side Luviagelita
「シェロ、大丈夫ですの?」
「あ、ああ。久しぶりにちょっと飲み過ぎただけだ。たいしたことはないよ」
先ほどまで五人で酒宴にふけっていたテーブルの周りから少し外れた、庭木によってそこからは視覚的にだけ遮断された小さな広場のようなところで、私は枯山水に影響されて据えられていた大きな岩に腰掛けたシェロの背中をさすって介抱していました。
鋭い意思を宿した瞳を持ちながらも日本人のご多分に漏れず童顔なシェロは、やはりお酒を飲み慣れていないようで、暫く杯を重ねると真っ青な顔になってしまいました。
ミス・トオサカはショウはセイバーと一緒に利き酒に興じていてまったく頼りにならず、仕方なしに私はシェロが酔いを覚ますことができるように風のよく通るこちらへと連れてきたのです。‥‥べ、別にプライベートで二人きりになれるのが稀だからというわけではありませんわよ?
「‥‥シェロ、実はあちらの方が気楽だったのではありません?」
「なんでさ? わざわざルヴィアが誘ってくれたのに、無下にするような人間じゃないつもりだぞ、俺は」
「そ、そうですの? ありがとうございます」
向こう側からは使用人達の楽しそうな歓声が聞こえます。シェロも本来は使用人なのですから、同僚達とあちらで騒ぐ事も出来たはず。私はそういう所謂乱痴気騒ぎなるものに興じたことはありませんからそういった気持ちはよくわかりませんが、私が友人という立場を無理矢理使ってシェロをこちらに呼んでしまったことには、いくらかの引け目を感じていました。
そもそも私はあまり多人数でアルコールを嗜むことがありません。ショウやロード・エルメロイと時々夜の会話の共に酌み交わしたこともありますけど、それらはどちらかといえば会話、というより半ば魔術討論と化しつつあったソレがメインであり、アルコールは喉を潤し会話の潤滑剤とするぐらいのもの。正直、多量に摂取したことはありませんでしたわね。
ともあれ初めての宴で無様を晒さずにすんだことは僥倖でしたわね。いえ、ここは体調を悪くしてシェロに介抱してもらうという手も‥‥。
「ふぅ‥‥。少し落ち着いたよ。手間かけさせて悪かったな、ルヴィア」
「え? え、えぇ、どうぞ気になさらないで。‥‥本当に大丈夫ですの? まだどことなく顔色が悪いような」
「そうか? うーん、やっぱり後もう少し休んでいこうか。‥‥あっちに戻るのも、怖いし」
「‥‥それは、同意せざるを得ませんわね。私も今のミス・トオサカに立ち向かうには勇気がいりますわ」
シェロの言葉にふと枝の隙間から宴をしているミス・トオサカ達の方を見てみれば、そこにはまさに
三人。たった三人。その三人だけであそこまで近寄りたくないという空気を発せられるものなのでしょうか。ミス・トオサカとセイバーはコテージの真ん中に置いてあるテーブルを挟んで、まるで解散を突きつけられた某バンドグループのように目の前に並べられたグラスを互いに入れ替え入れ替え利き酒をしており、その足下には完全に潰れてしまったショウが口から魂を吐きながらピクピクと痙攣しています。
どういう経緯でそうなったのかはわかりませんが、まるでそこが戦場であるかのような空気を発する二人はともかく、倒れている
‥‥とりあえずあの二人が潰れてしまうか前後不覚になるか、もしくは希望的観測にすぎますけど正気を取り戻すまではあちらに帰れませんわね。
「日本人は毎晩毎晩バンシャクなるものに興じると文献で読んだことがありますけど、ミス・トオサカはまた随分とお酒に強いんですのね。セイバーはまぁ、英霊ですから分からないこともないのですけれど」
「二人とも藤ねえ―――俺の保護者につきあってたまに呑んでたらしいからな。俺は一応二十歳未満だからって断ったんだけどさ。意外に遠坂、優等生のくせにそういうところはルーズだし」
昔は酒屋でバイトをしていたというシェロが言うことではないと思いますけれど、乾いた笑いを漏らす彼の表情から察するにその保護者という方も相当な酒豪だったんでしょうね。無理して視界の中に入れないようにしている二人の様子から簡単に察することができますわ。
「‥‥そういえばシェロ、貴方はこの先どうするおつもりですの?」
「この先? どうしたんだ突然?」
「いえ、この前ちょっとそういうお話がありましたの。それでシェロは時計塔を卒業したらどうするつもりなのかしらと思って。専科に進むにしても、色々と先の事を考える必要もあるでしょう?」
ふとハロウィンの日にバゼットのアパートを訪ねた日のことを思い出し、私は石の上に座って珍しく晴れたロンドンの夜空を眺めていたシェロに尋ねました。
ミス・トオサカの素晴らしい姿を拝見した後、彼女とシェロが子供達の後をついて出て行ってしまってから、私はバゼットから頼まれていた魔術具を渡すために彼女の部屋に残りました。件の扮装に関しては後で町内会のご婦人から写真を頂くことに決めましたけど、小癪なことにミス・トオサカが事前に根回ししていたらしく、手に入れることは出来ませんでしたわ。
そのときに彼女達が来るまでショウが話していたことというのが、自分の将来について、だそうです。エーデルフェルト家を継ぐことが決まっている私や、私同様家を継ぎ、第二魔法へと至ろうとしているミス・トオサカはともかくとして、シェロやショウには明確な指針というものがないように感じたのです。
ショウは根源へと至るための研究を既に進めているそうですけど、そういえばシェロは何をするために時計塔にいるのかしら。曲がりなりにも―――かなり手加減をしていたとはいえ―――バゼットと打ち合える程の戦闘技能を持っているのでしたら封印指定の執行者ということも考えられますけれど、彼にはそういう仕事は向かないような気がいたしますわね。
「俺、か‥‥。そういえば何も考えてないな、明確な手段とか、この先具体的にどうするかとか」
「何か目指しているものや、得意なことはありませんの? 例えば魔法に至るとか、何か根源を目指すための方法を知っているとか‥‥」
根源に至る方法は大別して二通り。まずは既存、未知にかかわらず魔法を会得すること。魔法使いは皆、至ったからこその魔法使い。魔術師としてはアレなミス・ブルーも魔法使いである以上根源に至っていることには違いなく、既存のものであったとしても魔法を研究することは根源を目指す足がかりの一つですわね。
もう一つは自身の得意とする分野を追求していくことで根源に至る方法。例えばショウの義姉であるマイスター・アオザキは、人体を通じて根源を目指した魔術師であると聞きます。あぁ、何故知っているのか言われれば、協会を通じてと答えさせていただきますわね。何しろ封印指定ですし、時計塔ではそれなりに有名人ですから。
ちなみにショウもこのやり方で根源へのアプローチを試みているとのことです。彼の場合は“とあるモノの原典”を追求することで―――いえ、これは蛇足ですわね。
「俺がなりたいもの‥‥か」
「なりたいもの‥‥なにかありまして?」
「あるよ。笑わないで聞いてくれるか? 俺はさ―――」
そしてその次に彼が遠くを見るような目をしながら呟くようにして口にした理想に、私は、そのあまりの愚かさと気高さと、見え隠れする歪さを確かに垣間見てしまったのです。
そう、彼は魔術師ではなく、魔術使い。魔術を目的ではなく手段とする、忌まわしい人たちと同類だったのです。ですがその夢は彼らとは一線を画し、誰もが理想と褒め称え、誰もが理想と嘲り笑う。そんな、現実には存在しない夢絵空事。
過去、大勢の人がそれに定義を求め、その内の誰もが定義することを放棄したナニカ。子供の頃に夢見ても、大人になれば明らかな無意味さに気づき、その夢を放棄する。
貴方には想像できまして? お伽噺や英雄譚や、巷に溢れる薄っぺらい雑誌上に掲載されているという娯楽媒体にしか描かれていない霞のようなものを、真剣に目指している人物が現実に存在しているという滑稽さを。
ですが、たとえ間違いなく滑稽であるはずなのに、友人で有る無いを抜きにしても、笑い飛ばせない真剣さが、その鋼のような瞳の奥にあったのです。
「‥‥ん、どうしたんだい? そんなに哀しそうな顔をして」
一旦こちらの様子を見に来たらしいオーギュスト氏に水を持ってきて貰い、俺はガンガンと頭蓋の中を暴れ回る脳みそがとりあえず落ち着いたらしいことを感じて一息つくと、いつの間にやらベンチの隣に座っていたルヴィアに声をかけた。
俺が別の世界に旅立ってしまっている間に彼女とどこかへ行っていたらしい衛宮は、今は遠坂嬢とセイバーに挟まれてまた地獄を経験している。遠坂嬢はともかくとして、セイバーは一向に潰れる様子がない。酔っているのに潰れないとはタチの悪いうわばみだ。宴会で近寄っちゃいけない奴ナンバーワンだな。
遠坂嬢は結構どころじゃなく酔っていて、呂律はおろか足下までおぼつかない。あれでは倒れてしまうまでにさほどの時間はかかるまいが、それまでに一度ダウンしている衛宮が耐えられるかというのは不安だ。なにしろ遠坂嬢だけならともかく、反対側ではセイバーまでもが笑顔で強引に酌をしているのだ。
その様子はまさに『王の酒が飲めないと申すか下郎』といったソレで、正直、円卓の騎士団の酒宴で何が起こっていたのやらと思うとゾッとしない。毎晩毎晩倒れるまで飲み続ける騎士達とか、想像を絶する。
「俺は気づけなかったけど、いつの間にか衛宮と一緒にいなくなっていたよね? ‥‥まさか何かされた―――わけないか。衛宮だもんな」
「その発言はシェロにとても失礼だと思いますけど‥‥事実ですから否定できませんわね。あまりにも鈍すぎますわ、彼」
「おいおい、そんなのとっくの昔に気づいてたことだろ? じゃなかったら君や遠坂嬢があんなに苦労したりしないわけだし」
まさかこんな状況でアプローチかけたのか? 酒に酔って苦しんでる相手にそれはちょっとまずいんじゃないだろうかとか思ったけど、奴ならどれだけ酔っても女性の好意に気づいたりすることはあるまい。こればっかりはアインナッシュがある日突然消滅するなんてことがあっても変わらない世界の法則だ。
俺はベンチに座っていつも通りに背筋だけはピンと伸ばしながらも、どことなく意気消沈とした様子の友人を慰めようとポンポンと肩を叩いて励ました。大丈夫、
「何を勘違いしているのかは大体想像できますけれど、下手な邪推はおよしになってくださいな。別に私もシェロもそのようなことはいたしておりませんわ」
「あれ? そうだったのかい? じゃあ、どうしてまたそんなに落ち込んでいるんだ?」
「‥‥酔ってしまったシェロを介抱している間、ちょっと彼とお話をしましたのよ」
掌を返すようにして俺の手を軽く払ったルヴィアは、フンとそっぽを向いてから、おもむろに俺が戦線離脱している間に衛宮と交わした会話の内容を語り出した。
「彼‥‥夢があるんだそうですわ」
「夢‥‥?」
「ええ。‥‥“正義の味方”に、なりたいんですって」
ルヴィアがぼつりと呟いた一言。そして俺も彼女も無言になった。
“正義の味方”。詳しく語るのは蛇足も極まるために控えるが、それはあまりにも衛宮士郎の目指す道と、歩んできた道を表現するに相応しすぎる言葉だった。
UBWルート。それは衛宮士郎が自身の未来と遭遇し、自分自身に否定されてなお、“正義の味方”をあきらめないというお話だ。彼が理想をあきらめるのは第三のルートであるHF以外に―――BADENDを除けば―――なく、それ故に衛宮は紅い外套の騎士と同じ道行きを歩む可能性が非常に高い。
例えば、アーチャーはFateルートの衛宮士郎であるという主張があちらこちらで声高にされており、それには俺も頷いていた。今の衛宮と違い、セイバーを失ってしまった衛宮には無茶を止める奴がいなかったのだろう。結局、彼は世界と契約して、死後、全てに絶望して八つ当たりに走ってしまったわけだ。
そして実は、遠坂嬢が「アンタを止める」宣言をしたであろう今にあっても、衛宮が世界と契約してしまうであろう可能性は非常に高いと俺は思っている。なぜならあの馬鹿は、きっと身近にいる遠坂嬢やセイバーやルヴィアや俺達を捨てて、名前も知らない誰かの助けを求める声の元へと行ってしまうに違いないからだ。自分を心配する何人もの声を無視して、誰かを助けに行ってしまうに違いないからだ。
なぜ俺がここまで断言できるのかと言えば、もちろんゲームの知識もあるけれど、時計塔で知り合って数ヶ月間という短い期間にもかかわらず衛宮の持つ異常性を垣間見たからに他ならない。
ゲームやアニメでは『コイツは悪い奴じゃない』とか『俺は自分の人を見る目を信じている』とか言った台詞を良く聞くが、現実ではそうそう簡単に一人の人間を測れるものじゃない。巧妙に外面を擬態している奴らなんてごまんと居るし、そもそも初見とか、知り合っていくらかで他人のことを理解するなんてどう考えても不可能なのは言うまでもないことだろう。
それでもなお、他人にソイツの人間性をダイレクトに理解させてしまう人間というのはいる。それが衛宮士郎。“正義の味方”なんて途方もない理想を追い求め続ける
その最たるモノが、いつぞやの火事の現場に遭遇したときの出来事か。
自らの身を顧みず、火災現場に入って助けを求める人を救う。それは漫画や小説ではよくみるパターンだし、実際現実でもそういう勇敢な人物はたくさんいるだろう。
だけど、人間に限らず生き物ならばどうでもいい他人のために命をベットに賭けたりしない。ましてやあの酷い火事だ。現場のプロである消防隊員ですら『突入は不可能』と判断する猛火の中に、一切の躊躇を見せずに飛び込んだ衛宮の在り方は薄ら寒いものすら感じる。
『消防隊員のくせに、中にいる人たちを見捨てるのか?!』と彼らを弾劾するのは簡単だろう。だがあまりにも酷い災害の中で人間は非情にも無力。自分一人ならまだしも、他人を助けて脱出なんて博打をするには些か以上に分が悪すぎる。勇敢と蛮勇は違うし、ましてや犬死になんて誰のためにもならない。
確かにあのときの衛宮には強化の魔術という他人にはない切り札があっただろう。だとしても、あそこまで躊躇しないでつっこんでいけるというのは、もはや精神操作を受けた特攻隊にすらない思い切り。あれは、異常だ。衛宮士郎は間違いなくどこか狂っている。
「すごく、遠い目をしていましたわ。私、わかってしまいましたの。いつかシェロは、私たちを置いてどこか遠くへ行ってしまうって‥‥」
「‥‥‥」
「あんなに寂しい瞳で夢を語る人、初めて見ましたわ。きっと自分のことなんてどうでもいいんでしょうね、シェロは」
火事云々には遭遇していないルヴィアにも、衛宮が理想について語っている間中遠いところを見ていたということはわかったらしい。アイツは足下が見えていない。遠くに、手の届かない程に遠くにいる、今から助けに走ったところで間に合うかどうかも分からないほど遠くにいる連中しか見えていないのだ。ハ、お笑いぐさだ。まさしく
「魔術師じゃなくて魔術使いだったとか、そういったことは正直どうでもいいんですの。今までの私では考えられないのですけれど、この頃は本当に、そういう気分。でも‥‥あのような寂しい目をするシェロだけは許せませんわ。哀しすぎますわ」
「‥‥そうだな。友人としては、やっぱりつらいところではある」
例えば想像して欲しい。学校でも、職場でもいいが、隣で毎日仲良く馬鹿笑いしていた奴が、明日戦争に行くと言う。例えば中東で苦しんでいる人たちがいるから、助けに行くんだと言う。
もっと程度は酷いが、衛宮はつまりそういうことだ。剣林弾雨の中で、いつ死ぬかもわからないようなところへ行くと言うのだ。読者諸兄なら、どうする? そんな友達捕まえて、『馬鹿なこと考えるのはやめろ』と諭すに違いない。
つまりは俺達もそういうことだ。まだまだ短い付き合いだけれど、友達がそんなところに行くと聞いて黙ってはいられない。
「なに、その時になったら手足の一本二本叩っ斬ってでも止めればいいんだよ」
「恐ろしいことを言いますのね‥‥。まぁ、確かに貴方の言う通りかしら」
「そうさ。どっちにしたってアイツは、俺達に何も言わずに出て行くなんてことはないと思うよ。そのときに考えればいい」
間違った道を歩くなら、引っぱたいてでも止めるのが本当の友人。道徳の授業みたいな台詞ではあるけど、意外に昔はくだらないと思ってたことが真実だったりするのかもしれない。‥‥いまいち自信はないけれど。
あの馬鹿が正義の見方を目指すのは、聖杯戦争の時にその選択に絶望した自分自身と斬り合ってまで選んだ決定事項。一朝一夕の付き合いである俺達では矯正するには力不足だ。そこら辺は、遠坂嬢やセイバーの役回りだろう。
「あー、とりあえず、そろそろ止めた方がいいのか? アレ」
「‥‥お任せしても構わないかしら?」
「‥‥嫌なことは分け合おうよ。友達だろ?」
ふと元に戻した視線の先には、未だに残っていた一升瓶を二人の美少女によって強制的にラッパ飲みさせられている衛宮の姿。さっきまで深刻な話題に上っていた友人は、ほぼ完全に目の焦点があっておらず、両隣の少女達の良いようになっていて、完全に玩具と化していた。ちなみに手は瓶を持っていない。瓶を持っているのは両隣の酔っぱらい二人で、酒を呑まされている衛宮本人は既に完全なグロッキー。あれでは急性アルコール中毒も夢じゃな―――というか、ヤバくないか?
「‥‥止めましょう」
「‥‥ああ」
ひとまず議論は棚上げし、俺達はそれぞれ完全な酔っぱらい共を落ち着けるために、腕まくりをすると多大な苦労を費やして足を前へと踏み出したのであった。
しばらくはこんな感じ‥‥なのか?
34th act Fin.