UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第五十七話 『雪の精の初陣』

 

 

 

 side Illyasviel von Einzbern

 

 

 

「お、ちゃんと来たわね」

 

 

 夜‥‥というよりは深夜と言うべき午前0時。

 守衛さんなんて高級な人がいないド田舎のローカルな私立学園である穂群原学園の校庭に、二人の人影が立っていた。

 

 

「来なかったらどうしようかと思って、誓約《ギアス》の一つでもかけておけば良かったかと思ったんだけどね」

 

「ぎあす‥‥なんか良くわかんないけど、危険な響きの言葉使うのやめてほしいなー、なんて‥‥」

 

 

 一人は黒のミニスカートに白いトレーナーを来たツインテールの女の人。全体的にキリリとした印象を受けながらも女の子らしいけど、男の人みたいに腕時計を手の甲側につけている。

 もう一人は私のよく知っていて、それでも全然知らない人。上は胸と腰の間ぐらいまでの中途半端な長さの上着を着て、腰には踝ぐらいまである、どっちも真っ赤な外套を羽織った男の人。

 髪の毛は赤錆びたみたいな独特の色で、私の銀髪よりは地味だけど純粋の日本人だから逆に目立つ。大きな瞳の色は鋼か刃みたいな不思議な色で、ここは身長とか体格を除いて私の知っている人とは違う部分だ。

 

 ‥‥まぁ、つまりはお兄ちゃんそっくりの同一人物なわけで。なんでも二人とも平行世界からやって来たんだって。

 そのあたりは今日の自主練でルビーから結構細かいところまで教えてもらったんだけど、結局よく分からないところが多かった。

 ルビーもそこまで専門的な話とかを他人とするのは好きじゃないらしいから簡単な言葉にまとめてはくれたけど、それでもなお私には分からなかったわけである。やっぱり難しいことに巻き込まれてしまっているらしい。

 

 

「まぁ約束っていうよりは強制って感じね。契約って言い換えてもいいけど‥‥ってか、なんでもう転身してるのよ?」

 

『イリヤさんが思ったより熱心でしてねー、さっきまでいろいろと練習してたんですよー。まぁ付け焼き刃でもないよりはマシです』

 

 

 私の手の中にあるステッキが声を発する。曰く、“愉快型限定魔術礼装マジカルルビー”。

 なんでも平行世界の壁に小さな穴を開けて、その穴から無制限に魔力を私に供給してくれるすっごいアイテムなんだって。

 とはいっても昨日から今日一日付き合ってみて、とてもじゃないけどそんな凄いアイテムだとは思えなかったのもまた事実。なんていうか、ゆるいというかお気楽というか。

 もちろん自主練の時の感触からは、確かに凄いアイテムだってことは分かる。まさかバンバンと魔力弾?を撃つようなことが実際に出来るとは思わなかった。

 あれは本当に凄い。いま私、魔法少女してるって思ったぐらいに。

 

 

『とりあえず基本的な魔力弾射出ぐらいは問題なくいけます。あとはまぁ‥‥タイミングとハートとかでどーにかするしか』

 

「なんとも頼もしい言葉ね‥‥」

 

「まぁそういうなよ遠坂、そのあたりは俺達でフォローしていけばいいじゃないか」

 

 

 呆れたような凜さんの言葉に、お兄ちゃ‥‥士郎さんが笑いながらそう答えた。位置としては凜さんのすぐ後ろに控えているから、二人はまるで一枚の絵のようにぴったりとはまっている。

 笑い合う二人は本当に仲がよさそうで、具体的には私とお兄ちゃんとよりも仲が良さそうで、少しだけ嫉妬してしまう。

 私のお兄ちゃんと士郎さんは違う人間なんだって理屈では納得できていても、それは変わらない。やっぱり、同じ顔してるってのがいけないんだ。どうしてこんなややこしいことになっちゃったんだろうか。

 

 

「そうは言ってもね、今回からはそう簡単にいく相手ばっかりじゃないのよ? ライダーとかアサシンならともかく、バーサーカーだったりしたら詰んだも同然だわ」

 

「まぁ‥‥な‥‥」

 

『士郎さんが盾になって下さるのならそれなりに勝率は上がりそうですけどねー。純粋な魔力攻撃は対魔力では打ち消せませんし』

 

 

 凜さんとルビーの話によると、この街に現れたクラスカードは七枚。剣の騎士(セイバー)槍の騎士(ランサー)弓の騎士(アーチャー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)の七枚だ。

 その内の槍の騎士(ランサー)弓の騎士(アーチャー)は凜さん達がもう回収してしまったから、私が相手をするのは残りの五枚のどれかになる。

 そして凜さん達の話だと、そのどれもが昔に死んで、今も英雄として語り継がれている精霊一歩手前という規格外の人達らしい。例えば宮本武蔵とか、アーサー王とか、ヘラクレスとか。

 それが間違いなく凄い敵なんだってことまでは分かるんだけど、具体的にどれくらい強いのか、私で勝てるのかってことはさっぱり分からない。

 

 

「‥‥はぁ。イリヤスフィール、士郎はこう言ってるけど、正直ただの人間が英霊(サーヴァント)をあいてにするなんて無茶よ。貴女が戦闘の要になるのは間違いないんだからね。覚悟は、いい?」

 

「う‥‥うん!」

 

 

 誰もいない、明かりも点いていない校庭に一際大きな突風が吹いた。昨日に比べて今日は雲が多くて、ふと空を見上げれば遙か高いところの影が凄い速さで横から横へと流れている。

 私達の息づかいすら聞こえないぐらいの風の音は否応なくこれからの戦いへの不安を助長させるけど、それでも私は凜さんの言葉に勢いよく頷いた。

 今までどんなお化け屋敷でも鳴らなかったぐらいに心臓はドキドキ言ってるし、足も気を抜いたらすぐにガクガクとふるえてしまいそうだ。

 それでも心臓に従って戦慄きそうになる肩を、主人の命令を聞かずにへたり込みそうになる足を、押さえつける何かが私の胸の奥、心臓の更に奥から湧き出してくるのを感じる。

 もしかしてこれが責任感とか、使命感とかいうものなのかもしれない。

 

 

「カードの位置は屋敷から持ち出した魔術具による探査で特定しているわ。校庭のほぼ中央‥‥歪みはそこを中心に観測されてる」

 

「中心‥‥って、なにもないんだけど?」

 

「ここにはないわ。カードがあるのはこっちの世界じゃない。‥‥前回と同じだったらそろそろ“お迎え”がくると思うんだけどねぇ」

 

 

 凜さんは言葉を切ると、困ったように校庭の中心に立って辺りを見回したり地面を爪先や踵で突いてみたりする。次いで視線を士郎さんの方に向けたけど、士郎さんも同じく困り顔で首を横に振っただけだった。

 仕方が無しに今度は地べたに膝をついてグラウンドをなにやら両手で探り出す。叩いてみたり、少し掘ってみたり、何か絵みたいな‥‥魔法陣?を書いてみたり、終いには耳をつけて大地の声を聞く真似をしたり、軽くキスまでやってみせた。

 それら全部合わせて都合だいたい十分ぐらい。色々試して結局どうしようもなくなって凜さんは私の、正確には私の手の中のルビーの方へと視線を向けた。

 

 

「‥‥ルビー」

 

『はい何でしょう?』

 

「アンタどうすればいいか何か分からない?」

 

『鏡面界に入る方法ならありますけど?』

 

「そうよねアンタに聞いた私が馬鹿だった———って、はぁっ?! ちょっとアンタあるなら早く教えなさいよっ!!」

 

 

 と、別段なんでもないことかのように呟いたルビーを、一瞬で私のところまで走り寄って来た凜さんがつかみ取ると勢いよく校庭へと叩きつける。よほど腹に据えかねていたらしく、何度も、力強く。

 息すら切らせている凜さんに対して、一方のルビーはといえば心底嬉しそうな笑い声を上げていて、どちらが虐められているのか分かったものじゃない。なんていうか、もう、ダメだこの人達‥‥。

 今更ながら私は本当に協力することを選んで良かったのかと後悔を始めてしまうのを感じた。

 

 

『前回の転移の際に術式の一部を複写(コピー)しました。流石に解析までは無理でしたけど、これを使って波長を合わせた魔力を叩き込んで共鳴させるんですよー!』

 

「呼び水にして無理矢理お迎えを寄越させるってわけね‥‥。まぁ出来るかどうかはやってみなきゃ分からない、か」

 

 

 私には分からない難しい話を終えると、凜さんは再び校庭の真ん中まで歩いて行って手招きをする。

 ちょうど凜さんと入れ代わりに私の後ろに立った士郎さんに促されて、私も恐る恐るながらも凜さんに近付いていった。

 

 

『それでは魔法少女プリズマ☆イリヤの初陣と行きましょうか! 反射路形成、半径二メートル! 鏡界回廊一部反転しますっ!』

 

 

 足元に部分的に複雑な奇妙な魔法陣が現れる。それは私と凜さん、士郎さんをしっかりと覆うぐらいの広さを持っていて、次の瞬間には強すぎない、それでいて思わず目を閉じてしまう不思議な光を発した。

 普通に考えれば、これだけの光をこんな近い距離で受ければ目が潰れちゃうだろう。そうでなくても痛くなるぐらいは当然だって思うのに、不思議とこの光は私の目を傷付けない。

 そういえば初めてルビーに会った時の転身の光もこんなだったっけ。やっぱり、魔法とか魔術とかは不思議な力だ。なんでこんなに自然に受け入れられるのか分からないぐらいに。

 

 

「いいかしら、イリヤスフィール? どんなに高位の魔術師だろうと、何の準備もなしに単独で英霊なんて規格外の存在を普通に召還することなんて適わない。だからかどうかは知らないけど、私達の狙うクラスカードは別の世界に存在している」

 

 

 ぐるん、とまるで空中で無理矢理上下逆さまに回されたかのような気持ちの悪い感覚が私を襲う。車酔いなんてとんと縁がないけど、多分それに似たような感覚なんだろう。

 体は全く動いていないはずなのに、頭の中身だけが今もぐらんぐらんと揺れているかのよう。思わず私は目を見開くことで吐き気にも似た感覚を無理矢理に押さえ込んだ。

 

 

「そうね‥‥無限に連なる合わせ鏡。この世界をその贈のひとつとした場合———それは鏡面そのものの世界。

 鏡面界。そう呼ばれるこの世界にカードはあるの」

 

 

 目を開ければ、目の前の世界は瞬きしたその一瞬で一変してしまっていた。

 風景は変わらない。私の後ろに建っている校舎も、学校を覆うように立っているフェンスも、グラウンドの砂の一粒も。それでも何か、そう、雰囲気みたいなものが変わってしまっていた。

 空は曇りとも形容しがたい不気味な泥みたいな色をしていて、校舎を覆うフェンスの更に向こう側にはかすかに格子模様のようなものが見える。

 それはまるでゲームに出てくる電脳空間の中に色あせた学園がすっぽりと填ってしまっているみたいだ。日常が非日常に彩られているのは、私にはひどく恐ろしく思えた。

 

 

「‥‥少し前よりも小さくなってるわね。士郎、そっちの調子はどう?」

 

「———く、前よりはマシだけど、やっぱり気持ち悪いな。なんか一瞬だけ視界も真っ白になったし、やっぱりこういうのはダメみたいだな」

 

「またか‥‥。やっぱり自分の世界が確立してる分だけ、こういう異空間の拒絶反応があるのかもしれないわね。たしか慎二の奴が張った結界でも気分悪くしてたわよね、士郎は」

 

「かもしれない。まぁ目眩もすぐに収まったし、戦闘には問題ないから気にしないでくれ」

 

 

 

 軽く額を押さえて何かを振り払うように頭を左右に振った士郎さんが、大きく深呼吸をして真剣な顔となる。

 結構長い時間お兄ちゃんと暮らして来たつもりだけど、それはお兄ちゃんと瓜二つってぐらい似ている顔なのに私が今まで一度も見たことがない顔で、やっぱり士郎さんとお兄ちゃんは別人なんだと納得させられた。

 

 

『むっ、どうやら敵のお出ましみたいですよ皆さん! 校庭の真ん中にご注目下さい!』

 

「こ、校庭の真ん中?!」

 

「莫迦ね、さっき言ったでしょ! サーヴァントだわ‥‥来るわよ!」

 

 

 ルビーの言葉が指す広いグラウンドの中央に視線を移すと、突然なにもないはずの空中にそこがガラスだとでもいうかのように亀裂が走った。

 最初は只の黒い線だったそれは時間にすれば瞬き何回かの内に見る間に大きな亀裂へと広がっていって、遂には耐え切れなくなった中央部分に穴が開く。

 穴の向こうは真っ暗だ。それも純粋な黒っていうよりは、数えるのも億劫になるぐらい沢山の様々な色が混ざり合って黒く見えているようにも思う。

 

 

「イリヤは俺の後ろに! 前衛後衛に分かれて戦うぞ!」

 

「う、うん、分かったお兄‥‥士郎さん!」

 

 

 その空間の裂け目から、一人の女性———のカタチをしたナニカ———が這い出して来た。

 背中をすっぽりと隠してしまうぐらい長いくすんだピンク色の髪の毛の、顔には不気味なマスクをつけた女の人の姿をしたナニカ。水着みたいな、それでいて涼しげな感じは全然しない淀んだ色の黒い服を着て、手には鎖がついた杭のような武器を持っている。

 犬みたいに牙を剥いた口は背筋に怖気が走るぐらいの敵意を私の方に向けていて———って、牙?!

 

 

「り、りりり凜さん! サーヴァントって昔活躍した英雄達だって話じゃないの?! アレどー見たって悪の組織の怪人なんですけどっ?!」

 

「英霊にも真っ当な英雄と反英雄があってね! しかも今回冬木に出て来た英霊はのきなみああやって黒化‥‥改悪されてるのよ!」

 

「喋ってる暇はないぞ二人共! ‥‥来る!」

 

「■ァ■■ァ■ァ———ッ!!!」

 

 

 鏡や窓を“引きちぎる”かのような耳障りな叫び声を上げ、サーヴァントは助走も見せずに私達の方へと駆けてくる。

 突然の戦闘開始に思わず硬直してしまった私を押し退けて、凜さんと士郎さんが前に出た。士郎さんは黒白の短剣をその手の中に出現させて、凜さんはポケットから丸くて光る何かを取り出した。

 

 

「まずは一発行くわよ———Anfang(セット), Drei(三番), Flammst(燃えろ)ッ!」

 

 

 凜さんが手に握った三つぐらいの何かを力いっぱいサーヴァントに向かって投げ付けた。その何かはこちらへと駆けてくるサーヴァントの眼前で凜さんの呪文に応え、その中から勢いよく炎と爆風を撒き散らす。

 ‥‥宝石魔術、というらしい。難しい部分は分からなかったから聞き流しちゃったけど、宝石に魔力を貯めて云々なんだって。とりあえず爆弾みたいに使うって考えてればいいみたい。

 

 

「凄い‥‥って、全然効いてないよ凜さん?!」

 

「対魔力は‥‥BかAってところね。これじゃ十年モノでも通用しない! 悪いけどイリヤスフィール、やっぱりアンタに頼ることになりそうよ。構えなさい!」

 

『さぁさぁ高い対魔力を持ったサーヴァントには私達の魔力弾しか効きませんよー! 出番ですイリヤさん、派手にぶっ放しちゃいましょうヒーハァー!』

 

「なんでそんなにハイテンションなのか分からないけど———わわっ?!」

 

 

 爆風が止み、傷一つ付いていないサーヴァントの姿が現れる。まるで避けるかのように吹く風に靡く髪の毛にも焦げ跡一つ見あたらない。

 と、私の真横から強肩でもって宝石を投げつけた凜さんが一歩下がり、それと同時にサーヴァントが私の方へと大きく一歩、そして手に持った鎖を弧を描くようにして投げつけて来た。

 私は凜さんと反対側へ弾かれたように飛び退き、二人の間を分断するかのように杭みたいな短剣と鎖がジャラリと音を立てて打ち付けられる。鎖の部分ですら、掠ったらズタズタにされてしまいそうなぐらいの重さと速さを持っているみたいに見える。

 

 

「いくぞイリヤ、無理はするなよっ!」

 

「無理するなって、なにをどーすればいいのかもさっぱり———おひゃあッ?!」

 

『身体能力と戦闘経験に優れた英霊相手に接近戦は危険です! まずは距離を取ってください!』

 

 

 凜さんはそのまま素早く私達から数十メートル以上も距離をとり、代わりに士郎さんが前に出て両手に中華風の短剣を構える。とはいっても両腕はだらりと下げたままで、ひどく不思議な構えに見える。

 私は戦闘どころか喧嘩もしたことがないってのにどうしろというんだろうか。そうやって余計なところに思考を回したのがいけなかったのか、士郎さん達の方を向いていた私の隙をついて杭が投げ槍のように放たれて、私の背中を僅かに掠った。

 

 

「キョリね! そうね取りましょうキョリ! キョリーッ!!!」

 

 

 思わず悲鳴を上げて一も二もなく、力の限り、とりあえず士郎さん達の反対という以外は方向も定めず走り出す。身体強化っていうのがされているらしくて、それなりに自信があった普段の五十メートル走よりも更に速いスピードで、一瞬の内に鎖付きの杭が届かない距離まで駆け抜けた。

 

 

「■■ィ■ィ———ッ!!」

 

「こっちだライダー! いくぞっ!」

 

「お兄‥‥士郎さん!?」

 

 

 そこでふと気づく。私が自分の攻撃範囲から離れたのを見たサーヴァントの攻撃の矛先は、必然的に自分に一番近い敵———士郎さんの方へと向かうということを。

 

 

「おおおおおぉぉぉッ!!!」

 

「■ァ■■ァ■ァ———ッッ?!!」

 

「す、すごい‥‥! お兄ちゃん凄いよ‥‥ッ!」

 

 

 振り返った先には、今の数秒にも満たない時間でサーヴァントと接触して、今は剣の先っぽが霞むぐらい激しく斬り合いをしている士郎さんの姿。

 戦うお兄ちゃんの顔は今まで見たことがない。歯を食いしばり、眉間に皺を寄せ、たった数秒だけで雨に濡れたかのように汗を散らして必死で打ち合っている。

 サーヴァントも士郎さんも、どっちも人間に思えないぐらい凄い動きをしていて、私は助けに入らなきゃと思っていたはずだったのに思わず呆然と立ちつくしてしまった。

 

 

『あらあら、何を突っ立っちゃってるんですかイリヤさん? 流石に士郎さんとはいえ英霊とガチで殴り合いは長く続きません、こちらも早く援護に入らなければ士郎さん倒されちゃいますよ!』

 

「た、戦うってホントに戦うことだったんだね、ファンタジーすぎるよアハハハハ‥‥!」

 

『落ち着いていきましょうイリヤさん! とにかく距離をとって魔力弾を打ち込むのが基本戦術です! 魔力弾はさきほど練習した通り! 攻撃のイメージを込めてステッキ(わたし)を振ってください!」

 

「う、うん! 士郎さん伏せて! ‥‥いっけぇーッ!」

 

 

 ちょうど士郎さんが、勢いよく振るわれたサーヴァントの杭を受け止めて蹌踉めいたところにルビーの助言が入り、私は力強くルビーを握りしめると体全体を使ってただ適当に横に振り払った。

 

 

「‥‥スッ、スゴッ?! なにコレ滅殺ビーム?!」

 

『いきなり大斬撃とはやりますねー!』

 

 

 まるで筆でなぞるかのように、私が振り払ったルビーから光の帯が飛び出て目の前を薙ぎ払った。横に十数メートルぐらいの幅の光の帯は咄嗟に伏せた士郎さんを掠めてサーヴァントを直撃する。

 そのあまりの派手さに吃驚仰天してしまった私に、ルビーは一人楽しげに体をくねらせた。

 

 

「助かったイリヤ! すまん!」

 

『さぁイリヤさん間髪入れずに追撃です! 相手は人じゃありません! 遠慮は無用ですよー!」

 

「‥‥ちょっと殺伐としすぎてる気もするけど、なんか魔法少女っぽくなってきたかも! たーッ!」

 

 

 光の帯、大斬撃が直撃したライダーのサーヴァントは咄嗟に庇ったらしい左腕から血を流してよろめいている。確かにルビーの言う通り、一気に畳み掛けるなら今がチャンス!

 私は大きく左から右へとルビーを振ると、さっき練習したように幾つも魔力弾を放っていくけど‥‥ライダーはその全てを低い姿勢のまま目にも留まらぬ速度で避けていく。

 そう、確かに私は練習で魔力弾を撃てるようにはなったけど、動く目標に当てる訓練まではしていない。そして何より、ライダーの走るスピードは速過ぎた。

 

 

「うえっ、すばしっこい!」

 

『あちゃー、これは砲撃タイプでは追い切れませんねー。流石はランサーと並んで最速のサーヴァントと称されるだけはあります。人間の動体視力ギリギリの動きですよ、あれは』

 

「ちょっとルビー当たらないよ? コレどうすればいいの?」

 

「‥‥一先ず今のまま撃ち続けてくれ、イリヤ。少し時間を稼いでくれたら、俺がなんとかする。———投影開始(トレース・オン)

 

 

 とりあえず続けて次々とルビーを振って魔力弾を絶え間なく撃ち続け、躱され続けている私の背後に士郎さんが立ってそう言った。

 その左手にはどこから出したのか何時の間に真っ黒な弓が握られていて、右手には同じく黒く、銛か棘のように鋭い切り返しがたくさんついた恐ろしげな矢を持っている。

 まるで獲物を狙う鷹みたいに鋭い目をしながら、士郎さんは弓に矢を番えてライダーを狙う。そういえばお兄ちゃんも弓をやってたっけ。不思議なところで共通点があるみたいだ。

 

 

「‥‥よくわかんないけど、とりあえず撃ちまくればいいんだね!?」

 

『いやっふー撃ち放題ですよイリヤさーん! さぁ思う存分リリカルマジカルジェノサイドしてしまいましょー!』

 

 

 士郎さんの言葉に従って、私はひたすらルビーを振って単純な魔力砲を放っていく。ルビーから吐き出された魔力弾はやや弓なりの軌道を描いてライダーに向かって降り注ぐけれど、当然ながらそれらは全て圧倒的なスピードを前に軽々と躱されてしまう。

 それでも私は只ひたすらに魔力砲を撃ち続けた。私達に声をかけてからずっと弓に矢を番えて何かを待ち続けている士郎さんに、一瞬でもいいから隙を作ってあげるために、そうでなくとも出来る限り時間を稼いであげられるように。

 

 

『さぁさぁ当たらないんですからとにかく数を撃って下さい! 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるかもしれませんし、弾幕張れば向こうは攻撃範囲まで近付いて来られませんからね、あはー』

 

「楽しそうだねルビー。こっちは、結構、大変なんだけどっ!」

 

『凜さんの戦い方はなんだかんだで良くも悪くも泥臭かったですからねー。やっぱり魔法少女としては、こうやって難しいこと考えずに撃ちまくった方がらしいですし気持ちいいですよ、いやっふー!』

 

 

 私の考えるところでは多分MPにあたるところの魔力はルビーによって無制限に供給される。だからといってRPGじゃないんだから延々と好き勝手に魔法を撃ってられるってわけでもないみたいだ。

 つまるところ機械にいくら電気を注ぎ込んだところで、いつまでも同じ機能を維持出来るわけじゃない。長い期間使い続けてれば摩耗するし、長い時間連続して使ってれば過熱する。

 そしてそれと同じことをしているのが、私の“魔術回路”とかいうものらしい。魔力が電気で魔術回路が機械みたいなものらしい。当然ながら魔力が万全でも魔術を使い続けていれば魔術回路は疲れてしまうらしい。

 なんか“らしい”がすごく多いけど、つまりMPが常にMAXでも現実にはゲームみたいに簡単ってわけじゃないし、ひどく疲れるっていうこと。それでも私は士郎さんを信じて砲撃を放ち続けた。

 

 

「ちょっと、キツイ、かも‥‥」

 

『うーん、流石に体力の限界が近いですか。しっかりして下さいイリヤさん、士郎さんの溜め(チャージ)が終わるまであと少しですよ!』

 

「そう、言っても、もう腕が疲れちゃって‥‥」

 

『って問題はそっちなんですか?! うーん、どうもイリヤさんは魔力運用の方に問題があるみたいですねー。まぁ初心者だから仕方がないといったら仕方がないんですけど』

 

 

 長い付き合いじゃないけど珍しいと思ってしまうルビーのツッコミも、身体強化とか自動治癒とかっていうものがかかってる私に対してなら案外的を射ているのかもしれない。

 でも結局のところ慣れてない分だけ普段の感覚で腕を振ってしまっているから、結果的に力の配分は変わらないみたいで身体強化はたいして役に立っていなかった。慣れれば別なのかもしれないけど、緊張してるし。

 

 

『っイリヤさん弾幕薄いですよ!』

 

「えッ?! う、うわぁ来てるッ?!」

 

 

 下げた腕が思う通りに上がらず、一瞬だけ弾幕が薄くなる。もちろん私も気づいてすぐさま腕を振り上げて魔力弾を放ったけど、その一瞬の隙をついてライダーが一気に私のところへ肉薄してきた。

 瞬き一回ぐらいの間に、私とライダーの間にあった数十メートルの間合いは三分の一にまで狭まる。そしてそこは既にライダーの手に持った杭のような、鎖がついた短剣の射程内だ。

 

 

『物理保護最大! 耐えて下さいイリヤさ———』

 

「‥‥いや、大丈夫だルビー。待たせたなイリヤ」

 

 

 まるで動画を遅回しにしたかのように色んなことが一度に押し寄せて来て、目の前に迫るライダーの杭を両目でしっかりと認識する中、片耳でルビーの叫び声を、もう片耳で背後から響く士郎さんの落ち着いた声を拾った。

 その頼もしい声に反して、後ろから感じるのは目の前に迫るライダーよりも圧倒的な恐ろしさ。身の毛もよだつ、まるで自分よりも遙かに巨大で強大な為体の知れない化け物に睨み付けられてしまったかのような絶望感。

 心臓からも血の気が引いてしまうぐらいの恐怖の正体を確かめようとしても振り返る暇なんて今の数瞬の間には当然なく、疑問に思うのと確かめなきゃと焦燥感に駆られたのとほぼ同時に。

 私が少しの息を吸うか吸わないかという一瞬だけ静まりかえった鏡面界に、士郎さんの言葉が響き、ソレが私の視界へと正体を現した。

 

 

「———『赤原猟犬《フルンディング》』」

 

 

 私の顔の横を掠めるようにして、赤いとも黒いともいえない軌跡を描いて一筋の光がライダーへと疾る。

 その恐ろしさを感じ取ったのか、ライダーも私に反応どころか視認も出来ない速さで大きく一歩後ずさり、見る間に背中を向けて同じく疾走を開始した。

 一直線ではなく、ジグザグに。さっき私の砲撃から逃げていたのよりも更に早いスピードで逃げる逃げる逃げる。

 

 

『‥‥あれはまさか、イングランドの雄、ベオウルフが持っていた魔剣フルンティング?! しかも剣としてではなく矢として“変化”させるなんて‥‥どういう人なんですか、士郎さん‥‥!』

 

 

 走るライダー、疾る魔剣。どんなに激しくライダーが方向転換しても、その都度大きな弧を描きながらではあるけど、魔剣もしっかりと喰らいついて離れない。まるで獲物を追い続ける猟犬のように、決してライダーを放さない。

 ‥‥ルビーの助けを借りて転身している間はそれなりに魔力の量とかそういうのを感じ取ることができるんだけど、あの魔剣には空恐ろしくなるぐらいたくさんの魔力が込められている。それも、確実に士郎さん自身を上回る不可解な量が。

 つまり魔力が尽きるまで決して矢は止まらない。ひたすら、ひたすら、只主人の命のままに敵を追いかけ続ける。その喉元に喰らいつくまで。

 

 

「‥‥■ィ———■ァ———■■ァァ■ァ———ッッッッ!!!!」

 

 

 ———しかし、それも最上級の神秘の結晶の前には霧散する。これは後で知ったことなんだけど、士郎さんの取り出す武器は全部偽物なんだって。だから本物の純度には及ばないし、本物に競り勝てるというわけじゃない。

 だから、突然振り返ったライダーの、大気を振るわせ、劈くような悲鳴じみた叫び声と同時に放出された魔力に、士郎さんの赤原猟犬(フルンディング)は敢えなく競り負けて砕け散ってしまった。

 

 

「アレは‥‥宝具を使う気よ! 黒化した英霊がまさか‥‥逃げて!!」

 

 

 魔剣を弾いた魔力の奔流は、腕をだらりと下げた前屈みの姿勢になったライダーの前へと収束して一つの大きな魔法陣を作り出した。

 蜘蛛や蠍、蛇をあわせた鳥のようにも見える不気味な紋様に、さっき士郎さんが放った魔剣よりも更に数段上の怖気が走る。本能が逃げろと叫び、それでも私は咄嗟の事態に思考が完全に停止してしまう。

 

 

『くっ、宝具相手だと分が悪い‥‥イリヤさん退避です! 至近距離だと即死です、とにかく敵から離れてください!』

 

「早くこっちへ! 士郎イケる?!」

 

「何とか‥‥投影開始(トレース・オン)———!」

 

 

 全員が士郎さんの周りに集まって僅かな間に防御姿勢を整える。ルビーが物理保護と魔術障壁を全開に、凜さんが宝石を使って障壁を、士郎さんが何かの魔術の準備を始めた。

 それでも既に準備を終えたライダーの方が早い。見る間に赤く渦を巻くかのような魔力が魔法陣へと集まっていき、辺りの気温も急激に暖かさを吸い取られていくかのように凍りつく。

  

 

「くっ、間に合わないか?! 『熾天覆う(ロー・)———」

 

「『騎英の(ベルレ)———」

 

 

 ギョロリ、と一つ目に睨まれたような錯覚と共に、悪寒は最高潮へと達する。もはや私の背筋は破裂しそうなぐらいに怖気立っていて、手足はガクガクと震えるのを絶頂を越えた恐怖によって一回り越えてしまったぐらいだ。

 士郎さんの魔術も、わずか一瞬間に合いそうにない。もしかしてココで死ぬのかもしれないなんて、やけに現実味のない感想を自然に感じたそのときだった。

 

 

「———クラスカード『ランサー』限定展開(インクルード)

 

 

 突然、さっきの士郎さんの言葉みたいに唐突に、辺りに一人の女の子の声が響いた。

 

 

「『刺し穿つ《ゲイ》———』」

 

「■ィッ?!」

 

「『死棘の槍《ボルク》』!!」

 

 

 ヂリ、と大地をこする音と共に現れた一人の深い青色の女の子。

 手に持ったのは衣装とは正反対の深紅の槍。その槍が、まるで大地をこするようにしてライダーのサーヴァントの心臓へと突き刺さった。

 

 

「■ァ、■ァ■ァ———ッ?!!」

 

 

 さしものサーヴァントも心臓を貫かれては生きられないらしい。ライダーは掠れるような悲鳴を上げると、ガラスが割れるような澄んだ音を立てて眩い光を発し、一枚のカードへと姿を変えた。

 女の子は槍を一降りのステッキへと変えると、私が凜さんに見せられたランサーのカードにも似たそのカードを空中でしっかりと挟み取る。

 

 

「‥‥『ランサー』接続解除(アンインストール)。対象撃破、クラスカード『ライダー』回収完了」

 

 

 その女の子は、私によく似たデザインの衣装を身に纏い、ルビーによく似たステッキを持っていて、そして私の知り合いには誰もいないような、人形みたいな綺麗な顔に仮面みたいな無表情を貼り付けてただ立っていた。

 黒い髪に黒い瞳。どちらかというと地毛の黒髪に茶色とか金色とかが混ざっているクラスメート達や、日本人らしからぬ赤錆びた髪の色をした士郎さんとは違う純粋な黒。

 闇夜みたいな、っていう表現がよく似合う子だと思った。それは悪い意味じゃない。どちらかというと、そう、落ち着くっていうことだと思う。

 不思議と私はその子と見つめ合い、そしてその子から視線を外す。‥‥なにか、嫌われるようなことでもしちゃったんだろうか。

 

 

「‥‥ふぅ、冷や冷やさせてくれますわね、ミス・トオサカ。私達がいなければ貴女、死んでいましたわよ?」

 

「君というか、美遊嬢だろう遠坂嬢達を助けたのは。というより今回のは美遊嬢が咄嗟に機転を利かせただけで指示すら出してないし、いいとこなしだね俺達は痛い痛い痛い?!」

 

「だ・か・ら、なんだというのですかっ! 貴方は余計なところで一言多いんですわよ!」

 

「落ち着いてください二人とも。ほら、目を丸くしてますよ凜さん達も」

 

 

 続けて聞こえて来た声に女の子の後ろの方を見ると、そこにはまちまちな姿格好をした3人の大人の人がこちらに向かって歩いて来ていた。

 そうそう冬木では見ることのない鮮やかな金髪で青いドレスを着た女の人。小豆色の髪の毛で士郎さんよりも身長の高い女の人。赤茶けたジャケットと色あせたジーンズを着て、頭にすり切れた紫色のバンダナを巻いた男の人。

 男の人は金髪の女の人に耳を引っ張られて悲鳴を上げている。突然の急展開というか空気読めない展開というか、私は思わずぽかーんと驚きで馬鹿みたいに口を開けて立ちつくしてしまった。

 

 

「誰かと思えばルヴィアゼリッタじゃない。‥‥助力は素直に感謝するけど、誰よその子?」

 

「え、知り合いなの凜さん?」

 

「知り合いっちゃあ知り合いだけど、腐れ縁みたいなもんよ。‥‥まぁ言葉にするなら時計塔のクラスメイトってことになるんでしょうけど‥‥説明を求めるわよ、ルヴィアゼリッタ」

 

 

 私の後ろから歩いてきた凜さんが苦虫をかみつぶしたような、少し安心したかのような複雑な表情で新しく来た女の人‥‥ルヴィアゼリッタさんに話しかける。

 ルヴィアゼリッタさんは男の人の耳を引っ張るのに飽きたのか、漫画やアニメ以外では初めて見る縦ロールを横にかきあげると体を半分こちらに向けて、今度は私の方をじろりと見る。

 

 

「‥‥こちらとしても聞いておきたいことは多いようですわね。事態の説明は望むところですが‥‥とりあえず話し合いはこの陰気な場所を抜け出してからにいたしませんか?」

 

 

 周りを見ると、格子状の壁みたいな囲いにぴしりぴしりと激しい勢いでひび割れができつつある。気のせいか地面も地割れのように罅が入っているし、地鳴りみたいな恐ろしげな音も聞こえてきている気がする。

 

 

『あらー、原因(カード)を取り除いたので境界面が閉じようとしているみたいですね』

 

「‥‥サファイア」

 

『はい、マスター。半径6メートルで反射路形成。通常界へ戻ります』

 

「!」

 

 

 女の子の持ったステッキから落ち着いた女の人の声がして、私達が鏡面界に入って来た時と同じような魔法陣が足下に広がる。大太鼓を叩いた時みたいな重低音と共に光があふれて、次の瞬間、私の視界はさっきみたいにぐるりと大きく反転した———

 

 どうやら、面倒事は、まだたくさん残ってるみたいだ‥‥。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 時刻は午前0時をまぁまぁ過ぎたぐらいといったところ。昨夜と同じく夜に吹く風は寒い。

 辺りは真っ暗で人気は無く、小鳥もカラスもコウモリも眠ってしまっているらしく生き物の息づかいすら聞こえなかった。

 まぁそれも深夜の学校という立地を考えれば当然のことで、そんな人気のない校庭のド真ん中で俺達は互いに睨み合うようにして真っ二つに分かれて立ちつくしていた。

 もちろんどちらの派閥にも相手と敵対する意志はない。ルヴィアも遠坂嬢も確かに中が悪いっちゃあ中が悪いけど、それでも大事な任務の間に無闇やたらと喧嘩をする程分別がないわけじゃないのだ。

 と、順序が逆になってしまったけど、校庭に確認できる人影は総勢七人。それなりに大きな影が三つと、少し小さな影が二つ。それらよりも小さな影が二つとなかなかにおもしろい組み合わせである。

 近づいて見れば人影の身長だけではなく、実際の姿からも異様な組み合わせであることが分かるだろう。冬木どころか日本でも滅多にみない様々な国籍の外国人3人に加えて日本人が4人。しかもそれぞれ一人ずつ、奇抜な衣装を身に纏った年端もいかない少女が混ざっているのだ。

 

 

「‥‥えーと、なにがどうなってるのかさっぱりなわけなんだけど‥‥?」

 

『あらあらあら、まぁまぁまぁ。とりあえず私に言えることは、どうやらサファイアちゃんの方もステキなマスターを手に入れることができたみたいだってことですねぇ』

 

 

 そのうちの一人、ピンクを基調にした可愛らしさを全面に押し出した衣装を身に纏った銀髪赤目のアルビノの少女が口を開いた。怖ず怖ずと手を挙げるその様子からは容姿に反してあまりにも普通の少女という印象が感じられる。

 もちろん俺は知らない子だ。こちらも美遊嬢を伴って来ている以上は他のことを言えた義理ではないわけだけど、なんというか、予定調和にも似た流れというものを感じてしまう。

 

 

「‥‥とりあえずは互いに自己紹介ってところかしらね」

 

「って、この状況で悠長にそういうこと言える君はすごいね遠坂嬢‥‥」

 

「まぁそう仰らないでショウ。ミス・トオサカに迎合するわけではありませんが、私も私もと主張し合っていては埒があきませんし‥‥。———ゴホン、私はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。ミス・トオサカとは時計塔の方で一緒の学科に通っておりますわ」

 

 

 まず最初に、遠坂嬢の視線を受けたルヴィアが促されたわけでもなく自分から銀髪の少女に向かって自己紹介を始めた。ハーフにも見えないぐらい完璧に外国人のように見える女の子は不思議と外国式の握手が慣れないのか少々慌てながらルヴィアの手をとった。

 もう片方の手には当然のように自称マジカルステッキであるルビーが収まっていて、左右に前後に揺れ動いて不愉快さを増加させている。彼女はそこまで嫌いなわけじゃないんだけど、流石にこれは空気嫁と言わざるを得ない。

 

 

「私はバゼット・フラガ・マクレミッツ。魔術教会で封印指定の執行者をしています」

 

「蒼崎紫遙だ。遠坂嬢達の同級生だよ。よろしく」

 

 

 今まで気づけば、俺は同年代か年上かとしか接したことがない。伽藍の洞で知り合った鮮花や藤乃君は確かに年下ではあるけれど、それでも同年代と数えてかまわないだろう。

 今まで倫敦に来たこともあってか、誰かと握手をする機会はそれなりに多かった。それでもやっぱりこんなに小さな女の子の手を握ることは無くて、やけに小さい手に微妙にドギマギしてしまうのを抑えられない。

 

 

「あ、どうも丁寧に初めまして‥‥。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンっていいます。どうぞよろしく」

 

 

 それは何の変哲もない自己紹介である、はずだった。少し怖ず怖ずとしながらも、それでもその少女は礼を尽くした年相応の態度で初対面の年上を相手に自己紹介をしただけであったはずなのだ。

 ただし、彼女の口から飛び出たルヴィアにも匹敵する少々長めの名字に———俺を含んだ若干三名の初対面の年上達は、完全に凍り付いてしまった。

 

 

「アインツベルン‥‥ですって‥‥?!」

 

「?」

 

 

 最初に再起動を果たしたのは彼女の口から出た名字と同じくらいの名門出身であるルヴィア。その足は一歩下がり、油断なく身構えながらポケットの中の宝石に手を伸ばしている。

 

 アインツベルン。

 欧州に限らず魔術教会においても、神代の時代から連綿と魔術を伝えている名家と呼ばれる圧倒的な著名をもって知られる家はいくつか存在する。

 例えば現在の魔導元帥であり、時計塔の学長補佐を務めるバルトメロイ・ローレライ。彼女の生家であるバルトメロイ家は、魔術教会の重鎮でありながら内情が殆ど分かっていない。それでいながら、バルトメロイの家の名を持つ者が出てくれば、最上級の魔術師として既に完成されているのだ。

 エーデルフェルトも魔術の家としてはかなり有名な方に入る。‥‥どちらかといえば悪名に近い部分はあるんだけど、それでもその能力が疑われたことは一度たりともない。ついでにいえば第二の魔法使いである宝石翁の家系でもある。

 『伝承保菌者(ゴッズ・ホルダー)』であるバゼットのフラガの家は、魔術教会にこそ所属していないけど間違いなく神代の時代から連綿と続く最古の家だ。当然ながらバゼットが執行者として魔術教会にやってきてからの情報しかないから詳しいことは分かっていないけど、その存在だけは昔からしっかりと語り継がれていたらしい。

 

 そして、アインツベルンだ。

 その歴史は他の名家達にも勝るとも劣らない。ラインの黄金関連の魔術に長ける独特の錬金術や人工生命《ホムンクルス》の研究で知られる彼の家は、実に先年以上の歴史を持っている。

 更に純血を保ち続け、外部との接触も殆どを禁じ、過去に手が届きかけた第三法をひたすらに追い求め続けるその執念は先年の間にもはや他の魔術師をして異常と言わしめる程に完熟した。分家も持たず。これは魔術が時を経るにつれて必然的に薄くなってしまう常識から鑑みれば、実際かなり異常なことであるのだ。

 そんな押しも押されぬ、それどころか何処からどうやって押したらいいかも分からない旧家の名字を持った少女の唐突な出現。

 さらには嫁にも出さず婿も取らず、分家を持たずに純血を保ち続ける一族なれば、かなりの高確率で直系かそれに限りなく近い血縁の者。

 ましてやアインツベルンは過去に一度魔法に手が届きかけた、それこそエーデルフェルトよりも一歩先を行く一族である。ルヴィアの警戒度は一気にMAX近くまで跳ね上がった。

 

 

「イリヤ‥‥スフィール‥‥?!」

 

 

 ルヴィアもバゼットも驚いている。いきなり目の前に外国の皇族がひょっこり現れたみたいなもので、特に魔術師としての世界にどっぷり浸かっていた彼女達だからこそ仰天動地とまではいかずとも一瞬フリーズするには十分過ぎる。

 しかし魔術について全くと言って良い程に知識のない美遊嬢はさておいて、この三人の中で最も驚愕していたのは他ならぬ俺だった。

 思わず呟いたのが家名ではなく名前の方だったのから分かる通り、決してアインツベルンだから驚いたというわけではない。さもありなん、俺にしてみれば彼女は異国の皇族なんてものではなく、正しく会うはずのない死人だったのだ。

 

 

「ん、どうかしたの蒼崎君? どこはかとなく様子がおかしいように見えるけど」

 

「え、あぁいや、うん、別に何でもないよ遠坂嬢。ほら、まさか魔術の名家の中でも指折りの引きこもりで知られるアインツベルンの血族に日本でお目にかかるとは思いもしなかったんでね。ちょっと驚いちゃっただけさ」

 

「‥‥確かにそうですわね。しかしエーデルフェルトの調べによれば、確かアインツベルンはミス・マトウやミス・トオサカと並んで冬木《フユキ》の聖杯戦争を創り上げた御三家の一つだったはず。他の地で見かけるよりは自然と言えますわ。‥‥というよりミス・トオサカ、彼女は貴女のどういった知り合いですの?」

 

 

 怯えすら含んだかのような驚愕を不審に思った遠坂嬢に焦りながらも言い訳した俺に続いて疑問の声を発したルヴィアの言葉に、遠坂嬢は一気に渋面を作る。

 かなり深刻な空気を漂わせながらちらり、とイリヤスフィールの方を見る遠坂嬢の様子に、あまりの衝撃に完全にフリーズしていた俺も何とか再起動を果たし、深刻な視線の先を見た。

 俺達が受けた衝撃を見て心底から動揺し、あまつさえ俺達にも似た怯えの色を顔に滲ませる少女の姿は、少々罪悪感というか、気を使えなかった俺達の余裕の無さを指摘しているかのようで恥ずかしい。

 

 

「‥‥一日経っちゃったことだし、一先ずお互いに状況を整理しない? 正直、こっちとしても色々と聞きたいことはあるのよ。‥‥その青い衣装の女の子のこととかね」

 

 

 遠坂嬢の視線が俺達のちょうど背後にて無言で立ちつくしている少女へと向かう。先程サファイアの指示に従い的確に反射路を形成して俺達を鏡面界から現実空間へと連れてきた美遊嬢だ。

 一日程度を彼女と過ごして分かったのは、やっぱり年齢不相応の落ち着いた物腰と、それに反して自分の予想していなかった———と思われる———事態に遭遇した時の、可愛らしい慌てぶり。このギャップは彼女の無愛想とも言えるぐらいの普段の様子すら魅力的にすら思わせる程にほほえましい。

 そして何より魔術師として彼女の能力を純粋に評価すれば、そういった慌てふためいている時にさえ彼女は戦場を共にするには十分に過ぎるという高いものになる。子供ってことをさっ引いても、ね。もちろん色々と不安要素はあるわけだけど、こっちで十分フォローできるし。

 

 

「‥‥美遊嬢?」

 

 

 そして非常に短い顔見知り程度の仲ではありながらも、俺がそんな評価を下した美遊嬢の今の様子はといえば、全く持って俺が期待していたような冷静沈着な態度ではなかった。

 目を見開き、足は震え、そのくせ手はサファイアを取り落としてしまいそうでありながら力強く握りしめている。さっきの俺とは違って恐怖は混ざっていないながらも、驚愕の度合いで言うなれば匹敵、いや、ともすれば凌駕すらしているだろう。

 あまりにも彼女らしくない。というか誰であっても彼女の異常を見抜けるに違いない。

 俺はそんな彼女がいったい何に驚いているのかと視線の先を追おうとして———先んじて俺の視線に気づいたらしい美遊嬢が顔をすぐさま下へと向けてしまったがためにその正体を知ることは出来なかった。

 

 

「ミユのこと、ですの?」

 

「そうね。どうやら彼女が貴女に代わってサファイアのマスターになったみたいだけど‥‥まさかサファイアの暴走なんてことはないだろうし、そっちでは一体何があったのよ?」

 

「‥‥どうやらそちらでは一悶着あったみたいですけど、こちらもまぁ中々に複雑な事情がありましてね、凜さん。少々込み入った、長い話になってしまいそうですよ」

 

 

 イリヤスフィールの件に続いて新たな思案の種を抱えてしまった俺の疑念は、遠坂嬢の露骨に不可解とでもいいたげに眉をひそめた様子に対してのバゼットの言葉に中断されてしまった。

 苦笑いしながらも目だけは真剣に遠坂嬢へ言ったバゼット。美遊嬢とサファイア、ひいては俺達との出会いは結果的に良い方向に転がったとはいえ、彼女自身の色んな事情も含めてそう軽々しいノリで話せるようなことではない。

 ついでに言うなれば、どうやら遠坂嬢の様子から察するにあちらの方もアインツベルンとか、イリヤスフィールとかをさっ引いて中々に複雑な事情が絡んでいるらしい。彼女のスタンスとして必要もないお家事情を俺達に話すことはないと思うから、多分、俺達にも関係する話なんだろう。

 

 

「そうね、じゃあとりあえずそっちの子も含めて、お子様組は二人ともいったん家の方に帰してしまいましょうか。あんまり子供達に聞かせるような話じゃなくなりそうだし」

 

 

 ちらりと俯いて表情を隠してしまった美遊嬢の方を見た遠坂嬢の言葉に、俺達も互いに顔を見合わせる。イリヤスフィールは知らないけど、美遊嬢は予備知識無しの状態で俺達の話についてこれるだろう。‥‥そうルヴィアの目は言っていたんだけど、俺は美遊嬢の怪訝な様子を見てしまったから首を横に振った。

 

 

「‥‥わかりましたわ。美遊、サファイア、ホテルへの戻り方はわかりますわね?」

 

「はい。しかし私がいなくても大丈夫ですか? 戦闘に必要な打ち合わせならば———」

 

「あぁ、気にしないでくれ。これはちょっとした、そうだな、魔術関係のことでね。君の耳に入れておく必要がある情報が出たらまた後で連絡するから。今日は練習無しで初めて宝具を使ったことだし、万が一を考えて君には休息を取っておいて欲しいな」

 

「‥‥そうですか、了解しました。では先にホテルへ戻っておきます」

 

 

 俺の言葉に食い下がるかと思った美遊嬢は、しかして頑固さを見せずにぺこりとお辞儀をすると踵を帰して正門から学校を出て行った。転身は解いて、今日の昼間に買ったシンプルながらも清潔で品の良い服へと戻っている。

 どこはかとなく不満げな色を背中に湛えているような気もしたんだけど、意外に歩幅が広いのかすぐに遠ざかってしまったがためにしかと確認することはできなかった。‥‥ちょっと、不安に思わないでもない。初めての庇護対象だからかな?

 

 

「それじゃあこっちは俺が送ってくか。いくぞイリヤ」

 

「え、いいの士郎さん?」

 

「おう。まぁ色々と問題あるから近くまでだけどな。なんなら窓まで持ち上げて跳んでやろうか?」

 

「い、いいよ別に! 勝手口の鍵持ってきてるから、途中までで大丈夫!」

 

「そうか?」

 

「うん! それにほら、セラとかリズとかにうっかり遭っちゃったら大変だしね」

 

 

 こちらもまた転身を解いて落ち着いたものながらも年相応の可愛らしい格好をしたイリヤスフィールに衛宮が声をかけ、送っていくと申し出る。

 それを聞いたイリヤスフィールはやにわに慌てだすと、それでも衛宮が頑固であると分かっているかのように諦めて今度は嬉しそうに頷いた。

 

 

『んー、私としてはそちらでも面白そうなので大いに結構なんですがねー。深夜に兄妹で逢い引きなんて、魔法少女的に心踊る展開だと思いませんか? あはー』

 

「アンタは黙ってなさいこの不愉快型魔術礼装! 心躍るのは魔法少女じゃなくてアンタの基準でしょうが! ていうか私達の堪忍袋が怒り狂って踊りまくるわよ!」

 

 

 これまたサファイアと動揺に柄を格納して携帯状態になったルビーが相変わらずのテンションでくるくると周りながら嬉しそうに笑い、それに遠坂嬢が噛み付いて左手の指先から盛大にガンドを撒き散らした。

 やっぱり遠坂嬢は衛宮やセイバーやルヴィアとかの、気の置けない友人達と一緒にいる時が一番生き生きしてる。そしてルビー相手にキレてる時は何気にもっと生き生きしている。

 

 

「‥‥羨ましいですね」

 

「何か言ったかい、バゼット?」

 

「いえ、私にもあのようにランサーと話す機会がもっとあれば良かったと思いまして‥‥。いえ、望んでも、望む資格すらないのは分かっています。マスターの義務として彼を守りきれなかった私が、そのようなことを望んでも自業自得というものでしょうから」

 

「‥‥そう自嘲的になることはないと思うけどね。確かに失敗を悔やむのは悪いことじゃないけど、自制と自嘲は違うよ。きっと自虐も、さ」

 

「‥‥紫遙君にそう言ってもらえると、少しは気が晴れた気がします。やはり、冬木に来て色々と動揺の種が増えすぎたみたいですね」

 

 

 ルヴィアがなおもガンドを去りゆくルビーと、ついでに衛宮へもぶっ放している遠坂嬢を宥めているという珍しい構図を見ながら、俺は隣で自嘲気味な笑みを漏らすバゼットの横顔へと視線を巡らせる。

 人間、もはや精神的外傷(トラウマ)にも近い衝撃的な出来事は早々忘れることはできない。いや、そもそも人間には忘れるという機能は備わっていないのだ。なにせ、記憶は魂に刻み込まれるものなのだから。

 だから要するに俺達に求められているのは、その記憶とどうやって折り合いをつけていくか。もしくは、その記憶をどうやって自分の生き方に反映していくかだ。付け加えるならばそれには良いも悪いもない。

 だけどやっぱり自分は、ましてや友人には悩みながらも真っ直ぐに後悔しない生き方をして欲しいから、俺は浅い見識ながらも自分が思ったことを口にした。世辞かどうかは分からないけれど、しっかりと前を向いたバゼットの言葉もまた、俺を喜ばせてくれる彼女らしい答えであった。

 

 

「そうはっきりと言われると照れるなぁ‥‥。まぁ、今は自分の悩みは脇に置いておこうよ。どうも悠長に思案に耽ってる時間はないみたいだしさ」

 

「ですね。最初からわかりきっていたことではありますが、やはり今回の任務は一癖どころではなさそうだ。今日までで一日一回以上はそう思い直してきましたが、そのたびにしなくてはならない覚悟の量が増えていくというのもそうそう無い経験ですからね」

 

 

 バゼットの呆れたような口調ながらも、露骨に今回の一件を自分の経験に照らし合わせても困難だとする台詞に、俺も苦笑混じりの溜息で返してみせる。なんというか、もうこうやって笑うぐらいしか返しようがないのだ、お互いに。

 見ればイリヤスフィールは既に学校から完全に離れてしまったようで、憤然やるかたなしといった様子の遠坂嬢が未だルヴィアに宥められている。うん、本当に珍しい構図である。

 

 突然現れた、死んだはずのイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。未だ俺の不安の種となって頭の中に残っているエミヤの言葉。そして偶然にも知り合った美遊嬢の不審な態度。

 全てに答えが出ないまま、事態はそれでも無情に進み続ける。しかも俺達には考える時間がそれなりに与えられていて、それが逆に苦痛であるのもまた事実だ。なにせ、それでもこの問題の解を得るためには時間が少な過ぎるのだから。

 それでも進み続ける事態は俺達の管轄である。俺達がなんとかしなければ、下手すれば世界を巻き込んだ大惨事になりかねないのである。‥‥フゥ、困ったもんだ。

 溜息をつくと幸せが砕け散る‥‥半年ぐらい前に青子姉からそう言われた気がするけど、だとしたら今の俺の状況はやっぱり今までの溜息の分のツケなんだろうか?

 そんな魔術師らしからぬ馬鹿げた考えを抱きながら、俺は彼女自身としても珍しい状況だからか遠坂嬢を扱いかねているルヴィアに助太刀するために、自然と重くなる足を引きずって穂群原学園の正門の近くへと歩き出したのであった。

 

 

 

 58th act Fin.

 

 

 




とりあえず気がついたら紫遙君は順調に美遊によって攻略されつつあります。一体どうしてこうなった?
予定では彼女は士郎と絡むはずだったんだけど‥‥あるぇー?(゜Д゜)

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