side Rin
死徒討伐にオストローデへ向かった後、士郎は随分と何か考え込んでいるようだった。
私は士郎が死徒相手に固有結界まで勝手に展開して戦っている間、セイバーと二人で怒濤のように押し寄せて来る死者達相手の立ち回りで忙しかったから間に合わなかったのは本当に無念としか言いようがない。
幸いにシエルも蒼崎君も士郎の固有結界については口外しないと、ごくごく簡単なものではあるけれど
死徒を士郎達が斃した後、私達は後始末を教会の部隊に任せて前日泊まった街に戻ると一日のんびりと休み、一足先に帰ってしまうというシエルを見送ると蒼崎君の「少し羽を伸ばしてみないか」という言葉に誘われてブロッケン山へと観光に訪れた。日本ではめっきり少なくなってしまった蒸気機関車があったり、なんかよくわからないけど明らかに幻想種同士の争ったと思しき謎の古戦場が普通にガイドツアーに載せられていたりして、私もセイバーも結構楽しめたわね。
士郎もその時は一見楽しげに振る舞っていたように思う。セイバーが地元のレストランで―――どういう経緯でそうなったのかは思い出せないけど―――大食い対決に臨んでいた時には脇で財布の心配をしていたし、蒼崎君がうっかりロストロギア級の魔剣の破片を見つけたときには夢中になって食い入るようにして解析していた。あんなもんが転がってるって、一体協会は何してたのよ‥‥?
まぁそれはともかく、私達の内の誰もが士郎が変だったなんて気づけなかったのだ。
だから最初に気づいたのは私。家に帰ってきてからいつも通りに振る舞っていた士郎が、私達の目の届かないところで深刻な顔をして考え事をしていたのを発見して、問い詰めてみたのに何も言わない。次にセイバーが料理の味が少し違うことに気づいて、そこから私達は顔をつきあわせて士郎に起こった異変について考えた。
私達の前では普段通りに振る舞っているつもりなのかもしれないけれど、私もセイバーも付き合いは決して長くはないとはいえ士郎のことは誰よりも理解してやるつもりだ。只でさえ嘘とかお世辞とか苦手な士郎が私達に隠し通せるわけがない。
「‥‥で、貴方は何か覚えがない?」
「しっかりと、偽証せずに、思いつくことは全て、余すところなく答えていただきたい」
「‥‥ナニこの状況?」
でも士郎は一度私達に話さないと決めたなら梃子でも話そうとはしないだろう。そんな私達にとれる方法はただ一つ。私達以外の人間に話している可能性を頼りに周りの友人を尋問することだけ。
ルヴィアゼリッタは却下。士郎の性格からして私達に話していないのにアイツに話すとは思えない。この前知り合ったバゼットはあれから仕事で留守にしているから相談しているはずもなし、魔術関係で悩んでいるに違いないんだから近所のミセス・ハドソンという線もないだろう。
そして私達は散々頭を捻って結論を出すと、ある人物を大英博物館のいつものカフェテリアに呼び出したのだった。
「えー、遠坂嬢にセイバー? 俺が一体ナニかしましたか?」
「安心しなさい。貴方は何もしてないし私達も何かするつもりなんてないから、そんなに怯えなくてもいいわよ蒼崎君」
私とセイバーが並んで腰掛けたテーブルの真向かいには、まるで訳も分からずいきなり被告席に立たされた冤罪の殺人犯のようにビクビクと震える同級生、蒼崎紫遙の姿があった。
まぁ考えてみれば私達の方から呼び出したのってこれが初めてだったかしらね。なんだかんだで時計塔の中ではルヴィアゼリッタと並んで一番付き合いがあるのに、会うたび会うたびに何らかの騒動ばっかり起こってるような。
‥‥これじゃまたナニかあるって思われても仕方ない、か。
「そ、そうかい。‥‥で、そうだとしたら一体何の用事で俺を呼び出したんだい? 別に特別な用事があったわけでもないから時間は大丈夫なんだけどさ」
「それは有り難いわね。実は蒼崎君には一つ相談‥‥というか、尋ねたいことがあったのよ」
「俺に、尋ねたいこと?」
蒼崎君はひとまず落ち着いて頼んだコーヒーに口をつけると不思議そうな顔でこちらを見た。なんだかんだで私が彼に頼み事をしたことは、以前授業の課題でちょっと不得意な分野が出されたときに共同研究を頼んだときのものしかない。しかもあの時は何故か急に帰省することになったからとかで断られたし、それ以外で彼に頼むようなことはなかった。
どちらかというと彼と親しく付き合ってるのは士郎の方。自主鍛錬に使う道場を探してもらったり、お金に困ったときには雇い先まで‥‥ちっ、もしかしたらあの時に手を打ってれば今頃ブツブツブツ‥‥。と、とにかく、アイツと蒼崎君の仲がいいから私やセイバーとも友人付き合いを始めたわけで、それで言うなら私も彼のことを良く知らないってわけよ。
蒼崎紫遙。時計塔の鉱石学科に所属していて、歳は二十歳過ぎだってこの前聞いた。
得意な魔術はルーン魔術、次いで魔術具の作成。魔術回路も少ないし才能もあまり芳しいものじゃないけど成績はよくて、今期は次席候補の一人に数えられている。魔術師らしからぬお人好しかと思えば割とドライでギブアンドテイクをモットーにしていて、でも本当に困っている時には進んで手を貸してくれる良い友人。
決して沢山いる魔術師の中でひときわ輝いているってわけじゃないけれど十分以上に優秀な魔術師であることはもとより、彼は“蒼崎”だ。それはもちろんアノ蒼崎、現存する魔法使いの家系である蒼崎の長男だ。元は取れている。以前ルヴィアゼリッタから漏れ聞いた話によると、五番目の魔法使いであるミス・ブルーを姉と呼んでいたそうだから間違いない。
優秀な魔術師としての力量、日本でも有数の家系と血筋、そして封印指定の執行者や時計塔のカリスマ教授を始めとする豊富な人脈。正直に言ってしまえば時計塔では私よりも遥かに融通の利く存在なのよね。
「貴方、士郎の様子が最近おかしいの知ってるわよね?」
「あ、あぁ、そうだね。どうもこの頃の衛宮は何か思い詰めてるみたいだけど‥‥」
「単刀直入に言うけど、蒼崎君、士郎から何かそれについて聞いてないかしら? 相談とか受けてないかしらって言い換えてもいいんだけど」
大英博物館は世界でも最大規模の博物館の割には入場無料なんて観光客はおろか地元の学生にも嬉しい仕様になっている。ソレだからって訳でもないだろうけど、今日もカフェテリアに人は多い。時計塔の中にもそういった休憩施設はある。でも基本的に殆どの施設が地下にあるから何となく雰囲気がお茶をしようってものじゃなくて、だから教授や講師はともかく学生はコチラのカフェテリアを利用することが多い。
ただ、大英博物館に上がってくる際には基本的に
もっとも学芸員を名乗っている以上博物館にいれば観光客から案内や説明を頼まれることも多い。魔術師の大半は歴史的な遺物にも詳しい場合が多いからあまり問題はないんだけど、そうもいかない士郎はいつもガイドブックと付き合わせてしどろもどろらしい。もちろん殆どの学生はそんなことに自分の時間を使うのはまっぴらご免だから「休憩中なので申し訳ありません」とか言って断ってるんだけど、士郎がそんなことできるはずもなく、毎回毎回気づけば案内をしているなんてことになっていた。‥‥しかも何故か女の人が多いのよね。
「うーん‥‥。そういうのって本人から話してくれるまで待っててあげる方がいいんじゃないか?」
「馬鹿ね。相手は士郎よ、絶対に話しっこないって分かりきってるわよ。いい? あいつはね、コッチがしっかりと手綱握って、変な方向に走ってかないように力づくで矯正してやらなきゃいけないの」
一度士郎が私達に話さないと決めた以上、アイツから相談してくれることは絶対にない。自分で決断したことを覆さない頑固者だから、誰かにひっ叩かれない限り進路の修正が出来ないなんて面倒極まる性格をしているのだ。良く言えば信念を曲げない男、悪く言えば融通の利かない頑固者だ。今回に関して言えば明らかに後者で、アイツが一人で悩んだって何も解決しないのなんて目に見えてる。
一人だったから士郎はアーチャーになってしまった。もしアイツの側に私がいたのなら絶対に摩耗なんてさせなかった。アイツの世界の
「だから早く答えなさい。言っておくけど、無理矢理聞き出すっていう優雅じゃない方法だってとれるんだからね? さぁ、
「しっかりしろ遠坂嬢、キャラが完全に崩れてるぞ。‥‥まぁ、確かに衛宮に関してのことなら君達に言っておいた方がいいかもしれないね」
私の催促に呆れたように肩をすくめた蒼崎君が一転真面目な顔をするとこちらを見る。
簡単にテーブルの周りに人除けと認識阻害の結界をはったところから察するに、やっぱり私達が考えた通り士郎はかなり深刻に悩んでいたようね。甘い、甘いわよ士郎。私達に黙っていたところで蒼崎君に聞き出せばいい、ましてや彼が私達を相手に沈黙を保てると思っていたこと、チョコラテより甘いわ。
「まぁ簡単に言うと、というより実に簡単な話ではあるんだけどね‥‥衛宮は、強くなりたいんだとさ」
「‥‥は? 強くなりたいって‥‥また体痛めつけてるんじゃないでしょうね士郎‥‥」
「それがどうも、この前の死徒討伐で色々考えるところがあったみたいでさ。最近あいつ随分と家に帰ってくる時間が遅いんじゃないか? 実は衛宮、両儀の道場でずっと稽古を受けているらしいんだよ」
蒼崎君の言葉は私達にとって頭が痛いものだった。士郎が強さを求めて鍛錬にのめり込みがちなのはいつものことだ。でも字面だけ聞けば良いことかもしれないけど、アイツの場合は平気で夜中遅くまで魔術回路を痛めつけたりと常軌を逸している。
確かに限界ぎりぎりまで鍛錬するというのは決して悪いことではない。それは表の社会でもスポーツ科学やら何やらで実証されていることだし、裏の世界では随分と昔から肉体的にも精神的にも追い込むことが魔術の習得に有効であると言われてきた。
しかしもともと才能のない士郎がやる鍛錬が劇的な効果を生むかと言われればNO。才能のない人間が思い立ってがむしゃらに努力して、それが効果的な方法であるとは限らない。ましてや士郎ならなおさらと言える。結局上手く成長が実感できず、焦る。焦ったらもっと無茶な方法に手を出して以下その繰り返し。つまりは最終的には百害あって一理なしなのよね。
つまり士郎は今、焦っているのだ。多分蒼崎君に相談したのも心底せっぱ詰まったからに違いない。自分ではどうしたらいいかわからず努力だけしてみても効果を実感できなくて他人に相談した。その相手が私達じゃないっていうのは不満たらたらだけど少し安心したわ。
冬木にいたときにはいっつも一緒にいたみたいなものだったから士郎が無茶したら止めに入れたけど、今は互いに色々と忙しいから見過ごしがちになっていた。倫敦で士郎も少しは他人に頼ることを身につけたみたいで本当によかったわね。
「で、蒼崎君はどう思うの? もう気づいてるんでしょ、士郎がおかしいってことぐらい」
「‥‥以前ルヴィアの屋敷で宴会をやった時に小耳に挟んだよ。“正義の味方”だってね。しかも、在りえない、馬鹿げているって笑い飛ばせない真剣さがある」
「悪いわね、正直に言えば私だってどうかと思うわよ。でもアイツがそう決めたんだったら私は何も言うつもりないわ。出来る限りサポートして、道を踏み外しそうになったらぶん殴って矯正する。それだけ」
士郎にとって“正義の味方”ってのは一生使って追い求め続ける夢。むしろ存在意義と言った方がいいかもしれない。それを止めることは私にはできない。それを諦めることは“衛宮士郎”が“衛宮士郎”でなくなってしまうことなのだから。私はそういう部分も全部含めて士郎と一緒に歩いていくって決めた。一人で走り抜いて、一人で傷ついて、一人で摩耗してしまった紅い騎士。士郎をアイツみたいにさせやしない。
目の前でコーヒーカップを弄んでいる蒼崎君も、あの寂しい世界を見た。士郎の歪な在り方と夢と照らし合わせれば、大体行き着く先はアーチャーのことを抜きにしても容易に想像できる。なら私の質問にも答えられるはずだ。
言っちゃ何だけど私は時計塔の中であまり友人付き合いをしている人、というよりまともに会話している人が少ない。蒼崎君以外には癪だけどルヴィアゼリッタぐらいしか言葉を交わしてないのよね。同じクラスの学生とは意見交換こそすれ世間話だってしたことないし、教授も私に怯えてるのよね‥‥。授業に関係した話ならいいんだけど、その間もちょっと距離を置かれてるし。
そんなわけで私は彼をかなり信用している。何せ士郎のアレを見て何も手出ししなかったほどだ。だから彼には士郎の友人として、何を考えているのか聞きたかった。
「‥‥そうだな、今の衛宮は自分一人で出来ることは全てしている。これ以上やってもゆっくりとした成長で、それは確かに成果が出る鍛錬ではあるけれど今すぐに目に見えた変化が起こるわけじゃない。そうだろ?」
「蒼崎君の言うとおりね。というより、そもそも鍛錬ってのはそういうものだからね。全く士郎も悪い時期にスランプになってくれたものよね」
「シロウはあまり頭が回る方ではありませんが、聡い。だからこそショーに意見を求めたのでしょう。ショー、友人に相談された貴方が何も行動を起こさないはずがない。貴方はシロウに相談されて、何と答えを返したのですか?」
唸りながら優雅とはほど遠い動作で頭を抱えて私の隣、ちゃっかり頼んだハンバーガーをもっきゅもっきゅと食べていたセイバーがその様子からはあまりにもギャップのある真面目な顔と声で蒼崎君に問いかけた。そういえばこの娘、割と頻繁に蒼崎君と会ってるらしいわね。意図してってわけじゃないんだそうだけど。
「つまり、ここは俺達が人肌脱いで助けてやるってのはどうかと思ってね。‥‥俺は衛宮に、《千里眼》の施術を行おうと思う」
「「 は? 」」
「遠坂嬢も知っているだろう? 俺はあまり鉱石魔術に秀でているわけじゃないことを」
「そういえばそうよね。貴方、鉱石学科にいる割にはあんまり鉱石関係の魔術が得意じゃないのよね」
遠坂嬢とセイバーが俺の言葉に疑問符で返し、俺はまたもや世界の理だとでも言いたいかのように冷めてしまったコーヒーを啜ると説明を始めた。
確かに俺は鉱石学科に所属する魔術師ではある。だけど実際にはそこまで鉱石の勉強がしたいというわけじゃないし、俺の本分は全く別の分野であって、鉱石学科に所属しているのはひとえに礼装の研究のためにすぎないのだ。あの礼装は俺自身のスペックを大きく上回っているために使いこなすことができず、それ故にあれの研究はダミーとして非常に有効だ。
そう、魔術師は己の研究とその成果を秘匿する。だから俺の研究の内容を知っているのはごくごく僅かな、例をあげればルヴィアやロード・エルメロイⅡ世などの親しい人間や上司や教授にあたる人間のみ。
「俺には表向きに公表している礼装の研究とは別に、本来の研究がある。遠坂嬢が宝石翁の家系であり、第二魔法を追い求めているのと同様に、ね」
遠坂嬢とてその本来の研究を秘匿したいのは同じ。しかし彼女は彼の魔導元帥の弟子の家系として非常に有名だ。それ故に彼女の研究がどの程度進んでいるかということまでは分からずとも彼女が並行世界の運用について研究しているということは周知の事実である。
俺は衛宮の秘密を知ってしまった。遠坂嬢も本来なら力づくで
封印指定とは再現不可能な神秘を会得、ないしは内包した魔術師に対してその神秘を保存する目的で宣告される名誉でもあり面倒でもある。固有結界は須く本人以外には再現不能。ならば衛宮はすぐさまに時計塔の地下奥深くへと監禁されることになるだろう。そうなれば魔術師としても、人間としてもおしまいだ。身動きはとれず研究もできないどころか、脳髄だけ取り出してホルマリン漬けにするなんて可能性もある。
「それで俺の本来の研究ってのが‥‥これさ。『
俺は額に捲いた、薄汚れて色が褪せてしまった紫色のバンダナをとると机の上に空になったコーヒーカップへと視線を向ける。そして次の瞬間、額に描かれていた紋様が光り、俺の瞳が真っ赤に輝くと本来捻れ凶るはずのないコーヒーカップが不自然に歪むと四散した。
「‥‥まさかそれ、魔眼―――?!」
「そう、俺の研究ってのは魔眼の研究さ。本来は
魔眼と一口に言っても様々なものがある。今使って見せた『歪曲』や式が保有している『直死』。見るだけで物体を炎に包むことができる『炎上』や、言わずと知れたメドゥーサの『石化』など多岐にわたる。だけどそれら貴重な魔眼に共通して言えるのが、“本来は魔術によって再現できない”ということだ。
だけど俺はそれを成功させることができた。そしてそれは衛宮ほど特殊じゃないにしても魔術師としての俺の方向性を決定するには十分に過ぎる。橙子姉によればどうも起源に関係しているのかもしれないらしいけれど詳しいことはよくわからない。
まぁとにかくそういうワケで俺は今、格の低いものばかりではあるけれど八種類を超える魔眼を習得しているし、さらに数を増やそうと日夜研究に励んでいるってわけ。
‥‥念のために言っておくと、あくまで研究の結果所有できるようになったというだけだ。戦闘に使える魔眼は一つか二つぐらいしかないし、それにしたって高位の魔術師や死徒が相手だと簡単に
「‥‥で、蒼崎君の本当の研究ってのはわかったわけだけど、士郎に《千里眼》の施術をするってのは一体どういうことよ?」
「俺が衛宮にしてやれることで一番に思いついたのがそれでね。‥‥まぁ、有り体に言って被験者が欲しかったってのもあるんだけど」
俺が普段額に巻いている薄汚れたバンダナにも意味がある。と言っても別に邪気眼がやりたいわけではない。俺は額に魔術刻印を刻んでいるのだ。
魔術刻印とはその家系が後世に自らの研究成果を遺したものだ。例えば遠坂嬢の左手に刻まれている幾何学模様のようなものもそうだし、彼の先代ロード・エルメロイは両肩に刻印が刻まれていたという。それは次代に遺す一種の呪い。魔術師として家が追求した命題を背負うことを宿命付けられる重荷だ。
さて、では青子姉とも橙子姉とも血の繋がっていない俺に何故魔術刻印が存在するのか。答えは簡単、コレは“蒼崎紫遙”の魔術刻印だからとなる。親が魔術師でないのに突然変異や先祖返りのように魔術回路を持って生まれ、魔術を修めた者は自らを初代として新たな家系を興す。俺の額に刻んだ蛇を模した紋様は俺を初代とする“蒼崎”の魔術刻印である。
一人の人間が持つのは二つの瞳のみ。であればどうして俺はいくつもの魔眼を所有できているのだろうか? それはすなわち、額の魔術回路を外部メモリーにしているからに他ならない。むしろだからこそ俺は額に刻印を刻んだのだ。何しろうっかり事故で損失してしまったりしたら悔やんでも悔やみきれないしね。まぁ、代を重ねるごとに増えるわけだから収まりきらなくなったらどうしようかなーとかいう問題はあるけど、何とかするだろ‥‥俺の子孫が。
「ふと思いついたんだ。魔眼は第二の魔術回路であり、目は体内に張り巡らされた疑似神経と違って露出している。だったら外部から他人の手で弄ることができるんじゃないかって、ね」
「‥‥理屈は分かるけど、随分と無茶な考えよ、それ。士郎で試して成功する保証はあるんでしょうね? 最悪失明じゃすまないでしょう?」
「それは事前に入念に調べてみないとわからない。だから君にこうして打ち明けたんだよ。弟子の体を隅々まで弄るわけだから師匠の許可をとっておかないとね」
もちろん俺が衛宮に《千里眼》の施術をしようと思ったのも純粋な善意からではない。むしろ多分に俺自身の思惑が入ってきている。今まで自分が習得することにばかり目を向けてきたけれど、他人に対する魔眼の施術は可能か、という実験の被験者が欲しかったというわけだ。俺自身の直接的な利益にはならないかもしれないけれど、やれそうなことは全てやってみる、そうすればそこから新しい発見があるかもしれないから。
ついでに言えば多分衛宮には《千里眼》が適用するとは思う。とは言ってもこの場合の《千里眼》とは《透視》とは違って《遠視》、むしろ只単純に視力が良くなるといったものに過ぎない。Fateでのアーチャーのステータスにあった千里眼は恐らく強化の魔術の延長か、もしくはやはり衛宮自身に資質があったのだろう。《透視》まで施術してしまうとアイツのキャパシティが耐えられないかもしれないけど、只単純に遠くまで見えるようにするならそこまで問題はないと思う。
まぁこればっかりはやっぱり事前にしっかりと隅々まで検査して、適正を判断しないことには始まらない。実際問題として遠坂嬢の言った通り、深刻なダメージを体に与えることになりかねない。
「そういうわけで俺はこんな形で衛宮に協力してやろうと思ってるんだけど‥‥。遠坂嬢達はどうするつもりだい?」
「‥‥そうね、私達じゃ蒼崎君みたいな直接的な方法はとれないわ」
「では凜、何かプレゼントをするというのはどうでしょうか? 例えば
「そのお話、私も一枚噛ませていただきますわッ!!」
と、セイバーが遠坂嬢に具申しかけたその時だった。突然人払いをしていた俺達の隣のテーブルから聞き慣れた声が聞こえ、次いで遠坂嬢が叫び声を上げた。
「って、ルヴィアゼリッタ?! あんた一体こんなところで何してんのよ!」
「あら、お言葉ですわねミス・トオサカ。最近どうにも私の
「盗み聞きなんて立派な貴族があることじゃないと思うけど‥‥。ていうかルヴィア、君どうやって俺の結界に侵入したんだい?」
「こんな即席の結界なんて一般人ならともかく私には効きませんわよ。ちょっと結界の端を摘んで隣まで広げさせていただきましたわ」
実際言うのとやるのとでは大違いなのだけれど、そういうことが出来るルヴィアはやっぱり俺とは才能の桁が違うなぁ。いくら即席で適当だったって言ってもルーンを使った結界にはちょっと自信があったんだけど‥‥。
ルヴィアは俺が少し落ち込んでいるのを気にせずに隣の椅子に座る。遠坂嬢とセイバーと相対して俺達二人が座っている形だ。一瞬で臨戦態勢に入った遠坂嬢とは異なり、ルヴィアはいつものようにくってかかったり皮肉の応酬という名の社交辞令を交わしたりしない。今日は珍しく遠坂嬢の前でも真面目な話をする気になっているらしい。
「今申し上げた通り、私の屋敷でもシェロはいつもと様子がおかしかったんですの。些細なことを失敗したり、時折仕事の手を止めて考え込んでいると
「やっぱりアンタのところでもそうだったのね‥‥。っとに一人で悩んだってしょうがないってことにどうして気がつかないのかしら」
隣のテーブルで予め頼んでおいたらしいカフェラテを一口啜ったルヴィアの言葉に、遠坂嬢とセイバーは再び今日会ってからもう何度目かもわからない溜息を盛大に漏らした。認識阻害の結界はまだ生きてるけど、もし周りの客が俺達の様子を見たらまるで四人まとめてクビになったんじゃないかと心配したに違いない。
「ですが溜息や愚痴を漏らしているだけでは友人として立つ瀬がありませんわ。‥‥ミス・トオサカ、貴女はどうするおつもりですの?」
「‥‥さっきも言ったけど、私達は蒼崎君みたいに直接士郎に力を与えてやることはできないわ。それなら―――」
「魔術具《マジック・アイテム》などを贈ってさしあげる、というわけですわね?」
自分達が話そうとしていたことの続きを口にしたルヴィアに遠坂嬢とセイバーが頷く。普段は水と油みたいな二人なのに不思議と歯車が噛み合っている時もあるのだから本当に人と人の関係というものは分からない。
衛宮が自分の成長に自信を持てないのは一種のスランプであり、学者でもスポーツマンでも受験生にでも等しく舞い降りる壁であり試練である。これを乗り越えるのに劇的な手段は本来なく、ただひたすらに今までの鍛練を信じて続けていくより他に切り抜ける方法はない。
だけど衛宮は我慢が出来ない奴だ。前に進めていない自分の状況に我慢できず焦って、結局無茶な行動をとってしまうからいけないのだ。
だから俺が言った魔眼の施術や遠坂嬢達が言った魔術具の調達などで一時的にでも状況が変われば、少しは気も紛れるんじゃないだろうか。
「決まりですわね! シェロには私の従者として相応しい装備を用意させて頂きますわ!」
「あ、あんたに士郎の何がわかるって言うのよ! とんちんかんなモノ用意されたって困るだけなんだからね!」
「‥‥二人とも協力して、シロウに一番適切な装備を用意すればいいのではないでしょうか」
我が意を得たりとばかりに調子付くルヴィアとそれに噛み付く遠坂嬢。そしてセイバーはおそらくおやつという扱いなのだろう二つ目のハンバーガーにとりかかりながらも冷静に自分の意見を発言している。
まぁとにもかくにも師匠の許可はとれたというわけで、これでめでたく衛宮を弄り放題というわけだフフフ‥‥。早速帰って手術できる環境を整えなきゃな。
俺は去り際にまだまだ口喧嘩を続けるらしい遠坂嬢とルヴィアとセイバーの分の伝票をさりげなく机からとってそれに気付いたらしいセイバーがお辞儀するのを肩越しに見ながら、男の甲斐性だから気にするなと手を振るとレジへと向かったのだった。
40th act Fin.