UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第三十二話 『金の獣の酒宴』

 

 

  side EMIYA

 

 

 朝から晩まで、見習い魔術使いである俺は休む暇もなく過ごしている。

 俺の一日の始まりは朝日が昇ってからすぐ、巡回ルートの中程にあるからか多少早めの新聞配達から朝刊を受け取るところから。

 まず誰よりも早く起きた俺は配達員の学生と一言二言挨拶を交わし、続いて寝室以外の家中を掃除する。時間は有限だ。家事は出来る限り効率よくこなしていくことが大事になってくるのは言うまでもない。

 そうやって必要最低限の掃除を終わらせてしまえば、次は朝の鍛練の時間だ。さすがにあまり広くない中庭に出て、干将莫耶を投影、あの森の奥のアインツベルンの城で見たいけ好かない弓兵の動きをトレースする。

 

 衛宮士郎(おれたち)には剣の才が無い。否、剣に限らず俺に出来るのは本来は只一つしか有り得ない。そんな俺が戦うことを選択し、負けないために編み出した戦い方を模倣する。

 投影の練習も兼ねて何回か双剣を棄却し、投影し直して振り回す。干将を右に薙ぎ、空いた死角を莫耶で守る。後は順番を入れ替えてその繰り返し。

 まるで機械みたいに淡々としたその“作業”は、“剣舞”などとはとても評せない無感動な代物で、だから俺はこの自主練をセイバーには見せないようにしていた。いくら行き着く先がわかっていたとしても、俺の剣の師はこの作業を認めることができないらしいから。

 

 

「‥‥ふぅ、鍛練終了、と。そろそろ朝飯の用意をしなくちゃな」

 

 

 一通り型のようなものをこなして汗をかいたところで、俺は投影を棄却して家へと戻った。そろそろセイバーが起きてくる。早くシャワーを浴びて食事の支度をしちゃわなくちゃならない。

 そういえば遠坂が衛宮邸に住み着くようになってからはめっきり洋食が多くなった。前は殆どが和食だったけど、特にロンドンに来てからは和食の材料が手に入り難いことも手伝って基本的にはパンが主食だ。日本人としてはやっぱり米を食べたいところだけど、軍資金が足りない以上高い米を買うわけにもいかないしな。

 

 

「おはようございます、シロウ」

 

「おはよう、セイバー。すぐに飯出来るからな」

 

 

 自分の部屋で全ての身支度を終えると、起きたばかりだとは思わせない程にしっかりとした様子のセイバーに挨拶して、すぐにまた台所へと向かう。今日は昨日グレープフルーツを見つけたからデザートにはソレを出そう。野菜はレタスと、珍しく水菜を手に入れることができたから苦心惨憺して和風の味付けに成功したドレッシングと和えてトマトを添える。

 あとはベーコンを数枚と、不足しがちな野菜分をさらに補給するためにほうれん草のスープ。ここまでドレッシングやコンソメなどを含めて市販の調味料は一切使っていない。あのようなものに頼るなど邪道、邪道なんだよ。英国の主婦にはそれがわからんのです。

 

 

「シロウ、そろそろ凜を起こしに行かなくてはならないのでは? 食事の支度は私がやっておきましょう」

 

「そうだな。じゃあ頼むよ、セイバー。あとはもう皿によそって食卓に持って行くだけだからさ」

 

 

 時計を見ればもう七時にほど近い。俺が起きるのが早いと言っても朝食はそんなに早くない一因を担っているのが、あまりにも悪い遠坂の寝起きだ。学校で優等生として通っている頃の遠坂だけ知っていれば全く予想もつかないどころか、目の前の現実を否定したくなるほどの超ド級の寝起きの悪さは、俺を含めて数人しか知らない。

 毎度毎度起こすのにはすごく苦労するんだけど、そこは遠坂も俺にしか甘えられないってことなんだろう。アイツは他人に弱みを見せるところをひどく嫌う分、一度弱みを見せても良いと思った相手にはとことん甘える癖があるからな。

 

 

「おーい、遠坂。朝だぞ」

 

 

 おざなりなノックをしてから二階にある遠坂の私室へと入る。最初は勝手に入ることをどういうわけだか嫌がっていた遠坂も、ここ最近はもう随分と馴れたのか、これも自然の習いとなっていた。

 日本にある遠坂邸に比べれば幾分質素な作りで、全体的に機能重視な印象をうける。とは言っても彼女のモットーは、『常に余裕をもって優雅たれ』。ゆとりをもってスペースをとられた家具の配置、真ん中に据えられた上品なテーブル、厳選された趣味の良いカーペットなどは流石遠坂だなと思わずにはいられない。何せこれらは全てこちらに越してきたその日に彼女がマーケットで自ら妥協せずに選んできたものなのだ。‥‥練習をかねて投影させられた俺による贋作が半分を占めているのは内緒だ。

 

 そして部屋の隅というには中央に寄っている、四方にゆとりをもって据えられた大きめのベッドの中に我らが眠り姫がいた。起きてきた直後の幽鬼のような有様が不思議な程にその寝顔は整ってて、綺麗と可愛いというあまり同時には抱かないであろう感情を覚える。

 とりあえず無理矢理起こすというのも常套手段ではあるのだけど、ソレにもちゃんとした手順というものがあるのだ。まずは最初にカーテンを開け、朝の光を取り込む。あまりカラッと晴れないロンドンでも朝はそれなりに眩しい。少しだけ覚醒の兆しを見せた遠坂が小さな声でうめき、いくら付き合いが長いといっても、その色っぽい声にちょっとだけドキッとした。

 次にトレイに乗せて持ってきた牛乳をテーブルの上に置き、暫く遠坂を日の光に晒したところでやっと実力行使に写る。言い返せば実力行使に移らずに起きたことはないんだけど、前はちゃんと一人で起きたところを見ると、どうもやっぱり俺に甘えているらしい。嫌じゃないけど、俺がいないところで起きられるのか?

 

 

「遠坂、朝だぞ。今日は朝から講義だろ? 早く起きないと遅れるぞ」

 

「う‥‥ん、あと五分‥‥」

 

 

 昨日は用事があったらしく夜遅くに帰ってきて、夕飯も食べずに寝付いてしまうぐらい疲れていた遠坂の言うことを聞いて、頷いてやりたい気持ちもあるけど、ここで起こさなかったら授業に遅れて逆に一日中不機嫌で過ごすことになる。元々は弟子兼従者として付いて来た身、師匠が滞りなく勉学に励むことができるようにしてやるのもまた俺の役目だ。

 正直な話、このまま遠坂の寝顔を眺めていたいって気分ではあるけど―――

 

 

「遠坂! いい加減に起きろって!」

 

「むー‥‥、しろぉ〜、起こして〜」

 

「‥‥遠坂、しっかりしてくれよホントに」

 

 

 焦点がしっかりと合っていない目のままこちらに向けて手を伸ばす遠坂に、仕方が無く俺はその両手をとって無理矢理にベッドから持ち上げた。

 

 

「っきゃあ?!」

 

「うわぁあ?!」

 

 

 ‥‥と、やっぱり寝ぼけていて体に殆ど力の入っていない遠坂がふらりと体重を預けてきて、突然のそれに支えきれずに床へと倒れてしまった。幸い俺が下になったから遠坂に怪我はない。床もしっかりカーペットが敷いてあったからさほど痛くはないし、頭を打つということもなかった。

 にしてもちょっと悪ふざけが過ぎるぞ、遠坂。

 

 

「う‥‥ん、おはよう、士郎」

 

「やっと起きたか、ホント、寝起きが悪いのはいいけどあんまりふざけるのはやめてくれよな」

 

「悪かったわね、本当に頭が回ってなかったの、よ‥‥?」

 

 

 そこまで言ったところでぴたりと遠坂の口が止まる。次いで真っ赤になったので、俺は目の前、というより顔のすぐ上で横を向いている遠坂の視線の先を追って―――

 

 

「‥‥いえ、どうぞお気になさらず、続けてください」

 

「せ、せせせセイバー?! わ、悪い、今すぐに飯の準備するから‥‥」

 

「落ち着いてください、シロウ。朝食の支度は出来ています。ゆっくりと準備をしてから降りて来てください」

 

「あ、アハハ‥‥。悪いわね、セイバー」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 

 こちらもまた真っ赤になったセイバーが扉のところに立ちつくしていて、俺達は慌てて抱き合っていた状況から離れ、遠坂はしどろもどろに少し緩めていた寝間着のボタンを締め直した。‥‥すぐに着替えるのに、律儀だな。まぁその方が俺としても、その、助かるんだけどさ。

 セイバーはゴホン、と咳をしてから俺の方を軽く睨んで去っていった。かと言ってこれから着替える遠坂の部屋にいるわけにもいかず追い出されて、なんか、もう、なんでさ‥‥。

 

 

 

「‥‥あ、そういえばルヴィアから渡されているものがあるんだった」

 

 

「ルヴィアゼリッタから? 一体何よ?」

 

 

 昨日の夕飯を食べ損ねた遠坂が二枚目のトーストにマーマレードを塗るのを紅茶を飲みながら眺め、俺はふと雇い主から言付けられていたことを思い出した。英国のトーストは非常に薄く、耳の部分をカットしてかりかりに焼くのが主流だ。日本のふかふかした六枚切りのパンも懐かしいけど、これもこれで味わい深いものがある。

 四角のテーブルの三辺に座った俺の隣のセイバーは、もう三枚目のトーストを自分でトースターから取り出してバターを塗りたくっていた。目の前にはマーマレードに加えてブルーベリーとイチゴの三種類のジャムが置いてあるけど、セイバーは甘いものを食事中に摂るのは好みじゃないみたいだ。

 ちなみにこのジャム類もお手製。近くに住んでるトルコ人に嫁いだ日本人の奥さんから教えてもらったんだけど、レシピ通りに作ると明らかに砂糖が多かったので少なめにしている。なんでもトルコのジャムってのは果物の元型が残るほどに砂糖を入れるんだとか。泰山の麻婆並に信じられないな。

 

 

「なんでも、パーティーがあるから来ないかって話なんだけど‥‥」

 

「「パーティー?」」

 

 

 天敵と評してもおかしくない人物からの突然の誘いに、遠坂と、ついでにセイバーも目を丸くして俺の方を見たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まいどー、三河屋でーす」

 

「そのミカワヤと言うのが何者かは存じませんけど、ご苦労様ですわ、ショウ」

 

 

 ロンドン郊外にあるエーデルフェルト邸。俺は贔屓にしているキャブの荷台に詰め込んだ日本酒やら焼酎やらを使用人の人たちと協力して下ろし、迎えに出てきたルヴィアに帽子をとるフリをしながら挨拶した。

 今日は時計塔の講義も休み。本来は工房に籠もって研究でもするところなのだけれど、今日に限っては前もってルヴィアから誘いと頼みを受け、ロンドンの両儀流道場に依頼して取り寄せて貰った日本の酒を土産に、ここエーデルフェルト邸を訪れたというわけだ。

 量はたいしたことない。もとより一つの道場に用意出来る分だけだから、大体ケースにして三、四つといったところか。とは言っても、もとよりさほど大人数が集まるわけでもないし、他のお酒も潤沢に揃えてあるから問題はない。これはあくまで、物珍しい酒を供してみようと言うだけの話。普段はエールやらワインやらばかり飲んでいる欧米人に日本酒はよほど神秘の飲み物に見えるらしいな。

 

 

「わざわざすいませんわね、こんな下働きみたいなことをさせて」

 

「いやいや、俺も折角なら旨い酒が呑みたいからね。日本の酒はロンドンじゃ、こんな機会でもなかったら手に入りにくいし。今日は楽しませてもらうつもりだよ」

 

 

 では今日は一体何があるのか? いくら珍しいからと言っても、さすがに社交パーティーで日本酒や、ましてや焼酎など出すことはない。今夜俺が呼ばれているのはエーデルフェルト邸で働く十数人の使用人達の日頃の苦労を労い、ついでに友人も招いて堅苦しいのは抜きで酒を楽しもうと言う趣向のものだ。

 イギリスという国は未だに階級制度というのが根付いているからルヴィアはあまり使用人達とは交流したりしないけど、たまに主人の側から大盤振る舞いするのは別に悪いことじゃない。雇い主である彼女はフィンランド人だけど、雇っているのは執事長や使用人頭などを除いてイギリス人だからこの場合は多少ならずイギリスの仕様を踏襲している。

 パーティーは中庭で行う立食形式のもので、ほとんど無礼講のそれの陰に隠れるようにして、友人(シェロ)を呼んでちびりちびりとやるんだそうだ。とりあえず俺もそこに呼んでもらえただけ良かったのだろうか。

 

 

「では中に入ってくださいな。もう支度も出来てますから、そろそろ始めますわよ」

 

 

 使用人の方々が既に雇い主の前であることも意識から薄れて和気あいあいと中庭へ酒の入ったケースを持っていくのを横目に、俺はルヴィアの先導で中庭から少しはずれた、ちょっとしたコテージなんかが据えてある場所へと歩いていく。

 使用人さん達はみんな自分達の分の準備で出払っているのかと思ったけど、そこにはしっからと執事のオーギュスト氏―――とは言っても俺は彼を本名で呼んだことはなく、それはおそらく屋敷の方々も同じだろう―――がしっかりと酒盛りの準備を調え、いつも通りの仕草で近づいてくる俺達へと会釈した。

 凛々しく上を向いた立派な髭が今日もバロメーターとして絶好調を主張している。尤も俺は彼が平静を崩したところを一度たりとも目撃したことはない。声だけならある。某あかいあくまと銀の騎士王が突撃かけてきたとき。

 

 

執事(バトラー)さん、向こうの方に出なくていいんですか?」

 

「いえ、最低限の支度はさせていただきませんと。アオザキ様方がご宴会を始められましたら戻りますので、お構いなく」

 

 

 謙虚なのに何故かある種の威厳を感じる。相変わらずスマートな人だ。生粋のフィンランド人で代々エーデルフェルト家に仕えているらしいけど、本物のジョンブル以上に英国紳士らしいな。いつでも背筋はピンと張っており、髭の毛先に至るまで一切の手抜きなく屹然としているその姿には同姓ながら憧れを抱いてやまない。

 ひとまず俺はオーギュスト氏の好意に甘え、コテージ横に据えられた簡易テーブルに自分たちの分にと持ってきた日本酒や焼酎、泡盛などを置き、後は手持ちぶさたに周りを見回す。毎日専属の庭師が一分の隙もなく手入れを行き届かせている中庭の木々は当然ながらこの前どころか初めて来たときから寸分違わずにその調和を保ち、さわさわと木擦れの音が心地良い。

 

 

「あら、どうやらゲストが来たようですわね。シェロ! こちらですわよ―――」

 

 

 見れば庭木の影から一人の赤毛の少年―――と形容していい歳なのかは判断つきかねるが、とりあえず低い身長と童顔を兼ね備えた姿からはそう称しても構うまい。本人は嫌がるかもしれないが―――が姿を見せ、ルヴィアは嬉しそうにそちらへ駆け寄っていく。去年はホテルへと一日だけ引き払ってしまったルヴィアが自分もささやかな酒宴を催そうと思ったのも、おそらくは衛宮を呼ぶためだろう。

 もともとは単なる使用人として雇ったはずが、純情さにつけこんでからかう内に普段使用人達から受けるものとは全く違う接し方をされて、段々とルヴィアは衛宮を気にかけるようになった。そしてアイツが魔術に携わる者であるとしれ、その傾向はさらに増し、ついには恋慕の情に似たものすら抱くようになったと。

 いやはや、二年近く友人としてつきあってきたけれど、本当に最近のルヴィアは生き生きとしてるよな。わかっていたことではあるけど、やっぱり些か以上に驚いた。友人が楽しそうなのは別に悪いことではないんだけど、さ。

 

 

「な、なんで貴女がいるんですのミス・トオサカ?!」

 

「‥‥どういうことよ、士郎」

 

 

 と、ふいに聞こえてきた大声に、俺は考え事に費やしていた意識をルヴィアが出迎えに行った方向へと戻す。するとそこには全く普段通りの格好をした衛宮に、見栄があったのか少しだけ身綺麗にした遠坂嬢と、既に普段の格好が上品であるセイバーがそろって真ん中に立っている衛宮の方を睨み、ついでに三人の目の前で腰に手を当てて仁王立ちとなったルヴィアもまなじりをつり上げている。

 ‥‥なんだ、これは。ルヴィアが招待したのは衛宮だけのはず。英霊として、人として尊敬しているセイバーならともかく犬猿の仲である遠坂嬢を呼ぶなんて想像もできない。ていうか何を意図して呼んだのかって鳥肌が立ちすらするさ。

 

 

「どういうことって‥‥なんでさ?」

 

「なんでさ、ではありませんわよシェロ。私はミス・トオサカをご招待した覚えはないのですけど‥‥」

 

「え? そうだったのか?! 悪い、ルヴィア、俺達みんな呼んだものだとばっかり‥‥」

 

 

 もはや呆れて言葉も出ない。つまりなにか、本当は衛宮一人が呼ばれたはずが、何を勘違いしたのか家族である遠坂嬢とセイバーまで一緒に連れてきてしまったというわけか。とりあえず有り得ないくらいに中の悪い遠坂嬢をエーデルフェルト邸に連れてくると言う発想からしてまずおかしいと言うことに気づかなかったのかこの朴念仁。

 ならばルヴィアが仇敵を目の前にして一気にボルテージを上げたのも当然のこと。俺は心底このいくらでも面倒を呼び込む主人公気質の男に呆れてため息と同時に額を覆って天を仰ぎ見た。

 

 

「‥‥く、仕方がありませんわね。シェロだけに来て頂きたいと特別に告げなかった私の不始末、気に入らない相手とはいえ、たまには酒杯を傾け合うのも一興でしょう」

 

「あら、それはこちらも同じ意見ですわよミス・エーデルフェルト。お招き感謝いたしますわ」

 

「いえいえどうぞお気になさらず。それではこちらへどうぞ」

 

 

 ミシミシと二人の間で空気が軋む音すら聞こえたような気がしたけど、一端臨戦態勢を解いてテーブルが据えてあるこちらの方へと向かってくる。遠坂嬢達は上着をオーギュスト氏に預け、それを預かったオーギュスト氏は一言二言ルヴィアに耳打ちすると、深く会釈して去っていった。おそらく向こうの宴に混ざるのだろう。お互い水入らずの時間が始まるというわけだ。

 

 

「それにしても衛宮、カジュアルな格好でと言われて本当にいつも通りの服で来る奴がいるか?」

 

「む、紫遙だって普段通りの格好じゃないか。俺ばっかり責めるのは道理に合わないぞ」

 

「ばかたれ。俺はジャケットだろうが。シャツ一枚のお前と一緒にするな」

 

 

 自分の格好を不思議そうに眺める衛宮に、俺はやれやれと肩をすくめると用意してあったカクテルを渡す。ルヴィアと遠坂嬢は表面上は和やかながらも絶対に腹の奥では色々と考えながら、嫌味も少なめ(当社比)で社交辞令を交わしていた。セイバーは早くも用意してある肴の数々に興味津々だ。

 そして二人のお嬢様の和やかながらも緊張感の奔る社交辞令が終わり、全員がそれぞれ酒杯を手に取った。日本酒など珍しい酒を取りそろえはしたけど最初の乾杯はエーデルフェルト家特製のカクテル。原料から何まで自家製だというソレはたいそう綺麗な輝きをグラスの中で放っていて、酒飲みでなくともレシピを聞かずにはいられない。

 

 

「では不肖このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが乾杯の音頭をとらせていただきますわ。本日は当家の酒宴にお越しくださり、あ・り・が・と・う、ございました。ささやかながらも幾ばくかのお酒を取りそろえさせていただきましたので、本日はお楽しみくださいませ。それでは‥‥乾杯!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 

 挨拶の端々で遠坂嬢を睨んだりと色々あったが、大体日本語に意訳すればこんなかんじだろうというルヴィアの音頭に従って、俺達はグラスを軽く打ち合わせ、杯を煽ったのだった。

 エーデルフェルト邸の酒宴は、まだまだこれからだ。

 

 

 

 33th act Fin.

 

 

 


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