モトラドで旅をするキノと少女が入国した国では、射撃大会が開催されていた。「練習は終わりだ。入国しようか」

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狙撃の国

赤色の大地の一角に、二人の旅人がいた。

上のほうに、わずかに緑を見せるだけの太い木の枝に、鉄の板が紐で吊り下げられている。それをハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)で狙うのは、黒いジャケットを着て腰をベルトで締めた、若い旅人だった。

おそらく十代半ばすぎ。ゴーグルをつけ、長い髪を後ろでひとつにくくっている。右手で、半身に構えていた。

 

銃声が二回、続けて鳴った。

銃口から放たれた弾は、鉄板の右上と左上にそれぞれ当たった。金属を叩く音が続けて響いて、今度は右上と右下がへこんだ。空薬莢が排出され、地面で跳ねた。

「あたり~」

のんびりとした、男の子のような声が言った。

「けど、あんまり定まらないね。レイ、射撃苦手なの?」

煙を吐くハンド・パースエイダーを降ろして、レイと呼ばれた旅人が声のほうを向いた。そこには、一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけをさす)が、センタースタンドで立たされていた。

「苦手というわけじゃないけれど……そうだね。上手いというわけではないかな?」

レイが苦笑する。

「キノが上手すぎるんじゃないのか? エルメス」

別の声が、モトラドの名前を呼んだ。線の細い男性のような、ハスキーヴォイスの女性のような、どちらともつかない中性的な声だった。

その声は、エルメスの隣から出ていた。たくさんの旅荷物を積まれたモトラドだった。

「さっきの抜き撃ちは、相当だよ」

声は続けて、感心した様子で言った。

「ありがとう、セシル」

少年のような声が、セシルと呼ばれたモトラドの横から落とされた。黒いジャケットを着て、すこし盛り上がった岩に座っていた旅人だった。

さきほど話題に出ていた、キノという名前の旅人だ。髪は短く、首にゴーグルを引っ掛けている。精悍な顔つきをしていて、歳は、レイと同じくらいに見えた。

「けれどボクだって、百発百中とまではいかないさ」

キノは、右腰に吊った大口径リボルバータイプのハンド・パースエイダーをそっと触った。キノはそれを『カノン』と呼ぶ

「そうだね。百発……九十九中くらい?」

エルメスがおどけた様子で言って、キノはエルメスに顔を向けた。どことなく苦い顔だった。

レイは素直に感心し、すごいねえ、と笑った。

セシルが疑い半分で、それ本当に? と聞いた。

「そうじゃなくて、それ以外の要素も重要だってこと」

「キノはそれ以外もピカイチじゃん。そこらを走るお肉だって、キノの手にかかれば一発だよ」

「どうにも、ほめられている気がしないな……」

キノは憮然とした表情でつぶやいた。そのうちにレイが鉄板を回収しに行っていて、ちょうど紐をはずし終えたところだった。キノとエルメスは、それをのんびり眺めた。

「何言ってるのさ、キノ。すでに料理では負けてるんだからね。ここで取り返さないと」

「“取り返さないと”ってなんだいエルメス。ボクたちは競争しているわけじゃないよ」

「でも、レイはやる気だよ?」

小走りで一人と二台の元へ戻ってきたレイは、セシルに取り付けられた鞄に鉄板をくくりつけながら、

「早く追いつきなよ、レイ」

「うん、がんばらないとね。セシル」

セシルの激励に答えて、鞄の蓋を閉めた。

「………」

キノはなんともいえない表情を作る。レイが『シュトー』と呼んでいる自動式が、彼女の腰にきちんと収まっているのを確認して、キノは口を開いた。

「練習は終わりだ。入国しようか」

 

 

 

「あ、練習終わりましたか?」

「はい」

「すみませんねえ、今はどの射撃場も満席で。これ、替えの弾です」

「ありがとうございます」

「では、旅人さんも参加されますね?」

「はい」

二人の旅人は、すぐ近くの城壁へモトラドを押して行き、国に戻った。さきほど入国した国だった。

エルメスを指定の場所に停めて、キノたちは窓口でパースエイダーの弾を受け取った。別室で分解と掃除と、それから新しい弾を込める。

すべての準備が終わると、二人は個室から出てきて、

「こんにちは。今回の案内を務めさせていただきます」

「こんにちは。ボクはキノです」

「私は、レイといいます」

案内人とそれぞれ握手を交わした。

「ここは、射撃が発達しているんでしたね」

キノが言って、案内人が満足気に頷く。

「ええ。下は12歳から、上は90歳まで。誰もが射撃を経験しています」

「しかも、人を殺したりするのでなく、純粋なスポーツとして」

「そうです。もともとは武器であるパースエイダーですが、わが国は、それを国民的スポーツにまで高めることができたのです!」

案内人は、やや興奮気味に言った。右手でこぶしを作り、それを高く掲げる。

「街中での携帯は禁止、弾は射撃場のみ。入れ替えは別室で、監視カメラ付き。すべてに番号も入って、盗まれたら追いかけることも可能です」

「厳重ですね」

「銃の扱い方と持つべき意志についても教育済みです。それも免許制ですので、旅人さんの安全は保障します。楽しんでいってください」

「ありがとうございます」

案内人はにかっと豪快に笑うと、この先です、と扉を開いた。キノたちはそれを通る。

入口付近に立っていた女性からゼッケンを渡されて、キノとレイはそれをかぶった。腕の動きを邪魔しないように、幅の広い紐で、四角い布の四方を縫いとめただけのものだった。

「ここでしばらくお待ちください」

女性に言われて、キノとレイは並んでいたベンチシートに腰掛けた。待合室といった様子で、ベンチシートはいくつも等間隔に並べられていた。

似たようなゼッケンをつけている人が、複数人座っている。それは、老若男女が入り混じっていた。

「あら、こんにちは」

「旅人さんも、大会に参加するのかい?」

20歳すぎくらいの女男が、二人に気づいて話しかけてきた。長い袖のYシャツ姿にズボン、それからネクタイという、上品な服装だった。女性は、ひらひらと裾が舞うスカートをはいていた。

キノとレイは挨拶と自己紹介をして、

「詳しいことは、聞いているかしら?」

女性に聞かれて、キノは入国審査場での説明を話した。

この国では射撃が発達して、国民的スポーツになっていること。

年一回の大会が、今日と明日行われること。そのため、射撃場は調整する参加者でいっぱいなこと。

旅人である自分たちにも参加資格があり、特別に国外で短時間の練習を許されたこと。

参加賞として滞在費の一部が免除され、さらに優勝すると、全部が無料になること。

「どこまで通じるかわかりませんが、がんばりたいと思います」

キノはそう言って言葉を締めた。なにか言いたそうな顔で、レイがちらりとキノを見た。

「そうね、この国には凄腕のガンマンがたくさんいるから」

女性は、うんうんと頷いて笑った。

「彼も、命中率はすごいのよ」

「よせよ、彼女の前で。この子の立つ瀬がないだろ」

男性はまんざらでもないような顔で照れて、

「悪かったね、僕。けれど、たしかに腕の立つ奴は多いからね。優勝できなくても、せめてかっこいい所を見せられるようがんばれよ」

はは、と笑うと二人組は、番号を呼ばれて去って行った。レイがまたちらり、とキノを見て、キノは小さく肩をすくめてみせた。

キノとレイはまた何人かに話しかけられ、そのたびに、

「面白そうなので」

「敵うかわかりませんけど」

「腕試しに」

「精一杯」

「がんばります」

と答え、

「運がよかったなあ!」

「がんばってね!」

「負けても、参加賞があるから!」

「楽しむのが一番よ!」

「練習して、また来ればいいさ!」

と、やる前から励まされた。

 

やがて番号が呼ばれて、キノが部屋を出ていった。ひとり残されたレイは、部屋の壁側を見た。

パイプ足の机が一列になっていて、大きめのモニターが三つ置かれている。それぞれに射撃場の様子が映し出されていて、ゼッケンをつけた老人と、女性と、そしてキノが映っていた。

「ねえ旅人さん。彼の腕前はどうなの?」

茶色の巻き毛を結い上げ、ワンピースを着た少女が、レイに話しかけた。レイと同じ年頃の子だった。

「えっと…」

レイはキノの性別を訂正するべきか考え、キノが何も言ってなかったのを思い出して黙った。

かわりに、

「キノは、私よりずっと上手だよ」

考えうる解答の中で、もっとも無難そうな答えを口にした。

「へえ、いいじゃない。この国では、射撃の得意な人がモテるのよ」

「そうなんだ?」

「優勝なんかしたら、きっと女の子がわんさか寄って来るわよ。ま、私はタイプじゃないけど」

「そ、そうなんだ…」

答えづらいな、と思ってレイが言葉を濁したのを、少女は勘違いしたようだった。そんな落ち込むことないわよ! と元気よく言って、

「アンタもがんばんなさいよ」

「うん。ありがとう」

「彼氏に負けないようにね!」

「…うん、ありがとう…」

一回目は本心で、二回目は笑顔を引きつらせながら頷いた。

二人の少女が、大会や普段の国について話していると、

「おい、すげえぞ!」

だれかの感嘆する声がして、周囲がざわめいた。レイが顔を上げると、キノがパースエイダーを構えているのが見えた。

画面の右下に、何重にも丸が書かれた白い紙が映し出される。キノのはるか前方にある、射撃の的の映像だった。どまんなかの円からすこしもはみ出ずに、弾が当たったと思われる跡が二つついていた。

またキノの『カノン』から弾が発射されて、それは、寸分狂わず同じ場所に当たった。ふたたび待合室の人々がざわめく。

「ちょっと、すごいじゃない!」

巻き毛の少女は興奮して、レイに目をむけた。レイはぽかんと口を開け、

「すごい……」

つぶやいて、目をきらきらと輝かせた。

「い、いまの見た? すごかった!」

「アンタ、自慢できるわよ!」

「うん、後で教えてあげなきゃだね」

「なに他人事みたいに感心してんのよ?」

「そうだね、私もがんばんないと…」

いまいち噛みあわない会話をして、レイの番号が呼ばれた。

レイは、出場者用の通路を通って、射撃場へとむかった。途中でキノとすれ違って、

「キノ、すごかったよ! 映像を見ていた人もびっくりしてた!」

レイは、声を弾ませて報告した。

「そうかい」

「私もがんばってくるね」

「ああ。いってらっしゃい」

まるで自分のことのように、にこにこと嬉しそうに笑うレイに手を振って、キノはしばらく目でそれを追ってから踵を返した。若い女性が、なによ予約済みじゃない…、と小さく漏らした。

キノは、レイが着ていたゼッケンが裏返しになっていたことについて考えていた。

そして次に、夕飯を何にするか考え始めた。

 

 

レイの射撃は、決して悪くはなかった。

しかしながら、国の人の関心はキノの命中精度に集中し、レイは参加すらしていないかのような、霞んだ扱いになっていた。“二人組の旅人の片方がとにかくすごい”といった内容だけが、くりかえし館内放送されていた。

「………」

キノは居心地悪そうに、一人でベンチに座っていた。出場前に話しかけてきた人たちは一転して、畏れるように遠巻きにキノを見ていた。その周りを、黄色い悲鳴の女性や野次馬に来た男性が囲って、周囲には人だかりが出来ていた。

「――すみません、ちょっと、通して!」

その間を割るようにして、レイが転がり出た。レイはふう、と肩をおろすとキノを見留め、

「キノ」

ほっと息をはいて、小さく笑みを浮かべた。

「よかった……通れなくて。すごい人だかりだね」

「ああ。この」

『――快挙です! 旅人のキノさんが、すごいことやってのけました!――』

「…放送がね」

キノは会話に割り込むような放送を指差して、顔をしかめた。レイも苦笑を浮かべる。

レイが現れたことで、女性が何割か減ったことにキノが気づき、

「レイ、しばらく離れないでくれないかい」

「? うん」

言われたレイは、よくわからないままにキノの横に座った。

「どうするキノ? 今日はもう終わりみたいだけど、人がはけるまで待つ?」

「…それだと、いつになるかわからなそうだ」

キノは「まいったな」とつぶやいて、右手で後ろ髪をかいた。

突っ切ろうとしてキノが近づくと、たちまち人々が待ち構え、層が厚くなる。そうしてキノはここから出られずにいたのだった。

「…おなかすいたな……」

疲れたようにキノがぽつりと漏らすのを見て、レイは前を向いた。人だかりは減っては増えていて、あまり数が変わっていないように見えた。

その中のひとつに見覚えのある顔を見つけて、レイは立ち上がった。キノが不思議そうに見上げる。

「レイ?」

「キノ。もしかしたら抜けられるかも」

「え?」

とたんにレイが歩き出して、一人の少女が人だかりから出てきた。待合室で会った、巻き毛の少女だった。

「アンタ、大変なことになってんじゃないの」

少女はワンピースを整えながら言った。

レイも「そうなんだよ」と頷く。

「抜け出すの、手伝ってもらえないかな?」

「いいけど、もうちょっと待てば?」

「でも、キノおなかすいてて…そのままにしておけないよ」

レイは眉尻を下げて、キノを振り返った。キノはベンチに足をそろえて座ったまま、不思議そうに二人を見ていた。

「ふーん。今度はアンタがけなげなとこ見せようってわけ」

「そうじゃないけど」

「いーじゃん、アタシそういうの好きよ? 手伝ってあげる」

少女は面白がった様子で笑うと、

「ほらほら! 旅人さんのお帰りよ! 道を開けてよね!」

人垣を作る男たちに向かって手を叩いた。怯んだように人だかりが割れ、

「今だよキノ!」

レイが呼んで、キノは割れた人だかりに飛び込んだ。少女とレイが威嚇する人の間を左右に揺れながら進んで、人のダムを抜ける。通路が分かれていて、キノは一度立ち止まった。

「…どっちだ?」

「こっち!」

「わっ」

追いついたレイが、キノの手を引いた。キノは前のめりになりながら、レイの手を握りかえす。

二人は廊下を駆け抜けて、モトラドの停車場まで来てようやく止まった。軽く息が上がったキノとレイを見て、

「そんなにハードな大会だったの?」

エルメスがのんびりと聞いた。

「ううん、そういうんじゃなくて…」

レイは息を整えながら答える。手を動かそうとして、キノの腕までが動いて、

「あ!」

ぱっ、とあわてて手を離した。

「ごめん」

「大丈夫。それより、さっきの子……いいのかい?」

「うん、あの子は――」

レイは、セシルのわきに移動しながら言った。

「私たちと同じホテルに泊まってるんだって」

ホテルに戻ってきたキノとレイは、そこにひとつしかないレストランで夕食を取ることにした。

エルメスとセシルを部屋に残して入口をくぐると、

「あ! 来たわね」

巻き毛でワンピースの少女が、入口近くの席でパフェを食べていた。

「旅人さん、夕食ご一緒するわ。奥の席に行きましょ」

少女は案内するように進み出て、キノとレイを席に着かせた。自分はお茶を頼んで、キノとレイは食事を頼んだ。

「さっきはありがとう。助かったよ」

「お礼はここのお代でいいわよ。アタシはガーモヴァ。旅人さんは?」

「ボクはキノ」

「ふーん、キノか。変な名前」

「………」

悪びれることなく言い放たれて、キノは思わず変な顔になった。隣のレイがそれに気付いて、

「私は好きだよ。短くて、響きが良くて」

眉を下げ気味にして見てくるので、目が合ったキノは苦笑いを返した。

「ありがとう」

「…お世辞じゃないよ?」

「見ればわかるさ」

二人がガーモヴァに向き直ると、彼女は平然とお茶を飲んでいた。レイが、そういえば自分も自己紹介をしていなかったなと思い出し、

「待合室では言わなかったね。私はレイだよ」

「ふーん。変な名前」

「………」

どうやらこれは彼女の口癖なのかもしれない、とキノは思った。

「二人とも、この辺じゃ聞かない名前ね」

「私の名前をつけたのはシスターだから、地域はわかんないな」

「………」

「アタシは昔からここに住んでるの。大会の時だけ泊まるのよ」

そこで料理が運ばれて来て、キノとレイはそれを見た。

スタンダードなコースを選んだのだが、料理は豪快な分厚いステーキと、山盛りのサラダと、いい香りのパン。それからスープ。

そして食後に、デザートが3種類とお茶が運ばれてくるらしかった。

「優勝して、ここがタダになったら素敵じゃない?」

「もしかして、ここ、高級ホテルなの?」

「そうじゃないけど、会場に近いからね。見栄張って豪華になるのよ」

ねらい目なの、とガーモヴァは片目をつぶってみせた。

「あ、キノ。私とガーモヴァは、待合室でキノの射撃を見たんだよ」

レイが、思い出したように言った。

「そ。それで仲良くなって、そのよしみで手伝ったわけ」

「そうだったのか」

「アタシとしても、キノとお近づきになりたかったし。でもレイがいるからねー」

けらけらとガーモヴァが笑って、レイは申し訳なさそうにキノを見た。キノはわかってるよとでも言うように、小さくあごを引く。

ガーモヴァは急に笑うのをやめて、真剣な顔で言った。

「でも、片方が極端に上手いと僻みも出るわよ。気をつけなさいよ?」

「うん」

「キノはちゃんと守ってやんなさいよね」

「わかった」

レイは真剣に、キノは涼しい顔でうなずいた。

結局、二人はここでもしらを切り通したのだった。

 

 

 

キノたちが入国してから二日目。

 

今日の午前中は“狙撃の部”だった。前日の射撃と順番が逆になっており、キノは、待合室でモニターを眺めていた。

昨日と同じくパイプ足の机が一列になっていて、それぞれに射撃場の様子が映し出されている。右下には、小さな的もある。

モニターにはゼッケンをつけた老人と、男性と、そしてレイが映っていた。

レイは、まっすぐに的を見つめていた。

いつも楽しげに微笑まれている口元は、今は引き締まって一文字にむすばれている。その瞳は真剣そのもので、

「あんな顔もするのか……」

キノは画面を見ながら、ぽつりと漏らした。

 

開始の合図が鳴って、的が動き出した。

画面の中のレイは、スコープを覗いた。引き金に添えられた指が、静かに待つ。

そして、レイは撃った。

放たれた弾は、近づいてくる的の中心に当たった。三十になった丸の、さらに中の黒い円の部分だった。

レイは素早く顔をあげて、次弾を装填した。薬莢が転がり落ちる。すぐにまたスコープを覗いて、数秒もたたないうちに引き金が引かれた。

弾は、次に現れた的の真ん中に当たった。すぐに次の的が出てきて、いつの間に装填を終えたのか、黒円に穴が開いた。

「……すごい」

キノは、感心してそれを見ていた。機械のように正確で、抜き撃ちのように早い狙撃だった。

良い道を走るタイヤのように滑らかな動作でもって、針の穴に糸を通すような細かい芸当が成される。

「レイは狙撃のほうが得意なのか…」

キノは、城壁の外での練習を思い出していた。

「やあ、旅人さん。キノ君と言ったね」

「こんにちは」

急に声をかけられて、キノは意識を画面の外にむけた。昨日の待合室で話しかけてきた、20歳すぎくらいの男だった。

「昨日はすごかったね。くやしいけど、完敗だったよ」

「どうも」

「君の彼女もたいしたもんだね。技男技女のカップルってかんじで、入り込む隙がないなあ」

「……。それは、この国のことわざみたいなものですか?」

キノは肝心な部分を否定せずに、聞きなれない単語だけを聞いた。

「そうだよ。この国では、射撃の腕がいいほどモテるのさ」

男は形の良い白い歯を見せて笑い、キノは、昨日のはそれが原因か、などと思った。そして、訂正しなくて正解だったなとも考える。また面倒なことになるのは避けたかった。

「もちろん、午後の部にも出るんだろう?」

「ペアでのサバイバルゲーム、でしたか?」

「そうそう。期待してるよ」

じゃあね、と言って男は去って行った。キノはまた画面に目を戻す。

気迫が消え、はにかんだ笑顔を浮かべるレイが写っていた。

 

食堂で昼食をとる間、キノとレイはたくさんの人に話しかけられた。

たいていは「すごかったね」で始まり、「午後も期待してるよ」で終わる。まれに「仲良くね」が入っていた。

狙うような人だかりは減って、代わりに、憧れのような視線が注がれていた。

「……なんか、はずかしいね…」

レイがこまったように、ひそひそと小声で言った。

「キノが迎えに来てくれて助かったよ」

「昨日の件があったからね。レイも、似たようなことになってるんじゃないかと思って」

キノは、食後のお茶を飲みながら答えた。狙撃競技が終わったあと、レイが囲まれた人だかりが割れて現れたのが、キノであった。

「あんなにきれいに割れてくれるとは思わなかったけど。もしかしたら、それも射撃が関係しているのかもしれないな」

キノは、男に教えてもらったことわざを説明した。レイが難しい顔になって唸る。

「そっか。でも……」

「ああ、わかってるさ。でも今は、そういうことにしておいたほうが良さそうだ」

「それも旅の知恵?」

「いやかい?」

「ううん、いやってわけじゃないけど。キノはいいの?」

レイは、いまいち納得がいってないような顔をした。ちらりと周囲を見て、

「たしかにキノは、そこらの人よりずっとかっこいいんだけど…」

「………」

「あ。…ごめん」

「いいよ。怒ったわけじゃないから」

キノはお茶を飲む。

レイはそれをじっと見て、申し訳なさそうに首を傾げた。

「私、キノのかわいいとこもちゃんと知ってるからね?」

「それも妙な気分だな……」

複雑な顔をして、それからキノは、しょうがないなとでもいったように表情をやわらげた。

レイも、ふふ、といたずらっぽく笑ったのだった。

 

 

午後になり、別の種目が開始された。

二人一組でペアになり、襲ってくる人型を全滅させるスピードを競うといったものだった。

 

相手が撃ってくるのはペイント弾で、無傷ならばポイントがプラスされる。出場者に怪我がないように、安全は十分配慮されていた。

持てる武器は一丁で、パースエイダーの中から自由に選んでよい。ナイフは減点となるので、使うものはいなかった。

「キノ」

「なんだい、レイ」

ほとんどの人が、ハンド・パースエイダーを持つなか、レイは自分のパースエイダーを持っていた。ライフルタイプで、スコープが取り付けられている。レイはそれを『ストリージ』と呼んでいた。

その隣でキノが、『森の人』の動作を確かめていた。

「本当に狙撃主体で行くの?」

レイは、予備の弾丸をあらゆるところに仕込みながら言った。

「君は、狙撃が得意なんだろ?」

キノは、レイを主軸にして敵の数を減らし、残りを自分が片付ける戦法を提案していた。背中合わせで弾を撃ち込む作戦をとる人が多い中で、それは異彩を放っていた。

「ボクが接近戦を引き受けるから、補助してくれ」

「私、キノの戦い方を知らないよ?」

「ボクは、レイが撃ち損ねたのを撃つだけだから」

ボクのハンド・パースエイダーの腕は知ってるね? とキノが聞くと、レイはこくりとうなずいた。

「ボクも、レイの狙撃の腕は見た。そこから考えれば、これが一番いい方法だ」

「わかった。当たらないでね?」

「できれば、当てないでほしいな」

準備を終えたキノとレイが、こつんと拳を合わせる。

「殲滅してね。キノ」

「ああ。ボクを守ってくれ、レイ」

 

会場は、見通しのよい広場だった。

端と端の入口から、人型の機械が大量に出てくる。一定数吐き出されて、しばらくたつと、また一定数が出てくるといった具合だった。

申し訳程度に障壁があって、いざとなれば隠れることができるようになっている。キノは隠れずに、広場のちょうど真ん中に立っていた。

 

レイの姿はなく、開始の合図が出された。

入口が開き、人型が並んで行進してきた。キノは、両手で斜め下45度に構えていた『森の人』の標準を人型に向ける。

その後ろで門が開く音がして、そちらからも人型が吐き出された。

 

レイが、まずキノの後ろの団体を撃っていった。狙撃とは思えないほどリズミカルに弾丸が飛んで、次に前も狙う。

キノを遠巻きにした円陣を組むように、人型が倒れていった。

一定の距離までは矢のように弾丸が降る。幸運にもそれを免れキノに近づいた者は、『森の人』によって確実に仕留められていった。大体がキノの視界の方向で、背中側から来る者は一体もなかった。

「やりやすいな……」

キノはつぶやいた。

作戦は成功と思えた。人型の数は着実に減っていて、そのわりに、キノの持ち弾はあまり減っていなかった。大多数をレイが仕留めていた。

キノは、『森の人』の弾倉を堂々と入れ替えて撃った。弾丸の円から一歩出ようとしていた人型に、見事に命中する。

「………」

前から来る人型がなくなって、キノが構えを解いた。

しばらくそのままでいて、

「――!」

何もない所にレイの弾丸が降って、キノは素早く身を隠した。すぐ後に、いままでキノがいた場所にペイント弾が当たった。

 

キノが、作られた障壁から様子を伺う。

無駄弾とも思えるレイの銃弾が二発、キノの視界の端で弾けた。

「合図かな」

狙撃の援護は止んで、広場は沈黙に包まれる。人型は、レイから狙えない位置にいるようだった。

キノはすこし考えて、そして、

「…っ!」

一目散に、障壁から飛び出て走った。ペイント弾が放たれた方向から逃げるように、思いっきり距離をとる。

キノが走った道に次々ペイントが着弾していって、ついに人型が、影から姿を現した。射程距離を縮めようと、障壁から飛び出したのであった。

次の瞬間、レイの弾がそれを撃ち抜いた。

笛の音が響いて、競技の終わりを伝えた。

 

控室に戻ってきたキノは、同じく戻ってきたレイに手を振った。レイはキノに気づくと、

「キノ!」

怒ったように名前を呼んだ。

「なんであそこ飛び出したの!」

「えっと……レイ?」

キノは戸惑って、すこしひるんだ。

「人型が潜っちゃったから、おびき出そうと思って…」

「危ないじゃん!」

「時間もポイントになるんだ。それに、一定距離を開ければレイが撃ってくれるってわかってたから」

「それは…そうだけど…」

「当たっても、あれはペイント弾だよ」

「そうだけど…!」

「任せたこと、怒っているのかい?」

掴みかからんといった様子のレイに、キノがたずねる。

「ちがうよ! 心配したんだよ!」

「……こう言ったら悪いけど、ボクは、大概の相手には無傷で勝てるよ」

「それは、見てたらわかるよ……でも心配だったの!」

レイは怒っていたかと思うと、急に不安そうな表情になって、キノの顔を覗き込んだ。

「本当に怪我してない? 大丈夫? 我慢してないよね?」

キノは、急激な変化と近づいた距離にびっくりして、うん、とだけ答える。

「よかったあ」

気が済んだようで、レイの話題は次へ移った。

こんなに心配されると思わなかったキノは、剣幕が消えてほっと息をついた。めんどくさいなと思いながら、しかしどこか嬉しいような、むずがゆさを感じる。

「心配かけて悪かったよ」

「キノが怪我したらどうしようって思った。でも、これなら優勝できるかもしれないね」

「ああ。たぶんね」

キノが言うと、レイは嬉しそうに笑ったのだった。

 

 

キノたちが入国してから三日目。

出国の手続きの最中に、入国審査官の男が言った。

「旅人さん、ありがとうございました。約束どおり、滞在費は無料です」

キノとレイは、優勝してタダになった滞在費の返還分をモトラドの燃料と交換した。入国して、参加諸費として支払ったぶんだった。

「助かりました。たまにああして国外の人が優勝しないと、我が国民は天狗になってしまうので」

「それで、国外練習場でパースエイダーの審査があったんですね」

「はい」

審査官は、書類を両手でそろえながら笑みを浮かべた。キノを見て、それからレイに目をむける。

「しかし、狙撃の腕もあったとは、嬉しい誤算でした。狙撃の要素は今年から取り入れたのですが……しばらくは、国民も目標を失わないでいられるでしょう」

「札付き症候群ってやつだね」

「……“燃え尽き症候群”?」

「そうそれ」

エルメスが黙った。

「しかし、他の人のぶんまでおごっちゃうとは、ずいぶん自信があったんですね」

審査官が感心したように言い、苦笑する。レイが気付いて、首を横に振った。

「いいえ、世話になったので。たまたまです」

「結局ガーモヴァは、今年もタダ飯にありつけたってわけですね」

「彼女を知っているんですか?」

レイが知り合いだったのかと思っていると、審査官は微笑とも呆れともつかないため息を吐いた。

「旅人さんが来るまで毎年優勝していたのが、彼女だったんですよ。おかげで、あるホテルが赤字寸前で……」

 

 

 

END


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