UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第十九話 『蟲の翁の消滅』

 

 

 

 

 side Sakura

 

 

 

「あら、お客様? ‥‥こんな時間に?」

 

 

 早くから始まる弓道部の朝練に備えて、もしくは昨夜の藤村先生の異様なテンションの影響で、私は今まさに朝日が昇ろうかという程に早い時間に目を覚ましてしまった。

 脱衣室で顔を洗い、手早く制服に着替えて朝食の仕度を始める。美綴先輩から託された主将は引退したけれど、まだ後輩達が少し心配なのと、その彼らから猛烈な勢いで引退を止められたからまだ練習には出ることにしていた。

 進路もあまりはっきりと決まっているわけではないから勉強にもあまり身が入らないし、どうせ家に帰ったところでやることもないからそれはそれで別に問題はない。

 

 藤村先生はまだ客間で幸せそうに寝息をたてている。たった二人だけのパジャマパーティーだったというのに、どうしてあそこまで騒ぐことができたのかというのは全くもって不思議でしょうがないのだけれど、そんな藤村先生の太陽みたいな明るさに救われているのも事実だ。

 先輩達がいなくなってしまって一時期は落ち込みはしてたけど、この、もはや家族の一員とあせ思っている教師は私に落ち込むことさえ許さなかった。

 それがどんなに救われたことか、藤村先生は全く気づいていないだろう。否、例え気づいていたとしても気にはしまい。そういう人だから、どの生徒も彼女を慕っている。

 先輩もねえ‥‥遠坂先輩もいなくなってひとりぼっちになってしまうはずだった私が、今だにこうして笑顔を保っていられるのもあの人のおかげだから。週に数日のこの時間が私にはとてもかけがえのないものだ。

 

  

「はい、何の御用ですか?」

 

 

 普通人が訪ねてこないような時間帯に突然鳴ったチャイムに答えて、念のため軽く髪をすいて整えてから玄関を開ける。

 早起きしてしまったおかげで少し豪華にしようと決めた朝食の準備はほとんど終わっているし、味噌汁が沸いてしまうのもまだ先だろう。

 ふとエプロンをつけたままだったのに気づいて、玄関の脇の靴箱の上に置いた。あまり見た目にはよくないけど、私がつけたままよりはマシだと思う。

 

 

「ああ、どうも朝早くにすまない。ここは衛宮の家で合っているかな?」

 

「はぁ‥‥。確かにここは衛宮ですけど、すいません、家主は少し留守にしていまして‥‥。私はここの管理を任されているだけの後輩なんです」

 

 

 ガラガラと玄関を開けた目の前に立っていたのは、冬木では見た憶えのない三人組だった。

 私に挨拶したのは、私よりもおそらく一つか二つほど年上の男性。くたびれたミリタリージャケットとすり切れた紫色のバンダナ、ダメージ加工とか色落ちとかとは無縁な着古したボロボロのジーンズという中々に前衛的な服装をしていて、ともすれば反社会的な恰好に似合わぬ穏やかで優しそうな顔をしている。

 その左隣に立っていたのは、私と同じくらいの歳で同じくらいの長さの綺麗な黒髪の女の子。白いブラウスとベストを着て、しっかりとネクタイを締めたブリーツスカートという隣とは正反対と言っても良いほどに真面目そうな服装だ。

 意思の強そうなはっきりとした目で、こんな時間から制服を着込んでいる私を不思議に思っているのか、じろじろとこちらを見ていて、少し怖くて一歩退いてしまった。

 そして最後の一人は歳のはっきりしない、多分二十は越えていないというくらいの女性。落ち着いた青色の着物は時代錯誤な印象を全く残さない。彼女にぴったりと似合っているからだ。

 思わず息を飲んでしまうぐらい綺麗な顔は美綴先輩に似ているような気がしたけど、美綴先輩が気さくで親しみやすいのに対して、この人はどこまでも鋭利な一振りの日本刀みたいだ。

 おそらく恰好によっては男にも女にも見えるだろう。どちらにしても美人であることには違いないけれど。

 

 

「ああ、それは知っているのでいいんだ。ところで、もしかすると君が間桐桜嬢かな?」

 

「は、はい、確かに私が間桐桜ですが‥‥。失礼ですけど、どこかでお会いしたことがありましたか?」

 

「いやいや、間違いなく初対面だからご心配なく。まぁ知り合いから君の話を聞いていてね」

 

 

 戸惑うようにやや上目遣いになってしまいながらの私のつぶやきに、バンダナの人はアハハと慌てたように笑うと両手を振って否定する。

 自慢になりはしないけど、私の交友関係はあまり広くない。学校でも人とはそこまで喋る方じゃないし、それ以外になるとたまに買い物にいく馴染みの八百屋さんや肉屋さんや魚屋さんぐらいだ。

 遠征で他校の弓道部とかと合同で練習することはあったけど、いわゆる一種の人見知りであることを自覚している私は積極的にその人たちと話をしようとは思わなかった。

 だから目の前の、とりあえず日本人ではある三人組が私のことを一方的に知っているというのは、ひどく不思議なことだった。

 冬木に住んでいる人達ではないだろう。こんなに目立つ人たちを見かけたことがないなんてはずはない。大体この辺りにある高校は穂群原だけだ。

 

 

「成る程、まだ乗っ取られたりはしてないみたいだな。何とか間に合ったか‥‥。よし、式、頼む」

 

「はい?」

 

 

 バンダナの人は顎に手を添えて何やらつぶやき、着物の女性に向かって頷いて何かを指示する。

 ふと私の後ろで物音が聞こえた。多分藤村先生が起きて、こんな時間の来客に気づいて不審に思ったのだろう。

 まさかあの目立つ虎柄のパジャマのままで出てきはしていないかと少し不安になったけど、その着物の人、バンダナの人の言葉から察するに式さんという名前の女性が次にとった動作によって、振り返ろうとする動作は遮られた。

 

 

「ああ、任せな。生きてるんなら神様だって殺してみせるさ」

 

 

 と、彼女が口を開いた途端、ゆっくりに見えてその実目にもとまらぬ速さで腰から抜き放たれたナイフが、一瞬で私の左胸へと吸い込まれていった。

 声を漏らすことも適わない。刃は寸分違わず私の心臓を貫いている。

 不思議と痛みはない。それでもナイフの冷たさが中から伝わってくるのがわかって、『これで死ぬんだな』なんてことが『どうして私が』という疑問よりも先に実感としてわき上がってきた。

 背後で藤村先生が悲鳴のように私の名前を呼ぶのが聞こえる。その様子を首を回して確かめることすら億劫な程、急速に体から力が抜けていく。

 

 

(せん、ぱい‥‥。ねえさ、ん‥‥)

 

 

 私と藤村先生を置いてロンドンへ言ってしまった三人の姿が瞼の裏に浮かぶ。

 ああ、できることなら私も連れて行ってほしかった。私をおいていってほしくなかった。

 ‥‥いや、そんなことはもうどうでもいいこと。ただ、ただ‥‥

 

 

(もう一回、会いたかった、な‥‥)

 

 

 ドタドタと血相変えて突進してきているのだろう藤村先生の足音を真っ暗になってしまった視界の両脇で聞きながら、私は静かにどこか懐かしい思いを抱く、深い深淵へと墜ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥あれ、私‥‥?」

 

「お、目を覚ましたみたいだな」

 

 

 衛宮邸の居間、その端の方に布団を敷いて寝かせていた間桐桜嬢が小さなうめき声と共に上半身を起こした。

 ちゃっかり他人様の家に上がり込んで、あまつさえ勝手にお茶まで拝借していた俺と鮮花は、とりあえず事態をしっかりと説明する必要のある人物が目を覚ましたことを見て取ると、手に持っていた湯飲みを置いて患者の周りに集まる。

 青みがかったすみれ色の髪と瞳をした少女はしばらく不思議そうに目をぱちくりとさせていたが、ハッと気づくと真っ青な顔で自分の左胸に手を当てた。

 

 

「私! 刺されて‥‥?! あ、あれ?」

 

「安心しろ。体にはかすり傷だってついちゃいない」

 

 

 一人さっきまでの位置から寸分たりとも動かずに平然とお茶をすすっている式が、顔も動かさずにそう言い放つ。

 桜嬢は呆然と自分を刺したはずの、まるでここは自分の家だと言わんばかりに落ち着いている式を見ると、「はぁ‥‥」と小さく呟いて今度は怪訝そうに俺達の顔を順番に見る。

 無理もあるまい、突然訪ねてきて突然心臓を刺されて、さらには平然と家にまで上がり込まれては、例え目の前の人間達に悪意が見てとれないとしても何が何やらさっぱりだろう。

 というよりこの状況でまだ冷静さを保てているあたりが大物になる器を感じさせる。さすがはあの遠坂嬢の実妹だ。

 

 

「本当に突然すまなかったね。ああ、自己紹介が遅れてしまったな。俺の名前は蒼崎紫遙。遠坂嬢と同じ、ロンドンの時計塔で鉱石学科に所属している。こっちは妹弟子の黒桐鮮花。向こうでお茶啜ってるのは友人の両儀式だ」

 

「黒桐鮮花よ。よろしくね」

 

「‥‥‥」

 

 

 鮮花は完璧な笑顔で右手を差し出して握手したが、式は全くの無反応。相変わらず他人に感心のないスタイルは全く変わっていないらしい。

 実際俺は式が伽藍の洞の面々と、執事らしい秋隆さん以外と喋っているところを見たことがない。

 何度か一緒に(当然ながら幹也さんも一緒だった)に出かけたこともあったけど、お店でも注文は幹也さん経由で頼んでいたから、店員さんとは話してなかったように思える。

 差し出された手を拍子を外されてしまったかのように見ながら、桜嬢はおどおどと鮮花と握手して、はたと何かに気づくと勢いよく布団から這い出そうとする。

 

 

「先生は! 藤村先生はどうしましたか?!」

 

「安心しなよ。あの元気な人は暗示をかけて眠らせた。さっきの前後のことは全く憶えてないはずさ」

 

「そう、ですか? よかった‥‥」

 

 

 タイガーは式が桜嬢の胸を刺すのを見た途端、どこから取りだしたのか虎のストラップがついた虎柄の竹刀をもってこちらに突貫してきた。

 もし暗示が効かなかったら俺達がぼこぼこにのされるか、彼女が式に殺されるかしていただろう。なんていうか、あの人に関してはスキル対魔力ランクAとかついていても全然不思議じゃないからな。まぁ本編ではキャスターに眠らされてたから問題ないとは思うけど。

 

 

「って、あれ? えっと、私さっき確かに刺されて‥‥? いえ、むしろ貴方達はいったい?」

 

「説明するより自分で感じてもらった方が早いと思う。心臓の辺り、どうだい? いつもと違う感じはしないかい?」

 

 

 俺の言葉を効いた桜嬢は、不思議そうに自分の左胸に手を置くと目を瞑ってしばらく何かを探っているように眉をひそめる。

 そして二、三秒ほどだったろうか、心底驚いたように目を見開くと、今度は恐怖すら含んだ顔でこちらを見た。

 

 

「お爺様が‥‥いない‥‥?」

 

「間桐臓硯は俺達が殺した。本体も、そこの式が直死の魔眼で死の点を突いて殺したから、もう君の心臓にはいないはずなんだけど‥‥。どうやら成功したみたいだね」

 

 

 隣で鮮花がやったぁ! と普段のキャラに似合わない歓声をあげ、幹也さんには決して見せない普段のキャラそのままに雄々しくガッツポーズをとる。

 相変わらず無反応の式に対し、桜嬢は最早何が何やら完全に見失っているようで、不安げに、そして次の瞬間には見ていて可哀相なぐらい激しく動揺した。

 

 

「あの、どうして、こんな‥‥。っまさか先輩に私が魔術師だって知られて?!」

 

「落ち着いて。大丈夫だ‥‥って言うのもおかしいかもしれないけど、衛宮は君のことは何も知らないよ。遠坂嬢からもセイバーからも、一切君に関することは聞いてない。これは別のルートで俺が独自に手に入れた情報でね。‥‥ま、気まぐれみたいなものだから君が気にすることはないよ」

 

「そうよ。全部このお節介焼きが勝手にしたことなんだから、貴女が気にすることなんてないわ。礼もいらないわよ。私も孫の心臓に自分の本体寄生させるなんて外道は許せないもの」

 

「‥‥鮮花。君さ、少しで良いから兄弟子に‥‥ていうか年上に敬意を払ったりしないか?」

 

 

 愛しの先輩に自分のことが知られたと思ったのか、体を激しく震えさせて怯える桜嬢を鮮花と二人で宥めて落ち着かせる。

 どちらかというと同じ女性である鮮花の言葉に安心したのか、桜嬢は「そう、ですか‥‥」とほっと安堵の息をつくとまた布団へと座り込んだ。

 ちなみにこの布団、適当に近くの部屋から勝手にもってきたものなんだけど‥‥。まぁあまり気にしないことにしよう。もしかして衛宮の部屋だったかもしれないとか気にしないことにしよう。

 桜嬢が冷静に話が出来るまでに落ち着いたのを見て取ると、俺は式の持つ直死の魔眼に関する簡単な説明と、昨夜の間桐臓硯戦の顛末について語った。

 ちなみにどうして俺が臓硯を殺したのか、とか難しくて喋るわけにはいかないところは全て「気まぐれ」で誤魔化した。すっごく気になってそうだったけど、とりあえずは納得してくれたようだ。

 礼は要らないって何回も言ったけど、桜嬢はそれでも何度も俺達に頭を下げてきた。ま、俺は衛宮じゃないから礼を言われて悪い気はしないけどな。動機が純粋な善意じゃない分気が引けるけど。

 

 

「おい」

 

 

 説明が終わってまた桜嬢が頭を下げたとき、さっきから何の関心を示した様子もなくお茶をすすり続けていた式がふと口を開いた。

 いつの間にか急須の他に電気ポットとお茶っ葉と、どっからとりだしたのか煎餅まで拝借している。まさにココが自分の家だと言わんばかりのくつろぎ加減だ。

 ていうか家主が不在のくせにしっかりとお茶菓子は常備してあるのかこの家は。まぁ誰が常食してるかは大体検討がつくけど‥‥と、確か桜嬢もなかなかの健啖家だったんだっけ? だとしたらちょっと分からんなぁ。

 

 

「殺したのは間桐臓硯とやらの本体だけだ。他にも体のあちこちに刻印虫なんてモノがいるらしいが、それは放っておいたからな。アレを殺すとさすがにお前にも影響が出る」

 

 

 式の話によれば、本体を殺すのには別に問題なかったそうだ。が、間桐の魔術の結晶、どちらかといえば魔術刻印の一種に近い刻印虫はほぼ完全に桜嬢の体と結びついてしまっていたということらしい。

 別に殺せないこともないけど、そこまで自身と癒着してしまっているものを殺すと本人にも少なからず影響が出る可能性も否めない。医者でも魔術師でもないのに直感的にそこまで理解したのか。相変わらずトンデモない出鱈目加減だなこの死神は。

 

 

「それは‥‥いえ、それで結構です。この蟲も、もう私の人生の中の一部みたいなものですから‥‥」

 

 

 暫く、別段数えていたわけではないがおそらくかなり長い時間黙って俯き、やがて呟いた桜嬢の胸中はわからない。

 本来適合しないはずの魔術刻印の一種を無理矢理体に埋め込み、馴染ませるために、彼女が受けてきたであろう訓練という名の陵辱の惨さは俺では到底理解も共感も、ましてや安い同情だってできないからだ。

 でも今まさに間桐(マキリ)の軛から解放された彼女が、これからどう生きていくかをほんの少しだけ手助けしてやることはできるかもしれない。

 ちょっと同意をもらおうと思って隣の鮮花を見ると、なにやら感極まった様子でうんうんと頷いていた。なんていうか、なんだかんだでまだまだ魔術師じゃないな。‥‥いや、それは俺もか。

 

 

「その刻印は間違いなく君のものだ。君が今まで頑張って身につけてきたものさ。それをどう思うかは君次第だけど、もしこれからも魔術を研鑽するつもりなら師になる人を紹介するよ。ま、アフターケアってやつかな。俺にも今の状況の責任はあるわけだし」

 

 

 手元のメモ帳に伽藍の洞の住所と電話番号を書き込んで手渡した。

 帰ったら橙子姉に彼女の面倒を頼むつもりだ。もし彼女が電話してきたらの話だけどね。

 これで俺の胸の中に溜まっていた澱は消えた。あの眠れない夜を過ごすこともないだろう。

 世界から拒絶されるあの何ともいえない不安な感覚に怯えることもない。もしかしたらまたこれからもひょんなことで圧力をくらうこともあるかもしれないけど、とりあえず当面の、俺自身の問題が片付いたわけだ。

 

 

「あぁ、それとできれば今回のことは一切秘密にしておいてくれないか? 式の能力のことだけじゃなくて、今回起こったこと全て、俺達がここに来たことも」

 

「先輩達には、本当に何も言っても聞いてもないんですか?」

 

「ないよ。言っただろう? これはあくまでも俺の気まぐれだって」

 

 

 あくまで自己中心的な思考からの行動。自己満足の結果による偽善。衛宮ならこれをどう評価するだろうか。

 まぁそんなことでも、目の前の桜嬢はかすかな微笑を浮かべてくれている。

 それは随分と気持ちが良くて、俺もつられて少しだけ唇の箸を持ち上げて笑った。

いいことをすれば気持ちが良い。別にお礼をいわれようと思ってやったことじゃなくても、それは変わらない。

 等価交換の代価がこの笑顔だったなら、まぁ衛宮の気持ちもわからないでもないかな。

 

 暫く色々とロンドンの様子などの雑談で時間を潰した俺はその他色々なことを桜嬢に言い含めると、疲れたと愚図る鮮花と、もう少しのんびりとお茶を楽しんでいたいらしい式を連れて、藤村先生が目を覚ます前に、少しばかりの達成感を抱きながら新都のホテルへと去っていったのだった。

 ‥‥ちなみに、夕食はホテルの近くのレストランで、なおかつ俺の奢りだった。

 ま、しょうがない、か‥‥。トホホ。

 

 

 

 20th act Fin.

 

 

 

 

 

 

 

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