UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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執筆?してますよ!
今はね、「赤城のグルメ」という艦これ連載やってますよ!
ワハハハハハハ!!連載増やすと大変ですよね!!

追伸:2-4突破しました


Steins;Gate〜並行交叉のウィザード

 

 

 

side Kyoma Houoin?

 

 

 

「‥‥あぁ、俺だ。大変なことになっている。どうやらこれも機関の陰謀らしい、兵糧庫(れいぞうこ)の中の備蓄食料が消失している。

 それも特に、ネクタルに匹敵する選ばれし者のための知的飲料たるドクペのみが‥‥ッ! あれは狂気のマッドサイエンティストたるこの鳳凰院凶真が虹色の脳細胞を活性化させるために必要な唯一の糧。これを攻撃してくるとは、奴らも遂に本気ということか‥‥」

 

「オカリン妄想乙。もう何回言ったかわかんねーけど、妄想乙。あとそれ多分持ってったの牧瀬氏だと思われ。今日はオカリンが買い物出てってからずっとラボにいたけど、一番最後に僕の前でドクペ飲んでたのって、牧瀬氏だし」

 

「何ッ?! 助手め、いったい何のつもりだ‥‥! くっ、我が忠実なる右腕よ、何故それを黙って見逃した!」

 

「いやいや、オカリン自分のこと棚上げしすぎっしょ。ちょっと前に牧瀬氏のプリン勝手に食べてたって証言があったので、そこは止められねーだろ常考。ところで『私のプリン‥‥』って、ちょっと思わせぶりな台詞じゃね?」

 

「黙れHENTAI!」

 

 

 日本は東京、秋葉原の某所にひっそりと存在する我がラボ。その名も『未来ガジェット研究所』。

 こじんまりとしたビルの一階には地デジ化に伴い廃業の危機も間近な、偏屈な主人兼家主が構えているブラウン管工房。そしてその二階部分にあるのが、ここだ。

 うだるような暑さにも関わらずエアコンはなく、オンボロでサボり癖のある扇風機だけが涼をとる手段。そしてそんな中で二人のいい大人と数名の女性が、ウダウダ過ごしているわけである。

 

 俺の前でラボ備付のパソコンの前に座り、いかがわしい類のゲームをしているのは我が忠実かつ優秀なる右腕(ライトアーム)。スーパーハカーのダル。

 ぱっつんぱっつんのTシャツinズボン、+帽子と今時には珍しいだろうテンプレ的なヲタクファッションに、一昔前の柔道家のようなアンコ体型。だがコンピューターや機械を扱わせれば右に出るものはなく、どんなファイヤーウォールでも突破してしまう超人的なハッキング技術を持っている。

 そのダルが言うにはドクペを持って行ったのは、ラボメンアンバー004、若干18歳にしてサイエンス誌に論文を載せる程の天才少女、牧瀬紅莉栖だという。

 

 

「くっ、悪いなまた俺だ。まったく、味方の裏切りとは予想もしていなかったぞ。機関による人心操作の手は我が助手にまで及んでいるというのか」

 

 

 使い慣れた赤い携帯を耳に当て、俺は普段からやっている報告をした。

 ‥‥なんてことはない。ただの“フリ”だ。報告する相手なんかいなくて、いわば独り言と言える。

 そう、本当なら応答などないはずだった。

 

 

『———なんだ、また君か。いや、別に今は付き合っても大丈夫だけどね。それで今度は一体どうしたんだい? 前の報告ではまだ今まで通り機関とやらとの戦い続いていたはずだけど』

 

 

 ‥‥通話状態にない、それこそスリープ状態のままの携帯電話から聞こえてくる、青年の声。

 ここ最近聞きなれてしまっていた声は、また軽い調子で俺の独り言に返事を返してきた。親しみやすい、柔和な声色にからかうような響きが混じっているのもいつものこと。今日もまた、俺の妄想話を楽しみにしているのだろう。

 

 

『おっと気を悪くしないでくれよ、別に君のことを疑っているわけじゃないんだ。何せこんな関係だからね、君と僕とで生きている世界が違うって言っても、不思議なことじゃあないだろうさ』

 

 

 いつ頃からだろう、彼と俺との奇妙な関係が始まったのは。明確に思い出すことは出来ないが、そこまで昔の出来事じゃない。

 ある日突然、この携帯電話にいつものように報告をすると、彼につながるようになっていた。それこそ理由は我がラボが偶然にも開発した時を超えるメール、Dメールよりもさっぱりだ。

 話す内容は、たいしたことではない。それこそいつも俺が報告していることを彼が聞いて、感想を言うだけだ。

 たまにやりとりをすることもあるが、基本的にそれは変わらない。通話は俺から彼への一方通行で、俺の報告が彼の携帯にがっても、彼からかけた電話が俺の携帯に繋がることは未だかつてなかった。

 

 

「何を言う、機関との戦いは我が聖戦である。世界の支配構造を破壊し、画一された無個性と堕落、恭順と怠惰という名の秩序を退け、世に混沌を齎すためのジ・ハードなのだ!」

 

『聖戦とジ・ハードって本質的には同じ意味だと思うんだけどね。まぁ、俺の常識と君の常識が違う可能性は否めないけど。君からの断片的な情報では君の生きている場所がどのような世界なのかというのは、俺の常識で判断するより他にないからなぁ』

 

「ていうかオカリン、ジ・ハードだとTHE HARDとかまったく別の意味に聞こえると思われ。そもそもジハードって、英語じゃないだろ常考」

 

「ええぃ貴様ら互いの声も聞こえていないのに何故そこまでシンクロして苦言を弄するのだ?!」

 

 

 謀ったかのようにピッタリのタイミングで口々に突っ込まれ、思わず口をつぐんでしまう。

 いや、いいのだ、別に気にしてなどいない。天才にも間違いはあるのだからな。

 

 

「いつになく独り言長ぇなぁと思ったら、また“例の人”と話してたのかオカリン」

 

「その通りだ、ダル。機関との戦いを情報という面からサポートする我が同志への報告は当然の義務だろう」

 

『なんか誤解を生じる言い方してるけど、俺としては君の話を聞いてるだけの分際に過ぎないつもりなんだけどね?』

 

「オカリンに代わってもらっても俺じゃその人の声、聞こえねー謎仕様だかんなー。正直オカリンのいつもの妄想乙って切っちゃってもいいのかもしんねーと思うわけだが」

 

「マイフェイバリット・ライトアームよ、正直俺にもよくわかってない」

 

「それ、ダメじゃね?」

 

 

 毎日、というわけではない。下手すれば一週間どころか二週に一回程度のこの通話。

 最初はひどくぎこちない、猜疑心に満ちたやりとりであったソレも時間が経てば日常的なものと化し、今では繋がると時と繋がらない時と、どちらもまったく変わらず独り言を続けることが出来るようになっていた。

 ちなみにダルの話は真実だ。一度興奮して我が右腕たるダルと彼に話をさせようと思ったのだが、不思議とダルに電話を代わっても、彼の声がダルに届くことはなかったし、同じようにダルの言葉が彼に届くこともなかった。

 どうやら彼と俺との間だけ、通話が成功するというのはどの状況においても変わらない原則的事柄らしい。ちなみに代わっている間、通話が切れているということもなく、彼の話によれば只の無音状態で、ついでに言えば俺の周囲の物音なども一切聞こえないと言う。

 

 

『世界の支配構造の破壊、ねぇ。君の世界が誰に、何によって支配されているか俺の知るところではないし、それを応援するということもないけれど‥‥。

 君が世間一般でいうところの日常と乖離した生活を送っているというならば、その無卿を慰める一助になれればとは思うよ。そちらに俺が干渉する気もないし、そちらから干渉されるのも望むところではない。とすれば、互いに話をするぐらいしか出来ることはないのだしね』

 

「同じく俺も、貴様がどのような人間なのか知らないのだがな。名前すら教えない電話の向こうのジョン・ドゥ」

 

『そりゃあお互い様だろう、狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真?』

 

 

 彼は、俺との通話の異常性を周りの人間に打ち明けてはいないのだという。

 なんでも彼自身、そして彼を含む環境の殆どが秘密主義を旨とするものであり、こんな秘密を打ち明けたが最後、実験対象として面倒なことになるのは目に見えているし、ともすればアイデンティティーの崩壊たる因子を含めており、存在すら抹消されかねないとか。

 俺と同様、それがどこまで真実なのかは分からないが、もしそれが本当だというのならば相当に特殊な研究環境にいるようだ。まぁ、研究者であるということを仮定しての話だが。

 ‥‥いや、今の俺が置かれている、それこそこの不思議が通話が始まった頃には想像もつかなかった得意な状況を考えれば、あながちそれも嘘や冗談の類ではないのかもしれないのだがな。

 

 

「‥‥久しぶりに通話が長く続くな」

 

『まぁ今は互いに暇なんだろう? 確かに今までは君の一方的な報告に一言二言感想を返して、“エル・プサイ・コングルゥ”で終わりだったから、新鮮ではあるけれど』

 

「報告は簡潔に、必要なだけというのが俺のポリシーだ。‥‥だがそうだな、ここ最近はその頻度も少なくなってきていた、か」

 

『忙しかったらしいじゃないか。Dメール、だっけ? 時を遡るメールに、記憶を過去の自分に転写する装置の作成。俺も大概世間一般に比べて異常な世界にいる自覚はあるけど、俺の常識に照らし合わせても相当に異常だとは思うよ』

 

 

 電話の向こうの友人は、珍しくも少し真剣な声色を混ぜて返してくる。そういえばDメールについては話をしていたが、その途中に判明したSERNの陰謀やタイムリープマシンについては一切を漏らしていない。

 もちろんあのあまりにも危険過ぎる世界の秘密や、俺たちの存亡を揺るがしかねない実験については、とてもじゃないが一部の人間を除いて公表するわけにはいかないだろう。

 

 

「まぁ待っているといい。わがラボは今にDメールを超える、世紀の大発見を成し遂げる。その時はまた、いつものように報告しよう」

 

『その時は、きっと今の君の研究内容からして俺にも情報が来るとは思うけどね。まぁ、その時を楽しみにしているとするよ』

 

「うむ、それではさらだば。エル・プサイ———」

 

『コングルゥ』

 

 

 通話ボタンを押す必要もない。ただ電話を耳から離し、ポケットに仕舞うだけ。

 ただそれだけの動作で、きっと向こうでは通話が切れているのだろう。試行錯誤の結果とはいえある程度の原理が判明している電話レンジ(仮)と異なり、俺の携帯であるこれについては全く以て招待がつかめなかった。

 Dメールにかかりっきりの状態で新たに実証を始めることも難しいが、何よりこれは俺の携帯である。

 いや、別に自分の携帯で実験をするのが嫌だというわけではないのだ。狂気のマッドサイエンティストであるこの俺は、実験のためならば何であれ利用するつもりなのだから。

 だが、この携帯を変えるということは、今やっているDメールの実験に支障が出る可能性があるのだ。このアドレスを変えてしまえば未来からのメールが届かず、下手すれば二度と未来が変わらない、変えてしまった元の未来に戻れないということもあり得る。

 

 

「‥‥ふぅ、全く、ままならないものだな人生というのは」

 

「大雑把にまとめすぎだろオカリン。ままならないのはタイムリープマシンの製作である件について。

 ていうかオカリン、牧瀬氏から頼まれた部品、ちゃんと買ってきたん?」

 

「もちろんだ! ‥‥しかし紅莉栖は何処へ行ったのだ? 俺に雑用を任せて、自分はドロンするなど‥‥」

 

 

 先ほどダルが言った通り、どうやら紅莉栖は俺が足りなくなってしまった部品を買い出しに行っている最中に何処かへ出かけたらしい。

 俺にパシリをさせておいて出かけるとは、どうしようもない奴だと普通なら思うだろうが‥‥実際、ことタイムリープマシンの製作について、俺は一切役に立たないと言っても過言ではなかった。

 ‥‥いや、馬鹿にしてもらっては困る。こう見えてもそれなりに真剣に、技術大国日本の未来を背負って立つ技術系の学生としての自覚の下に勉強はしている。

 だが、やはり18歳にしてサイエンス詩に論文が載る程の天才変態少女。そして我が優秀なるマイフェイバリットライトアーム、稀代のスーパーハカーであるダルの二人が必死こいて作っている機械なのだ。

 いかに俺が狂気のマッドサイエンティストとはいえ、あの二人は俺ですら認めざるをえない頭脳と技術の持ち主。ならば、あの二人に任せた方が効率がいいのは間違いないだろう。

 

 

「‥‥仕方がないな。まゆりが帰ってくるまで、ジャンプでも読むか」

 

「オカリン、いい加減に電車の中でも堂々とジャンプ読む癖なんとかしろし」

 

 

 ふむ、おそらくまゆりも紅莉栖と一緒に帰ってくることだろう。あいつは秋葉原をぶらぶらすることが多いから、きっとその途中で間違いなく紅莉栖と接触してくることだろう。根拠は無いが。

 タイムリープマシンの製作はまだまだ時間がかかることだろう。だが、既に終わりは見えている。

 何せ我がラボが誇る天才二人が総力を挙げて研究をしているのだ。はっきり言わせてもらうが、こと小規模な実験と検証に依るものならば、我がラボは何処の研究機関にも勝るとも劣らぬ成果を上げるに違いない。

 

 ‥‥あぁ、ただの居場所であったはずの、この『未来ガジェット研究所』。

 俺とまゆり、ダルだけでずっと続いていくのだと思っていた、この胡散臭くも居心地の良い研究所が、このように一丸となって一つの目標に、それこそ世紀の大発見と言っても過言ではない大実験に取り組む日が来ることになるとは、いったいどうやったら予測できただろうか。

 それを目的としていたわけではない。本当は、心の何処かで「大事になってしまった‥‥」と臆病を晒している自分がいるのだと思う。

 

 

「‥‥確かに、どうしてこうなった、とは思うがな」

 

 

 けれど、今の時間はかけがえのない大切なものだ。

 いつの間にか、それこそ全く予期していなかった出会いの数々を経てラボメンとなった仲間たちも、大切なものだ。

 だからきっと、俺もなんだかんだ今を楽しんでいるのだろう。怠惰な日常ではなく、刺激的な毎日。

 不安な要素は確かにいくらでもある。トンデモないことに手を出しているのでは、という懸念は未だに拭えないが、だとしても、紅莉栖の好奇心を、何より俺の好奇心を止めることは出来ないし、もはやその段階はとうに過ぎてしまっているのだろう。

 

 

「くっ、ダメだ、のんびりジャンプなど読んでいられるか! さぁダルよ! 助手達が戻ってくる前に再度、機材の組み立てを試みるぞ!」

 

「やめとけってオカリン、この前も勝手に部品いじって牧瀬氏に怒られてただろ空気嫁jk。ていうか僕の手がけた回路壊されたりしたら機嫌が有頂天と化すし、マジでやめろよな」

 

「うぐ‥‥ま、まぁこの程度のことに俺の手を煩わせることもあるまい。ラボメンがそろうまで、ゆっくりと待っているか‥‥」

 

 

 だからこのときの俺は、この居心地の良い空間が続いていくことを、微塵も疑っていなかった。

 自分でも言った通り、不穏な気配自体は前々から感じていたというのに。これが危険なことであると、懸念を持ってしかるべきことだと、そうわかっていたはずなのに。

 

 全ては俺の招いたこと。ラボの主である、俺が軽率でなければ、俺が思慮深ければ、俺が慎重だったなら。

 そう思わずにはいられない悲劇も、延々と続く地獄も、全ては自業自得。否、自業他得と言うべきなのだろうか。

 俺の成したことで、俺以外の仲間たちが、大切な仲間たちが危険に晒される。故に俺は俺を許せない。俺は失ってしまったものを、取り戻さなければいけない。

 いずれ来るだろう精神の摩耗も、袋小路も、薄々と予期していながらも回避することなどできはしない。

 初めに俺がしでかしてしまったことが原因なのだ。それを拭い去らなければ、すべては確定されてしまったままだ。

 だから俺は続けるのだろう、何十回にも、何百回にもわたるだろう繰り返しを。

 まるで機械のように、淡々と‥‥。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「‥‥‥‥」

 

「どうかいたしましたの、ショウ? 先程から携帯電話ばかり睨みつけて」

 

 

 レースのカーテンで程よく減じられた穏やかな日光が差し込む部屋の中。一流のバイオリニストが奏でる音色をBGMに、最高級のアールグレイと絶品のショートブレッドでのティータイム。

 周りを見回せば、英国調の洋室には上品な本棚がインテリアの由緒正しい正統派の書斎。何故か据えてあるピアノの隣で“淑女の嗜み”であるらしいバイオリンの練習をしていた我が三年以上にもわたる公私共のパートナー、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは怪訝な声を発した。

 

 

「いや、別に大したことじゃないよ。最近は橙子姉からも心配そうな連絡もないしね。いやいや、まさかあの橙子姉が三日に一回もメールをくれるようになるとは‥‥」

 

「それは貴方が散々心配をかけたからではなくて? お姉様方にも、(ワタクシ)達にも」

 

「‥‥本当に悪かったってば。もうあれから一年以上も経つんだし、頼むからそのぐらいで勘弁してくれよ」

 

「別に怒っているわけでも根に持っているわけでもありませんわ。‥‥ただ、貴方は放っておくといつかまたとんでもない無茶をしそうですから。

 まったく、いつもは慎重な研究家という顔をしておいて、本当の本当に重要なところでは無茶ばっかり! 振り回される私達の苦労も考えてほしいものですわ!」

 

「普段は俺の方が君たちに振り回されてばっかりなんだけどね‥‥」

 

 

 拗ねたようにそっぽを向いてフンと横目でこちらを見やる、完全無欠のお嬢様。

 オレンジ混じりの金髪は燦々と降り注ぐ陽光のようで、栗色の瞳は一流の研磨師によって磨かれた宝玉そのもの。映り込む知性の色には否応なく魅かれてしまう。

 身にまとった青いドレスは清冽な彼女の魅力を引き立て、特徴的なドリルのような髪型は‥‥なんだろう、もう見慣れたから個性の一種だと思うんだけど、初見の人にとってはかなり珍しい部類に入るんじゃあるまいか。

 けど彼女らしいのは、その特徴的な髪型がこれ以上ないくらいに似合っていることだろう。普通の、同じ年頃の女性がこの髪型をすると、派手やら目立つやらで野暮ったいことこの上ないのだから。

 

 

「しかしルヴィア、難しい顔をしているといえば君もじゃないか。もしかして、大師父の課題の進捗は芳しくないのかい?」

 

「‥‥悔しい限りですけれど、その通りですわね。一つの家を背負って立つ者として後の者に誇れるだけの研究をしている自信はあったのですが、大師父の出す課題はそれを数段先んじておりますの」

 

「へぇ、流石は魔法使いだな。君レベルの魔術師が相手でも、魔法と魔術の間にはそれだけの差があるってことか‥‥」

 

「何を他人事のように言っておりますの。他ならぬ貴方のお姉様も、その人外魔境の一員ですのよ?」

 

「いやぁ青子姉の魔法はちょっと、俺の守備範囲から外れるからなぁ‥‥。結局のところ守らなきゃいけない秘密ではあるけど、それ以上は俺に関係ないし、だとすると青子姉も普通の人だよ」

 

 

 去年に起こったとある事件によって、今まで全くもって理解の外、というよりは認識の外であった『魔法・青』がどんなものなのか、俺たちは漠然とだけど知ることになった。

 とはいっても第五魔法とも呼ばれる青子姉の使う魔法は結局のところ、その実態を知ったところで原理など全くもって検討もつかず、ましてや研究対象に選ぶなど、とてもじゃないけどやりたくない。

 いや、まぁとっかかりぐらいなら分からないでもない。けどそれって『第二魔法は宝石魔法を研究していけば、到達できる』って言うのと同じぐらいのレベルだ。ましてや俺の研究課題とまったくかぶらないというのに、今までの研究成果を捨てて新しく選ぼうなどとはとてもじゃないけど勘弁して欲しいところだ。

 何より“あの”橙子姉が———本人の前では口が裂けても言えないけど———辿りつくことの出来なかった極みである。青子姉を見ていれば、真っ当な方法で辿りつけるものではないということぐらいは簡単に分かるというものだった。

 ‥‥あと、魔法云々が無かったところで、あの青子姉を普通と形容するのは聊か以上に無理がある気がする。

 

 

「これでも義弟だから、出来ることならば青子姉や橙子姉の技術を継承したいとは思っているけど‥‥

 それでもあくまで運命に干渉するのが、魔術師としての俺の目的だからね」

 

「次元論は専門分野ではない、と言うことですのね。そう考えてみると、どちらかというと私達の方がまだ可能性がありますわ。もっとも第二魔法を目の前にして浮気するつもりはございませんけれど」

 

「まぁ結局のところ、俺は魔術師で在ることを選んだから。一度選んだ研究を捨てるのは、ちょっとね。

 ‥‥しかしまぁ、考えると青子姉と橙子姉が結婚して子ども出来なかったら、第五魔法って失伝しちゃうのかな‥‥?」

 

「そういえばアオザキの家系はその血脈に魔法を継承する特殊な家でしたわね。確か傍流もございませんでしたわよね?」

 

「そうだね、蒼崎の家で次代の世代は、青子姉と橙子姉と俺の三人しかいない。傍流の家系も無いし、俺は血がつながっているわけじゃないから‥‥」

 

 

 魔法。

 魔術という言葉と、魔法という言葉の間には明確な違いが存在する。それこそ、拳銃と機関銃、否、拳銃と戦艦の大砲ぐらいに異なる明確な違いが。

 言うなれば魔術とは、廃れてしまった技術である。すでに科学に追い越され、時代遅れの退廃した技術でしか現象を再現出来ない骨董品(アンティーク)。その全てを科学にて代用出来る、埃の積もったガラクタ同然の代物だ。

 

 対して魔法とは魔術、そして魔術を代用出来る科学とも隔絶した存在である。

 即ち人類では、あるいは超越者たる魔術師ですら辿り着けない極み。そこに辿り着くことは、魔術師としての目的の一つ。根源に繋がった秘奥。

 歴史上存在した魔法はたったの五つ。そのうち、現存する魔法使いはたったの四人。

 一人は目の前でヴァイオリンの整備をしている我が相棒(パートナー)、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの師である吸血鬼。死徒二十七祖が第四位、宝石翁、万華鏡(カレイドスコープ)、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。

 そしてもう一人が我が愛すべき義姉、ミス・ブルーこと第五法の使い手、蒼崎青子。彼女の使う魔術は次元論に属する、宝石翁と同じくこの世界、この時間に縛られない。()のオシリスの砂の称するところ、乃ち世界の終焉に立ち会わぬ流浪者である。

 

 本来ならば魔法とは、今、隣でルヴィアが悩んでいる通り、魔術の研鑽の果てに辿り着くものであるはずだ。だが、こと第五魔法に関しては話が違うらしい。蒼崎の家は、魔法を継承するのだ。

 極東の魔術貧乏な国、日本の家柄でありながら、魔術協会では悪名ながらも高い知名度を誇る蒼崎家。魔法を継承する、というのはどうやら血族の者に魔法使いが出ることが多いという意味らしく、特に青子姉なんかは何が何やら分からない内に魔法が使えるようになってしまったとか、心底ワケの分からない継承の仕方をしているらしい。

 ちなみに当然のことながら第五魔法は血族にしか受け継がれないから、俺が魔法使いになることは百パーセント無いと言える。そして同様に、“既に定まってしまっている魔法”を俺が使えるようになるとも、どうしても思えなかった。

 

 

「まぁ第五魔法については、なるようになる気がするよ。今の継承者が、他でもない青子姉だからね」

 

「‥‥確かに、ミス・ブルーですものね」

 

 

 苦笑するルヴィアを横目に、胸ポケットに入れた煙草の箱を人差し指で軽くトンと叩いて見せる。

 これは俺とルヴィアの間での符丁のようなもの。いわば『煙草を吸ってもいいかな?』という無言の合図。瞳の動きだけで許可をくれたルヴィアに俺もアイコンタクトで謝意を示し、綺麗な真っ白いレースのカーテンと華奢なガラスの窓を開き、取り出した煙草に橙子姉から貰った骨董品(アンティーク)のライターで火を点けた。

 細かな装飾の施された大きめの頑丈なライターは、何時何処でも持ち歩くもう一つの相棒のようなもの。流石は橙子姉セレクト、不思議とどんな事故にあっても壊れず、重宝している。

 

 

「‥‥ふぅ、臭いが気になったら言ってくれよ?」

 

「それこそお気になさらず。それに貴方ならば風がこちらに流れた時点で、火を消して下さるでしょう?」

 

「随分と信頼されたものだ。まぁ、悪い気はしないけどね」

 

 

 吸い込んだ紫煙をルヴィアに向かわないように注意しながら宙へと吐き出す。

 “あの”事件から以来、どうにも煙草の量が増えてしまったように思える。やはり精神に負担を強いられていたのだろうか、今までは毎日吸わなくても良かったのが、今では毎日思わず煙草に手が伸びる。

 もっとも魔術師ならば煙草ぐらいじゃ体を壊すことはない。とはいえあまりよろしくないのも事実で、こうやって了解を貰っていながらも、ルヴィアはあまり良い顔をしていなかった。

 多分、煙草を目の前で吸われることが嫌というよりも、俺の体を心配してくれているんじゃないかと思う。もし、それが自惚れでさえなければ。

 

 

「‥‥それでショウ、理由は教えて頂けませんの?」

 

「え?」

 

「先程から携帯ばかり気にしてらっしゃる理由ですわ。もともと貴方はそこまで積極的に携帯を使う人ではなかったでしょう? それが最近では普段なら一瞥もしない携帯電話を一日にニ、三回は開いておりますわよ。

 もちろんお義姉様方からのメールもあるのでしょうが、それにしても不可解ですわ」

 

 

 そもそも携帯電話というものを所持していない彼女に言われても説得力は無いけれど、確かにもともとあんまり、いや、殆ど携帯を触らないタイプの人間である俺にしては、不思議なことなのだろう。

 ただ単に着信履歴をチェックするだけだから一瞥するだけで終わるのだけれど、それでも普段は所持していることすら忘れられてしまうぐらい放置している代物がちらちら顔を出すとなると、確かに誰であっても気にはなる。

 

 

「‥‥まぁ、別にたいしたことじゃないんだよ。ただ、今までずっと週に一度、二週に一度ぐらいは連絡があった友人からの便りが途絶えて久しいなぁと思ってね」

 

「友人? 時計塔の学生ですの? でしたら研究か何かで工房に引きこもるのはさほど珍しいことでは‥‥」

 

「あぁいや、そいつは魔術師でもなんでもないよ。いや、なんでもないはずだ、って言った方がいいかもしれないね。なにせ、会ったこともないんだから」

 

 

 薄い紫色の、青と橙の飾り石のストラップをつけた携帯電話の表面をなぞりながらそう言うと、ルヴィアはぱちくりと宝石の瞳を覆う、ビロードのカーテンのような瞼を瞬かせる。

 ともすればひょうきん、あるいは普段の態度に似合わぬ可愛らしい仕草に思わず唇の端が持ち上がってしまうけど、それをからかわれていると判断したのだろうか、彼女はすぐさま若干の不機嫌を滲ませた声色で疑問を口にした。

 

 

「おふざけにならないで、ショー。会ったこともない人間と、どのように電話番号を交換したというのんですの?」

 

「今ではインターネット上の掲示板でいくらでも匿名で交流することは出来るさ。もっとも俺と彼の場合、そんな単純なファーストコンタクトじゃなかったけれどね」

 

 

 既に半年近く絶えて久しい便り。

 宛先不明の通話履歴は、今では完全に過去のものとして埋もれ、跡形も残っていなかった。

 

 

「‥‥なぁルヴィア、電話の混線って、頻繁にあるものだと思うかい?」

 

「はい?」

 

「俺たち魔術師はそろそろ認めるべきだと思うんだけど、科学はとっくの昔に魔術を凌駕している。そりゃ新技術を導入したりしていれば色々と初期不良の類だってあるかもしれないけれど、携帯電話っていうのはごくごく最近普及した技術とはいえ、既に確立したものだと思う。まぁ、専門家じゃないからよく分からないけどね」

 

 

 そも、魔術師にとって機械の類は忌避すべきものだ。

 科学によって代用、あるいは凌駕されてしまう骨董品(アンティーク)、あるいは時代錯誤(アナクロ)である魔術師を誇りを持って行使する我々は、科学に迎合してはならない。

 ともすれば負け惜しみや畢竟な矜恃の類に見えてしまうかもしれないけれど、俺達にとってそれはごくごく当たり前のことである。

 言うなれば、そうだな‥‥カメラマンがデジタルカメラではなく、アナログな一眼レフなどを頑なに使い続けるようなものだろうか。ちょっと意味が違うけど、そんなものだ。

 魔術師で”在る”以上は科学におもねってはいけない。決して科学を軽視しているわけではないけれど、それでも魔術と科学とは水と油のようなもの。

 万人に、容易に与えられる科学ではなく、馬鹿らしいくらい長い年月を、馬鹿らしいぐらい永い世代を積み重ねて尚、果てが見えない学問を、神秘を学ぶことを選んだ超越者。

 その矜恃を示す慣習、決まりごと。それを自然と実行しているってわけ。

 閑話休題。ちょっと話が逸れちゃったな。

 

 

「‥‥私は携帯電話を持ち合わせておりませんから何とも申し上げられませんが、確かに最近では電話の混線などあまり聞いたことがございませんわね。昔の、それこそ電話交換手という職業が現役だったころならまだしも」

 

「うん、俺もずっとそう思ってた。‥‥彼からの、電話がなければ」

 

「彼‥‥ですか?」

 

「あぁ、顔も知らなければ、会ったこともない友人さ」

 

 

 いつだろうか、彼と初めて話したのは。

 突然かかってきた電話には、電話番号の表示すらなかった。本来ならば番号が表示されるところにはただの空白で、携帯電話という媒体ではありえない事態を訝って出てみれば、よくわからないことをペラペラと喋り続ける青年の声。

 言っていることは思わず眉をひそめてしまう陰謀論の類だけれど、問題は、それが本当なのか虚言なのか、判断する手段を俺が持っていないということで、それ以来その“報告”を聞いている間だけの関係ではあるけれど、友人として話をしていた。

 

 

「‥‥そんな大事なことを今まで秘密にしていたんですの」

 

「まぁどう頑張っても仕組みが理解出来なかったからね。神秘に関係あるかも分からないし」

 

「確かにどちらかというとオカルトに近い事象ですわね。相手が文明の利器では私達の検証の仕方も通用しないでしょうし‥‥」

 

「本当にたいしたことは話してない、ただの話し友達みたいなものだから、わざわざ君に言うまでもないと思ってね」

 

 

 互いに魔術師で、神秘についての話をするというのならばそれは別だろう。これが携帯電話ではなくて、自室に謎のゲートが開いたとかならまた話も違う。

 けれど俺と彼、鳳凰院凶真との関係は本当に話し友達以上の意味合いを持たない。彼の話すよく分からない陰謀論めいた機関との闘争の報告を聞いて相槌を打つだけ。

 言うなればセイバーとガブローシュ、ミスタ・ジョージとの関係にも似てる。そんなものわざわざルヴィアに言うまでもない。いくら彼女が公私ともに大切なパートナーだとはいえ。

 

 

「べ、別に妬いているわけでも何でもありませんわ! 貴方が誰とお付き合いしていようと、私に関係あることではありませんものね!」

 

「何をムキになってるんだ君は」

 

「だから、別にムキになどなっておりませんと申し上げたでしょう?!

 ‥‥それで、その彼から連絡がないから、そうやって携帯電話を気にしているということですの?」

 

「まぁ、そうなるね。さっきもいったとおり今までは週に一回、あるいは二週に一回ぐらいの割合で繋がってたんだ。けど、ここ半年近くめっきり便りがない‥‥。

 便りがないのは良い便りって言葉もあるけど、ちょっと彼の性格からは外れるかな。何か事故にでも遭ってなけりゃいいんだけどな」

 

「電話越しにしか話しをしたことがない友人のことを、よくもまぁそこまで心配出来るものですわね。それも貴方の美徳といえばそうなのかもしれませんが」

 

「止めてくれよ、背筋がムズムズする」

 

 

 ‥‥だけど、実際気になるといえば気にはなる。

 秋葉原で暮らすという彼は話を聞く限りはごく普通の大学生で、陰謀論めいた報告も、何処か真剣味を感じさせない。俺みたいに非常識な世界に身を置いている人間特有の空気を感じなかったのだ。

 もちろんそれが擬態である可能性は否めないけれど、俺の見立てではそんなことはない。生憎と一般人ではない、超越者である魔術師としての感性が完全に確立してしまってはいるけれど、まだ他の生粋の魔術師に比べれば、そのあたりの判断は出来るはずだし。

 

 しかし最後の“報告”での彼の様子は、電話越しながらも少しおかしかったように思える。

 何処はかとなく興奮を滲ませ、危うかった。何かを隠しているような感じがした。さらに詳しく言うならば、まるでどっきりを隠している子どものような‥‥。

 

 

「———ッ?!」

 

「おや、着信のようですわね」

 

 

 突如、久しぶりに震え出す携帯。

 基本的にメールで連絡を寄越す橙子姉や青子姉、時計塔で必要な会話や連絡は済ませてしまう遠坂嬢、衛宮からは電話なんて殆ど来ないから、相手は限られて来る。

 携帯の画面を見れば、つい半年前までは見慣れた電話番号の無表示。なんというタイミングだろうか、噂をすれば影とは、このことだ。

 

 

『———俺だ』

 

 

 ややくたびれた、青年の声。

 たった半年ぶりだというのに、元々少し年老いて聞こえる彼の声は、数段くたびれたものになっていた。

 まるで何もかもに疲れてしまったかのような声。とても俺より三つも四つも下の若者が出す声じゃない。ましてや平和な日本で暮らしているのならば、なおさら。

 

 

「‥‥君か、随分と久しぶりだね」

 

『あぁ、そうか、そういえば“報告”も久しぶりだったな。‥‥機関の妨害が、いや、世界の妨害が俺が目的を果たすことを妨げていたのだ』

 

 

 ちらりと隣のルヴィアに視線をやると、怪訝そうな顔をしていた。

 このぐらいの距離にいるなら普通は携帯から漏れた音で会話の様子が分かるはずなのに、どうやら彼女には何も聞こえていないらしい。

 ‥‥考えてみればそれも当然で、そういえば凶真の友人であるという人に電話を替わってもらった時は、その声はおろか周囲の物音も一切聞こえない無音状態だった。

 それはこちら側にも、ルヴィアにも適応されているのだろう。この携帯をスピーカーモードに変えたところで、彼女には何も聞こえないか、あるいは俺にも何も聞こえなくなるかのどちらかの可能性が高い。

 

 

「半年ぶり、ぐらいか。こんなに長い間、いったい何をしていたんだい?」

 

『機関との、世界との戦いだ。時間を操り、現在(いま)を繰り返し‥‥。

 ———いや待て、貴様は今なんと言った?』

 

 

 くたびれた声が、事情を話さないままに切り替わる。

 何かとてつもないことに気がついた様子。まるで生気がこもっていなかった声色に、真剣な色が加わった。

 

 

『俺は何度も何度も、あの三週間を繰り返したのだぞ。今も繰り返しの最中だ、俺以外は、運命探知(リーディングシュタイナー)を持つ俺以外の人間は、繰り返しを知覚出来ないはず。

 そうだ、お前もまた三週間より多い記憶を保有しているはずがない。だというのに、何故そんなに時間が経ったと感じている‥‥ッ?!』

 

「いったい何の話をしているんだ? 少し落ち着いてくれ」

 

 

 ‥‥繰り返し?

 正直、言っていることが支離滅裂でよく分からないのだけれど、その言葉の響きは、気になる。

 魔術師として、蒼崎の人間として、“時間”に関係するその言葉を、聞き逃すわけにはいかなかった。

 

 

「‥‥やれやれ、どうやら久しぶりで、お互い状況の把握が出来ていないみたいだね。

 鳳凰院凶真、狂気のマッドサイエンティストが随分と参ってしまってるみたいじゃないか。もし良かったら、話を聞こう。俺もちょっと、君のその話には興味がある」

 

『‥‥俺の秘密を打ち明ける、そのメリットがどこにある? お前がそれを悪用しない保証は?』

 

「確かに、無いね。けれどホラ、電話越しとはいえ紛りなりにも俺たちは長い付き合いのはずだ。そのぐらいは信用してくれているとは思ったんだけど‥‥。うん、やっぱり随分と病んでるみたいだね?

 何の意味も、助けにもならないかもしれない。けれど、話せる範囲を話してくれないか? 少しぐらいなら、抱えているものを吐き出せるんじゃないかと思うよ」

 

 

『‥…ク、クク、ククククク。狂気のマッドサイエンティスト、か‥‥。笑わせる、俺は、幼馴染み一人、好きな女一人守れない愚か者だ‥‥ッ!!』

 

 

 ぽつぽつと、打ち明けられる事の顛末。

 俺にとっては半年近い、彼にとっては“あくまで”三週間の間の出来事。

 それは魔術と科学の、否、魔法と科学の交差する可能性。神秘に科学が追いつく一つの可能性を内包した、それこそ下手すれば時計塔が丸ごと動きかねない大事件。

 

 

「‥‥なんてこったい」

 

「いったいどういう話なんですの、ショウ? 私にはお相手の声が聞こえませんから、さっぱりですわ!」

 

 

 彼自身も、分かってはいまい。

 今、彼が思っている“重大な事柄”なんてものは俺の懸念に比べれば本当にたいしたことがないものだ。たかが一つの組織がどうこう、未来の世界の支配構造がどうこうなんて、そんなもの“俺たち魔術師”にとってはどうでもいいことばかりだ。

 そんなことよりも重要な、一つの懸念。それこそ世界の支配構造なんてものではなく、世界の構造そのものが揺るがされかねない大事態。

 

 

「‥‥詳しい話は出来ない。やれやれ、困ったもんだ。たかが一学生がやらかした程度の問題かと思ったら、事はトンデモないレベルまで達してるみたいだ」

 

『何か、知っているのか、名前も知らないジョン・ドゥ‥‥?』

 

「そうだね、生憎と君の抱えている、君の個人的な問題について直接的な助言は出来ないと思うよ。俺は科学者とは対局の存在だから、とてもじゃないけど科学的な解決法は提示出来ない。

 けれど、あぁそうだ、これは君にとってはあまり歓迎出来ることじゃないかもしれないけれど、どうやら黙って傍観しているというわけにもいかないみたいだよ、鳳凰院凶真」

 

 

 ‥‥研究は一段落ついている。そもそも魔術師の研究なんてものは時計塔に便宜上提出することになっている論文以外の、本来の研究については、それこそ何世代も、十何世代もかけて追求していくものだから一段落もクソもない。

 担当している講義も、少しぐらい休んだって問題ないだろう。学生の指導なら教授に頼めばいい。ルーン学科の教授は本当にいい人だから、ちょっと世話になり過ぎていて気が引けるけど、許してくれるだろう。

 

 

「助けになれるかどうかは分からない。けれど、必ずそっちに顔を出すよ。‥‥君にとって、何回目のループの時になるかは不明だけどね」

 

『なんだと? おい、待てジョン・ドゥ!』

 

「君の言い方を真似るならば、これも運命石の扉(シュタインズ・ゲート)の選択だよ。それじゃあ、エル・プサイ・コングルゥ」

 

 

 おそらく初めてだろう、こちら側からの通話の切断。電話の向こうで久々に素に戻った鳳凰院の声を聞いた気がしたけど、それも気にすることはないだろう。

 もしかしたら次に会うときは、彼にとって何回かループを重ねた後になるかもしれないしね。

 そんな愚にも付かないことを考えながら、俺は電話帳から、ともすれば橙子姉や青子姉以上に世話になっている人の番号へと電話をかけた。

 

 

「‥‥もしもし」

 

『もしもし、紫遙君かい? 久しぶりだね、今日はどうしたの?』

 

 

 聞く人に安心感を与える穏和な声。

 きっと電話の向こうでは今日もまた

、定時ギリギリまで橙子姉の無茶ぶりに振り回されているのだろう、そろそろ長い付き合いになる義姉の事務所に務める社員。

 多分、男の人の中では俺が最も信頼する人だろう。

 

 

「突然すいません幹也さん。今そちらは大丈夫ですか?」

 

『うん、今日はちょっと大口の仕事の処理が長引いたから、まだ事務所にいるんだ。よか

ったら所長に代わるかい?』

 

「いえ、今日も幹也さんに頼みがあって電話させてもらったんです。実は、調べて欲しい人物がいまして‥‥」

 

 

 穏やかな幹也さんが、電話の向こうでキョトンとしているのが目に浮かぶようだった。突然電話してきて、人探しをして欲しいと言われれば誰だってそんな顔をすることだろう。

 けれど、こと何かを調べる、何かを探すということにかけて幹也さんの右に出る人を寡聞にして俺は知らなかった。こういう仕事に関して、幹也さんはちょっと一般常識では測れないくらいの能力を見せるのだから。

 

 

『まぁ僕に出来ることだったら何でも言ってくれよ』

 

「すいません、お世話になります。

 彼は秋葉原を本拠地に活動している学生で、本名かは分かりませんが、鳳凰院凶真といいます。未来ガジェット研究所というところにいるらしいのですが、詳細は不明です。多分、白衣を愛用していて所構わず携帯を取り出して通話する癖がある」

 

『‥‥うーん、人相とかは分からないのかい?』

 

「すいません、人相どころかどこの大学の学生なのかも‥‥。ご迷惑をおかけします」

 

『いやいや気にしないでよ。それだけ分かってるならあとはお安い御用さ。それで、調査の結果はいつも通り郵便で送ればいいのかな?』

 

「いえ、俺はこれからそちらに一度帰ろうかと思ってます。おそらく一週間はかからないと思いますので、その時にお願いします」

 

『わかった。‥‥詳しい事情は聞かないけれど、この前みたいな無茶はあんまりするものじゃないよ。所長や妹さんもそうだけど、僕だって心配したんだからね?』

 

「一年近く経ってるのに‥‥幹也さんまで言いますか‥‥」

 

『そりゃそうさ。まぁ、そっちの話も楽しみに待ってるよ。じゃあね』

 

 

 軽く耳障りな音がして、通話が切れる。結構根に持つタイプのルヴィアならまだしも、幹也さんにまで釘を刺されてしまうとは‥‥。

 あの件に関しては俺だって猛省していると何度も

釈明したろうに、みんな一向に許してくれない。まぁそれも、心配してもらってるのだと考えればうれしいことなのかな。

 

 

「‥‥ちょっとショウ、ちゃんと説明して下さいませ。貴方の言葉だけでは何が何やらさっぱりですわ!」

 

「あぁ、すまないねルヴィア。でもこれはちょっと何かの片手間に説明出来るくらい簡単な問題じゃないみたいなんだ。とりあえず、大師父の居場所は分かるかい?」

かるかい?」

 

「は? 大師父でしたら、今日は執務室で雑務を処理しているはずですが‥‥。ショウ、あの方に何の御用ですの?」

 

「いや何、どうやら事は第五魔法だけの話に収まらないみたいだ。ともすれば君たちも、十分に巻き込まれるかもしれないよ。ちょっとお伺いを立てとかなきゃいけないと思ってね。君も準備してくれ、すぐに出よう」

 

 

 何故か当然のように用意されている綺麗な灰皿に煙草を擦り付けて火を消し、ジャケットを羽織る。

 隣でヴァイオリンを片付けていたルヴィアは急に立ち上がった俺に目を白黒させながらも、自分も外出用の鞄を手にとった。

 基本的にこのお嬢様の身支度はやたらと長いことで評判なんだけど、火急の用件に対処できないわけじゃないのだ。

 

 

「ちょっとショウ! いきなり大師父の執務室に連絡も無しに参るなど、無礼にも程がありますわよ?!

 といいますか、良い加減にそろそろ簡単でも何でも説明なさって下さいな! 貴方がついてこいというならついて行きますけれど、それでも少し強引に過ぎますわよ!」

 

 

 気の利く執事が驚くほどの短時間で用意してくれた車に乗り込みながら、ルヴィアが耳元で淑女らしからぬ怒鳴り声をあげる。

 確かに少し彼女に甘え過ぎたかもしれない。それぐらいの信頼関係にあるとはいえ、親しき仲にも礼儀ありと言う。

 

 

「‥‥魔法が魔術に堕ちる瞬間が近づいているかもしれないんだ。いてもたっても、いられないよ」

 

「魔法が、魔術に‥‥ッ?!」

 

「第五魔法だけの問題じゃない。もしかすると、第二魔法だって同じように脅かされる可能性がある。だからこそ、俺も君も魔法使いの関係者として調査に行かなきゃいけないのさ。

 詳しい話は大師父のところで一緒にしよう。二度手間になるし、俺にも事態を整理する時間が欲しい」

 

 

 何も言わないままに事態の半ばをそれだけで理解したルヴィアが、運転手から電話を受け取って遠坂嬢に連絡をとっていた。

 彼の言っていることが、どれぐらいの真実を内包しているのか俺には判断がつかない。行ってみて、全てが彼の勘違いだった、大袈裟な誇大妄想だったというならそれはそれで全く問題ないし、魔術師としての俺はそれを望んでいる。

 けれど、数年前に突然訪れたあの謎の着信。それからずっと続いている、彼との関係。

 ルヴィアにはああ言いこそすれ、もしかしたら俺の目指す根源への方法と、第五魔法とは密接に絡み付いているのではないかという懸念。行き詰まっていた研究。それらを解く鍵が、あるいは鍵の手がかりが、そこにはあるのかもしれない。

 

 

「まぁ、取り越し苦労だったら日本の名所でも観光すればいい話だから、ね‥‥」

 

 

 自分で発しておきながら、その言葉には驚くほどに力が篭っていなかった。

 この世界にやってきて、この世界で暮らして、俺の勘は今までずっとやけに冴えていた。その勘が、嫌な未来を予感している。ならば何某の面倒に巻き込まれるのは目に見えているだろう。

 

 彼の言い方をすれば、そう、これも運命石の扉(シュタインズ・ゲート)の選択なのだ。

 

 

 

 

 Original act Fin.

 

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時系列、時差、その他もろもろメチャクチャになっています。
ちなみに小生、シュタゲはめっちゃくちゃ好きです。ラジ館に人工衛星が落ちた日も遠路はるばる向かいました。
のんびり執筆進めていきますので、よろしくお願いします。

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