蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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最後の記憶(関根 直井)

僕らは以前関根に渡したチューリップがあった場所を訪れていた。

 

ここは誰が管理してるのかも分からない花壇が置いてあり、この間摘んだはずのピンクのチューリップが既にまた生えていた。

 

そこで二人、芝生の上に並んで座っている。

 

「えへへー」

 

関根はやけに上機嫌で、僕の肩に頭を乗せながらそんな間の抜けた笑い声を上げている。

 

「なんだその気色の悪い笑い方は?」

 

「ひっど!」

 

「酷くない。変な笑い方をしたお前が悪い」

 

対する僕はというと、その笑い方を不愉快と思う程度には機嫌が悪い。

 

機嫌が悪い…という言い方は少し適切ではないか。

 

感傷的になりすぎている…のかもしれない。

 

「やっぱ酷い!あたしはねぇ、直井くんと最後に居られることが嬉しくてこんな笑い方をしてるんだよ!?」

 

「なっ?!し、知るかそんなこと!分かるわけがないだろ馬鹿馬鹿しい!!」

 

「んー?んんん~??直井くん直井くん、顔があっか~くなってますよぉ?」

 

「そんなわけあるか!?」

 

と言いつつ、自覚はあるのでそっぽを向いて隠す。

 

「むふ、顔まで背けるとは初やつよの~」

 

「後で覚えておけよ…!」

 

つい口をついて出たその言葉に、関根は寂しそうな笑みを浮かべ、首を横に振った。

 

「…後なんてないよ?」

 

「…………っ」

 

「今日で最後。だから、言いたいことは言っておくね」

 

そう言って、深く息を吸い込んだ。

 

「好きだよ!直井くん!友達じゃなくて、男の子として好き!こんな遅くなっちゃったけど…もう最後だけど…離れたくないくらい…大好きだよ!!」

 

一息にそう言いきり、満足そうにまた、えへへと笑う。

 

「関根……」

 

対して僕は、何も言えない。

 

名前を呼ぶだけで、後に続かない。

 

そんな僕を見て、関根は優しく微笑む。

 

「直井くんは?直井くんは、あたしのことどう思ってる?好き?嫌い?普通?どーでもいい?」

 

まるで子供をあやすような口調に酷く苛立つ。

 

「……どうでも良くはない」

 

「なら普通?」

 

「……普通でもない!」

 

「なら好き?嫌い?」

 

「答えたくない!!」

 

こんな、こんな茶番みたいな質問になんて!

 

「うわー子供ー」

 

「なんだと?!」

 

「ていうか男らしくないねぇ~恥ずかしいからって答えないなんてぇ~」

 

「違う!僕が答えたら…もう…」

 

終わってしまう……

 

やっと、やっと自分のこの気持ちに折り合いがついたというのに……

 

「んー、じゃあわかった!こうしよう!」

 

「なん……っ?!」

 

突如として、唇が塞がれる。

 

妙に柔らかい感触と、人肌の生暖かさが唇から伝わってくる。

 

「えへへへ、好きだよ直井くん。直井くんは?」

 

女子にここまでされて、男の僕がはぐらかすわけにはいかなかった。

 

「……好きだ。こんな風に想ったことは今までなかった…消えたくないんだ!!」

 

「えへへ、あたしも」

 

「なら━━━━「でも、ダメ」

 

「なんでだ?!」

 

僕もお前も、同じ気持ちなのに…!

 

「みーんなもう、今日此処から卒業するんだよ?あたしたちだけ残っちゃダメ。それは、それだけはしちゃダメなの」

 

そんなこと…分かってる。

 

「岩沢さんもひさ子さんもみゆきちもユイも、みーんな好きな人と一緒に居たいのに、来世で逢えることを信じて、今は消えるの…」

 

分かってる……分かってる……!

 

「直井くん……もしかしてビビってんのぉ~?」

 

「……はぁ?!」

 

ここに来て挑発するような声音を出す。

 

怒りというより、驚きが先にやって来た。

 

「まあ確かにね~。直井くん初恋っぽいし、そりゃこのすーぱーぷりちーなしおりんと離れるのは嫌だよねぇ~。でも、やっぱ男らしいところ見たかったなぁ~」

 

しかしここまで言われてしまえば怒りも当然やってくる。

 

「言わせておけばお前は…!なにがすーぱーぷりちーだこの間抜けぇ!お前など良いとこ中の下だ!!」

 

「ひ、ひどーい!これでも生きてる頃はモテてたんだよ?!」

 

「な…?!お前、もしかして他の男と付き合ったことがあるのか…?」

 

「ふふーん、さてどうでしょ~?」

 

「………………」

 

関根が…他の男と…

 

その想像だけで頭が大きな槌で打たれたような衝撃が与えられた。

 

「ちょ、ちょっと直井くん?あれ?もしかしてガチ凹み?ないから、付き合ったことはないからね!?あたしも初恋は直井くんだからね!?」

 

「そ、そうか…って、ふ、ふん!だからなんだというのだ!」

 

「えぇ~…」

 

関根からの冷ややかな視線はひとまず置いておき、少し頭が冷えた。

 

「おい、男らしいところが見たいと言ったな?」

 

「う、うす!」

 

何故返事が男らしいんだ…?

 

「なら見せてやる…目を瞑れ」

 

「い、イエスサー!」

 

敬礼までつけだしたので、その腕は下げさせる。

 

「ん………っ」

 

そして、口づけをする。

 

「ふ、ふん!見たか!これが僕の本気だ!!」

 

「……あたしがさっきしたよ?」

 

「うるさい!」

 

「しかも顔真っ赤…」

 

「黙れ!」

 

「もう…ずるいなぁ。どんどん好きになっちゃうじゃん…離れたくなくなっちゃうじゃん…」

 

うっすらと涙を浮かべる姿を見て、僕は自分の過ちを再確認した。

 

コイツはきっと、今日のために確固たる決意をしてきたんだ。

 

どれだけ辛かろうと、寂しかろうと、離れるのだと。別れるのだと。

 

それを…その決意を、何故僕が揺るがそうとしてるんだ…!

 

「せき……しおり」

 

「……え…直井くん、今…」

 

「うるさい。しおり…お前も僕のことは文人と呼べ」

 

「は、はい…文人…くん」

 

誰かに下の名前を呼ばれること自体が酷く久しぶりのことで、それを呼ぶのがしおりだという事実が、また胸を高鳴らせる。

 

きっと、普通なら、これからこういうことが増えていくと、幸せに感じる瞬間…なのだろうな。

 

「しおり、僕はお前が好きだ」

 

「う、うん…さっき聞いたよ?」

 

「だから離れたくない」

 

「それもさっき…」

 

「けど、今決めた。僕はお前が好きだからこそ、来世でもう一度逢ってみせる」

 

僕のその宣言に、しおりは目を大きく見開く。

 

そして、すぐにまた笑って見せた。

 

「あは、どーしてそう思ったの?さっきまで離れたくない離れたくないーって言ってたのに」

 

「そこまでは言っていない…まぁ、しおりに言われて考えた。僕が格好良いと思う人なら、今この状況にいたとしたら何と言うか」

 

「そしたら来世で逢うって?」

 

「そうだ。必ずお前を見つけてやる。だから、約束する」

 

「なにを?」

 

「絶対にお前を見つけて、恋人になると」

 

関根の目を見据えて、宣言する。

 

「そういえばさ…あたしたちって今どういう関係なのかな?」

 

「?どういう…?」

 

突然の話題転換に頭がついてこない。

 

「来世で逢えば恋人になるんだよね?今は?まだあたし、何も言葉を貰ってないんだけどなぁ~」

 

む…そういえば確かに、好きだとは言ったが、形式ばった言葉は何も伝えていないな。

 

「僕と…付き合って欲しい」

 

「えへへ…うん!……ね、直井くん。大事…にしてくれる?」

 

これは…何を思い浮かべての言葉なのだろうか。

 

前世の、無下にされ続けた人生を思っての言葉なのだろうか。

 

だとすれば、僕に言える言葉は1つだろう。

 

「神に誓って」

 

「バカだなぁ…今まで自分が神だって言い張ってたくせに…」

 

「良いんだ…しおりを好きな僕は、ただの人間の僕だからな」

 

「嬉しいなぁ…ね、ぎゅってしてくれる?」

 

腕を広げて甘えてくる関根を、僕は何も言わずにそっと抱き寄せる。

 

「もっと強く…」

 

そう言われ、きつく抱き締める。

 

ああ…これがコイツの感触なのか。

 

そう思ってすぐに、その感触が失われていく。

 

「…痛くないか?」

 

しかし、さもそんなことに気づいてないかのような言葉をかける。

 

何故かは、分からない。

 

「うん。なんだか、幸せだなぁ…人ってこんなに暖かかったんだよね…生きてる頃には…もう思い出せなかったなぁ…」

 

「……ああ」

 

「ありがと…」

 

「…ああ、僕も礼を言う…ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

差し出された花はたった1輪。

 

ピンクのチューリップ。

 

花言葉は「愛の芽生え」。

 

そんなことはきっと直井くんは知らない。本当にただ謝罪の気持ちを込めて摘んできてくれただけだろう。

 

だけど…この花を受け取ったときに感じた胸の高鳴りは、きっとあたしの恋心が呼吸を始めた瞬間だったんだって、今なら分かるよ?

 

来世は…幸せになりたいね。

 

「ね、直井くん…」

 

 

 

 

 

 

 

 




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