なお、改訂版ではしっかりドイツ語に戻っています。
side Rin
聖杯戦争の勝利者として、士郎とセイバーを伴って時計塔へやってきてから早数週間。
特待生として魔術師の最高学府への入学を許された私は、正直に言ってしまえば柄にもなく舞い上がっていたのかもしれない。
最上級の使い魔と言うべき英霊と、固有結界の保持者にして剣製の魔術使いを弟子に持つ。
なおかつ宝石翁の系譜である私みたいな魔術師は、時計塔広しと言えどもそうそうはいないという自負があった。事実としてその通りだったし。
なにより‥‥その、恋人との時間に邪魔が入らない生活なんてものにかなり色々と桃色の補正が入っていたというのも、またどうしようもない程事実なのだろう。
え? セイバー? いや、その、彼女は私の使い魔であって、あくまで士郎の剣なんだし。
私はあのコも好きだから何なら二人で共有してもって何言ってるのよ私は。
「失礼ながらミス・エーデルフェルト。貴女と私の間には大きな見解の相違があるようですわね。そもそも一種類の宝石で構成された魔具では、効果範囲の応用性が期待できないのではありませんこと?
多数の宝石を組合せれることによって多様な魔術効果を生みだすことこそ、宝石魔術師の腕前といったものだと」
私が時計塔に来た目的は、優良な実験環境とスポンサーや伝手の確保、本分である最新の魔術知識の習得など沢山ある。
だが、正直時計塔の学生や魔術師達を見下していたと言われても反論できない。
あの聖杯戦争を勝ち抜いたからと驕っていたと言われても仕方がない。
確かに時計塔は旧態依然とした保守思想の魔術師達の温床と言っても過言ではなく、実際にそんな連中が自分の利権を守るべく権力闘争を繰り広げている場所でもある。
そういうのは本来ならば孤高の賢者たるべき魔術師のすることじゃない。そう思っていた。
「お言葉ですがミス・トオサカ。このように小型の魔具では不用意に応用性を持たせると、その分効果が薄く、器用貧乏になってしまいがちですわ。
それならばいっそのこと機能特化型の魔具を多数用意する方が実際の理に適っているのではなくて?」
それでもここ、時計塔は世界中に数多散らばる魔術師達の最高学府。
こればかりは自惚れでも慢心でもなく、一流の魔術師たらんとする私に匹敵する人材というのもたしかにいた。
ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。
私の天敵である。
◆
「あら、今はこの魔具に対する考察だったのではなくって? 論旨がズレていましてよ? ミス・エーデルフェルト」
「魔具が単一の効果しか持ってはいけないという法律はございませんわ。歴史を紐解いてみても、少なくとも二種類か三種類の効果を持たせる魔具は当然のように存在致しますもの」
「私は”この”魔術具についての話をしているんですよ、ミス・エーデルフェルト?
いいですか、今回私たちが設計している魔術具には
「そんなことは基礎講座の学生でも知っております。
ここでこそ先ほど私が提唱した理論を用いるのです。容量限界の微少な魔力周波を見極め、宝石の固有魔力振動数を共鳴させれば限界を超えた出力を得ることが可能ですことよ」
「もちろん存じ上げていますが、それは宝石の耐用年数、いえ、耐用日数を大きく削ります」
「メンテナンスを欠かさなければ、それも
十分に伸ばす事が可能ですわ」
「今回の実験で目的とする魔術効果を発揮するには、メンテナンスフリーな持続的使用を目的とした魔術具が適しています。それはナンセンスな回答ですよ、ミス・エーデルフェルト」
「貴女こそ目的に縛られて柔軟な発想が出来なくなっておりますわ、ミス・トオサカ」
‥‥さて、現存する第二魔法の実現者が得意としたことから、それなりに受講者の多い鉱石魔術学科だけど、前回の講義で初めてかち合った二人の学生の喧嘩により、決して狭くない講義室は跡形もなく、まんべんなく真っ黒焦げになってしまっていた。
片や六代を重ねる極東の魔術の家、遠坂家の現当主。
そして七体の英霊を召喚して戦わせるという前代未聞の大儀式である聖杯戦争の勝利者。
片や北欧の大貴族、地上で最も美しきハイエナの異名を持つ天秤の家系、エーデルフェルトの現当主。
現在の時計塔の主席であり、歩く姿は白鳥、立つ姿は白薔薇、魔力の煌めきはルビーにも例えられる完全無欠のお嬢様。
極東からの鳴り物入りの転入生と同じく
まだまだ未熟とはいえ、狭き門をくぐり抜け、日々研鑽に励む時計塔の学生達の中でさえ、彼女達二人の実力は際立っていた。それこそ並の講師ならば尻尾を巻いて逃げてしまうくらいに。
だけど、何より不幸だったのは、二人の天才の相性が、この上なく悪かったことだろう。
「大体なんですか、この小粒な宝石は! 無礼を承知で言わせて頂きますがミス・トオサカ。このように小粒の宝石ばかりを複数個使用することこそ、魔術具の
まぁそれでもなんとかめでたく代わりの講義室を手配することに成功し、鉱石学科は今日から通常講義を再開した。
あの凄まじい惨状を見れば察してあまりある、喧嘩と称するのも生易しい戦争に遭遇してしまった教授は一時期本気で職務放棄を考えたそうだけど、そこは他の教授陣と俺が必死に励ますことでこと無きを得た。
‥‥他の教授達は
一方俺はルーン科の教授から『あんなトコロにいることはない』と散々引き留められたんだけど、流石にそういうわけにもいかないから追い縋る教授を振り切ってやって来た。
なにせ俺がいなくなってはルヴィアが一人になってしまう。
まぁ今は衛宮や遠坂嬢がいるからそうでもないかもしれないけど、ちょっと前の彼女は本当に俺以外の知り合いがいなかったからな。
「そもそも容量の大きい貴石に魔力を詰め込むことができれば問題はないのでしけれどね。ああ失礼、ミス・トオサカではそのような高価な宝石は用意できませんでしたわね?」
「‥‥っ! あ、あら、ミス・エーデルフェルトこそ、宝石は高価ければいいというものではございませんのよ? 高価い宝石にがむしゃらに魔力を込めるだけでしたら、基礎講座の学生にでもできることですしね」
「な、なんですって‥‥!」
ちなみに俺が今何をしているのかと言うと、鉱石学科の残り全員で自分達の周りにせっせと全周防御結界を書いているところ。
先日の教室の惨状から鑑みるに、これだけ強固なモノでも足りるかどうか‥‥。
そして辛くも鉱石学科一同が最後の陣を書き終えたその時、遂に戦いの火ぶたは切って落とされた。
「‥‥そうですの、そうですのね。やはり一度しっかりと白黒つける必要があるようですわね」
「魔術師ってこう言う時便利よね。しのごの言わなくても、戦ってみれば分かるんだもの‥‥!」
互いに指の間に宝石を挟み、片方の指を銃口と見立てて突き付ける。
誰がゴングを鳴らしたわけでもなく、同時に魔弾が火を吹いた。
「Anfang
「Target Lock《標的捕捉》, Let's Fire《撃ち方始め》―――!」
戦地もかくやといった密度で飛び交う砲火に晒され、鉱石学科の講義室にいた者達は例外なく悲鳴をあげた。
総力をあげて張った結界も狙いもせずに飛んで来た宝石によって難無く破られ、今は誰がが強化した机に、更に俺が
「うわぁぁぁああ?! な、なんとかしたまえミスタ・アオザキ!」
「そうだ! ミス・エーデルフェルトは君の友人だろう?!」
「無茶言うな! あくまとけものが暴れてるんだぞ?! 止めたかったら降霊科の連中に頼んで抑止の守護者でも喚んで来い!」
とりあえずエーデルフェルト関連に関してはアオザキに一任という姿勢を今までとっていた教授が必死の悲鳴をあげる。
いやね、ルヴィア一人なら俺もなんとかなだめられる可能性はあるさ。でもあそこには今二人いるんだぞ?
それこそ
さて、どうする?
衛宮は却下。今あの三人が鉢合わせするのはあまりにも危険すぎる。
ともすれば全て衛宮に押しつけることで俺達は窮地を脱することも可能かもしれないけど、その時の彼に向けられた色々なモノの余波は、下手をすれば
セイバーは確か午前中はびっちりと賃仕事が入っているとこの前聞いた覚えがある。
間違いなくブリテンの危機だって言うのに、嘗ての、そして未来の王は一体何故現れないのか。
脳裏に美味しそうに職場の先輩にもらったスコーンをほおばる騎士王の姿が浮かんだが、続けて飛んできたカーマインの爆弾によってすぐさまかき消された。
「Ein KÖrper《灰は灰に》 ist ein KÖrper《塵は塵に》―――!」
「Powerful !《力強く》 Brow and Drain the water《水を斬り裂く風よ》―――!」
二人の魔術は更に激しくなっていく。
本当にこのままでは抑止の守護者でも現れかねない程の嵐に、俺達は頭を付き合わせて全力で解決する方法を相談し始めた。
そういえば前回はどうやって収まったんだっけ?
誰かがそんなことを言って、みんなが一斉に俺の方を向く。
「ちょ、ちょっと待て! まさかお前達俺を生贄にするつもりじゃ――?!」
「尊い犠牲だ。君のことは忘れないよ、ミスタ・アオザキ」
「ファイトだ、サー・シヨウ。君は勇者だ。英雄だ。男なら、誰かのために強くなれ」
教授を含めた全員が俺の肩を万感の思いをこめてポンと叩く。正直涙が止まらないよ、俺。
かなり強固な
そもそもココは性格から戦闘向きじゃない奴ばっかり集まっているところだから、仕方がないことではあるけど‥‥。
周りの戦友達が同様の涙目で俺を見る。
それはまるで明日アメリカの空母に決死の思いで爆弾を抱えて特攻する同期の桜を見送る海軍軍人のようであり、そういえば英国って海軍のメッカだったっけなんてどうでもいいことを考えた。
「‥‥ええい、なるようになれだ! Drehen《回せ》 und Starken《強化》 Mit Waffen wahrt sich der Mann《男子は武器でこそ身を守るものぞ》―――!」
不慣れな全身強化の呪文を唱えると、俺は机の陰から飛び出して的になるタイミングを伺う。
できれば双方の弾丸を同じだけ、ちょうど真ん中になる位置で喰らった方がいいだろう。
二人の動きを見極め、いざ! と肚をくくって足に力をこめたその時だった。
「あー、失礼。ここにミス・トオサカはいるかね?」
「ロード・エルメロイ?! どうしてこんなところに?!」
突然扉を開けて講義室に入って来た男がいた。
その名をロード・エルメロイⅡ世。
プロフェッサー・カリスマ、マスター・V、グレートビッグベン☆ロンドンスター、アーチボルトの救世主、新なるエルメロイ、女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男など、数々の異名を持つ有名人である。
その実態は征服王マニアのゲームヲタクであるわけだが、こと他人を教えるということについては彼の右に出る者はいない。
生来の努力家であるが故の豊富な知識に、各方面へと散って行った教え子達の伝手の豊富さなど。
彼に教われば間違いなく大成すると言われる超大物なのだ。
俺も一時期彼から師事を受けていたことから結構知らない仲ではないが、最近は独り立ちしてしまったのであまり会っていない。
「ロード! 危険です、下がってください!」
生徒の一人が半ば悲鳴混じりの忠告の声をあげる。
自分達のまさに目と鼻の先で繰り広げられているのは、この狭い空間に局所的に発生した大嵐。
俺達が束になっても太刀打ちできない、もはや天災レベルのそれに、魔術師としては非才な彼ではとても抗う術はない。
「なっ?! これは一体何が起こったんがるがふぅっ?!」
「ロードォォォオオオ?!!」
言わんこっちゃない。
例の如く見当外れの方向へと飛んだ魔弾《ガンド》がカリスマ教授の額に直撃し、ロード・エルメロイⅡ世は不可思議な悲鳴をあげると後頭部を床へと一直線にダイヴさせた。
理不尽な状況に零した涙がキラキラと美しいシュプールを描く。彼にはきっとランクAのギャグ補正がかかってるに違いない。
「え?! ロード・エルメロイ?!」
「ロードですって?! まさかこの人教授?!」
流石にヤバイ人を撃ち倒してしまったことに気づいたらしいルヴィアが冷や汗を垂らしながらロードに近寄る。
遠坂嬢はまだ彼と面識がないらしいが、途端に慌てたルヴィアの様子にかなり上の地位にいる人物だと勘づいたらしい。同様に泡を食って走り寄った。
「ロード! ロードしっかりして下さい! うわぁぁどうしてくれるんだエーデルフェルトにトオサカ! ロードに何かあったとしれたら彼の弟子達が大挙して鉱石科に攻め寄せてくるぞ?!」
「誰か! 衛生兵! 衛生兵を呼べ! 気をしっかり持って下さいロード! 大丈夫、傷は浅いですよ!」
時計塔一の有名人が倒れるのを見た生徒達がわらわらと机の陰から這い出して来た。
教授は治癒術と解呪術が使える生徒にロードの治癒を命じると、急いで救護室へと駆けていく。さっき生徒の一人が言ったことは冗談や何かではない。彼になにかあったら、鉱石学科は時計塔の実力者達を全員敵に回すことになるだろう。
「えーと、蒼崎君? もしかして私、ヤバイ人のしちゃったかしら?」
「遠坂嬢、とりあえず私財をまとめる準備はしておいた方がいいかもしれないよ」
俺はいかにも不憫といった風を装うと、遠坂嬢の肩にポンと手を置いた。
まぁ多分日本(のゲーム)贔屓でくだらない争い事を嫌うロードのことだから大丈夫だとは思うけど、万が一ってこともあるし。
簡単にロードの経歴と人柄とその人望を俺から聞いた遠坂嬢は顔を真っ青にすると、急いで手元の宝石を使って治癒に参加し始めた。
しかも彼、第四次聖杯戦争にも参加してるしな。ついでに言えば彼のサーヴァントであり王であるライダーは遠坂時臣のサーヴァントであるアーチャーこと英雄王ギルガメッシュの手にかかっている。
その遠坂の者によってこの世を去ったと知れば死後も幽霊になって祟りかねない。
なにより来月はアドミラブル大戦略の新作の発売日だし。
「ロード?! ロード?! 一体何があったのですかプロフェッサー・V! おのれ、コレはロードの人気を妬むどこぞの誰かの陰謀か‥‥!」
「待ってぇぇぇ! お願いですからどうか早まらないでください先輩ぃぃぃ!」
結局治癒学科から駆けつけた教え子によって彼はなんとか意識を取り戻し、ついでに前後数分の記憶を失っていたため、ルヴィアも遠坂嬢もお咎めを受けずに済んだ。
これによって鉱石学科の中では『トオサカとエーデルフェルトがかち合う授業には出席するな』という不文律が自ずと暗黙の了解のうちにまかり通るようになる。
彼女達が重なる授業に関しては後で教授がこっそり補習をするそうだ。
それにしても出なきゃならない生徒達はいるようで、結局彼女達の戦争を終わらせるには誰かしら生贄が必要なのではないかと、今の内から対策会議が開かれているらしい。
俺は、今さらながらルーン学科に残っていればよかったかなぁと、少しだけ後悔したのだった。
6th act Fin.