UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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改訂版の執筆は鋭意努力中です。
ハーメルンでは他にもSAOの連載や、超電磁砲の再掲載などもしておりますので、どうぞよろしくお願いします!


第九話 『贋作者の依頼』

 

 

 

 

 side Saber

 

 

 

前々からシロウが女性に優しくし、あまつさえ好意を得てしまうことに関しては私もリンもある程度の諦めと共に認知していました。

なにしろ行きずりの横断歩道が怖くて渡れない少女に、言葉が通じず困り果てた女性観光客。行きつけのパン屋の看板娘からその母親、場合によっては祖母までもが某かな形でシロウに好意を抱いてしまうのですから、ほとほと困ったものです。

 

勿論シロウにそんな気が毛程とないのは百も承知ですし、彼がリンを裏切ることなどないとも信じてはいます。

しかし、ここまで女性から好かれてしまうという世の男性が知れば血の涙を流しながら手に手に武器を持って襲撃に来るようなスキルを持つ彼氏など、たとえ絶対の信頼を預けているとしても気が気では無いのは仕方が無いことだとは思うのです。

‥‥リンに言わせれば、主に乙女的な意味で。

 

とはいえシロウの持つ魅力と言うのは前回戦ったランサーのような呪いの類ではなく、彼自身の持つ誠実さや、日頃から進んで他人の手助けをするという昨今の若者には珍しい非常に好感の持てる態度からであって、それらを止めることはたとえリンにもできません。‥‥いえ、前回のランサーも好感の持てる誠実で立派な騎士ではありましたが。

 

とにかく、私とリンはシロウの雇い主‥‥ルヴィアゼリッタの屋敷から帰った後、溢れ出る鬱憤に任せて目の前に正座させた同居人に、

『無闇やたらといらん好意を振り撒くな。さもなかったらせめて誤解されるような発言は慎むこと』

と延々一時間もかけ、懇切丁寧にお説教したのでした。

‥‥納得したかどうかはわかりませんが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「WAWAWA忘れもの〜」

 

 

エーデルフェルト邸にて『この世全てのとばっちり《アンリ・マユ?》』を喰らってからまた数日。俺は昨日の午後の講義が終わってから今の今まで時計塔地下の蒼崎青子名義の工房に篭って研究をしていた。

いつかも話したかもしれないが、一応義姉の研究室ということになっているこの工房は、名実共に俺の自宅と化している。

まがりなりにも魔法使いに用意されるものだけあってかなり広く、キッチンやトイレにバス付きと生活環境がこれでもかと言う程に整っている為、最初ロンドンの下町に借りておいた安アパートには殆ど帰っていない。

あちらは一応中高時代に仲良くなった友人とかがアポ無しで襲撃してきたりした時のための隠れみのみたいなものだ。ま、ないと思うけど。

 

「いやはや、まさか研究用の魔術書を講義室に置き去りにしちゃうとは」

 

 

そんな絶賛快適引きこもり空間でひたすら研究に没頭していた俺だったが、ふと必要な本が手元にないことに気がついた。

別段貴重な魔術書というわけではなく、どちらかと言えば参考資料程度のものではあったけど、やはり研究資料を置き去りというのは少々問題だろう。

そんなわけで重い腰をなんとか上げ、えっちらおっちらと大英博物館の地下深くから這い出して目的の物を回収した帰りだった。

 

 

「あれ? 衛宮?」

 

「おう紫遙」

 

 

何の用事があったのか、基礎過程の学生ならとても怖くて近寄れないような場所を、正義の味方見習いがこれでもかというくらい無防備に歩いていた。

正直、こんなところを歩いてたら行きずりの教授や上級生に捕まって実験台にされても何ら不思議はない。

自己に埋没する生き物ではあるが、他者を喰い物にすることにもあまり抵抗を感じないのもまた魔術師であるのだから。

 

 

「なにをしているんだ? こんなところで‥‥。ってまさか、また金がなくなったんで教授に身売りを―――?!」

 

「んなわけあるか!」

 

 

あながちないとも言い切れない可能性は、衛宮本人によって慌てて否定される。ま、正義の味方は体が資本だよな。

 

もっとも魔術の世界で体を売るということは、表の世界の裏‥‥分かりづらいけど、そういったところで臓器を売ったりするのとはワケが違う。

単純に体の一部を失くすぐらいならまだいいが、下手すれば別のナニかを代わりとして移植されかねない。

確か生体学科の方とか行くと研究に精魂注ぐあまり、勢い余って片腕を合成獣(キメラ)にしてしまった奴とかいる筈だ。

そういえば風の噂に聞いた話によれば、片腕片足が機械鎧(オートメイル)なんてネタとしか思えない奴もいるとか。なんでもニッポンのアニメを見て踏ん切りがついたそうだけど‥‥。

 

 

「あー、マジで金がないなら俺が工面してやるぞ? 今なら、そうだな、お前の目ん玉ちょこっとばかし弄らせてもらえたら‥‥」

 

「何怖いこと言ってんだよ! 別に金に困ってなんかないって!」

 

 

ぶっちゃけ固有結界とか大いに興味があるのでものは試しと提案してみたけど、三歩ぐらい退かれてから思いっきり拒絶された。

実際に型月の世界で暮らし、魔術師として研究をしてみるとようやくあの作品の非常識加減を理解することができる。

最上級のゴーストライナーである英霊を多数召喚? ありえん。生身でそんな連中と殴り合いして、あまつさえ勝っちゃう奴はいるし、現存する宝具持ってる奴(もう知り合いだけど)や半人前以下のくせに固有結界なんて身の程知らずの禁呪を持ってる目の前の馬鹿はいるし‥‥。もうコッチは商売あがったりだぜ。

宝具にしたってどれもこれも非常識全開だろ。因果逆転に万能の魔術解呪、十一回の自動蘇生にその剣の腕だけで多重次元屈折現象《キシュア・ゼルレッチ》なんて、もう時計塔でちまちま真面目に勉強しているのが嫌になっちゃうよな。

 

大体SSの世界ではよくオリ主がぽんぽん固有結界使ったりサーヴァントと生身で斬り合いしたりするけど、この世界でこうやって魔術師をやっている身として言わせてもらえば、正直言って有り得ない。

なにしろ元々固有結界ってのは妖精や悪魔、死徒の固有能力だ。人間がそう簡単に自分の心象世界で現実をめくり返すなんてことは出来はしない。

そもそも自分の心象世界を確立している人間なんてのも早々居はしないというのに。

いや別に最強オリ主は嫌いじゃないんだけどって何言ってるんだ俺は。

 

ま、うちの家族(伽藍の洞の方々)も揃いも揃って非常識な面子だからもう慣れたと言えば慣れてしまったけどな。今さらみたいなもんだ。

何しろ神様が一人に封印指定が一人、燃やすことに関してだけなら俺以上の魔術師見習いと退魔一族の超能力者に、義姉の施した結界すら踏み越えてしまう自称一般人が一人だ。

 

 

「今日は遠坂に届け物をした帰りなんだよ」

 

「なんだそうだったのか。俺はまたてっきり遠坂嬢が宝石を買い込んだのかと‥‥」

 

「‥‥それは否定しないけどな」

 

 

俺の言葉に衛宮は煤けた笑いを零し、明後日の方向へと虚無めいた視線を向ける。よほど毎日苦労しているらしい。主に金銭面において。

そのままとぼとぼと歩き出す衛宮の後に付いて、俺も何とはなしに歩き出した。

ちょうど研究も一段落ついたことだし、休息だって必要だ。‥‥なんかコイツの近くにいるとよからぬ目に遭いそうな匂いがプンプンしはするんだけど。

 

 

「そうだ紫遙、実は今探してるものがあるんだけど‥‥」

 

「ん、なんだ? ホレ薬か? それとも媚薬か?」

 

「なんでさ! 俺がそんなもの使うように見えるのか?!」

 

「あぁ悪いな、そういえばお前はそんなモノ使う必要なかったっけ。どんな人外相手でも指先一つでダウンだもんな」

 

「世紀末の匂いがぷんぷんするぞオイ」

 

 

たわいもない冗談を言い合いながらひたすら階段と廊下を上る。

時計塔は表の顔である大英博物館の裏側と地下に存在し、講義室などの比較的安全―――最近は遠坂嬢とルヴィアのせいでそこまで安全じゃなくかってるけど―――な施設ほど上の階層や地上に設置してあり、上級学生や教授、時計塔所属の魔術師の工房などは核シェルターかという程深い階層に埋もれている。

有り得ない程深い階層の階段は遙か昔の魔術師か魔法使いか誰かが空間を歪曲させることでそこまで大変なものではなくなってるけど、上の方になってくるとそんなことはないからこうしてえっちらおっちらと上がっていかなければならない。

基本的に魔術師という人種は、俺も含めて近代機器を好かない。よってエレベーターなんて便利な代物はないし、通路の灯りは今だに蝋燭のままだ。

地上部分とかになると流石にいざというときの対外的な面も考えて、近代的に作ってあるんだけどな。

 

 

「実はさ、鍛錬できる場所を探してるんだ」

 

「鍛錬? ああ、お前剣術やるんだっけ。考えてみれば、セイバーも剣の英霊か」

 

 

この階段というのがくせ者で、昔のお城とかそういうものの考え方に則して建っているために一直線の螺旋階段というわけではない。

乃ち、階段をひとつ上ると延々廊下を歩き、反対側の階段をつかって一階層分上る。上ったらまた延々廊下を歩いて反対側の‥‥といった風に、一々面倒くさい仕組みになっているのだ。

これのおかげで時計塔の連中はみんな健脚だ。最近の魔術師は神代のそれらとは違い、肉体的にも優れてなきゃな。

 

 

「公園とかじゃダメなのか? 近くに飽きる程あるだろうに」

 

「いや、別に木刀とか使えばそれでもいいかもしれないんだけどさ。ホラ、やっぱ公衆の面前でセイバーにボコボコにされるのは‥‥」

 

「分かる。分かるぞ友よ」

 

 

ロンドンの下町に用意された遠坂師弟の寄宿舎は、確かに比較的大きめの屋敷ではある。

しかしこのご時世のロンドンの住宅事情は決して明るくなく、庭も小さければ地下の工房スペースも剣を振り回すことが出来るほど大きくはない。

また公園で女の子にぼこぼこにされる姿を衆目に晒したくないという衛宮の気持ちもよく分かる。男として。

 

 

「そういえばあの家、やたらと魔術臭かったけど前はどんな人が住んでたんだ?」

 

「ああ。確か封印指定の魔術師だよ。夜な夜な女子供を掠ってきて、別に捕らえてきた動物と継ぎ合わせては合成獣(キメラ)人造生命(ホムンクルスもどき)を作ってたらしい。ま、時計塔のお膝元でそんなおおっぴらなことやってて捕まらないはずはなく、あっという間に粛正されてハイそれまでよ、と。今は学院の最地下にある保存庫に脳と脊髄と作品(ひがいしゃ)だけ保管されてるらしいな」

 

「‥‥そんなとこに住んでんのか、俺達は」

 

 

衛宮が気味悪げに両肩を抱えてぶるりと身を振るわせたが、言っちゃなんだが魔術の世界はこんなもんじゃない。

果てしなく言い方は悪いけど、見つかるような奴は三流。賢くて倫理やら何やらを顧みない連中はもっと外道なことをバレないようにしているに違いないのだ。

実際問題として俺の今進めている研究だって、どこぞから人間をかっ攫って来て人体実験の材料とした方が効率が良いのは目に見えている。もちろんそんな真似するほど腐っちゃいないが。

 

 

「で、鍛錬の場所だっけ?」

 

「ああ。できればあまり他人が来ない場所で、強化とかの魔術ができるところがいいんだけどな。そんな都合の良い場所、このロンドンにそうそうあるわけが―――」

 

「あるぞ」

 

「―――ないってえぇ?!」

 

 

素っ頓狂な声をあげた衛宮を小突いて黙らせ、黙々と階段を上がって地上に出る。

おお、今日はこんなに綺麗な青空だったのか。もう三日は外に出てないから知らなかったぜ。

俺は久しぶりの新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、大きく伸びをして体中に染みついてしまった地下の陰湿な空気を追い出した。

 

 

「知り合いの家がな、ロンドンで剣道場開いてるんだ。こっちに来たときに一度挨拶に行ったきりだけど、頼めば稽古の時間以外なら道場を貸してくれると思う」

 

「本当か?!」

 

「ちっちっち、お忘れかな衛宮君? 魔術師の基本は等価交換だぜ?」

 

 

喜色も露わに俺へ詰め寄る衛宮を押しのけ、俺は気取って人差し指を突き出すと左右へ振り、ありもしないテンガロンハットの鍔を持ち上げる動作をする。

言うなれば、お前さん日本じゃあ二番目だと。何が二番目だって? そりゃ女殺しの腕前だろ。一番はあの殺人貴。

 

 

「なにが欲しいんだ? 俺に出来ることなら何でもするぞ?」

 

「その大盤振る舞い、俺とかルヴィア相手ならいいけど他の奴には止めとけよ? 何要求されるか分かったもんじゃない」

 

 

大英博物館の裏口を装っている時計塔の出入り口から外へ出る。

ちなみに時計塔から出入りする際には大英博物館の学芸員(キュレーター)の名札をつけることになっている。カモフラージュということだな。

魔術師ってのは過去に向かって疾走する人種だから、おのずと歴史の遺物には詳しくなる。

博物館の方にも歴史的にどうしても価値が高すぎて飾るしかなかった魔術品なんてのもあるから、うってつけってわけだ。

 

 

「勿体つけるなよ」

 

「わかってるって。‥‥そうだな、たまにでいいからメシを差し入れしてくれないか?」

 

「‥‥そんなんでいいのか?」

 

 

俺の要求に衛宮は目を丸くして応える。

なんだ、まさかもっと無体な要求されるとでも思ってたのか? さすがに俺も相手の持ってないもの要求するほど傲慢じゃないぞ。

 

 

「実は料理が下手でな。ここのところろくなもの喰ってない」

 

「そうだったのか。別にいいぞ、日本にいたときもそんな感じだったからな」

 

 

衛宮は俺にぐりぐりとこめかみをえぐられながらも快諾する。

いやーよかった! 伽藍の洞にいるときは式や藤乃君がいたからよかったけど、こっちに来てからは炒飯とかラーメンとか、そんなもんしか食べてないしな。

何しろロンドンの街は物価が高い。とくに外食なんてしようものならあっという間に懐は軽くなってしまう。

俺は衛宮に重ね重ね感謝すると、どうせ暇だからといって一路知り合いの道場へと向かったのであった。

 

 

「ところで紫遙、俺が料理得意だって誰から聞いたんだ?」

 

「あ」

 

 

セイバーさんだと誤魔化した。

 

 

 

 

 10th act Fin.

 

 

 

 

 

 

 


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