UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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冬霞はミュージカル大好きです。ここも改訂で少し濃くしていきたいと思っていますが‥‥応援よろしくお願いします!


第二十二話 『騎士王の憂鬱』

 

 

 

 side Saber

 

 

 

 午前中にびっちりと入っている賃仕事を済ませ、私はしばらく特に用もないのでのんびりと倫敦の街中を散歩していました。

 気温は暑くもなく寒くもなく、にも関わらず太陽はさんさんと気持ちのいい光を届け、これまた中々に過ごしやすい一日ですね。

 

 

「さて、今日もどうしましょうかね‥‥」

 

 

 結局こちらに来てからの私に、本分であるはずの使い魔(サーヴァント)としての仕事は全くと言っていい程にさっぱりでした。

 本来一介の魔術師に英霊を現界させておくなど不可能に近く、凜ほどの魔力容量(キャパシティ)を以ってしても非常に困難です。

 こうして人となんら変わらぬ生活をしている分には問題ないようですが、武装をしたり、あまつさえ戦闘に及びなどすれば彼女の負担はぐんと増え、最悪共倒れの危険すらあるでしょう。

 

 

「ふむ‥‥ガブローシュはシュウガクリョコウなるものに行ってしまいましたし、ジョージも仕事の真っ最中でしょうね。あまり不用意にうろついたりしないように凜からも言い含められていますし‥‥」

 

 

 勿論サーヴァントである私が戦いを避けているわけにはいかない。戦闘になった場合の魔力のやりくり等に関しては既に凜と相談し、効率良く戦えるように決めてある。

 とはいえ学生の身分である彼女が基本的に平時に身を置いているのは至極当たり前のことで、つまるところマスターのサーヴァントとして私が今やっていることは、むしろ彼女の家族の一員、特に家計を預かる身として生活費を稼ぎ出すことに外ならない。

 

 

「些か以上に釈然としないのですがね‥‥。まぁ、これはこれで悪いことではありません、か」

 

 

 よく晴れた青空を見上げて吐息を零す。断じて溜息ではない。確かに憂鬱であるのは認めますが、私としてもこの生活が気に入ってはいるのですから。

 そう、戦いがないこと以外にただひとつだけ(本当は他にも色々と言いたいことはあるのですが。‥‥主に金銭面や風紀に関して)不満な点を挙げるとすれば、それは―――

 

 

「どうしようもない程暇、ということでしょうか‥‥」

 

 

 

 

 甚だ不愉快なことではあるのですが、私はその、実際の年齢より非常に幼‥‥若く見られてしまうようなのです。

 仕方がないことなのです! 私は王となることを決めてあの選定の剣(カリバーン)を抜いた時から体の成長は止まっていますし、あの頃に老魔術師(マーリン)にかけられた性別誤認の魔術のせいか、少年の要素が目立つので‥‥。

 と、とにかくそういった理由から倫理的に問題があるらしく、私はあまり長時間雇ってもらえないのです。

 その分お給料はやや多めに貰っているので家計を支える面では大助かりなのですが、まさかこうして暇を持て余すはめになるとは‥‥!

 冬木にいたときはライガやレイカンやネコといった知人のところへ行くこともできたのですが、いかんせんこの倫敦の街ではこのような時間帯に用事のない人と知り合えていない。聞く人が聞けば贅沢な悩みと評するかもしれませんが、まったくもって困ったものです。

 

 

「おや、あそこにいるのは‥‥?」

 

 

 ふと目の前の交差点を渡っている人影を認め、私は思い立って彼に声をかけてみることにしました。

 なにか以前も似たような出来事があったような気もするのですが、まぁ気のせいでしょう。

 その一件でひどく不愉快な思いをしたような気もするのですが。

 

 

 

 

 

 

 

「ふー、随分と遅れてしまったな。次の公演に間に合うかな‥‥?」

 

 

 研究が一段落したところで、俺は倫敦の街へ繰り出していた。

 いかに工房に篭もっているのが楽しいとは言っても、同じことに長時間取り組んでいては作業効率は落ちる。息抜きとは言わなくても適度に別の作業に切り替えて気分転換を図るのは大事なことだ。

 鉱石学科の講義はちょうど課題作成の時期に入っていて授業はない。出された課題は提出してしまったから、とりあえず俺はあそこに束縛される理由もないというわけで。

 眼精疲労気味の目頭を揉んで、俺は大通りの横断歩道を渡る。信号がない横断歩道でも歩行者優先が徹底しているこの街では比較的交通事故は少なめだ。左車線で日本とも共通点が多いからか、日本人にも親しみやすい。

 

 

「あれだよな、やっぱりミュージカルは喜劇に限る」

 

 

 息抜きに俺が選んだのは、簡単な演劇鑑賞だ。もともとオペラを好んで聞く俺だが、ミュージカルにも造詣は深い。

 そもそもオペラは長すぎる。下手なものになるととても一日では終わらないなんてものもあるし、そうでなくても二時間三時間ではきかないものだって数多いのだ。

 レ・ミゼラブルのような歌だけで構成されているフランスミュージカルやオペラ座の怪人のようなロイド・ウェーバーの名作も捨てがたいが、やはり芸術であるオペラと異なりミュージカルはエンターテイメントであるべきだろう。涙そそる悲劇というのも嫌いではないが、娯楽として観に来ているのだから思いっきり笑わせてくれるものを楽しみたい。

 

 

「さあて、それではチケットを―――」

 

「ショー!」

 

「‥‥セイバー?」

 

 

 ミュージカルホールのチケット売り場へと向かおうとした俺を呼び止めた声に振り返ると、そこにいたのは砂金のような金髪を一つに編み上げた剣の騎士、遠坂凜の使い魔(サーヴァント)であるセイバーだった。その様子と時間帯から鑑みるにどうやら仕事の帰りらしい。騎士王様も浪費癖のある主人(マスター)を持つと大変だな。

 俺達は横断歩道を渡りきると歩道の端っこに寄る。平日の午後という忙しい時間帯とはいえ、道を歩くサラリーマン達は多いし、老後の暇をもてあましているらしい元気そうなお爺ちゃんやお婆ちゃん、旦那が仕事してるだろうというのに優雅な午後を楽しんでいると思しき奥様方など人通りは多い。

 十人いたら十人振り返るような美少女と何ら変哲のない凡庸な顔をした、しかもすり切れた紫色のバンダナを巻いた日本人という組み合わせは目立つのか、道行く人たちの内の結構な割合が俺達の方をチラ見していた。

 

 

「久しぶりだねセイバー。どうしてこんなところに?」

 

「私は賃仕事の帰りです。暇なのでこの辺りをぶらぶらしてから帰ろうかと。貴方こそどうしてここに?」

 

 

 そういえば賃仕事をやっているとは聞いたが、一体何をやっているのだろうか? 彼女の能力を鑑みるに力仕事が得意そうだが、今の服装は普段と全く同じものだ。そういうことはないだろう。今度そういう雰囲気の時に聞いてみようと思う。

 

 

「ああ、息抜きに観劇でもしようかと思ってね。かねてから観たいと思っていた劇が上演するらしいんでさ」

 

「ほう、観劇、ですか‥‥」

 

 

 俺が指さした先にあるミュージカルホールを見たセイバーがぽつりと呟いた。

 演劇を観たことがないのだろうか? 随分と関心があるようだ。う~んう~んと何やら考え込みながら。後ろのポケットをまさぐっている。

 

 

「‥‥ショー。一つお願いがあるのですが」

 

「‥‥な、なんだいセイバー?」

 

 

 暫く考え込み、キッと俺の方を見上げたセイバーが口を開いた。

 ‥‥最近一つ判明したことがある。俺は女の子の上目遣いに弱い。特別背が高いというわけではない俺だけど、それでも大概の女性よりは目線は上だ。

 なんていうか、今まで強すぎる女性―――主に義姉ズ―――とばっかり接していて、しかも自分が子どもの頃のその女性達の印象が焼き付いているせいか、この庇護欲をそそる目線への抵抗力は中々少ないようだ。特に義姉達と話すときにはどこかしらに腰掛けたりして注意してるし。

 

 

「出来ればその観劇、ご一緒しても構いませんか?」

 

「いっ‥‥!」

 

 

 そんな俺だからこそこんな頼み方をされては断りづらいのは道理。だが、今回ばかりはどうしてもセイバーを同行させるわけにはいかない。ルヴィアならいい。遠坂嬢でもいい。しかしセイバーだけは絶対にダメだ。

 何も意地悪をしているわけではないし、決していかがわしい作品を観に行くつもりでもない。だが、今から観に行こうとしている作品だけはまずいのだ。彼女にだけは絶対に観せてはいけないのだ。

 

 

「セ、セイバー、君お金は持っているのかい? た、無料で観れるわけじゃないんだよ?」

 

「大丈夫です。凜達に送る分とは別にお小遣いとして稼いだものをとってあります。芝居というのは私の時代になかった概念だ。是非とも見聞を広めておきたい」

 

「うぅぅぅ‥‥」

 

 

 何度でも言うが、セイバーは美少女だ。そして俺は健全な青少年だ。別段むやみやたらと好意をばらまくなんてことをするつもりはないし惚れっぽいなんてこともないと思うけど、知り合いと言えども可愛い女の子に頼まれ事をされて悪い気はしない。

 ピンチだ。大ピンチだ。思わず縦に振りたくなる首を必死で堪える‥‥が、次の瞬間その我慢も硝子の如く砕け散った。

 

 

「お願いします‥‥」

 

「‥‥‥!」

 

 

 多分何も考えてはいないのだろう。セイバーが俺の手を取って胸の前で握るとまたもや必殺の上目遣いで頼み込む。

 あぁ、こりゃ衛宮ばっかりを鈍感だの朴念仁だの責めてはいられないな。おそらく男にこれをやられたら激しく取り乱すであろうセイバーも、自分がやる分にはまったく自分が相手に与えるダメージを考慮していないみたいだから。

 

 

「‥‥わかった。だけど一つだけ約束してくれ。絶対に途中で暴れ出さないでくれよ」

 

「‥‥? 当然ではないですか」

 

 

 連れだってチケットを買って入ったミュージカルホールの看板には、《SPAMALOT》と書かれていた‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥」

 

「いい加減に機嫌をなおしてくれよセイバー。ホラ、日差しがあるからあんまり暑くないっていってもアイスが溶けちゃうぞ」

 

 

 ミュージカルホールから出てきてからこっち、今こうしてオープンカフェの形式をとったアイスクリームショップの席に座っている間も、セイバーは始終無言で眉をひそめることによって不機嫌をアピールし続けていた。

 ああ、手間をかけさせて悪いけど、《MONTY PYTHON`S SPAMALOT》の内容については各自適当にググって欲しい。今ココで説明するのはあまりにも面倒臭いって何を言ってるんだ俺は。

 とにかく始終不機嫌を表すセイバーをなんとか宥めすかして引きづるようにこの人気のアイスクリームショップに連れてきて、当然のように俺の奢りで特大サイズのお勧めブレンドを注文して席につかせ、こうして向かい合わせに座ってスプーンを握っているというわけだ。

 

 

「‥‥あのような屈辱を‥‥私は王として‥‥」

 

「気にしない方がいいって。あんなの後世の創作さ」

 

 

 今だ機嫌は悪そうだがスプーンを手にとってアイスを口に運ぶ連れに安堵の息を零し、俺も自分のカップに手をつけた。もちろんサイズは普通だ。魔術師だって胃袋は一般人だもの。

 ぶつぶつぶつぶつと漏れ聞こえてくる呟きはなかなか物騒だ。あのミュージカルホールを聖剣(エクスカリバー)で薙ぎ払うとか言い出さないだろうな、オイ。

 

 

「‥‥ところでショー」

 

「ん? なんだい?」

 

「貴方は私の真名を知っていたのですか」

 

「ぶふぅっ?!」

 

 

 さっきまでの殺気が篭もっていながらも暗鬱なものとは一転、真剣な目で睨まれた俺は思わず口に含んでいたアイスを吹き出しかけてなんとか自制した。

 確かに思い返せばかなりスレスレ、というか直球ストレートど真ん中ストライクなことばっかり言ってしまっていた気がする。ここぞという時に詰めが甘いなんて、橙子姉にも青子姉にもよく言われていたことだったのにな‥‥。

 

 

「あー、その、すまなかった、セイバー」

 

「いえ構いません。貴方は協会に属する身。どこぞで凜が提出した資料に載っていた私の真名を見る機会もあったでしょう。別段謝られるようなことではありません。先ほどの劇も、その、なかなかに刺激的ではありましたが、後世の創作だとは理解していますし‥‥」

 

「ハハ‥‥」

 

「それに貴方の人柄もわかっています。私の真名を知っているからといって、それを悪用したりする人ではないでしょう?」

 

 

 平静だと口では言いながらも絶対に心中穏やかではないのは明らかだ。なにしろその手の中の金属製のスプーンはすっかりと拉げてしまっていて、流石にそれを取り替えてもらうわけにもいかないからそのまま苦労して使っている。

 当然のように俺が自分の真名を知っている理由を魔術協会の上層部伝いだと思ったらしいセイバーはあまりこの件について言及しないでくれた。大感謝だ。あんまりツッコまれると色々とヤバイ。

 

 

「‥‥私の素性を知っていると分かった上で、一つ愚痴を聞いてくれませんか?」

 

「?」

 

 

 と、俺が半分食べ終わる間に何倍もの大きさのアイスを三分の二は消してみせたセイバーがためらいがちに口を開く。

 俺は思い悩んだ様子の彼女は珍しいと思いながらも、女の子には優しくしなければならないという、衛宮とは正反対のアプローチ―――主に義姉ズによる―――によって植え付けられたポリシーにのっとってスプーンを置き、顔の下で両手を組んで耳を傾けた。

 

 

「私は今、自分の存在意義が分からなくなってきています。聖杯を求めて召喚に応じ、その聖杯が紛いものであることを知ってなお、どうやって進めばいいのかわからない‥‥」

 

「‥‥‥」

 

「士郎は強い。抽象的な話で申し訳ないのですが、過去に意味がないと誰よりも身近な人に告げられ、さらには未来にも否定されてなお、彼は彼自身で有り続けることを宣言した‥‥。そんな士郎の傍に居ると誓った凜もまた強い‥‥。では私は、生者でない私は、これから先をどう過ごしていけばいいのか‥‥」

 

 

 喋っている合間にも確実に、それでいて相談の内容が含む深刻さを些かたりとも損なわないようにセイバーの手元のアイスは消えていくけど、俺も彼女の悩みについて真剣に考えていたのでそんなことは頭の片隅にしかのぼらなかった。

 ていうか俺のアイスも着々と溶けてるんだけど、俺には彼女みたいに相談事にのりながら食べるなんて器用な真似は出来ないから全面的に放置だ。哀れチョコミント。

 

 

「‥‥すいません、事情を知らない貴方ではさっぱりでしたね」

 

「そんなことないさ。悩みは誰かに吐き出すだけでも十分楽になる」

 

 

 恥ずかしげに頬を朱に染めたセイバーが、残りの僅かなアイスをどういう不思議か一口で食べきる。俺はそんな彼女がおかしくて手元に残った自分の分のアイスもすっと差し出した。

 それを侮辱ととったのか少し憤ったセイバーだけど、そこは腹が冷えたとか何とかで宥めて誤魔化した。それでも食べる表情は幸せそうなのはおもしろいな。

 

 

「まぁあれだ、俺に出来るアドバイスは一つだけだよ」

 

「?」

 

「俺には君の話を聞いてやることしかできないけど、衛宮達ならその先も見つけられると思う。もっと身近に居る人たちを頼ってみな。きっと力になってくれるはずさ」

 

 

 それは例えば俺が義姉達を頼りにしているように、おそらく桜嬢が最後に頼るのが遠坂嬢であるように。セイバーにとっての最も身近な人たちは衛宮達だ。

 偉い学者先生とか専門の勉強をしたカウンセラーとか、もっともらしい解答を用意してくれる人は沢山いるだろう。

 でも本当に自分について不安になっている人にとって最良の答えを見つける手助けができるのは、その人を一番知ってくれている人たちだけなんだ。

 

 俺は感謝の言葉を述べるセイバーに礼は要らないなどとテンプレ的な対応をすると、二人連れだって―――セイバーが捻じ凶げたスプーンが見つからないうちにこっそりと―――店を後にしたのだった。

 

 

 

 23th act Fin.

 

 

 

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