「皆お疲れさま!」
熱狂のままライブは終わり、全員で急いで楽器やその他諸々の片付けを終わらし、仲村から労いの言葉をかけられる。
確かに疲れた…
何が疲れたって、岩沢達と同行しながら楽器を片付ける時にどうやらライブに感激した奴らが押し寄せてきたのを止めるのが大変だった。
圧倒的な人の数はもちろん岩沢達の熱気にあてられたのか、狂ったような力で突っ込んできた輩がいたのも骨を折った。
最終的に俺たちだけでは抑えきれず、先生たちも鎮静に加わってくれた。
男の俺たちや大人の先生たちでさえあちこちが痛むほどの力で突っ込んでくるんだ。これが岩沢たちに直接当たりでもしたら大事になるところだ。
なんだか警備員の大変さを思い知ったぜ…
「ライブは大成功。今日だけでかなりの数のファンを手に入れられたはずよ」
「ふふーん、まあこのしおりんにかかればお客さんを魅了するなんてお茶の子さいさいですよ!」
「貴様のファンなんて一人も出来てないだろ。目立ってないのに」
「なっ?!確かに花形はボーカルかもしんないけど分かる人には分かるはず!このしおりんの悶絶テクニック!」
「ふん、貴様の自意識の高さに悶絶するわ」
「な、なにをぅ?!」
「はいはいうるさーい」
もうこういう小競り合いには馴れたもんだという風に二人の間に割って入る仲村。
「誰のファンとかどうでもいいけど、とにかくファンは出来た。今後はここまでの規模でなくとも定期的に演奏を聴いてもらうように計らってみるわ」
「ゲリラライブ、だね?」
「そうね」
岩沢と仲村が、にっ、と顔を見合せ笑みを浮かべあう。
「げっ…」
今日みたいなことを定期的にとか…そのうち誰かしらに殺されかねえぞ…
同じことを思ってか大山や直井も顔を青くしていた。
「今げっ、って言った若干1名の処分は後に回すとして」
「マジで?!」
「マジよ。さ、そんなことは置いといて」
俺にとっては死活問題なんですけど…
「ライブは無事終了。残すは怪我なく体育祭を終えるだけよ。あっと、岩沢さんはもう一頑張りだったわね」
わざとらしく忘れてたふりをかまし、さらに痛々しくウィンクを決めてきやがった。
「ゆりっぺのぉ…ウインク…ぐはっ!」
それで鼻血を噴出させたバカ1名はもう放っておこう。
「ああ…!他の奴らには悪いけど、勝たせてもらうぜ…!」
そして何故かライブよりも闘志があふれでてるように見えるバカ1名ももう放っておこう。
しかし…
「アイツが勝ったらデート、かぁ…」
嫌だなぁ…
「岩沢さんって凄かったのね!」
「歌上手すぎだろ!」
「ねえねえ、歌手目指してるの?!」
「ひさ子さんもすごいギター上手なのね!」
「はぁはぁ…お姉さま…私は、私はもう…!」
「ちょっと待ってくれ、一度に言われても聞き取れないよ」
午後のプログラムが始まる直前、急いで昼飯を終えて自分達のクラスの下に戻るとあっという間に岩沢とひさ子は囲まれてしまった。
どちらかというと、やはり目立つボーカルの岩沢の方に固まっている印象ではあったが、ひさ子の所にも相当な数の生徒が集まっていた。
これは止めなきゃダメか?と、ちらりと仲村の方を窺うと、特に何も動きを見せない。
多少のファンサービスは必要ってことか。
まあもう午後の種目が始まるまで時間もないし大丈夫か。
しかし、この様子を見る限り関根と入江も囲まれてるだろうな…
そう思い関根たちのクラスの方を見てみれば、やはり人だかりが出来ていた。
案の定直井はそれに無関心を貫いている。
まあ今回はそれで問題なしだからいいか。
『午後の部開始します』
少しノイズの混じった声が校内に響き渡った。
体育祭は順調に進む。
それにつれて少しずつ私の心も沈んでいく。
何故かと訊かれれば、答えは簡単だ。
騎馬戦が近づいているから。
さらに詳しく言うのならば、騎馬戦で岩沢さんが勝った場合を考えると、どんどん気分は滅入っていく。
もし勝ってしまえば柴崎さんと岩沢さんがデートをすることになる。
それは、すごく嫌だ。
こんな子供みたいな感想しか出てこないくらい、それは避けたいことなのだ。
ただでさえ勝ち目の薄い勝負だと、内心では思っている。
前世で惹かれあった二人。
そんなどこかの漫画や小説などのような運命的な二人の間に割り込もうなど、ましてや恋人の座を奪い取ろうだなんて、どう考えても望みは薄い。
フィクションなら、私は確実に負ける立ち位置だ。
僅かな希望は、ここが現実だということ。
そして、私が一番あの人の隣に居たという事実だけ。
それだけが私を奮い立たせる微かな光だった。
なのに、もしデートが実行されてしまったらその光さえも消え失せてしまうかもしれない。
───怖い
柴崎さんが徐々に岩沢さんに惹かれていくのがとても怖い。
初めは本当に嫌がっていた。得体の知れない好意に戸惑って、それが恐れにも繋がっていたのかもしれない。
でも同じクラスになり、同じ部活に入り、岩沢さんのことを知る機会が与えられて少しずつその好意が偽物ではないことに気づき始めている。
今まで完全に疑っていた。
何かの冗談かからかっているだけだろうと。
それが徐々にほどけていく。
もしそれが完全にほどけてしまえばどうなる。
きっと柴崎さんは岩沢さんの想いに応えてしまう。
そしてそれに感化されて昔の柴崎さんが岩沢さんへの想いに呼応してしまう。
その兆しは見え始めている。
最近も本当に嫌がっている時はある。
だけど嫌がっているふりの時が増えているのだ。
それが完全にポーズだけになってしまえばもう私に二人を止める術はない。
もしデートがその決め手にでもなってしまえばどうする?
そう思うと気分の沈みは止まることを知らない。
「あの岩沢って子なーんかいけすかない」
「わかるわ~。キャーキャー言われて調子のってるよ絶対」
そんな時、どこからかそんな声が聞こえてきた。
こういう輩はどこにでもいる。
人気者がいれば妬むことしか出来ないような人たち。
岩沢さんは人気だとかを気にするような人じゃない。
何も知らないくせに勝手なことを。
…そう思うのに、なんで私は少し胸が軽くなっているんだろう。
恋敵になった途端憎くでもなってしまったのだろうか。
あの世界ではファンだったのに、岩沢さんの歌で癒され、活力を得ていたのに。
今はこの歌が柴崎さんの胸にどう響いてしまうのかを考えると胸が苦しくなる。
私には岩沢さんを批判することが出来ない。
それを代わりに誰かがやってくれてスッとしてしまったのか?
最低だ…私は…
「あの子騎馬戦出るらしいよ」
「マジで?じゃあちょっと痛い目見させようか」
「────っ?!」
キャハハ、と品のない笑い声が耳に届き私は慌てて振り返る。
しかし人が多すぎてどの人が喋っていたのかわからない。
痛い目…と言ったのか、彼女たちは。
軽くなったはずの胸が先程よりもさらに重くなる。
なんとかして彼女たちを止めないと、岩沢さんが…
「岩沢さん…が…」
怪我をすればデートは出来ない…?
いやたとえそこまでの大怪我にならずとも、何かアクシデントが起きてしまえば岩沢さんが賭けに勝つなんてこともなくなるのでは…
そこまで考えてハッとする。
「何を馬鹿なことを…!」
とにかく止めないといけない。
私はあてもなく人混みに走り出した。
「お疲れさん二人とも。ほれ」
「ああ」
「サンキュ、気が利くじゃん」
午後の部が始まってしばらくするとようやく二人を囲んでいたファンの群れも離れていった。
厳密に言うと、仲村の一言で帰らされたのだけれど。
その様子を見て、疲れたであろう二人に自販機で買った飲み物を渡す。
「すごい人気だったな。正直びっくりしたぜ」
「まああたしたちにかかりゃこんなもんだろ。な、岩沢」
「ん、ああ…そうだな」
手放しの褒め言葉を受けていつもは厳しいことを言うひさ子も多少興奮気味だったのだが、岩沢は少し様子が違った。
同意を求める言葉に対し、肯定をしてはいるがどこか上の空という風だった。
「なんだ?どうかしたか?」
「…いや、なんでもないよ。ちょっと疲れたのかもね」
軽く笑みを浮かべてさっき渡した水に口をつける。
「おいおい大丈夫か?騎馬戦もあるんだぜ?そんなんじゃ柴崎とデート出来ないぞ~」
「おいひさ子!余計なこと言うなよ!」
「ふ、ひさ子…悪いけどそれはない」
「お、おお?」
先ほどの心ここにあらずというような雰囲気から一変し、ゆらゆらと不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。
「あたしは柴崎とのデートがかかっているのならたとえ今両手両足を撃ち抜かれていたとしても騎馬戦で勝つ自信がある!!」
「頼むから病院行ってくれ」
出来れば脳外科に。
「そんな心配してくれるのは嬉しいけど例えばの話だよ」
「知ってるよ!それを知った上で言ってんだよ!」
コイツには皮肉も通じないのか…
「柴崎無駄だって。岩沢は遠回しな言葉を理解出来るようなタイプじゃないんだ」
「はぁ?」
「岩沢は1年の時に数多の男子から告白を受け、全て天然でスルーしてきた女だ」
「なんだよそれ…」
「まず岩沢には付き合ってください、が通用しない」
「なんだ?どこかに行くのに付き合ってって勘違いでもするのか?」
「よく分かったな」
「はぁぁぁ?!」
分かってない、分かりたくもないそんな現実ではありえないほどの鈍感は!
「え、あれ告白なのか?」
「当たり前だろ」
「気づかなかった」
可哀想にもほどがあるぞその男子…
「でも結局あたしには柴崎がいるから一緒だし」
「そういう問題じゃねえだろ…お前、俺に告白してきた時にその対応されたらどうすんだ?」
「……………引きこもって歌を作る、かな」
「重いのか軽いのかよく分からん…」
「もちろん失恋ソングだ。題名は…SHIBASAKIだな」
「想像以上に重い!」
しかもローマ字表記がめちゃくちゃダサい!
危うく俺のせいで日本中の柴崎さんに迷惑がかかるところだった…
「つーかお前さ俺にやたらと告白とかしてるのになんで自分がされて気づかないんだ?」
「………好きって言わないからじゃないか?」
「言ってたよ」
熟考したわりに全然違うじゃねえか。
「そもそもあたしはあんまり人の話は聞いていない」
「ついに開き直ったか…」
そして社会を生き抜く上で致命的な欠陥を堂々と宣言するな。
せめて申し訳なさそうにしろ。
「あと男も柴崎以外興味がない」
「ああそうかい。そりゃこれからの人生寂しそうなこった」
「え、なんでだ?あたし柴崎がいれば寂しくないぞ?」
「はぁ…だから…」
「おいこら何言おうとしてんだ?」
「ぐぇっ」
『俺がそばにいるわけがねえからだろ!』
と、勢いに任せて言いかけたところでひさ子に喉元を掴まれる。
「まさかSHIBASAKIなんて曲を作られたいのか?」
そのままぐいっと顔を耳のそばに近づけ、そう囁いた。
「…………」
…それは嫌だ。
「分かればいいんだよ」
「なに話してたの?」
「なんでもねえよ?さ、お待ちかねの騎馬戦だぜ」
「もうそんな時間?」
無言を了承と受け取ってそのまま何もなかったかのように岩沢と会話を始めだす。
「そーそー、じゃあ行くぞー」
「ちょっとそんな押さなくても大丈夫だって。あ、柴崎ー応援しといてくれよー」
そしてまだ騎馬戦の集合には早かったが岩沢を言いくるめて集合場所に向かい始めた。
つーか、応援なんてするわけないだろ…
「本当、話聞かない奴だな」
初めて会った日、つまり初めて告白された日もそうだった。
『柴崎蒼!お前が好きだ!あたしと付き合ってくれ!』
『は、はぁ?!』
ついさっき出会ったばかりの名前も知らない美少女に告白される。
なんて、まるで漫画やアニメの世界の話みたいな出来事が自分の身に起きた。
こんな突拍子もないシチュエーションどころか、一般的な告白だって受けたことのない俺は当然面食らった。
なんで俺なのか、そもそもなんで俺の名前を知っているのか、そんな出てきて当然の疑問すら浮かばないほど狼狽えていた。
『わ、悪い…さすがに今会ったばかりのやつと付き合うのはちょっと…』
こんな歯切れの悪い返事しか出来なかった。
それでも明確に断っていることは伝わったと思っていた。
『そっか…そうだよな』
悲しげな表情を浮かべ、言葉尻も下がっている彼女を見て罪悪感のようなものが胸に渦巻いた。
しかしこれでとりあえず無事に断れたのだと思っていた。
しかし彼女はすぐさまこう言ったのだ。
『じゃあまた明日告白するな!明日も明後日も告白して、いつか好きになってもらう!』
『は、はい?』
もしかして俺の台詞はなにか勘違いを生んでしまうものだったのか?
そう考えた俺はもう一度念押しのつもりで口を開いた。
『いや、いくら告白されても付き合うつもりは…』
『大丈夫だ、めげないから!』
そういう問題じゃねえ。
というのが俺の率直な感想だった。
これは明らかにからかわれているのだと確信した俺は一目散にその場を後にした。
そしてその彼女、岩沢雅美は1年経った今も変わらず人の話を聞かずに俺に迫っている。
ここまでくれば、もうこれがただからかっているだけとは思えない。それは事実だ。
俺が笑ったとそれだけの理由で涙を流したアイツの気持ちは否定してはいけないものだと思っている。
だけど、俺はまだいまいち岩沢の想いを受け止められずにいる。
理由は岩沢の想いの出所が不明すぎるところだ。
そもそも岩沢自体に謎が多い。
…いや、これは単に俺が岩沢との接触を絶っていたことが原因か。
しかしそれを差し引いたとしてもやはり岩沢が俺のことを好きだという理由が分からない。
入学式のあの日、お互いに初対面のはずだ。
なのにいきなり好きになった、なんて俺は信じられない。
俺は一目惚れってものを信じていない。
一目で好きになったということ自体は否定しない。
だけどそんな見た目しか分からない状態で好きになった、ある意味ポッと湧いて出ただけの感情なんて、ある日急に無くなってしまうものだろうと思ってしまうのだ。
それにアイツは何かを隠している。
それもとても重要な何かを。
そんな何かを隠している相手を、俺は自分のパートナーには選べない。
少なくとも、今は。
「はぁ…はぁ…」
……見つからない。
あの話し声が聞こえた後、走り回って捜してもその二人らしき人物が見当たらなかった。
そもそもヒントも少なすぎる。
顔も確認出来てなく、おおよその場所すら声だけでは曖昧で、声からして相手が女子だということしか把握できていない。そんな状況でこの人の量から捜しだすなどあまりに困難だ。
元々肉体派とはほど遠い私の体力などそうは持たず、一気に手詰まりになる。
どうすれば…?
「遊佐、どうしたんだ?」
「っ?!」
両手を膝について肩で息をしていた私は背後から急に声をかけられ肩が跳ねる。
顔を見ずとも声で分かる。
「…岩沢さん」
「汗だくじゃないか。ウォーミングアップにしては激しすぎないか?」
「アホかウォーミングアップなわけねえだろ。遊佐はもうこの後種目なんてないんだから」
恐らくもうすぐ召集のかかる騎馬戦のために移動していたのであろう二人。
「それもそうか。で、どうしたんだ?」
咄嗟に言葉が出てこなかった。
それは自分自身の後ろめたさからなのか、今岩沢さんが置かれている状況をどう説明すればいいのか計りかねたからなのか、私には分からなかった。
まだ彼女たちは見つけられていない。
このままでは岩沢さんが危険な目にあってしまうかもしれない。
何をどう話せばいい?そもそも話した方がいいのかどうかそれすらも分からない。
もし知らせてしまって変に負担をかけてしまう方が危険なのかもしれない。
…そもそも私は私がどうしたいのかが分からない。
こうやって悩んでいるのももしかするとどうやって岩沢さんが柴崎さんとデートを出来なくするかを考えてしまっている気がしてたまらなくなる。
どの選択肢を選んだとしても、結局私は私の都合のいい選択をしてしまうのではないかという不安が拭いされない。
「遊佐?」
声をかけられてハッとする。
「大丈夫か?体調が悪いなら保険部に行った方がいいぞ」
心配されると辛くなってしまう。
私とこの人の差をまざまざと見せつけられているようで。
「大丈夫です…すみません、岩沢さんに話があるのでひさ子さんは先に行っておいてもらえますか?」
「え?まあいいけどさ。じゃあ…先行っとくから、ちゃんと来なよ」
「分かった」
ひさ子さんは怪訝にしながらも何も追求せず去っていってくれた。
「で、話って?」
「岩沢さん、率直に言いますが騎馬戦は辞退してください」
「…なんで?」
「危険なんです。つい先ほど騎馬戦に参加するらしい生徒が岩沢さんが気にくわないから痛め付けるということを言っていたのを聞きました」
「それでひさ子を先に行かせたのか」
岩沢さんは得心がいったという風に頷いた。
きっとそれを聞いたひさ子さんが怒ることを危惧したのだと思っているはずだ。
それも少しある。
もしひさ子さんがそれで暴力を振るってしまえば、ひさ子さんは良くても停学になってしまう。それは避けなければいけない。
でもやはり違う。それだけではない。
私はひさ子さんがそれを聞いて平和に解決してしまえば、岩沢さんはなんの障害もないままに騎馬戦に参加できてしまうことを、私は避けたのだ。
危険があると知れば何もなくとも岩沢さんはそれに気をつけながら競技を行わなければならない。
そういう醜い目論見が確かに私の中に存在してしまっていた。
もちろん辞退をしてくれる、もしくはただの杞憂で済むことがベスト。
しかし最悪の場合、岩沢さんが怪我をしてしまう可能性が孕んでいることなど百も承知の上でだ。
なぜ私はこんなに汚いのか。
そして…
「そっか、なんで嫌われてるのかよく分からないけど気をつけないとね」
「辞退…なさらないのですか?」
「しないよ。それくらいで諦められない」
「怪我をするかもしれないのですよ?」
「それでも、だよ。心配してくれてありがと」
何故あなたはそんなに綺麗なのか。
私は、心配なんかよりも自分の目的を優先させているというのに。
何故それをあなたは疑わないのか。
それが私とあなたの、選ばれた人と選ばれなかった人の差だというのか。
「じゃああたしも行くよ。ひさ子も待ってるしね」
「はい…どうか」
今さら私がこんなことを言う資格も思う資格もない。
それでも願う。
「どうかご無事で」
「いよいよ始まるわね。柴崎くん、デートする覚悟は決まったかしら?」
「んな上手くいくわけねぇだろ」
ついに騎馬戦に参加する生徒たちがトラックに入場し、仲村がまるで挑発でもするかのように話しかけてきたので軽くあしらう。
そう、上手くいくわけがないんだ。
そもそも岩沢にそこまで腕っぷしが強いという印象はないし、ひさ子も敵として君臨しているのだ。
…なのに何故か嫌な予感が止まらねえ…
「岩沢さん勝てるといいね」
「いいわけあるか!」
「なんでさ、健気に頑張ってきたことが報われるかもしれないのに」
「俺だって健気に断り続けてたろうが」
「最近は断りすらせずスルーしてるようなことを健気とは呼べません」
「う…」
またコイツはすぐに痛いとこを突いてくる。
そりゃ悪いとは思うけど、ああも毎日されていると毎度毎度相手をするというのも相当根気がいるのだ。
「だから、岩沢さんは根気強く告白してるでしょ」
「分かってるっつーの…」
それだけを取っても決して嘘ではないことは分かってる。
簡単にはぐらかしたりしていいものでもないことだって。
「なんでそんなに臆病になってるの?」
「はぁ?」
「そんなに裏切られるのが怖い?一目惚れから急に目が覚めて捨てられるのが怖い?」
「別に、怖いんじゃねえよ…」
そう、怖いから付き合わないわけじゃない。
本当に今は岩沢をそういう風に見ていないんだ。
「でももし自分が本気になっちゃった時のことを思うと怖いでしょ?」
「本気になることなんてねえから怖くないね」
「はぁ…意固地だなぁ」
「うるせえ。ほら始まるから静かにしろよ」
別に喋りながら見てても構わないのだが、これ以上どうこう言われるのも耐えきれなくなってきたので適当な理由を作る。
恐らく逃げの手段に使ったこともバレバレだが、おとなしくはいはいと引き下がっていった。
とは言ってもだ、もう既に騎馬は組み終わっていて今にも始まりそうなのは事実で、そしてこの騎馬戦に俺の命運がかかっていると言っても過言ではないことは確かだ。
2回に分けて行われる騎馬戦の1回戦。
それに参加する騎馬が所定の位置につき合図を待っている。
岩沢とひさ子も今か今かと構えている。
「岩沢もひさ子も頑張れよぉ~!」
うちのクラスからも激が飛ばされ、いよいよ開始が迫る。
俺はとにかく神にでも悪魔でもなんでもいいから頭の中で願っていた。
頼むから、誰でもいいから岩沢のハチマキをさっさと取ってくれ!
パァン!
そして、ついに戦いの狼煙が上がった。
勢いよく飛び出していく両陣営の騎馬たち。
互いに相手と向き合えば取っ組み合い、頭に巻くハチマキを奪い取ろうと躍起になっている。
どこもかしくも拮抗した戦いを繰り広げる中
「うぉぉぉすげぇ!!」
相手の抵抗などものともしない圧倒的強さの騎馬が2つあった。
「ひさ子強え!!」
「岩沢さんもすごいよ!音楽が関わらない時のいつものボーッとした岩沢さんじゃない!」
アイツなんでマジで強くなってんのぉ…?!
『すごい早さでハチマキを奪っていく赤いハチマキをした騎馬が2つ!しかもあれはさっき演奏していたバンドのメンバーです!』
実況の放送部員の言う通り、もっともたつくはずの騎馬戦がこの2人によって着実に終わりに近づいていく。
『しゅ、終了です!1回戦は断トツで赤組の勝利です!ほとんどあの2人でハチマキを独占しています!』
「嘘だろ…?」
1回戦を終えた時点で、なんと奪ったハチマキの数は2人とも全く同じだった。
「ふふん、デートまであと一歩ね」
横からそんな不吉な言葉まで聞こえてきた。
いや、これは岩沢の限界を超えた所業のはずだ…きっと2回戦では全然ダメとか…そういう…
「うおぉぉぉぉ!すごいぞあの2人!!」
「楽器だけじゃなくて運動も出来るなんて!!」
「きゃあぁぁぁぁお姉さまぁぁぁぁ!!!」
「……………」
すごい歓声だ…
思わず現実から逃げ回っていた思考が引っ張り戻される。
まるでこの場にいる俺以外の全員が興奮の渦の中にいるみたいで。
そしてその中心にいるのは、やっぱりアイツで。
『なんだか遠くなっていく気がするね』
唐突に大山の言葉が思い出される。
ここに、いつも俺につきまとうアイツは居なくて、今は皆を熱狂させるアイツがいる。
遠くなっていく。
それが如実に実感させられた。
きっとアイツは、アイツらは有名になっていって、今なんて目じゃないくらい人々を熱くしていく。
そうなれば、俺のことなんてすぐに忘れる。
…そうだよ。だからお前は俺なんかとデートする必要なんてないんだ。
胸に空きかけた、得たいのしれない感情の穴をそう思い込むことで塞ぐ。
間違っても勝ってくれるな。
「すごい歓声だな」
「ああ、ライブみたいだな」
1回戦を終えると、なんでだか分からないけど皆が騒いでいた。
どうもあたしたちに向けての歓声みたいだけど、関係ない。
あたしは音楽以外に対して評価を受けたってどうにも思わない。
それにこれは勝たなきゃいけない勝負なんだ。
ハチマキの数はひさ子と互角。
つまり次でひさ子よりも多くハチマキを取らなきゃいけない。
「では騎馬を組んでください」
「おっと、時間だ。言っとくけど手は抜かないぜ」
「分かってるよ」
ひさ子がこういうことで手を抜いたりしないことなんて百も承知だ。
そんなことよりも気になるのは、遊佐が言っていたことだ。
1回戦は特に何もなかった。これで安心していいものなのかどうか。
…いや、そんなことも今は気にしてる場合じゃない。
「あと1回、よろしくね」
「は、はい!」
「こ、こちらこそ!」
「が、頑張ります!」
同じクラスのはずなのに何故か畏まって返事をしてくる3人の騎馬に跨がる。
ふぅ、と軽く1度息を吐く。
これでひさ子に勝てれば柴崎とデートなんだ。
勝たなきゃいけないんだ。
そして早く柴崎と昔みたいに…
「位置についてください」
委員の子の声で低く構えていた騎馬が立ち上がる。
余計なことを考えるのはよそう。
集中しなきゃ勝てる勝負じゃない。
パァン!
勝負の始まりを告げる音が響く。
それに反応して騎馬の子たちが相手に向かって走り出す。
すぐに相手と向き合うほどに距離は縮んでいき、相手はハチマキを奪おうと手を伸ばしてくる。
それを弾き、有無を言わせぬままにハチマキを奪い取る。
「次、向こうだ!」
下の3人よりも周りを見渡せるあたしが他の騎馬との戦いでてこずっている相手を見つけて指示を送る。
3人は指示通り一直線にそこに走り出し、後ろをとる。
2対1になった相手のハチマキを容赦なく剥ぎ取る。
それを2回、3回と繰り返す。
いいペースだ。このままいけば…
「きゃ!」
悲鳴と共に、ふわっと身体が投げ出される感覚を覚えた。
突然のことに思考は追い付いてこない。
ただただ頭には、柴崎とのデートが思い浮かんでいた。
身体が先に動いていた。
どこからともなく俺の名前を呼んで静止を促す声も聞こえていた。
それでも走りだしていた。
競技中だとかそんなことは頭の片隅からも消し飛んでいた。
見えすぎる俺の眼にはゆっくりにも見える岩沢の落下。
でもとてもじゃないが受け止められる距離なんかじゃない。
頭から落ちていく岩沢の姿が、嫌というほど眼に焼き付けられた。
────落ちるな。
─────頼む、誰か。
──────誰か受け止めてくれ。
そんな願いなんて嘲笑うように岩沢は地面に叩きつけられた。
「岩沢ぁ!」
俺が岩沢の下に着いたのはそれからおよそ1分後。
騎馬戦はもちろん中断され、岩沢の周りを騎馬戦に参加したいた生徒や教師たち囲み始めていた。
その人だかりを掻き分け岩沢の下に駆け寄る。
「…………!」
頭から落ちたことで気を失ったのようで、目を閉ざされ身体もまるで糸の切れた操り人形のようにぐったりと力なく地に伏している。
まるで、死んでるように。
「ふ…っざけんな!」
その姿を見て、自分の中で何かが切れたような音がした。
それが糸なのか、堪忍袋の緒だったのかはわからない。
俺は一人の女生徒を睨み付ける。
岩沢が落ちる直前、ある1つの騎馬が岩沢の騎馬に近づいてきていた。
その騎馬の先頭に陣取っていた女子だ。
「お前…なんであんなことした!?」
「は、はぁ?!何がよ?!」
いきなり怒りを向けられわけがわからない…という演技をしている。
あくまでしらを切るつもりなんだろう。
だが俺は見た。
確実に、絶対的に、コイツが先頭に立って岩沢の騎馬に向かって突進していったのが。
それも、悪意を剥き出しにしてだ。
「お前が岩沢の騎馬に向かって体当たりしてんのくらい見えてんだよこっちは!」
「わ、わざとじゃないし…」
「しらばっくれんなよ…!お前があの時わら…」
「落ち着きなさい柴崎くん!」
『笑っているのが見えてたんだよ』と言おうとしたところを仲村が横合いからぶった切ってくる。
「ここでそれ以上揉めてはダメ」
「なんで…!コイツが岩沢を…」
怒りで言葉の真意を理解出来ずにそのまま反論しようとしたところで襟元を掴まれ引き寄せられる。
「あなたの眼のことは誰も知らないのよ。そんな状況じゃあ証拠もなにもないでしょ」
そしてそう耳打ちされる。
それはまさしく正論で、反論の余地もなく黙らざるを得なかった。
怒りで身を焼かれそうになりながら歯を食いしばる。
「安心しなさい。あの子はただでは帰さないから」
…逆に不安になってきた。
だがそのお陰もあって平静を取り戻すことが出来た。
「あの、岩沢は…」
「軽い脳震盪だ。安静にしていれば直に目を覚ます」
「…そうですか」
椎名先生の端的な答えを聞いて良かった、と無意識に呟きがもれる。
「とにかく岩沢さんを保健室に運びましょう。柴崎くんは目が覚めるまでついていてあげて」
「わかった」
「あら」
「何だよ?」
「いや、素直すぎてこっちが驚いちゃったのよ。いつもならなんで俺が、とか反論するところでしょ。せっかくさっきの処分をここで使おうと思ったのに」
「いやまあ使ってくれるんなら使ってほしいけど…」
確かにいつもなら断ってるところだろうと自分でも思う。
でも今はそのいつもの状況じゃなく、岩沢は気を失っていて、そうなった原因の騎馬戦には俺のことが少なからず関わっている。
それに…
「俺はコイツのマネージャーなんだろ?ならそれくらい付き添うよ」
「…そ。なら頼んだわよ」
「ああ」
「ちょっと待ちなさいよ!」
一通り会話を終えた俺は担架に乗せられた岩沢についていこうとしたが後ろから呼び止められる。
声の主はさっき俺が問い詰めようとした女子だ。
こういう奴が何を言おうとするかなんて、大体想像がつく。
「濡れ衣着せたんだから謝りなさいよ!危うく悪者になるところだったのよ!?」
あまりにも予想と一致していて怒る気すら起こらずただただ呆れた。
…もう謝っとこうか…
「はいはーい、あなたはこっちよ」
「は、ちょ、なによ?!」
半ばやけくそというか、なげやりに謝って済まそうかと考えたところで仲村がその女子の肩に腕を回してどこかに引きずっていく。
あとは任せなさいとでも言わんばかりにウィンクをしてくる。
そういえばただじゃ帰さないって言ってたっけか。
ならお言葉に甘えよう。
言葉というよりこの場では行為に甘えるということになるが。
字面は違うが、ならばご行為に甘えよう。
俺は既に保健室に向かっていた担架に追い付くため走り出した。
…なにをしているのか、私は。
担架の上で横たわる岩沢さんの側につく柴崎さんの姿を見てそう思わざるを得なくなる。
結局岩沢を危ない目にあわせ、かと言って自分の目的を達成すら出来ず、ただ不幸を呼び寄せただけ。
疫病神かなにかなのだろうか。
今回は軽い症状で済んだかもしれない。でも、もし打ち所が悪ければどうなっていたことか。
罪悪感が身体中を蝕んでいく。
今後どう顔を合わせればいいのか、皆目見当もつかない。
私には最低の行為をした自覚がある。けれど岩沢さんにはそんなことをされた覚えがないのだ。
そして彼女はきっとまた私に笑いかけることだろう。
いつも通り、今までの通り。
それがどうしようもなく痛い。
光輝くあの人と、泥のように薄汚れている私。
そんな差をさらに強く感じさせられることになる。
もういっそ諦めてしまえれば良いとさえ思う。
なのに…何故この想いは消えようとしてくれないのか。
目を閉じればあの人の笑顔が浮かんでくる。
いつだって。
ならもう私は徹するしかない。
岩沢さんの敵となることに。
『これで閉会式を終わります』
部屋の外から少しノイズの混じった声が聴こえてくる。
そろそろ時間も夕方に差し掛かろうという頃だ。
先生たちは岩沢を運び込んでベッドに降ろすと、あとは見ておいてくれと言ってさっさと出ていってしまった。
よって、必然的に俺は一人になっていた。
いや、ベッドで眠っている岩沢を含めれば二人か。
しかしなにかを話せるわけもなく、ただただ手持ち無沙汰に視線をさまよわすことしか出来ず、既に30分は過ぎている。
…よく寝てるな。
あまりジロジロ見るのも悪い気がするので今まで見ていなかったのだが、つい視線を向けてしまう。
すぅすぅと穏やかな寝息をたてて眠る姿は、やはりというかなんというか、美しいものだった。
まつ毛長…髪もさらさらしてるし…やっぱ黙ってりゃ美人なんだな…
「って、何してんだ俺は…」
元々の素材の良さが際立つ寝顔にうっかり見入ってしまっていた。
こんな状況でコイツが起きたらまた調子にのりかねない。
惑わされるな、コイツは中身はあれなんだから。
…ていうか、この状況に見覚えがある気がするのは気のせいか?
誰もいない保健室に二人。
気を失っている誰かの側についていて、その姿が無防備すぎて…思わず髪に手が伸びて…
「ん…」
悩ましい声が返ってくる。
流石に今はそうはならないけど、そのあと無意識に顔を近づけてしまう…
そういう体験を、したような気がする…
「いつだっけ…」
考えつつ、伸びた手を止めず髪を鋤く。
「…しばさき?」
「う、おお?!起きたのか?!」
うっすらと目を開けた瞬間にバッと手を離す。
気づいてない…よな?
「ここ、どこ?」
「あ、まだ横になっとけって。騎馬戦で頭から落ちて保健室に運ばれたんだよ。それで…」
「それで?」
「…俺が付き添うことになったんだよ」
わざと騎馬から落とされたことは言わないでおこう。
知って気分の良い話じゃないはずだ。
「そっか…ありがと」
「なにが?」
「ついててくれて。起きたとき柴崎がいてくれて、すごく安心した」
「…あっそ」
そっけなく返しはしたが、今のは反則だ。
まだ頭が回っていないのか、いつものようなテンションじゃなく、ただ単に本音がもれているだけのような、そんなたどたどしい話し方。
それでそんなことを言われては、動揺しても無理ないだろ。
「でもそっか…それじゃあ賭けはあたしの負け…なんだね」
「え?あ、ああ…」
この騒動でそんな賭けのことはすっかり失念していた。
いや、賭け自体は覚えてはいたが、そんなものはもう無効だと思っていた。
「したかったなぁ…デート」
ポツリと呟いて、右腕で両目を隠すようにする。
「勝てそうだった、のに…」
そして少しずつ声に嗚咽のようなものが混じり始めた。
なんでコイツは…そこまで…
「悔しいな…」
「…はぁ、しょうがねえな…分かったよ。1回だけでいいならしてやるよ」
「え…?」
腕を退け、あらわになった瞳はやはり涙で滲んでいた。
「…あのままいってりゃ結果は分からなかったし、まあ今回は災難だったから、気分転換にくらいなら付き合ってやってもいい」
我ながら言い訳がましい上に、何様だと言いたくなるくらいに上から目線だった。
なのに…
「本当か…?本当にデートしてくれるのか?」
なんでそんなに目を輝かしちゃってるんだよお前は…
「…それ以上訊いたら気が変わるかもしれないぞ」
「…やった。夢が1つ叶った」
「大袈裟な…」
「大袈裟じゃないよ。本当に夢だったんだ、柴崎とデートするの」
一点の曇りもない笑顔を向けられ、どうにも出来ず黙りこむ。
「ありがと、柴崎」
「…もういいから大人しく皆が来るまで寝とけ。片付けが終わったら来てくれるから」
「うん、分かった。おやすみ」
「…ああ、おやすみ」
そう返すと、驚くほど早く寝息が聞こえてきた。
もしかしたら寝不足だったりしたのかもしれない。
そんな風には見えなかったが、やはりライブの緊張なんかもあったのだろう。
そう思えば、ご褒美くらいあげなければいけないだろ、と無理矢理に理由をたてる。
すやすやと眠る岩沢を見て、また手が伸びかけたが引っ込める。
…早く仲村たち来ないかな。
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