「なあ柴崎」
「なんだ?」
体育祭の翌日、遅刻ギリギリが多いひさ子が珍しく余裕を持って登校してきて話しかけられる。
「お前明日岩沢とデートなんだってな」
「ぶふっ!」
唐突かつストレートな台詞に思わず吹き出してしまう。
「な、なんでそれを…?」
ていうか珍しく早く来ての第一声がそれかよ…
「普通に昨日岩沢から聞いた」
「あの馬鹿野郎…!」
口止めするのを忘れていた俺の落ち度もあるけど、それにしたってぺらぺらと余計なことを…!
「ふ~ん」
そして突如として後ろから聞こえてくる間延びした声に肩がビクッと跳ねる。
「蒼デートするの?」
「は?いやデートのつもりはねえし、ていうか悠には関係ねえだろ」
「つれないこと言わないでよ。僕たち幼馴染みじゃない。そんな面白そ……大事なことを黙っとくなんて酷いなぁ」
「…なあそこまで言って言い直す意味って一体なんなんだ?」
はぁ…だから知られたくなかったんだよ。せめてコイツだけには。
もうニヤニヤしまくってるし、絶対根掘り葉掘り後で聞かれることになるし…
「面白そうってのには概ね同意するけど、あたしが言いたいのってそこじゃなくてさ」
「おい同意すんなよ」
お前の大事な相棒のことだぞ。
「明日岩沢の誕生日だって知ってる?」
「え?そうなのか?」
「やっぱ言ってなかったか」
…全然知らなかった。
とにかく接点を絶ちまくっていた1年の頃はもちろん、話す機会が増えたここ最近だってそんな初歩的なことさえ聞いていなかった。
アイツだってそんなことわざわざ話さなかったし、知るよしもなかったと言えばそうなんだけど
「だからアイツあんなにデートに拘ってたのか?」
「そうなんじゃない?あたしにはわかんないけど」
「乙女だね」
今までそんなこと一度も言わなかった岩沢が突然あんなことを言い出したのはそれが理由だったのか。
「でも、だったらなんで誕生日だって言わないんだよ?ひさ子に言われなきゃなんにも知らないままだったぞ」
「そんなの分かるわけないだろ?あたしもなんとなく言ってないかもしれないから訊いただけでさ」
「はしゃぎすぎて言うのをうっかり忘れてた、とか?」
「それはないんじゃない?わざわざ岩沢さん自らその日を狙って誘ってるのに」
「そりゃそうだよな…」
じゃあなんでそんな大事なこと言わなかったんだ?
「ていうか蒼は何かしてあげるつもりなの?」
「そりゃ知ってたら何かプレゼントくらいはな」
「へえ、意外だね」
「何がだよ?」
「もっと意固地になるのかと思ってさ」
言われてみれば…確かに。
いつもなら誕生日プレゼントなんて渡したらまた好きだのなんだの言いそうだし、何も用意しない。
となってもおかしくない。むしろなってない今の方が違和感を感じる気がする…
でも…
「…別に。誕生日は祝われる方が嬉しいだろ?」
「…そうだね」
今回だけ妙に物わかりの良い俺の言動に、悠は何も言わずとも感じ取ってくれたようだ。
「なんだかよく分からないけどさ、とにかくプレゼント買いに行くんだな?」
「ああ」
都合よく今日は体育祭翌日ということもあって午前で授業も終わるし、放課後にゆっくり良さそうなものでも物色出来そうだ。
「なら言った甲斐があったってもんだね。まあ精々良いもの選んでやってよ」
「そんな良いもの買えねえっての」
こちとらバイトをするわけでもなく仕送りでやりくりをしている身だというのに。
余裕がないわけではない。むしろ十分すぎるくらいには貰ってる。だけどそのお金を湯水みたいに使う気にはなれない。
…だけどまぁ、どうせ渡すんなら喜ばれる方がいいよな。
「なぁ…」
翌日、事前に連絡で言われた通りの午前10時、その10分前に学校近くの公園についたのだが…
既に満面の笑みで岩沢はベンチに座っていた。
コイツ…まさか随分前から待っているとか、そんなベタな真似してないよな?
これでも気を使って待たせないように早く出たんだけど…
つーかそんな笑顔満開でいられると話しかけ辛え…
子どもにめっちゃ指さされてるじゃねえかよ…
あ、ほら母親が見ちゃダメ、とか言っちゃってるし…
はぁ…と、1つ嘆息する。
なんか予想通りにめんどくさいな…帰るか?
いやいやいや…この期に及んで一体なに言ってんだ俺は…
バチッ!と……心の中で自分の頬を張って(さすがに本当にやったら俺まで変な目で見られるし)気合いをいれる。
よし
「よお岩沢」
とりあえず軽く声をかけ…
「柴崎!??」
「なんで驚いてんだよ?!」
ようとしたのだが予想の斜め上をいく反応に思わずこちらも声を張り上げてしまう。
喜び余って大声で名前を呼ばれるくらいで腹を括っていたのに台無しだ。
「いや…まさか本当に来てくれるとは思ってなくてさ」
「なのにあの笑顔だったのかお前…」
「楽しい気分でいれる間に浸っておこうかなってさ」
コイツこんなにネガティブ思考だったっけ…?
「どうしたんだ?いつもはアホみたいに元気っていうか、前向きな感じだってのに」
「だってさ!」
「ちょ、なに?!」
いきなりずいっと前のめりになり体をこちらに寄せてくる。
あ、ちょっと親御さんたち子どもの目を隠すのやめて。そんないかがわしいシーンにならないから!
「きっと保健室で言ってたことは気の迷いなんだって、今日になったらやっぱりあたしとは…さ、無理かな…ってさ」
「…………………」
言いたいことは痛いほど伝わってる。
俺が今まで軽く、時に冷たくあしらっていたことがそう思わせる原因を作ってしまったこと。
そしてついさっき一瞬帰ってしまおうかと考えたこともあってそれはさらに突き刺さった。
のだが…
「あの子あんな純情そうな子を…」
「目付きも悪いし、弄んでるのよきっと」
「ねえ、あの兄ちゃん悪い人なのー?」
変なところで言い淀むから質の悪い誤解を生んでしまっていた。
「一旦、場所変えような…」
「?」
流石にこの針のむしろで話の続きをする勇気はさすがになかった。
場所が近かったこともあり、とりあえず高校の方へと移動し話を再開する。
「…で、お前は俺が直前で気が変わるだろうなと思っていたと?」
「うん」
再開したものの、どう答えたものか。
直前で帰ろうかと頭に過ったのは確かだし、かと言ってそれは岩沢の満面の笑みに周りが引いてるのを見て近づくのに躊躇っただけだし…
…いや、言い訳はよそう。
そもそもそう思わせてた原因が俺にある時点で何もかも俺が悪いんだから。
「…悪い」
「え、ちょっとやめてよ。あたし気にしてないし、頭上げて」
「いや気にしろよ、本当に好きなのか…?」
「本当に大好きだ!!」
「そこだけ歯切れいいなお前は!?」
さっきまではやたらと歯切れ悪かったくせに…
「本当のことだからね。本当に好きだから、もし来なかったとしても次は絶対デートしてやるって、諦めないって思えるんだよ」
「でも…それでも俺が悪いことをしたことには変わりないだろ」
「そんなことないよ。結果的に来てくれてるし。あたしが無理矢理取り付けたようなものなのにさ」
「全然違うだろ、今回は俺が行くって決めたんだから」
「それはそうだけど…ほら、そう言ってくれたのはあたしが落ち込んでるのを見て気遣ってくれただけだしさ」
「それは…」
…そうなんだけど、でも決めたんならそれを直前で曲げようなんて思っちゃ駄目なんだ。
それなら初めから断るべきで、それが一番誠実な行動だ。
悠に言われたように、コイツが頑張ってくれてることを軽く考えちゃ駄目なんだ。
そもそも付き合うつもりもないのにデートを受けるこの行動自体が誠実でないと言われればそれまでなんだが、そこは今言ってもしょうがないことだ。
とにかく、今悪いのは俺だという事実が大事で、重要なんだ。
「じゃあせめて何かして欲しいこととかないか?」
「え?して欲しいこと…?」
「そう。俺に出来ることならなんでもするからさ」
「じゃあ付き合っ」
「それは無理だけども」
「冗談だって」
それはどうだかな…
「う~ん…じゃあ1つ」
「なんだ?」
今の俺はコイツの犬ぐらいの気持ちだ。
なんでも願いを叶えてやるという気合いで燃えている。
犬だから付き合うことは出来ないけど。
「今日は目一杯楽しんで欲しい」
「は…?」
予想とは逆方向の衝撃で口があんぐりと開いてしまう。
コイツのことだから、軽くても『パフェをカップル食いしたい』だとか『手を繋ぎたい』だとか、そういう類いのお願いがくるものだと腹を括っていたのに。
「気を使わなくてもいいんだぞ?今日くらいは本当に付き合う以外なら大概のことは付き合うぜ?」
「はは、それは嬉しいけどさ、そういうことは本当に付き合えた時に取っておきたいんだ」
偽物じゃ意味がないから。
と、柔らかく微笑む。
「…そっか」
これはさすがにいつもみたいに皮肉を言ってはいけないと感じた。
今日俺がしてしまったことの反省だとか、そういうことなんて関係なしにそう感じさせられた。
さっきの付き合ってというのが冗談だということが本当のことだということも如実に伝わってくる。
偽物じゃ意味がない、本物の気持ちでなければそれは価値がない。
そう思える人がどれだけいるものなのか。
きっと、好きな相手と付き合えるのならお試しだって何だって構わないと思う人も大勢いると思う。俺はおそらくそっち側の人間だ。
でも違うんだ、コイツは。
それだけ人の想いってのを大事にしているんだろう。
ならそれには、いくら今まで真剣に向き合わなかったとはいえ、今回ばかりは誠実であるべきだろう。
「わかった。今日は純粋に楽しむよ」
「そうしてくれ。あとさ、楽しくなかったら言って欲しい」
「え?ああ、そりゃいいけど、良いのか?」
こう言ってはなんだが、まともな所に連れていかれる気がまるでしていないから駄目だしの嵐になりそうなんだが。
「あたしは楽しみたいんだ、柴崎と二人でさ」
「…了解、おかしな所があっても指摘するからな?」
「任せといて、抜かりはないからさ」
余程の自信からか不敵な笑みを浮かべる。
…とてもじゃないけどデートの話をしてる表情ではないな。
そしてそこはかとなく不安だ。
まあいい、納得出来なければその時は口にすればいいんだから。
「じゃあまず昼ごはんでも食べようか」
岩沢に連れられたのはおおよそ男女二人で、それも仮にもデートという名目で来るにはとてもそぐわないような古ぼけた店…ではなく、普通に洒落たレストランとカフェの中間のような飲食店だった。
店内には確か今人気のあるらしい外国のアーティストの軽快な音楽が流れている。
周りを見渡せば女子会と思わしき女子のグループや、若いカップルなどで席が埋まっていた。
……落ち着かねえ…!
「な、なぁ」
「ん?」
この空気に耐えかねてメニュー表を壁にするようにして小声で岩沢に呼びかける。
「本当にここでいいのか?」
「え?何かおかしいか?」
「いやおかしいっつーか…」
おかしいかと訊かれればまともだと答えるしかない。
これほどデートという雰囲気にマッチする店もそうはないだろう。
しかしそれは普通の女子なら、だ。
「嫌なら場所変える?」
「いや、嫌じゃないんだけど」
「けど?」
なんか想像と違いすぎて困惑する。
岩沢がこんなオシャレな場所に案内してくるだなんて誰が予想しよう。
今日は予想の逆をつかれまくっている。
だから余計に落ち着かないのか?
…うん、そうだな。店がまともだし言うことないはずだ。
「いやなんでもない。ここのオススメとかあるか?」
「ああ、パスタが美味しいんだってさ」
「パスタね」
パスタパスタ…とメニューをめくる。
あ、あった…って…
「ず、随分種類が豊富なんだな」
なんだが普段じゃ耳にしない単語が入り交じったパスタばかりだ。
パスタってスパゲッティのことだろ?ナポリタンとかミートソースとかじゃねえの?
「決まった?」
「え?あー、岩沢は?」
「あたしはこれかな」
岩沢が指をさしたのは、和風がどうのこうのと書いてあるパスタだった。
和風…まあ和風って言うんなら日本人の口に合うよな。
「じゃあ俺もそれにするかな」
「決まりだね」
それから注文して数分経ち、パスタが俺たちの前に運ばれてきた。
「いただきます」
「あ、いただきます」
礼儀正しくそう言葉にする岩沢につられるように俺も一言口にする。
普段一人で食う時にはそんなこと言ったことないな…たまに帰ってくる親父もあんまりそういう礼儀作法にこだわるタイプじゃないし。
少しの戸惑いを感じながらもパスタを口に運ぶ。
「あ、旨い」
「本当だ」
和風というのは醤油ベースのソースのことをいうようで、しつこくないさっぱりした味と添えられているキノコが非常に合う。
オシャレでしかも旨いんならそりゃこれだけ人も来るか。
女性を主なターゲットとしてるのか、量はそれほど多くなく、あっという間に食べきってしまった。
「食べるの早いね」
「そうか?男はこんなもんじゃないか?ていうか、お前食べるの遅いな」
岩沢の皿を見てみれば、まだ半分ほど残っている。
「うん、あたしあんまり食べないからさ。よかったら少し食べてくれない?」
「まあいいけど」
そう言ってただでさえ半分ほどしか残っていなかったパスタの更に半分を俺の方に取り分けた。
コイツもそういう女子っぽいところあるんだな。
「しっかり食べないと栄養足らなくなるぞ?ただでさえ細いのに」
「ごめん、ありがと」
「で、次どこ行くんだ?」
昼飯を食べ終わり店を出てそう訊ねる。
「えっと…確か次は映画館」
えっと?確か?
…まあいいか、ちょっとど忘れしただけだろ。
あ、ど忘れといえば誕生日のこともあったんだったな。
どうしようか…でもこういうのはやっぱり最後に渡すもんかな?荷物になったりしちゃ悪いし。
うん、そうしよう。
にしても…
初夏故か、淡い紫の薄手のパーカーの中に白いシャツ。
そしてデニムのショートパンツ。
今日は初めからバタバタしていて注意深く見てなかったけど…コイツ私服シンプルだな…強いて言うなら首にさげてるヘッドホンが少し目を引くくらいか。
シンプルとは言ってもそれが悪いというわけでなく、むしろ逆だ。
控えめに言っても美人な顔立ちには下手にゴタゴタとオシャレをするよりもシンプルに纏める方がより一層素材の良さが際立っている。
何より岩沢の雰囲気にとてもよくマッチしている。
「どうした柴崎?あたしの顔に何かついてる?」
「え、あーいや」
つい見つめてしまっていたことに動揺してしどろもどろになってしまう。
「な、何観るのか気になってな」
「ああ、それは着いてからのお楽しみってことで」
「ふーん」
とりあえずこれで変に見定めるようなことをしていたのは誤魔化せたはずだ。
しかし何を観るか秘密って…マジで何観るつもりだよ?
まあ、コイツのことだ。ちょっと変わった映画とか、どこかの有名なバンドの半生とか、そんなところだろ。
ゴリッゴリの恋愛ものだった。
それも最近やたらと話題になっていたらしい(そういう流行りには疎いんだ)少女漫画原作のものだった。
まあ確かに普通に面白くはあったけど…岩沢が恋愛映画…?
いやおかしくはないのか?現に恋しているんだし、そういう映画に興味を持つのは普通のことか?
いやだが相手は岩沢だ。
恐らく一年の頃の俺なら、岩沢が恋愛脳な奴なんだと思っていただろうが、今は違う。
この数ヶ月で嫌というほど分かっている。
コイツは音楽キチだ。
基本的に生活の全てが音楽を軸にして回っている。
少なくとも関根や入江等からこういう流行りものの話を振られた時はまず間違いなく知らない。
映画の題名を聞けばそれは何かの食べ物なのか?という返しをしてくる。
さらに言うなら、コイツは恋愛沙汰に疎い。
自分が恋しているはずなのだが、とにかく他の誰か、特に関わりの薄い人間のものにはまるで気づかない。容赦なく言ってしまえば興味がない。
そんな奴がわざわざ自分の意思で恋愛映画を観たがるだろうか?
もちろん好きな相手となら観たいと、もしかしたら思う可能性だって僅かにある。
現実とフィクションは別だと考えている可能性だってある。
だが、昼飯のオシャレな店といいどこか岩沢らしくないものが続いている。
極々一般的で、本来ならなんの文句もないのだが、しかし今日は冒頭から岩沢は宣言していた。
二人で楽しみたい、と。
ならば言わないわけにはいかないだろう。
「岩沢」
「ん?なに?」
笑顔で映画の感想を語っている姿が必死に映るのは俺の先入観からか。
それを呼びかけることでやめさせ、こちらに向きなおさせる。
「次、どこ行くつもりなんだ?」
「次か?次は遊園地だ。夕方からなら半額らしいから、時間的にもちょうどいいだろ?」
「…嫌だ」
「え?あ、そっか。ごめん、遊園地嫌いだったか?」
違う、と首を横に振る。
「お前が楽しくなさそうだから嫌だ」
「え…」
俺の言葉に心なしか顔を強張らせる。
これが俺の思い違いでないなら、図星ということだろう。
「そ、そんなことないぞ?あたし柴崎と居れてすごく楽しいし」
「そういうことじゃなくてだな…俺と居て楽しくなさそうっていうわけじゃなくてさ、昼飯の時もさっきの映画もなんか無理してるように見えたんだ」
唯一無理をしてないように見えたのは昼飯を終えて話をしながら映画館に向かう道中くらいのものだろう。
つまり目的としてるはずの場所が岩沢にとっては無理をしなければならないものだったということになる。
「お前初めに言ってたじゃないか、二人で楽しみたいって」
「──っ!」
「だったら最低限お前の好きな場所に行かなきゃ、そんなの無理だぜ?」
まずはそこからだろ?と、あくまで怒ったりしているわけじゃないことを分かりやすくするために微笑む。
すると、ふぅ…と一つ息を吐き
「すごいな柴崎は、よく見てる」
そう言って、俺の言ったことが事実だと認めた。
「眼だけは良いからな」
「ふふ、そうだったな」
「で、なんでこんな馴れないところばっかり来たんだ?」
「ああ…なんていうか、絶対失敗したくなかったから、女性誌とか買って色々調べたんだ」
「それで…」
今流行りの店とか映画に来たってわけか。
昼飯のメニューも書いてあったものを頼んだんだな。
「柴崎に変なやつだって思われたくなかったし」
それは今さらじゃないか?とは思ったが黙っておこう。
「上手くいってると思ったんだけどなぁ」
「音楽キチのお前が恋愛映画って時点で違和感あるって」
「ちょっと、反論出来ないじゃないか」
「いやしろよ」
女だろお前も。しかもJKだろ。
「はぁ…でも結構頑張ったんだけど、結局失敗か」
「え?」
「だってもうこんな時間だし、何よりプランも崩れちゃったし」
「それは…」
ぐうぅぅぅぅ~
ん?
「あ」
「…お前もしかして」
「あはは…実は昼ごはん全然足らなかったんだ」
「アホか!倒れたりしたらどうするんだ!」
「だ、だって雑誌に少食アピールが男はキュンとするって書いてあったから!」
そう言われると、怒るに怒れない。
女子っぽいところもあるなとか思っちゃってたわけだし。
「はぁ…じゃあ早いけど晩飯にしようぜ」
「え?でも…」
「いいから、お前の好きな店に案内してくれ。な?」
「…うん」
ありがとう、と聞こえたが、聞こえないふりをした。
「いらっしゃいませー」
連れられたのは、前向きに捉えるならば渋い外観をしている所謂老舗のような店だった。
老舗と言うには、少々繁盛していない風だが。
「ここのうどんが美味しいんだ」
へえ、と軽く返事しつつ昼の時とはうって変わって生き生きとした表情を見て少し頬が緩む。
コイツうどん好きだったんだな。
「あたしはいつもと同じの頼むけど、柴崎はどうする?」
「んー、じゃあ天ぷらうどんにしようかな」
「そっか」
すみません、と店員さんに一声かけて注文する。
数分待つと、うどんが運ばれてきた。
岩沢の頼んだのは肉うどんだったらしい。
そちらはそちらでとても旨そうなのだが、こちらも香りだけで食欲が沸き立ち、天ぷらたちと麺の見事な見た目も相まって非常に美味しそうだ。
「いただきます」
「いただきます」
昼と同じように馴れない言葉を口にして、熱々の麺を一口。
「旨い!」
「だろ?」
関西風のかつおのだしの効いたさっぱりとした汁に麺がよく合う。
さらにえび天も頂くと、ぷりぷりとしたえびに衣もほどよい食感を残していてどれをとっても美味としか形容出来ないものだった。
「本当に旨いな、ここのうどん」
「数あるうどん屋を巡りに巡ったからね」
…コイツうどんキチでもあったのか。
「なあそれ美味しい?」
「ああ、ほら」
軽い気持ちで訊いただけだった。
だが、何を思ったのか岩沢は麺を数本箸で掴み、それを俺の顔の前にやってきたのだ。
これは…これは俗に言う…
「あーん」
そう、あーん…
「ってアホか!普通に自分で食うわ!!」
「ん゛ん゛っ!」
「あ、すみません」
思わず大声で叫んでしまった俺に、店主と思わしき親父さんから咳払いで言外に静かにしろと注意されてしまった。
つーか、多分あーんのくだりも何イチャついてんだとか思われてんだろこれ…
「早く食って出よう…」
「?分かった」
くそ…無自覚が羨ましい…
あんなに美味しかったはずのうどんが途中から無味に感じながらも大急ぎで完食し、店をあとにした。
「まだ明るいな」
確かに岩沢の言う通り、時刻は6時半を少し過ぎた頃だったが、もう6月に入り日が落ちるのも随分遅くなり、辺りはまだ夕焼けの色を残していた。
「ああ、だからどうしたんだ?」
「いや、ただなんか懐かしかったからさ…まあ世間話だと思っといて」
「懐かしい…」
岩沢の言うことも分からなくもない。
夕暮れの景色を見ると、どこか懐かしい気分になる。
少し童心に帰るかのように。
「それと、そろそろ終わりの時間かなってさ」
「え?」
「なんかボーナスタイムまで貰っちゃたし…もう満足しちゃった」
これで上手く笑えてるつもりなんだろうか。
そうすぐに思ってしまうくらい、腹が立つくらい未練たらたらな笑顔だった。
「全然全く微塵も満足って顔してねえっつうの!」
「いたっ」
とりあえずなんかムカつくからデコピンを1発お見舞いしておく。
「…まだどっか行きたいんなら付き合ってやるよ」
「本当か?!」
「このまま不完全燃焼で帰ってまた行きたいなんて言われたらたまったもんじゃないからな」
「確かにそうだよな…ここで我慢して後でまたすぐにデートしたくなったら困るもんな」
いちいち反応が素直すぎて困るんだが…
いや別に照れ隠しとかで言ったわけじゃないけどさ。
これは…そう。
夕焼けのせいで子供の頃にまだ遊んでいたいと思ってた記憶が少し揺り起こされたからだ。
散々悩んだ末、岩沢は1度家に寄りたいと言ったのでまず岩沢の家に向かった。
家に入って5分も経たない内に戻ってきた岩沢の肩にはギターケースが提げられていた。
そしてそのまま岩沢に言われるがままに向かった先は、最寄りの駅だった。
まだ時間的にも夜に入ったばかりということもあってか、人通りも多く、視線を彷徨わしてみればちらほらと路上で歌っている人たちが見うけられる。
「なぁ、まさかここに来たのって…」
「ああ、ちょっと歌いたくて」
「やっぱりか…でも今って路上ライブは許可がいるんじゃないのか?」
テレビか何かでそういう話をちらほら耳にしたことがある。
「らしいね」
「らしいねって、そんな他人事みたいに」
「1曲だけだし、他に歌ってる人もいるんだからバレないよ、多分」
最後に絶妙に不安にさせる一言残しやがったなコイツ…
「まあまあ、とりあえず場所確保しないと。あ、ほらあそこにしよう」
岩沢に手を引かれるがままに、空いていたスペースへと向かう。
そこに胡座で座り込み、ゴソゴソとギターを取り出している後ろの壁にもたれて待つ。
いつものエレキギターではなくアコースティックギターだ。
そういえば教室で喋った時も、俺が起きるまではこっちを弾いてたんだっけか。
やけに耳障りが良くて、優しいハミング。朗らかな日射しも相まって、1歩間違えば余計に深く眠りについてしまっていたかもしれない。
「じゃあ始めようか」
言うが早いか、躊躇いもなく音を紡ぎ出す。
前に歌っていたハミングの時のよりも、幾分か暗めな曲調。
「苛立ちを───」
……?
初めて聴くはずなのに、そんな気がしない。
それに、なんだこの胸が痛む感覚は…?
歌詞か?曲調か?歌声か?それとも───
「泣いてる───」
───アイツの表情なのか?
今にも泣き出しそうな顔をしている岩沢に、俺もつられて涙腺が緩んでしまっているだけなのか?
分からない。
分からないけど…
「この曲…好きだ」
1曲丸々歌い終わる頃には、それはそれは大層な人だかりが出来ていましたとさ、めでたしめでたし。
って、んなわけあるか。
「おい…どうすんだよ?こんな集まっちまったらその内警察とか来るじゃないのか?」
「困ったな」
本当にそう思うならその笑顔は今すぐに消せ。
しかし本当に参ったな…こうやって話してる間にも集まった人たちが次の曲を今か今かと徐々にヒートアップしてきている。
「本当は待ってくれる人がいるならどんな時でも歌いたいんだけどね…」
しょうがないか、と言って1歩前に出る。
「今日はこの1曲だけなんで、すいませんがお帰りください」
「ええ~」
「なんでよ~?」
「もう1曲くらいいいじゃない」
丁重に頭を下げたが、期待していた分肩透かしをくらって不平不満をもらしていく観衆。
「そう言ってもらえるのはすごく嬉しいです。なので次は万全の状態で聴いてもらいたいと思います」
万全の状態という言葉に周りは頭に疑問符を浮かべる。
「秋ごろにあたしの通う百合ヶ丘学園の文化祭で、あたしが組んでるバンドが演奏するんで、良ければその時にあたしたちの歌を聴いてください」
なるほど…上手く宣伝にまで持っていくなんて、結構考えてるんだな。
ただでさえ期待して集まった人たちに、更に上があると告げてのこの告知はかなり効果があるはずだ。
実際、さっきまで不満を口にしていた人たちがもう期待を宿した目で、バンド?と口々に溢している。
もちろん本当に秋まで覚えているかは保証出来ないだろうけど、しかしこれで少しでも文化祭での客が増えることは間違いないだろう。
「そこでは絶対に満足出来るものを魅せられますから」
自信たっぷりという表情で笑い、何故かこっちに振り向く。
「行くぞ柴崎!」
そしていきなり駆け出しやがった。
え?え?
困惑しつつも後を追って俺も走り出した。
「ふう」
駅から十分に距離を取ってようやく足を止めた岩沢。
俺もそれに倣って足を止める。
「ふう、じゃねえよ。なんでいきなり走るんだよ?」
「なんか上手いこと話まとめられなかったからとりあえず逃げた」
あんな自信満々だったのに切り上げ方見失ってたのか…?
「つか、お前敬語とか使えるんだな」
「そりゃ使えるよ、バイトの時に目上の人に対して流石にタメ口はダメでしょ」
言われてみればそりゃそうだ。先生にだってタメ口で喋ってはないだろうし。
「ん?お前バイトやってたっけ?」
いつも部活には出てるし、そんな素振り全くなかったけど。
「…昔ね」
って言っても1年前だけど、と笑って付け足す。
ふぅん…まあ本気でバンドが始動するときにやめたのかな?流石に余裕がなかったのかもしれないし。
「んー、しかしあんなに人が集まるとは思わなかったな」
「いやあんだけ飛び抜けて上手けりゃ人も集まるだろ」
「そう?」
「ああ、それに上手いだけじゃなくて…」
…なんて言えばいいんだろう?
「…えーっと、お前の気持ちが伝わるっていうか、ガツンと胸に来たしさ」
「ガツンと胸に、か…」
「本当だぜ?俺なんてよく分からない内に泣きそうになっちまったよ」
「え?」
「え?」
驚いたようにこちらを見つめる岩沢。
あれ?なんか変なこと言ったっけ?
「なんで?」
「え?なんでって…」
歌っている時の岩沢を思い出す。
あの今にも泣き出しそうな顔、何かを訴えかけようとする声。
「分かんないけど…あの歌の歌詞聴いて、お前の顔見たらよくわかんねえ内にじわっと来てさ」
「柴崎…」
「変だよな、まだちゃんと喋って大して時間経ってねえのに、むしろ避けてたのに、歌詞聴いたらお前の過去に何があったのかつい考えちまった」
そこまで言って、また違和感を覚える。
違和感、というよりも既視感というべきかもしれない。
いやもっと言うと2つをごちゃまぜにしたような感覚だ。
どう言葉にしたものか迷っていたはずが、話始めるとポロポロと無意識に口から言葉が溢れていく。
まるで自分が自分じゃないように。
そして、それはいつか誰かに向けてかけた言葉に似通っているような気がする。
「柴崎…お前…」
「ちょっと、待ってくれ…」
何かを言おうとした岩沢に手で静止を求める。
なんだ?おかしいぞ?確かにこれは俺が思って、感じて言ってるんだよな?それは間違いないはずなのに…
「柴崎」
頭が混乱して痛みすら覚えかけていたところで、俺の手にギュッと何かに包まれる感触があった。
「落ち着いて、ゆっくりでいいから」
次いで、頭にも優しい感触が。
…岩沢の手だ。
そのまま俺の頭を自分の胸元に抱き寄せる。
ドクン、ドクン、と少し早めの鼓動が聞こえる。
「ありがとう、あの歌…My Songは大事な歌だから…だから柴崎にそう言ってもらえてすごく嬉しい。他の誰でもない柴崎に」
あれ?やばい…また泣きそうだ…
「落ち着いた?」
「へ?!あ、ああ」
「そっか」
と言いつつ頭を離さない。
そして冷静になった俺の頭が今の状況を整理し始める。
大の男が女子にあやされていて、しかも今俺の顔は岩沢の……
「〇♂↑×≒!?」
おおよそ解読不明な声をあげて岩沢の手を振りほどく。
「お、お前何してんのか分かってんのか?!」
「ん…?何かまずいことしたか?」
「ま、まずいっていうか…!」
お、落ち着け俺。岩沢は無自覚でやっているし、俺も別に率先して触ったりしてないわけだし、このまま何もなかったように振る舞えば…
「あ…」
なんとか誤魔化す算段をつけていると、何かに気づいたように声をあげる。
「………」
赤面しながら黙りこんだ…!
「ち、違う!そもそもあんまり感触とかもなかったし!そもそも俺がやったんじゃない!!」
「………感触がない」
「ちがっ!混乱しててだ!!多分普通の状態なら…それに俺は胸より脚派だし!!」
って俺は何を言っている??!
言えば言うほど墓穴を掘っていってる気がする。
「だからその…ドンマイ」
最低だ、最終的に結論が最低だ。
「あたしだって平均くらいはある。ひさ子が異常なだけ。ゆりとかも大きいけど入江の方が…」
「す、ストップ!この話はやめよう!別に小さいとか思ってないから!!」
名前出すのは流石に生々しすぎる…!
「………………」
「………………」
気まずすぎる沈黙。
なにか…なにか話題を変えなければ…!
あ、そうだ。
「岩沢、これ…」
俺は肩に斜めがけしていたショルダーバッグから長方形の箱を取り出す。
「え…?」
「今日誕生日なんだろ?ひさ子から聞いた。まあこんな状況で渡すのもあれだけど、貰ってくれ」
「そんな…え、ごめん。ちょっと頭が追い付かない」
困惑した表情のままに、ポロッと一筋の涙が零れた。
「ちょ?!泣くなって!」
「ごめ…でも、絶対貰えるわけないって思ってたから…」
なんで、なんて訊くまでもねえよな。
俺のせいだ。
頑なに接点を拒んできた俺がプレゼントをくれるなんて、そりゃ夢にも思わないよな…
「ごめんな」
言って、頭を撫でる。
さっき落ち着かせてもらったお返しも込めて、出来る限り優しく。
「あたしの方こそごめん。折角プレゼントくれたのに泣いて…台無しだよな」
「んなことねえって」
「うん…ありがと。でもなんでプレゼントくれたの?いつもならやっぱりくれない気がするんだけど」
「あー…」
全くもってごもっともな疑問だ。
俺でさえ普通なら確実にそうだろうと思う。
「何か…あるのか?」
言い淀む俺の反応を受けて、顔つきが険しく変化していく岩沢。
「そんなに重い話じゃねえって。ただな…」
「ただ?」
「ちょっと理由が恥ずかしいからさ…」
「…?」
過去のトラウマと言えば、確かにトラウマとも言えるものではあるかもしれないが、決して重苦しいものでもなく、今回はただただ子供っぽい理由なのだ。
「なんていうか、うちは母親が俺の小さい頃に死んじゃってて、いわゆる父子家庭ってやつでな」
「そうだったのか…」
「あーいやいや物心つく前から居なかったから、母親のことはあんまり気にしてないんだ。だから暗くなんなよ」
これは岩沢に気を使ったわけではなく、正真正銘の本心だ。
苦労した事は多々あったが、俺からすればそれは日常だった。だから正直暗くなられても反応に困るというのが本音だ。
それよりも本題は誕生日のことだ。
「で、まあ親父は親父で忙しいひとであんまり家にいなかったんだ。だから誕生日に祝ってもらうってことがある時期までなくってな」
「ある時期?」
「そう、遊佐と悠に会うまでだ。あの二人、特に遊佐とは家族ぐるみで付き合いがあって、よく遊佐の家で祝ってもらってたんだ。それがすげえ嬉しくてさ…」
それは今まで誕生日パーティーなんてものには無縁だった俺には衝撃的だった。
きらびやかに舞うクラッカーも、甘い匂いがただようケーキも、何もかもが鮮烈で、感動した。
誕生日ってこんなに嬉しい日だったんだと思った。
「だからその時から、誕生日ってのは嬉しくなくちゃ駄目だって決めてんだ」
「そうなんだ…じゃああたしも柴崎の誕生日は目一杯お祝いするよ」
「そっか、じゃあ楽しみにしとくわ。ああでも俺の誕生日おしえてないよな。俺は…」
「11月22日だろ?」
「なんで知ってんだよ?!」
怖いわ!
「それくらいちょっと聞きこめばすぐわかるよ」
「そうかもしんねえけど普通やるか…?」
「備えあれば憂いなしだからな」
「何に備えてるんだ一体…」
「奇跡的に距離が縮まるかもしれないじゃないか」
「ねえだろ」
ん?いやあるのか。
今こんなふうに二人で出かけたり、話したり、ましてや誕生日プレゼントをあげたりするなんて1年の時には微塵も思わなかったんだしな。
「まあそのなんだ、その備え云々は置いておくとして、とにかく誕生日おめでとう」
「ありがとう柴崎!これ開けてもいい?」
「いいけど大したもんじゃないからな?」
「そんなの関係ないよ、柴崎がくれたんだから!」
そんなことを言いつつ、うきうきという効果音が似合いそうな調子で丁寧に箱の包装を外していく。
「これ…」
そして中から取り出したのはピック型のネックレスだ。
所々に紅いガラスが散りばめられている。
「ああ、これ見たときに岩沢っぽいなって思ってな」
バンドでギターボーカルをやっている岩沢。そしてその岩沢の最も特徴的と言ってもいい燃えるような紅い髪。
それを表してるかのように思えたんだ。
「安物だけど、ひさ子たちからのお墨付きも貰えてるし、わりと自信があるんだけど、どうだ?」
「ひさ子たちに?」
「ああ」
『なぁ…今日放課後にプレゼント選び手伝ってくれないか?』
『岩沢はあんたが選んだものならなんでも喜ぶと思うけど?』
『そうかもだけど、どうせやるなら良いもんあげたいしさ』
『へいへい分かったよ、けしかけたのはあたしだしね。じゃあ関根と入江も呼ぶか』
という風に、授業を終えた後ひさ子たちに着いてきてもらってプレゼントを選んだのだ。
幸いすぐにこのネックレスを見つけたから辛口の判定をもらうこともなかった。
が、すぐに目的を達成してしまったから「骨折り損じゃあ!奢れー!」と、関根にはアイスやらを奢らされたが、まあしょうがないことだろう。
「そうなんだ…ひさ子たちも手伝ってくれたんだ。嬉しさ100倍だ」
「だな」
「ありがと柴崎。あたし、すっごくすっごく大事にするから…!」
ギュッとネックレスを握りしめる手の強さから、その言葉が本物であることを伝えていた。
「そうしてくれると嬉しいよ…ひさ子たちもな」
「ふふ、そうだね」
つい付け足してしまった言葉がなんだか言い訳みたいになってしまった。
…くそ、わざわざ言わなくても良かったじゃねえか。何を言ってんだ俺は。
「ねえ、これ柴崎がつけてくれない?」
「俺が?」
「うん。そしたら多分満足出来ると思うんだ」
「まあ…いいけど」
何故それで満足?と思いながらネックレスを受けとる。
「じゃあ髪あげてくれ」
「うん…はい」
「っ?!」
促されるがままに襟足を両手であげ、綺麗なうなじが露になる。
な、なんだ…妙に色っぽい…!
俺にその類いのフェチはなかったはずなのに、つい生唾を飲んでしまう。
「柴崎?」
「あ、ああ、わるい」
落ち着け…落ち着け…髪をあげながら振り向く姿にドキッとかしてんな…さっさとつけちまおう。
「じゃあつけるぞ」
「頼む」
ネックレスをつけようとすると、必然的に後ろから抱き締めるような体勢になってしまい、距離も当然近くなってしまう。
すると、さっきから見惚れてしたうなじ、それに女子特有のいい匂いまで合わさって心臓がドクドクと早鐘を打ってしまう。
「柴崎、どうしたんだ?」
い、いかん…何か気を紛らわせないと…手が震えて全然つけられない。
「いや…その…なんで誕生日って言わなかったのか気になってな」
「このタイミングで?」
「そ、そうだよ!悪いか?!」
「いや悪くはないけど…」
完全に動揺しまくった挙げ句に八つ当たりのように怒鳴ってしまう。
岩沢が困惑するのも無理はない。
だって俺もめちゃくちゃ困惑してるもん。
「なんでかって訊かれると…そうだな、ちょっと難しいな…」
「難しい?」
「うん。理由が沢山あるような気もするし、全くないような気もする。自分でもよく分からないんだ」
「…そっか」
沢山あるようで、全くないような気がする…
自分で自分がよく分からない…か。
それは俺もここ最近よく感じている。それも岩沢絡みで、だ。
今日だって、なんでこんな約束をしてしまったのか本当はよく分かっていない。
理由を作ろうとするなら、いくつか作ることも出来る。だけど、そのどれもが何か違うような、言ってしまえば理由なんてないような気にもなる。
俺とコイツは全く違うようでいて、似たような感覚を抱えていたのかもしれない。
「なんで…だろうな…」
「ん?なんか言った?」
「いや、なんでもない。ほら出来たぞ」
俺の呟きは岩沢には聞こえなかったようだ。
それでいい、どうせ聞こえてたって俺は何も言えないから。
今の呟きだって、なんなのか分かっていないから。
「どうだ?似合うか?」
「ああ、やっぱり岩沢に合ってるよそれ」
俺の日頃のイメージに起因している部分もあるだろうが、ピックに紅い装飾というのは岩沢にピッタリでよく映えていた。
「本当か?!」
「俺がお前のことをわざわざお世辞で褒めると思うか?」
「それもそうだな」
いや納得すんなよ。
本当に思ったことがすぐ口に出るやつだ…
『久しぶりに…見れた…』
…隠し事だってのによく考えもせず、な。
「絶対…絶対大事にするから」
「そんな大袈裟な…」
「大袈裟じゃないよ。本当に一生大事にする。だって、柴崎がくれた初めてのプレゼントだもんな」
小っ恥ずかしい台詞を正面からぶつけられ何も返せずに頬を掻く。
…まあ喜んでくれたんならいいけどよ。
「……柴崎」
「ん?なん…」
真正面からのお礼に対して照れもあり、視線を泳がせているところで急に呼びかけられ視線を戻すと、すぐ目の前まで岩沢の顔が近づいていた。
目を閉じて、強調するように潤った唇を少し突きだしている。
こ、これは…?!
突然のことに気が動転し、少し後ずさり、そして……
「だぁ?!」
「いて!」
思わず思いきり手刀を脳天に食らわせてしまった。
「な、な、何をするつもりだったお前?!」
緊張から解放されて頭が酸素を求めてるのか無駄に口がパクパク動かしながら、頭を押さえて涙目になっている岩沢を問い質す。
「何って…いい雰囲気だったから今ならキス出来るかなって…」
「あ、頭沸いてんのかお前は!?」
「いやどちらかというと沸騰しそうなのは柴崎の顔の方だと思うけど…」
「う、うるせぇぇぇぇぇ!!!」
「え、ちょっと柴崎?!」
顔が真っ赤になっていることを自覚させられ、動揺のあまり脱兎のごとくその場を後にしてしまった。
家に着いてすぐ、とっとと寝て今日のことを忘れようとベットに滑り込んだ。
のに……
『柴崎…』
目を閉じればキスされかけた時の岩沢の顔がフラッシュバックされてしまい
「………眠れねえ…!!!」
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