UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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手合わせの様子などを綺麗さっぱり省いてしまっているのがよく分かりますね。
この辺りの雑な部分の補完は改訂版でしっかりやっていくつもりです。どうぞよろしくお願いします。


第十話 『贋作者の鍛錬』

 

 

  side EMIYA

 

 

 

 最近どうも遠坂とセイバーからの視線が痛い。

 結局あの後の両国首脳会談では、そのまま俺がエーデルフェルト邸で執事として勤めることに関しては両者異存はなかったみたいだけど、その間中遠坂は俺の横、というより腕にべったり引っ付いて離れようとはしなかったし、ルヴィアはルヴィアで紅茶を普段より些か早いペースで飲み干しては俺にお代わりを催促するものだから本当に疲れた。

 

 しかも家に帰ったら帰ったで床に正座させられた上で全然意図の読めない説教を延々とされるし‥‥。

 大体困ってる人がいれば助けてやるのは当然だし、親切にしてもらったら御礼を言うのもまた当然のことだろ?

 俺は至極当たり前のことをしているだけだってのに、なんで二人共揃ってあんなに目くじら立てるんだか‥‥。

 

 なぁ紫遙、お前わかるか?

 え? いい加減にしろ? この鈍感? 朴念仁? ‥‥‥なんでさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ。ここだ」

 

「まさかロンドンにこんな場所があるなんて‥‥」

 

 

 衛宮の頼みを聞き入れた俺達は、一路知り合いの家がロンドンに開いている剣術の道場へとやって来ていた。

 目の前にあるのは場違いなまでに和風な建物、すなわちプチ武家屋敷とでも言ったものであろうか。

 両脇に建つ年月を感じさせる洋風のアパートメントに挟まれたそれは、ロンドンの下町にあって一際異彩を放っている。

 

 

「りょう、ぎ‥‥? 両儀?」

 

「ああ。上の義姉の会社の従業員がココの当主でね。ロンドンに来る時にちょっとした届け物を頼まれてさ。それ以来たまに世話になってるんだ」

 

 

 門にかかっている表札を読んで振り返った衛宮に、俺は軽く事情を説明する。

 ここは日本でも有数の武道の名家、両儀がロンドンで開いている道場なのだ。

 彼の家は日本が誇る退魔四家の一つだが、表の顔として両儀流という古武術の道場をあちらこちらに持っている。

 その一つがココ、両儀流古武術ロンドン支部。とはいってもここの師範は退魔や魔術については何も知らない。腕は立つんだけどな。

 

 

「へぇ〜。日本も捨てたもんじゃないんだな」

 

「まぁ、な‥‥」

 

 

 感心の声を漏らす衛宮に、最近の両儀流のはりきりの理由を知っている俺は思わず言葉を濁す。

 なにせ当主の式は波瀾万丈の末に結ばれた幹也さんとの結婚が間近。にも関わらず橙子姉は相変わらず給料の払いが悪い。

 結婚にはお互いに纏まった金が必要だ。しかも片方がお金持ちならいいという訳ではない。

 俺もコッチで稼いだ金の一部を橙子姉に送る分とは別に給料代わりとして幹也さんに送ってるんだけど‥‥。

 

 

「ほら、今は日本ブームだし‥‥」

 

 

 さもありなん。何をどう勘違いしたのか、式は幹也さんのためにと張り切って両儀を世界規模の武術団体にしようと画策してるみたいだ。

 おかげで最近、元々闇に紛れてた退魔一族だったとは思えない程の盛況ぶりを見せている。

 今俺が言った日本ブームというのも、世界中で両儀の家が率先して煽ってるらしいし。

 

 

「さ、こんなところで突っ立ってても仕方がない。入るぞ」

 

「お、おう」

 

 

 開けっ放しの門をくぐって敷地へと足を踏み入れる。

 さすがに両儀も遠坂邸同様、満足な土地を手に入れることができなかったらしい。普通は平屋のはずが、一階を殆ど道場に割いた二階建ての日本家屋になっている。

 ただし前回来た時に聞いたことだが、何故か茶室はしっかりと備えているということだ。わけがわからん。

 

 

「師範! 師範はいらっしゃいませんか!」

 

 

 今時分は稽古をやっている時間帯ではないらしく、この前お邪魔した時にはいた門下生達の姿はない。

 受付にあたる場所にも人影はなく、仕方なしに俺は共有スペースである一階部分へと入り込んだ。

 ちなみに二階は師範一家の住居であるから立入禁止だ。

 

 

「おお、蒼崎君じゃないか。久しぶりだね」

 

「ご無沙汰しています、師範」

 

 

 俺の呼び声に答えてのっそりと姿を現したのは、とても齢四十過ぎとは思えない程若々しい男だった。

 以前おもわず歳を聞いた際には心底仰天して苦笑されてしまった覚えがある。なんでも、ロンドンと言えども門下生には一癖も二癖もある連中がいるらしく、実践力がなければ道場主なんてできないんだとか。

 

 

「それで、今日は一体何の用だい? もしかして、やっとウチに入門する気になってくれたのかな?」

 

「それは勘弁して下さいって何回も言ったでしょうに‥‥」

 

「ははは。君は一応お嬢様の直弟子という扱いだからね」

 

 

 隣で衛宮が師範の言葉に大袈裟に驚いていたが、一つ言っておこう、誤解だ。

 確かに俺は伽藍の堂に式が来てからは散々彼女にしごかれたけど、その腕前はといえば剣道に例えて初段か二段と言ったところだ。おそらく実戦形式だとしても彼の藤村先生にも勝てはしまい。

 ついでに言えば習ったのは短刀術であって、護身用以外の何物でもない。

 なにやら俺は式や師範日く、どうも『スジがいい』らしく、特にこの人は初めて会った時から性懲りもなく正式な入門を奨めてくる。

 ちなみに式はというと、

『早く強くなってオレと斬り合いしようぜ』

 だそうだ。断固断る。

 

 

「今日はこいつの頼みで来たんですよ」

 

「どうも、衛宮士郎です。宜しくお願いします」

 

「ああ、よろしく。‥‥う〜ん、君もなかなかいい目をしているね。どうだい、ウチで一緒に修行でも―――ああ冗談だよ蒼崎君。で、君の頼みとは?」

 

 

 またも話が逸れた師範を少し睨んでたしなめる。息子さんが跡を継いでくれないからってやたらめったら誘うというのは些か頂けない。

 まだ勧誘し足りなさそうな師範を制し、俺は衛宮と二人で軽い事情を説明した。

 

 

「なるほどね。いやいや、今時感心な若者達だな。そうだな、稽古が無いときなら好きに使ってくれて構わないよ」

 

「いいんですか?」

 

「もちろん。道場も使ってくれた方が喜ぶしね。後で詳しいスケジュールをあげよう」

 

「ありがとうございます、師範」

 

 

 真剣に頼み込む衛宮の誠実な様子に、師範は快く道場を貸すことを承諾してくれた。

 どうも最近の門下生はドライで物足りなかったようだ。自分の中で勝手なバックストーリーをでっち上げているらしく、うんうんとしきりに顎をさすりながら頷いている。

 俺はこのままでは先が長いなと悟ると、ぺこりと一礼して何だ何だと首をかしげる衛宮を引きずって勝手に道場へと向かうことにした。

 

 

「終わったら掃除だけはしておいてくれよー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、これなら気兼ねなく鍛錬ができるな!」

 

「お気に召してもらえたならよかったよ。ま、俺のじゃないけどね」

 

 

 衛宮は久しぶりの日本の空気を感じたのか、目を輝かせてあちらこちらをうろうろうろうろと確かめるように歩き回る。

 俺は道場の正面にある神棚に一礼すると、その後はフリーダムに適当な場所へ腰を下ろした。

 先の師範の話からわかると思うが、勝手知ったると言う程出入りをしているわけではない。さりとて気兼ねするほど他所というわけでもない。居心地のいい場所だ。

 ちょっと前まではたまにメシをたかりにきていた場所でもあるしな。最近は忙しくなったから全然だけど。

 

 

「おーい紫遙、竹刀はどれ使うんだ?」

 

「いや、俺が習ったのは短刀術だから竹刀じゃなくて―――って、ちょい待て衛宮。そのいかにもワクワクしてマスって顔はどういうことだ?」

 

 

 ふと連れてきた見習い魔術師の方を見ると、嬉々として道場の隅っこにある竹刀置き場から気に入ったものを物色している。

 そして俺の言葉にOKと返すと、どっから見つけたのか柔道の型の稽古とかで使われる小さな短刀サイズの木刀を取りだし、ぽいと無造作に俺の方へと放って投げた。

 ああくそ理解ってるさ。つまりアレだろ、稽古の相手が欲しいんだろ?

 

 

「ここ最近セイバーにボコボコにされてばかりだからな。同じぐらいの力量の相手と戦りたかったんだよ」

 

「おーい待て衛宮。漢字が、漢字変換がおかしいぞー」

 

 

 しまった。まさかこの野郎バトルジャンキーか。御神か。ていうかお前そういう性格だったか?

 いや、むしろ日頃の鬱憤という線が正しいのか。確かにぶちのめされるだけじゃストレスたまるよな。わかります。

 でもな、それを何の罪もない他人に向けるのだけはどうかと思うぞ‥‥?

 

 

「さぁ行くぞ紫遙。覚悟の準備は十分か?」

 

「‥‥‥」

 

 

 だらりと両腕をたらした一見無防備な姿勢をとる衛宮が不敵に笑う。

 そのあまりにも様になった姿に、俺は赤い外套と剣の丘を背後に幻視した。

 正直に言えば肉弾戦なんて好みじゃないし得意でもないけど、どうもこのバトル野郎はある程度相手しないと収まってくれそうもない。

 

 

「くそったれが。後悔するなよ‥‥!」

 

 

 スッと左手を前に出し、右手に短刀サイズの木刀を逆手に構える。

 身体はやや半身に、足は大きく開かず、ほんの少しだけ前屈みになった独特のスタイル。着物、特に着流しなどで戦うことの多い式が得意とする構えだ。‥‥いや、あいつの着物は特注製だからハイキックもできるんだけどな。

 両儀流短刀術はこの構えからの機敏な体重移動と細かい足捌きが特徴だ。

 武芸百般を自称し、世間からも認められる両儀流だが、短刀術の使い手はひどく少ない。

 式にしたって刀が本来のエモノだしな。短刀を使った暗殺紛いの武術はどちらかといえば七夜の専売特許だ。

 

 

「いくぞ、衛宮。教えてやる、これが、期待を外すっていうことだ‥‥!」

 

 

 構えだけは一人前の俺に何を感じたのか、本気で斬りかかってきた衛宮の姿を最後に、俺の意識はいつぞやと同じように闇へと墜ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

「―――遙、紫遙!」

 

「う、ぐ、体はネコで出来ている‥‥」

 

「なにワケのわかんないこと言ってんだよ! 起きろって!」

 

「ぐはぁっ?!」

 

 

 容赦なくバケツになみなみと注がれた水を顔にぶちまけられ、半ば溺れながらも俺はなんとか意識を取り戻した。

 あぁ、これからカッコイイ戦闘シーンが拝めるとか思った人、残念だったな。何回も言ってるけど俺は戦うのは苦手なんだよ。

 一応短刀術は習ってるけど、訓練ならともかく実戦で使ったことは一度もない。

 どこぞの鉄拳魔術師とかは例外として、大体の魔術師は中〜遠距離戦が得意なのだ。かくいう俺も中距離戦が主であって、接近されたらそれでおしまい。こんにゃろの未来みたいに接近戦もできるなんて万能なスペックはない。

 狙撃兵なら明日のために、

 その1『すごく見晴らしのいい所でうんと離れる』

 その2『近づかれたら死を覚悟』。

 魔術師も一緒よ。特に俺なんて死徒とかが相手だからな。身体能力が違いすぎる。

 

 

「悪い! まさか一発で倒れるとは‥‥」

 

「‥‥当たり所が良すぎたんだな。ていうか元々戦うの苦手だし」

 

「そうだったのか?! 色々詳しいもんだからてっきり強いものだとばかり思ってたよ」

 

 

 そりゃ大いなる誤解だ。何べんだって言うけど、魔術師の本質ってのは探求者なんだぞ?

 魔術を戦いに使ったりするのは、本来外道みたいなもんなんだよ。

 俺達がやるべきことっていうのは、ただただ根源へとたどり着こうと日々切磋琢磨することだけだ。

 衛宮はそう言い訳じみた説教をたれる俺の言葉に、ほーほーとまるで初めて知ったかのごとく何度も頷いた。

 

 

「‥‥おい、まさかこの程度のことも知らなかったんじゃないだろうな?」

 

「いや、俺は魔術使いだし」

 

「‥‥はぁ。それ、他の魔術師の前で言うなよ? 殺されるぞ」

 

 

 特に歴史のある家に生まれた誇り高い魔術師相手にはね。

 限りある神秘を分け与えられた特別な人種であるにもかかわらず、それを私利私欲のために利用するなんざ、許し難いことに他ならない。

 俺なんて原作知ってるからまだ許容できるけど、多分遠坂嬢も最初は腸煮えくりかえってたんじゃないかな。

 

 

「俺は別に私利私欲のためなんかじゃないぞ!」

 

「関係ない。根源を探求するということ以外は全て俗な使い方だ」

 

 

 今だに何か言いたげな衛宮を放って、いつの間にやら水分補給用に脇に置いてあったヤカンの中の麦茶を一気に喉へ流し込む。

 多分師範か誰かが気絶してる間に持ってきてくれたんだろう。昔ながらの、焦げ臭い匂いが心地良い。

 

 

「お前が何しようと勝手だけどな。せめて手にしている力が、遙か神代の時代から脈々と受け継がれてきた至高の神秘であることぐらいは自覚しておけよ。魔術に関わる者ならみんなその神秘を出来る限り磨耗させずに後世に残す義務がある」

 

「‥‥‥」

 

 

 先ほどまでの勢いは何処に行ったのか、衛宮は深刻な顔でうつむくと黙り込む。

 こいつもこいつなりに色々と考えてロンドンに来たのだろう。

 正義の味方になるという確固たる目標があるとしても、そこにたどり着くまでの道筋は千差万別だ。

 また、どうやってたどり着けばいいのかもまた数多の手段があるだろう。

 こいつは、それを見つけるためにここへ来たのかも知れないね。

 

 

「まぁあまり悩むなって。お互い若いんだから、時間は十分にある。答えなんて予想もつかないところに転がってるもんさ。時には、周りの人間を頼るのだっていい」

 

「‥‥そうだな。うん、きっとそうなんだろうな」

 

 

 救いを求めるかのように呟いた衛宮の心境はわからない。俺は、こいつの理想をまだ知らないことになっているから、どうやってそれとなく助言してやればいいかもわからない。

 

 だから一人の、友人に理解のある魔術師としての助言を送った。

 このまだ未熟な正義の味方見習いには、色んなことを知る必要があるはずだから。

 謀らずもこの世界にとって絶対に重要な人物と関わりをもってしまったお人よしの俺は、何とは無しにそう思ったのだった。

 

 

「さぁ、紫遙の目もさめたことだし二本目行くぞ!」

 

「‥‥何度もそう簡単にやられると思うなよ‥‥!」

 

 

 なんだかんだで俺もオトコノコだったらしい。

 その日は夕日が道場を照らし始めるまで延々稽古を続けた俺達は、遅れてやって来た門下生達によって二人して道場のど真ん中に、大の字になってのびているのを発見されたのだった。

 

 

 

 

 

 11th act Fin.

 

 

 

 

 


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