UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第四十四話 『宝石嬢の心配』

第四十四話『宝石嬢の心配』

 

 

 

 side Rin

 

 

 

「‥‥なぁ遠坂、ホントに大丈夫か? なんか顔色悪いぞ?」

 

「大丈夫よ。たった二晩ぐらい徹夜しただけじゃない。このぐらいだったら魔術回路に少しだけ魔力を通すだけでいつも通りよ」

 

 

 隣を歩く士郎の気遣いは嬉しいけど、今日わざわざ出かけたのは一体誰のためだと思ってるんだか。そりゃ士郎が知ってるわけはないから私の理不尽な八つ当たりに近いものがあるんだけど、それでもココ最近の忙しさの一因を担っている本人がコッチの気もしらないで毎日毎日体を痛めつけてるのを知ってて、おちおち一人だけ寝てられないわよ。

 もちろん私だって本当に必要な時は自分だけで寝てしまうけど、それでも気になってしまうことには変わりがない。私にはバレてないつもりなんだろうけど、夜な夜な自分の部屋の隅で密かに鍛錬をしていることはセイバーですら気づいてしまっていることだ。

 

 

「ホラ、最近ウチの近所でひったくりとかが増えてるでしょ? 夜回りしなきゃってんで駆り出されてるのよね」

 

「そうだったのか。‥‥あれ、俺には全然そんな話なかったぞ?」

 

「士郎は先週は目に包帯してたし、ここのところ蒼崎君に連れられて魔眼の実験してるでしょ? 家にいないことが多いんだから、仕方ないじゃない。私は自宅研究の課題を出されてるから最近は家にいるしね」

 

 

 魔術師だって世の中を擬態しながら生きている以上、ご近所付き合いは蔑ろにするわけにはいかない。もちろん普通の人間にだってそういう交流を無視する人も多いとは思うけど、こういうのって家の評判にも関わるから、私の性格上どうにも無碍には出来ないのよね。

 そうでなくとも町内会の取り仕切り役であるミセス・ハドソンがやたらと構ってくるし‥‥。あの人、きっと女子供ばかりの三人暮らしだからって世話を焼きたくって仕方ないのね。そりゃ士郎も私も日本人で、本来の年齢よりは幾分幼めに見えてしまうんだろうし、セイバーは十五歳ぐらいから成長が止まっているらしいから分からないわけでもないけど。

 

 でも私の隣を歩く士郎は一年前の聖杯戦争の時よりは幾分身長も高くなってるし、顔立ちもキリリと引き締まってきている。童顔なのは相変わらずだけど、これは直に化けるわね。アイツだってそうだったんだから、間違いない。

 本当に、確か男の子の成長期って中学高校ぐらいがピークなんじゃなかったかしら? 多分これから二十センチは高くなるはずなのよね。髪の毛とかは置いておいて、瞳の色は魔眼の影響だろうけど、声の調子も違うし本当に同一人物なのか疑いたくなるわ。もちろん、外見だけならの話だけど。

 

 

「疲れてるなら家で休んでた方がいいんじゃないか? 普段だって魔術の研究ばっかりだし、休む時は休んだ方がいいと思うぞ?」

 

「士郎、アンタ馬鹿? ‥‥ロンドンに来てから、二人で過ごしたことないじゃない。こういう機会なんだから、少しは私のわがままにも付き合ってよね」

 

 

 心配してくれているのはありがたいけど、今日の外出は殆ど最初から最後まで士郎のためであって、同時に私の我が儘でもある。どちらかというとこの場合、士郎に対する我が儘っていうよりはルヴィアゼリッタと蒼崎君に対する我が儘だけどね。

 私が士郎にプレゼントを渡すっていうのは、用意してくれたルヴィアゼリッタを蔑ろにしているということに他ならない。正直もっと激しく反発されると思ったんだけど、アイツってば予想外に大人しかったわね‥‥?

 普段ならもっと食ってかかってきてもおかしくないんだけど。特にあの女、何を考えてるのかしれないけどしょっちゅう士郎にちょっかい出してるし‥‥!

 

 

「わっ、と、遠坂?! 突然どうしたんだよ?」

 

「なんでもないの。いいから士郎はさっさと歩く!」

 

「歩くって言われてもなぁ‥‥」

 

 

 少しイラッときて隣の士郎に腕を絡める。今更なのに気恥ずかしいのか、士郎は素っ頓狂な声をあげたけど無視よ無視。

 一応は恋人っていう関係のはずなのに、私の彼氏は殆どそれらしいアプローチをかけてきてくれない。そりゃパスを強化する意味もあって頻繁にではなくても(自主規制)けど、普通に過ごしているとそういう話には凄く淡泊なのよね。

 

 確かに今日の一番の目的は私とルヴィアゼリッタで用意した礼装一式を士郎に渡して、ついでにお説教もすることだけど、その過程の内にデートが入っているのもまた事実。

 倫敦に来てから何やかんやで慌ただしかったがために頻繁にはとることができなかった二人きりの時間を、存分に楽しみたいと思うのはいけないことだろうか。いやそんなことはないわよね!

 最近ルヴィアゼリッタから士郎へのちょっかいが下火になって来てるのも、おそらくは最近の士郎の態度が原因に違いない。

 ならばココで差をつけておかないと、またぞろ手を出し始めるに決まってるわ。

 

 

「いい加減にデートでも私をリードできるぐらいにはなってほしいわよね‥‥」

 

「何か言ったか?」

 

「だから、なんでもないって言ってるでしょ!」

 

 

 更に絡めた腕の力を強くすれば、まだ当惑しているらしいけど、それでも一応恋人は口をつぐむ。

 もう二年近い付き合いになるけど、未だに私は士郎に振り回されてばっかりだ。他人は、例えば綾子なんかは『振り回してんのはアンタの方だろ?』とか呆れ顔で言うかもしれないけど、それは大きな間違いよ。

 確かにリードしてるのは私の方かもしれないけどね、その実コイツは自分が決めたことに関しては一切誰にも譲らないぐらいの、それこそ死んで、もう一回ぐらい殺されなきゃ分からないぐらいの頑固者なんだから。

 だから普段は私が先頭を歩いていても、ふとした拍子に士郎が方向転換したら慌てて追い掛けなければならないのだ。

 もっとも普通の人なら後を追い縋って終わりかもしれないけど、私には前しか見ないその頭をひっぱたいて進む方向を微調整してやるって仕事がある。

 これが心底厄介なところで、私が惚れちゃってるのは士郎のそういう馬鹿な部分も含めてなのよね‥‥。ホント、数年前と言わず、聖杯戦争が始まったばかりの頃の私が今の私を見たら、一体どういう反応することやら。

 

 

「絶対アンタを、アイツみたいになんかさせないんだからね‥‥」

 

「さっきからブツブツ何言ってるんだ?」

 

「だから何でもないって言ってるでしょ!」

 

 

 さて、話は変わるけど、言わずと知れた倫敦の街は、大英帝国の歴史そのものであると言っても過言ではない。

 その内包する歴史はかつて江戸、あるいは近世においては帝都と呼ばれた東京の街とはまるで比較にならず、何気なく裏通りを歩いていても古い時代の息吹を感じることができる。

 つまるところ何が言いたいのかといえば、デートの種というものが全く浮かばないってことなのよね。

 

 そりゃロンドンだって若者がいないわけじゃない。というか仮にも首都なんだから、いないはずがないわよ。大学だっていくつもあるし、当然ながら小中高も揃っている。

 若者がいれば、自然と遊ぶところだって存在するだろう。需要と供給の原則ね。観光地すら兼ねた首都なんだから集まってくる人間も尋常な数じゃないし、お金儲けを考えれば当然のことだわ。

 私はそういうものとは関わりのない生活をしていたけれど、士郎と付き合うようになった聖杯戦争の後からは人付き合いも格段に増えて、冬木でも新都へ出掛けたりもした。

 ただでさえロンドンに来てから時計塔で過ごしてばかりいた私がデートコースなんてなんて思い付けるわけもなく、蒼崎君に頼んで過ごした偽装デートと同じところに行くわけにもいかないから、今日もそういうところを見つけて無難に過ごすつもりだったのよ。

 そのつもりだったんだけどね‥‥。見つからないのよ、そういうところがっ!

 

 例えば日本における京都の町を思い返してくれると分かりやすいと思う。

 ロンドンは京都と違って、殆ど町全体が歴史的な遺産と言ってもいいだろう。中国みたいに日本なら国家遺産になるようなものをゴロゴロ転がしておく国ならともかく、こういった歴史のある建造物なんかは優先的に保護するのは当然のことよね。

 普通にあるデパートからして文化遺産。もう嫌になっちゃうけど、とにかく周りを見回してもそんなものばっかりなのよ。

 京都の町が景観を保護するために建物の高さを制限してるとか、コンビニエンスストアやファストフード店の外装を工夫するように指導しているとかは有名な話だとは思うけど、ロンドンもそういった目立つ店は何処にあるのか、ポッと出の私達じゃ見つけられない。

 昔から住んでいる学生とか、そういう人達ならネットワークが発達してるから知っているのかもしれないけど、生憎と時計塔の学生の中でも大して知り合いのいない私達じゃそれは無理だ。

 蒼崎君からして、研究熱心だからか大してロンドンの町については知らないって言ってたしね。だったら私が知るわけないじゃない!

 

 

「まぁそう言うなよ遠坂。俺はこうして一緒に歩いているだけでも楽しいぞ?」

 

「え、ちょ、何言ってんのよ士郎!」

 

「遠坂は俺といて楽しくないのか?」

 

「‥‥そりゃ、別にそんなわけじゃないけど‥‥」

 

 

 臆面もなく、そんな恥ずかしい言葉を自然に口にした士郎に私は思わず石畳につま先を引っかけて転びかけ、士郎の腕に強くしがみついて転倒してしまうのを堪えた。

 少しだけ見上げると、一体何がおかしいのかとキョトンとした顔をしている。一方の私はきっと茹で上がったタコのように真っ赤な顔をしているに違いない。

 これだから私の恋人は困る。どうしようもない初心な男の子みたいに取り乱すかと思ったら、変なところで妙に落ち着いているのだ。

 これじゃ一々相手の顔色を伺うつもりなんてなかったとしても、私が振り回されてしまうのは道理ってものかもしれない。

 本当に、だからこそ士郎のことを好きになったのかもしれないけどね。

 

 結局どうすることも出来ず、私は何処へ行こうということもなく士郎と歩き出した。段々と寒さが引いていったロンドンの町だけど、少し曇っているからか今日はひどく寒い。

 しっかりと着込んだコートはロンドンに来てから買ったから、この街の気候に合っていて凍えたりはしなかった。もとより隣の士郎の体温が暖かかったしね。

 やったことは本当に大したことじゃない。観光客やサラリーマンでごった返す大通りを歩き、店の軒先を覗いては世間話をする。時にはアンティークの陶磁器を見つけて品定めをしたりもした。

 以前に蒼崎君から教えて貰ったカフェは料理も美味しかったけど、出てきたのはイギリス料理じゃなくて、そういえばセイバーが見ていたガイドブックに載っていたオススメの店も外国料理ばかりだったわね。

 魔術の勉強と研究ばかりに没頭していた日常に、久しぶりに紛れ込ませるコトが出来た普通の恋人としての何気ない時間を、私は士郎と二人で満喫したのだ。

 

 

「あー、楽しかった。今日は随分と遊んじゃったわね」

 

「そうか? ただ歩いただけだったと思うけど‥‥。まぁ遠坂が楽しかったならそれでいいか」

 

「士郎は本当に女の子の気持ちが分からないわね。こういうのがね、時には大切だったりするのよ」

 

 

 決して長くはないしディナーもとれなかったけど、夕日が沈み始めたぐらいの時間に私達は家へと帰ってきた。

 途中に帰り道でミセス・ハドソンに会って散々からかわれた———本人にそのつもりは一切ないに違いない。あの人はおよそ他人に悪感情を抱く人じゃないみたいだから———けど‥‥。アレは明日にはご町内に出回るわね。

 これで士郎や私や、何よりもセイバーが出かける時に色々と噂されるんだわ。私と士郎が恋人なら、セイバーの方はどうなんだってね。あぁ頭が痛い‥‥。

 なんていうか、本当に私がご町内のおつきあいっていうのを無視できるぐらい完璧な魔術師だったら良かったんだけど‥‥。どうにもそういうわけにもいかないのは、以前の私からしてみれば考えられないこと———って、これはさっきも言ったわね。

 

 

「あぁ、おかえりなさい、凜、シロウ。例のものがルヴィアゼリッタから届いていますよ」

 

「ただいま、セイバー。留守番ご苦労様」

 

「ただいま。早速だけど居間まで運んで来てくれるかしら?」

 

「わかりました。しかしまずはコートをお預かりしましょう」

 

 

 士郎がしっかりとお昼ご飯に加えておやつまで用意していたのと、私達がちゃんと夜ご飯の時間帯までに帰ってきたのとで機嫌は悪くなっていないセイバーが出迎えてくれて、ついでにコートまで預かってくれる。

 どうもルヴィアゼリッタの屋敷で変な影響を受けてきたらしい。最近どうにもサーヴァントというよりはハウスメイドのようになってきている気がしてならないわね。

 元々不器用だったのはあるとは思うけど、それでもこの半年ぐらい随分と練習したのか家事もかなり上手になってきてるし、気配りは最初からよく効いた。どうにも釈然としないけど、本人が良いならそれで良いのかしら。

 

 私は居間に据えてあるソファーへ腰掛け、士郎は冷えてしまった体を温めるために紅茶を淹れに台所へ向かった。

 その間にセイバーが玄関から少し入ったところに置いておいたルヴィアゼリッタからの荷物をとってきて、私の前のテーブルに置く。

 かなり大きな包みは重そうだけど、いくら私からの魔力がかなり制限されているからといっても、英霊としての彼女は人間よりも遥かに力持ちだ。ギシリ、と机が軋んだけど気にしない気にしない。

 

 

「ホラ遠坂、この前ルヴィアから貰った紅茶だよ。蜂蜜を入れてみた」

 

「ありがと。士郎もそこに座って。ちょっと大事な話があるから」

 

「‥‥?」

 

 

 怪訝な顔をする士郎を促して私の対面に据えられたソファーへと座らせる。セイバーは自然と私達の間、机を真ん中に三角形になるような位置に立っていて、まるで仲介人の様だ。

 机の上に置かれた包みに視線をやったのを見て、紅茶を一口啜ってから私はおもむろに話を切り出した。

 

 

「まず、これは士郎、ルヴィアゼリッタと私と、それから蒼崎君から貴方へのプレゼントよ」

 

「‥‥開けてもいいのか?」

 

「えぇ」

 

 

 突然の贈り物に士郎は大きな目を丸くさせて驚いたけど、一応はプレゼントという形になっているものが嬉しかったのか、少しだけ口の端を持ち上げてから包みに手をかけた。

 何重にも包まれた包み紙は何時ぞや蒼崎君が干将莫耶を持ってきた時のものを流用してはいるけれど、少なくとも魔術的な秘匿については問題はない。

 セイバーの話によれば別に郵便で届けられたわけではなく、エーデルフェルト邸の使用人が直にやって来たということだから、あくまで隠匿の術式だけで、開けることについては封印はかかっていなかった。

 

 

「‥‥これって‥‥!」

 

「アンタを心配してね、二人が揃えてくれたのよ。外套はルヴィアゼリッタが、胸甲は私が、干将莫耶は蒼崎君がね」

 

 

 取り出されたのは三つの武具。アイツを彷彿とさせる深紅の外套。同じく黒く、白い模様の入った胸甲。そして干将莫耶のオリジナル。

 干将莫耶にはアイツが使っていたものと違って文字みたいなものは掘られてないけど、それでも紛れもない現存する宝具だ。

 利便さで言えば、むしろ紅い外套の方に軍配が上がる。アレは現代で用意できる中で最も軽装で、最も強力な防具。アレ以上のものは現代では望めない。

 胸甲にしたって私が鉱石学科の教授に頼み込んで取り寄せた一級品。幾重にも物理防御の術式を張り巡らせたそれは外套までは及ばなくとも、一流の武具屋に鍛えて貰ったものだ。

 

 

「‥‥ここ最近のアンタの無茶な鍛錬、蒼崎君から聞いたわ。ほんと、馬鹿よね」

 

「馬鹿って遠坂、俺はそんなこと‥‥!」

 

「だから馬鹿って言ってるのよ。士郎、アンタまた周りが見えてないわよ」

 

 

 数瞬だけ外套をみて呆然となっていた士郎が私の言葉に反応するけど、立ち上がったその鼻先に人差し指を突きつけて睨みつける。

 この馬鹿は、本当に何も分かっちゃいない。

 

 

「それで周りよりも何よりも、自分が一番見えてないわ」

 

「自分って‥‥」

 

「アンタは自分がどれだけ無茶しても大丈夫だって、平気だって思ってるかもしれないけどね、そんなの嘘よ。アンタが無茶したら、それだけ周りの人間が哀しむのよ?」

 

 

 士郎は全然分かっちゃいない。

 コイツは自分がどれだけ無茶しても、自分がどれだけ自分の体を傷つけても、それは自分のことだからと頑固にもそう考えているのだ。

 それはある意味では正しい。自分のことは自分のことで、どれだけ近くに寄っても所詮他人は他人でしかない。

 本当ならそういうところを埋められるのは、家族だ。それも出来れば肉親が良い。

 

 これは魔術の世界でも表の世界でも一般的ではないにせよある程度証明されていることなんだけど、やはり血の繋がった家族っていうのは特別なのだ。

 『血は繋がってなくても家族は家族だ』なんて反論する人は多いかもしれないけど、それでも血が繋がっているという事実は間違いなく特別なものなのよね。

 もちろん私はそれでも退くつもりはないけれど、今まで誰も士郎の内面まで深く踏み込むコトが出来なかった———あの藤村先生ですら———ことがそれを証明してしまっている。

 

 結局そういうわけで士郎はここまで突っ走ってきて、結局そういうことで頑固な勘違いを正すこともなかったわけだけど、あらためて言おう、本当に分かっちゃいない。

 士郎は自分のことが抜けているから、必然的に周りの士郎を気遣う気持ちも抜けてしまう。それだけ自分が周りに影響を及ぼしているってことだって分からないのよ。

 きっとアイツは今の士郎が、そのまま自分が一人だと、周りに目を向けないで歩き続けてしまった最果てなのだ。言うなれば、ココが士郎の分岐点の一つであるとも言える。

 だから今は容赦しないわ。

 

 

「アイツの防具も、アイツの側の私達が用意したのかなんてことは分からない。でもね、コレは私達が、士郎のために、士郎のことを思って用意してあげたものよ」

 

「遠坂‥‥」

 

「気づいて。これを見るたびに、士郎のことを心配してる人達がいるんだってこと。もう士郎は周りに、これだけの影響を与えてるのよ。士郎が無茶したら、私達だって苦しいの」

 

「私だってそうなんですよ、シロウ。貴方が無茶をしていると、哀しい。貴方が傷つけば、私も苦しい。それはルヴィアゼリッタも、ショーも同じです」

 

「セイバー‥‥」

 

 

 机を跨いで防具の上に士郎の手と手を重ね、私とセイバーもその上に手を重ねた。無骨な手はコッチに来てからだけでも随分と骨張ってしまったように思える。それほどまでに、私達の知っているところでも知らないところでも鍛錬を続けていたんだろう。

 士郎は半ば当惑を含んだ目でこっちを見つめている。多分、本当はよく分かってないんだと思う。そういう人間だってことは百も承知だ。

 どこか士郎が壊れてしまっている部分があるっていうのは承知していた。本人は気づいてないかもしれないけれど、多分そういうところがないとアイツみたいにはならないはず。

 でも諦めることは出来ないから、強く、強く、セイバーと二人で重ねた手に力を込めた。

 

 

「士郎が誰かを助けに行っちゃうのはもう、仕方がないわよね。そういうところも含めて、士郎なんだし。そういうところも好きよ」

 

「と、遠坂っ?!」

 

「うん、でもね、それでも私は士郎を一人では行かせないわ。ルヴィアも、セイバーも、蒼崎君も、アンタを心配してるの。だからね、『分かった』なんて言わなくていいから、覚悟だけはしておきなさい」

 

 

 今度はしっかりとした意志を込めて、揺らがないように力を込めて、士郎の瞳を真っ直ぐに見る。

 蒼崎君が施した魔眼の手術のせいか、アイツの瞳に近くなった鋼色は少し困惑に揺らいでいたけど、私の視線を真っ直ぐに受け止めてくれていた。

 

 そう、絶対に士郎は一人になんてさせない。

 例え私と、セイバーが着いていった先に破滅が待っていようとも、絶対に何があっても一人になんてさせない。

 文字通り、地獄の果てまでだって着いていってやるんだからねッ!

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「‥‥よかったのかい?」

 

「なにがですの?」

 

 

 夕日が差し込み茜色に染まったエーデルフェルト邸の主人の私室。そこで俺は午後の、と言うには少々遅い、食前の腹休めとでも言うべきお茶を啜っていた。

 本来なら私室に親友とはいえ男を入れるなんてトンデモないという意見が過半数を占めるとは思うが、ことルヴィアの屋敷に関してはその原則は適用されない。

 ルヴィアがそういったことにかんしておおらかだというわけではなく、単純に屋敷の中の私室というスペースが、既に三室にも及ぶマンションクラスのスペースだということだ。

 乃ち応接室、書斎、寝室と最低でも三つ。これ以上もあるかもしれないけれど、流石に俺でもそこまでは分からない。もとより女の子の秘密を暴くような趣味は持ち合わせていないしね。

 

 俺が入ったことがあるのは今いる応接室だけで、その中央に据えられた小さめで品の良い机と椅子に腰掛けたルヴィアが俺の問いに返事を返す。

 斜陽が眩しいから俺は窓から一歩脇にずれたところから外を眺めていて、扉の方へと向いているために彼女の背中しか見ることはできない。

 二年近い時間を友人として過ごしはしたけれど、いくらなんでも兄妹でもないんだから背中だけではルヴィアの心情を読み取ることはできなかった。

 

 

「遠坂嬢と衛宮だよ。二人だけでデートなんて行かせて良かったのかい? 言っちゃ何だが、君が正攻法でアピールする良い機会じゃないか」

 

 

 ルヴィアは先日、遠坂嬢の真剣な様子に折れて衛宮へプレゼントを渡す役目を彼女に譲った。しかしエーデルフェルトという家の家風に漏れず相当な負けず嫌いである彼女ならば、本来そこで大人しく退いてしまうような性格はしていないはずなのだ。

 もちろん理知的で道理をわきまえた部分が多分にあることは知っているけれど、それでも何と無くだけど、釈然といかない。

 決して互いに深いところまで理解し合っているわけではないけれど、それでも俺には不思議で仕方がない部分があった。

 

 

「‥‥正直に申し上げますと、私にもよく分かりませんわ」

 

「はぁ?」

 

「最初こそシェロのことばかり気にしてたんですけど、ここのところは少し気持ちも落ち着いてきて、以前ほどに熱心にシェロの傍にいようとは思わないんですの」

 

 

 ふぅ、と吐息をついてカップを口に運んだルヴィアが、珍しくも困惑や当惑の色を交えた物憂げな声を漏らす。

 それはまるで自分の中にある何かを探っているようで、しかもそれがそこにあることは分かっているのに、上手く正体がつかめない、そんな感じの声色だった。

 恐らくクルリとテーブルを回り込んでその美麗な顔を観察してみれば、怪訝に眉をひそめて自分の内面を覗いているかのような表情を拝見できたに違いない。

 

 

「本当に不思議なんですけど‥‥。まぁ、今回はミス・トオサカにお譲り致しますわ。‥‥それよりもショウ、最近何か面白いニュースでもありませんこと?」

 

 

 話はこれでおしまいと言いたいのか、普段よりも少し大きめな音を立ててカップを置いたルヴィアに促されて、俺はここ最近の時計塔で何が話題に上っているのかを思い返す。

 本来なら別に世間一般に出回っている噂でも良いのかもしれないけれど、残念ながら俺もルヴィアも英国人じゃない。英国王室がいくらスキャンダルを起こそうが興味はないし、世界レベルの事件なら今更話題に上げる必要もないだろう。

 というよりも、魔術師は慣例的にそういった“俗な”話題は口に出さないことになっている。勿論しっかりとチェックはしていても、だ。

 

 

「そういえば‥‥。君も知ってるとは思うけど、ホラ、宝石翁の話‥‥」

 

「‥‥大師父が弟子をとるという話ですか?」

 

 

 魔導元帥。宝石翁。万華鏡(カレイドスコープ)などの様々な異名を持つ死徒二十七祖第四位は、言わずとしれた第二魔法の使い手である。

 現在確認されている魔法使いの数は四人。彼はその内の積極的に現世に関わろうとする傍迷惑な魔法使いの一人であり、さほど頻繁ではないにせよ、それなりの頻度で時計塔にも顔を出す。

 青子姉は色々とアレなので割愛するけど、彼、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグは魔法使いには珍しく、あちらこちらで弟子をとっては潰しているという奇特な人物だ。

 時計塔の方でも漠然と概要を把握している魔法であるというのもあるけれど、それにしても多数に広まれば自然と神秘が希釈されてしまう原則を鑑みて、異常と形容するに足り得る性格だと言えるだろう。

 

 あぁ、魔法っていうのは時計塔の上層部ですら把握してない部分が多いんだ。やっぱり現代の、魔術師の常識をもってすら測れない部分ばっかりだからね。

 今のところ俺の原作知識なる、最近はめっきり摩耗して不確かになった情報を動員しても分かっているのはたったの三つ。

 『並行世界の運営』『無の否定』『魂の物質化』、それだけだ。

 特に後ろの二つに関しては、全くの専門外であることもあって全く概要が分からない。高次の生命体となる第三魔法に関してなら推測を立てられないこともないけど‥‥。ウン、やっぱり無理だな。

 そもそも漠然とだって推測を立てられる様じゃ魔法だなんて言われないわけでね。

 何せ俺ですら、否、おそらくは橙子姉ですら青子姉の使う第五の魔法なる代物の正体を知らないのだ。

 そういうことを鑑みると、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグとは本当に何を考えているのか分からない人物である。

 

 

「俺が時計塔に来てから帰ってくるのは初めてだけど‥‥一体なんでまた突然、弟子をとるなんて言い出したのかね?」

 

「条件は『今期で最も優秀な学生』でしたかしら? まぁ当然ですわね。下手な生徒では魔法の魔の字も

拝めぬ内に廃人でしょうし」

 

 

 時計塔では常識になっているのだが、彼の魔導元帥は弟子の扱いが非常に荒い。

 魔術協会に名高い名家の才子が尽く再起不能なまでに潰されてしまったというのは有名な話で、しかも全くそれを悪びれず、ついでに言えば誰だって責めることはできないのだ。

 普段はあちらこちらをフラフラしながら行く先々で気まぐれに弟子をとるらしいが、今回は少々話が違う。あちらから、魔術協会へと通達を出してきたのである。

 つまりこれは協会側に弟子(イケニエ)に差し出す駒を選ぶ権利が与えられたということ。いくら魔導元帥を名乗っているからといって、魔術師同士であるのだから魔法についての知識を得たいと思うのは当然のことだ。

 故に魔術協会としては出来る限り優秀な人材を送り込んで魔法についての知識を得たいが、逆を言えば優秀な才子を潰されてしまう可能性も高い。

 

 

「99%失敗するギャンブルに貴重な生徒を送り込む‥‥。悩みどころでしょうね、ロード達も」

 

「‥‥まぁ今回はむしろ、向こうからご指名されてるようなものなんじゃないかい?」

 

 

 つかつかと歩み寄ってルヴィアの座っている椅子の背もたれに手をかけて顔を覗いてみると、恐らく先ほどまで浮かべていたものとは真反対の、不敵で自信に満ちた笑みを浮かべていた。

 彼女は分かっているのだ。時計塔で最も優秀な生徒と言われれば、該当者は———おそらくルヴィアにとっては認めるのが心底不愉快だとは思うけど———二人しかいない。

 言わずと知れた、ルヴィア自身と遠坂嬢だ。

 

 

「運が良ければ第二魔法への手がかりが。運が悪ければ廃人どころか命を落としかねない。さぁ、どうするんだい?」

 

「言われるまでもないことですわ。我がエーデルフェルトの家が追い求めた第二への直接的な手がかりを前にして、二の足を踏むなどという選択肢はございません」

 

 

 もとより彼女達は共に彼の宝石翁の弟子の家系。これほどのチャンスをふいにしてはご先祖様に申し訳が立たないことだろう。

 なによりも彼女達自身の強烈な自負心と欲求が、立ち止まることを許さない。俺だって躊躇しかねない危険な道を前に一拍たりとも足踏みしない在り方は眩しいぐらいだ。

 

 

「それにね、ショウ。“運が良くとも悪くとも”、それを掴むのは私達自身の力ですわよ」

 

「‥‥成る程、いやはや君は流石だね」

 

「私は“私達”と申し上げましたけど?」

 

「はは、期待に応えられるよう、精進させてもらうよ」

 

 

 こちらを見上げながらでも、決して見下ろしている気分がしない。こういうところが輝いて見えるのは原作の登場人物とかそういうことじゃなくって、やっぱり彼女が、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトという魔術師が輝いているからだろう。

 だけど引け目を感じてばかりもいられない。確かに家柄では遥かに劣る初代の俺だけど、与えられた環境自体は優るとも劣らないわけだしね。

 これもまた、誰にも引け目を覚えることのない、蒼崎紫遙としての魔術師の自負心だ。俺だって彼女達に負けちゃいられないし、絶対に負けるつもりはない。

 

 窓際に置いておいたがために口に運んだ紅茶は例の如くすっかり冷めてしまっていたけれど、それでもなお一抹の暖かさが心に去来していたのは、きっと、多分、そんな簡単なことに改めて気づかせてくれた親友の暖かい気遣いのせいだと思ったのだった。

 

 

 

 45th act Fin.

 

 

 

 

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