UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第四十二話 『名教授の訓話』

 

 

 

 side Lord El-Melloi Ⅱ only

 

 

 

 

「これが、私の知る第四次聖杯戦争のほぼ全てだ。伏せるべきところは伏せたが、お前達に必要な部分は今の話に含まれているはずだ」

 

 

 自分で淹れたコーヒーを一口啜り、私は物語を語り終えて一息ついた。我が王と駆け抜けた十年以上前の聖杯戦争。

 短いながらも私の人生の中で最も密度の濃かったあの出来事を語り尽くすには些か以上に時間は少なかったが、もとより全てを話すつもりはない。

 彼女達に必要であろう部分は喋ったのだ、問題はあるまいよ。

 

 いつも大体私の部屋でくだを巻いている人数と同じ———正確に言えば一人分だけ少ない‥‥が、正直言ってあの馬鹿弟子はあまりの頭の痛さ故に記憶から現在進行形で抹消削除してしまいたい思いなのだ———だったがために、目の前の三人分の椅子は用意できている。

 その三人はというとそれぞれに異なる様子で大人しく椅子に座っており、私の話した内容について色々と思うところがあるらしく思い思いの態度で思考の海の渕へと足をかけているようだった。

 ‥‥いや、騎士王だけは違うか。

 またも私の用意したお茶菓子を静かに、優雅に、‥‥それでいて初対面の人間ならば間違いなく目を見張る程の速度で食べ続けているのだからな。

 

 

「‥‥お話は大変ためになりましたわ、ロード・エルメロイ。私のような一介の生徒にお話下さり、どうもありがとうございました」

 

「気にすることはない。私は一応お前の後見人という扱いになっているのだ。直接面倒を見てやる気は一切無いのだから、このようなところで後見人としての最低限の義務を果たしたつもりになるぐらいはしてやるさ」

 

 

 ともあれ収穫があったのは何も彼女達ばかりではない。

 主人の話をするわけにはいかないと堅く口をつぐんでいた騎士王から聞き出せなかった第五次聖杯戦争の顛末について、書類で見る以上に詳しく当事者の口から聞くことができたのも、また私にとって最大の収穫であったと言っても過言ではない。

 参加する魔術師達が尽く死亡する場合の多い聖杯戦争において、先の第四次の儀式においては生き残りが非常に多かったらしい。

 ライダーのマスターであった私、アサシンのマスターであった言峰綺礼、セイバーのマスターであった———私は最後の最後まで一緒にいた銀髪の女性、アイリスフィール・フォン・アインツベルンこそが彼の騎士王のマスターであると信じて疑わなかったものであるが———衛宮切嗣など。

 もちろん凄惨な末路を遂げたかつての我が師のような者もいるわけであるが、それでもなおあの戦争のことを語り継ぐ人間はいると私は思っていた。

 

 しかしそれがどうした、衛宮切嗣は病魔に蝕まれて死に、言峰綺礼は師であった遠坂時臣のサーヴァント、アーチャーを奪って受肉させ、今代の儀式に参加した。

 実にお笑い草であろうよ、まさかあの中で一番出来の悪かったと思わずにはいられなかった私こそが、あの戦争での唯一の生存者になろうとは。

 やはり実に、英雄を駆って戦うということの難しきことだ。

 

 師にしても魔術師としては最高級の腕前をもっていたというのに、早々に策略にかかって死んでしまった。

 無論それには魔術師云々をさておきとした狭量極まりないあの方の人間性というものがあったことは間違いないのであろうが。

 我が王と彼の二槍の艶男との問答から察する事の出来た人間性など、私が今まで抱いていたコンプレックスの大半を根こそぎ持って行くに十分過ぎる程であった。

 成る程、やはり私と王は出会うべくして出会ったに違いないと思わせる程に。どのような優秀なサーヴァントよりも、それ故に私はライダーを慕ったのかもしれないと。

 

 

「まさか英雄王が現界を果たしていたとはな‥‥。騎士王、問答の答えは出たのか?」

 

「貴方には話していませんでしたね。‥‥いえ、まだ答えは出ていません。だからこそ私は凜やシロウと共にいるのです」

 

「ふむ、彼の王を斬り捨てたというからには傲慢なあの男を論破し尽くしてからと思ったのだが、存外君も我慢が効かない性分のようだな」

 

 

 少女達の語り口はどこかぎこちなく、それ故に私には話す内容を所々改ざんしていることが容易にわかった。

 確かにこの遠坂という学生は十年に一度の天才かもしれんが、私とて狐狸妖怪の類が跋扈するこの時計塔で十年以上を過ごしてきた身、二十も生きていない小娘相手に遅れをとることなどありえない。

 このような腹芸も昔は忌み嫌っていたはずなのだがな‥‥。月日というのは、時に最良の教師である。

 

 だが彼女達が何やら隠し事をしているからといって、それをむやみやたらに掘り返すつもりはない。そもそも意味がないし、逆にそれこそが意味のある行為なのだという話も時にはある。

 実際その情報自体がそれを手に入れた者に対して及ぼす損得などとは無関係に、絶対に聞いてはならないこと、聞くというだけで某かの災いを招くこと、そういうもの確かには存在するのだ。

 

 更に言えば彼女達は上手いこと隠し通しているつもりなのかもしれないが、大体何が起こったのかということは想像がつく。

 いや、確かに彼女達は上手に自分達にとって公開すべきではない情報を隠してはいた。

 だがあまりにもその隠し方が直接的で、むしろその辺りから何を隠したかったのかということが推測できてしまうのだ。このあたりは正しく年の功と言うより他ない。

 騎士王とて生前は政治を執り行う者であったのだからそういった腹芸は会得していてしかるべきであるはずなのだが、どうやらどちらかと言えば剣を振るう方が多かったのか、遠坂よりは———衛宮は論外だな。とても“魔術師殺し”と恐れられたエミヤの後継者とは思えん純朴で直情そうな少年だ。

 ‥‥今まで私の周りにはいなかったタイプだ。

 どいつもこいつも一癖どころか二癖も三癖もある連中ばかり集まりよって‥‥———マシなようだが、あれではとても時計塔の老害共とは打ち合えん。

 

 

「‥‥まぁいい。とにかく聖杯戦争についての話はこれでおしまいだ。異論はあるまいな?」

 

「えぇ。有意義なお話ができて大変ありがたく存じますわ、ロード・エルメロイ」

 

 

 明け透けな社交辞令じみた台詞ではあるが、そこには本物の謝意を感じることができた為に私は鷹揚に頷いてみせた。

 壁に飾られたやたらと大きく自己の存在を主張する柱時計を見れば、既に話し始めてからかなりの時間が経過してしまっている。

 この時間ならまだ外は明るいのだろうが、残念なことに地下に存在する私の執務室では今の太陽の位置などわからない。

 同じく地下にあるはずの講堂などでは地上の太陽の光を屈折、投影させることによって窓のように設えられたステンドグラスへと明かりを持ってきているのだが、元来魔術師の工房、のみならず生活の場というものは暗く陰湿な地下室であるべきだ。

 したがって私の執務室には窓に類するものがない。

 

 もっとも私の部屋には電気水道ガスのみならずインターネット回線まで繋がっており、なんともなれば快適なゲームライフを満喫できるように万全の環境を整えているわけだがな。

 やはりアナログでアナクロなテレビゲームも外せないが、昨今のインターネット事情はすばらしい!

 まさか時計塔にいながらにして、執務をするフリをしながら世界中の同朋達と戦いに興じることができるとは‥‥!

 

 

「あぁ、少し退出するのは待て、衛宮士郎。お前には最後に聞いておくことがある」

 

「は? 俺に‥‥ですか?」

 

 

 呼び止められた東洋人の少年は、まるで自分が声をかけられることを想像していなかったかのような拍子抜けの顔をして、出口へと向かいかけていた足をこちらへと向け直した。

 身長は低く、顔も童顔。それでいて強い意志の力を宿した瞳はまるで鷹のような眼光を放っており、私が今まで見てきた生徒達にも見劣りしない。

 蒼崎やエーデルフェルトの話によれば魔術師としては果てしなく非才だそうだが‥‥これで中々、成長する余地のある少年に違いない。

 服は素っ気ないが、鍛えられているのが背筋の伸ばし方と足運びでわかる。

 私は武術など一切やっていないが、人を見る目に関してだけは腹正しいことに一流である自負はあり、幾人もの戦闘系の魔術師を見てきたがためにそれは一目瞭然だ。

 おそらく身長もじきに大きく伸びることだろう。

 私とて聖杯戦争に参加した十代の頃は小柄で童顔だったのだ。

 日本人というのは須く小柄であるなどというのも一昔以上前の幻想に過ぎないのだから、鍛え上げられた衛宮にもその可能性は大いにある。

 

 

「エーデルフェルト達から、少々聞いた。私は大して興味はないが‥‥故に一つだけ問おう。その身につけた魔道を、この先何のために行使する?」

 

「‥‥俺の手の届く限りにある、全ての人を救うために」

 

 

 いくらそれなりに親しく付き合っているからとて、私は蒼崎やエーデルフェルトの保護者ではない。

 故に彼女達が私に話す義務のあることなど早々なく、自らに都合の悪い事柄を喋ってしまう道理などない。

 だがそれでいて、彼女達がふとした瞬間に気が緩んだのか漏らした話。知り合いの、とても愚かな一人の友人の話を私は聞き、だからこそ今目の前に立っている少年に問おうと思った。

 重要な情報ではなかった、どうでもいいことだった。

 コイツが何をしようが、何をするつもりだろうが、それが直接自分に影響することでなければ興味を払わないのが魔術師という人種で、もちろん私とて多少の融通は利くとはいえその原則からは外れない。

 

 だからこそ問いに大した意味はなく、どう返されたとしても、それについて私が一々含蓄ある言葉を垂れてやる必要もない。

 労力の無駄だ、時間の無駄だ。しかしそれでも問おうと思ったのは、一人の教授として、私自身は甚だ不本意なことではあるが、時計塔の名物講師と言われる身として、興味深くはある一人の学生に対して命題を振って見たかったからかもしれない。

 つまるところ、単に興が乗っただけか、気が向いたからというだけの話であるのだ。

 

 

「俺は、正義の味方になりたいんです」

 

「‥‥‥‥フン」

 

 

 その在り方そのものは、一般社会の尺度で測れば好ましいものなのかもしれん。

 その先にどうなるかはさておいて、普通の人間から見れば貴い夢であり、それを追い求める姿は正悪をして語る方が間違っている。

 勿論何を絵空事をと笑う者もいるだろうが、そんなものはな、自分がいつか諦めた夢を未だに追い続けている者に対する嫉妬に過ぎん。

 それは確かに、誰もが一度は夢見て、現実との乖離に妥協する、そういうものなのだから。

 

 では現実的に考えて、何をすれば『正義の味方』なのだろうか。

 悪者をやっつける? ハ、おい貴様、まさか本気で言っているのではあるまいな?

 では問おう、貴様の言う悪者などという存在をどう定義するというのだ?

 よしんば定義できたとして、貴様の生涯を賭けて悪者を倒し続けたとして、それで救える人間なんぞたかが知れている。

 いいか、そういうことのプロである警察組織ですら、犯罪の撲滅は成し遂げられていないのだ。

 どう足掻いても素人である人間に悪の撲滅なぞ出来るはずがない。

 

 そうだな、医者などはどうだ?

 NGOでも何でも良いが、紛争地帯に赴き、ろくに病気や怪我の治療を受けられない人たちを癒す。

 危険もそれなりだが、間違いなく『正義の味方』の一環であろうな。

 警察官や消防士になるというのもまた選択肢の一つだろう。

 組織の歯車の一つとして大勢に埋没してしまうことになるが、やっていることは違わない。

 ふむ、もし自分一人の力で、などというエゴイズムを抱えているのであれば、政治家という手もある。

 紛争の撲滅、悪の弾劾、やることは盛りだくさんだ。

 

 ‥‥成る程、大したものだ。

 衛宮、お前はこれが自分のエゴイズムであることを理解しているのだな。

 そうだよ、組織に埋没したって社会への貢献度なんぞ比べられるものではなかろうに、悪い言い方をするならば、自分が目立つような行動が出来るやり方を望むか。

 なに、私は別に否定はせんぞ。

 出世欲、自己顕示欲、そういったものを悪しき衝動だとする風潮はあるが、結局は結果がものを言う。

 それで成功できるのであれば大いに結構。そうは思わんか?

 

 

「おい衛宮」

 

「‥‥なんですか?」

 

 

 私の皮肉めいた話にも、衛宮は多少瞳を揺らしこそしたが、それでも根幹は揺らいでいない。

 まるで鋼のような意志と決意。これほどまでの頑固者、私は未だかつて見たことがない。

 ‥‥いや、自分の意見を曲げないという奴なら見たことがあるのだが、あれは極限にまで肥大した強大な自我によるものであり、まぁこの場合のそれとは異なるだろう。

 

 私は目の前で直立不動、まるで嵐に立ち向かっているかのような東洋人の少年を見る。

 先程揺らいでいないと称した瞳は、まるで仇を見るかのように私を睨みつけ、拳は握りしめられていた。

 隣では少しだけ離れた遠坂が同じように私を見ており、騎士王は只泰然と構えている。ふん、やはり何だかんだで年季の差は歴然だな。

 こういうときに落ち着いた態度をとれるのは流石というべきか。

 

 

「悪いことは言わん。貴様、魔術師を辞めろ」

 

「は、はぁ?!」

 

「ちょっとロード・エルメロイ! 私の弟子に一体何を言うのですか?!」

 

「貴様は黙っていろ、遠坂。これは個人の問題ではなく、魔術を修める人間全てを巻き込みかねん問題だ。気づけなかった貴様の失態なのだぞ」

 

 

 流石に動揺したらしい遠坂が一歩踏み出して憤りを露わにするが、私はギロリと睨みつけて黙らせた。

 久々の天才魔術師であると聞くが‥‥フン、まるで只の小娘だな。魔術に対する覚悟が足りているのか?

 まったく、才能のある者に限って甘いのだから世界は厳しいものだ。エーデルフェルトも、蒼崎もそうだろう。

 非才であると他言して憚らぬ蒼崎にしたって、私に比べれば遥かに才能というものに溢れている。

 自らを卑下するのは勝手だが、その過程で自分よりも格下の者を踏みにじっているということに気づけないのは大いなる偽善の一種だな。虫酸が走る。

 

 偽善も善の内だと主張している者もいるが、私に言わせれば、そんなものは言葉遊びに過ぎん。

 偽善にも二種類あって、唾棄すべきは自覚しないままにところ構わず振りまく偽善だ。

 偽善を行うならば、自覚せよ。

 結局それはエゴイズムの一端に過ぎず、全てと言わずとも、その殆どは利己主義から派生した行動に過ぎないのだと。

 

 

「衛宮、お前は何故、私が提示したような行動をとらんのだ? どれも間違ってなどいない、どれも正しく、堅実に見えてその通りだぞ。堅実であることに嫌悪感を覚えるのはガキの頃だけで十分だ。いや、そうではないな。‥‥衛宮、お前は何故、魔術を学ぶのだ?」

 

 

 私が提示したものも、再三言うが断じて間違ってなどいない。

 人間一人に出来ることなど所詮限られている。

 組織に貢献することの方が、最終的には多くの命を救うことになるだろう。

 紛争地帯にNGOとして赴く者達とて、組織の庇護の元で行動している。

 自分たちの身の安全を守るためという意味合いもあるが、その実一番の理由は、その方が効率的に活動できるからに他ならない。

 

 

「俺は、俺にしか救えない人たちを助けにいきたいんです。警察官になるのも、消防士になるのも、政治家になるのも一つの答えだとは思う。でも、俺の力でなければ助けられない人たちだっているはずだ‥‥です。それに、そういう人たちが助けを求めていることを知ってなお、俺はじっとしてなんていられない‥‥!」

 

「フン、たいそうな自意識過剰だな‥‥。まぁいい、それで、ならば何故魔術を学んだのだ? 貴様がそうしたいというならば今すぐにでもNGOか何かに飛び込めばいい。そこに魔術など必要ないぞ?」

 

「魔術でなければ、助けられない人だって———」

 

「たわけ。衛宮、貴様は何か大きな勘違いをしているな。いいか、“魔術で助けられる者など存在しない”」

 

「?!」

 

 

 大きく目を見開いた衛宮の隣で遠坂もやや顔をしかめたが、それでも見せた動揺はそれだけだった。おそらく自分でも理解していたのだろう。ふむ、そこまで阿呆ではなかったか。

 私は自分の椅子に深く座り直し、手の指を交叉させて机に肘をつく。信じられないことを聞いたという風な衛宮の様子は自然と溜息が零れてしまうほどのもので、成る程、やはりコイツはまかり間違っても魔術師ではない。

 

 

「まず一番基本的なことを聞こう、衛宮。魔術師の目的とは何だ?」

 

「え、えっと‥‥。魔術の探究によって“根源”に辿り着くこと、ですか?」

 

「その通りだ」

 

 

 視界の中、遠坂がきちんと正解を答えることができた弟子に安堵の溜息をつくのが見えた。そこまで心配してしまう程に出来が悪いのか、この男は。

 時計塔には様々な学部学科コースがあり、所属している学生も玉石混合である。しかし押しなべて言えるのは、たとえ基礎錬成講座の学生であったとしても時計塔に所属しているのは非常な名誉だということだ。

 それがこの調子とはな。ココに来れるのは魔術師の中でも限られた者だけだというのに‥‥。コイツを見たら選考に漏れた奴が怒りのあまり押しかけてくるに違いない。

 

 

「そう、お前の言う通り魔術とは根源を目指す“学問”だ。そして、学問では人を救えない」

 

「!」

 

 

 学問で人は救えない。人を救うのは技術だ。

 それが衛宮の犯したいくつかの勘違いの一つ。魔術は技術ではなく、学問なのだ。他人のために練磨する技術ではなく、自己の知識欲など利己的な欲望を叶える学問なのだ。

 私の言葉が不服か? 学問だって人を助けることができると思うか? それはまだお前が浅い視野しか持ち合わせていないからそう思うのだ。

 

 そもそも一番最初にソレが持っている在り方というモノのベクトルが自分しか向いていない。人間が、個人が、世界のあらゆる万象をその意識で把握したいと望んだ、利己的な願望から始まったのが学問だ。

 面倒だから瑣事は省くが、結局のところソレによって得られた答は自身や同類のみに還元される。一抹の利益こそ生まれるかもしれんが、そんなものは『折った小枝が薪になった』という程の意味すら持たん。

 利己的な目的で学んだものが、都合よく他人の助けになると思うなよ?

 

 

「それを差っ引いたところで、魔術で人を救えんことに変わりはない。武器に出来ることは誰かを傷つけることだけだ」

 

「で、でも魔術にだって傷を癒したりするものがあるじゃないか‥‥ですか」

 

「お前はそういう魔術を学びたいのか? だとしても私の言うことは変わらんぞ」

 

 

 魔術とは決して万能なものではない。それこそ王冠に相当する高位の術者以上ならともかく、一般的な魔術師の行使できる治癒術などたかがしれているのだぞ。

 いつぞやも似たようなことに憤ったものだが、巷のコンビニエンスストアで硬貨いくらかを払えば購入できる栄養ドリンクを作るのに、我々が魔術を使えば尋常ではない手間をかけなければならない。

 病気になったのなら医者に行け。怪我をしたなら病院へ行け。魔術はそのようなことに費やす技術ではない。

 治癒魔術を得意としている者なら切れてしまった腕をも治すことができるが、今時の医療ならそこまではいかずとも似たような治療をすることができる。 死者蘇生は魔法であるし、今の治癒魔術の場合だって消費する魔力や媒介、薬品などは膨大なものになる。基本的にコストパフォーマンスが悪いのだから当然だな。

 だからこそ、私は魔術を使って人助けなどできないと言ったのだ。出来たとしても、それは本分から外れているがために効果的ではない。それなら医者にでもなった方が遥かにマシだ。

 

 

「そしてな、魔術が持つ側面は、決して他の人間の益になりはしない。それらを御しきれる人間、魔術師のみが扱うもので、それ以外の人間が触れれば忽ち牙を剥く。‥‥悲惨な結末へ一直線だ」

 

 

 そしてそれ以上に言えることは、魔術とは須く物騒であり、一般人が魔術と触れあえば多かれ少なかれ不幸を呼ぶということである。

 思い返すのは私が参戦した第四次聖杯戦争におけるキャスターのマスター。

 姿自体は一度も目にすることはなかったが、奴の根城にライダーを伴って突撃———正確には半ばライダーに引きずられる形であったわけだが———した先で見たモノは、正にこの世の地獄の一端を体現したと言っても問題ない光景であった。

 無理矢理に異形へと変形させられた数多の被害者達。まるでインテリアのように、無邪気な子供が遊んだ後のような状態の彼らは、それでも全て生きていた。

 おそらくはキャスターの魔術であろうが、悪魔の所行に他ならん。

 さらに残りの全てのマスターが一時的に結託する原因となった巨大な海魔。あれによってどれだけの被害が出たのかは知らないが、少なくとも一人も犠牲者が出なかったということはあるまい。

 あれは、魔術と一般人が触れあったがために起こった悲劇。

 今まで漠然と神秘の漏洩、希釈を懸念していた私とて、互いの住み分けが不完全になった場合、双方に害悪しかもたらさないと理解した瞬間であった。

 

 

「わかっているのだろう、お前も。あの件についても後々時計塔へ調査と報告が上がっている。‥‥十余前の、あの冬木の大火災についてはな」

 

「‥‥‥‥」

 

「お前がどういう道を選ぼうと、師匠ですらない私には関係ないことだ。さして興味もない。だがな衛宮、もしお前がそのまま思考を放棄して走り続けようとするならば———」

 

 

 半ば激昂に近い表情は、あまり目にしていたくない。私はクルリと椅子を回転させると衛宮達に背を向け、そのまま話し続けた。

 

 

「必ず魔術協会に害を為す。‥‥そうなれば、我々のとる対応というのが決まっていることは、承知しておくことだ」

 

「ロード・エルメロイ、私は‥‥」

 

「お前に話しているのではないぞ、遠坂。まぁコレの手綱をしっかりと握っておくことだ。その時になれば、真っ先に責任をとらなければならないのはお前なのだからな」

 

 

 部屋の隅で沈黙を保っていた騎士王が、目を伏せたような気配を感じた。

 私の言っていることは、決して正解でも間違いでもないが、正論には違いない。ある意味では事実も多分に含んでいる。

 少なくとも私はこれを事実であると確信しているし、経験に基づく思考推論から導き出された答えの一つだ。時計塔の魔術師達が将来的にとるであろう対応の辺りは、間違いなくそうなるという未来推論であり、限りなく可能性は100%に近い。

 

 遠坂に言ったことだってそうだ。もし衛宮が魔術協会から疎まれることになれば、魔術協会が動かざるをえないようなことになれば、間違いなく彼女に討伐の任が下される。

 自分の尻は自分で拭く。俗な言い方になるが、これも魔術師の掟の一つ。酷なようではあるが、そもそも魔術師同士にそういう感情は存在しない。

 

 

「話はこれで終わりだ。この話を聞いて、どう思うかは衛宮、お前次第だ。‥‥私としては、将来我々に余計な手間をかけさせないように成長してくれることを望む」

 

「‥‥失礼します」

 

「失礼、します。いくわよセイバー」

 

 

 ギィ、と鈍い音を立てて扉が開き、閉じられた。

 地下にしてはそれなりに広い執務室に残るのは私一人で、それでいて私の頭の中は一向に静かにならん。

 思い出してしまった様々なことが、まるで濁流のように脳の内側を荒れ狂っている。そして殆ど向こうからは話しかけられていないというのに、衛宮と会話することで生まれた感情の揺らぎも同様に。

 

 あれは、一種の魔性だ。

 例えば我が王や騎士王、英雄王が持っていた様なカリスマとは別に、関わる人々を自らの流れに引き込んでしまう魔性。つまるところ、世界の中心の一つである。

 表の社会では誰もが、『一人一人が主人公』などという生ぬるいスローガンやら何やらを掲げて自己のアイデンティティを保つことになっているが、あんまものは逃避行動の一種に過ぎん。

 人には、優劣がある。それは単純な能力や階級の比較だけでなく、立場、人徳、魅力、存在意義、様々なスキルが周りの人間に対して及ぼす効果の大きさをも差す。

 そういう連中はさして多くはないが、歴史上を見れば一々挙げてやる必要もあるまい。とにかくその時代において大勢の人間の方向性、乃ち歴史を左右する可能性をもった者なのだ。

 

 

「これは、荒れるな。遠からず、遅からず、奴の周りは荒れに荒れる‥‥」

 

 

 さほど多くはないが、それこそ英雄を含めて様々な人間を見てきた私が言う。衛宮士郎は、世界の中心に立つ一人だ。奴は我が王や騎士王のように、英雄となる素質を持っている。

 否応なく周りを巻き込むその人間性は、確実に奴を波乱の中へと引きずり込むだろう。世界が、いや、運命(Fate)がそうさせる。

 

 ここらが気の引き締め時だ。私は謀らずとも、歴史の担い手の側へと立つ機会を得た。

 

 

「これも、お前と出会えたからなのか、ライダー‥‥?」

 

 

 返事など当然ながら期待していなかった呟きだが、それでも返されるであろう答えは容易に想像がつく。

 様々な懸念をとりあえず頭の隅へと丁重に仕舞いこみ、私は久しぶりに倫敦へと帰ってきた宝石翁から頼まれていた案件についての書類をまとめるべく、机に向き直ったのであった。

 

 

 

 43th act Fin.

 

 

 

 

 


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