ていうかフランス人多過(ry
side Azaka
「行っちゃいましたね」
「ああ、行ったな」
あまり人の多くない成田空港、私と橙子師と幹也と式、伽藍の洞の総メンバー―――1人忘れてる気がするけど―――で兄弟子の乗った飛行機を見送り、私たちは踵を返して橙子師の持っている大きい方の車に乗り込んだ。
式や幹也はもとよりかなり目立つ一行だったはずだけど、不思議と空港で私達が人目を引くことはなかった。
橙子師日く、認識阻害の呪いを弱めにかけていたからだそうだ。‥‥魔術はおいそれと使うものじゃないなんて言ってたくせに。
「それにしても、今回はくたびれ損の骨折りもうけでしたね、橙子師」
「骨折り損のくたびれ儲けだ。費用対効果がおかしすぎるだろう、それでは」
行きよりも一人減った車内は広い。癪だけど私と式が後部座席に座り、橙子師が助手席で火の点いてない煙草をくわえ、幹也が運転席でハンドルを握っていた。
私は断固として助手席に座ることを要求、同様に無言で、しかもさもそれが当然であるかのようにその席に乗り込もうとした式と舌戦を繰り広げたのだけど、私達ではナビが出来ないというわけで橙子師が収まった。
ちなみに行きは紫遙が座っていた。流石の彼も女所帯な後ろに座るのは嫌だったらしい。
「まったくもう、蟲の相手はさせられるし電車は別にグリーン車でもなんでもなかったし時計塔の推薦状は書いてもらえなかったし‥‥」
「誤解を招くようなことを言うな。推薦状はきっちりと書いたさ。嘘だと思うなら事務所に帰ったら見せてやる。あとはお前が頑張って両親を説得するだけだ」
ぎしり、と歯の軋むような音すらさせて目の前の師匠の後頭部を睨み付けるけど、当然ながら効果は一切ない。
詭弁も詭弁だと言うのに反論の言葉すら湧いてこないとは‥‥なんだか格の違いを見せ付けられたようで釈然としない。
一皮向けば単なるブラコンのくせに! なんてことも考えはしたけど、流石にまだ命が惜しいからこれはやめておこう。
「大丈夫だよ鮮花、今度は僕も一緒に行って説得してあげるから」
「ほ、本当ですか兄さん?!」
と、睨み付ける視線の先の隣で運転席に集中していた幹也から援護射撃を貰った。
そりゃあロンドンに留学してしまえば幹也とは長い間会えなくなる。でも今みたいな中途半端な私では彼の心を掴むことはできない‥‥!
幸い火の魔術に関しては橙子師にも兄弟子の紫遙にもお墨付きを貰っているから、化け物揃いだという時計塔でもやっていく自信は十分にあった。
幹也と式の関係が以前にも増して更に親密なこの状況で傍から離れるのはちょっと、ううんすっごく不安だけど‥‥。
なんとしてでも魔術師の本拠地であるロンドンでびっくりするくらいの実力をつけ、その力と外国で身につけた魅力で式を排除し、幹也をオトス!
「実は僕もそろそろ一度帰らなきゃいけないと思ってたんだ。ホラ―――」
幹也の左手がハンドルを離して照れ臭そうに頬をかく。
そろそろ? 帰らなきゃいけない? 勝手に大学中退して勘当同然だった兄さんが?
待って、落ち着くのよ鮮花、KOOLになれ。素数を数えなさい。わざわざ兄さんが家に帰らなきゃいけない理由を有りもしない分割思考を想像して考えなさい。
‥‥そ、そうよ! きっとそうに違いないわ! 兄さんったら遂に式を諦めて私と一緒に実家に‥‥!
「兄さん! やっとわかってくれ―――」
「式を紹介しなきゃいけないからね」
「―――って、え?」
車内の雰囲気が一瞬止ま‥‥否、凍り付く。
今、幹也は一体何て言ったのかしら。誰に誰を紹介するって?
『シキヲショウカイシナキャイケナイカラネ』
ああそう式を父さんと母さんにねそうよね前に式がウチに来たのは随分昔のことだものね幹也が女を連れてきたなんてあの時は凄く驚いたものだものああでもあの時は式じゃなくて織だったんじゃなかったかしらっておかしいわね思考が乱れて―――カット、カットカットカットカットカット!
「って兄さぁぁぁぁあああーーん?!! そんなの聞いてませんよ! 一体何なんですかそれは!」
「ああ、そういえばお前、遂に両儀の家を説得して婚約にとりつけたんだっけな。祝いが遅れてすまなかったな、黒桐。おめでとう。心から祝福するよ」
「ちょっと式どういうことかきっちりきちきち説明―――って寝てるゥゥ?! この娘寝てる! この状況で寝れるとは‥‥式、恐ろしいコ‥‥!」
真偽を問いただそうとしてバッと振り向いた横の式は、いつのまにやらドアに体をもたれてすやすやと寝息をたてていた。
その寝顔がまた絵画か写真みたいに絵になっているのだから憎たらしい。女の私でもドキッとするくらい綺麗なのだ。あまりにその姿が美しくて怒りに頭が湯立った私でも触れることを躊躇ってしまう。
「僕だけじゃないですよ。秋隆さんとかも手伝ってくれまして‥‥。お決まりなのか、お義父さんには一発殴られちゃいましたけどね」
そういえばある日幹也が顔を腫らしてやってきたことがあった。本人は『階段で転んだ』なんてベタな言い訳をしてたけど、まさか幹也が嘘をつくとも思わなかったからみすみす見逃したのか私‥‥!
視線を巡らせて見れば幹也はしっかりと前を見ながら運転していても、顔が少し嬉しそうだ。長い前髪に隠れて見えにくいけど、口元が明らかにゆるんでいる。
「おのれ式‥‥やっぱり今ココで無防備な内に葬っておくか―――ってちょっと貴女! 実は起きてるでしょ! 隠しても無駄よ!」
ちらりと僅かに窓の外を向いた顔を確認してみると、僅かに朱が差していた。許すまじ!
結局隠しきれないと思って怠そうに起き上がった式と私との激しい(やや一方的に、しかも橙子師の茶々が入る)舌戦は、その後車が伽藍の洞に着くまで延々続いたのであった。
「ふぅ‥‥これはまた、よう釣れたもんだなぁ」
「これでも三日に一度は手入れしたんですのよ? それにしても二日でこれとは‥‥。また増えてますわね」
俺とルヴィアがあきれ顔で立ちつくしているのは他ならぬ蒼崎の工房の前。目の前には多種多様な生き物や生き物を模した使い魔、もしくはそれらを使役している魔術師本人など、もはや混沌としか呼べないような有様が広がっている。
暫くぶりにロンドンに帰ってきた俺は、まず迷惑をかけたルヴィアに挨拶してから二人連れだって時計塔の地下にある俺の工房兼自室へと向かった。一週間以上放置していた工房は、定期的にルヴィアが封印をかけ直しておいてくれはしたが何されているかわからない。
突破されているなんてことは万が一にもないとは思う。中が荒らされているなんてのは億が一にもないとは思う。
ただ、問題はこの工房の扉の仕掛けにある。
「あー、コイツらは鉱石学科の下位クラスのジャン・プリュベールとモンパルナスか。流石に自分自身で突撃かけてくるとは思わなかったわ、ウン」
「幸い息はあるようですわね。ひん剥いてから簀巻きにしてテムズ河に放り込んでしまいましょう」
俺は倒れていた二人の学生の懐から身分証を取り出して確認し、ルヴィアがさりげなく恐ろしいことを口にしながら、白目を剥いて気絶している二人を廊下へと蹴り出す。普通は使い魔とかを潜入させるのに、どうも幾つか放った使い魔が戻ってこなかったので思いあまって自分達で突破を謀ったらしい。まぁ見事に失敗したわけだが。
‥‥そう、何の変哲もないこの扉、実は侵入者を内部へ取り込んでしまうというかなり趣味の悪い防壁の一種なのだ。
今のところ防御率はこの一年で99%。一人だけ中に取り込ませた使い魔を爆発させりなんて強引かつはた迷惑な方法で突破した奴もいるんだけど、そいつは入り口付近にこれでもかと仕掛けた各種の魔術、非魔術ごった混ぜの罠全てに引っかかって三途の川辺を彷徨うことになった。
この二人はおそらくこの一日二日ぐらいに引っかかったのだろう。さすがに三日以上この中に取り込まれていては命の保証が出来ない。
「おーおーイイもの使ってるじゃないか。翡翠にルビーに純銀に‥‥。これは君と折半ということでいいかな?」
「結構ですわ。一度でも他人の魔力が通ったものなんて使い道ありませんもの」
「そうかい? 売れば結構な金になる‥‥って、君はそんなの興味なかったか」
完全に魔力と支配権を剥奪されて転がっている様々な使い魔達は、貴金属や宝石などの貴重な素材を使って造られているものが多い。なかなかの臨時収入だな。
俺が時計塔にいる間にはそうでもないんだけど、こうやって長い間―――という程でもないとは思うんだけどさ―――留守にしていると山のように侵入を試みるヤツらが現れるのだ。迷惑なことに。
他人の研究成果を奪うことにばっかり精魂傾けるなんて、奪われる方も奪われる方なのは分かるが、それでも貴様ら魔術師か?
やり方は多々あれども、自分の力で根源に辿りつくことこそ俺達が目指すものではないのか。ん? そうでもない? 楽して根源行きたい? そうか、君ちょっと職員室まで来なさい。
「毎度毎度必ず失敗するって分かってるのに、なんで懲りずに来るかねぇ‥‥っと、よし開いた。何もないけど入りなよ」
ルヴィアがかけ直しておいてくれた封印を解除して扉を開けると、廊下に散らばっていた貴金属や宝石で出来ている各種使い魔を厳選して一抱えにすると、足を器用に使って部屋に入る。
「ただいまー‥‥って、誰もいないんだけどねー」
日本へ帰る時に床や机に散らばっていた書類は全てまとめて自室の方へ片付けて封印しておいたし、資料の魔術書の類も綺麗に仕舞っておいたから部屋はとても綺麗なはずだ。
ルヴィアもあまりこの工房に来ることはないんだけど、何らかの用事があって訪問してくる度にやれ片付けろやれ綺麗にしろと口やかましい。不潔じゃなくて雑多なだけなんだからいいじゃないか別に。
それと断っておくが、俺は別に整理整頓が苦手なわけじゃない。ただ、やらないだけだ。面倒なだけなのだ。決して片付けしようと思ってあちらをこちらにこちらをあちらにと色々四苦八苦していたら、気づけば始める前よりも酷くなっていたなんてことはない。ないったらないってば!
「あら、おかえりー。遅かったわねぇ」
「あぁただいま‥‥って、青子姉?!」
「ミ、ミス・ブルー?!」
と、返事があるはずのない居間から聞き慣れた女性の声がし、思わず普通に返事をしてしまった後俺とルヴィアは吃驚仰天して一歩後ずさった。ついでに抱えていた収入源も派手に床へとまき散らしてしまった。壊れていないかどうか後でチェックしなきゃな。
ちなみに問題の下の義姉は居間に置かれたソファーの一つを完全に占拠して、我が物顔でコーヒーを啜っている。まぁココは元々青子姉の工房なわけだけど、それにしても管理人の留守中に入り浸っているってのはなかなかいただけないぞ? ‥‥ていうか、封印のチェックをしていたルヴィアにも気づかせないなんてどうやったんだ?
「女は少しくらい秘密があった方がミステリアスでいいでしょ?」
「面倒くさいだけだろ青子姉。ていうか入り浸るのはいいけど片付けてよ。流石に俺も食べたものは片付けてたよ」
一体何日ここでのんびり自堕落に暮らしていたのか、ソファの前に据えられた食卓の周囲には食べた後そのままに放置していたと思しき皿やカップ麺などが転がっていて、読み散らかしたのだろう本や漫画類まで山を作っている。いつの間に、どうやって持ち込んだのだろうか?
‥‥誓って言うが、元々この部屋には漫画などの大衆娯楽雑誌は置いていなかった。この部屋にある娯楽用途の品々と言えば、わずかにドイツオペラのレコードとそれを聞くための蓄音機、毎日使い魔によって届けられる新聞などだけである。テレビもパソコンもありはしない。
「ってあら、ルヴィアゼリッタじゃない。久しぶりね~」
「ひぃっ?! シ、ショウ! 私コレで今日は失礼いたしますわ! 相談事はまた後ほど!」
「ちょっと来てすぐだってのにそれはあんまりじゃない? お茶ぐらい出すわよ~ホラホラ」
俺の後ろで固まっていたルヴィアに青子姉が気づいてにんまりと笑った。
おそらくルヴィアにステータス表示があれば、【天敵:蒼崎青子】の欄がしっかりと追加されているだろう。俺がコッチに来なければ巡り会わないで済んだかも知れないのにな。ホント色々とスマン。
なおもかっこうの玩具を逃がすまいと立ち上がる青の魔法使いに対し、怯えに怯えきった金の獣は見事なバックステップで距離をとる。体はしっかりと臨戦態勢を崩していないが、非常に珍しいことに瞳が揺れている。一体前回の接敵でどれほどの
「結構ですわ! それではお二人ともごきげんよう!」
「‥‥あら、行っちゃった。残念ね~色々と用意しておいたのに」
「‥‥‥」
一体何を用意していたのかは聞かないでおいてやるのが友情というものだろう。
俺は冷めてしまったコーヒーの淹れ直しをねだる青子姉からマグをひったくると、食器棚から自分の分のティーカップを出してそちらには紅茶を用意する。
幸いにして青子姉は繊細な紅茶の淹れ方など知らなかったようで、こちらは荒らされてはいない。‥‥秘蔵のショートブレッドはしっかりと食い散らかされていたけどな。
「で、どうだったの?」
「どうだったって、何が?」
仕方が無しに冷蔵庫の中でなんとか腐敗を免れていたビスケットを取りだし、コーヒーと紅茶を淹れて俺も向かい側のソファーに座って一口啜る。
我が義姉殿は笑顔で自分の横をバンバンと、クッションが裂けてしまうかと思うぐらい強く何度も叩いて一緒に座るように要求してきたけど、流石にこの歳になってまで横に座る様なことは勘弁してほしい。忘れてるかもしれないし俺自身も結構自覚はないんだけど、もうこちらの方が背が高いのだ。
「なーに惚けてんのよアンタは。間桐桜ちゃんに決まってるでしょ? どう? 可愛い娘だった?」
「あ、青子姉!」
「冗談よ。まぁその様子からして成功したみたいね」
思わず真っ赤になって身を乗り出した義弟の様子がさぞやおもしろかったのか、目の前のいつも通りのラフな格好をした義姉はケラケラと笑ってカップを置く。
俺はひとしきり仏頂面でそっぽを向いて抗議の態度を示した後、事態の推移と結果を簡潔に報告した。間桐臓兼との戦い、式の魔眼による本体の消滅、桜嬢のアフターケアなど。
全て話し終わる頃には時計の長針は二回も回転していて、遅くに帰ってきたせいもあるとは思うけど、いつの間にか深夜と呼べる時間帯になっていた。
「姉貴に弟子入りねぇ‥‥。また真っ黒になっちゃうんじゃないの? あの娘」
「あれだけの魔術基盤をもった見習い魔術師を放置しておく方が問題でしょ。異能は異能を引きつけるっていつか言ったの、青子姉だったと思うけど?」
「それはそうだけど‥‥ふぅ、まぁいいわ。約束通り無事に帰ってきたんだしね」
食卓の上の皿に乗せられていたビスケットを一つ囓ると、青子姉は脇に置いておいたトランクを持って立ち上がった。
ふわりと揺れた髪の毛から良い匂いがする。義姉達は仲こそ非常に悪い―――原作に比べればこれでもまだ良くなった方だとは思うけど―――が、使っているシャンプーは同じみたいで二人とも一緒の匂いがする。
「それじゃあ私はもう行くわ。また何かおもしろそうなこと見つけたら来るから、ちゃんとココにいるのよ?」
「俺がどっか行ってるのはいつも、青子姉に連れ出されてる時だよ」
左腕を顔の横に持ってきて、めっ、とでも言いたげに人差し指を立てた青子姉に冗談交じりに返す。 ていうかそれはどこぞのカレー狂代行者とマジカルでアンバーな家政婦の専売特許だ。今度教え子に会う時には出来るだけ神秘的な先生でいてやってくれ。
俺の言葉に満足したのか、青子姉は大きく笑顔で頷くと背後の何もないはずの空間をその腕で一薙ぎした。空間が歪み、向こう側に爽やかな風の吹く草原が見える。
昔、いつのことだったか、一緒にこない? なんて誘われたことがあったっけ。あの時は研究とか、いろんなことがあったから断ったけど、本当にいつかは一緒にあそこへ行ってもいいかもしれない。
「それじゃあまたね、紫遙。次会うときまで元気でいないと承知しないんだから」
長い髪が翻り、次の瞬間にはまるで幻のように青の魔法使いは消え去っていた。
俺は来るのも去るのも唐突な義姉に軽い溜息を漏らすと、散らかった食卓に今度は深く溜息をつき、ひとまず現実逃避も兼ねて遠坂家へと買ってきたお土産を鞄から取りだすと整理を始めるのだった。
22th act Fin.