UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第三十四話 『代行者の来訪』

 

 

 side Rin

 

 

 

「士郎、セイバー、ちょっとこれから大英博物館(きょうかい)まで行くわよ」

 

「‥‥突然どうしたのですか? 凜」

 

「とりあえず座って落ち着けよ遠坂」

 

 

 昼間はまるまる講義が入っているはずの私がどうして帰ってきたのかと、テーブルについて仲良く食後の紅茶を啜っていた士郎とセイバーが目を丸くしてこちらを見た。基礎錬成講座は今日は午後からの授業らしく、玄関の横には行儀良く授業に持って行く鞄がまとめてあるところから士郎の几帳面さが伺える。

 私は今さっきポットから注いだらしい湯気の出ている士郎のカップをひったくって火傷に注意しながら一息に飲み干すと、急ぐ用事ではあるけれどまずは一心地つけようとテーブルに座った。

 昼食を食べたばかりだろうに、セイバーの前にはいくつかのマフィンが置いてあって、空になった包み紙から察するに既に最低一つは食べ終えているのだろう。相変わらず健啖家を通り越して大食いと言われても文句を返せない子だ。

 

 

「で、一体どうしたんだ? いきなり帰ってくるなり時計塔へ行くなんて。俺は授業あるからすぐに行くけどさ」

 

「うん、私も突然のことなんで驚いてるんだけどね、上の方から私たちに依頼があったのよ。それも私たち三人まとめて来いって」

 

「‥‥私たち、三人ですか? 凜だけ、士郎だけならともかく私も入れて三人とは、なにやら不穏な臭いがしますね」

 

 

 セイバーの言うとおりだった。

 今までも私だけで依頼されたものというのはあったけど、三人まとめてなんて話は無かった。私だけって依頼だと術式の研究とか、儀式のサポートとかが大半だった。士郎にはそういうことは出来ないし、セイバーもなんだかんだでツブシの効かない性格してるから向いていないものね。

 それが突然さっき院長補佐から呼び出されて『二人を連れて応接室まで来い。急げよ』とあの氷みたいな目で見られながら告げられ、本当に急いで帰ってきたのだ。Mr,ジョージは本当に困ったときには助けになるわ。

 

 

「うーん、私も院長補佐から直接依頼されたってのは初めてだから、正直どうとも言えないわね。今までは良いところ各学部の長ぐらいだったもの」

 

「とりあえず、なにがしかの覚悟はしといたほうがいいってことか?」

 

「かもね。というよりそもそもあのいけ好かない魔導元帥が食わせ物だし‥‥」

 

 

 あからさまに人を見下したあの目つきは心底気に入らない。貴族趣味もほどほどにしろってのよ、極東の田舎一族だからって馬鹿にして‥‥! 一応ね、私だって魔法使いの家系なのよ? 別に驕るつもりなんてないけど、あそこまで分かりやすく見下されたら苛っとくるものよ!

 なによ、あの『ハ、五大元素統合(アベレージ・ワン)? その程度で天才児扱いとは、日本という国の底が知れるな。私の属性は108まであるぞHAHAHA』みたいな他人を見下した視線は! 興味ないだけならまだしも馬鹿にされるのだけは我慢ならないわ。何度ポケットの宝石を撃ち込んでやろうと思ったことか‥‥!

 

 

「とりあえず急ぐように言われているからすぐに出るわよ。いくらなんでも呼び出されてすぐに戦場に放り込まれるなんてことはないでしょ。‥‥ま、遅れても色々嫌味言われるかもしれないし、二人ともさっさと腹休めしちゃって」

 

「おう。俺はすぐにでも出れるぞ」

 

「私も大丈夫ですが‥‥今食べているマフィンを食べ終わるまで待っていただけますか? 急いで食べると消化によくない」

 

「‥‥いいけど貴方、本当に英霊?」

 

 

 消化を気にする英霊ってのもおかしいけど、まぁセイバーだものね。降霊科の連中の扱い方とか見てるとたまに殺意湧くときあるし‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥は? すいませんプロフェッサー、今なんて仰いましたか?」

 

 

 未だに続いているルーン学科の代理講師としての授業が終わった後、講義室から出ると突然目の前に立っていたロード・エルメロイⅡ世に声をかけられた。それなりに親しくしているとはいえ相手は今の時計塔で尤も有名なロードの一人。今までさしたる用もなかったのか向こうから呼び出されたこともなかったし、ただでさえ個人指導を中心に受け持っているこの人は自分の研究室から出たがらない。

 それ故にこうして廊下で呼び止められるというのは今までにない経験だった上に、彼の口から飛び出た用事とやらが全く予想外の代物であったのだから、俺が思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのも仕方がないことではなかろうか。

 

 

「だから、院長補佐が呼んでいるから応接室まで行けと言ったのだ。‥‥全く、いくら位階が低いからと言って私を使いっ走りにさせるとは、何を考えているんだあの女怪は!」

 

「院長補佐って‥‥バルトメロイ・ローレライ女史のことですよね? 一度も会ったことないんですけど、俺に一体何の用なんですか? 最初に言っておきますけど青子姉捉まえろとか言われても無理ですからね」

 

「私に聞くな。ただ使用人に申しつけるように言付けを命令されただけなのだからな!」

 

 

 扉のすぐ横でファックファックと時計塔の雰囲気にそぐわない、聞くに堪えないスラングを吐き捨てるロード・エルメロイは普段より三割り増しで不機嫌そうだ。何しろこの人未だにコンプレックスの固まり。年齢を経て幾分大人になったとは言え、どんなに相手の実力が高かろうと他人に見下されることが大の嫌いなのだ。

 いつもなら嫌味の一つや二つや十や百を言い捨ててきたところだろうけど、今回は如何せん相手が悪かったのか、こうして俺の前で鬱憤をはき出すより他はないのだろう。

 

 院長補佐。ロード・エルメロイが役職で呼んだこの人物の名前は“バルトメロイ・ローレライ”。時計塔に於いて最古の血筋に君臨し、ありとあらゆる性能がハイスペックのみならず、それぞれが時計塔の一部門の長が出来る最上位の魔術師五十人で構成された『クロンの大隊』を率いる最凶の吸血鬼殺し(ドラクル・マーダー)にして現代の魔導元帥だ。つまり、名実共に時計塔最高位の大魔術師なのである。

 そんな彼女に逆らうことが出来る人間なんぞ、魔法使いを除けば片手の指で数える程しか存在しない。血筋だけが貴くても鼻で笑われ、能力がお粗末なら見向きもしない。ロード・エルメロイだってその教師としての際だった才能を買われてか一目置かれてはいるけれど、それ以外の面に関しては以前面と向かって『無能』と断言されたという悲惨きわまりない逸話付きだ。立場的な意味でも物理的な意味でも、迂闊に近くに寄れば治癒不可能の傷を負う可能性の高い、時計塔五大アンタッチャブルな人物として長い間君臨している。

 ちなみに残りの四人はというと、言わずと知れたミス・ブルーこと俺の義姉。触るというか来ないでくれと祈るしかない宝石翁(はっちゃけ爺さん)こと死徒二十七祖第四位。ついでに歩く人間凶器かつ伝承保菌者(ゴッズ・ホルダー)である封印指定の執行者に加えて、最近生徒達は“あかいあくまときんのけもの”のコンビを二人で一セットとして追加するべきだと声高に主張している。つまり俺は生ける鬼門の半分以上と日常的に接しているわけだ。‥‥なんか最近友達できないなーとか思った理由の大半がここにあったとわ。

 

 

「とにかく、この後は大した用事は入っていないのだろう? とっとと応接室まで逝ってこい」

 

「そんな殺生な‥‥って、プロフェッサーに言ったって仕方がないですよね。はぁ、わかりました。不肖ロード・エルメロイの元弟子、蒼崎紫遙。はりきって逝って参ります」

 

「おう、逝け逝け。そしてできればあの鉄面皮と一緒にテムズ川に沈んでこい」

 

 

 めっきり見せなくなった笑みを―――かなり嫌味なものではあったが―――僅かに浮かべると、ロード・エルメロイは紅い上着を翻して早足で廊下を去っていった。どうも俺に背を向けた直後に不機嫌な顔に戻ったらしく、すれ違った生徒達がおっかなびっくり挨拶をしている。いつも不機嫌な眉間に三割り増しで皺が刻まれてたらそりゃ怖いわ。

 とにかく何事も自分の思い通りに進まないと途端に機嫌を悪くすると噂される院長補佐を怒らせるのはもっと怖い。仕方がなしに、俺は手に持った教本もそのままに普段は足も運ばない一角にある応接室へとちんたらちんたら向かったのだった。

 

  

 

 

 

 

「失礼します、ロード・バルトメロイ。お呼び預かり参上しました、鉱石学科所属の蒼崎紫遙です」

 

「入れ」

 

 

 只の扉に見えてその実いざというときには何重もの魔術防御が展開される防壁を少し開けて、聞こえてきた冷たく平坦な声から入室の許可を得ると、俺は時代外れながらも入念に整備されたストーブによって快適に室温が保たれた応接室へと入った。

 主に時計塔外部からの来賓を迎えるために作られたこの部屋は、来賓を歓待するためだけのものでは決してない。いざとなれば中にいる外敵(らいきゃく)を閉じこめ、始末できるようにするための檻でもあるのだ。外見上は全く気づかせることがないけれど、部屋の壁のあちらこちらに言うも憚る程に物騒な仕掛けが何十と潜ませてあるに違いない。

 もっともココがその用途で使われたことは過去一度もないということのがもっぱらの噂だ。そりゃ罠だと分かっててわざわざ不審な動きする奴もいないわな。

 

 

「まずはかけろ。話はそれからだ」

 

「‥‥はぁ。では失礼しまして」

 

 

 部屋に入った俺の視界にまず入ったのはちょうど四角形に配置された豪勢なソファー。そしてその一角の一人がけのそれに腰掛けた若い女性、噂にのみ聞くが、彼女こそが悪名高いバルトロメロイ・ローレライ女史だろう。想像に違わぬ合理的な女性らしく、こちらへと命令する言葉も必要最低限のものだ。なんというか、目の前にすると有無を言わさず従わなければならないような王気(オーラ)が漂っている。

 だが会釈して俺が空いている席に座ろうとすると、ふとよく見知った顔が対面に座っているのを発見した。三人掛けのそれに腰掛けているのは例のごとくの遠坂主従。師匠であり時計塔の次期主席候補である遠坂嬢と弟子の衛宮士郎、そして使い魔という扱いになっているセイバーだ。

 こちらの騎士王陛下もいつも通り静かながらも清涼な王気をまとっている。その自然とにじみ出る存在感は現魔導元帥にも勝るが、彼女の前にはどこから情報を入手したのかしっかりとお茶菓子が用意されていた。対策は万全だ。

 しかしいくら華奢な女の子が二人いるとはいえ、三人でソファーに座るのはちょっと難しくないか? 辺はあと二つも余ってるだろうに‥‥と愚にもつかないことを考えながら俺もその対辺に腰を下ろす。おお、ルヴィアの屋敷のソファーにも匹敵する座り心地よ。

 

 

「突然呼び出したことについては悪かった。だが事は一刻を争う上に未曾有の人手不足。ちょうど手が空いている者が学生にしかいないと聞いたものでな。非常に心苦しくはあるのだが、卿らに出向いて貰ったというわけだ」

 

「‥‥呼び出されたことについては別に問題はありません。前置きは結構ですから、どのような用向きで招集されたのかお聞かせ頂けませんか?」

 

「卿の言うことも尤も。では今回の依頼の内容を話そう」

 

 

 事前に前哨戦は済ませたらしい遠坂嬢が黙っているので俺が用件を尋ねる。ていうか『悪かった』とか言っておきながら全く心が籠もっていない。僅かにその言動を垣間見ることができた生徒達が“氷のようだ”と形容するのがよくわかる。淡々と、あくまでも最低限交渉が円滑に進むために思ってもいないことを社交辞令として口にしたといった感じだ。

 目の前で狭いソファーに座る三人も先に来ていたのに説明はうけていないらしい。黙々とお茶菓子を朽ちに運んでいたセイバーも一転真面目にバルトロメロイ女史の方へと振り返った。

 

 

「先日、聖堂教会から依頼があった。ドイツの片田舎に死徒が現れたらしい」

 

「死徒? 失礼ですけれど、聖堂教会が魔術協会(わたしたち)を頼るなんてどういうことですか?」

 

「ちょうど優秀な代行者が不在で戦力が不安だったということだ。我々も神秘漏洩の阻止の観点からこの依頼を受けることにした‥‥が、こちらもあまり手が空いている人物がいるというわけではない」

 

 

 先ほど入室を促した時と全く同じ調子で紡がれた内容に、遠坂嬢が不審の声を上げる。なにしろ魔術協会と聖堂教会は犬猿の仲と呼ぶのも生ぬるい、表では一時休戦と握手しておいて裏では未だに殺し合いをしているような間柄だ。加えて連中は基本的に神秘(神の御力)は自分たちだけのものであると考えている上に、死徒殲滅は神から与えられた崇高な任務、いわば苦行だと思っているのだ。

 

 そんな彼らが非公式とはいえ死徒殲滅の依頼を俺達にするということがそもそも不思議。だけどまぁ、確かに英霊がカフェでお茶をしている時代なのだからそういうこともあるのかもしれないと思わずにはいられないなぁ。

 

 

「標的は既に街の住人の多くを死者へと変えている。このままでは吸血鬼という存在はおろか、芋づる式に我々神秘に関わる情報についても表の社会へ流出する恐れがある」

 

「街の人たちを‥‥?!」

 

「士郎落ち着きなさい。それで、どうして私たちを?」

 

 

 女史の発言の一部に激しく反応した衛宮が腰を浮かせかけ、隣にいた遠坂嬢がその腕をひっぱってソファーへと引きずり下ろした。あまりにも分かりやすい反応に俺は額を抑えて呻く。今のはしっかりとバルトメロイ女史に見られただろう。

 魔術師相手にあのような分かりやすい弱点を見せれば、下手すれば先々体のいいお題目を餌に便利屋として良いように使われてもおかしくない。後で遠坂嬢と相談して手を打たないとな。

 

 

「生徒達の中で、特に優秀で戦闘経験のある者が卿らだった。トオサカ学生は聖杯戦争の勝利者で、エミヤ学生はその弟子だ。ついでセイバーは英霊であり、アオザキ学生も対死徒戦の経験がある。よって卿らにこの依頼について委託したいというわけだ」

 

「些か以上に釈然としませんけど‥‥」

 

「もちろん報酬は用意する。相場に二割上乗せしよう」

 

「‥‥‥」

 

「遠坂‥‥」

 

「凜‥‥」

 

 

 殆ど動かさなかった仮面のような口元をにやりと歪めたバルトロメロイ女史が報酬について口にすると、どうにも家計が芳しくないらしい遠坂嬢はぎしりと歯が軋る程に噛みしめ、一緒に座っているエミヤとセイバーは呆れたように彼女の名前を呼んだ。

 強いて言うなら貧乏が悪い。相も変わらず浪費癖の治まりやらぬらしき遠坂家の経済事情は推して察するにあまりある。きっと毎日毎日家計簿を見ながら溜息をついているのだろう衛宮やセイバーの苦労は心底可哀想に思う。ただ、こっちに関しては迂闊に首をつっこむつもりはない。下手に関わるとこちらの財布もやばそうだ。

 

 

「安心しろ、君たちだけで行けと言っているわけではない。聖堂教会からもこの件に関して一人、力強い助っ人を手配してもらっている。‥‥入ってくれ」

 

 

 と、ちょうど俺の右横に位置していた扉が、魔術的なものと物理的なものとで二重の防音処置が施してあるはずの扉が、まるで今の言葉が聞こえていたかのようにタイミング良く開いて一人の若い女性がは行ってきた。

 日本人の色とは少し違う短めの黒髪に、空のような青い瞳。シンプルなカソックを着込んで編み上げブーツの足音も高く、入り口に面しているバルトメロイ女史が座っているソファーの対面、つまり扉から一直線に歩いて突き当たったソファーの背に手をかけて、にこりと微笑んだその女性はちょうど両隣に座る形になっていた俺達に向かって自己紹介をする。

 

 

「はじめまして。聖堂教会埋葬機関第七位、《弓の》シエルと申します」

 

 

 世界最強たる者達だけが載ることを許される番付に、その名前を認めることが出来るカレー狂いの代行者がそこにはいたのだった。

 

 

 

 

 35th act Fin.

 

 

 

 


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