UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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安直なネタ仕込みは若い証拠か‥‥!(悶)


第二十四話 『宝石嬢の依頼』

 

 

 

 side Rin

 

 

「ただいまー‥‥ってセイバー、貴方何食べてるの?」

 

「おや、おかえりなさい凜。これはショーからのお土産ですよ。ほら、この前日本に帰ったときのです。このチョコレートが中々に味わい深い」

 

「東京バ●ナ‥‥って、あいつ帰りの片手間に駅で選んできたんじゃないでしょうね」

 

 

 ルヴィアとの共同研究の成果の発表を終えて帰ってくると、居間でセイバーがもぐもぐとテーブルの上の箱へ手を伸ばして何やらお菓子をつまんでいた。

 セイバーの手の動きはあくまで上品な動きままなのに、もの凄い勢いで箱の中のお菓子は減っていく。もしかしたらあの限定された空間だけ色々と歪んでいるのかもしれない。あの子も修行で多次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)を体得したのだろうか。

 

 

「‥‥ってちょっと、私たちの分は?」

 

「ご安心を。これは私用だそうで、凜達の分は別に用意してあります」

 

 

 と、脇からもう一つまるきり同じ箱を取りだしたセイバーに思わず溜息がこぼれる。いい加減自重しない子よね、なんていうか、微笑ましくて一緒に笑いもこぼれそうだわ。

 私はやれやれと肩をすくめるとキッチンへと向かって紅茶を持ってきた。この街はやっぱり本場だけあって日本にはない色々な紅茶が揃っている。もちろんピンからキリまで様々なわけだけど、紅茶を選ぶ楽しみなんて贅沢なことは日本じゃできなかったしね。

 

 

「あれ? 士郎はまだ帰ってきてないの?」

 

「ええ。少々遅いですが、まだルヴィアゼリッタのところで働いているのではありませんか?」

 

「‥‥あの泥棒猫(ハイエナ)、しょうこりもなく士郎に粉かけてるんじゃないでしょうね‥‥!」

 

 

 ぎりぎりと手の中のカップが軋んで悲鳴をあげる。士郎が強化の練習をかねて魔術を施しているから割れはしないだろうけど、魔力がこもっていたりすれば問題だから力を緩めてカップを置いた。

 わかっている。自分のうっかりで士郎にも迷惑をかけていることぐらい。毎日あの金ぴか二号のところで執事見習いとして私の散財をフォローするために働いていることぐらい。そして密かに上達しつつある紅茶の腕前もこっそり楽しみだったり‥‥カットカットカット! 余計なことは考えないに限るわ。

 

 

「そういえばセイバー、貴女にも苦労かけちゃってるわね。使い魔(サーヴァント)の貴女に賃仕事や家事なんてさせて‥‥」

 

「凜、どうか気にしないで欲しい。私も貴女達の手助けができて嬉しいです」

 

 

 セイバーは賃仕事だけでなく、私と士郎がいない間の家事まで担当してくれている。いくら家事スキルA+の士郎だって、家を空ける時間が長ければ必然的にそちらまで手が届きにくくなる。

 そこで白羽の矢が立ったのが我らがセイバー。この娘は献身的に賃仕事をやってくれているけど、いかんせん外見年齢が低いせいかあまり長時間の仕事をさせてもらえない。

 仕方が無く家で過ごす時間が長いせいか、こうして家事を引き受けてくれたのだった。

 とはいえ最初は当然ながら酷かった。料理は士郎がやるから良いとして、洗濯機の使い方も知れなければ食器を洗うのも一苦労。魔力の供給が低めなせいか勢い余って皿を握り砕くなんてありがちなことはなかったけど、つるりと滑った皿が手から離れてタイル張りの床へと戦略的飛行を敢行したことは数回じゃ済まないくらいだ。

 もちろん始めたてなんだからそれは仕方がないことで、何度も何度も体に手順を覚え込ませることによって、今ではそんじょそこらの主婦顔負けの家事スキルを手に入れている。

 ‥‥騎士王が家計簿とにらめっこしたり洗濯物を中庭で干してるってのを知った暁には、アーサー王研究会とかの人たちみんな揃って心神喪失ね。

 

 

「もちろん自重はしてもらいたいものですが。以前のような乱闘騒ぎはもう起こさないで下さいよ」

 

「は、はは‥‥。善処するわ‥‥」

 

 

 セイバーはあれから私が教室をぶっ壊した請求書とかを持って帰ってこないから大人になって喧嘩をやめたのだと思ってるみたいだけど、実際はその度に士郎が止めにくるだけで、乱闘自体は控えていない。

 ‥‥それは私だって色々と思うところもあるし、大人になって口論は控えるべきだってわかってるわよ。でもやっぱりむかつくものはむかつくのよ! 思い返すも腹立だしいあの金ぴか!

 魔術で意見が合わないのはまぁお互い一角の魔術師なんだから仕方がないことよ。正直アイツとの口論も割と良い勉強になるからそれ自体はやめるつもりないし、流石はエーデルフェルトの当主様だけあって魔術の腕もかなりのものね。それは認めるわ。

 でも士郎のことは別! 大体最初から不安だったのよ、勤め先の主人がお嬢様だって聞いたときから!

 あのときは相手がルヴィアゼリッタだって知らなかったからそこまで危機感を持ってたわけじゃないけど、やっぱり士郎はところ構わず好意を振りまきすぎよ。

 

 

「ただいまー。ふぅ、今日も疲れたよ」

 

「おかえりなさい、シロウ。仕事はどうでしたか?」

 

 

 と、考え事に没頭していたせいか最初におかえりを言い損ねた。なんていうか、一番最初におかえりを言うのはやっぱり恋人である私の役目だと思うのよ。なんていうか、その、新婚さんみたいで‥‥カットカットカット!

 とにかく問題はセイバーが士郎からジャケットを受けとる様子がやけに絵になっているというか、いやね、もちろん士郎が他所に浮気するなんてないって信じてはいるんだけど、それとこれとは話が別というか。

 

 

「悪いなセイバー、待たせちゃって。すぐに夕飯作るから」

 

「シロウ! それではまるで私がいつもお腹を空かせているかのようではありませんか!」

 

 

 ‥‥もしかしなくてもこれって嫉妬よね。なんていうか、すごく醜いわ私。うん、でもしょうがないわよ、どっちが惚れたのかなんて明らかだけど、私とくっついた士郎が悪い。

 そうよ全部士郎が悪いのよ。私がこんなに士郎のことで悩まなきゃいけないのも、ルヴィアゼリッタに言い争いで負けたのもセイバーの食費が嵩むのも預金通帳の額がちょっと不安なのも小浜がノーベルなんちゃらとったのも全部全部士郎が悪い!

 ‥‥そうよ、もう勘弁ならないわ。私がこんなに悩んでるのに全然気にもしてない士郎なんて―――後悔させてやるんだから!

 

 

 

  

 

 

 

「‥‥で、俺のところに来て何を頼むつもりなんだい? 遠坂嬢」

 

「それはもちろん色々よ、蒼崎君」

 

 

 最早定番となりつつある大英博物館のカフェテリアでの会合。とりあえず何かあればここでお茶をするというのは、俺やルヴィアも含めたFateメンバーズ(仮)のテクニカルタームである。

 そんな座り慣れた席であまり二人きりにならない面子。俺は相変わらず美味くも不美味くもない適当な味のコーヒーに口をつけ、目の前で優雅に紅茶―――と言っても食器はさほど優雅ではない―――を飲む遠坂嬢に今回の会合の趣旨を尋ねる。

 先程Fateメンバーズと言いはしたが、当然のことながら五人揃うなんてことは有り得ない。ルヴィアがいれば遠坂嬢は来ないし、遠坂嬢がいればルヴィアは来ない。

 そしてルヴィアと俺の二人というのはよくあるが、遠坂嬢と俺だけというのは初めての状況。なまじっか欧風の顔立ちで彫刻みたいに綺麗なルヴィアと違って、何代か前に外国の血が混じっているらしく多少欧風でありながら日本美人の遠坂嬢と一緒だと調子が狂って仕方がないな。

 

 

「その、相談っていうのはね、士郎のことなんだけど‥‥」

 

「なんだい。衛宮が何かやらかしたのか? 騒動起こすのはどっちかっていうと君やルヴィアの専売特許うぼあぁっ?!」

 

 

 また余計なことを口走った俺に机の下からつま先による制裁が下る。ヒールじゃなかったのは幸いだ。あれはまごう事なき凶器の一種だし。

 蹴られた臑を押さえて呻いている俺の様子を意図的に無視し、あかいあくまは音も立てずにカップをソーサーに置くと「話を続けるわよ」と前置きして口を開いた。

 

 

「別に難しい頼みじゃないのよ。魔術も関係ないし、お金を貸して欲しいわけでもないわ」

 

「そうなのかい? 俺はまたてっきり家計が火の車通り越して煉獄にでもレベルアップしたのかと―――いや、わかった、わかったから机の下の人差し指を下げてくれないか」

 

 

 一般人には見えないように黒々とした魔力を溜めつつある銃口に気がついて途中まで出かけていた言葉を飲み込む。いやぁいい加減にやめようよその、困った時は実力行使っていうスタイル。

 

 

「あのね」

 

「うん」

 

「私とデートしてくれない?」

 

「‥‥‥はい?」

 

「だから私と、その、デートしてくれない? って言ってるのよ」

 

 

 ちょっと顔を紅く染めながら視線を外して呟いた遠坂嬢に俺の頭は完全にフリーズする。デート? 俺と遠坂嬢が? いつ? どこで? 誰と‥‥って、デートっつったら俺と二人ってことで合ってるんだよな?

 いやいやいやいやいやいやいや! ちょぉおおおっっと待ってくれ。落ち着くんだ蒼崎紫遙、KOOLになれ。素数を数えろ。1,2,3,5,7,11,13,17,19‥‥‥。

 

 

「ちょっと聞いてるの? 蒼崎君」

 

「いやいやいやいや、聞いちゃいるけどちょっと待ってくれ。ダメだ、ダメだよ、君には衛宮がいるじゃないか。いくら朴念仁の旦那に嫌気がさしたからって浮気だけは絶対にいけな―――」

 

「ちょっと黙りなさい!」

 

「ぷえらぁっ?!」

 

 

 錯乱して目があちらこちらを泳ぎながらも遠坂嬢の肩に手を置いて、そのまま一気呵成の勢いで意味不明の説得を始めた俺の顔面に見事なベアが直撃する。‥‥ありがとうございます、目が覚めました。

 たっぷり五秒はかけて意識を取り戻すと、俺は半ば床へと突撃しかけていた上半身をゆっくりと起こし、奇跡的にもこぼれなかったコーヒーをちょっと血の味がする口へと運んで気を落ち着かせた。

 落ち着いて見れば遠坂嬢も恥ずかしさからか真っ赤になっていた。多分俺の頬ほど赤くはないと思うけど。‥‥後で鏡見とかなきゃな。

 

 

「まったく、何を勘違いしてるのよ! 私が士郎と別れるわけなんてないでしょ!」

 

「うん、よかった。『貴方となんか死んでも付き合うわけないでしょ』なんて言われたら心が折れてたよ」

 

 

 ルヴィアと喧嘩してる時以外は完璧な猫を被っている遠坂嬢が、衛宮と付き合っていることを知っている人は意外と少ない。時計塔での衛宮のポジションは遠坂嬢の弟子で基礎錬成講座の学生ということになっている。当然ながら、弟子と恋愛関係にあるなんて考える奴はいないってことだ。

 この辺は時計塔の選民主義が顕著に出ている部分ではある。もちろん良い奴だっていっぱいいるけど、人柄としては問題ない奴の中にもごく自然に、あたかもそれが当然とばかりに歴史の浅い家を見下す風潮があるし。

 ちなみに遠坂の家だってそこまで歴史が長いわけではない。数少ない魔法使いの弟子の家系だから時計塔では優遇されているだけで、嫌味な連中は成り上がりだと馬鹿にしている。まぁその辺りは蒼崎も同じかんじだ。ていうか日本及び極東圏は時計塔の力が及びにくいだけあって色々と風当たりがつらい。

 

 

「士郎ったら、最近ルヴィアのところにばっかりいるのよ。帰ってくるのも遅いし、よくよく思い返せば会話の量も減ってるわ」

 

「仕事があるんじゃ仕方がないとは思うけどね。‥‥推薦した奴が言う台詞じゃないかもしれないけどさ」

 

 

 確かに魔術の本場は欧州だ。魔術の三大組織と言われる時計塔や彷徨海、巨人の穴蔵もギリギリ欧州の力が及ぶ範囲にある。

 一方魔術師にとって鬼門とすら言われているのが日本と中国だ。

 日本は古来から独特の神秘形態を築いていて、それらの組織は魔術協会の干渉をひどく嫌っている。

 今の日本は無宗教国家なんて言われてるけど、実は大間違い。昔っから八百万の神様なんて言われている通り、いたるところに神秘の息吹が息づいているのだ。そうでなくても陰陽師や山伏をはじめとする退魔組織は健在だ。

 一方の中国は道術師や仙人のなり損ないなどがあちらこちらに潜んでいる。仙人なんてのが本当にいるかどうかは未確認らしいけど、噂によればちゃんと修行を積んだ連中は蓬莱やら崑崙やらに隠れ住んで俗世との接触を断っているとか。とは言ってもいくら相互不干渉が原則とは言え時計塔のお偉方やここ1000年ぐらいは吸血鬼も会ったことがないので、実存を疑われているらしい。

 もっともしっかりと組織だって管理されている欧州や日本と違ってあちらはやりたい放題だ。似非道士や易者なんてのも随分とはびこっているので注意が必要だそうだ。

 

 

「私ばっかりこうやってやきもきしてるのって不公平だと思わない?! 本来なら彼女の周りに男がいっぱい来て、それを彼氏が嫉妬するってのが学園ドラマの王道でしょ?! それがなんでこうやって私があの朴念仁のために悩まなきゃいけないのよーーーーっ!!」

 

「わかった、わかったから少し落ち着いて」

 

 

 綺麗な黒髪を細い指でかき混ぜて苛々を露わにする遠坂嬢から視線を外し、傍を通りかかったウェイトレスさんにコーヒーと紅茶のお代わりを頼む。なんていうか、とりあえずのろけの方向に話が持っていきそうだから長期戦は覚悟した方がよさそうだ。

 ていうか遠坂嬢、確かにここは“学院”ではあるけど桜色の恋愛模様が展開されるような場所じゃないぞ。むしろそれは君が一番わかっていてほしい‥‥いや、言っても無駄か。恋は盲目って全方位に放射される理だしなぁ。

 

 

「‥‥ふぅ、ごめんなさいね蒼崎君。ちょっと取り乱したわ」

 

「ちょっとじゃ済まないぐらいの光景だったけど、まぁ気にしないで。で、それで偽装デートってわけかい?」

 

「そうよ。私が蒼崎君とデートしてるの見たら、いくら士郎だって少しは動揺してくれるでしょ」

 

 

 いやね、俺を巻き込むつもりなのはこの際許容するさ。別に意図していなかったこととはいえこうやって友人付き合いをすることになったんだから、多少の迷惑なら喜んで被る。

 ただそうやって衛宮にツンを見せてる間に彼氏をルヴィアに盗られちゃうとか思わなかったんだろうか?

 すっごく気になったけどやたらと無駄に燃えている遠坂嬢を見ると、その言葉も引っ込んでしまった。

 

 

「そういうわけでお願いできるかしら? 蒼崎君。報酬は用意するわよ」

 

「ほう、報酬と申したか」

 

 

 きらーんという擬音すら聞こえてくるかのごとき企み事を秘めた視線に、俺もその気になってずいと身を乗り出した。

 さて、報酬と言ったが一体何であろうか。お金はなかろう。万年金欠病の遠坂家にこのようなことに裂くお金なんぞないはずだ。

 

 

「士郎の料理、一週間分」

 

「乗った」

 

 

 誰もが一度は疑うことかもしれないが、衛宮の料理はお世辞抜きで料亭のそれに匹敵する。魔術なんぞ習わなくても料理で世界を救えそうなぐらい美味い。

 例の如くここ最近ろくなものを喰ってなかった俺は、目の前に差し出された手作りの食券を間髪入れずに左手で受けとって右手で握手したのだった。

 

 

 

 25th act Fin.

 

 

 

 

 

 

 

 


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