「皆聞きなさい!」
さあそろそろ帰ろうかという時間に差し掛かったところでドン!と、いきなり強く足を踏み鳴らして仲村が一同の目をひく。
「ついにあたしたちから青春への第一歩を踏み出した者が現れたわ!」
「青春への第一歩?」
唐突かつ意味不明な言葉に首を傾げる。
まあ意味が分からんのはいつものことだが。
「大山さん、入江さん、前へ」
雑然と散らばっていた部員の中から2人を指名し、自分の下に呼び、大山と入江もまた、そうなることを知っていたように迷いなく近づいていった。
「報告はあなたたちからなさい」
「うん」
…報告?
2人は目を合わし、せーのと掛け声をして同時に口を開く。
「僕たち(私たち)付き合うことになりました!」
「「「「「「…………………………おおおおおおお???!!」」」」」」
部員の全員がその言葉を理解するのに時間を要した。
だが理解出来るやいなや俺を含め皆目を剥いて驚いてしまう。
「どういうことだ大山てめえ?!」
「抜け駆けか?!ずりぃぞ!」
「OH!山ちゃーん!隅に置けませんねぇ!」
「いたたたた!痛いよ皆ぁ!」
大山は男子陣から手荒い祝福…なのか嫉妬なのかを受け。
「入江!マジなのか?!」
「は、はい…」
「なんでまた大山なんだ?」
「ふふーんそれはですねぇ」
「お前にゃ訊いてない」
「そんなぁ!あたし今回頑張ったんですよ!ね、みゆきち?」
「うん。それと同じくらい足引っ張ってたけどね」
「辛辣!」
「まあいいじゃないか関根のことは。おめでとう、入江。次はあたしと柴崎の番だな」
「はい。ありがとうございます」
「あたしの扱いー!」
女子陣は、というかガルデモはいつもと変わらず仲良さげに会話を始めていた。
岩沢の台詞は聞き捨てならないが。
「青春への第一歩、か」
流れに乗り遅れた俺の隣で音無がぼそりと呟いた。
「ん?」
「いや、恋愛が青春への第一歩だって言うなら、俺はまだ一歩も歩き始めてないんだなと思ってな」
「あんなの仲村が勝手に言ってるだけだろ?こうやって部活ではしゃぐのだって青春じゃん」
「まあ…そうなんだろうけど、なんていうかゆりの言うことも分からなくないんだ」
「音無も恋愛したいのか?」
「…分からない。でもすごく大事なものだった気がするんだ」
胸に手を当てて俯く音無。
それに倣って俺も胸に手を当てる。
恋愛…か。
そう考えてまず思い浮かんだのが、あの夢だった。
う…まだあの夢のこと吹っ切れてないのか俺………って、あれ?最近あの夢見てない気が…
「はーい静かに」
パンパン!と、手を叩くだけで仲村が一斉に皆を黙らせる。
俺もとりあえず夢のことは置いておいて仲村の方に集中する。
「皆2人のことで盛り上がるのは分かるけど今日はもう下校時間よ。続きは明日、ね」
「ちぇ~、ん?つか、別に今から帰るんだしどっか寄り道して根掘り葉掘り聞き出せばいいんじゃね?」
「お、それナイスアイデアだぜ日向」
「ダーメ。今日は2人にちょっと話があるから残ってもらうの。長引くかもしれないから先に帰りなさい」
「あ!ずりぃぞゆりっぺ!そう言って自分だけ抜けがけして色々訊くつもりだろ!?」
「なんであたしがそんなめんどくさいことすんのよ馬鹿!いいから…」
仲村は長机の上に雑に放られていた日向の鞄を持ち主の胸に軽く放り
「さっさと帰らんかーい!」
「ぐほぇっ?!」
その鞄越しに強烈な飛び蹴りを食らわせた。
容赦なく蹴られた日向は扉に激突するように吹っ飛ばされ……すぐさま立ち上がった。
不死身なのかコイツ…
「ゆりっぺぇ!そりゃいくらなんでもやりすぎだろ?!」
「へぇ…まだ食い下がるつもりかしら…ひ・な・た・くん?」
「ひぃっ!わ、分かった!分かった!帰ります帰らせて頂きます!ちくしょうー!覚えてろよ大山ぁ!」
「僕?!」
「さて…」
とてつもなくダサい捨て台詞を吐いて出ていった日向を見届け、仲村はゆっくりとそれを見ていた俺たちの方に振り返る。
目が明らかに狩人のそれだった。
「あなたたちも、帰るわよね?」
俺たちに頷く以外の選択肢はなかった。
皆が出ていったのを確認して、ゆりっぺが口を開く。
「さて、大山くん、入江さん、本当におめでとう。あなたたちがまた付き合ってくれて嬉しいわ」
「ありがとうゆりっぺ」
「ありがとうございます」
改めて言われた祝福の言葉に少し照れながら応える。
「でも、驚いたよ。入江さんと付き合えるんだって喜ぼうとした瞬間にあんなことになるなんて」
『…はい…!こちらこそよろしくお願いします…!』
『やっ…?!』
『?!』
やったぁ!と喜ぼうとした瞬間、頭に大量な何かが流れ込んできた。
それは「記憶」だった。
あの世界で経験した全てのことが猛烈な勢いをもって脳に送り込まれた。
かろうじて保っている意識の中で自分の目の前にいる入江さんも僕と同じように頭を抑えているのが見えた。
無我夢中に入江さんの手を握り、記憶が戻りきるまで堪えた。
最後の記憶まで見終わった時、僕らは涙を流していた。
どちらからともなく繋いでいた手を引き合い、抱きしめた。
『約束…守れたよ…』
『…はい』
『僕たち…本当に、また…』
『…はい…また、一緒です…!』
「ゆりっぺも同じようになったの?」
「ええ」
「あの、他に記憶が戻っている方は…」
「それならもう来る頃でしょう」
そう言うと同時に部室の扉が開けられた。
「大山さん、入江さん、おめでとうございます」
「今夜はPartyやね~!」
「あさはかなり」
「入江、おめでとう。記憶が戻ってきてくれて嬉しいよ」
ゾロゾロと入ってきたのは、遊佐さん、TK、椎名さん…先生、そして岩沢さんの4人だった。
「……千里くん…はともかく、野田くんは?」
「ゆりっぺはんに嫌われてたまるかぁ~!言うてGo homeですわ」
「現在進行形で嫌いになってるんだけど…?」
「あさはかなり」
野田くん、相変わらずだなぁ…
「って、千里くん?!千里くんって戦線にいたっけ?!」
「あの子は…まあおいおい本人から話してもらって。でもあの世界にいたのは事実よ」
「そう…なんだ」
確かに記憶が戻ってから千里くんの存在が気になってしょうがなかったんだけど、千里くんもあそこにいたのか。
「岩沢さん…私、また岩沢さんとバンドが出来て…すごくうれしいくて…」
「分かってるよ。あたしもずっとそう思ってたから」
「い、岩沢さぁ~ん…」
「あー、ほら泣き止みなってば」
僕が千里くんの方に気を取られてる内に入江さんが岩沢さんと抱きあってた。
号泣しちゃってる入江さんと、それに困りながらもつられて少し目が潤んでる岩沢さんを見ると、今はそっとしておいた方がいいなと感じた。
「それにしても」
ざっと、今いるメンバーをもう一度見直してみる。
「なんていうか、記憶が戻ってみると、記憶持ちなのが納得なメンバーだね…言動的に」
もちろんここにいない野田くんも合わせて。
「そうかしら?記憶のないメンバーだって、あそこにいるときとあまり言動は変わらない気がするけど。相変わらずアホの集団だし…」
「まあそうなんだけどね」
そうは言っても、きっとあの頃なら絶対に取らない態度を取ってる人もいるし、TKや椎名さん、それに遊佐さんは絶対に記憶が戻ってしゃべり方も変わったはずだと思う。
「それはさておき、ゆりっぺさん、伝えなければいけないことがあるのでは」
「そうね。大山くん、入江さん。あなたたちにはこれから手伝ってもらいたいことがあるわ」
「記憶、ですよね」
「察しがよくて助かるわ入江さん」
「私も早くしおりんやひさ子さんに思い出してもらいたいですから」
「ならOKね。大山くんももちろんいいわよね?」
「うん」
入江さんがこんなにはっきりと意思を示しているのだから、僕が断る理由なんてない。
それに僕だって、皆とまた楽しみたいんだから。
「頑張ろうね!」
「なあ」
「なに?」
分かれ道に差し掛かったところで曲がろうとする悠を呼び止める。
「あのさ………恋愛ってどんな感じだ?」
「んー?どうしたの急に。何かあった?」
くっそ…どうせ音無との会話だって聞いてたくせにわざとらしい…
「音無が恋愛は大事なものだった気がするっつってたから、ちょっと気になっただけだよ」
「ふーん。ふーーん」
うぜぇ……!
遊佐が腹痛で学校に戻ってくれて良かったぜ…じゃなかったら2倍いじられてるとこだ…
「と、まあからかうのはこれくらいでやめてあげるよ。どうも真剣みたいだし?」
珍しいこともあるもんだ。
明日は雨か雪か、はたまた槍でも降るのか?
「あれ?ちょっとイラっとくること考えてるよね?再開してもいいんだよ?」
「ごめんなさいごめんなさい!話続けてくれ!」
「えっと、まずどんな感じってなに?僕の甘酸っぱい話聞きたいわけじゃないよね?」
「あ、そんな気色悪い話はいらん」
「そこまで否定されると話したくなるね」
「やめろ!」
なんていう天の邪鬼坊やだ。
「そうじゃなくて、やっぱりなんか…いいもんなのかなって思ってよ」
「そんなに気になるなら付き合えばいいじゃない。岩沢さんと」
「それはない。あんなガツガツ来られると女に思えない」
肉食獣か何かにしか見えない。
「…あっそ、まあいいけど。蒼は激しい感情が苦手だもんね」
「は?なんだそれ?」
「照りつけるような喜びが、爆発するような怒りが、底冷えするような哀しみが、煌めくのような楽しさが、焼き尽くすような嫉妬が、そして燃えるような恋心が…だよ」
「…はぁ?」
言葉にされても、それでもなお悠が言っていることが俺には分からなかった。
誰かが喜んでいるのが苦手だなんて思わないし、怒られるのは誰だって嫌だろ?
「まあ分からないならいいよ。でもさ、自覚しなよ。そろそろ可哀想だよ」
「誰が?」
「岩沢さんに決まってるだろ」
「っ!?」
珍しく語気を強めた悠にたじろいでしまう。
「…僕の言ったこと、時々でいいから思い出してよ。じゃないといつか後悔するかもしれないよ?」
「あ、ああ…」
1拍置いたあと、悠はいつもの通りに戻っていた。
「とりあえず、この質問にはまだ答えられないかな。蒼がもっと自覚して、また訊きたくなったら話すよ」
「わ、わかった」
「じゃあね、また明日」
「おう」
そう言って早々に自転車を漕ぎはじめ、どんどん背中が遠くなっていく。
「自覚…なぁ」
今日悠が言ったことのほとんどが分からなかった。
でもきっとこれは俺が自分で気づかなきゃいけないことなんだろう。
そう気を取り直して、俺もペダルを漕ぎ、再度家路についた。
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