「………あのよぉ、なんかあったのか?」
「はぁ…?」
身の程を知らない凡愚に話しかけられ、思わず睨んでしまう。
「僕は今機嫌が悪いんだ。とてもじゃないが貴様のようなトイレットペーパーの芯以下のクズと話す気にはなれん。よって、黙れ」
「はぁぁぁぁ?!んだよぉ!?お前がずっと貧乏揺すりしてるから声かけてやったのに!」
貧乏揺すりだと……?この僕が…?
「気のせいだ。囀ずるな。耳障りだ」
「ちぇー、もう後で泣きついてきても知らねーかんなー」
やっとうるさいのが消えたか…
しかし…この僕が無意識に貧乏揺すりなどしてしまうなんて…
確かに、今の僕は苛立っている。
さらに、ただ苛立っているだけでなく…なんというか、心がざわついて仕方がないのだ。
何が原因なのかは分かっている。
昨日見たあの光景のせいだ。
昨日、部活を終えて帰宅しようとした時だ。
『君、もしかして文人の友達かい?!』
自分の耳を疑った。
この場所で聞こえるはずのない声が聞こえたから。
しかし、あの声を聞き間違えるわけなどない。
誰よりも愛し、誰よりも憎んだ声なのだから。
慌てて声のした方へと向かった。
声の主を発見するのはすぐだった。
校門の近くで金髪の阿呆の肩を掴んでいた。
ほんの少しの距離走っただけのはずなのに激しく息が乱れる。
何を……?
しばらく見ていると、何かを話した後、二人でどこかへ去っていった。
「くそっ…」
僕は何を気にしてるんだ?
兄さんが何をしに来たのかなんて、大体分かっている。
でも…兄さんを見たアイツは…なんて思うんだろうか…
僕とは違って優しく、優秀な兄さんを見れば僕のことなんて……
今まではそうやってすぐに諦められたのに…なんで…
「なんで僕は…諦められない…?」
諦められないだけならまだ良い。
僕は諦められない癖に、足掻くことも出来ない臆病者だ。
朝からアイツに昨日のことを訊こうとしても、足がすくんで動けなかった。
そして、話しかけてきても昨日のことを話そうとしないアイツを見て、さらに臆病風を吹かしてしまうような…弱虫だ。
ガチャっ!
思い悩んでいると、部室の扉が乱暴に開けられる。
扉を開けた人物は柴崎さんだった。
何やらバタバタと騒がしく帰り支度をすまし始め、急いで出ていこうとする。
周りを見渡せば、ほとんど全員が既に部室をあとにしていた。
今なら…誰にも悟られずに相談できる。
そう思い、急いで呼び止める。
「―――っ、柴崎さーん!」
「すまん!今日は急いでるからまた今度な!」
しかし、あえなく一蹴されてしまう。
また…今度…か。
そうだ…今さら足掻いたって結果は変わらないんだから…慌てたって意味はない。
どうせ僕のことなんて…もう…
「直井くん!」
「――――――っ」
俯きかけた顔が弾けるように飛び上がった。
だって、この声は…
「も~、校門で待ってるのに中々来ないんだもん!こっちから来ちゃったよ!」
理不尽な理由で怒られているが、そんなのは些細なことだ。
「お前…なんで…?」
「なんでって、何が?」
「僕より…兄さんを選んだんじゃ…」
「あれ…?もしかして、昨日…」
ここで嘘をついてもしょうがないので、頷く。
すると、
「ならもう隠さないでいいね」
「……………っ」
ぐっ、と歯を食い縛る。
きっと、もう僕に興味もなにもないだろう。
そんな通告を受ける準備を整える。
「健人くんが校門まで来てるから一緒に来てくれないかな!」
しかし、かけられた言葉は想定していたものとは違った。
一瞬頭が回らなくなり、呆けてしまう。
健人くん…?兄さん……だよな。
兄さんが校門に……
「はぁっ?!なんだそれは?!どういうことだ?!」
言葉の意味は理解出来たが、全く内容の意味が分からなかった。
「昨日健人くんと会って、話を聞きたいって言うからちょっと話したんだ。それでその……」
珍しく歯切れの悪い様子に、今度こそ兄さんに好意があるのかと身構える。
「直井くんと健人くんに仲直りしてもらいたいんだ!」
しかしまたしても想定の範囲外の言葉が飛んでくる。
いや、普通ならそっちをまず考えるべきだろう。
なのにまるで思い至れなかった自分がなんだか恥ずかしく思えてくる。
「なんで…お前がそんなことを?」
とにかく頭は冷えた。
まずは話を聞こう。
「……んー…なんでかと訊かれると………直井くんに笑ってほしいから…かなぁ?」
…なぜ疑問系なんだ?
「いやー…でもなぁ…なんだろう?」
「僕が知るわけないだろう」
「あたしにも分かんないよ!」
「なぜお前がキレてるんだ?!」
「だって理由なんてないし!こうするのが直井くんにとって一番良いと思ったら、やるしかないじゃん!」
その言葉を受けて、胸の音がドクンと大きく響いた。
「なんだ…それ…」
なんでお前は……僕のためにそんな……
「な、直井…くん?」
戸惑うような声が上から降ってくる。
当然だ。
涙が…止まらないんだ。
でも、見られたくなくて、しゃがみこんでいる。
必然的に頭の位置は逆転してしまうだろう。
「大丈夫?!どうしたの?ぽんぽん痛いの?!」
「うるさい…阿呆め…」
なんであんなに諦められなかったのか、やっと分かった。
僕は…こいつを失いたくなかったんだ。
そんな、簡単な理由だったんだ。
「…おい」
「な、なに?」
「仲直り…してやる。兄さんのところに連れていけ」
「……文人」
校門へ辿り着くと、そこには本当に兄さんがいた。
「兄さん…」
こうして目を合わすのはいつ以来だろう。
同じ家に住んでいるはずなのに、そんなことすら僕は拒んでいたんだ。
あんなに…慕っていたのに。
「なんだか、変な感じがするな」
「…うん」
「……もぉ~!ぎこちない!二人とも兄弟なんでしょ?!双子なんでしょ?!以心伝心せんかい!」
「出来るか!」
「出来ないよ!」
意味のわからんクレームにツッコむと、偶然ハモってしまった。
いや…
「へへー、出来てるじゃん」
こいつの思うがまま…か。
「兄さん…今まで、ごめん」
「文人……やめてくれ。僕が全部悪いんじゃないか…!謝るのは僕の方だよ…ごめん…ごめん…!」
僕が謝ると、兄さんはその倍謝った。
目に涙を浮かべて、すがり付くように、何度も抱き締められた。
ああ……
こんなに…こんなに簡単なことだったんだ…
1度謝れば…雪解けなんて一瞬だったんだ。
一段落ついて、僕は1つ思い浮かんだことがあった。
「兄さん、1ついい?」
「なんだ?なんでも言ってくれ」
「こいつには、手を出さないで」
「…………へ?」
阿呆の方を指差すと、間の抜けた声がする。
「もし手を出したら、もう2度と口利かない」
「……ふふ、いいよ。絶対に関根さんには手を出さない」
「ありがとう、兄さん」
「あ、あのぉ~…直井くん…?」
状況が飲み込めていないのか、理解しているが信じられないのか分からないが、顔を紅くして僕の名を呼ぶ。
名前を呼ぶ……か。
「えっと、その…手を出すな~っていうのは…いや!分かってるよ?!自意識過剰なのは重々承知なんだけどね!!もしかしてその……」
それも…悪くはない。
「えっと…ね…」
言葉に詰まる姿を見つめる。
特に見つめる意味はないのだが、僕だって緊張するんだ。少しくらい間を置かないと、噛んでしまいそうだからな。
1度、ゆっくりと息を吐く。
「せ…「じゃ、じゃあね!」
「あ、こら貴様…!?」
物凄い速さで遠ざかる背中を見つめながら、先程出かけた言葉を思い出す。
「関根…」
くそ…折角名前を呼んでやろうと思ったのに…
「あの阿呆め…」
「文人~」
独りごちていると、兄さんがにやにやしながら声をかけてくる。
「隅におけないなぁ、全く」
「冷やかさないでよ…」
「ふふ、冗談だよ。応援してるから、頑張れ」
「……うん。兄さん」
いつか、こんな風にまた笑いかけてくれる日を、心のどこかで待っていたんだ。
それをくれたアイツを、僕は…離したくない。
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