クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 -可能性の解放者- 作:EXA
しかも、時間を掛けた割に、大してストーリーが進んでいないという不始末www
ありとあらゆる面で不足な部分があるでしょうが、それでも良いという方は下の本編へお進みください。
更新に関しては私のモチベーション次第ですので、かなり不定期なると思います。
《アルゼナル》
世俗から完全に隔離された世界で唯一の対ドラゴン用軍事施設。
ノーマ達の収容施設も兼ね、彼女達はこの場所で対ドラゴン用の『兵器』としてのみ生存を認められている。その存在を知り得るのはマナの世界においても一握りの権力者のみ。一般に人間達はノーマ達が連行された後にどのような処遇にあるのかさえ知らない。
否、知ろうとさえしていない。所詮ノーマとは人類にとっては廃棄物でしかない。
施設内の一室。一般の兵員に宛がわれている簡素なものとは違い、隅々まで清掃が行き届いた部屋の内装と高級感に溢れた家具。
そんな明らかに上位の者の為に用意されたと分かる室内で、二人の女性がつい先ほど飛び込んできた情報に眉を顰めていた。
「男のノーマ?………間違いはないですか監察官殿」
部屋の最奥の椅子に腰掛けるのは、アルゼナル特有の白い制服の上に、アルゼナルの長、総司令官の証である純白の外套を纏い、長く艶のある黒髪を束ねた美しくも凛々しい顔立ちの妙齢の女性―――ジル。もちろんここに居る以上、彼女もノーマだ。
目を通した報告書の束を机の上に放り投げると同時に彼女の右腕から本来であれば聞こえるはずのない音が響く。幾多の金属部品が構築する機械音。
彼女の右腕には美しい外見にはそぐわない無骨な鋼の義手が装着されている。
「えぇ、信じられない事だけど、検疫警官に直接確認したわ」
ジルに相対する『監察官』と呼ばれ、億劫そうに答えたのは、このアルゼナルにおいて唯一マナを扱う『人間』エマ・ブロンソン。
長い髪を纏め上げ軍帽を被り、ジルとは異なる軍服に身を包んだジルと同年代の女性。
彼女は人間側、マナ社会から監察官という役職の元ノーマ達の動向を監視する為に派遣された軍務官である。
エマは、ジルとは違い紙媒体の報告書ではなく、マナを用いて空間に浮かび上がるディスプレイに表示された情報に視線を走らせると、未だに何かの間違いであればいいと思っていた。
氏 名:不明
年 齢:20歳前後(ただし外見から推測)
出身地:不明
性 別:男
ほとんどの基本的情報が欠落していて、詳細は「何も分からない」に等しい。しかし、問題は情報の欠落ではない。
新たにノーマが発見された。
ただそれだけならば大した問題ではない。いや、ノーマが発生し続けているという事自体マナ社会においては無視できない問題なのだが、今回のケースはそれとは別問題だ。
ノーマの発生原因は未だに不明。しかも何故かノーマは女性にしか生まれない―――はずだった。
今回、新たに発見されたノーマが『男性』だったのだ。
この一文だけ見れば、たまたま別の性別のノーマが発生しただけの事だと思われるが、事はそう簡単ではない。これまでの事例から無条件にノーマは女性にしか発生しないと思われてきた。しかし、この初の『男性のノーマ』の発見によって状況を一変する事になる。『男性のノーマ』の存在が認められた瞬間、女性だけではなく全世界の男性もまたノーマである可能性を秘めている事になる。あるいは、今回のケースが初めての『男のノーマ』の発生であり、今後その数を増加させていくのか。それも大いに問題だ。世界から排除されるべき反社会的存在が減少するどころか、さらに増加する可能性を暗示されてしまったのだから。こんな事が世間に公表されれば民の間に混乱や疑心を招くのは必至。
ノーマの発見自体は喜ばしい事ではないが、せめてこれまで通り女性のノーマであったならどれだけ楽だったかと、エマは思わずにいられなかった。
「こちらの案件だけでも厄介だというのに………」
「はぁ、全くだわ………」
ジルはこれまた面倒そうに机の上に置かれた別の書類に視線を向けながら呟くと、エマが重苦しい溜め息を漏らしながら同意した。
もう一方の案件。こちらも新たなノーマの発見を記した報告書だ。
先の報告と違うのは、発見されたのがこれまでと同様に女性のノーマだという事。だが、それだけなら彼女達が頭を悩ます必要はない。問題なのは、発見されたノーマの年齢だ。
大抵のノーマは、出生まもなく赤子の状態で検疫警官によって検査され、その時点でノーマであるかどうかを見極められる。検査方法として、対象にマナの光によって構成された壁に触れさせ、それを破壊できるかどうかでノーマか否かを判断する。故にこのアルゼナルに送られてくるノーマの大半は、善悪の判断どころか、物心すらつかない幼子。
今回の報告書によれば、今回のノーマの年齢は16歳。つまり、このノーマは16年もの間、周囲に自分がノーマである事を悟らせず生きてきた事になる。常識的に考えれば、それは不可能に近い。マナ社会においてマナの行使は呼吸するのとほぼ同じくらい当たり前ように行われている。いかに振る舞おうとマナを使わずにいれば周囲が違和感を覚え、検疫警官に通報されてしまう。しかし、このノーマはそれが可能だった。
名はアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ。
ミスルギ皇国の第一皇女。いや、ノーマと認定された時点で既にその身分も剥奪されているので『元』皇女と言うべきだろう。報告によれば、専属の侍女が常にアンジュリーゼと行動を共にし、あらゆるマナの行使を代行していたらしい。
先も述べた通り、大半のノーマは幼子の頃にこのアルゼナルに移送され、そこで自分達は異次元からの侵略者『ドラゴン』と戦う為だけに生存を許された兵器であると、教育課程において刷り込まれる。外の世界を知らず、アルゼナルでの戦いの日々こそがノーマの全てだと、一切の疑念を抱かず自分の『立場』というものを受け入れるようになる。しかし、今回移送されてくるのは、外の世界を、マナの光の素晴らしさを知ってしまい、逆にドラゴンの事はおろか、殺し合うという事すら知らないだろう元皇女様。
「しかも、男の方が捕縛されたのも同じ日の同じ場所だとはな………」
ジルの言う通り、男のノーマが捕縛されたのもミスルギ皇国。しかも洗礼の儀が行われていた会場である《暁ノ御柱》。
報告によれば捕縛する際に抵抗を試みたアンジュリーゼに対して検疫警官が実銃にて射撃。結果アンジュリーゼを庇ったミスルギ皇国の皇后、ソフィア・斑鳩・ミスルギが死亡。そこで事態は収拾すると思われたが、皇后の死はアンジュリーゼが原因とし、感情的になった一部の近衛兵がその場でアンジュリーゼの射殺を目論んだが、どこかで状況を観察していたと思われる『男のノーマ』は、銃を構える兵達とアンジュリーゼの間に割り込むように現れ、所持していた銃器で瞬く間にアンジュリーゼに銃を向けていた兵達を皆殺しにした。その際に兵士がマナの光にて障壁を展開するも、彼が触れただけで呆気なく障壁を破壊してしまい、この時に男がノーマであるという疑念が生まれた。その後、彼は逃走の意図を見せず、兵士に包囲された状態で武装解除し、予想外にも素直に捕縛されたという事だ。
ノーマであると判明した後は、人として法の裁きを受ける資格すら失い、アンジュリーゼと共にこのアルゼナルへと移送される手筈となった。
「ここで頭を抱えていても仕方ないわ。そろそろ………」
「歓迎するとしましょう。新たな廃棄物達を」
ジルは外套を翻して席を立つ。エマも無言で続いて部屋を後にした。向かうのは、既にこちらに移送された二人の新たな
つい先日まで栄華を極め、自らの兄によって楽園から地獄に堕とされた元皇女
あらゆる面で正体不明の世界初の男のノーマ。
「まずは、どちらから?」
「男の方から行きましょう。『世界初の男のノーマ』、どんなモノか私も興味がある」
現在、新たにノーマと認定された二人は、アルゼナル内の独房にそれぞれ個別に収監されている。
自分がノーマであるという自覚をしていない、世間知らずの元皇女の方は、未だに現状が理解できず、慌てふためいているのは容易に想像がつく。そんな状態でこのアルゼルやノーマの存在理由について語ったところで受け入れるはずもない。なら、時間を置く意味も込めて先に正体不明の男のノーマの方へ向かう。
ジルはエマに答えたように純粋に『世界初の男のノーマ』という存在に好奇心を刺激されたというのもあるが、複数の兵士を一瞬で殺害するだけの戦闘能力を持ちながら、その後は全く抵抗する事なくあっさり捕縛されたのも気になっていた。
薄暗い檻の中、格子付きの窓から時折差し込む雷光以外に一切の光源のない。明らかに長年清掃などされていない事が容易に分かる程に不衛生で薄汚れて壁面と何らかの液体が染み込んだ跡のある床。さらに壁には鎖に繋がれた鉄球やら、首輪やら、手枷など見ていてとても愉快とは言い難い物がずらりと並べられている。
「ふぅ………」
そんな檻の中で首輪と手錠を一体化させたような拘束具を嵌められた男は、憮然とした表情で檻の中央に設置された木製のテーブルに腰掛けている。
この男こそ、件の『世界初の男のノーマ』である。
身長は約6フィート(約182cm)と高めの身長。殺人者とは思えない程、端正に整った顔立ちに獣の鬣のような黒髪と切れ長の赤い瞳。
《人間》を殺した《ノーマ》。そんな危険分子にいつまでも武器を持たせておくはずもなく、捕縛されてすぐに武器になり得る物は全て没収された。それだけならまだしも、それに留まらずズボン以外の衣服まで剥ぎ取られてしまい、現在の男の姿は、裸足で上半身は素肌を晒している。
多少目つきが鋭い事を除けば、一般男性とそう変わりはないように思える。しかし、男の姿を見れば誰もが一目で一般人ではないと分かるだろう。
裸体を晒している上半身は一切の無駄がなく、鍛え抜かれた腹筋と胸筋は呼吸するだけで、腕は指を動かすだけで何処の筋肉が連動しているのかが一目瞭然なほどだ。明らかに平穏な日常を生きる上では過剰とも言える鍛錬を自身に課した結果である。さらに鍛錬の最中か、あるいは何者かとの戦闘中に負ったのか、身体中に大小様々な傷跡がある。特に目を引くのは、胸部の中心にある裂傷の痕。刃物のような鋭利な凶器で刺されたであろう傷跡は正面の胸部だけでなく、背面側にも同様の傷跡ある。つまり刺された際、刃物は胸部だけに留まらず、男の肉体を貫通した事を意味している。明らかに致命傷と思える程の傷を負って如何にして生き延びたのか。この傷を見れば誰もがそう思うだろう。
これほど『平和』という言葉が似つかわしくない肉体もそうそうないだろう。この男がこれまでどのような人生を送ってきたのか、平穏しか知らない《人間》達には知る由もない。
(武器はともかく服まで持ってかれるとはなぁ………まさか捨ててねェだろうな。一張羅だぞあれ)
ノーマとして捕縛され、これからどんな仕打ちが待っているのか分からないはずの男は、まるで物怖じした様子がない。それどころか、捕縛時に没収された衣服に思いを馳せている。
「ようやくか………」
そう男が言葉を零し、テーブルから腰を浮かせた直後、この檻の唯一の出入り口である鋼鉄製の扉が外から開けられた。
「ほぉ、
「し、司令!不謹慎です」
扉から檻に入ってきたのは、アルゼナル総司令官のジルと監察官のエマ・ブロンソン。
ジルは不敵な笑みを浮かべて品定めでもするように男の姿を観察し、個人的な感想を述べると、ジルの後に続いていたエマが慌てて諌めるように声を張る。
「っほん!あなたが1203-78号ノーマ。この度、拘束された『男のノーマ』ね………私はエマ・ブロンソン監察官。あなたには今日からここ《アルゼナル》へ入隊、兵員として戦う事が義務付けられます」
「ほぉ、この争いのない理想郷のような世界で、一体何と
これからの自身の処遇について簡単に説明を受けると、男は小馬鹿にしたような口調で質問を投げかけると、一瞬、エマの言葉が切れるが、男の質問を無視して事務的に抑揚なく続ける。
「検疫警官からの調書では、ほとんど何も分かっていないので、こちらで改めて調書を―――」
質問を無視されたが、人間のノーマへの対応などそんなものだと早々に納得すると、既にエマの説明を聞く気が失せた男は、檻の奥の壁に背を預けて目を伏せているジルに目を向ける。こちらもエマの事務的な話を聞く気がなく、静かに終わるのを待っているようだ。すると、明らかに男が自分の話を聞いていない事に苛立ったのか、エマが声を張り上げた。
「1203-78号ノーマ!私の話を聞いているの?」
「………ん?あぁ、オレの事か。いや、正直ほとんど聞いてねェな」
「っな!?ノーマごときが………分を弁えなさい!」
男のあまりに舐め切った態度にエマは一瞬言葉を詰まらせるが、驚きは即座に憤りに変換され、腰に下げていたノーマへの調教用と思われる鞭を何の躊躇も、手加減もなく男の顔面に向かって振るった。
元々鞭と言うものは致命傷にならない範囲で苦痛を与える事が目的ではあるが、無防備に顔面に受ければ、恐らく皮膚が裂け、肉が破れて血が噴き出す―――はずだった。
「ひっ!」
あまりに予想とは違う目の前の光景にエマは思わず悲鳴のような声を上げてしまった。
あろうことか男は顔面に高速で迫る鞭の先端を口で咥えて受け止めたのだ。
いくら枷によって行動を制限されているとはいえ、回避や防御を試みようともしなかった。端からエマの振るう鞭など幼子が振るう拳程の脅威とも思っていなかったのだ。その証拠に男は鞭の先端を咥えたまま犬歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべている。
エマはその役職上、多くのノーマを見てきた。大半の者はまだ物心が付く前の幼子の頃にこのアルゼナルに移送され、自分達は人間よりも数段劣った存在であり、人間の世界を守る為に戦う以外に生存の権利を与えられない生物であると刷り込まれる。必然的にノーマ達は、多かれ少なかれ自身に対して劣等感を抱き卑屈になりがちだ。
それなのに目の前の男の顔は、世界から否定され、《人間》に使役される事を宿命付けられたノーマのものではない。それはまるで獲物を見つけた捕食者のものように見えた。
報復される。そう感じたエマの身体は竦み上がる。しかし、そんなエマの考えとは裏腹に男は、鞭を床に吐き捨て、何事もなかったかのように再び腰をテーブルに預ける。
「そこまでしなくても、話くらい聞いている。調書を作るんだろ?」
「え、えぇ」
「それで………何が聞きたいんだ?」
あまりに男の平然とした態度に戸惑いつつも、幸いな事に相手が自分に対して敵意を抱いていない事に安堵した。脳裏に突発的な蛮行に謝罪すべきという考えも過ったが、たかがノーマに人間である自分が謝罪などする必要はないと結論付け、冷静さを取り戻したエマは一呼吸分の間を置いてから、監察官として再び詰問を開始した。
「では、まずは氏名と年齢を―――」
「知らん」
「は?」
即答。
こちらに敵意を示していないから、てっきり素直に答えてくれるものと確信していた。しかし、結果はこの通りだ。
からかわれた。そう思ったエマの頭に再び血が上りかけるが、その前に男が両の掌を向けて制止する。
「待て待て。別に隠している訳じゃない。そもそもノーマとしてここに送られた時点でそんな事を隠す意味はないだろ?」
確かに―――。
男の言葉に納得するも、別の疑問が浮かび上がる。
なら何故あんな返答になったのか。
「ならば、『知らん』とはどういう意味だ?」
これまで壁に背を預けて一切エマと男の会話に口を挟まなかったジルの凛とした声が檻の中に響き渡る。
「どうもこうもない。そのままの意味だ。オレは自分の名前なんて知らん」
「記憶喪失………ではなさそうだな」
「少なくとも育ての親から『名前』なんてモンで呼ばれた覚えがねぇな。年齢に関してもそうだ。生まれた日付も知らんから、正確な年齢も分からん。分からんモンは答えようがない………っと検疫官にも言ったんだが、全く信用されなかったな」
「では、これはなんだ?」
溜め息交じりに答える男に対して、ジルは懐から出した物をテーブルの上に放る。
放られたのは、親指程の大きさの長円形の金属板に細い金属製のチェーンが通された首飾り――軍人等が着けている認識票に酷似している。
アルゼナルに移送される前に検疫警官によって没収された男の所持品の一つだ。
「そこに刻まれているのは、お前の名じゃないのか?」
確かにジルの言う通り首飾りの金属板の部分には人名のような文字が刻印されていた。その文字が示すのは所持者の名前なのではないかと、大抵の人間が思うだろう。
しかし――。
「残念ながら違う。元々はオレの育ての親が所持していた物だ」
「さっきから出てきている『育ての親』とは誰の事だ?」
その後もエマとジルによる尋問が続き、対して男も素直に答えた。特に嘘をついている素振りも見せぬまま。
男の話をまとめると、遺伝上の両親、つまりは肉親については生死も行方も不明。
物心ついた頃から詳しい場所は不明の――というよりも忘れたらしい――人気のない森林の奥で、養親である40代前後の男性『ドクター』によって育てられた。
常に白衣を着ていた事から男が勝手に『ドクター』と呼び、《マナ》や《ノーマ》等、世界の一般常識を学び、格闘術、銃器の取り扱いなどあらゆる戦闘技術だけでなく、医療や機械操作、ノーマである男の為に自給自足で食糧や水を得る為のサバイバル技術も叩き込まれた。来る日も来る日も、ひたすら肉体と精神を鍛え上げ、『闘争』する為だけの存在へと鋳造された。月日が流れ、森の外に出る際に『卒業試験』という名目でドクターと本気で殺し合いの末、養親を殺害。これが男にとって初めての殺人であり、先ほどジルが放った首飾りを形見としたのもこの時だ。
マナが生活の基盤であるマナ社会の中で自分がノーマである事を隠し続けて生きていくのは不可能。必然的に一か所に留まらず、国から国へ、街から街へ、と世界を彷徨うように生きていく以外に選択肢はなかった。それでも生きていく上で必要な物資を得る為に、『便利屋』という名の殺し屋紛いの事までやっていた。
しかし、マナを用いれば個人の力で銃弾をも弾く返す強度の障壁を容易に生み出す事ができる。果たしてそんなマナの恩恵を受けた人間をノーマごときが殺す事ができるのだろうか?
エマのこの質問に対して、男は全ての人間を嘲笑うように答えた。
確かに自分が狙われている事を承知しており、さらに正面からの銃撃ならばマナの障壁を展開して防御する事は可能だろう。ならば、ターゲットが危機を認識しておらず、さらに視覚の外、長距離からの狙撃ならどうだろう。近距離においてもターゲットは相手が男なら無条件に『人間』と判断するので接近は容易、障壁を展開されてもノーマなら触れるだけで破壊する事ができる。さらに平和の中で安穏と生きてきたターゲットが、生まれて今まで『闘争』のみを生きる術としてきた男に戦いになった時に対抗できるはずもない。そうなったときには既にパニック状態であり、そうなってしまったら後は男の好きなように始末できる。
しかし、望むだけで実現する。そんな充足しているマナ社会において他者の殺しを依頼する人間などいるはずがない。
この世界に生きる人間なら大半がそう思うだろう。事実、人間の側に生きているエマは、男が殺しを生業にしていた事を聞くや否や声を荒げて否定した。すると、あまりに予想通りの反応だったのか、男は嘲笑を浮かべた。
「そうでもない。いくらマナが万能でも、人類が完全に平等になった訳じゃないからな。性別、外見、生まれ、個々人の能力………『持つ者と持たざる者』っていう現実は厳然としてあるからな」
特にノーマを産み落としてしまった親達の依頼は顕著だと言う。
故に殺しの的は、我が子を奪った検疫警官、無遠慮な通報者、無邪気に幸せを見せびらかす隣人などの場合が多い。
当然の話だが、誰も好んでノーマの娘を産もうとは思わない。
愛した者と結ばれ、腹を痛めて産んだ我が子。その子がノーマだと判断されれば、問答無用で奪われる。一切の例外もない。奪われた悲しみ、守れなかった無力感、自身の一部を失ったような喪失感、奪った者への憎悪、持つ者達への妬み。如何にこの世界の平穏を保つ為とはいえ、愛しい我が子を奪われて平然としていられる親が果たしてどれだけいるだろうか。
いや、いるはずもない。だからこそ、殺しを生業としていた男のような存在がこの世界において成立していたのだ。
「とまぁ、オレに関してはこんな感じだな」
「なるほど、お前の事はそれくらい分かれば十分だ。では、最後に………何故、あの『元』皇女を守った? あの場面でお前が出てくるのはあまりに不自然だろう」
確かにジルの言う通りだった。
依頼で動くなら、ノーマと判明したアンジュリーゼが捕縛され、その後に親である皇后や皇帝から依頼を受けてからのはず。しかし、男はその前に動いた。しかも自身がノーマである事が露呈し、ここアルゼナルに追放されるという失態を演じる羽目になった。
「まさか、あの女に一目惚れでもしたか?」
「んな訳あるか。当然、仕事だ………」
口元歪め、冗談交じりのジルの言葉に対し、男は特に面白いも反応する事なく呆れたように返す。
「仕事? 誰からの?」
「守秘義務だ。悪いが、依頼主と依頼の内容は拷問されても口を割るつもりはねぇ」
「なっ!?」
これまでどんな質問にも素直に答えていたので、軽率にも今回もそうだと思っていたエマは、予想外の返答に驚くが、ジルの方はその答えに特に咎める様子もなかった。
「じゃ、尋問はこれでおしまいか?」
「あぁ、これで今日から貴様はこのアルゼナルの兵士だ。逃げも隠れもする必要のない地獄へようこそ」
皮肉の笑みを浮かべ、ジルが男の枷が外す。
ようやく枷を外され、自由になった腕の感触を確かめ、長時間固定されっぱなしの首を回すと、固まっていた関節がゴキゴキと生々しい音を鳴らす。
「さて、では我々はもう一人の新入りの歓迎をしなければならない。貴様の部屋は明日にでも用意する。今晩はこのままここで寝ろ」
それだけ告げると、ジルはエマを引き連れて檻を出て行こうとするが、扉のドアノブに手を掛けた所で動きが止まる。
「名前がないというのも不便だろ?」
「今まではそうでもなかったけどな………まっ、これからここでやってくならあった方が便利だろうな」
「なら、そこに書いてあるのが今日から貴様の名前だ」
そういってジルが指差したのは、先ほどテーブルの上に放った首飾り。
男は首飾りを手に取り、改めて金属板に刻印された文字を見詰める。
『AKIRA』
「アキラか………」
「そうだ。貴様は今日からノーマの《アキラ》だ」
養親を殺したその日からなんとなく肌身離さず持っていたが、こうして改めて眺めても文字の意味は分からない。元の持ち主の名前なのか、あるいは全く別の意味を持つ言葉なのか。しかし、何でも構わなかった。名前など所詮自分と他者を分ける記号でしかない。
アキラ。
そう名付けられた男は、何の抵抗もなくその名前を受け入れ、首飾りを首に掛けた。
この日、アルゼナルに『元皇女』という特別な経歴を持つノーマ《アンジュ》と史上初の男のノーマ《アキラ》が移送された。
混乱と対立―――。
孤立と否定―――。
様々な逆境の末にこの二人がアルゼナルに齎すものは――――。
という訳で第一話でした。
長さの割にストーリーが全然進んでいませんねぇwww
終始、主人公のバックボーンの解説で終わってしまった。
本来はアンジュと主人公の出会いくらいまでは行きたいと思っていたのですが、さすがにこれ以上長くなるとグダりそうだったので、この辺で無理矢理切りました。
では、もしもここまで読んでいただけた方がいらっしゃったら、感想なんかも残していただければ幸いです。
また期間が空いてしまうかもしれませんが、第二話でお会いしましょうノシ