UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

82 / 106
当時のエイプリルフール企画として書いた作品です。あとがきは当時のものをそのまま載せてありますのっで、ご注意を。


番外話 『魔女達の挽歌』

 

 

 

 

 

  

 不思議の国に迷い込んだアリスが此処にいたなら、その懐かしさに目を細めたことだろうか。

 

 それとも再び訪れることになってしまった異界に怯え、震えたことであろうか。

 

 異なる世界‥‥。世界というものが自らの所属する唯一絶対の基盤であるとするならば、それが異なるものへと変わった場合はどういう感覚に包まれるのだろう。

 

 今まで海水の中で生活していた魚が、淡水の中に放り込まれるようなものかもしれない。ともすれば死に直結しかねない変異。

 

 自分に対しての外界という客観的な判断基準が一変してしまえば、自分自身の主観的判断基準にも影響する。

 

 既存の法則を全否定する異界。外界に対する認識の全てが塗り替えられることで、自分すらも揺らぐ。

 

 悪い夢を見ているならどれほどまでに良いことか。そんな光景が、目の前に広がっていた。

 

 

———なんてこった、悪夢でも見てるのか、俺は

 

 

 彼もまた、アリスの心境を明確に投影(トレース)した一人だった。

 

 やや堅めの黒髪を適当な長さで切り揃え、他に比べて微妙に長い前髪をバンダナで上にあげている。

 

 古めかしいミリタリージャケットは比較的細い体つきをしている彼には残念なことに似合ってはいないが、それでも長年連れ添っているのだろう、似合わないなりに最大限に着こなしていた。

 

 

———これは明らかに異界‥‥!

———けど、何の魔術の発動も感知しなかったぞ

———いったい、なんだっていうんだ

 

 

 ミリタリージャケットの下は、頑丈そうな素材のシャツ。そしてその下はダメージ加工なんて洒落た言葉とは無関係な傷だらけのジーンズだ。

 

 全体的に無骨、あるいは無精な格好に比して、左腰に提げた小袋(ポーチ)がやけにアンバランスな雰囲気を醸し出している。

 

 よくよく注意深く見れば背後には小刀も差してあるのだが、上手に隠しているから見破られることはないだろう。

 

 

———いや、この感覚には覚えがあるような‥‥

———もしかして衛宮と同じ、固有結界か?

———だとすれば発動時まで全く違和感が無かったのにも頷ける

———けど、じゃあどうしてこんなところに

———一体どんな理由で‥‥?

 

 

 見回した周囲は、本当に混沌としていた。

 

 どこもかしこも秩序というものがない。まるで抽象画を得意とする画家がスケッチした趣味の悪い戯画(カリカチュア)を、無理矢理立体に伸ばしたかのようだ。

 

 ぐちゃぐちゃと、色々なものが重なり合い、混ざり合いして其処に存在している。

 

 全体的にファンシーでメルヘンな雰囲気は統一されてるのだが、それにしたって整合性というものに欠けているだろう。

 

 あちらこちらが適当に滅茶苦茶に繋ぎ合わさった世界は、見ているだけで精神の安定を揺さぶられる程のものだ。

 

 なにせ、『ここはこうあるべきだろう、常識的に考えて』という理屈が通用しない。

 

 

———仮にこれが固有結界だとして

———いったい何処のどいつが発動させたんだ?

———メリットがない。むしろデメリットだらけだ

———さて、一緒にいた衛宮や遠坂嬢、ルヴィアは無事か‥‥?

———まぁあの連中なら俺より安心だけど

———せめて遠坂嬢か、出来ればルヴィアと合流できれば建設的な話し合いも出来るんだけど

 

 

 何処か疲れた様子を漂わせた青年は、大きな溜息をついて髪の毛を掻き毟る。

 

 確かに彼も、優れた魔術師ではある。

 

 特に実践はもとより、理論や考察について抜きん出た才能を示す魔術師だった。

 

 とはいえ一人で出来ることには限界がある。

 

 特に最近はずっと、一人というよりは二人三人ぐらいで行動することが多い。

 

 中でも自他共に相棒と称する鉱石学科でも一二を争う才女であるフィンランドの名物貴族、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトがいれば、自分一人が考えるよりも、遥かに有意義な話し合いが出来たことだろう。

 

 

———まぁ、無い物ねだりをしても仕方ない、か

———何処に繋がっているのかも分からないけど

———まずは歩きだそう

———これが仮に固有結界だとするなら

———結界の境界線なんてものを探す方がバカバカしい

———だとすると今するべきことは、結界の中心点を探ること

———トンデモない敵がいる可能性もあるけど

———だからといって魔力切れを待つのも不安だしなぁ

 

 

 固有結界に境界、壁なんてものはない。

 

 地球を思い返せば分かるだろう。世界に、果てなんてものはない。

 

 固有結界は結界という言葉を使いこそすれ、その本質は一つの世界。

 

 それに世界の果てを探るよりも、世界の中心を探す方が遥かに楽だ。

 

 この現象を起こした理由は分からない。自分に対して害意を持っているかどうかも分からない。

 

 最終的に問答無用で脱出するには、結界を発生させた張本人‥‥術者を倒すか、術者が何らかの理由で自ら結界を解除するしかないのだ。

 

 衛宮みたいなヤツが相手なら、魔力切れを誘うのも一つの手。

 

 しかしそもそも固有結界なんてものは、魔術師が扱うようなものじゃない。

 

 相手が吸血鬼やら第五架空要素(あくま)だったりしたら、まず魔力切れは狙えないだろう。

 

 

———にしても、固有結界を見るのは衛宮以来だな

———アイツの時とは大違いだ

———無秩序で混沌としてるけど、随分と複雑な世界だ

———これは発生させてるヤツも、尋常じゃない相手だろうな

 

 

 衛宮士郎の持つ唯一の秘術、そして英霊エミヤの宝具である『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)』。

 

 ひたすらに広がる、剣の墓標。赤茶けた、渇いた大地に突き刺さる剣の葬列。それが地平線の向こうまで延々と続いている。

 

 多数の宝具、乃ち伝説上にのみ存在する武具を含んだそれは、確かに非現実的で非常識、かつ規格外な代物だろう。

 

 しかし外見上、そしてその特性自体は極めて単純なものだ。

 

 剣を複製する。ただ、それだけ。

 

 それに比べて目の前に広がる異界の何と複雑なことか。

 

 雑多で統一性も法則も見あたらないが、それでも様々な要素が一部として同じものなく重なりあっている。

 

 

———イメージによって作られる、心象世界である固有結界

———それがここまで複雑なものとなると、術者の精神が恐ろしいな

 

 

 混沌とした世界を、ひたすらに歩く。

 

 足下がしっかりしているのが唯一の幸いかもしれないが、それでも果てが見えず、危険があるともしれない道のりはストレスを溜めるものだ。

 

 彼とて修羅場の経験が無いわけではないが、それにしても本人をして戦闘要員ではないと公言するとおり、本来は戦いが得意なわけではない。

 

 先を急ぎたい気分も山々ではあるが、あくまで慎重に。

 

 何かの気配がする方向を察知して、敵や罠がないかどうか確かめながら進んでいく。

 

 牛歩のような速度だが、もとより調査を目的に発生場所である、この街までやって来たのだ。時間がかかっても、それによる具体的なデメリットが見つからない以上は焦る必要性もないだろう。

 

 

———む、何か気配がするな

———これの原因ってことはないだろうけど‥‥

———衛宮や遠坂嬢、当然ルヴィアの気配でもない

———仕方がないな

———ここは、先ず牽制させてもらおう‥‥!

 

 

 右手を腰の後ろに回し、呼吸を整える。

 

 腰は低く、重心を前へ。

 

 やや前傾姿勢のその姿は、獲物に飛びかかる肉食獣のようだ。

 

 それでいて彼自身の性質からか、獰猛というよりは冷徹な印象を受ける。

 

 

———今、あの角を曲がった先で足音がしている

———三つ数えたら、行くぞ

———いち

———に

———さんっ!!

 

 

 床を舐めるように、低姿勢のまま飛び出した。

 

 視野に極限まで集中し、襲いかかる敵を見据える。

 

 驚いたことにそこにいたのは、制服らしきものを纏った中学生ぐらいの少女だった。

 

 青みがかった薄い黒髪で、目を真ん丸にしてこちらを凝視している。

 

 しかし、流石に途中で止めるにはスキルが足りなかった。

 

 

———動くな。指一本動かせば、喉を掻っ切る

 

———ひぃっ?!

 

———正直に質問に答えれば、傷一つ付けないよ

———さて、この結界を作り出したのは君かい?

 

———ち、違いますっ! 私なんかじゃありませんっ!

 

 

 少女の目を覆うように広げた掌から伝わる、震え。

 

 そこには恐怖、怯え、焦燥と、今では昔は随分と世話になった、慣れ親しんだ感情が含まれていた。

 

 戦闘者ではない彼でも理解出来た。この異質な場所で会った少女が戦うことはおろか、こういう少しの修羅場も経験したことがない一般人であると。

 

 

———ふむ、成る程ね

———その怯え方だと刃を向けられたこともない、か

———しかし確かに君じゃないみたいだけど

———何か知っているみたいだね

———こんな状況じゃあ、ちょっと油断できないかな

 

———えぇっ?!

———ちょ、ちょっと待って下さい!

———私はどっちかっていうと、巻き込まれた側なんですよ!

———別に逃げたり戦ったりしませんから

———せめてナイフを退かして下さいっ!!

 

 

 微妙に掌が湿り、少女が恐怖のあまり僅かに涙を零してしまったことが分かる。

 

 既に傍目にも見て取れる程に少女の手足は震えていて、流石に良心に呵責を覚えた。

 

 目で見て、手で感じて、言葉を判断した結果、どうやらこちらに対抗する手段も、害意も持ち合わせていないようだ。

 

 油断はならないが、このまま脅迫という態度をとっても益にならない予感がする。

 

 そう考えた彼は、「何か不審な動きをしたら即座に刺す」と前置きしてから、最初に短刀を、次に目元を覆っていた左手をゆっくりと少女から離して距離を取った。

 

 

———手荒な真似をしてすまなかった

———ほら、こんな状況だろう?

———見知らぬ相手に警戒しないわけにもいかなくてね

 

———い、いえいえ、分かってくれたならいいんですよ

———私もまさか、中で知り合い以外に会うとは思わなくて

———ちょっとビックリしちゃった

 

 

 怯えた状態から普段の調子を取り戻せば、少女は勝ち気そうな、快活な子だった。

 

 まだ少し震えが取れないながらも、押さえられていた目元をさすりながら笑う様子はその辺りを談笑しながら歩いている普通の女子中学生と何ら変わることはない。

 

 ともすれば、如何に非常事態だったとはいえ、刃を向けてしまった彼自身が後悔してしまうぐらいに。

 

 

———こういう状況で自己紹介するというのも何だけど

———はじめまして、俺は蒼崎紫遙。年は二十三、かな

———今は倫敦に留学しているから、日本は久しぶりなんだけどね

 

———そうなんですか‥‥

———あ、私は美樹さやかって言います!

———見滝原中学の二年生です

 

———へぇ、見滝原中学っていうと、あのオンボロ校舎の‥‥?

———通りかかっただけだったなんだけどね

———見た感じ、随分と大きな中学だったなぁ

 

———オンボロ‥‥?

———え、と、私の中学は数年前に改装したばかりだから

———そんなにボロボロのはずはないんだけどなぁ‥‥?

 

———あれ、じゃあ別の中学と間違えたのかな? まぁ、いいか

 

 

 辺りの異常さに比して、二人のやりとりはごく普通なもの。

 

 喫茶店で相席を頼まれた男女が、空気の悪さに耐えかねて口を開いたような時と全く変わらない。

 

 まるで大道具と脚本がまるっきり噛み合っていない、出来の悪い喜劇のようだ。

 

 

———君もさっき言っていたみたいに、この結界に巻き込まれたのかい?

 

———もしかして蒼崎さんは、あの病院の中にいたんですか?

 

———ああ、そうだよ

———実はこの街には仕事で来ていてね、その調査の一環で病院に寄ってたんだ

———調査っていっても歩き回るぐらいのもので、大したことじゃないんだけどさ

———その途中で突然、気がついたらこの妙ちきりんな結界に閉じこめられていて‥‥

 

 

 眉間に皺を寄せ、彼‥‥蒼崎紫遙は大きな吐息をついた。

 

 仮にも一端の魔術師ともあろうものが、何の抵抗(レジスト)も出来ないまま無防備に結界に巻き込まれるとは無様極まる。

 

 ましてや紫遙は義弟とはいえ蒼崎の名字を背負う者だ。

 

 赤の称号を持つ封印指定の人形師と、青という色を冠して呼ばれる“根源”に辿り着いた魔法使いの教えを受けたというのに、不甲斐ない。

 

 自分自身への憤りもあるが、何よりこの小憎たらしい結界を作り上げた張本人には必ず痛い目に遭って貰う。

 

 例えソイツに他意は無かったとしても。そう考えるままに、鋭い視線を辺りへ巡らせた。

 

 

———実は他にも三人ほど連れがいたんだけど

———どうやら巻き込まれたときに、はぐれてしまったらしいな

———君は一人だったのかい?

 

———あ、いえ、私も一人‥‥というか一匹?

———連れがいたんですけど

———この結界に巻き込まれた時にいなくなっちゃって‥‥

———その子と合流できれば

———あ、ソイツはコレの専門家みたいな奴なんで

———とにかく合流できれば何とかなると思うんです!

 

———専門家、か

———その口ぶりだとやっぱり

———この結界が何だか漠然とでも分かっているみたいだね

 

 

 優しそうな、穏和な瞳の中に鋭い光が宿る。

 

 第一印象‥‥ナイフを突きつけられておいて印象もへったくれもないかもしれないが、とにかく最悪なそれを通り抜けた後は優しい年上のお兄さんのように見えていた突然の闖入者。

 

 表情はそのままに、瞳の奥に垣間見えた鋭さに、さやかは思わず頬を引きつらせる。

 

 口には出さなかったが、その変化が何より紫遙の最初に知りたかった糸口を雄弁に語っていた。

 

 

———どうやら決して一般人じゃない、か

———さやか嬢、俺は仕事上、どうしても情報が必要なんだ

———君みたいな女の子を相手に強硬手段はとりたくないな、俺としても

———これも脅迫みたいな言い方になるけど

———君を傷つけたくないから、大人しく教えてくれると助かる

 

———う、まぁ別に他言しちゃいけないとは言われてないしなぁ‥‥

 

 

 さりげなく手を腰に差した短刀を抜きやすい位置へ、微妙に動かす紫遙。

 

 あからさまではあったけれど、さやかのような少女を脅かすにはそれでも十分に過ぎたらしい。

 

 あからさまに顔色を悪くした彼女は、大して悩むこともなく早々に決断した。

 

 

———信じてもらえないかもしれないけど、これって“魔女”が作った結界なんですよ

 

———魔女?

———待ってくれ、魔女だって?

———それはあれかな、君達は女性の魔術師のことを魔女って言うのかな?

 

———え?

———うーん、魔術師っていうと、マミさんも一応そうなるのかな、魔法少女だし

———だとすると、まぁ魔女と魔術師、ついでに魔法少女も違うものだと思うけど

 

———馬鹿な、ありえない

———魔女の秘術(ウィッチクラフト)は薬学や呪《まじな》い、占いに特化している

———このレベルの固有結界を生み出すような魔女なんて

———寡聞にして俺は知らない

 

———え、もしかして蒼崎さんって、魔女のこと知ってるの?!

 

———知ってるも何も、友人が現代に生きる本物の魔女でね

———彼女に聞いても同じ答えが返ってくるだろうさ

———なにせ魔女っていうのは、下手すりゃ魔術師よりも誇り高い

———こんな固有結界を作るなんてのは、どっちかっていうと魔術師の領分だからね

———あの平坦な口調でひとしきり嫌味を言われるのは目に見えてる

 

 

 今度こそ紫遙は信じられないと目をむいた。

 

 彼自身も言ったように、昨今では魔女というものは減少傾向にあるとはいえ、その存在はしっかりと認知されているものだ。

 

 特に彼にとっては、時計塔に席を持っている唯一の魔女と親交を結んでいる仲なのだから。

 

 魔女について、漠然とした理念や在り方などに関していえば、それこそ耳に呪いでタコが出来るぐらいに散々聞かされている。

 

 そんな彼の常識から判断すれば、こんな大規模で精密、かつデタラメな固有結界を作り上げるような存在が、魔女なんて(一般的な魔術師にとっては)骨董品によるものだとは、とうてい信じられることではなかった。

 

 

———いやいや、だって魔女って全部こういう結界の中に隠れてるもんじゃないの?

———だからアタシだって、きゅうべぇに助けてもらわなきゃ中に入れなかったんだし

———あれ、そう考えると蒼崎さんってどうして中に入れたんだろう‥‥?

 

———うーん、どうやら互いの認識に相違があるみたいだね

———さやか嬢、君にとっての魔女ってどういう存在なんだい?

 

———魔女、ですか

———魔法少女が希望を振りまく存在なら、魔女は呪いを振りまく存在

———人々の負の感情から生み出された化け物‥‥ですかね

 

 

 さやかは首を傾げながら、彼女がつい最近に出会った正体不明の白い生物(なまもの)から教わったことを述べていく。

 

 彼女にとっては、それが真実以外の何物でもない。

 

 なにせ彼女に情報を与えてくれたのはたった二人で、そのあまりの非常識さから、その二人の情報を鵜呑みにするしかなかったのだ。

 

 むしろ、さやかには紫遙の言うことの方が意味不明なことに聞こえる。

 

 目の前に立つ青年は、ナイフなんて物騒な代物を携帯していることを除けば、ごく普通の日本人男性だ。

 

 間違っても“魔法少女”ではないし、ついでに言えば魔女や使い魔にも見えない。

 

 だというのに彼は、あたかもそれが当然のことであるかのように“魔女”について語ってみせる。しかも、その内容に関して彼女が言うならば、さっぱり意味が分からないコトばかりを当然のように。

 

 どちらにしても二人の認識はある部分で共通していたと言えよう。

 

 乃ち、互いに互いが異質な存在についての知識がある人間だと分かった、ということである。

 

 

———そうか、“君達は”その怪異のことを“魔女”と呼んでいるワケか

———君達だけのローカルルールだと言うなら

———確かに俺の知識と激しい齟齬があっても納得できる

———俺の言う“魔女”っていうのは、普遍的な意味での言葉だからね

 

———普遍的?

———蒼崎さん、悪いけどアタシには蒼崎さんが何を言ってるのかよくわかんないよ

 

———うん、俺としてもそれは同じだ

———だとすると君達は

———この怪異について一番よく知っている人達ってことになるんだけど

———どうやってこれについて知ったんだ?

———いや、それ以前に

———君達は、何者なんだ?

 

 

 厳しい、瞳をしていた。

 

 先程ちらりと見えた鋭い光は、もはや完全に穏和な瞳を支配して、さやかを見据えている。

 

 何か、違う。

 

 さっきまで自分と話していた、普通の学生である“蒼崎紫遙”の姿ではない。

 

 まるで彼自身の中で、何かを切り替える、自分を切り替えるスイッチが入ったかのように。

 

 

———私だって、詳しく知ってるわけじゃないんですよ

———ただ

———前にも同じことに巻き込まれたことがあったんです

 

———同じコト?

 

———魔女の結界ですよ

———親友と二人でその中に入り込んじゃって、使い魔に殺されそうになってた時に

———助けてくれたんです

———見滝原中学の先輩の、魔法少女が

 

———魔法少女?

 

 

 蒼崎紫遙は、今度こそあからさまにわけのわからないと言いたげな顔をした。

 

 彼にとっての魔法少女という言葉は、決して創作の中の単語ではない。むしろしっかりとした現実的な単語として、というよりはとある知人の属しているカテゴリとしての意味を持っている。

 

 乃ち『カレイドの魔法少女』。

 

 魔導元帥とも宝石翁とも呼ばれる第二の魔法使い。

 

 死徒二十七祖第四位、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ謹製の魔術礼装によって武装した少女達のことだ。

 

 

———私達に魔女について教えてくれた、きゅうべぇっていう‥‥白い、動物?

———あ、喋るんですけどね、動物って言っても

———アイツと契約した女の子が、魔法少女になって魔女と戦うんです

 

———きゅうべぇ?

———ソイツとの契約って、一体どういうことなんだい?

 

———実は

———私もよく知らないんですよ

———ただ分かってるのは

———きゅうべぇと契約したら一つだけ何でも願いを叶えてくれるってこと

———それと、魔女と戦う使命を受け入れるっていうことだけかな

 

———そいつは、随分と胡散臭いな‥‥

 

———まぁ、言われてみればその通りなんだけどねぇ

 

 

 さやかは秘匿性‥‥というものを重要視しなかったのか、プライベートに抵触しない限りの情報を紫遙に離していく。

 

 魔法少女の先輩である巴マミのこと。その戦い方、きゅうべぇとの話の内容、今までに見た魔女の姿や戦い方も。

 

 あまりにも漠然として、欠片も仕組みの理解出来ない話に紫遙は眉を顰めた。

 

 きゅうべぇ、という存在が何であるのかも分からないけれど、魔術師としてその仕組みには激しく興味をそそられる。

 

 ゼルレッチの魔術礼装のように並行世界から無限の魔力を得られるのか、でなければ戦うための魔力はどうやって調達しているのか。

 

 あるいは魔法少女と呼ばれる巴マミ自身が魔術回路から魔力を生成しているのかもしれないが、だとしたら今度は願い事を叶えるための力は何処から引っ張ってきているのか。

 

 冬木の聖杯ですら、数十年も一級の霊地である冬木の霊脈から魔力を吸い取らなければサーヴァント召喚に必要な魔力すら調達できないのだ。

 

 そこに何らかのからくりが存在していることは間違いないだろう。

 

 しかし真に気になったのは、そのシステム自体の目論みである。

 

 色々と不審な点は多いが、どれにしても悪い言い方をすれば、さやかの話の内容があまりにも漠然としていて細かくなかったがために、判断材料として役に立たなかった。

 

 

———そんなの、善意じゃないの?

———だって魔女って人を喰らうんだよ?

———放っておいたら私達の街が

———私達の大切な人達が魔女に食べられちゃうかもしれないし

 

———その程度の話なら、世界中に掃いて捨てるほど転がってるよ

———何事にも利害が伴うものだ

———君はまだ若いから分からないかもしれないけれどさ

———それだけのことを何の見返りも無しに提供するのはね

———俺にはちょっと信じられないなぁ

 

———魔女と戦うってことが、十分に見返りになるじゃない

 

———魔女を倒すことで、それがきゅうべぇとやらの利益になっているはずだ

———俺は用心深い性格でね、そういう裏とかをちゃんと知らないと評価出来ないんだ

 

 

 話しながらも二人はひたすらに奥へ奥へと歩いていく。

 

 歩を進めるごとに、結界の内部は複雑に、装飾過多になっていくような気がした。

 

 RPGのゲームでダンジョンに入った時などに、奥に進むにつれておどろおどろしい雰囲気になっていくことは王道とも言えるが、ソレを正に体言した世界であるような樹がする。

 

 既に二、三度は魔女の、使い魔の結界に入った経験がある、この場ではベテランのさやかですら、恐怖や悪寒を感じずにはいられない。

 

 そんな中、横の紫遙は自分よりも年上であるということを差っ引いても、随分と落ち着いているように見えた。

 

 

———ねぇ蒼崎さん

 

———なんだい、さやか嬢?

 

———私もこうして色々と喋ったんだから、蒼崎さんのことも教えてよ

———蒼崎さんも、只の人ってわけじゃないんでしょ?

———流石にそれぐらいは分かるよ、私でも

 

 

 いつの間にか敬語を止めたさやかが、隣で注意深く曲がり角の先を伺っていた紫遙に問う。

 

 短刀といい、手慣れた走査の様子といい、何故か左手に握りしめた小石といい。

 

 とても一般人とは思えない。その方向性がどういうところへ向いているのかは流石に分からないが、それでも巴マミと似た何かを纏っているのは察せられた。

 

 先程の“魔女”についての発言ときては、もはや誤魔化しきれないものがある。もとより明言したわけではないにせよ、今は自然とこの結界を切り抜ける一時的なパートナーなのだから。

 

 どれだけ秘密主義でも、少しぐらいは手元を明かしてくれたっていいんじゃないか。

 

 そこまで明確に考えていたわけではないにせよ彼女にとっては当然の流れとして、さやかは紫遙に話を促す。

 

 

———まぁ確かに、一理ある

———君のセリフを遣うなら、君みたいな子には信じてもらえるか分からないけど

———俺はね、魔術師っていう人種なんだよ

 

———魔術、師?

 

———そうだ、魔術師さ

———色々と説明するのは面倒だから、君達が好きなテレビゲームに登場する

———焔や氷を呼び出す魔法使いみたいな人種だと思ってくれても構わないよ

———ただ、魔法使いとは呼ばないで欲しいな

———呼ぶならあくまでも“魔術師”で

———これも説明しないけど、約束して欲しい

 

———はぁ‥‥まぁ、蒼崎さんがそう言うなら

 

———うん、助かる

———君達みたいな、普通の人間には知らされていないことだけど

———世界の裏側には俺達みたいな魔術師が少しばかり存在しているのさ

———それで裏側の世界をまとめる組織みたいなものもあってね

———俺はその組織の依頼で、最近この街で起こっている変異の調査にやって来た

 

 

 進路、オールクリーン。今のところ、さやかの話にあった“使い魔”という存在には出くわしていない。

 

 どうやらこの結界を生み出した魔女は、未だ“グリーフシード”という種のようなものから孵化しきっていない状態らしい。だから、もしかしたら自分たちが見つかっていないという可能性も考えられる。

 

 そう考えながらも紫遙は油断なく、かつ迅速に通路を進んでいった。

 

 

———君の言う魔法少女や魔女みたいな存在がどうして協会に見つからなかったのか分からないけど

———どうやら全く異質な力のようだ

———この結界から脱出出来たら

———君の先輩とかいう巴マミ嬢からも話を聞かせてもらおうかな

 

———手荒な真似は、やめてよね

 

———善処するよ

———相手がどういう態度かにも、よるけどね

 

 

 暫く進んでいくと、吹き抜けのように開けた空間へと出た。

 

 真っ暗な空洞の中に、蛍のようにたくさんの光が浮いた幻想的な場所だ。

 

 さっきまでいた、何もかもが混沌とした場所と同じ結界の中とは信じられない。

 

 

———さて、そろそろ敵もお出ましみたいだぞ

 

———え‥‥?

———う、わ、ひぃっ?!

 

 

 架け橋のようになっている通路は広く、多少気を使えば十分に戦闘も出来るだけの幅があった。

 

 その広い通路に、紫遙の膝ぐらいまでの身の丈をした不可思議な生物が待ちかまえている。

 

 ネズミというか兎というか、とにかく小動物を摸した不可思議な生物だ。

 

 身を震わせ、威嚇するかのようにこちらを睨み付けている‥‥ように見える。

 

 不気味ながらも可愛らしい仕草だが、決して見た目だけでは戦闘力を推し量ることは出来ない。

 

 

———あれ、使い魔‥‥!

———ど、どうしよう、きゅうべぇもマミさんもいないし‥‥!

 

———落ち着くんだ、さやか嬢

———こういう開けた空間じゃ、悪いけど君がいる分だけ俺達の方が不利

———何とかここを突っ切って扉を抜けよう

 

 

 抜き放った短刀の切っ先が指し示す先には、装飾された小さめの扉が見える。

 

 おそらくはこの通路を抜け、あの扉をくぐれば別の部屋へと出るはず。

 

 そこがここよりも戦い易い場所だとは限らないが、遠目に見るとあちらこちらに空も飛べるタイプの使い魔らしい影が見える以上、この開けた空間は危険極まりない。

 

 特に紫遙にとっては、一応は守るべき存在と決めたさやかという足手まといがいる。

 

 これが衛宮士郎やセイバー、あるいは遠坂凜やルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトであるならば、まだ何とかやりようがあったかもしれない。

 

 しかしどう足掻いても戦闘者には成り得ない蒼崎紫遙では、誰かを守りながらの戦いなど身に余る代物だ。

 

 何とか出来る限り、有利な立ち位置を確保しておきたいところだった。

 

 

———突っ切るって、どうするんですか蒼崎さん?!

———魔女も使い魔も、普通の人間じゃ相手出来ないですよ!

———ここは引き返してマミさんを探した方が‥‥

 

———その巴嬢も、魔女を追っているんだろう?

———だとすれば奥へ奥へ行った方が、合流できる可能性も高くなるはずだ

———引き返しても出られる保証はないし

———もし結界の崩壊に巻き込まれたら、どうなるか分かったもんじゃない

 

 

 順手に持っていたナイフを逆手に構え直し、左手をポーチの中へ突っ込む。

 

 紫遙が取り出したのは、先程から左手に握りしめていた小石と同じくらいの大きさのもの。ただし、その小石は角度が変わったためか、先程まで見えなかった細部までよく見える。

 

 小さな石の表面には、アルファベットのような、そうでないような謎の文字が書かれていた。

 

 どこかで、そう、どこかペンダントで見たことがあるような、デザインだ。

 

 

———さやか嬢

 

———え?

 

———もう忘れてしまったのかな、俺の言ったことを

———紛りなりにも俺は魔術師

———どの程度のものかは知らないけれど

———使い魔なんて名前の連中に遅れはとれないさ!

 

 

 左手を一閃、手に持っていた小石を一つ放る。

 

 それは真っ直ぐ一直線に飛ぶと、ちょうど使い魔が密集しているど真ん中へと着弾。

 

 紫遙の声と共に爆発して辺りの使い魔を十体弱もまとめて吹き飛ばした。

 

 

———焔よ(アンサズ)

 

———え、えぇぇ?!

———こ、小石が爆発したぁっ?!

 

———ルーン魔術さ

———石の表面に書かれた文字そのものが力を持っている

———あとは力ある言葉を発して

———文字に込められたその神秘を顕現させるだけ

———さぁ俺の後ろについて離れるなよ、さやか嬢!

 

 

 紫遙は続けて二つ三つと小石を放り、進路上の使い魔太刀を爆発させ、燃やし、氷漬けにする。

 

 突き出して来た岩によって串刺しにされた使い魔の横を擦り抜け、足下に迫った小動物のようなものを短刀で一閃、走り出した。

 

 たまらずさやかもそれについていく。後ろから近寄る奴は、たちまち機を見て紫遙が放った小石によって吹き飛ばされてしまう。

 

 マミのような魔法少女ではなく、一見して普通の人間にしか見えない紫遙が投げた小石によって、たちまちに使い魔達が倒されていく風景は、ある意味ではマミ以上に非現実的だ。

 

 

———ふん、使い魔っていう言葉から察するぐらいには弱いな

———こいつらだけなら衛宮ほどじゃなくても、俺だけで何とかなりそうだね

 

———うわ、信じられない

———ホントに小石だけで焔出したり氷出したり‥‥

———魔術師って、いるんだ‥‥

 

———だから俺がそれだって、言ってるじゃないか

———悪いけど他言無用にね

———君以外の一般人に広まるとなると、口封じとか面倒だからさ

 

———口封じ?!

———それって、もしかして、殺‥‥

 

———ほら喋ってる暇はないぞ、扉を開けるっ!

 

 

 開ける、と言いながらも、その実、蹴り飛ばすが正しかったらしい。

 

 走る勢いを緩めないままに前へと振り抜いた右足によって、扉は敢えなく吹っ飛ぶように道を譲った。

 

 

———速く中へ!

 

———は、はいぃっ!

 

———よし、水流(ラケズ)凍結(イーサ)氷れる棘よ(スリサズ)

 

 

 続けてさやかを部屋の中へと引っ張り込み、三つの小石を扉へと放る。

 

 一つの小石は水流を呼び出し、もう一つの小石は冷気を発して生じた水流を凍らせる。

 

 トドメの小石は凍結を助長し、完全に氷の壁となって扉を塞ぎきった。

 

 只の氷ではない。魔術によって生じた氷は、生半可な焔や衝撃では壊れず、溶けもしない頑強なものだ。

 

 これで外の使い魔達は、中へと入って来れないだろう。

 

 マミという魔法少女も入って来れないのではという懸念もあったが、この程度の氷も破れないようなら自分が戦った方がよっぽど効率が良い。

 

 

———紫遙!

 

———む、この声は‥‥?

 

 

 振り返れば、そこはさっきの空間にも勝るとも劣らない大広間。

 

 至る所に、というよりは全体がお菓子の中のような装飾になっており、床も微妙にフワフワしている。

 

 たくさん生えた足の長いテーブルが足場のようになっており、まるでイカレたお茶会(マッド・ティーパーティー)のような装いだ。

 

 甘ったるい匂いが、やけに鼻につく。

 

 年頃の女の子らしく甘い物には目のないさやかも、そのあまりの菓子臭に思わず顔をしかめた。

 

 

———衛宮に、遠坂嬢じゃないか

———二人とも無事だったのか、良かったよ

———病院で一緒に調査してたのに別々の場所に出たみたいだから、心配してたんだ

 

———色々あったけど何とか、な

 

———途中で会った、このホムンクルスに案内されたのよ

———まったく、痛くもない腹の探り合いで戦闘よりも疲れたわ

 

 

 そこに立っていたのは二人の人影。

 

 片方は地味なシャツにジーンズを着込んだ、赤銅色の不思議な髪の毛をした長身の青年。瞳は刃のような鋼色をしている。

 

 そしてもう片方は、黒いサマーセーターに真っ赤なコートを羽織った長髪の女性。

 

 艶やかな黒髪は背中の半ばを優に越え、じきに腰に達することだろう。

 

 青年の名前を衛宮士郎、女性の名前を遠坂凜。

 

 二人とも倫敦の時計塔では、蒼崎紫遙の学友として親しく付き合っている魔術師である。

 

 

———さやか、無事だったんだね!

 

———きゅうべぇ?! この人達といたんだ‥‥良かったぁ

 

 

 その二人の足下から飛び出したもう一つの影。

 

 小動物のように見えながら、既存のどんな生物とも言えない。まるで縫いぐるみのような不現実さを孕んでいる。

 

 殆ど瞬きもしない真っ赤な丸い瞳は感情を撮さず、口も殆ど開閉しない。

 

 いったい何処で呼吸をしているのであろうか。

 

 

———ホムンクルス?

———遠坂嬢、こいつについては其処のさやか嬢からも聞いているけど

———やはり真っ当な生き物じゃないみたいだね

 

———当然よ

———私に言わせれば、こいつを生き物と呼ぶかどうかも協議の対象ね

———何しろほら、生き物の気配がしないんだもの

———もし私が生物学科の魔術師だったら、解剖して標本にしたいぐらいだわ

———少なくとも純粋な魔術の産物ってわけでもないみたいだし

———言ってることだって胡散臭くて、とても信用できやしないのよ

 

———おやおや、どうやら予想通りって感じだな

———あぁ、緊急事態だけど一応紹介しておくとしようか

———彼女はさっき会った、美樹さやか嬢

———どうやら其処の生物(なまもの)の協力者らしいね

———本人はいたって普通の人間みたいだけど、無関係ではなさそうだ

 

 

 じろりと視線を這わせた凜に、きゅうべぇと何やら話していたらしいさやかがビクリと身を震わせる。

 

 優しげなお兄さんという風貌の紫遙に対して、憧れるぐらい綺麗な年上の女性である凜から睨まれるのは圧迫感が段違いだ。

 

 隣で従者のように無言で立っている士郎も合わせて、圧倒的上位者という認識が問答無用ですり込まれる。

 

 

———初めまして、きゅうべぇって言ったかな?

———俺は蒼崎紫遙

———時計塔の、魔術師だ

 

———初めまして、蒼崎紫遙

———ボクはきゅうべぇ、魔法少女の契約主ってところかな

———魔術師に会うのは、どれぐらいぶりだっけ

———まさか時計塔の魔術師に嗅ぎつかれるとは思ってもなかったよ

———不干渉を決め込んでるものだって、てっきり勘違いしていたからね

 

———さっきからだけど、その話し方ホントに気にくわないわね

———もしかして私達と対等の立ち位置にいると思っているのかしら?

———まるで今回の“魔女とやら”についての一件も掌の上であるかのような言い方だけど

———仮にそうだとしたら、時計塔はここまで大規模な神秘の流出を決して許しはしないわよ

 

 

 さやかの腕に抱かれたきゅうべぇと、その前に立つ紫遙と凜。

 

 呉越同舟、宿敵同士が相まみえたかのような凄絶な言葉の飛ばし合い。

 

 一欠片の皮肉すら優雅に織り交ぜた舌戦の、さらに前哨戦とも言える軽い応酬。

 

 とはいえ只の女子中学生であるさやかにとっては、あまり親しみ慣れないやり取りだ。

 

 そのやり取りの矛先に形式上とはいえ立たされ、思わず目をぱちくりとして脂汗を流す。

 

 凜と紫遙の視線は自分の腕の中のきゅうべぇに行っているはずなのに、どうして全身が刺すような寒気に襲われているんだろうか。

 

 

———それが誤解だな

———魔女はあくまでも、自然に現れた代物だよ

———それに対抗してボクは魔法少女を生み出し続けている

———君達に対して何か害になることをしているつもりはないし

———神秘っていう言い方も、ちょっと的外れだなぁ

 

———悪いけど時計塔側の言い分としてはね、そういう不確定な神秘を野放しには出来ないわ

———それに貴方自身からも魔力を感じる

———だとしたら神秘以外の何物でもないわ

———魔法少女っていうのをまだこの目で見たわけじゃないけれど

———もし貴方の言う魔法少女が魔力を使って神秘を顕現させる技術を持った存在なら

———貴方のしていることは不特定多数への神秘の漏洩に他ならない

 

———神秘は秘匿されるものだ

———どうやらお前は魔術協会についても理解があるようだから言っておくけど

———今までのやり取りではっきりと分かったよ

———魔術協会は実態を掴めていなかったから

———お前達への調査をやっていなかっただけだ

 

———そうね、つっこんで調査しなければ分からないもの

———魔法少女と魔女なんて儀式は

———やけに行方不明者や原因のはっきりとしない事故や自殺が多くても

———その程度のことなら土着の魔術師の実験ってことも十分にあり得るし

———あからさまに不審じゃなかったらわざわざ調査をするまでもない

———今回、私達が来たのは半ば嫌がらせみたいな仕事の押しつけ

———適当に原因の魔術師を引っ捕らえて終わらせるつもりだったけど、運が悪かったわね

 

 

 空気が凍る。

 

 周囲の警戒をしている士郎ですら、そちらへと注意を払わずにはいられない。

 

 二人と一匹の出す、おどろおどろしい雰囲気は。

 

 紫遙も凜も、ここに至って自分達が時計塔から期待されている役割を理解した。この場で自分たちが、時計塔の代行としてやるべきことを。

 

 きゅうべぇがどういう理屈で魔法少女を作り出しているのか。魔女とはどういうものか、そもそもきゅうべぇが何者なのか。

 

 それよりも何よりも、魔術協会として懸念すべきは神秘の漏洩。きゅうべぇが魔法少女を作り出すということは、乃ち神秘を不特定多数へと漏洩させていることに他ならない。

 

 つまり神秘の希釈。しかもきゅうべぇはこれからも魔女に対抗して魔法少女を増やし続けると言う。

 

 

———ふむ、まぁ魔法少女がどういうものかについては、本人に聞いた方が良さそうだね

 

———その本人に会ってないから、貴方を問い詰めているに決まっているじゃない

 

———大丈夫、今までのやりとりは全部マミにもテレパシーで聞いて貰ってるからね

———今、彼女からも連絡があったよ

———鹿目まどかと、あと二人を連れてこっちに来るって

———ほら、すぐ来るよ

 

 

 きゅうべぇの視線の先を全員が追う。

 

 するとさっき紫遙が閉ざした扉の氷が、轟音と共に爆発して綺麗さっぱり跡形もなく吹っ飛んだ。

 

 狭い穴から現れたのは、黄色をメインカラーにしたファンシーな衣装を纏った中学生から高校生ぐらいの少女。

 

 片手に真っ白な、美しい装飾の施された長銃を持ち、フワリと飛び降りてくる。

 

 その後ろからは一塊になった三人の少女。銀色の甲冑と青いドレスを纏った金髪の少女騎士が、同じく青いドレスを纏った太陽のような髪の女性と制服らしき服装のピンクがかった両結びの少女を抱いて、颯爽と紫遙達のところへと空を駈けて来た。

 

 

———待たせたわね、美樹さん、きゅうべぇ

———途中でちょっと手間取っちゃって

———セイバーさんとルヴィアゼリッタさんのおかげで、楽ではあったんだけれどね

 

———良かった、三人とも無事でしたか、シロウ、凜、ショー

 

———私達が一番後ですの?

———全く、一番乗りを期待しておりましたのに‥‥

———マミ、マドカ、貴女達がごちゃごちゃと話していたからですわよ?

 

———ご、ごめんなさいルヴィアさん‥‥

 

———別に怒っているわけではありませんわ

———貴女達との話は、私にとっても有意義でしたもの

 

 

 降り立った少女達は、何時の間にやら仲良くなったのか、戦場というのに楽しげに談笑する。

 

 殺伐としていた凜達や緊張した紫遙達の道中とは異なり、十分な戦力があったからか、親交を深めながらやって来たらしい。

 

 

———無事だとは思っていたけれど、良かったよマミ

———ちょうどほら、グリーフシードも孵化するところだしね

 

———え?!

 

 

 甲冑の少女騎士、セイバーに抱えられて降りてきた鹿目まどかが驚きの声を上げる。

 

 見れば一際高い足をしたテーブルの両脇に据えられている、同じく足の長い椅子の上。その上の空間が歪んで、何かが現れようとしていた。

 

 

———あれが、魔女‥‥?!

 

———人々の負の感情を凝縮した存在

———呪いを振りまく化け物さ

———結界の中に籠もっている奴らを倒せるのは、マミみたいな魔法少女だけだよ

 

 

 緊迫したルヴィアゼリッタの声にきゅうべぇが応えた瞬間。それを合図とするかのように空間から一匹のナニカが飛び出した。

 

 それは一つの縫いぐるみ。ファンシーでふわふわしている、抱き心地の良さそうな何処にでもある店売りの縫いぐるみだ。

 

 

———出たわね

———みんな、下がっていて頂戴

———きゅうべぇも言っていたけど、あれを倒すのは魔法少女である私の役目よ

 

 

 一歩前に出たマミが、手に持った長銃を構える。魔法少女と言っておきながら、彼女の得物は古いとはいえマスケット銃であった。

 

 一発限りの先込め式の銃。それを大量に生み出して使い捨てる。何処か士郎にも似た戦い方が、ベテラン魔法少女としての彼女の特技。

 

 

———そういうわけにもいきませんね、マミ

———如何に貴女にプライドがあろうと、あのような輩を相手に一人で戦わせるのはとても

———ここは助太刀しましょう、一時とはいえ共に轡を並べた仲として

 

———セイバーの言う通りですわね

———エーデルフェルトの名にかけて、戦場で立ち見とは我慢なりませんわ

———もしなんでしたら、乱入という形でもよろしくてよ

———乱入は試合の華ですものね

 

 

 マミに並び、セイバーとルヴィアゼリッタが前に出る。

 

 共にしていた道中で何かあったのか、連帯感にも近いものが生まれているらしい。ほんの数十分ほどの付き合いのはずが、三人ともまるで戦友のように微笑み合っている。

 

 前衛、中衛、後衛と三人揃ったバランスの良いパーティ。これが相手なら並大抵の敵を相手にしないことだろう。

 

 

———二人とも、ありがとう

———本当に、今日初めて会ったとは思えないぐらい力強いわ

 

 

 他の面々は知ることのない。

 

 二人に向けて微笑んだ、そのマミの表情の意味。

 

 

———さて、後ろで色々と話して欲しそうにしている人達もいることだし

 

 

 

 カチャ、と軽く小気味良い音を立ててマスケット銃を構える。

 

 新たに呼び出した銃で別々の場所を狙いながらも、その目が捉えるのはただ一つ。

 

 自分が倒すべき、敵。

 

 それは魔女。

 

 

———せっかくのところ悪いけど、一気に決めさせて貰うわよ!

 

 

 二発の銃弾が、戦いの始まりを告げ知らせる。

 

 それは本当なら、一人で始まるはずだった戦い。

 

 有り得なかったはずの多数に見守られ、彼女は戦い始める。

 

 それは誰の仕業だろうか、本来なら些細なことで曲がるはずのない、既に形成されていた歴史というものが変化したのは。

 

 誰も知らないし、彼女もそれを気にすることなどない。

 

 ただ彼女は未来を信じ、今を戦い続ける。

 

 既に手に入れた未来の対価を、支払うために。

 

 

 

 

 【UBW〜見滝原魔女異端】こうご期待!

 

 

 

 




 一万六千文字、いつもより少ないけど番外話としては十分でしょう。打ち切り嘘とかは性分に合わないので、こんな形に。
 無事に新年度を迎えることが出来たお祝いに、執筆させていただきました。
 作品の雰囲気を出来る限り再現しようと、いつもとは違う文章形式を取らせて頂いているので、見苦しかったかもしれませんね。
 ダッシュなんかは普通に全部発言なんですけど、心中での独白にも見えるからややこしい。
 いつもと違う文章というのも、書いていて楽しかったんですけど。
 あと蛇足ですけど、マミさんサイドも書きたかったなぁ‥‥。
あそこからちょっと原作とは違った展開に、とかいうのも想像できて面白い。
 まぁ後書きもこの辺で。
 四月馬鹿企画ではありますけど、真っ当な外伝として残しておきますので。ノシ
 それでは次話も頑張って執筆していきたいと思います。どうぞ今暫くお待ち下さい!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。