UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第三十一話 『漂着者の代講』

 

 

 side Luviagelita

 

 

 

「あら、今日は勉強会はお休みですの? ショウの姿が見あたりませんけれど」

 

「蒼崎なら頼まれて代理講師に駆り出されているぞ。どうも講師が風邪だとかでな、人手が足りていないそうだ」

 

 

 たまにロード・エルメロイの研究室で行う勉強会‥‥という名のゲーム大会の日。延々テレビに向かい続ける二人にはかまっていられない私が羊皮紙やらペンやらを持って研究室を訪れると、そこにいつも通りいるはずのショウの姿がありませんでした。

 代理講師‥‥ですか、なるほど。確かに学院の生徒でも成績優良な者になると、基礎錬成講座の代理講師やらなにやらを頼まれることもありますし、よくあることでしょう。私も何回か頼まれたことがありますけど、自分の研究に時間を費やしたかったが為に断った記憶があります。

 その点彼は少々お人好しが過ぎる気がしますわね。恐らくは教授の方から何らかの対価があったのでしょうけど、それにしても自分の研究時間を割いてまで手伝うことではないでしょうに‥‥。

 

 

「‥‥あら、でも教授は今日は暇だからとパブへ行ってしまいましたわよ?」

 

 

 鉱石学科(ウチ)の教授は先程二時限前の講義で空いた時間にそのようなことを遠い目をしながら語り、時間が来ると逃げるように講義室から去って行ってしまいました。

 なんでも最近はストレスで胃弱なんだとか。それならわざわざお酒を飲んで胃を荒らす必要もないと思うのですけど、まぁ溜まってしまったストレスを解消するにはお酒というのはあながち間違った手段ではないとは思いますわね。

 

 

「ああ、頼まれたと言ってもルーン学科の教授に頼まれたらしいな。アイツはあそこの教授にたいそう気に入れられていたからな」

 

 

 元々ショウはルーン学科に所属していた学生でした。今でこそ鉱石学科で勉学に励んでいますが、彼の義姉であるトウコ・アオザキは時計塔時代にルーン学科の看板魔術師であった方で、封印指定の実力をもつ彼女から直々に教えを受けたショウのルーン魔術の腕前は中々のものと聞きます。

 そもそもルーン魔術とはポピュラーであるわりに専門で研究する人間が少なく、ルーン学科も毎年毎年定員を割っているという完全な人員不足の状態。

 それに付随して専門で教えられる講師の数も少ないと言うのが現状です。とかく他人に物を教えるということに不向きである魔術師という人種の中でも講師となれる人は一流の魔術師の中でも少なく、時計塔は講師の調達に苦心しています。

 ショウは自我の強い傾向のある時計塔の魔術師の中では珍しく、比較的に他人と協調の姿勢をとれるという得難い性格をしています。決して教師に向いているというわけではないでしょうけど、少なくとも他の同レベルの魔術師達よりは遙かにマシと言えましょう。

 というより、元々伝手の少ないルーン学科にとって彼ぐらいしか適任がいなかったというのもあるかもしれませんわね。

 

 

「それでは今日の勉強会は中止ですわね。折角わざわざ来たのに帰ってしまうのも何ですし、机と資料だけお借りしますわ」

 

「いやいやエーデルフェルト、実はここに新しく買った世界文化大戦とインターネットに繋いだパソコンが―――」

 

「や・り・ま・せ・ん! というよりどうやって時計塔(ココ)でネットに繋いだんですの?!」

 

 

 結局ショウが来ても来なくてもこのような展開になってしまうんでしょうか‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

「―――このように、ルーン魔術には大別して8つの要素があり、これらを使用途や目的に合わせて効果的に選択していくことで―――」

 

 

 黴びた臭いのこもった講義室。以前に橙子姉やミスタ・アルバらが一時盛り上げたとはいえ、未だにルーン学科の時計塔における地位、というか格付けのようなものは低い。

 直接的に時計塔の上層部へと幹部になり得る人材を派遣することが少ないというのも大きな理由を占めているが、やっぱり殆どの魔術師が積極的に学ぶ意欲を持たないというところが大きいだろう。

 

 

「―――これらは主に装飾品や魔力を秘めた武具に刻まれて効果を発揮することが多いが、術者の実力が高ければ戦闘時にも応急措置のようにして―――」

 

 

 ルーン魔術はあらゆる局面でメインとして扱われることが少ない。たいてい何らかの術式の補助であったりして、よく見るがこれ一つが何かを構成するということがないのだ。

 遡れば北欧神話の主神、オーディーンまでたどり着くというのに、殆どの者はあまり重視しない。というより“強化”と同様に極めることが困難であるというのもあるかもしれないけど、とにかく色々と割を喰っている魔術であることは間違いない。

 俺は他の魔術師達に比べてしっかりとルーンを会得したつもりだが、それでもバゼットや橙子姉には適わない。橙子姉だって人形制作の方で封印指定を喰らっているけど、ルーン魔術にしたって別段興味が無いとはいえ、ココで講師どころか教授だって出来るのだ。

 バゼットも戦闘で好んで使用しているあたりからその実力が尋常でないことは察することができるしな。自らの非才が恨めしくなる。

 

 

「―――歴史的にも有名であるこの神秘文字が、一般社会にも広く浸透しているということで神秘の希釈を懸念する者もいるかもしれないが、そもそも前提としてそれは間違っている。なぜなら神秘とはそれを理解、把握した上で行使してこその魔術であり、故に一般人が知るルーン文字というものはこの場合のルーン魔術とは共通点こそあれ、まったく別の代物であると理解するべきだ」

 

 

 教室を見回せば、それなりの生徒が真剣に、あるいは怠そうにノートをとったり資料と俺の板書を見比べたりしている。その態度からこの授業をさほど重要視していないということを推察するには難くない。

 わざわざ恩ある教授の頼みで代理講師を引き受けたってのに、こんなんじゃ全くやる気がそそられないな、ホント参っちゃうよ。

 確かに俺は魔術師としては及第点ぎりぎりのお人好しだ。でも自分自身の研究がある以上、当然そちらを優先したい気持ちはあり、今回こうやって臨時に講師を引き受けたのも心底参った顔で頭を下げてきた教授のためだ。

 まかり間違っても目の前でまるで体育の後の国語の授業をうけるかのようにやる気を感じさせない態度の駆け出し共のための慈善事業のつもりじゃない。

 本当ならさっさと授業を切り上げて新しく昨日思いついた術式を組み立て直したいのだ。こうやってまるで朗読するみたいに講義をしてたいわけじゃない。

 

 

「ルーンは継続的に効力を発揮させることもできれば、瞬間的に効果を発揮させることもできる。ただし即席に結界などに使う場合には、使用した後のルーンを安全な方法で破棄、処分することも忘れてはならない。神秘の隠匿のためもあるが、不用意に効果を残したままのルーンは術者に害を及ぼす場合もあるからだ」

 

 

 ちなみに俺は今ひたすら教本を朗読してはいるが、ところどころに注釈を挟んだりしているから教本まるまるそのままというわけではない。

 ちゃんとノートを取らなければ失敗するぞという半ば嫌がらせに近いことであるけど、ふん、真面目に魔術を学ぶ気がない奴に温情を施してやる気なんて一切ない。

 魔術とは己の意志で積み上げていくもの。魔術回路を起動させるだけでも痛みを伴う場合があるし、死ぬ危険だって当然ある。

 特に俺の研究なんて体へのフィードバックが激しいから死にかけたのなんてしょっちゅうだ。

 そういう危険を出来得る限り排除するためにも、基礎は必ず学ぶべきだ。だというのにコイツらは‥‥。もちろん真面目な奴も多いんだけど、その中に幾分存在している奴らの視線がやたらと気になる。

 

 

「昨今の傾向として戦闘系の魔術を好んで習得しようとしたがるが、魔術とは本来学問であり、殴り合いなど聖堂教会の連中にでも任せておくのが―――」

 

 

 教壇に立っている身からすれば、生徒の状態なんぞつつ抜けだ。どんなに後ろの方に座っている奴でもやる気が感じられなければすぐに気付くし、不審な動きをすればはっきりと分かる。

 えてして生徒は自分が上手く隠し通せていると勘違いしがちだが、大人ってのは存外子供が思っているよりもずっと賢い。

 

 

「―――など、ルーン魔術と併用されることが多い魔術には‥‥なんだ? 質問だったら講義後に講師室まで来るように」

 

 

 と、一人の生徒が手を上げているのが視界の端っこに移り、俺は教本を朗読する手を止めてそちらを向く。そこには一人の生徒を中心とした五、六人の集団がまとめて座っていて、その中の中心人物と思しきヨーロッパ系の金髪の男子生徒がにやにやしながら手を上げていた。

 限られている授業時間を妨害する気が簡単に読み取れるけど、一応は質問という形をとっている以上は俺も応対しなければならないとふんだのか。忙しいから後にしろとだけ言ってまた黒板へと振り返った俺の背中へと典型的な、馬鹿にしたような嘲笑を含んだ声が聞こえてくる。

 

 

「先生、俺たちはそんな初歩がやりたくてココに来たわけじゃないんスよ。もっと専門的なこと教えてくれませんかね?」

 

「それは君達がこの基礎錬成講座を卒業してから専門課程で行うことだ。まずは目の前のことに集中しなさい」

 

 

 もちろん俺とその生徒の間で交わされている会話に使っているのはばっちり英語なのだが、大体を日本語に意訳するとこんなカンジになるだろう。欧米風のやけに顔の整ったそいつはわかってないなぁという風に肩をすくめ、またあざけるような視線でこちらを見やる。

 そういえば授業の前にざっと名簿を確認してみたんだが、このクラスにはどうも名家の分家出身のお坊ちゃんが多いみたいだ。血が薄まっている分だけ魔術の素養を持った者が生まれにくく、おそらくコイツも久しぶりに時計塔に入学できるだけの素質があるだとかで天才児と実家でもてはやされた口だろう。

 分家であってもぽつぽつと魔術師を排出していれば本家の方と繋ぎもとれ、それなりに自分の家系に対する自負心も湧いて出てくるというもの。そういった中には実力も伴わないくせに自尊心だけはやたらと高い、俗に間桐慎二タイプと便宜上仮称される存在も多く混ざっている。

 ‥‥いや、それは間桐慎二に失礼かもしれないな。彼はまぁ、それなりに必死に魔術を追い求めていたわけだし。

 

 

「正直、俺たち色々と考えるところもあるんですよね。先生、例のミス・ブルーの弟なんですって? 最近はホラ、親の七光りとか、汚職とか酷いっスからねぇ」

 

「‥‥何が言いたい?」

 

 

 ミシリ、とチョークを持つ手に力が入る。オチツケ俺、安い挑発に乗るな。ていうか今時こんなあからさまで化石みたいな挑発する奴がいたという事実の方にオドロキだぞ俺。ていうか七光りを切望してるのはむしろ君だろうが。

 というか、そもそも時計塔での我が義姉の悪行(こうせき)を知っていれば俺が青子姉のゴリ押しで代理講師なんてできるわけがない。ていうか代理講師っていうのは別にその人物が素晴らしいから講師を頼まれたとかじゃなくて、真剣に人手が足らなかったというだけの事。

 ついでに言わせてもらえば二、三歳しか違わないとは言え年上は敬え。

 

 

「ホラ、出来の悪い先生に教わってると、生徒まで出来が悪くなると思いません? まぁつまりは、先生の実力っていうものを見せて欲しいんスよ」

 

「‥‥出来の悪い生徒を持っていると、講師は胃痛で衰弱死するかもな。ま、言ってることは正しい」

 

「じゃあ―――」

 

「だが断る」

 

 

 にやにやと自分に酔ったかのように演説する生徒の周囲で、取り巻きもそうだそうだと言いたげに同様の笑いを顔に浮かべる。再三言うが、これだけあからさまな嘲りを受けたのは一年ぶりぐらいだ。

 実力と言ったが、一体何をどういう風に見せればこの馬鹿共は納得するのだろうか。大体、魔術っていうものは他人にひけらかすために学ぶ訳じゃないってところから教え込まなきゃいけないのか。

 事前に教授から連絡を受けていた内容を鑑みれば、おそらく普段は真面目を装ってきちんと授業を受けているのだろう。しかもおそらく高校ぐらいまでは普通の、一般社会の学校に通っていたに違いない。下手すればおおっぴらにではなくとも一般人相手に魔術を行使していた可能性もある。

 あんまり調子に乗っているようだと矯正が必要だけど、別にわざわざ俺がやってやる必要もない。後で教授に告げ口してやる。

 

 

「魔術とは学問だ。他人に成果を見せびらかすなんてのは三流のやることだ。覚えておくように」

 

「‥‥チッ、なんだアンタ、もしかして自信がないんスか? 実力がないからそうやって隠そうとするんだ。そうでしょ?」

 

「だから何度言ったらわかるんだ? 魔術はひけらかすものじゃない。それさえわからないならココに来る資格すらないぞ。取り巻き連れて実家に帰って、一人でお山の大将してろ」

 

 

 いい加減面倒くささも限界に達しつつあったので、後ろを振り向くことすらやめて黒板に向かいながらしっしっと手を振って議論を打ち切る。非常に不愉快だ。今日はもうとっとと終わらせて行きつけのパグで飯でも食って寝てしまおう。

 重要なところは既に言い終えたから、後は適当に茶を濁して止めてしまおうと思ったそのときだった。

 

 

「は、アンタがそんなんじゃあ、噂に聞くアオザキ姉妹ってのもたいしたことないんだなぁ!」

 

「‥‥‥んだと、コラ」

 

 

 今度こそ手にしたチョークを粉々に握り砕き、ゆっくりとクソ生意気な生徒の方へと振り返る。

 そいつはようやく挑発に乗った俺に喜び、これから俺が行使するであろう魔術をこき下ろしてやろうと自信満々で待ちかまえていた。

 その自信、義姉達にあって俺には足りないものだ。その傲慢さ、義姉達にあって俺にはないものだ。間桐慎二は実力に伴わぬその二つを備えていたがために破滅した。それらは、実力者が持つからこそ意味をなすものであり、決して実力のない者が手にして良いものではない。

 俺は非才だ。努力しても遠坂嬢やルヴィア達には及ばず、衛宮のように刃を振るうこともできない。根源を目指す手段をこれと決めてはいるが、おそらく俺一代でたどり着くことはできず、遠坂嬢達の家計の方が早く辿り着くに違いない。

 だから俺を嘲るのはまだいい。実力の足りない者に嘲られるのは非常に不愉快だが屈辱ではない。だが貴様は、一つだけやってはいけない間違いを犯した。それは当然―――

 

 

「‥‥では実践してやろう。これがルーン魔術の初歩だ。棘よ(スリサズ)

 

「う、うわぁぁあああ?!」

 

 

 俺がスッと指を宙に滑らせて言葉を紡いだ次の瞬間、鼻持ちならない生意気で身の程を知らない馬鹿な生徒の座っていた椅子からソイツを覆うように、鋭く尖った氷の柱が生えてきて完全に動きを止めた。幸い顔までは覆っていないから呼吸については問題なかろう。

 ルーンとは、遠隔的にせよ直接的にせよ“描く”という行為が必要だ。それも単体では条件を整えなければ中々大きな効果が出せず、だからこそ戦闘などでそれをメインに使えるバゼットが超一流の魔術師であるのだ。

 今回俺は宙を指でなぞっただけ。それだけでは本来比較的離れた場所を凍り付かせるのは不可能だが、そこは一つタネがあった。ソイツが座っていた場所、そこは一年ぐらい前に俺が授業の一環としてルーンをいくつか刻んだ場所なのだ。ついでに言うと、うまく刻めたのもあってうっかり消去するのを忘れてしまって今に至る。

 ぶっちゃけ後始末を含めれば失敗もいいところだったのだが、今回はそれが上手いこと幸いした。もはや一工程(シングルアクション)にも匹敵するぐらいの速さで突然現れた氷に文字通り手も足も出せない状況の生意気だった生徒は、一体何が起こったのかわからずにあたふたと周りを見回していた。

 

 

「氷を表す尤もポピュラーなルーンは凍結(イーサ)だが、今使った氷れる棘(スリサズ)、もしくは氷の巨人(スリサズ)は『相手を妨害する』という意味をもっている。今回は“相手が都合良く未熟”だったために成功したが、本来は他のルーンや束縛系の魔術と組み合わせて使用することが望ましい」

 

 

 カツカツと靴音を響かせて凍りづけになった生徒のところへと歩いていく。氷の切片は尖っているが、それも外側に向かっているので別段怪我などはないだろう。

 もっとも、あれだけの質量の氷に包まれれば間違いなく重度の凍傷にかかるだろうけど、まぁ授業料みたいなものだと思えということで。

 そもそも俺は挑発に乗ったんじゃない。ただ純粋に怒っているだけだ。

 

 

解呪(ディスペル)しろ。解呪(ディスペル)だ、できないのか? ったく、‥‥おい、クソガキ。覚えとけよ」

 

 

 首から上だけが無事な生徒の髪の毛をつかんで怯える瞳をまっすぐに睨みつける。案の定、実戦どころか自分が魔術を受けたこともないらしい。

 等価交換とはよく言うことだが、この場合は因果応報の方がお似合いか。とにかく相手を傷つける場合には自分も傷つけられる覚悟が必要ということ。それさえできないなら戦いに挑む資格はない。

 

 

「俺の前ならともかく、本人の前でそれ言ってみろよ。どっちかにもよるけど、いっそ殺してくれってぐらいの地獄見ることになるからな」

 

 

 恐怖のあまり頷くこともできない阿呆の首をがくんがくんと揺らしてから、教卓の上に置いてあった教本を片付け、「後は自習」と黒板に書くと教室から出て行った。一応、去り際に解呪してやることも忘れない。さっきも言ったけど、ルーンは使ったらちゃんと棄却すること。これ大事な。

 

 果てしなく不愉快な思いをした後には酒に限る。嫌なことを忘れるなら行きつけのパブで一杯やるのが一番だ。

 俺は偶然にも行きつけが同じ鉱石学科の教授の携帯へと連絡をとり、今日は飲みましょうや、色々お互い愚痴もあるますし、すいませんけど準備しといてくれますか? と頼み事をしたのだった。

 

 まったく、最近の若いもんと来たら―――

 

 

 

 32th act Fin.

 

 

 

 

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