UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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理想郷が一時重くなるなどの事態もありましたが、ss界隈は今日も平和です。


第四十話 『人形師の商談』

 

 

 

 

 

 side Toko

 

 

 

 

「‥‥ほう、衛宮士郎がな」

 

『全く、他人に迷惑ばっかりかけてくれるから困るよ、我が友人殿は』

 

 

 お前が言うかという言葉を飲み込んで、私は代わりに深い溜息を受話器越しに義弟への投げかけた。

 普段は全く連絡を寄越さない不精者が突然電話をよこしたから一体何かと思ったら、こともあろうに特上の疫病神(トラブルメイカー)についての相談だと来た。関われば間違いなく厄介事が降り懸かってくることぐらい理解していただろうに、どうして自分から釣り針に引っ掛かりに行こうとするのか理解に苦しむ。

 

 

『それで、衛宮には《千里眼》を施してやることにしたんだけど‥‥いいかな、橙子姉?』

 

『私に断る必要はないだろう? よかったじゃないか、協力的な実験相手が確保できて。生かさず殺さず使ってやればいい』

 

 

 返事を返しながら紫煙を吐き出すが、途端に嫌がらせのように顔の周りを飛び交い始めた蜂に顔をしかめ、仕方なしに灰皿へと預けた。

 見ればあちらこちらに蜂やら蝶やら蜘蛛やらがいるのがわかる。蟲使いの修業を始めた間桐桜によって事務所は一時的に蟲倉のようになっていた。普段は隠れているのだがたまにこうして外に這い出して来る。忌ま忌ましいが仕方がない。

 幸いなのは私の事務所に出入りする人間の中に蟲を怖がる奴などいないということか。あれだけの能力を持った連中が蟲を怖がってココで暴れ出したりしたら‥‥考えるだに気が滅入る。おそらくこの廃ビルは今度こそ瓦礫の山と還るだろう。

 ‥‥今度間桐が来た時にはよくよく注意しておく必要があるかな。

 

 

『ところで橙子姉』

 

「‥‥ん、何だ?」

 

 

 壁の隅に張られた特大の蜘蛛の巣に再び溜息を漏らしていると、しばらくぼんやりとしてしまっていたらしく受話器から私の名前を呼ぶ声がした。

 

 

『衛宮にやる武装についてだけど、何か良いアイディアとかあったりする?』

 

「そんなもの私に聞くな。遠坂とエーデルフェルトの小娘が考えることだろう」

 

 

 精神的に危ういところがあった幼い義弟に施した調k‥‥教育の弊害がこんなところに顕れたかと、私は咥えてはいないにも関わらず普段紫煙を吐き出すようにして溜息を零す。

 あの馬鹿は、何か心配事があればすぐに私か青子に相談するという癖がある。それは昔からずっと言い聞かせてきたことではあるのだが、それでも倫敦に行ってからは暫く連絡もなかった。しかし一度あいつが実験に失敗して死にかけた際に少し叱り過ぎたのか‥‥。まぁ頼られるのは悪いことではないのだがな。

 

 

「———と、言いたいところなのだが。実は一つ掘り出し物がある。格安で譲ってやってもいいぞ?」

 

 

 向こうに届くはずもないがニヤリと口元を歪め、私は外を飛び回ることに満足したらしい蟲共が巣へと帰って行くのを確認すると煙草を咥えて再び火を点けた。

 私の趣味の一つに骨董品、特に魔術的な意味のある収集物を買い漁ることがある。例えば中世以前の呪術師が拵えた呪殺用の人形、例えば魔術に何ら関わりがない鍛冶屋が鍛ったにも関わらず、魂すら注ぎ込んだがために魔力に似た性質が宿った剣や盾、鎧。それら貴重な魔術品を手元に置きたいという願望は“つくるもの”である私にとっては趣味というよりも仕事のようなものだ。にも関わらず黒桐の奴はいつもいつも文句ばかり言う。まったく、現代社会では測れないあれらの価値が理解できていないのだ。

 

 

「そら、今お前の携帯に画像を送ったぞ。見てみろ」

 

『‥‥って橙子姉、これは干将莫耶じゃないか?! しかも、オリジナル‥‥』

 

 

 それは近年稀に見る極上の掘り出し物である黒と白の双剣。乃ち現存する宝具の一つである干将莫耶である。

 かねてからソチラの骨董商と付き合いのあった私は優先的に品物を回してくれるように手配してあった。オークションなどで購入することもあるが、封印指定の執行を一時凍結されたとはいえ顔が売れるのは非常にまずい。であるからして個人における伝手をもっておくというのは大事なことで、ソイツも日本で隠遁生活を始めて以来の長い付き合いである。

 そんな奴が持ちかけてきた商談に、私は一も二もなく飛びついた。なにしろ繰り返しにはなるが現存する宝具である。宝具というのは須くそれなりの年月を重ねて神秘を蓄えてきたものであり、今の時代になって残されているのは発見されているものだけを勘定してもごく僅か。

 例えば文明開化が遅く武芸者などの活躍する時代が長かった日本においても宝具に準ずる武器の類は殆どが失われており、マスコミュニケーションをはじめとする情報伝達手段が発達していないアフリカやオセアニア地方のものは伝承としての効果が薄いうえに部族に伝わる宝として保管している場合が多く、あまり表には出てこない。

 紆余曲折あって私の手元に転がり込んできたこの干将莫耶も、古い時代に消失してしまったと伝えられているためにソイツも真偽がはっきりしないがねと前置きしてから私に話を持ちかけてきた。

 特にコレが偽物なのではないかと———当然干将莫耶という銘などついておらず、ソイツも『神秘が濃いから干将莫耶を模して昔に作られた名刀の類ではないか』と言っていた———疑われた理由の一端にはその特徴的な形状にある。

 一般的に青竜刀などの愛称で知られる反った分厚い刃、これが歴史上に現れたのは宋の時代と意外にも新しい。干将莫耶の伝説が登場したのは春愁時代《紀元前500》頃であり、その頃に作られた宝剣と言うのであれば真っ直ぐな剣であると考えるのが妥当な判断であろう。もちろん片刃の刀は剣と同じ年代から多用されてはいたが、仮にも皇帝に献上するものにそのような形をとらせただろうか。

 

 

「まぁしかし私はこれは本物だと断言できるがな。なにせお前の記憶の中のものと瓜二つだ」

 

『よく手に入れられたね、こんなもの‥‥。わかった、言い値で買うよ』

 

 

 殊勝な弟の態度に気分を良くして少し安い値段をふっかけた。それでも私が骨董商から買い取った値段よりは幾分高いので利益も出る。いくら身内とは言えどもそれなりに利害関係を結んでおかなければいけないのは魔術師として当然の付き合い方だ。

 荷物はソッチに通じている業者に委託して時計塔まで届けさせることにしよう。この私を欺いた場合どのような末路が待ち受けているかは容易に想像できるだろうから途中で紛失してしまうこともないだろう。

 

 

「しかしまぁ今になって思えば、あの紅い弓兵がこの双剣を使っていた理由も納得できるものではあるな」

 

『‥‥? どういうことだい、橙子姉』

 

「考えても見ろ、アイツは無限の剣を複製、投影することができるが、決してそれらの“担い手”にはなりえない。当然だな、アイツは“つくるもの”であって決して“ふるうもの”ではない。幾多の武器をつかう選択肢を持っている以上たった一つの武器を相棒として選ぶことは適わないわけだ」

 

『まぁ、それは衛宮の本質なんだから仕方がないことなんじゃないか?』

 

「クク、まぁ話は最後まで聞け。それでは何故アイツがこの干将莫耶を相棒にしていたのか説明がつかんぞ。エミヤシロウというスタイルを決めるに足る理由が、この双剣にあったということだ」

 

 

 電話の向こうで怪訝な顔をしているのであろう義弟の記憶を介して覗き見た衛宮士郎の在り方を思い出す。

 本来武芸者などではない衛宮士郎の戦い方は一つの型にはまらない。一つの流派を修めることもできず、一つの武器を究めることもできない。何故なら衛宮士郎はあくまで鍛冶師、戦うことを起源の段階から運命付けられた英雄達と同じように振る舞えはしないのだから。

 ではそんな衛宮士郎が戦いに勝利するためにとれる戦闘方法とは何か。それは乃ち、あらゆる手段に精通し、それらを適宜適切な状況で使い分ける選択肢の多さに他ならない。例えば相手が間合いの短い剣を持っていれば槍を持ち、巧みに懐に入られれば今度は短刀を持ち出せばいい。離れればこれだけは英雄と並ぶ天性の才である弓による長距離速射が襲う。常に相手に対して有利な間合いで有利な武器を使えることこそ無限の武器を扱う衛宮士郎が取り得る戦闘手段だ。

 

 

『いや、でも橙子姉、衛宮はアーチャーの戦い方を見て、自分に干将莫耶が合っているって確信したんじゃないか。それだったらアイツには二刀流こそが一番似合っているってことにならないか?』

 

「‥‥まったく、お前は本当にアチラについて語るときは魔術師ではなくなるな。考えても見ろ、干将莫耶の保有する神秘などたかが知れている。他にも有名な双剣はたくさん存在するだろうが」

 

 

 例えば彼の名高いフィオナ騎士団の雄、輝く貌のディルムッド・オディナが持っていた『大なる激情(モラルタ)』と『少なる激情(ベガルタ)』など、歴史上に輝く伝説や伝承を持った対の剣は数多存在するのだ。

 衛宮士郎はアーチャーの戦い方を見て、何を学んだのか。自分の未来に引き擦られていたのは勿論、姿だけではなく奴がどうやって干将莫耶を選んだのかということを魂のレベルで理解したのだろう。

 

 

「いいか、干将莫耶の伝説をよく思い出してみろ」

 

『え、えーと、確か春愁時代に当時の呉王から命じられて作った宝剣だよね。妻の莫耶が炉に身を投げることで完成したとかいう‥‥』

 

「そうだ。そして夫の干将が血の涙を流して時の呉王闔閭へと献上した。ではな、紫遙、ここで一つ疑問が生じるだろう?」

 

『疑問‥‥?』

 

「そう、“では干将莫耶の担い手とは一体誰だったのか?”ということだ」

 

 

 宝具には須く担い手が存在する。英雄あっての宝具であり、宝具あっての英雄である。英雄が使った武具の中で優れたもの、高名なものが宝具となって人々の伝承に遺り、逆に宝具をもって英雄は英雄たるとも言える。

 干将莫耶は間違いなく宝具だ。では宝具に必ず対のようにして存在する担い手は一体誰なのか?

 双剣を鍛った干将か? Non. では身を投げた莫耶か? Non. では献上された闔閭か? これもNon.

 闔閭は確かに優れた皇帝ではあったが、英雄と呼ばれる程の者ではない。呉を一大強国へと成長させはしたがその過程で伝承に成る程のめざましい活躍をあげたのかと言われれば疑問だ。更に言えば、その生涯において果たして干将莫耶を振るう機会があったのかということすら疑わしい。

 見れば分かる通り、干将莫耶は皇帝に献上するための宝剣としては非常に無骨で実用的な作りになっている。それは妻を犠牲にして鍛ち上げた干将の意地だったのか、そんなことまではわからないがとにかく皇帝が振るうような武器でないのは確実だろう。

 

 

「‥‥そう、干将莫耶には担い手がいない。コイツらには対になる英雄がいないのだよ」

 

『そうか、だからこそ‥‥』

 

「だからこそエミヤシロウはこの双剣を相棒に選んだ。そういうことだ」

 

 

 数多の武器を使うが故にどの宝具の担い手にもなれない錬鉄の英雄。そして宝具としての格を備えて、血の涙によって鍛えられた干将莫耶。相棒のいない英雄と振るわれる機会を与えられなかった宝具、それらが結びつくのは必然だったのかもしれない。

 ならば衛宮士郎に相応しい武器は間違いなくこの双剣だろう。私としてはこのような貴重なものを手放すには惜しいのだが、宝具とは担い手と共にあるべきだ。それは私からの衛宮士郎への感傷というわけではなく、これを作り上げた干将と同様の“つくるもの”としての信念に近い感情だ。

 あるべきものはあるべき場所へ。使わない武器に価値はなく、研究をやめた魔術師もまた同じ。もはや魔術師としての在り方を放棄した私が意固地になって若い連中の邪魔をすることはないだろう。

 また吐き出した紫煙はゆっくりと漂い、少し開けた窓から段々と寒さを増してきた秋の終わりの空へと上っていく。その光景はどこか自分が置いて行かれてしまうのではないかという自分らしくもない感情を発信源である私へともたらしたが、それもすぐに軽く頭を振るうことで煙を散らして追い払ったのだった。

 

 

「では送っておくから金をよろしく頼むぞ」

 

『‥‥半額は幹也さんに送っておくからね』

 

 

 なん‥‥だと‥‥?

 

 

 

 ◆

 

 

 

「‥‥よし、検査は終わりだ。おい起きろ衛宮」

 

「う‥‥あ、あぁ。終わったのか? 、紫遙? ‥‥あーくそ、なんか体中がこわばってる感じがする」

 

「俺の魔力を通したからな。多少の異物感は我慢してくれ。暫く動いて自分の魔力を回路に流していればそれも消える」

 

 

 以前バゼットの義手を整備していた作業台に今度は衛宮を乗せ、俺は千里眼の施術に必要な衛宮の情報をくまなく魔術によって収集していた。魔術回路の状態、属性や起源の一部、魔術耐性や体の頑丈さに咥えて魔眼に対する適正など様々な情報を集めて念入りに下準備と判断を行う必要がある。うっかり失明などしようものなら俺が遠坂嬢とルヴィアに物理的にも魔術的にも殺される。

 

 

「しかしまぁ‥‥これは非常に特異な素体だな。実に研究のしがいがあるぞフフフ‥‥」

 

「た、頼むから必要以上に弄るなよ? ていうか患者じゃなくて素体なのか?」

 

 

 衛宮の体を様々な術式を使って検査した結果を紙に記し、半ば走り書きのようになっているそれらを隣の机に座ってカルテに清書しながら俺は思わずこみあげてくる笑いを抑えられずに衛宮に一歩退かれてしまう。

 なにしろ衛宮の魔術回路、これは昨今稀に見る不思議なものであった。通常の魔術回路が疑似神経であるのに対して衛宮の場合は完全に肉体に備わった神経と癒着融合しており、知識としては知っていても改めて正確なデータとしてこうして目の当たりにすれば研究意欲がわくわくと湧き上がってくるのを感じてしまう。考えるに奴が昔やっていたという一歩間違えれば即死亡という危険な修行が影響しているのかもしれないが、おそらく衛宮が聖杯戦争中に色々な無茶をしたり自分の許容量を超える投影を無理矢理やれてしまうのもこの特異な魔術回路が関係しているのではないだろうか。

 魔術回路の総数は27本。俺はおろか橙子姉より多く、一般的な魔術師の平均から鑑みても多いそれは初代の魔術師としては破格の数と前述した強靱さを備えている。橙子姉の魔術回路が芸術的なまでの精密さを持っているのに対して衛宮の魔術回路はあくまで無骨。あちらをコンピューターと喩えるならばこちらは頑丈な機械と言ったところか。

 

 

「いいか衛宮、お前は勘違いしそうだから予め言っておくけど、これは決して善意からの行為じゃない。あくまで俺の目的は実験であり、お前に施しをしてやることじゃないんだからな。ギブアンドテイクだ、しっかりとそれを覚えておけ」

 

「いや、そうだとしてもやっぱり礼は言っておくよ。俺に力をくれるっていうんだから、願ってもないことだ」

 

「それが間違ってるって言ってるんだけど‥‥まぁそれもお前らしさ、か。でも頼むから他の魔術師が俺やルヴィアや遠坂嬢みたいに優しい連中だなんて思うなよ? その瞬間に‥‥死ぬぞ?」

 

 

 比喩や誇張ではなくあり得ることだ。魔術師なんてものは自分が一番で身内が二番、それ以外の他人なんて有象無象だ。ソッチ系の魔術師だったらいつでも実験材料に飢えているし、そうでなくとも他人の研究成果を奪ってあろうと虎視眈々なんて奴らも多い。魔術耐性が低い今の衛宮ではまさに狼の群れに放り込まれた羊に等しい存在だ。

 ちなみに俺の身内の中には衛宮達も存在する。であるからこそこうして忠告をしているわけで、本当だったらこんな疫病神なんぞどこぞへポイして関わり合いになりたくなんてないわけで。‥‥まぁ、あれだ、これも一度関わってしまったんだからしょうがないってことなのか。いつの間にか友人付き合いしていたんだから力を貸してやるにもやぶさかではない‥‥って、もしかして俺、死亡フラグ立ってる?

 

 

「‥‥だとしたら色々と考える必要があるか」

 

「何か言ったか?」

 

「いや、なんでも。じゃあ俺はこのデータを元に作業するからお前は帰れ。ここからは俺の研究にも関わってくるから部外者立ち入り禁止」

 

「俺、そんなの見たって何が何だかわからないぞ?」

 

「お前が平気でもお前の頭ん中ほじくる奴がいるかもしれないだろうが! とっとと出てけ!」

 

 

 脳天気な回答を返す衛宮の背中を蹴るようにして部屋から追い出した。衛宮に言った通りにここから先が秘匿しておきたい研究に関わる機密事項だというのもあるが、これからこの部屋で会う約束をしている人物達と鉢合わせさせたくないということもある。

 改めて衛宮のカルテを見直す。肉体と密接に結びついた魔術回路、剣製に特化した魔術特性、長年にわたって痛めつけたがために頑丈な体。‥‥そして、体内に魔術的に埋め込まれた一つの宝具。

 

 

「『全て遠き理想郷(アヴァロン)』か‥‥」

 

 

 遠坂嬢も衛宮の体を検査したはずである。しかし専用の施設を使って行った、肉体方面に造詣の深い俺による検査は彼女が発見できなかった一つの事実を導き出した。決して原作によって得た知識によるものではなく、魔力を使った術式を介して導き出された解析の結果。

 体内に埋め込まれているのは千年では効かない程の神秘を内蔵した魔術具、乃ちそれは宝具。衛宮切嗣の手によって死にかけの士郎少年に埋め込まれたそれは今の今まで気づかれることもなく、聖杯戦争でセイバーの魔力を通すことで一度は覚醒したがその後も衛宮の体内で眠り続け、今ここにいたるというわけだ。

 現存する宝具は数少ない。例えば俺が手に入れた干将莫耶、例えばバゼットが持っている『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』。フラガの家の技術で創り出される消費型の宝具である『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』はともかくとして宝具を体に埋め込んだ人間の礼などどこにもありはしない。

 

 

「今のところセイバーも衛宮自身も気づいておらず、セイバーとのパスが切れた今になっては治癒と不死の効果も働いていないようだな。‥‥これ、遠坂嬢達に話さなきゃいけないんだよなぁ。面倒くさ」

 

 

 検査で得た結果は全て彼の師匠である遠坂嬢へと開示することが施術の条件になっている。衛宮自身には公開しないというのがクセモノであるが、まぁこんなものが見つかってしまった以上それが好手だとは思う。これを見た次の瞬間には『じゃあセイバーに返さないと』とか言い出すに決まっているのだから。

 確かにセイバーとのパスが繋がっていない以上、かつてのバーサーカー戦のような不死性は発揮されないだろうが、体内に埋め込まれている以上ある程度の治癒力の向上などが見込めているのは間違いない。憶測になるが恐らく外的要因の怪我などだけでなく、デフォルトの状態に維持するという不死の効果から察するに病気や鍛錬による超回復にも作用しているのではないだろうか。

 それらがいくら微小な効果であるとは言っても、もしもこれを取り出してしまえば今まで通りの戦闘や鍛錬は出来ないだろう。選択肢が多い以上、冷静に思考できる人間である遠坂嬢に判断をゆだねた方が無難かもしれない。

 

 

「‥‥来たか。開いてるから入って構わないよ」

 

「では失礼しますわ」

 

「お邪魔するわね」

 

「あがらせていただきます」

 

 

 玄関の方から聞こえてきた声に返事を返し、俺もカルテをまとめてリビングの方へと行く。

 そこに立っていたのは希代の美少女三人。言わずと知れた時計塔五大アンタッチャブルな人物ことルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトに遠坂凜、英霊であるセイバーである。

 俺は適当に書物で埋もれていないソファを指さして座ることを勧めると、自分はキッチンへと向かって四人分のお茶を用意する。この前青子姉に漁られた茶菓子は補充してあるからセイバーが相手でも何とか保つだろう。それに今回はアレのこともあるし少々真面目な話し合いになるはずだ。

 

 

「‥‥で、検査の結果はどうだったの? 蒼崎君」

 

「早速いくね。まぁ大体は俺の予測と同じところといったところかな。衛宮に適正のある魔眼はやはり単純な視力強化という意味での《千里眼》。自分で魔力を使って視力を強化するよりも効率よく、遠くまで見えるようになる。アイツ自身言ってたことだけど、弓を使うんだって? 力量にもよるけどライフルも真っ青な射程を提供できるぞ」

 

「そういえばア‥‥いえ何でもありません。紅茶のお代わりを頂けますか?」

 

「では私が」

 

 

 恐らく『アーチャーが‥‥』と続けようとしたセイバーが失言に気づいて紅茶を飲み干し、お代わりを頼むと、カルテをテーブルの上に広げて説明する俺の手間を煩わせるのを考慮したのかルヴィアがキッチンへと行ってポットに代わりの紅茶を注ぐ。本来ならお嬢様がやる仕事ではないけれどことセイバーが相手ならどうにも話が違うようだ。なんて言うか、セイバー相手だと否応無くこっちが目下のような感情を覚えてしまう。

 俺はわかっているのかそうでないのかはともかくカルテをめくる遠坂嬢に一通りの説明をしていく。魔術回路の本数や性質などは互いに確認のようになってしまったが、ともかくとして互いの認識に誤差を生じさせないという意味でそれらの情報確認は役に立った。

 

 

「で、これは多分遠坂嬢達もわからないことだとは思うんだけど‥‥」

 

「何かあったのですか?」

 

「ああ。衛宮の体の中に‥‥効果はわからないけど何らかの魔術具が埋め込まれている」

 

「‥‥え? そ、それはどういうことですの?」

 

 

 クッキーの滓を口元につけたままキリリと質問してくるセイバーに、俺は今回の調査で一番に重要であろうことについて報告する。宝具を体の中に埋め込んでいるなんてことに仰天したルヴィアはカチャリとらしくもなくカップと受け皿をぶつけて鳴らし、遠坂嬢も目を丸くしてしまっている。

 

 

「それもあって入念な調査をしたから時間ギリギリだったんだよ。あらゆる魔術的な方向から解析の術式を通してその宝具の姿は大体つかめた。‥‥これがそれさ」

 

 

 俺は遠坂嬢に渡したカルテとは別に作っておいたスケッチを彼女に渡す。解析によって浮かび上がって来た結果は俺の頭の中にのみ現れるから、それを他者に伝えようとすると別の手段が必要になる。パスを結んでいればそれを介してイメージを伝えることもできるけど、さすがに俺は他人とパスなんてものは‥‥橙子姉と青子姉を除いて、繋いでない。公式文書に載せるのなら転写の術式などが必要だけど今回はそこまでする必要がなく、よって俺は一番簡単なスケッチという手段をとった。

 X線のようなものではなく視覚的なイメージが入ってくるからシルエットだけということではない。凹凸や紋様の類までばっちりだ。

 

 

「これは‥‥鞘、ですの? 美しい意匠ですわね‥‥」

 

「鞘‥‥まさか‥‥?!」

 

 

 幸いにして絵心があった上にイメージと照らし合わせて描いた俺のスケッチは本物と寸分違うことはなく、その意匠の美しさに感嘆を漏らしたルヴィアの隣にいた遠坂嬢はハッと何かに気づくとその更に横のセイバーへと視線を移した。

 

 

「『全て遠き理想郷(アヴァロン)』‥‥」

 

「セイバー、やっぱり‥‥」

 

 

 セイバーの呟きに遠坂嬢が合点の表情を浮かべ、ルヴィアはぴくりと耳を動かしたが黙ったまま口を挟もうとしなかった。

 セイバーはゆっくりと俺のスケッチへと手を伸ばし、それを胸にかい抱く。秀麗な顔は俯いているために表情を読み取ることができないが、おそらく思わず顔を赤らめてしまう程に美しい笑顔と涙を浮かべているに違いない。その光景はもはや一つの絵画とたとえても不遜はないものであった。

 

 

「ああ、そうか。シロウが、私の鞘だったのですね‥‥」

 

 

 無粋ではあるが、衛宮の恋人はあくまで遠坂嬢だ。セイバーがどのような気持ちで遠坂嬢達について倫敦へとやってきたのかは俺にはわからない。サーヴァントとしての本分を彼女が逸脱するとは思わないが、英霊である彼女とて人間であることには変わりない。

 ルートによっては衛宮と恋仲になる可能性もある彼女。今の一言には一体どのような思いが込められていたのだろうか。

 一筋だけ涙を落としたセイバーをじっと無言で見ていた遠坂嬢にはわかっていたのかもしれないが、四六時中共にいるわけではない俺やセイバーの真名に思い至って色々と考えるところのあるらしいルヴィアには気づけなかったのだった。

 

 

 

 41th act Fin.

 

 

 

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