UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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ストック放出につき季節外れ注意。
4-3が突破できませんなぁ‥‥。あと3-2は心臓に悪すぎるので攻略を保留してますが何か。


番外話 『衛宮邸の正月』

 

 

 

 

 side EMIYA

「んー‥‥」

 

 冬木という街は、『冬』という文字が入っている通りに寒さが厳しい場所‥‥というわけでは決して無い。冬が長いから冬木であって、実は日本海に面しているわりには温暖な気候に属している。

 もちろん冬だから、寒いことは寒いんだけどな。でも冬の間中ずっと雪が降っているような地域に比べれば、まだマシだ。

 

 

「あー‥‥」

 

 

 だからしっかりと密閉が行き届いた部屋ならば、暖房をつけなくてもこうやって炬燵に入っていれば、ぬくぬくと下半身のみならず全身が温かい。

 この炬燵という暖房具は、日本で最も誇れる文化の一つじゃないか。衛宮家でも冬には絶対に欠かせない貴い幻想(ノウブル・ファンタズム)。紛れもない宝具だ。こんなもの、俺にだって投影出来ない。

 

 

「うー‥‥」

 

「んー‥‥」

 

「‥‥って、あれ?」

 

 

 伸ばした足先にこつんと当たる、小さくて柔らかい感触。

 卓の上にぐでんとだらしなく伏せていた顔を上げると、そこには満面の笑みを、ちょっと生意気そうな小悪魔めいた笑顔を浮かべた妹分。白い雪のような髪の、冬の妖精。

 

 

「‥‥イリヤ、何時の間に入ってきたんだ。ていうか、何時の間にウチに来たんだ?」

 

「さっきー」

 

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 森の奥にあるお城に住んでいるお嬢様は、第五次聖杯戦争に御三家の一つ、アインツベルン家のマスターとして参戦していた凄腕の魔術師である。

 その正体は千年もの間、血脈と妄執を劣化させることなく伝えたアインツベルンの家が生んだ人工生命(ホムンクルス)。それも人工生命(ホムンクルス)と人間との間に生まれた存在で‥‥父親は切嗣(じいさん)らしいのだ。

 

 

「炬燵ってホント暖かいのね。日本の誇るべき文化だと思うわ。もっと足を高くして、洋式の部屋でも使えるようにして私のお城にも欲しいわねー」

 

「なんていうか、それ結構シュールな城になるぞ‥‥?」

 

「様式美と利便性なら、利便性の方をとるべきよねー。その点、炬燵はその両方を兼ね備えた画期的な家具だと思うわ」

 

「そりゃ和室ならな‥‥」

 

  

 ちょこまかと爪先を使って俺の足を弄くる小悪魔。着ているのはいつもと同じ上品な紫色のブラウスと白いレースのスカートだ。夏の暑い盛り以外だと、この上に白いコートを着込むぐらいしか服装に変わりはない。

 よく見てみれば布地も縫製も一流、遠坂の話によれば同じく一級の魔術礼装らしい。何着も持っていて着回している理由も、それなら説明がつくのかもしれないな。

 ‥‥もっとも、他にちょっとした理由さえあれば簡単に別の服を着るあたり、本当はポリシーなんて欠片も持ってないんじゃないかと思うんだけど。

 

 

「あらやだシロウ、本当にその人に合う服っていうのはそんなに多くないのよ? ていうか———」

 

 

 俺と同じように卓に突っ伏していたイリヤが、きょろきょろと辺りを見回す。

 その動きにつられるようにして同じく頭を回せば、いつもと何の変わりもない居間。ガラス戸の無効は薄っすらと雪が積もっているけれど、快晴。多分あと数日の間は晴れ間が続くだろう。

 暮れにしっかりと大掃除を済ませたから塵一つ無い。壁も綺麗に磨き上げたから、せっかくだからと張り替えた障子と同じく染み一つ無かった。

 

 

「———せっかくの新年だっていうのに、この家は変わらないわね〜。他のみんなはどうしたの?」

 

「あぁ、みんなは多分まだ寝てるよ。昨日‥‥てか今朝になっちゃうけど、随分遅くまで『年越しだーっ!』って騒いでたからな。紫遙とルヴィアと美遊ちゃんはエーデルフェルトの屋敷に、カレンは教会に帰ったみたいだけど、バゼットは確かこっちで寝てるはずだ」

 

「‥‥あの封印指定執行者(ニート)、こっち着てから仕事しないで食っちゃ寝、食っちゃ寝、プライドってもんがないのかしら」

 

「いや、ほら、バゼットは執行者だから貯金が余りまくってるらしいし、食費も家賃もしっかり出してくれてるから‥‥」

 

 

 暗い目をするイリヤから思わず視線を逸らし、苦笑い。

 確かにバゼットはいいんだ、金をしっかり出してくれるから。別に金に煩い人間であるつもりはないし、本当なら友人から金をとるような真似をするつもりはないんだが‥‥。流石に最近は食い扶持が嵩みすぎて家計がヤバイ。

 ‥‥て、あれ? もしかしてウチに常駐してるのにしっかり食費と家賃入れてくれてるのってバゼットだけか? 桜はまぁ、昔っから料理の手伝いをしてくれてるからいい。遠坂は‥‥あいつは一番食費と家賃を入れるべきなんだろうけど、貰ってないな。

 まぁ、一番ウチのエンゲル係数上昇に貢献してるのはセイバーなんだよなぁ、冷静に考えると。どうしようもないんだけど、やっぱり厳しいものがある。

 

 

「なぁに、それじゃあせっかくの新年だっていうのに今日は寝て過ごすつもりなの?」

 

「え‥‥? いや、まぁ、みんな起きてこなかったら何してもしょうがないしなぁ。一応お節はちゃんと用意してあるけど」

 

「そんなのつまんなーい! 日本にはオショウガツにやるっていういろんな行事(イベント)があるんでしょ?! 遊ぼー! 遊ぼーよシロウーッ!!」

 

「だぁあ飛びつくな抱きつくな! 危ないだろこらイリヤ!」

 

 

 その小さな身体にどれだけの力を秘めているのか、ちょっとびっくりするぐらいの跳躍力を発揮したイリヤは大きめの炬燵を飛び越え、俺と炬燵の間のわずかな空間に的確に着地する。

 雪のようだと形容した髪の毛は細く柔らかくしなやかで、密着してくる小さな体は温かいのに、不思議と髪の毛だけが冷たい森の空気と香りをはらんでいた。

 俺の胸と、炬燵の間に収まってしまう華奢な体も、これだけ密着していると動揺よりも驚きの方が先だ。まるで俺が丸まれば、その中にすっぽりと収まってしまいそう。こんなにも元気で、こんなにも可憐な少女が、こんなにも小さくて華奢であっていいのかと。

 

 

「んー、どうしたのシロウ、突然固まっちゃって。‥‥あ、さてはお姉ちゃんにドキドキしたんでしょ? もー、やらしーんだから年頃のオトコノコは!」

 

「ませたこと言ってるんじゃありません。俺よりちっちゃいくせに大人ぶるんじゃない」

 

「もー、ホントなのにー」

 

 

 イリヤはこんなこと言ってるけど、本当にやましい気持ちが湧いてこないのは、父性愛とかの存在の証明なのだろうか。

 ただ大事な、大切な存在に思いを伝える一番の手段は身体的接触だという話をどこかで聞いたことがあるけど、それも頷ける。こうやっているだけで、愛しいって思いがお互いに行き来するんだから。

 

 

「と、ところで昨夜は何してたんだ? てっきりイリヤも来るもんだと思って準備してたんだけど‥‥」

 

「あぁ、セラが『新年のお祝いはしっかりと当家でやらせて頂きますっ!』って譲らなくってね。私も一応、城主として年越しの前に城の各所をチェックしなきゃいけなかったから、こう見えても忙しかったのよ?」

 

「そういえばあそこってイリヤの工房でもあるんだよな」

 

「えぇそうよ。まぁ工房の整理を全然しないシロウには分からないでしょーけどね」

 

 

 いい加減飽きたのか、それとも暑苦しかったのか、イリヤは俺の膝から離れるとくるくるとスカートを絶妙な角度で翻らせて回る。今日は人がいないせいか、いつもなら狭く感じる居間もやけに広い。

 まぁお客様相手にお茶も出さないのはあんまりだろう。昨日、最後につかってからそのままにしておいたっけなと、俺は急須と茶缶を取りに台所へ向かった。

 

 

「‥‥って、そういえば今日はどうやってこっち来たんだ? 年明け早々に来るなんて、リズとセラもそれこそ色々言うだろ?」

 

「森出るまではバーサーカー。そこからここまでは車よ。ほら、いつものヤツ」

 

「成る程な。‥‥あれ、じゃあセラとリズは?」

 

「———ここ、いる」

 

「うわぁっ?!」

 

 

 居間の側から台所のカウンターに手を伸ばそうとすると、ひょいと現れる見慣れた白いメイド服。

 何処はかとなくボーッとした目と間延びした声は、パワー担当のリーズリット。やたらとノリが良く、いい意味でも悪い意味でもルーズなメイドらしくないメイド。イリヤと同じく人工生命(ホムンクルス)であるからか、バーサーカーにも匹敵する怪力を誇る。

 基本的にイリヤの悪ふざけの実行部隊は彼女だ。怪力で持ち上げられ、幾度となく着せ替えや拉致誘拐を強制執行されたことか‥‥。

 

 

「よ、ようリズ。いつの間にかそんなところにいたんだな。あけましておめでとう」

 

「あけおめー、ことよろー」

 

「あれ、リズがいるってことは、セラは———」

 

「———先程からここにおりますが、エミヤシロウ」

 

「うわぁっ?!」

 

 

 完全に背後から声が聞こえ、思わず飛び退く。

 そこにいたのは瞳にこもった個性ぐらいしかリズと違いのない姿形をした白づくめのメイドである、セラ。

 のんびりぼんやりした性格のリズに比べて、セラはかなり真面目かつ几帳面な性格をしている。規則や伝統、仕来りに煩く、ついでにイリヤ思いで俺にも突っかかってくることが多い。

 どうもパワータイプのリズに比べて魔術に通じているらしく、俺もよく魔術書片手に爆弾みたいな魔術をバンバンぶっ放すセラに追いかけられたものだ。

 

 

「お嬢様に何か遭ってはアインツベルンの家が廃ります。エミヤシロウが妙な気を起こさないようにお側について、見張っていなければ‥‥」

 

「俺は野獣か何かと思われてるのか」

 

「年頃の男など、そう大して違いのあるものではありません。さぁ、早くお嬢様にお茶を出しなさい下郎」

 

「相変わらず扱いがぞんざいだなぁ‥‥」

 

 

 チクチク厭味を言われながらも、おとなしくお茶を淹れる。本当なら来客用のちょっと良いお茶を使うべきなんだろうけど、そんなペースで使っていたら来客が異様に多い衛宮邸の来客用お茶なんてすぐに底を尽きてしまう。

 というか、毎日のような頻度で来訪してくるコイツらを客として勘定していいのか? 基本的に家族だよな、もはや。イリヤはアインツベルンの城に、ルヴィアと紫遙と美遊ちゃんはエーデルフェルトの屋敷に住んでるけど。

 

 

「ほらイリヤ、お茶」

 

「ありがとシロウ。‥‥ふぅ、アインツベルンのお城では紅茶が基本だから、日本茶は温まるわぁ」

 

「お嬢様! 仰って下されば私とて日本茶ぐらい!」

 

「あー、いいのよセラ。シロウのお茶だから、暖まるんだし。ねぇシロウ、それよりお茶を飲み終わったらオショウガツの遊びをしましょ? ねぇねぇ、どんなおもしろい遊びがあるの?」

 

 

 再び炬燵に収まり、俺が淹れたお茶を飲みながらイリヤがワクワクとした様子を隠そうともしないで言う。どうもイリヤの中では新年に特別な遊びをするというのが、とても珍しく楽しげに感じるらしい。

 ‥‥まぁアインツベルンの城の中で育ったというなら遊び自体にあまり触れたことがないのだろう。

 

 

「そうだなぁ、羽子板とか独楽とか凧とか、結構色々あるぞ。確か土蔵に色々置いてあったから、みんなが起きてきたら出して遊ぶか」

 

「さんせ〜い!!」

 

 

 いつの間にかセラが出したお茶菓子を食べている。

 どうやら気を使って持ってきた‥‥というよりは、『どうせろくなお茶菓子もないのでしょう、エミヤシロウ』という視線を感じる。随分と馬鹿にしてくれているとは思うけど、半ば以上真実だった。

 なにせ、ウチの茶菓子はたいてい腹ペコ王(セイバー)に食い尽くされてるから、本当に大事なお客様用のストックしか残ってない。

 

 

「‥‥よし、それじゃあそろそろみんなを起こしに行くか。もう良い時間だしな」

 

 

 多分、女の子の大半は遠坂が占拠してる離れに集まってるんだろう。そこまで広い部屋じゃないけど、とかく女子っていうのは夜に集まりたがる。

 遠坂にセイバー、桜、ライダー、バゼット、藤ねぇは間違いなく居るだろう。そういえば昨夜は美綴もいたような気がするけど、アイツは多分年明けと同時に帰ったんじゃないかな。流石に親御さんが心配するだろ。あそこは、普通の家だし‥‥。

 

 そうだな、みんなを起こすなら、その前にお節とか準備しとくか。どうせ起きてきたら洗面所の取り合いとかお茶の用意とかで忙しくなるんだ。今のウチに仕度しておいて、悪いことはないだろ。

 ‥‥今年は今までに比べて、随分と賑やかな正月になりそうだ。今までも藤ねぇのおかげでそれなり以上に賑やかではあったけど、それよりも、さらに賑やかに。

 まぁそれも、みんながちゃんと起きてきてくれたらの、話だけどな。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 正月。

 元々やたらと外国に比べて行事が多いような気がする日本という国でも、この日ばかりは群を抜いて賑やかに祝わざるをえないようだ。それは神秘の支配する特殊な世界に身をおいている、魔術師という超越者でも変わらない。

 欧米ではクリスマスを家族で盛大に祝うように、日本では正月に一族郎党が集合し、新年を無事に迎えられたことを祝う。そして三が日と呼ばれる正月からの三日間は、ひたすら酔い潰れたり遊び惚けたりするのだ。

 

 なにしろ正月休みの間にこなさなければいけないイベントは多すぎる。親類一同への挨拶周りに、お年玉のお礼、あるいは自分が渡す側になれば懐ろの心配だってするし、挨拶周りには当然のように大人の義務として飲み会が付属する。

 親類縁者にお子様が多ければ、俺たちぐらいの年頃の男衆はもう大変だ。何しろ爺様婆様叔父様叔母様に比べたら下手に体力がある分、目上の人であるところの彼らを休ませるために、遊びの相手は俺たち若い衆だ。

 しかも正月の遊びというのがこれまた曲者で、特に正月以外では自然とやらない遊びというものがごまんとあるわけで。

 凧揚げ、羽子板、独楽回し、福笑い、百人一首に書き初め、かるた、地域によっては弓の腕を競うというのも正月に神事の一環としてやったり、あるいは相撲をとるという場所もあるらしい。

 とにかく驚くべきことに子どもはそれを全部やりたがる。加えて餅つきやら何やらの力仕事までやらされた日にはもう堪らないだろう。

 

 だがしかし、幸いにして俺、蒼崎紫遙には諸事情でそれらの義務の殆どが当て嵌まらない。何せ唯一の親族(義理とはいえ)である橙子姉と青子姉は勘当状態で、ついでに言えば蒼崎の家にいる次世代の人間は俺たち三人だけ。

 となると本当なら伽藍の洞でのんびり、いつもの面子で穏やかに新年を祝っているはずだったんだけど‥‥。

 

 

「くらえ必殺、トペ・アインツベルン・アタァック!」

 

「うぼぁぁああ?!」

 

「衛宮ァァァ!!!」

 

 

 空中高くジャンプ、その状態から背後に控えていた藤村教諭が打ち上げた羽を、重力加速度と謎加速度によって得た縦回転を味方につけ、超強力なスマッシュを放つ雪の少女、イリヤスフィールはしゃぎすぎな十八歳、見た目は十歳、中身も大して変わらない幼女。

 この日のために急遽調達したらしい振り袖をしっかりと襷掛けして運動性を重視した格好で、ひたすらはしゃぐ姿は外見相応で、ともすればちょっと行き過ぎなぐらいだ。

 というかあそこまで過激に動き回っておいて着崩れが殆ど無いというのはどういうことだろうか。まさかと思うけど魔術で強化とかしてるんじゃあるまいか。

 

 

「衛宮、傷は深いぞがっかりしろーッ!!」

 

「し、紫遙‥‥、あとは任せ、た‥‥」

 

「おいがっかり、じゃなくてしっかりしろ衛宮、衛宮! 衛宮ァァアアア!!」

 

「‥‥アンタ達ね、ちょっと落ち着いて周りを見回してみなさいよ」

 

 

 右手に握りしめた武器は羽子板。互いに交わす弾丸は羽。負けた者には敗北の烙印を、勝者には蹂躙の悦びを。

 其れは一年の始まり、正月にのみ行われる儀式。互いの力を競い合い、試し合う。無慈悲な勝負は年齢も性別の差も関係ない。

 

 

「いや遠坂嬢、実際これ厳しくないか? ていうかイリヤスフィール、君は羽子板やるの初めてじゃないのかい?!」

 

「そうなんだけど意外と簡単ね、この遊び! さぁシロウ立ちなさい、私たちが直々に稽古つけてあげるんだから!」

 

「そうよ士郎! その程度でへこたれるような子に育てたつもりはないわ! さぁお姉ちゃんが根性たたき直してあげるから、さっさと向かってくるのよ!」

 

 

 目の前に立ちふさがっているのは、先ほど砲弾となって宙を舞ったイリヤスフィール・フォン・アインツベル。そして世にも不可思議な虎柄の着物を纏った快活な女性、藤村大河。こちらは羽子板もデフォルメされた虎が吠えているもので、何故か打つ度に虎の咆哮が聞こえる。

 イリヤスフィールの子どもパワーはさておき、藤村教諭の謎パワーは一体どういう理屈で生まれているんだろうか。

 

 

「‥‥おい衛宮、本当に大丈夫か?」

 

「あぁ、なんとか。しかしイリヤめ、手加減ぐらいしろよな、痛痛痛‥‥」

 

「ほらほらお兄ちゃん、顔貸して。確かこうやって筆で好きなように落書きしてもいいのよね?」

 

「ちょっとイリヤちゃん、最初は少しだけにしとくのよ? こういうのは最初にあんまり書きすぎるのはマナー違反だし、後で書く人の分がなくなっちゃうでしょ? でへへへ‥‥」

 

「おい藤ねぇ、気色悪い声だすなよってコラ、イリヤ、そこは目に墨が入る!」

 

 

 がっつりと額に羽を食らって悶絶していた衛宮を、さらに無慈悲な追撃が襲う。羽子板で負けた者は、顔に墨で落書きをされるルールだ。

 見事に右目の周りにお花を丸く描かれた衛宮が、垂れる墨を手の甲で拭った。どうにも墨の水気が多かったらしい。

 

 

「ほら何ボーッとしてるの、蒼崎君もでしょ?」

 

「げ」

 

「まさか逃げたりなんかしないわよねー、シヨウ? アオザキの人間が背中を見せるなんて、お姉様方が聞いたら何て言うかしら」

 

「別に橙子姉と青子姉は関係な———あばばばば」

 

 

 目の周りをやられた衛宮に対し、今度は俺の口の周りが標的となった。

 まるで五右衛門か誰かのようなまん丸な髭。バンダナがあるせいか額周りは勘弁してもらえそうだけど、これ単体でも十分に見た目はヤバイ。事実、ルヴィアは淑女らしからぬ笑いの発作に襲われているし、隣に座っている美遊も必死で笑いを堪えている。

 もちろん水気がアレしてるから若干垂れてくるので、すぐさま衛宮から雑巾を貰って顎を拭った。実にみっともない。

 

 

「あ、でもこのままだと時間がかかりすぎるわね。負けた方から1人抜けて、交代制にしましょう?」

 

「賛成だな。それじゃあ俺は一回休みにさせてもらおうか」

 

「そうね、それがいいわ。じゃあ次はセイバー、勝負しましょう?」

 

「ちょ、ちょっと待て! なんで俺じゃなくて紫遙が———」

 

 

 喚く衛宮を尻目にセイバーとバトンタッチ。見物組がいる縁側へと向かう。

 昨夜に随分と騒ぎ過ぎたせいか、今日はみんな遅起きだった。宴が終わったらエーデルフェルト邸へと戻った俺たち三人も見事に寝坊したから、今は昼を過ぎておやつ時といったところ。

 俺たちはエーデルフェルト邸で昼食をとってから来たけど、衛宮邸の連中は結構賑やかな昼食だったらしく、俺たちが来た頃にはまだ片付けをしていた。

 まぁ七人も食卓を囲んでたら、そりゃ賑やかにもなるか。片付けもその分だけ大変だろう。

 

 

「‥‥ふぅ、ひどい目に遭ったよ」

 

「お疲れ様です、紫遙さん」

 

「あぁ美遊、ありがとう。‥‥って、この口周りじゃあ湯飲みが汚れるんじゃないか?」

 

「蒼崎君、それゲームが終わるまで拭っちゃ駄目よーっ?」

 

「‥‥うわぁ」

 

「ご愁傷様です‥‥」

 

 

 隣に座る美遊が苦笑しながらお茶を勧めてくるけれど、口の周りの墨が気になるので、せっかくだけど乾くまで待とう。

 ちなみに参戦しないつもりらしい美遊の今日の格好は、紺色の着物に白い蝶が舞うという清楚なもの。イリヤスフィールの白地に赤い花をあしらった着物と対照的で、よく似合っている。

 ルヴィアはどうやら遠坂嬢とガチバトルを繰り広げる気マンマンでさっきから苦労して襷掛けに挑戦しているけど、やはり初めてのことだからか苦戦している。慣れてる誰かに頼めばいいのに。 

 

 

「あ、藤村教諭が吹っ飛んだ」

 

「藤村先生ーッ?!」

 

 

 魔力放出の唸りを上げ、セイバーの放った羽が轟音と共に藤村教諭の羽子板と激突。恐るべきことに暫く競り合ってみせたが、敢えなく力負けして持ち主ごと見事に吹っ飛んだ。

 もちろん敗者の掟は彼女にも厳しく適用される。口から煙を吐き、前後不覚状態の藤村教諭の顔にセイバー、衛宮、そして何故かイリヤスフィールが次々に落書き(ペインティング)を施して行く。

 一回で一人交代というルールが適用されたからか、三人とも容赦がない。そう考えると俺のこの様はまだマシな方だったのだろう。

 

 

「さぁ次は誰ですか? 騎士の名にかけて、私は誰の挑戦でも受けましょう!」

 

「‥‥言いましたね、セイバー。それでは何時ぞやの決着、この場を借りてつけさせて頂きましょうか」

 

 

 何につけても勝負事には熱くなる性格のセイバーが堂々と挙げた勝ち名乗りに、今度は同じサーヴァントである長髪の女性がノッた。

 黒いタートルネックのセーターはスレンダーな体つきを覆い隠しながらも魅力は損なわず、タイトなジーンズは腰から下のラインを強調する。今時古風な細身のメガネは知的な印象を見る者に与え、地面まで届くかという薄紫色の長髪は、絹で出来ているのかと疑う程に美しい。

 

 

「ライダー、如何に貴方といえど、私の振るう剣に勝てると思いますか」

 

「大きい口を叩くものではありませんよ、セイバー。この身は天馬なくとも最速のサーヴァントの一角。貴方に私の動き、捉えられますか?」

 

「よく言った。ならば我が一撃、受けてみるがいい!」

 

 

 真っ二つに折れてしまった藤村教諭の羽子板の代わりに新しい物を用意し、美貌の騎乗兵が庭へと降り立つ。

 唯一の一般人である藤村教諭が気絶してしまったから、やりたい放題だ。既にセイバーからは魔力の迸りが視認出来るし、ライダーはライダーで服装は変わらないまま、完全に戦闘体制をとっていた。

 

 

「‥‥美綴嬢でも連れてくるべきだったか」

 

「歯止めが利かないって、こういう状況を言うんですね‥‥。私、初めて知りました」

 

 

 羽は疾り、羽子板は唸る。少なくとも俺の知る限り、羽根つきはこんな物騒な遊びじゃない。

 それなり以上に物騒な荒事には慣れているはずの美遊も、隣で頬を引き攣らせている通り、目の前の『戦い』はおよそ人間の関与出来る領域になかった。現に衛宮とイリヤスフィールは早々に巻き添えを恐れて大きく距離を取り、兄妹仲良く、あるいは姉弟仲良く穏やかに羽根をついている。

 特に美遊嬢にしてみれば、まだ記憶が色焦せてしまう程ではない過去に命のやりとりをした相手達だ。もちろん”あの”黒化したサーヴァント達と目の前の『セイバー』、『ライダー』は明らかに別人なわけだけど、それでも色々と思うところはあるのだろう。

 あの騎士の腕の一振りが、あの騎乗兵の疾駆が、自分の命を脅かしたというのに、今その二人の間で飛び交っているのは羽、振るうのは羽子板。正直言ってどうかしている。

 

 

「とんだ災難だったようですね、紫遙君」

 

「やぁバゼット、君はやらないのかい? というか是非やりたまえ。俺だけこんな目に遭うのは不公平だ」

 

「謹んで遠慮します。ちょっと昨日は深酒が過ぎたようで、調子が‥‥」

 

 

 濃い小豆色のスーツをしっかりと着込んだ男装の麗人、鉄拳魔術師バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 いつもは仕事人らしく凛々しい仮面を被っているんだけど、プライベートというのを差っ引いても今日の彼女はどこはかとなく怠そうだ。どうやら彼女自身が証言しているように、二日酔いらしい。

 

 

「昨日は衛宮邸組で女子会だったんだって? あの狭い離れに、よく七人も入ったもんだよ」

 

「実際やってやれないことはないみたいですね。ベッドの他に布団が二つは敷けますから。もっとも、敷いてしまうと後は他に喋る以外は何も出来ませんから、持ち込んだ酒を煽りながらの飲み会ですよ」

 

「バゼットってば、楽しかったわよー? 最初は桜の話とかに聞き入ってたくせに、最後は『ランサーがランサーが』って———」

 

「り、凜さん?! 一体何を言ってるんですかッ!!」

 

「あーら隠すことないじゃないのバゼット。

そりゃアイルランドの人間からしてみれば、ランサーは掛け値なしの大英雄だものねー。憧れるわよねー? 普通のことよねー? 誰でも仕方ないわよねー? 英雄として、憧れてるだけだものねー?」

 

「ぐぅ‥‥ッ!!!」

 

 

 猫足立ちで近寄って来た遠坂嬢に小悪魔の羽と尻尾が見える。昨夜の女子会は、一部の人間が相当に煽りを喰らったようだ。

 バゼットも言い返したいらしいんだけど、一言でも口を開くと言質を取られてしまうことは明白で、黙るしかない。すると今度はそれが遠坂嬢の言っていることを肯定しているようで、面白くない。そんな顔をしている。

 

 

「なーんて、冗談よバゼット。まぁ久しぶりに貴方のあんな顔を見られて楽しかったわ。フォルテなんかに話したら吃驚するんじゃないかしら? 『鉄の女が珍しい』ってね」

 

「‥‥普段はアーチャーに振り回されっぱなしのくせに、よく言うよ」

 

「何か言ったかしら、蒼崎君?」

 

「いや別に、何でもないよ遠坂嬢?」

 

 

 無言の内に視線だけで「コロス」と脅され、慌ててそっぽをむいて誤魔化した。やっぱり彼女達、というか女性相手に調子に乗るとろくな目に遭わないようだ。

 セイバーとライダーの打ち合いはますます勢いを増し、もはや打ち込んだ羽で大地が削れてしまうぐらいだ。おそらく、止まるまい。剛の騎士と、柔の騎乗兵。相性が互いに良すぎて決着が着かないのだ。

 

 

「しかしバゼット、実際どうなんだいランサーとの仲は。一緒に歩いて居て街で見かけたら踵返して逃げ去ってしまうし、一向に進展してないと俺は見るわけだけど」

 

「べ、別に彼と私とは何もありません! ただ主従関係が過去に有ったという事実が存在するだけです!」

 

「そういうことなら、まぁ俺がどうこう言うことでもないけどね。‥‥あ、噂をすればランサー」

 

「えぇっ?!」

 

 

 ぐるりと首を回せば、そこにはお馴染みとなった青赤コンビ。

 ド派手な黄色のアロハシャツを着た槍の騎士(ランサー)と、上下黒づくめの胡散臭い弓の騎士(アーチャー)

 大の大人でも普通は一人じゃ持てない巨大な木の碓をランサーが軽々と抱え、二つばかりの木の杵をアーチャーが担いでいる。

 

 

「‥‥一体何を始めるつもりなんだい」

 

「あぁ、いたのか紫遙。いやなに、間桐桜が餅つきをやると言うのでな。こうして商店街を回って一式揃えて来たのさ。

 石の碓も悪くはないが、やはり木のソレに比べると温もりというものが違う。手入れと準備に手間はかかるが、良い道具を揃えてこそ、良い餅がつけるというものだ」

 

「野郎テメェ、途中で荷物持ちだって無理矢理連れて来て、しかも重い方持たせるたぁどういう了見だっつーの」

 

「それは兼ねてから魚屋の店主にお願いしておいたもの。ちょうど良い人手がいるのだ、こきつかうのは当たり前だろう? どうせ貴様は呼ばれなくてもノコノコと現れて飯をたかりにくるのだろうからな」

 

「黙ってりゃ人を物乞いか何かみてぇに言いやがって‥‥。喧嘩売ってんなら買うぞコラ」

 

「やめておけ、元マスターの前で無様を晒したくはないだろう?」

 

「あん? テメェこそ、そのスカした面ボコボコにされんのが怖いんじゃねぇのかぁ?!」

 

 

 一触即発。一体どうしてこの二人が揃ってしまったのか、というより何故人手が足りなかったからといって好き好んで不倶戴天の怨敵であるランサーを徴発したのか、理解に苦しむ。

 事実、二人とも縁側に近い庭の飛び石に碓と杵を置くと、一般人がいないのをこれ幸いと武器を出して牽制し合っていた。

 

 

「はいはいはい、ちょっと退いて下さい! 熱いの通りますよー!!」

 

 

 と、縁側に座ってハラハラと遣り取りを眺めていた俺達と、一触即発の二人の間を割って、大きな蒸篭を抱えた知人が現れた。

 薄い桃色の着物の上から真っ白な割烹着を羽織り、頑丈な鍋つかみで武装した藍色の髪の女性。我が家、伽藍の洞の仲間の一人であり冬木の御三家と呼ばれる魔術の家の当主の一人。間桐桜嬢だ。

 

 

「せえ、のっ!」

 

 

 碓の前に来ると、その手に持った蒸篭を豪快に上下逆さまにし、中身を投下する。

 そこに入っていたのは目の前が見えなくなるだろう程に濃い真っ白な蒸気を立てる、あっつあつの餅米だった。

 

 

「アーチャーさん、ランサーさん、ご苦労様です。

碓の方は下準備をしてくれましたか?」

 

「あぁ、しっかりと道中で湯に浸して温めてきた。もっともソコの槍兵が運んでくるまでにあらかたブチまけてしまったから、途中で冷えてしまったかもしれんがね」

 

「おいコラ! すっれすれまで熱湯注いで渡しやがった性悪が何言ってやがる?! 火傷するかと思ったんだぞ、コッチは!」

 

「英霊がそんなもので火傷をするか。

 杵もこのように、準備は万端だ。もうすぐにでも始めるかね?」

 

「はい、餅米が冷えちゃわないうちに、やりましょう。お二人ともよろしくおねがいしますね」

 

「任せたまえ」

 

 

 桜嬢の指示に従って、アーチャーとランサーは杵を持つと碓の中に放られた餅米を丹精にこね始める。

 いくら餅米に粘りがあるといっても、このまま普通についてはバラバラになるだけだ。まずはこうやって杵でこねて、大雑把に形を作ってやる必要があるのだ。

 アーチャーはともかく、意外とランサーの手つきも手馴れているな。どこかでやったことでもあるのだろうか。

 

 

「あれー? ねぇサクラ、これ一体何やってるの? 切り株の周りをグルグル回ったりして‥‥何の儀式? 降霊術?」

 

「今からお餅をつくんですよ、イリヤちゃん。よかったら後でついてみます?」

 

「つくつく! 私も餅つきやりたーい!」

 

 

 何時の間にやら羽子板に飽きたのだろうか、イリヤスフィールが面白そうな事の気配を嗅ぎつけてやって来た。

 どうやら勝負の結果は大人の面目躍如か、半々といったところらしい。衛宮も合わせて二人とも中々に顔面が愉快なことになっており、イリヤスフィールの方は手際良く準備していたらしいセラにしっかりと顔を拭かれている。

 ‥‥あぁ、どうやらそろそろ顔拭いても大丈夫みたいだな。やれやれ、やっとこの無様な五右衛門髭から解放される。

 

 

「さぁてこれぐらいでいいだろ! それじゃあつきはじめるぞ嬢ちゃん」

 

「こねるのは貴様に任せた。うっかり手を砕いてしまうかもしれん。危なくなったらしっかりその手を引っ込めることだな、ランサー」

 

「‥‥へっ、テメェこそ俺の手捌きに着いて来れんのか?」

 

「着いてこれるか、ではない。貴様の方こそ、着いてこい」

 

 

 餅つき、と掛けているのだろうか。よくわからないながらも緊迫したやりとりをすると、二騎の英霊(サーヴァント)は猛然と恐るべき勢いで餅つきを始める。

 最速の英霊、ランサーが餅をこねる速度はまさに神域。もはや視認することは出来ず、見えたかと思った腕は残像に過ぎない。餅もアーッ!という間に上下左右を反転させられ、心なしか上気しているように見えなくもない。

 しかしアーチャーとて負けてはいない。その手に握るは杵なれど、即ちこの場においては歴戦の武具。ならば武具に宿った経験を自身に憑依させ、

最適かつ最速かつ最強の一撃を次々に見舞っていく。

 

 

「おいこらアーチャー! テメェ今、俺の手を狙いやがったろ?!」

 

「なんのことかね、言いがかりは程々にするのだな。そんなことより手を止めるなよ、ランサー!」

 

 

 互いに悪態をつきながらも、手は一瞬も止まらない。

 先ほど、イリヤスフィールにもつかせてやるとか桜嬢が言ってたけど、今の二人の間にはとても踏み込む隙間など無かった。

 

 

「‥‥餅つきとはこんな物騒な光景だっただろうか。ん? どうしたんだ衛宮、頭なんか抱えて。ロダンのモノマネか?」

 

「なんでさ。ちょっと未来の自分が不安になっただけだ。‥‥あれ、なぁ紫遙、塀の上に誰かいないか?」

 

「塀の上‥‥? 何を言ってるんだお前は。そんなところに誰かが立ってるわけが———」

 

 

 衛宮の言葉に首を上の方に動かすと‥‥‥‥いた。

 なんか、いる。

 正直ちょっと自分の眼球を疑いたいところだけど、確実にいる。

 隣の美遊も全身全霊でドン引いてるけど、確かにいる。

 ‥‥具体的には、そう、金ピカ的なのが。

 

 

「———雑種共!」

 

「む?!」

 

「何だァ?!」

 

 

 金色の髪をプライベート仕様に下ろし、豪奢な耳飾りと悪趣味一歩手前ながらも何故か不思議なことに上品にすら見えるぐらい見事に似合っている華美な装飾の羽織袴に身を包んだ一人の我様(オレサマ)

 全身から溢れ出す王気(オーラ)。そして金ピカ。この男を表すのに、これ程までに的確な言葉はあるまい。

 

 

「下々の催し物とはいえ、斯様に盛大な宴に王たるこの(オレ)を招かんとは何事か!」

 

「‥‥うわぁ、また来たよメンドくさいのが」

 

「ちょっとランサー、何とかしなさいよ。同じ場所で寝泊まりしてる仲でしょ?」

 

「無茶苦茶言うな嬢ちゃん。今止められるもんなら、ずっと昔に止めてるっつーの」

 

 

 基本的にフラフラこの冬木の町を何処はかとなくうろつき、いたるところでカリスマを振りまく。

 この我様気質のくせにカリスマA+は伊達ではない。溢れ出る金を何故か商店街で散財し、しかも太っ腹。同じ土俵に立っている俺たちからしてみればウザイだけなんだけど、商店街の方々は人が出来ているのだろう、どうやら温かい目で見守っているらしい。

 商店街を歩けばあちらこちらから声を掛けられる人気者。まるでマウント深山のスーパースターだ。同じくアイドルのイリヤスフィールともまた違う人気具合を誇っている。

 

 

「‥‥呼んだ覚えはないのに、どうやって用意までしてきたんだか」

 

 

 一体どこから噂を聞きつけてきたのだろうか。手の込んだ衣装はもしや、一人で着付けをしたのか?

 まぁその場の全ての人間が何とも形容しがたい渋面をしていえることから、この男の来訪を歓迎している者がいないのは明らかだった。

 

 

「とりあえず英雄王、そこから降りろ。塀は立つところではない、瓦が痛む」

 

「ふはははは、贋作者(フェイカー)、これはまたしょぼいつきかたをしているではないか! 所詮そうやってチマチマと杵を振り回しているのが貴様にはお似合いよ。

 よい、貴様らには王の餅つきというものを、とくと見せつけてやろうではないか」

 

「人の話を聞け、英雄王」

 

「開け、『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』!」

 

 

 金ピカ‥‥ギルガメッシュの声と共に、虚空に赤い水面のようなゲートが広がる。

 そしてそこから水面を破るようにして出てくる、杵、杵、杵、杵杵杵杵杵杵杵杵。

 数えきれない程に無数の杵。木製だけではなく、鉄や銅、銀や金、得体の知れない金属で出来たものもある。

 一体どうやってこんな奇天烈な財を溜め込んだのだろうか、この英雄王は。誰もが呆れた顔をしながら、虚空に現れた無数の杵をぼんやりと眺めていた。

 

 

「‥‥おいちょっと待て英雄王。貴様まさか———」

 

「これが王の餅つきである! 刮目して地に伏せよ、雑種共———ッ!!」

 

「や、やっぱりそうなるのかァああーーーッ?!!」

 

「なんでさぁぁああ?!!」

 

 

 瞬間、轟音。

 英雄王改め慢心王の号令一下、無数の杵の全てが地上目指して突進する。

 もちろん、そんなことをして餅はおろか庭でさえも無事で済むことはなく。

 後からやってきた彼のマスター、カレン・オルテンシアを待たずして桜嬢が繰り出した虚数の海に囚われた英雄王はとても言葉では表現出来ない折檻を受けたらしいのだが‥‥。

 

 それはまた、別の機会に話すことにしたい。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「‥‥紫遙さん」

 

「———あぁ、美遊か。もうみんな寝てしまったのかい?」

 

「はい。ちょっとすごい騒動でしたから。お酒もたくさん呑んでたみたいですし」

 

「そりゃ重畳。やかましい連中がいないなら、のんびり月見酒と洒落込める」

 

 

 衛宮邸の縁側に座り、衛宮謹製のお節料理を肴に日本酒を煽る。

 俺たち以外の全員が寝静まってしまったらしい衛宮邸は、否、冬木の街は、自分の心臓の鼓動が聞こえるぐらいに何の音も聞こえなかった。

 

 

「ホント、今日は災難だったね。美遊もせっかく楽しみにしてたお餅が食べられなくて、残念だったろう?」

 

「あ、いえ、ちゃんと士郎さんが切り餅を焼いてくれましたから‥‥。七輪って、思ったより便利だったんですね」

 

「確かに。アレと網があれば何でも焼けるからなぁ。ベーコンやウィンナーも、干物だって焼ける。伽藍の洞にも一つあってね、よく屋上で酒盛りしたものさ」

 

 

 箸で取ったのは昆布で巻いたニシンの煮付け。昆布の旨味がニシンに凝縮されていて、一口齧れば口の中に芳醇な海の薫りが広がる。そこにすかさず辛口の日本酒を流し込めば、口の中に海そのものが広がったかのようだ。

 続いて口にするのは、伊達巻。ただ甘ったるいだけの安物と、衛宮の作るソレは出汁が違う。冷めてもふんわりと綿菓子のように唇で割れた後には、甘さの中に出汁の深みがある。

 スーパーで買えばボリボリとした正体不明の代物である数の子も、衛宮手製のものは天然のそれをしっかりと漬け込んであって、舌の上で解れ、その食感だけでも背筋にゾクゾクと疾るものがあった。

 

 

「‥‥美味しそうに、食べるんですね」

 

「いつもは伽藍の洞で正月を過ごすんだけどね。俺と橙子姉と青子姉の三人暮らしだろう? あっちはまともに料理できる人がいなかったから、スーパーで買ってくる安物でね。是非この至高のお節を姉達にも食べさせたいぐらいだよ」

 

「そうですね」

 

「美遊は、どんなお正月だったんだい? ‥‥あ、すまない、あまりそういうのは聞かない方がいいかな」

 

「いえ、大丈夫ですよ。私の施設は商店街の方々から寄付がありましたから。決して量が多かったわけではないので一人当たりの取り分は少なかったですけど、院長先生がご馳走(マー●ー)を振舞ってくれて‥‥」

 

「‥‥あぁ、なんていうか、大変だったんだね」

 

「はい‥‥」

 

  

 くい、とお猪口を傾ける。流石に正月の風は冷たいけど、アルコールで自然と火照る俺は問題ない。美遊は自分で用意したお茶を持っていて、風邪をひいてしまう心配はなさそうだ。

 もちろん服の方も心配はなさそうで、風呂に入る隙間が無かったから普段着のままの俺と異なり、彼女はパジャマの上からクリスマスに貰ったのだという半纏を羽織っていた。一体ルヴィアは何処で変な電波を受信したのだろうか。似合っているから、いいんだけど。

 

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

 

 暫し、無言で飲み物を啜る。風にそよぐ庭木の木擦れの音だけが聞こえていて、他には虫の声すらしない。

 不穏なぐらいに、冬木の街は静かだった。霊地の特性として、大気に満ちる濃密な魔力だけが忙しく渦巻き、動き回っている。

 この地は日本でも有数の霊地だ。蒼崎が管理している、日本有数の歪心霊脈に勝るとも劣らない。こういう場所は殆どが地元の宗教勢力、日本ならば仏教の寺か神道の神社が管理していることが多いから、魔術協会の手に渡っているのは珍しい。

 

 

「‥‥紫遙さん」

 

「なんだい、美遊?」

 

 

 少し、頼りなげな美遊の声。何を不安がっている、何かに怯えている、そんな年相応な声だった。

 彼女にしては、珍しい。けれど、それも頷けてしまう。

 惜しむらくは、それに返してあげる言葉がないということだ。俺も、彼女も、たまらなく無力だった。 

 

 

「私たち、無事に元の世界に帰れるんでしょうか?」

 

「‥‥さぁ、どうだろうね。俺としては勿論そのつもりだけれど、元よりこの事態は俺の掌の上にない。確かなことは、言えないよ」

 

「‥‥情報を集めてくるって、何処かに行ったサファイヤとも連絡がとれないし、見習いの私じゃ魔術も満足に扱えない‥‥。こんなに不安になったの、初めてで、どうしたらいいか‥‥」

 

 

 震えるような美遊の声に、ふぅと吐息をつく。

 慰めてやりたい、と思う。何とかしてやりたい、とも思う。けれどこの状況に対処するのに、あまりに俺は非力だった。

 魔術師は超越者であるけど、万能なわけではない。原因も仕組みも概ね理解出来ているし把握もしているのに、だからといって手出しのしようがない自分が、もどかしい。

 

 

「‥‥カレイドの魔法少女である、イリヤスフィールが遠坂嬢やルヴィアと同じく、この繰り返しに囚われて自分を見失っているとは思えない。ここにはルビーもいないしね。

 だとすると、彼女もまた何処か別の繰り返しの中で、君と同じように足掻いているんだろう」

 

「‥‥私たちだけが、今のこの繰り返しが異常だってことを分かってて、周りの人たちは一切それを疑問に思っていない。それが、こんなに怖いとは思いませんでした」

 

「一部の連中は、気づいてるさ。けど、打開する手段がない。もしかしたら打開する気がない奴もいるかもしれないけど、同じだ。

 俺たちには何も出来ない。なにせ、役者じゃないからね。ゲスト出演の俺たちは昼の部にこそ名前があるけど、夜の部は舞台に上がることも許されない。

 ‥‥そうだろ? 復讐者(アヴェンジャー)のサーヴァント」

 

 

 背後。灯りの消えた居間に広がる闇に向かって問いかける。

 まるで闇から浮き上がってくるように、一人の男が音もなく現れると、俺の隣に腰を下ろした。

 

 

「———ったく、好き勝手言ってくれるよなぁ。こっちだってお前らの扱いには苦労してんだぜ?

 昼間はのんびり遊び惚けて、夜は夜できっぱり割り切って殺し合いしてるっつーのに、お前らだけ素面で渋い顔してると来やがる。興醒めだぜ、興醒め。ホントつまんねー」

 

「好き勝手言っているのはそっちだろう? こちとら、のんびり惰眠を貪ってるわけにはいかないんだ。大体観客もいない舞台で役者が役に酔ってて、まともな見世物になるわけがない」

 

「何見てやがんだ、見世物だぞコノヤロー!‥‥ってか? げひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 

 自分で言った、くだらないジョークに自分でウケて、手を叩き体を前後に激しく揺らして下品に笑う。

 軽薄な表情、粗雑な物言い。全く以て中身の違う、我が愛すべき友人、衛宮士郎の姿がそこにはあった。

 

 

「なんだ嬢ちゃん、不満そうな顔だな。会うのはコレが初めてじゃねーだろーに」

 

「‥‥その体、早く士郎さんに返して下さい」

 

「そいつは出来ない相談だな。つか、どっちかってーと主なのは殻であるところの衛宮士郎じゃなくて、中身のオレサマなんだぜ? だってのに昼の部じゃ好きに動き回らせてやって、オレが正気づくのは教会であの淫乱女とズッコンバッコンしてる時だけと来た。ホント、割に合わねぇよなぁ」

 

「‥‥ッ!!」

 

「おっと悪いな、嬢ちゃんにはまだ刺激が強すぎたかね? へっへっへっへっへ」

 

「やめろアンリマユ。あまり美遊をからかわないでくれ。そのぐらいの年頃は、多感なんだからな」

 

「へぇへぇ分かりましたよ。っとにロリコンって人種は自分のこと棚にあげて他人に厳しいときた」

 

「誰がロリコンか! 誰が!」

 

「あ、シスコンだったっけ? まぁどっちも異常性愛者ってことには違いないからなぁ」

 

「‥‥コロス、こいつ今ここでコロス。悪いな衛宮、お前コロスわ。来世で会おう、兄弟」

 

「お、落ち着いて下さい紫遙さん?!」

 

 

 思わず腰の後ろに仕込んだ短刀で目の前の不愉快型サーヴァントの素ッ首掻ッ斬ろうとして、美遊に止められ踏みとどまった。

 いかん、コイツと俺との相性は決してよくない。実際に戦ったら瞬殺されるとかじゃなくて、こういう口喧嘩の段階で既に形成がよろしくない。

 

 

「アッハッハッハッハッ! ‥‥いやぁ、ホントお前ら笑かしてくれるわ。それだけで好き勝手してくれやがってんのが帳消しだぜ」

 

「言いたいことはそれだけか、歩く猥褻物」

 

「おーおー言ってくれるねぇ。‥‥ま、お前の言う通りだよ、蒼崎紫遙。残念だが、お前らに出来ることは何もない。あの駄々っ娘が正気に戻らなきゃ、この繰り返しは終わらねぇ」

 

「‥‥ちっ」

 

 

 自分で持ってきたのだろう、湯飲みに豪快に酒を注いで煽るアヴェンジャー。

 たいして酒に強い方でもない衛宮の体でソレをやるとぶっ倒れかねないけれど、今は夜だ。殆どサーヴァントの方に寄っているのだろう。へらへら笑って、何の不調も感じ取れない。

 

 

「まぁ現実を舞台に回ってる夜の部だからなぁ。お前らの内の誰かが能動的に異変に気づくこたぁねぇだろうが、他から積極的に舞台へ上がりたがる観客が大量に押しかけてくりゃ、閉幕を余儀なくされんだろ。‥‥ま、そん時は無茶苦茶した反動でトンデモねぇことになるだろうがよ」

 

「‥‥そいつは御免蒙りたいところだな。可能ならば何事も無かったかのように、全てが終わって欲しいものだ」

 

「ちょっと高望みし過ぎじゃね?」

 

「かも、な。‥‥バゼットは、ああ見えて悩んでいたんだろう? だとしたら、それにもう少し早く気づけていれば、こんなことは起こらなかったかもしれない‥‥」

 

 

 ヤケというわけではないけれど、ぐいと酒を煽る。

 聖杯戦争への、バゼットの執着心。それが聖杯の中の“テンノサカヅキ”を喚び寄せた。ならば、彼女の悩みを一早く取り除いてやれたならば、防げた可能性は大いにある。

 ‥‥何より友人として、彼女の苦しみに気づいてやれなかったことが、悔しかった。

 

 

「そうだったかもしれねぇし、そうじゃなかったかもしれねぇ。どっちみち何らかの形で綻びは出ただろうさ。こういう形で収まって、むしろ良かったかもしれないぜ?」

 

「知ったような口を聞くな。別の世界の美遊まで巻き込んで、この程度なんて抜かせるか」

 

「その辺は不思議な巡り合わせって奴だな。偶然っつうとご都合主義に聞こえるが、この世界と嬢ちゃん達の世界との間にゃ簡単に言い表せない『縁』ってのがあるんだろうぜ。‥‥ま、オレが舞台を回してるっちゃそうだけど、殆ど自動(オート)みたいなもんだ。難しい話は、そっちで頼むわ」

 

 

 もう一杯、勢いよく酒を煽ったアヴェンジャーが立ち上がる。

 何時の間にか黒く染まった彼の顔には、手には、肌には、見る者に嫌悪感を与える恐ろしい模様が描かれていた。

 

 

「そんじゃ、そろそろ行くわ。もうじき駄々っ娘が根城にフラフラ戻ってるころだろうし、アイツが起きる前に行かねぇと」

 

「‥‥お前は、それでいいのか? そんな達観したフリをして、回り続ける舞台で道化を演じて。‥‥いずれ必ず来る、自らの消滅を無感動に待ち続けるのか?」

 

 

 庭の中程まで歩みを進めるアンリマユは、既に衣装までも、完全に復讐者(アヴェンジャー)

化していた。

 今夜もまた、聖杯戦争が始まるのだ。何度目かの第三次聖杯戦争が。偽りの役者と、偽りの舞台で。

 

 

「‥‥ま、せめてオレぐらいはあの駄々っ娘に付き合ってやらないとな」

 

「そんな理由で」

 

「存在している理由なんて、そんなもんで十分だろ。じゃ、またいつか会おうや。美味い酒、楽しみにしてるぜ」

 

 

 大きく跳躍して闇に紛れてしまえば、後に残るのは静寂のみ。

 まるで取り残されてしまったかのような、静かな空間。きっと今、この屋敷の住人達を探しに行っても何処にも居まい。

 役者は皆、夜の部の公演へと出てしまっている。昼の部のゲストである俺たちは、ただ楽屋で仲間を

待っているだけだ。

 

 

「‥‥いつ、帰れるんでしょうね」

 

「さぁ、分からない。けどアヴェンジャーも言っていたように、決して果てが無いわけじゃない」

 

 

 現実を舞台に繰り返す夜の部、聖杯戦争。

 だけど昼の部は、何事もないように年月を重ねて行く。役者達がどう演じていようと、時間だけは止まらない。

 ならば、何処かで舞台は大きく動くだろう。その時こそ、俺たちが必要になるかもしれないのだ。

 

 

「‥‥さぁ美遊、今日はもう寝よう。外に出るのは危ないから、空いてる客間でも借りようか」

 

「‥‥はい」

 

 

 いつか、俺たちも見るのだろうか。

 天へと続く階段を登る、みっともなくて、それでも高貴な主人公を。それを見守る相方を。

 舞台の終わりは、きっと遠い未来じゃない。俺たちに出来ることは、昼の部の役者として、自分の役を演じることだけなのかもしれない。

 

 ただ終幕を、カーテンコールを待ち望みにしながら‥‥。

 

 

 

 

 

 Another act Fin.

 

 

 




倫敦組→クラスカード事件の後始末で冬木へ。
美遊→ギル戦の時に例の如く巻き込まれ。
ちなみに作者はhollow未プレイですので頑張って情報集めましたが、疲れた‥‥。
とりあえずこの場を借りて、もう一度あけましておめでとうございますっ!!

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