UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第三十七話 『討伐隊の奮戦』

 side Rin

 

 

 

Anfang(セット), Fixierung(狙え), EileSalve(一斉射撃)―――!」

 

 

 迫り来る死者の壁に向かって私の指先から魔弾(ガンド)が飛ぶ。魔力さえ込めれば一工程(シングルアクション)で発動するコレは遠坂の魔術刻印に刻まれた魔術で、『フィンの一撃』とまで言われる物理衝撃を伴う黒い弾丸だ。

 詠唱も要らず威力もお手軽とくれば死者の相手なんてこれで十分だ。宝石を使うのは勿体ないし、何より今は最優の前衛が私を守ってくれている。

 

 

「はぁぁああ!!」

 

 

 私の目の前で不可視の剣を振るった西洋鎧の少女。この娘が私の使い魔(サーヴァント)、セイバー。英霊である彼女なら死者はおろか大本である死徒の相手だって楽勝だ。相手が何か特別な能力を所有してないなんて保証はないけれど、並の相手なら問答無用の力押しで倒せてしまうのがこの娘の強み。そもそも英霊っていう存在は格が違う。

 普段から温存していれば魔力炉心を使って少しずつ魔力を生産できるし、こういった戦闘でも私への負担は少なくなる。もちろん普通にやるのと比べたらって話であって、聖杯が無い今無理矢理に英霊を現界させているんだから結構な負担ではあるわね。でもこの程度のハンデなら有って無いようなものよ! 何より優秀な前衛を手に入れるってのは魔術師にとって大きいメリットよね。

 

 

「凜、どうやらこの地区の死者は殲滅できたようです。次の地区へ向かいましょう」

 

「OK。‥‥それにしても、何なのよこの死者の数は? そりゃキャスターの竜牙兵に比べたらまだマシだけど、いくらなんでも多すぎるんじゃないの?」

 

「だからこそシエルが言っていたように私達が呼ばれたのでしょう。理由ならふん縛るか半殺しにするかした後に張本人に聞けばいいことです」

 

 

 顔に似合わない物騒なことを言いながらセイバーは一度は地面に突き立てて休ませた剣を抜く。いくら少しずつ魔力を生産できるとはいえ尋常じゃない燃費の悪さはコレにもあるのだ。あまりにも有名にすぎる宝具の正体を隠すための風の鞘は当然維持するだけでも魔力を消耗するのだから。

 ‥‥よく考えればわざわざこの剣を使う必要もないのよね? セイバーの魔力放出に耐えられるだけの魔剣を調達するか、士郎に鍛えさせるかすれば魔力の消費も楽になるし‥‥。まぁ前者は懐に厳しいし後者はまだ士郎にそこまでの技量が宿っていないから無理でしょうね。士郎が投影した剣がセイバーに使えるかどうかわからないから、剣はちゃんと鍛えなければいけないだろうし。

 いずれにしてもあんまり頻繁にこういう依頼があるようだと魔力の効率運用に関しては一度じっくりとセイバーや士郎も含めて相談しておく必要があるわね。あとは報酬と応相談ってところかしら。

 

 

「‥‥凜、呆けてないでしっかりしてください。一応辺りに動いている者の気配はありませんが用心に越したことはない」

 

「っと、ごめんねセイバー。じゃあ次の地区へ行きましょう」

 

「はい。早く済ませてシロウのご飯が食べたいものです」

 

「‥‥」

 

 

 自分で自分の言葉に気合いを入れ直したセイバーが鼻息も高く歩き出す。その威風堂々とした姿とは別に年相応な様子がおかしくて、私はやれやれと軽い吐息をついてから警戒を怠らずにその後ろをついていった。

 まだ私はガンドしか使っていないし、セイバーも派手な魔力放出をしていないから十分に余裕がある。この分ならいざ死徒と遭遇しても二十七祖クラスじゃなかったら問題なくまともに戦えそうね。

 シエルが来るまで保たせるなんて言わなくてもセイバーと二人なら―――

 

 

「ッ! セイバー!!」

 

「凜?」

 

 

 次の瞬間強烈な憤りや焦躁の感情が流れ込んで来て、私は即座に事態を判断するとレイラインに注意しながらも前を歩くセイバーへと叫ぶ。この街に入ってから士郎とのラインは常に少しだけ開いておいたから先程までもざわざわと戦闘を行っているらしい気配は感じてたけど、ここまで感情が動いたのはこれが初めて。

 例えるならアイツがあの金ぴか慢心王と相対していたときに似た、そんな揺れ方から分かることは只一つ。

 

 

「士郎達がぶち当たったわ! 急いで東側に向かうわよ!」

 

「了解しました―――凜!」

 

「‥‥へぇ、足止めがしたいってわけね」

 

 

 続けて短く状況を念話で説明してきた士郎の声に振り返ると、今さっき私達が散々蹴散らした死者達が灰に帰した路上に新たな群れの姿があった。

 あちらの手勢は士郎に蒼崎君、そしてシエル。埋葬機関の第七位である彼女は単身で死徒と渡り合えるだけの力をもっているわけだけど、そこに私達、特にセイバーが加わったら例え二十七祖であっても敗色が濃くなることだろう。

 普段アルバイトしたりご飯食べたりと全く普通の人間と同じにしか見えないセイバーだって一級の英霊。その力は魔力供給が多少不十分とは言ってもシエルとですらかけ離れている。当然地力が違っても戦い方や小細工でどうともなるわけだけど間違いなく今の世界では最強クラスだ。

 そして、足止めをするってことは言いかえれば向こうのパーティが相手なら勝つ自信があるということを表す。最初シエルから話を聞いたときにははこんな単細胞としか思えない愚行をする死徒なんてたいしたことないと思ってたけど‥‥。これは急いで加勢に行く必要がありそうだわ。

 

 

「セイバー、後の本命に備えて適宜余力は残しておきなさい。行くわよ!」

 

「イエス、マスター!」

 

 

 目の前に雲霞の如く犇めく死者の軍勢。私はポケットから安い宝石を取り出すと呪を紡ぎ、勢いよく敵の中央へと放り投げた。

 待ってなさいよ士郎! 私達が行くまで何とか持ちこたえなさいっ!

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、貴方は《死なずのルードヴィヒ》―――?!」

 

「知ってるんですか、シエルさん?」

 

 

 目の前でようやく不愉快な笑い声を収めた男を前に、シエルが手にした黒鍵を握りしめる手に力を入れながら呟いた。

 首から下の殆どを覆う黒いマント、短く刈り揃えられた髭と短めの髪は日本人とは少々毛色の異なる黒で、白目まで真っ赤に染まった宝石のような瞳に加えて顔面をびしりびしりと音を立てているかのような錯覚を覚える程に張り巡った血管が形作る凶相が相対する者に人外故の恐怖を感じさせる。

 そして誰もいないかのように見えた広場の男の背後に、目をこらせば分厚い黒い布で覆われた大きな四角い物体が見えた。トイレの個室の床よりも大きな正方形の箱のような物体は、一体何に使うものなのかさっぱり予想がつかない。

 

 

「‥‥二十七祖は言わずもがな、死徒の中にも有名無名は存在します。奴は二十七祖でこそありませんが死徒の中でも古参の一人。教会の中でも有名人です」

 

「クク、無知だな小僧。死徒を相手にしようと言うのならば儂の名前ぐらいは知っておくべきであろうよ。‥‥まぁ、それも意味無い忠告となりそうだがな。ク、クハハ、クハハハハハ!」

 

 

 退屈は不死者の天敵。それを紛らわせるためか死徒の中ではそれぞれ領地を作ってそれを奪い合うという遊技が楽しまれている。奴の言葉から察するにこの一体は奴の領土として死徒の間ではまかり通っているのであろう。もちろん表の人間は知らぬことだし、税金やら何やらなどというつまらないものは取り立ててはいない。

 何故ならそれはあくまで遊技。人間達には全く関わりなく死徒が臣下を従えて彼らの内だけで殺し合いをする退屈した不死者達の暇つぶしにすぎないのだから。

 

 

「ルードヴィヒ・フォン・デム・オストローデ。貴方程の死徒が何故このような暴挙に走ったのですか? 自らの領地に死都を作り、我々代行者を誘き寄せようとするなど分別ある者の行動ではない。

 他の死徒達と同じように静かに貴方達夜の住人(ミディアン)の間だけで小競り合いを楽しんでいれば、我々からもそうおいそれと狙われはしなかったというのに‥‥」

 

 

 シエルの言葉が指す通り、異端と化け物、特に吸血鬼を忌み嫌う教会とは言えどもそう手当たり次第に喧嘩をふっかけてもいられない。

 なにしろこのご時世で人が足りない。更に言えばある程度以上の有名で古参な死徒にもなれば代行者の中でも相手できる者が限られてくる。死徒二十七祖やそれに準ずる格の死徒が相手だと埋葬機関か各聖堂教会騎士団の団長クラスにならないと善戦もままならないのだ。いくら法力や聖典を携えたとしても敵は人外、まともに戦っていては簡単にこちらが参ってしまう。

 それ故に基本的に教会が討伐に動くのはあからさまな動きを見せた死徒のみだ。というか通常死徒の捕食は教会にばれないように行われるから必然的にそうなってしまう。『それは信仰が足りないのではないか!』と怒鳴るような奴は真っ先に最前線に送り込んでしまえばいい。

 

 

「貴様らを? いやいや、さすがに儂とて埋葬機関の代行者を呼び寄せるつもりはなかったのだ」

 

「戯れ言を。では一体誰を呼び寄せたというのですか?」

 

 

 クククと含み笑いを隠さずにルードヴィヒが言い、シエルはあくまで余裕のある態度を崩さずに問い返す。

 俺の隣の衛宮はいつでも投影をできるように油断なく眼前の死徒へと注意を向けていた。足は肩幅ほどに開かれ、全身の力はほどよく抜いて弛緩させる。こと接近戦に限って言うならば衛宮は時計塔の学生の中では既にトップクラスに位置していることだろう。もちろんバゼットとか、戦闘向きの魔術師達には遥かに及ばないのではあるけれど。

 

 

「儂が誘き寄せたのは貴様‥‥貴様だ! シヨウ・アオザキ!」

 

「な?!」

 

「ど、どういうことなんだ‥‥?」

 

 

 咆えるように叫んだ男の言葉にシエルが僅かに驚いて目を見開き、衛宮はこちらに振り向いて疑問の声をあげた。

 まっすぐに注がれる憎悪の視線はまるで針で刺されるかのように鋭く力がこもっている。奴の怒りに呼応するかのように空気と足下の石畳からピシリと罅でも入ったかのような音がした。

 

 

「以前お前と姉の二人に味合わされた屈辱‥‥晴らす機会をまだかまだかと待ち望み、長い準備を経てようやく今かなった! 思惑通りにこうして貴様を八つ裂きに出来ること、神とやらに感謝してもいい気分だぞ」

 

「‥‥まるでもう首でも獲ったかのような言い方だな。捕ってもいない鶏の数でも数えたつもりか?」

 

 

 ぎしりと軋む音すらするほどに歯を噛みしめたルードヴィヒから飛び出した怨嗟の言葉を受け流し、俺はハッと笑って肩をすくめる。なにしろとんだ逆恨みだ。誇り有る悪なら云々とはどこぞのロリッ娘吸血鬼の言葉だけど、やったことの責任をとれとは言わないが何をやったら何が返ってくるのかぐらいはしっかりと把握してから行動して欲しいもんだぜ。

 ていうか主にアイツをぶちのめしたのは青子姉であって、正直俺は見てるだけだったっての。文句があるなら直接青子姉の方に言ってくれないか? 行ってくれないか? 逝ってくれないか?

 

 

「クハハ、奴を直接痛めつけるよりも貴様を八つ裂きにして送りつけてやった方が効果がある。五体をばらばらにして、小さな箱に詰めてくれよう!」

 

「‥‥端から見ていて情けない程に、負け惜しみもいいところだと思いますが」

 

「紫遙、なんだかんだでお前も結構なトラブルメーカーなんじゃないか?」

 

「だからアレは奴の自業自得だって言ってるだろ?!」

 

 

 一番の主人公補正(トラブルジャンキー)が何を抜かすか。今でも暇が有ればあっちこっちぶらついて誰でも何でも頼み事とか聞き出して勝手に請け負うくせに。

 俺はやや前方で油断なく構えていたはずの衛宮にジト目を寄越し、シエルは目の前のどうしようもない逆恨み野郎にジト目を寄越す。ついさっきまで襲い来る死者の群れを片っ端から斬り捨てて穿って燃やし尽くしてシリアスでバトルでバイオハザードな戦いを繰り広げていたというのにナニコノ状況。

 

 

「ガァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!

 

 

 と、どうしようもなくギャグ補正のかかってしまった場を打ち壊すためにルードヴィヒはあらん限りの叫び声を上げて辺りの空気を震わせる。怒りに加えて魔力すら籠もったそれに打ち据えられ、近くの街路樹から何羽かのカラスが羽を力の限り羽ばたかせると逃げていった。

 その怒気と殺気に先程まで弛緩させていた空気を引き締め、衛宮とシエルも戦闘態勢に入る。俺もいつでも起動できるように肩に提げたラックのジッパーを緩めて蓋を開け、即座に中の礼装達が飛び出せるように準備する。

 

 

「儂は幾人もの代行者、幾人もの死徒を屠り、全ての戦いに打ち勝って生きてきた。初めて親である死徒を殺したときの歓喜、人間達を引き裂いていく快感、神の名と正義を叫んで挑みかかってくる愚者共を打ち砕く悦楽。その全てを味わい、全てを飲み込み、しかし! 貴様ら姉弟が儂の矜恃に決して消えることなき傷をつけたのだ!

 超越種であるこの儂が、魔法使いとは言えたかが人間に‥‥! この屈辱、同様のものを貴様らに味合わせねば晴れることはない」

 

 

 戦いの始まりはいつだって理不尽。動機はどうしようもない理由であったとしても、奴の体から吹き出す禍々しい魔力は到底無視できるものではない。

 もはや強さのインフラ、『フッ、戦闘力5か。ゴミだな』みたいな原作では一介の死徒などたいしたことないという認識になるかもしれないけれど、実際問題としてどんなに若い死徒でも超越種、人間を遥かに超えた存在であることには変わりない。俺や衛宮が一対一では成り立ての死徒―――例えば弓塚さつき嬢―――にも適わないだろう。

 固有結界持ちの衛宮とはいえ、一人では調達してくる魔力はさておいても詠唱が長くて発動ができない。アーチャーは切れ切れに詠唱しても発動できるみたいだけれど、集中して唱えなければ今の衛宮では発動できないと思う。とりあえず原作ではそうだった。

 そして接近戦はかなり上手いとは言え死徒のパワーとスピードが相手では到底対処しきれるものではない。剣弾を飛ばすなんてアーチャーみたいなことができるかどうかは知らないけれど、急場に陥った時の主人候補正はさておいてまだまだ発展途上というのが未熟ながらも俺の見立てだ。

 ‥‥え? 俺? フフ、言っちゃ何だけど俺の礼装は強力だ。八割異常を橙子姉が手がけているのもあるけれど、対魔力では躱せない物理ダメージを主眼に置いた攻撃は死徒どころか英霊にだって通用する。‥‥理論上は。実際には無理だよ嫌だよ俺弱いもん。ていうか基本的に一対一で使える武装じゃない。誰かの援護をすることで攻撃力を発揮するのよ。

 多分実際に英霊相手に使ってもみても難なく打ち落とされてバッサリだろう。きっと数秒と保たないに違いない。

 

 

「やかましい小童共が! もういい、我が汚点、ここで断ち切ってくれるわぁ!!」

 

「‥‥ッ?!」

 

「あれは‥‥!」

 

 

 叫び声をあげると奴はやおら羽織っていたマントを脱ぎ捨てた。

 マントの上からでも分かった隆々たる体格は予想に違わぬ分厚い筋肉の鎧に包まれ、首と肩の区別がつかないほどのそれからは尋常ではない膂力を誇ることが見受けられる。上半身は裸だけれど、おそらく生半可な攻撃ではあの肉の鎧を通るまい。

 だがしかし問題はその肩から両腕にかけてにあった。

 

 

「剣‥‥だって?!」

 

「‥‥気をつけろ、奴の特殊能力は融合。外物に対する肉体の抵抗力が低く、ああやって武器を体に埋め込むコトが出来るんだ」

 

 

 剣や槍や斧や鎌が、まるで生えるようにして体から突き出している。肩のあたりから腕に向かうにつれて段々と増えていく。二の腕辺りでは針鼠もかくやと言う程に刃が鎧か鱗であるかのようになっていた。

 HFでの衛宮のように体の中から生えているわけではない。よくよく見れば腕を通した剣の反対側には無理矢理切断して詰めたらしい柄が見える。つまり奴は剣や槍や斧や鎌を持ってきて自分の腕に埋め込み、それらを武器として使っているのだ。抵抗力の低い肉はしっかりと刃を掴み、最早肉体の一部と化している。

 確かに死徒の中には特殊な能力を持つ者が多い。だがそれらは大抵が魔術師あがりであり、俺達の常識の延長線上だ。死徒の持つ真の驚異はその類稀なる膂力と再生能力である復元呪詛。やっかいなことに目の前の死徒はその二つに秀でていたが故に長いときを生きながらえてきた。

 

 

「おい衛宮、間合いに注意しろ。受け止めても周りの刃で傷つけられるぞ」

 

「というか、出来れば打ち合うのはやめておいたほうがいいですね。あれだけの体格、魔力で強化されていること考えればとても衛宮君では打ち勝てません。この際後衛である私達への気遣いは必要ありませんから、いなして防ぐことに集中してください」

 

 

 秋も終わりに近づいた気温は低く、誰もが寝静まった山の間の街では吐く息が白く曇る程だ。

 シエルと士郎がそれぞれ黒鍵と夫婦剣を翼のように構えて緊張と共に戦意を高めていく。相手の両腕は刃にして鎧。接近戦に特化した奴を衛宮が攪乱し、俺とシエルが間合いの外からダメージを与えていくのがベストだろう。誰が言うでもなく全員の意志が一致し、それぞれ有利な場所へと位置取った。

 

「Samiel 《ザミエル》―――」

 

 

 起動キーを唱えると、肩に提げたラックから勢いよく七つの魔弾が飛び出した。それらは所有者の意志に従って俺達の周りに陣取ると、あらかじめ最適であると定められたパターンに従って旋回を始める。

 再三言うけれど、この『魔弾の射手(デア・フライシュツ)』は欠点も非常に多いがそれをさっ引いても俺には過ぎた礼装だ。衛宮と同じく“つくるもの”の最上位である蒼崎橙子によって作られ、俺が実戦を通して調整した空を斬って飛ぶ七つの球体は戦闘用としてはかなり上等な部類に入る。

 しかし使う者がダメなら宝の持ち腐れ。俺にはこれを半分も使いこなすことができない。そもそも戦闘ができる者というのは在り方としてそう成っているからこそ戦闘をこなせるのだ。それはある種“属性”というよりは“起源”に近い人がそうあるべきという姿であり、つまりは“つくるもの”である衛宮が決して戦いにおいて一流になれないように“しらべ、かんがえ、きわめるもの”である俺も決して戦闘で活躍することはできない。

 もちろん彼の紅い弓兵のようにそれでも技術を磨いて一流に比肩するほどの力を得る者もいる。だが俺が選んだのは研究者としての道だ。“あちら”に居たときには存在すら知れなかった根源へと辿り着くことこそ俺の願い。どうやら俺は知らないものを確かめたいという衝動が強いらしい。

 

 

「Ich nennt mich Samiel 《我が名はザミエル》―――!」

 

 

 これにて此方の準備は完了。奴から順に衛宮、シエル、俺と各々の得意な分野を生かせる位置に陣取った。

 死徒というのは総じて頑丈だから大低戦いは一撃で決めるか長時間我慢比べをするかのどちらかになる。俺だって対死徒戦闘の経験があるとは言ってもアイツを含めて数体だし、そもそも特殊な能力を保持している奴が多いから一概に言えはしないのだけれど大体そんなもんだ。

 しかし今回に関しては心強い味方がついている。埋葬機関第七位であるシエルは単独で奴を相手にできるだけの強者だ。俺達の役割は彼女の支援、彼女が攻撃に専念できるように守り、援護する。

 欲張る必要はないぞ、衛宮。

 

 

「うおおぉぉぉーッ!」

 

 

 まず駆けていったのは前衛である衛宮。片方の手に持った陽剣干将で上段から勢いよく斬り付け、それを防がれるや否や反対の手に持った陰剣莫耶を横薙ぎにし、追撃が来る前に体を入れ替えて死角に回る。

 ウェイトの差もあるんだろうけど小揺るぎもしなかったことに危機感を感じたのかヒットアンドアウェイを繰り返して決してまともに攻撃を受けないように上手く立ち回っていた。本来宝具である干将莫耶なら只の業物ぐらいの剣は軽く斬り裂けるだろう。しかし敵もさるもの、死徒の膨大な魔力のほぼ全てを身体強化に回しているようだ。

 しかもどうやら能力の恩恵を受けて刃も身体の一部として扱われているらしい。衛宮が振るう双剣とぶつかり合う度に絡み取ろうとギチギチ動いていやがる。

 

 

「串刺しにしてあげます! はぁぁあああっ!」

 

 

 横に回った衛宮を追いかけるようにしてそちらに身体を向けたルドルフ―――いや、ホラ長いしさ―――の背後、こちらも衛宮より更に速く移動したシエルが両腕の黒鍵を投げ付けた。野球選手の投球も越える速度と重さをもったそれらは過たずに背中から頭と心臓を串刺しにしようと迫る。

 

 

Drehen(ムーブ)!」

 

 

 続けて俺が礼装に号令を下す。ちょうど衛宮とシエルを結んだ線分にたいして垂直になるように両側から二つ、何の術式も付与してはいないけれど只の死者なら文句なく打ち砕ける速度で放った。

 散々援護はマカセロとか言ってたけどね、実際問題としてろくに連携の練習とかしてない初見で即席の仲間相手に絶妙な援護なんて望めるはずがない。あんまりギリギリの機動なんてさせたらアッという間に同士討ちだ。まぁシエルはそんなヘマはしないだろうし衛宮に当たっても俺は痛くも何ともないんだけどさ。

 更に情けないことを言うなら、ぶっちゃけ俺では七個同時に操れないのよ。分割思考もマルチタスクも持ってないんだからせいぜいが三、四個といったところか。後はあらかじめ最適化しておいたプログラムに従ったパターンで旋回させるのが関の山だ。

 

 

「舐めるな小童共ぉぉおおお!」

 

 

 これで終われば楽で良いのだけれど、そうは問屋が卸さない。衛宮を大振りに吹き飛ばすと返す刀で黒鍵を弾き、体の向きを入れ替えた時に俺の礼装を見事に躱した。あの図体であまつさえ両腕に重い武器類を大量に咥えているというのにこの速さ‥‥。やはり死徒は尋常ではない相手だ。

 後衛にあたる俺の役目は戦況を把握することでもある。吹き飛ばされた衛宮はすぐさま体勢を立て直したし、シエルはもとより様子見と動揺もしていない。まだ戦闘は始まったばかりだ。俺は出来る限り隙のないように礼装に周囲を旋回させ、その中から今度は重力偏向の術式を施して死徒の周囲へと向かわせた。

 

 

同調開始(トレース・オン)―――!」

 

 

 再度衛宮が突進する。弾かれた際に幻想がずれてしまった干将莫耶を投影しなおして今度は飛び上がると上から叩き付けるようにして振り下ろした。精度が上がった宝具はその威力を遺憾なく発揮して一部の刃を削り取り、しかし胴体まで届くには至らずその場で数歩踏鞴を踏む。

 

 

「まずは貴様だ小僧!」

 

「させませんっ!」

 

「ぐぉおお?!」

 

  

 振り下ろした勢いで無防備な背中を晒した衛宮に笑みをこぼし、ルドルフが片腕を大きく振り上げて獲物めがけて躊躇無く襲いかかる。‥‥しかし、実はそれこそが衛宮の罠。彼自身に策はなくとも目立つ行動をとれば歴戦の代行者が勝手に隙を突く。

 がら空きになった脇から胴体にかけて鉄板も凹ませる程の鋭い蹴りが死徒をおそった。

 

 

「Ich kam ans stromendem Gewitter 《吾は激しき雷雨の中より生まれ出る》―――!」

 

 

 ウェイトの差をものともしない蹴りはまるでパイルバンカーの如き衝撃をもって標的をよろめかせ、そこに四方八方から鉛色の魔弾が襲いかかった。

 間接部や骨に守られていない内蔵目掛けて次々にその重量にかかった重力全てと速度をもってめり込んでいく。如何に筋肉の鎧に包まれていようが衝撃は受ける。表面にダメージがなくともそれらはしっかりと中身に及ぶのだ。

 とはいえ奴も数百年を生きた化け物。これだけで終わる程生やさしい相手ではない。であるからして―――

 

 

「まずはその厄介な鱗を剥がさせて頂きましょうか。‥‥土は土に、還るがいいっ!」

 

 

 シエルの放った幾条もの銀光が咄嗟に体を庇うように突き出された左腕へと突き刺さり、一瞬の後に刺さった場所を中心として二の腕の四分の一ほどの刃が土と化して崩れ落ちた。

 土葬式典。黒鍵に石化の魔術を付与させて刺さった場所を石にする代行者としての黒鍵投擲技術とロアから受け継いだ魔術の知識を融合させたシエルの奥の手の一つ。

 圧倒的な魔力量によってサポートされたそれは生半可な相手では解呪(レジスト)できない。むしろ石化が全身に及ばなかった奴は死徒としてかなり優れた対魔力を保有しているということだろう。

 

 

「これで終わりです! 蜂の巣になりなさい!」

 

 

 そして予想もしなかった自分の腕に驚愕の表情を浮かべた奴の胸へと、数多の黒鍵が柄ぎりぎりまで突き刺さった。シエルは土葬式典を付与した黒鍵を投擲すると同時に上空へ跳び上がり、ガードが空いた瞬間に追加で銀光を射出したのだ。

 ‥‥ゲームの中では埋葬という名を冠していた技術。空中にあるというのに鉄甲作用まで付与されたソレの威力は一次元戦闘から準三次元戦闘においても生半可ではない。心臓はおろかありとあらゆる臓腑を聖別と祝福儀礼が施された黒鍵に串刺しにされた奴は、間違いなく死んだと俺達は確信した。

 だが―――

 

 

「クク、ククク、クハハハハハハハハ! いやはや驚いたぞ。よもや儂が、ここまで早く一度死ぬことになるとはな‥‥」

 

「なっ?! 確かに祝福儀礼付きの黒鍵で心臓を貫いた筈‥‥?!」

 

「いやいや小娘、確かに貴様の黒鍵は儂を殺したよ。一度、な」

 

「‥‥まさか、バーサーカーと同じ命のストック‥‥?!」

 

 

 シエルの攻撃と共に一旦下がっていた衛宮が驚きの声を漏らす。

 さもありなん、死徒にとって天敵である聖別された武器に心臓を貫かれておきながら、ソレはさも何もなかったかのように笑い出したのだから。いくら再生能力が高い死徒とは言えども黒鍵で心臓を貫かれては死なないはずがないのだ。

 もちろん例外は存在する。その最たるものは彼の混沌を冠するネロ・カオスであり、しかし今の奴の言葉から察するに、まさかと思うがあのギリシャの大英雄と同様に命のストックをもっているというのか‥‥?!

 

 

「ククク、折角の“弾除け”が一人ダメになってしまったわい‥‥」

 

「‥‥貴様、それはまさか‥‥!!」

 

 

 次の瞬間、ずるりと奴の胸のあたりから一人の人間が剥がれ落ちた。奴の代わりに黒鍵を心臓に受けて事切れている。その人間が完全に剥がれ落ちてしまえば、先程まで戦っていたのと寸分違わぬルドルフの姿があった。

 

 

「成る程‥‥それが《死なずのルードヴィヒ》の正体ですか」

 

「然り。儂の能力の『融合』、それによって他者を取り込んで弾除け(命のストック)とすることができるのだ。どのような攻撃であろうとも一度限りなら此奴らが肩代わりしてくれるというわけよ。‥‥もっとも、魂の要領の関係上あまり多数はとりこめんがな。今はそう、あと二人分といったところか」

 

 

 地に落ちた死者は灰となって崩れ落ちる。つまり奴は、後三回殺さなければ斃すことができないということか‥‥。先の聖杯戦争における狂戦士のように一定以上の攻撃を無効化なんて反則じみた能力は持っていないようだけれど、それは十分に厄介すぎる能力だ。

 

 

「‥‥そんなの関係あるか。何回も殺さなきゃいけないってんなら、何回だって殺してやるだけだ! 他人を食い物にしやがって‥‥許さねえぞ!」

 

 

 隣の衛宮が咆えるようにして叫び、双剣を奴に向かって突きつけた。‥‥そうだな、確かに衛宮の言う通りだ。苦労はしたけれど一回は殺せた。戦力も十分だ、あと三回ぐらいなら問題ない。

 少々面倒は増えたけれど勝ち目は十分にある。シエルも衛宮も俺も問題ない。全員が視線のみでそれを確かめ合い、再度武器を構えて戦闘を続行しようとした時、にやりと更に嫌な笑みを浮かべたルドルフが、先程まで全く触れようともしていなかっった背後の黒い布をかぶせた立方体へと手をかけた。

 

 

「だが‥‥これならどうかな?」

 

「‥‥っ!!」

 

「これは、とんだ外道ですね‥‥!」

 

「‥‥やってくれるな。そこまでして俺を殺したいか!」

 

 

 奴が布をどけたその中に、あろうことか、気絶して横たわっている、つまりは生きた何人もの子供を入れた檻の姿があったのだった。

 

 

 

 

 38th act Fin.

 

 

 


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