「昨日は大変だったね、蒼」
登校して早々に嫌なことを思い出させてきやがる。
まあ忘れてたわけじゃないしいいんだけどよ。
「ああ、あんなに逃げ回ったのは去年岩沢に追いかけ回された時以来だ」
ま、あれよりは振りきるのが楽だったな。
「でもまあ、こうなることも承知で本気を出したんでしょ?」
……なんでコイツこんな嬉しそうなんだ?
おおかた、俺が昔のこと気にしまくってたのにイライラしてた、ってとこか?
「柴崎さん、自分の眼のことでうじうじうじうじしてましたしね」
「そうそう」
「そこまでうじうじしてねえよ」
して……ないと思う。
多分、うじうじうじ、くらいしかしてないはず。
「言っていることが小学生並みですね」
「口に出してはないんだけどな」
本当どこで覚えてくんだよ、こんな術…
「義務教育です」
「なら、俺も教えてもらいたかったとこだな」
そうすりゃ、色々な靄が晴れるってのに……
「あ、蒼。岩沢さんが来たよ」
「あーそうかい」
正直昨日の今日で、しつこく誰かに構われんのは勘弁願いたいぜ。
そう思いながら岩沢の動きを眺めていると。
「……………来ねえな」
教室に入ってきて、さっさと自分の席に座ったかと思うと、退屈そうに頬杖をついて動く気配がない。
いつもなら絶対声かけに来んのに…
「あれ?もしかして蒼、寂しいの?」
「はぁ?!なんでそうなんだよ!んなわけあるか!ただちょっと調子狂うなって思っただけだ!」
「ふーん、へぇー、そうー」
まるっきり信用してないって風な返事をよこす。
くっそ…どうせそのうち絡んでくるに決まってる…
意地でもこっちから話しかけねぇからな!
「話しかけてこなかったね。1回も」
お…おかしい…
話しかけてこなかっただけでもおかしいのに、アイツ、俺の方をちっとも見てこなかった…
いつもは、馬鹿みたいにちらちらこっちに目線を送ってきてたのに…
「アイツ…もしかしてどっか悪いのか…?」
「は?いやいや、どう見ても元気でしょ。ひさ子さんと普通に話してるし」
「いや…でも…」
「流石に愛想尽かされたんでしょ。蒼のことを好きでも意味がないって気づいたのさ」
愛想を尽かす…?
アイツが…
……俺に?
「信じられないって顔してるね」
そう言ってやれやれ、と首を竦める。
「なら本人に訊いてみなよ。ほら、今出ていったところだからすぐに追えば捕まえられるよ」
「……ちっ」
これは、信じられないからとか、寂しいからとかそんなんじゃ決してない。
ただ、いきなり避けるみたいなことしてこられて気分が悪いから確かめるだけだ。
そう心の中で言いながら教室を出た。
悠の言う通り、教室を出てすぐに岩沢とひさ子の姿を捉えるこたができた。
走って追いかけ、その背中に声をかける。
「おい!」
苛立ちからか、声が怒声に近くなる。
「…何?」
何気ない普通の返し……のはずなのに、その声音はいつもより冷たく感じた。
「お前…どっか悪いのか…?」
「いや、見ての通り健康だけど?」
これは既に悠に言われていて、分かってたはずだ。
それでも思わず口からついて出てしまうほどに、普段とかけ離れている。
「岩沢、あたし先に行っとくよ」
「え?なんで?あたしも一緒に行くよ」
「柴崎がなんか用事があんだろ?」
「そうなのか?なら早くしてくれ」
「ちょっと…岩沢」
岩沢の言動に、ひさ子も驚いたのか咎めようとする。
「お前…いつもやたらめったら俺に絡んでくるのに、どうしたんだ…?」
「…?どうしたも何も、アンタが嫌がってたんじゃないか」
あんた…?
今まで1度だってそんな呼び方したことなかったはずだ。
「やっぱ、なんかおかしいぞお前…」
「おかしいのはアンタだろ?いつも嫌がってたくせに、離れられたら惜しくなるのかい?」
挑発するような言い方にカチンとくる。
「はぁ?!」
「だってそうだろ。アンタ、自分で自分のしてることが分かってないのか?今のアンタは、逃がした魚を惜しんでいるだけにしか見えないね」
「………っ?!あーそうかよ!勝手に言っとけ!」
これ以上話したって無駄だと思い、踵を返す。
なんだアイツ…!いきなりあんな態度取るなんて意味わかんねぇ…!
「それで逃げ帰ってきたと」
「逃げてねぇ。あんなやつに構ってる時間が勿体無いと思っただけだ」
遊佐の憎まれ口を受け流しながら帰り支度を進める。
「帰られるのですか?」
「ん?ああ、部活行ってもアイツと話さなきゃいけなくなるしな」
さっきの口論の後に顔なんて会わせたくない。
「もう、嫌いになられたのですか?岩沢のこと」
「嫌いになったのは向こうだろ。俺はなんとも思ってない」
「はぁ…子供のようですね」
「子供で悪かったな」
「正直に言えばいいじゃないですか。ショックだったんでしょう?」
「………………」
言い返せないことを肯定と受け取ったようで、またため息を吐く。
「柴崎さんが現在岩沢さんのことをどういう風に見ているのかは分かりません。ですが、人として嫌いではなかった。いえ、むしろ好きだったということはわかります」
幼馴染みですから、と最後に取ってつけたように言い足す。
そして、それは実際当たっていた。
「…そうだよ。俺はさ、アイツと恋人になる…とか、今は考えられなかったけどさ、それでも結構…良い友達にはなったと思ってたんだよ」
お互いに、色んなことを話し合ったと思う。
多分、他の誰かに言ったことのないようなことも、そこにはあったと思うんだ。
「なのにアイツ…いきなり関わろうともしなくなって、あげく逃した魚を惜しんでいるみたいとか…ふざけんな」
本当にそんな風に思うくらいなら、初めに告白されたときに付き合ってんだよ、こちとら。
ただ俺は…友達を一人失うのが怖かっただけなのに…
「それを言えば良かったじゃないですか」
「いや、アイツが俺のことをそういう風に思ってた、てのが…なんか耐えられなかった」
今まで散々優しいとか、信じてるとか言ってたくせに、それも嘘だったってことだろ?
「まるで潔癖性…ですね。」
「はぁ?」
「人間関係は一筋縄じゃいかないです。双方のその時その時の気持ち、気分というものがありますから」
「んなこと分かってるよ」
ていうか、それが今何か関係あんのか?
「あります。今日の岩沢さんは明らかにいつもとは異なっています。それは、何か気分の優れない状態にあったからなのでは?」
「…かもしれないな」
「そんな状態であんな喧嘩腰に来られれば、カチンときてもおかしくないのではないですか?」
「いやいや、待てよ。そもそもアイツが無視してきたから…」
「それは無視するほど元々気分が優れなかったのかもしれません。そこに元からちょっとした不満があれば、思ってもいないことを口にしてしまうこともあります」
そんなこと言い出したら、なんとでも言えるじゃねえか…
「そうですよ?人の気持ちなんてそんなものです。気分が最悪の時は誰であろうと不快に感じることもあるんですよ」
「そりゃ…分かるけどよ。それでもあの態度と言い方は…」
「なら、もう関わるのをやめますか?」
「―――――っ」
それは…
言葉に詰まっていると、遊佐はまたため息を吐いた。
「嫌なんでしょう?なら、何度でも話しかけるしかないじゃないですか」
「…だとしても、もう遅いだろ。今さらどんな顔して会えばいいんだよ」
「別に、部活に出て何ともないように話せばいいのでは?」
「それが出来りゃ苦労しねぇよ…」
「やるしかないのでは?少なくとも、岩沢さんは何度嫌がられても来てくれたでしょう?」
「…………………」
……確かにそうだ。
アイツは何回俺が無下にしたって諦めずに話しかけてきてくれた。
それがなけりゃ、こんな風に失いたくないと思う友達が一人減っていただろう。
いや、今俺がSSS部にいることだって、アイツがきっかけだ。
それを考えると、俺はアイツにどれだけのものを貰っていることか…
「今度は俺の番、か」
「…そうですね」
「ありがとな、遊佐。やっぱお前がいないと駄目だわ」
「……………そ、そうですね」
なんでどもったんだ?
「すみません。動揺しました。分かってはいたんですけど」
「よくわかんねぇけど、部室行くか。ん?てか悠は?」
「千里さんは『蒼がうじうじうじうじうじうじしてるの見るのめんどくさいから』と言って帰られました」
アイツ本当自由だな…ていうかうじの数多すぎだろ。
とりあえず明日アイツぶん殴る。
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