「おはようございま~す」
俺が折角疲れを取るために快適な睡眠をしていたというのに、耳元でやたらと押し殺した声をかけられる。
「なんで寝起きドッキリ風なんだよ。しかもそれは部屋に入ってくる時に言うもんだ…」
一応幼馴染みのよしみとしてツッコミをいれてやる。
つーか、そんなんじゃもっと深く寝入ってる時聞こえねえだろ。起こしたいのか起こしたくないのかはっきりしろっての…
「お前、毎日起こしに来なくて良いんだぞ?中学からずっと来てるけどよ。しかもご丁寧に目覚ましよりも早く」
より正確に言うと、あの出来事があってからだけど、今さらそこを蒸し返すようなことをしたくはない。
「良いんですよ。好きでやってるんですから」
「物好きなこったな」
「よく言われます」
俺の皮肉に素早くそう返してきたが、遊佐にそんなことを言うような友達は居なかったような…
「友達だけが全てじゃないでしょう」
「いやまあそりゃそうだけど…てか、だから心読むなっての」
「すみません。柴崎さんは分かりやすいものですから。すぐに顔に出ますし」
「え、嘘?」
思ってもみなかった指摘をされてつい自分の顔をペタペタと触って確認してしまう。
そんなことで分かるわけないんだが。
「だから美少女幼馴染みに起こされて内心ドッキドキなこともお見通しです」
「美少女幼馴染み?なにそれ食えんの?」
「下ネタですか?美少女を食い物にするなんて…死んでください」
「誰がそんなこと言ったよ?!」
曲解にもほどがある遊佐の言葉に盛大に噛みつく。
「言いましたよ。ぐへへへ、今なら親も居ないしこの超絶美少女遊佐りんにあんなことこんなこと何でもやりたい放題じゃねえか!って」
「何で俺がお前に手を出さなきゃならんのだ?!」
「年頃の男子高校生。美少女と家で、それも同じ部屋で二人きり…犯罪に走るには充分な状況かと…」
「走るか!…ったく、バカ言ってないでとっとと部屋から出ろ…着替えるから…」
「はい、分かりました」
無駄に素直に引いてくれるのが遊佐の良いところだった。
…なら最初からするなという話だけど。
その後着替えを終え、家の外で待っていた遊佐と悠と合流して学校に。
「はぁ…」
自分の席に着いて早々にため息が漏れる。
「疲れた…」
朝っぱらから訳の分からん話に付き合わされて無駄に体力を消費してしまった。
「はは、まだ授業も始まってないのにそんなに疲れてるなんて災難だったね」
台詞のわりに全く俺を労る気持ちが感じ取れない。
コイツ…また面白がってるな…
「悠…俺は今非常に疲れてる」
「見れば分かるけど」
「だから、チャイムが鳴るまで俺に話しかけるな。俺は少しの間寝る」
そう告げて早速に寝る体勢に入ろうとする。
が…
「いやぁ、でもどうもお姫様が着いちゃったみたいだよ?」
「え?」
「柴崎!」
「うげっ…」
いつの間に教室に来ていたのか、岩沢がキラキラと目を輝かせながら一直線にこっちに向かってくる。
「今日も大好きだ!」
今朝の遊佐の会話に続いて岩沢のこのテンション。
…はっきり言ってついていけない…俺は女難の相でもあるのか?
「なぁ、それ毎回言わなきゃダメなのか…?」
「ダメだな。去年は何故か分からないが全然会えなかったからな。今年はいっぱい話したいんだ」
岩沢の台詞で去年のことを思い出す。
俺が岩沢に迫られてると聞いた去年のクラスの男子たちが岩沢との接点を断つ手助けをしてくれていたからな…あいつらには感謝してもしきれない。
「愛情表現は1日にしてならずって本に書いてたからな」
「その本は参考にならん。捨てろ、そして忘れろ」
そんなものを信じるなんて、コイツもしかして怪しいツボとか買わされるタイプか?
効果には個人差がありますなんてのは世間の常識だぞ。
ていうかダメだ…眠い…こんな下らない理由に付き合ってられん…
「岩沢、俺は眠いんだ。今だけで良いから寝させてくれ…」
あまりの疲労感で頭が働かない。
「分かった!じゃあまた後でいっぱい話そうな!」
だからこんな約束しちまったんだ。
「分かった分かった…ふぁ…」
つまり全部、遊佐が悪い。
結局チャイムが鳴るまでの間の睡眠程度じゃ足りず、放課後まで授業に一切集中出来ずに終わった。
何度授業中船を漕いでしまったことか。
つかまだ眠い…
「蒼?」
SHRが終わっても席を立とうとしない俺をおかしく思ったようで後ろから声をかけてくる。
「あー悪い…マジで眠いからちょっと寝てから帰るわ」
「どんだけ寝なきゃいけないのさ」
クスクスと笑ってから、まあいいけど。と言って帰っていった。
さぁ…寝るか…
「ララーラーララー」
―――声が聴こえた。
「ん…」
その歌声は優しくて、どこか儚くて―――けど、どこか芯が通っていた。
この声、好きだ…
それに、どこかで聴いたことがある気が…
「柴崎、起きた?」
記憶のどこかに引っ掛かったかすかな糸を手繰り寄せる前に、上から声をかけられる。
「おーい?」
その声に誘われるように顔を上げると、相手の顔が鼻と鼻がぶつかりかける程近くにあった。
「うおっ!?」
驚いてすぐさま飛び退く。
「な、なんだよ?そんなに避けなくても良いだろ?」
「岩…沢…?」
近すぎて見えなかった相手は岩沢だった。
ギターを抱えて脚を組み座っている。
拗ねたような表情でこちらを見ている岩沢の頬は夕暮れのせいか、薄く紅みが差していて何故かそれが……
いやいやいやいや、騙されるな俺!確かに岩沢は綺麗だし、今も夕日に当たってることも相まって見た感じは…可愛いけど…それでも素があんな感じなんだぞ!
「ん?ていうかもう夕方なのか?」
「そうだよ。話そうって約束してたのに柴崎寝てるし…」
「うっ…」
今度は完全に拗ねてるみたいで、ジと目でこちらを見てくる。
やっぱりちょっと可愛い…かもしれない…あくまで見た目はだけど…
って、そうじゃないだろ!
「話す約束って?」
「え?朝に寝させてくれたら後で話すからって言ったじゃないか」
「俺そんなこと言ってたのか…?」
記憶があやふや過ぎて確信が持てないけど、そんなことを言ったような気もする…
恐るべし睡魔…
「覚えてないのか…?」
「え、ああ…正直あんまり…」
「そっか…」
俺が寝ぼけて約束したことにショックを受けたのか、悲しそうな顔をする。
ズキッ、と胸が痛む。
まただ…
岩沢に初めて会った時も、コイツのこの表情を見て胸が痛くなった。
なんでこんなにコイツの表情1つで感情が揺さぶられるんだろう。
「じゃあ、帰る?」
「え…」
困ったように笑顔を浮かべる岩沢。
その顔は今にも崩れそうで無理してるのがバレバレだ。
またも胸に痛みが走る。
…良いじゃないか。覚えてないんだから帰ってしまえば。
そんな状態での約束なんて無効だろ…罪悪感を感じる必要なんてないはずだ…
「…良いよ。話そうぜ」
そう思っているはずなのに、気づけば俺はそう言っていた。
「え…?」
まさか俺がOKするとは思っていなかったのだろう。俺だって思ってなかったんだから。
虚を衝かれた岩沢が聞き返してくる。
「嫌なら帰るけど」
「いや!嫌じゃない!嫌なわけない!」
「…あっそ。つか近いから…」
ずいっと身体を乗り出してきた拍子に、岩沢の髪からふっと良い匂いが漂ってくる。
甘くて、でも爽やかな香り。
なんだか変な気分になってしまいそうで、岩沢から顔を背ける。
「あ、ごめん」
言われて我に帰ったようでパッと離れる。
それと同時に匂いもなくなり、安堵する。
「で、話って何を話すんだよ?」
「え?別に考えてないけど」
「はぁ?なんでそんなので話す約束取り付けてんだよお前は?」
「朝にも言ったけどさ、柴崎が好きだからたくさん話したいんだ」
そう言って笑う岩沢は、やっぱり綺麗で、不覚にも、本当に不覚にもちょっとだけドキッとした。
美人ってのはつくづく得だと思う。
「…今日は好きとか禁止」
「えぇ?!なんで?!」
なんでも何もない。このまま何回もドキッとさせられたら堪ったものじゃないからに決まってる。
もちろんそんなこと言うわけないが。
「嫌なら帰る」
「あー!ちょっと待って!分かったから!今日は我慢するから!」
帰ろうとするふりをすると、ギターを机に置いて俺の服を掴んでくる。
あまりにも必死な様子だったから、分かった分かった帰らないから。と言うと安心して胸を撫で下ろしていた。
「でもお前良いのか?ひさ子とバンド組んでるんだろ?」
「よく知ってるね」
「ひさ子が勝手に聞かせてきたんだよ」
「そりゃ目に浮かぶな」
クスクスと本当に愉快そうに笑う。
「心配しなくても大丈夫だよ。ひさ子も今日は了解してくれてるし」
「でもお前昨日も俺を追いかけてきてたろ?」
「あー、あのあとは怒られたな。一緒にメンバーの勧誘しようって言ってたのにどこ言ってんだーって」
「そりゃそうなるだろ」
大事な勧誘放って何をしてんだコイツは…
「はは、だって柴崎と帰りたかったし」
「だから帰っちゃダメなんじゃねえのかよ?」
「いやでもさ、そんなに焦ることでもないんだよ。協力してくれるやつもいるし」
「ふーん」
まあコイツ見た目は抜群に良いから、男女問わず力を貸してくれるやつはいるだろうな。
それに好きだとかの話が絡まなきゃ結構普通だ。
むしろ大人しめなくらい。
なんていうか、こっちの方がクールビューティーな見た目に合っていてしっくりくる。
こっちの方が素なんじゃないかと疑いたくなる。
まあ、好きって言うのを封印させないとこうならない時点で素ではないんだろうけど。
「お前さ、なんで俺のこと好きなの?」
そんなことを考えていたからか、そんな言葉がつい口をついて出てしまった。
「今日は好きとか禁止じゃなかったか?」
「この話だけは良いんだよ」
「まあ柴崎が良いって言うなら良いけど…でも話せるような理由はないよ?」
「ないって、そんなわけないだろ?」
「なんで?」
俺の台詞が本当に疑問だという風に小首を傾げる。
なんでって…
「理由なしに人のこと好きになんかなるのかよ?」
「なるよ」
やけに自信が感じられる返事。
「なる」
そして目を瞑り、もう一度繰り返した。
「なんで断言出来る?」
「じゃあ逆に柴崎は人を好きになるときに一々理由をつけるのか?」
「んなこと訊かれても、俺は恋愛経験が無いから分かんねえよ」
強いていうなら夢の中に出てくる彼女への気持ちくらいなのだろうけど、理由なんてあるのかないのか分からないし、そもそもここでそんな話しても引かれるだけだろう。
「じゃあ友達でも良いよ」
「それは…」
俺は友達が多い方じゃない。
けど、居ないわけでもない。
悠や遊佐がいる。
あの二人とは、家が近いこともあって昔からずっと一緒に居た。
そうしていく内に自然と仲良くなっていった。
それこそ理由なんて考える必要がないように。
「確かに…そうかも」
俺がそう答えると、我が意を得たりというように、だろ?と快活に笑う。
「それと同じ。柴崎のことが好きなのも理由なんてない。一目見てこう…ビビッと来たんだ」
「それで告白とか…」
「思い立ったが吉日って言うだろ?」
それはもう脊髄反射の域なんじゃないだろうか。
「で、吉日だったか?」
「なんて言ったら良いんだろう…一寸先は闇?」
「闇って…」
俺が思っていたよりも落ち込んでいたのだろうか。
告白後も何度も好き好きと言い寄ってきていたから全く気にしていないのかと思っていた。
「あ、いやいや気にしないでいいからな。あたしは振り向いてくれるまで諦めるつもりないし」
気を使ったのか、手をブンブンと横に振って明るく笑う岩沢。
「はは、そっか。まあそんな日が来るか保証はないけどな」
「…………………」
「な、なんだ?」
つられて笑いながら軽口を叩くと、岩沢が急に黙りこんでしまった。
やば、もしかして言い過ぎだったのか?
「…わらった…」
「は?」
「笑った…柴崎笑った!?」
「いや、それがなんだよ?」
よく分からないことで驚く岩沢に戸惑ってしまう。
「あたしと話して初めて笑ってくれた…」
「ちょっ!?お前?!」
驚いたかと思えば次は泣き出してしまう。
「久しぶりに…見れた…」
その台詞は、恐らく無意識にポロっと出てしまったものだと思う。
喜びを噛み締めて、気が緩んでつい漏らしてしまった言葉なのだろう。
しかし俺はそれに違和感を覚える。
「久しぶり…?」
「っ…?!」
俺が言葉を反芻すると、ハッとして口を押さえる岩沢。
「…お前さっき初めてって言ったばかりじゃなかったか?」
「それは…」
言葉を詰まらし、目がキョロキョロと泳ぐ。
「なのに久しぶりってどういうことだ?」
「あたしと話してない時に見たことがあったから…」
「そんなのならいつだって見られるだろ。それに、お前と話しててって話だったんじゃないのか?」
「それは…だから…」
岩沢が目に見えて狼狽している。
この様子を端から見たら不良が美少女を脅しているようにしか見えないだろう。
正直、なんで自分でもこんなに問い詰めてるのかよく分からない。
もっと他に訊き方もあるだろうに。
けど、そんな意思とは裏腹に語気はドンドン強くなっていく。
「よく考えればお前は最初に会ったときから俺の名前知ってたよな?なあ、なんでだよ?どっかで会ったことあんのか?俺がお前を忘れてるだけなのか?」
質問をしているのに答える暇すら与えないほど矢継ぎ早に問い重ねる。
なんで俺はこんなに苛立ってるんだ?
「え、あ…」
ほら見ろ。怯えてんじゃねえかよ。もっと優しく訊いてやれよ。そんな1度に何個も訊かれちゃ答えられないだろ。
そう思うのに、出来ない。
頭の隅にチリチリと何かが疼く。
欠けたパズルのピースを求めるようにその疼きが肥大化していく。
その度に苛立ちも増していく。
「なんなんだよ?!」
ついにはドンッと机を叩く始末だ。
「柴、崎…」
「…………」
完全にやりすぎだ。
岩沢の目から流れる涙の性質が喜びから恐怖に変わってしまっている。
またズキッと胸が痛んだ。
その痛みで頭の疼きが治まる。
それに次いで、ようやく苛立ちが収まり、冷静になる。
何をやってるんだ俺は…
「ごめん…柴崎…」
涙を流す岩沢の顔を見る。
涙でくしゃくしゃになり、整った顔立ちが台無しになっている。
違う…そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ…
じゃあ俺は一体コイツにどんな顔をさせたかったんだろう。
「岩沢…」
「ごめん、今日は帰る…」
「あ、ちょっ…」
ギターを担いで立ち去ろうとする岩沢に手を伸ばしかけて、その手を止める。
引き止めてどうするんだ?そんなことしてまたさっきみたいになったらどうする?
そうじゃなくても、あんなに怯えさせた相手になんて声をかければ良いのか俺には分かるはずもないのに。
「また、明日…」
扉の前で足を止め、そう言い残して足早に去っていく。
明日…会うことになるんだよな。
俺はどんな顔をすれば良いんだろう。
「あなた、柴崎 蒼くんね?」
岩沢が帰り、俺ももう帰ろうと思い教室を出ると、扉のすぐ横にいた女子生徒に声をかけられる。
「お前…」
「あたしは仲村 ゆり…って、流石に知ってるわよね。同じクラスだし」
「ああ…そりゃあな…」
同じクラスじゃなくたって知ってるに決まってる。
悪名高い理事長のご令嬢様なんだから。
「で、なんの用だ?悪いけど今は虫の居どころが悪いんだが」
さっきの出来事がまだ尾を引いていて、理事長の娘だとかを気にする余裕もなく睨み付ける。
目付きの悪さには定評がある俺だ。大抵のやつはそれだけでビビって逃げる。
だが、コイツは、仲村 ゆりは違った。
まるでそうこなくちゃと言わんばかりに挑戦的な笑みを浮かべている。
「あなた面白いわ」
「あ?」
「気に入った…あなた、あたしの部に入りなさい」
「お前の部だと?」
「ええ、あたしの部に入部するの。この、青春を数倍楽しむために集う生徒のクラブ。通称SSS部にね!」
仲村は高らかと奇妙で長ったらしいクラブ名を宣言した。
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