UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第四十一話 『名教授の邂逅』

 

 

 

 

 side Rin

 

 

 

 

 

「‥‥聖剣(エクスカリバー)の鞘、か。成る程ね、聖杯戦争中の死徒も真っ青ってぐらいの士郎の再生能力ってのは『全て遠き理想郷(アヴァロン)』のおかげだったってこと」

 

「‥‥おそらく、キリツグが昔シロウに埋め込んだのでしょう。どうやって彼がこれを手に入れたのかは分かりませんが、多分、第四次聖杯戦争の際に私を召喚するための触媒として使われたのではないかと」

 

「士郎がセイバーを召喚できたはずだわ。こんな一級の触媒を持ってたんなら、貴女以外喚べるわけないじゃないのよ」

 

 

 しばらく感極まったように俯いていたセイバーが落ち着くのを待ってから、再び紅茶を入れ直して私達は当初の目的である士郎へ渡すプレゼントの相談へと移った。

 セイバーは今だ大事そうに鞘が描かれたスケッチを胸に抱いており、何やら思うところがあるらしいルヴィアは黙ってティーカップに口をつけている。 蒼崎君も何も言わずにこちらを見ていて、どうやら二人とも私達の間で話が一段落するのを待ってくれているようだ。

 ‥‥そうね、よく考えれば士郎がこの後ルヴィアゼリッタの家でバイトしている間に話は終わらせなければいけないわけだし、あんまりのんびりしている時間があるわけじゃあないわね。

 

 

「取り乱しちゃって悪かったわね。お詫びって言ったら何だけど、聞きたいことがあったら答えるわよ?」

 

「‥‥結構ですわ。私もブリテンに名高い彼の騎士王が女性だったというのは驚きでしたけど、さして大袈裟に取り扱うことではありませんし。このことは貸し一つにしておいてさしあげますわ」

 

「くっ、高価くつきそうね、ミス・エーデルフェルト‥‥」

 

「正当な返済を期待しますわ、ミス・トオサカ」

 

 

 ふふんと澄ました顔は相変わらず気に食わないものではあるけれど、不思議と不快感はない。この女も上流階級としてしっかりとした誇りをもっているらしいわね。まったく、性格の不一致さえなければここまで対立も‥‥いや、無理ね。それがこの上ない程に致命的だわ。

 少し沸いてしまった頭を冷やすのと新しいものが来たのもあって冷めてしまった方の紅茶を啜ると、私は気を取り直してカルテをまとめると蒼崎君へと返した。

 

 

「ん、まぁそういうわけで、俺の方は予定通り魔眼の施術を行うつもりだよ。それと‥‥もう一つ贈り物だ」

 

「‥‥?! これってまさか宝具、干将莫耶‥‥!」

 

「カンショウバクヤ? それはもしや、中国(チャイナ)に伝わるという宝剣のことですの?」

 

 

 蒼崎君はニヤリと笑うと予め用意してあったと思しき箱をテーブルの下から取り出した。頑丈な木箱は内外問わずあらゆる魔術干渉をシャットダウンする術式の施された布で何重にも包まれており、ところどころには正しい手順で解呪しなければしっぺ返しを喰らう性質の悪い呪符がとりつけてある。

 そしてその手順で解呪された木箱の蓋をあけると、そこには黒と白の二振りの陰陽剣が納められていたのだ。かつての聖杯戦争で私のアーチャーが使っていたものと瓜二つ‥‥いえ、刀身に刻まれていた護りの文句以外はそっくり同じ。確か干将と莫耶のオリジナルは随分と昔に失われていたとあるけれど‥‥まさか蒼崎君が入手していたとはね。

 

 

「それは誤解だよ遠坂嬢、これは義姉に頼んで取り寄せてもらったものさ。衛宮がどこで見たのかは知らないけど、やっぱりオリジナルがあった方が何かと都合が良いんじゃないかと思ってね」

 

「‥‥詮索はしないでくれると助かるわ、お互いにね。でもありがとう、これはすごい掘り出し物よ」

 

 

 確かに士郎は一度見た剣を投影で自由に造り出すことが出来る。一度解析してしまえばその剣はアイツの剣の丘へと刺さり、後はそこから現実世界へと持ってくるだけ。これだけ聞けばオリジナルなんて持っていても正しく宝の持ち腐れと思うかもしれないが、それも士郎が完全に投影を使いこなせていればの話だ。

 いくら剣に特化しているとは言っても、士郎はまだまだ未熟な魔術使い見習いに過ぎない。確かに解析と投影に関しては他の魔術師達の中でも群を抜いている。しかしそれも周りと比べればの話で、未だアーチャーには遥かに及ばないのが現状だ。

 ソレは乃ち、士郎の解析能力も不完全ということである。聖杯戦争中幾度も目にした干将莫耶は士郎の投影できる剣の中でも一番の精度を持ってはいるけど、オリジナルが無い以上これより精度が上がることはない。ならばオリジナルを手元に置いて何度でも目にすることができるというのは士郎の投影の精度を上げる上でこれ以上にない練習材料であり、最高の贈り物だ。

 

 

「うんうん、喜んでもらえそうで俺も嬉しいよ。で、支払いはどうしようか?」

 

「‥‥は?」

 

「いやね、俺から衛宮への贈り物はホラ、魔眼の施術だし。それは遠坂嬢達にあげようかなぁと思ってるんだよね」

 

「‥‥まさか、蒼崎君」

 

「専門外とはいえ現存する宝具だしね、手元に置いておくのに吝かではないなぁ。どうしようかなぁ、やっぱり自分で持っとこうかなぁ?」

 

「ぐぅ‥‥、ロ、ローンで頼むわ‥‥!」

 

 

 ぎしり、と骨が軋む程に力を入れた拳を机に叩き付けて、ありったけの怒りを込めた瞳で睨んでやる。あら、今の私って《凶運》の魔眼でも持ってるんじゃないかしら? どうしたのよ蒼崎君そんなに怯えて、いやねぇお金はちゃんと払うわよ? ローンで。だからガタガタ震えるのはよしなさいってば。

 

 

「お二人ともおふざけになるのはおよしになって頂戴。カンショウバクヤについてはミス・トオサカが買い取るということでよろしいのよね?」

 

「そうよ‥‥」

 

「では次ですわ。ショウ、私からは防具を贈ることにいたしましたの。シェロはホラ、対魔力が低いでしょう? ですからその辺りをカバーできるものをと思いまして」

 

「私も同じよ。今のところはアイツ、完璧に前衛型だから胸甲でも贈ろうと思ってるわ。ルヴィアゼリッタはどうするのよ?」

 

 

 士郎は投影で魔力の続く限りはいくらでも武器を創り出すことができる。最近ふと気づいたんだけど、士郎の魔力量は普通の魔術師に比べて決して劣っているわけではない。切り札の固有結界の展開が出来るほどじゃないけど、一人でも十分に戦えるだけの魔力は保有しているのだ。

 であれば武器の心配はいらず、今度は防御力の問題がある。何しろあの馬鹿、魔術師のくせして一般人並に対魔力が低い。私の魅了の術にも簡単に引っかかってしまうし、どんなに簡単な魔術も抵抗(レジスト)することができないのだ。結界などの空間や世界の異常には敏感なくせに、全くもって面倒くさいことこの上ない。

 

 

「実は少し伝手がありまして、聖骸布を入手することができましたの」

 

「聖骸布?! それって外界に対する護りじゃない‥‥!」

 

「ほーっほっほっほ! ミス・トオサカではこのようなものを用意できるはずがございませんわね?」

 

「ぐぅう‥‥!」

 

 

 高笑いするルヴィアゼリッタを歯軋りしながら睨みつける。聖骸布とは言わずと知れた聖者の亡骸を包んだ布のことで、主に外界に対する絶対の守護の概念をもっていたり、包んだものを完全に封印してしまったりと多岐にわたって高い効力を発揮する。当然だけど聖者の数なんてたかが知れてるわけで、それを取り寄せるとなると下手すれば今蒼崎君から貰った干将莫耶よりも高価になるかもしれない。

 ‥‥くっ、流石はエーデルフェルト家の次期当主というわけね。金に任せてえらいことしてくれるわ。

 

 

「ルヴィアゼリッタ、その伝手というのは‥‥」

 

「ええ、貴女もご存じの方よ、セイバー。そういえばあの方が貴女を呼んでいらしてよ? ミス・トオサカ」

 

「は? 話が読めないんだけど‥‥誰のことなの?」

 

 

 なにやら全く接点がないと思われた二人の間だけで話が成立していて気にくわない。一体どこで面識をもったのだろか、共通の話題があるようである。

 大体あの方とは一体誰のことだろうか? エーデルフェルト家の次期当主であるルヴィアゼリッタが敬語を使う相手など限られており、そうなると相手はおそらく、少なくともロードクラスの人物や陽樹ということになるのではないだろうか。

 

 

「貴女も本来ならよくご存じでなければならない方ですわ」

 

「もったいつけるのやめてくれないかしら?」

 

 

 ルヴィアゼリッタは話はこれでおしまいとばかりにティーカップの中を空にしてから立ち上がると、おもむろにコチラに振り向いてこういった。

 

 

「貴女の時計塔での後見人‥‥ロード・エルメロイⅡ世ですわ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「お前が、遠坂凜だな? 遠坂時臣の娘の‥‥」

 

「はい、確かに私が現遠坂家当主の遠坂凜で相違ありません、ロード・エルメロイ」

 

 

 今、俺達はかなり特異な状況におかれていると言っても何ら語弊はないだろう。まずあのそこまで広くないロード・エルメロイの執務室にこれだけの人数が集まっているというのが驚きだが、何より配置がおかしすぎる。

 重厚なマホガニィの机に腰掛けているプロフェッサがいて、その机の前の両端に俺とルヴィアが立っている。そして俺達の目の前にはやや緊張した面持ちの遠坂師弟と、空気を読んで控え目に一歩下がったセイバーが直立不動の姿勢をとっているのだ。

 それは新しく上司から任命を受けた下士官のようであり、その反対にこっぴどく叱られている部下のようでもある。さもありなん、ロード・エルメロイと言えば今の時計塔で最も有名な講師の一人であり、ロードの位階を許された数少ない生粋の貴族でもあるのだから‥‥対外的には。

 その実アレキサンダー大王マニアのゲームヲタクであり、今だ四冠位に過ぎない、魔術師としては哀しい程に非才な秀才でもあるのだが、今のところ遠坂嬢の認識にはそれらの情報はインストールされていないらしい。

 

 

「私は一応お前の後見人といいことになっている‥‥が、お前を師事させるつもりはない。今回呼び出したのは後見人としての最低限の責任を全うするために過ぎず、“例の件”については元弟子と顔見知りと騎士王の頼みだったからに過ぎない。そのことをゆめゆめ忘れないことだ」

 

 

 かつては低い身長と童顔に悩まされたウェイバー少年も、今ではスラリと伸びた痩躯と不機嫌な皺の刻まれた年齢と肩書相応の大人へと成長を遂げている。それは十分な威圧感を目の前に立つ遠坂嬢へと与えるものではあったが、彼女は怯むことなく真っ直ぐにプロフェッサの顔に視線をやると言い放った。

 

 

「失礼ですがロード、私の使い魔が随分とお世話になっているようですけれど、彼女の真名はどこでご存知になられたのですか?」

 

「そう殺気立つな遠坂凜。間違っても彼女から無理矢理、何らかの脅迫などの手段を用いて聞き出したりはしていない」

 

 

 ざわり、と空気が騒ぎ出す程の不穏な気配を放ち始めた遠坂嬢にプロフェッサが全く変わらぬ仏頂面で弁解し、振り返った先のセイバーが頷くのを確認してようやく彼女も僅かに吊り上げた秀麗な眉を元へ戻す。

 自らが従える英霊の真名を知られているというのは———通常、英霊を使い魔として従えていること自体が前代未聞であることは置いておいて———非常に不利な状況をもたらすということは今更説明の余地もないことである。何よりセイバーを家族として扱っている遠坂嬢にしてみれば、自分を引き合いに出されて脅迫などされようものなら脳みそ沸騰モノであろう。

 身内にはとことん甘い魔術師の中でもとりわけ甘い彼女の在り方は非常に好ましいものであるけれど‥‥とりあえず怒らせないように注意しておこう、ウン。

 

 

「凜、彼は前の第四次聖杯戦争の際にマスターの一人だったのです。彼が私の真名を知ったのはその時ですよ」

 

「第四次聖杯戦争の‥‥?!」

 

「いかにも。そのときの私はライダーのマスターとして聖杯戦争に参加していた」

 

 

 これ以上ない程に濃いコーヒーを飲みながらそう呟いたプロフェッサーに、遠坂嬢はかなり複雑な表情を作って振り向いた。さもありなん、彼女の父親である遠坂時臣は先の第四次聖杯戦争で死亡し、帰らぬ者となっているのだ。もしかすれば父の仇かもしれない相手を前にして平静を保っていられる彼女をこそ称賛するべきであろうか。

 両者暫く無言で互いに視線を交わす。俺もルヴィアも何も言い出すことができずに事態の推移を見守っており、衛宮とセイバーも遠坂嬢にこの場を委ねているようだ。

 

 

「安心しろ。遠坂時臣を殺したのは私ではない。‥‥むしろ私のサーヴァントは、奴に敗れたのだからな」

 

「お父様の、サーヴァント‥‥?」

 

「そうだ。あの忌ま忌ましい黄金の英雄王にな」

 

「———?!」

 

「ま、待ってくれ! ギルガメッシュは言峰の‥‥言峰綺礼のサーヴァントじゃなかったのか?!」

 

 

 突然の大暴露に遠坂嬢は目を見開いて絶句し、実際に慢心王ことギルガメッシュと対峙して、あまつさえ撃破までせしめた衛宮が驚愕のあまり普段はそれなりに使いこなせている敬語を完全に忘れて一歩踏み出した。

 ロード・エルメロイⅡ世は他人に侮られることを大変嫌うが、同時に些細なことを気にしない———と言う割には非常に細かく俺達がどうでもいいだろソレと思うようなことでも気に障る面倒臭い講師でもあるのだけれど———人物でもある。従って彼は激した衛宮の目上の人物に対する礼儀を欠いた言葉遣いにも一瞬眉を潜めただけで、ちょうど遠坂嬢の後ろに立っていたセイバーへと目線をやった。

 

 

「凜、シロウ、貴方達に黙って彼とこの件について話し合っていたことについての咎は後ほど甘んじて追求を受けます。しかし、これは先の聖杯戦争の顛末まで含む非常に難しい問題なのです」

 

「騎士王の言う通りだ。一言二言で説明できる程に簡単なものではない。なにしろ私も、第四次聖杯聖杯が終わってかなり経ってから真実を知ることができたのだ」

 

 

 ごく近しい生徒や知り合いを除いた時計塔の内外で知られている冷静沈着で厳格だという評判に反して興奮しやすい彼には珍しく終始声の調子を変化させず、プロフェッサは席を立つと執務室の奥、普段俺がゲームに興じたり、ルヴィアが貴重な魔術書を読み漁ったり、最古参の弟子であるフラット・エスカルドス———にわか魔術師で初代の俺から見ても致命的なまでに魔術師としての在り方に欠けている気さくな青年だ。なまじっか自覚がないだけに衛宮よりよっぽど質が悪く、何人かの学生からは抹殺リストに載せられていると聞く———が管を巻いたりしているスペースへと足を向けた。

 

 

「真実が知りたければ、来るが良い。長い話になるぞ」

 

「‥‥‥‥」

 

 

 一番にかみつくかと思われた衛宮は黙って遠坂嬢を見ている。どうやら弟子として彼女の判断に任せるようだ。セイバーもまた同じ‥‥というか、彼女は既にプロフェッサと色々相談を済ませてある。サーヴァントとしての越権行為に思わなくもないが、そこは彼女達の関係が主人(マスター)従者(サーヴァント)というよりは家族か友人だということが関係しているのだろう。

 確かに遠坂嬢がセイバーのマスターであり、二人の間でもその辺りはしっかりとわきまえているように思える。だけど普段の生活ではそんなことは全く感じさせられない程に仲が良い。人と人との仲というのは他人では推し量ることができないものであり、何にせよ彼女達は彼女達にとって一番適した関係を結んでいるのだろう。

 

 

「‥‥わかりました。遠坂家を継いだ者として、先代の当主の死に様は聞いておかなければなりません。その話、お伺いします」

 

 

 ちらりと衛宮の方を見て頷いた遠坂嬢がキッと視線をプロフェッサへと向けて言い放つ。それはまるで宣言のようであり、まるで歳に似合わない貫禄を感じさせた。

 プロフェッサは何を思ったのか口元を僅かに歪め、これまた分厚い扉の魔術的にかけられた鍵を開けて手招きする。その目からは『お前達は来るんじゃない』という意志がハッキリと示されていて、隣で聖骸布のことを盾に是非にも極東の島国で行われる第一級の魔術儀式である聖杯戦争の話を聞いてみせようと意気込んでいたルヴィアですら、普段はもうカリスマ講師とは思えない程にどうしようもない教授の発する威圧感に声を出そうとしていた口を閉じた。

 

 

「はは、これはハッキングするのも無理そうだね。遠坂嬢が張ったのかな? 破ることができたとしても術者には気づかれてしまうだろうし」

 

「くぅ‥‥このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトとあろう者が蚊帳の外にされるとは‥‥。やはり次の聖杯戦争では私自ら参戦するより他ないようですわね」

 

「次‥‥か。その頃には君も俺も遠坂嬢も老人になっちゃってると思うけど?」

 

「それでもです! エーデルフェルトがトオサカに勝ち逃げされるなんて許されないことですわ!」

 

 

 とりあえず勝ち逃げ以前の問題として同じ舞台にも上がれていないと思うのだけれど、ルヴィアは貴重な体験を逃したとしてプンスカ怒っている。エーデルフェルトは第三次の聖杯戦争から遠坂の家と因縁があるそうで、第四次と第五次は一族が揉めていた関係で出場できなかったんだとか。

 そういえばバゼットが根城に用意したのもエーデルフェルトの双子館と呼ばれるもので、出られなくとも魔術協会に恩を売ることを忘れないあたり流石は古い家だと言うところか。これならバゼットも魔術協会からの刺客でありながらエーデルフェルトとも関係があるということになり、実際に聖杯を手にした場合の交渉に有利となる。

 そういう汚いとまでは言わないけれど比較的粘着質な部類に入る腹芸をルヴィアが出来るわけないから、きっと分家とかの古狸が色々と根回ししたんじゃないだろうか。ルヴィアも家の事情なんて大事なことはいくら親友である俺にも漏らさないので、その辺りは噂とかで推測するしかないのだけれど。

 

 

「フン、仕方がありませんわね。では私は早速ロードから頂いたこの聖骸布をコートにでも仕立てることにいたしますわ」

 

「俺もカルテの見直しとオペの手順を確認しないとな。やれやれ、本当に厄介な友人だよ」

 

「そう仰らないで。‥‥魔術師である私達が、このように談笑できる知人を持つということ自体が希有で貴重なことですのよ?」

 

「‥‥まぁ、ね」

 

 

 本来は自己に埋没する生きものである魔術師は、友人などという関係を結ぶことが少ない。遠坂嬢やルヴィアや俺の在り方はそもそも異常であり、橙子姉だって友人と呼べる存在を持っていないのだ。一般人が思っている程、魔術師というのは甘くない。学徒はそこまででもないけれど、それぞれ魔術師として独り立ちすれば他者との関わりは利害関係を一番においたものとなる。

 そんな中で、おそらく生涯の友人とも呼べる存在を俺達は得た。魔術師となるときに橙子姉からも言われて覚悟していたことだ、一人で生きていくということは。それでもなおこのように友人と談笑できるというのはまさに僥倖と言うべくより他ない。

 

 

「どうかな、魔術師として間違ってると思うかい?」

 

「どうでしょう、それは私達が後世に残す成果で判断されることではありませんこと?」

 

「成る程、確かに」

 

 

 もし俺達が何も成果を残せないで死んだら、未来の魔術師達はそれを馴れ合いの結果と、魔術師として不完全であったからだと言うだろう。しかし俺達がしっかりと研究成果を残せば、それは俺達の魔術師としての能力を示すのみならず、俺達という集団の成功をすら意味するだろう。

 まぁ後世の人々にどう評価されるかっていうのはあくまで付録みたいなもので、本来はそんなもの関係なく研究にいそしむコトが正しいわけで。それでもそうやって喋らずにはいられなかったのは多分衛宮を中心として不安に似た感情が伝染していたからなのかもしれない。

 

 地下に位置するロード・エルメロイⅡ世の執務室から階段を上りながら、とりとめのない世間話や雑談を交わして俺達は地上へと出て行く。

 まだ太陽は高いままで、お茶の時間は過ぎてしまったけれど決して遅すぎるというわけではない。昨日の夜からずっと衛宮のために色々な支度をして検査まで行った俺は疲れが濃く、ルヴィアの提案に乗ってひとまず休憩と贔屓にしているカフェテリアへと足を運ぶのだった。

 

 

 

 42th act Fin.

 

 


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