UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第二十三話 『名教授の追憶』

 

 

 

 side Luviagelita

 

 

 

 エーデルフェルト家の当主として、私は常に様々な雑事を抱えております。

 学生という身分であればあまりややこしくて重要度の低い決済などは代理の者に任せておりますが、それでも当主自身が判断して印可をする必要のある書類は数多く、私は自分の研究の時間以外にもこのような雑事に時間を割かれてしまい不愉快の極みですわ。

 もちろん当主としての自身に誇りはあります。長い歴史を持つ魔術師の家は、ただ魔術の研鑽に集中していればそれでいいというものでないのです。特にエーデルフェルトの一族は魔術が一子相伝とは限らないので分家の類も多く、家情も千差万別なそれらをとりまとめるのも本家の当主として重要な仕事でしょう。

 しかし、やはり魔術を志すものとしては自身の研究に集中したいのもまた事実。大事な仕事とはいえこのような雑事は本来魔術師には不要、否、蔑まれてもおかしくないものなのです。

 

 

「貴方はどう思われまして? ロード・エルメロイⅡ世」

 

「うぉぉぉおおお! アレキサンダー大王の固有能力発動! 集中突破(マケドニア・ファランクス)! 自軍を強制的に1スクウェア分前へ!」

 

 

 甚だ不本意ではありますが、これらも仕方がないことではあるのです。魔術の存在を知らない一般人が一人では生きられずに共同体(コミュニティ)を形成し、その中で権力闘争が起きるのと同様、魔術師達も魔術協会という共同体を形成している以上その中で権力闘争や利権争いが起きるのもまた必然というもの。古い家柄であるエーデルフェルトもその上層部の争いに少なからず介入していますし、私自身がいくら自慰的自傷行為を行ったところでこの大きなエーデルフェルトという一族全体を保つことを考えれば、あのような政治的なこともしっかりと行っていかなければなりません。

 

 

「甘いですよプロフェッサー! 武蔵坊弁慶の固有能力発動! 侠客立ち(スタンディング・ダイ)! 敵軍の前面進行を阻止!」

 

「ガッデェェエエエム! ファック! 期待させておいて裏切るとは‥‥蒼崎、お前は最低の日本人の代表だ!」

 

「ははは。プロフェサー、よもや私がこの手のゲームが苦手だという弱点を克服しないとでもお思いか。工房にゲーム機はありませんが、倫敦のゲームセンターで秘密の特訓に励んだり励まなかったりしたのですよ! 後学のためにこの言葉を覚えておくといい。故人日く“兵は斯道なり”」

 

 

 世の中は清廉潔白だけでは生きてはいけないと知ったのは、私が時計塔に来てから暫く経ってからのことでした。不思議に思ったのは廊下に掲示される成績の順位。明らかに実力でも座学でも劣っているはずの者が上位に入っているのを見て、その単元の教授を問いただしたものですわ。

 その時はいくら聞いてもはぐらかすばかりで教えてくれませんでしたが、後にロード・エルメロイⅡ世と知り合い、彼にその不思議を尋ねてみたところ、当時の私にとって驚くべき答えが帰ってきました。

 曰く、賄賂、利権、便宜、様々な俗世のような政治的取引。

 根源を目指すという只崇高な目的を目指して日々研鑽を続けることのみが、私たち魔術師にとっての使命であり義務であり、日常であるのだと思っていた私は愕然としました。

 

 

「故人は古い人ではなく旧友のことを指すのだぞ蒼崎‥‥! えぇい、ならば右翼を前進! パルメニオンの固有能力発動! 迂回包囲!」

 

「ぬ?! さすがは噂に名高いマスター・Vのマケドニア軍団‥‥侮れない!」

 

 

 学業に集中するために当主の業務を代行に丸投げしていた私は、急いで屋敷に帰るとその者に問い合わせ、エーデルフェルトという家の持つ闇について教わりました。

 ‥‥私は、自分でも悔しくなるほどに箱入りだったのです。確かに魔術の腕は一流であると自負していましたし、事実でもありました。しかし、自分が治める家の内情も知らずして他人を見下していた私に、他人の汚さを非難する資格がはたしてあったでしょうか。

 それから私は変わりました。どうしても忙しくて処理できない業務以外の当主としての仕事を積極的にこなし、エーデルフェルトという家の運営に取り組んでいきました。

 私は魔道とは別に、目指していることがあります。それは家柄に関係なく全ての魔術師が平等に学び、それを生かす機会を得ること。正当な評価こそが、名門、非名門関わらず魔術の研鑽に必要なものであると信じて。

 

 

「はははははは! ザコとは違うのだよザコとは!」

 

「くっ、エルメロイのマケドニア軍団は化け物か‥‥って、なんでそんな台詞知ってるんですか? プロフェッサー。いや、俺もなんですけど」

 

 

 図らずもそれは今私がこうして資料を読んでいる研究室の持ち主である、ロード・エルメロイと同じ志でした。友人であるショウが彼にかつて師事していたこともありまして、私はこの名教授ともそれなりの親交を結ぶようになりました。特別な才能を見いだした―――というより自分が気に入った―――生徒以外を教えない彼も、ごくごくたまにですが私に指導をしてくれ、魔術においても私はこの教授と知り合ってよかったと思わせる程に成長したのですわ。

 彼は私が尊敬できる数少ない目上の人間です。我が儘ではありますが公正で、気まぐれではありますが生真面目で―――

 

 

「貴方たち!!!」

 

「「 は? 」」

 

「は? ではありません! なぜ私はロードの研究室くんだりまでして、ゲームをやっている友人達の姿を眺めていなければならないのですかーーーーー!!」

 

 

 やっぱり耐えられませんでしたわ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

  

 

 

 

 ロード・エルメロイと二人で家庭用ゲーム機『英雄史大戦vol2』をプレイしていた俺と元師匠は、突然聞こえてきた怒鳴り声に反応して揃ってくるりと顔を後ろに向けた。

 椅子から立ち上がって先ほどまで手に持っていた分厚い魔術書で机を叩き、心底苛々としているらしい目でこちらを睨みつける友人、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの姿があった。辺り構わず怒気を振りまく怒髪天の様子に、とりあえずプロフェッサーが手元のコントローラーでPAUSEにするのを確認し、体ごとルヴィアの方に向き直ってみる。

 

 

「突然どうしたというのだエーデルフェルト。何か魔術書に問題でもあったか?」

 

「そういうことではありません! そのようなものよりもっと魔術師らしいことをいたしませんかと申しあげているのです!」

 

 

 魔術師とは、総じて電気製品などを嫌う。特に歴史のある家柄の本家では屋敷の中に最低限の電化製品しか置かれていないという。ちょっと前までの遠坂邸のようだな。

 前々回ぐらいに言ったと思うけど、俺の工房にも電化製品はあまりない。キッチン周りは電子レンジとかポットとかがあるし水道も通っているんだけど、娯楽用品にもなるとテレビもパソコンもCDプレーヤーすらないのだ。

 

 これらはただ単純に感情的な問題で電気機器を嫌っているというわけではない。意外に思うかもしれないが、魔術においては雰囲気(ムード)という要素がそれなりの比重を占めているのだ。

 これはイメージを自己の中から引き出すことを手助けするだけでなく、その場に存在する大源(マナ)にすら影響する。大源にも感情に似たものがあるのかどうかは分からないが、近代的な要素に囲まれた場所では、抽象的な話にはなるがどうにも儀式のノリが悪い。

 

 

「何を言っているのだエーデルフェルト。長い人生、たまには合間に息抜きも必要だぞ?」

 

「‥‥貴方は息抜きの合間に片手間で人生やっているのではなくって?」

 

「おお、これはまた一本とられたな蒼崎?」

 

「一緒にしないで下さいプロフェッサー。俺は真面目に人生やってます」

 

 

 まぁもちろんこの人もこの人で色々と大変なんだろうけどね。‥‥ただ、息抜きの時に見せる所作があまりにも楽しそうというか普段の様子とギャップがあるというか。

 自分で宣言してる割にはやっぱり魔術師らしからぬ人だと思うよ、ウン。

 

 

「大体貴方は講義の方はどうなさったのですか?」

 

「今は弟子をとっていないのでな。暇で暇で仕方がない」

 

 

憤然やる方ないといった様子のルヴィアに、一度怒鳴られて興がそがれたらしくコントローラーを床に置いたプロフェッサーが偉そうに胸を張って答える。

ちなみにこの研究室はテレビ周りのみ土足厳禁になっている。床にはフカフカしたカーペットやクッションがひかれ、万難を排してゲームを楽しめるようにしてあるのだ。

 部屋の他の場所にはいたるところに魔術書やら実験器具やらがぎっしりと並べられているからか、そこはもはや許容できるぎりぎりのラインまで違和感を発しまくっていた。

 希代の名教授にある種の幻想にも似た憧れを抱いている新入生がこの現状を知ることによってカリスマ講師の偶像を粉微塵に砕かれるのは、もはや新年度の時計塔での慣わしのようなものである。

 

 

「ロードは確かミス・トオサカの後見ではありませんでしたこと? 彼女に指導はなさらないのですか?」

 

「後見ではあるが、それだけだ。私はあの手合いの天才が大嫌いでな。聖杯戦争の勝利者というならなおさらだ。‥‥アキハバラも詳しくなかったしな」

 

 

 おそらく最後にボソリと付け加えられた理由が最大の要因だろう。日本のゲーム市場に詳しくないルヴィアは首を傾げただけであったが、もし彼女がそれについての適切な知識を得ていたならば日頃の遠坂嬢への鬱憤も無視してプロフェッサーに呆れ果てたに違いない。

 もっとも例え知らなくてもそのあまりにもやる気のない態度に彼女は呆れ、やれやれと額を手で覆って頭を振った。親交度によって多少の差こそあれ、大部分の生徒はこの自堕落な内面を知らないのだからこうしてここにいる自分が情けなくなってくる。

 

 

「それにしても聖杯戦争、ですか‥‥」

 

「七人の魔術師が七騎のサーヴァントを呼び出して、万能の願望器である聖杯を求めて殺し合う‥‥。まさに第一級の魔術儀式だ」

 

 

 ほぅ、と溜息のように口から転がり出たルヴィアの呟きに、プロフェッサーがわかりきっていることを補足する。一見無駄なこのやりとりも脳味噌が半ば死んでいる彼にはあまり気にならないようだ。

 さもありなん、なんとこのダメ人間は昨日の夜から延々ゲームをやり続けているらしい。俺とルヴィアがココを訪れたのはこの一時間程度なのだから、心底その集中力には恐れ入る。

 俺はやっと続けることを諦めてくれたゲームを片付け、三人分のコーヒーと紅茶を淹れるべく、すぐ脇に設置してある簡易キッチンへと向かった。

 

 

「聞けば聞くほどにとんでもない儀式ですわね。‥‥残念ですわ、出来ることなら私もそれに参加し、ミス・トオサカに魔術師としての力量を見せつけてさしあげたのですけど」

 

「ふん。エーデルフェルト、君は一つ勘違いをしているな」

 

 

 と、不敵な笑みをおそらく脳内に思い描いた遠坂嬢へと投げかけたルヴィアに向かって、プロフェッサーはコーヒーカップ片手に心底不機嫌そうな―――別に矛先はルヴィアへ向いているわけではなさそうだが―――しかめっ面で口を開いた。

 ちなみに彼はコーヒーをブラックで飲む。かっこよく見えるかも知れないが、普段から日常的にこれをやると言わずもがなのことだが胃が荒れる。紅茶をストレートで飲む俺が言う事じゃ無いかも知れないけど。

 

 

「魔術の腕の競い合い? 魔術師としての栄光? 英霊を使役? くだらん。あの戦争で魔術師一人ができることなどたかが知れている。私はそうやって奢って敗れた者をよく知っているぞ」

 

「‥‥そういえばロードは第四次聖杯戦争に参加なさっていたんでしたわね。お話、お聞かせいただけませんか?」

 

 

 さほど年の離れていない教授の挑発的な言葉に反応し、同じくミルクと砂糖を上品な量だけ入れたルヴィアが先ほどまでのギャグ調とは一転、真面目な顔で椅子に座り直して聞く。永遠の宿敵(しんゆう)が参加し、あまつさえ勝利した大規模な魔術儀式に関する話を実体験として聞ける機会はそうそうない。

 プロフェッサーは失言だとでも思ったのか少々躊躇ったが、やれやれと一言二言自らの迂闊さを呪うとソファに腰を下ろした。

 

 

「お前達は勘違いをしている。まず、英霊というものがどんな存在であるのか理解できていない」

 

「英霊‥‥生前偉大な功績をあげ、死後においてなお信仰の対象となった英雄がなるモノ。輪廻の輪を外れて一段階上に昇華したモノ‥‥でしたわね」

 

「そう、その存在はどちらかといえば精霊に近い。いくら聖杯の術式が高度で複雑だろうと、そもそも人間に御しきれるものではなかったのだ」

 

 

 ふぅ、とコーヒーで暖まった息を吐き出し、プロフェッサー‥‥かつてウェイバー・ベルベットと呼ばれていた名教授は遠いところを見るかのように視線を宙へと彷徨わせた。

 彼が一体何を思って喋っているのか、俺にもルヴィアにも正確には分からない。だが、彼の趣味嗜好などからは用意に想像できることがある。

 今まで実力が伴わないくせに自尊心だけは人一倍だった小生意気な少年が、聖杯戦争から帰ってきてからは他人のプロデュースをするなど彼の自尊心が許すはずのないことを―――不満たらたらではあるが―――それなりにこなすようになったこと。彼が肌身離さず持ち歩いているイーリアス、崇拝してやまないアレクサンドロス大王。

 それなりに親しい人物なら、彼がどのサーヴァントを召喚したのか、彼がほとんど語らずとも悟っている。そしてその偉大な王が彼にどれだけ大きな影響を与えたかということも。

 

 

「詳しくは話せん。あれの参加者には守秘義務のようなものが課せられるからな。ただ一つ言えるのは天才と呼ばれた先代のエルメロイですら無惨に敗退した、そんなとんでもない化け物達の戦いで真に必要なのは魔術の腕前などではないということか」

 

「‥‥では、一体?」

 

「‥‥それがわかれば、私と王は敗れなかったろうさ。ただ私は今になってこう思う。あの戦争において実際に重要なのは過程ではなく、もしかすると結果でもないのかもしれないとな」

 

 

 結局プロフェッサーは詳しいことは何も語ってくれず、ルヴィアは憤懣とした様子で研究室から出て行ってしまった。なんだかんだではぐらかされてしまったのだから当然の反応かもしれない。

 俺はまだ湯気を放っている紅茶に口をつけ、扉が閉まってからずっと目を瞑って何か考えているプロフェッサーに問うた。

 

 

「プロフェッサー、随分と口ごもっていたようですが、何か気になったことでもあるんですか?」

 

「‥‥聖杯戦争、よく考えればじつにくだらないゲームだと思わんか?」

 

 

 真っ正面から問答していたルヴィアには気づけなかったのかも知れないが、傍から見ているとこのカリスマ講師が口を使っているのとは別に何かに気を取られているというのを察することができた。

 ルヴィアへの答にやる気がなかったのも、何か考え事をしていたせいだろう。確かにちゃらんぽらんな部分の多いかつての師匠だが、魔術の実践が苦手なわりに頭はやたらとよく回る。実際過去に言い負かされたこともしばしばだ。

 

 

「どのような賭け事やゲームでも、一番得をするのは胴元だ。聖杯戦争は教会が介入してこそいるが、実際に商品として供される聖杯はキリストの血を受けたものではなく、各地の神話に元型を見ることが出来る万能の願望機。そしてソレは魔術儀式によって作られたものであり、わざわざああやって聖杯に与る機会を他所の魔術師にくれてやることもないように術式を組み立てる事も出来ただろうに。 私には御三家の考えが読めんな」

 

「御三家。マキリ、遠坂、アインツベルン‥‥」

 

「聖杯が欲しければ彼らだけで儀式をやればいい。何かが必要だったのだ。何か理由があるのだ。わざわざ自分たち以外の魔術師を集める必要があったのだ。‥‥いや、もう考えていても詮無いことか」

 

 

 プロフェッサーはひとしきり悩み、ばかばかしいことだとそれらの思考を放棄するとカップの中のコーヒーを飲み干した。この教授も四六始終大好きなゲームばかりをやっているわけにもいかない。

 彼自身魔術師として研究を続けているし、講師としてもあちらこちらでひっぱりだこだ。講師としての仕事は気にくわないらしいが、魔術師である以上研究の方にウェイトが寄るのは当然のこと。

 俺にも研究はある。あまりここでくつろいでいるわけにもいかないな。

 

 

「そういえば遠坂は聖杯戦争で召喚した英霊を使い魔にしているのだったな‥‥。一度会ってみるのも一興か」

 

「いい奴ですよ。何回か会ったことがありますけど」

 

 

 そういえばあの二人が会ったらどうなるのだろうか? 自然と頭の中に疑問が沸いて出てきた。

 だが明日の予定に思考を裂いていた俺は、そんなどうでもいい疑問をすぐに意識の片隅へと追いやった。

 この疑問が解消されるのはまだまだ当分先、ちょうど偶然にも衛宮がロード・エルメロイⅡ世の目にとまったときのことであったのだった。

 

 

 

 24th act Fin.

 

 

 

 

 

 


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