柴崎の提案を受けて皆と別れた後、俺たちはあのグラウンドに来ていた。
「なんか、別にそんなに日にちが経ったわけでもないのに懐かしいですね」
ユイは、はにかみながらそう言う。
「確かにな。ま、あの後はかなり濃厚な出来事ばっかだったしなぁ」
「しかしまさか…恋人になったと思ったら数日で別れることになるとは思いませんでしたね~」
またしてもはにかむ。
なんともないみたいに。
「なあ」
「はい?」
「お前今泣きそうだろ?」
「……そうですね」
「…じゃあなんで笑ってんだよ?」
「……分かりません…」
ぽろっ、と涙が一粒。
「でも、笑わないと…短い間だったけど…幸せだったから…」
もう涙は止まらなくて、嗚咽混じりに話し出す。
「じゃあ、辛いけど無理して笑ってんのか?」
「そうじゃないんです!そうじゃ…辛いですけど…でも…ちがくて…」
「分かってる…悪い。ちょっと意地悪しちまったな」
コイツが泣きそうなのに笑う理由なんて分かりきってる。
「楽しかったもんな。此処」
そう。
楽しかったんだ。
初めは戸惑った。意味わかんねえし、ゆりっぺは強引だし無茶苦茶だしでさ。
でも、それにも慣れてきて、仲間が増えていった頃から…
「うん……楽しかった」
まるで俺の気持ちを代弁するみたいに、今度はユイがそう口にした。
「…だよな。だから、最期は笑って終わりたかった…ってとこだろ?」
分かるよ、俺だってそうだ。
毎日が放課後みたいで…ダチとくっちゃべって、やんちゃして…
「毎日…楽しかったからな。特にここ最近はよ」
それまでがつまらなかったんじゃない。
ここ最近は、それ以上に楽しかっただけなんだ。
「あたしがいたから…ですか?」
ちょっとからかうみたいにユイが訊いてくる。
いつもなら否定して軽口でも言うんだろうけどなぁ…
「…おう、そうだ。ユイがいたから、ユイを好きになったから…余計に楽しくなった」
「―――っ?!」
案の定面食らった表情になるユイ。
「もう!なんで今になってそんな………そんなこと言うんですかぁ…」
そして、今までよりも更に涙を浮かべ始める。
「今になって…つっても俺一応プロポーズまでしてんだけどなぁ…」
「そ、それはノーカンです!」
ズルすぎだろ…
「もっと…もっと早く言ってくれれば良かったじゃないですか!そしたら…もっと楽しかったのに…」
そう言いたい気持ちは痛いくらい分かる。
でも、それは無理だ。
「多分、あのタイミングしかなかったと思うんだよ」
「何がですか?」
「プロポーズ…じゃなくても、告白でもいいんだけどよ」
「何でですか?早ければ早いほど良いじゃないですか」
「…いや、多分あの時じゃなきゃ俺かお前のどっちかは消えちまってたと思うんだ」
「な…なんで…?」
「元々お前にプロポーズしたときは、心残りを消して此処から卒業…って話だったろ?」
「でも…あたしは残ってます!」
そう、ユイは消えなかった。
その時天使…いや、奏ちゃんが言った。
『これ以上を望んだんじゃないかしら?』
思えばその時からずっと考えてたかもしれない。
なんでユイは…これ以上ってのを望んだのかを。
「それは柴崎たちが付き合って楽しそうにしてんのを、嫌ってほど見てたから…じゃねえか?」
「そ、それは…」
どうやら図星らしい。
「皆が楽しそうなのを見て、羨ましくなったんだろ?そしたら自分でも気づかないうちに欲しいもんがドンドン増えていった…違うか?」
ま、答えなくても顔に書いてあんだけどよ。
「だから、あの時しかなかった。周りの皆が付き合いだして、自分もこうなりたいって思ったあの時しかな」
今になって分かる。
あの時を逃したら今こうやって最後に話すことも出来なかったんだって。
そう思うと、後悔は消えた。
「俺たちはすげえ奇跡みたいな偶然のおかげでこうやって話せてんだぜ?すごくね?」
「そう言われると…すごいかもしれないですね」
「だろ?だからさ……絶対向こうでも、逢えっから」
…やっと言えた。
本当はずっとこれを言いたかったんだ。
「本当…ですか?」
「あったりめえだろ?こちとら、とっくに奇跡乗り越えてきてんだっつーの。向こうでも逢うくらい余裕だ」
ユイの心残りは、もう叶えてやれない。
なら、心残りを向こうで叶えるしかねえだろ。
「つーか、プロポーズの時も言ったろ?お前がどんなでも、絶対結婚してやるってよ。そのためには出逢わなきゃだろ」
「そう…ですよね。そうでした…先輩、ずっと言ってた…」
今、感じた。
ユイの心残りが溶けていくのが。
そして、それを機に…俺の心残りも消えていく。
「でも先輩…知ってますか?奇跡って2度起こらないから奇跡って言うらしいですよ?」
そんな、いつもみたいな軽口を不意にユイが言い始める。
「だったら、1回奇跡を起こした俺たちがもう1回出逢うのは必然ってやつなんじゃねえか?」
「ああ言えばこう言う…ですね」
呆れた風に笑う。
つられて、俺も笑う。
幸せだな…って思う。
でも、急に1つ心残りがあったことを思い出した。
きっと、これが終われば…
「ユイ、俺お前に好きって言われてねえぞ」
「…え?」
「ずるくね?こっちはプロポーズまでしてんだぜ?」
「い、いやでも今さら……」
「……頼む」
恥ずかしがって中々言おうとしないユイに念押しすると、ようやく観念して、1度息を吐く。
「…好きです、先輩」
「……おう。俺も好きだぜ」
その言葉だけで、幸せ過ぎて消えそうなくらいに。
「次は…お前と一緒に…楽しい人生ってやつを送りてぇな…」
「あたしもですよ…先輩」
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