UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第十一話 『金の獣の憂鬱』

 

 

  

 side Luviagelita

 

 

 

 魔術師はもともと群れる生き物ではありません。

 孤独の中にこそ神秘の探求を見出だし、自らが内包する起源を追い求める者。脈々と血をもって受け継がれた一族の秘奥を更に高みへと押し上げる者。それこそが魔術師。

 私達は限りある神秘を分け与えられた身分として、誇りをもって魔道を究めていかなければなりません。それ以外の全てが邪道。それ以外は全てが不用です。

 

 そんな私の毎日も、最近は随分と様変わりしたものですわね。

 周りの俗物達を有象無象と見下していた私に近寄ってきた唯一の存在、ショウ・アオザキ。

 彼は私に孤独の寒さを教え、他人の温かさを教えてくれた最初の友人でした。私を孤独から救い上げてくれた恩人にして、魔術においては分野の違いもありながら、互いに切磋琢磨し合う仲でもあります。彼は散々謙遜しますけど、他人も認める一流の魔術師ですわ。‥‥まぁ、戦闘に向いてないのは確かなんですけど。

 そして、最近時計塔へとやって来た三人組もまた、私のいままでを一変させた存在です。

 

 特にその中の一人、ミス・トオサカとのおよそ小一時間にも及ぶ“平和的な”交渉のかいあって、今までと同様に我が屋敷で働いてくれることになった私の執事。シェロ・エミヤ‥‥。

 まだまだ仕事は半人前ですけど、不思議と私はシェロがいてくれるというそれだけで安心するような、また逆にそわそわするような、今まで一度も味わったことのない理解できない感情を覚えるのです。

 

 シェロのいれてくれる紅茶は、普段の茶葉を切らしてしまって安いものしか用意できなかったときでも、驚くほど私の口に合いました。

 シェロがアイロンをかけてくれたブラウスを着れば、その日はいつになく調子のいい一日になりました。

 

 私は、この感情がわかりません。

 まがりなりにも友人と認めるショウにも抱いたことがないこの胸の高鳴り‥‥。

 まさか、もしかすると、この想いこそが‥‥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員集まれ! 前回よりも強固な障壁を張るんだ!」

 

「教材を退避させろ! あれは代えがないぞ!」

 

「誰か! 基礎講座に行って遠坂嬢の弟子の衛宮士郎を連れて来てくれ!」

 

 

 さて、相も変わらずてんてこまいの鉱石学科。

 前回の騒ぎからまったく反省した様子のないあかいあくまときんのけものは、またもや些細な―――彼女達にとっては1nmも譲れない―――主張の違いから全面戦争を繰り広げようとしていた。

 大体噴火のペースは三週に二回ぐらいになるのだろうか。毎度毎度ご苦労様なことである。‥‥俺達が。

 

 早くも予兆を嗅ぎ付けた教授と残りの生徒達は、またも隅っこに固まって防御結界の構築に励んでいる。

 今日は前回の反省を踏まえて魔具作製を専攻している学生から守護の効果があるお守り(アミュレット)護符(タリズマン)を借り受けている。実地試験になるからと喜んで貸してくれたらしいけど、 果たしてどれほどの効果があることやら‥‥。

 

 

「急げ! 鉱石学科の壊滅の危機だとでも言えば教授も許可してくれるはずだ!」

 

 

 俺は手近にいた身体強化の得意な奴をひっ捕まえると、手短に衛宮を呼ぶように指示する。

 あの三人が出会ってしまっている以上何ら気兼ねすることもない。この状況はしっかりと保護者に責任もって片付けてもらう。

 正義の味方の本領発揮だぞ、衛宮。

 

 

「もう一度仰っしゃって頂けませんこと? 私が、なんですって‥‥?」

 

「なんでも力技で解決なさる方なのねと率直な感想を申し上げただけですわ、ミス・エーデルフェルト」

 

「あら、聞き間違いかしら、その前に『成金』なんて失礼な単語が入っていたはずですけど?」

 

「あら、聞き間違いなんかじゃなくってよ? 自覚なさってたなんて驚きですわ」

 

「‥‥極東の貧乏魔術師が、言わせておけば‥‥!」

 

 

 既に二人のボルテージはヒートアップ寸前だ。

 それぞれの魔術刻印は爛々と光り輝き、敵を倒せと煌めき叫ぶ。互いに眼前の敵へと狙いを定めた両手の人差し指という名の銃口は、その実全く狙えていないためにあちらこちらへと破壊の魔弾をまき散らすだろう。

 最早絶体絶命とその場にいた全員が十字を切ったその時だった。

 

 

「二人とも何してるんだ!!」

 

「「士郎?!/ シェロ?!」」

 

 

 ドアを蹴破るようにして入ってきたのは、二人の保護者こと正義の味方(えみやしろう)

 待ち望んだ救世主の登場に俺達はわっと歓声をあげ‥‥すぐに黙った。あくまとけものにメドゥーサもかくやという程の凄まじい目線を叩きつけられたからだ。

 自覚症状あるならいい加減にやめてくれ。

 

 

「また喧嘩でもしようとしてたのか! 遠坂! また講義室壊して借金でも作るつもりか?」

 

「で、でも‥‥」

 

「でもじゃない! ルヴィアも! こんなことに魔術を使って良いと思ってるのか? 大体魔術ってのは―――」

 

 

 先日の俺の話が効いたのか、いまだにらみ合う二人を一喝してお説教タイムに突入する衛宮。

 基礎講座の学生に叱られてしょんぼりとしている時計塔の首席候補二人の姿を見て、鉱石学科の生徒及び教授は呆然と信じられないものを目の前にしてしまったという顔をしていた。

 う〜ん。流石に普段がアレだから、俺も釈明できないな。ウン。

 さて、こっから先は部外者お断りの時間かな。

 暫く続くであろう衛宮のお説教に後を任せ、俺は他の連中を促してさしたる被害のなかった講義室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「‥‥ショウ。貴方がシェロを連れてきたんですのね」

 

「何のことかな?」

 

 

 俺はしばらく二人一緒にお説教をくらってきたルヴィアと、大英博物館内のカフェテリアで軽食をとっている。

 遠坂嬢は個別に衛宮に叱られているらしい。ルヴィアは少し前に開放されたということで、かなり青ざめた顔でふらふらとここへやってきていた。

 とりあえず特別学芸員(エクストラ・キュレーター)の名札は忘れるなよ。叱られるぞ。

 

 

「まったく、貴方も薄情な人ですのね。友人だったら少しは助け船を出してくれてもいいのではなくって?」

 

「胸に手を当てて考えてみるといいよ。君達が今まで何をやらかしていたのかをね」

 

 

 機械で淹れているせいか、ココの紅茶はあまりおいしくない。これならまだコーヒーの方がマシだということで、俺は安物のコーヒーとBLTサンドをつまんでいた。

 一方ルヴィアはカフェオレとハンバーガーを頼んだけど、さっきから珍しいことに頬を机につけて脱力していて、一向に進んでいない。

 ま、あの衛宮がお説教するくらいだからな。こってり絞られたんだろうさ。

 

 

「私だってそれなりに反省しておりますのよ? なのにあんなに怒らなくても‥‥。まさかシェロ、これで私のことを嫌ったり‥‥」

 

「まぁまぁ。次からは注意すればいい話だろ? 衛宮だって一度の失敗で人の評価を決めるような奴じゃないって」

 

 

 むしろ俺達のためにこそ注意してほしい。一応彼女たちが鉢合わせする講義に出なくても教授が便宜をはかってはくれるけど、それでもその時間帯に出なくてはならない生徒もいるし、いざというときの処理係である俺も無理矢理出席させられているわけだし。

 健気な乙女のように表情を秒単位で一喜一憂させているルヴィアに溜息をつき、俺は結局またすっかり冷めてしまったブラックのコーヒーを啜った。どうも最近暖かい飲み物と縁がないような気がするんだけど、気のせいだろうか。

 

 

「ルヴィア! 紫遙!」

 

「‥‥シェロ?」

 

「おう衛宮。遠坂嬢への説教は終わったのか?」

 

 

 と、カフェテリアの入り口から衛宮が姿を見せ、俺は隣の椅子においていた荷物をどけて場所をつくる。

 ルヴィアは衛宮の姿が見えた瞬間にびくりと起き上がって、ごほんごほんとわざとらしい咳払いをすると姿勢を正した。よっぽど衛宮に嫌われたくないらしい。いくら仕事時間外はプライベートな関係だとはいっても、従者にみっともないところは見せたくない、か?

 ‥‥いや、違うか。あのルヴィアの様子は、まるで―――

 

 

「シェロ‥‥。さっきは本当にすいませんでしたわ‥‥」

 

「もういいよ。ルヴィアも反省してるだろ?」

 

 

 席へついた衛宮はメニューに目も通さずにコーラを注文すると、鞄から取りだしたサンドイッチを机の上に置いた。

 相当金に困っているか、もしくは味にうるさいのかもしれない。この前一度衛宮家のサンドイッチを食べさせて貰ったけれど、ファーストフードとは思えないほど美味しかった。

 なにやらソースが秘訣なんだとか。俺、今まで市販品しか使ったことなかったよ‥‥。

 

 

「でも、ホントにもう喧嘩はやめてくれよな。周りにも迷惑がかかるし、なによりルヴィアの綺麗な顔に傷でもついたら困る」

 

「えぇっ?!」

 

「ぶふぉおっ?!」

 

 

 上はルヴィアが頭から煙を吹き出しながら顔を真っ赤にさせた声。下は俺が丁度口に含んでいたコーヒーを思いっきり吹き出してしまった音。

 もちろん目の前に座っているルヴィアにかからないように咄嗟にナプキンで口を押さえたけど、ちょっと鼻から出てしまった。幸い彼女は今の衛宮の爆弾発言に気を取られていて気づいてはいなかったけど。

 

 

「シ、シェロ、今なんて仰いましたの?」

 

「え? だからルヴィアは綺麗だなって」

 

 

 聞き間違いではなかろうかと問い返すルヴィアに、真顔で答える衛宮。

 ああ、砂でも吐きそうだ。なんだこの男は。まさかこんな歯の根が浮くようなストレートな口説き文句をタイムラグなしで繰り出せるとは‥‥。

 恐るべし、女殺し。さすがはエロゲの主人公だ。

 

 

「‥‥‥ぷしゅう」

 

「お、おいルヴィア?! どうしたんだ?!」

 

 

 女たらしの連続攻撃に処理過多になってしまったのか、ルヴィアはぼふんと一際大きな湯気を顔面から噴出させると、恥ずかしさのあまりたまらず口にハンバーガーをくわえて、器用なことに不可思議な効果音を出しながら椅子の上で縮こまってしまった。

 なんていうか、びっくりだよオイ。

 今まで俺が彼女をからかったときには、いつも真っ赤になりはしても直後に手痛いしっぺ返しをくらうことになっていたのだ。それはガンドだったり、宝石だったり、ラリアットだったりと色々だけど、とにかく攻性な彼女がここまで消極的な反応を見せたと言うことは、曲がりなりにも友人を自称する俺にとっても青天の霹靂と形容し得るに足る仰天動地の出来事だった。

 

 

「士郎〜! 士郎どこにいるの!」

 

「いけね、遠坂が呼んでる。悪いな二人とも、今日はこれで」

 

「あ、ああ。またな‥‥」

 

 

 目の前で茹でダコのようになっているルヴィアに、衛宮は何も疑問を感じないらしい。まったく信じられない鈍感加減だ。

 そしてその朴念仁は遠くから自分の恋人の呼び声を聞きつけると、心底申し訳なさそうに俺達に頭を下げると、頼んだ品が届くのを待たずに去っていった。

 入り口ちかくでぷんぷんと、それでも先ほど叱られていたせいか少し照れくさそうに衛宮の腕にしがみつく遠坂嬢の姿が見えた。ちょっと前に説教を垂れ、垂れられていたとは思えない程、その姿は仲良さげな空気を辺りに振りまいている。

 ‥‥しかし良いのか? 大英博物館の学芸員(キュレーター)が仕事中にいちゃついてるなんて噂が立っても。

 

 

「‥‥なにか、許せませんわね」

 

「うわぁ?! いつの間に復活してたんだ?」

 

 

 後ろへよじっていた体を前へと戻せば、そこには嫉妬の炎を隠そうともせずに去っていった二人の背中、特に全身で恋人に甘えていた遠坂嬢の方を睨むきんのけものがいた。

 手に持った食べかけのハンバーガーは見事に握りつぶされ、ケチャップの赤が目に悪い。なんていうか、怖い。

 俺はそんなおどろおどろとした負のオーラを振りまくルヴィアにひとまず紙ナプキンを渡し、自分も思わずこめかみを伝った冷や汗を拭う。

 と、ケチャップだから紙ナプキンじゃだめか。店員さんを呼んで手ぬぐいを持ってきて貰おう。

 

 

「‥‥ショウ。実は相談したいことがあるんですの」

 

「え?」

 

 

 どうも近くで一部始終を眺めていたらしい店員さんがひきつり笑いを浮かべながら持ってきてくれた手ぬぐいで手を拭ったルヴィアは、しばらく無言でカフェオレをすすっていたが、突然深刻な顔をすると俺にそう言った。

 ルヴィアは自信に溢れた魔術師だ。出来ないことが在れば努力でおぎなうし、成功確率の低い実験や儀式だって万全の準備と緻密な計画をもって行い、不安要素を絶対に残さない。

 だからここまで自信がなく、不安にまみれた彼女の顔は初めて見たと言っても過言ではない。

 

 

「‥‥それは、俺に解決できることなのかい?」

 

「わかりません。私ではわからないのです」

 

 

 目の前に座った友人は、いまだかつてお目にかかったことがない程深い溜息をつくと、心底不安そうに俺を上目遣いに見やる。

 ‥‥俺の理性ピンチ。確かにルヴィアはいい友人だ。でも君のお父上が―――じゃなくて、俺も男である以上何気ない仕草にどきりとしてしまうことぐらいある。

 なにしろルヴィアは百人が二百人認める美人なのだ。日本語がおかしいけど気にしない気にしない。

 

 

「‥‥わかった。なんでも聞いてくれ」

 

 

 だから、こういった場合のいつもの返答は『内容による』であるにも関わらず、俺は思わずそう口走ってしまった。

 安請け合いは禁物だと衛宮に散々注意したはずだったのに、な‥‥‥。

 

 

 

 

 

 12th act Fin.

 

 

 

 

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