「はい注目ー!」
放課後、例によって例のごとく授業を終えて部活に向かった。
初めは疎らだった部室に着々と人が集まっていき、ようやく全員が揃ったところで仲村が声を張り上げて全員の視線を集めた。
そしてその隣には皆の視線を受けて居心地が悪そう、というよりも虫の居所の悪そうな顔をしている直井の姿があった。
「今日からあたしたちの仲間になる直井くんよ」
仲村からの紹介を聞き、数人があー、前に関根が言っていた奴かという風に得心がいったようで、またある数人はなんだこの生意気そうな奴はと顔をしかめていた。
「では直井くん、一言よろしくね」
「一言?僕に何を言えと言うんだ?」
「そんなの自分で考えてよ。何でも良いのよ、仲良くやっていきましょう~とかそんなので」
「ふん…」
直井が不満そうに鼻を鳴らした瞬間嫌な予感を感じ取ったのはきっと俺だけではないだろう。
「僕は柴崎さんと音無さん以外と馴れ合うつもりは微塵もない。むしろ人数が多すぎて邪魔だからさっさと帰れ」
「んだとこらぁ?!」
「上等だ貴様ぁ!表へ出ろぉ!」
俺の予感は見事に的中し、案の定喧嘩っ早い藤巻と野田が噛みついていく。
「やめなさい二人とも」
「し、しかしゆりっぺ…」
「や・め・な・さ・い」
「ちっ、ゆりっぺに感謝するんだな」
一触即発ムードにあった場を一言で収める。
こういう所はやはり流石は部長だな。
「まああなたに何があったかは知らないけどね、これだけは言っておくわよ。柴崎くんと音無くんだけに依存するだけじゃこの先やっていけなくなる」
「はっ、そんなことあるか。今まで僕は一人でやってきた。そこに柴崎さんと音無さんが加わってくださったのだ。それなのにやっていけなくなるわけがないだろう?」
「なるわよ。今日からあなた関根さんのマネージャーだから」
「はぁ?なんだマネージャーって?」
「あなたは関根さんと基本的にペアで居てもらうわよ」
ニッコリと上機嫌な笑顔で言ってのける仲村。
「なんだと?!そんなこと出来るか!」
直井も当然反発する。
が…
「え?良いの?柴崎くんは我慢して耐えたのにあなたは出来ないの?」
「な、なに?!嘘ですよね柴崎さん?!」
「え、あー…」
ここで俺が本当のこと言ったらコイツはやるって言っちゃうんだろうな…
嫌がってる直井に無理矢理やらせるのは気が引けるんだけど…
「……………………」
なんか右の方からギラギラした視線が飛んできてるんだよなぁ…
まあ昨日、今日のところは我慢しとけ、みたいなこと言っちまったしな。
「…そうだな、嫌だったけどとりあえずやってるよ」
まあこれは厳密に言うとまだ全員のマネージャーが揃ってなかったからやってはいないんだけど、まあいいか。
「そ、そんな…柴崎さんが…?!」
「さ、どうするの?あなたの尊敬してやまない柴崎くんはやってるわよ?」
「ぼ、僕は…僕は…!」
「では、まず改めて自己紹介から始めます。柴崎さん岩沢さんペアの補助、及び今回の進行を任されています遊佐です」
それでは私から時計回りで順にどうぞ、と手を自分の左隣にいる岩沢に向ける。
結局、直井はあの後すぐにマネージャーを受け入れることにした。
すると、今日は全員集まったからとりあえず全員で顔合わせでもしてなさい、と仲村に促され練習室で椅子を円形にして自己紹介という流れになった。
「なあ」
「発言は挙手をお願いします」
「……はい」
「どうぞ」
めんどくせぇ…
「直井以外は大体皆どんな奴か分かってるのに自己紹介やる意味なんてあるのか?」
「あります」
「やけに断言するな…」
「では逆に問いましょう。柴崎さんは本当にここにいる皆さんのことをよく知っているのですか?」
「ん、そう言われると…」
よくよく考えれば俺だってまだコイツらと会ってから1ヶ月足らずしか経っていないわけで、そんな短い期間でよく知っているのかと訊かれれば返事に窮屈する。
「私と柴崎さん程長い付き合いをしているのならともかく」
「確かにな…悪か…」
「幼い頃から共に育ったのならともかく」
「ああうん、だから悪か…」
「時には一緒に寝泊まりをした仲ならともかく」
「だから悪かったから進め…」
「一緒にお風呂に入るような仲ならともか…」
「うるせえ!」
ていうかうぜえ!いつの話だ?!
「一緒にお風呂ってどういうことだ?!」
うわめんどくさいのがもう一人いた…
「あたしとお風呂に入ったことなんて無いくせに!」
「当たり前だろアホか?!遊佐とだって小さい頃入ったことがあるってだけだわ!」
「え?あ、なんだそうか」
ホッと胸を撫で下ろすような仕草を見せる岩沢。
つーかどう発想を飛躍されたら今現在一緒に風呂に入ってると思えるんだ…
そして会って1ヶ月くらいで一緒に風呂に入るわけがない。ましてや男女で。
「とにかく、私と柴崎さん程蜜月な関係でもない限り自己紹介は必要です」
「蜜月じゃなく親密な」
「では岩沢さん、改めてどうぞ」
無視しやがった。
「あー、さっきは取り乱して済まない」
遊佐に促され律儀に起立して前置きとしてそう微笑む。
そして周りのほぼ全員が何を今更という顔をしていた。もちろん俺も。
「岩沢雅美、ギターボーカルだ」
そしてそう短い文を言い終わるとストンと着席してしまった。
これによりまさかの本題よりも前置きの方が文字数が多いという事態が発生する。
これには流石にひさ子も頭を抱えていた。
「岩沢…あんたもうちょっと他にも言うことあるだろ…?」
「え?他に…?あ、あたしは柴崎が好きだ」
「ちげえよ?!なんで今の流れでそこに辿り着くんだよ?!」
「あたしに語れるのはここまでだ」
「格好よくねえよ!?なんか良い雰囲気醸し出してるけど全然ダメですから!」
天然?な岩沢に激しくツッコミを入れているひさ子を見てああ苦労人だな、としみじみ思う。
きっとバンドを組むことになってからずっとこの調子なんだろう。
しかもこれに関根まで加わっているという事実に恐怖を隠せない。
どんなボケ祭りになるんだそれは…
「もっとあるだろ?このバンドのリーダーだとか、抱負だとか」
「それ必要?」
「柴崎が好きって情報より遥かに必要だよ…!」
「はぁ、分かったよ。あたしがリーダーだ。あたしたちはプロを目指してる。だから皆にはそれのサポートをお願いしたい…これでいいか?」
本当に渋々といった装いで抱負を語る岩沢。
初めからそう言っておけよ…という空気をまたもこの空間の大多数から受けていた。
「?」
本人の知る由ではないようだが。
「では次柴崎さん」
遊佐に名前を呼ばれ、立つかどうか一瞬迷ったが折角岩沢が起立するという流れを作ったのだからそれに倣おうと立ち上がる。
「柴崎蒼。岩沢のマネージャーということになってる。えーと、まあやるからには精一杯サポート出来るようにと思ってる、から…よろしくな」
岩沢や遊佐のようにすらすらと喋れなかったことでやっぱこういうのは苦手だな…と痛感する。
「はい、では次直井さん」
だが、当然岩沢の時のように何か不備があったわけではないのでつつがなく進行していく。
「柴崎、今の別に変じゃないぞ」
直井と入れ替わるように席に着いたとき、岩沢からそう耳打ちされる。
コイツ、なんでこういうことだけ気がつくんだよ…
「……そっか、サンキュ」
…でもまあ悪い気はしない、よな。
「直井文人。さっきも言ったが僕は柴崎さんと音無さん以外と馴れ合うつもりは一切ない。あまり僕に近づくな」
「てめえいい加減にしろよ…?」
「なんだ貴様…?」
「おい、やめろって」
直井がまた余計なことで煽ったために、藤巻がいかにも我慢の限界だという風に立ち上がった。
直井が入部する理由の一端を担っていた身として仲裁に入る。
「直井、仲村も言ってたけど俺と音無だけに依存してたって駄目なんだ。お前は関根のマネージャーをやるって決めたんだろ?」
「それはそうですが…」
「ならちゃんと自分の役割は果たすんだ」
「わかりました…」
あからさまにぶすっと膨れてるが、とりあえず納得はしてくれたようだ。
「おい何勝手に終わらせようとしてんだよ?こっちは納得いってねえっつーの」
だかしかし再三直井に腹を立てていた藤巻はまだ収まっていないようだ。
どうするか…と頭を悩ませているとひさ子がおもむろに口を開いた。
「アイツも反省したんだからもう良いだろ。みみっちいね」
何か落ち着かせる一言をくれるのだと期待した俺が馬鹿だった。
ただでさえキレる直前、むしろキレている最中に更に煽るような言葉を向けられた藤巻は、んだとてめえ?!とさらに声を荒げる。
「そういうすぐに大声出すのも気に入らない。弱い自分を隠そうと必死って周りにアピールしてるみたい」
「女だから殴られねえとでも思ってんのかよ…?!」
「別に。ただあんたみたいな奴が本当に人を殴るような勇気があるとは思わないだけ」
「上等だ…!おらっ!」
危ない、と思った瞬間に身体が動いていた。
「藤巻、それは流石にやっちゃ駄目だ」
拳を振り上げ、ひさ子に向かって突きだした所を手首を掴んで止めた。
俺の眼がどれほど良いのかを知っている直井、関根そして遊佐と何故か知らないはずの岩沢以外は目を見開いて驚いていた。
「は、離せっ!んだてめえは?!」
何で岩沢は驚かないんだ?とそっちに意識が向きかけたところで藤巻に手を振り払われる。
「別に俺は何でもない。ただ見てて危ないって思ったから止めたんだよ」
「危ないって思ったって…だからってそんな一瞬で止めに入れるなんて、そんなの普通じゃねえだろ?!」
「―――っ」
普通じゃない。
―――化け物。
「そうだな…普通じゃない…俺は…」
化け物だから…
「でも、そのおかげでひさ子は殴られずに済んだんだろ?」
「え…」
「もし今のがひさ子に当たってたらひさ子は怪我してたし、藤巻も多分後悔した。それを柴崎が止めてくれた。違う?」
なんで…なんでコイツは驚かないどころかこんな庇うようなことまで…?
「違わない、よな?だったらそこに普通だとか普通じゃないとかそんなのは関係ないよ」
いや違う。コイツは庇ってるだなんて思ってない。本当にそうだって思ってる目だ。
なんで音無と言いコイツと言い、俺の眼のことを知ってもこんなことを言ってくれるんだ?
人は皆周りと違うものを見たときどうしようもなく拒絶しようとする。
周りと違う眼を持った俺も例外じゃない。
はず、なんだ…
なのに、よく考えれば音無や岩沢のように言葉にはしていなかったけど、直井も関根も俺を怖がったり拒絶したりしなかった。
「…ちっ、悪かった。止めてくれてあんがとよ」
ここの皆は今までの奴らとは違うのか…?
「はい、では柴崎さんも座ってください」
「あ、ああ…」
呆然としている内にいつの間にか立っているのは俺だけになっていたようで慌てて席に着く。
「柴崎」
すると、またも岩沢が耳打ちをしてきた。
「気にしなくて良いぞ」
「え?」
「そこ、私語は慎んでください」
「あ、悪い」
言葉の真意を図りかねて聞き返そうとしたが遊佐に咎められて黙らざるを得なくなる。
気にしなくて良いって…フォローしてくれたことに対してってことか?
「では関根さん、どうぞ」
「へーい!」
関根の元気でやや間の抜けた返事でよそに行きかけた意識が戻される。
とりあえず今はこっちに集中しよう。じゃなきゃ話してる奴に失礼だ。
「あー、うちのマネージャーがどうもすみませんねぇ~。本当利かん坊でねぇ~よーく言い聞かせておきますんで、許してやってね~」
おかんか。
…やっぱり考え事しとこうかな…せめてコイツの順番が終わるまでは。
「貴様はさっさと本題を言え!」
「あらまあ、反抗期かしら?いやぁねぇ~」
「あとその口調をただちにやめろ!」
「はぁ…落ち着けって。コイツにまともにツッコんでも埒が明かないから」
しかし結局こうなるわけで、おおよそ考え事なんて出来るわけもなかった。
「そうそう、諦めが肝心!」
「貴様が言うな!」
「うん…な。お前が正しいよ」
生真面目にツッコむ直井が少し憐れに思えて優しく肩を叩く。
これからの気苦労が目に見えるようだわ…まあでも、今日はそろそろ潮時だろう。
「せ~き~ね~?」
「…ひゃ、ひゃい…?」
「さっさと真面目に自己紹介しろ馬鹿野郎ぉぉお!!」
「おぉぉぉぅぉぉ?!い、いだいいだいいだい~!」
おふざけが過ぎた関根にひさ子のアイアンクローが炸裂した。
こういう時のひさ子は何故か男子など相手にならないほど強い。
…藤巻の時ももしかしたら大丈夫だったかもなぁ…
「お前がふざけてるとあたしたちまでそんな風に見られんだろぉぉ!!」
「わかりましたわかりましたわかりましたってぇぇぇ!!」
効果は抜群だったようで解放されてしばらくはこめかみを押さえていた。
「関根しおりです…ベースやってます…しおりんって呼んでくださいね…」
しばし待ったが、その痛みはそう易々とは取れないものだったようで頭を押さえたまま自己紹介に移っていた。
まあこれは自業自得、因果応報だ。
「では入江さん、次どうぞ」
「は、はい…」
遊佐に指名され、おどおどと立ち上がる入江はなんというか、目に見えて緊張していた。
元々極度の人見知りだと関根が言っていたし、見るからにこういう自分に視線が集中するようなことは苦手そうだ。
俺も若干の人見知りでこういう場が嫌いなのは一緒なので声には出さないがひっそりと応援しておこう。
「あ、あの…入江、みゆきです。ど、ドラムをやらせてもらってます…あの、よろしくお願いします!」
視線をキョロキョロと泳がせながらの自己紹介ではあったが、苦手ならばこれで十分だろう。
最後には勢いよく頭も下げていたし、好感度は関根よりも断然高い。
こんなことを言ったら関根がまたやかましいだろうが。
「ありがとうございました。では大山さん」
「あ、うん。大山誠です。入江さんの担当になりました。これからは皆で仲良くやっていこうね」
入江に続いての大山の自己紹介は特に何かおかしくもなく、普通の良い自己紹介だった。
「…あれ?僕の出番ってこれで終わり?」
「終わりです。では次藤巻さん」
「…たりぃ」
藤巻はボソッとそう呟き、立つ気配を微塵も見せない。
「藤巻俊樹。コイツのマネージャーとかいうかったるい役目になりましたぁ~」
椅子にもたれかかり、親指でひさ子を指す。
「…ふん、立って言うことも出来ないのかよ」
「ちっ、以上だよ。次いけよ」
「了解しました。ではひさ子さん」
「…ああ」
非常に険悪ムードのままひさ子の番になる。
まあまた喧嘩にならなくて良かった、というところか。
「早乙女ひさ子。バンドのリードギターをやってる。あと、一応サブリーダーってことにもなってるけどあんまり気にしないでくれ」
席から立ってすぐにさっきの険悪な雰囲気から抜け、普通に自己紹介を済ましたのは流石、このクラブで数少ない常識人のひさ子というところだ。
「で、あたしが最後だけどもう終わりで良いんだよね?」
「はい。自己紹介は」
「自己紹介、は?」
は、ということはまだ何かあるのか。
「ここからはメンバーとそれぞれのマネージャーの一対一で少しお話してもらいます」
「はあ?!マジかよ?!」
「んなたりぃことやってらんねえぞ!」
「あたしもそんなの出来ない!コイツと一対一なんて!」
「僕もだ!何が悲しくてコイツなんかと…!」
まさかの遊佐の答えに数人から非難が飛び交う。
「…ゆりっぺさんから1つ伝言がありました」
すると何を思ったか急にそんなことを言って、んっと喉を鳴らし口を開いた。
「もしやらなかったら…死より恐ろしい罰ゲームよ」
遊佐の口から発せられた声音は仲村そのもので、その残酷な口調は否が応にも俺たちの背筋を凍らせた。
「ば、罰ゲームって…?」
「し、柴崎くん!ゆりっぺの罰ゲームはその恐ろしさから受けたものは全員発狂して殺してくれとのたうち回ることで有名なんだよ!!」
「どんな罰ゲームだよそれ!?」
俺や後輩の関根、入江、直井…と岩沢以外は全員顔を恐怖で引きつらせていた。
しかし岩沢を除いた後輩たちも先輩であるひさ子や大山たちのビビりっぷりに慄いていた。
もちろん俺も例外ではない。ぶっちゃけ超怖い帰りたい。
しかしそんなの知ったことかというように遊佐が口を開く。
「どうします?」
「「「「や、やります」」」」
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