丈夫か。

 

「まださほどリポップしていないでしょうから急げば問題ありません」

 

 気をつけて帰れよ。

 

『絶対に気を抜くなよ。冒険者にとって最大の敵はモンスターではなく、自らの油断と慢心だ。決して大丈夫だなんて思ってはいけない』

「はい! 家に帰るまで決して油断しません!」

 

 良い返事だ。

 ユリィならソロでも帰れるだろう。

 

『お父さんによろしく伝えといて。また会いに行くってさ』

「わかりました! 伝えておきます!」

 

 …………えっ? あれっ?

 ユリィの父親は死んでるんじゃ。

 そのクロスボウは亡き父の形見じゃなかったのか。

 

『なに言ってるの、ダメ姐さん。ごめんね。ユリィ。うちのは図体ばっかり大きくて』

「いえ。気にしていません」

 

 彼女は困ったようにはにかむ。

 

 えっ、わからない。

 本当にどういうことだ。

 また会いに行くって、何の話をしている。

 もしかして宿屋の親父のことか。

 

『ここまで馬鹿だと憐憫の情さえ芽生えるよ。なんで俺が話したこともない宿屋の親父に会いにいくのさ』

「姐御。僕の父は姐御の靴を。そして、僕のクロスボウを作ってくれた人物。ガルム武具店の店主――ガルムです」

 

 えっ……。えっ! えぇっ!?

 そんな馬鹿な。

 ユリィはドワーフじゃないぞ、あっ!

 

『思い出した? ガルムは人間の女性と結婚してるんだ。ユリィはお母さんの血を濃く受け継いでるみたいね』

 

 いや……。

 いやいやいや。

 それでもおかしいだろ。

 ガルムは息子が一人しかいないって。

 

『メル姐さん。さすがにそれは失礼だ。ユリィは正真正銘の男だよ』

「姐御……。僕、男の子です」

 

 そ、そんな馬鹿な!

 シュウ。お前はいつから気づいていた?!

 

『姐さんこそ、いったいいつからユリィを女だと錯覚していたのさ。最初からか……。確かに見た目が女の子っぽいからね。それでも俺は割と初めからユリィを男って気づいてたよ。股間のセンサーが反応しなかったからさ。あと「ボク」じゃなくて「僕」だし。それに、ダンジョンに入る前にはガルムの息子だともわかってた。だからマジメに指導したんだ。ユリィも気づいてたよね』

「はい。姐御が父の作っていた靴を履いていましたから。父の話に出ていた最近出会ったおもしろい人物だと気づきました。それが姐御ではなく兄貴のほうだとはパーティーを組むまでわかりませんでした。僕、まだまだ未熟です」

 

 たしかにシュウはユリィに対して一度も卑猥な言葉をかけていなかった気がする。

 もしかしてユリィが男だから言ってなかったのか。

 女になら言うってのもどうなんだ。

 変態だからいいのか。

 

 それにしてもだ。

 男と言われても、なお男には見えない。

 本当に男なのか。

 

「触って、みますか?」

 

 ユリィが体の前でもじもじと指をからませている。

 

 ……いや。

 すまなかった。

 私が悪かったです。

 本当に今回は私が悪かった。

 弁解の余地すら与えられないほどだ。

 

「いえ。姐御は悪くありません。僕が男らしくないのがいけないんです」

『ユリィ。君はまったく悪くない。悪いのは全てこの逃げ足だけが取り柄の馬鹿女だ』

 

 今回は反論のしようもない。

 できることがあれば言ってくれ。

 できる限りのことはしよう。

 

『じゃあ、俺を男に――』

 

 テメェは黙ってろ。

 

「では姐御。頼みがあります」

 

 なんなりと言ってくれ。

 

「いつかまた、僕とパーティーを組んでください」

 

 おや、そんなことでいいのか。

 それは私の方から頼みたいほどだ。

 

「はい。今度は間違えようもないほど、男らしくなってきます!」

『ユリィ……。なんて良い子なんだ。姐さんと組ませるのがもったいないくらいだよ』

 

 わかった。

 約束しよう。

 いつか、またパーティーを組もう。

 

「ありがとうございます。それではまた会う日まで――」

 

 ユリィは手を差し出す。

 私もその手を握りかえす。

 ついでパーティーリングを合わせてパーティーを解消する。

 

『また世界を縮めてしまったァ〜』

 

 いちいちうるさい奴だな。

 

 ユリィはボス部屋の入り口に歩き出し、私は反対側の出口に向かう。

 その後もダンジョンを歩き続けた。

 

 ゴーレムと正面から戦うことで初めてパーティーを解消したんだと実感する。

 一緒に戦ってくれる仲間がいるというのはいいものだな。

 そんなことを思ったはずだ。

 

 二日かけてダンジョンを抜けると、鮮やかな緑が広がっていた。

 明るい光に思わず目を眩ませる。

 

『よう、ジョニー。俺たちも凱旋と洒落込もうぜ』

 

 ジョニーって誰だよ。

 

 まあいいか。

 あとは山道をわずかに下り、東へと道なりに進めばエルメルの町。

 

 久しぶりの帰省だ。

 私にとって安らぎの場所。

 母の料理が静かに香り、父の燻らせた煙草の煙が天井を漂う。

 二人はなんと声をかけてくれるだろうか。

 私の帰りを喜んでくれるだろうか。

 

 ああ、そうなんだ。

 私は早く家に帰りたいんだ。

 

『遠きみやこに帰らばや、だね』

 

 気がつくと足早になっていた。

 身で切る風もいつもより軽く感じる。

 

 

 

 こうして私の上級ダンジョン巡りは締め括られた。


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