あたしには常々気になっていることがある。
それは何かと言うと
「なあひさ子、昨日寝る前にふと思いついたんだけどさ、このフレーズどう?中々ロックじゃない?」
今目の前で熱く語っているあたしの相棒、岩沢についてだ。
容姿端麗、才色兼備、一部を除けば品行方正。
贔屓目に見ずとも相当な上玉だ。
「そこであたしはこう考えたんだ。たぬきときつねは一致しない」
…何を言ってるのか時々本当に分からないけど。
だがこれも本当に時々だ。これくらいは茶目っ気として許せる範疇だろう。
むしろこれくらい無ければ完璧すぎて怖いくらいだ。
…いや?待てよ、こういう完璧じゃないところが逆に完璧なんじゃないか?人間味があるっていうか、可愛いっていうか…
っと、話が逸れた。
つまり何が言いたいかと言うと、こんな素晴らしい魅力を持っている岩沢は本来男子の、いや男子に限らず皆の憧れの的であるべきなんだ。
高嶺の花だと男子がいま1歩踏み込めない存在だと感じるのが、本来のあるべき姿なんだとあたしは思っている。
「あたしはさ自由だと思うんだ。気分は全裸なんだ」
……こんな話はきっとあたし以外にはしないだろうから大丈夫。余裕で高嶺の花になれる。
そう、そんな超絶美少女岩沢だ。
おまけに音楽に盲目な音楽キチだ。
そこらの男なんて全くの見向きもしない、路傍の石ころのように相手にしないと思っていた。
思っていたんだが…
「その時鷹がさ…あ、鷹といえばこの間柴崎がさ」
コイツだ。
柴崎蒼。
岩沢はこの目付きが悪く、異様に眼の良い男にご執心だ。
確かに顔は悪くない。目付きが悪いだけで。
性格もあたしたちの部の仲間の内ではかなりまともな部類でもある。
しかしだ、だからといって柴崎が岩沢と釣り合う、ましてや岩沢から言い寄るほどの男だとはあたしには到底思えない。
聞けば岩沢は一目見た瞬間に告白をしたと言う。
一体何を感じ取って岩沢はそんな行動に出たというのか。
「なー、格好いいよな」
「……そうか?」
「え?格好よくないか?」
…実は話を半分も聞いていなかったんからなんとも言えないんだけど。
でもあんまり柴崎のことばかり言われるとこっちとしても癪だ。
「ていうか、今さらだけどなんで柴崎?」
昼飯時で柴崎は食堂に行っているこのタイミングでなら訊いても大丈夫だろうと質問する。
「本当に今さらだな」
「いやだってなんかタイミング掴めなくてさ」
岩沢はいつだって突然だ。
バンドに誘われた時も違うクラスからやって来ていきなり
『あんたの音に惚れた。あたしと組んでくれ』
と、真顔で言ってきたのだ。
そして柴崎のこともこれまた唐突にカミングアウトされた。
何気無い会話の流れで急に出てきたその人物を訊ねたら
『え?あたしの恋人だけど』
なんで知らないの?みたいな顔してそう言ってきた。
ちょっとイラッとした。
しかも問いただしてみると、未来の、という大事な大事な言葉がごっそりと抜け落ちていた。
どんな叙述トリックだ。
こんな経緯で知ってしまった岩沢の恋路だが、あまりのボケ具合になんで好きになったのか、どこが良かったのか、なんていう基本的なことを訊き忘れていたのだ。
「で、どこが良かったんだ?一目惚れらしいしやっぱり見た目か?」
これもいい機会だし、ここでたまには華の女子高生らしく恋バナといこうじゃないか。
「ん?んー…見た目か。確かに綺麗な髪してるし、もちろん顔も体も声も性格も何もかも好きだけど」
「そ、そうか」
なんか重いな…
「なんだろうな…柴崎にも同じようなこと訊かれたんだけど、改めて考えると『どこが』とかじゃないんだよな」
「どういうことだ?」
「柴崎っていう存在がもう好きなんだ」
「お、おう…」
「いや、むしろ概念って言った方がいいのかな?」
一体何を言い出してるんだろう?一回頭を叩いてみた方がいいのか?
「あたしからしたら生まれてきてくれてありがとうっていう感じなんだ。あたしと出逢ってくれてありがとうって。もう圧倒的感謝しかない」
「うん…」
「柴崎って普段ぶっきらぼうなんだけど一々優しいしさ、相手をしたら疲れるって分かってるのに構っちゃうし、それでやっぱり関わるんじゃなかったとか思ってるところ見ると…尊い…って感情が一番適切かな」
……重い。
なんか途中から訳がわからないし、最終的に尊いってなんだ?
これ恋バナ?むしろどっちかというと親が子供のこと話してるみたいにも聞こえるんだけど。
なんだか親友の見てはいけない一面を見てしまった気分だ。
「あ、あのさ…岩沢」
「ん?なんだ?」
正直かなりドン引きしてしまったんだが、ここまで聞くとつい1つ疑問が浮かんでくる。
訊いても大丈夫なのか…?いいよな?これくらい…
「もし、その…柴崎が他の誰かと付き合ったりしたらどうするんだ?」
カタンッ。
岩沢の持っていた箸が机の上に転がる。
「も、もしかしての話だぞ?!落ち着け、この世界にはいろんな可能性があるんだ!」
いよいよあたしも何を言っているのか分からなくなってきた。
「ああ、分かってる。…そうだな、もし誰かと付き合ったりしたら……殺すかな。そしてその時の感情を詩に起こす…名曲になるぜ?」
「そりゃさぞかし後世に語り継がれるだろうな…」
あたしそのグループのメンバーってことになるのか…
「まあそれは冗談だけどさ」
いやかなり目が本気だった気がするけど…
「付き合ったら…諦めるよ。そもそもあたしは…」
「いやなんでだよ?!」
やけに神妙な面持ちで紡いでいたその言葉の続きは教室の外から聞こえてきた大声に掻き消された。
「…ふふ、また千里か遊佐に手を焼いてるんだろうな」
「あ、ああ…そうだな」
先ほどの真剣な顔つきから一転して花が咲いたように笑みを浮かべている。
そんな表情を見てしまうと
『今…なんて言おうとしてたんだ?』
そう訊くことが躊躇われた。
放課後、結局訊けず仕舞いになったまま不完全燃焼で燻った気持ちを悶々と収められずにいた。
岩沢には先に部室に行ってもらい、ポツンと一人で教室に居残っている。
あのあと岩沢はけろっといつもの調子に戻って柴崎のところに行っちまいやがったし…
『そもそもあたしは…』
「あたしは…なんだってんだよ?」
何か大事なことを言いかけていたのは雰囲気からして間違いない…はずだ。
アイツは妙に真顔でボケたことを言うから断言は出来ないけど。
あのあとから予想できる言葉って言ったら…
『本当は好きでもなんでもない』
………いやないな。
流石にこれはおかしい。もしこれが合っているんだとしたら今までやってきたこととちぐはぐすぎる。
男避けのために男に近づいたとかなら考えられるけど、アイツは自分が男から人気があることに自覚がないからそれもありえない。
もしかして…
「あれ?ひさ子?」
「…柴崎」
扉からひょっこりと顔を出して声をかけてきたのは、たった今考えていた相手の意中の人だった。
そうだよ、そもそもあたしはコイツが好きってのに納得がいってないんだ。岩沢の台詞も気になるけど、何よりもコイツを見定めないと。
「何してんだ?こんなとこに一人で」
「そりゃあんたもだろ」
「俺は忘れ物取りに来たんだよーっと、あったあった」
机をがさがさと漁ってノートを手に取った。
ふぅん…わざわざ復習とかをするくらいには真面目なわけか。
「で?どうしたんだよ、なんか悩みごとか?」
「悩み…まあそうだな」
「だったらとりあえず話してみろよ」
そう言って当たり前のようにそのまま椅子に座り話を聞く姿勢に入る。
席が前後でそれなりに話もしたりはするが、そんな相談なんかをするほど深い間柄でもないのに、何故そこまで自然に構えられるのか。
なるほど、確かに優しい。
いや、お人好しなだけか?
「うーん」
っつってもなあ…
「話しづらいことなら、無理には訊かねえけど」
お前に関係あることだからだよ。
とも言えないし。
「いや大丈夫だ。だけど、これデリケートな話だから他言無用にしてほしいんだけど」
「当たり前だろ。そんなぺらぺら吹聴して回んねえよ」
千里とかに尋問されたらあっさり誘導させられそうだけど、という不安は一旦胸にしまっておく。
とりあえず岩沢だってことを隠しながら話すか。
「あたしの中学の頃の友達の話なんだけどさ、そいつ結構な美少女なんだけど、なんだかよく分からない相手を好きになってさ、どうしたもんかなって」
「よく分かんないって?」
「なんていうか、お前ならもっといい人いるんじゃねえか?みたいな感じ」
本人に対してこんな相談をしていることに若干良心が痛む。
お前が悪いんじゃなく、相手が岩沢っていうのが悪いんだ…すまん柴崎。
責めるならあんなに綺麗に生まれてきた岩沢を責めてくれ。
「そいつは悪いやつじゃないのか?」
「悪い…ってことはない…と思う」
現に今だって相談に乗ってくれているわけだし。
「なら良いじゃん、好きでも」
「いやでも、そいつ自体がなんで好きなのかも分かってなくてだな」
「人を好きになるのに理由なんていらないだろ?」
「…っ?!」
コイツ、岩沢と同じこと…
「なんてな。全部受け売りなんだ」
少し悪戯っぽい笑みを浮かべて訂正する柴崎。
なんだよ、ちょっと焦ったじゃねえか…
「けどさ、悔しいけどなんか納得させられたんだよな。一々好きだって思うのに理屈こねてたらキリがねえよなーって」
「まあ…そうかもしんない」
あたしだって岩沢の何に惹かれて一緒にいるのかなんて、考えたことはない。
考え出したらそれこそキリがない。
それに…アイツのことだって。
「なんだ?まだなんかあるのか?」
「いや、そういうわけでもないんだけど」
「はっきりしないな?まあなんかあるんだったらこの際だし全部吐き出しとけよ」
全部か…と言ってもなぁ…ほとんど訊けるようなことないし。
「あ~、じゃあさ1ついい?」
「おう」
「あんた好きな奴っている?」
「お、俺か?」
「そ、あんた」
「な、なんでまた?」
「参考までに、かな」
主にあたしじゃなく岩沢の、だけど。
「で、いるの?」
「い、いねえけど」
ふん…嘘を言ってるって顔じゃないな。
少し目が泳いでるけど、これはどちらかと言うと急な質問で動揺したというところか。
「じゃあ今までにいたことは?」
「ない」
今度は動揺もなくなったのか目も泳いでいない。
「そっか。じゃあさ、なんで岩沢と付き合わないの?」
「な、なんでそこで岩沢が出てくんだよ?」
あたしからすると、なんであたしがあんたの恋愛事情訊いてるのに岩沢が出てきておかしいと思うのか逆に問いたくなるが。
「いや、好きな奴がいるんなら断る理由も分かるんだけどさ。それがいないらしいから、ちょっとね」
「んなもん好きじゃないからに決まってるだろ」
「普通の男ならあんな美少女に言い寄られたらすぐに惚れちまうと思うんだけど?」
人っていうのは好きだと言われると、相手のことを好きだと思い込む、または本当に好きになる生き物なんだと、何かで聞いたことがある。
それはそうだよな、とあたしは思った。
好意を向けられて悪い気はしない。誰だってそうだろう。
それがどう見ても魅力的な異性なら尚のことだ。
少なくともあたしが男で岩沢に告られたらOKする。すぐ付き合う。めっちゃ大事にする。
「好きって言われたから好きになるとか…なんか違くね?」
「そうか?」
「俺はだな、さっきも言った通りまだ好きな奴が出来たことすらない」
「あ、ああ」
どうしたんだ急に?
「正直どういう気持ちが好きなのかも分からん!そりゃ好きって言われて全く嬉しくないわけない!」
どんどんヒートアップしていくように声のボリュームも大きくなっていく。
「だけど、初恋くらいちゃんと自分からコイツのことが好きだって思いたいんだ」
「…………」
そう言って照れるようにはにかむ。
柴崎…お前………
「乙女か?!」
「は?」
「あははははは!!」
あまりにも見た目にも年齢的にも似合わない言葉に腹を抱えて笑ってしまう。
「いやいやいや高校生男子がまさかこんな乙女思考全開とは…!いいねあんた最高だね!」
「馬鹿にしてんだろ…」
「いや本当にこれは誉め言葉だぜ?…ぷっ」
「帰る!」
思わず(故意に)漏れた笑いに憤慨して席を立つ柴崎。
「そんなに怒るなよ~乙女思考はいいことだぞ~」
「うるせえっ!もう2度とお前の相談なんて乗らねえからな!」
なんだかフラグの香りがプンプンする台詞を発して走り去ってしまった。
でも、あたしは本当にいいことだと思ってる。
少なくとも、アイツなら付き合うことになれば岩沢を幸せに、ってのは気が早いにしても、そう悪くはしないだろう。
…しゃあない。ちょっとだけ応援してやるか。
相棒の恋路の、な。
……まあ岩沢を取られるのは癪だからちょっとだけだけどね。
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